【無料イベント】朱夏候
●
青碧の天上、高い位置に真っ白くふっくらした雲が浮かぶ。
少年少女の肌を小麦色に変える激しい日射しが降り注ぎ、忌々しい湿気帯びた風も夏後半ともなれば慣れたも同然。
アブラゼミの鳴き声が忙しくつがいを探し、合間に聞こえるツクツクボウシのテンポがやけに耳に残る。
ちりん、風鈴が鳴り響く。
……そんな日。
五麟学園は夏休み期間中であろうと、常に開いている。
部活や補習により、人の出入りが激しいのは今更な事であるが……図書室で涼んだり、本を読む者も多く。
ほぼ毎日屋上では叫び声が聞こえ、何故か夏休み期間中でも教室に誰かがいる。夜中でもいる。
そんな中でも、部活をする学生以外あまり知られていなかったかもしれないが、学園の中央には共用の屋内プール&巨大なグラウンド施設がある。
「今年はここで、水着・浴衣コンテストを行うんですよ」
「万里ちゃんもいく!! 行きたい!!」
久方 真由美(nCL2000003)と久方 万里(nCL2000005)が準備万端な格好で言った(素晴らしき立ち絵参照)。
「陽が出ている内にコンテストを開催して、夕方以降からは、……あ、そうそう夏祭りもあるんですよ。実に夏!という感じですねー」
「プールは! プールは泳いでもいいの!?」
「もちろんです……けど、まだ万里は危ないから私と行きましょうね」
わーいと両腕を挙げた万里。いつの間にかぱくぱく丸に似せた巨大なビーチボールが出現した。
「因みに宴会場もありますけど、万里はまだお酒を飲めないのであまり近づかないように。きっと酒の猛者が入り乱れてカオスでしょうから」
「カオス……」
「といっても、メインはコンステストですから。万里も設営、手伝ってくださいますか?」
「万里ちゃん、お手伝いするよー!」
姉妹、ぎゅぅと繋いだ手。
嗚呼、まるで星やハートが振りまかれている。そんなオーラが見える。
「今年の夏が終わる前に、楽しい思い出をたくさん作りましょうね、二人で」
「はーい! 二人で!!」
――その頃長男
「そうだよね、知ってる。俺無視して、ねーちゃんと万里で楽しそうにでかけてたよね」
机に突っ伏し、背中には澱んだ空気が流れていた。
姉と妹が勝手に食べたプリンに腹立たせ、「お前らなんか太れバーカ!」と言ったのが運の尽き。今となっては何が正しかったかわからないが、家に取り残されて独りごちる不幸を呪った。
青碧の天上、高い位置に真っ白くふっくらした雲が浮かぶ。
少年少女の肌を小麦色に変える激しい日射しが降り注ぎ、忌々しい湿気帯びた風も夏後半ともなれば慣れたも同然。
アブラゼミの鳴き声が忙しくつがいを探し、合間に聞こえるツクツクボウシのテンポがやけに耳に残る。
ちりん、風鈴が鳴り響く。
……そんな日。
五麟学園は夏休み期間中であろうと、常に開いている。
部活や補習により、人の出入りが激しいのは今更な事であるが……図書室で涼んだり、本を読む者も多く。
ほぼ毎日屋上では叫び声が聞こえ、何故か夏休み期間中でも教室に誰かがいる。夜中でもいる。
そんな中でも、部活をする学生以外あまり知られていなかったかもしれないが、学園の中央には共用の屋内プール&巨大なグラウンド施設がある。
「今年はここで、水着・浴衣コンテストを行うんですよ」
「万里ちゃんもいく!! 行きたい!!」
久方 真由美(nCL2000003)と久方 万里(nCL2000005)が準備万端な格好で言った(素晴らしき立ち絵参照)。
「陽が出ている内にコンテストを開催して、夕方以降からは、……あ、そうそう夏祭りもあるんですよ。実に夏!という感じですねー」
「プールは! プールは泳いでもいいの!?」
「もちろんです……けど、まだ万里は危ないから私と行きましょうね」
わーいと両腕を挙げた万里。いつの間にかぱくぱく丸に似せた巨大なビーチボールが出現した。
「因みに宴会場もありますけど、万里はまだお酒を飲めないのであまり近づかないように。きっと酒の猛者が入り乱れてカオスでしょうから」
「カオス……」
「といっても、メインはコンステストですから。万里も設営、手伝ってくださいますか?」
「万里ちゃん、お手伝いするよー!」
姉妹、ぎゅぅと繋いだ手。
嗚呼、まるで星やハートが振りまかれている。そんなオーラが見える。
「今年の夏が終わる前に、楽しい思い出をたくさん作りましょうね、二人で」
「はーい! 二人で!!」
――その頃長男
「そうだよね、知ってる。俺無視して、ねーちゃんと万里で楽しそうにでかけてたよね」
机に突っ伏し、背中には澱んだ空気が流れていた。
姉と妹が勝手に食べたプリンに腹立たせ、「お前らなんか太れバーカ!」と言ったのが運の尽き。今となっては何が正しかったかわからないが、家に取り残されて独りごちる不幸を呪った。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.夏を楽しむ
2.コンテストをする
3.夏祭りをする
2.コンテストをする
3.夏祭りをする
●注意
・以下の場所の数字をEXプレイングの方に書いてください。
書かれていない場合は、プレイングを見て判断するので強制ではありません
・二人で参加する場合は相方の名前をEXプレイングに書いてください
・三人以上の場合はチーム名をEXプレイングに書いてください
・他人の迷惑になる行為などはマスタリング対象と致します
・プレイングは行動を絞って書いたほうが描写が濃いと思われます。長時間の行動や、広げた行動は描写が薄くなりますのでご了承ください
【1】コンテスト会場
・こちらでは水着・浴衣コンテストが開催されております。
自慢の水着を語るも良し、評価するも良し!
時間帯は昼間です
【2】夏祭り
・こちらでは屋台を楽しむことができます。19時頃から花火も上がるようです
屋台周辺は賑わっているでしょうが、静かな場所もありますのでカップルでゆっくりしたい方はSTがきちんと空気をよみます
屋台飯を食うもよし、金魚掬うもよし、出店を出すもよし、いちゃつくもよし!
時間帯は夕方~夜です
【3】宴会場
・こちらではどんちゃん騒ぎができます。未成年は飲酒喫煙禁止です
酒を飲むもよし、語らうもよし!
時間帯は夜~朝方です
【4】学園内プール
・こちらではプールで泳げます。夜はナイトプールとしてもご利用頂けます。淡い光が水面を照らして軽いリゾート気分も味わえます
自慢の水着を披露するもよし、泳ぐも良し、プールサイドは走ってはいけません
時間帯は昼~夜です
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このシナリオは【無料】で参加できます。
経験値、GP、名声(悪名)値、モルコインの配布はありません。※守護使役の親密度は上がります。
プレイングの文字数は【200文字】です。
相談期間はコンテスト期間の【3日間】となります。
※無料イベントの為、参加者多数の場合は描写されない可能性もございます。
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それではご縁がありましたら、よろしくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
3日
3日
参加費
0LP
0LP
参加人数
180/∞
180/∞
公開日
2015年09月07日
2015年09月07日
■メイン参加者 180人■

●
コンテスト会場は、いつもより遥かに多い人数で埋め尽くされていた。
いつもより面積が少ない格好に三島椿の頬もほんのり桃色に染まっていた。
(お兄ちゃんがいいっていうから……)
と勧められて着てしまったことを、些か後悔しているのか口を尖らせていた先、篠森繭が見えた。
(場違いじゃないかな私……)
繭も同じく、身体を強ばらせて他人の視線を気にするようにおどおどしている。明らかに不審者という訳ではないが、何かを感じた椿は近づいた。
「こんにちは、貴方も参加者よね」
「え、えっと……」
他の女の子も可愛いな、なんて考えていたらその中の一人が話しかけてくるミラクルに、繭は驚きを隠せなかったのだが。積極的に話しかけてくる椿に、心の何処か硬いものが解けたようだ。
椿も参加した経緯を話せば、「私は、弟に言われて」を繭から返事が返ってきた。
お互い、ふふ、と顔を見合わせ笑い。全力で帰宅したかった気分がいつの間にか消えていた。
その頃、舞台上では弓弦葉・操・一刀斎のアピールタイムが始まっていた。
褐色肌が煌めかしくも妖艶な彼女の身体に、黒色の三角ビキニがここぞと強調している。特に口頭でのアピールは無いが、舞台の上でくるりと回ってみたり、曲線の美しい身体を更にくねらせてみたりとまるで誘惑されているようだ。
「ん~? 胸が見えたりすると皆は嬉しいのか? そうなのかあ~?」
やめて、全力でやめて。見たいけど、やめて。
さて、お次は。
「明智珠輝と申します。チャームポイントはプリ尻です、ふふ……!」
今の所、F.i.V.E.組織内でも通報されそうな覚者ランキング5に入りそうな明智珠輝が登場した。
彼は腰に一枚布といえばいいのか、果たしてそれは水着なのか、ちょころっぷ水着コンテストのセキュリティ部隊は一体何をやっていたのか、評価すべきは水着より尻なのか、様々な議論が発生しそうな格好である。
珠輝が三点倒立から開脚をした状態で会場内、謎のどよめきの叫び声が発生。
「わーかわいい水着やきれいなおねーさんいっぱい! おにーさんも! あっ、あの人すごい、赤いふんどし! 赤ふんだ! 逆の意味でちょー目立ってる! サインと握手もらってこよー」
ここで迷家・唯音というエンジェルが降臨した。どこにそんなもんがいたのか、頭にヘラクレスオオカブトを乗っけながら。
場内の雰囲気も少しだけ和やかになった、絶賛天然のマイナスイオンである。
「サインでも婚姻届けでもなんでも書きますよ、ふふ……!」
三点倒立中の珠輝にサインをと手を差し伸べた唯音。だが、唯音の手は丁度彼の股の間に差し伸べられた、明らか腕はそこじゃない。腕はもっと下だ。
しかしそこでどこからともなく誰かの守護使役が唯音を直撃して、なぜか足元になったバナナの皮に滑った彼女のヘラクレスが
「ひゃんっ! こけた拍子にへっちゃんがふんどしの中にダイブ!?」
へっちゃ~んカ~ムバック! だめそれ、汚れものだから。今赤フンの森へと旅立つとこだから。
「あぁッなんというテクニシャン……!」
赤フンの中、珍のポジションが細長く少し爪ばった六本の指(あえて指と表記)で丁寧にいじられ、三点倒立中にビクビクッと動くその姿は、おっと文字数が限界を迎えたようだ。
丁度イペタム・イシネカプが現場を激写していた。感想をどうぞ。
「犬神家が、犬神家がみえる……」
次は、環大和の出番である。いい経験になるであろうと、舞台に上がった彼女は本気だ。
珠輝は見なかったことにした。見たけど三秒くらいで記憶の中の彼を術符で封印した。
赤、というよりは深紅が似合いそうな大和だ。丁度胸のたわわな膨らみを中央に寄せる形で布が守っている、大体な水着。
「どう? 似合うかしら?」
なんていいながら、前屈み(BUのような形に)になった瞬間、会場の男数人がトイレに走っていった。
「欲望に素直でいいんだよ。男の子だもんね」
ファル・ラリスは言った。彼女が見つめていたのは舞台の上ではなく、舞台を取り巻く集団であった。特にトイレに駆け込んでいきつつ、前屈みになった男は見逃さない。
危ないかおり、というよりはファルにとっては彼らの欲望で間接的に喜びを感じていた。新しいタイプの性癖に戦慄極まりないが彼女が幸せならいいのだろう、いいんだ、よね?
次は、四条・理央である。
いつも三つ編みにメガネと、よくある文学少女的の格好をしている彼女だ。しかし今回は、ひとつに結わいて、普段とは違う色を魅せる理央がいた。
「ビキニを着るのは初めてで、正直言えば恥ずかしいです」
白い水着を隠すように、両腕が恥じらい胸を隠す。
「ですが、コンテストに参加する以上は開き直っちゃいます!」
そして腕が開く。開放的な理央は文学少女から水着美女へと進化した。一人称がボクであるところが点数が高い。
「皆さん、コンテストもこの後に続く夏祭りも楽しんで下さいね」
次は、シルフィア・カレードの出番だ。
「コンテストの為に水着買ったんだし、見てもらわないと、ね?」
それでは見てみよう。スク水ではないがそれを変形させたような形に、注目すべきは大きく空いた胸元だ。平たい胸族は確実にお断りと評された水着の形だ。これは巨乳族の最終兵器である。
恵まれた身体、チューブなんか着てみろ。水面に飛び込んだ衝撃でズレる、全力でズレる、いやそれもいいが全年齢PBW的にはアウトだ。
苦しそうにしていた胸元も、ファスナーを下ろせば開放感。程よい柔らかさの膨らみも解放され感極まる。
胸に向かって拝みたいレベルだ。そうかそのファスナーは観音開きだったか(意味深)。
お次は、饗山 朔だ。
普段モデルを行う彼が、こういう場で生で見れるとはファン歓喜であろう。
私服のセンスが絶望的と有名な彼も浴衣を間違えることはなかった。
朔は濃紺に蝶が舞う浴衣を纏い、舞台の上でくるりと回転。チラりと見えた後頭部にはかんざしも刺さって、妖艶。
キメ!た表情は自信に溢れ、かつ楽しんでいる模様。他人を楽しませる為に自分も楽しむ、なんてエンターテイナー。
ちなみに蝶柄の意味とは移り気だそうだ。
通りすがりの、結城 美剣さん、感想をどうぞ。
「素敵です。この方だからこそ、これだけ映えるのでしょうね!」
うっとり、見つめた美剣に朔は戯れに手で作った拳銃をBAN☆と撃ったのであった。
橡・槐はかくかくしかじかで足が動かず、傷もありきで見せることもできない。なのに水着を着てしまったのは、恐らく夏だからであろう。
体よりも大きめのビーチボールで足を隠して、いたのだが、おおっと足元、何故だかこんなところに妖精さんが石鹸をおいていた。
つるんとビーチボールが傾く。
「へ?」
と目を丸くした槐はそのまま重力に従って落ちていく。思い出すのは少し手前の時間で、
「出る前に負けること考えるバカはいないのです!」
と胸を張っていた自分の姿。
転ぶわけにはいかない、床に手をついて腕の力だけで跳躍しつつ覚醒。足ありきの状態で舞台上にダイナミック着地。歓声喝采が起った。
キメ顔をした槐は自分を誇らしく思ったそうな。
「ヒュー! いいねえ、そういう登場の仕方!」
宇宙人が指笛で会場を盛り上げた。
さて次は、茨田・凜だ。
彼女の新調した浴衣は、華やかで明るい。可愛い子が多い組織であるが、負けられない、勝負事は勝ってなんぼである。
「八番、凛です。よろしくねっ」
舞台上で、顔を斜めにことんと落とし、にっこり笑った女の笑顔も浴衣同然の華やかさだ。
お気に入りの柄を魅せるように一回転してから、再びキメのポーズ。彩られた橙の帯が、水面の光に照らされ更に明るさを増していた。
次は紫堂・月乃である。
姉たちからの贈り物である水着を着て、メモを見る。「落とせ」と書かれていた。さてはて、主語さえあれば良かったものを。何を落とすのか、月でも落とすか。
月乃の表情は終始変化が無かったが、落とせの意味がまるで分かっているように、一本の線を歩む形でモデル歩き。
自然体で魅力をまき散らしながら、水着を見せつつ会場を盛り上げたのであった。
利き手の親指と人差し指を繋げてわっかにして、その中から世界を見る。新羅 義清は思う、素晴らしい水着たちだ、と。
丁度月乃が歩いているところだが、水着と女性のしなやかな肉体を肴に酒を飲む。日々のストレスとは、こうして解消されていくのだ。
「皆さん、お似合い、ですね……私なんて、場違い、です」
長い前髪のしたで、祇澄の瞳は揺れ動いていた。顔は俯き加減、ちらと、隣にいたエメレンツィアを見れば、大体な水着にまた祇澄の顔が赤らんだ。
「浴衣、とてもよく、お似合いです、ね」
「ふふ、アリガト」
エメレンツィアとしては、祇澄の身体と水着もなかなかだと思い、舞台の上を指差してみたのだが。どうにも彼女の心は腰が引け気味であるようだ。そういうところも、可愛らしいのだが。
歩き出した祇澄。もっと近くでコンテストを見ようと言いながら振り向いた、
「あっ、えっ、まっ、わああああっ!?」
途端の何もない所で滑り、転んで、膝をついて腰が高い位置にある状態でうつぶせ。
何もないところで転べるのは最早彼女の才であろうか。そんなことを思いながらエメレンツィアは口元を抑えて上品に笑いつつ。
「大丈夫?」
と彼女へ手を差し伸べた。
梅崎 冥夜が見たいものは、豊満な胸でも、緩やかな曲線を描く女性の身体でも無い。そんなもの、海でもいけばいくらでもみえるもの。
それよりもだ。にやにやと口元が緩む。
「素晴らしいねェ……」
獣の特徴に球体関節、翼に刺青。千人に一人と言われる能力者の身体。変化部位だ。ヒトならざる者たちの象徴とも言えるべき部位こそ、彼の感性にフィットする。これまたレベルの高い趣味であった。
さて、お次は南条 棄々である。
せっかくの水着なのだ、披露しなければ勿体無い。
棄々の水着であるが、リボンとフリルが惜しみなく使われた、愛らしいもの。爽やかな中にも、しっかりとした個性が詰められている。
「どう? 魔法少女みたいでかわいいでしょっ」
頭の上の耳がぴこりと動く。杖とか持っていたら完璧かもしれない。これで覚醒したときに魔法少女と名乗っても疑われないであろう。アイドルらしい雰囲気も持った合わせ技である。
次は神幌 まきりだ。
思い切って披露するのは、シンプルな黒ビキニ。黒はいいよ、女性のらしさを更に際立たせる。だがしかし、本人は段々と下を向いて、頬を両手で隠してしまった。
「そ、そんなに見ないでくださいよ……」
縮こまって、目を瞑って。
コンステトよりも羞恥が勝ってしまった彼女の小心さも、なかなかにポイントが高いものではないだろうか。
その頃、真耶・サラフィルは魚を思い浮かべながらプールの方を眺めている。今日の夜飯は魚にしようと思いながら。
次は巻島・務である。
舞台上に上がったやいなや、まずは大胸筋が躍動するこのポーズ。そして大腿筋がダイナミックなこのポーズ
日々鍛え上げられた肉体を晒していく姿に、会場では歓声が巻き起こるくらいだ。今まで女性が多かったものの、一気に男子校の雰囲気に侵されていくような。
褐色肌に、オイルでも濡れば更に際立ったであろうか。彼の未だ成長する筋肉には今度にも期待である。
「筋肉の良さ、わかってくれたか?」
最後にこのキメ言葉であった。
次はキリエ・E・トロープスである。
神父からいただいたという水着で登場だが……どうみてもそれはスク水だ。三百六十度明らかにスク水だ。
(優劣を付けること、本来はよろしくないですますが、これも布教のための第一歩とこころえて、皆様にカミサマの愛をお届けしたいと思います)
拳をぐっと握り、意気込んだキリエ。日本語で書かれた名前もツッコミどころ満載だがあえて見なかったことにしておこう。
「……この水着、ジャパンで普及してるもの、違います? あれれ?」
喋らなければイケメンみたいな部類な彼女は今日も元気に狂信である。
安ケ平 直貴は『God VeIleDE サードアルバム好評発売中!』と書いたフリップを持って、宣伝。
久方の長女を目線で探すが、なんと、今回NPCは全不参加である。すまない。
伊達 龍姫は、カジュアルなジャージに身を包んで立っている。
「あと…綺麗なもの、見るの好きだし…、ね…」
ついでに会場の…警備もするよ…不埒な輩には…サブミッション。
●
「うおー! すっげー!」
成瀬 翔は瞳を輝かせてからスタートダッシュ。夜店の中を駆け巡りながら、
「まずは射的だろ、金魚掬いだろ、くじなんかもあっかな?」
と頭を右に左にと振り回している。どれもこれもやりたくて、手に握られた小銭の残りを頭の中で計算する。
「ん?」
ふと、瞳に入ったのは他にも屋台を制覇しようとする覚者たちである。見知ったものもいただろうか、手を振りながら翔はニコ、と笑った。
「うわー、すっごい人の量! まさか初めて来た場所でお祭りがやってるなんて思いもよらなかったよ!」
周囲を一周見回してから、京極 千晶は後ろからぞろぞろ並ぶ影に手を振った。
「はやくはやく!」
「はっはっは、そんなに急がなくても、まだ始まったばかりじゃろうて」
にこ、と老成して落ち着いた声が千晶を宥めた。
木暮坂 夜司だ。彼は袖からサイフを出しつつ、
「さて子供らよ 夏休みの宿題を頑張ったご褒美に何でも一つ好きなものをおごってやる」
と、なかなか太っ腹な。その行動、なかなか好印象である、高く評価したい。
「あ、夜司おじーちゃん、ぼくたこ焼き食べたーい!」
すぐに手をあげたのは御影・きせきであった。少女のような愛らしさで(こんな可愛い子が男の子のわけが……)見上げ、夜司を見る。これには彼の心の奥、おじいちゃん性分がうずうずと唸ったに違いない。
だがしかし宿題をやっていないものには褒美は無い。鯨塚 百は心の中で、漏れた宿題は無かったか一生懸命考え始めた。
「最初は、焼きそばかね」
と行った時には鳴海 蕾花の右手には焼きそばが握られていた。ちょっと濃いめのソースかつ、90%は麺と言えるほどの焼きそば。
安っぽいがこれもひとつの醍醐味と言えるであろう。
「おいしい?」
と、小矢尻 トメは蕾花へ問う。
「花火あがってたら、もっと美味しんだけどね」
「ふふ、もうちょっとよ。きっと」
トメとしては、お祭りを楽しむのもそうだが、食べ物をおいしそうに食べる表情が見たくてここにいるようなもの。花火よ、早く上がれと願う。
「私はチョコバナナ買ってきたよ、そっちは?」
「フッ、串焼き」
上靫 梨緒の右手にチョコバナナ。
新田・茂良の両手の指の間間に串が何本も刺さった状態でキメポーズ。おちゃらけた茂良。
梨緒は笑いながら、
「量、あんまり食べれないから。そういう串とかって、すごく助かるよね」
「ハイ! ちょっとずつ食べるのもいいと思います。だがまだ食べたいものがたくさんあるんです」
そんな二人の間に、ずずいと入った結城 華多那。
「こっちは、綿あめとりんご飴だ! 甘いもの、いっぱい買ってきちゃったぜ、食う?」
「そんなに食べられる?」
