《真なる狩人》夜光る有明月に照らされて
●憤怒者の防衛
古妖狩人。
古妖を狩る憤怒者集団である彼らは、覚者に心を読まれることを前提に徹底的に本拠地の場所を隠していた。何かあったときの移転の準備も怠らず、情報が漏れたと思ったときにはすぐに移動できるようにしていた。
事実、昨今の覚者の奪還作戦を受けて移転の計画案が上がってきたほどである。計画は三日後に決議され、早ければ年内中に本拠を引き払う予定になっていたのだ。
故に――
「覚者が攻めてきたぞ!」
その緊急警報に古妖狩人の長である平山正彦は驚きを隠せなかった。何故この場所がわかったのだ? 何処から情報が漏れた? いや、それよりもこれだけの数の覚者組織がどこに存在していたのだ?
彼らの目的は古妖奪還と、自分達の殲滅だろう。なんということだ。今までこつこつ積み上げてきたものを力で簒奪しようなど。これだから変な力に目覚めた者は……!
喚いている余裕はない。被害を最小限にするために、何をしなければいけないか。それを考える。
逃げる? 無理だ。おそらく四方は囲まれているだろう。
降伏する? それこそまさか。憎き覚者の軍門に下るなどありえない。
ならば戦うしかない。すでに戦闘員は各方面で戦っている。攻めてきた覚者をせん滅し、それを手土産にイレブン幹部に伸し上がるのだ。
「エネルギー66%! 各関節部位異常なし!」
「アーム1から4、オールグリーン!」
「主砲、安全装置解除!」
「多脚戦車リョウメンスクナ、起動!」
整備士たちの声を聴きながら、多脚戦車に乗り込む平山。大型の古妖を相手取るために作製された兵器だが、まさか実用テスト前に覚者相手にすることになろうとは。
鋼の咆哮が工場内に響き渡る。来るがいい覚者共、一掃してくれよう。
●古妖を捕らえた場所
そして地下。古妖狩人が捕らえた古妖達を閉じ込める区画では。
「覚者が攻めてきたみたいだな」
「ああ。折角捕まえた古妖(サンプル)を奪わせるわけにはいかない。あいつらが今以上に強くなるなんて耐えられないからな」
言いながら銃を手にして、施設のスイッチをONにしていく。古妖逃亡防止用の為のセキュリティを、侵入者にも向けるスイッチだ。
警報、防火扉、迎撃用のレーザー。それを通り抜けても古妖を閉じ込めた扉は分厚く、複雑な錠で硬く閉ざされている。
最低限の見張りを置き、憤怒者達は戦場に向かう。攻められたのは予想外だが、ここで奴らを制圧してくれる。
●古妖達の恨み
イタイヨ、イタイヨ……
クルシイヨ、クルシイヨ……
タスケテ……ココ ハ ツメタイ……
ニンゲン ナンカ……コンナメ ニ アワセル ニンゲン ナンカ……
『死ンデ シマエバ イインダアアアアアアアアアア!』
●FiVE
「まずはお疲れさまだ。皆の活躍で古妖狩人の本拠地の情報を得ることができた」
中 恭介(nCL2000002)は集まった覚者達を労う。憤怒者達は徹底して情報を遮断していたが、彼らの使った武器の購入ルートからその本拠地を数か所に絞ることができた。そこから潜入調査などで特定に難航すると思ったのだが……。
「最終的には彼の『古妖の気配を感じることができる』能力を使って、その候補から一つに絞ることができた」
恭介が紹介したのは、十代の少年だった。その傍らにふわふわと人魂が浮いている。未知の因子をもつ少年覚者。名前を安土八起という。古妖との絆により因子発現したという未知の因子持ちだ。
決め手こそ彼の技能によるものだが、その候補を絞ったのは間違いなく覚者達の戦いの結果だ。数百の候補から絞るのと数個の候補から絞るのでは、労力と時間は段違いだ。
「当初は憤怒者部隊と戦う戦闘部隊と、捕らわれている古妖を助ける救出部隊の二つに分かれる予定だったのだが……」
「だが?」
「少し厄介なことが起きた。今までこの工場で古妖狩人に殺されてきた古妖達の怨念が実体化し、暴れだしている。放置すれば憤怒者や我々だけではない。近隣の町まで被害が拡大するだろう」
夢見の予知夢から出した被害予想を示した地図。赤く塗られたその範囲を見て覚者達は唸りをあげる。これを放置することはできそうにない。だが、怨念を押さえ込むには戦力が足りない。
「あの……無理に倒さなくてもいいんじゃないでしょうか?」
そんな空気に風を入れるように、八起が手をあげる。
「僕の村に住む土蜘蛛の矢代様が教えてくれた鎮魂の儀というのがあるんです。それであの古妖の魂を納めることができれば……すみません、素人の考えで」
沈黙に耐えかねて案をひっこめる八起。
だがその沈黙は否定の静寂ではない。思考期間の沈黙だ。
「古妖の伝えた儀式……どの道今の戦力で全てを押さえることはできない……試してみる価値はあるかもしれない。
よし、儀式の内容を教えてくれ。君は護衛を含めた覚者達と一緒に現場に向かってくれ」
「え? ……はい。よろしくお願いします」
恭介のGOサインに頷く八起。
「よし。改めて状況説明だ。憤怒者達を相手取る戦闘部隊。捕らわれた古妖を救出する救出部隊。そして古妖の魂を鎮魂する鎮魂部隊。この三つに分かれて行動してくれ。
ここで決着をつけるんだ。頼んだぞ、皆!」
下弦の月に照らされて、今覚者達の戦いが始まる。
古妖狩人。
古妖を狩る憤怒者集団である彼らは、覚者に心を読まれることを前提に徹底的に本拠地の場所を隠していた。何かあったときの移転の準備も怠らず、情報が漏れたと思ったときにはすぐに移動できるようにしていた。
事実、昨今の覚者の奪還作戦を受けて移転の計画案が上がってきたほどである。計画は三日後に決議され、早ければ年内中に本拠を引き払う予定になっていたのだ。
故に――
「覚者が攻めてきたぞ!」
その緊急警報に古妖狩人の長である平山正彦は驚きを隠せなかった。何故この場所がわかったのだ? 何処から情報が漏れた? いや、それよりもこれだけの数の覚者組織がどこに存在していたのだ?
彼らの目的は古妖奪還と、自分達の殲滅だろう。なんということだ。今までこつこつ積み上げてきたものを力で簒奪しようなど。これだから変な力に目覚めた者は……!
喚いている余裕はない。被害を最小限にするために、何をしなければいけないか。それを考える。
逃げる? 無理だ。おそらく四方は囲まれているだろう。
降伏する? それこそまさか。憎き覚者の軍門に下るなどありえない。
ならば戦うしかない。すでに戦闘員は各方面で戦っている。攻めてきた覚者をせん滅し、それを手土産にイレブン幹部に伸し上がるのだ。
「エネルギー66%! 各関節部位異常なし!」
「アーム1から4、オールグリーン!」
「主砲、安全装置解除!」
「多脚戦車リョウメンスクナ、起動!」
整備士たちの声を聴きながら、多脚戦車に乗り込む平山。大型の古妖を相手取るために作製された兵器だが、まさか実用テスト前に覚者相手にすることになろうとは。
鋼の咆哮が工場内に響き渡る。来るがいい覚者共、一掃してくれよう。
●古妖を捕らえた場所
そして地下。古妖狩人が捕らえた古妖達を閉じ込める区画では。
「覚者が攻めてきたみたいだな」
「ああ。折角捕まえた古妖(サンプル)を奪わせるわけにはいかない。あいつらが今以上に強くなるなんて耐えられないからな」
言いながら銃を手にして、施設のスイッチをONにしていく。古妖逃亡防止用の為のセキュリティを、侵入者にも向けるスイッチだ。
警報、防火扉、迎撃用のレーザー。それを通り抜けても古妖を閉じ込めた扉は分厚く、複雑な錠で硬く閉ざされている。
最低限の見張りを置き、憤怒者達は戦場に向かう。攻められたのは予想外だが、ここで奴らを制圧してくれる。
●古妖達の恨み
イタイヨ、イタイヨ……
クルシイヨ、クルシイヨ……
タスケテ……ココ ハ ツメタイ……
ニンゲン ナンカ……コンナメ ニ アワセル ニンゲン ナンカ……
『死ンデ シマエバ イインダアアアアアアアアアア!』
●FiVE
「まずはお疲れさまだ。皆の活躍で古妖狩人の本拠地の情報を得ることができた」
中 恭介(nCL2000002)は集まった覚者達を労う。憤怒者達は徹底して情報を遮断していたが、彼らの使った武器の購入ルートからその本拠地を数か所に絞ることができた。そこから潜入調査などで特定に難航すると思ったのだが……。
「最終的には彼の『古妖の気配を感じることができる』能力を使って、その候補から一つに絞ることができた」
恭介が紹介したのは、十代の少年だった。その傍らにふわふわと人魂が浮いている。未知の因子をもつ少年覚者。名前を安土八起という。古妖との絆により因子発現したという未知の因子持ちだ。
決め手こそ彼の技能によるものだが、その候補を絞ったのは間違いなく覚者達の戦いの結果だ。数百の候補から絞るのと数個の候補から絞るのでは、労力と時間は段違いだ。
「当初は憤怒者部隊と戦う戦闘部隊と、捕らわれている古妖を助ける救出部隊の二つに分かれる予定だったのだが……」
「だが?」
「少し厄介なことが起きた。今までこの工場で古妖狩人に殺されてきた古妖達の怨念が実体化し、暴れだしている。放置すれば憤怒者や我々だけではない。近隣の町まで被害が拡大するだろう」
夢見の予知夢から出した被害予想を示した地図。赤く塗られたその範囲を見て覚者達は唸りをあげる。これを放置することはできそうにない。だが、怨念を押さえ込むには戦力が足りない。
「あの……無理に倒さなくてもいいんじゃないでしょうか?」
そんな空気に風を入れるように、八起が手をあげる。
「僕の村に住む土蜘蛛の矢代様が教えてくれた鎮魂の儀というのがあるんです。それであの古妖の魂を納めることができれば……すみません、素人の考えで」
沈黙に耐えかねて案をひっこめる八起。
だがその沈黙は否定の静寂ではない。思考期間の沈黙だ。
「古妖の伝えた儀式……どの道今の戦力で全てを押さえることはできない……試してみる価値はあるかもしれない。
よし、儀式の内容を教えてくれ。君は護衛を含めた覚者達と一緒に現場に向かってくれ」
「え? ……はい。よろしくお願いします」
恭介のGOサインに頷く八起。
「よし。改めて状況説明だ。憤怒者達を相手取る戦闘部隊。捕らわれた古妖を救出する救出部隊。そして古妖の魂を鎮魂する鎮魂部隊。この三つに分かれて行動してくれ。
ここで決着をつけるんだ。頼んだぞ、皆!」
下弦の月に照らされて、今覚者達の戦いが始まる。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.憤怒者の戦闘不能
2.古妖の救出
3.鎮魂の儀の成功
2.古妖の救出
3.鎮魂の儀の成功
真に狩人たるは果たしてどちらか?
行える行動は大きく分けて下記四つとなります。
プレイングの冒頭に【憤怒者戦】【古妖奪還】【鎮魂ノ儀】【自由行動】より一つを明記してください。
1、【憤怒者戦】
工場内で待ち受ける憤怒者達と戦います。工場内には戦闘を邪魔するものは何もなく、広さも十分なものとします。
百二十人の憤怒者と、大きさ五メートルの多脚戦車『リョウメンスクナ』が待ち受けています。ですが憤怒者の数は『中継点襲撃』依頼の成功数×十名減少します。
憤怒者達はナイフ〔出血〕や電磁警棒〔麻痺〕の前衛が六割、後衛から銃で撃ってくる者が四割の構成です。強さは覚者よりやや弱い程度。
多脚戦車は四本の足(ハイバランサー相当)と四本の腕(各腕にHPが存在。物理近接の列と貫通攻撃持ち)、そして二つの主砲(特殊遠距離の敵全体、溜3)を持っています。搭乗口は硬く閉ざされているため、通常の手段では直接操縦主を狙うことはできません。
ここの人数が少ないと、【古妖奪還】【鎮魂ノ儀】などに援軍が向かう可能性があります。
2、【古妖奪還】
工場地下、数多のセキュリティシステムと憤怒者が守る牢屋です。古妖が捕らわれており、神秘解明のFiVEの理念から古くからの知識を持つ彼らを救うことが求められています。
殆どの憤怒者が戦いに向かっており、残っている者は二十名ほどです。
警報(感知式、発動すると憤怒者の援軍が来る)、防火扉(鉄の扉。純粋な防壁&戦闘時は憤怒者の物理防御UP)、迎撃用のレーザー(特殊攻撃の貫通)が存在します。これらはセキュリティルームで管理されていますが、そこにも憤怒者は待ち構えています。
それらを突破したのちに、古妖を閉じ込める扉があります。扉は分厚く、鍵は誰が持っているのかわからない状態です。
戦闘よりも技能などを使ったスニークミッションになります。混乱時なのでしっかり計画立てれば不意を突くことも可能ですし、適切な技能とプレイングで戦闘を回避することも可能です。事前に地図は渡されているため、あとは作戦次第です。
3、【鎮魂ノ儀】
古妖狩人に殺されて人間に恨みを持つ古妖の怨念。これを浄化するための儀式を行います。
NPCの安土八起から教えてもらった儀式を執り行いますが、儀式の間古妖の怨念が黙っているわけではありません。人間を見れば襲い掛かってくるため、適切な守り手と儀式の合間に回復を入れる必要があります。
その際のダメージ……つまり犠牲になった古妖の数は、『中継点襲撃』依頼の成功数に応じて減少します。
その儀式の内容ですが……有り体に言えばお祭りです。舞い踊り、歌い、そして食物を捧げる。八起曰く『食物(木)を捧げ、明かり(火)の元に集い、大地(土)に舞い、空(天)に歌声を響かせ、神酒(水)で清める』とのこと。適切なプレイングと技能により、その効果は増していきます。
プレイング重視の心情系になります。貴方がどのような思いで儀式に挑み、古妖に何を伝えたいのか。それが重要になります。
4、【自由行動】
どこに行くか迷っている方、あるいはこれら以外の行動をしたい方はこちらに。
迷っている方は人数が少ない場所に割り振ります。様々な発想と行動が事態を想定外の方向にもっていくかもしれません。
すべては貴方の発送次第です。
●プレイングについて
基本的にキャラクターは適切な場所(前衛中衛後衛)につき、適切な攻撃方法で攻撃するものとします(戦闘プレイングは『場所:前衛。攻撃方法:火柱と閂通し』で十分です)。
この上でプレイングによって乱数などに上方修正が乗ります。
●魂について
魂は使用すれば必ず奇跡を起こしますが、依頼の絶対成功を約束するものではありません。依頼の成否はあくまでプレイングがベースです。
白紙かそれに相応するプレイングで魂を使われた場合、奇跡がどのような影響を及ぼすかはSTが判断します。『敵を殺す』としか書かれていないプレイングでの奇跡なら、敵一人がいきなり心臓麻痺で倒れるだけで終わるかもしれません。『皆を守る』としか書かれていないプレイングでの奇跡なら、参加者全員を小石程度の脅威から守る程度で終わるかもしれません。再度繰り返しますが、依頼の成否はあくまでプレイングがベースです。
以上のことを理解したうえで、よろしくお願いします。
●決戦シナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼相当です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】という タグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
相談期間が他≪真なる狩人≫より一日長いですが、相応に相談の必要があると思って挑んでください。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
8日
8日
参加費
50LP
50LP
参加人数
139/∞
139/∞
公開日
2015年12月22日
2015年12月22日
■メイン参加者 139人■

●真なる狩人:始
「さあ頑張るぞー!」
「突撃するにゃ!」
天十里と真央の元気な叫び声と共に、覚者達は古妖狩人の工場内になだれ込む。
鬨の声をあげて憤怒者達に突撃する部隊。
戦乱に紛れ、古妖やその資料などを奪還しようとする部隊。
発生した古妖の怨念を静める部隊。
様々な思いを込めた覚者の足並みは、しかし乱れることなく戦場に向かう。
●憤怒者戦:壱
「さあさ、戦の始まりじゃ。覚悟せい、者共!」
先陣を切ったのは樹香だ。薙刀を手にして鬨の声をあげながら、一気呵成に突撃していく。群がる憤怒者を見据え、しっかりと地面を踏みしめて腰を振るう。薙刀を横一線に振り払い、文字通り憤怒者達を薙ぎ払った。
「こちらの方が数は少ない。なればこそ、仲間との連携と各々の奮戦が鍵じゃ。油断も驕りも、慢心もせぬ。同情も、怒りもじゃ」
樹香の言葉に嘘偽りはない。敵の数は多い。そして樹香に油断も驕りも慢心もなかった。憤怒者を敵と認め、その経緯に同情も怒りもない。ただ倒すべき敵以上の認識はない。静かに、だけど可憐に戦場に舞う刃の花の如く。
「いっくよー! かりゅーどやっつけさくせんかいしっ!」
元気のいいククルの声が工場内に響く。両手にステッキを手にして、くるりんと回転してポーズを決める。手に生まれた緑の鞭を振るい、迫る憤怒者を片っ端から殲滅していく。難しいことは考えない。とにかく目の前の敵を倒すのだ。
「とにかく憤怒者を時間一杯やっつければOKだよねっ。それならミラノにもわかりやすくて簡単っ♪」
と言うククルだが、彼女は単に目の前の敵を倒すだけのマシンではない。傷ついた仲間がいればすぐに癒して回る優しさも持っている。どのような状況でも明るく、そして優しく。ククルという覚者は非情な戦場においても優しい心を失うことなく戦い続ける。それが彼女の最大の強さだ。
「オレもいくぜー!」
太く大きい鉄パイプを手に罪次が憤怒者の群れに躍り出る。覚醒して二十歳ぐらいの青年になった罪次は、ネジが外れたように楽しそうに戦っていた。そういえば一般人だからあまり殺しちゃダメなんだっけ? それを頭の片隅に留めてはいるが、勢いは止まらない。
「オマエら、古妖のこと、イジメて楽しんでたんだよなー? ヒトにされてヤなコトしないのがフツーなんだろー?
んじゃあオマエらは、イジメられるだけの覚悟ができてるってことだ!」
笑顔のまま告げる罪次。子供の理論だが、正鵠を得ている。反論する余裕すら与えずに 罪次は神具を振るい進んでいく。大きく振り上げて叩きつける。野球のバットの様に構えて、全身の筋肉を使い振りかぶる。
「まあ、まずは敵の頭数減らしに勤しもうか」
頭の中で戦場を構築する懐良。憤怒者の最大戦力はあの戦車だが、それを討つためにはかなりの数の憤怒者を廃さなければならない。兵法者は常に冷静に。戦略上の勝利を定め、そこにたどり着くように道を構築するのだ。
「『趁火打劫(ちんかだこう)』……火に付け込んでおしこみを働く。この勢いのまま攻めて、FiVEに利する者を得ることができればな」
自分たちを囮にして奥に向かった奪還部隊のことを考える。彼らが安心して行動できるよう、ここで大きく派手に動くことは正しい。戦場の制圧、情報の収集、怨念による被害の減少。憤怒者の注意を引き、すべての作戦を成功させるのだ。
「ここで、出来る限り敵を倒さないとですね」
心の炎を燃やし、秋人は戦場を駆ける。憤怒者達の動きを先読みし、敵陣の穴をつくように動く。今何が必要なのかを頭の中で決め、仲間の進軍を最優先にして行動するのだ。今は敵の数を減らすことを考え、一気呵成に攻め続ける。
「回復過剰にならないように……と思いましたが、どうやら遠慮はいらないようですね」
多くの憤怒者と多脚戦車。それらが与えるダメージは、源素の力がなくとも苛烈だ。秋人は一旦足を止め、回復に回る。源素の力を含んだ霧が広がり、仲間の傷を癒す。憤怒の濃い戦場において、優しい癒しが広がっていく。焦るな。戦いはまだ始まったばかりだ。
「傷ついた人はこちらに。立て直しながら進軍しましょう」
「回復援護はボク達に任せてくださいっ」
『ノートブック』を手に太郎丸が声を張り上げる。小さく、そしてまだ幼さが残る太郎丸だが、誰かを守りたいと思う意思は一人前だ。憤怒者の視界を奪うために霧を放ち、隙あらば稲妻で攻める。そしてその動きはすぐに回復にシフトしていく。
「誰も……誰も死なせはしません。みんなで明日を迎えるんですっ」
本で得た医学の知識。それを元に仲間の疲弊具合を確認しながら、太郎丸は回復を施す。普段は引っ込みがちな彼だが、だからこそ日常の大事さが理解できる。明日皆で笑っていつもと変わらない日々を過ごすために、ここで命を削って戦いに挑む。負けやしない。負けるわけにはいかない。自分達の日常だけではない。捕まった古妖達の日常を取り返すのだ。
「はいはいはーい! 憤怒者の皆さんご機嫌如何ですかー!」
普段はローテンションな治子だが、覚醒すれば反転する。愛銃『風邪ひきマリー』を手に、元気よく憤怒者に銃撃を加えていた。頑丈さの代償に重く機動性に欠けると言われる愛銃を、何の苦も無く扱う治子。
「皆さん酷過ぎですね! 見てて腹立ちますね! おこなのですねー! 治子さん怒りの鉄拳ですよー! 鉛玉ですけど!」
怒りを弾丸でぶつける治子。彼女を知る者が見ればこの性格反転ハッピートリガーはいつもの事かと思うのだが、その根幹にあるのは治子の怒り。普段は自己嫌悪に陥る治子だが、それでも古妖狩人の横暴は許せるものではない。その怒りは反転することなく、素直に当事者にたたきつけられる。
「どっちが正しいかとかそゆのは知りません! 難しい事興味なし!」
「確かにな。正しい、ってことに意味はねえや」
頭を掻きながら駆はつぶやく。覚醒し、ラガーマンだったころの肉体に変化した駆は神具を振るい憤怒者を薙ぎ払っていく。
「偉そうなことは言えないさ、あんたらの言う通り俺達は化物だ。
人と違う力を持つ者。それを人ではないというのなら、それはそうなのだろう。
「でもなあ。俺は人間は好きだし尊敬してるが、お前ら個人のやってることを『はいそうですね』と受け入れるほど人間出来てねえんだよ!」
駆は『普通の人』の素晴らしさを知っている。世間を回しているのはいつだって『普通の人』だ。古妖狩人の知識も使い方によっては世間を変えていたのかもしれない。だが、
「振り返ってこのザマをよく見ろ! てめえらはとっくに、俺達と同じバケモンだ!」
「正論を言って聞くような連中なら、こうなっていねーですよ」
ため息をつくように槐が言葉を返す。対人戦は苦手だが、最後だからということで駆り出されていた。天の源素を体内に宿して身体能力を増し、盾を構えて一直線に前線に躍り出る。二度の対人訓練が効いているのか、その動きは的確だ。
「正直言うことも戦い方も単調で詰らない輩ですが、罷り通らせて頂きませうか」
最前線に身を置き、敵の足を止めながら回復と支援に徹する槐。霧で視界を奪い、味方の気力を回復し、そして傷ついた味方を癒す。憤怒者の攻撃を盾による防御で確実にいなしながら、しかし攻めることなく立ち続ける。それはまさに要塞。戦場にあって揺るぐことない戦いの起点となっていた。
「多人数で戦するならただ殴るだけでじゃなく、こういう脇の方が重要になるのですよ、意外と」
「おお、助かるぞ! では妾も行くのじゃ!」
両手に銃を構えて玲が戦場を進む。一時は魅了の視線を使って憤怒者に紛れようとしたが、この数全員にかけるのは無理と気づいて諦めた。小細工なしのスピード勝負。小さい体の利点を生かし、敵陣をひっかきまわすように動きながら攻める。
「小柄な身体をフル活用じゃ! 決してちっこいとは言わせぬぞ!」
二丁拳銃を構え、踊るように戦場を駆ける。二つの銃を時に交互に時に同時に撃ち、敵の中で踊るように戦う玲。強気に攻める玲だが、自分が力がないことは理解している。それでもその気概は崩さない。いつか理想の自分になるために、今日という戦いを糧にするために恐怖を押さえて戦いに踊る。
「貴様等! 妾の華麗なる一撃を食らうがよいわ!」
「おう! ここでさっぱり潰しとこーぜ!」
同じく強気で戦場に挑む燈。心の火を燃やし、神具に炎を宿し、エンジンフルスロットで敵陣に突っ込んだ。今まで利用されてきた古妖達の分も含めて、ここで古妖狩人を大炎上させてやる。憤怒者一人一人に刻むように燈は炎を叩き込んでいく。
「此処の奴ら抑えときゃ他んトコの奴らが上手い事やってくれるんだろ。なら力の限り倒しまくるぜ。
デカい玩具もすぐにボイルにしてやるよ!」
目線をあげればそこには多脚戦車。それを焼き尽くすと宣言する。だが目下は群がる憤怒者の数を減らすことだ。多人数を一気に殲滅する術式はないが、一人一人を確実に倒すことが肝要。憤怒者の電磁警棒をかいくぐり、その胸に炎を叩きつけた。
「この身はただ一個の鉄槌也! 行くぞ! うぉぉぉおおおおおお!」
最前線で叫びながら巌が拳を振るう。肉体に炎の力を宿らせ、憤怒者達を攻め続ける。憤怒者の攻撃を受けながら、ただ真っ直ぐに。それは我が身を顧みない特攻に似た戦い。憤怒者に突っ込み、ただ暴れる。
「この身命を炎として闘い抜けば! そして敵方の注意を集め! 他事へ意識を向ける余裕を奪えたならば!」
巌は器用に策を練るようなことはしない。器用に策を練るようなことはできない。自分を不器用と思っていることもあるが、それは仲間を思っての行動。自分に注意を集め、仲間の侵攻を助ける為。その為の自分。その為の肉体。己の弱さを理解しながら自分を最大限に生かそうと努力する。その気概を、誰が不器用と笑うことなどできようものか。
「さあ、ほのおよ、主に捧げしわがほのお。かの者達を、苦しまず、カミサマのもとへ」
祈るように手を組みながらキリエは炎を放つ。何重にも円が並び渦を巻く赤い瞳は、純粋な神への信仰を示すかのよう。浄化とばかりに炎を生み、それが神の救いであるとばかりに微笑むキリエ。その笑顔に、戦場で人を殺す陰惨な陰はない。
「悔い改めなさい、あなたたち。この世にあるすべては主のつくりしもの。それを粗末にし、あまつさえ弓引く行為。
あなたたちはカミサマのみもとで、きっちりしかってもらいます」
神が作りし命を我欲のままに扱う彼らに遠慮はいらない。神に裁いてもらい、その罪を贖うのが彼らの為なのだ。
「悪人も善人も等しく、わたくしのカミサマは愛すでしょう。ああ」
「ころんは別に古妖には思い入れも恩もないんだけど」
ころんは古妖狩人に特別な思い入れはない。古妖に対しても深い恩恵もないし、強いてあげるなら使用している術式が古妖由来というだけだ。だが、
「あんたたちの、そのやり口がかわいくない。殴る理由は以上なの」
『かわいくない』というのはころんに取ってとってもとっても重要な理由だった。可愛いかそうでないか。それがころんの判断基準。
「小石ちゃんの事は守るから……好きなだけ、やっちゃって?」
ころんのそばに立ち、紡が言う。身長差があるのはわかっているが、決まらなくとも言うべきことは言わなくてはいけない。明確な意思をもって、守ると宣言する。
「他の所の邪魔、なんてさせるわけにはいかないでしょ」
この戦場には紡の知り合いが沢山戦っている。その邪魔をさせるわけにはいかない。気乗りがしないのは事実だけど、出来ることはやらなくては。
ころんは覚醒して妙齢の女性に変化し、紡は腰から青色の翼を広げる。戦場に咲く花二つ。だがそれを摘むために憤怒者は迫る。
可愛さではなく、積み重ねられた礼節が生む優雅な動作でころんは水の術式を放つ。水水の守りを周囲に振りまき、仲間を憤怒の脅威から守っていく。そして仲間の傷に被さり、その傷の痛みを和らげていく。
青の羽を広げ、紡は敵を見る。その優雅さは思わず見惚れるほど。中性的な紡の唇が術式を紡ぎ、そのほっそりとした指が敵を指さす。その指示に従い天の源素が荒れ狂い、稲妻が憤怒者達を討ち貫く。
癒しの花と、稲妻の花。二つの花は敵を寄せ付けることなく、しかし優雅に咲き誇る。美しい花は夢を見ない。現実を知り、それでもなお己を貫く冷静さを持っているからこそその美しさを保つことができるのか。
「夜明けの刻だよ。……あんたらにとっては、禍時だね」
「ふふ、鴉と梟が夜明けを告げに来たよ……なんてね」
夕樹と遥の【青刻】は援護中心に戦っていた。
「逃がしやしないよ」
鴉こと夕樹は木の術式を使って味方の自然治癒力を活性化させ、隙あらばライフルを構えて憤怒者達を撃っていた。全身黒の少年は流されるままに異能の世界に足を踏み入れたが、決して己の意志がないわけでは無い。不義を働く憤怒者達に引き金を引くのは、まぎれもない夕樹の意志だ。
「無茶しないで……!」
梟こと遥は水の術式で戦場を癒していく。不器用な幼馴染のそばに立ち、前線で戦う人達に水の源素を振りまいてその傷を塞いでいく。憤怒者の攻撃は彼らの怒りを示すかのよう。その怒りを受けてなお、遥は自らの負の感情を押さえ込んでいた。怒りの表情を押さえ込み、癒しに徹する。
二人が支える前線は堅牢だが、憤怒者はそれ以上の数と暴力で攻めてくる。前線を突破した憤怒者が夕樹と遥に襲い掛かって来る。
