《紅蓮ノ五麟》爭い招きし禍津龍
《紅蓮ノ五麟》爭い招きし禍津龍



 全く。
 世の中間違っているよ。

 この不条理で滅茶苦茶で馬鹿馬鹿しさ極まりない日本で、
 未だ平和だとか、
 安全だとか、
 危険やリスクから遠く、恐れや怪我、極まれば死から遠退いた保障を求めたがる。
 そんなもの。
 さっさと海外へ移住してしまえ、消えろ。
 現時点。
 今後の世界情勢を左右するレベルの異常国家に住むのなら、予期せぬ人災厄災妖災を承知で、もっと、もっと、貪欲に非凡を楽しまなきゃ。

 さながら俺様は、ゲームの世界でお姫様を攫ったり、街を壊したりする悪い龍さ。

 だもんで手始めに、俺様は日本を手中に落そうと思う。
 言わば、七星剣も、金も、禍時の百鬼も、姉と妹も、俺様にとっては手段でしかない。
 訳あって七星剣にいたい連中も、強くなりたい奴も、もっと超凡を見たい奴も、恐れ知らずの馬鹿も、刺激が欲しいだけの快楽者も、皆、皆、俺様の所においで。
 普通って奴をぶち壊してやろう。
 ムカつく奴も暴力で即解決。
 世界を混沌と絶望、虚無に陥れるんだ。
 すぐじゃなくていい。
 少しずつ強くなって。
 少しずつやれる事を増やしていこう。
 なんせ俺様も、まだ餓鬼だからさ。タメ口でいいよ。年上の部下に気を使われるの、気持ち悪ぃしなぁ。
 餓鬼に従ってくれるんだ。きちんと守るよ。俺様はお前等の王様だし。


「い、一体、何人隠れていやがんだ。気持ち悪い街だな五麟っつーのは……」
 逢魔ヶ時紫雨は頭を抱えた。
 血雨により幾人か誘導し、街の手薄を招いたと思い込んでいた。
 だが、禍時の百鬼の先行部隊は壊滅。
 FiVEには複数人の夢見が存在すると踏んでいたし、先見されたとしても対応できないだろう編成で用意していたはずだった。
 血雨も、まさか。あの世間でどうしようも無い厄災の片割れが撃破され――いや、これは読み通りだ。問題なのは八尺という呪具も完成させるつもりが、中途半端な状態で終わってしまった。
 紫雨自身も、血雨の戦場から撤退寸前までFiVEの覚者が数十人規模で相手すれば、体力もいつもよりは少ない。
 ……成程。七星剣の王が欲しがる訳だ。
 だがそうはさせない。
 紫雨の目的には七星剣の王の座を奪う所が通過点だ。今更こんな規模不明の組織を飲み込まれたら、堪らない。ていうか奴等も七星剣に飲み込まれる魂でも無い――か。

「まだゲームは終わっちゃいねえよ」

 今宵。
 賭けにも似た勝負は始まっている。
 大きな啖呵を切って、遥々姿を晒したのだ。負ける算段は一切として無い。
「凛」
「はいです紫雨様。数名捕えられてー、何組かは撤退でー」
「運の無い奴等は別で手を廻すしか無いか……。陥落させた後に考えるよ」
「いつもぴりぴりして戦いに飢えた方はーこれから動き出すです!」
「長く待たせちゃったからなあ」
「紫雨様のお友達の夢見さんはー、ぐるぐる巻きにしてー、口にガムテープしてー、すやすやさせてー、ダンボールに詰めてー、『御子神兄弟』にー配送しましたー」
「手荒いなあ。分かった」
「はぁ~い」
 紫雨はフードを脱ぎ、ぐるぐるの眼鏡を守護使役に収納。
 前髪を掻きあげてから、少し前まで姉が持っていた未完成の八尺を手にする。
 粘膜を垂らして紫雨を喰わんとした八尺だが、彼の皮膚の手前で刃が止まり、大人しく刃を形成した。
「そーそー、いい子だね。『久しぶり、八尺』。
 姉貴、ありがと。沢山育ててくれて。ぶち壊してやろうぜ、俺達姉弟を引き裂いた世界をさ」
 まずは八尺を慣らしつつ、本部を目指すとしようか。
「なぁに、人生いつかは死ぬンなら。死ぬ最期の一瞬まで、命を燃やして生きたいじゃん。
 楽しもうぜ。この戦争を、さ。逆境程度の方が、最高にCOOLだろ」


 FiVE総員に告ぐ。
 五麟学園前駅大通りにて、七星剣幹部『逢魔ヶ時紫雨』を目視。
 呪具八尺を所持、八尺は人を喰う呪具である為、注意せよ。
 逢魔ヶ時紫雨は学園内のFiVE本部への侵入を狙っている模様。
 既に本部内部でも交戦があったが、幹部クラスを抑え込めるかは不明。
 その為、学園内部に入られる前に彼を止め―――。

 ジ、ジジ……、ザザザザー………。

 その頃、逢魔ヶ時氷雨。
(お兄ちゃんに会えるかもお兄ちゃんに会えるかも!!)
 連射式の銃を持ちながらも、足取り速く。騒ぎの中心へ向かっていた。


■シナリオ詳細
種別:決戦
難易度:決戦
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.逢魔ヶ時紫雨の撃退、討伐、捕縛、いずれかひとつ
2.逢魔ヶ時紫雨をFiVE本部内に入れない
3.上記を両方満たす事
 お世話になっております、工藤です
 紫雨編ラスボスってやつかな。逢魔ヶ時紫雨と禍時の百鬼

 決戦。

●状況
 ヒノマル陸軍から救出した暁と呼ばれた少年と、黎明という組織は、
 七星剣幹部逢魔ヶ時紫雨と、彼が率いる禍時の百鬼という隔者達であった。
 彼等は五麟の転覆を狙い、機会を伺っていた。
 先より厄災『血雨』討伐へ誘導した逢魔ヶ時紫雨は、覚者の減った街へ襲撃を起こす。
 血雨は、八尺と破綻者の混合存在であったが、破綻者は討伐され、八尺は逢魔ヶ時紫雨が奪取した。
 街への襲撃は、今の所はFiVEの夢見が察知した事と、覚者達の尽力のお蔭もあり今はまだ組織を揺るがすまでの被害には至っていない。
 だが――。
 逢魔ヶ時紫雨という、一騎当千可能の天才と八尺という呪具を持った彼が百鬼の部隊を引き連れて姿を現した。
 彼の五麟内部への侵入は、なんとしてでも阻止しなければならない。
 ここが彼との因縁を断ち切る、決戦の地である。

●要項
 逢魔ヶ時紫雨は学園前駅から、本部のある学園へと向かいます。
 その為、隙あらば進軍しようとするでしょう。
 建物内に入られた場合、紫雨は建物ごと破壊活動を開始する為、大きな打撃を受ける形となります。

 北側、西側より、既に内部にいた彼の直属の部下が紫雨を進行を助ける形となります。
 その為、大きく分けて3つの班が発生します。
 【1】と【2】の部隊は紫雨と接触し紫雨を助ける為に向かっております。合流された場合は、【3】の部隊がより強力なものとなります。
 その為、【1】【2】は敵の足止め、【3】は成功条件1、2の条件を満たす為の形となります。

 敵戦力の強さの度合いは、【3】>>>【1】=【2】

 ☆→1人+部下で難依頼が完成するくらいの強さです

【1】北側敵部隊

 北より紫雨に合流する部隊
 翼人部隊(40m以上上空で戦闘)と、地上部隊の二つがいます

☆春風・粋(獣憑×火行)
 猫の獣憑の、格闘家。どちらかというと特攻撃に長けています。
 だからといって物理攻撃に弱い訳でも無い模様。
 『<漆黒の一月>鼓 動』に登場

【2】西側敵部隊

 西より紫雨に合流する部隊
 気性が荒い、ヒャッハー系部隊。爆弾とか火炎放射器とかそういうのが好きな人の集まり
 広範囲火力部隊

☆由谷・明楽(械×土行)
 腕がブレードになる青年。気性が荒く、無差別に攻撃します。
 地上部隊で指揮を取ります。
 『<漆黒の一月>鼓 動』に登場

【3】紫雨の舞台

 風魔忍者部隊(近距離パワーファイター系部隊)、神無木部隊(遠距離治癒支援系部隊)、+紫雨

☆風魔・凛(暦×天行)
 忍者服姿の斧を持った少女。紫雨曰く全く忍ぶ気が無い忍者。
 紫雨の側近、馬鹿に見えて面倒見がいい
 手練れの忍者、前世は多分アレです。前衛も後衛も熟してます
 『<漆黒の一月>鼓 動』に登場

☆『愛狂い』神無木咲(かんなぎ・さく)
 械×土 薙刀を使用します
 現在のファイブ平均PCレベルより高く、体術を得意とします
 主なスキルは、蒼鋼壁、飛燕、面接着、ジャミング
 『クリアブラック』に登場

★逢魔ヶ時紫雨

 七星剣幹部、禍時の百鬼を率いる隔者、記憶共有の二重人格

 獣憑×火行
 武器は刀、二刀流。速度特化、速度を威力に変える神具持ち
 その他神具二種、眼鏡(正体不明)とピアス(影法師)

 体術スキル 轟龍壱式・激鱗 物近単 威力は物攻+(速度1/2)BS致命流血
       轟龍弐式・鬼龍 ???
       轟龍参式・天魔 ???
       地烈

 技能スキル 龍心 (鉄心の上位版のような効果)、暗視

 以下の呪具を所有
・八尺
 人の命をたらふく食った呪具、自由に変型し、無数の目と、ひとつ大きな口があります
 龍心と黒札により、呪具として力を抑え込まれ、武器として扱われます
 その為、自律して攻撃して来る事はありません

●味方NPC
・樹神枢 【3】にて下の子を追いかけてます

・逢魔ヶ時氷雨
 紫雨の実妹、連射式の銃の扱いに長ける元憤怒者
 ツンデレツインテールドチビ無駄に強気で本人の行動は基本的に死への意識が高い

●場所
 五麟市内
 時刻は夜中
 敵NPCにより、戦場中にジャミングが発動されております

●注意!!
 プレイングの書き方
・プレイング冒頭、またはEXプレイングに戦場の場所(【1】~【3】)を明記
 書かれていない場合は、例えプレイングがあろうとも描写をしませんのでお気を付けください。
 ご了承下さい。

●決戦シナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼相当です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】という タグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。

 それではご縁がありましたら、よろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
50LP
参加人数
147/∞
公開日
2016年03月21日

■メイン参加者 147人■

『水の祝福』
神城 アニス(CL2000023)
『凡庸な男』
成瀬 基(CL2001216)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『五麟マラソン優勝者』
奥州 一悟(CL2000076)
『かわいいは無敵』
小石・ころん(CL2000993)
『白焔凶刃』
諏訪 刀嗣(CL2000002)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『田中と書いてシャイニングと読む』
ゆかり・シャイニング(CL2001288)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『ママは小学六年生(仮)』
迷家・唯音(CL2001093)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『月下の黒』
黒桐 夕樹(CL2000163)
『菊花羅刹』
九鬼 菊(CL2000999)
『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)
『桜火舞』
鐡之蔵 禊(CL2000029)
『研究所職員』
紅崎・誡女(CL2000750)
『風に舞う花』
風織 紡(CL2000764)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『希望を照らす灯』
七海 灯(CL2000579)
『星唄う魔女』
秋津洲 いのり(CL2000268)
『正義のヒーロー』
天楼院・聖華(CL2000348)
『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『F.i.V.E.の抹殺者』
春野 桜(CL2000257)
『歪を見る眼』
葦原 赤貴(CL2001019)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)
『五行の橋渡し』
四条・理央(CL2000070)
『月下の白』
白枝 遥(CL2000500)
『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『落涙朱華』
志賀 行成(CL2000352)
『烏山椒』
榊原 時雨(CL2000418)
『豪炎の龍』
華神 悠乃(CL2000231)
『夢想に至る剣』
華神 刹那(CL2001250)
『聖夜のパティシエール』
菊坂 結鹿(CL2000432)
『清純派の可能性を秘めしもの』
神々楽 黄泉(CL2001332)
『見守り続ける者』
魂行 輪廻(CL2000534)
『『恋路の守護者』』
リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『ファイブブルー』
浅葱 枢紋(CL2000138)
『突撃爆走ガール』
葛城 舞子(CL2001275)
『調停者』
九段 笹雪(CL2000517)
『ハルモニアの幻想旗衛』
守衛野 鈴鳴(CL2000222)
『月々紅花』
環 大和(CL2000477)
『雨後雨後ガール』
筍 治子(CL2000135)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『新発見!?獣憑【コアラ】』
荒木 実乃里(CL2001328)
『アフェッツオーソは触れられない』
御巫・夜一(CL2000867)
『幻想下限』
六道 瑠璃(CL2000092)
『ロンゴミアント』
和歌那 若草(CL2000121)
『名も無きエキストラ』
エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)
『ヒカリの導き手』
神祈 天光(CL2001118)
『スピード狂』
風祭・雷鳥(CL2000909)
『デウス・イン・マキナ』
弓削 山吹(CL2001121)
『隔者狩りの復讐鬼』
飛騨・沙織(CL2001262)
『悪食娘「グラトニー」』
獅子神・玲(CL2001261)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)
『RISE AGAIN』
美錠 紅(CL2000176)
『偽弱者(はすらー)』
橡・槐(CL2000732)
『レヴナント』
是枝 真(CL2001105)
『サイレントファイア』
松原・華怜(CL2000441)
『未知なる食材への探究者』
佐々山・深雪(CL2000667)
『ブラッドオレンジ』
渡慶次・駆(CL2000350)
『献身なる盾』
岩倉・盾護(CL2000549)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『陽を求め歩む者』
天原・晃(CL2000389)
『想い重ねて』
蘇我島 燐花(CL2000695)
『青春する鉄拳』
鋼・境子(CL2000318)
『信念の人』
成瀬 漸(CL2001194)
『侵掠如火』
坂上 懐良(CL2000523)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『アイティオトミア』
氷門・有為(CL2000042)
『愛求独眼鬼/パンツハンター』
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)


 見知らぬ世界に来たかの様だ。
 紅蓮に支配された五麟は、いつもの日常を完全に失っている。
 洒落では済まない、無礼講もやり過ぎ至極。混沌に陥れたのは、たった一人の少年の『戯れ』だ。
 ルール無用、やりたい放題。
 暴力、略奪、なんでもござれ。
 街は焼け、人は焼け、今も何処かで少年の笑い声が響く。

 ――それが止められるのは、この街に君臨する覚者達の力のみである。

●1-1
「紫雨の所へ行かせてなるものか、なのよ!!」
 鼎 飛鳥(CL2000093)の声が響いた。周囲は断末魔や、叫び声が響いていたのだが、『敵達』にその言葉はよく耳に届く。
「いやぁね、FiVE。ま、言ってしまえばアンタたちの腹の中で争ってるからアンタらが出て来るのは当たり前よね」
 春風粋は両腕を構えた。また、彼女の背後には複数の敵が足並みを揃え、そして得物を構える。
 彼等敵陣は南へ下り、首謀者である逢魔ヶ時紫雨へ追いつくのが目的だ。
 されど、合流は覚者が立ちはだかる。
 あそこには、紫雨の所には仲間がいる。更にそれに戦力を足す訳にはいかない。
 そう、これは総力戦だ。
 激突、総攻撃、潰し合い。
 隔者の前衛が腕に炎を撒きつけ突撃してきた所、
「どけぇ女!!」
「すみません……。しずは、怖い方々は苦手なのです……」
 足下より槍にも剣にも似た土が彼等の行く手を阻み、そして串刺した。倶鞍 静(CL2001287)は内股気味に、引け腰気味に、遠慮がちな表情をしながらも手は止めない。
 入れ違いで飛んできた鎌鼬にも似た飛燕が彼女の柔らかい身体を引き裂けば、腕の甲の刺青と瞳が姿を現す。
「ンだよそりゃ!」
 見たことが無い。
 身体に瞳がある人間など――、一瞬、隔者は彼女を古妖かと勘違いをしたが、一周廻った静の腕の瞳。返答する間も無く両手に刃を携えた。
「ここは、通さないのです! ……あ、いえ、通らないでもらえると、助かります……」
 また、遠慮がちに笑っては目の前の男を引き裂き、血飛沫を飛ばしながら地面に伏した。粋はそれをみて盛大な溜息を吐いた。
「FiVE、抵抗するなら容赦はしないわ。抵抗しなくても、殺すけどね?」
 粋は一言置いてから、地面を蹴り、衝撃に砂煙と炎が舞う。
 霧のように、それでいて泥のような臭いを乗せた乾いた風を成瀬 基(CL2001216)は払った。相手型の迷霧が戦場を埋めたのだろう、そして味方側の誰かも同じ術をかければ周囲は一瞬にして白の闇。
「稜、父さん、何処だ」
 基が一周見回し、背後に影が見える。名を呼ぼうとしたとき。影は基の胸元に飛び込み、彼を切った。
 見知らぬ顔の女。恐らく禍時の百鬼。キヒ、と笑った彼女であったが、彼を守護する術が彼女の柔肌を切り裂く。
 天野 澄香(CL2000194)は翼を広げ、虚空に波動を放つ。衝撃で飛んでいく百鬼の女だが、彼女はすぐに着地して再び此方へと駆けて来る。
 成瀬 漸(CL2001194)は澄香の前に立ち、佇みながらも優しい表情で彼女へ顔だけ振り返った。
「ここは任せて、行きなさい」
「でも……っ」
「君のやるべきことは、空中でこそ生かされるものでしょう」
 適材適所か。このFiVEという組織は、お世辞にも空中戦が可能な種族の、交戦できる人数は多いとは言えない。貴重な彼女もまた、その一人である。
 一瞬、澄香は辛い表情を魅せた。叶うのならば、彼等成瀬と称した彼等と共に戦いたい。
 だが顔を左右に振った。自らの役割を、飲み込んだものとして。
「必ず無事に戻ります」
 翼を広げ、暗闇の上、星々の瞬く空へ飛び立った。彼女の羽がひらりと、水部 稜(CL2001272)の肩に落ちる。
 遥か上空へ向かう天使の羽ばたきが、段々とその音が手の届かない場所まで消えていく。稜はせめて、彼女を守れない代わりに、彼女の羽を大事そうに懐へと仕舞った。
 澄香が女でなければ、心配せずに戦場に送れただろうか――いや、そう考えている場合でも無い。
 弾丸か砲弾のようだ。稜の懐に飛び込んで来た粋が、その腹に爆音と衝撃と奏でながら炎を解放した。吐き気と熱さに意識を手放しそうになった稜だが、歯を食いしばり留め。水の雫を打ち返した。
「仲間を殺すのならば、お前にはあらゆる苦痛を悉く与えてから殺す」
「ふふふ、ここに来るまで何人の一般人と仲間とやらを殺したか、教えてあげましょうか?」
 漸の双刃が空中を撫でた。咄嗟に粋は空中へ跳躍してそれを回避したが。
「良い齢したおじさんが物騒なもの持っているわね?」
「ああ、神具の中でも選りすぐりのとっておきでね」
 翻した粋は腕に炎を溜めた。だがその腕、基の鞭が絡まり引き寄せられ、粋は粋でも驚く程無様に地面に転がったのだ。
 漸は一瞬、符に落ちない表情を基へと向けたのだが。基へと向う粋を見つければ、親として進行を許すまじと双子の刃を鳴らす。