「りんごあめが、ひーふーみー……」
「ノンノン、これは」
二人のツッコミに、人差し指で違う違うと横に振った。華多那は十一 零に林檎飴ひとつ差し出して、
「これは小さい子にあげちゃう為だぜ!」
「「なるほど、えらーい」」
とドヤ顔を決めた華多那。
やり取りを見てて、是枝 真はぽそっと喋った零の声を聞き逃さなかった。
「あ、零さん……お年が遥か上です」
「「「な、なんだってー!!」」」
真は一切表情を崩さず、さり気なく茂良が持っていた串を一本引き抜いて食べた。
「ドネルケバブにチュロス……お、この『台湾風かき氷ドラゴンアイス』ってのうまそうだな、これ食ってみるか!」
百はその頃、悩んでいた。トッピングに、マンゴーか、タピオカ、他にも色々とあり相応に値段がかかるようだ。
「男なら、全部とかどうかな」
「ぜ、全部は流石に……」
なけなしのお金が消える。
三間坂 雪緒はくすくす笑いながら、隣の店でりんご飴を買っていた。
「ももじろうも食べるだろ? なら一番大きいのを選ぼうか」
「ん? オイラは百(もも)だぜ」
「あ、ごめんごめん。守護使役の名前が、ももじろうなんだ。似てるね」
「へー、おいらのじろう」
「はは、そうだね」
りんご飴を持った雪緒の腕ごとももじろうはりんご飴に噛み付いた。
「あ、僕の腕は食べたらだめだよ」
「ももじろうは、たくさん食べそうだな! あ、オイラ、タピオカにするぜ」
定番のたこ焼き、唐揚げに始まり、りんご飴やベビーカステラなどの甘味も用意された、橘 誠二郎の屋台。
半ば、屋台制覇組みへとテロと見える。他にもケバブや揚げ饅頭などなど、最早これひとつで世界一周できるようなもの。
「材料は山のように持ってきました、リクエストがあれば何でも作りましょう。さぁ、かかってきなさい!」
カメラ中央猫屋敷 真央。後ろから千晶が右から出てきたり、左から出てきたり。誠二郎の屋台の手前で立ち止まっていた。
「どしたの?」
「これは厳しい戦いになってしまいそうです」
真央は唸っていた。何から食べればいいものか、こんな沢山食べれるものか。味の濃いものから先に食べてしまうと薄味のものの味がわからなくなってしまうならばかき氷から行くべきかいやデザートより先に云々かんぬん。
「ふふー、私は主食メインでいくよ! だからそっちはデザートメインでもいいかも!?」
「うーん……!」
「あ、でもほら、ちょっとずつ分ければきっと全部食べれるよ!!」
「そうでした! 皆で力を合わせればどんな困難にだって打ち勝てるはずですっ!」
「そうそう、その粋!! じゃあまずなにしよっか!」
彼女らの背後。長良 怜路がいた。
「いか焼き一つ……」
「今一瞬にしてイカ食べたくなりました!!」
「よし!! いくかあ!!」
「やっと決まったか!! よしこい!」←誠二郎
真央と千晶の背後に炎が燃える背景がみえる。
「なにごとですか」
と真が、今度は綿あめを口周りにはりつけていった。べたべたしてるからね、くっつくよね。
華多那は口周りをとんとんと指で押し、真にそれを教えてあげながら、
「あー、次の依頼の打ち合わせじゃねー?」
「なるほど、仕事熱心ですね」
「だな。さぞ強い妖なんじゃねーか」
と解決した。
「夜司さーん、焼きそばおごってー!」
華多那が手を振れば、孫を見る目で夜司は答えた。
「現実の孫は三十路近くなっても婿のきてがなくてのう……いつになったら曾孫の顔が見れるのやら」
「ふふ、しんみりした顔は今はNGですよ」
トメはぽんと、彼の肩を叩く。トメこそ、色々こみ上げてくる感情こそ多いものの。今は、今だけは出さないように。
「あ、花火あがるみたいですよ」
と梨緒は空を指さした。少しの間だけ、屋台制覇組も花火を見上げて、思い思いに叫んだり見つめたりしたという。
「そこの」
由比 久永が通りかかった。梨緒は、はあいと返事をしたとき、焼きそばの入った袋を渡された。
「買ったはいいが一人では食べ切れんでな。貰ってくれると助かる」
「え、いいんですかっ」
「うむ」
梨緒がわあい、と見上げたときには、久永の姿は消えていた。
「こ、古妖か何かかな?」
「で、食べ過ぎたと?」
龍月・凍矢の下へ食べ過ぎでお腹が痛くなった屋台組みが駆け込むのはもう少し先の話である。
「医者は暇なほうがいい。何事もなく終えるの一番なんだがな」
「やっと夏も終わりか……例年になく暑く感じたわ」
三上・千常は片手にビール、もう片手に焼き鳥を持ちながら花火を見上げていた。ただでさえ暑いのに、花火の歓声によって更に温度が上がった気がする。
そんな彼の後ろ。こんもりとした草陰が揺れた。
「ふっふっふ……先生を練習台にさせて貰うよ~」
工藤・奏空の瞳がキラーンと光る。探偵(の卵)としては、バレないように尾行するという事は初歩技能だ。
が、
「こういう場では堂々としてたほうが案外ばれないもんだぞ、工藤君」
「今名前呼ばれた気がするけどバレてないな」
「工藤君」
「工藤とは人の苗字のなかでもわりかし沢山いる名前だからきっと工藤奏空ではないな」
「奏空」
「あ、これバレてる」
頭を掻きながら草陰から出てきた奏空に、苦笑しながら千常は手招きした
「あ! 焼きそば! 焼きそば食べたい!」
「会っていきなりそれか。まあ、いいか……こういうのも」
「いらっしゃ~い♪」
ディスティン ミルディアは冷えたラムネを差し出してから、柔らかく笑った。
気合いを入れて水着を買ったらしいが、祭りで着るのかは定かではないが、差し出されたラムネに
「ありがとうございます」
と九鬼 菊は答えた。彼はこういう催し者は初めてなのだという。だからか、田舎から都会に出てきた人のようにキョロキョロしている。
「で、次は何を食べるんです? 大食いの、一色弟さん?」
はは、と笑いながら一色・満月は既に焼きそばに噛み付いていた。
「ははは、十天の主とやらが夏祭りとは愉快であるな。どれ、今日くらい可愛く子供になってみては如何か?」
「ま、十天にも休みは必要ですしね」
おもむろに子供扱いする満月に、菊は唇を尖らせてからぷいとそっぽを向いた。
「いいじゃないですか、僕だって堅苦しいキャラ好きできどってるわけじゃないんですから、撫でるなこらっ、こらあ!」
「ふてくさるな、照れてるのであろう? 愛い愛い」
まるで兄と弟(妹?)のような二人。満月は終始、菊を子供扱いしながら。だが菊もそれは満更でも無いようであった。
何故夏祭りに姉と。
風織 歩人はそんなことを考えながら、手をつないで歩いていくカップルに羨ましさ反面、爆発しろと考えつつ。
「あゆ! 今日はあたしがおごってやるです! 任せろです、給料でたばっかりです」
と浴衣姿の姉、風織 紡は楽しそうであった為、少しばかり口元が緩んだ。
あれもこれもと指差す紡の選択するものは全て食べ物だ。
「ムギより大きくなっててもらわないと困るです」
「さすがにもう育たないって」
膨れた紡の頬をつぶしながら、歩人は遠慮混じりに彼女の財布が早く貧弱にならないように牽制していた。
歩人の目に入ったのは、大粒の林檎の飴。買ってみて、食べると思いきや紡の手前にずずいと出された。
「ん」
「ん?お土産買ってくれるですか?」
「うん」
「……ツンデレってやつですね! かわいいです!」
「照れてない! 可愛いっていうな!」
歩人の頭がくっしゃくしゃになるまで紡は撫で続けた。
夜空に咲く花火は、一人で見るよりも二人で見たほうが楽しいであろう。
ざわめく祭り会場から少し離れて、ひぐらしが鳴く声がよく聞こえる神社の境内の、鳥居の下。
明石ミュエルと円善司は二人でいた。
「二人で、こうやって、出掛けるって……なんか、特別か感じ」
彼の手に触れる、ぎりぎりの場所で。ミュエルの手は行ったり来たりと繰り返していた。花火が上がっているけれど、ミュエルがみているのは花火に彩られて七色に陰を落とす地面。
対して善司の視線は花火をみてから、ミュエルの横顔を見た。整って、浴衣でいつもと違う雰囲気の彼女に、
「綺麗だな」
と。そっと言葉が漏れた。
昼間のコンテストに疲れて、太刀風 紅刃は甘味の屋台の手前でにらめっこしていた。
「これほど甘いものが食べられるのは祭りの醍醐味だ……が、どれからにしようか」
「全部! とか」
華神 悠乃が紅刃の顔に自分の顔を近づけて言う。
「なるほど、全部か」
「うん。ここでは綿あめかって、あっちほうのチョコバナナは百円安かったから、そっちで! とか」
かくして、紅刃の手にわたあめが握られたのであった。
浴衣女子と法被女子で屋台の甘いもの巡りをするのも風情でよきもの。そう悠乃は満足しながら、だが来年は浴衣にしようと決意していた。
昼間に叩いた太鼓によって、悠乃こそ腹の虫が鳴っていたが。
「あれ? 紅刃ちゃんお菓子系のみ?」
「華神も良かったら食べるか? 違うのを分けるのもいいな」
「じゃー私もデザートにカキ氷食べる! さっきああいったけど、違うの買ってシェアしよ?」
「うむ、色々なものが食べられていい考えだな」
二人は屋台の隣、休憩スペースに陣取り買ったものを広げたという。
「おや、もう暗いのに子供が一人ではいけないね」
白部 シキは黒漆 夜舞を見つけて、肩を叩く。夜舞は振り返り、段々細くなっていく瞳に抗議をのせてから。
「保護者ですか……まあいいでしょう。最近は色々とありますねえ」
とシキを許した。
夜舞がどこにいこうとシキは着いて行くつもりであったが、すぐに立ち止まったかと思えば射的を始めた夜舞。
暫くしてから、
「私はあまり食べませんが、飲み物やかき氷、綿菓子。特にかき氷と綿菓子は口の中ですぐ溶ける、儚いところが良いのですよ」
と彼の自論を聞きながら、少し離れた境内で座りながら食べ物を並べていた。
シキの瞳に映る、まんまるの林檎。
「リンゴ飴か……」
シキの表情が緩みながら頬が紅潮する。子供っぽいが、好きなのだ、この食べ物が。
夜舞は林檎飴を差し出すが、シキは差し出されたそれを軽く押し返した。
いくら好きだからとはいえ、彼女の描く姉像に、林檎飴にむしゃぶりついて舌を赤くする姿はフィットしないのだ。
「祭りで童心に帰っても、誰も気に留めませんよ、きっと」
行くあてを無くした林檎飴が暫く彷徨ってから、夜舞が結局齧ったのであった。
今まで暗かった道が、七色に光り始めた。
風祭・雷鳥の見ている景色は他の誰とも違う景色であっただろう。
(あの子小さい時は花火の音にさえ怖がってたっけなぁ、でもキラキラ打ち上がってるの見ると目輝かせて……)
雷鳥の背中を、浴衣姿の少年少女が走っていった。そう、もしそうならあれくらいの背か。
チクりと痛んだ胸を抑えることもせず、ただ、雷鳥は空を見上げた。込み上がるものが落ちないように。
いつかまた、きっと。
「夏祭りです~! わたあめを食べます!」
と綿あめを探しているウィチェ・F・ラダナン。……が、途中で足を止めてから、射的に没頭する後ろ姿に今度は瞳を輝かせた。
「わああ凄いです!」
御堂 轟斗である。射的が的を落としていく、その素早さと精密さ。こいつぁ……手練だ。
「ん…? ほう! ユーはゴッドの偉大さが分かるのかね!」
「なるほどゴッドという存在は偉大なのですね!」
ウィチェの曇りなき瞳はまるで幼き日にみた子供が、新しい玩具や出来事にどきどきうきうきしているようなそんな純粋なもの。
あまりのキラキラ攻撃に轟斗は彼女に、今落としたクマのぬいぐるみをあげた。
「あ、ワタシこれからわた飴のお店に行くのですが、一緒にどうですか?」
「よろしい。キュートなエンジェルをエスコートできるとはゴッドも光栄であるよ」
「わーい、ゴッドさんと一緒です!」
「まずは綿あめかね? よいよい、遠慮はするな、ゴッドの奢りだ」
「あわわわわ、ありがとうございます」
この日、唯一神の新宗教が発足した。
「ちゅーか、一悟、買いすぎや。リサも食べ過ぎやで」
光邑 研吾は、食べ物を入れて太らせたビニール袋を引っさげた奥州 一悟と、林檎飴と綿あめが大量に入った袋を持った光邑 リサを見て言った。
「祭りだから、仕方ないんだぜ!」
「ウフフ、ハメ、外しちゃうわね」
それぞれの理由を言われて、研吾は笑いひとつ落としてからリサの腹へ手を伸ばした。
「食べてもそんな膨れませんカラ。思い出として綺麗に消化されますカラ、触診はお断りですワネ、ウフフフフフフ」
「つねらんでもええがな。ちょっと……腹具合を心配しただけや。太るとか…いたた!」
リサによってつねられた研吾の手の甲の皮が、これでもかと回転してちぎれそうになっていた。
「仲いいなー」
そんな彼らをみながら一悟は林檎飴をなめ続けて、舌の先が真っ赤になるほど。
こんな形で三人で出掛けるのはこれで久しぶりなのだという、リサとしては、他の孫とも来れたらいいなと内心思う。
「おお、あんなところに射的場があるで」
「じいちゃん、勝負だ!」
「勝負? 射的のケンちゃんと呼ばれた俺に挑むとはええ度胸や」
「二人とも、頑張ってネ~」
ルールはどちらが多く落としたかで決まる単純。
だが攻勢は大幅に研吾が有利であった。流石射的のケンちゃんである、狙ったものは確実に落とされていく。
「くっ、これじゃリサさんにあげるプレゼントが」
「はは、まだまだ青いな」
「もういっかい!!」
「もういっかいだけやで」
彼らの後ろ姿をみながら、リサは小さく笑った。願わくば、来年もこうして―――。
「お、やらせてもらってもいいかな?」
黒須 凱は、今まで肩に乗っていた守護使役が頭のよじ登り始めて苦笑しながら祭りを楽しんでいたところで、射的場にきた。
楽しむ二人の隣に入って、構えて撃てば、人形がひとつ落ちた。
「お、やるね、兄ちゃんや」
「うん。ちょっと得意かもしれない。やるよ、サイド(守護使役)」
「兄ちゃんも、覚者なのかあ」
神経を研ぎ澄ませ、狙って、当てて、それで落とせるものじゃないんだ。
美錠 紅も、同じく射的のガチプレイヤーであった。イメージを脳内で何度も繰り返し、そして、戦闘するような覚醒したときのあの感覚を思い出せ。
――――ここだ。いける。
トリガーを引けば、パン、と破裂したような音。と、一緒に、キャラメルが落ちていく。
「ほら、クロ。キャラメル取ったよ。食べる?」
開封してから、一粒落としてみる。足元ではしゃぐ守護使役は器用に取って食べていた。
真庭 冬月は、おひとり様でお祭りを回る。
お祭りの雰囲気に飲み込まれているのが、半ば心地好く、一人ではないようなそんな気分にもなるのであった。
ふと、視えたのは金魚すくい。赤色よりはオレンジ色との中間くらいの金魚がめいいっぱい泳ぎ、其の中で黒色の金魚も優雅に遊んでいた。
祭り屋台の魔力に引き寄せられるかの如く、衝動的に金魚掬いを開始。
狙ったのは、小さくて愛らしい一匹。そこだ――ッと狙いを定めてポイを流す……流したところで。
「やーたーい! やーたーい! 屋台ですよ屋台! お祭りです、祭典です!」
買い食い、それは男のフロンティア。そして女のユニバースらしい繕居 衣のテンションはマックス振り切っていた。
「何を言ってるかわかりませんか?修行が足りないですね、わからないなら屋台へ走れ!行けばわかるさ!繕居も後を追います!ここは私に任せて先に行け!さあ食べますよ!イカ!たこ焼き!りんご飴!誰一人逃がすものか!さあ走れ!走るのでってってってっ、うぼあー!!」
衣が冬月の手前を見事にダイブした。小さく可愛らしい金魚が衣の上に着地し、跳ねた。
「うーん」
鈴白 秋人は立ち止まった。子供が金魚すくいの手前で唸っていたからだ。手には、円の中で水に濡れてぼろぼろになった紙。どうやら上手くすくえないらしい。
だがそれでも金魚が欲しい子供は泣きそうであった。
「ちょっと、まっててね」
(すくった金魚は、欲しい方にお裾分けで……)
秋人の特技、器にみるみるうちにはいっていく金魚に子供は目を輝かせた。もちろん彼は覚者であるが、能力は一切使っていない天然のもの。
「じゃあこれ、あげるね」
そこに久永がいた。秋人がとった金魚を物珍しいそうに見つめながら。
「どうしたの」
「いや……これは、食えるのか」
「あ、だめです」
「食えないのか。生は駄目ということか」
「焼いても、ダメですね」
「そうか……」
更に、隣に九段 笹雪がいた。ポイでも、モナカでも全て水に沈んで消えていく。むむむ……とにらめっこしている姿に秋人は笑い、久永はむずかしいのだなと言う。
「あー! また破けた。もう一枚!! くそう、なぜ金魚をこんなものですくわないといけないのか、どうして釣ったらいけないのか、手づかみしたらだめかな」
「ふむ」
「金魚すくいに罪はないから……教えてあげるから、よくみてて」
とひょいひょいすくっていく秋人。
「あなや」
「やばい神がいた。テレビでみた光景が今目の前で繰り広げられてる」
「わぁ、すごいですわぁ!」
秋津洲 いのりが手を叩きながら、ならば自分もとポイをひとつ。
「こんな薄い紙で掬えるのでしょうか?」
という疑問はあるものの、えい! と掬ってみれば見事ポイの穴が空く。何度も何度も挑戦してみるのだが……ポイは破けて小銭も段々と消えていく。
これで、最後となけなしの一投。えい!と再びやってみるのだが、結果は同じ。落ち込んだ表情で俯いたら、されどそこには金魚が一匹泳いでいた。
「やりましたわ♪」
笹雪も「むずかしいよね」と共感しながら頷いていた。
「………!」
エミリア・フィー・ヴィスは隣で、桶にあふれそうなほどに金魚をすくっていた。真剣である姿、誰もが声をかけるのを躊躇うほどだ。
ふと漏れた言葉。
「晩飯」
という言葉に久永が反応した。
「あなや……食えるのだな」
「いや、二回目だけど食べれないって」
「食べるなんて可哀想ですわ!」
「食用!?」
とその場の全員が反応した。
着慣れない浴衣を纏ったものの、どこか変じゃないか気になるのは新田・恵梨香。
「大丈夫やでー、どこも変なところないで!」
「そ、そう? いたっいたっ」
恵梨香の背中をばんばん叩きながら、テンションの高い善哉 鼓虎。何を食べようか、物色しながらベビーカステラは確実に持って帰ると屋台の場所を記憶していた。
「あ、あのー」
遠慮気味に手をあげて、離宮院・太郎丸は聞いてみる。速攻で反応した、春霞 ビスコはめいいっぱいつがれたビールを盛大に零しながら振り返った。
「どうしたの太郎丸きゅん☆」
「初めて浴衣を着てみました……どうでしょうか?」
「ちょー似合ってるよ、ばり似合ってるよ、おねえちゃん、たろちゃんのこと、めっちゃ好きやねんで」
「ああっ、話が繋がらない……!」
雰囲気で酔っ払っているビスコが太郎丸の肩を抱き寄せながら、太郎丸の髪あたりに頬をこすらせた。
「日本のお祭りデス、楽しそうデス! アニメとかで見た事ありマス! ワタシ、リンゴ飴、綿菓子、チョコバナナいっぱいいっぱい食べてみたいデス!」
某国からきたというカーミラ・ティシス。アニメから仕入れた情報通りの風景が広がっているからか、テンションは高い。
「と、その前にもんじゃの屋台も忘れないように!」
「大丈夫デース、スーパー手伝うデース!」
いつのまにか太郎丸から離れたビスコは、屋台の中でもんじゃを作る。カーミラは客寄せのために、ニコニコしながら呼びかければ、
「そんな典型的なものに誰が釣られる……って人だかりー!!?」
鼓虎がつっこみを入れた。
「屋台は平気そうだから、こっちは屋台まわって色々買ってこよっか!」
鼓虎は早く早くと恵梨香を誘う。
「そうね……ビスコさん、あんまりお酒飲んでお店めちゃくちゃにしないようにね」
「わかってるよお!!」
「そう言いつつ既に飲んでるのね」
恵梨香は頭痛の気配を感じた。
「ワタシたち、お店守ってるデスから、お土産というカご飯頼みましたヨー!!」
カーミラは人ごみの間から手だけを出して振った。
「はい、あれ、カーミラさんどこでしょうか」
太郎丸が探したが、一瞬しか見えなかった彼女の腕は見えなかったらしい。
「潰れてるけどイルヨー!」
暫くして、太郎丸、恵梨香、鼓虎は歩いていく。
「思った以上に屋台が沢山……おいしそうな匂い……目移りしてしまいますね」
「そうね、まずは……」
「あそこからいきましょう!」
その頃、もんじゃ屋では鐡之蔵 禊が訪れていた。
「劇的繁盛!! 二人で平気?」
「うーん駄目かな!!」
「死にそうデス」
「マジか、超やばそうだもんね。手伝うよ?」
「お願いしマース!」
「きた! 神きた!!」
禊はここまでにあらゆる店を手伝って渡り歩いていたものの、何故か繁盛したこの店は地獄であったという。
「マリン、花火見に行く?」
桂木・日那乃はゆっくり歩きながら開けた場所を探している。守護使役のマリンと、かき氷を交互に食べながら。
だがどうにも開ける場所は無い。この人だかりだ、仕方ない。
「……空飛んで、花火みたら地上より大きく、みえる?」
マリンが少し心配気に日那乃を見たが、大丈夫とにこりと笑いつつ地面から足を遠ざけた。
「わしはただのお手伝いや、本職やあらへん」
と高橋・姫路は屋台を手伝っていたものの、今は片手に小さな手を握って、迷子を案内している。
どうしたものか、あまりこの子に時間をかけたら花火を打ち上げるのに遅れてしまわないか。
と考えたが泣きっ面が母を探す姿を見てしまえば負けてしまう。
「もう少しだからな」
返ってくる返事は無いが、こくりと小さく迷子は頷いた。
仁王立ちして、祭りお入口に佐々山・深雪が立っている。考えるのは、効率よく屋台を制覇でうる方法作戦手段だ。
(まずはたこやき、お好み焼き、焼きそばを購入。たこやきは適度に冷まさないと痛い目を見る。冷めると味が落ちすぎるタイミングが大事)
熱くなった口内をかき氷で急速冷凍。そこからイカ焼きからのフランクそして、チョコバナナ。
作戦は、完璧だ。脳内の地図と人ごみを抜けるロードが見えている。
「よし、見えたっ!」
走り出した深雪は止まらない。止めても無駄だ、彼女の本能は屋台を狩れと騒いでいる。
「……そろそろ19時か。ジュースと焼き鳥を買ってきて正解だったな」
水蓮寺 静護が夜空を見上げたとき、黒の背景一面のそこに鮮やかに火が散っていく。
(……いつか、こんな平和な日常が当然になる日が来るのだろうか)
そう考えてみたものの、それを掴み取るために僕らはいるのだろう。先は長い、が、全てはまだ始まったばかり。