「ハル、いくよ。離れないで」
「勿論! 負けられないからね……!」
夕樹と遥は申し合わせていたかのように互いの背中を守り、迫る憤怒者に攻撃を仕掛ける。夕樹は緑の鞭を振るって迫る憤怒者を打ち払い、遥は羽を広げて風の弾丸を生み憤怒者達を迎撃する。
回転するようにして攻撃の対象を悟らせず、目まぐるしく動く。それでいて互いの背中を敵に晒すことはなく、互いが互いを守るように黒と白の少年たちは憤怒者を退けていた。
その動きは幼馴染同士の息の合った動き。互いが互いを理解し、相手がどう動くかを分かったうえでの攻め。共通の怒りを持つ憤怒者達よりも、遥かに固い絆で結ばれた二人の舞。それは途切れることなく回り続けていた。
覚者達の奮闘により、憤怒者の数は確実に減りつつある。
だが戦いの趨勢はまだ決してはいなかった。
●古妖奪還:壱
憤怒者と戦う覚者に紛れ、その何割かが工場内になだれ込む。目的は狩人に捕らわれた古妖の奪還。
だがその前に、
「こういう襲撃で、戦闘員が取る行動は迎撃って決まってる。じゃあ、非戦闘員は?」
聖華は一人、工場の裏手に回っていた。その疑問に答えるかのように立ち並ぶ車と、そこに何かを運んでいる者たち。
「証拠隠滅、重要な研究の持ち出し、我先にと避難。そんなところさ」
笑みを浮かべて聖華は刀を抜く。武装していない連中など覚者からすれば赤子の手をひねるような者。なんの苦労なく地に伏す聖華。刀を納めて笑みを浮かべる。
「さて、何を運ぼうとしていたのか。いろいろ聞かせてもらおうか」
聞くべきことはたくさんある。心を読む技はないので時間はかかるだろうが、喋らないならそれでもいい。車を潰して縛っておけばいいだけだ。
そして奪還部隊にカメラは映る。
「さよですっ。皆さんきこえますかっ。今現状は……」
その中継役を果たしているのはさよだ。予め古妖奪還に向かう人達の顔を覚え、その人達を強くイメージしながら思念を送る。とある村での依頼で生まれた思念伝達の強化術。それを駆使して情報収集と発信を行っていた。
『こちら――、憤怒者と交戦中!』
『……だ。現在防火扉で足止めを……』
『こちらは外れだ。畜生、古妖狩人め!』
混戦では送受信する情報が多い。そのすべてを拾い上げ、正しく伝えることはさよ一人ではさすがに容易ではない。多くの情報に押しつぶされそうになりながら、必死に状況を伝えていく。流石にこの状況では戦闘に参加している余裕はない。
だが、その献身は確かに覚者の侵攻を助けていた。情報を確認する窓口があるか内科では、行動指針が変わってくる。
「古妖さんを……助けなきゃ……。中継役……やるよ……」
さよが後衛の情報集積場なら、ミュエルは前線でのリアルタイムな伝達係だ。その機動力と頑丈な体を活かして、敵の情報を自ら手に入れる。そしてその情報を他の所に向かう者たちに伝えていた。何故か頭の毛を揺らしながら。
(今まで、触れ合ってきた、古妖さん……みんな、ちゃんと接すれば、気持ちが通じる古妖さんばっかりで……)
ミュエルが触れ合った古妖達は、けしてバケモノではなかった。確かに古妖には人間に害する者もいるだろう。だけどそうでない者もいる。そんな彼らを道具のように扱っていいものか。憤怒者の罠で受けた傷は痛むけど、苛烈な扱いを受ける古妖達を思うとそんな傷は気にならない。
「そこ……罠がある……。気を付けて……」
「了解したよー! 敢えて踏み抜いて敵を引き付けるから、みんなは離れて!」
狐のしっぽを揺らして小唄が罠を発動させる。鳴り響く警報と現れる憤怒者。敢えて囮となって敵を引き寄せ、味方の侵攻を助ける為に小唄は走る。数が少なければ蹴って蹴散らし、多すぎると判断すれば走って逃げる。
「鬼さんこちら、手のなる方へ! こっちだよー! ほらほらー!」
地図や送受信の情報から古妖のいそうな場所を推測し、そこから敵を引き付けるように走っていく。憤怒者を誘い、そのまま味方から遠のけるように。そして罠を発動させ、再設置の時間までそこを安全にしたり。やることは多い。
「うひゃぁー!? ちょっと、罠多すぎるってこれー!」
「もう少し静かにやれないもんかね……ま、お陰で楽に進めるけどな」
そんな騒ぎを聞きながら護は静かに歩を進めていた。守護使役の力を使ってある音を消し、罠や憤怒者がいなければ後続の覚者を手招きして誘導する。怪しい気配を察すれば、進攻を止めて思案する。
(ここは攻めた方が早いか)
護は罠や戦闘の完全回避にはこだわらない。そうした方が早いなら、あえて罠の危険性を理解して進んだり、敵に戦いを挑んだりする。大切なのは迅速なセキュリティルームの確保だ。多少の安全性は捨ててでも、速度を優先して進む。
「まったくご大層なもん作って、やってることがこんなことだとはな……同じ人間として恥かしい話だぜ……」
スキンヘッドの頭を掻きながら義高は工場内を進む。土の加護を身につけて、気配を消して進んでいく。工場の地図を思い出しながら、時々壁を抜けて進む義高。憤怒者の服を奪って動きたいのだが……。
(一人で行動している憤怒者はいないな。その辺りは警戒されているか)
基本集団で行動する憤怒者。それが一人で行動するという機会はなかなかない。仕方ないとばかりに不意を突いて憤怒者に襲い掛かり、一気に殲滅する。戦闘音が響いたが、これで装備を剥ぐことに成功する。その服を着て、施設内を走る義高。セキュリティルームは向こうだったか。
「おや、これは……」
恭司は工場の廊下を走っていた。それに気づいた憤怒者が銃を向ける。両手を肩まで上げて、無抵抗の意を示す恭司。
「覚者だな」
「いやいや、いくら僕が弱そうだからって、そんなに必死に襲いに来なくても良いんじゃないかな?」
そんな恭司の言葉を聞く耳持たず、拘束しようと近づいてくる憤怒者。ため息をついて、言葉をつづけた。
「そんなに集中してたら、不注意で怪我するかもしれないよ……ねぇ、燐ちゃん?」
「――そうですね」
声は恭司の背後から聞こえた。気配を絶ち恭司の背後に潜んでいた燐花の声が。不意を突かれた憤怒者はその一撃を避けることなく受け、倒れ伏す。残った憤怒者も状況を立て直す事ができずに一気に倒されてしまう。
「見た目で相手の強さを判断すると命取りですし、目先の敵にかまけて周囲を疎かにするとろくな目にあいませんね」
「とはいえ、こういう不意打ちが効くのはあと一回ぐらいかな」
如何に気配を絶ったとしても、移動すればその効果は薄れる。こちらが走っているときに見つかればこの戦法は使えない。敵も愚かではない。問答無用で銃を撃たれればこの罠は無意味な物になる。
「では古妖の救出に回りますか?」
「いや、救出よりは、制圧の方が楽で良いよねぇ。うまく奇襲出来るなら尚更だ」
恭司と燐花は憤怒者の数を減らす事に従事していた。そうすることで古妖救出に向かう者たちの手助けをしようとしているのだ。
「まずはセキュリティルーム奪還だな。うまくやってくれよ」
「とりあえずぶっ潰すですよ」
紡も憤怒者と戦いながら進んでいた。もっとも紡の場合は、隠密行動に適した手段を持っていないため、細心の警戒を払っていたが見つかった形である。迎撃用のレーザーで肌を焼いたり、防火扉を盾に銃を撃ってくる憤怒者に真正面から挑んでいく。
「ちょこまかうるせーんすよ。一気に蹴散らして突破するです」
見つからずに済むならそれに越したことはなかったが、見つかったのなら仕方ない。その切り替えの早さが紡の利点だ。迷って判断に迷うよりは、迷う前に突撃した方がいい結果を生むこともある。鉄仮面を顔にはめ、白いワンピースで戦場に躍り出る。
そんな彼らの支援に支えられながら、セキュリティルームにたどり着いた覚者達。
「オレ達が一番乗りか」
「もう少し数が増えてくれると助かるけど……」
セキュリティルームの入り口で待ち構える憤怒者達。彼らもここが要だということは理解しているため、それなりに見張りを置いている。その数を確認しながら瑠璃と若草はため息をついた。あの数を二人で突破するには骨が折れる。しかし留まっている時間は惜しい。意を決して瑠璃と若草は憤怒者の前に姿を現した。
『クレセントフェイト』を手にして憤怒者達に突っ込んでいく瑠璃。圧倒的な速度も力も必要ない。足をしっかり踏みしめ、膝を曲げる。しっかり神具を握りしめ、正しい姿勢で技を放つ。これはただそれだけの攻撃。基本に忠実であるということが、強くなるための一番の近道。それを示すかのような一撃が放たれる。
前に立つ瑠璃を守るように若草は水の礫を放つ。小さく、だけど鋭く礫を練り、よく狙って撃ち放つ。若草が瑠璃に抱く感情は複雑だ。瑠璃の良心が死亡した原因は自分にある。その事実を瑠璃に告げられぬまま、今も一緒にいる。それは贖罪か、悔恨か。それは誰にもわからない。ただ確実なのは、瑠璃を殺させはしないという強い思い。
だが憤怒者の数は多い。覚者がいかに強くとも、数の暴威を覆すものではない。
そして数の暴威を覆す最も簡単な手段は、数の増加。
「手伝う」
『装甲宇宙服』に身を包んだぼいどが押し寄せる敵を止めるように立ちふさがる。土の因子の力で防御力を増し、相手の攻撃を受け止める。そのまま銃を構えて憤怒者に向け、静かに引き金を引いた。発射音も反動もない。ただ音もなく憤怒者がのけぞった。まるで映画に出る未来の兵器のように、静かに敵を撃つ銃。
「やってやるぜ! お前たち覚悟しな!」
スマホを手にして翔が乱入してくる。透視の瞳を使って状況を確認し、戦場の詳細を確認したのちに稲妻を放った。古妖を閉じ込めている牢屋の鍵。それを探りながら翔は戦っていた。壁抜けの術で敵の背後に回り、挟み撃ちにする形で憤怒者を攻める。一人先行してダメージを多くけてしまうが、逆に言えば他の人に攻撃が向かわない形になっている。
「それでは、橘流杖術橘誠二郎。推して参ります」
長さ五尺の樫木の丸棒を手にして誠二郎が憤怒者に真正面から戦いを挑む。丸棒に木の源素の力を纏わせて、その威力を強化して振るう。手に板棒の間合いを正確に把握し、相手の間合いを正確に測り。乱戦の中で詰将棋の様に次の動きを計算し、その通りに肉体を動かしていく。
「命あるものは大事にしなさいって、教わんなかったのかよ」
味方の情報を受信しながら善司が援護に回る。命あるものは大事に。親兄弟のいない善司にとって、その言葉は重い意味を持っていた。霧を発生させて憤怒者の視界を奪い、電磁警棒などで痺れた仲間たちを癒していく。憤怒者の動きを止め、仲間を支える。圧倒的な火力を振るわずそも、それだけで十分に戦いに貢献できる。
合流してきた覚者達の活躍もあり、大きな被害もなくセキュリティルームは制圧できた。
「ええと……このスイッチをオフにすればいいのか?」
戦いが終わり、セキュリティをオフにしようとする善司。その手を止める者がいた。まだ敵がいたのか、と振り向けばそこには共に戦った覚者達の顔。
「折角です。このセキュリティを利用しましょう」
まず誠二郎がセキュリティを掌握し、警報をすべて解除する。その上で監視カメラの映像から味方の侵攻を助けるよう情報を与えていた。
「ブロッB423に侵入者! 近くのものは応援に!」
ぼいどが警備員の声を真似してマイクに告げる。館内放送で伝えられた警備員の声に従い、憤怒者達は向かう。そこで防火扉を下ろして閉じ込めることに成功する。
「これが古妖達を閉じ込めている部屋のカギか。よし、オレは奪還組と同流するぜ!」
「オレもそっちに向かう」
翔と瑠璃が鍵を手にして古妖奪還組に向かう。疲弊はあるが、まだ戦える。
「私はここを守るために残るわ」
若草は仲間の傷を癒しながら、ここに残る旨を告げた。
進む者。守る者。覚者はそれぞれに分かれる。共に厳しい戦いになるだろう。
だが成し遂げなくてはならない。古妖狩人の暗躍を止めるためにも。古妖達の命を救うためにも。
●鎮魂ノ儀:壱
荒れ狂う怨念はまさに嵐。自らを粗雑に扱い、そして捨てていった人間への恨み。
それは『そういう心霊系の妖』なのかもしれない。或いは『恨みによって生まれた古妖』なのかもしれない。その差に意味があるかないかを、今調べる時間や余裕はない。
それが人間によって生まれたモノであり、それが人間によって鎮めることができるのなら――
「来たで、あかりちゃん」
「いくよ、姉さん」
それをためらう理由はない。かがりとあかりは怨念の前に立ち、その動きを封じるために立ちふさがった。
神具を構え、かがりが構えを取る。迫る怨念の足を止めるために稲妻を放つ。邪念を退け静謐をもたらす。それは、陰陽師の仕事。その経緯には憐れだと思うが、だからと言って手は抜かない。
そしてあかりは霧を放って怨念を弱体化し、味方の傷を癒すべく水の源素を振りまく。苦難を退け安寧を呼び込む。それも、陰陽師の仕事。退魔調伏。人に仇名す者を退けるのことに躊躇いはない。が――
「怨念もののけから人を守るのがウチらの仕事や。ただ、あくまでも守る、火の粉を払う……『祓う』ことやからな。
まかり間違うても、『狩り』はせえへん」
「人間色々いるもの。貴方達を害する者もいるだろうけど、ボクとしては古妖と共に歩む道を探すつもりだ。
退魔調伏、退けるし従って貰う時もあるだろうけど、消す、殺す、は無いんだよ」
かがりとあかりは古妖の怨念に同情しない。怨念を払うことは彼らの務めだ。ただ彼らを絶対の悪として取り扱いはしなかった。彼らを認め、その上で『祓う』。調伏とは、心身の調和につとめ、悪行に打ち勝つこと。心なく祓うことしない。
「儀式に集中している皆さんの所へは、絶対に、行かせません!」
同じく陰陽師としてたまきが怨念の前に立ちふさがる。後ろで行っている儀式。そこで儀式を行っている巫女を思いながら戦場に立つ。白い家紋が入った白の浄衣。笏の変わりに両手足に鈴を付け、真正面から怨念を見据える。
(謝っても許されることではないでしょうが……)
霊に対して語り掛けながら、鈴を鳴らすたまき。ちりーん、と静かな鈴の音が戦闘音に紛れて響く。それは浄化の音。それ自体に効果はないが少しでも古妖の怨念の心が晴れるよう、祈りを込めて作った物。彼らを生き返らせる術はないけど、せめて安らかに眠ってほしいという強い思いを込めてたまきは戦う。
「う~ん、これがジャパンのフェイスティバル。といより、宗教……シントー的な、フェスタなのね」
西洋魔術の見地から、リゼットは儀式を見て驚きを隠せないでいた。近づく怨念を茨の一撃で退け、傷ついた仲間たちを癒していく。そうしながら儀式全体を見ていた。騒ぐもの、踊る者、そして祈る者。それは様々だ。
「悪い神様にならないよう、讃え、祀り、治める。和って感じよねぇ。よ~し、わたしも手伝っちゃうんだから~」
文化の違いを感じながら、しかし西洋にも似たようなものがあることをリゼットは思い出していた。祈りにより善なるものに変わる幻獣や、神様。悪しき者を静めるお祭り。違うのはそれが畏敬か敬意の違いなのだろうか。敬い畏れて神格化する西洋と、敬う意思を持ち神となった者と共に歩もうとする東洋。ただそれだけの差。
(いつの時代も馬鹿なものはいる者だ)
両手にハンドガンを持ち、結唯が怨念の前に立つ。自分より強いものに手を出すなど愚行。それに手を出して痛い目を見る者など珍しくもなんともない。なのになぜそのようなことをするのか。憤怒者に対し、ただ呆れるしかない。そのような者などとっとと息絶えてしまえばいいのに。
(儀式を守るか。邪魔されてはかなわん)
愚か者への懲罰に参加する気はない、とばかりに結唯は鎮魂の儀式を守るために銃を構える。大地の壁を使って防御力を増し、怨念の真正面に立ちふさがった。サングラスの奥から怨念を見据え、言葉なく引き金を引く。その動きにためらいはない。余分な感情を挟まない一撃は、タイムロスなく攻撃を続けていく。
「わるものたちのせいで、古妖さんたちこんなに殺されちゃったんだね……」
膨れ上がる怨念の大きさを見上げながら、きせきは悲壮な声をあげる。助けることができなかった命。助けられなかった命。それを思い、心が締め付けられる。『わるもの』から救えなかった彼らを救うために、怨念の前に立ちふさがる。
「今ぼくたちの仲間が敵討ちに行ってるから、怒るのやめて応援してほしいなー! ぼくたち人間代表でごめんなさいするから!」
そんなきせきの必死の言葉も届かない。仕方なくきせきは蔦を怨念に絡ませてその動きを止める。それでもなお動く怨念。古妖達が受けた苦痛と慙愧、それが伝わってくるかのような激しい動き。
「貴方達がそんなにも怒っているのは、大事なものを奪われたからでしょう。それはどんなもの?」
仲間を癒しながら笹雪は古妖の怨念に語りかける。例と心通わせる術を使い、彼らの心に問いかけていた。かつて古妖と人との仲立ちを担ったという家系。その血脈からか、笹雪は優し気に古妖だったモノに手をさし伸ばす。一つ一つ、彼らが語る言葉を聞きながら、その度に頷いていた。
「その怒りは正統なものだけど、眠る時は来てしまったから。
恨みつらみは全部人間にぶつけて任せて、貴方達は大事な思い出と一緒におやすみなさい」
安らかに眠るために必要なのは、優しい思い出。それを思い出させることで、その苦しみから解き放とうと。呪いたければ呪っていい。それで眠れるのなら。笹雪は古妖達の苦しみを声として受けとめていた。
「どこかで憎しみは断ち切らなければ終わらない」
仮面をかぶった零の表情は、誰にもわからない。そのどこか押さえ込んだような声と、神具を構えることなくだらりと垂らした腕。それだけでは零が如何なる感情を持っているかはわからない。
だから。
「ごめんなさいごめんなさい。辛いよね悲しいよね、憎いよね痛かったよね」
零がそう呟きながらただ攻撃を受けている理由を、最初はだれも理解できなかった。
(好きだから。敵と思ってないから受け止める)
痛くても涙は流さない。いくら壊されようと嫌ったりしない。常に時代の背景には犠牲があった。仕方ないから許せとは言わない。
(故に、私がその業を受けましょう)
儀式を守る零の表情は、仮面に隠れて誰にもわからない。
だけどその思いは、決して理解されないものではない。
「私たち人間があなた方にしたことは、到底許されることではありません」
涙をふきながら鈴鳴は前に出る。鈴鳴は信じている。人と人は手を取り合うことができると。それは古妖であっても同じだと。それでも古妖狩人のような人もいるのだ。その事実がつらく、そして悲しい。同じ人間なのにと、何度心を痛めたことか。
「それでも私は、手を取り合えるって信じたいんです」
その理想は今でも変わらない。現実に涙を流し、それでもなお理想の旗を掲げよう。その為なら己の身を削ってもいい。涙を流し、その意思を示す鈴鳴。カラーガードとしての舞に合わせて水の源素を霧として放ち、仲間をそして古妖の怨念を癒していく。
怨念を癒す行動、その行為に覚者達に動揺が走る。だが、
「倒す必要がないのですから、笑顔で歌いましょうかっ」
怨念を癒そうとする者は鈴鳴だけではない。浅葱も怨念を癒すべく行動していた。派手な光を伴い覚醒するのは、祭前の花火の変わりか。まっすぐに古妖に向かって走り、その攻撃を受け止める。朗らかに歌いながら、自らの体力を削って怨念を癒していく。
「さあっ、命に満ち溢れた人はここにいますよっ」
怒りと無念、そして人間に対する恨み。ならばその一撃を避けずに受け止めよう。死者は蘇らない。その魂が流転するのなら、今はその途中なだけ。その苦しみや怒りを受け止めてやるのも、浅葱の正義の一つ。
「天が知る地が知る人知らずっ。鎮魂のお時間ですっ。
張り切っていきましょうかっ」
(行動に意味がなくても……例え思いが届かなくとも)
そして夏実もまた、仲間と一緒に怨念を癒していた。その恨みを受け止めるかのように怨念の攻撃を避けず、儀式の邪魔をすることなく怨念と向き合う夏実。
(一方的に利用されて、苦しめられて、殺されて……そりゃ、憎いわよね。理屈で納得できる物じゃないわよ……)
その苦しみを理解できるとは思わない。だから夏実は何も言わない。言うことはない。
(そう言う恨みも憎しみも、怨念だって、アナタ達の心。アナタ達がちゃんと居たって印だわ。だから、ね。良いわよ? その怨み、ワタシに刻みなさい)
そうすれば貴方達がいたことを忘れないから。思いは心に秘め、夏実はただ恨みを受け止め続ける。
必死の献身、決死の覚悟。だがそれは怨念の暴威を止めるには至らない。
だがその怒りの声が、僅かに緩んだ。それはただの偶然かもしれない。あるいは彼らの思いが届いたのかもしれない。
それを検証する時間はない。この怨念を放置するわけにはいかないのだから。
●幕間:壱
さて、そんな戦いの合間、時雨は戦場の工場内をウロウロしていた。殺していい憤怒者を探し、工場内を歩き回る。
「場を凌ぐ為に形だけでも降伏するっていうのすら取れへんような相手、生かしたところで恨み募らせるだけやからなぁ」
時雨はけして憤怒者を殺したいわけでは無い。単に生かしても仕方ない相手をわざわざ生かすのはどうなのか、という思いで動いていた。倒されてもなお恨みを持っている憤怒者は反省の意がない、ということで殺して回ろうとしていたのだが……。
「恨みの感情なんか、このあたり充満してるからなぁ……よくわからんわ」
覚者を恨む憤怒者の感情。憤怒者を恨む覚者の感情。人間を恨む古妖の感情……強い恨みの感情が渦巻いているため、術による感情の把握は難しかった。
「ま、しゃあない。手伝いに戻るか」
踵を返し、戦場に戻る時雨。必要悪が望まれるのは、まだ先のようだ。
●憤怒者戦:弐
古妖狩人の長、平山正彦は焦りを感じていた。それは覚者の勢いが予想以上に高すぎたことにある。この近辺にこれだけの数を有する覚者組織があったという事実を見過ごすとは。七星剣の動向には常に目をつけていた。その一派が動いたとは思えない。
そして援軍が予想以上に集まらないことにさらなる怒りを募らせていた。予定なら各中継点から幾人か兵が回されるはずだった。だがトラブルに見舞われてそれができないでいる。
「すべてが覚者組織の仕業だというのか!? あれだけの事件を察知する情報収集能力、事件に対する機動性、そしてその戦力……!
これだけの覚者組織が存在していたというのか……!」
怒りで拳を握る平山。全てが予想外だ。
「覚者が憎いからって古妖まで戦闘や実験に使うなんて……なんの罪もない古妖をひどい目にあわせたこと、許せねぇぜ!」
百は憤怒者と相対するのは初めてだ。話でしか聞いたことがない相手だが、実際に目の前に立つとその怒りが伝わってくるようだ。妖のような鋭い殺気ではない。纏わりつくようなねっとりとした怒り。持たざる者が持つ者に抱く嫉妬。
「この力を手にした以上、やるべきこと、守らなきゃならねぇものがあるんだぜ」
憤怒者の怒りは理解できない。だがそれを聞く時間も余裕もない。百には守るべきものがあり、それを守るために拳が必要ならそれを振るうことにためらいはなかった。可能な限り殺さぬように努めながら、憤怒者達を撃ち倒していく。
「貴方達は許しません」
いのりは憤怒者達を見ながら、静かに怒りを示していた。霧を発生させて憤怒者の視界を奪い、痺れで動けなく仲間を舞で癒す。そんな行為の中でも、その怒りは収まらない。その怒りをオーラに乗せて、目の前の憤怒者に叩きつける。怯える憤怒者に静かに言葉を重ねるいのり。
「古妖達にした事だけではありません。ここに来るまでに強化改造され、己を失った人達を相手にしました」
強化人間。古妖狩人の成果の一つ。人の命すら軽視する悪魔の所業。施術を受けた者は例外なく生命の危険に身を晒し、その寿命は大きく削られる。
「あれが人間のする事ですか! 貴方達こそが化け物としかいのりには思えません!」
「はっ! そこまでしないと人間は追いつけないんだよ、化物様にはな!」
「せやかて古妖をぞんざいに扱っていい理由にはならへん」
凛は燃え盛る焔のような刃紋を持つ刀を構えて立ちふさがる。よくもまあこれだけそろえたものだと感心する。それは覚者とそうでない者の差が生んだ鬱積なのだろうか。それを解決する術はない。この刀が切るのは、古妖を狩る狩人のみみ。
「焔陰流二十一代目焔陰凛、推して参る!」
予定やけどな、と心の中で付け足して凛は戦場に踊りでる。憤怒者の電磁警棒とナイフを受け流し、返す一刀で突き進む。凜には帰りを待つ古妖の知り合いがいる。古妖狩人を倒し、古妖を襲う脅威から解放するのだ。その子だけではない。全ての古妖の為に、ここで狩人をせん滅するのだ。
「ほんっと憤怒者はろくなことしないわね。きっとかわいい古妖もたくさん殺されたんでしょうね」
怒りを露にする棄々。古妖狩人の戦闘力は高くない。それは最初に犠牲になった古妖は力なく儚い古妖だったということである。小動物のようなかわいい古妖。それがどれだけ彼らの犠牲になったか。それを想像して、胸が痛む棄々。
「あんたたちはあたしたちのことを化け物呼ばわりするわよね」
チェンソーを振りながら憤怒者に問いかける棄々。返事は期待していない。……そうだと言われて否定をするつもりはない。
「だけど戦力強化のためにたくさんの古妖を犠牲にして、あげくのはてには人体を薬物や改造で強化してあたしたちのような力を得ようとする……そのおぞましい心だけでなく、身体まで化け物に近づくつもり?」
その心こそが胸糞悪い、と唾棄する棄々。わかりあうつもりも説得するつもりもない。お互い言葉で止まるものではないのだ。
「明快な社会の縮図が見えるな……馬鹿共が、畜生道からやり直せ」
『因子を持つだけでは、差別と排斥が蔓延する現在の社会では生き延びられない』……赤貴が受けた教育はそれだった。そして実際に覚者として戦い、それが真実だと実感する。もちろん差別だけではないことを知っているが、差別がないと言うことはできない。
「殺す」
その為に赤貴はここにいる。綺麗事は不要。嘲笑の的になるだけの虚飾なぞ無為。死ねば消えてしまう命なのだ。ならば戦い生き延びるのみ。これだけの憤怒者を生かして帰するつもりはない。倒れた人間を盾にして爆風をやり過ごしながら、突き進む。その赤い瞳が、敵の死を願うように鋭く輝いていた。
(右にも左にも憤怒者だらけ。殺して殺して、殺しつくしてやる)
真は憤怒者に家族を奪われた。幸せだったあの日を。暖かい手を。それ以降、真の心は凍り付く。憤怒者は許さない。殺す、憤怒者を殺す。殺す、殺す。殺す殺す殺す。右手の剣で殺す。左手の剣で殺す。起きている憤怒者を殺す。攻撃してくる憤怒者を殺す。倒れて動けなくなっている憤怒者を殺す。
(せいぜい苦しめ、クズ共)
戦闘中に目を合わす時間があれば。魔眼で魅了して盾にしてやろうかと思ったがさすがに難しいので諦めた。ならば倒れている奴にと思ったけど、かける時間が惜しかった。その時間があれば一人でも多くの憤怒者を倒すことに時間をかけるべきだ。そうだ、殺そう。憤怒者を殺そう。一人たりとて生かして帰すつもりはない。理由はない。
「敵、倒す。皆褒めて貰う。考える事シンプル!」
円は土の加護を身につけながら、真っ直ぐに敵陣に入りこむ。実のところ、古妖狩人の所業や思惑、それ以前の覚者と憤怒者の確執など深く理解していなかった。だが問題ない。倒していい相手と言われたのだから倒す。それだけの話だ。
「楽しーな。敵がいっぱいだー」
倒していい相手だらけの状況だ。喜び勇んで円は神具を振るう。不満があるとすればそれは『強い』相手ではなかったことか。少し遠いところに鉄の塊が動いている。あれは強そうだけど、あそこまでには人の数が多くて届きそうにない。残念だけど目の前の敵で我慢するか。
「妖も倒せるし覚者も相手に出来るのに何が不満なんだろう? でもいいか」
「古妖狩人って言っても、結局出てくるのは、科学と鉄の塊じゃん」
呆れるように山吹は肩をすくめる。憤怒者が古妖の力を研究したからと言って、いきなり超能力が使えるわけでは無いのだ。それが可能なら人は古妖を狩って力を得て……そして古妖は文字通り狩りつくされてしまうだろう。
「全く、憤怒者の数が多いね。よし、戦車の相手は後回し!」
見上げるように多脚戦車を見ていた山吹はその視界を下に移す。群がる憤怒者に向けて炎を放つ。荒れ狂う炎は多くの憤怒者を巻き込んで、その身を焦がしていく。殺すつもりはないけど、容赦をするつもりもない。炎の舌が憤怒者を焼き尽くしていく。
「それにしても先は長そうだね。まだ人が途切れそうにないや」
「仕方ないわ。ここが本拠地なんだから」
ため息をつきながら大和が答える。大和は前衛の少し後ろに回り、支援とフォローに回っていた。覚者達の体力や気力を支え、電磁警棒で痺れた者がいればその痺れを癒す。戦場を支え、支えられたものが憤怒者を押さえ込む。
(彼らは大丈夫かしら?)