「大丈夫なのよ、こんな傷あすかがすぐに治してあげるのよ!」
 再び飛鳥の小鳥のような唄声と癒しが届いた。この戦場において、舞う粉雪のような彼女の存在は要とも言えよう。
 故に、彼女は敵からしてみれば絶対に殺す対象でもある。
 天行の得意技だろう。濃い霧の中、突出してきた斧が彼女の頭上を刻まんとしていた。飛鳥はそれでも周囲への癒しを施す為に、印を組む。
 故に、飛鳥は攻撃を受けてしまった。一瞬にして世界は紅く染まる。彼女の白い肌も、赤く、赤く。
 だが回復手を守るのも、更に回復手である。
 紅崎・誡女(CL2000750)が飛鳥の身体を受け止めながら、己の内なる体力を彼女に分配するのだ。
「一体、何人湧いて来るっていうのさ!!」
 斧を持った百鬼。彼の身体が、側面から飛んできたリーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)という恋する乙女のキックにより吹き飛んでいく。
「ウー! また愛しの彼と離れ離れデース!! 何デスカ! 何で最近ずっと一緒にナレナイノデスカー!!」
 八つ当たりに百鬼を吹き飛ばした女は、ふと飛鳥と誡女が視界に入った。衝撃的光景、後衛も前衛も最早そんな秩序が消えた戦乱。
「オー! ダイジョウブですかー?」
「なんとか、大丈夫です」
 誡女は突然のムードメーカーに苦笑した。
「回復サン、お二人だと狙われやすいデース! 一緒に百鬼、ぶっ倒しまshow!!」
 そうしてリーネは飛鳥と誡女と共に行動を始める。誡女は暗天を見つめて、嘆いた。
「皆で無事、帰れるといいのですけれど……ね」

●2-1
 さあ、始めよう。
 ここは、五麟戦場の中でもとびっきりの世紀末! 誰しもかれしもが血に飢えている、そんな殺意が高い場所。
 早速チェーンソーが唸っていた。回転し、そして怒号のような爆音を奏でながら廻る廻る。
「嬉しくないッスけど!!」
 葛城 舞子(CL2001275)の覚醒せし瞳から、光線が放たれ百鬼の男がチェーンソーと共に破壊されていく。
 舞子が曰く、自ら悪者を名乗るのは結構だが、ゲームなら悪は必ず倒されるという所だ。それは間違いでは無い、いつどこの世も悪は決まって成敗される。
 手榴弾が転がってきたかと思えば、爆音パーティ。舞子はロマンと語り、ヒャッハーもロマンと語り、女の子には似合わない武器を拝借した。
 ぷるぷる。震えるあほ毛がくるくると動く。
 明石 ミュエル(CL2000172)の棘の蔦が敵に絡み、そして血飛沫を上げさせながら締め上げていく。
 黎明は、できるなら疑いなく無かったが。けれども、こうなってしまっては、街が壊れてしまっては、戦わない訳にはいかない。
 行き場の無い怒りは、百鬼を襲った。ある程度戦場を駆け抜けたミュエルの手付きは、どこか器用だ。
「信じてたのに! 信じてたのに!!」
 蔦を巻き上げ、百鬼を空中へ放る。それを荻 つばめ(CL2001243)が鬼丸で切った。速度にものを言わせて、連撃を見舞う。
 こうでもしなければ、落ち着いて本も読めないというもの。つばめは、自身の平和の為に戦う事を余儀なくされているというのだろうか。
 ある意味、完全にとばっちりを喰ったような形にはなってしまったが、つばめという1戦力もまたFiVEという大きな組織に必要な力である。
「斬り裂け、鬼丸!」
 つばめは方向し、チェーンソーごと、男を叩き、切り伏せた。
 未だ、暁は遠い。空を眺めながら、七海 灯(CL2000579)は祈り手を作った。
 誰にでも、等しく夜明けは。黎明は、暁はやって来るもの。明ける朝は、まだ遠くとも。きっとそこに希望があると灯は歌う。
 それまでに、誰一人として欠けさせる事はできぬ。灯は眼前の百鬼の女の連撃に身を裂くも、カウンターに忍び込ませた地から吹き上がる打撃に全力を懸ける。
「ゆかり、四月から花のJKなんですよ!? なのに、高校が無くなったら困るじゃないですか!!」
 それは困る。
 ゆかり・シャイニング(CL2001288)はミュエルが見える位置までやってくる。戦場を見回してから、炎を吹き上がらせて攻撃を開始。
「怒り爆発スペシャル! どっかーん!!!」
 ここの戦場は群を極めて騒音が発生しているが、それよりも更に元気があるゆかりの声が戦場いっぱいに響いていた。
 百鬼を一人捕まえたかと思えば。
「モノボケです! なんでやねん! なんでやねん! あっこれハリセンじゃなかった!」
 割とグロも許容する彼女だ。

 火炎放射に、爆弾の嵐。それでいて過激なこの夜。
 最も狂気的であったのは、首魁の紫雨では無い。この女だ。
「メインは譲ったんだもの私達の為に皆殺しよ邪魔する奴は敵だわ殺す敵は誰一人生かサない逃さナイ死ね死ね死ね死ね死ねシネ死ネ死死死死死死死死死死死死死死死死死死」
 春野 桜(CL2000257)が炎に塗れてもなお、火炎放射器ごと男を両断した。その血飛沫に晒されながら、淀んだ光を通さぬ瞳で恍惚そうに頬を触る。
 死の臭いだ。死の景色だ。染まれ、染まれ、クズども。紫雨だろうと百鬼だろうと、誰一人として逃がさぬ、全て息せぬ肉塊へと変えてやる。
 殺しましょう、殺しましょう。奪われる前に、奪ってやるのだ。斧とナイフで何度も死体を突き刺しながら笑った。
 これは負けてられない。桜くらいには精力的に行動しなくては。月歌 浅葱(CL2000915)は戦場を駆けながら、百鬼を探す。
 いたいた。別の覚者を襲うやからが。ここぞで登場、やはり真打は遅れて出てくるというのがセオリーだ。
 マフラーを靡かせ、髪を払う。停滞を嫌う、変革を望む人らしい感性を持った百鬼と首魁だ。それを浅葱は否定はしないが、肯定もしない。第3者的目線から、この街では認可されなかったものとして処理をする。
 彼らは止まれないだろうから、止める。浅葱の細い手はナックルを握りなおして広域の武具、ロケラン持った男を殴り飛ばした。それだけで無く、飛ばせば追いかけてさらに手足の間接をはずした。
 腕や足、それくらいの犠牲なら。命をとられるよりはマシであろうか。
 ヒャッハーも怖いが、桜も怖い。少し神々楽 黄泉(CL2001332)の背がゾっとした。
 黎明が裏切る事はいけないが、住む場所を奪われるのはもっと捨て置けない事。何故、されたら嫌な事を、彼等はやるのだろうか。
 こてんと斜めに傾いた黄泉の頭上から、疑問符が浮かぶ。後方から、
「餓鬼ぃぃ!!」
 斧を持った大男が迫ってきた。少しばかりムっとした表情になった黄泉は、第3の瞳でそれを穿つ。まだ、戦いの仕方はよくわからないが、それで大男は胸に風穴を空けたのでヨシとしよう。
 だがそれで大男は止まらない。黄泉を狙いに走り込んで来たものの、
「うるさいの」
 覚醒せし小石・ころん(CL2000993)が自撮りのシャッターを押せば、地面に抉れて亀裂が入る貫通撃が男を吹き飛ばした。
 写真に写ったころん、それは普段よりは可愛くない表情だ。それも仕方ない、この騒動でころんのお店も、オーナーと思い出の場所も、見事に消し炭へと代わってしまったのだから。
 それは、ころんが戦場へ赴かない理由にならない。
 全員、ハンプティダンプティの刑に処す。だがその前に、傷ついた仲間達へ回復を行うのはころんの美徳であろう。

●3-1
 ネオンが照らす夜よりも遥かに明るい終夜。
 紫雨は虚空から八尺を取り出し、引きずりながら相対する敵へ一礼した。両隣には、神無木咲と風魔凛が佇む。
「なんかさー、ちょっと萎えンね。なんだろうな、この楽しく無さは一体。咲、凛、まあ適当に殺しといてよ」
「関わり過ぎなのよ馬鹿。貴方の傍にいたら命が幾つあっても足りないわ」
「ぁぅぁぅ」
「咲ちゃんちょっとキツくなーい? ていうか、俺様がアイツらに負ける訳ないじゃん。部下は兎も角」
「部下は兎も角は余計だわ、心外ね」
「はぅぅぅお二人とも、ここ、戦場ですぅぅ」
「だぁーって折角ストックした部下がばったばったと撤退されたら俺様だって、なんて八神に説明すればいいわけ?
 怒ってるよ俺様は……俺様の至らなさ加減にな」
「……あ、そ」
 紫雨は八尺を構えた。剣先に居るのはFiVEの覚者だ。
 誰かが、ここから先には通さないと言った。
 誰かが、街をこんなにして赦さないと言った。
「殺しにおいで、俺様の心臓はココ」
 紫雨は心臓部を指で刺してから、部下が瓦礫の街に散開した。

 工藤・奏空(CL2000955)が飛び込んだのは紫雨の懐だ。最速に身動きが取れた奏空は紫雨に近づく事は容易かった。
「俺達のチーム名の『オム』は亮平さんのオムライスの略だよ。いいでしょ」
「悪かねえな」
 彼等チームが目指すは、紫雨の捕縛だ。だが、数ある条件の中で捕縛の二文字は何よりも難易度が高い。
 迷霧が吹き荒れ、紫雨の目の前の視界が奪われていく。奏空はそれで後方を見た――だが、作戦は上手くいくわけでも無い。
「お前たち、俺様に関わりたいのは知ってるが……あんまり部下を放置してくれんな」
 志賀 行成(CL2000352)と阿久津 亮平(CL2000328)は前に出れども、凛と咲の配下に抑え込まれて前に進むことはできない。
 それでもと、亮平は口を開いた。確かに、裏切り行為と騙していた事は許す事は出来ない、それに関してはまだ怒りの意が消えた訳でも無い。
 あの日、あの時、数時間前。彼の頬をぶん殴った手の平はまだ痛んだ。
「心の奥底で救われることを望んでいる子達の命を奪うなんて俺には出来ない」
 紫雨は亮平の言っている事が理解できない。何をそこまで生かしたがる。確かにこの世界、殺人はご法度だがこの情況でそう言えるものだろうか。
「救われたい? 俺様が? ああ、そう見えるンならそうかもしれねえ。だが俺様はお前等だけには救われたかねぇぇんだよ!!」
「嘘だ、君は――だって」
「うるせえ、うるせえうるせえ!! 分ったような口すんじゃねえ!!」
 紫雨は近くの瓦礫を蹴りだけで吹き飛ばした。亮平の説得は紫雨の施した仮面の上を滑ってしまう。
「で。孤立したオマエは俺様の相手でもしてくれるワケ?」
 奏空の胸倉を紫雨は掴んだ。容赦はできない、してこない。奏空は感じ取っていた。それでも手を伸ばした先、八尺を持つ腕に双刃を突き刺した。
「はあん? 成程。俺様とこいつをどうしても離したいワケだ」
「それは、君が持っていていいものじゃないから……」
「そうだろうな、オマエらから見ればな」
 紫雨は龍の如く巻き付いた炎を翳して、八尺の刃で彼を切った。倒れても足を掴んだ奏空に目もくれず、前へと進まんとした。
 回復はいつでも厚い。だが風魔の部隊も雷獣というものを持っている者がいる。それが後衛を飲み込めば、三島 椿(CL2000061)の腕はそれ以上動かなかった。
 行成の貫通撃が地表を抉り、そして美しい装飾の雪舞華が月明りに反射した。
 行成の目線からは、紫雨が只、遊びで楽しむ子供と何が変わらないのかと思う。その遊びという度合は、限度を振り切れているがそれでも救いたい者がいるのなら手を差し伸べる。
 紫雨は行成を指差した。
「ああ、知ってるオマエ。ビル屋上で会ったな」
「そうだな。そこのビルは今瓦礫撤去で忙しいらしいが」
「あんとき、俺様さ。お前等が八神倒してくれればなーって思ってたんだけど。ぶっちゃけ今もまだそう思ってるよ」
 百鬼の男の刃が行成の腹に刺さった。それを振りほどき、衝撃に傷口から血が漏れながら振り払う。
「でもま、なぁんでじゃあ、今潰しにかかってんのかなって思うジャン。俺様思ったんだよねー、八神倒されたら次、お前等倒さないといけなくなるじゃん?」
「順番ということか」
「そゆコト」
「殺し殺され……自ら全ての憎悪を引受け降らせる雨は悲しいものだな」
「……慣れって怖いよな。俺様が今更悲しいとかカワイソウとか思う心があると思うか?」
 煌めく星が降り注ぐ。空より、幾重にも重ねられた星だ。それが紫雨に当たる事は無かったが、子供の姿より大人の姿に切り替わった成瀬 翔(CL2000063)が居た。
「兄貴!!」
「オイオイ、そろそろその兄貴やめようぜ。とんだ茶番だ」
 紫雨と翔の距離は大凡後衛の攻撃が当たる程。大声をあげ、翔は紫雨に言葉を贈る。
「覚悟しとけ!! 捕まえたらぜってー仕返ししてやっからな!!」
 翔の指先はしっかりと紫雨へと向いていた。風魔の隔者の猛激にすぐに指は振りほどかれるものの、翔は敵と味方の間にチラつく彼の姿を視界から逃そうとはしない。
 鈴駆・ありす(CL2001269)はこの戦争とやらにあまり興味が無い。すぐ近くで紫雨と覚者の言葉が飛び交うが、彼女の耳には滑っていく内容だ。
 けれど、なんのためにここに君臨したか。それは彼女は護るべき組織の為だ。FiVEという意場所を奪われるのは、好まない。
 故に、
「さあ、あっちの決着がつくまで相手してもらうわよ、忍者サン?」
 人間と古妖の未来の為に戦うのだ。凛は斧を振るいながら、目の前に立ったありすにぎょっとした。
「えっ、私でいいんですかぁ? が、がんばりましょう!」
「相手気遣ってどうするんのよ、やりにくいわね忍者サン」
「はあぅぅ、ごめんあさいぃぃい!」
「もういいわ……」
 恐らくこの凛という人物が倒れれば、風魔の部隊はかなりの打撃を受けるだろう。早速だ、風魔の忍者がありす目掛けて飛んできたのを、炎を振り払い焦げついた忍者が断末魔をあげた。
「さあ、次に燃やされたいのは誰かしら? 死にたい人から来なさい!」
「んーふーふー、じゃあ凛も赤髪ちゃんと、あーっそぼー!!」
 緋神 悠奈(CL2001339)は憤激していた。最近発現してFiVEへ来たかと思えば、突然の自衛。突然の襲撃。
「しかも逢魔ヶ時紫雨ってヤツ? もう見るからにダメだって。本能が逃げろって言うんだもの」
 というわけで悠奈の眼前には八尺を振り上げて止まらない紫雨をご用意しております。
「ソイツがどこにいるって? 目の前。生活費のこととか考えてたらぶつかっちゃってな」
「……生活費な、大変そうだな」
「ぶっちゃけ大変」
「頑張れよ。発現したってことはFiVEなんだろ?」
「そうだよ」
「じゃあ、とりあえずその、すまん、その、殺す」
「…………逃げる時も大切だから、今は全力で逃げろー!!」

●1-2
「天を裂き唸る天空、天駆ける迅雷の刃! 天行壱式召雷!」
 浅葱 枢紋(CL2000138)が起こすのは雷撃の雨だ。一瞬の煌めきと、うねり轟く衝撃。
 眼下の敵を一掃しつつも、枢紋は頬についた赤い傷から下たる赤色を舐めた。嫌な味だ、嫌な鉄の臭いもする。これならまだ、河原で不良同士で殴り合って大人に怒られた方がまだマシとも呼べる。
 どうしてこんな五麟になってしまった事か。それよりも義理も人情も知らぬ輩に良いようにされる事に腹が立つ。
 枢紋は再度印を繋いだ。暗闇の中、己はここに在る事を称しながら。
「いっくよーーーーっ!!! ミラノのまちをーーーーまもるーーーっ!!」
 ククル ミラノ(CL2001142)の回復が周囲に癒しを与える中。
 津波のように流れて来る敵に、上月・里桜(CL2001274)の守護使役が上空へ舞う。
「私は普通の方がいいです。とりあえず4月から五麟大学に通う予定ですし、壊されないように努力しましょうか」
 守護使役から送られる情報を、整理して味方へと流す。味方も味方で、かなり自由な動きをしているのが気になる所ではあれど、情報は戦においては必要なもの。
 テストで答案用紙に答えを書き込むよりも、複雑で。情況次第で100とも変わりを魅せる戦場は里桜の手の平で踊る事だろう。何より、百鬼や七星剣に然程興味は無くとも、四月から通う場所を木端にされるのは願い下げたいもの。
(紫雨は、情報を運ぶ手段を持ち合わせているはず――)
 確かにそうだが、ここからでは彼には手が届かない。
「未曾有の危機とは正にこの事ですね……そして絶対に負けるわけにはいかない場面ですっ。ボクの大事な人も住むこの町を絶対に守りきりますっ!!」
 離宮院・太郎丸(CL2000131)は里桜の指示を受け取り、比較的回復手の恩恵が行き届いていない場所まで走った。
 ふと、たか子という女性の事が頭の片隅でチラついたものの。彼は走る足の動きを止める事は無い。己のやるべきことを十全に知り、そして実行へと移すのが彼である。
「おいおい、そこの坊ちゃん、とりあえず死ねよ」
 途中、百鬼に阻まれる太郎丸。ノートブックを開き、そして術式を展開する中。小刻みな振動と、連射される鉛玉と、鮮血が一途。
「アッハッハ! えらい事ですね! 笑い事じゃないですね! でも笑うしかありませんねー!!」
 筍 治子(CL2000135)が歯を魅せながら、百鬼の死体に片足を乗せる。月をバックに、彼女の笑い顔は逆光で見えぬ。 
「それじゃ行きますよマリー! 一人でも多く止めるです! 物理的に!!」
 太郎丸目線では一瞬、彼女が百鬼では無いかと考えたが。攻撃は見事に彼を避けるようにして飛んでいく。ならば、太郎丸は回復で治子の背中を押すのだ。
「後方は、僕が守ります!」
「こちとら中衛だボケェ! 進軍許してんじゃねえぞ、オラァ、鉛玉をプレゼントフォーユー! 遠慮するなですよー!!」
 治子の猛激が肉を蜂の巣へと変えていく。銃撃に吼えながら、笑顔を魅せる治子はどこか狂気染みていたが、まだ敵味方の区別がつくだけ、そしてこちら側であるだけ至高はマシだろう。