頬張った塩で焼かれた鶏皮を食べて幸せを感じる。それもまた、ひとつの平和のあり方であろう。
「おー! 人がいっぱいだー! すごいすごい!」
今にも走り出しそうな――むしろ、既にもう走っている犬山・鏡香の首根っこを掴んだ時任・千陽。
猫でも掴んだ形か、首根っこを掴んだ状態のままで持ち上げ、顔手前まで彼を持ってくる。
「いいか犬山准尉、先に言っておく、お前はお小遣い制だ。上司命令だ」
「えー! ショーイのケチー! いいじゃん! お祭りだよ!」
千陽の手を支点にぶらんぶらん揺れながら暴れる鏡香に、苦笑しながら皇 凛はあやすように言った。
「二人とも今日は好きなものを買ってやるぞ。どれでも選ぶといい。犬山准尉が好きなチョコレートもいいぞ。日ごろ頑張っているからな」
「ショーサはショーイと違って話がわかるから好きー!」
鏡香は千陽の腕から解放された途端に凛の背中へと張り付いた。
そんな凛は指に挟んだカードを見せながら、問題ないとドヤ顔を決めたが。
「皇少佐、貴方もですよ。くれぐれも節度というものを大事にしてください! あと夜店でカードは使えません!」
問題は多々あった。
「な、なんと言う事だ……い、犬山准尉……」
「え? じゃあボク…何も食べられないの……? 育ち盛りで朝からこんなにお腹がすいていたのを我慢して夜お祭りいけるっていうから絶食決め込んでおやつも食べないですごくすごおおおく楽しみにしていたのに、え? なにも? 食べれない? の?」
鏡香、凛の背中を蹴り始める。
ひもじい。なんてひもじいものか。目の前にはあらゆる食べ物が跋扈しているというのに、手を伸ばすことはできても手に入れることができないなんて。
地面に伏せりそうな形で膝が崩れた凛。ぽとりと落ちたブラックカードでさえ夜店ではただの板に過ぎない。
「なんですか、時代劇ですか、いたたまれなくなるのでやめてください。ほら人も集まってきましたし!」
千陽はため息を大きく吐きながら……お兄さん幸薄そうだから、良い事あるといいな。
「わかっていました。俺がある程度の金銭は持ち歩いていますから」
「「おごりか?」」
「ツケにします」
「領収書がきれるかもしれんぞ」
「無理です」
「ショーイ、ショーサ早くー!」
(人、たくさん……怖い……)
水無月ひさめは浅葱枢紋の後ろをついていく。離れないように、彼の袖を掴んでみると振り向いてくれた。
「ほら、こうすりゃ不安じゃねぇだろ?」
優しく微笑んでくれたこと。手をつないでくれたことに、ひさめの恐怖心もゆっくりと溶かされていく。
暫くして、枢紋は射的の手前で立ち止まった。
「なぁ何が欲しい? 俺が取ってやるよ」
「あの……白いうさぎのぬいぐるみがほしい、です……」
「了解、あの白兎だな。待ってろ、直ぐに取ってやる」
腕を捲って枢紋は気合を入れた。ここで外すのは浅葱の名が廃れるというもを。結果としては、見事、ひさめが欲しいというったぬいぐるみを撃ち落として手に入れた。
「ほら。別に、お前が喜んでくれりゃそれで良い」
「……」
その時はひさめからお礼の言葉は無かったのだが。後々で彼女が買った綿あめを枢紋はもらった。無意識の内ではあるものの、唐突な関節キスの味はとてもとても甘かったとういう。
「あ~~~!!」
「楽しそうですね」
「手、手を離しちゃダメだよ~、むぎゅう」
「あたりまえじゃない、可愛い妹と一緒にお祭り来てるのよ! テンションMAXだよ」
「お姉ちゃ~ん、きゃあ!」
向日葵 御菓子と菊坂 結鹿は人ごみに流されていた。大きな夏祭りであり、かつ花火もやるとのことで人口密度はぎゅうぎゅうで、まるで朝の満員電車を思わせるようだ。
人ごみから抜けたころには、二人して折角の浴衣も気崩れて、逆の意味で色っぽくなっていた。
「なおさないとね……」
「そうだね……」
それから二人は静かな場所のベンチに座り、色の違うカキ氷を食べさせあったり、舌の色を見せ合ったり。お互いにお互いを大事に思うからか、ずっと片手は握られつながっていた。
いつのまにか花火も終わり、係員が寝こけた二人を起こしにいくのまであと少し。
「ね、瑠璃君。何か食べる?」
和歌那 若草は六道 瑠璃の顔を覗き込む形で聞いてみる。彼が拒食症だということはわかっているのだが。
でもやはり。
「……いや、いらない」
とそっぽを向かれてしまった。食べたとしても、そのあと汚くしてしまっても仕方がない。
「いじわるしたわけじゃないの。ごめんね」
首を横に振った瑠璃。少しだけ雰囲気が重い。
自分のぶんだけだと、林檎飴を買いに行った若草が行って、帰ってきたそのタイミングで花火が上がった。
最初の弾けたの音に、二人して驚きながら。夜空の大輪を見上げる。
「花火、はじまったわね。夏の風物詩」
「うん……」
されど、若草がみていたのは花火ではなく、瑠璃の表情だ。なぜだろう、少しだけ、さっきよりも顔色が良く見える。
「綺麗だ」
「! そうね」
いつまでも眺めていたいけれど……終わりは来るものね。だから、綺麗なのよね。
そのあと、暫く。二人は何も言わずに花火を眺めていた。
「いらっしゃいませ」
五月雨 枢はお金をいただいて、綿あめを出す。最後にありがとうございましたといって一礼。
これでひと仕事。ふと、隣にいるはずの天津風 史郎を見てみると。
「あんたかいらしいねぇ彼氏と一緒? これサービスしはるさかい後で一緒にって、枢なんすんにゃ! てんごやろう!?」
「仕事をしろ。サービスはいいけどあまりやると売上が赤字になる」
鼻の下を伸ばしていた史郎の額を、容赦なくチョップした。
「枢のヤツ、わしにはちべたいんにかな笑顔……侮れへんなぁ」
「客商売なのだから当たり前だ。お前に笑顔を見せてどうする? 気持ち悪いな」
さらっと流した枢であった。
再びお客様がきて、また同じくお金を頂いてから商品を出す。どうやら今回は美人な浴衣の女で、彼氏の姿は見えない。
嫌な予感がする。枢は史郎を見れば特大の綿あめを作っていた。
再び枢のチョップが空を裂く。
「おっちゃん! おっきい綿あめ、欲しいぞ!!」
天楼院・聖華が急ブレーキかけながら、店の手前で止まった。なんでもここのお店の綿あめはランダムででかいのだと。
「ほらぁそういう噂が出る」
「はっはっは、おっきいのだなわかった」
「あれ話聞いてなかった?」
鼎 飛鳥は母親と父親と一緒にお祭りに来た。
かき氷にアイスと、冷たいものはおなかを壊すからと。母親が優しい手で頭を撫でてくれたから。素直な飛鳥は、じゃあかき氷にするとイチゴのシロップをかけた。
それからいっぱい遊ぶから、親の間に挟まれて、手を繋ぐ幸せな家族がそこにあった。
気楽に一人で店を回るのも悪くはない。人野 葛は自由気ままに我が道を行くのだ。
林檎飴をかじりながら、ふと思い立ったように引いたくじは末吉とかいてあり、微妙な結果に顔をしかめた。まあ、くじなんて当たるも外れるも五分五分だ、気にするに値しないとおもいつつおみくじは結んでおいた。
「お待たせ、冬佳さん。少し待たせちゃったみたいだね」
「酒々井君。いえ、私も先程来たばかりです」
酒々井・千歳は後頭部を掻きながら、水瀬 冬佳の手前で何度か頭を軽く下げた。両腕を振って、大丈夫という彼女は優しさに溢れた笑顔を向けている。
「この間の水着も良く似合っていたけど、その浴衣も良く似合ってるね。綺麗だよ」
「……ありがとうございます」
出会い頭に女性を褒める千歳、なかなかである。
母から頂き物だと、更に嬉しそうにした冬佳の笑顔もまた、先ほどとは別の色を見せていた。心の底から嬉しいのだろう、少し紅潮した頬に千歳は気づけば、彼の頬も少し桃色に染まった。
「花火が上がるまで暫く時間があるみたいだから暫く出店でも覗いてようか」
「出店ですか。そうですね」
歩き出した二人、人ごみの中では離れないように。近くも、遠くも無い距離を保ちながら同じスピードで歩んでいく。
「おや、金魚すくいはなんだか賑わっているんだね」
しまむら ともやは夏祭りで焼きそばの出店を出している。
その理由というのも、かなり生活が厳しいというもので切羽詰っていた。
日々、食べるものでさえ困っているから、焼きそばを売れば余ったものは持ち帰ってもいいだろう。けど、今はそんな事どうでもよくて、美味しそうに食べてくれる姿を見ればやる気が出る。
「でも一人で捌くのきついな……」
「はい! 私です」
禊がともやの隣から生えてきた。
「うお、なんだ手伝ってくれるのか」
「タダで手伝います、ボランティア頑張るよ!!」
「マジか、すげえ。あ、そこの人、ひとつどう?」
久我原 真幸が通りすがりに声をかけられた。
「あ、でも焼きそば? 肉がちょっと」
「お、問題ないな。コスト削減で肉は無しだ」
ドヤ顔したともや。禊は、あ、本当だと頷いた。
「じゃあ、ひとつ貰おうかな?」
「やったぜ生活費!!」
「どんだけやばいの!?」
禊がややつっこみを入れながら、真幸にひとつパックを渡した。
柳 燐花は蘇我島 恭司はぺこりと頭を下げる。
「浴衣、ありがとうございました。買って頂けるとは……。おかしくないですか?」
「いやいや、燐花ちゃん可愛いよ! やっぱりお祭りの時は浴衣だねぇ」
くるりと回ってみせて、浴衣を披露してから。
「じゃ、行こうか」
「はい」
二人で歩んでいく。先に恭司が歩いて、軌跡をなぞっていく形で燐花は着いて行く。人ごみで、離れないように何度も恭司はこちらを向いた。
「私のどこが可愛いのか理解に苦しみます。さておき、人が多くて賑やかですね」
「僕としては、燐ちゃんの可愛さは良いと思うんだけれどねぇ……っと、確かに人は多いけれど、まだまだこれからじゃないかな? あ、燐ちゃん、リンゴ飴食べるかい?」
「りんご飴! ……あ、その」
思わず無邪気に出た言葉に口を抑えた燐花。
素直なほうがいいのになあなんて恭司は考えながら、けれどニコと笑いながら。
「いやー、お祭りには絶対リンゴだと思うんだけれど、ほら、一人で食べるのも恥ずかしいからさ? 良かったら燐ちゃんもどうかなって」
「お言葉は素直に頂いておきます。りんご飴は、蘇我島さんが食べたいならご一緒します」
強引に連れてきた、という方が正しいのか。
四月一日 四月二日は赤祢 維摩の腕を掴んで逃げないようにしながら、人ごみを掻き分けていた。
「ちっ、何が虚しくて男2人の夏祭りなぞいかねばならん」
「男二人で夏祭り……の虚しさと画のキモさは認めるよ」
一分に一回は舌打ちしているであろう維摩であったが、四月二日の手を振りほどく事もなく、また、四月二日も手を放そうとはしない。
「今まで行ったコトあんの?」
お祭りに。
「フン」
と維摩はそっぽを向いたまま、ヤブ蚊の群れより鬱陶しい人ごみを威嚇していた。
それからは、ハイボールとお好み焼きを広げながら、上手く陣取れた休憩スペースで二人は座る。
雑に乾杯してから、一気にハイボールを流し込めば、コンビニで缶を買ったほうが数倍マシな味。二人同時に、不味いという単語を頭に思い浮かべた。
次に四月二日は、お好み焼きを食べてみる。濃い目のソースに少し粉っぽい感じ。
「赤祢くんも食ってみ?」
「ちっ、いらん物を人に勧めるな」
しかし既に差し出されたそれは一口大に切られて、食べやすいようにされていた。嫌々にも維摩も同じものを食べ、同じく粉っぽく濃いソースにツッコミを入れた。
納屋 タヱ子は夜空を見上げる。
ほんとは養父と養母と一緒に花火を見たかったのだが、ぐすん、養母の腰が悪くて一緒に来れなかった。
ごめんねって言われたけど、大丈夫、友達といくからって無理やり出てきてしまっていたものの、嗚呼、なんだろう目頭が熱い。
そうだ、と思い出しては文明の利器。カメラで花火をおさめて、養母にみせればいいのだ。
一気に表情が明るくなった彼女は、養母のためにお土産を作る。
異性からの、どんな甘い言葉も全て突っぱねて、ターニャ・S・ハイヌベレは歩いていく。これで何人目か、頭の中で数えることも面倒だ。
だがしかし、彼女は知らない。背中にくっついている、射的で打ち落としたぬいぐるみが愛らしく男を誘っていた事を。
信道 聖子は人だかりをかき分けながら、林檎飴のお店を探した。
小さい事、両親の間に挟まれて、手を繋いで。そのうち林檎飴を買ってもらうのがパターン。思い出してみれば、二個も三個も食べていた自分に苦笑できる。
それと同じく、あの曲がり角を曲がったら、素敵な人とぶつかってそのまま――なんて、つい表情がニヤけてしまったのを戻した。
気を取り直して、林檎飴を探そう。思い出の、追憶の、それを。
「ほぇー、これが夏祭りでござるかぁ」
キョロキョロしながら人だかりと、奥へ誘う様に繋がっている出店の数を数えつつ、神祈 天光は瞳の中に星を輝かせていた。
背後には、エヌ・ノウ・ネイムがニコニコしながらその姿を見守っていたのだが、ふと思いついたか仮面と帽子を外して少しだけ横に逸れてみた。
天光は今まで上げに上げたテンションのまま後ろを振り向いた、
「エヌ殿、見失わない様に拙者の傍を離れるでないでござッ……」
そこに居た影が忽然と消えている。五秒くらい、何が起こったかわからない顔をしつつフリーズ。そして
「 一瞬目を離した瞬間というのにエヌ殿が消えたでゴザルー!?エヌ殿ー!!エヌ殿はどこでござるかー!!」
なんて日だ! と言いたげに背中をそらして彼の名を呼ぶ、いや、叫ぶ。
だが応答してくれるものは何も無い。何故だ、何故なんだ。嫌われたか、それとも飽きてしまわれたのか、色々な考えが思い浮かんだものの、いやそんなことは無いと半ば目頭が熱いような気がしなくもない。
このまま見ているのも面白いのだが、あまり騒がれてもまわりに迷惑になってしまうか。それより迷子のお知らせで呼び出されるほうが恥ずかしい。
天光の肩を叩いたエヌ。
笑いながら、面白いものがみれたしてやったりと表情に描かれていた。
「うう、何処かに攫われてしまったかと思ったでゴザル……拙者、心配したでござるよ!」
「おや、おや。僕はずっと後ろに居たんですけどねぇ……早とちりも大概にしてほしい物です」
焔陰 凛は店番をする。彼女曰く。
「作るんはイカ焼き。姿焼きちゃうで。大阪のイカ焼きは小麦粉の生地にイカの切り身を混ぜて卵落として薄く焼いたもんや。焼けたイカ焼きにソース塗ったらもうほっぺた落ちる程美味いんやで!」
との事。それは知らなかったと天の声があるが、そうだったこのアラタナルの舞台は関西のほうだったか。
凛は、手際よく腕を動かしながら、作る作業、売る作業、金銭管理もきちんと行った。
「カモ~ン大阪~ 粉もんの聖地大阪~ たこ焼きイカ焼き何でもあるで~♪」
宝達 はくいは今日も元気だ一等賞。
「夏!! それは最もアツい季節!! そして夏と言えばそう!! 先輩!!!」
はくいは(人ごみの中にいるであろう数多の)先輩を指差した。
「じゃない! お祭りっす!!」
はくいの地元では、夏になると面をかぶって太鼓を打ち鳴らすお祭りがあるという。それっ、そのつもりで桶胴を響かせ、くるり廻って踊って見せる。
「よーーいやさーーー!」
どんどこどんどこ。
「おじさん、1回やらせてー」
弓削 山吹は、見かけて疼いた欲望のままに射的を行う。
並べられた商品を品定め、端から端に瞳が動く。上に置いてある高そうなものは狙っても大体落ちない。中間から下のライターや小物やお菓子のシガレットは軽く落ちるであろう。
だが山吹が欲しいというものは無い。ぶっちゃけなんでも良かった。
「あぁいうさ、そこらへんで買えるような、小さなお菓子の箱とか」
お金を払えば買えるけど、私は――勝ち取りたいの。身を乗り出せばリーチは縮まるが、それさえせずとも山吹の射撃は精密であった―――と思わせて、すれすれを弾が通過していった。
「やっぱ夏といえば夏祭り、夏祭りと言えば屋台だよね~」
「……なんか、アキラが屋台全制覇してる思い出しかねえな……」
七海・昶と坂上 懐良は、同じ歩幅とスピードで歩いていく。
昶は焼きそばを食べながら、思っていたよりも美味しかったそれに満足した笑顔を向けていた。そんな彼女の姿、懐良としてはまた別の食べ物を食べて、屋台制覇していくいつもの彼女が。
「デジャヴ」
「ん? 懐良も甘いのなら食べるでしょ。え、なに?」
粋でもなく甘くもない思い出に頭を抑えた懐良であった。それを察したか、昶は空になった焼きそばのパックをゴミ箱に投げながら、
「やだな、さすがにもう全制覇とかしないし! 食べてると全部食べちゃったのはあるけど」
と頬を膨らませた。
「ほら、アキラ。そんなに食ってると、ここに脂肪つくぞ」
「んわ!? どこ触ってんの! そんでどこ見てる」
痩せの大食いという事だろうか。優しい目線で昶を見つめた彼の顔面にグーパンが飛ぶのは、一秒後である。
周辺の騒がしさも精々良いBGMである。
椿 雪丸はそんな音楽を聞き流しつつ、返されたおつりを受け取る。
「あ、おっちゃん、紅ショウガはたっぷりで。うん、ありがと」
既に、焼き鳥とチョコバナナが包装されて袋に詰め込まれているのだが、更に追加したのは紅ショウガタップリの焼きそば。
あとは、何か買い足すものは……と考え、林檎飴の屋台へ吸い込まれていく。あ、綿あめの店となりなのか。
「いや、満喫してないし」
言葉ではそういうものの、その後、金魚すくいを見てうずうずした。
夏祭りとは良きものである。
ミラ・ナユタ・スチュアートはぬいぐるみ専門店の主である。
その出張屋台が祭りの一角にあった。なんと、新しい屋台であるか。夏祭りらしく、法被やハチマキを巻いた愛らしいぬいぐるみが主を探してお行儀よく座っている。
「すねこすりもありますよ♪」
どれでも一個500円、たぶん良心的なお値段だと思いますです? それはよきもの、布教せねば。
先程のやきそばを食べながら、真幸は夜空を見上げていた。一発目は驚いてこれを落しそうになってしまったが、打ち上がる火の花に今は見惚れている。
そういえば、家族で来たかったなと追憶の日々を思い出しながら。少しだけ、焼きそばの味が塩気が増したように思えた。
おかしい。酒々井数多は思考した。
にーさまを追っていたのだが何時の間にかに一人である。
あれはにーさまだったのだが、巻かれたのか、それともにーさまに似た人物を追っていたのか、今になっては分からないが。いやあれは確実ににーさまだ、巻かれたのではない、恥ずかしがって別れてしまったのだきっとそうだろう。
「んもー! 私のバカバカ」
両手いっぱいのお店からの獲得物。林檎飴をかじってみるものの、なんでだろうか味がしない。
「数多ちゃんこんなに可愛いのに、誘ってくれる男性ひとりいないの?」
ぼやいてみれど、…とはいっても数多にーさま一筋だけど。ふと目に入ったのは――
――少し遅れて、葦原 赤貴は祭りに到着した。今迄仕事をしていたのだ、遅れてしまうのは仕方ないか。未だ小学生な彼が仕事に追われるのも、日本人働き過ぎと言えば良いのだろうか。いやその時限ではない。
「友達誘おうとしたけど、駄目だった」
「あら、じゃあ一緒に廻る?」
ひょんなことから、数多は赤貴を連れた。
「あ。それ……、夏祭り、か?」
「え、あれお祭り? 私の記憶じゃそういうものは無かったような」
ふとみれば、『ふりま』と書かれた札ひとつ。
「はい! この町田・文子、フリマやってます」
「ふりま……」
「ふりま!」
「フリマ……」
「てへ☆彡」
町田・文子は舌をぺろと出しつつ、ウィンクした。
青色ビニールシートの上に並べられたのは、パステルカラーの台紙を幾重にも貼り付けて作ったツギハギ風。夏~秋の風物詩みたいな、そんなイラストを散りばめて。
それが赤貴の感性にフィットするかといえば微妙であるかもしれないが、まるでトリックスターな出店に足を止めてしまった。
「お金は取らないよ、そこのお兄ちゃん姉ちゃん! お菓子と交換しないかい?」
「金銭授受じゃない、と」
「あ、にーさまにもっていったら喜ぶかな!!」
「おなかすくからね! 働かざるモノ食うべからずとやらだよ。そちらさんはお土産?? いいとおもうよー!!」
「なるほど……じゃあ、今から林檎飴、買ってくる」
「綿あめでも持ってくればいいの?」
「やったあ、サービスしちゃうよ、どれがいい??」
話は変わるが、
覚者になってから、祭りを楽しむことができるだなんて想像しただろうか。いや、無かった。
瑠璃垣 悠は、堂々お祭りの出店の間を通っていく。あちらもこちらも皆笑顔で、なんだかこちらも胸が温かい。
林檎飴を片手に、ふむ、だがしかし。あの林檎飴のお店はサイコロが触れて、出目が良すぎて林檎飴が三つだ。どうしたものか。
誰かにあげるも、こちらから話しかけるのは少々人見知りというか。
そこでギラと光った数多と赤貴の、謎のセンサーが発動した。
「林檎飴あるわ!!」
「これはわらしべ長者のかおり……」
「え、……えっ!?」
「林檎飴が、この並べられた作品になって、ゆくゆくはにーさまに変わるのね!!」
「「「いや、それは無理かと」」」
生まれて初めてユカタとやらを着てみた。成程、一人で着るのはまだ難しいか。
イニス・オブレーデンは故郷を思い浮かべながら、それとはまったく異なる文化を持っている国に染まっている事に感動を覚えていた。
焼きそば、たい焼き。どれも美味しいです。
「そして、これが……タコ焼き。タコ、あれを本当に食べちゃうんですか……」
足がぐにゃりとまがり、変幻自在の身体を思い浮かべてからタコ焼きを見る。ふむ、中々綺麗な丸に収まって美味しくなってしまったものだ。
またまた初めての体験。口にしたたこ焼きとやらは、新感覚の食感で美味しく思えたという。
新月・悛は、リトル・フェイカーを連れ歩く。折角だからと、彼女からお誘い。初めてのお祭りに、並ぶ提灯の列をなぞっていく。成程、日本のお祭り、悪くない。
「あれは、なんて読むんだい?」
「それはシャテキです。こちらがキンギョスクイで、あちらが……」
リトルの興味は絶えない。あれも、これもと指をさす程に、悛は懇切丁寧に教えてくれた。漢字の読みもそうだが、何をするところ、何を買える場所なのかの説明も。
だがしかし、道には人の波が絶えない。
リトルは彼女の細い手を握り、引いては人が少ない方へと移動していく。なるべく人ごみが在る方には自分の身体を置いて。
(僕がエスコートするつもりが、エスコートされてる……?!)