この場にいない仲間たちに思いをはせる大和。彼らはやりたいことがあるとこの場を抜けて別行動をとっていた。そんな彼らを支えるために大和はあえて憤怒者を押さえる役をかって出た。それに彼らには言いたいことがある。
「人であれ古妖であれこの地に産まれ落ちた命。誰かの手で脅かす事はあってはならないわ。必要以上に奪い合う事は自然の摂理に反する事よ」
「それを理解しながら、彼らは禁忌に手を染めたのでしょうね」
冬佳のため息は戦場の音にかき消されて消えた。四半世紀続いた覚者と一般人の格差。それがこのような事態を引き起こしたのか。おそらくこれは氷山の一角。非道なことに手を染める憤怒者は数多くいるのだろう。
「敵は妖だけに非ず――真の敵は人そのものか」
覚者同士であっても、思想の違いで分かりあえない者たちがいる。だが今は感傷に浸っている余裕はない。刀を抜いて憤怒者に切りかかる。あの戦車を攻めたいのだが、今は憤怒者が多すぎる。敵兵を減らしてからでないと、面倒なことになるだろう。今は少しずつでも憤怒者の数を減らすことが肝要だ。
「話には聞いていたけれど、あの戦車といい……古妖狩人、随分と大層な装備を備えているものですね」
「ま、それをこういうことに使うのはなんともいえんがな」
興が乗らない、とばかりに幽霊男は呟く。事実、幽霊男は戦闘に参加していなかった。古妖狩人など路地裏の餓鬼と大差ない。不平不満を叫び、やっていることは無関係な古妖を捕らえていびるだけ。
「とはいえ、是だけのモンを作るのは、素直にすげーと思うがな」
言って幽霊男は気配を絶って移動する。多脚戦車の格納庫に向かい、そこにある物品を略奪するために。予備のパーツや運搬用の車、弾薬や薬品などを運ぼうとしている憤怒者を押さえ込む。全てを持ち帰るには一人では足りないが、皆で協力すれば何とかなるだろう。それまではゆっくりさせてもらう。
「同じ役に立つなら人を救う方が良いじゃろ。悪から生じる善もある」
「おや、貴方も同じことを考えていましたか」
倉庫に現れたのはさくら。さくらも戦闘中の混乱に紛れて、古妖狩人の倉庫を探りに来ていた。古妖の調査資料や武器類の設計図。そういったものを探していた。多脚戦車の設計図があれば、それを見て弱点を調べることもできるだろうが……。
「流石にそう都合よくはありませんね。他を探してみます」
言って壁をすり抜けるさくら。捜索しなければならない場所は多い。面白そうな場所には顔を突っ込む。そんな野次馬精神がないではない。だが運が良ければFiVE荷役となる者を見つけることができるだろう。
「手段は選べ、大義名分は大事にしろと言い続けてきましたが」
さてどうしてこうなってしまったのか。有為は唸るように額を指で押さえる。変化した両足を振るい、憤怒者達を一人また一人と倒していく。有為が頭を悩ませる原因は目の前の多脚戦車。そして古妖狩人たちが作り出した技術。
(研究結果が渡った際のリスクを考慮しなかった結果がこれです。もう流れは止められないでしょうし、最悪外に技術が流出してる可能性もある)
古妖を実験体として生み出された様々な技術。それが七星剣に渡ればどうなるか。それを想像して身震いする有為。技術の流れを止めることはおそらくできない。それがどのような事態を引き起こすか。それこそ恐ろしい。
(もし、本当に『その時』が来たなら……私は、命懸けで止めるつもりです)
「久しぶりの鉄火場ですし、勘を取り戻す意味も篭めて乱戦に参加させていただくとしましょう」
響悟は手袋をはめて戦場に向かう。使える主の命により、FiVEに協力するよう言われた響悟。戦うのは久しぶりだが、戦っているうちに感を戻してきたのか、動きは鋭くなっていく。数人目の憤怒者を倒したのちに、瞳に元気に動き回る何かが映る。
「ことこちゃん参上! お仕事がんばりまぁす!」
白い羽を広げたことこが、元気よく風の弾丸を撃ち放っていた。乱戦に入るつもりはないらしく、背後から射撃を続けていた。だが和で押す憤怒者に前衛が突破され、その刃がことこに迫ろうとしていた。
「きゃああ!」
「む、危ない!」
ことこに迫る憤怒者を押し返す響悟。戦況を何とか立て直し、その後に一礼する響悟。
「お嬢さん、大丈夫ですか? あぁ、すみません、昔のお嬢様によく似ていらしたので」
「昔のお嬢様? 私がお嬢様っぽく見えるの? 新手のナンパなの?」
「ああいや。曾孫のような年頃の女性をナンパするほど、私は若くありませんので」
ことこの言葉に慌てて言いつくろう響悟。
「ふーん? 恋愛に若さは関係ないんだよっ! おじさま十分素敵じゃない。じゃあこれ終わったら、美味しい紅茶飲ませてね? 約束だよっ」
「そうですね、紅茶をお淹れできるくらいには暇ですから、それで良ければ」
ことこの元気に押される形で約束をする響悟。その約束に元気よく戦いに向かうことこ。
戦場で出会った奇妙な約束。それがどのような物語を紡ぐのか、それはまだわからない。
「屑共を一気に葬る絶好の機会という訳だ!」
拳を握って戦意を示すのは泰葉。憤怒者に事故に見せかけ家族共々殺されかけた泰葉は憤怒者相手に容赦するつもりはない。いまここで彼らを葬らんとばかりに神具を構えて戦場を進む。その傍らには二人の覚者。
「泰葉君の要請で来てみればそこは古妖狩人の本拠地……全く敵の本拠地強襲をピクニック気分で誘うのはどうかと思います……特に来たばかりの清明君を連れてくるのは……」
ため息交じりで公明が異議を申し立てる。いまさらと言えば今更だが。とはいえ憤怒者に怒りを覚えるのは公明も同じだ。妖、隔者、憤怒者等により起きる事件で生まれた孤児を引き取る彼からすれば、彼らを許すつもりはない。唯一の懸念は……。
「僕の崇拝すべき葛野泰葉さん、彼女に連れられてきたのは狩場……そう憤怒者という哀れな存在達が狩られる場に。でも僕に……出来るのだろうか」
公明が経営する孤児院の孤児である清明が気弱そうにうつむいた。憤怒者により育てられ、いろいろ『酷いこと』をされた清明は、自信を失い卑屈になっていた。そのトラウマを払しょくするために、泰葉はこの戦いに参加させたのだろうか……?
「おお。そこにいるのは両慈君じゃないか! 君も来ているならちょうどいい。俺も家族と一緒に来てるんだけど…一緒に戦おうじゃないか!」
当の泰葉はそんなことを感じさせることなく、近くにいた両慈に声をかける。その両慈はというと、共に連れていた女性たちに囲まれていた。
「はいはい♪ 今回はからかうと楽しい両慈君達と同じグループで参加させて貰うわよん♪」
戦場とは思えない笑顔で輪廻が声をあげる。ふざけている様に見えてしっかり周囲を確認し、仲間の身を案じている。笑顔でのんびりな輪廻だが、その笑顔の裏では一番皆を案じて動いていた。
「サァ! 愛しの両慈と! ……ライバルの方々と一緒に、イエ! ここは息を合わせなくては無事に終われないデショウカラ、ライバルでも頑張って力を合わせて行きマスヨー!」
いろいろ葛藤を持ちながらリーネが手をあげる。ライバル、というのは愛しの両慈を狙う女性のことだ。それを目に入れながら、しかしここで排他するという程悪人でもないリーネ。
「まさか初めての作戦がこの様な大掛かりなものだなんて……お兄様のお力になりたくてFiVEに入ったのにこれでは脚を引っ張ってしまいそうですね。
でも何とか頑張ってみます!」
そのライバルこと美月が羽を広げる。因子発現し、文字通り兄の両慈の元に『飛んで』来たのだから、その愛たるやかくや。
「よし……行くぞ。無理はするなよ」
そんな乙女たちの戦いに気づく由もない両慈。ある意味鉄壁である。
二グループは両慈のとりなしにより無事混合し――
「両慈君! やあ、やはり君と戦うのは高揚感を感じる! この感情は何だろうね?」
「両慈君と知り合いの泰葉ちゃんって子……ふふ、あの子……もしかして…ねぇ♪」
「アレ? 泰葉君、モシカシテお化粧してマセンカ? ……アレ? ナンデ?」
「リーネさんや輪廻さん、そして泰葉さんと言う方達までいらっしゃって……お兄様は私の知らないうちに色んな方と仲良くなられたのですね」
泰葉の発言で微笑、疑問、そして嫉妬の炎が沸き上がる。ともあれ無事、意気投合し――
「泰葉さんが一緒に戦いたがるなんてあの男……もしや泰葉さんは……」
「落ち着け清明君。まだチャンスはある」
「……どうした、皆?」
多少の軋轢は生まれたが、今はそれを気にしている余裕はない。両慈は経験不足な人間……主だって身内の美月を中心に守りつつ、戦場を進んでいく。
「戦闘は楽しめるが、戦争は好かんのであるよ。何百人も動いて、あのような巨大兵器まで持ち出して。露骨に戦争よな」
「そうよね。なんでこう、知性も理性もなくしたようなひとが社会に溢れているんだろうね」
多数入り乱れる戦場で不平を呟くのは、刹那と悠乃の華神姉妹。刹那からすればこのような泥臭い戦いは気に入らず、悠乃からすればこういった状況は相手と向き合うことすらできない為『処理』としてしか動けない。
奇妙な話だが、二人の『戦い』に対する態度はまるで真逆。なのにこういった『戦争』に対する態度は一致していた。刹那がここにいる理由は衣食住の恩義を返すため。悠乃はそんな姉の手伝いである。
なので、
「ゆーの、拙は帰るぞ」
適度に戦った後に刹那が帰ると言えば、悠乃も退路確保のためにともに戦場をあとにする。最もそれなりに戦いに貢献し、大怪我をする前に帰還したのだから何ら問題はなかった。
戦場をしめる憤怒者の数は減っていく。覚者の受けているダメージは浅くはないが、戦いは確実に覚者の方に傾いていた。
だが、趨勢はまだ決まらない。多脚戦車『リョウメンスクナ』。これが健在である限り、憤怒者は戦い続ける。
●古妖奪還:弐
セキュリティルームを占拠し、多くの罠を無効化した覚者達。
だが憤怒者の抵抗は激しい。彼らは古妖を閉じ込めておくエリアに立てこもり、抗戦を続けていた。
「サンプルの奪還と行きたいが……流石に警備が多いか」
「ここからは戦闘回避はできそうにないねぇ」
維摩と四月二日は憤怒者を前に立ち往生していた。維摩は古妖よりも先にデータなどの資料を集めていた。だが置き捨ててあるデータは大したものはなかった。重要な資料を求めて進んでいたところ、憤怒者の警備に当たってしまう。
四月二日はそんな維摩の護衛を行っていた。他の覚者から情報を聞き、それを基に維摩が分析して行動。そんな形だ。瞳に術式をかけて視力を増し、罠を事前に察知して回避していた。しかしこれだけの憤怒者を前には戦わざるを得まい。
維摩と四月二日は奮闘するが、二人では流石に手が足りない。膝をつく維摩を庇う四月二日。
「キミの方が頭切れるんだから、こんな所で倒れんじゃねえよ」
「なんだと。馬鹿を理解しているのは褒めてやるが」
四月二日の言葉に皮肉を込めて返す維摩。
「俺は役割わきまえて行動してんだ。キミも俺の足引っ張んないで、コッチ使うことに集中しとけ!」
「頭を叩くな、馬鹿が映る。
お前に心配されるほど落ちぶれてはいない。精々無駄に壁になってろよ」
皮肉を言い合いながら、抗戦を続ける維摩と四月二日。その戦闘音を聞きつけ、援軍が到達する。
「応援に来ました。回復をするの」
覚者の不足を聞き、七雅が応援にやってくる。水の源素で仲間を癒しながら時折水の弾丸を放ち憤怒者を撃ち貫いていく。苦しんでいる古妖まであと少し。彼らを助けたい気持ちで七雅の心はいっぱいだ。
(怖いよ……でも)
数で押してくる憤怒者の戦法に怯える七雅。多くの戦いを経験してきたが、同じ人間に悪意をもって攻め立てられるのはまだ慣れていない。七雅はまだ十一歳の女の子なのだ。それを思えば戦場に出てくる勇気を買うべきなのかもしれない。
「あすかです。応援に来ました。指示をお願いします」
同じく応援にやってきた飛鳥。飛鳥も癒し手として覚者を支えるためにやってきた。水の源素を霧に変えて仲間に向かって放ち、その傷を癒していく。仲間の傷を癒しながら、捕まった古妖達のことを思う。
(古妖さん……傷ついていないかな……?)
癒しの力はここから捕らわれている古妖には届かない。古妖達がどんな傷を負っているのか、それは想像するしかない。彼らの為に癒しの力を施さなくては。拳を強く握りしめ、飛鳥は戦場を見る。少しずつ進む古妖奪還の戦いを。
「んー……古妖狩人は見回りとかするときに、セキュリティ引っかからない?」
日那乃は小首をかしげて古妖狩人たちを見ていた。セキュリティルームの占拠は成功している。おそらくトラップの切り替えはすんでいるはずだ。機械関係に詳しい者もいたはずなので、罠を古妖狩人に向ける事も行っているのだろう。だが、その傾向は見られない。
(罠を避けるためのカードか何か持っているのかな?)
日那乃はそこまで気付いたが、それ以上は何もできなかった。それがわかれば念動力でそれを奪うつもりだが、それが何かがわからない。諦めて仲間を癒す方に思考をシフトした。考察に時間を割いている時間が惜しい。
「ゆいねもー怒った!」
心の炎を燃やした唯音が憤怒者相手に奮戦していた。何の罪のない古妖をさらい、そして実験に使うなんて。純真な唯音はなぜそんなことができるか理解できない。物質をすり抜けて不意を突き、いきなり真横から羅われて殴り掛かる。
「ねえ、唯音に作戦あるの。この技を使って古妖さんの牢屋をすり抜けられないかな?
中に入ったら古妖さんのフリして唸って暴れて看守さんを誘き出して、鍵を開けた所をステッキで殴る、とかどう?」
覚者達は唯音の作戦に一瞬思案し、首を横に振った。さすがに危険すぎるという理由だ。単独先行は見つかった時のリスクが大きい。ましてや相手は憤怒者だ。こちらを生かして帰すとは思えない。
「そっかー……仕方ないよね」
皆が心配してくれていることを察し、唯音は元気よく戦いに戻る。
「流石に姿を隠しながらではこれ以上は無理っぽいかな」
腰に手を当て、ため息をつく禊。今までは彩因子の技で周囲の景色に紛れたり、熱感知能力で赤外線などを察していたが、憤怒者が守っている牢屋を前に、それも限界だと察する。彩因子の迷彩は動けばばれてしまう。
「ここからは力技だね」
足を振り上げ、炎を纏わせる禊。古妖を捕らえて非人道的な実験を行う輩に加減をする理由はない。足の軌跡を追うように緋が走る。罪なき古妖を助ける為に、禊は炎を纏う。取り囲むように攻めてくる憤怒者達を一人ずつ倒していく。
(私たちが怖い夢を終わらせるから。だから、もうちょっと待っていてね)
「理不尽は何処にでもあります。只、それを作る者に私は容赦しない」
之光も共に憤怒者に攻撃を加える。伝達術の情報を受けて、援軍にやってきた之光。自らの前世とのつながりを強く意識して身体能力を増し、手の平に炎を集めて叩き付ける。理不尽を生み出す憤怒者に加減をする理由はない。
「古妖狩人は、この一件でほぼ壊滅でしょう。分派や残党がいるかもしれませんが。
ああ、それについての情報があれば教えてもらえませんか? 禍根を断てるやもしれません」
怒りを誘うように質問する之光。教えてほしいのは事実だ。最も素直に教えてもらえるとは思えない。ならば力ずくで聞き出すのみだ。
「恩は拳でかえさないといけないよねっ」
同じく援軍として現れた深雪。以前古妖に御馳走になったことがある深雪は、その恩を返すべく戦いに身を投じる。食べることは深雪にとって重要なこと。その恩に報いることは、深雪にとって当然のことだ。たとえ捕らえられているのが、御馳走になった古妖でなくとも。
「体力と気力回復は頼んだよ」
仲間たちに告げて憤怒者の群れに躍り出る。しなやかに伸びをして、そして両手の爪を振るう。その動きはまさに猫。燃え盛る炎のように苛烈に、そして獣のように獰猛に暴れまわる深雪。
覚者達の猛攻の前に、一人また一人と倒れ伏す憤怒者達。
最後の憤怒者が倒れ、古妖を閉じ込める者は誰もいなくなった。覚者達は捕らわれた古妖達を次々と開放していく。
●鎮魂ノ儀:弐
覚者達に守られて、古妖の怨念を静める儀式は進む。
「死せる古妖(エンシェント・アヤカシ)達よ! ユー達のソロウ、レイジ、リグレット……ゴッドには図り知れん」
轟斗が両手を広げて哀しみを表現する。要約すると『私は古妖の悲しみや怒り、後悔を図りすることはできない』……ということか。
「だが、ゴッドはディライトもペインも全てを受け止めねばならない! そして流れるティアーを減らし、輝けるフューチャーへ歩み続けねばならない!
使徒アポストルよ、この暗闇を大いに照らせ! そしてシェイドに囚われしエンシェントアヤカシ達の心を照らすのだ!」
言って儀式を進めるべく声高らかに歌う轟斗。ふざけている様に見えて、本人はいたって真面目。それを示すかのように、轟斗は左手の甲にある精霊顕現の入れ墨を掲げた。魂の炎を示し、古妖の怨念を照らす轟斗。
「ゴッドのソウルフレイムはゴッドゴッドに燃えているのだ!」
「祭りだ祭りだ! やっぱ祭りなんだから楽しまなきゃな」
楓が元気よく叫ぶ。祭は楽しむ者。湿っぽくやるのはつまらない。
もちろんこの儀式の経緯は知っている。古妖の怨念を鎮めるために行われていることも。
「ん? 憎くて楽しむ余裕なんてない? そりゃつれえな、せっかくの祭りがもったいないぜ。
やり返すのはよくないだとか解決策は他にあるだとか、そんなことは言わねえ。そんなんで納得するバカはそうそういねえからな。だったら、答えは一つだ!」
手を叩いて、供えられた食料をさす楓。
「思いっきりぶち当たってこい! そしたらスカッとするぜ! んで疲れたらこの果物でも食って頭を冷やしてみ?