 荒木 実乃里(CL2001328)は己が出来る範囲の事を精一杯と、この戦場に立った。
 彼女にしてみれば、自分の庭が荒らされるのを止めるのがFiVEとして、一員として初の仕事であるのは、不運とも呼べるものに近い。
 駄目と言えば聞いてくれる敵ならばまだいいのだが。棘の一閃に痺れを乗せ、そして敵の行動を封じる。だがしかし、側面から飛んできた弾丸に、彼女の身体は軽々とふき飛んだ。
 攻撃を行った百鬼が、実乃里を足蹴にして笑う。
「んもー、あんたらのリーダーは馬鹿なんだから、退いてよね」
 弓削 山吹(CL2001121)は嘆きながら熱の刃を地面奥深くから吹き上げさせる。燃ゆる百鬼が実乃里から離れて、闇の奥へと消えていった。
 先程行われた奇襲は、紫雨としてみれば夢見で予知された時点で破綻を決めていただろう。だがアレはまだ始まりに過ぎない。
 彼等は止まれないだろうから、迎え撃つ。
 己の命の最後の一滴まで燃やしてくるのなら、迎え撃つ。
 それで、満足したのなら帰れと言いたい。
 山吹が翳すのは、両腕に女性には似合わぬ武器という人殺しの道具だ。それを構えて、山吹は突き動かされるように動いた。飛んできた真空刃を、正面切って殴りつけて壊しながら。
「ちょっと。こっちに攻撃が飛んでくるんだけど」
「すまないな」
 御巫・夜一(CL2000867)が頭を小さく下げた。疾風斬りを放った男を抑え込みながら、夜一は苦無で男の首を裂いた。
 返り血に染まる彼の身体。挑発に軽々と乗ってきた百鬼を抑え込むのは容易いが、馬鹿正直に突っ切ろうとする百鬼は中々に面倒だ。
 怒号も、罵声を浴びせるつもりは無いが。身体を使って彼は敵の進軍を食い止める。
 逢魔ヶ時の目論見はわかった。それに賛同し、行動を共にするのもわかった。けれどそれを認めるかと言えば否だ。
「どけえ!!」
 巨大な剣が振り翳された。素直に受ければ右腕か、左腕か犠牲になるか。だが苦無の方が圧倒的に素早い。懐へと滑り込んだ彼は、敵の胸を突いた。また血に染まり、不意にも口に含んでしまった鉄の味は不味い。

 河上・利秋(CL2001308)は溜息を吐いた。
「まさか桜の初陣がこんな形になるとは……な」
 彼が見たのは、伏見・桜(CL2001314)の必死の表情だ。
「……そんな、どうしてこんな事するんですか! 私達の街を壊して……たくさんの人を傷つけて……どうしてですか!」
 この混沌染みた地獄の中で、翼を広げて敵陣へと叫ぶ彼女はまるで聖女や天使に似たものであるだろう。
「それは楽しいからかな?」
「それは……紫雨がやれって言ったからよ!!」
 されど、帰って来る返事は彼女の理想には程遠い。返事と共に、刃が返り。彼女の身体は傷つくばかりだ。
 刃を弾いて、利秋は彼女を引き寄せた。無駄だろう、彼等には説得は通じない。紫雨の一声で、機械のように手の平を返す連中だ。
 彼女を抱いたまま、利秋は敵を切り裂いた。せめてもの、その敵の血が彼女の服にさえ飛ばないよう最新の注意を払いつつ。
「どうして皆さんこんな事をするんですか……話し合って一緒に手を取り合う事が出来るのに。それが人なのに」
「……桜、君の気持ちは尊いものだ。だが、この場ではそれは弱さでしかない。もしそれでも君の気持ちを通したいなら……戦うしかない……ここはそういう忌まわしい場所だ」
 彼等は鬼だ。百鬼だ。人の皮を被った、百鬼だ。
 桜は彼の腕の中で、覚ったように瞳を閉じた。
「そう……ですね。何かを通す為には……戦わなきゃいけないんですね。わかりました、利秋さん。私も戦います……私の想いを通す為に!」
 風を従える事が可能な翼が唸る。風を起こし、彼へと近づく悪手の摘むように桜は瞳を開いた。最早ここからは言葉で優しい説得は出来ない。出来るのは、誰かを守るために百鬼を退ける事。説得で終れる戦争は既にもう過ぎ去ってしまったのだから。
「さあ、死にたい奴からかかってこい……俺が相手してやろう」
 手の平を上に、来い、と指を折った。目には目を、歯には歯を、悪には悪を。全くこの世の理とはそういうものだ。

●2-2
 衛 康一郎(CL2001319)は銃撃をかわしながら、瓦礫の済みへと身を隠した。そこは安全とは言えないが、一呼吸置く場所にはなろう。
 康一郎は心の中で会議を始める。
 一瞬でも黎明を信じたか。嗚呼、やっぱりこうなるのだと分っていた。結局、人間の絆は簡単に壊れやすく。本当に信用できる人間としか作れないのだろう。
 それは、残念ではある。これが人間なのだと、繰り返しごちた。
 康一郎は霧を発生させる。敵が視界が悪くなり、周囲を見回した所で精神力で練り上げた弾を撃ち込み、そして一人が倒れた。地道だろうが、やっていこう。
 本当は妖の方と戯れたいものだが、いつしか人ばかりである。九段 笹雪(CL2000517)はそれでも彼等を野放しにする事はできないと、一歩踏み出した。
 ともしびで視界を確保しながら、銃撃を行う敵へ星を落としていく。それだけで鎮まる敵では無いとは思っていたが、予想通りだ。
 特に全体攻撃を行える者は敵に嫌われたか。水蓮寺 静護(CL2000471)が笹雪の手前で、刃を振るう。
「大丈夫か?」
「うんまあ。でもほんと、まいっちゃうよ!」
 なんの為にFiVEに来たのだろうか! 笹雪は首を横に振りながら、悲劇を嘆いた。
 静護もまいったなと思いながらも、遠くの戦場にいる女を思い出す。まあ、彼女は叩き潰しても死なないような人間だから大丈夫だとすぐに考えを改めたが。
 刃で切り伏せたのは、銃撃を行う権化の銃だ。腕ごと斬らんと静護は構わない。
「邪魔者は全て……払い除ける!」
 弾丸が降り注ぐ嵐の中で、弾丸を見極め切り伏せながら。ひい、と漏らした敵に静護が負けることは無い。
 更に後方より、
「やたら火遊びが好きな連中みたいやなぁ。けどあたしの『焔』で逆に燃やし尽くしたるで!」
 陰 凛(CL2000119)が仁王立してから、得物を手に取った。紅い瞳が更に輝きを増すように、灼熱を身に宿した凛。
 炎を従わせながら、彼女が走った軌跡には陽炎が付き纏った。群として動く百鬼の中央まで入り込んでは、舞うように身体を廻して斬り込んでいく。
 今更裏切りとか、百鬼とか、凛としてみれば些細な事だ。けれど許せないのは街を壊す事。関係無い人を巻き込んでいくこと。
 それは凛の焔の断罪に処するに値する。止められない勢いで凛は舞う、そして、百鬼を薙ぎ倒すのだ。
 凛を後方から補佐する石和 佳槻(CL2001098)。ここにいる理由は凛と似ている。
 やっとこさ暮らせる場所が見つかったと思えば、即座に襲撃にあうとは何度も貧乏くじを引いたことか。そんな夜に一人だけお布団に入って火事が終わるのを待つなんてできないし、させて貰えないだろう。
 隠れて過ごすよりは、表に出て行動するのが吉か。
 空気中の水分を指先で操り、そして傷を埋めていく。支えるから倒れないで、そうすればいつか暁は視えよう。
 壊すだけ、暴れるだけの敵相手に負ける気はしなかった。
「あっはっはっは! なんと美しい多重奏か! ねぇ神祈君、愉快ですねぇ、楽しいですねェ!」
 エヌ・ノウ・ネイム(CL2000446)は火の粉の上がる世界で両腕を広げてから一周廻った。
 近くには、神祈 天光(CL2001118)が控えており、エヌとは対照的に落ち着いた表情で、どこか悲し気だ。
「拙者は楽しくも愉快とも感じぬでござる。……このような戦いなど、何度もあってはならぬ、その筈でござる……」
 本当ならこういった事は起きてはならない事だ。思うところはあるが、まずはこの騒動を止めるのが先決か。
 変わった形の刃をもった剣が天光の頬を傷つけた。首を横に倒して裂けた天光はカウンターに、構えから一閃を放つ。
 目には目を、火力には火力を。エヌは単純して、真理の現象を謳いながら。天空より、星を振らせて再び両腕を広げた。
「声を! 喉が焼き切れ命落とすその刹那まで断末魔を聞かせてくださいよ!」
 大笑しながら、喉を震わし。耳を傾けて惨劇をBGMにする。
 全く、これでは何方が敵かわらかないと天光は目を細めたが――例え彼が、同じ敵となったとしても天光はエヌを肯定し続ける。

●3-2
 ――その頃。
 逢魔ヶ時氷雨は走っていた。樹神枢がその背を追っていく。
「待つのだー!! 氷雨どのー! 待つのだー!!」
「待てって言われて、待つ馬鹿がどこにいんのよ!! 追って来ないでよ化け物ー!!」
「危ないのだ! 此の先は貴殿のお兄様がいるとは思うが、氷雨殿には危ないのだー!!」
「うるさいわね承知してるわよ追いかけて来るなぁぁ!!」
 氷雨は何かにぶつかった。
「あ……」
 ふと見上げれば、三島 柾(CL2001148)が立っており、腕を掴まれる。
「先に回り込むなんてひどいです! それはそれとして、離してください!!」
「離したら、止まって話しを聞くかい?」
「恐らく聞きません!」
「じゃあ、離せないな」
 枢と共に追いついた時任・千陽(CL2000014)。息を切らしながら走ってきたのだろう、何故そこまでするの――と氷雨は一人言のように言う。
「君は死に引っ張られているようですが、貴方を命懸けで救った方に対して、その命を無碍にしないでください。お願いします」
 氷雨は自分が死なないと思っているようだが。恐らくこの現場では一番死に近い存在だ。
 魂や、命懸けで彼女を救った者は少なくはない。それは氷雨も氷雨として理解していた。
「もしかすると君は兄の死を見るかもしれない。それでもこの場所で、彼に声をかけたいのであれば、自分が送受心で彼に君の言葉を伝えます。一緒に君の兄を止めましょう」
「そうよ……、止めたいの兄を。でも多分、私は力にはなれない。私は何を言っても彼の耳を滑ると思う。でも、それでも。兄は、辛そうに生きてるから」
 家族だから。と氷雨は言った。
「そういうのって、理屈じゃないって思うの!! 私は、ここで彼に会わないと後悔するって思う。だからその」
 柾は暫く考え込みながら。
「行動せずに後悔するのなら、行動して後悔したいって所かな?」
 氷雨は頷いた。随分と短い間に成長したものだ。イレブンのままの彼女であるのなら、恐らくこんな事件も茶の間からテレビを観る感覚で世界を見ていただろう。
「……わかった、お前ならそう言うと思った」
 柾は氷雨の腕を解放し、頭をわしゃわしゃと撫でた。撫でたのだが、その瞬間氷雨は柾の小脇からまた逃げようとした。
「君は思うよりせっかちだな!」
「兄が殺されたらもう言葉は届かないのぉぉ!」
 彼女は柾の腕の中で無力な抵抗を続けていた。

●1-3
 街といふのはもっと人の声があって、住む家があって、息づく命があるもの。
 そう語るのは、アレサ・クレーメル(CL2001283)だ。故に、現状の世界は不可解なものだ。
 ふと、アレサへ粋が飛び込んでくる。この場の首魁、顔を上げた彼女の顔が次の獲物を見つけたとばかりに笑った。
「あなた達みたいな人が、そうやって戦いを好んでいるから……!」
「あら、貴方だって好きなことをずっとしていたいでしょう? 同じよ、同じ」
 こっちだって。アレサは得物を手に取り、粋へとぶつけた。好きでこんな景観を繋いでいる訳では無い。何方かと言えば、何も無ければ平穏で暮らしていたいのだ。
 なのに。なのに。
「騎士、アレサ・クレーメル。いきます!」
 エクスカリバーを取り、金髪が揺れる。武具を放てば放つほど、華やかな金色は、赤く、赤く染まっていく。自らの意志とは反して。
 粋は一度退いた。連鎖性も連結性も無いFiVEの攻撃だが、数が彼等の武器であるか。行っても行っても、次から次へと湧いて出るFiVEに粋の身体は自然と後退した。
「気を付けろ、こいつら殺しても殺しても復活してくるわ」
「おっと、そこの猫娘」
 後退する粋の足を掴んだ葛野 泰葉(CL2001242)。仮面に表情を隠して彼の素顔は見れないが、それでも不思議と高揚している風貌だ。
「酷いなぁ」
 百鬼とかいうクズ共が大挙してやってきたか。
「離しなさいよ!!」
 粋は力づくで足を回転させ、解放し着地。その間に面が切り替わった泰葉。恐らくあの面は、キレていると言うんだろう。
「やあやあ、俺は十天が一人、葛野泰葉。君を殺しに来た。短い間だけどよろしくね、キャラ被りさん」
「キャラ被り……」
「そうそう、それと」
「?」
 泰葉は背中を方をちょいちょいと指刺した。
「既に斬っていたのに気づいたかな?」
 ハッ……とした粋。だがその時には背中が弾けて、鮮血が舞った。
「十天、葛葉泰葉参る。格闘家さん、道化との戯れ楽しんでくれ」
「ん……こんのぉっ!!」

「地上の奴等は任せといてよ」
 美錠 紅(CL2000176)は夜空を見上げながら言う。あの空には、翼が無いと届かないけれど。だからこそ、せめて彼等が帰る場所である地上の戦乱は治められるように。
 ナイトレイダーとアンダーテイカーを構えた。両刃は揺れる炎に照らされて、紅と同じ髪の色の染まった。
「あたし、頭に来てるのよ。街をこんな風にしたあんた達にさ」
 それが、彼女の怒りを露わにしているよう。駆けて来たのは暴力が二人、槌と刃を持った男が紅へと飛び込んで来た。
 タイミングを測り、薙ぎ払え。我が、紅の刃は他と一味も二味も違う事を知れ。
「あんた達が滅茶苦茶にしたこの街には、あたしの友達がいるのよ。あんた達が目指してる学園だってね、あたしの、あたし達の日常なのよ」
 腹を引き裂き、薙ぎとばす。紅は今こそ、壁のように頑丈で高く立ちはだかる。
「住む場所を、生きる場所を、帰る場所を! 何だと思ってんのよ!!」
 暴風が如く。小さな台風が吹き荒れて、百鬼は紅より間を取った。その先、佐々山・深雪(CL2000667)が拳を鳴らして、立っていた。
「んもうっ! さわがしいなっ。ボクはのんびり食の探求に勤しみたいんだ。ボクの住みかを荒らすなんてゆるせないよっ」
 後退してきた敵陣の後ろに回り込み、深雪はナックルと身体を振り回す。慟哭、激しさ、そして純粋な怒りに身を乗せて悪行因果に鉄槌を振りかざす。その威力は恐ろしさを秘めていた。
 隔者を退けて、そしてまた別の敵陣へと身を投じる。深雪自身は回復できずとも、後方より支援が届いているのだから、故に彼女は止まる事は知らない。
 強さとか、憎いとか、そういう感情は手放して。単純に。
「早く落ち着いてゆっくり美味しいご飯がたべたいよっ」
 日常の幸せを望んで、彼女は無我夢中に身体を動かした。
「まったくね。好きにされちゃあ困るよ」
 白部 シキ(CL2000399)の召雷が吹きわたり、是枝 真(CL2001105)がその雷撃を辿る。放つのは睡魔を施す天行の技。
 眠らせた隔者はまだいいが、眠らない隔者は真へと突っ込んで来る。それでいて、敵一団の足並みが崩れれば御の字という所だ。
 刹那を両腕に、飛び込んで来た隔者を切り裂いた。胴が捌かれた男が断末魔を上げるも、真はそちらへ目を向ける事も無い。
「黎明」
 その名前は知っている。辞書とかで、よくみるよね。そういうのじゃない。嗚呼、あのヒノマルに襲われていた奴等か。
 それくらい真にとって彼等はどうでもいい。これはやれと言われた仕事なのだから。機械的で事務的だが、実力は物を言う。
 百鬼の女を追い詰めて、転ばせて、跨って刃を首筋につけた。
「殺しなさいよ」
 そう言われた声が、震えていた。
「安心してください。貴方がたは憤怒者ではないので、殺しはしませんよ」