「はぅぅ」
つい出た悛は顔を抑えて、耳まで真っ赤の染めた。あえてそのことに、リトルは触れず。
「もうすぐ花火の時間だね、一緒に見よう」
とにこりと笑えば、それも一つの大事な思い出である。
「祭りは人が多いほどいい。その方が神霊も喜ぶだろう」
今日は神も鬼子も無礼講だと、沢口明は言った。肩に乗せたなめと呼ばれた守護使役も、周囲を忙しく見回して落ち着かない様子だ。
「なめは祭りが大好きだからな……っと」
「おーい!」
月ヶ瀬 ミントが手を振っていた。一条雷も一緒にいるようだ。
それから三人で出店を回るのだ。
お腹の虫が鳴くからと、野菜の串を買った瞬間に守護使役が串ごと食べつくしてしまった。
「俺の……だったんだが、まあ仕方ない」
「今日も、くいしんぼさんなんだね!」
ミントはにへらぁと笑ってから、自分の守護使役が串焼きに擬態していたことに気づいた。だが分っているんだろう、なめはにちぇと呼ばれた串焼きには飛びつかない。
「にちぇ、たべものに擬態しないの、危ないでしょ」
そんなハプニングありながら、明は出店のひとつにきらりと光る何かに目が留まる。
クリームが添えられたミントの葉のアクセサリーだ。そういうの買うの? とミントはきょとんとしたのだが、これは贈り物だと彼女へ渡した。
「とても良く似合っているな」
「ありがとう! 大切にするね!」
黒桐 夕樹は、賑やかな一行とスレ違いながら、大粒の林檎飴をひとつ齧った。
(覚者になって。学園に来て。こんな風に穏やかに過ごせるとは思わなかった。こんな風に、ありきたりの日常を過ごせると思わなかった)
小さな身体で何を見てきたのかは、心の中に閉じ込めておいたものの。
「生きる為に、守る為に。この先、想像し難いいろんな事があるだろう。けれど……」
ぽつりとつぶやきながら、空の大輪を見つめて再び林檎飴にかじりついたのであった。
田舎から大都会に出てきた人間のようにキョロキョロしながら、喋る口が止まらない狐を連れて、諏訪 刀嗣は帰路を辿っていた。
数歩後ろをついてくる鳴神 零は記憶が無いから、祭りに人ごみは初めてだと言う。
「そら難儀な事だな」
「難儀かな? でも忘れた過去より思いで作ったほうが素敵」
二度目は繰り返さないように。何より、目の前の光景を忘れないように。
「そうだな、それなら忘れられねぇような思い出を作りゃいいんじゃねえか?」
ふと、刀嗣の歩みは帰路では無く零の方へと向いた。
抱き寄せるように右腕が器用に面の結び目を解き、傷のある彼女の整った顔が「なあに?」と言っていた。
刹那の間、交わった視線が近づく。
優しくも強引に重なった唇。
零の瞳が見開いて突き飛ばす、その前に唇は離れて面で蓋された。
「これぐらい強烈なら忘れもしねぇんだろ」
と言い終えた瞬間には刀嗣の頬に衝撃が加わり、零は逃げていった。
馬鹿力の彼女の強打、口の端が切れて血を拭いながら。今までの女はキスすれば喜んだのにと――アブノーマルな疑問が思考を埋めた。
●
「あ、俺こういうものです」
「こりゃ、ご丁寧に」
風祭・誘輔は志賀 行成へ、両手をきっちりあわせて名刺を渡した。
「会社か」
「仕事か」
阿久津 亮平と瑛月・秋葉が肩を揺らしながら、つっこみ入れつつ。本日は無礼講である。
並べられたのは、缶ビールにチューハイ、焼酎と、明らか終電なんて無かったと言わんばかりのレパートリーだ。
隅っこに座った亮平が、
「初依頼、お疲れ様でした。これからも頑張ろう」
と全員で、缶やらグラスを合わせて。全員でかんぱーい!と言った。
下座に座った行成が、速攻で空になったグラスを見れば、
「あ、次何飲みます?」
と言いながら、既に腕はビールを注いでいた。
「おっとっと」なんて言いながら、溢れそうになる泡を口にしつつ、秋葉はグラスを持っていない方の手を振りながら、
「志賀君! そういうの疲れるだろうから、いいって、いいって! 自分達でやるし、なあ!」
「いえ、でも自分一番下だし」
と謙遜する行成。
「志賀くん、大丈夫か? この亮平に、いじめられたりしてないか?」
意地悪そうに笑いながら、缶を片手で潰した誘輔であった。その当の亮平とやらであるが、行成が「そんなことは」という前に、席を勢いよく立った。
「ど、どうした」
秋葉、固まったまま聞いてみた。
「……よっ」
「よ?」
すとん、座る亮平。
「酔ってらいですよ……」
「はや!! あっくん酔っとるなー」
秋葉は膝に乗せた守護使役を撫でながら、によによ笑った。だがここは、開始ものの5分経過したところまでの出来事である。
~一時間経過~
行成と秋葉に止められつつも、誘輔はやってしまった『ちゃんぽん』。既に彼の瞳は止まることを知らずまわりながら、頭は上下に揺れている。
「あーこれあれですか、危険なパターン」
「風祭くんは絡むからなー」
未だ元気な行成と秋葉の間で、亮平は机に頭を伏せて動かない。たまに唸るが動かない。起きているか、寝ているか微妙なラインの人物は放置に限る。
「どっちが借り作った借り返せふざけんなクソくらえ!」
「だーから貸しはあるけど借りはないゆーてるやろ。僕はあんさんほど性根腐っとらん」
突如ゴングが鳴った、誘輔と秋葉の喧嘩。それ以上は迷惑になると、再び行成は言いかける前に、
「わかった」
誘輔は立ち上がった。立ち上がった勢いで彼が今まで座っていた椅子がふっとんでいった。
「そこまで言うならイッキのみで決着つけようぜ」
「ああ」
二人の間には視線から火花が散る。もうこれは止められない形だと察した行成は、お通し美味しいなーと思いながら、チェイサーをさり気なく頼む。
「風祭さんと秋葉さんは仲がいいのか悪いのかわからないな」
「生きてた」
「なんとか生きてる」
復活した亮平と行成は、二人の戦いの行方を見ないふりして見守った。
そんな彼等の楽しそうな姿に、釣られて笑ったのは躑躅森 総一郎だ。
日本酒、冷やでひとつ。小さなお猪口を指に挟みながら、少しずつ大事に味わいつつ飲む。
隣で飲みあいしている誘輔と秋葉へ、気を利かせた総一郎は言った。
「注ぎましょうか?」
「「お願いします!」」
因みに、大瓶の中身は水である。
谷崎・結唯はコンテストよりも。
ドン、ビールの缶を片手で開けた。
興味があるのは、こっちだ。
「本当はこんな騒がしいところにも来ないが……守護使役は酒が呑めるだろうか」
呑ませてみるか。おそらく同じく酔っぱらったり、酒に強ければけろっとしていたりはするであろう。
独りであると、ひとりごちてみるのだが守護使役が一緒だ大丈夫。
「いやー、ほら。祭りだろ? 祭りってことは酒に決まってるだろ?」
なんか来た。
こちらは、御堂 東眞。酒瓶をもって、ふらふらしながら絡み酒。結唯は一瞬見なかった事にしたが、正面に座られてはどうしたものか。
「何、祭りなんて無礼講みたいなもんだからな。何されても別に気にはしねえよ。だから俺も気を使わないけどな」
目の前の結衣は得物を出しそうですが、大丈夫か。
「美味い酒を飲んで、つまみはそのへんで買って……なんとも祭りって感じだよなあ。いやあ、ジジイも浮き足立つってもんだ」
歳をとったなと、軽く溜息を吐いた東眞に結唯は手元のビールを、
「乾杯だ」
と差し出した。
賑やかしさとは、縁が切れた様に。緒形 逝は端っこの、更に片隅、角っこで飲んでいた。ここはいい、静かだ。
既に夜も遅い時間か、守護使役は夢の中。誰かが持って帰りやしないか、見張るのもご主人様の務めであるか。
因みに今日に逝は、フルフェイスを取っている。顔は曰く、怖いらしいが今回はあえてモザイクをかけて放送しております。
「よっしゃー、食うぞー食いまくるぞー、朝まで飲んで食って楽しもうぜ!」
多々良 宗助は並んだ食事に、心ときめかせていた。腹は減っているからもう片っ端から全部食べていきたい気分だが、利き手に持った平たい更に盛れるだけ持って。
「ぷはーっ! 夏はやっぱり美味いもん食って美味い酒飲むに限るぜ」
「おっ、そこの人! 一緒に飲もうぜ!」
「わ、……私、ですか?」
「おう! 嬢ちゃんだ!!」
梶浦 恵は、周囲を見回してから宗助と視界が合った。コンテスト会場から、審査を終えて帰ってきた所だ。コンテストの話や、依頼の話が色々できればと相手を探していたが、あちらから来るとは好都合なのか。
「あ、でも飲み過ぎたらいけませんよ」
「これは手強い!! だが大丈夫だ、水も飲む!! あ、そっちやつもどうだ!?」
佐久間 啓が足を止めた。
「ん? じゃあ、お願いしようかな」
「お菓子あるー?」
ついでに、八百万円も来たという。
誰かの面影を探しながら、御堂 那岐は辺りの見回した。やっぱり、いないか。
だが、気になる人と交流を深められたら……それは確かに素晴らしい事である。だが那岐が思い描いていることは叶わないらしい。
女装こそせず、席につく。並んだ缶を両手で持ってから、一気のみを始めたのであった。
シトルーン・莉汎は黄色の美しいそれを口に含んで、味わう。
「このだし巻き卵、ふわふわでおいしいですね。んふふ」
まだまだ未成年な彼女であるから、アルコールなんてもっての他ではあるものの。居酒屋って、美味しいじゃない。
外の花火の音、あっちの人だかりも嫌いでは無いのだが。
「これがアサリの酒蒸し? なんだかボンゴレビアンコ、パスタ抜き、みたいですね」
と色々な料理を楽しめる分、こちらのほうが大正解であったか。早く大人になれば、アルコール摂取できもちよくなって、おつまみも更に美味しく感じるのだろうか。
そう、大人の憧れを抱いて。
日が落ちてから雰囲気は変わる。
夏の暑さよりは秋の涼しい風を感じる時期であるからこそ、新田・成は妖しい笑いを浮かべていた。
冬~春に造った新酒を半年寝かせて、味が乗った秋口に蔵から出荷されるお酒、即ちひやおろしの季節。
「新酒のフレッシュな飲み口も良いですが、酒の真価が問われるのはひやおろしですね」
最早文を改変して書くのもこれよりいい言葉が見つからない為、プレイングそのままなのは許しを請いたい。
「こりゃ賑やかで結構なこったねえ。ま、俺たち日陰モンは、隅でしんみりとやろうぜ」
渚 タクヤがニィと笑えば、保茂田 茂美と長門龍虎も一緒になって妖しく笑った。
「けどそっちは、烏龍茶とは一体」
「うるせーいい年こいて宴席で酒も飲まねえなんざ締まらねえが、このナリだ」
龍虎はタクヤの脇腹を、ヒジで小突きながら茶化した。一方龍虎と茂美はいけるクチだ。まるで底の空いたバケツのように、飲んでも飲んでも限界が見えないように飲んでいく。
「お、いけるクチじゃねえか、おまえら。ぐーっといけ、ぐーっと」
更にタクヤも雰囲気に酔う。居酒屋とはお酒も大事だが、雰囲気が何より良い。楽しい所だ、誰もが無礼講になる、簡易な楽園。
「ところで龍虎、お前なんで俺のチームに入ったんだ?」
素朴な質問だ。茂美の興味本位、だが龍虎はバツが悪そうに顔を顰めた。
「それは……」
恐らくかくかくしかじかあるのだろうが、此処はオフレコ。一旦音声が全部途切れて、再びついた頃には話は終わり。
「あ、今の口外したら吊るすからな??」
「いいよいいよ、お前は女だが良い奴さ、気に入った」
「世の中、色々あっからなぁ」
なんだかしんみりしてしまった雰囲気だ。茂美も酒を飲む手を止めて、タクヤは空いたグラスを一か所に集め始めた。
「あー……でも今日は飲まねばやってられん。愚痴とかあるわけじゃないけどそんな気分」
龍虎に何があったかは、天の声としては定かではないが。呑めよ歌えよ、今日はそこの二人がきっと楽しくしてくれる。
という所で茂美が勢いよく立った。
「丁度いいからここで宣言しておくぜ。俺はFIVEでいい男になる!!」
「「おおー」」
突然の宣言に、二人は手を叩いて応援した。その願いは、純粋無垢。
が。
「そして沢山の男を掘って掘って掘りまくる、よろしくな!!」
あ、あうと~!!?
●
「かわいらしいですねっ」
おニューの水着に身を包み、秋ノ宮 たまきは鏡の手前でくるっと一周した。
「そ、そうかなっ! コンテストはさ、恥ずかしくて辞退だったけど……」
三峯・由愛がにこりと笑いながら、たまきは恥ずかしそうに両手が行き場を失くしてうろうろしている。
コンテスト、あの檀上に上がってアピールするだなんて。それは結構恥ずかしいことだから、仕方ないかもしれない。
「それにしても由愛も覚者になるなんて運命感じちゃう、ホントはずっと心細かったの、相談できる相手ができてよかった」
「こっちも……なんて偶然だろうね。神様に、感謝しなくちゃ」
二人は両手を繋いで、再び笑顔を見せあった。そこに居る二人は、二人の覚者ではなく、二人の女子学生である。
たまきが由愛の腕を引っ張り、プールに入る。水を掛け合いながら、青春を、楽しく生きていけるように願い合った。
今年の夏は、想像以上に夏らしいことを満喫したという賀茂 たまき。
だがそれだけ色々な場所に言っておきながら、唯一、プールだけは行っていなかった。なんたる失態、ここで取り返さなければ。
恥ずかしながら、泳げないから泳げるようになりたいと前向きな考えを持ちながら、いざ、ビート版を持って蹴ったものの――。
コンテストに参加しないの?だって。
小石・ころんはこてん、と首を傾ける。
「そりゃころんはかわいいからコンテストでも結構いい線行くと思うけど、この水着はステージの上よりもプールの中で見るほうがかわいく見えると思うの」
檀上だと、全部が全部重力に従うからね。
「お花が水にひらひら靡いて、地上で見るよりずっとかわいいの。ねぇ、そう思わない?」
――ころんにぶつかった賀茂たまきが、ビート版を滑らせて落ち、沈んでいく。
「ちょっ、ちょっ!!」
「はいは~い。私がプールの監視員やりまーす。危険をみつけたら素早くたすけにいくよ~」
監視員にしては些か過激なビキニで、黄色いメガホンを持つシャロン・ステイシー。
「って言った傍から!!」
シャロン、プールサイドを蹴ってから弧を描いて水の中へとダイブ。
「泳ぎたかったんです……」
「うん、それはわかる、頑張ってたもんね~、よしじゃあ教えてあげよう!」
食後の運動、いちに、のさん。身体をいくから動かしてから、プールの中に入って、壁を蹴るジア・朱汰院。
競泳用のそこで、端から端まで、行ったり来たり。どこからその大量が出て来るのか、暫く泳ぎはノンストップで続いていたという。
折角の水着だ、遊ばねば損損!