ここにはお前らのことを思って集まってくれてるやつらがいっぱいいるぜ!」
恨み辛みがあるからこそ、派手に騒いで解消する。それが楓なりの鎮魂だ。
(彼らの怒りは当然だ)
手にした扇を広げるゲイル。羽織を正し、古妖の怨念を見た。全てではないが。人間に害を為すことなく生きていた古妖達。彼らは人間の勝手な理由で搾取され。奪われたのだ。それを許せなどと言えるわけがない。
(だがこのまま怒りと憎しみに捕らわれて、痛みと苦しみを感じながら在り続けるのは悲しすぎる。だから俺は全身全霊をもってこの儀式に挑もう)
その悲しい状態から解き放つために。冷たく悲しい檻を壊すために。背筋を伸ばし、扇を動かす。儀式の動きは頭の中に入っている。重要なのは動きではなく心。自らの心を舞で表現する。ゲイルは動きの一つ一つに神経を集中させて、舞を続ける。
(古妖ってのは基本的には人に害をなすものだと思ってる)
紅の古妖に対する思いは中立的だ。人間より力のある獣のようなものだという認識が一番近いだろうか。人と違う力を持ち、そしてそれが人間に牙をむけば惨事が起きる。そういう意味では、その意見は間違っていない。
(争う理由はたくさんあると思う。でも、うまくやっていけるなら、それが一番。嫌いな人間がたくさんいるだろうけど、好きな人間も出来るかもしれない)
でも古妖も様々だ。いい人間や悪い人間がいるように、いい古妖だっている。少なくとも彼らは。妖の様に人に仇名すために生まれてきたのではない。
「あたし達を気に入れとは言わないけど、あんた達を救いたい気持ちは、通じてほしい」
紅は多くは望まない。 だけどこの気持ちだけは届いてほしい。
「お供えはインド料理でもいいのかな?」
事前に問題ないことを確認し、守夜は大量の料理を祭壇に捧げる。家で信仰してるインドの火の神。その習わしに従い供物をささげる橋渡しの為に守夜は奮闘する。インドのバターを使い古妖の魂に捧げるお供物のダルカレとナンも焼いて捧げる。
(人間がやったことを許してくれ、なんて言わないけど……それでも祈るしかできないのなら)
守夜は怨念の前に立ち、真摯に話を聞く。霊との会話術は学んである。儀式を守りながらその恨みを受け止め、しかしそこから目を逸らすことなく受け止める。人間の悪行、人間の業。それはいつの時代も醜く、そして変わらない。それでも、
「それでも、悪い人ばかりじゃない」
それだけは守夜も断言できる。
(会った事もないし。苦しんで死んじゃったおばけの気持ちはわからない。とても、とても苦しいをしたのだと思う。私が考えても届かないぐらい)
アリスは人づてでしか古妖狩人のことを知らない。彼らが行った行為も、それによって殺された古妖の苦しみも。だけどこれだけ大きい怨念になって暴れるのだから、それは想像できないほどだということは理解できる。
「もうおやすみしていいんだよ」
だから。かけるべき言葉はアリスなりの優しい言葉。自分が知っている数少ない癒しの術式。それを行い少しでも痛みを和らげようとする。それは彼らが受けた苦痛のほんの僅かを癒した程度かもしれない。だけど、アリスの心は真摯に古妖達の安らぎを祈っていた。
「ごめんなさい……」
謝って済むことでないと分かっているんが、結鹿は涙を流しながらそう繰り返すしかできない。彼らをこのような目に合わせたのは他でもない人間なのだから。自分たちは違うと責任逃れをするつもりはない。
「ごめん……ごめんねぇ……」
ただ涙を流す結鹿。古妖の怨念が持つ無念、恐怖、悲しさ……そういった感情を受け止め、無意識に謝罪を繰り返す。彼らの攻撃を避けるつもりはない。その恨みを受け止めるように、足を止めてその攻撃を受けていた。
「みなさんの想い……確かに受け取りました。死にたくて死んでいった方がここにはいないと分かっています。わたし達はあなた達の死を無駄にはしたくない」
御菓子は古妖の恨みを受けながら静かに告げる。その想いは理解できる。辛く苦しい思い。だけど、それを理解してその上で、
「わたしには大事なものがあります。最愛の妹の結鹿ちゃん。ともに笑い、喜び、悲しむ仲間たち。彼らを守るために……」
その経緯には同情する。その在り方には憐れみを感じる。だけどそれを理解してなお御菓子は仲間を守るために古妖の怨念に立ち向かう。怨念に立ちふさがる覚者達に癒しを施し、水の衣で身を守らせる。
「……なんともいえない気分ねぇ」
ジルは古妖の怨念を見ながらやるせない気持ちに浸っていた。自分たちが古妖狩人から助けた古妖。それ以上の数が彼らに捕らわれ、殺されていたということか。もっと早く彼らに気づいていれば。そう思わざるを得まい。
「古妖狩人のしたことは許せないし、殺された古妖にも同情するけれど。だからって、こちらも黙って殺されるわけにはいかないもの」
儀式を行う者を守るため、ジルは鞭を手に古妖の怨念に立ち向かう。源素の炎を体内で燃やし、背後で行われている儀式を意識する。彼らには手を出させない。
「全て終わったら花でも捧げてあげるから。今はおとなしくしてくれないかしら」
「イチゴ、ワタシたちは儀式に集中するから守って頂戴ネ」
「何があってもオレが二人を守るぜ! じいちゃんたちは集中してくれ」
「おう。任せたぞ一悟」
リサ、一悟、研吾の【光邑家】も儀式に身を投じていた。一悟が二人を守り、こういった儀式に詳しい研吾がリサをサポートする形だ。
「フフ、これ結婚したとき真っ先にケンゴから教えられたのよネ」
「流石に神殿を作る時間の余裕はなかったか」
白装束にそでを通し、研吾とリサが儀式に挑む。研吾が用意した木曽桧の三方の上にリサが作った土器を乗せる。瓶子が二本と水玉が一個、それに平皿が二枚。瓶子には神酒を入れて、水玉には水を入れ。右に置く平皿には米を、左には塩。
「頼むで、玉竜」
研吾が守護使役に頼めば、その口から炎が吐き出される。明るい光がリサの用意した供物を照らす。炎で供物を清めながら、研吾は儀式のためにまっすぐに立つ。背筋を伸ばし、体全体で世界を感じるような深い集中。
「じいちゃん、そういう服に俺も着替えておいた方がいいか?」
「構わんよ、一悟。儀式は任せときな」
場の空気に耐えきれずに問いかける研吾に問いかける一悟。少しでも祖父母たちの助けになればと思ったが、柔らかく拒否される。二人を助けるなら身を張って守った方がいい、と言うことか。
「せっかく五行の覚者が集まって儀式するんや、天津祓もあげさせてもらおうか」
「ワタシはプロテスタントだから、いまだにチョットもにょるのよネ」
光邑夫婦が静かに動く。和の知識がない者でも、その動きには見惚れてしまう。老いによる衰えを感じさせることのないまっすぐとした姿勢。そして息の合った二人の動き。
「こりゃ確かにオレが入るスキはないか。それじゃ、こっちはこっちで頑張るぜ」
その動きを見て、二人から完全に背を向ける一悟。とても二人の中に入れるものではない。自分にできることは二人の舞を守ることだ。
鎮魂ノ儀は進む。厳かに。だけど多くの思いを込めて。
戦いは少しずつ終着に向かっていた。
●幕間:弐
「このあたりだと思う……勘だけど」
「いや、あたりのようだ」
椿と冬月は古妖狩人の工場内で情報を集めていた。
「車両倉庫……ここに情報があるのかしら」
「彼らがどうやって古妖の情報を得ていたのか。その兵装をどうやって生み出したかや、背後関係などがわかるかもしれない」
二人は頷き、中の資料をあさる。駐車スペースがほとんどを占める倉庫で調べる箇所はそう多くない。控室のような部屋を見つけ、二人はそこに足を運び――
「これは……」
「古妖の資料?」
事務所にあったのは、全国の古妖伝説が書かれた本だ。今の書店に売ってあるものもあれば、いつの時代の物かわからない古本もある。これが彼らの情報源か。
「技術者も覚者台頭で仕事を奪われた者を、イレブンが雇用したようだな」
「金銭の支援をしている組織は結構あるけど……これがイレブンの息がかかっている組織かどうかはわからないわよね……」
「仕方ない。設計図や資料を持ち帰って……あ」
「どうしたの?」
「持ち帰っても、神具じゃないから使えないのか」
ため息をつく冬月。覚者の神具は守護使役が異空間に収納している。そして神具でないモノは収容することはできない。兵装を装備しての行動はかなりの修練が必要になるだろうし、行動時も目立つなどの不利益が生じる。
つまり憤怒者の兵装を鹵獲したところで使用できず、覚者には何の意味もないのだ。
「仕方ないわ。とりあえず得た情報だけ持って戻りましょう」
椿の言葉に頷く冬月。戦いはまだ続いているのだ。
●憤怒者戦:参
「なんだか今日は体調もいいわ。もぐ、悪い人をやっつけちゃいましょう」
もぐもぐと何かを食べながら神無は憤怒者を攻撃していた。鳥の足で刀を掴み、獣の力を用いて一気に振り下ろす。その合間に咀嚼する。もぐもぐ。頭が痛い。お腹すいた。もぐもぐ。
「……あれ? お姉ちゃん?」
入ってきた扉で音が響く。神無が振り向くと、そこには姉の夏南がいた。
「……侮っていた……装甲車のタイヤは……素人が簡単に付け替えられるものじゃなかった……まさかタイヤが壊れるとは……奪うときに傷つけすぎたわね……」
よくわからないことを言いながら肩で息をつく夏南。首をかしげてそれを見る神無。
「ねえ、お姉ちゃん。遅れるから工場内で遊んでなさい、って言ってたけど」
「ええ。言ったわね」
「わたし、お腹空いたんだけど」
お腹を押さえて空腹を訴える神無。息を整えながら夏南が答える。
「言ったでしょう。悪い人には何してもいいのよ」
「そっか。じゃあ食べてくるね。お肉美味しいといいなぁ」
何の肉、とは言わない神無。
「ええ。私もいろいろ焼いてくるわ。相棒の鎮魂よ」
相棒って誰だろう? 神無は疑問に思ったが問わないことにした。
「ふふ、兄様作の小太刀はそんなに弱くないですよ?」
八重は小太刀を構えて憤怒者の中に歩いていく。手にした小太刀は八重の兄が打ったモノ。兄の気づかいなのだろう。刀は八重に扱いやすいように調整されている。後の先の構えを取り、すり足で構えを維持したまま進んでいく。
「力を求めるのは悪いことではないですが、奪ったら奪い返されるのは道理です」
強くなること。道を究めることは悪くない。だがその為に道を踏み外しては意味がない。天網恢恢疎にして漏らさず。道を外れた者に天罰を。八重の刀が翻り、憤怒者達を打つ。しばらくしてばたりと憤怒者達が倒れ伏す。
(憎しみの連鎖を断つべく、復讐を止め、あの時の真実を探すよう生きていたつもりだが……お前達は餓鬼道からは逃れられないか)
アーレスは気配を絶って覚者の影に潜み、憤怒者の死角から一撃を加える。相手の勢いが削げればあとは一気に攻め立てる。憤怒者達に慈悲はない。彼らは自分の能力の無さを埋めるために古妖をモノのように扱った。もはや救いは必要ない。
「あの多脚戦車……関節部分に装甲の薄いところがありますね」
機を見てアーレスは多脚戦車を透視し、装甲の薄いところを指摘する。機械の知識があればもう少し弱点がわかったのだろうが、それは仕方ない。アーレスの指示に従い何人かの覚者が多脚戦車に向かう。
「ハハハハッ! イィイイイヤッホォォォウ! 選り取り見取り食い放題だ!」
多脚戦車に向かい機関銃を撃ち放つ隆明。思考は完全に戦闘モードに移行し、機関銃を撃つ感覚に酔いしれていた。反動が手から伝わり脳を揺らし、戦場という場の高揚が心を揺らす。憤怒者達が倒れるたびに、その熱は膨れ上がっていく。
「オラオラまだまだだろ!? もっと撃って撃たれようぜ! 殴って殴られようぜ! 殺して殺されようぜ! これだこれだやっぱり楽しいなァ! 闘争ってヤツはよォ!」
「これは制圧戦ではなく殲滅戦。ならば藤倉氏のような戦術も有効だな」
ハッピートリガー状態の隆明を見て、仁が頷く。グレネードを連射して憤怒者達を掃討し、その後に多脚戦車に迫る。狙うは四本ある腕の一本。先端に鉄球がついてある腕は、振るわれるだけでも猛威となる。まずはそれか。
「足に近づくものは気を付けるんだ。移動の際に踏みつぶされるぞ!」
言いながら仁は多脚戦車の足に近づく。源素の力を神具に込め、多脚戦車の足に叩き込む。予想はしていたが、かなり頑丈な装甲のようだ。協力な古妖に対抗しようとしていた、というのは伊達ではない。
「あんなものまで用意してるだなんて……!」
盾を構えてタヱ子が多脚戦車を見る。タヱ子は戦場で動けなくなったものを運んだり、味方を守る盾として戦っていた。大地の加護を身に纏い、憤怒者の攻撃を受け止めて見方をその脅威から守っていた。
「耐える事しか能がありませんが……これならどうですか!」
主砲が放たれるタイミングを見て、両手の盾を硬く構えるタヱ子。打ち出される主砲の角度。弾道計算。そして盾の強度と角度。それを一瞬で計算し、手法を受け止めはじき返す。それは主砲には届かなかったが、多脚戦車の足に衝撃を与えることに成功する。
「微力ながら、お手伝いさせて頂きます」
植物の鞭を振るい、つばめが一礼する。振袖に袴、黒の編上げブーツスタイル。そんな大正時代の乙女な格好だが、決して遊びに来たわけでは無い。むしろその恰好こそが彼女の戦装束。お辞儀から顔をあげれば、そこに立つのは一人の覚者。
「腕は私が押さえておきます。皆様は攻撃に徹してください」
鞭を振るい多脚戦車の腕の一本に絡ませる。つばめの体重ではとても抑えきれるものではない。だがつばめが手にしているのは源素で、生み出した植物の蔦。自らの気力を振り絞り、数倍の体重差相手の綱引きを何とか可能にしていた。
「他の作戦を邪魔させるわけにはいきません……ここが頑張りどころですね」
手に炎を携えてラーラが気合を入れていた。大地の衣を身に纏い、敵陣を薙ぎ払うように稲妻を放つ。前世との繋がりを意識して放たれた魔の一撃は強く、ラーラは多くの憤怒者を戦闘不能に追い込んでいた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
その一撃が多脚戦車に届く。古妖に対抗するための兵器とはいえ、やはり源素の攻撃に対する耐性は高くないようだ。ラーラの一撃に揺れる多脚戦車。一撃で倒れるほど弱くはないが、このまま攻め続ければ――
多脚戦車の主砲が火を噴く。多くの覚者を爆風に巻き込み、攻めの勢いをそいでいく。
「どうして寄せ集めの集団が、こんなものを持っているんだか」
蕾花は額をぬぐいながら多脚戦車を見上げる。隙あらば戦車に張り付いて操縦席に近づきたいのだが、その隙が無い。背後から迫ろうとも、それを察して砲塔や腕を向けてくる。まだ完全に殲滅しきっていない憤怒者も無視できない。
「あんたらに構ってる余裕はないんだよ!」
憤怒者に家を焼かれ、家族と死別している蕾花。その経緯もあって憤怒者に対する態度は苛烈だ。覚者と一般人はわかりあえない。両者の壁を常に感じて蕾花は生きてきた。その怒りをぶつけるように、迫る憤怒者に苦無を突きつける。
「……! 何あの戦車! めっちゃかっこいい! 憤怒者の技術スゲー!」
「憤怒者の怒りが生みだした結晶だな。あれだけの技術があるのなら……いや、そこまで世の中は上手く出来てない」
聖と静護は多脚戦車を見ながら会話をしていた。なんとなく一緒にいる腐れ縁は、今回の戦いも一緒になって戦っていた。聖は稲妻を放ち、静護が斬りかかる。そんな戦法でここまで来たのだが……。
「ねね、セーゴ! あの戦車持って帰れないかな!? ていうかパクろう!」
「パク……って聖! 君はアレをFiVEの物にするとでも言うのか!」
突如叫びだす聖に、驚きの声をあげる静護。
「一番手っ取り早いのは操縦席を奪うことだよね。
作戦? 任せてよ、ノープランだから! 飛ばないと届かない場所にあるなら飛んで向かうんだけど……」
「無茶だろ、そんなことしたら更に奴らの怒りを更に買うだけで……ああもう!
そうだったな! 君は無茶と隣り合わせで生きていたんだったな!」
騒ぎ立てる聖に、説得をあきらめる静護。長い付き合いで得た経験が、説得は無理だと理解させる。せめてもの抵抗に、ため息をつきながら口を開く静護。
「聖、僕は君のそんな思考も行動も無茶苦茶なところが嫌いなんだ!」
「セーゴさ、私はお前のそんな常識に固められた考えが嫌いなの!」
罵りあいながら、しかし息の合った動きで多脚戦車を攻める二人。
「犬童さんも戦車の脚狙いか? じゃあさ、いっちょどっちが先に脚一本へし折れるか、勝負しないか?」
「ええ、どちらが多くの脚をへし折れるか勝負でありますよ!」
遥とアキラが拳を握り、多脚戦車の足に向かう。
「オレはこっちの脚狙うから、犬童さんはそっちな! はい、勝負開始ー!」
元気よく遥が声をあげる。布状態の神具を足に纏わせ、天の源素を活性化させる。仲間からの情報を得て、多脚戦車の弱い部分を確認した。強化された足で戦車を攻める。何度も何度も。繰り返される鍛錬が生み出す蹴りが鉄の柱に叩き込まれる。
「解身(リリース)!」
アキラは拳を握り、戦車の足の前で構えを取る。呼吸を整え、真っ直ぐに叩きつけた。多脚戦車の強みはたくさんの足による不整地走破性。故にその足を潰してしまえば、その動きを封じることができる。何度も、何度もたたきつけられるアキラの拳。
戦車が移動するたびに二人も追うように移動し、足を攻め続ける。
「全く。過ぎた玩具を手にした故の、破滅とは。十天の名を、出すまでもない」
巨大な鎌を構えて、菊が戦車を見上げる。古妖狩人。古妖を捕らえて実験を行う憤怒者達。その悪行もここで尽きるだろう。ならば己の正義を示すまでもない。ここで彼らを捕らえ、その罪を償わせるのだ。
「罪は生きて償わせなければ意味も無し。過剰の暴力は禁止です。クズに手をかけるよりは、他の者を戦闘不能にした方がいい」
憤怒者にとどめを刺そうとする覚者に、菊は言い放つ。古妖狩人は許せぬ存在だが、その罪を償ってもらわなくてはいけない。安易に命を奪い、楽にさせるなど意味がない。もちろん、戦略的にとどめを刺す時間がもったいないということもあるのだが。
「うーわ、何あれ……狂気だよなぁ、あそこまでいくと」
鷲哉は多脚戦車を見上げて呆れるようにつぶやく。憤怒者が覚者に対して強い憤りを感じていることは知っているが、その怒りがこんなものを作ろうとは。開いた口が塞がらないが、。かといって呆けているわけにはいかない。
「すっげー! 戦車! こんなのと戦える日が来るなんて……! 俺すっげー!」
逆に奏空は戦車を見て激しく興奮していた。まさか千社と戦う日が来ようとは。一四歳の男性としては兵器にあこがれるのも無理はない。だがなんというか、虫のような足がうぞうぞしているのは、正直気持ち悪い。
「まさか戦車と戦う事になるとはな……だが、脆い部分もあるはずだ」
多脚戦車を見ながら行成が口を開く。相手が何であれ、それに打ち勝つ。それを可能とする仲間がいるのだ。不安になることなど何もない。薙刀を握りしめ戦意を高める。やるべきことは、心に決めてある。
「なんでこんなことするのかなんて、無粋な質問はしませんよ」
刀を構え千晶が言う。いつもテンション高めな千晶だが、場の空気に飲まれるかのように静かだ。憤怒者に同情はしない。今まで溜まってきたツケが返ってくるだけだ。刀の柄を握りしめ、戦場の空気を肌で感じる。
「やるか」
心の炎を燃やし柾が顔をあげる。その先には絶脚戦車。何を、とは言わない。言うまでもない。心が通じ合った仲間たちだ。その一言だけですべて理解してくれるだろう。神具を装備し、歩を進める。
「ええ。ここで憤怒者と戦車を止めます」
頷き亮平も歩を進める。敵の数は多い。だが不安はない。今まで戦ってきた仲間たちがここにいるのだ。その自信が恐怖を打ち消していく。ショットガンを構えて、戦車を見上げた。正確にはその操縦席があるであろう場所に。
鷲哉、奏空、行成、千晶、柾、亮平の【モルト】は頷きあい多脚戦車に向かう。まるで一つの生き物のように一糸乱れぬ動きで。
「っしゃー! やるぞー!」
「そいでは――参ります」
奏空が稲妻を放ち憤怒者を撃てば、そこに刀を構えた千晶が切りかかる。戦車周りの憤怒者の数が減ったところに、行成と鷲哉が多脚戦車の足に攻撃を加えていく。
「流石に動いている相手の関節は狙いにくいか」
「こなくそー!」
そして亮平が搭乗口に乗り込む援護をすべく柾が炎で援護をする。物質を抜ける術を使い、一気に亮平は操縦室内に――
「――ぐあっ!」
「阿久津!?」
戦車内から響き渡る亮平の声。中で何があったかは想像でしかないが、物質透過を予測していた憤怒者の一撃を受けたのだろう。見えない壁の向こうで武器を構え、やってきた亮平を攻撃したのか。亮平からすれば壁の向こう側は見えず、言ってしまえば目をつぶって進んだに等しい。それがわかっているのなら、対策はいくらでもとれる。
憤怒者は覚者に対抗するために技術を磨いている。過去の事例から覚者の技を調べ、それに対抗する策を用意していたのだ。
そしてその集大成がこの多脚戦車『リョウメンスクナ』――
●古妖奪還:参
内部地図を頭の中に叩き込み、地形を知る土の源素術で地形を確認する千陽。
「おそらくこの区画ですね。地形に空白ができている」
エレベーター部分にある奇妙な空白。それに気づいた千陽はそのことを思念で報告し、その場所に向かう。エレベーター作業用の通路を伝い、黒く塗られた扉を見つける。場所的には工場裏手の山の下あたりか。見張りの憤怒者を伏し、その扉を開けて進めば――
「…………これは」
千陽の目の前には無残に横たわる古妖達。
ある古妖は過剰な薬物投与で苦しんでいた。
ある古妖は奇妙な機械を貫くように埋め込められていた。
ある古妖は別の古妖と糸で継ぎはぎされて繋がっていた。
ある古妖は――
そしてそれらに共通することは、まだ生きていることだ。
言葉もないとはこのことだろう。古妖狩人は実験の結果助かる見込みのない古妖を――そもそも助けるつもりもないのだが――こうして地下に放置しているのだ。まるで臭い物に蓋をするように。
そこに人間に対する怨嗟はない。ただ苦しみ、痛みに悶え、狂いながらのたうち回る生命。人間とは、自分と違うというだけでここまでのことができるのか。
その思念通信を聞きつけ、【雪女】の覚者達がやってくる。
「…………なんだよ、これ……」
ヤマトはようやく見つけた古妖を前に、膝をつく。かつて古妖狩人に捕らわれ、そして助けることができなかった雪女。それを探して工場内を駆け巡った。雪女は何かに怯えるように膝を抱え、時折起きる頭痛に苦しみ悶えていた。
「涼音さん……」
崩れ落ちるように膝をつき、アニス傷を癒そうと癒しの術を施すために雪女に手を伸ばす。その手に怯えるように後ろに下がり、壁に追い込まれる雪女。人間の手によりどれだけの暴力を受けたのか。それを感じさせる動きに、アニスの瞳から涙が落ちる。
「……とにかく、アンプルを打つぞ」
感情を押さえるように誘輔が動く。何かをしないとやってられない。アンプルを打つ場所は教えてもらった。だが時間が経ちすぎているのだろう。その症状が緩和されたようには見えなかった。何かできることはないか。必死で思考を回転させる。
「もっと早く救えれば。あんた達が引き裂かれる前に気づいてやれば……」
刀の柄を握りしめ、公開の言葉を放つ満月。もし自分たちがもう少し早く気付いていたら、この結果はなかったのかもしれない。これだけの力を持っていても、何もできないのか。自問自答の答えはない。答えはない――
そして古妖狩人の資料を探している【悪いのは王子】も、その報告を聞いてこの区域にたどり着く。
「楽しそうな『声』があると思ってきてみれば。これはこれは」
エヌは口元を押さえてその光景を見る。顔半分を隠しているエヌの表情は誰にもわからない。特定の『声』にものすごく興味を持つネヌは、実験データからその辺りを見つけられるのではないかと捜索していたのだが……。
「まさかこのような……いえ、失礼。しかしいかにも秘密の研究区域というところではないでしょうか。ここは」
「確かにこの混乱の中、隠れそうな場所はこういったところでござろうなぁ」
刀を鞘に納め、天光が口を開く。その声に不愉快なものが混じっているのは自分でもわかっていた。研究者は可能な限り降伏させて罪を償わせようと思っていたが、少しぐらいは痛い目に合わせてもいいかもしれない。そう思わせるほど、この空気は陰惨だ。
「資料があるなら地下、とは思っておったが」
思念による通信を聞いてやってきた夜司もまた、不愉快さに眉を顰める。非道な実験の犠牲者を捨ておくことはできないと捜索に回っていたが、これほどまでとは。資料を見つけ回収するという目的も、怒りを前に消え去っていた。
「癒しはしてみますが、これは……」
茂良は癒しの術を施すが、全ての古妖を癒すにはとても足りない。精々が苦痛を一時取り除くだけだ。戦闘を回避してきた為に気力は十分だが、この膨大な苦しみの前に何ができようか。小さな手を、ギュッと握りしめる。
「……あそこに人がいます。おそらく研究者でしょう」
湧きあがる感情をぐっと押さえ込み、成が周囲を見回す。暗闇の中、動く人影を見つけそちらに向かう。慌ててその影が逃げようとするが、成の方が早い。押さえ込み拘束する。彼が持っているのは投薬用の注射器か。
「……古妖や妖がどうなろうが知らないけど。知ったことじゃないけど」
何かを押さえた声で数多が研究者に語り掛ける。妖に家族を奪われた数多からすれば、古妖という種族に好意的にはなれない。だけど、この光景はそれとは別問題だ。とても許されるものではない。
「余が知りたいのは、強化人間の治療法。それ、知らない?」
片膝をついて押さえ込まれている研究者に問いかけるプリンス。古妖狩人の犠牲者。それを回復させる方法を探していた。古妖の研究資料や人体実験のデータ、検体の本来の戸籍などを入手した。あまり読み込んでいないが、それらが告げる結論はこうだった。
「覆水は盆に返らない。あれは生命機構を犠牲にして覚者並の能力を得る施術だ」
研究者は答える。そんなものはないと。
「逆に聞くが、なぜ戻したい? そんなに俺たちが力をつけるのが嫌なのか」
「……っ?! そういうことを――」
そういうことを言いたいんじゃない。そう言いかけた言葉を制するように研究者は続ける。
「そういうことなんだよ。たとえ寿命を削ってでも、お前たちのような力を得たい。そういう技術だ。
お前たちはさぞいい気分なのだろうな。特に努力なく力を得て、弱い俺達を見下して。俺たちがその場所に行こうとするなら、命ぐらい使わないといけないんだよ」
それは、言うまでもなく責任転嫁だ。どんな理由があろうとも、古妖をいいように扱っていい理由はないし、命を軽んじていいわけがない。
だが、その根幹にあるのは覚者と一般人の差だ。一般人を弱いと見下す覚者は、確かにいる。隔者と呼ばれる者達はその傾向が強いし、FiVE内でも今回の戦いにそういった思いを抱き戦いに挑んだ者もいる。
その差がこの惨劇の原動力となっていたというのなら、彼らをここまで追い詰めたのは覚者なのではないだろうか? そう錯覚させるほど、研究者の問いは純粋なものだった。
「なあ? どうして戻したいんだ? 俺達は少しの間だけでもお前たちの立場に追いつけたのに。なあ、なあ!」
覚者と一般人の間にある壁。それはあまりにも大きかった。
●鎮魂ノ儀:参
人は愚かだ、と久永は思う。
(自分と違うというだけで、蔑み、貶め、蹂躙する。古妖狩人に関わって、改めてそう思い知らされた)
それは古妖狩人だけの話ではない。己と違うものを排他するのは人の業なのだろう。覚者と憤怒者の抗争を例に出すまでもない。
「その恨みはわからんではない。
だが人の全てがそういうわけではない事も余は知っている」
だから止める。翼を広げて大空に向かって声高らかに久永は歌った。彼らへの鎮魂歌を。
(ここに集った者達のように、心優しい人間が沢山いることを古妖達も知っているはずなのだ。どうか心を鎮めて、思い出しておくれ)
憎しみも悲しみもすべて受け止めて、ちゃんと次に繋げていく。そう誓いながら久永は歌い続ける。
「来いよ。おまえの恐怖も絶望も、否定できるほど強くはないが」
浜匙は古妖の怨念を前に向き直る。殺された古妖を悪しざまに攻めることはできない。それを受け入れるために真正面から怨念を見据えた。肺一杯に空気を吸い込み、腹部を押さえて浜匙は歌う。
(自然は畏れ、敬うもの)
今は亡き父の言葉を思い出す。聞いたその時は理解できなかったけど、今ならわかる。自然を無理に従えようとするからこうなるのだ。この怨念は人間が無理をした結果のモノ。そこから目をそらさず浜匙は言葉を紡ぐ。
「恐み恐みも白す。人の事は人が何とかするから、どうかお静まりください」
「憎いでしょう殺したいでしょう」
桜は古妖の怨念に語り掛ける。
「優しい諭しも慰撫も届かない。ただ怒りと憎しみにしか鎮められぬ想い」
桜は殺意を否定しない。古妖の怨念が人を殺したい気持ちは理解できる。何故なら自分もそうだからだ。奪われた、傷つけられた。私から『あの人』を奪ったことは許さない。だから殺さないと。その殺意(きもち)は理解できる。
「でも乱暴に人間と一括りにしてしまっては駄目。貴方達を殺したのはだぁれ?