「ふん」
 赤祢 維摩(CL2000884)は敵を雷撃で伏せ、経典を閉じる。
 馬鹿騒ぎも飽きて来た。まだ酒でも飲んで潰れている酔っぱらいの方が許容できよう。
「今、酔っ払いの方が扱いやすいって思ったでしょ?」
 四月一日 四月二日(CL2000588)は意地の悪い顔で維摩の頬を突きつつ、それを振り払われてからニヤリと笑った。
 俺のお蔭、と自負する四月二日に維摩は、うっとおし気にやたら強調して、違うと叫んだ。
 だがしかし。彼等百鬼の夢とやらは、叶えてはいけないものだ。まずこの五麟が消えるなんて、FiVEが消えるなんて。許されぬ。
「また馬鹿騒ぎできなくなっちゃうしね。情報頂戴よ」
「誰がお前なんかに」
「あ。もう来たからいいよいいよ」
「チッ」
 受心したのは彼が持つ情報。言葉ではあれだけれども、彼は役目は果たす。そこに四月二日は一寸の疑いを持っていないのだ。
 周囲に聞こえるくらいに大きな舌打ちが響いた時、四月二日は後ろから迫った敵を、回転して薙ぎ払う。
 術式と体術封じとは言え、強化され、半ばバーサーカーしている敵は無尽蔵に後衛を狙っていく。それを引き払う四月二日の役目だ。
「そら道はできたぞ。突っ込むしか能がないなら、精々弾除けになれよ」
「キミそれが弾除け相手に取る態度かよ……っと言いたいトコだけど。お陰で安心して動けるのもマジだし」
 維摩が封じ込めた敵を、四月二日が薙いでいく。何時の間にか、背中合わせになった。けれど、絶対領域と呼べる程に、二人の背中は触れ合う事は無い。
「ソレ途切れないようにヨロシク頼むぜ。これ以上面倒みなきゃいけない酔っ払いの馬鹿が増えるのはキミも困るだろ!」
「ふん、呆けてる暇があるのか? さっさと動けよ」
 敵陣の雷の雨が降り注ぐ。轟音と共に、崩れたのは家屋か。歯奥を噛んだ香月 凜音(CL2000495)。
 降りかかる火の粉はなんとやら。これでは交通事故やそういった避けられない人災を目の当たりにしながら、復興できるのかと嘆いた。
 例えばそれはFiVE組織同じく。喩えこの襲撃があったとしても、簡単に瓦礫が如く崩れていく程、我々は弱くは無いと自負している。
 さあ、百鬼の長とはどういった人物か。それは遠くに在りここからでは見通せぬが、百鬼が尽く討たれている中でも引かぬ部下がおるのなら、見合った君臨の仕方をしているのだろうか。
「お前ら無理すんなよ。ローテしながら敵に対峙してくれ」
 ここでは、FiVEでは王のような長はいないけれども。一人一人の絆がそれに代わるもの。凛音は術を唱えて周囲を癒す。そしてそれが己の戦いであると理解している。
 これからも。
 これまでも。
 そして今も。
 変わらない癒す行為に、力は籠る。鋼・境子(CL2000318)の傷が逆再生して癒えていきつつ、土の心で頭に叩き込んだ地図を辿る。
 家屋の瓦礫の死角、そこから合流の為に這い出ようとする敵の目の前を拳で地面を叩き、これ以上の進軍は許さないと仁王立。
「なんだぁ?」
 百鬼の憤りの言葉に、されど返事は無い。
 境子の瞳には、自然と熱がこもっていた。
 無表情に変わりは無いのだが、言わせてみればいつもよりかは少しキレているという所。
 それに怯む百鬼では無い。斬撃の嵐と、銃弾が撃ち込まれるものの境子は倒れる事は無かった。むしろ、その牙角をへし折る為に、前へと進む。
 瞳の覇気を嘘にしないように。盛大に、そして華やかに。振るいあげた拳は今、解き放たれる。
 衝撃に地が揺れた。
 最早どこもかしこも、戦乱だ。境子の攻撃に引いた百鬼、しかしそこには坂上 懐良(CL2000523)が立っていた。
 相伝当麻国包を構え、そして飲み込むように刃は百鬼の背に赤い華を咲かせた。突き抜けた刃をすぐさま抜き、また次へと構える。
 戦局が一瞬にして翻る事があるとすれば、名前持ちの奴等がぶっ倒れた時だろう。だが彼等を取り巻く者達を、一人ずつでも終わらせていくこともまた、戦局を決める鍵となる。一進一退の情況では無い。着実に前進している情況だ。
 慈悲は捨てた。魅せる余裕も無い。こんな己を見たら妹は泣くだろうか。
 懐良は、考えながら没頭する。手負いの敵を優先的に、数を減らしながら護るのだ。
「どう転んでも、理による利を得るのが、兵法さ」
「ま、待てよ。話し合おう、お、俺達は紫雨に言われてやっただで―――」
 懐良は、思えば正義の味方では無い。昔の将の記憶は、こういう時どうしただろうか。そして、転んで後退する敵の背を切った。

 望月・夢(CL2001307)はこの街へと来たばかりだ。黎明を保護したら敵だった経緯は、黎明のれの字もわからないが。
 街がやばい。くらいは察する事はできた。これが、今、全力を出して守らなければならない事も感じている。
 けれどけれど――夢は己の掌を見た。
 恐らく、戦った所でそれで何になるか。それくらいの力量なのも理解しているつもりだ。今いる場所は、崩れて重なった木々の死角。
 覚醒し、開いた瞳に祈りを込めた。姑息な手と言われようとも、耐えるだろう。一撃に、全てを込める勢いで放つ召雷は、地と空を行き来しながら敵陣で暴れ狂う。
 これで、名も知らぬ街の覚者を支える事ができればと。ほぼ同時に霧を放ちながら、空を見上げ――赤い事を知る。
 地上も燃えている。ゆらゆらと遠くは陽炎に。
「いぇーい! ことこちゃん参上☆」
 楠瀬 ことこ(CL2000498)がキラっとしながら瓦礫の上に立った瞬間、鉛玉の荒しが降り注いだ。勢いよく瓦礫の下まで滑り込んだことこ。
「なななななんで襲撃されてんの!?」
 烏丸 響悟(CL2000406)が苦笑いしながら、言った。
「……弱りましたね」
 響悟としては、彼が仕える者が帰って来るまで、屋敷を守るのが彼の役目である。どことも知れぬ、馬の骨にそれを阻まれる訳にはいかない。
「んーと。おじさま、無茶しちゃだめだよ? ちゃんとことこの後ろにいてよね?」
「私よりもことこさんの方が、こういう場は慣れていらっしゃるとは思いますが……女性の後ろに立つというのは、私にはできかねますから」
「んー、そう?」
 ことこがにっこり笑ってから二人は瓦礫を抜け出す。
「未来のトップアイドルの出身地、勝手に壊しに来るのやめてくれる??」
 刃を振り回す百鬼の手前に、ことこは後衛の位置に。
「アイドルね、ハッ!!」
 こちらへ駆け、刃を大上段から振り落してくる輩、その前にことこは力を込めた。それが、彼をそれ以上の前進を許さない。
「飛んじゃえ!!」
 刹那、小さな台風がことこの背中から放たれる。男の身体を吹き飛ばし、羽が切り傷をつけていく。
 強風に舌打ちした敵。だが追撃は続く。男の懐には響悟が飛び込んでいた。本当ならことこの隣で戦いたいものだけれど、矢張りこの方法が得意な攻撃だ。
 合気道のように、相手の力を受け流して転ばす。言葉にしてみれば地味な攻撃ではあるが、それでも相手の腕骨の軋む音が聞こえる。
 更に追撃、再びの衝撃破がことこの背から放たれれば、男は更に吹き飛んで消えていく。
「やっぱり怪我とかしちゃうと悲しいじゃない? またたくさんお話しして、美味しいお茶飲んで。わたし、おじさまのこともっと知りたいしね☆」
 ことこの無邪気な声に、響悟は笑みを見せた。屋敷を守るのはそうだが、ならば先にことこの願いを叶えるのも悪くはないだろう。
 銃撃にことこを庇う、響悟。更に後方、これ以上好きにはさせられない――ゲイル・レオンハート(CL2000415)が立っていた。彼の得意は回復であろう、それの術を唱えて二人を助けるもそのまま前進。
 紫雨を追う覚者たちの下へ、これ以上の敵を送り込む事は許されない。ゲイルは扇を廻し、水龍を呼び起こしながら前衛を薙ぎ払っていく。
「さあ、これ以上街を壊すというのなら相手になろう」
 FiVEの敷地を跨いだのなら、それなりの洗礼がある事を身をもって知れ。

●2-3
「嫌いじゃねえ感じの愉快さだが、アレだな、やたらこっち押されてねえか?」
 由谷明楽は、若干面白くないという表情をしながら腕のブレードの血を払った。
「おいおい、紫雨はでーじょーぶかよ」
 眼前には、屋 タヱ子(CL2000019)。だがおかしいかな、突き刺したとはいえ、本来の女という属性の肌の柔らかさには遠い感触だ。
「なんなんすか、てめえら」
 タヱ子は答えない。胸の傷こそ深いものの、八尺の一撃さえ受けてきたこの身には、彼の一撃とはやさしい。
 彼女は明楽の手前から動くことはないだろう。そして、
「私を倒さねばここを抜く事はできません。……そして、させません」
 明楽の返事代わりに、意思を貫く宣言をした。

「明楽さんですね。七星剣、禍時の百鬼。我々十天と御相手願います」
 九鬼 菊(CL2000999) は礼儀正しく一礼してから、身の丈よりも遥かに大きな鎌を出した。彼の背後、七人の十天が控えており、そして得物を取り出した。
「今は子供よりも女がきりてえんだが」
 一歩、後ろへ退いた明楽。だが彼の離脱を許さぬ風祭・誘輔(CL2001092)が、地面を抉るほどの衝撃を起こしながら突っ込んできた。
「んだこら、てめえ、打ち殺してやる!!」
「火力信奉のヒャッハー戦闘狂なんだろ? おもしれーどっちが強ェか勝負だ!」
「俺に決まってんだろ、勝負になるかよ!!」
 誘輔は得物を盾にしながら、明楽の攻撃を受けた。腕の骨がいやな音をかます衝撃に、だけど、それがどうした!! 押し返した誘輔。
 明楽背後。御影・きせき(CL2001110)が笑いながら、回り込む。
「十天、御影きせき!!」
「何人いんだよ!!」
「うー、街を壊すのは、許さないよ!!」
 双子の刃、両腕になじんで持ちながら。手足のように器用に振り回す。そんな子供がいてたまるか。明楽の脳裏に紫雨も餓鬼だと思ったときには、きせきのそれは彼の肩を抉っていた。
 残念。きせきとしては心臓を狙っていたのだが、上手くブレードでそらされたか。
「ちぇー」
「任せろ!! 『十天』が一人、鹿ノ島遥! ケンカ売らせてもらうぜ!」」
 唇を尖らせたきせきの背後に控えていた鹿ノ島・遥(CL2000227)。彼もまた、十天の一人。
 本当ならこんな戦争は楽しくない。心のそこから楽しいっていえない。馬鹿まじめな大人の事情とやらに巻き込まれた子供は小さくなるばかりだ。
 かといって、スイッチが入った遥は誰が止めることができよう。少し前までは、しゃーないとぼやいていた彼も。きせき同様、同じ瞳の輝きで明楽へ迫る。
 殴打、殴打、殴打殴打殴打!!
 止まらない、止められるまでは。これには怒りも大分こもっていただろうが、遥の拳が赤く染まるほどまで止まらない。
 咆哮した明楽。ここまで子供にコケにされて黙っていられぬ。回転したブレードは、台風のようにタヱ子を始め前衛と退かせた。
「餓鬼だろうが容赦しねえ、そこまで遊びてえなら付き合ってやるから感謝しろよ餓鬼ども!! 俺は戦えて、お前らに感謝してるぜ!!」

 戦場を駆け抜けるのは、志賀 沙月(CL2001296)と阿久津 ほのか(CL2001276)。無法地帯、秩序一切無しの荒れたこの場所では、一段と似つかわしくない二人である。
「ほのかちゃん、一緒に頑張りましょうね」
「は~い沙月さん。一緒にがんばりましょ~!」
 ほのかは朗らかな笑みで、沙月の周囲をくるんと廻った。
 女、という属性であるだけで狙われる確率は高いのか。ここではよく百鬼の男が寄ってきた。
 沙月に近づけさせんと、ほのかは胸の瞳を開眼。放つ光線に、男の頬を掠めた。それだけでは倒れない彼は、駆け、近接の領域に踏み込みながらも地烈を沙月とほのかの足下に放つ。
 衝撃の中、沙月は魂を燃やした。
 こんな場所で倒れる訳にはいかぬ、カメラマンとしてこの五麟の現状を撮影するのは己の性とも、使命とも言えよう。
 百鬼の顔を記録する。男がほのかに手を出す前に、沙月はその腕を鞭で縛り上げて止めた。
 守られてばかりのほのかでも無い。瞳に力が籠る、笑みを持った表情が無くなり陥れるのは男の心を掌握し、プレッシャーという波に引きずり落とす事。
「ひ」
 脅えきった男に勝機は無いだろう。
 絡まった鞭が解かれ、空中で撓る。強化されきった沙月が施す鞭の衝撃に男は吹き飛び瓦礫に伏した。
「捕縛しちゃいます!!」
「ええ、そうね」
 ほのかは持ってきたロープで男をぐるぐると撒いて、手近な斜めった電柱に縛り上げる。
「じっとしててくださいね」
 ほのかは笑みでそう言ったが、街を破壊された怒りに両腕は震えていた。
 沙月はほのかを背で隠す、ひとつ倒せばまた別の敵が現れた。今はほのかより、遥かに沙月のほうが手練れたもののふ。繰り返す戦争のカメラマンたちはまだ終わらない。

●3-3
 FiVEに入った時期が黎明と同時期だから。同期みたいな形で親近感を持っていた真堂・アキラ(CL2001268)だが。それは見事に裏切られたという所だろう。
 恐らく戦況は恐ろしい程、敵側に傾いていた。それはこっちの人数が足りないとかそういうのでは無く、百鬼が野放しにされ過ぎている事だ。
 アキラも自動的に百鬼のへの対処を迫られた。身体に耐久性を持たせてから前衛に立つ。ふと、視界にチラついたのは紫雨が走る姿だ。
「お前は……何がしたいんだ!? それは他人や仲間を傷つけてまでしなきゃいけない事なのか!?」
「おお? うん、そうそう」
 なかなか自然体な返事が来た。
 ふと、紫雨はアキラの手前で足を止める。とは言え距離は10、15mは空いていたが。アキラは目の前の敵を対処しながら、頬から汗を流した。嗚呼、多分、彼の目は新しい玩具でも見つけた子供の目だ。
「なんだ? お前。新種か? お前のそれ、本物の目じゃねえだろ?」
 アキラの左目をまじまじと見ているようだ。
「うっせー! 黎明の仲間に胸を張れるような事なのかよ!」
「その黎明の仲間ってやつも、俺様の所有物だから。まあ、胸は張れねえな、このクソ負けてる戦況でよ」
 双子らしい子供が柳 燐花(CL2000695)の右腕と左腕を引き裂いた。
「お姉さんあそぼ」
「お姉ちゃんあそぼ」
「私は――」
 燐花は遠くに紫雨の姿を観る。今や別の黄泉の因子の子の前で止まっている。彼へ近づくためには、目の前の百鬼をどうにかしなければならない。
「仕方ないね。どうしても行きたい場所があるんだろう?」
 蘇我島 恭司(CL2001015)は召雷にて双子を抑え込みながら、苦笑いをした。本当なら、そんな場所へ行って欲しくないと言えれば良かったのだが。彼女に芽生えた意志とやらを、彼は止める気にはなれない。
「だから、この子達は任せて行きなよ」
 双子の片割れが、倒れた瞬間が恐らくスタートダッシュの合図だろう。恭司は手は止めない。双子の刃が面白そうに彼を切り裂きながらも、同じく同じだけ彼は雷を解放する。
「蘇我島さん……きっと私は倒れますから、手厚い看護、宜しくお願いしますね?」
「無理はダメだよ、燐ちゃん。付っきりの看病が必要になっちゃうよ?」
「「紫雨様のところには行かせないよ。だぁってふたりともここで死ぬもん」」
 ヤケに息があい、ハモる声。
「おいでよ双子ちゃん。こっちが相手になろう。すぐに訂正させてあげるよ――ここで死ぬのはそっちかもしれないってね」
 恭司は双子に向かい中指を立てる。苛立った双子は、武具を持ち。そして彼へと襲い掛かった。

 時任・謙作(CL2001342)は咲の下に辿り着いた。スタッフを片手に、そして通さぬと壁のように立つ。
「神無木咲でしたか。恐らく紫雨は此処で敗北するでしょう」
「あら。それはきっと、轟龍は化けて出て来るに一票ね」
 貫通の衝撃に咲は地面をジグザグ状に回避していく。その先、環 大和(CL2000477)が術符を指に挟んで追う。
「お久しぶりね。あの時かけてあげたパーマ、取れてしまったのかしら? 似合っていたのに残念ね」
「ふふ、あらそう。覚えていたの。こっちは忘れたことも無かったわ、嬉しい!! だから、死ね!!」
 大和からしてみれば、あの神父の壱件がここまで大きな事になるとは思いもしなかった。雪崩のように流れ込む咲の部隊。いかんせん……部隊を相手取る人数が少ない事に大和は焦りを感じていた。
 皆、紫雨の方へと行ってしまったのか。自由に動けてしまった部隊は、それこそ脅威にもなってしまう。
 星くずを振らせて、煌めきという攻撃を落とす大和。それを切り伏せた咲は真っ直ぐに大和を狙って来た。謙作はその手前に立ちながら、彼女の征く手を阻んだ。
「邪魔よ、あなた」
「どうですか? ファイブに降っては。他に手を回す必要があるにしても、ファイブの組織力はかなりの物です」
「……興味無いわ。私にとっては居心地が悪い場所よ。弟のいない場所なんて!」
「それです。僕にも妹がいるので、君の事を理解できるとは言いませんが……、何より君が死んだら弟が泣くでしょう?」
「敵のくせして優しいのね。でも、私は死なないし、こんな場所で捕まるとも思っていないわ」
「それは果たして、そうでしょうか?」
 ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は後方より狙撃を開始する。狙うは咲か。いや、回復からだ。彼女の攻撃順は非常に正しいものだ。だがそれを周囲が周知していれば結果は更に良い方向へと向かった事だろう。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 駆ける召雷。そして引き裂くような轟音と、倒れる百鬼。だがまだ甘い。まだ敵の人数はこれで終わらない。

 荒れる戦況の中、檜山 樹香(CL2000141)は百鬼の群を引き受けた。細い彼女の身体よりも巨大な薙刀を持ち、そして払う。
「不利な条件は多々あるが、これ以上好きにはさせぬ。全身全霊をもって、挑むとしようぞ」
 身軽な男が樹香の薙刀に足を置いた。忍者のようだ、そうか風魔の一人。苦無を逆手に持ち、樹香の頬を切りつけた。それで怯む事は無いが、薙刀を握り直して樹香はそれを振るう。
 茨の巻き付く薙刀が、毒と共に少年の身体を蝕む。だが彼はいっそ楽しそうに笑っていた。
「何故、そこまで紫雨に付き従うのじゃ」
「それは、楽しいからかな。戦う事が」
 最早、彼等は快楽犯よ。だがこのままコケにされて終わる事はできない。再び薙刀を廻した時、渡慶次・駆(CL2000350)が隣に立った。
 灼熱を身に纏い、そして縦列に並ぶ敵陣へと衝撃を放つ。遠くに見えるは恐らく回復手だろう。まずはそこから潰した方が、味方が楽になるであろう。
 駆は思う。敵の奴等は楽しそうだ。この破壊を心から楽しんでいる。
 悪党として開き直っているのなら、それは彼等の勝利として認めるのだ。それでいて、こうして正義が止めに来るのなら本当の悪だ。
 駆はどこか悟ったような表情で言う。
「いいよ俺達の負けで。自分の好きに暴力をふるう俺たちは、同じものさ。違いは些細なもん」
 しかしそれは、情況の負けを認めたものでは無い。あくまで彼等の悪として認めたもの。
「その些細な矜持で、跡形もなく焼き尽くしてやるから!」
 繰り出した灼熱は、更に温度を高く上げた。ひい、と叫んだ百鬼もいれば、輝いた瞳で笑った百鬼もいた。
「ナウマク・サンマンダ・バザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!」
 吹き飛ばす勢いの斬風が刃から飛ぶ。周囲の空気を飲み込んで、切り裂く鎌鼬のように鋭い一撃が百鬼を裂いた。
「だが……少々」
「ああ、そうじゃな」
 樹香は周囲を見回す。
 取り巻きに対して対抗する人数が足りないのは肌で感じていた。
「ぶっちゃけ大問題です」
 槐(CL2000732)は唇と尖らせながら、苦無で首を掻っ切ろうしてきた忍を盾で挟んで地面へとぶつけた。
 四十人前後はいる戦場だが、思いのほか皆、紫雨に躍起になりすぎている。彼にかまけるのは仕方の無い事だが、あまりにも放置が過ぎる部下への対応人数が足りないのだ。
 考えてみれば、北と南の部隊より圧倒的にここ周囲の敵人数は多いのだ。裂いても裂いても、敵は湧き上がるように回復されながら湧き出て来る。
「ま……こちらが倒れていないのなら、まだ押し返せるでしょう、恐らく」
 地面へぶつけた忍が立ち上がり、槐の頬を切った。しかし反射にもカウンターにも似ながら、眠りへ誘う舞に苦無を持つ腕も、力が削がれて落していく。
 当たり前の事を主張しながら、普通を否定し。よくいる悪役の中ボスクラスという所か。
 己を強く魅せるように言葉を発し過ぎるのは……何とも言えない、ただの子供である。
 エメレンツィア・フォン・フラウベルク(CL2000496)は荒波の力に任せながら周囲の雑魚を一掃はかる。流れていく百鬼に満足気な笑みを見せ、女帝は君臨していた。
 黎明の長、つまり紫雨に何か興味も恨みもある訳では無いが。彼女はFiVEに足を置く者としては、その性が彼等の侵略を許さんとした。
「さあ、戦いましょう。FiVE未来と、我々の未来の為に! そして、私たちの住むこの街を守るために!!」