守衛野 鈴鳴は煌めき輝くプールに、同じく瞳を輝かせるのだが。実は、鈴鳴、泳げない。
「お恥ずかしい、話です……」
「任せて! 今年の夏が終わる頃には10キロは泳げるようになってるわ」
「ぁたっっ」
清衣 冥は落ち込む鈴鳴の背中をバァン!!と叩いてから胸を張った。練習大好きな冥としては、すぐにでもいますぐにでも始めたいくらいに楽しみわくわくどきどき。
「鈴鳴、君の水着姿は見事であったな。私の評では特等に値する。冥、出場こそしなかったが、君の水着も見事なものだ。胸を張りたまえ。
さあ、華麗な装飾の役目はこれまでだ。水着には、水着たる本分を存分に全うさせようではないか―――あー、聞いてないな」
伊弉冉 紅玉が言い終わる頃には、冥が既に飛び込み、クロールを始め、鈴鳴もそれを見ていた。
それから冥は沈んだかと思えば、守護使役の力を使って長時間せんすいから出てこない。死んだのでは無いかと、上では鈴鳴が焦っていたのを紅玉が宥めていた。
「さー! こんな感じだ、次はそっちの番だ!!」
「泳ぎ、素晴らしかったぞ! 次は一緒に泳ごうか」
と冥は出て来ては、鈴鳴と紅玉の手を引いた。
「あぁぁでもまだ見ただけで実戦はちょっと」
「まだ水が怖いとかかー!? ならこうだ!」
足がまだ着く場所で、三人は水をかけあった。まだ火照っている紅玉や鈴鳴の身体には水は冷たく、心地好く。
「ああ、水遊びは心地よいものだ。それが、朋友との遊泳であれば尚更」
「また来年も、こうやって紅玉ちゃんや冥ちゃんと遊べたらいいなって思います!」
「ああ、だが。まだ始まったばかりであるぞ」
紅玉は水面を撫でてから、雫を飛ばした。
おいっちに、さんし。
其の頃、杠 エリカは、
「ふぅ、準備運動は疲れるの……」
と呟きながらも、身体を動かし続けた。ふと見れば、直線状の浅瀬の部分で水を掛け合う三人。
何かを感じたエリカは走り出す。何してるの!って言いだす為に、いっしょにあそびたいって言う為に――。
「凛音ちゃん! 水着! お母さんに用意してもらったんだぞ!!」
「あーはいはい。可愛い可愛い」
神楽坂 椿花は、両腕を上げながら水着をアピール。対して、香月 凜音はそっぽを向きつつ、慣れた手つきで彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「フフーン! 可愛いって褒められたんだぞ!」
「で。何したい?」
「椿花、凛音ちゃんと一緒に遊びたいんだぞ!」
「じゃあ泳ぐか。浮き輪いるか?」
これまた慣れた手つきで浮き輪がどこからともなく凜音の腕に収まっていた。さあいくぞ、と椿花の手首を掴んで歩き出したが、彼女は引きずられるようにして動かなかった。
「シャチ……シャチの浮き輪、ちょっと乗ってみたいんだぞ」
椿花が、人差し指を口にくわえながら言った。嗚呼、そうか。視線の先には大きなシャチの、浮き輪。
「シャチねぇ……。はいはいお姫様」
どうやら、あれは貸し出されているそうな。
「じゃあ取ってくるから、大人しくな?」
お兄ちゃんがそういえば、椿花の表情は笑顔で満開になったという。
檜山 樹香は折角だからと、新しい水着に身を包んで学校のプールの上でのんびりうかんでいた。
ドーナツ型の、大きな浮き輪の上。足と腰だけ水面につけて、あとは水が流れるままに流れていく。ここに飲み物とかあれば完璧なのだが、我儘は言うまい。今でも十分に幸せだから。
日傘を閉じて、綺麗に畳んで地面に置く。なに、盗む輩なんていないだろう大丈夫。それよりも、
「水着に着替えたのですし、少しは泳いでみましょうかね……」
巫部 黒枝は足先を水面につけ、水温を確認してからゆっくりプールの中へと入っていく。
泳ぐ……というよりは、仰向けになって浮かんでいるという形に近いのだが。耳は水の中に入って、外の音は聞こえず。ただ、見つめる天井も水面に反射した光のおかげで何時もとは違って見えた。
「寝ちゃう、かも」
と瞳を閉じて。沈んで助け出されるまであと少し。
夕陽に染まった、赤色のプール。恐らくこの時間で無ければ、見れない特別なライトアップである。
七海 灯は背泳ぎで水面を滑って行きながら、ふと、昔の事を想いだした。
家の事、家族の事を連鎖的に思い出してしまい……滑らかに泳いでいた身体を、水中へと沈ませていく。そうすれば、涙だって出ているのか解らなくなるから。
無理を言って家からここに来たのは私なんです、少しでも成長してから帰らないと家族の皆に合わせる顔がありません。
それは彼女が抱えた、十字架であった。
誘ったのだが、赤鈴 炫矢は水着では無く白Tにショートパンツだ。いつもと違うのは、少し頬が紅潮している所だ。間も無く、雛見 玻璃はやってきた。だが、瞳があったのは一瞬で、すぐに炫矢は明後日の方を向いてしまう。
ずれた視界を折って、玻璃は彼の顔を覗き込む。
「どこ、見てるの?」
言えるものか、綺麗だと。直視できるものか、綺麗だから。
程なくして、玻璃はプールの中へと入った。
「キミも入れば?」
「……う、うん」
水の中の彼女も綺麗だ。パレオがプールの中で揺れ、細い身体に雫が散って、輝いている。
見惚れていたら、炫矢の腕を強く引っ張った玻璃。
「うわっ!」
「たまにはイイでしょ?」
意地悪く笑う彼女の瞳に映った自分はどんな顔をしていた事か。
――誘惑に負ける理由を知った気がする、なんて。
張 麗虎は、プールの中で揺れる身体を起こした。
まだ少し、友達は少ないものの
「いいえ……これでいいのです! 鍛錬だと思えばなんの問題ありません」
と両手をグーにして、意気込んだ。鍛える事は、悪い事では無い。確かにそうだ、プールは特にいい運動になる。
「まずはクロール50メートル!背泳ぎ50!平泳ぎ50!バタフライ50!強者になるにも素敵な女性になるためにもこの張麗虎。努力は怠りません!」
明日の筋肉痛が、怖い気もした。
夜。ナイトプールは淡い光に彩られて、ミステリアスな雰囲気。恋人同士の愛を祝福しているのか、それとも煽っているのか。
冷泉 椿姫はアーレス・ラス・ヴァイスと一緒に、プールの中。一通り泳いで、疲れた腕を水の流れに任せる。
「アーレス、大好きですよ」
椿姫は、アーレスの程よく鍛え上げられた身体に、自身の身体を預けた。
大好き――なんて言葉、もう幾度言った事か。とっくに数える事さえ、忘れている。
アーレスとしては、細い彼女の身体は抱きしめてしまえば壊れてしまうのでは無いかと思う程。優しく、けれど離さないように抱きしめて、
「僕も大好きだ、椿姫」
と、彼女の火照った耳へと囁いた。そのとき、一瞬だけアーレスの表情が悲しみ帯びたのだが、過去の追憶がそうさせたのか。
「ふふ、くすぐったい」
受け止めてくれる優しさが、とても心強くて。最早椿姫の身体は完全に力を抜いて、彼にもたれている。
アーレスは、もう一度笑いながら、今度は強く抱きしめた。
緊張せずに身を預けられるこの関係が、どんなに幸福か……貴方は、知っているのかしら。
――私にこの幸福が許されなくともせめて今は、これが泡沫の夢でも。
「榊君、待った?」
「待った」
式宮 ひふみは、少々頬が膨れた榊 祐也に申し訳無さそうに、遠慮気味に笑った。
どうせ待たされる、分っていた裕也。待った分、楽しませて貰えればそれでいいと思ったが、あえて言わない意地悪さ。
それにしても、だ。プールが七色に淡く光りながら、上を見れば月明り。程よく暗いその場は、描いたデートスポットそのものである。
だがそれよりも、
「水着綺麗だぞ、ひふみ」
「ふふ……ありがと」
褒めるのは、褒められるのは嬉しい事だ。だが、ほんとうは……ひふみは、水着では無く自身を見て欲しいと思ったのだが。
対して裕也は、水着姿を誰にも見せたくないと思っていた。ちょっとした行き違いだが、二人を煽り煽られ気になってしまう良い薬なのかもしれない。
「私、あれやりたいの」
ひふみが指さすのは、高台からプールへ飛び降りるそれ。大体な……おちゃめにもワイルドな彼女に、裕也は苦笑した。
覚者の一日はこうして過ぎていく。
明日からの依頼も、学校も仕事も、お遊びも。全てひとつの思い出となり、成長する組織。
それが、F.i.V.Eである。
コンテスト会場は、いつもより遥かに多い人数で埋め尽くされていた。
いつもより面積が少ない格好に三島椿の頬もほんのり桃色に染まっていた。
(お兄ちゃんがいいっていうから……)
と勧められて着てしまったことを、些か後悔しているのか口を尖らせていた先、篠森繭が見えた。
(場違いじゃないかな私……)
繭も同じく、身体を強ばらせて他人の視線を気にするようにおどおどしている。明らかに不審者という訳ではないが、何かを感じた椿は近づいた。
「こんにちは、貴方も参加者よね」
「え、えっと……」
他の女の子も可愛いな、なんて考えていたらその中の一人が話しかけてくるミラクルに、繭は驚きを隠せなかったのだが。積極的に話しかけてくる椿に、心の何処か硬いものが解けたようだ。
椿も参加した経緯を話せば、「私は、弟に言われて」を繭から返事が返ってきた。
お互い、ふふ、と顔を見合わせ笑い。全力で帰宅したかった気分がいつの間にか消えていた。
その頃、舞台上では弓弦葉・操・一刀斎のアピールタイムが始まっていた。
褐色肌が煌めかしくも妖艶な彼女の身体に、黒色の三角ビキニがここぞと強調している。特に口頭でのアピールは無いが、舞台の上でくるりと回ってみたり、曲線の美しい身体を更にくねらせてみたりとまるで誘惑されているようだ。
「ん~? 胸が見えたりすると皆は嬉しいのか? そうなのかあ~?」
やめて、全力でやめて。見たいけど、やめて。
さて、お次は。
「明智珠輝と申します。チャームポイントはプリ尻です、ふふ……!」
今の所、F.i.V.E.組織内でも通報されそうな覚者ランキング5に入りそうな明智珠輝が登場した。
彼は腰に一枚布といえばいいのか、果たしてそれは水着なのか、ちょころっぷ水着コンテストのセキュリティ部隊は一体何をやっていたのか、評価すべきは水着より尻なのか、様々な議論が発生しそうな格好である。
珠輝が三点倒立から開脚をした状態で会場内、謎のどよめきの叫び声が発生。
「わーかわいい水着やきれいなおねーさんいっぱい! おにーさんも! あっ、あの人すごい、赤いふんどし! 赤ふんだ! 逆の意味でちょー目立ってる! サインと握手もらってこよー」
ここで迷家・唯音というエンジェルが降臨した。どこにそんなもんがいたのか、頭にヘラクレスオオカブトを乗っけながら。
場内の雰囲気も少しだけ和やかになった、絶賛天然のマイナスイオンである。
「サインでも婚姻届けでもなんでも書きますよ、ふふ……!」
三点倒立中の珠輝にサインをと手を差し伸べた唯音。だが、唯音の手は丁度彼の股の間に差し伸べられた、明らか腕はそこじゃない。腕はもっと下だ。
しかしそこでどこからともなく誰かの守護使役が唯音を直撃して、なぜか足元になったバナナの皮に滑った彼女のヘラクレスが
「ひゃんっ! こけた拍子にへっちゃんがふんどしの中にダイブ!?」
へっちゃ~んカ~ムバック! だめそれ、汚れものだから。今赤フンの森へと旅立つとこだから。
「あぁッなんというテクニシャン……!」
赤フンの中、珍のポジションが細長く少し爪ばった六本の指(あえて指と表記)で丁寧にいじられ、三点倒立中にビクビクッと動くその姿は、おっと文字数が限界を迎えたようだ。
丁度イペタム・イシネカプが現場を激写していた。感想をどうぞ。
「犬神家が、犬神家がみえる……」
次は、環大和の出番である。いい経験になるであろうと、舞台に上がった彼女は本気だ。
珠輝は見なかったことにした。見たけど三秒くらいで記憶の中の彼を術符で封印した。
赤、というよりは深紅が似合いそうな大和だ。丁度胸のたわわな膨らみを中央に寄せる形で布が守っている、大体な水着。
「どう? 似合うかしら?」
なんていいながら、前屈み(BUのような形に)になった瞬間、会場の男数人がトイレに走っていった。
「欲望に素直でいいんだよ。男の子だもんね」
ファル・ラリスは言った。彼女が見つめていたのは舞台の上ではなく、舞台を取り巻く集団であった。特にトイレに駆け込んでいきつつ、前屈みになった男は見逃さない。
危ないかおり、というよりはファルにとっては彼らの欲望で間接的に喜びを感じていた。新しいタイプの性癖に戦慄極まりないが彼女が幸せならいいのだろう、いいんだ、よね?
次は、四条・理央である。
いつも三つ編みにメガネと、よくある文学少女的の格好をしている彼女だ。しかし今回は、ひとつに結わいて、普段とは違う色を魅せる理央がいた。
「ビキニを着るのは初めてで、正直言えば恥ずかしいです」
白い水着を隠すように、両腕が恥じらい胸を隠す。
「ですが、コンテストに参加する以上は開き直っちゃいます!」
そして腕が開く。開放的な理央は文学少女から水着美女へと進化した。一人称がボクであるところが点数が高い。
「皆さん、コンテストもこの後に続く夏祭りも楽しんで下さいね」
次は、シルフィア・カレードの出番だ。
「コンテストの為に水着買ったんだし、見てもらわないと、ね?」
それでは見てみよう。スク水ではないがそれを変形させたような形に、注目すべきは大きく空いた胸元だ。平たい胸族は確実にお断りと評された水着の形だ。これは巨乳族の最終兵器である。
恵まれた身体、チューブなんか着てみろ。水面に飛び込んだ衝撃でズレる、全力でズレる、いやそれもいいが全年齢PBW的にはアウトだ。
苦しそうにしていた胸元も、ファスナーを下ろせば開放感。程よい柔らかさの膨らみも解放され感極まる。
胸に向かって拝みたいレベルだ。そうかそのファスナーは観音開きだったか(意味深)。
お次は、饗山 朔だ。
普段モデルを行う彼が、こういう場で生で見れるとはファン歓喜であろう。
私服のセンスが絶望的と有名な彼も浴衣を間違えることはなかった。
朔は濃紺に蝶が舞う浴衣を纏い、舞台の上でくるりと回転。チラりと見えた後頭部にはかんざしも刺さって、妖艶。
キメ!た表情は自信に溢れ、かつ楽しんでいる模様。他人を楽しませる為に自分も楽しむ、なんてエンターテイナー。
ちなみに蝶柄の意味とは移り気だそうだ。
通りすがりの、結城 美剣さん、感想をどうぞ。
「素敵です。この方だからこそ、これだけ映えるのでしょうね!」
うっとり、見つめた美剣に朔は戯れに手で作った拳銃をBAN☆と撃ったのであった。
橡・槐はかくかくしかじかで足が動かず、傷もありきで見せることもできない。なのに水着を着てしまったのは、恐らく夏だからであろう。
体よりも大きめのビーチボールで足を隠して、いたのだが、おおっと足元、何故だかこんなところに妖精さんが石鹸をおいていた。
つるんとビーチボールが傾く。
「へ?」
と目を丸くした槐はそのまま重力に従って落ちていく。思い出すのは少し手前の時間で、
「出る前に負けること考えるバカはいないのです!」
と胸を張っていた自分の姿。
転ぶわけにはいかない、床に手をついて腕の力だけで跳躍しつつ覚醒。足ありきの状態で舞台上にダイナミック着地。歓声喝采が起った。
キメ顔をした槐は自分を誇らしく思ったそうな。
「ヒュー! いいねえ、そういう登場の仕方!」
宇宙人が指笛で会場を盛り上げた。
さて次は、茨田・凜だ。
彼女の新調した浴衣は、華やかで明るい。可愛い子が多い組織であるが、負けられない、勝負事は勝ってなんぼである。
「八番、凛です。よろしくねっ」
舞台上で、顔を斜めにことんと落とし、にっこり笑った女の笑顔も浴衣同然の華やかさだ。
お気に入りの柄を魅せるように一回転してから、再びキメのポーズ。彩られた橙の帯が、水面の光に照らされ更に明るさを増していた。
次は紫堂・月乃である。
姉たちからの贈り物である水着を着て、メモを見る。「落とせ」と書かれていた。さてはて、主語さえあれば良かったものを。何を落とすのか、月でも落とすか。
月乃の表情は終始変化が無かったが、落とせの意味がまるで分かっているように、一本の線を歩む形でモデル歩き。
自然体で魅力をまき散らしながら、水着を見せつつ会場を盛り上げたのであった。
利き手の親指と人差し指を繋げてわっかにして、その中から世界を見る。新羅 義清は思う、素晴らしい水着たちだ、と。
丁度月乃が歩いているところだが、水着と女性のしなやかな肉体を肴に酒を飲む。日々のストレスとは、こうして解消されていくのだ。
「皆さん、お似合い、ですね……私なんて、場違い、です」
長い前髪のしたで、祇澄の瞳は揺れ動いていた。顔は俯き加減、ちらと、隣にいたエメレンツィアを見れば、大体な水着にまた祇澄の顔が赤らんだ。
「浴衣、とてもよく、お似合いです、ね」
「ふふ、アリガト」
エメレンツィアとしては、祇澄の身体と水着もなかなかだと思い、舞台の上を指差してみたのだが。どうにも彼女の心は腰が引け気味であるようだ。そういうところも、可愛らしいのだが。
歩き出した祇澄。もっと近くでコンテストを見ようと言いながら振り向いた、
「あっ、えっ、まっ、わああああっ!?」
途端の何もない所で滑り、転んで、膝をついて腰が高い位置にある状態でうつぶせ。
何もないところで転べるのは最早彼女の才であろうか。そんなことを思いながらエメレンツィアは口元を抑えて上品に笑いつつ。
「大丈夫?」
と彼女へ手を差し伸べた。
梅崎 冥夜が見たいものは、豊満な胸でも、緩やかな曲線を描く女性の身体でも無い。そんなもの、海でもいけばいくらでもみえるもの。
それよりもだ。にやにやと口元が緩む。
「素晴らしいねェ……」
獣の特徴に球体関節、翼に刺青。千人に一人と言われる能力者の身体。変化部位だ。ヒトならざる者たちの象徴とも言えるべき部位こそ、彼の感性にフィットする。これまたレベルの高い趣味であった。
さて、お次は南条 棄々である。
せっかくの水着なのだ、披露しなければ勿体無い。
棄々の水着であるが、リボンとフリルが惜しみなく使われた、愛らしいもの。爽やかな中にも、しっかりとした個性が詰められている。
「どう? 魔法少女みたいでかわいいでしょっ」
頭の上の耳がぴこりと動く。杖とか持っていたら完璧かもしれない。これで覚醒したときに魔法少女と名乗っても疑われないであろう。アイドルらしい雰囲気も持った合わせ技である。
次は神幌 まきりだ。
思い切って披露するのは、シンプルな黒ビキニ。黒はいいよ、女性のらしさを更に際立たせる。だがしかし、本人は段々と下を向いて、頬を両手で隠してしまった。
「そ、そんなに見ないでくださいよ……」
縮こまって、目を瞑って。
コンステトよりも羞恥が勝ってしまった彼女の小心さも、なかなかにポイントが高いものではないだろうか。
その頃、真耶・サラフィルは魚を思い浮かべながらプールの方を眺めている。今日の夜飯は魚にしようと思いながら。
次は巻島・務である。
舞台上に上がったやいなや、まずは大胸筋が躍動するこのポーズ。そして大腿筋がダイナミックなこのポーズ
日々鍛え上げられた肉体を晒していく姿に、会場では歓声が巻き起こるくらいだ。今まで女性が多かったものの、一気に男子校の雰囲気に侵されていくような。
褐色肌に、オイルでも濡れば更に際立ったであろうか。彼の未だ成長する筋肉には今度にも期待である。
「筋肉の良さ、わかってくれたか?」
最後にこのキメ言葉であった。
次はキリエ・E・トロープスである。
神父からいただいたという水着で登場だが……どうみてもそれはスク水だ。三百六十度明らかにスク水だ。
(優劣を付けること、本来はよろしくないですますが、これも布教のための第一歩とこころえて、皆様にカミサマの愛をお届けしたいと思います)
拳をぐっと握り、意気込んだキリエ。日本語で書かれた名前もツッコミどころ満載だがあえて見なかったことにしておこう。
「……この水着、ジャパンで普及してるもの、違います? あれれ?」
喋らなければイケメンみたいな部類な彼女は今日も元気に狂信である。
安ケ平 直貴は『God VeIleDE サードアルバム好評発売中!』と書いたフリップを持って、宣伝。
久方の長女を目線で探すが、なんと、今回NPCは全不参加である。すまない。
伊達 龍姫は、カジュアルなジャージに身を包んで立っている。
「あと…綺麗なもの、見るの好きだし…、ね…」
ついでに会場の…警備もするよ…不埒な輩には…サブミッション。
●
「うおー! すっげー!」
成瀬 翔は瞳を輝かせてからスタートダッシュ。夜店の中を駆け巡りながら、
「まずは射的だろ、金魚掬いだろ、くじなんかもあっかな?」
と頭を右に左にと振り回している。どれもこれもやりたくて、手に握られた小銭の残りを頭の中で計算する。
「ん?」
ふと、瞳に入ったのは他にも屋台を制覇しようとする覚者たちである。見知ったものもいただろうか、手を振りながら翔はニコ、と笑った。
「うわー、すっごい人の量! まさか初めて来た場所でお祭りがやってるなんて思いもよらなかったよ!」
周囲を一周見回してから、京極 千晶は後ろからぞろぞろ並ぶ影に手を振った。
「はやくはやく!」
「はっはっは、そんなに急がなくても、まだ始まったばかりじゃろうて」
にこ、と老成して落ち着いた声が千晶を宥めた。
木暮坂 夜司だ。彼は袖からサイフを出しつつ、
「さて子供らよ 夏休みの宿題を頑張ったご褒美に何でも一つ好きなものをおごってやる」
と、なかなか太っ腹な。その行動、なかなか好印象である、高く評価したい。
「あ、夜司おじーちゃん、ぼくたこ焼き食べたーい!」
すぐに手をあげたのは御影・きせきであった。少女のような愛らしさで(こんな可愛い子が男の子のわけが……)見上げ、夜司を見る。これには彼の心の奥、おじいちゃん性分がうずうずと唸ったに違いない。
だがしかし宿題をやっていないものには褒美は無い。鯨塚 百は心の中で、漏れた宿題は無かったか一生懸命考え始めた。
「最初は、焼きそばかね」
と行った時には鳴海 蕾花の右手には焼きそばが握られていた。ちょっと濃いめのソースかつ、90%は麺と言えるほどの焼きそば。
安っぽいがこれもひとつの醍醐味と言えるであろう。
「おいしい?」
と、小矢尻 トメは蕾花へ問う。
「花火あがってたら、もっと美味しんだけどね」
「ふふ、もうちょっとよ。きっと」
トメとしては、お祭りを楽しむのもそうだが、食べ物をおいしそうに食べる表情が見たくてここにいるようなもの。花火よ、早く上がれと願う。
「私はチョコバナナ買ってきたよ、そっちは?」
「フッ、串焼き」
上靫 梨緒の右手にチョコバナナ。