だからクズを殺しましょう捧げましょう血と肉と命を以って贖わせその想いを鎮めましょう共に彼らを殺しましょう」
微笑ながら桜は怨念に語り掛ける。子供の手を引くように、優しく。
「それでも想い果たせぬと言うならば、私の血肉も捧げましょう」
だからお行き。自らをささげるように無防備に怨念に体を晒し、桜は怨念に手を伸ばす。
「あなた達はただ静かに暮らしたかった」
たまきは古妖達のことを思いながら、源素の水を撒く。清め給え、祓い給え。清めの水を撒きながら、たまきは古妖達のことを思い涙を流していた。
「それを私達と同じ人間がめちゃくちゃにした」
口にして、喉がつかえる。それがどういうことかを想像し、切なくなる。ああ、なんと酷いことをしたのだろう。許されなくて当然だ。
「謝って済む事じゃないけど……」
背中の羽を広げ、宙に舞う。そこから白菊と水の雫を降り注がせ、母に教えてもらった子守歌を歌う。ねむれねむれ、よいこよねむれ。母はここにいるからね。父はここにいるからね。ねむれねむれ、よいこよねむれ。
(これが今私にできる精一杯の手向けと弔い……)
「殺された恨み辛みを吐き出したいんだね」
霊と交信する術を使って理央は怨念に語り掛ける。彼らを生き返らせることはできない。だけど輪廻の輪を潜らせることはできる。その為には、その恨み辛みを吐き出させる必要がある。
「貴方達の思い、ボクの仲間達が正しく叶えてくれる。だから、心安らかに輪廻の輪へ帰ろう」
理央は木行、火行、天行、水行。五行の四を術符に込め、展開する。自らの体を土行とし、五行をもって此岸と彼岸を繋ぐ架け橋となる。全ての怨念をこれで輪廻の輪に乗せることができるとは思わない。そんな都合のいい奇跡が起きるなんて思っていないし、思いたくもない。
それでもそうしたいと決めたのだ。奇跡ではなく儀式としてか、彼らを送りたいと。
(怒りも憎しみも悲しみもボクの中に置いて、新たなる生を迎えて)
その気持ちが、怨念に届きますように。
●幕間
多脚戦車『リャンメンスクナ』と抗争を続ける覚者達。
『廃棄』された古妖を前に現実に打ちのめされる覚者達。
古妖の怨念を鎮めるため、儀式を続ける覚者達。
そんな三つの戦場とは異なる位置に誡女はいた。有明月に照らされた赤いスーツ。『試作八型:付喪』と名付けられたスーツは、一切の汚れがない。誡女はこの場でずっと、祈り続けていた。
「私は声を代償に、あなたたちを癒やし続けましょう」
その言葉の後に誡女の言葉が途切れる。だけど言葉に出すことなく祈りは続く。
(私は血を代償に、あなたたちを救い続けましょう)
ごふり、赤い液体が誡女の口からこぼれる。
(私は魂を代償に、あなたたちを護り続けましょう)
ぞくり、紅崎誡女と呼ばれる人間の何かが、そんな音とともに削り落ちた。
未来を進む者の為に、わずかな手助けを。
それはそれだけの奇跡。諦めず戦い続ける仲間たちに、ほんの少しの後押しをするだけの、たったそれだけの奇跡。
その奇跡は圧倒的な破壊を生まない。その奇跡は時を戻さない。その奇跡は状況をひっくり返さない。
わずかな後押しをするその奇跡は――
●憤怒者戦:終
「何……!?」
多脚戦車を操縦していた平山は、自分の手を掴む覚者の手に驚きの声をあげていた。壁を透過してきた覚者――亮平の手が動き、操縦する手を押さえ込んだのだ。
馬鹿な、ありえない。とどめこそ刺さなかったが、戦闘不能後もかなり念入りに殴って気を失わせたのに。だが現実に亮平の手は腕をつかみ、こちらの動きを止めている。何が起きたというのだ。奇跡でも起きない限りあのダメージで起き上がれるはずがない。
「今が攻め時じゃ。一気にかかれ!」
樹香が多脚戦車の動きが止まったのを察知し、号令をかける。その号令に勢いづいた覚者達が一気に攻め立てる。
「回復は任せてください」
太郎丸は気力を振り絞って仲間の回復を行う。尽きかけていた気力が、今少しだけ起き上がった。あと数回は術が放てそうだ。
腕を振るい遠心力で覚者を払おうとする多脚戦車。そのバランスが突然崩れた。
「……俺ぁ帰るぜ」
やる気のなさそうな刀嗣の声が聞こえる。『贋作虎徹』を鞘に納め、どうでもいいとばかりに背を向けた。
「いくよ、セーゴ!」
「ああ、こうなったらなるようになれだ」
聖や静護をはじめとした覚者が動きの鈍った多脚戦車を昇り始める。その腕を振るって妨害を続ける多脚戦車だが、勢いを増した覚者の数に対応できず押され始めていた。
「――今だ」
隙を見つけ蕾花は駆ける。不安定な多脚戦車の足と腕をバランスよく渡り、その搭乗口に手をかける。それが物理的な施錠であるのなら、開けられない道理はない。それを振り落とそうとする戦車の動きも蕾花の集中の邪魔にならない。
「浅はかだね。これで覚者に勝てると思ったの?」
搭乗口の扉を開け、操縦している平山を引っ張り出す。その首に神具を押し付け、勝利宣言をするように問いかけた。答えることができずにうなだれる平山。
操縦者を失い、沈黙する多脚戦車。覚者達の勝利の声が響き渡る――
●古妖奪還:終
「どうして戻したいかって、決まってるじゃん」
誰かに背中を押されるようにプリンスは口を開く。研究者の言葉に押されるように思いを止めていたが、そんなことは初めから決まっていたことだ。
「余が助けたいって思ったからだよ」
「だから俺達がお前たち覚者に追いつきたいと思う気持ちを何故――」
「君たちはそうしたい。でも余は助けたい。ただそれだけだよ」
助けたい、と思うことに理由はいらない。たとえそれを妨げる理由があっても、それを行ってはいけないという理由があっても。それは何かを助けたいという思いを止める理由ではない。決して。
(暗愚のように振舞っているが、やはり殿下には人を率いる天稟がお有りですな……)
成はそんなプリンスを見て頷いていた。王とは決断する者。王とは率いる者。その才能を見た気がした。
「……言ってろ! どの道あいつらを助ける手段なんてないんだ!」
「手段がないから、どうだというんじゃ」
叫ぶ研究者に静かに返す姫路。
目の前に横たわる古妖の惨状は理解している。それをすぐに治せる魔法の薬も、超未来の手術台もない。古妖達を救う手段は何一つない、それは言わらずともわかっている。
それでも、
「わしは矜持を示すのみじゃ。例え癒す術なくとも、生きるために」
「……え?」
覚者達は姫路の動きを信じられないという顔で見ていた。それはただの治療行為。医者が患者に行うような、問診と触診。そんなものでは治るはずがないのに。治るはずがないと誰もが思っていたのに。
古妖達の苦悶の声は、姫路が診察するごとに和らいでいく。古妖狩人に奪われた彼らの生命を姫路は彼らに分け与えていた。自らの生命力を燃やし、その温もりを彼らに分け与える奇跡。
「諦めるな。手段なんかなくとも、わしらが諦めんかったら助かる可能性はあるんじゃ」
「……ああ、そうだ。約束したんだからな」
満月は雪女の手を取る。恐怖で震える雪女。それを拒絶しないのは、逆らえばもっとひどい目に合うからと体に刻まれているからだろう。人が犯した罪。助けられなかった罪。それを今贖おう。
「すまなかった、すまなかった。俺達が悪かった」
ただ真摯に。心を込めて謝罪する。できることなどそれしかない。それ以外のことなど意味がない。ただひたすらに謝罪し、手を握る。謝って許してもらえることではない。彼女は人間の抗争に巻き込まれた被害者なのだ。
ぴく、と雪女の指が動く。最初は拒絶かと思われた動きは、それが満月の手を握り返そうとする行為だと気付く。弱弱しく、痙攣しているに等しい動き。だけどその手は確かに人間の手を握ろうとしていた。
「……良かった……」
それは快癒と呼ぶには程遠い状態だ。
だけど満月の手は、確かに雪女の手を掴んでいた。ただそれだけの、だけどこの場においては大きな奇跡。ここで温もりを拒否して心を閉ざせば、そのまま心を開くことはなかっただろう。
「……いい話でござる……!」
「えー、あー、はいそうですね」
泣く天光に適当にうなずくエヌ。
「でも……結局治す為の情報はなかったってことよね、これ」
「仕方あるまいて。地道に癒していくしかあるまい」
「ええ。信じることが重要なのです」
ため息をつく数多に夜司と茂良が答えた。結局のところ、それしかないのだと。
「良かった……ようやくお助けできました……!」
「すぐにお姉さんに会わせてやるからな!」
「ようやく約束が守れたか」
アニスとヤマトと誘輔が雪女の様子を見て安堵の息を吐く。まだ安心はできないが、それでも最悪の事態は避けることができたのだ。
かくして覚者達の古妖奪還作戦は終了した。まだ力の余っている者を中心に古妖を運び出し、FiVEの作戦中継点に輸送し、治療を開始する。
治療は大変だろうが、とりあえずの難関は突破したのだ。
●鎮魂ノ儀:終
儀式は終焉に向かっていた。
自らを送る儀式。その儀式を受けて古妖の怨念は足を止めていた。
それは儀式だからということではない。それなら最後まで抵抗しただろう。理不尽に暴れる怨霊として、苦しみながら抵抗しただろう。
だが、知ってしまった。触れてしまった。
自分たちを思う、覚者の心に。
「貴方達が迷わないように……」
灯が儀式場に明かりをともす。それは古妖達を導く灯台の光。天に昇るための道標。彼らがどのような思いを抱いていたか。それは想像するしかできない。だけど死んでなお苦しみむことなどあってはならないことだ。
「形こそ違いますが、これが灯台守としての我が一族の使命でもあります。明かりは決して絶やしません」
暗闇の中の光が、どれだけ人の希望になるのだろうか。それを絶やさぬこと。希望を照らし続けること。それが灯台守としての使命。祖父母や親たちがそうしてきたように。灯もまた、明かりを消すことなく照らし続ける。
「儀式の明かりの元に集った私達、そして今も戦っている仲間達も決して古妖達の無念は忘れません。
ですからどうか、もう苦しまないでください」
「フフ、コレが極東のオリエンタルパワーの秘密ね」
巫女服を着たエメレンツィアがその着心地を確かめるように回転する。それ自体に特別なパワーなどないが、雰囲気は重要であるとばかりに友人の祇澄から借りたのだ。ひとたび目を閉じ、そして開けばその雰囲気は変わる。癒しを施す母のような顔に。
「さあ、解き放たれなさい。もう、無理に力を使わなくていいのよ?」
水の源素を振りまきながら、祇澄に合わせてエメレンツィアは舞う。古妖狩人は道具として扱われた。それは許されることではない。一方的に搾取し、奪うだけの行為はただの略奪だ。力の解明は相互協力で行うべき。そこに明るい未来など生まれるはずがない。
「さあ、もっと楽しみましょう。皆で一緒にすごす為に」
「悪しき念よ、鎮まり給え。祓い給え、清め給え、六根清浄……」
深い集中でトランス状態のまま舞う祇澄。舞いながら、古妖達のことを思っていた。
(救ってこれた皆さん、救えなかった皆さん、捕らえられている皆さん。古来から、この地に住み、この地を守ってきてくれた皆さん。
私は、皆さんにまた、この地を守ってほしいと、願います)
それが身勝手な意見だろ言うことは、祇澄も理解している。彼らを殺したのは人間で、怨念となるほどに人間は恨まれている。その怒りは正当で、許されるものではないのに。
(それでも、私は――)
出会ってきた古妖のことを思う。出会えなかった古妖のことを思う。悪い古妖もいた。善い古妖もいた。人とは違い、だけど人のそばにあって共に生きてきた彼ら。この思いをなんと言うか。そんなことは初めからわかっている。
「皆さんの事が、大好き、ですから」
それだけは、たとえどれだけ古妖に恨まれようと変わらない事実。
「……あんなむごたらしい目に遭わされて、さぞかし辛かった、無念だったでしょうに……」
アイヌの民族衣装を身に纏い、まきりが古妖の怨念を見る。その痛みも無念も察する事しかできない。そしてそれをもっと早く気付いて止めることができなかった自分の無力が悔しくてたまらない。この手がもう少し遠くまで届いていれば。
(だから今はせめて、この儀式にてその嘆きを癒すことができれば……)
これ以上苦しまないでほしい。これ以上嘆かないでほしい。歌も踊りも自身はないけど、まきりは一生懸命儀式を進める。古妖の怨念を鎮められるよう、二度とこんな目に遭う古妖が出ないように。少しでも古妖の魂が救われるように……。
(カムイ、どうか我々の気持ちを受け取ってほしい)
恵太は古妖の怨念を『カムイ』と呼んだ。それはアイヌ民族における神格の霊的存在。彼らの生活と共にあるモノ。敬意と親愛を込めてそう呼称した。古妖(カムイ)あっての自分達。世界は古妖(カムイ)と自分たちのバランスでできている。
(怒りや悲しみ、苦しみを全身全霊で受け止める。この歌がカムイの心に届きますように)
そしてカムイとは自然そのものも指す。あの山も、その川も、遠くにある湖も、風も、大地も、炎も、雷も、大雪も、病気も、災害も。善いも悪いもすべてそうカムイ。自分たちも含めてすべてが世界の一つ。その恩恵をうけて、今自分たちは立っている。
(カムイたちが奪われた魂はおらが返そう)
自分たちは常にカムイから恩恵を受けている。だから、カムイに恩恵を返すのは当然だ。恵太から剥離していく何か。それは自然に帰るだけだと穏やかな心でそれを捧げる。
覚者と憤怒者という人間同士の差から始まった戦いは。
(だから、仲間達や、何よりも古妖達自身の魂を傷つけないでほしい)
世界(こよう)と自分(にんげん)を区別しない。自分と世界(すべて)を区別しない。そんな祈りで終結を迎えた。
かくして鎮魂ノ儀は終結を迎える。
霊が消える間際、甲高く響き渡った古妖の声。
様々な思いと数の古妖の声。それを解析することは誰にもできなかった。未練だったのかもしれない。悲鳴だったのかもしれない。絶叫だったのかもしれない。怨嗟だったのかもしれない。慟哭だったのかもしれない。
ただその中に、
「あ、り、が、と、う」
「話を、聞いてくれて……嬉しかった」
「ばい、ばい」
感謝の声が、確かに混じっていた。
●真なる狩人:終
さて、ここからは後日談になる。
次の日のニュースは『工場を襲う覚者テロ!』の一文が占めることとなった。だが工場内の調査が進むにつれて古妖狩人の違法性が暴露されることになり、ニュースは『工場で行われていたテロ準備を、未然に塞いだ英雄がいた』という方向性に変わる。様々な兵装を不当に所持していたこともあるが、古妖を使った倫理を無視した実験と人体をベースにした実験結果が決定打になったようだ。
救出された古妖の治療は、思いのほか好調だった。これが覚者の持つ奇跡を呼ぶ力――魂の力なのかと御崎は唸っていた。治療を終えた者から順次故郷に帰っていく。
古妖狩人の工場から拝借したものは散々協議が為されたが、最終的には中を通じて証拠としてAAAに渡すことになった。状況を鑑みればこれは強盗であり、これにより得る利益より不利益の方が大きいという判断である。司法取引めいたやり取りが行われ、その情報だけは非公開を条件に利用させてもらうという形に落ち着いた。
工場は解体され、その跡地には古妖達を祭る為の神社が作られることになる。これは古妖を思う地元民が出資して作った物だという。自分達以外にも古妖達を思うものがいるという証だ。
帰還した覚者達はすぐに日常に戻ることになる。師走に休んでる余裕などない、とばかりに忙しい日々が待ち受けているのだ。
そういった生活の中にも、古妖はいるのだろう。その物陰で、天井裏で、机の影で隠れて。気づかない者もいるだろう。時には許されない悪戯をする者もいるだろう。だけど憎みきれない彼ら。
この夜覚者が守ったのは、そんな日常。もう戻ることはない魂もあるけど、覚者はその平和を間違いなく守ったのだ。
その報酬を噛みしめ、覚者達は自らが守った日常に戻るのであった。
「さあ頑張るぞー!」
「突撃するにゃ!」
天十里と真央の元気な叫び声と共に、覚者達は古妖狩人の工場内になだれ込む。
鬨の声をあげて憤怒者達に突撃する部隊。
戦乱に紛れ、古妖やその資料などを奪還しようとする部隊。
発生した古妖の怨念を静める部隊。
様々な思いを込めた覚者の足並みは、しかし乱れることなく戦場に向かう。
●憤怒者戦:壱
「さあさ、戦の始まりじゃ。覚悟せい、者共!」
先陣を切ったのは樹香だ。薙刀を手にして鬨の声をあげながら、一気呵成に突撃していく。群がる憤怒者を見据え、しっかりと地面を踏みしめて腰を振るう。薙刀を横一線に振り払い、文字通り憤怒者達を薙ぎ払った。
「こちらの方が数は少ない。なればこそ、仲間との連携と各々の奮戦が鍵じゃ。油断も驕りも、慢心もせぬ。同情も、怒りもじゃ」
樹香の言葉に嘘偽りはない。敵の数は多い。そして樹香に油断も驕りも慢心もなかった。憤怒者を敵と認め、その経緯に同情も怒りもない。ただ倒すべき敵以上の認識はない。静かに、だけど可憐に戦場に舞う刃の花の如く。
「いっくよー! かりゅーどやっつけさくせんかいしっ!」
元気のいいククルの声が工場内に響く。両手にステッキを手にして、くるりんと回転してポーズを決める。手に生まれた緑の鞭を振るい、迫る憤怒者を片っ端から殲滅していく。難しいことは考えない。とにかく目の前の敵を倒すのだ。
「とにかく憤怒者を時間一杯やっつければOKだよねっ。それならミラノにもわかりやすくて簡単っ♪」
と言うククルだが、彼女は単に目の前の敵を倒すだけのマシンではない。傷ついた仲間がいればすぐに癒して回る優しさも持っている。どのような状況でも明るく、そして優しく。ククルという覚者は非情な戦場においても優しい心を失うことなく戦い続ける。それが彼女の最大の強さだ。
「オレもいくぜー!」
太く大きい鉄パイプを手に罪次が憤怒者の群れに躍り出る。覚醒して二十歳ぐらいの青年になった罪次は、ネジが外れたように楽しそうに戦っていた。そういえば一般人だからあまり殺しちゃダメなんだっけ? それを頭の片隅に留めてはいるが、勢いは止まらない。
「オマエら、古妖のこと、イジメて楽しんでたんだよなー? ヒトにされてヤなコトしないのがフツーなんだろー?
んじゃあオマエらは、イジメられるだけの覚悟ができてるってことだ!」
笑顔のまま告げる罪次。子供の理論だが、正鵠を得ている。反論する余裕すら与えずに 罪次は神具を振るい進んでいく。大きく振り上げて叩きつける。野球のバットの様に構えて、全身の筋肉を使い振りかぶる。
「まあ、まずは敵の頭数減らしに勤しもうか」
頭の中で戦場を構築する懐良。憤怒者の最大戦力はあの戦車だが、それを討つためにはかなりの数の憤怒者を廃さなければならない。兵法者は常に冷静に。戦略上の勝利を定め、そこにたどり着くように道を構築するのだ。
「『趁火打劫(ちんかだこう)』……火に付け込んでおしこみを働く。この勢いのまま攻めて、FiVEに利する者を得ることができればな」
自分たちを囮にして奥に向かった奪還部隊のことを考える。彼らが安心して行動できるよう、ここで大きく派手に動くことは正しい。戦場の制圧、情報の収集、怨念による被害の減少。憤怒者の注意を引き、すべての作戦を成功させるのだ。
「ここで、出来る限り敵を倒さないとですね」
心の炎を燃やし、秋人は戦場を駆ける。憤怒者達の動きを先読みし、敵陣の穴をつくように動く。今何が必要なのかを頭の中で決め、仲間の進軍を最優先にして行動するのだ。今は敵の数を減らすことを考え、一気呵成に攻め続ける。
「回復過剰にならないように……と思いましたが、どうやら遠慮はいらないようですね」
多くの憤怒者と多脚戦車。それらが与えるダメージは、源素の力がなくとも苛烈だ。秋人は一旦足を止め、回復に回る。源素の力を含んだ霧が広がり、仲間の傷を癒す。憤怒の濃い戦場において、優しい癒しが広がっていく。焦るな。戦いはまだ始まったばかりだ。
「傷ついた人はこちらに。立て直しながら進軍しましょう」
「回復援護はボク達に任せてくださいっ」
『ノートブック』を手に太郎丸が声を張り上げる。小さく、そしてまだ幼さが残る太郎丸だが、誰かを守りたいと思う意思は一人前だ。憤怒者の視界を奪うために霧を放ち、隙あらば稲妻で攻める。そしてその動きはすぐに回復にシフトしていく。
「誰も……誰も死なせはしません。みんなで明日を迎えるんですっ」
本で得た医学の知識。それを元に仲間の疲弊具合を確認しながら、太郎丸は回復を施す。普段は引っ込みがちな彼だが、だからこそ日常の大事さが理解できる。明日皆で笑っていつもと変わらない日々を過ごすために、ここで命を削って戦いに挑む。負けやしない。負けるわけにはいかない。自分達の日常だけではない。捕まった古妖達の日常を取り返すのだ。
「はいはいはーい! 憤怒者の皆さんご機嫌如何ですかー!」
普段はローテンションな治子だが、覚醒すれば反転する。愛銃『風邪ひきマリー』を手に、元気よく憤怒者に銃撃を加えていた。頑丈さの代償に重く機動性に欠けると言われる愛銃を、何の苦も無く扱う治子。
「皆さん酷過ぎですね! 見てて腹立ちますね! おこなのですねー! 治子さん怒りの鉄拳ですよー! 鉛玉ですけど!」
怒りを弾丸でぶつける治子。彼女を知る者が見ればこの性格反転ハッピートリガーはいつもの事かと思うのだが、その根幹にあるのは治子の怒り。普段は自己嫌悪に陥る治子だが、それでも古妖狩人の横暴は許せるものではない。その怒りは反転することなく、素直に当事者にたたきつけられる。
「どっちが正しいかとかそゆのは知りません! 難しい事興味なし!」
「確かにな。正しい、ってことに意味はねえや」
頭を掻きながら駆はつぶやく。覚醒し、ラガーマンだったころの肉体に変化した駆は神具を振るい憤怒者を薙ぎ払っていく。
「偉そうなことは言えないさ、あんたらの言う通り俺達は化物だ。
人と違う力を持つ者。それを人ではないというのなら、それはそうなのだろう。
「でもなあ。俺は人間は好きだし尊敬してるが、お前ら個人のやってることを『はいそうですね』と受け入れるほど人間出来てねえんだよ!」
駆は『普通の人』の素晴らしさを知っている。世間を回しているのはいつだって『普通の人』だ。古妖狩人の知識も使い方によっては世間を変えていたのかもしれない。だが、
「振り返ってこのザマをよく見ろ! てめえらはとっくに、俺達と同じバケモンだ!」
「正論を言って聞くような連中なら、こうなっていねーですよ」
ため息をつくように槐が言葉を返す。対人戦は苦手だが、最後だからということで駆り出されていた。天の源素を体内に宿して身体能力を増し、盾を構えて一直線に前線に躍り出る。二度の対人訓練が効いているのか、その動きは的確だ。
「正直言うことも戦い方も単調で詰らない輩ですが、罷り通らせて頂きませうか」
最前線に身を置き、敵の足を止めながら回復と支援に徹する槐。霧で視界を奪い、味方の気力を回復し、そして傷ついた味方を癒す。憤怒者の攻撃を盾による防御で確実にいなしながら、しかし攻めることなく立ち続ける。それはまさに要塞。戦場にあって揺るぐことない戦いの起点となっていた。
「多人数で戦するならただ殴るだけでじゃなく、こういう脇の方が重要になるのですよ、意外と」
「おお、助かるぞ! では妾も行くのじゃ!」
両手に銃を構えて玲が戦場を進む。一時は魅了の視線を使って憤怒者に紛れようとしたが、この数全員にかけるのは無理と気づいて諦めた。小細工なしのスピード勝負。小さい体の利点を生かし、敵陣をひっかきまわすように動きながら攻める。
「小柄な身体をフル活用じゃ! 決してちっこいとは言わせぬぞ!」
二丁拳銃を構え、踊るように戦場を駆ける。二つの銃を時に交互に時に同時に撃ち、敵の中で踊るように戦う玲。強気に攻める玲だが、自分が力がないことは理解している。それでもその気概は崩さない。いつか理想の自分になるために、今日という戦いを糧にするために恐怖を押さえて戦いに踊る。
「貴様等! 妾の華麗なる一撃を食らうがよいわ!」
「おう! ここでさっぱり潰しとこーぜ!」
同じく強気で戦場に挑む燈。心の火を燃やし、神具に炎を宿し、エンジンフルスロットで敵陣に突っ込んだ。今まで利用されてきた古妖達の分も含めて、ここで古妖狩人を大炎上させてやる。憤怒者一人一人に刻むように燈は炎を叩き込んでいく。
「此処の奴ら抑えときゃ他んトコの奴らが上手い事やってくれるんだろ。なら力の限り倒しまくるぜ。
デカい玩具もすぐにボイルにしてやるよ!」
目線をあげればそこには多脚戦車。それを焼き尽くすと宣言する。だが目下は群がる憤怒者の数を減らすことだ。多人数を一気に殲滅する術式はないが、一人一人を確実に倒すことが肝要。憤怒者の電磁警棒をかいくぐり、その胸に炎を叩きつけた。
「この身はただ一個の鉄槌也! 行くぞ! うぉぉぉおおおおおお!」
最前線で叫びながら巌が拳を振るう。肉体に炎の力を宿らせ、憤怒者達を攻め続ける。憤怒者の攻撃を受けながら、ただ真っ直ぐに。それは我が身を顧みない特攻に似た戦い。憤怒者に突っ込み、ただ暴れる。
「この身命を炎として闘い抜けば! そして敵方の注意を集め! 他事へ意識を向ける余裕を奪えたならば!」
巌は器用に策を練るようなことはしない。器用に策を練るようなことはできない。自分を不器用と思っていることもあるが、それは仲間を思っての行動。自分に注意を集め、仲間の侵攻を助ける為。その為の自分。その為の肉体。己の弱さを理解しながら自分を最大限に生かそうと努力する。その気概を、誰が不器用と笑うことなどできようものか。
「さあ、ほのおよ、主に捧げしわがほのお。かの者達を、苦しまず、カミサマのもとへ」
祈るように手を組みながらキリエは炎を放つ。何重にも円が並び渦を巻く赤い瞳は、純粋な神への信仰を示すかのよう。浄化とばかりに炎を生み、それが神の救いであるとばかりに微笑むキリエ。その笑顔に、戦場で人を殺す陰惨な陰はない。
「悔い改めなさい、あなたたち。この世にあるすべては主のつくりしもの。それを粗末にし、あまつさえ弓引く行為。
あなたたちはカミサマのみもとで、きっちりしかってもらいます」
神が作りし命を我欲のままに扱う彼らに遠慮はいらない。神に裁いてもらい、その罪を贖うのが彼らの為なのだ。
「悪人も善人も等しく、わたくしのカミサマは愛すでしょう。ああ」
「ころんは別に古妖には思い入れも恩もないんだけど」
ころんは古妖狩人に特別な思い入れはない。古妖に対しても深い恩恵もないし、強いてあげるなら使用している術式が古妖由来というだけだ。だが、
「あんたたちの、そのやり口がかわいくない。殴る理由は以上なの」
『かわいくない』というのはころんに取ってとってもとっても重要な理由だった。可愛いかそうでないか。それがころんの判断基準。
「小石ちゃんの事は守るから……好きなだけ、やっちゃって?」
ころんのそばに立ち、紡が言う。身長差があるのはわかっているが、決まらなくとも言うべきことは言わなくてはいけない。明確な意思をもって、守ると宣言する。
「他の所の邪魔、なんてさせるわけにはいかないでしょ」
この戦場には紡の知り合いが沢山戦っている。その邪魔をさせるわけにはいかない。気乗りがしないのは事実だけど、出来ることはやらなくては。
ころんは覚醒して妙齢の女性に変化し、紡は腰から青色の翼を広げる。戦場に咲く花二つ。だがそれを摘むために憤怒者は迫る。
可愛さではなく、積み重ねられた礼節が生む優雅な動作でころんは水の術式を放つ。水水の守りを周囲に振りまき、仲間を憤怒の脅威から守っていく。そして仲間の傷に被さり、その傷の痛みを和らげていく。
青の羽を広げ、紡は敵を見る。その優雅さは思わず見惚れるほど。中性的な紡の唇が術式を紡ぎ、そのほっそりとした指が敵を指さす。その指示に従い天の源素が荒れ狂い、稲妻が憤怒者達を討ち貫く。
癒しの花と、稲妻の花。二つの花は敵を寄せ付けることなく、しかし優雅に咲き誇る。美しい花は夢を見ない。現実を知り、それでもなお己を貫く冷静さを持っているからこそその美しさを保つことができるのか。
「夜明けの刻だよ。……あんたらにとっては、禍時だね」
「ふふ、鴉と梟が夜明けを告げに来たよ……なんてね」
夕樹と遥の【青刻】は援護中心に戦っていた。
「逃がしやしないよ」
鴉こと夕樹は木の術式を使って味方の自然治癒力を活性化させ、隙あらばライフルを構えて憤怒者達を撃っていた。全身黒の少年は流されるままに異能の世界に足を踏み入れたが、決して己の意志がないわけでは無い。不義を働く憤怒者達に引き金を引くのは、まぎれもない夕樹の意志だ。
「無茶しないで……!」
梟こと遥は水の術式で戦場を癒していく。不器用な幼馴染のそばに立ち、前線で戦う人達に水の源素を振りまいてその傷を塞いでいく。憤怒者の攻撃は彼らの怒りを示すかのよう。その怒りを受けてなお、遥は自らの負の感情を押さえ込んでいた。怒りの表情を押さえ込み、癒しに徹する。