●1-4
 瀬織津・鈴鹿(CL2001285)は走っていた。粋の背を追い、そして追い詰める為に。
「しつこいわね!!」
「逃がしませんの」
 鈴鹿は。この街は、彼女にとって父と母を探す為の大事な場所である。そんな場所を壊す輩は、全員漏れなく死をプレゼントだ。
 不意打ちに破眼を撃たれた粋は今、呪いを背負う。故に言ってしまえば呪縛を受け、何時動けなくなるかは知れない。
「クスクス……お姉ちゃんは悪い人だから……お仕置きなの♪」
 悪い人は、その罪に見合った罰を。それがまさか粋の下腹部の布を狙って来るとは髪の毛程にも思っていなかっただろう。股の間がヤケにスースーする粋は、なんだかよくわからないが恐らく危険である鈴鹿から逃げていたという事だ。
 だがしかし、粋の不幸はこれに始まった所では無い。逃げる途中手首を掴まれたかと思えば、十禅師・天空(CL2001311)に強く引かれた。
「嬢ちゃん、可愛いね。どうだい? こんな事してないで、おじさんとイイ事して付き合わない?」
「はあ? 今そんな事してる場合じゃ」
 天空のもう片方の手が、粋の足下を撫で上げていく。ゾゾゾと粋の背中には寒気が、いや、もっとアカン事に気づいた。だって今履いてないから(大体鈴鹿のせい)。
 そんな事知らぬ天空は思う。百鬼は面白くない、楽しくない。まるで機械のように壊すだけなら、命令を聞くだけなら馬鹿だろうとできるもの。
 むしろ、破壊よりも想像のほうが滾るのに。
「という訳で君、俺とイチャイチャして子供つくれる神聖な儀式しない? お金なら出すよ?」
「馬鹿なの? アンタみたいな人ね、私に言われたくはないでしょうが、最低っていうのよ!! ていうかほんとどこ退いて、退いてください!!」
 鈴鹿がニヤリと笑う。下半身の保護布の次は、何を脱がせばいいだろうか。
 上へ跳躍した粋に、左右から黒桐 夕樹(CL2000163)と白枝 遥(CL2000500)が彼女を挟んだ。
 夕樹が棘のある蔦で粋の腕を絡ませ、地上へと落す。そこで遥が
「ハル、援護よろしく。後ろからに注意して」
「オッケーだよ、ユウちゃん、任せて」
 遥が放つはエアブリット。空こそ満たされている風に圧力を乗せて粋へと叩きこんだ。地面に食い込む形でめり込んだ彼女の叫び声が聞こえる。
 遥は上から見下ろしながら、空も、地上も人が多い事を知る。空は暗いし、人が多くて星は見えない。かといって地上は燃えていてまるで地獄だ。
「今日は厄災記念日かな」
「暑苦しくて面倒なやつばかりだね。ほんと」
 二人でごちた。その時粋が起き上り、爆炎を纏わせ夕樹の腹を穿つ。遥はふきとんだ夕樹の軌跡を見てから、眉間にシワを寄せる。
「ファァアアイヴ!! 邪魔ばかりするわね、ほんと!! どいつもこいつも!!」
「よくも、ユウちゃんを!!」
 巨大にまで広がりを魅せる遥の背中の翼。それが再び暴風を引き連れ、氷杭を纏わせた。
 雨のように、嵐のように降り注ぐ翼。粋の身体に穴が空き、そして粋は笑いながら受けた。
「紫雨様、紫雨様!! 申し訳ござ……」
「僕まだ死んでないから」
 這って出て来た夕樹は粋の開いた傷口に毒を練り込んだ。とびっきりの猛毒で、粋の身体は膝から崩れ落ちていく。
「しぐ……」
 言葉さえ出せない程までに周りに回った毒は粋の動きを見事に止めた。

 太陽が落ちた空は、地上の焔に照らされ赤く染まり上げている中、粋の足は瞬く間に覚者達の合間をすり抜け、紫雨へと向わんとしていた。
 粋は征けると思っていた。何も、妨げになるものなど無いと。言ってしまえばFiVEごとき、簡単に蹴散らせ落とせると思っていた。
 ――今の、今までは。
 確実に狙ったかと言えば、もちろんそうだ。鈴白 秋人(CL2000565)は危険に重苦しい空気の立ちこめる空間を震わす空気の振動で蹴散らした。粋の身体は壁へとぶつかり、ずれ落ちる。
 その真正面、秋人の長髪が衝撃の余韻に艶めかしく揺れながら、大人びいた黄金(こがね)の瞳で彼女を見ていた。
「……此処から先へは突破させないよ」
「随分と、……腹の立つ、目の色をしているわねッ!!」
 秋人の一瞬の目の瞬き、合間に粋の紫炎の弾が彼の身体を丸飲みに。全身を紅蓮に晒しながら、秋人は温かい雨を降らして鎮火を試みながら、半円を描いて走る。
 同じくして、秋人を追った粋。次の瞬間、秋人の波動と粋の炎が彼等の間にぶつかり合い爆発を起こした。
 土俵際まで追い込まれたのは、粋の方であったかもしれない。
 華神 悠乃(CL2000231)は華神 刹那(CL2001250)と共に行動していた。
「ま、どんどん倒していけば向こうから来るっしょ。ね、せっちゃん」
「百鬼とやらはなかなか珍奇な芸人集団であった故な。拙らも一芸仕ろう」
 戦場の合間をすり抜け、見据えた先の粋。だがしかし彼女も手負いだ、これまでに何人も覚者が絡んでは攻撃が降り注がれたのだから。
 悠乃としては、同じ格闘家である身。彼女との一戦に少々心が踊っていた。対して刹那は、FiVEが消えてしまえば、同時に仕事も失くすのを恐れていて、それはある意味死ぬ気でやるというものである。
 粋の一撃、炎が絡む腕が悠乃の頬を穿った。衝撃に数歩分地面を滑った彼女だが、血の塊を吐き出してから向き直った。
「あら? 骨がありそうね」
「毎日、鍛えてますから!」
 今度は悠乃の輝夜が震える。地面を足に、それが軸。一周廻った悠乃の身体で勢いをつけて穿つ粋の頬に刹那であったが漏れた声が聞こえた。
 背中合わせになる刹那は、粋について来た部隊を相手にした。
「拙らは楽しんでおるが、周りはどうであろうかのー」
「さあね!!」
 悠乃は駆け、粋の懐へと入る。直撃した粋の膝に吐き気を催したものの、それで倒れる悠乃では無い。文字通りの肉弾戦が音に聞こえた刹那は苦笑した。
「さあ、我等華神を恐れぬものからかかって来るが良い」
 妹の背中は姉が護るもの。同じ名前の得物を前に、構えを取ってから相手へと突っ込む。相手の胸元まで直進した刹那は、粋の上半身を切り、返ってきた鮮血の頬を染めた。粋はそれで、まさか倒れるとは思っていなかっただろう。膝をついてから、ゆっくりと地面へ倒れたのだった。
 刃に滴る人間の油と血。それを舐め取ってから、刹那は再び構えた。次の獲物は誰であろうか。
「玲!」
「沙織……」
 飛騨・沙織(CL2001262)は瓦礫に埋まっていた獅子神・玲(CL2001261)を引き抜いてから、手を繋ぎ戦場を共に走った。
 道中襲って来る敵を、双刃で弾き、斬る。隔者はコロス、誰一人として生かさない。まるで怒りに狂った沙織を玲はじぃっと見つめている。
 玲としても街を破壊していく百鬼は許せない。ここにいる街の人達を守るために、尽力こそすれども。今は……沙織も心配だ。
「沙織、駄目だよ……それ以上『踏みこんじゃいけない』。沙織が……沙織じゃなくなるなんて嫌だよ」
 玲が独り言のように呟いたそれに、沙織はハッとした。今迄何を考えていただろうか、怒りに任せて死を引き寄せていたが。果たしてそれは冷静であったと呼べるものであったか。
「玲……ありがとう、そう言ってくれて。でも私は……止まらないんだ」
 繋いだ手。沙織の力が無意識に強くなった。
「友達を、奪ったこいつらが憎くて、憎くて」
 沙織の眼前に闇は広がっていた。落ちれば底なしの、這い上がって来れるかさえ不明の闇が。
「玲……約束して。もし私が……隔者か破綻者に堕ちてしまった時は。あなたに討伐してほしい……親友のたった一つのお願いだ」
 その時、沙織の背後に短剣を持った男が迫った。気づいた玲、勿論不意打ちには敏感であった沙織も気づいたが。
 玲は沙織を引いた。繋がった手を離さないように。代わりに短剣は受けてしまい、激情した沙織が男を切り伏せる結果となったが。
「うん……わかった。その約束守るよ。でも……忘れないで。沙織が僕を救ってくれたように、僕も沙織を守るから」
 回復として。傷ついた穴を埋める役目として。

●2-4
「救えないと言いましたが……救いたかった」
 本当は、血雨も紫雨も。けれど手のひらから零れ落ちる砂のように、命とは軽い。
 明楽の刃を口で止めたタヱ子は蹴り飛ばして明楽を後退させた。時間はかかっているが、彼には誘輔と十天の包囲網が完成していたのは心強い。
 盾を握り締め、タヱ子は見えない遠くをみた。
 覚者としての力は、人を守るためにあるんです。きっと、そう。
 だから見ていてください、紫雨さん。
 五麟を守る私の姿を。
 誘輔はからぶったブレードをいなしながら、明楽のほほに銃をぶつけて歯を飛ばした。血たまりを吐いた明楽だが、ハハと笑いながら剣の側面を誘輔の顎へ殴打した。
「テメエはなんで紫雨に従ってる? 他の奴らと同じでぼっちなとこ拾われたのか、暴れられりゃそれでいいのか」
「紫雨はなぁ!! 俺たちにこう言うんだ」

 俺様の命令には従え。あとは自由だ。

「つまり俺らって七星では弱い部類だが、紫雨のお陰で好き勝手が許されてる。なんかあれば紫雨が血雨を起こしてくれて証拠隠滅、俺らも楽しくパーティ。んでもって、こういう時は狩に出されるがなあ」
「単純に、利害の一致か」
「そんなもんだ。中には奴が好きで従う奴もいるだろうが。俺は、紫雨の下が一番居やすいからいるだけだ」
 風織 紡(CL2000764)は誘輔を飛び越えて、ナイフを繰り出し明楽を突き刺す、ついでに刺さったナイフを回転させて内臓抉って被害をあげる。
「十天の一、風織紡です。ぶっ殺されてーやつからかかってこいですよ!!」
 仮面の下で吼えた表情は明楽には見えない。だが思う、おそらくこの女のネジはどっかイっちまっていることを。
「十天には化け物が多いな」
 ブレードを横に薙いだ衝撃に、紡の腕から胸前が大きく赤く咲いた。けれどそれで紡はけろりと立つ。
「女じゃ相手になんねーですか?」
「いやあ? ちょうど、女を切りたい気分だったしなあ」
 剣についた血を、明楽は舐める。濃い、女の味だ。紡は背筋がゾっとした。正直いって、気持ち悪いから。されど血の色は紡にとっては麻薬に似たようなものだ。瞳の色は赤く染まる。彼についた私の血と、私の胸に広がる私の血で。
「まだまだ足りませんね!!!! もっと死ねよ!!」
 ゲラゲラゲラ、笑う紡は数秒前までの己を失くした。
 十天の長、菊はそれをも紡の美徳であると言いたいのだろう。小さく笑いながら、大鎌が明楽の目を狙って振り回された。
「思う存分、潰しあいましょう」
 菊としては、欺かれたことはどうでもいいのだ。
 もう、言葉で解決できる機会はとっくに終わっているのだから。あとは、最早どちらかがつぶれるまで戦力をぶつけあって。最後に勝ったほうが正義だ。
 ふらりと横に。地面と平行になった菊の鬼牙。その上に足を置いた遥。振り回し、弾丸のように勢いついた遥の体が廻し蹴りの状態で明楽を吹き飛ばす。
 なぜだ。攻撃を与えてもなかなか倒れない。明楽の視界のなか、ふと、宇賀神・慈雨(CL2000259)が祈っているのを見つけた。
「お前かああああああああ!!」
 もっと早くに気づけなかったのは明楽の落ち度だ。いや、これも誘導されたといえば正しいかもしれない。
 天原・晃(CL2000389)だ。慈雨の前には、常に晃が立っていた。見るからに前衛のような風貌で、仕掛けてこない晃を気味悪がっていた明楽だが。彼はそういう役割だ。
「気づかれたか」
「でも大丈夫よ、絶対支えるわ」
「ああ、俺も倒れるつもりは微塵も無い」
 まるでそこには入り込めない二人の世界があるようだ。彼らも十天の一人だという。
 慈雨は祈る。ふざけないで、紫雨。いくら天才だからとはいえ、この日本を乗っ取る? このファイヴを壊す? それはきっと、夢物語であろう。
 そんなことは身をもって止める。故に慈雨の戦いはこの明楽を止めるこの場が戦場である。回復手が倒れないことこそ、戦場を支える大きな鍵であるのは、十天としても、一個人としても、重々承知。
 慈雨の祈りはいつだって天に届く。タヱ子たちをまじえて行われる回復は、強力な一打。
 明楽とはいえ、遠距離攻撃ができないわけではない。たとえば烈波。回復を狙い、巻き込む人数が少ないのは明楽としては悪手だが、慈雨の回復阻止に動いた彼は一直線に狙った。
 けれどしかし、やはり晃が攻撃を受け止めた。彼女を押しのけ、攻撃が届かない後方を確認しながら。少々、荒い手になってはしまったが、慈雨は攻撃に巻き込まれる彼のために祈った。
 晃は己を未熟だと自負するが。縁の下の力持ちとはこのことか。紫雨とか、黎明とかは彼は知らないけれど、此度の戦いでその明日は大きく形が変化するのは感じ取っていた。
 それをみすみす見逃せるほどの性格ではない。
「──天原 晃、推して参る」
 震え立つ地からの衝撃の群れを、彼は横に一線、切り開いた。

「楽しいか? 俺もだよ! 銃と刀の一騎打ちだ!」
 ほぼほぼ近接だが、誘輔の銃撃を明楽は両断した。とはいえ明楽自身も己の体力の磨り減りは身をもって感じていた。
 だからなんだ。今この愉しい瞬間を瞬きするのさ惜しいほどだ。
「ぼくなかなか黎明さんたちと一緒に戦ったりする機会なくて、お話する機会もなくて、なんだか残念だなーって思ってたんだけど。
 よく知らないからこそ、こうして敵として素直に戦えるんだもん! むしろラッキーだったよね!」
 再び合間見えたきせきが、片方の刃を明楽に刺した。変わりにもう片方の腕にブレードが刺さり、きせきはおお、といいながら落ちた腕を口で拾う。
 慈雨の回復につながる腕だろうが、更に終劇は近いか。
 指崎 心琴(CL2001195)は立つ。闇と光の色を併せ持った髪が、火の粉交じりの世界で揺れた。彼が起こしていた霧は、非常に役に立っていた。明楽もほとほと視界の悪さに悪態をついていたくらいだ。
「十天っつーのは、餓鬼が多いな。紫雨を見てても思うが、子供が武器振ってる世界じゃあ世話しねえわ。まったく俺好みの世界だ!!」
 明楽がぼやいたとき。
「逢魔ヶ時紫雨を止めてやると、夏樹たちに約束した」
 心琴は小さく言った。それが明楽の耳に届くことは無いが、拳を握った心琴が何かを仕掛けようとしているのは見える。
 けれど、それがまさか。
 菊が振り返った。魂を削るのか。目を細めたとき、昼よりも眩しい発光が起こる。
「なんだっつーんだ」
 気づいたときには、心琴は明楽の懐に入っていた。まるで、世界はスローモーションだ。明楽と心琴の視界が交わったとき。
「なんなんだろうなてめーらは!!」
 心琴の両腕のものが音をたてて破壊された。一瞬にして支配されたように、人形のように、ぎこちない動きをした心琴。だがかましたトンファーが明楽の胴に入った瞬間、彼の体は建築物を貫通して向こう側のビルへ衝突した。
「殺さない。殺したら、それは正義じゃなくなるから」
 心琴の一声に世界は静寂へと包まれた。

●3-4
 炎を薙ぎ払う様に麻弓 紡(CL2000623)の蒼の翼がひとつ羽ばたいた。
 紡はプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)。そして彼の妹、ユスティーナ・オブ・グレイブル(CL2001197)と共に戦場を駆け抜けていた。
 紡は後方にて回復の恩恵を歌いながら君臨する。プリンス……がまだしも、ユスティーナを視界から外す事はせずに。心底、緊張の色が見え隠れしていた。
「殿、遊びに注力しすぎないでね」
 紡は咲の率いる部隊の方向を見ていたが、どうやらプリンスは凛の方が気になる様だ。
 雪崩れ込むように襲い来る百鬼に、紫雨へ到達する組みは程遠い。放置し過ぎてしまった部下を対応するFiVE覚者は、珍しいと呼べる程に、そこに穴は開いてしまっていたか。紫雨は至って元気で、こちらは紫雨に手が出しにくい状態へと陥っている。
 戦場に咲く花とはこの事か。ユスティーナの美笑に、そこだけ世界が切り取られたかの如く。
「兄者上、ツムギ、わたくし頑張りますわ」
「うん。でも……無茶はいけない」
 前方で盾のように君臨するプリンスは、時間が経つにつれてその傷を増やしていく。それを支えるのは紡の役目であり、そして更に戦争を終える為にはユスティーナという小さな少女であろうが攻撃を強いられる。
 重々、わかっている。口に出さず、笑顔を絶やさない少女は似つかわしくない雫の槍を戦場に回せた。叫び声と、血が点々と増えるけれど。兄から貰ったステッキと、洋服は汚さないように盾で己を隠しながら。
 プリンスは一層、身体より大きな斧を振るう女に言葉をかけた。
「オガキ君はもうすぐ、貴公のことも裏切ると思うよ」
「裏切るぅ? そんなわけないじゃないですかぁぁっ」
「呪具のリスクは姉者上に、この騒ぎの責任は自称の二重人格に押し付けて、出てきた頃から変わらないのは、自分だけ泥を被らない事だけだしね」
「それは……」
「大部隊出したのも、最後は尻尾切ってケツまくるためじゃん?」
 凛は唇を噛んだ。プリンスの言葉は良い的を得ていた。けれど、それさえ承知で、我々は物であるとして紫雨の一声で動くのが百鬼である。
「そう、嘘かもしれないね。でも今大事なのは、余がこの話を街中に言いふらしてるって事さ。どんなにかっこいい言い訳しても、民を害する奴は王じゃないよ」
「凛たちは……それでも紫雨様を信じていますから!!」