新田・茂良の両手の指の間間に串が何本も刺さった状態でキメポーズ。おちゃらけた茂良。
梨緒は笑いながら、
「量、あんまり食べれないから。そういう串とかって、すごく助かるよね」
「ハイ! ちょっとずつ食べるのもいいと思います。だがまだ食べたいものがたくさんあるんです」
そんな二人の間に、ずずいと入った結城 華多那。
「こっちは、綿あめとりんご飴だ! 甘いもの、いっぱい買ってきちゃったぜ、食う?」
「そんなに食べられる?」
「りんごあめが、ひーふーみー……」
「ノンノン、これは」
二人のツッコミに、人差し指で違う違うと横に振った。華多那は十一 零に林檎飴ひとつ差し出して、
「これは小さい子にあげちゃう為だぜ!」
「「なるほど、えらーい」」
とドヤ顔を決めた華多那。
やり取りを見てて、是枝 真はぽそっと喋った零の声を聞き逃さなかった。
「あ、零さん……お年が遥か上です」
「「「な、なんだってー!!」」」
真は一切表情を崩さず、さり気なく茂良が持っていた串を一本引き抜いて食べた。
「ドネルケバブにチュロス……お、この『台湾風かき氷ドラゴンアイス』ってのうまそうだな、これ食ってみるか!」
百はその頃、悩んでいた。トッピングに、マンゴーか、タピオカ、他にも色々とあり相応に値段がかかるようだ。
「男なら、全部とかどうかな」
「ぜ、全部は流石に……」
なけなしのお金が消える。
三間坂 雪緒はくすくす笑いながら、隣の店でりんご飴を買っていた。
「ももじろうも食べるだろ? なら一番大きいのを選ぼうか」
「ん? オイラは百(もも)だぜ」
「あ、ごめんごめん。守護使役の名前が、ももじろうなんだ。似てるね」
「へー、おいらのじろう」
「はは、そうだね」
りんご飴を持った雪緒の腕ごとももじろうはりんご飴に噛み付いた。
「あ、僕の腕は食べたらだめだよ」
「ももじろうは、たくさん食べそうだな! あ、オイラ、タピオカにするぜ」
定番のたこ焼き、唐揚げに始まり、りんご飴やベビーカステラなどの甘味も用意された、橘 誠二郎の屋台。
半ば、屋台制覇組みへとテロと見える。他にもケバブや揚げ饅頭などなど、最早これひとつで世界一周できるようなもの。
「材料は山のように持ってきました、リクエストがあれば何でも作りましょう。さぁ、かかってきなさい!」
カメラ中央猫屋敷 真央。後ろから千晶が右から出てきたり、左から出てきたり。誠二郎の屋台の手前で立ち止まっていた。
「どしたの?」
「これは厳しい戦いになってしまいそうです」
真央は唸っていた。何から食べればいいものか、こんな沢山食べれるものか。味の濃いものから先に食べてしまうと薄味のものの味がわからなくなってしまうならばかき氷から行くべきかいやデザートより先に云々かんぬん。
「ふふー、私は主食メインでいくよ! だからそっちはデザートメインでもいいかも!?」
「うーん……!」
「あ、でもほら、ちょっとずつ分ければきっと全部食べれるよ!!」
「そうでした! 皆で力を合わせればどんな困難にだって打ち勝てるはずですっ!」
「そうそう、その粋!! じゃあまずなにしよっか!」
彼女らの背後。長良 怜路がいた。
「いか焼き一つ……」
「今一瞬にしてイカ食べたくなりました!!」
「よし!! いくかあ!!」
「やっと決まったか!! よしこい!」←誠二郎
真央と千晶の背後に炎が燃える背景がみえる。
「なにごとですか」
と真が、今度は綿あめを口周りにはりつけていった。べたべたしてるからね、くっつくよね。
華多那は口周りをとんとんと指で押し、真にそれを教えてあげながら、
「あー、次の依頼の打ち合わせじゃねー?」
「なるほど、仕事熱心ですね」
「だな。さぞ強い妖なんじゃねーか」
と解決した。
「夜司さーん、焼きそばおごってー!」
華多那が手を振れば、孫を見る目で夜司は答えた。
「現実の孫は三十路近くなっても婿のきてがなくてのう……いつになったら曾孫の顔が見れるのやら」
「ふふ、しんみりした顔は今はNGですよ」
トメはぽんと、彼の肩を叩く。トメこそ、色々こみ上げてくる感情こそ多いものの。今は、今だけは出さないように。
「あ、花火あがるみたいですよ」
と梨緒は空を指さした。少しの間だけ、屋台制覇組も花火を見上げて、思い思いに叫んだり見つめたりしたという。
「そこの」
由比 久永が通りかかった。梨緒は、はあいと返事をしたとき、焼きそばの入った袋を渡された。
「買ったはいいが一人では食べ切れんでな。貰ってくれると助かる」
「え、いいんですかっ」
「うむ」
梨緒がわあい、と見上げたときには、久永の姿は消えていた。
「こ、古妖か何かかな?」
「で、食べ過ぎたと?」
龍月・凍矢の下へ食べ過ぎでお腹が痛くなった屋台組みが駆け込むのはもう少し先の話である。
「医者は暇なほうがいい。何事もなく終えるの一番なんだがな」
「やっと夏も終わりか……例年になく暑く感じたわ」
三上・千常は片手にビール、もう片手に焼き鳥を持ちながら花火を見上げていた。ただでさえ暑いのに、花火の歓声によって更に温度が上がった気がする。
そんな彼の後ろ。こんもりとした草陰が揺れた。
「ふっふっふ……先生を練習台にさせて貰うよ~」
工藤・奏空の瞳がキラーンと光る。探偵(の卵)としては、バレないように尾行するという事は初歩技能だ。
が、
「こういう場では堂々としてたほうが案外ばれないもんだぞ、工藤君」
「今名前呼ばれた気がするけどバレてないな」
「工藤君」
「工藤とは人の苗字のなかでもわりかし沢山いる名前だからきっと工藤奏空ではないな」
「奏空」
「あ、これバレてる」
頭を掻きながら草陰から出てきた奏空に、苦笑しながら千常は手招きした
「あ! 焼きそば! 焼きそば食べたい!」
「会っていきなりそれか。まあ、いいか……こういうのも」
「いらっしゃ~い♪」
ディスティン ミルディアは冷えたラムネを差し出してから、柔らかく笑った。
気合いを入れて水着を買ったらしいが、祭りで着るのかは定かではないが、差し出されたラムネに
「ありがとうございます」
と九鬼 菊は答えた。彼はこういう催し者は初めてなのだという。だからか、田舎から都会に出てきた人のようにキョロキョロしている。
「で、次は何を食べるんです? 大食いの、一色弟さん?」
はは、と笑いながら一色・満月は既に焼きそばに噛み付いていた。
「ははは、十天の主とやらが夏祭りとは愉快であるな。どれ、今日くらい可愛く子供になってみては如何か?」
「ま、十天にも休みは必要ですしね」
おもむろに子供扱いする満月に、菊は唇を尖らせてからぷいとそっぽを向いた。
「いいじゃないですか、僕だって堅苦しいキャラ好きできどってるわけじゃないんですから、撫でるなこらっ、こらあ!」
「ふてくさるな、照れてるのであろう? 愛い愛い」
まるで兄と弟(妹?)のような二人。満月は終始、菊を子供扱いしながら。だが菊もそれは満更でも無いようであった。
何故夏祭りに姉と。
風織 歩人はそんなことを考えながら、手をつないで歩いていくカップルに羨ましさ反面、爆発しろと考えつつ。
「あゆ! 今日はあたしがおごってやるです! 任せろです、給料でたばっかりです」
と浴衣姿の姉、風織 紡は楽しそうであった為、少しばかり口元が緩んだ。
あれもこれもと指差す紡の選択するものは全て食べ物だ。
「ムギより大きくなっててもらわないと困るです」
「さすがにもう育たないって」
膨れた紡の頬をつぶしながら、歩人は遠慮混じりに彼女の財布が早く貧弱にならないように牽制していた。
歩人の目に入ったのは、大粒の林檎の飴。買ってみて、食べると思いきや紡の手前にずずいと出された。
「ん」
「ん?お土産買ってくれるですか?」
「うん」
「……ツンデレってやつですね! かわいいです!」
「照れてない! 可愛いっていうな!」
歩人の頭がくっしゃくしゃになるまで紡は撫で続けた。
夜空に咲く花火は、一人で見るよりも二人で見たほうが楽しいであろう。
ざわめく祭り会場から少し離れて、ひぐらしが鳴く声がよく聞こえる神社の境内の、鳥居の下。
明石ミュエルと円善司は二人でいた。
「二人で、こうやって、出掛けるって……なんか、特別か感じ」
彼の手に触れる、ぎりぎりの場所で。ミュエルの手は行ったり来たりと繰り返していた。花火が上がっているけれど、ミュエルがみているのは花火に彩られて七色に陰を落とす地面。
対して善司の視線は花火をみてから、ミュエルの横顔を見た。整って、浴衣でいつもと違う雰囲気の彼女に、
「綺麗だな」
と。そっと言葉が漏れた。
昼間のコンテストに疲れて、太刀風 紅刃は甘味の屋台の手前でにらめっこしていた。
「これほど甘いものが食べられるのは祭りの醍醐味だ……が、どれからにしようか」
「全部! とか」
華神 悠乃が紅刃の顔に自分の顔を近づけて言う。
「なるほど、全部か」
「うん。ここでは綿あめかって、あっちほうのチョコバナナは百円安かったから、そっちで! とか」
かくして、紅刃の手にわたあめが握られたのであった。
浴衣女子と法被女子で屋台の甘いもの巡りをするのも風情でよきもの。そう悠乃は満足しながら、だが来年は浴衣にしようと決意していた。
昼間に叩いた太鼓によって、悠乃こそ腹の虫が鳴っていたが。
「あれ? 紅刃ちゃんお菓子系のみ?」
「華神も良かったら食べるか? 違うのを分けるのもいいな」
「じゃー私もデザートにカキ氷食べる! さっきああいったけど、違うの買ってシェアしよ?」
「うむ、色々なものが食べられていい考えだな」
二人は屋台の隣、休憩スペースに陣取り買ったものを広げたという。
「おや、もう暗いのに子供が一人ではいけないね」
白部 シキは黒漆 夜舞を見つけて、肩を叩く。夜舞は振り返り、段々細くなっていく瞳に抗議をのせてから。
「保護者ですか……まあいいでしょう。最近は色々とありますねえ」
とシキを許した。
夜舞がどこにいこうとシキは着いて行くつもりであったが、すぐに立ち止まったかと思えば射的を始めた夜舞。
暫くしてから、
「私はあまり食べませんが、飲み物やかき氷、綿菓子。特にかき氷と綿菓子は口の中ですぐ溶ける、儚いところが良いのですよ」
と彼の自論を聞きながら、少し離れた境内で座りながら食べ物を並べていた。
シキの瞳に映る、まんまるの林檎。
「リンゴ飴か……」
シキの表情が緩みながら頬が紅潮する。子供っぽいが、好きなのだ、この食べ物が。
夜舞は林檎飴を差し出すが、シキは差し出されたそれを軽く押し返した。
いくら好きだからとはいえ、彼女の描く姉像に、林檎飴にむしゃぶりついて舌を赤くする姿はフィットしないのだ。
「祭りで童心に帰っても、誰も気に留めませんよ、きっと」
行くあてを無くした林檎飴が暫く彷徨ってから、夜舞が結局齧ったのであった。
今まで暗かった道が、七色に光り始めた。
風祭・雷鳥の見ている景色は他の誰とも違う景色であっただろう。
(あの子小さい時は花火の音にさえ怖がってたっけなぁ、でもキラキラ打ち上がってるの見ると目輝かせて……)
雷鳥の背中を、浴衣姿の少年少女が走っていった。そう、もしそうならあれくらいの背か。
チクりと痛んだ胸を抑えることもせず、ただ、雷鳥は空を見上げた。込み上がるものが落ちないように。
いつかまた、きっと。
「夏祭りです~! わたあめを食べます!」
と綿あめを探しているウィチェ・F・ラダナン。……が、途中で足を止めてから、射的に没頭する後ろ姿に今度は瞳を輝かせた。
「わああ凄いです!」
御堂 轟斗である。射的が的を落としていく、その素早さと精密さ。こいつぁ……手練だ。
「ん…? ほう! ユーはゴッドの偉大さが分かるのかね!」
「なるほどゴッドという存在は偉大なのですね!」
ウィチェの曇りなき瞳はまるで幼き日にみた子供が、新しい玩具や出来事にどきどきうきうきしているようなそんな純粋なもの。
あまりのキラキラ攻撃に轟斗は彼女に、今落としたクマのぬいぐるみをあげた。
「あ、ワタシこれからわた飴のお店に行くのですが、一緒にどうですか?」
「よろしい。キュートなエンジェルをエスコートできるとはゴッドも光栄であるよ」
「わーい、ゴッドさんと一緒です!」
「まずは綿あめかね? よいよい、遠慮はするな、ゴッドの奢りだ」
「あわわわわ、ありがとうございます」
この日、唯一神の新宗教が発足した。
「ちゅーか、一悟、買いすぎや。リサも食べ過ぎやで」
光邑 研吾は、食べ物を入れて太らせたビニール袋を引っさげた奥州 一悟と、林檎飴と綿あめが大量に入った袋を持った光邑 リサを見て言った。
「祭りだから、仕方ないんだぜ!」
「ウフフ、ハメ、外しちゃうわね」
それぞれの理由を言われて、研吾は笑いひとつ落としてからリサの腹へ手を伸ばした。
「食べてもそんな膨れませんカラ。思い出として綺麗に消化されますカラ、触診はお断りですワネ、ウフフフフフフ」
「つねらんでもええがな。ちょっと……腹具合を心配しただけや。太るとか…いたた!」
リサによってつねられた研吾の手の甲の皮が、これでもかと回転してちぎれそうになっていた。
「仲いいなー」
そんな彼らをみながら一悟は林檎飴をなめ続けて、舌の先が真っ赤になるほど。
こんな形で三人で出掛けるのはこれで久しぶりなのだという、リサとしては、他の孫とも来れたらいいなと内心思う。
「おお、あんなところに射的場があるで」
「じいちゃん、勝負だ!」
「勝負? 射的のケンちゃんと呼ばれた俺に挑むとはええ度胸や」
「二人とも、頑張ってネ~」
ルールはどちらが多く落としたかで決まる単純。
だが攻勢は大幅に研吾が有利であった。流石射的のケンちゃんである、狙ったものは確実に落とされていく。
「くっ、これじゃリサさんにあげるプレゼントが」
「はは、まだまだ青いな」
「もういっかい!!」
「もういっかいだけやで」
彼らの後ろ姿をみながら、リサは小さく笑った。願わくば、来年もこうして―――。
「お、やらせてもらってもいいかな?」
黒須 凱は、今まで肩に乗っていた守護使役が頭のよじ登り始めて苦笑しながら祭りを楽しんでいたところで、射的場にきた。
楽しむ二人の隣に入って、構えて撃てば、人形がひとつ落ちた。
「お、やるね、兄ちゃんや」
「うん。ちょっと得意かもしれない。やるよ、サイド(守護使役)」
「兄ちゃんも、覚者なのかあ」
神経を研ぎ澄ませ、狙って、当てて、それで落とせるものじゃないんだ。
美錠 紅も、同じく射的のガチプレイヤーであった。イメージを脳内で何度も繰り返し、そして、戦闘するような覚醒したときのあの感覚を思い出せ。
――――ここだ。いける。
トリガーを引けば、パン、と破裂したような音。と、一緒に、キャラメルが落ちていく。
「ほら、クロ。キャラメル取ったよ。食べる?」
開封してから、一粒落としてみる。足元ではしゃぐ守護使役は器用に取って食べていた。
真庭 冬月は、おひとり様でお祭りを回る。
お祭りの雰囲気に飲み込まれているのが、半ば心地好く、一人ではないようなそんな気分にもなるのであった。
ふと、視えたのは金魚すくい。赤色よりはオレンジ色との中間くらいの金魚がめいいっぱい泳ぎ、其の中で黒色の金魚も優雅に遊んでいた。
祭り屋台の魔力に引き寄せられるかの如く、衝動的に金魚掬いを開始。
狙ったのは、小さくて愛らしい一匹。そこだ――ッと狙いを定めてポイを流す……流したところで。
「やーたーい! やーたーい! 屋台ですよ屋台! お祭りです、祭典です!」
買い食い、それは男のフロンティア。そして女のユニバースらしい繕居 衣のテンションはマックス振り切っていた。
「何を言ってるかわかりませんか?修行が足りないですね、わからないなら屋台へ走れ!行けばわかるさ!繕居も後を追います!ここは私に任せて先に行け!さあ食べますよ!イカ!たこ焼き!りんご飴!誰一人逃がすものか!さあ走れ!走るのでってってってっ、うぼあー!!」
衣が冬月の手前を見事にダイブした。小さく可愛らしい金魚が衣の上に着地し、跳ねた。
「うーん」
鈴白 秋人は立ち止まった。子供が金魚すくいの手前で唸っていたからだ。手には、円の中で水に濡れてぼろぼろになった紙。どうやら上手くすくえないらしい。
だがそれでも金魚が欲しい子供は泣きそうであった。
「ちょっと、まっててね」
(すくった金魚は、欲しい方にお裾分けで……)
秋人の特技、器にみるみるうちにはいっていく金魚に子供は目を輝かせた。もちろん彼は覚者であるが、能力は一切使っていない天然のもの。
「じゃあこれ、あげるね」
そこに久永がいた。秋人がとった金魚を物珍しいそうに見つめながら。
「どうしたの」
「いや……これは、食えるのか」
「あ、だめです」
「食えないのか。生は駄目ということか」
「焼いても、ダメですね」
「そうか……」
更に、隣に九段 笹雪がいた。ポイでも、モナカでも全て水に沈んで消えていく。むむむ……とにらめっこしている姿に秋人は笑い、久永はむずかしいのだなと言う。
「あー! また破けた。もう一枚!! くそう、なぜ金魚をこんなものですくわないといけないのか、どうして釣ったらいけないのか、手づかみしたらだめかな」
「ふむ」
「金魚すくいに罪はないから……教えてあげるから、よくみてて」
とひょいひょいすくっていく秋人。
「あなや」
「やばい神がいた。テレビでみた光景が今目の前で繰り広げられてる」
「わぁ、すごいですわぁ!」
秋津洲 いのりが手を叩きながら、ならば自分もとポイをひとつ。
「こんな薄い紙で掬えるのでしょうか?」
という疑問はあるものの、えい! と掬ってみれば見事ポイの穴が空く。何度も何度も挑戦してみるのだが……ポイは破けて小銭も段々と消えていく。
これで、最後となけなしの一投。えい!と再びやってみるのだが、結果は同じ。落ち込んだ表情で俯いたら、されどそこには金魚が一匹泳いでいた。
「やりましたわ♪」
笹雪も「むずかしいよね」と共感しながら頷いていた。
「………!」
エミリア・フィー・ヴィスは隣で、桶にあふれそうなほどに金魚をすくっていた。真剣である姿、誰もが声をかけるのを躊躇うほどだ。
ふと漏れた言葉。
「晩飯」
という言葉に久永が反応した。
「あなや……食えるのだな」
「いや、二回目だけど食べれないって」
「食べるなんて可哀想ですわ!」
「食用!?」
とその場の全員が反応した。
着慣れない浴衣を纏ったものの、どこか変じゃないか気になるのは新田・恵梨香。
「大丈夫やでー、どこも変なところないで!」
「そ、そう? いたっいたっ」
恵梨香の背中をばんばん叩きながら、テンションの高い善哉 鼓虎。何を食べようか、物色しながらベビーカステラは確実に持って帰ると屋台の場所を記憶していた。
「あ、あのー」
遠慮気味に手をあげて、離宮院・太郎丸は聞いてみる。速攻で反応した、春霞 ビスコはめいいっぱいつがれたビールを盛大に零しながら振り返った。
「どうしたの太郎丸きゅん☆」
「初めて浴衣を着てみました……どうでしょうか?」
「ちょー似合ってるよ、ばり似合ってるよ、おねえちゃん、たろちゃんのこと、めっちゃ好きやねんで」
「ああっ、話が繋がらない……!」
雰囲気で酔っ払っているビスコが太郎丸の肩を抱き寄せながら、太郎丸の髪あたりに頬をこすらせた。
「日本のお祭りデス、楽しそうデス! アニメとかで見た事ありマス! ワタシ、リンゴ飴、綿菓子、チョコバナナいっぱいいっぱい食べてみたいデス!」
某国からきたというカーミラ・ティシス。アニメから仕入れた情報通りの風景が広がっているからか、テンションは高い。
「と、その前にもんじゃの屋台も忘れないように!」
「大丈夫デース、スーパー手伝うデース!」
いつのまにか太郎丸から離れたビスコは、屋台の中でもんじゃを作る。カーミラは客寄せのために、ニコニコしながら呼びかければ、
「そんな典型的なものに誰が釣られる……って人だかりー!!?」
鼓虎がつっこみを入れた。
「屋台は平気そうだから、こっちは屋台まわって色々買ってこよっか!」
鼓虎は早く早くと恵梨香を誘う。
「そうね……ビスコさん、あんまりお酒飲んでお店めちゃくちゃにしないようにね」
「わかってるよお!!」
「そう言いつつ既に飲んでるのね」
恵梨香は頭痛の気配を感じた。
「ワタシたち、お店守ってるデスから、お土産というカご飯頼みましたヨー!!」
カーミラは人ごみの間から手だけを出して振った。
「はい、あれ、カーミラさんどこでしょうか」
太郎丸が探したが、一瞬しか見えなかった彼女の腕は見えなかったらしい。
「潰れてるけどイルヨー!」
暫くして、太郎丸、恵梨香、鼓虎は歩いていく。
「思った以上に屋台が沢山……おいしそうな匂い……目移りしてしまいますね」
「そうね、まずは……」
「あそこからいきましょう!」
その頃、もんじゃ屋では鐡之蔵 禊が訪れていた。
「劇的繁盛!! 二人で平気?」
「うーん駄目かな!!」
「死にそうデス」
「マジか、超やばそうだもんね。手伝うよ?」
「お願いしマース!」
「きた! 神きた!!」
禊はここまでにあらゆる店を手伝って渡り歩いていたものの、何故か繁盛したこの店は地獄であったという。
「マリン、花火見に行く?」
桂木・日那乃はゆっくり歩きながら開けた場所を探している。守護使役のマリンと、かき氷を交互に食べながら。
だがどうにも開ける場所は無い。この人だかりだ、仕方ない。
「……空飛んで、花火みたら地上より大きく、みえる?」
マリンが少し心配気に日那乃を見たが、大丈夫とにこりと笑いつつ地面から足を遠ざけた。
「わしはただのお手伝いや、本職やあらへん」
と高橋・姫路は屋台を手伝っていたものの、今は片手に小さな手を握って、迷子を案内している。
どうしたものか、あまりこの子に時間をかけたら花火を打ち上げるのに遅れてしまわないか。
と考えたが泣きっ面が母を探す姿を見てしまえば負けてしまう。
「もう少しだからな」
返ってくる返事は無いが、こくりと小さく迷子は頷いた。
仁王立ちして、祭りお入口に佐々山・深雪が立っている。考えるのは、効率よく屋台を制覇でうる方法作戦手段だ。
(まずはたこやき、お好み焼き、焼きそばを購入。たこやきは適度に冷まさないと痛い目を見る。冷めると味が落ちすぎるタイミングが大事)
熱くなった口内をかき氷で急速冷凍。そこからイカ焼きからのフランクそして、チョコバナナ。
作戦は、完璧だ。脳内の地図と人ごみを抜けるロードが見えている。
「よし、見えたっ!」
走り出した深雪は止まらない。止めても無駄だ、彼女の本能は屋台を狩れと騒いでいる。
「……そろそろ19時か。ジュースと焼き鳥を買ってきて正解だったな」
水蓮寺 静護が夜空を見上げたとき、黒の背景一面のそこに鮮やかに火が散っていく。