二人が支える前線は堅牢だが、憤怒者はそれ以上の数と暴力で攻めてくる。前線を突破した憤怒者が夕樹と遥に襲い掛かって来る。
「ハル、いくよ。離れないで」
「勿論! 負けられないからね……!」
夕樹と遥は申し合わせていたかのように互いの背中を守り、迫る憤怒者に攻撃を仕掛ける。夕樹は緑の鞭を振るって迫る憤怒者を打ち払い、遥は羽を広げて風の弾丸を生み憤怒者達を迎撃する。
回転するようにして攻撃の対象を悟らせず、目まぐるしく動く。それでいて互いの背中を敵に晒すことはなく、互いが互いを守るように黒と白の少年たちは憤怒者を退けていた。
その動きは幼馴染同士の息の合った動き。互いが互いを理解し、相手がどう動くかを分かったうえでの攻め。共通の怒りを持つ憤怒者達よりも、遥かに固い絆で結ばれた二人の舞。それは途切れることなく回り続けていた。
覚者達の奮闘により、憤怒者の数は確実に減りつつある。
だが戦いの趨勢はまだ決してはいなかった。
●古妖奪還:壱
憤怒者と戦う覚者に紛れ、その何割かが工場内になだれ込む。目的は狩人に捕らわれた古妖の奪還。
だがその前に、
「こういう襲撃で、戦闘員が取る行動は迎撃って決まってる。じゃあ、非戦闘員は?」
聖華は一人、工場の裏手に回っていた。その疑問に答えるかのように立ち並ぶ車と、そこに何かを運んでいる者たち。
「証拠隠滅、重要な研究の持ち出し、我先にと避難。そんなところさ」
笑みを浮かべて聖華は刀を抜く。武装していない連中など覚者からすれば赤子の手をひねるような者。なんの苦労なく地に伏す聖華。刀を納めて笑みを浮かべる。
「さて、何を運ぼうとしていたのか。いろいろ聞かせてもらおうか」
聞くべきことはたくさんある。心を読む技はないので時間はかかるだろうが、喋らないならそれでもいい。車を潰して縛っておけばいいだけだ。
そして奪還部隊にカメラは映る。
「さよですっ。皆さんきこえますかっ。今現状は……」
その中継役を果たしているのはさよだ。予め古妖奪還に向かう人達の顔を覚え、その人達を強くイメージしながら思念を送る。とある村での依頼で生まれた思念伝達の強化術。それを駆使して情報収集と発信を行っていた。
『こちら――、憤怒者と交戦中!』
『……だ。現在防火扉で足止めを……』
『こちらは外れだ。畜生、古妖狩人め!』
混戦では送受信する情報が多い。そのすべてを拾い上げ、正しく伝えることはさよ一人ではさすがに容易ではない。多くの情報に押しつぶされそうになりながら、必死に状況を伝えていく。流石にこの状況では戦闘に参加している余裕はない。
だが、その献身は確かに覚者の侵攻を助けていた。情報を確認する窓口があるか内科では、行動指針が変わってくる。
「古妖さんを……助けなきゃ……。中継役……やるよ……」
さよが後衛の情報集積場なら、ミュエルは前線でのリアルタイムな伝達係だ。その機動力と頑丈な体を活かして、敵の情報を自ら手に入れる。そしてその情報を他の所に向かう者たちに伝えていた。何故か頭の毛を揺らしながら。
(今まで、触れ合ってきた、古妖さん……みんな、ちゃんと接すれば、気持ちが通じる古妖さんばっかりで……)
ミュエルが触れ合った古妖達は、けしてバケモノではなかった。確かに古妖には人間に害する者もいるだろう。だけどそうでない者もいる。そんな彼らを道具のように扱っていいものか。憤怒者の罠で受けた傷は痛むけど、苛烈な扱いを受ける古妖達を思うとそんな傷は気にならない。
「そこ……罠がある……。気を付けて……」
「了解したよー! 敢えて踏み抜いて敵を引き付けるから、みんなは離れて!」
狐のしっぽを揺らして小唄が罠を発動させる。鳴り響く警報と現れる憤怒者。敢えて囮となって敵を引き寄せ、味方の侵攻を助ける為に小唄は走る。数が少なければ蹴って蹴散らし、多すぎると判断すれば走って逃げる。
「鬼さんこちら、手のなる方へ! こっちだよー! ほらほらー!」
地図や送受信の情報から古妖のいそうな場所を推測し、そこから敵を引き付けるように走っていく。憤怒者を誘い、そのまま味方から遠のけるように。そして罠を発動させ、再設置の時間までそこを安全にしたり。やることは多い。
「うひゃぁー!? ちょっと、罠多すぎるってこれー!」
「もう少し静かにやれないもんかね……ま、お陰で楽に進めるけどな」
そんな騒ぎを聞きながら護は静かに歩を進めていた。守護使役の力を使ってある音を消し、罠や憤怒者がいなければ後続の覚者を手招きして誘導する。怪しい気配を察すれば、進攻を止めて思案する。
(ここは攻めた方が早いか)
護は罠や戦闘の完全回避にはこだわらない。そうした方が早いなら、あえて罠の危険性を理解して進んだり、敵に戦いを挑んだりする。大切なのは迅速なセキュリティルームの確保だ。多少の安全性は捨ててでも、速度を優先して進む。
「まったくご大層なもん作って、やってることがこんなことだとはな……同じ人間として恥かしい話だぜ……」
スキンヘッドの頭を掻きながら義高は工場内を進む。土の加護を身につけて、気配を消して進んでいく。工場の地図を思い出しながら、時々壁を抜けて進む義高。憤怒者の服を奪って動きたいのだが……。
(一人で行動している憤怒者はいないな。その辺りは警戒されているか)
基本集団で行動する憤怒者。それが一人で行動するという機会はなかなかない。仕方ないとばかりに不意を突いて憤怒者に襲い掛かり、一気に殲滅する。戦闘音が響いたが、これで装備を剥ぐことに成功する。その服を着て、施設内を走る義高。セキュリティルームは向こうだったか。
「おや、これは……」
恭司は工場の廊下を走っていた。それに気づいた憤怒者が銃を向ける。両手を肩まで上げて、無抵抗の意を示す恭司。
「覚者だな」
「いやいや、いくら僕が弱そうだからって、そんなに必死に襲いに来なくても良いんじゃないかな?」
そんな恭司の言葉を聞く耳持たず、拘束しようと近づいてくる憤怒者。ため息をついて、言葉をつづけた。
「そんなに集中してたら、不注意で怪我するかもしれないよ……ねぇ、燐ちゃん?」
「――そうですね」
声は恭司の背後から聞こえた。気配を絶ち恭司の背後に潜んでいた燐花の声が。不意を突かれた憤怒者はその一撃を避けることなく受け、倒れ伏す。残った憤怒者も状況を立て直す事ができずに一気に倒されてしまう。
「見た目で相手の強さを判断すると命取りですし、目先の敵にかまけて周囲を疎かにするとろくな目にあいませんね」
「とはいえ、こういう不意打ちが効くのはあと一回ぐらいかな」
如何に気配を絶ったとしても、移動すればその効果は薄れる。こちらが走っているときに見つかればこの戦法は使えない。敵も愚かではない。問答無用で銃を撃たれればこの罠は無意味な物になる。
「では古妖の救出に回りますか?」
「いや、救出よりは、制圧の方が楽で良いよねぇ。うまく奇襲出来るなら尚更だ」
恭司と燐花は憤怒者の数を減らす事に従事していた。そうすることで古妖救出に向かう者たちの手助けをしようとしているのだ。
「まずはセキュリティルーム奪還だな。うまくやってくれよ」
「とりあえずぶっ潰すですよ」
紡も憤怒者と戦いながら進んでいた。もっとも紡の場合は、隠密行動に適した手段を持っていないため、細心の警戒を払っていたが見つかった形である。迎撃用のレーザーで肌を焼いたり、防火扉を盾に銃を撃ってくる憤怒者に真正面から挑んでいく。
「ちょこまかうるせーんすよ。一気に蹴散らして突破するです」
見つからずに済むならそれに越したことはなかったが、見つかったのなら仕方ない。その切り替えの早さが紡の利点だ。迷って判断に迷うよりは、迷う前に突撃した方がいい結果を生むこともある。鉄仮面を顔にはめ、白いワンピースで戦場に躍り出る。
そんな彼らの支援に支えられながら、セキュリティルームにたどり着いた覚者達。
「オレ達が一番乗りか」
「もう少し数が増えてくれると助かるけど……」
セキュリティルームの入り口で待ち構える憤怒者達。彼らもここが要だということは理解しているため、それなりに見張りを置いている。その数を確認しながら瑠璃と若草はため息をついた。あの数を二人で突破するには骨が折れる。しかし留まっている時間は惜しい。意を決して瑠璃と若草は憤怒者の前に姿を現した。
『クレセントフェイト』を手にして憤怒者達に突っ込んでいく瑠璃。圧倒的な速度も力も必要ない。足をしっかり踏みしめ、膝を曲げる。しっかり神具を握りしめ、正しい姿勢で技を放つ。これはただそれだけの攻撃。基本に忠実であるということが、強くなるための一番の近道。それを示すかのような一撃が放たれる。
前に立つ瑠璃を守るように若草は水の礫を放つ。小さく、だけど鋭く礫を練り、よく狙って撃ち放つ。若草が瑠璃に抱く感情は複雑だ。瑠璃の良心が死亡した原因は自分にある。その事実を瑠璃に告げられぬまま、今も一緒にいる。それは贖罪か、悔恨か。それは誰にもわからない。ただ確実なのは、瑠璃を殺させはしないという強い思い。
だが憤怒者の数は多い。覚者がいかに強くとも、数の暴威を覆すものではない。
そして数の暴威を覆す最も簡単な手段は、数の増加。
「手伝う」
『装甲宇宙服』に身を包んだぼいどが押し寄せる敵を止めるように立ちふさがる。土の因子の力で防御力を増し、相手の攻撃を受け止める。そのまま銃を構えて憤怒者に向け、静かに引き金を引いた。発射音も反動もない。ただ音もなく憤怒者がのけぞった。まるで映画に出る未来の兵器のように、静かに敵を撃つ銃。
「やってやるぜ! お前たち覚悟しな!」
スマホを手にして翔が乱入してくる。透視の瞳を使って状況を確認し、戦場の詳細を確認したのちに稲妻を放った。古妖を閉じ込めている牢屋の鍵。それを探りながら翔は戦っていた。壁抜けの術で敵の背後に回り、挟み撃ちにする形で憤怒者を攻める。一人先行してダメージを多くけてしまうが、逆に言えば他の人に攻撃が向かわない形になっている。
「それでは、橘流杖術橘誠二郎。推して参ります」
長さ五尺の樫木の丸棒を手にして誠二郎が憤怒者に真正面から戦いを挑む。丸棒に木の源素の力を纏わせて、その威力を強化して振るう。手に板棒の間合いを正確に把握し、相手の間合いを正確に測り。乱戦の中で詰将棋の様に次の動きを計算し、その通りに肉体を動かしていく。
「命あるものは大事にしなさいって、教わんなかったのかよ」
味方の情報を受信しながら善司が援護に回る。命あるものは大事に。親兄弟のいない善司にとって、その言葉は重い意味を持っていた。霧を発生させて憤怒者の視界を奪い、電磁警棒などで痺れた仲間たちを癒していく。憤怒者の動きを止め、仲間を支える。圧倒的な火力を振るわずそも、それだけで十分に戦いに貢献できる。
合流してきた覚者達の活躍もあり、大きな被害もなくセキュリティルームは制圧できた。
「ええと……このスイッチをオフにすればいいのか?」
戦いが終わり、セキュリティをオフにしようとする善司。その手を止める者がいた。まだ敵がいたのか、と振り向けばそこには共に戦った覚者達の顔。
「折角です。このセキュリティを利用しましょう」
まず誠二郎がセキュリティを掌握し、警報をすべて解除する。その上で監視カメラの映像から味方の侵攻を助けるよう情報を与えていた。
「ブロッB423に侵入者! 近くのものは応援に!」
ぼいどが警備員の声を真似してマイクに告げる。館内放送で伝えられた警備員の声に従い、憤怒者達は向かう。そこで防火扉を下ろして閉じ込めることに成功する。
「これが古妖達を閉じ込めている部屋のカギか。よし、オレは奪還組と同流するぜ!」
「オレもそっちに向かう」
翔と瑠璃が鍵を手にして古妖奪還組に向かう。疲弊はあるが、まだ戦える。
「私はここを守るために残るわ」
若草は仲間の傷を癒しながら、ここに残る旨を告げた。
進む者。守る者。覚者はそれぞれに分かれる。共に厳しい戦いになるだろう。
だが成し遂げなくてはならない。古妖狩人の暗躍を止めるためにも。古妖達の命を救うためにも。
●鎮魂ノ儀:壱
荒れ狂う怨念はまさに嵐。自らを粗雑に扱い、そして捨てていった人間への恨み。
それは『そういう心霊系の妖』なのかもしれない。或いは『恨みによって生まれた古妖』なのかもしれない。その差に意味があるかないかを、今調べる時間や余裕はない。
それが人間によって生まれたモノであり、それが人間によって鎮めることができるのなら――
「来たで、あかりちゃん」
「いくよ、姉さん」
それをためらう理由はない。かがりとあかりは怨念の前に立ち、その動きを封じるために立ちふさがった。
神具を構え、かがりが構えを取る。迫る怨念の足を止めるために稲妻を放つ。邪念を退け静謐をもたらす。それは、陰陽師の仕事。その経緯には憐れだと思うが、だからと言って手は抜かない。
そしてあかりは霧を放って怨念を弱体化し、味方の傷を癒すべく水の源素を振りまく。苦難を退け安寧を呼び込む。それも、陰陽師の仕事。退魔調伏。人に仇名す者を退けるのことに躊躇いはない。が――
「怨念もののけから人を守るのがウチらの仕事や。ただ、あくまでも守る、火の粉を払う……『祓う』ことやからな。
まかり間違うても、『狩り』はせえへん」
「人間色々いるもの。貴方達を害する者もいるだろうけど、ボクとしては古妖と共に歩む道を探すつもりだ。
退魔調伏、退けるし従って貰う時もあるだろうけど、消す、殺す、は無いんだよ」
かがりとあかりは古妖の怨念に同情しない。怨念を払うことは彼らの務めだ。ただ彼らを絶対の悪として取り扱いはしなかった。彼らを認め、その上で『祓う』。調伏とは、心身の調和につとめ、悪行に打ち勝つこと。心なく祓うことしない。
「儀式に集中している皆さんの所へは、絶対に、行かせません!」
同じく陰陽師としてたまきが怨念の前に立ちふさがる。後ろで行っている儀式。そこで儀式を行っている巫女を思いながら戦場に立つ。白い家紋が入った白の浄衣。笏の変わりに両手足に鈴を付け、真正面から怨念を見据える。
(謝っても許されることではないでしょうが……)
霊に対して語り掛けながら、鈴を鳴らすたまき。ちりーん、と静かな鈴の音が戦闘音に紛れて響く。それは浄化の音。それ自体に効果はないが少しでも古妖の怨念の心が晴れるよう、祈りを込めて作った物。彼らを生き返らせる術はないけど、せめて安らかに眠ってほしいという強い思いを込めてたまきは戦う。
「う~ん、これがジャパンのフェイスティバル。といより、宗教……シントー的な、フェスタなのね」
西洋魔術の見地から、リゼットは儀式を見て驚きを隠せないでいた。近づく怨念を茨の一撃で退け、傷ついた仲間たちを癒していく。そうしながら儀式全体を見ていた。騒ぐもの、踊る者、そして祈る者。それは様々だ。
「悪い神様にならないよう、讃え、祀り、治める。和って感じよねぇ。よ~し、わたしも手伝っちゃうんだから~」
文化の違いを感じながら、しかし西洋にも似たようなものがあることをリゼットは思い出していた。祈りにより善なるものに変わる幻獣や、神様。悪しき者を静めるお祭り。違うのはそれが畏敬か敬意の違いなのだろうか。敬い畏れて神格化する西洋と、敬う意思を持ち神となった者と共に歩もうとする東洋。ただそれだけの差。
(いつの時代も馬鹿なものはいる者だ)
両手にハンドガンを持ち、結唯が怨念の前に立つ。自分より強いものに手を出すなど愚行。それに手を出して痛い目を見る者など珍しくもなんともない。なのになぜそのようなことをするのか。憤怒者に対し、ただ呆れるしかない。そのような者などとっとと息絶えてしまえばいいのに。
(儀式を守るか。邪魔されてはかなわん)
愚か者への懲罰に参加する気はない、とばかりに結唯は鎮魂の儀式を守るために銃を構える。大地の壁を使って防御力を増し、怨念の真正面に立ちふさがった。サングラスの奥から怨念を見据え、言葉なく引き金を引く。その動きにためらいはない。余分な感情を挟まない一撃は、タイムロスなく攻撃を続けていく。
「わるものたちのせいで、古妖さんたちこんなに殺されちゃったんだね……」
膨れ上がる怨念の大きさを見上げながら、きせきは悲壮な声をあげる。助けることができなかった命。助けられなかった命。それを思い、心が締め付けられる。『わるもの』から救えなかった彼らを救うために、怨念の前に立ちふさがる。
「今ぼくたちの仲間が敵討ちに行ってるから、怒るのやめて応援してほしいなー! ぼくたち人間代表でごめんなさいするから!」
そんなきせきの必死の言葉も届かない。仕方なくきせきは蔦を怨念に絡ませてその動きを止める。それでもなお動く怨念。古妖達が受けた苦痛と慙愧、それが伝わってくるかのような激しい動き。
「貴方達がそんなにも怒っているのは、大事なものを奪われたからでしょう。それはどんなもの?」
仲間を癒しながら笹雪は古妖の怨念に語りかける。例と心通わせる術を使い、彼らの心に問いかけていた。かつて古妖と人との仲立ちを担ったという家系。その血脈からか、笹雪は優し気に古妖だったモノに手をさし伸ばす。一つ一つ、彼らが語る言葉を聞きながら、その度に頷いていた。
「その怒りは正統なものだけど、眠る時は来てしまったから。
恨みつらみは全部人間にぶつけて任せて、貴方達は大事な思い出と一緒におやすみなさい」
安らかに眠るために必要なのは、優しい思い出。それを思い出させることで、その苦しみから解き放とうと。呪いたければ呪っていい。それで眠れるのなら。笹雪は古妖達の苦しみを声として受けとめていた。
「どこかで憎しみは断ち切らなければ終わらない」
仮面をかぶった零の表情は、誰にもわからない。そのどこか押さえ込んだような声と、神具を構えることなくだらりと垂らした腕。それだけでは零が如何なる感情を持っているかはわからない。
だから。
「ごめんなさいごめんなさい。辛いよね悲しいよね、憎いよね痛かったよね」
零がそう呟きながらただ攻撃を受けている理由を、最初はだれも理解できなかった。
(好きだから。敵と思ってないから受け止める)
痛くても涙は流さない。いくら壊されようと嫌ったりしない。常に時代の背景には犠牲があった。仕方ないから許せとは言わない。
(故に、私がその業を受けましょう)
儀式を守る零の表情は、仮面に隠れて誰にもわからない。
だけどその思いは、決して理解されないものではない。
「私たち人間があなた方にしたことは、到底許されることではありません」
涙をふきながら鈴鳴は前に出る。鈴鳴は信じている。人と人は手を取り合うことができると。それは古妖であっても同じだと。それでも古妖狩人のような人もいるのだ。その事実がつらく、そして悲しい。同じ人間なのにと、何度心を痛めたことか。
「それでも私は、手を取り合えるって信じたいんです」
その理想は今でも変わらない。現実に涙を流し、それでもなお理想の旗を掲げよう。その為なら己の身を削ってもいい。涙を流し、その意思を示す鈴鳴。カラーガードとしての舞に合わせて水の源素を霧として放ち、仲間をそして古妖の怨念を癒していく。
怨念を癒す行動、その行為に覚者達に動揺が走る。だが、
「倒す必要がないのですから、笑顔で歌いましょうかっ」
怨念を癒そうとする者は鈴鳴だけではない。浅葱も怨念を癒すべく行動していた。派手な光を伴い覚醒するのは、祭前の花火の変わりか。まっすぐに古妖に向かって走り、その攻撃を受け止める。朗らかに歌いながら、自らの体力を削って怨念を癒していく。
「さあっ、命に満ち溢れた人はここにいますよっ」
怒りと無念、そして人間に対する恨み。ならばその一撃を避けずに受け止めよう。死者は蘇らない。その魂が流転するのなら、今はその途中なだけ。その苦しみや怒りを受け止めてやるのも、浅葱の正義の一つ。
「天が知る地が知る人知らずっ。鎮魂のお時間ですっ。
張り切っていきましょうかっ」
(行動に意味がなくても……例え思いが届かなくとも)
そして夏実もまた、仲間と一緒に怨念を癒していた。その恨みを受け止めるかのように怨念の攻撃を避けず、儀式の邪魔をすることなく怨念と向き合う夏実。
(一方的に利用されて、苦しめられて、殺されて……そりゃ、憎いわよね。理屈で納得できる物じゃないわよ……)
その苦しみを理解できるとは思わない。だから夏実は何も言わない。言うことはない。
(そう言う恨みも憎しみも、怨念だって、アナタ達の心。アナタ達がちゃんと居たって印だわ。だから、ね。良いわよ? その怨み、ワタシに刻みなさい)
そうすれば貴方達がいたことを忘れないから。思いは心に秘め、夏実はただ恨みを受け止め続ける。
必死の献身、決死の覚悟。だがそれは怨念の暴威を止めるには至らない。
だがその怒りの声が、僅かに緩んだ。それはただの偶然かもしれない。あるいは彼らの思いが届いたのかもしれない。
それを検証する時間はない。この怨念を放置するわけにはいかないのだから。
●幕間:壱
さて、そんな戦いの合間、時雨は戦場の工場内をウロウロしていた。殺していい憤怒者を探し、工場内を歩き回る。
「場を凌ぐ為に形だけでも降伏するっていうのすら取れへんような相手、生かしたところで恨み募らせるだけやからなぁ」
時雨はけして憤怒者を殺したいわけでは無い。単に生かしても仕方ない相手をわざわざ生かすのはどうなのか、という思いで動いていた。倒されてもなお恨みを持っている憤怒者は反省の意がない、ということで殺して回ろうとしていたのだが……。
「恨みの感情なんか、このあたり充満してるからなぁ……よくわからんわ」
覚者を恨む憤怒者の感情。憤怒者を恨む覚者の感情。人間を恨む古妖の感情……強い恨みの感情が渦巻いているため、術による感情の把握は難しかった。
「ま、しゃあない。手伝いに戻るか」
踵を返し、戦場に戻る時雨。必要悪が望まれるのは、まだ先のようだ。
●憤怒者戦:弐
古妖狩人の長、平山正彦は焦りを感じていた。それは覚者の勢いが予想以上に高すぎたことにある。この近辺にこれだけの数を有する覚者組織があったという事実を見過ごすとは。七星剣の動向には常に目をつけていた。その一派が動いたとは思えない。
そして援軍が予想以上に集まらないことにさらなる怒りを募らせていた。予定なら各中継点から幾人か兵が回されるはずだった。だがトラブルに見舞われてそれができないでいる。
「すべてが覚者組織の仕業だというのか!? あれだけの事件を察知する情報収集能力、事件に対する機動性、そしてその戦力……!
これだけの覚者組織が存在していたというのか……!」
怒りで拳を握る平山。全てが予想外だ。
「覚者が憎いからって古妖まで戦闘や実験に使うなんて……なんの罪もない古妖をひどい目にあわせたこと、許せねぇぜ!」
百は憤怒者と相対するのは初めてだ。話でしか聞いたことがない相手だが、実際に目の前に立つとその怒りが伝わってくるようだ。妖のような鋭い殺気ではない。纏わりつくようなねっとりとした怒り。持たざる者が持つ者に抱く嫉妬。
「この力を手にした以上、やるべきこと、守らなきゃならねぇものがあるんだぜ」
憤怒者の怒りは理解できない。だがそれを聞く時間も余裕もない。百には守るべきものがあり、それを守るために拳が必要ならそれを振るうことにためらいはなかった。可能な限り殺さぬように努めながら、憤怒者達を撃ち倒していく。
「貴方達は許しません」
いのりは憤怒者達を見ながら、静かに怒りを示していた。霧を発生させて憤怒者の視界を奪い、痺れで動けなく仲間を舞で癒す。そんな行為の中でも、その怒りは収まらない。その怒りをオーラに乗せて、目の前の憤怒者に叩きつける。怯える憤怒者に静かに言葉を重ねるいのり。
「古妖達にした事だけではありません。ここに来るまでに強化改造され、己を失った人達を相手にしました」
強化人間。古妖狩人の成果の一つ。人の命すら軽視する悪魔の所業。施術を受けた者は例外なく生命の危険に身を晒し、その寿命は大きく削られる。
「あれが人間のする事ですか! 貴方達こそが化け物としかいのりには思えません!」
「はっ! そこまでしないと人間は追いつけないんだよ、化物様にはな!」
「せやかて古妖をぞんざいに扱っていい理由にはならへん」
凛は燃え盛る焔のような刃紋を持つ刀を構えて立ちふさがる。よくもまあこれだけそろえたものだと感心する。それは覚者とそうでない者の差が生んだ鬱積なのだろうか。それを解決する術はない。この刀が切るのは、古妖を狩る狩人のみみ。
「焔陰流二十一代目焔陰凛、推して参る!」
予定やけどな、と心の中で付け足して凛は戦場に踊りでる。憤怒者の電磁警棒とナイフを受け流し、返す一刀で突き進む。凜には帰りを待つ古妖の知り合いがいる。古妖狩人を倒し、古妖を襲う脅威から解放するのだ。その子だけではない。全ての古妖の為に、ここで狩人をせん滅するのだ。
「ほんっと憤怒者はろくなことしないわね。きっとかわいい古妖もたくさん殺されたんでしょうね」
怒りを露にする棄々。古妖狩人の戦闘力は高くない。それは最初に犠牲になった古妖は力なく儚い古妖だったということである。小動物のようなかわいい古妖。それがどれだけ彼らの犠牲になったか。それを想像して、胸が痛む棄々。
「あんたたちはあたしたちのことを化け物呼ばわりするわよね」
チェンソーを振りながら憤怒者に問いかける棄々。返事は期待していない。……そうだと言われて否定をするつもりはない。
「だけど戦力強化のためにたくさんの古妖を犠牲にして、あげくのはてには人体を薬物や改造で強化してあたしたちのような力を得ようとする……そのおぞましい心だけでなく、身体まで化け物に近づくつもり?」
その心こそが胸糞悪い、と唾棄する棄々。わかりあうつもりも説得するつもりもない。お互い言葉で止まるものではないのだ。
「明快な社会の縮図が見えるな……馬鹿共が、畜生道からやり直せ」
『因子を持つだけでは、差別と排斥が蔓延する現在の社会では生き延びられない』……赤貴が受けた教育はそれだった。そして実際に覚者として戦い、それが真実だと実感する。もちろん差別だけではないことを知っているが、差別がないと言うことはできない。
「殺す」
その為に赤貴はここにいる。綺麗事は不要。嘲笑の的になるだけの虚飾なぞ無為。死ねば消えてしまう命なのだ。ならば戦い生き延びるのみ。これだけの憤怒者を生かして帰するつもりはない。倒れた人間を盾にして爆風をやり過ごしながら、突き進む。その赤い瞳が、敵の死を願うように鋭く輝いていた。
(右にも左にも憤怒者だらけ。殺して殺して、殺しつくしてやる)
真は憤怒者に家族を奪われた。幸せだったあの日を。暖かい手を。それ以降、真の心は凍り付く。憤怒者は許さない。殺す、憤怒者を殺す。殺す、殺す。殺す殺す殺す。右手の剣で殺す。左手の剣で殺す。起きている憤怒者を殺す。攻撃してくる憤怒者を殺す。倒れて動けなくなっている憤怒者を殺す。
(せいぜい苦しめ、クズ共)
戦闘中に目を合わす時間があれば。魔眼で魅了して盾にしてやろうかと思ったがさすがに難しいので諦めた。ならば倒れている奴にと思ったけど、かける時間が惜しかった。その時間があれば一人でも多くの憤怒者を倒すことに時間をかけるべきだ。そうだ、殺そう。憤怒者を殺そう。一人たりとて生かして帰すつもりはない。理由はない。
「敵、倒す。皆褒めて貰う。考える事シンプル!」
円は土の加護を身につけながら、真っ直ぐに敵陣に入りこむ。実のところ、古妖狩人の所業や思惑、それ以前の覚者と憤怒者の確執など深く理解していなかった。だが問題ない。倒していい相手と言われたのだから倒す。それだけの話だ。
「楽しーな。敵がいっぱいだー」
倒していい相手だらけの状況だ。喜び勇んで円は神具を振るう。不満があるとすればそれは『強い』相手ではなかったことか。少し遠いところに鉄の塊が動いている。あれは強そうだけど、あそこまでには人の数が多くて届きそうにない。残念だけど目の前の敵で我慢するか。
「妖も倒せるし覚者も相手に出来るのに何が不満なんだろう? でもいいか」
「古妖狩人って言っても、結局出てくるのは、科学と鉄の塊じゃん」
呆れるように山吹は肩をすくめる。憤怒者が古妖の力を研究したからと言って、いきなり超能力が使えるわけでは無いのだ。それが可能なら人は古妖を狩って力を得て……そして古妖は文字通り狩りつくされてしまうだろう。
「全く、憤怒者の数が多いね。よし、戦車の相手は後回し!」
見上げるように多脚戦車を見ていた山吹はその視界を下に移す。群がる憤怒者に向けて炎を放つ。荒れ狂う炎は多くの憤怒者を巻き込んで、その身を焦がしていく。殺すつもりはないけど、容赦をするつもりもない。炎の舌が憤怒者を焼き尽くしていく。
「それにしても先は長そうだね。まだ人が途切れそうにないや」
「仕方ないわ。ここが本拠地なんだから」
ため息をつきながら大和が答える。大和は前衛の少し後ろに回り、支援とフォローに回っていた。覚者達の体力や気力を支え、電磁警棒で痺れた者がいればその痺れを癒す。戦場を支え、支えられたものが憤怒者を押さえ込む。
(彼らは大丈夫かしら?)