 大和の、咲を巻き込む召雷が落される。飛びあがった咲、だがその上空では身動きは取り辛い。
「先程の話ですが――」
 謙作はもう一度、咲の前に立った。
「しつこいわね!!」
 咲の怒号に怯む事は無い。哀れむ訳では無いが、謙作は彼女を受け止めるように両腕を広げる。
 謙作のまわりだけ、空気が変わったのが咲には感じ取れる。まるで見えない影が自分を包み込む、そんな恐怖を感じる闇が見えた。
 咲は、見たことがある。そういうのを、紫雨は奇跡だと呼んでいた。
「まさか、そんな――」
 だからって、自分にそういうものが飛んでくるなどと咲は思っただろうか。いや、思いもしなかったのが正直な所だ。
 現の得意技は上空に向けられた。謙作の魂を燃やし、それを糧として、蛇のように唸り狂った衝撃破が咲へと直撃し――咲の視界は完全にブラックアウトした。

 盛大に建物が崩れた音がした。
 氷雨は頭を抑えながら、見上げる。どうやら護衛とは逸れてしまったか。いや、はぐれさせられてしまったか。
「―――あああああああああ! 氷雨ちゃんじゃーん!! ひっさしぶりぃぃ!! お兄ちゃんこんな汚い姿でめんごめんご!!」
 瓦礫の上、紫雨が立っていた。
「おにい――「てわけでこれ挨拶!!」
 氷雨が返事をする間も無く。轟龍の二の太刀が地面を抉り、貫通を迸らせながら更に氷雨を後方へと吹き飛ばしていく。
 氷雨を小脇に抱えた六道 瑠璃(CL2000092)が、寸前で彼女へ飛び込んで逃げる。
「やっと見つけた……かと思えば早速死にかけてるとか冗談じゃない!!」
「……ぅ、あ、貴方! 学園で見かけた!!」
「そう! 氷雨、正気か!? あんなの兄って呼んでいいものじゃないって」
「……うぅ」
 小脇に抱えたまま、建物の塀の裏に氷雨を押し込んで隠れた。両肩を掴んで、瑠璃にしては珍しく感情を全面に出したように必死の表情である。
「紫雨なんかにもう関わらなくていい!」
 氷雨の小さな身体が震えていた。
「また痛い目にあうぞ。また辛い目にあうぞ。あれは、氷雨なんてどうでもいいんだ、今だって殺しに来たじゃないか」
「やっぱり……お兄ちゃんと一緒にいたいっていうのは夢物語だったのかな」
 ぽろぽろ泣き出した氷雨の涙が、瑠璃の視界によく焼き付いていく。
「それでも、上手く言えないけど、お兄ちゃんが死ぬところは見たくないから」
 再び家屋ごと吹き飛ばして、紫雨が追って来た。そこまで氷雨に執着を魅せる紫雨も珍しいが、何か別の目的があるようにも見える。
 例えば――彼の持つ神具のひとつに、近親の血を捧げると楽しい事が起きる、とか。
 氷門・有為(CL2000042)が前衛に、瑠璃は中衛位置に。そうする事で、紫雨の放った二の太刀の貫通は氷雨まで通らない。目に見えて不機嫌な顔をした紫雨に、有為はオルペウスを持つ。
 全く。一度助けた氷雨を更に殺されたら、寝ざめは悪いじゃないか。
「お、お姉さん、お兄さん……」
 血みどろになった瑠璃は氷雨を抱きしめたまま動かない。氷雨からみれば更に奥、有為は紫雨の手前に立っていた。
「何故」
「何故?」
「そこまで手段を選ぶのです」
「ああ……よく、気づいてんな」
 紫雨は固執していた。配下と己のみの力で事を成し遂げる事。そして七星剣は自身の力としていない事。
「部下は、七星剣でも出来の悪ぃ奴等でね、俺様はそういう有象無象を引き受けてんの。
 花骨牌や金剛の部下にでもなってみろ、恐らく百鬼は半日で床のシミになってるだろうさ。
 俺様が一人で手柄立てるのは簡単だ。だがそれじゃあ群として意味がねえ。俺様は、弱い奴には強いつもり」
「仮に。百鬼ごとFiVEが飲み込む事があったとしたら、貴方は?」
「ああ、そりゃいい話だなあっていいながら首を縦に振ったかもしれねえな――百鬼は血の気が多いからFiVEに馴染めるかは知らねえが」
 オルペウスと八尺が絡みあう。金属同士の盛大な擦れた音が響きながら、炎と炎がぶつかり合った。
 その有為の傷を桂木・日那乃(CL2000941)は癒す。
「友達が紫雨のところ行くみたいだから、治す、ね」
 誰かと組んでいる訳では無かったが、日那乃は後衛から手当たり次第に回復を営んでいた。日那乃からしてみれば、最早前衛も後衛も関係無くなった戦場であるが、誰かを庇える後衛というものは貴重だ。
 背中に瑠璃と氷雨を隠しながら、聳え立つ己に活を入れる。側面から飛んできた雷撃を寸前の所で避けながら、また襲い来る百鬼という配下。
 皆、別々の敵を別々の方向で倒している為、中々配下の一掃には程遠いが、回復さえ途切れさせなければ何とかなると信じている。
 日那乃は周囲を見回し、一般人はいない事を察し、内心ほっとした。

「枢さん、待ってー!」
「これは、七雅様。私を追いかけて来て下さったのですか?」
「そうだった! いつもの枢さんから大人の枢さんだ!」
 野武 七雅(CL2001141)は大人の姿に変わった枢の下へと追いついた。息を切らして走ってきてくれたのが、枢としては嬉しかったが。
 問題の氷雨はどこにいったものやら。
「はぐれちゃった?」
「はい……もう、有象無象している戦場ですから。致し方ありません」
「大丈夫! なつねも一緒にいくなの! なつねは攻撃も回復もできるから安心して追いかけて欲しいなの!」
 枢は焦った表情をしていたが、七雅の笑顔を見てくすりと笑った。
「はい。七雅様を頼もしいといつでも思っております」
 七雅は枢へと手を差し伸べる。重なった手、友達同士として戦場を駆ける。道中、見かけた敵は封じ込め、攻撃を鋏ながら氷雨探しだ。
 不思議と七雅の心は軽い。友達と一緒ならば、どんな事でもできる気がするのだ。

 今一、敵への攻撃がばらばらになり過ぎている本分、敵側の回復手が減らない一方では百鬼という部下の数も減るのは厳しい。
 水瀬 冬佳(CL2000762)は著しく芳しくない戦況を手に取るように分っていた。
 十天――FiVEの中でも選りすぐりの覚者が小さき首魁のもとに集まっている、最早組織のようなチームで動いていた彼女。冬佳もまた、紫雨へ到達したい一人であったが、運が良かったのは鳴神 零(CL2000669)と一色・満月(CL2000044)が露払いに徹した事か。
 側面、本部へと向う紫雨の姿。ぱあっと明るくなった零が手を振った。
「逢魔ヶ時紫雨様とお見受けします……お会いできて、光栄です!」
「ん? お前なんか、知ってる顔だな」
「そりゃあ! 元七星剣ですから!」
「七星剣裏切って追いながらFiVEで名声あげるたぁ、根性あんじゃねえか」
 へにゃりと仮面の下で笑う零。彼女は街とか組織とかどうでも良く、今この戦えるという情況に酔いしれていた。
「紫雨様、ねえ、紫雨様! 貴方の目指す世界はさぞ、私にとっても楽しいものだと思います! でも、今は、貴方の敵!! 今この戦場こそ、貴方の世界ではありませんか?」
「そうだな、お前なんでそっちいっちゃったわけ?」
 振るいかかった忍者を巨大な剣で切り分けた零。本当は、紫雨に対して一太刀もいれたいところだが。
「十天、鳴神零! 参る!!」
 彼女は周囲の敵へと斬りかかる。
 冬佳は零の余波に髪を靡かせながら、紫雨の手前へと立った。先にはいかせまい、そして。
「……意外と大丈夫そうですね、紫雨と小垣さん。黒札も役には立ちましたか」
「大丈夫じゃねえな。ある意味博打だ、いつ黒札が剥がれるかもしれねえ」
 胡蝶が見せたビジョンは、彼は確実に神具に飲まれていた。もしそれが発動するとすれば、彼が弱った所か。今言われたように黒札が消えた瞬間か。
 どちらにせよ、冬佳は八尺を壊すつもりでここに在る。
「八尺に囚われた犠牲者の魂、そのままにはできません。貴方達も――解放します」
「心配アリガト。でも、嬉しかねえな」
 空気が震え、そして弾ける。集中に集中を重ねて放った一撃、刀に思いと力を込めたのは、彼を捕縛する為だ。
 冬佳の刃を、紫雨が視切れなかった。身体に傷を開かせ、そして彼は満足気に笑う。
「逢魔ヶ時紫雨えええええええええええ!!」
 満月の声に、更に空気が振動した。例え、彼の仇が紫雨では無いとしても。彼にとっては七星剣であれば、イコール復讐の対象者だ。
 抑えきれない怒りと暴走を孕みながら、満月の刃は紫雨の身体を抉った。まるで獣のようにフーッフーッと息を吐きながら、血走った眼は紫雨を高揚とさせながら、笑わせる。
 これは八つ当たりに過ぎない復讐だ。承知しているが、抑えきれない。
「アンタで、俺の復讐心、晴らしてくれるか?」
「そりゃ、無理だろう。俺様はお前の復讐なんぞ知らんと言えども、お前は追って来そうだしなあ」
 紫雨の傷が戻る。後方、回復手か。満場でまだ彼等部下の群はまだ対処ができていない。
 ざり、砂を潰す足音。
 一斉に間合いを寄せた葦原 赤貴(CL2001019)は、満月と冬佳で手が止まっている紫雨に対して、懐へと拳を打ちこんだ。
「またオマエか!!」
 数時間前、かかって来いと言われたあの約束はまだ継続中だ。
 正確に、確実に、効率良く。十天として、組織として群れれば、敵として紫雨は個である以上いくらでも対処が可能だろう。
 目的は捕縛だ。彼を生かす者達の動機は、赤貴には分からない事は多かったかもしれない。だが、捕縛された後ならいくらでも彼とやりようはあるかもしれない。
 もし、彼が捕縛されて救いを求めてしまったら――それは逢魔ヶ時紫雨という男の死を語るだろう。それはもう興味はない。
 だが紫雨もここで一人で来ている訳では無いのだ。彼もまた、部下とともにある。特に、紫雨へ対処を裂き過ぎたFiVEはここぞでツケを払わなければならない所まで到達した。
 紫雨の配下が圧撃を見舞う、満月が引き剥がされ蔦の刃が襲った。更に控える回復手は、赤貴や冬佳たちの攻撃をほぼほぼ無い同然にまで作り変えてしまう。
 でも……まだ。
 鐡之蔵 禊(CL2000029)は拳を握った。吹き飛ばされて来た零を抱えて、地面に降ろしながら。

「さて、このバカ騒ぎも、そろそろお開きにしよう」

 禊は、笑顔でそう言った。
 誰かが傷つくのは嫌だ。それで友達が連れ去られるのも嫌だ。こうして友達が足下で意識を失うのも見るのも嫌である。
 これは盛大な悪足掻きだ。抵抗だ。けど、逆境くらいが最高にクールだろう。
 魂を燃やして立っていた。一撃に、紫雨と友達になりたいこと、紫雨から友達を守る事を一緒に込めて。まるで愛憎渦巻いていたが、それは結果として力である。
「さぁ、逢魔が時は終わりだ! どうせ夜に騒ぐなら、喧嘩よりもお祭り騒ぎで笑い合おう!」
 禊の一撃が、紫雨の頬を穿った。吹き飛ぶくらいにバウンドしながら民家の塀にぶち当たる。紫雨は一瞬何が起きたかわからないという顔をしたが、またそれか、と呟いた。
 これにて紫雨の体力は大きく削れた事は間違いない。だがそれをカバーする部下はまだ息づいている。

●1-5
 天空を舞う覚者達。そこには勿論だが、隔者も混じっている。
 暗天の空に駆けるのは指崎 まこと(CL2000087)。後衛の多い上空の部隊としても、希少価値とも言える前衛が行える者だ。
 孤立せぬように周囲を見回すも、集まった敵も同じく孤立せぬようしているのだろうか。いや、ここから遠回りで合流を果たす輩は必ず出るはずだ。
 一人たりとも逃がせない。
「十天、指崎まこと。いざ尋常に、勝負と行こう」
「ああ、いるね。十天。ヒノマル陸軍の時もそうだ、あんたらは危険そうだから先に死んでもらおうかな?」
 翼部隊を率いるのだろうか、子供とも見れる女が前へと出た。高鳴る雷鳴、そして打ちこまれた挨拶代わりの雷撃。
「その程度の一撃で、僕を落とせると思うな!」
 ぶつかり、衝撃を産む上空。最早空も、地上も、今安全な場所など無い。
 大きく弧を描きながら飛ぶ由比 久永(CL2000540)。普段は温厚な彼も今日ばかりは怒りのオーラを身に纏っている。
 家に引きこもるよりは外で遊んだ方が良いだろうが。この手の血の気の多い奴等は、お断りである。若い芽を摘むのは、年長者としては趣味では無いが、これが戦闘と言うのなら仕方ないものか。
 不承不承の出来事ばかりであるが、
「五麟の空は余の領域……好き勝手は許さぬぞ」
 久永は空に呼びかけ、輝く光を降らせる。恩恵は空より。誰も空と地上を手放して生きていけぬのだから。
 呼び出された光に百鬼は散開した。勿論ぶち当たったものは、地上へと容赦無く堕ちていく。
 光り輝く星と共に、天明 美月(CL2001244)の炎が太陽の如く君臨した。
 本当は……兄と同じ戦場で舞いたかったのだが、今日はどうにも赦しを貰えなかったという。己が力もまだまだと自負すれば、ここが己の適材適所だと言い聞かせた。
 目覚めさせた炎で敵を穿つ。狙うは翼を持ちし敵。炎に翼を焼き、落ちてしまえ。そうすれば、――兄の場所へ向かう人数も減るというもの。それが結果的に兄の手助けになるのなら、万々歳だ。
 ふと、地上で知った高い声が聞こえた。彼女よりも美しく、強くならなければきっと。兄は彼女に盗られてしまうだろう。それだけはなんとしてでも止めねば。
 その思いが。恋する乙女はなんとやら。絶対に落ちる事ができない戦いは始まった。
 七十里・夏南(CL2000006)は子供の遊びにつき合わされていることに心底苛立ちを感じていた。面白すぎて、反吐が出る。愉快を通り越して、呆れ果てる。
 翼で舞い、弾丸を胸に受けて回転しながら墜落せんとするも。意識を呼び起こして空中へと弧を描いて戻る。ああ、もうめんどくさい。
「楽に死なせてあげるから死にたい奴から来なさい。死にたくない奴は後からゆっくり殺してやる」
 どっちにせよ死刑宣告だ。命知らずにも、少女の翼人が飛んできた。まだ何も知らなさそうなあどけなさが見えるが、だから、どうした!
 空にいるのなら全て、夏南の敵である。翼を広げて風を起こす。衝撃を生んで、少女を落とす。
 ふと、夏南の目線には七十里・神無(CL2000028)が地上を走る姿を捕らえた。
 血の匂いに感化されて、来たのだろう。今日は体調は万全で、ベッドを抜け出し神無は駆ける。落ちてきたのは少女の翼人だ。
「ねえ、あなたは誰を殺せばいいか知ってる?」
 光の薄い神無の瞳が少女を見た。少女は覚者らしい男を指差したが、そっか、ありがとうと言いながら神無は少女の首を足技で捻り折った。
「いたのね神無。そいつらはみんな殺して食べていい相手よ」
「やったぁ。わたし、頑張るわね」
 天城 聖(CL2001170)が垂直落下しながら、ふと、遠くの誰かに思われている気配を感じた。
 彼は、ま、大丈夫でしょ。
 それも頭の片隅で思っただけで、すぐに別の思考に切り替わってしまったが。
「いやしっかし困ったよねー。何がって、この現状がさ」
 聖としては珍しく苦笑いをしながら、落下真下にいた百鬼へ轟をたたき付けて地上へと落とす。お、なんだかやれそうな気配だ。
 断っておきたいのは、戦闘不能にした百鬼は墜落するだろうが、攻撃だけでは墜落するまでの被害は起きない。
 怒号にびくりと体を震わし、
「ちょっと近くでおっきな声出さないでよね!」
 聖は愛らしくも両腕を振り回しながらぷんすこ。そのまま百鬼の剣が彼女の肩を抉るが、煌く聖の片目が獲物として相手を見た。無重力にも似た空間で縦回転、目の前の百鬼の顎を割った女はそのまま轟を振り上げた。
 各個撃破が基本になっているが、それでは追いつかない者はいる。前衛を抜け出し、後衛まで迫ってきたものを守衛野 鈴鳴(CL2000222)が両手広げて止めた。
 暗闇のなか、体から光を放つ姿はどこか聖女染みている。まさに、真夜中の太陽なものだ。
 印を組み、鈴鳴は氷柱を打ち出す。特攻してきた男が胸にそれを受け、断末魔が聞こえた瞬間鈴鳴の心は震えた。ああ、やはり、争いは好まない性分である。
 けれど、それで引いたら仲間たちが。己が旗は、盤上を指揮する標しであれ。
「これ以上……暴れないでくださいっ!」
 彼女としては、人は殺せない。それが敵であれ味方であれ。きちんと生きて償ってこそ、それが本当の償いだと信じて。
 鈴鳴は悲しい顔をした。人の死なんて、見たくないのに。まさに眼下に広がる世界はそれで溢れているのだから。