(……いつか、こんな平和な日常が当然になる日が来るのだろうか)
そう考えてみたものの、それを掴み取るために僕らはいるのだろう。先は長い、が、全てはまだ始まったばかり。
頬張った塩で焼かれた鶏皮を食べて幸せを感じる。それもまた、ひとつの平和のあり方であろう。
「おー! 人がいっぱいだー! すごいすごい!」
今にも走り出しそうな――むしろ、既にもう走っている犬山・鏡香の首根っこを掴んだ時任・千陽。
猫でも掴んだ形か、首根っこを掴んだ状態のままで持ち上げ、顔手前まで彼を持ってくる。
「いいか犬山准尉、先に言っておく、お前はお小遣い制だ。上司命令だ」
「えー! ショーイのケチー! いいじゃん! お祭りだよ!」
千陽の手を支点にぶらんぶらん揺れながら暴れる鏡香に、苦笑しながら皇 凛はあやすように言った。
「二人とも今日は好きなものを買ってやるぞ。どれでも選ぶといい。犬山准尉が好きなチョコレートもいいぞ。日ごろ頑張っているからな」
「ショーサはショーイと違って話がわかるから好きー!」
鏡香は千陽の腕から解放された途端に凛の背中へと張り付いた。
そんな凛は指に挟んだカードを見せながら、問題ないとドヤ顔を決めたが。
「皇少佐、貴方もですよ。くれぐれも節度というものを大事にしてください! あと夜店でカードは使えません!」
問題は多々あった。
「な、なんと言う事だ……い、犬山准尉……」
「え? じゃあボク…何も食べられないの……? 育ち盛りで朝からこんなにお腹がすいていたのを我慢して夜お祭りいけるっていうから絶食決め込んでおやつも食べないですごくすごおおおく楽しみにしていたのに、え? なにも? 食べれない? の?」
鏡香、凛の背中を蹴り始める。
ひもじい。なんてひもじいものか。目の前にはあらゆる食べ物が跋扈しているというのに、手を伸ばすことはできても手に入れることができないなんて。
地面に伏せりそうな形で膝が崩れた凛。ぽとりと落ちたブラックカードでさえ夜店ではただの板に過ぎない。
「なんですか、時代劇ですか、いたたまれなくなるのでやめてください。ほら人も集まってきましたし!」
千陽はため息を大きく吐きながら……お兄さん幸薄そうだから、良い事あるといいな。
「わかっていました。俺がある程度の金銭は持ち歩いていますから」
「「おごりか?」」
「ツケにします」
「領収書がきれるかもしれんぞ」
「無理です」
「ショーイ、ショーサ早くー!」
(人、たくさん……怖い……)
水無月ひさめは浅葱枢紋の後ろをついていく。離れないように、彼の袖を掴んでみると振り向いてくれた。
「ほら、こうすりゃ不安じゃねぇだろ?」
優しく微笑んでくれたこと。手をつないでくれたことに、ひさめの恐怖心もゆっくりと溶かされていく。
暫くして、枢紋は射的の手前で立ち止まった。
「なぁ何が欲しい? 俺が取ってやるよ」
「あの……白いうさぎのぬいぐるみがほしい、です……」
「了解、あの白兎だな。待ってろ、直ぐに取ってやる」
腕を捲って枢紋は気合を入れた。ここで外すのは浅葱の名が廃れるというもを。結果としては、見事、ひさめが欲しいというったぬいぐるみを撃ち落として手に入れた。
「ほら。別に、お前が喜んでくれりゃそれで良い」
「……」
その時はひさめからお礼の言葉は無かったのだが。後々で彼女が買った綿あめを枢紋はもらった。無意識の内ではあるものの、唐突な関節キスの味はとてもとても甘かったとういう。
「あ~~~!!」
「楽しそうですね」
「手、手を離しちゃダメだよ~、むぎゅう」
「あたりまえじゃない、可愛い妹と一緒にお祭り来てるのよ! テンションMAXだよ」
「お姉ちゃ~ん、きゃあ!」
向日葵 御菓子と菊坂 結鹿は人ごみに流されていた。大きな夏祭りであり、かつ花火もやるとのことで人口密度はぎゅうぎゅうで、まるで朝の満員電車を思わせるようだ。
人ごみから抜けたころには、二人して折角の浴衣も気崩れて、逆の意味で色っぽくなっていた。
「なおさないとね……」
「そうだね……」
それから二人は静かな場所のベンチに座り、色の違うカキ氷を食べさせあったり、舌の色を見せ合ったり。お互いにお互いを大事に思うからか、ずっと片手は握られつながっていた。
いつのまにか花火も終わり、係員が寝こけた二人を起こしにいくのまであと少し。
「ね、瑠璃君。何か食べる?」
和歌那 若草は六道 瑠璃の顔を覗き込む形で聞いてみる。彼が拒食症だということはわかっているのだが。
でもやはり。
「……いや、いらない」
とそっぽを向かれてしまった。食べたとしても、そのあと汚くしてしまっても仕方がない。
「いじわるしたわけじゃないの。ごめんね」
首を横に振った瑠璃。少しだけ雰囲気が重い。
自分のぶんだけだと、林檎飴を買いに行った若草が行って、帰ってきたそのタイミングで花火が上がった。
最初の弾けたの音に、二人して驚きながら。夜空の大輪を見上げる。
「花火、はじまったわね。夏の風物詩」
「うん……」
されど、若草がみていたのは花火ではなく、瑠璃の表情だ。なぜだろう、少しだけ、さっきよりも顔色が良く見える。
「綺麗だ」
「! そうね」
いつまでも眺めていたいけれど……終わりは来るものね。だから、綺麗なのよね。
そのあと、暫く。二人は何も言わずに花火を眺めていた。
「いらっしゃいませ」
五月雨 枢はお金をいただいて、綿あめを出す。最後にありがとうございましたといって一礼。
これでひと仕事。ふと、隣にいるはずの天津風 史郎を見てみると。
「あんたかいらしいねぇ彼氏と一緒? これサービスしはるさかい後で一緒にって、枢なんすんにゃ! てんごやろう!?」
「仕事をしろ。サービスはいいけどあまりやると売上が赤字になる」
鼻の下を伸ばしていた史郎の額を、容赦なくチョップした。
「枢のヤツ、わしにはちべたいんにかな笑顔……侮れへんなぁ」
「客商売なのだから当たり前だ。お前に笑顔を見せてどうする? 気持ち悪いな」
さらっと流した枢であった。
再びお客様がきて、また同じくお金を頂いてから商品を出す。どうやら今回は美人な浴衣の女で、彼氏の姿は見えない。
嫌な予感がする。枢は史郎を見れば特大の綿あめを作っていた。
再び枢のチョップが空を裂く。
「おっちゃん! おっきい綿あめ、欲しいぞ!!」
天楼院・聖華が急ブレーキかけながら、店の手前で止まった。なんでもここのお店の綿あめはランダムででかいのだと。
「ほらぁそういう噂が出る」
「はっはっは、おっきいのだなわかった」
「あれ話聞いてなかった?」
鼎 飛鳥は母親と父親と一緒にお祭りに来た。
かき氷にアイスと、冷たいものはおなかを壊すからと。母親が優しい手で頭を撫でてくれたから。素直な飛鳥は、じゃあかき氷にするとイチゴのシロップをかけた。
それからいっぱい遊ぶから、親の間に挟まれて、手を繋ぐ幸せな家族がそこにあった。
気楽に一人で店を回るのも悪くはない。人野 葛は自由気ままに我が道を行くのだ。
林檎飴をかじりながら、ふと思い立ったように引いたくじは末吉とかいてあり、微妙な結果に顔をしかめた。まあ、くじなんて当たるも外れるも五分五分だ、気にするに値しないとおもいつつおみくじは結んでおいた。
「お待たせ、冬佳さん。少し待たせちゃったみたいだね」
「酒々井君。いえ、私も先程来たばかりです」
酒々井・千歳は後頭部を掻きながら、水瀬 冬佳の手前で何度か頭を軽く下げた。両腕を振って、大丈夫という彼女は優しさに溢れた笑顔を向けている。
「この間の水着も良く似合っていたけど、その浴衣も良く似合ってるね。綺麗だよ」
「……ありがとうございます」
出会い頭に女性を褒める千歳、なかなかである。
母から頂き物だと、更に嬉しそうにした冬佳の笑顔もまた、先ほどとは別の色を見せていた。心の底から嬉しいのだろう、少し紅潮した頬に千歳は気づけば、彼の頬も少し桃色に染まった。
「花火が上がるまで暫く時間があるみたいだから暫く出店でも覗いてようか」
「出店ですか。そうですね」
歩き出した二人、人ごみの中では離れないように。近くも、遠くも無い距離を保ちながら同じスピードで歩んでいく。
「おや、金魚すくいはなんだか賑わっているんだね」
しまむら ともやは夏祭りで焼きそばの出店を出している。
その理由というのも、かなり生活が厳しいというもので切羽詰っていた。
日々、食べるものでさえ困っているから、焼きそばを売れば余ったものは持ち帰ってもいいだろう。けど、今はそんな事どうでもよくて、美味しそうに食べてくれる姿を見ればやる気が出る。
「でも一人で捌くのきついな……」
「はい! 私です」
禊がともやの隣から生えてきた。
「うお、なんだ手伝ってくれるのか」
「タダで手伝います、ボランティア頑張るよ!!」
「マジか、すげえ。あ、そこの人、ひとつどう?」
久我原 真幸が通りすがりに声をかけられた。
「あ、でも焼きそば? 肉がちょっと」
「お、問題ないな。コスト削減で肉は無しだ」
ドヤ顔したともや。禊は、あ、本当だと頷いた。
「じゃあ、ひとつ貰おうかな?」
「やったぜ生活費!!」
「どんだけやばいの!?」
禊がややつっこみを入れながら、真幸にひとつパックを渡した。
柳 燐花は蘇我島 恭司はぺこりと頭を下げる。
「浴衣、ありがとうございました。買って頂けるとは……。おかしくないですか?」
「いやいや、燐花ちゃん可愛いよ! やっぱりお祭りの時は浴衣だねぇ」
くるりと回ってみせて、浴衣を披露してから。
「じゃ、行こうか」
「はい」
二人で歩んでいく。先に恭司が歩いて、軌跡をなぞっていく形で燐花は着いて行く。人ごみで、離れないように何度も恭司はこちらを向いた。
「私のどこが可愛いのか理解に苦しみます。さておき、人が多くて賑やかですね」
「僕としては、燐ちゃんの可愛さは良いと思うんだけれどねぇ……っと、確かに人は多いけれど、まだまだこれからじゃないかな? あ、燐ちゃん、リンゴ飴食べるかい?」
「りんご飴! ……あ、その」
思わず無邪気に出た言葉に口を抑えた燐花。
素直なほうがいいのになあなんて恭司は考えながら、けれどニコと笑いながら。
「いやー、お祭りには絶対リンゴだと思うんだけれど、ほら、一人で食べるのも恥ずかしいからさ? 良かったら燐ちゃんもどうかなって」
「お言葉は素直に頂いておきます。りんご飴は、蘇我島さんが食べたいならご一緒します」
強引に連れてきた、という方が正しいのか。
四月一日 四月二日は赤祢 維摩の腕を掴んで逃げないようにしながら、人ごみを掻き分けていた。
「ちっ、何が虚しくて男2人の夏祭りなぞいかねばならん」
「男二人で夏祭り……の虚しさと画のキモさは認めるよ」
一分に一回は舌打ちしているであろう維摩であったが、四月二日の手を振りほどく事もなく、また、四月二日も手を放そうとはしない。
「今まで行ったコトあんの?」
お祭りに。
「フン」
と維摩はそっぽを向いたまま、ヤブ蚊の群れより鬱陶しい人ごみを威嚇していた。
それからは、ハイボールとお好み焼きを広げながら、上手く陣取れた休憩スペースで二人は座る。
雑に乾杯してから、一気にハイボールを流し込めば、コンビニで缶を買ったほうが数倍マシな味。二人同時に、不味いという単語を頭に思い浮かべた。
次に四月二日は、お好み焼きを食べてみる。濃い目のソースに少し粉っぽい感じ。
「赤祢くんも食ってみ?」
「ちっ、いらん物を人に勧めるな」
しかし既に差し出されたそれは一口大に切られて、食べやすいようにされていた。嫌々にも維摩も同じものを食べ、同じく粉っぽく濃いソースにツッコミを入れた。
納屋 タヱ子は夜空を見上げる。
ほんとは養父と養母と一緒に花火を見たかったのだが、ぐすん、養母の腰が悪くて一緒に来れなかった。
ごめんねって言われたけど、大丈夫、友達といくからって無理やり出てきてしまっていたものの、嗚呼、なんだろう目頭が熱い。
そうだ、と思い出しては文明の利器。カメラで花火をおさめて、養母にみせればいいのだ。
一気に表情が明るくなった彼女は、養母のためにお土産を作る。
異性からの、どんな甘い言葉も全て突っぱねて、ターニャ・S・ハイヌベレは歩いていく。これで何人目か、頭の中で数えることも面倒だ。
だがしかし、彼女は知らない。背中にくっついている、射的で打ち落としたぬいぐるみが愛らしく男を誘っていた事を。
信道 聖子は人だかりをかき分けながら、林檎飴のお店を探した。
小さい事、両親の間に挟まれて、手を繋いで。そのうち林檎飴を買ってもらうのがパターン。思い出してみれば、二個も三個も食べていた自分に苦笑できる。
それと同じく、あの曲がり角を曲がったら、素敵な人とぶつかってそのまま――なんて、つい表情がニヤけてしまったのを戻した。
気を取り直して、林檎飴を探そう。思い出の、追憶の、それを。
「ほぇー、これが夏祭りでござるかぁ」
キョロキョロしながら人だかりと、奥へ誘う様に繋がっている出店の数を数えつつ、神祈 天光は瞳の中に星を輝かせていた。
背後には、エヌ・ノウ・ネイムがニコニコしながらその姿を見守っていたのだが、ふと思いついたか仮面と帽子を外して少しだけ横に逸れてみた。
天光は今まで上げに上げたテンションのまま後ろを振り向いた、
「エヌ殿、見失わない様に拙者の傍を離れるでないでござッ……」
そこに居た影が忽然と消えている。五秒くらい、何が起こったかわからない顔をしつつフリーズ。そして
「 一瞬目を離した瞬間というのにエヌ殿が消えたでゴザルー!?エヌ殿ー!!エヌ殿はどこでござるかー!!」
なんて日だ! と言いたげに背中をそらして彼の名を呼ぶ、いや、叫ぶ。
だが応答してくれるものは何も無い。何故だ、何故なんだ。嫌われたか、それとも飽きてしまわれたのか、色々な考えが思い浮かんだものの、いやそんなことは無いと半ば目頭が熱いような気がしなくもない。
このまま見ているのも面白いのだが、あまり騒がれてもまわりに迷惑になってしまうか。それより迷子のお知らせで呼び出されるほうが恥ずかしい。
天光の肩を叩いたエヌ。
笑いながら、面白いものがみれたしてやったりと表情に描かれていた。
「うう、何処かに攫われてしまったかと思ったでゴザル……拙者、心配したでござるよ!」
「おや、おや。僕はずっと後ろに居たんですけどねぇ……早とちりも大概にしてほしい物です」
焔陰 凛は店番をする。彼女曰く。
「作るんはイカ焼き。姿焼きちゃうで。大阪のイカ焼きは小麦粉の生地にイカの切り身を混ぜて卵落として薄く焼いたもんや。焼けたイカ焼きにソース塗ったらもうほっぺた落ちる程美味いんやで!」
との事。それは知らなかったと天の声があるが、そうだったこのアラタナルの舞台は関西のほうだったか。
凛は、手際よく腕を動かしながら、作る作業、売る作業、金銭管理もきちんと行った。
「カモ~ン大阪~ 粉もんの聖地大阪~ たこ焼きイカ焼き何でもあるで~♪」
宝達 はくいは今日も元気だ一等賞。
「夏!! それは最もアツい季節!! そして夏と言えばそう!! 先輩!!!」
はくいは(人ごみの中にいるであろう数多の)先輩を指差した。
「じゃない! お祭りっす!!」
はくいの地元では、夏になると面をかぶって太鼓を打ち鳴らすお祭りがあるという。それっ、そのつもりで桶胴を響かせ、くるり廻って踊って見せる。
「よーーいやさーーー!」
どんどこどんどこ。
「おじさん、1回やらせてー」
弓削 山吹は、見かけて疼いた欲望のままに射的を行う。
並べられた商品を品定め、端から端に瞳が動く。上に置いてある高そうなものは狙っても大体落ちない。中間から下のライターや小物やお菓子のシガレットは軽く落ちるであろう。
だが山吹が欲しいというものは無い。ぶっちゃけなんでも良かった。
「あぁいうさ、そこらへんで買えるような、小さなお菓子の箱とか」
お金を払えば買えるけど、私は――勝ち取りたいの。身を乗り出せばリーチは縮まるが、それさえせずとも山吹の射撃は精密であった―――と思わせて、すれすれを弾が通過していった。
「やっぱ夏といえば夏祭り、夏祭りと言えば屋台だよね~」
「……なんか、アキラが屋台全制覇してる思い出しかねえな……」
七海・昶と坂上 懐良は、同じ歩幅とスピードで歩いていく。
昶は焼きそばを食べながら、思っていたよりも美味しかったそれに満足した笑顔を向けていた。そんな彼女の姿、懐良としてはまた別の食べ物を食べて、屋台制覇していくいつもの彼女が。
「デジャヴ」
「ん? 懐良も甘いのなら食べるでしょ。え、なに?」
粋でもなく甘くもない思い出に頭を抑えた懐良であった。それを察したか、昶は空になった焼きそばのパックをゴミ箱に投げながら、
「やだな、さすがにもう全制覇とかしないし! 食べてると全部食べちゃったのはあるけど」
と頬を膨らませた。
「ほら、アキラ。そんなに食ってると、ここに脂肪つくぞ」
「んわ!? どこ触ってんの! そんでどこ見てる」
痩せの大食いという事だろうか。優しい目線で昶を見つめた彼の顔面にグーパンが飛ぶのは、一秒後である。
周辺の騒がしさも精々良いBGMである。
椿 雪丸はそんな音楽を聞き流しつつ、返されたおつりを受け取る。
「あ、おっちゃん、紅ショウガはたっぷりで。うん、ありがと」
既に、焼き鳥とチョコバナナが包装されて袋に詰め込まれているのだが、更に追加したのは紅ショウガタップリの焼きそば。
あとは、何か買い足すものは……と考え、林檎飴の屋台へ吸い込まれていく。あ、綿あめの店となりなのか。
「いや、満喫してないし」
言葉ではそういうものの、その後、金魚すくいを見てうずうずした。
夏祭りとは良きものである。
ミラ・ナユタ・スチュアートはぬいぐるみ専門店の主である。
その出張屋台が祭りの一角にあった。なんと、新しい屋台であるか。夏祭りらしく、法被やハチマキを巻いた愛らしいぬいぐるみが主を探してお行儀よく座っている。
「すねこすりもありますよ♪」
どれでも一個500円、たぶん良心的なお値段だと思いますです? それはよきもの、布教せねば。
先程のやきそばを食べながら、真幸は夜空を見上げていた。一発目は驚いてこれを落しそうになってしまったが、打ち上がる火の花に今は見惚れている。
そういえば、家族で来たかったなと追憶の日々を思い出しながら。少しだけ、焼きそばの味が塩気が増したように思えた。
おかしい。酒々井数多は思考した。
にーさまを追っていたのだが何時の間にかに一人である。
あれはにーさまだったのだが、巻かれたのか、それともにーさまに似た人物を追っていたのか、今になっては分からないが。いやあれは確実ににーさまだ、巻かれたのではない、恥ずかしがって別れてしまったのだきっとそうだろう。
「んもー! 私のバカバカ」
両手いっぱいのお店からの獲得物。林檎飴をかじってみるものの、なんでだろうか味がしない。
「数多ちゃんこんなに可愛いのに、誘ってくれる男性ひとりいないの?」
ぼやいてみれど、…とはいっても数多にーさま一筋だけど。ふと目に入ったのは――
――少し遅れて、葦原 赤貴は祭りに到着した。今迄仕事をしていたのだ、遅れてしまうのは仕方ないか。未だ小学生な彼が仕事に追われるのも、日本人働き過ぎと言えば良いのだろうか。いやその時限ではない。
「友達誘おうとしたけど、駄目だった」
「あら、じゃあ一緒に廻る?」
ひょんなことから、数多は赤貴を連れた。
「あ。それ……、夏祭り、か?」
「え、あれお祭り? 私の記憶じゃそういうものは無かったような」
ふとみれば、『ふりま』と書かれた札ひとつ。
「はい! この町田・文子、フリマやってます」
「ふりま……」
「ふりま!」
「フリマ……」
「てへ☆彡」
町田・文子は舌をぺろと出しつつ、ウィンクした。
青色ビニールシートの上に並べられたのは、パステルカラーの台紙を幾重にも貼り付けて作ったツギハギ風。夏~秋の風物詩みたいな、そんなイラストを散りばめて。
それが赤貴の感性にフィットするかといえば微妙であるかもしれないが、まるでトリックスターな出店に足を止めてしまった。
「お金は取らないよ、そこのお兄ちゃん姉ちゃん! お菓子と交換しないかい?」
「金銭授受じゃない、と」
「あ、にーさまにもっていったら喜ぶかな!!」
「おなかすくからね! 働かざるモノ食うべからずとやらだよ。そちらさんはお土産?? いいとおもうよー!!」
「なるほど……じゃあ、今から林檎飴、買ってくる」
「綿あめでも持ってくればいいの?」
「やったあ、サービスしちゃうよ、どれがいい??」
話は変わるが、
覚者になってから、祭りを楽しむことができるだなんて想像しただろうか。いや、無かった。
瑠璃垣 悠は、堂々お祭りの出店の間を通っていく。あちらもこちらも皆笑顔で、なんだかこちらも胸が温かい。
林檎飴を片手に、ふむ、だがしかし。あの林檎飴のお店はサイコロが触れて、出目が良すぎて林檎飴が三つだ。どうしたものか。
誰かにあげるも、こちらから話しかけるのは少々人見知りというか。
そこでギラと光った数多と赤貴の、謎のセンサーが発動した。
「林檎飴あるわ!!」
「これはわらしべ長者のかおり……」
「え、……えっ!?」
「林檎飴が、この並べられた作品になって、ゆくゆくはにーさまに変わるのね!!」
「「「いや、それは無理かと」」」
生まれて初めてユカタとやらを着てみた。成程、一人で着るのはまだ難しいか。
イニス・オブレーデンは故郷を思い浮かべながら、それとはまったく異なる文化を持っている国に染まっている事に感動を覚えていた。
焼きそば、たい焼き。どれも美味しいです。
「そして、これが……タコ焼き。タコ、あれを本当に食べちゃうんですか……」
足がぐにゃりとまがり、変幻自在の身体を思い浮かべてからタコ焼きを見る。ふむ、中々綺麗な丸に収まって美味しくなってしまったものだ。
またまた初めての体験。口にしたたこ焼きとやらは、新感覚の食感で美味しく思えたという。
新月・悛は、リトル・フェイカーを連れ歩く。折角だからと、彼女からお誘い。初めてのお祭りに、並ぶ提灯の列をなぞっていく。成程、日本のお祭り、悪くない。
「あれは、なんて読むんだい?」
「それはシャテキです。こちらがキンギョスクイで、あちらが……」
リトルの興味は絶えない。あれも、これもと指をさす程に、悛は懇切丁寧に教えてくれた。漢字の読みもそうだが、何をするところ、何を買える場所なのかの説明も。
だがしかし、道には人の波が絶えない。
リトルは彼女の細い手を握り、引いては人が少ない方へと移動していく。なるべく人ごみが在る方には自分の身体を置いて。
(僕がエスコートするつもりが、エスコートされてる……?!)