この場にいない仲間たちに思いをはせる大和。彼らはやりたいことがあるとこの場を抜けて別行動をとっていた。そんな彼らを支えるために大和はあえて憤怒者を押さえる役をかって出た。それに彼らには言いたいことがある。
「人であれ古妖であれこの地に産まれ落ちた命。誰かの手で脅かす事はあってはならないわ。必要以上に奪い合う事は自然の摂理に反する事よ」
「それを理解しながら、彼らは禁忌に手を染めたのでしょうね」
冬佳のため息は戦場の音にかき消されて消えた。四半世紀続いた覚者と一般人の格差。それがこのような事態を引き起こしたのか。おそらくこれは氷山の一角。非道なことに手を染める憤怒者は数多くいるのだろう。
「敵は妖だけに非ず――真の敵は人そのものか」
覚者同士であっても、思想の違いで分かりあえない者たちがいる。だが今は感傷に浸っている余裕はない。刀を抜いて憤怒者に切りかかる。あの戦車を攻めたいのだが、今は憤怒者が多すぎる。敵兵を減らしてからでないと、面倒なことになるだろう。今は少しずつでも憤怒者の数を減らすことが肝要だ。
「話には聞いていたけれど、あの戦車といい……古妖狩人、随分と大層な装備を備えているものですね」
「ま、それをこういうことに使うのはなんともいえんがな」
興が乗らない、とばかりに幽霊男は呟く。事実、幽霊男は戦闘に参加していなかった。古妖狩人など路地裏の餓鬼と大差ない。不平不満を叫び、やっていることは無関係な古妖を捕らえていびるだけ。
「とはいえ、是だけのモンを作るのは、素直にすげーと思うがな」
言って幽霊男は気配を絶って移動する。多脚戦車の格納庫に向かい、そこにある物品を略奪するために。予備のパーツや運搬用の車、弾薬や薬品などを運ぼうとしている憤怒者を押さえ込む。全てを持ち帰るには一人では足りないが、皆で協力すれば何とかなるだろう。それまではゆっくりさせてもらう。
「同じ役に立つなら人を救う方が良いじゃろ。悪から生じる善もある」
「おや、貴方も同じことを考えていましたか」
倉庫に現れたのはさくら。さくらも戦闘中の混乱に紛れて、古妖狩人の倉庫を探りに来ていた。古妖の調査資料や武器類の設計図。そういったものを探していた。多脚戦車の設計図があれば、それを見て弱点を調べることもできるだろうが……。
「流石にそう都合よくはありませんね。他を探してみます」
言って壁をすり抜けるさくら。捜索しなければならない場所は多い。面白そうな場所には顔を突っ込む。そんな野次馬精神がないではない。だが運が良ければFiVE荷役となる者を見つけることができるだろう。
「手段は選べ、大義名分は大事にしろと言い続けてきましたが」
さてどうしてこうなってしまったのか。有為は唸るように額を指で押さえる。変化した両足を振るい、憤怒者達を一人また一人と倒していく。有為が頭を悩ませる原因は目の前の多脚戦車。そして古妖狩人たちが作り出した技術。
(研究結果が渡った際のリスクを考慮しなかった結果がこれです。もう流れは止められないでしょうし、最悪外に技術が流出してる可能性もある)
古妖を実験体として生み出された様々な技術。それが七星剣に渡ればどうなるか。それを想像して身震いする有為。技術の流れを止めることはおそらくできない。それがどのような事態を引き起こすか。それこそ恐ろしい。
(もし、本当に『その時』が来たなら……私は、命懸けで止めるつもりです)
「久しぶりの鉄火場ですし、勘を取り戻す意味も篭めて乱戦に参加させていただくとしましょう」
響悟は手袋をはめて戦場に向かう。使える主の命により、FiVEに協力するよう言われた響悟。戦うのは久しぶりだが、戦っているうちに感を戻してきたのか、動きは鋭くなっていく。数人目の憤怒者を倒したのちに、瞳に元気に動き回る何かが映る。
「ことこちゃん参上! お仕事がんばりまぁす!」
白い羽を広げたことこが、元気よく風の弾丸を撃ち放っていた。乱戦に入るつもりはないらしく、背後から射撃を続けていた。だが和で押す憤怒者に前衛が突破され、その刃がことこに迫ろうとしていた。
「きゃああ!」
「む、危ない!」
ことこに迫る憤怒者を押し返す響悟。戦況を何とか立て直し、その後に一礼する響悟。
「お嬢さん、大丈夫ですか? あぁ、すみません、昔のお嬢様によく似ていらしたので」
「昔のお嬢様? 私がお嬢様っぽく見えるの? 新手のナンパなの?」
「ああいや。曾孫のような年頃の女性をナンパするほど、私は若くありませんので」
ことこの言葉に慌てて言いつくろう響悟。
「ふーん? 恋愛に若さは関係ないんだよっ! おじさま十分素敵じゃない。じゃあこれ終わったら、美味しい紅茶飲ませてね? 約束だよっ」
「そうですね、紅茶をお淹れできるくらいには暇ですから、それで良ければ」
ことこの元気に押される形で約束をする響悟。その約束に元気よく戦いに向かうことこ。
戦場で出会った奇妙な約束。それがどのような物語を紡ぐのか、それはまだわからない。
「屑共を一気に葬る絶好の機会という訳だ!」
拳を握って戦意を示すのは泰葉。憤怒者に事故に見せかけ家族共々殺されかけた泰葉は憤怒者相手に容赦するつもりはない。いまここで彼らを葬らんとばかりに神具を構えて戦場を進む。その傍らには二人の覚者。
「泰葉君の要請で来てみればそこは古妖狩人の本拠地……全く敵の本拠地強襲をピクニック気分で誘うのはどうかと思います……特に来たばかりの清明君を連れてくるのは……」
ため息交じりで公明が異議を申し立てる。いまさらと言えば今更だが。とはいえ憤怒者に怒りを覚えるのは公明も同じだ。妖、隔者、憤怒者等により起きる事件で生まれた孤児を引き取る彼からすれば、彼らを許すつもりはない。唯一の懸念は……。
「僕の崇拝すべき葛野泰葉さん、彼女に連れられてきたのは狩場……そう憤怒者という哀れな存在達が狩られる場に。でも僕に……出来るのだろうか」
公明が経営する孤児院の孤児である清明が気弱そうにうつむいた。憤怒者により育てられ、いろいろ『酷いこと』をされた清明は、自信を失い卑屈になっていた。そのトラウマを払しょくするために、泰葉はこの戦いに参加させたのだろうか……?
「おお。そこにいるのは両慈君じゃないか! 君も来ているならちょうどいい。俺も家族と一緒に来てるんだけど…一緒に戦おうじゃないか!」
当の泰葉はそんなことを感じさせることなく、近くにいた両慈に声をかける。その両慈はというと、共に連れていた女性たちに囲まれていた。
「はいはい♪ 今回はからかうと楽しい両慈君達と同じグループで参加させて貰うわよん♪」
戦場とは思えない笑顔で輪廻が声をあげる。ふざけている様に見えてしっかり周囲を確認し、仲間の身を案じている。笑顔でのんびりな輪廻だが、その笑顔の裏では一番皆を案じて動いていた。
「サァ! 愛しの両慈と! ……ライバルの方々と一緒に、イエ! ここは息を合わせなくては無事に終われないデショウカラ、ライバルでも頑張って力を合わせて行きマスヨー!」
いろいろ葛藤を持ちながらリーネが手をあげる。ライバル、というのは愛しの両慈を狙う女性のことだ。それを目に入れながら、しかしここで排他するという程悪人でもないリーネ。
「まさか初めての作戦がこの様な大掛かりなものだなんて……お兄様のお力になりたくてFiVEに入ったのにこれでは脚を引っ張ってしまいそうですね。
でも何とか頑張ってみます!」
そのライバルこと美月が羽を広げる。因子発現し、文字通り兄の両慈の元に『飛んで』来たのだから、その愛たるやかくや。
「よし……行くぞ。無理はするなよ」
そんな乙女たちの戦いに気づく由もない両慈。ある意味鉄壁である。
二グループは両慈のとりなしにより無事混合し――
「両慈君! やあ、やはり君と戦うのは高揚感を感じる! この感情は何だろうね?」
「両慈君と知り合いの泰葉ちゃんって子……ふふ、あの子……もしかして…ねぇ♪」
「アレ? 泰葉君、モシカシテお化粧してマセンカ? ……アレ? ナンデ?」
「リーネさんや輪廻さん、そして泰葉さんと言う方達までいらっしゃって……お兄様は私の知らないうちに色んな方と仲良くなられたのですね」
泰葉の発言で微笑、疑問、そして嫉妬の炎が沸き上がる。ともあれ無事、意気投合し――
「泰葉さんが一緒に戦いたがるなんてあの男……もしや泰葉さんは……」
「落ち着け清明君。まだチャンスはある」
「……どうした、皆?」
多少の軋轢は生まれたが、今はそれを気にしている余裕はない。両慈は経験不足な人間……主だって身内の美月を中心に守りつつ、戦場を進んでいく。
「戦闘は楽しめるが、戦争は好かんのであるよ。何百人も動いて、あのような巨大兵器まで持ち出して。露骨に戦争よな」
「そうよね。なんでこう、知性も理性もなくしたようなひとが社会に溢れているんだろうね」
多数入り乱れる戦場で不平を呟くのは、刹那と悠乃の華神姉妹。刹那からすればこのような泥臭い戦いは気に入らず、悠乃からすればこういった状況は相手と向き合うことすらできない為『処理』としてしか動けない。
奇妙な話だが、二人の『戦い』に対する態度はまるで真逆。なのにこういった『戦争』に対する態度は一致していた。刹那がここにいる理由は衣食住の恩義を返すため。悠乃はそんな姉の手伝いである。
なので、
「ゆーの、拙は帰るぞ」
適度に戦った後に刹那が帰ると言えば、悠乃も退路確保のためにともに戦場をあとにする。最もそれなりに戦いに貢献し、大怪我をする前に帰還したのだから何ら問題はなかった。
戦場をしめる憤怒者の数は減っていく。覚者の受けているダメージは浅くはないが、戦いは確実に覚者の方に傾いていた。
だが、趨勢はまだ決まらない。多脚戦車『リョウメンスクナ』。これが健在である限り、憤怒者は戦い続ける。
●古妖奪還:弐
セキュリティルームを占拠し、多くの罠を無効化した覚者達。
だが憤怒者の抵抗は激しい。彼らは古妖を閉じ込めておくエリアに立てこもり、抗戦を続けていた。
「サンプルの奪還と行きたいが……流石に警備が多いか」
「ここからは戦闘回避はできそうにないねぇ」
維摩と四月二日は憤怒者を前に立ち往生していた。維摩は古妖よりも先にデータなどの資料を集めていた。だが置き捨ててあるデータは大したものはなかった。重要な資料を求めて進んでいたところ、憤怒者の警備に当たってしまう。
四月二日はそんな維摩の護衛を行っていた。他の覚者から情報を聞き、それを基に維摩が分析して行動。そんな形だ。瞳に術式をかけて視力を増し、罠を事前に察知して回避していた。しかしこれだけの憤怒者を前には戦わざるを得まい。
維摩と四月二日は奮闘するが、二人では流石に手が足りない。膝をつく維摩を庇う四月二日。
「キミの方が頭切れるんだから、こんな所で倒れんじゃねえよ」
「なんだと。馬鹿を理解しているのは褒めてやるが」
四月二日の言葉に皮肉を込めて返す維摩。
「俺は役割わきまえて行動してんだ。キミも俺の足引っ張んないで、コッチ使うことに集中しとけ!」
「頭を叩くな、馬鹿が映る。
お前に心配されるほど落ちぶれてはいない。精々無駄に壁になってろよ」
皮肉を言い合いながら、抗戦を続ける維摩と四月二日。その戦闘音を聞きつけ、援軍が到達する。
「応援に来ました。回復をするの」
覚者の不足を聞き、七雅が応援にやってくる。水の源素で仲間を癒しながら時折水の弾丸を放ち憤怒者を撃ち貫いていく。苦しんでいる古妖まであと少し。彼らを助けたい気持ちで七雅の心はいっぱいだ。
(怖いよ……でも)
数で押してくる憤怒者の戦法に怯える七雅。多くの戦いを経験してきたが、同じ人間に悪意をもって攻め立てられるのはまだ慣れていない。七雅はまだ十一歳の女の子なのだ。それを思えば戦場に出てくる勇気を買うべきなのかもしれない。
「あすかです。応援に来ました。指示をお願いします」
同じく応援にやってきた飛鳥。飛鳥も癒し手として覚者を支えるためにやってきた。水の源素を霧に変えて仲間に向かって放ち、その傷を癒していく。仲間の傷を癒しながら、捕まった古妖達のことを思う。
(古妖さん……傷ついていないかな……?)
癒しの力はここから捕らわれている古妖には届かない。古妖達がどんな傷を負っているのか、それは想像するしかない。彼らの為に癒しの力を施さなくては。拳を強く握りしめ、飛鳥は戦場を見る。少しずつ進む古妖奪還の戦いを。
「んー……古妖狩人は見回りとかするときに、セキュリティ引っかからない?」
日那乃は小首をかしげて古妖狩人たちを見ていた。セキュリティルームの占拠は成功している。おそらくトラップの切り替えはすんでいるはずだ。機械関係に詳しい者もいたはずなので、罠を古妖狩人に向ける事も行っているのだろう。だが、その傾向は見られない。
(罠を避けるためのカードか何か持っているのかな?)
日那乃はそこまで気付いたが、それ以上は何もできなかった。それがわかれば念動力でそれを奪うつもりだが、それが何かがわからない。諦めて仲間を癒す方に思考をシフトした。考察に時間を割いている時間が惜しい。
「ゆいねもー怒った!」
心の炎を燃やした唯音が憤怒者相手に奮戦していた。何の罪のない古妖をさらい、そして実験に使うなんて。純真な唯音はなぜそんなことができるか理解できない。物質をすり抜けて不意を突き、いきなり真横から羅われて殴り掛かる。
「ねえ、唯音に作戦あるの。この技を使って古妖さんの牢屋をすり抜けられないかな?
中に入ったら古妖さんのフリして唸って暴れて看守さんを誘き出して、鍵を開けた所をステッキで殴る、とかどう?」
覚者達は唯音の作戦に一瞬思案し、首を横に振った。さすがに危険すぎるという理由だ。単独先行は見つかった時のリスクが大きい。ましてや相手は憤怒者だ。こちらを生かして帰すとは思えない。
「そっかー……仕方ないよね」
皆が心配してくれていることを察し、唯音は元気よく戦いに戻る。
「流石に姿を隠しながらではこれ以上は無理っぽいかな」
腰に手を当て、ため息をつく禊。今までは彩因子の技で周囲の景色に紛れたり、熱感知能力で赤外線などを察していたが、憤怒者が守っている牢屋を前に、それも限界だと察する。彩因子の迷彩は動けばばれてしまう。
「ここからは力技だね」
足を振り上げ、炎を纏わせる禊。古妖を捕らえて非人道的な実験を行う輩に加減をする理由はない。足の軌跡を追うように緋が走る。罪なき古妖を助ける為に、禊は炎を纏う。取り囲むように攻めてくる憤怒者達を一人ずつ倒していく。
(私たちが怖い夢を終わらせるから。だから、もうちょっと待っていてね)
「理不尽は何処にでもあります。只、それを作る者に私は容赦しない」
之光も共に憤怒者に攻撃を加える。伝達術の情報を受けて、援軍にやってきた之光。自らの前世とのつながりを強く意識して身体能力を増し、手の平に炎を集めて叩き付ける。理不尽を生み出す憤怒者に加減をする理由はない。
「古妖狩人は、この一件でほぼ壊滅でしょう。分派や残党がいるかもしれませんが。
ああ、それについての情報があれば教えてもらえませんか? 禍根を断てるやもしれません」
怒りを誘うように質問する之光。教えてほしいのは事実だ。最も素直に教えてもらえるとは思えない。ならば力ずくで聞き出すのみだ。
「恩は拳でかえさないといけないよねっ」
同じく援軍として現れた深雪。以前古妖に御馳走になったことがある深雪は、その恩を返すべく戦いに身を投じる。食べることは深雪にとって重要なこと。その恩に報いることは、深雪にとって当然のことだ。たとえ捕らえられているのが、御馳走になった古妖でなくとも。
「体力と気力回復は頼んだよ」
仲間たちに告げて憤怒者の群れに躍り出る。しなやかに伸びをして、そして両手の爪を振るう。その動きはまさに猫。燃え盛る炎のように苛烈に、そして獣のように獰猛に暴れまわる深雪。
覚者達の猛攻の前に、一人また一人と倒れ伏す憤怒者達。
最後の憤怒者が倒れ、古妖を閉じ込める者は誰もいなくなった。覚者達は捕らわれた古妖達を次々と開放していく。
●鎮魂ノ儀:弐
覚者達に守られて、古妖の怨念を静める儀式は進む。
「死せる古妖(エンシェント・アヤカシ)達よ! ユー達のソロウ、レイジ、リグレット……ゴッドには図り知れん」
轟斗が両手を広げて哀しみを表現する。要約すると『私は古妖の悲しみや怒り、後悔を図りすることはできない』……ということか。
「だが、ゴッドはディライトもペインも全てを受け止めねばならない! そして流れるティアーを減らし、輝けるフューチャーへ歩み続けねばならない!
使徒アポストルよ、この暗闇を大いに照らせ! そしてシェイドに囚われしエンシェントアヤカシ達の心を照らすのだ!」
言って儀式を進めるべく声高らかに歌う轟斗。ふざけている様に見えて、本人はいたって真面目。それを示すかのように、轟斗は左手の甲にある精霊顕現の入れ墨を掲げた。魂の炎を示し、古妖の怨念を照らす轟斗。
「ゴッドのソウルフレイムはゴッドゴッドに燃えているのだ!」
「祭りだ祭りだ! やっぱ祭りなんだから楽しまなきゃな」
楓が元気よく叫ぶ。祭は楽しむ者。湿っぽくやるのはつまらない。
もちろんこの儀式の経緯は知っている。古妖の怨念を鎮めるために行われていることも。
「ん? 憎くて楽しむ余裕なんてない? そりゃつれえな、せっかくの祭りがもったいないぜ。
やり返すのはよくないだとか解決策は他にあるだとか、そんなことは言わねえ。そんなんで納得するバカはそうそういねえからな。だったら、答えは一つだ!」
手を叩いて、供えられた食料をさす楓。
「思いっきりぶち当たってこい! そしたらスカッとするぜ! んで疲れたらこの果物でも食って頭を冷やしてみ?
ここにはお前らのことを思って集まってくれてるやつらがいっぱいいるぜ!」
恨み辛みがあるからこそ、派手に騒いで解消する。それが楓なりの鎮魂だ。
(彼らの怒りは当然だ)
手にした扇を広げるゲイル。羽織を正し、古妖の怨念を見た。全てではないが。人間に害を為すことなく生きていた古妖達。彼らは人間の勝手な理由で搾取され。奪われたのだ。それを許せなどと言えるわけがない。
(だがこのまま怒りと憎しみに捕らわれて、痛みと苦しみを感じながら在り続けるのは悲しすぎる。だから俺は全身全霊をもってこの儀式に挑もう)
その悲しい状態から解き放つために。冷たく悲しい檻を壊すために。背筋を伸ばし、扇を動かす。儀式の動きは頭の中に入っている。重要なのは動きではなく心。自らの心を舞で表現する。ゲイルは動きの一つ一つに神経を集中させて、舞を続ける。
(古妖ってのは基本的には人に害をなすものだと思ってる)
紅の古妖に対する思いは中立的だ。人間より力のある獣のようなものだという認識が一番近いだろうか。人と違う力を持ち、そしてそれが人間に牙をむけば惨事が起きる。そういう意味では、その意見は間違っていない。
(争う理由はたくさんあると思う。でも、うまくやっていけるなら、それが一番。嫌いな人間がたくさんいるだろうけど、好きな人間も出来るかもしれない)
でも古妖も様々だ。いい人間や悪い人間がいるように、いい古妖だっている。少なくとも彼らは。妖の様に人に仇名すために生まれてきたのではない。
「あたし達を気に入れとは言わないけど、あんた達を救いたい気持ちは、通じてほしい」
紅は多くは望まない。 だけどこの気持ちだけは届いてほしい。
「お供えはインド料理でもいいのかな?」
事前に問題ないことを確認し、守夜は大量の料理を祭壇に捧げる。家で信仰してるインドの火の神。その習わしに従い供物をささげる橋渡しの為に守夜は奮闘する。インドのバターを使い古妖の魂に捧げるお供物のダルカレとナンも焼いて捧げる。
(人間がやったことを許してくれ、なんて言わないけど……それでも祈るしかできないのなら)
守夜は怨念の前に立ち、真摯に話を聞く。霊との会話術は学んである。儀式を守りながらその恨みを受け止め、しかしそこから目を逸らすことなく受け止める。人間の悪行、人間の業。それはいつの時代も醜く、そして変わらない。それでも、
「それでも、悪い人ばかりじゃない」
それだけは守夜も断言できる。
(会った事もないし。苦しんで死んじゃったおばけの気持ちはわからない。とても、とても苦しいをしたのだと思う。私が考えても届かないぐらい)
アリスは人づてでしか古妖狩人のことを知らない。彼らが行った行為も、それによって殺された古妖の苦しみも。だけどこれだけ大きい怨念になって暴れるのだから、それは想像できないほどだということは理解できる。
「もうおやすみしていいんだよ」
だから。かけるべき言葉はアリスなりの優しい言葉。自分が知っている数少ない癒しの術式。それを行い少しでも痛みを和らげようとする。それは彼らが受けた苦痛のほんの僅かを癒した程度かもしれない。だけど、アリスの心は真摯に古妖達の安らぎを祈っていた。
「ごめんなさい……」
謝って済むことでないと分かっているんが、結鹿は涙を流しながらそう繰り返すしかできない。彼らをこのような目に合わせたのは他でもない人間なのだから。自分たちは違うと責任逃れをするつもりはない。
「ごめん……ごめんねぇ……」
ただ涙を流す結鹿。古妖の怨念が持つ無念、恐怖、悲しさ……そういった感情を受け止め、無意識に謝罪を繰り返す。彼らの攻撃を避けるつもりはない。その恨みを受け止めるように、足を止めてその攻撃を受けていた。
「みなさんの想い……確かに受け取りました。死にたくて死んでいった方がここにはいないと分かっています。わたし達はあなた達の死を無駄にはしたくない」
御菓子は古妖の恨みを受けながら静かに告げる。その想いは理解できる。辛く苦しい思い。だけど、それを理解してその上で、
「わたしには大事なものがあります。最愛の妹の結鹿ちゃん。ともに笑い、喜び、悲しむ仲間たち。彼らを守るために……」
その経緯には同情する。その在り方には憐れみを感じる。だけどそれを理解してなお御菓子は仲間を守るために古妖の怨念に立ち向かう。怨念に立ちふさがる覚者達に癒しを施し、水の衣で身を守らせる。
「……なんともいえない気分ねぇ」
ジルは古妖の怨念を見ながらやるせない気持ちに浸っていた。自分たちが古妖狩人から助けた古妖。それ以上の数が彼らに捕らわれ、殺されていたということか。もっと早く彼らに気づいていれば。そう思わざるを得まい。
「古妖狩人のしたことは許せないし、殺された古妖にも同情するけれど。だからって、こちらも黙って殺されるわけにはいかないもの」
儀式を行う者を守るため、ジルは鞭を手に古妖の怨念に立ち向かう。源素の炎を体内で燃やし、背後で行われている儀式を意識する。彼らには手を出させない。
「全て終わったら花でも捧げてあげるから。今はおとなしくしてくれないかしら」
「イチゴ、ワタシたちは儀式に集中するから守って頂戴ネ」
「何があってもオレが二人を守るぜ! じいちゃんたちは集中してくれ」
「おう。任せたぞ一悟」
リサ、一悟、研吾の【光邑家】も儀式に身を投じていた。一悟が二人を守り、こういった儀式に詳しい研吾がリサをサポートする形だ。
「フフ、これ結婚したとき真っ先にケンゴから教えられたのよネ」
「流石に神殿を作る時間の余裕はなかったか」
白装束にそでを通し、研吾とリサが儀式に挑む。研吾が用意した木曽桧の三方の上にリサが作った土器を乗せる。瓶子が二本と水玉が一個、それに平皿が二枚。瓶子には神酒を入れて、水玉には水を入れ。右に置く平皿には米を、左には塩。
「頼むで、玉竜」
研吾が守護使役に頼めば、その口から炎が吐き出される。明るい光がリサの用意した供物を照らす。炎で供物を清めながら、研吾は儀式のためにまっすぐに立つ。背筋を伸ばし、体全体で世界を感じるような深い集中。
「じいちゃん、そういう服に俺も着替えておいた方がいいか?」
「構わんよ、一悟。儀式は任せときな」
場の空気に耐えきれずに問いかける研吾に問いかける一悟。少しでも祖父母たちの助けになればと思ったが、柔らかく拒否される。二人を助けるなら身を張って守った方がいい、と言うことか。
「せっかく五行の覚者が集まって儀式するんや、天津祓もあげさせてもらおうか」
「ワタシはプロテスタントだから、いまだにチョットもにょるのよネ」
光邑夫婦が静かに動く。和の知識がない者でも、その動きには見惚れてしまう。老いによる衰えを感じさせることのないまっすぐとした姿勢。そして息の合った二人の動き。
「こりゃ確かにオレが入るスキはないか。それじゃ、こっちはこっちで頑張るぜ」
その動きを見て、二人から完全に背を向ける一悟。とても二人の中に入れるものではない。自分にできることは二人の舞を守ることだ。
鎮魂ノ儀は進む。厳かに。だけど多くの思いを込めて。
戦いは少しずつ終着に向かっていた。
●幕間:弐
「このあたりだと思う……勘だけど」
「いや、あたりのようだ」
椿と冬月は古妖狩人の工場内で情報を集めていた。
「車両倉庫……ここに情報があるのかしら」
「彼らがどうやって古妖の情報を得ていたのか。その兵装をどうやって生み出したかや、背後関係などがわかるかもしれない」
二人は頷き、中の資料をあさる。駐車スペースがほとんどを占める倉庫で調べる箇所はそう多くない。控室のような部屋を見つけ、二人はそこに足を運び――
「これは……」
「古妖の資料?」
事務所にあったのは、全国の古妖伝説が書かれた本だ。今の書店に売ってあるものもあれば、いつの時代の物かわからない古本もある。これが彼らの情報源か。
「技術者も覚者台頭で仕事を奪われた者を、イレブンが雇用したようだな」
「金銭の支援をしている組織は結構あるけど……これがイレブンの息がかかっている組織かどうかはわからないわよね……」
「仕方ない。設計図や資料を持ち帰って……あ」
「どうしたの?」
「持ち帰っても、神具じゃないから使えないのか」
ため息をつく冬月。覚者の神具は守護使役が異空間に収納している。そして神具でないモノは収容することはできない。兵装を装備しての行動はかなりの修練が必要になるだろうし、行動時も目立つなどの不利益が生じる。
つまり憤怒者の兵装を鹵獲したところで使用できず、覚者には何の意味もないのだ。
「仕方ないわ。とりあえず得た情報だけ持って戻りましょう」
椿の言葉に頷く冬月。戦いはまだ続いているのだ。
●憤怒者戦:参
「なんだか今日は体調もいいわ。もぐ、悪い人をやっつけちゃいましょう」
もぐもぐと何かを食べながら神無は憤怒者を攻撃していた。鳥の足で刀を掴み、獣の力を用いて一気に振り下ろす。その合間に咀嚼する。もぐもぐ。頭が痛い。お腹すいた。もぐもぐ。
「……あれ? お姉ちゃん?」
入ってきた扉で音が響く。神無が振り向くと、そこには姉の夏南がいた。
「……侮っていた……装甲車のタイヤは……素人が簡単に付け替えられるものじゃなかった……まさかタイヤが壊れるとは……奪うときに傷つけすぎたわね……」
よくわからないことを言いながら肩で息をつく夏南。首をかしげてそれを見る神無。
「ねえ、お姉ちゃん。遅れるから工場内で遊んでなさい、って言ってたけど」
「ええ。言ったわね」
「わたし、お腹空いたんだけど」
お腹を押さえて空腹を訴える神無。息を整えながら夏南が答える。
「言ったでしょう。悪い人には何してもいいのよ」
「そっか。じゃあ食べてくるね。お肉美味しいといいなぁ」
何の肉、とは言わない神無。
「ええ。私もいろいろ焼いてくるわ。相棒の鎮魂よ」
相棒って誰だろう? 神無は疑問に思ったが問わないことにした。
「ふふ、兄様作の小太刀はそんなに弱くないですよ?」
八重は小太刀を構えて憤怒者の中に歩いていく。手にした小太刀は八重の兄が打ったモノ。兄の気づかいなのだろう。刀は八重に扱いやすいように調整されている。後の先の構えを取り、すり足で構えを維持したまま進んでいく。
「力を求めるのは悪いことではないですが、奪ったら奪い返されるのは道理です」
強くなること。道を究めることは悪くない。だがその為に道を踏み外しては意味がない。天網恢恢疎にして漏らさず。道を外れた者に天罰を。八重の刀が翻り、憤怒者達を打つ。しばらくしてばたりと憤怒者達が倒れ伏す。
(憎しみの連鎖を断つべく、復讐を止め、あの時の真実を探すよう生きていたつもりだが……お前達は餓鬼道からは逃れられないか)
アーレスは気配を絶って覚者の影に潜み、憤怒者の死角から一撃を加える。相手の勢いが削げればあとは一気に攻め立てる。憤怒者達に慈悲はない。彼らは自分の能力の無さを埋めるために古妖をモノのように扱った。もはや救いは必要ない。
「あの多脚戦車……関節部分に装甲の薄いところがありますね」
機を見てアーレスは多脚戦車を透視し、装甲の薄いところを指摘する。機械の知識があればもう少し弱点がわかったのだろうが、それは仕方ない。アーレスの指示に従い何人かの覚者が多脚戦車に向かう。
「ハハハハッ! イィイイイヤッホォォォウ! 選り取り見取り食い放題だ!」
多脚戦車に向かい機関銃を撃ち放つ隆明。思考は完全に戦闘モードに移行し、機関銃を撃つ感覚に酔いしれていた。反動が手から伝わり脳を揺らし、戦場という場の高揚が心を揺らす。憤怒者達が倒れるたびに、その熱は膨れ上がっていく。
「オラオラまだまだだろ!? もっと撃って撃たれようぜ! 殴って殴られようぜ! 殺して殺されようぜ! これだこれだやっぱり楽しいなァ! 闘争ってヤツはよォ!」
「これは制圧戦ではなく殲滅戦。ならば藤倉氏のような戦術も有効だな」
ハッピートリガー状態の隆明を見て、仁が頷く。グレネードを連射して憤怒者達を掃討し、その後に多脚戦車に迫る。狙うは四本ある腕の一本。先端に鉄球がついてある腕は、振るわれるだけでも猛威となる。まずはそれか。
「足に近づくものは気を付けるんだ。移動の際に踏みつぶされるぞ!」
言いながら仁は多脚戦車の足に近づく。源素の力を神具に込め、多脚戦車の足に叩き込む。予想はしていたが、かなり頑丈な装甲のようだ。協力な古妖に対抗しようとしていた、というのは伊達ではない。
「あんなものまで用意してるだなんて……!」
盾を構えてタヱ子が多脚戦車を見る。タヱ子は戦場で動けなくなったものを運んだり、味方を守る盾として戦っていた。大地の加護を身に纏い、憤怒者の攻撃を受け止めて見方をその脅威から守っていた。
「耐える事しか能がありませんが……これならどうですか!」
主砲が放たれるタイミングを見て、両手の盾を硬く構えるタヱ子。打ち出される主砲の角度。弾道計算。そして盾の強度と角度。それを一瞬で計算し、手法を受け止めはじき返す。それは主砲には届かなかったが、多脚戦車の足に衝撃を与えることに成功する。
「微力ながら、お手伝いさせて頂きます」
植物の鞭を振るい、つばめが一礼する。振袖に袴、黒の編上げブーツスタイル。そんな大正時代の乙女な格好だが、決して遊びに来たわけでは無い。むしろその恰好こそが彼女の戦装束。お辞儀から顔をあげれば、そこに立つのは一人の覚者。
「腕は私が押さえておきます。皆様は攻撃に徹してください」
鞭を振るい多脚戦車の腕の一本に絡ませる。つばめの体重ではとても抑えきれるものではない。だがつばめが手にしているのは源素で、生み出した植物の蔦。自らの気力を振り絞り、数倍の体重差相手の綱引きを何とか可能にしていた。
「他の作戦を邪魔させるわけにはいきません……ここが頑張りどころですね」
手に炎を携えてラーラが気合を入れていた。大地の衣を身に纏い、敵陣を薙ぎ払うように稲妻を放つ。前世との繋がりを意識して放たれた魔の一撃は強く、ラーラは多くの憤怒者を戦闘不能に追い込んでいた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
その一撃が多脚戦車に届く。古妖に対抗するための兵器とはいえ、やはり源素の攻撃に対する耐性は高くないようだ。ラーラの一撃に揺れる多脚戦車。一撃で倒れるほど弱くはないが、このまま攻め続ければ――
多脚戦車の主砲が火を噴く。多くの覚者を爆風に巻き込み、攻めの勢いをそいでいく。
「どうして寄せ集めの集団が、こんなものを持っているんだか」
蕾花は額をぬぐいながら多脚戦車を見上げる。隙あらば戦車に張り付いて操縦席に近づきたいのだが、その隙が無い。背後から迫ろうとも、それを察して砲塔や腕を向けてくる。まだ完全に殲滅しきっていない憤怒者も無視できない。
「あんたらに構ってる余裕はないんだよ!」
憤怒者に家を焼かれ、家族と死別している蕾花。その経緯もあって憤怒者に対する態度は苛烈だ。覚者と一般人はわかりあえない。両者の壁を常に感じて蕾花は生きてきた。その怒りをぶつけるように、迫る憤怒者に苦無を突きつける。
「……! 何あの戦車! めっちゃかっこいい! 憤怒者の技術スゲー!」
「憤怒者の怒りが生みだした結晶だな。あれだけの技術があるのなら……いや、そこまで世の中は上手く出来てない」
聖と静護は多脚戦車を見ながら会話をしていた。なんとなく一緒にいる腐れ縁は、今回の戦いも一緒になって戦っていた。聖は稲妻を放ち、静護が斬りかかる。そんな戦法でここまで来たのだが……。
「ねね、セーゴ! あの戦車持って帰れないかな!? ていうかパクろう!」
「パク……って聖! 君はアレをFiVEの物にするとでも言うのか!」
突如叫びだす聖に、驚きの声をあげる静護。
「一番手っ取り早いのは操縦席を奪うことだよね。
作戦? 任せてよ、ノープランだから! 飛ばないと届かない場所にあるなら飛んで向かうんだけど……」
「無茶だろ、そんなことしたら更に奴らの怒りを更に買うだけで……ああもう!