 空中戦も後半、見事に逃がした翼人は一人たりともいなかった。だがまだ残る翼人はいる。
 エルフィリア・ハイランド(CL2000613)は上空を制する。その上で、なるべく仲間から孤立しないようには周囲の位置は確認していた。
 特段として、一撃必殺のようなことができるわけではないが、エルフィリアの手先は器用一択だ。背中には天使のような翼をもっておきながら、小悪魔のように悪戯な笑みを浮かべ。
 百鬼へちくちく嫌がらせをするのがエルフィリアだ。地味に痛い。
 突破を主軸においている敵に、覚者個人との戦闘に没頭するという選択はないだろう。だからこそか、エルフィリアを通過しようとした百鬼へ、回り込んだ彼女は傷口に毒の染みた棘を差し込んで知らぬ間に服毒させる。
 しばらくすれば遥か後方で堕ちていく百鬼。してやったりと笑うエルフィリアは次の獲物を探した。
「いい加減にしてよ、冗談じゃない……」
 十夜 八重(CL2000122)は嘆いた翼人の百鬼にくすくすと笑った。
「おいたをするからです。良くないことは、してはいけませんよ」
「うっさいわね……」
 ギリ、と歯奥を鳴らした百鬼は八重へと突進。炎か、燃え広がるような熱さのそれが八重の腹部を曲げさせたが、八重は眉がすこしぴくりと動いた程度で耐えた。
 むしろだ、その力を使って殴ってきた腕を引いて、膝を腹部に叩き込む。空中でのある意味肉弾戦が熾烈を極めていた。八重としては、敵自ら、ダメージをくらいに来てくれるのだ。これほど手をこまねない理由もない。
 本来なら兄と静かに暮らしていたいだけなのだが。これではどうやらそれも遠い話か。
 茨の蔦に翼人の羽を貫通させた。百鬼はそれで喘いでいたけど、笑顔のまま八重は翼をぶち抜き意識を失った百鬼は堕ちていく。
 だが側面から男が剣を振り上げ迫ってきた。
 一瞬の静寂、刹那の爆音。
 八重の視界の中で迫ってきた男は堕ちていく。どうやら貫通スキルによる衝撃をくらい、スナイプされたらしい。
 新田・成(CL2000538)は鞘に刃を押し込んだ。居合いだというのか、それとも老成した彼だからこそ成せる技か。ここは上空40mである。だが、遠距離攻撃の間合いを含めれば、地上でも工夫すれば届く位置なのだ。
「40m程度では、安全な高度とは言わないのですよ。更に、学園への侵入には『最後は高度を下げざるを得ない』」
 高度をあげようが、下げようが、そこには移動するという手間が生じる。故に、空中で戦闘を行う上でもっとも隙の多い行動をすることは正に飛んで火にいるなんとやらか。
 敵陣の穴をついた成は、終始、穏やかな笑みを見せていた。しかしそれは、敵にとっては耐え難い壁のようにも見える。
「たとえ上空であっても――そこは、私の剣の間合いですよ」
 かくして、上空部隊は撤退を強いられたのであった。

●2-5
 笑い声に混じって叫び声が聞こえた。仲間か、百鬼か、見れば仲間の一人が百鬼に胴を貫かれていた。
 ぷちん、鯨塚 百(CL2000332)の頭の中でそう聞こえた合図。走り出した彼は、百鬼にバンカーバスター・炎式に炎蛇の蜷局を巻いて穿った。
 百人単位でいるのか、こんな敵が。助けた仲間をナックルのある腕で抱えながら、叫ぶ。
「かかってこいよ!!」
 これ以上、街を、仲間を荒らされてなるものか。学園には指一本触れさせまいと、百は立った。小さな少年だが、意思は膨大に。
 それさえ嘲笑うかのうように爆音を奏でる撃が足下から飛び、百は空中で翻る。
 確かにこの日本は危険じゃない。けれど、そういうのから護るのが五麟の、いやFiVEの役目。瞳の輝く少年は、小脇に仲間を抱えながら突っ込んで来た敵の一撃に迎え撃つ。
 衝撃ひとつ、天から血が降った。言い得て妙だがこれが血雨か。南条 棄々(CL2000459)はそれを振り払う。
 こんな事になるのを予想していたワケでは無いが、厄介事は引き連れて来ると踏んでいたから外部勢力は入れたくなかった。棄々として思えば、つい半年前の投票はNOであっただろう。
 見れば、グレネードランチャーか、乱射型の銃か、相手は気持ちが悪い程に範囲的に殺傷能力武器ばかりだ。
 それに対し、速度を振るい近づく。音も無く、風を切り裂き、中衛という間合いの立場から獣の如く荒れる猛激に、己を預けた。
 学園はいつも賑やかだけれど。こんな賑やかさはごめんである。
 後方でまた、爆音がした。そして棄々はBGMの原因である敵を殴り飛ばしていく。
「はは、なにこれ。世紀末ってやつ?」
 葉柳・白露(CL2001329)は楽し気に笑う。いや、内心では全く楽しくはない。
 変に手先が器用な奴等よりは、こういって表でどーんとした奴等のほうが面白い。猛の一撃に身体を滑らせ、火炎放射器ごと叩き割るのは人間の肉だ。
 後衛から、回復を施す。神幌 まきり(CL2000465)がいるあたりにも、被害は等しく被っていた。
 少し油断すればまきりの傍にも手榴弾や、爆弾、炎が容赦無く飛んでくる。本当に、街は変わってしまったという所か。
「皆さん、信じてたのに……」
 そう言ってまきりは目を閉じた。開ければ、つい昨日まで味方と思っていて街をすれ違う連中が跋扈している。
 再びの喧騒、耳の鼓膜に宜しくない音。
「ちょっと、痛い目見てもらいますよ?」
 瞳を開けたまきりは、ナイフを持つ腕に蔦を絡ませ、トゲが湧き出る。百鬼を捕まえ、棘の鞭でキツく縛り上げて投げた。
 これ以上、学園に近づけさせてなるものか。破壊を許せば、これまでの研究結果が消えてしまう。それだけは、赦す事はならないのだ。
「来て早々に大仕事ですか。事情は呑み込み切れないのですが、好き勝手させるつもりはないです」
 松原・華怜(CL2000441)は守護使役により見えた情報を周囲に散開。これは溜息をつく暇さえ無いようだ。
 後衛だからこそ見えるのだろう。突破を許した百鬼に、更に追撃を。華怜は念を込み上げそれを弾丸とした。まずは足を狙い、奴の進行を食い止めるのだ。
「敵、多い、数、減らす」
 同じく岩倉・盾護(CL2000549)も念弾を使用する。無表情である彼の指先には力が集約、銃の形をした手から光線が飛ぶ。
 彼もまた、逃した百鬼を追っていた。罵倒に煽り、言いたい放題の百鬼のケツを追ったのは怒りでは無く、単純に行かせてはならないから。
 追いついた、再び拳銃から弾が放たれた。盾護の左頬に一瞬にして傷ができたものの、カウンターの念弾は冴えわたるだろう。

 爆音ひとつ、百鬼が好き勝手にやっているのだろう。
 歩みを進めた藤城・巌(CL2000073)。火事よりも悲惨に燃え上がる瓦礫の上だろうと、巌は立つ事ができるのは彼の特権である。
 笑い声に、巌へ放たれたのは火炎。それを吐く重機は高らかに自己主張していた。
 巌とて炎を宿す者だ。そんなちっぽけな生ぬるい炎に身体を晒したからといって、弱音を吐く程でも無い。真向から立ち向かった、重機が火を噴くにも関わらずに前へと出た。
 その気迫には敵ながらも、ひ、と言葉を漏らした。それが巌の耳に届く事は無かった。拳を振り上げ、重機の口を殴り飛ばして変型させ、更に奥へ立つ百鬼の男を顔面を地面へと叩きつける。
 蛮行、赦すまじ。守りの戦であり、反撃の矛として。命の最後の一滴になるまで彼は歩み続ける。ふと奥側にまだ百鬼はいたか。
「いくぞ! うぉおおおおおおおっ!!!」
 声の波動に、周囲の瓦礫は飛んでいく。
 新咎 罪次(CL2001224)は空中で身を翻してから、着地。
 罪次としては、くだらない騒ぎに溜息が出るばかりだ。
 恐らくこの百鬼のボスは頭が良くないのだ。だからこうやって直行的な事しかできないのだ。それはそれで、
「ええへ、カワイソー!」
 罪次は笑いながら、頬を掻いた。子供の笑みから、大人へと代わり。その瞳のキレも数倍も増した時。彼の足下が爆ぜて、地面が抉れる。
 鉄パイプを片手に、地面へ尖端を叩きつければ囲っていた百鬼は土槍に押し返され、または突き刺さり、反撃を喰らった。
 けして数多くを狙える事は無いが、こうやって一人ずつでも確実に倒していこう。今宵はよく眠れる程に、身体を動かす事になりそうだ。
 唸りを魅せながら、不規則に曲がり。爆発を産む弾が着地すれば一斉に地面は狂気と化した。飛ぶ砂煙と、余波に抉れた石が弾丸になる。
 そんな中を坂上・恭弥(CL2001321)は笑いながら、頭を抑えながら、流血混じりに歩いていた。散歩くらいの勢いで歩いていた。
「んだぁ、こりゃ! この街、いつの間にこんな柄悪い奴等が増えやがった?」
「半年前くらいからかな!」
「マジかよっ! 俺そンとき、居たっけな!!」
 隣にナイフを持って現れた百鬼に、膝を腹部へお見舞いした恭弥。
「……クハハ! 面白れぇ! こりゃ! 戦う相手に苦労しねぇな! んじゃあ、一丁暴れさせてもらいますか!」
 目の前のご飯があったから喰った、くらいの流れで吐きくだす百鬼を後方へと投げた。
 次に見つけたのはモヒカン頭の百鬼だ。ご丁寧に肩パットに角を仕込んでやがる。あれで攻撃されたら痛いだろうが恐らく無いだろう。
 暫くして、結果的にはモヒカンが撓るくらいには、彼のトンファーが折れ曲がるくらいには殴ったのだろう。百鬼を引きずり恭弥は前へ行く。
「おらおらおら! どうした隔者ッ! もっと大量に挑んでこいや!」
「やれやれ、味方も敵も元気だな」
 谷崎・結唯(CL2000305)は無表情なりには、含み笑いをしながら双刃で側面から飛んできた敵を切り倒した。
 ともあれ、本部に近づけさせる訳にはいかぬ。ここで暫く百鬼を狩る鬼と化そう。
「もう少しよ、頑張って!!」
 和歌那 若草(CL2000121)は、春らしい髪を靡かせて祈り手を作った。学園で戦うのは、自らの居場所を自ら壊している様で……心の中が、薄暗い色に染まるのがよくわかる。
 けど、心を痛めてまで戦わねばならないときだ。街はこれ以上、破壊させてなるものか。
「ちゃんと戦うのよ、私」
 そう言い聞かせて、遠くの断末魔に耳を覆った。あとどれ程、この声を聞かなくてはならないのか。早く、終りが欲しいのだ。
 癒しの霧を生み出して、少女は歌う。絶望の中で歌う。奇跡の色は程遠い、けれど暁は近い。
 だが飛んできたのは鉛玉だ。回復手は狙われるのは致し方無いが、しかしそれは魂行 輪廻(CL2000534)が若草を治した。
 たゆんとした胸を大っぴらに晒しながら、銃を持った百鬼へ迫る。なんだかその百鬼の顔は紅くなっていたが、これぞ輪廻の真骨頂と呼べるものでもあろう。
「オイタはいけないわん♪」
「は、はい! ……あ、違!!」
 つい、百鬼もとろけそうになった鼻の下だが、すぐに己を取り戻した。それはちょっと輪廻としては残念であったが、楽しい世界、まるで世紀末の世界で、輪廻は己を強調する様に乱れた。
 や、やめろ、百鬼の何をはいわないが前立が限界を迎えそうだが、まあ冗談だが。火炎放射器よりも、熱く、そしてハンマーやモーニンスターよりも重く、輪廻は地烈を走らせ男を飛ばす。
 さあ、次の相手は誰であろうか。
「任務了解。これより決着を着ける」
 赤坂・仁(CL2000426)は百鬼の群が見渡せる瓦礫に立っていた。此の場所の、由谷明楽は既にとっ捕まったようだ。
 そうすれば、自然と部下たちである雑魚どもは自然と散開していくだろう。
 仁はそれを周囲に伝えながら、未だに抵抗する百鬼へ地烈をお見舞いした。彼等が意地になるのも此の場所の性分であろう。けれどそれは無駄な消化試合のカケラ。
 此の場所に、彼等百鬼の勝利は無い。

●3-5
 思うところはあれど、天明 両慈(CL2000603)は手を止めずに動き続ける。
 血雨を倒した面子の一人としては、紫雨の脅威は分った所で殺した方がてっとり早かろう。
 後衛より回復を飛ばしながら、彼が支えるのは酒々井 数多(CL2000149)と、神室・祇澄(CL2000017)。
 既に遥か後方へと行ってしまった紫雨に、『彼女』を届ける為に彼等は目下、奮闘中という事である。
 灼熱にものを言わせて、刃で人間を――いや、数多の感覚で言えば肉を切る。彼女にとっては、なんら厨房で暴れる魚に包丁を入れるのと同じ感覚であった。
 神無木の部隊へ疲弊の色を魅せていた。だがまだ忍の部隊はなかなかと言っていいほどに元気だ。
「いざ、押し通します!」
 祇澄の刀が忍を切る。側面から、天上から湧いて出て来るような忍に、祇澄は慣れた手つきで捌いていった。後方より秋津洲 いのり(CL2000268)は戦場を支える。疑問が渦巻く心の中で、静かに少女は他の少女の為に動いていた。
 智雨を倒した時、彼女は一言言われていた。その真意も紫雨に問えば、なにか分かるだろうか。それにはまず紫雨に近づかなければならない。
 両慈は後方を見る。孤立するのは危険だが、紫雨は――結果的に言ってしまえば。
 紫雨は本部手前まで到達してしまった。
 紫雨に手を裂き過ぎた上に、バラついた攻撃では部下たちの数を削るには程遠い。故に、部下の相手をしている合間に紫雨は単身、本部前まで来てしまった。
「こんなもんか、FiVEってのは」
 やや、面白くなさそうに呟いた紫雨。
「紫雨」
「お前も飽きねえな」
 紫雨は振り返る。そこには椿が立っていた。
 紫雨を追いたい彼女は恐らく仲間が百鬼の群から逃がしてくれたのだろうが。単身か。いや、賀茂 たまき(CL2000994)が地下より槍を這い出させ、紫雨の行く手を阻んだ。
「数時間前に出した質問の答え、聞こうか?」
 たまきはぐっと拳を握ってから。八尺を指差した。本当なら、その中に捕えられた魂ごと解放したいのだ。
「確かに 姿形に捉えられるのは愚かな事かも知れません。ですが、その方の持っていた気持ちや魂まで破壊したくはありません!」
「破綻者ってのは、悲しい生き物だ。だが、お前等もなかなか悲しい生き物だ。愉快で、慈悲溢れるが、あれだ……そういうのは夢物語っていうんだぜ」
 紫雨の八尺がたまきの右胸を裂いた。女を切るのは趣味じゃないとぼやきながら。
 たまきはそれで倒れなかった、椿の回復は厚く、そして強力だ。確かに全てをカバーできる訳では無いが、椿はそれでも手を止めない。
 椿へ、紫雨はもう来るなと、無駄だと言っていた。だが彼女は諦めずに再び彼へと手を伸ばすのだ。いつか必ず、その手を取ってくれると信じていた。
 暁もそうだが、紫雨も助けなければ意味は無いのだ、と。
「本当は自分達を受け入れてくれる人を、自分達を止めてくれる人をずっと求めていた癖に!」
「……おせえんだよ。今更俺に、救われるだのそういう期待持たすのは止めろよ。俺は七星剣の幹部様だぜ?」
 例えば、FiVEの捕縛されたとして結末は悲しい事になるかもしれない。表沙汰になっていない闇の組織の素性を知る彼は、恐らくそれを吐かせる為にAAAでの仕打ちは察する事は可能だ。
 そんなちっぽけな事に恐れを感じている訳では無いが。紫雨がもっと恐れているのは、――赦されない事。
「お前等だけに赦されても、俺様は止まんねえよ。だからもう、いい加減に……俺様に付き纏うな、精々殺しに来てくれた方がよっぽどやりやすい!!」
 紫雨は八尺を構えた。嗚呼、それが振られれば立っていられるかは怪しい。
 だが椿は両腕を伸ばした。たまきは諦めず攻撃を叩き出した。
「轟龍弐式……」
「いつだって、手を取ってくれるのを待っているわ」
「心さえ救えるのなら、化け物になったって救う。其の為に、強くなってみせる!!」
「……鬼龍。ごめんな、ごめんな、俺様はいつだって闇の中。お前等みたいなのまぶしくて見てらんねえよ」
 貫通した刃が鮮血を飲み込んだ。

 燐花が学園前に立った。

「もう一度お手合わせ願いたく、参りました」
「ああ!! 覚えてるよ、無表情ちゃん? そこ退いてー、駄目?」
「駄目です。柳 燐花です」
「じゃあ、燐花ちゃん。俺様女の子には痛い事したくないなぁ?」
 紫雨は後ろを指差す。力無く倒れる二人に、燐花は唇を噛んでから構えた。同じ二刀流。紫雨は備えられた両刃に、感心してから八尺の形を変型させた。右手に八尺の脇差程度の大きさに、左手に清光という刀を持った。
「あ、これヤんないと駄目ってやつー?」
 燐花は一瞬にして紫雨の手前まで間合いを詰める。そして、右腕の刃を手前に、斬る、切るのだ、思うが侭に。
 ふと恭司が、双子の子供に傷つけられたのを思い出した。彼ばかりは傷つけないと自負していたのだが、紫雨と会う為に逃がしてくれた。
 歯奥を噛みしめ力が入る。紫雨の肩を抉った一撃。燐花の瞳は獣のようにあらぶっている。これで終わらぬ攻撃、右が終われば左を出すのだ。だが、その時左腕が空中で回転している事に気づく。
 いつの間に。
 飛んだ腕を口で噛み、燐花は右手と一緒に紫雨に突き出す。だが圧倒的に速かった。轟龍参式――と聞こえた気がする。
「一緒に学園巡りしちゃう?」
 衝撃はひとつ。燐花の身体ごと紫雨は学園の敷居を跨いだのであった。

●×-×
 本部内に到達した紫雨、学園内部を手当たり次第に破壊しながら突き進む。
 その紫雨に到達したのは、彼の部下がある程度消す事ができた後という事になるが、既にその頃には学園内部は火の海だ。
 けらけらと笑う紫雨が屋上の柵に肘を乗せて景色を見ていた。
「綺麗だろ。俺様もこの景色の為に、相当部下を削ったようだ……ま、それは残念だな」
 紫雨の背中に木暮坂 夜司(CL2000644)が語りかけた。
「内なる龍に食い殺されるを是とするか。おぬしは今の世を腐ってると唾棄するが儂には駄々をこねとる童にしか見えんぞい」
「そうかもな。俺ぁ餓鬼だ。だが駄々こねて街ひとつ消す程度の力はある」
「くだらぬ事に力を使うか」
 この街には。夜司の家族がいる。彼は家族をこれ以上亡くす事は命懸けてでも止めるであろう。
「ならば、炎帝、参る」
 屋上に衝撃が響いた。