「はぅぅ」
つい出た悛は顔を抑えて、耳まで真っ赤の染めた。あえてそのことに、リトルは触れず。
「もうすぐ花火の時間だね、一緒に見よう」
とにこりと笑えば、それも一つの大事な思い出である。
「祭りは人が多いほどいい。その方が神霊も喜ぶだろう」
今日は神も鬼子も無礼講だと、沢口明は言った。肩に乗せたなめと呼ばれた守護使役も、周囲を忙しく見回して落ち着かない様子だ。
「なめは祭りが大好きだからな……っと」
「おーい!」
月ヶ瀬 ミントが手を振っていた。一条雷も一緒にいるようだ。
それから三人で出店を回るのだ。
お腹の虫が鳴くからと、野菜の串を買った瞬間に守護使役が串ごと食べつくしてしまった。
「俺の……だったんだが、まあ仕方ない」
「今日も、くいしんぼさんなんだね!」
ミントはにへらぁと笑ってから、自分の守護使役が串焼きに擬態していたことに気づいた。だが分っているんだろう、なめはにちぇと呼ばれた串焼きには飛びつかない。
「にちぇ、たべものに擬態しないの、危ないでしょ」
そんなハプニングありながら、明は出店のひとつにきらりと光る何かに目が留まる。
クリームが添えられたミントの葉のアクセサリーだ。そういうの買うの? とミントはきょとんとしたのだが、これは贈り物だと彼女へ渡した。
「とても良く似合っているな」
「ありがとう! 大切にするね!」
黒桐 夕樹は、賑やかな一行とスレ違いながら、大粒の林檎飴をひとつ齧った。
(覚者になって。学園に来て。こんな風に穏やかに過ごせるとは思わなかった。こんな風に、ありきたりの日常を過ごせると思わなかった)
小さな身体で何を見てきたのかは、心の中に閉じ込めておいたものの。
「生きる為に、守る為に。この先、想像し難いいろんな事があるだろう。けれど……」
ぽつりとつぶやきながら、空の大輪を見つめて再び林檎飴にかじりついたのであった。
田舎から大都会に出てきた人間のようにキョロキョロしながら、喋る口が止まらない狐を連れて、諏訪 刀嗣は帰路を辿っていた。
数歩後ろをついてくる鳴神 零は記憶が無いから、祭りに人ごみは初めてだと言う。
「そら難儀な事だな」
「難儀かな? でも忘れた過去より思いで作ったほうが素敵」
二度目は繰り返さないように。何より、目の前の光景を忘れないように。
「そうだな、それなら忘れられねぇような思い出を作りゃいいんじゃねえか?」
ふと、刀嗣の歩みは帰路では無く零の方へと向いた。
抱き寄せるように右腕が器用に面の結び目を解き、傷のある彼女の整った顔が「なあに?」と言っていた。
刹那の間、交わった視線が近づく。
優しくも強引に重なった唇。
零の瞳が見開いて突き飛ばす、その前に唇は離れて面で蓋された。
「これぐらい強烈なら忘れもしねぇんだろ」
と言い終えた瞬間には刀嗣の頬に衝撃が加わり、零は逃げていった。
馬鹿力の彼女の強打、口の端が切れて血を拭いながら。今までの女はキスすれば喜んだのにと――アブノーマルな疑問が思考を埋めた。
●
「あ、俺こういうものです」
「こりゃ、ご丁寧に」
風祭・誘輔は志賀 行成へ、両手をきっちりあわせて名刺を渡した。
「会社か」
「仕事か」
阿久津 亮平と瑛月・秋葉が肩を揺らしながら、つっこみ入れつつ。本日は無礼講である。
並べられたのは、缶ビールにチューハイ、焼酎と、明らか終電なんて無かったと言わんばかりのレパートリーだ。
隅っこに座った亮平が、
「初依頼、お疲れ様でした。これからも頑張ろう」
と全員で、缶やらグラスを合わせて。全員でかんぱーい!と言った。
下座に座った行成が、速攻で空になったグラスを見れば、
「あ、次何飲みます?」
と言いながら、既に腕はビールを注いでいた。
「おっとっと」なんて言いながら、溢れそうになる泡を口にしつつ、秋葉はグラスを持っていない方の手を振りながら、
「志賀君! そういうの疲れるだろうから、いいって、いいって! 自分達でやるし、なあ!」
「いえ、でも自分一番下だし」
と謙遜する行成。
「志賀くん、大丈夫か? この亮平に、いじめられたりしてないか?」
意地悪そうに笑いながら、缶を片手で潰した誘輔であった。その当の亮平とやらであるが、行成が「そんなことは」という前に、席を勢いよく立った。
「ど、どうした」
秋葉、固まったまま聞いてみた。
「……よっ」
「よ?」
すとん、座る亮平。
「酔ってらいですよ……」
「はや!! あっくん酔っとるなー」
秋葉は膝に乗せた守護使役を撫でながら、によによ笑った。だがここは、開始ものの5分経過したところまでの出来事である。
~一時間経過~
行成と秋葉に止められつつも、誘輔はやってしまった『ちゃんぽん』。既に彼の瞳は止まることを知らずまわりながら、頭は上下に揺れている。
「あーこれあれですか、危険なパターン」
「風祭くんは絡むからなー」
未だ元気な行成と秋葉の間で、亮平は机に頭を伏せて動かない。たまに唸るが動かない。起きているか、寝ているか微妙なラインの人物は放置に限る。
「どっちが借り作った借り返せふざけんなクソくらえ!」
「だーから貸しはあるけど借りはないゆーてるやろ。僕はあんさんほど性根腐っとらん」
突如ゴングが鳴った、誘輔と秋葉の喧嘩。それ以上は迷惑になると、再び行成は言いかける前に、
「わかった」
誘輔は立ち上がった。立ち上がった勢いで彼が今まで座っていた椅子がふっとんでいった。
「そこまで言うならイッキのみで決着つけようぜ」
「ああ」
二人の間には視線から火花が散る。もうこれは止められない形だと察した行成は、お通し美味しいなーと思いながら、チェイサーをさり気なく頼む。
「風祭さんと秋葉さんは仲がいいのか悪いのかわからないな」
「生きてた」
「なんとか生きてる」
復活した亮平と行成は、二人の戦いの行方を見ないふりして見守った。
そんな彼等の楽しそうな姿に、釣られて笑ったのは躑躅森 総一郎だ。
日本酒、冷やでひとつ。小さなお猪口を指に挟みながら、少しずつ大事に味わいつつ飲む。
隣で飲みあいしている誘輔と秋葉へ、気を利かせた総一郎は言った。
「注ぎましょうか?」
「「お願いします!」」
因みに、大瓶の中身は水である。
谷崎・結唯はコンテストよりも。
ドン、ビールの缶を片手で開けた。
興味があるのは、こっちだ。
「本当はこんな騒がしいところにも来ないが……守護使役は酒が呑めるだろうか」
呑ませてみるか。おそらく同じく酔っぱらったり、酒に強ければけろっとしていたりはするであろう。
独りであると、ひとりごちてみるのだが守護使役が一緒だ大丈夫。
「いやー、ほら。祭りだろ? 祭りってことは酒に決まってるだろ?」
なんか来た。
こちらは、御堂 東眞。酒瓶をもって、ふらふらしながら絡み酒。結唯は一瞬見なかった事にしたが、正面に座られてはどうしたものか。
「何、祭りなんて無礼講みたいなもんだからな。何されても別に気にはしねえよ。だから俺も気を使わないけどな」
目の前の結衣は得物を出しそうですが、大丈夫か。
「美味い酒を飲んで、つまみはそのへんで買って……なんとも祭りって感じだよなあ。いやあ、ジジイも浮き足立つってもんだ」
歳をとったなと、軽く溜息を吐いた東眞に結唯は手元のビールを、
「乾杯だ」
と差し出した。
賑やかしさとは、縁が切れた様に。緒形 逝は端っこの、更に片隅、角っこで飲んでいた。ここはいい、静かだ。
既に夜も遅い時間か、守護使役は夢の中。誰かが持って帰りやしないか、見張るのもご主人様の務めであるか。
因みに今日に逝は、フルフェイスを取っている。顔は曰く、怖いらしいが今回はあえてモザイクをかけて放送しております。
「よっしゃー、食うぞー食いまくるぞー、朝まで飲んで食って楽しもうぜ!」
多々良 宗助は並んだ食事に、心ときめかせていた。腹は減っているからもう片っ端から全部食べていきたい気分だが、利き手に持った平たい更に盛れるだけ持って。
「ぷはーっ! 夏はやっぱり美味いもん食って美味い酒飲むに限るぜ」
「おっ、そこの人! 一緒に飲もうぜ!」
「わ、……私、ですか?」
「おう! 嬢ちゃんだ!!」
梶浦 恵は、周囲を見回してから宗助と視界が合った。コンテスト会場から、審査を終えて帰ってきた所だ。コンテストの話や、依頼の話が色々できればと相手を探していたが、あちらから来るとは好都合なのか。
「あ、でも飲み過ぎたらいけませんよ」
「これは手強い!! だが大丈夫だ、水も飲む!! あ、そっちやつもどうだ!?」
佐久間 啓が足を止めた。
「ん? じゃあ、お願いしようかな」
「お菓子あるー?」
ついでに、八百万円も来たという。
誰かの面影を探しながら、御堂 那岐は辺りの見回した。やっぱり、いないか。
だが、気になる人と交流を深められたら……それは確かに素晴らしい事である。だが那岐が思い描いていることは叶わないらしい。
女装こそせず、席につく。並んだ缶を両手で持ってから、一気のみを始めたのであった。
シトルーン・莉汎は黄色の美しいそれを口に含んで、味わう。
「このだし巻き卵、ふわふわでおいしいですね。んふふ」
まだまだ未成年な彼女であるから、アルコールなんてもっての他ではあるものの。居酒屋って、美味しいじゃない。
外の花火の音、あっちの人だかりも嫌いでは無いのだが。
「これがアサリの酒蒸し? なんだかボンゴレビアンコ、パスタ抜き、みたいですね」
と色々な料理を楽しめる分、こちらのほうが大正解であったか。早く大人になれば、アルコール摂取できもちよくなって、おつまみも更に美味しく感じるのだろうか。
そう、大人の憧れを抱いて。
日が落ちてから雰囲気は変わる。
夏の暑さよりは秋の涼しい風を感じる時期であるからこそ、新田・成は妖しい笑いを浮かべていた。
冬~春に造った新酒を半年寝かせて、味が乗った秋口に蔵から出荷されるお酒、即ちひやおろしの季節。
「新酒のフレッシュな飲み口も良いですが、酒の真価が問われるのはひやおろしですね」
最早文を改変して書くのもこれよりいい言葉が見つからない為、プレイングそのままなのは許しを請いたい。
「こりゃ賑やかで結構なこったねえ。ま、俺たち日陰モンは、隅でしんみりとやろうぜ」
渚 タクヤがニィと笑えば、保茂田 茂美と長門龍虎も一緒になって妖しく笑った。
「けどそっちは、烏龍茶とは一体」
「うるせーいい年こいて宴席で酒も飲まねえなんざ締まらねえが、このナリだ」
龍虎はタクヤの脇腹を、ヒジで小突きながら茶化した。一方龍虎と茂美はいけるクチだ。まるで底の空いたバケツのように、飲んでも飲んでも限界が見えないように飲んでいく。
「お、いけるクチじゃねえか、おまえら。ぐーっといけ、ぐーっと」
更にタクヤも雰囲気に酔う。居酒屋とはお酒も大事だが、雰囲気が何より良い。楽しい所だ、誰もが無礼講になる、簡易な楽園。
「ところで龍虎、お前なんで俺のチームに入ったんだ?」
素朴な質問だ。茂美の興味本位、だが龍虎はバツが悪そうに顔を顰めた。
「それは……」
恐らくかくかくしかじかあるのだろうが、此処はオフレコ。一旦音声が全部途切れて、再びついた頃には話は終わり。
「あ、今の口外したら吊るすからな??」
「いいよいいよ、お前は女だが良い奴さ、気に入った」
「世の中、色々あっからなぁ」
なんだかしんみりしてしまった雰囲気だ。茂美も酒を飲む手を止めて、タクヤは空いたグラスを一か所に集め始めた。
「あー……でも今日は飲まねばやってられん。愚痴とかあるわけじゃないけどそんな気分」
龍虎に何があったかは、天の声としては定かではないが。呑めよ歌えよ、今日はそこの二人がきっと楽しくしてくれる。
という所で茂美が勢いよく立った。
「丁度いいからここで宣言しておくぜ。俺はFIVEでいい男になる!!」
「「おおー」」
突然の宣言に、二人は手を叩いて応援した。その願いは、純粋無垢。
が。
「そして沢山の男を掘って掘って掘りまくる、よろしくな!!」
あ、あうと~!!?
●
「かわいらしいですねっ」
おニューの水着に身を包み、秋ノ宮 たまきは鏡の手前でくるっと一周した。
「そ、そうかなっ! コンテストはさ、恥ずかしくて辞退だったけど……」
三峯・由愛がにこりと笑いながら、たまきは恥ずかしそうに両手が行き場を失くしてうろうろしている。
コンテスト、あの檀上に上がってアピールするだなんて。それは結構恥ずかしいことだから、仕方ないかもしれない。
「それにしても由愛も覚者になるなんて運命感じちゃう、ホントはずっと心細かったの、相談できる相手ができてよかった」
「こっちも……なんて偶然だろうね。神様に、感謝しなくちゃ」
二人は両手を繋いで、再び笑顔を見せあった。そこに居る二人は、二人の覚者ではなく、二人の女子学生である。
たまきが由愛の腕を引っ張り、プールに入る。水を掛け合いながら、青春を、楽しく生きていけるように願い合った。
今年の夏は、想像以上に夏らしいことを満喫したという賀茂 たまき。
だがそれだけ色々な場所に言っておきながら、唯一、プールだけは行っていなかった。なんたる失態、ここで取り返さなければ。
恥ずかしながら、泳げないから泳げるようになりたいと前向きな考えを持ちながら、いざ、ビート版を持って蹴ったものの――。
コンテストに参加しないの?だって。
小石・ころんはこてん、と首を傾ける。
「そりゃころんはかわいいからコンテストでも結構いい線行くと思うけど、この水着はステージの上よりもプールの中で見るほうがかわいく見えると思うの」
檀上だと、全部が全部重力に従うからね。
「お花が水にひらひら靡いて、地上で見るよりずっとかわいいの。ねぇ、そう思わない?」
――ころんにぶつかった賀茂たまきが、ビート版を滑らせて落ち、沈んでいく。
「ちょっ、ちょっ!!」
「はいは~い。私がプールの監視員やりまーす。危険をみつけたら素早くたすけにいくよ~」
監視員にしては些か過激なビキニで、黄色いメガホンを持つシャロン・ステイシー。
「って言った傍から!!」
シャロン、プールサイドを蹴ってから弧を描いて水の中へとダイブ。
「泳ぎたかったんです……」
「うん、それはわかる、頑張ってたもんね~、よしじゃあ教えてあげよう!」
食後の運動、いちに、のさん。身体をいくから動かしてから、プールの中に入って、壁を蹴るジア・朱汰院。
競泳用のそこで、端から端まで、行ったり来たり。どこからその大量が出て来るのか、暫く泳ぎはノンストップで続いていたという。
折角の水着だ、遊ばねば損損!
守衛野 鈴鳴は煌めき輝くプールに、同じく瞳を輝かせるのだが。実は、鈴鳴、泳げない。
「お恥ずかしい、話です……」
「任せて! 今年の夏が終わる頃には10キロは泳げるようになってるわ」
「ぁたっっ」
清衣 冥は落ち込む鈴鳴の背中をバァン!!と叩いてから胸を張った。練習大好きな冥としては、すぐにでもいますぐにでも始めたいくらいに楽しみわくわくどきどき。
「鈴鳴、君の水着姿は見事であったな。私の評では特等に値する。冥、出場こそしなかったが、君の水着も見事なものだ。胸を張りたまえ。
さあ、華麗な装飾の役目はこれまでだ。水着には、水着たる本分を存分に全うさせようではないか―――あー、聞いてないな」
伊弉冉 紅玉が言い終わる頃には、冥が既に飛び込み、クロールを始め、鈴鳴もそれを見ていた。
それから冥は沈んだかと思えば、守護使役の力を使って長時間せんすいから出てこない。死んだのでは無いかと、上では鈴鳴が焦っていたのを紅玉が宥めていた。
「さー! こんな感じだ、次はそっちの番だ!!」
「泳ぎ、素晴らしかったぞ! 次は一緒に泳ごうか」
と冥は出て来ては、鈴鳴と紅玉の手を引いた。
「あぁぁでもまだ見ただけで実戦はちょっと」
「まだ水が怖いとかかー!? ならこうだ!」
足がまだ着く場所で、三人は水をかけあった。まだ火照っている紅玉や鈴鳴の身体には水は冷たく、心地好く。
「ああ、水遊びは心地よいものだ。それが、朋友との遊泳であれば尚更」
「また来年も、こうやって紅玉ちゃんや冥ちゃんと遊べたらいいなって思います!」
「ああ、だが。まだ始まったばかりであるぞ」
紅玉は水面を撫でてから、雫を飛ばした。
おいっちに、さんし。
其の頃、杠 エリカは、
「ふぅ、準備運動は疲れるの……」
と呟きながらも、身体を動かし続けた。ふと見れば、直線状の浅瀬の部分で水を掛け合う三人。
何かを感じたエリカは走り出す。何してるの!って言いだす為に、いっしょにあそびたいって言う為に――。
「凛音ちゃん! 水着! お母さんに用意してもらったんだぞ!!」
「あーはいはい。可愛い可愛い」
神楽坂 椿花は、両腕を上げながら水着をアピール。対して、香月 凜音はそっぽを向きつつ、慣れた手つきで彼女の頭をぽんぽんと撫でた。
「フフーン! 可愛いって褒められたんだぞ!」
「で。何したい?」
「椿花、凛音ちゃんと一緒に遊びたいんだぞ!」
「じゃあ泳ぐか。浮き輪いるか?」
これまた慣れた手つきで浮き輪がどこからともなく凜音の腕に収まっていた。さあいくぞ、と椿花の手首を掴んで歩き出したが、彼女は引きずられるようにして動かなかった。
「シャチ……シャチの浮き輪、ちょっと乗ってみたいんだぞ」
椿花が、人差し指を口にくわえながら言った。嗚呼、そうか。視線の先には大きなシャチの、浮き輪。
「シャチねぇ……。はいはいお姫様」
どうやら、あれは貸し出されているそうな。
「じゃあ取ってくるから、大人しくな?」
お兄ちゃんがそういえば、椿花の表情は笑顔で満開になったという。
檜山 樹香は折角だからと、新しい水着に身を包んで学校のプールの上でのんびりうかんでいた。
ドーナツ型の、大きな浮き輪の上。足と腰だけ水面につけて、あとは水が流れるままに流れていく。ここに飲み物とかあれば完璧なのだが、我儘は言うまい。今でも十分に幸せだから。
日傘を閉じて、綺麗に畳んで地面に置く。なに、盗む輩なんていないだろう大丈夫。それよりも、
「水着に着替えたのですし、少しは泳いでみましょうかね……」
巫部 黒枝は足先を水面につけ、水温を確認してからゆっくりプールの中へと入っていく。
泳ぐ……というよりは、仰向けになって浮かんでいるという形に近いのだが。耳は水の中に入って、外の音は聞こえず。ただ、見つめる天井も水面に反射した光のおかげで何時もとは違って見えた。
「寝ちゃう、かも」
と瞳を閉じて。沈んで助け出されるまであと少し。
夕陽に染まった、赤色のプール。恐らくこの時間で無ければ、見れない特別なライトアップである。
七海 灯は背泳ぎで水面を滑って行きながら、ふと、昔の事を想いだした。
家の事、家族の事を連鎖的に思い出してしまい……滑らかに泳いでいた身体を、水中へと沈ませていく。そうすれば、涙だって出ているのか解らなくなるから。
無理を言って家からここに来たのは私なんです、少しでも成長してから帰らないと家族の皆に合わせる顔がありません。
それは彼女が抱えた、十字架であった。
誘ったのだが、赤鈴 炫矢は水着では無く白Tにショートパンツだ。いつもと違うのは、少し頬が紅潮している所だ。間も無く、雛見 玻璃はやってきた。だが、瞳があったのは一瞬で、すぐに炫矢は明後日の方を向いてしまう。
ずれた視界を折って、玻璃は彼の顔を覗き込む。
「どこ、見てるの?」
言えるものか、綺麗だと。直視できるものか、綺麗だから。
程なくして、玻璃はプールの中へと入った。
「キミも入れば?」
「……う、うん」
水の中の彼女も綺麗だ。パレオがプールの中で揺れ、細い身体に雫が散って、輝いている。
見惚れていたら、炫矢の腕を強く引っ張った玻璃。
「うわっ!」
「たまにはイイでしょ?」
意地悪く笑う彼女の瞳に映った自分はどんな顔をしていた事か。
――誘惑に負ける理由を知った気がする、なんて。
張 麗虎は、プールの中で揺れる身体を起こした。
まだ少し、友達は少ないものの
「いいえ……これでいいのです! 鍛錬だと思えばなんの問題ありません」
と両手をグーにして、意気込んだ。鍛える事は、悪い事では無い。確かにそうだ、プールは特にいい運動になる。
「まずはクロール50メートル!背泳ぎ50!平泳ぎ50!バタフライ50!強者になるにも素敵な女性になるためにもこの張麗虎。努力は怠りません!」
明日の筋肉痛が、怖い気もした。
夜。ナイトプールは淡い光に彩られて、ミステリアスな雰囲気。恋人同士の愛を祝福しているのか、それとも煽っているのか。
冷泉 椿姫はアーレス・ラス・ヴァイスと一緒に、プールの中。一通り泳いで、疲れた腕を水の流れに任せる。
「アーレス、大好きですよ」
椿姫は、アーレスの程よく鍛え上げられた身体に、自身の身体を預けた。
大好き――なんて言葉、もう幾度言った事か。とっくに数える事さえ、忘れている。
アーレスとしては、細い彼女の身体は抱きしめてしまえば壊れてしまうのでは無いかと思う程。優しく、けれど離さないように抱きしめて、
「僕も大好きだ、椿姫」
と、彼女の火照った耳へと囁いた。そのとき、一瞬だけアーレスの表情が悲しみ帯びたのだが、過去の追憶がそうさせたのか。
「ふふ、くすぐったい」
受け止めてくれる優しさが、とても心強くて。最早椿姫の身体は完全に力を抜いて、彼にもたれている。
アーレスは、もう一度笑いながら、今度は強く抱きしめた。
緊張せずに身を預けられるこの関係が、どんなに幸福か……貴方は、知っているのかしら。
――私にこの幸福が許されなくともせめて今は、これが泡沫の夢でも。
「榊君、待った?」
「待った」
式宮 ひふみは、少々頬が膨れた榊 祐也に申し訳無さそうに、遠慮気味に笑った。
どうせ待たされる、分っていた裕也。待った分、楽しませて貰えればそれでいいと思ったが、あえて言わない意地悪さ。
それにしても、だ。プールが七色に淡く光りながら、上を見れば月明り。程よく暗いその場は、描いたデートスポットそのものである。
だがそれよりも、
「水着綺麗だぞ、ひふみ」
「ふふ……ありがと」
褒めるのは、褒められるのは嬉しい事だ。だが、ほんとうは……ひふみは、水着では無く自身を見て欲しいと思ったのだが。
対して裕也は、水着姿を誰にも見せたくないと思っていた。ちょっとした行き違いだが、二人を煽り煽られ気になってしまう良い薬なのかもしれない。
「私、あれやりたいの」
ひふみが指さすのは、高台からプールへ飛び降りるそれ。大体な……おちゃめにもワイルドな彼女に、裕也は苦笑した。
覚者の一日はこうして過ぎていく。
明日からの依頼も、学校も仕事も、お遊びも。全てひとつの思い出となり、成長する組織。
それが、F.i.V.Eである。
■シナリオ結果■
大成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『夏の思い出』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員
カテゴリ:アクセサリ
取得者:全員

■あとがき■
※無料シナリオの為、MVP獲得時のモルコイン配布はございません。