 屋上から一変。地面へと到達した紫雨が八尺を横に構えた。
「いい夜ね。弐號、デート日和ってやつかしらねっ? よその陣地に来てるんだから少しくらいお行儀よくしなさいな!」
「FiVEオンパレードに、アイドルも登場ってかあ?」
 数多の冴えた刃が、紫雨の八尺を薙ぎ、そして懐を切る。返しに、紫雨の参式が跳ね返ってきたものの、彼女は笑って腕を犠牲にした。
「捕まえた!」
 血吸を掴み、掴みながらも手の平はほぼほぼ切れていた。返り血で、もう一方の八尺では無いほうが血で染まれば、刀身が見えると踏み、そして予想通りの結果は起きる。
「やっぱり読めないね、俺様。アイドルちゃんのこと」
「誉めても何も出ないわよぅ!」
 紫雨はそれを振り払う。だが後方、祇澄が突く形で攻撃。翻った紫雨に、祇澄は言った。
「大切に、されているのですね」
 紫雨はそれが何の事か、分らなかったが。彼女たちが押し込んでも彼に会わせたい少女が居た。
 数多の傷を両慈が治しつつ、そして、這いあがってきた紫雨の部下へ星くずを落とす。
「まだいたのか、雑魚が!!」
 湧いて出て来るような敵に、両慈は溜息混じりに叫んだ。
「ゆいねもー怒ったー!!」
 その時、迷家・唯音(CL2001093)がどこからともなく降ってきては、紫雨の首に両腕を引っかけて止まった。
「泣き虫!! てめえか!!」
「紫雨君今楽しい? 面白い? ヒャッハアしてる? ゆいねは全ッ然面白くない!」
 お家を燃やす事。紫雨のした事。全てを許さない。
 紫雨は唯音を引き剥がすように腕を掴んで離そうとした。だが彼女の意志を示すように、子供にしては離れない力で抵抗している。
 紫雨が持つ眼鏡は守護使役が仕舞っているようで見えなかったが、唯音は意地だけで火柱を起こして紫雨を燃やした。
「おじさんはもっともっと痛かったんだよ」
 八尺に喰われたあの人は――もっともっと恐怖を感じていたに違いない。
「逢魔ヶ時紫雨のオニーばかー鬼畜ーロリコンー!」
「餓鬼にゃ興味ねえよ!!」
 例え唯音であっても紫雨は容赦をしなかった。いや、した。離れない彼女に参式を打ちこみ、後方へと弾き飛ばす。
 入れ替わりのように御白 小唄(CL2001173)がナックルを握り直して、走り出て来た。血吸でナックルを受けてから、小唄はくるくると空中を跳ねて着地。
「紫雨さんと、戦いに来ましたよ!」
「ああ、さっきぶり、狐」
 紫雨は彼に好きだと言った。それが小唄としては、また会いに来るきっかけとなった。
「だから、全力でバトってよ! 紫雨さん!」
「……」
「あ、もちろん魂なんか使わないよ! 人間としての全力でぶつかる! 敵うなんて思ってないけど。むしろ足元にも及ばないと思うけど!」
「……」
「でも、笑って戦いたいです! えへへ、子供っぽいですかね」
 紫雨は頭を掻いてから、それまで非常に楽しく無さそうだった表情が崩れた。
「狐」
 呼んでから、紫雨は暫く大笑いしていた。泣きながら笑いつつ、どうやら小唄の発言が非常に嬉しかったらしい。
「はい?」
「狐」
「え、はい??」
「俺も餓鬼でさ。俺も元々は、戦うのが好きなだけだった子供でさ。でも何時の間にかこんなんになってた。大きなものに巻かれて、笑えよ」
 小唄は構える。
 一瞬にして間合いを詰めた紫雨の足下、地より撃が飛び出し身体に傷を増やしながらも八尺を振り切った。
 小唄は耐える。
 後方からの支援はまだ行き届いているのだ。故に瞬間的に血泥に塗れたナックルを思い切り頬に叩きこんでやった。
 七星剣は許せない。けど、個人を見ればそれが嫌いなワケでは無い。
「心底思うよ。お前等にもっと早く会いたかったってな」
「紫雨!! 見つけたぜぃ!!」
 天楼院・聖華(CL2000348)は紫雨の頭上から両断せんと、双子の剣を突き刺す形で落ちて来た。紫雨は横に跳ねて回避したが、更にそれを追う。
「せっかくの戦いだ。楽しくやろうぜ、紫雨!!」
「ああ、そうだな。手加減しねえから、覚悟しておけよ!!」
 紫雨は片腕の八尺を後ろに、地面を蹴り上げ聖華とぶつかった。衝撃ひとつ、地面のコンクリートが抉れるばかりに爆発が起きた。
 智雨は智雨の意思で戦っていない分、人形と戦っているようで不服だったが、紫雨は別だ。彼は自ら望んでここに立っているのだから。
 消えるのは街か、紫雨か。それは背負うものは大きいものだが。この空間だけは、聖華と紫雨のただの喧嘩であった。

 夜空に明りが差しかかっている。逢魔ヶ時は、終りを迎えようとしている。
 刺した光を避ける様にして歩いて来た、諏訪 刀嗣(CL2000002)。片腕には、百鬼の頭をひとつ掴んでいた。
 最強への道は、何も障害が無いと思いこんでいたが、彼は紫雨に切り伏せられた時から世界が変わった、変えられてしまった。
 まずは、紫雨という障害を越えなければ最強など笑止。故に、道にできたそれは破壊せねばならない。
「しつけえよ、てめえ。何回、またお前かって言えば良いんだ?」
「それも、今日で終わらせてやるから感謝しなァ。櫻火新陰流、諏訪刀嗣。いくぜ」
 瓦礫を蹴り飛ばし間合いを詰める。魂を燃やし、命を燃やし、全てを懸けた。
「お前……」
 白炎が舞い上がり、贋作を輝かせる。紫雨は何度も見たやつだ、彼等は奇跡だというが紫雨からしてみれば自殺行為だ。
 ふと、白炎が消えた。目に負えない速度で死角へと廻り込んだ刀嗣は、紫雨の背中を切り伏せながら獣のように彼の名を叫んだ。
 同じく、牧島・儚(CL2001343)。
「利用しているつもりが、何だか絆されちゃってアイディンティの危機だから、半ば逆切れ気味に悪どい事をして、これでも今までと同じようにできんのかよ、でもしてくれたら一寸嬉しいかもって感じのダメなツンデレ野郎」
 ていうのが紫雨という見解。ひとつだけ違うのは、紫雨は死んでもFiVEのお友達にはなりたくないところ。
 儚としては、彼を生かす意味とは知れないが。生かしたいものがいるのなら、手伝うのが役目とも踏む。
 魂を燃やし、味方陣営の回復の補佐。だがそれは巻き込む人数が多ければ多いだけ、威力というものは減少するものとなってしまい、かつ熟練度の低い彼女の回復は察する程度だ。
 バキ、と音が聞こえた。
 紫雨の背中が冷えるくらいにビビった。つまりは八尺にヒビが入ったのだ。
 そこでやっと、凛が紫雨に追いついた。戦局が傾きかけていることに、凛は焦りの色を魅せていた。
 見えた鳴海 蕾花(CL2001006)が地面を蹴った。さっきぶりなんて容易い事は言わない、蕾花は紫雨を止めに来たのだから。
 不条理だらけの世界は、蕾花は否定をしない。だが紫雨の手を取る気はさらさらなかった。不本意だが蕾花と紫雨は似ていたのだろう。だからこそ、紫雨はこっちにおいでと手を招いたのだろうが。
「ハロウィンに参加させるためにあんたを五麟に連れ戻す。紫雨あんたもね、あんた祭大好きでしょ?」
「……ま、嫌いじゃねえな」
 殺すより五麟で惨めったらしく生かした方が効果ありそうだしね。
 蕾花の拳が紫雨の頬を穿った。避けようと思えば避けれた拳であったはずだが、紫雨はあえてそれを受けた。
「とりあえずそれ、八尺、うちに帰して貰おうか?」
 榊原 時雨(CL2000418)は言いたい事は多々あれど、とりあえずそれな。時雨としては、紫雨に八尺を譲った気はさらさら無い。智雨が落したものを紫雨が奪った感覚である。それは間違いでは無い。
 龍心は持ってきた。その龍心の拡散の速さに紫雨は心底驚いたものだが。かといって紫雨こそみすみす八尺を返す訳でも無い。
「榊原流長柄術師範代、榊原時雨」
 時雨は魂を費やした、龍心で八尺に触れても問題ない場所まで来た。そう、返してもらおう。それは紫雨には過ぎたもの。
 薙刀は紅く光る。周囲の色を濃く吸い込んだのと、血の色に。そこまでしての執着に紫雨も完敗と行きたい所だが、七星剣としてはそうもいかぬ。受け止める一撃、だが間に合わない。薙刀は紫雨の腕を大幅に削って、八尺がある腕の靭帯から何まで切り伏せた。
 紫雨は片腕から血飛沫出しながら、とれかけのそれを持って後退。そろそろ、紫雨にとって情況がヤバイのはなんとなく感じる。
「し、しぐれさまっ、が、ふたりっ」
 凛が飛び込んで来た所、光邑 研吾(CL2000032)と深緋・幽霊男(CL2001229)が凛のいく手を阻んだ。
「おっと、邪魔はさせられない」
「ぞなもし」
 幽霊男の刃が、音と同じ程度の速さで凛の片腕をもぎった。凛はこれでも先までの戦いでいくらも傷ついているか、紫雨を庇いに行ったところで立っていられるかは微妙だが、部下として譲れない。
「お主のグレすけは相変わらず、ツンデレ気質じゃの」
「ち、ちがいますぅぅう!!」
 身の丈よりもある斧を振りかぶり、幽霊男へと落す。だがその間にも研吾が火炎を従わせて、凛の身体を盛大に燃やした。
 歯を噛んだ凛。だがまだ、紫雨には遠い。
「邪魔ですぅぅ!」
「おい忍び娘。身体を借りるとはなんぞや?」
「あ、分身能力(スプリット・マイセルフ)ですぅ?? あれは分身というより分魂ですぅ!!」
 紫雨の声が聞こえた。
「おいコラ凛!!」
「はううぅぅうまた口が滑ったのですううう!!」
 研吾が再び凛を燃やしながら、紫雨にぼやく。凛はそれで命数を燃やした。炎から逃げる様に後退しながら、ふと、眠りの舞をリサと幽霊男に施してから撤退。
「やっぱり斗真は紫雨やったんやないか……日の丸の髭、人相書き見ても顔色一つ変えんかったぞ」
「は? てめ、あいつに俺の顔見せたってのか?」
 成程。ヒノマルの首魁がたったそれだけで敵に表情で情報を伝えるはずが無い。故に、紫雨がヒノマルを利用したことはバレていたか。
「そんなら、お前等ヒノマルに気を付けるンだな。俺様がいた場所に無尽蔵に襲ってきたら爆笑もんだぜ!」
 一瞬、その会話に紫雨が足を止めた。それは刀嗣は見逃さない。瓦礫を蹴り飛ばして、地面を抉り、弾丸のように飛ぶ。
 懐に一瞬に間合いを詰めて、刀嗣は血走った赤い瞳で紫雨を映す。 
「逢魔ヶ時ィィィイ!!」
「しつけええええええええええ!!」
 紫雨は防御の姿勢を取った。魂にものを言わせた一撃が重い事は知っている。同じく光邑 リサ(CL2000053)も好機を狙っていた。全てはイチゴの為であるが、彼の望みはなんとしても果たしたい。
 後方より出のは毒薔薇の矛だ。それが投げられ撃ち込まれ、紫雨の身体に毒は色濃く残っていく。
「待っていたよ、この時を」
 更に、緒形 逝(CL2000156)と時雨はまだ健在だ。
 逝は魂を悪食に捧げる。情況は上場だ、紫雨の包囲網は完璧だ。部下たる百鬼が彼を回収しに来ない限りは、この集団で囲めば、そして魂を使い尽くせばなんとかなるやもしれない。
「おまえらぁぁ……!!!」
 紫雨は歯奥を噛んだ。轟龍弐式。まだ彼にはこの情況を打開する手はある。それに、彼は本部に攻撃した時点で役割は終わっているのだ。このサービス残業で命を飛ばすなんざ笑えない。
「喰え、悪食」
 側面より逝は悪食を走らせた。空中の貪り食いながら降下するそれに、紫雨は回避する手段は無い。
 狙う右腕の、目玉達。切り伏せ貪り、最早ここは逝の皿の上であろう。紫雨は大層それが苛立ったか、左手の血吸で逝を切った。参式、防御さえ貫通するそれは紫雨にも痛い一手。
 逝のフルフェイスは割れ、そして八尺も無惨に刃部が消えている。ぽっきり折れた八尺に紫雨の怒りは爆発限界だ。
「この……っ、お、俺様の努力が……っ!!」
 右から刀嗣が、左から時雨が。刃を剥き出し狙う所――、
「紫雨さん、斗真さん」
「兄貴!!」
 神城 アニス(CL2000023)と翔は紫雨を庇ったのだ。
「は?」
 と思ったのは紫雨が一番であったかもしれない。
 翔が飛び込み、衝撃を全て彼が受け止めていた。アニスが紫雨を抱きしめ、刃を受けていた。
「おい馬鹿弟、返事しろ。一体そりゃあどういう茶番だ。……アニス? ちゃん、何してんだ?」
 紫雨が半目になりながら、翔の身体を抱えた。血に塗れ、そして小刻みに震える彼は命数を飛ばしたことだろう。
「次はさ……くだらない、喧嘩、しよ……世界征服よりも、そっちのが……面白くね? なあ、兄貴」
「……」
 翔の意識はブラックアウト。返事は聞けなかったが、紫雨はそれ以上翔へトドメを刺すことはしなかった。
「私は、信じます……お二人を!」
「ごきげんよう、アニスちゃん。やっぱり最初にアニスちゃんを壊しておくべきだったかな、だってほら、こういう姿見られたくないじゃん? ぼろっぼろ」
 焦げ臭くて、鉄の臭いがして、恋人同士の抱擁には程遠い逢瀬。
「お願い……もう、一人で抱え込まないでください! 私は貴方達を助けます! 助けてみせます!」
「抱え込んでるに、救われたそうに見えるかぁ? この俺様が。そういう風に見えるンなら、そうかもしれねえな」
 紫雨は片手で彼女の頭をぽんぽん叩きながら、苦笑した。
「私は……貴方達を知りたい! 貴方達の全てを癒します!」
 例え敵であったとしても。縁(えにし)が出来た仲であろう。
「これが……私の答え、望み! 貴方達と歩ける未来の為に!」
 淡く光るアニスの身体。治しましょう。自分の身体、翔の身体。そして。身体も、八尺に喰われた心さえも、全て癒し捧げる為に。本来ならば、敵を癒すのはFiVEとしては背徳的行為であるだろう。けれど、それでも伝えたいものがあった。
 世界は広い事を。彼が思うよりも、世界はずっとずっと優しい事を。

 だから、一緒に生きましょう。

 アニスは紫雨の瞳を見つめて、真っ直ぐな想いをぶつけた。
 彼女は歌い続ける。彼の心の奥に届くまで。
「ぐぎっ……ねみぃ、心底お前の声が子守唄に聞こえる」
 紫雨は眠たそうに目を擦った。
「ぜ、全身が痛い。何したの、紫雨」
「斗真さん?」
「……。ありがとう、アニス。君の気持は聞こえていたよ。願わくば、僕も君と同じ気持ちでありたい。
 でも僕はもう、赦されない人間だ。逢魔ヶ時紫雨としてじゃないと生きていけない。だから、君とは永遠に敵同士。
 言い訳みたいになっちゃったね、ほんと、言い訳だけど」
「イチゴ! いまがチャンスよ!」
 リサは叫んだ。ここが、ねらい目、好機である。
 奥州 一悟(CL2000076)は躍り出る。彼に惑わされた人、殺された人、被害を受けた人。それはもう紫雨では数えきれない程発生していること。
 彼等の為に一悟は戦う。それは正義としての在り方として正しいだろう。故に、紫雨はもう引けない場所まで、アニスの意思が届かない場所まで到達している。
「騙されるかよ!! 幕は下りた!! とっとと奈落の底に消えやがれっ!!」
 アニスに怪我を修復された紫雨は、一悟の一撃をあえて受けた。一悟としては、影法師を狙いたかったところだが、彼は影法師の形を知らない。ピアスであろう情報はあるが、紫雨は無数にピアスを身体に打ち込んでいる。
 その時、建築物の合間から光が差した。
 朝の到来か、逢魔ヶ時の時間も終わりを迎えている。紫雨は八尺の残骸を投げ、アニスの首に血吸の刃をあてた。
「じゃじゃーん、人質。遊びは終わりだ、玉砕ってとこかなぁぁぁ。踏まれて蹴られて最悪」
「逃がす訳、ねえだろ?」
 一悟は出る。
「そうでもねえ。お前等は痛恨のミスを侵した。俺様の部下を尽くスルーしてっから、取り残した百鬼が凛に呼ばれてこっち来てんぜ。流石に本部前で無尽蔵に戦争したら、大切なものまで壊れるんじゃねえか?
 ま、撤退させてくれなさそうなのもいるけど」
 紫雨は一悟を見た。
「紫雨。いのりは、智雨様の魂を救えたでしょうか……?」
「さあ。知らね。でも魂はあそこの馬鹿が何気に解放するんじゃねえか」
 紫雨が顎を向けた方向に、いのりは視界を送った。刀嗣が八尺の残骸に火を放ち、破壊していた。周囲に舞うのは、透明な光か。無数のそれが、天へと昇っていく。
「紫雨はこれから、どうするのですか」
「とりあえず、……や、八神に、怒られようかと、思います」
 ふと、その時千陽と柾、有為に瑠璃の拾われた氷雨が紫雨に追いついた。
「しーちゃん……」
「……なんだよ」
「邪険にしないでください、彼女は貴方に言いたい事があるだけです」
「おいおい、軍服。いつの間に俺様の妹を手懐けたんだ?」
 氷雨は笑顔だった。たった一言言いたかった。
「お兄ちゃん、生きるって、楽しいね」
「俺は、楽しくねえ」

 暁は訪れた。
 FiVEにとって被害は大きいが。
 迫りきた厄災と、人災は一晩で終結した。眠る逢魔ヶ時は暫く手は出せない程までに戦力を削られている。
 彼が事を起こす事は、暫くの内は無いだろう。

 ――春風粋、戦闘不能捕縛。
 ――由谷明楽、戦闘不能捕縛。
 ――神無木咲、戦闘不能捕縛。
 ――風魔凛、撤退。
 ――逢魔ヶ時紫雨、撤退。

■シナリオ結果■

失敗

■詳細■

死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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