そうだったな! 君は無茶と隣り合わせで生きていたんだったな!」
騒ぎ立てる聖に、説得をあきらめる静護。長い付き合いで得た経験が、説得は無理だと理解させる。せめてもの抵抗に、ため息をつきながら口を開く静護。
「聖、僕は君のそんな思考も行動も無茶苦茶なところが嫌いなんだ!」
「セーゴさ、私はお前のそんな常識に固められた考えが嫌いなの!」
罵りあいながら、しかし息の合った動きで多脚戦車を攻める二人。
「犬童さんも戦車の脚狙いか? じゃあさ、いっちょどっちが先に脚一本へし折れるか、勝負しないか?」
「ええ、どちらが多くの脚をへし折れるか勝負でありますよ!」
遥とアキラが拳を握り、多脚戦車の足に向かう。
「オレはこっちの脚狙うから、犬童さんはそっちな! はい、勝負開始ー!」
元気よく遥が声をあげる。布状態の神具を足に纏わせ、天の源素を活性化させる。仲間からの情報を得て、多脚戦車の弱い部分を確認した。強化された足で戦車を攻める。何度も何度も。繰り返される鍛錬が生み出す蹴りが鉄の柱に叩き込まれる。
「解身(リリース)!」
アキラは拳を握り、戦車の足の前で構えを取る。呼吸を整え、真っ直ぐに叩きつけた。多脚戦車の強みはたくさんの足による不整地走破性。故にその足を潰してしまえば、その動きを封じることができる。何度も、何度もたたきつけられるアキラの拳。
戦車が移動するたびに二人も追うように移動し、足を攻め続ける。
「全く。過ぎた玩具を手にした故の、破滅とは。十天の名を、出すまでもない」
巨大な鎌を構えて、菊が戦車を見上げる。古妖狩人。古妖を捕らえて実験を行う憤怒者達。その悪行もここで尽きるだろう。ならば己の正義を示すまでもない。ここで彼らを捕らえ、その罪を償わせるのだ。
「罪は生きて償わせなければ意味も無し。過剰の暴力は禁止です。クズに手をかけるよりは、他の者を戦闘不能にした方がいい」
憤怒者にとどめを刺そうとする覚者に、菊は言い放つ。古妖狩人は許せぬ存在だが、その罪を償ってもらわなくてはいけない。安易に命を奪い、楽にさせるなど意味がない。もちろん、戦略的にとどめを刺す時間がもったいないということもあるのだが。
「うーわ、何あれ……狂気だよなぁ、あそこまでいくと」
鷲哉は多脚戦車を見上げて呆れるようにつぶやく。憤怒者が覚者に対して強い憤りを感じていることは知っているが、その怒りがこんなものを作ろうとは。開いた口が塞がらないが、。かといって呆けているわけにはいかない。
「すっげー! 戦車! こんなのと戦える日が来るなんて……! 俺すっげー!」
逆に奏空は戦車を見て激しく興奮していた。まさか千社と戦う日が来ようとは。一四歳の男性としては兵器にあこがれるのも無理はない。だがなんというか、虫のような足がうぞうぞしているのは、正直気持ち悪い。
「まさか戦車と戦う事になるとはな……だが、脆い部分もあるはずだ」
多脚戦車を見ながら行成が口を開く。相手が何であれ、それに打ち勝つ。それを可能とする仲間がいるのだ。不安になることなど何もない。薙刀を握りしめ戦意を高める。やるべきことは、心に決めてある。
「なんでこんなことするのかなんて、無粋な質問はしませんよ」
刀を構え千晶が言う。いつもテンション高めな千晶だが、場の空気に飲まれるかのように静かだ。憤怒者に同情はしない。今まで溜まってきたツケが返ってくるだけだ。刀の柄を握りしめ、戦場の空気を肌で感じる。
「やるか」
心の炎を燃やし柾が顔をあげる。その先には絶脚戦車。何を、とは言わない。言うまでもない。心が通じ合った仲間たちだ。その一言だけですべて理解してくれるだろう。神具を装備し、歩を進める。
「ええ。ここで憤怒者と戦車を止めます」
頷き亮平も歩を進める。敵の数は多い。だが不安はない。今まで戦ってきた仲間たちがここにいるのだ。その自信が恐怖を打ち消していく。ショットガンを構えて、戦車を見上げた。正確にはその操縦席があるであろう場所に。
鷲哉、奏空、行成、千晶、柾、亮平の【モルト】は頷きあい多脚戦車に向かう。まるで一つの生き物のように一糸乱れぬ動きで。
「っしゃー! やるぞー!」
「そいでは――参ります」
奏空が稲妻を放ち憤怒者を撃てば、そこに刀を構えた千晶が切りかかる。戦車周りの憤怒者の数が減ったところに、行成と鷲哉が多脚戦車の足に攻撃を加えていく。
「流石に動いている相手の関節は狙いにくいか」
「こなくそー!」
そして亮平が搭乗口に乗り込む援護をすべく柾が炎で援護をする。物質を抜ける術を使い、一気に亮平は操縦室内に――
「――ぐあっ!」
「阿久津!?」
戦車内から響き渡る亮平の声。中で何があったかは想像でしかないが、物質透過を予測していた憤怒者の一撃を受けたのだろう。見えない壁の向こうで武器を構え、やってきた亮平を攻撃したのか。亮平からすれば壁の向こう側は見えず、言ってしまえば目をつぶって進んだに等しい。それがわかっているのなら、対策はいくらでもとれる。
憤怒者は覚者に対抗するために技術を磨いている。過去の事例から覚者の技を調べ、それに対抗する策を用意していたのだ。
そしてその集大成がこの多脚戦車『リョウメンスクナ』――
●古妖奪還:参
内部地図を頭の中に叩き込み、地形を知る土の源素術で地形を確認する千陽。
「おそらくこの区画ですね。地形に空白ができている」
エレベーター部分にある奇妙な空白。それに気づいた千陽はそのことを思念で報告し、その場所に向かう。エレベーター作業用の通路を伝い、黒く塗られた扉を見つける。場所的には工場裏手の山の下あたりか。見張りの憤怒者を伏し、その扉を開けて進めば――
「…………これは」
千陽の目の前には無残に横たわる古妖達。
ある古妖は過剰な薬物投与で苦しんでいた。
ある古妖は奇妙な機械を貫くように埋め込められていた。
ある古妖は別の古妖と糸で継ぎはぎされて繋がっていた。
ある古妖は――
そしてそれらに共通することは、まだ生きていることだ。
言葉もないとはこのことだろう。古妖狩人は実験の結果助かる見込みのない古妖を――そもそも助けるつもりもないのだが――こうして地下に放置しているのだ。まるで臭い物に蓋をするように。
そこに人間に対する怨嗟はない。ただ苦しみ、痛みに悶え、狂いながらのたうち回る生命。人間とは、自分と違うというだけでここまでのことができるのか。
その思念通信を聞きつけ、【雪女】の覚者達がやってくる。
「…………なんだよ、これ……」
ヤマトはようやく見つけた古妖を前に、膝をつく。かつて古妖狩人に捕らわれ、そして助けることができなかった雪女。それを探して工場内を駆け巡った。雪女は何かに怯えるように膝を抱え、時折起きる頭痛に苦しみ悶えていた。
「涼音さん……」
崩れ落ちるように膝をつき、アニス傷を癒そうと癒しの術を施すために雪女に手を伸ばす。その手に怯えるように後ろに下がり、壁に追い込まれる雪女。人間の手によりどれだけの暴力を受けたのか。それを感じさせる動きに、アニスの瞳から涙が落ちる。
「……とにかく、アンプルを打つぞ」
感情を押さえるように誘輔が動く。何かをしないとやってられない。アンプルを打つ場所は教えてもらった。だが時間が経ちすぎているのだろう。その症状が緩和されたようには見えなかった。何かできることはないか。必死で思考を回転させる。
「もっと早く救えれば。あんた達が引き裂かれる前に気づいてやれば……」
刀の柄を握りしめ、公開の言葉を放つ満月。もし自分たちがもう少し早く気付いていたら、この結果はなかったのかもしれない。これだけの力を持っていても、何もできないのか。自問自答の答えはない。答えはない――
そして古妖狩人の資料を探している【悪いのは王子】も、その報告を聞いてこの区域にたどり着く。
「楽しそうな『声』があると思ってきてみれば。これはこれは」
エヌは口元を押さえてその光景を見る。顔半分を隠しているエヌの表情は誰にもわからない。特定の『声』にものすごく興味を持つネヌは、実験データからその辺りを見つけられるのではないかと捜索していたのだが……。
「まさかこのような……いえ、失礼。しかしいかにも秘密の研究区域というところではないでしょうか。ここは」
「確かにこの混乱の中、隠れそうな場所はこういったところでござろうなぁ」
刀を鞘に納め、天光が口を開く。その声に不愉快なものが混じっているのは自分でもわかっていた。研究者は可能な限り降伏させて罪を償わせようと思っていたが、少しぐらいは痛い目に合わせてもいいかもしれない。そう思わせるほど、この空気は陰惨だ。
「資料があるなら地下、とは思っておったが」
思念による通信を聞いてやってきた夜司もまた、不愉快さに眉を顰める。非道な実験の犠牲者を捨ておくことはできないと捜索に回っていたが、これほどまでとは。資料を見つけ回収するという目的も、怒りを前に消え去っていた。
「癒しはしてみますが、これは……」
茂良は癒しの術を施すが、全ての古妖を癒すにはとても足りない。精々が苦痛を一時取り除くだけだ。戦闘を回避してきた為に気力は十分だが、この膨大な苦しみの前に何ができようか。小さな手を、ギュッと握りしめる。
「……あそこに人がいます。おそらく研究者でしょう」
湧きあがる感情をぐっと押さえ込み、成が周囲を見回す。暗闇の中、動く人影を見つけそちらに向かう。慌ててその影が逃げようとするが、成の方が早い。押さえ込み拘束する。彼が持っているのは投薬用の注射器か。
「……古妖や妖がどうなろうが知らないけど。知ったことじゃないけど」
何かを押さえた声で数多が研究者に語り掛ける。妖に家族を奪われた数多からすれば、古妖という種族に好意的にはなれない。だけど、この光景はそれとは別問題だ。とても許されるものではない。
「余が知りたいのは、強化人間の治療法。それ、知らない?」
片膝をついて押さえ込まれている研究者に問いかけるプリンス。古妖狩人の犠牲者。それを回復させる方法を探していた。古妖の研究資料や人体実験のデータ、検体の本来の戸籍などを入手した。あまり読み込んでいないが、それらが告げる結論はこうだった。
「覆水は盆に返らない。あれは生命機構を犠牲にして覚者並の能力を得る施術だ」
研究者は答える。そんなものはないと。
「逆に聞くが、なぜ戻したい? そんなに俺たちが力をつけるのが嫌なのか」
「……っ?! そういうことを――」
そういうことを言いたいんじゃない。そう言いかけた言葉を制するように研究者は続ける。
「そういうことなんだよ。たとえ寿命を削ってでも、お前たちのような力を得たい。そういう技術だ。
お前たちはさぞいい気分なのだろうな。特に努力なく力を得て、弱い俺達を見下して。俺たちがその場所に行こうとするなら、命ぐらい使わないといけないんだよ」
それは、言うまでもなく責任転嫁だ。どんな理由があろうとも、古妖をいいように扱っていい理由はないし、命を軽んじていいわけがない。
だが、その根幹にあるのは覚者と一般人の差だ。一般人を弱いと見下す覚者は、確かにいる。隔者と呼ばれる者達はその傾向が強いし、FiVE内でも今回の戦いにそういった思いを抱き戦いに挑んだ者もいる。
その差がこの惨劇の原動力となっていたというのなら、彼らをここまで追い詰めたのは覚者なのではないだろうか? そう錯覚させるほど、研究者の問いは純粋なものだった。
「なあ? どうして戻したいんだ? 俺達は少しの間だけでもお前たちの立場に追いつけたのに。なあ、なあ!」
覚者と一般人の間にある壁。それはあまりにも大きかった。
●鎮魂ノ儀:参
人は愚かだ、と久永は思う。
(自分と違うというだけで、蔑み、貶め、蹂躙する。古妖狩人に関わって、改めてそう思い知らされた)
それは古妖狩人だけの話ではない。己と違うものを排他するのは人の業なのだろう。覚者と憤怒者の抗争を例に出すまでもない。
「その恨みはわからんではない。
だが人の全てがそういうわけではない事も余は知っている」
だから止める。翼を広げて大空に向かって声高らかに久永は歌った。彼らへの鎮魂歌を。
(ここに集った者達のように、心優しい人間が沢山いることを古妖達も知っているはずなのだ。どうか心を鎮めて、思い出しておくれ)
憎しみも悲しみもすべて受け止めて、ちゃんと次に繋げていく。そう誓いながら久永は歌い続ける。
「来いよ。おまえの恐怖も絶望も、否定できるほど強くはないが」
浜匙は古妖の怨念を前に向き直る。殺された古妖を悪しざまに攻めることはできない。それを受け入れるために真正面から怨念を見据えた。肺一杯に空気を吸い込み、腹部を押さえて浜匙は歌う。
(自然は畏れ、敬うもの)
今は亡き父の言葉を思い出す。聞いたその時は理解できなかったけど、今ならわかる。自然を無理に従えようとするからこうなるのだ。この怨念は人間が無理をした結果のモノ。そこから目をそらさず浜匙は言葉を紡ぐ。
「恐み恐みも白す。人の事は人が何とかするから、どうかお静まりください」
「憎いでしょう殺したいでしょう」
桜は古妖の怨念に語り掛ける。
「優しい諭しも慰撫も届かない。ただ怒りと憎しみにしか鎮められぬ想い」
桜は殺意を否定しない。古妖の怨念が人を殺したい気持ちは理解できる。何故なら自分もそうだからだ。奪われた、傷つけられた。私から『あの人』を奪ったことは許さない。だから殺さないと。その殺意(きもち)は理解できる。
「でも乱暴に人間と一括りにしてしまっては駄目。貴方達を殺したのはだぁれ?
だからクズを殺しましょう捧げましょう血と肉と命を以って贖わせその想いを鎮めましょう共に彼らを殺しましょう」
微笑ながら桜は怨念に語り掛ける。子供の手を引くように、優しく。
「それでも想い果たせぬと言うならば、私の血肉も捧げましょう」
だからお行き。自らをささげるように無防備に怨念に体を晒し、桜は怨念に手を伸ばす。
「あなた達はただ静かに暮らしたかった」
たまきは古妖達のことを思いながら、源素の水を撒く。清め給え、祓い給え。清めの水を撒きながら、たまきは古妖達のことを思い涙を流していた。
「それを私達と同じ人間がめちゃくちゃにした」
口にして、喉がつかえる。それがどういうことかを想像し、切なくなる。ああ、なんと酷いことをしたのだろう。許されなくて当然だ。
「謝って済む事じゃないけど……」
背中の羽を広げ、宙に舞う。そこから白菊と水の雫を降り注がせ、母に教えてもらった子守歌を歌う。ねむれねむれ、よいこよねむれ。母はここにいるからね。父はここにいるからね。ねむれねむれ、よいこよねむれ。
(これが今私にできる精一杯の手向けと弔い……)
「殺された恨み辛みを吐き出したいんだね」
霊と交信する術を使って理央は怨念に語り掛ける。彼らを生き返らせることはできない。だけど輪廻の輪を潜らせることはできる。その為には、その恨み辛みを吐き出させる必要がある。
「貴方達の思い、ボクの仲間達が正しく叶えてくれる。だから、心安らかに輪廻の輪へ帰ろう」
理央は木行、火行、天行、水行。五行の四を術符に込め、展開する。自らの体を土行とし、五行をもって此岸と彼岸を繋ぐ架け橋となる。全ての怨念をこれで輪廻の輪に乗せることができるとは思わない。そんな都合のいい奇跡が起きるなんて思っていないし、思いたくもない。
それでもそうしたいと決めたのだ。奇跡ではなく儀式としてか、彼らを送りたいと。
(怒りも憎しみも悲しみもボクの中に置いて、新たなる生を迎えて)
その気持ちが、怨念に届きますように。
●幕間
多脚戦車『リャンメンスクナ』と抗争を続ける覚者達。
『廃棄』された古妖を前に現実に打ちのめされる覚者達。
古妖の怨念を鎮めるため、儀式を続ける覚者達。
そんな三つの戦場とは異なる位置に誡女はいた。有明月に照らされた赤いスーツ。『試作八型:付喪』と名付けられたスーツは、一切の汚れがない。誡女はこの場でずっと、祈り続けていた。
「私は声を代償に、あなたたちを癒やし続けましょう」
その言葉の後に誡女の言葉が途切れる。だけど言葉に出すことなく祈りは続く。
(私は血を代償に、あなたたちを救い続けましょう)
ごふり、赤い液体が誡女の口からこぼれる。
(私は魂を代償に、あなたたちを護り続けましょう)
ぞくり、紅崎誡女と呼ばれる人間の何かが、そんな音とともに削り落ちた。
未来を進む者の為に、わずかな手助けを。
それはそれだけの奇跡。諦めず戦い続ける仲間たちに、ほんの少しの後押しをするだけの、たったそれだけの奇跡。
その奇跡は圧倒的な破壊を生まない。その奇跡は時を戻さない。その奇跡は状況をひっくり返さない。
わずかな後押しをするその奇跡は――
●憤怒者戦:終
「何……!?」
多脚戦車を操縦していた平山は、自分の手を掴む覚者の手に驚きの声をあげていた。壁を透過してきた覚者――亮平の手が動き、操縦する手を押さえ込んだのだ。
馬鹿な、ありえない。とどめこそ刺さなかったが、戦闘不能後もかなり念入りに殴って気を失わせたのに。だが現実に亮平の手は腕をつかみ、こちらの動きを止めている。何が起きたというのだ。奇跡でも起きない限りあのダメージで起き上がれるはずがない。
「今が攻め時じゃ。一気にかかれ!」
樹香が多脚戦車の動きが止まったのを察知し、号令をかける。その号令に勢いづいた覚者達が一気に攻め立てる。
「回復は任せてください」
太郎丸は気力を振り絞って仲間の回復を行う。尽きかけていた気力が、今少しだけ起き上がった。あと数回は術が放てそうだ。
腕を振るい遠心力で覚者を払おうとする多脚戦車。そのバランスが突然崩れた。
「……俺ぁ帰るぜ」
やる気のなさそうな刀嗣の声が聞こえる。『贋作虎徹』を鞘に納め、どうでもいいとばかりに背を向けた。
「いくよ、セーゴ!」
「ああ、こうなったらなるようになれだ」
聖や静護をはじめとした覚者が動きの鈍った多脚戦車を昇り始める。その腕を振るって妨害を続ける多脚戦車だが、勢いを増した覚者の数に対応できず押され始めていた。
「――今だ」
隙を見つけ蕾花は駆ける。不安定な多脚戦車の足と腕をバランスよく渡り、その搭乗口に手をかける。それが物理的な施錠であるのなら、開けられない道理はない。それを振り落とそうとする戦車の動きも蕾花の集中の邪魔にならない。
「浅はかだね。これで覚者に勝てると思ったの?」
搭乗口の扉を開け、操縦している平山を引っ張り出す。その首に神具を押し付け、勝利宣言をするように問いかけた。答えることができずにうなだれる平山。
操縦者を失い、沈黙する多脚戦車。覚者達の勝利の声が響き渡る――
●古妖奪還:終
「どうして戻したいかって、決まってるじゃん」
誰かに背中を押されるようにプリンスは口を開く。研究者の言葉に押されるように思いを止めていたが、そんなことは初めから決まっていたことだ。
「余が助けたいって思ったからだよ」
「だから俺達がお前たち覚者に追いつきたいと思う気持ちを何故――」
「君たちはそうしたい。でも余は助けたい。ただそれだけだよ」
助けたい、と思うことに理由はいらない。たとえそれを妨げる理由があっても、それを行ってはいけないという理由があっても。それは何かを助けたいという思いを止める理由ではない。決して。
(暗愚のように振舞っているが、やはり殿下には人を率いる天稟がお有りですな……)
成はそんなプリンスを見て頷いていた。王とは決断する者。王とは率いる者。その才能を見た気がした。
「……言ってろ! どの道あいつらを助ける手段なんてないんだ!」
「手段がないから、どうだというんじゃ」
叫ぶ研究者に静かに返す姫路。
目の前に横たわる古妖の惨状は理解している。それをすぐに治せる魔法の薬も、超未来の手術台もない。古妖達を救う手段は何一つない、それは言わらずともわかっている。
それでも、
「わしは矜持を示すのみじゃ。例え癒す術なくとも、生きるために」
「……え?」
覚者達は姫路の動きを信じられないという顔で見ていた。それはただの治療行為。医者が患者に行うような、問診と触診。そんなものでは治るはずがないのに。治るはずがないと誰もが思っていたのに。
古妖達の苦悶の声は、姫路が診察するごとに和らいでいく。古妖狩人に奪われた彼らの生命を姫路は彼らに分け与えていた。自らの生命力を燃やし、その温もりを彼らに分け与える奇跡。
「諦めるな。手段なんかなくとも、わしらが諦めんかったら助かる可能性はあるんじゃ」
「……ああ、そうだ。約束したんだからな」
満月は雪女の手を取る。恐怖で震える雪女。それを拒絶しないのは、逆らえばもっとひどい目に合うからと体に刻まれているからだろう。人が犯した罪。助けられなかった罪。それを今贖おう。
「すまなかった、すまなかった。俺達が悪かった」
ただ真摯に。心を込めて謝罪する。できることなどそれしかない。それ以外のことなど意味がない。ただひたすらに謝罪し、手を握る。謝って許してもらえることではない。彼女は人間の抗争に巻き込まれた被害者なのだ。
ぴく、と雪女の指が動く。最初は拒絶かと思われた動きは、それが満月の手を握り返そうとする行為だと気付く。弱弱しく、痙攣しているに等しい動き。だけどその手は確かに人間の手を握ろうとしていた。
「……良かった……」
それは快癒と呼ぶには程遠い状態だ。
だけど満月の手は、確かに雪女の手を掴んでいた。ただそれだけの、だけどこの場においては大きな奇跡。ここで温もりを拒否して心を閉ざせば、そのまま心を開くことはなかっただろう。
「……いい話でござる……!」
「えー、あー、はいそうですね」
泣く天光に適当にうなずくエヌ。
「でも……結局治す為の情報はなかったってことよね、これ」
「仕方あるまいて。地道に癒していくしかあるまい」
「ええ。信じることが重要なのです」
ため息をつく数多に夜司と茂良が答えた。結局のところ、それしかないのだと。
「良かった……ようやくお助けできました……!」
「すぐにお姉さんに会わせてやるからな!」
「ようやく約束が守れたか」
アニスとヤマトと誘輔が雪女の様子を見て安堵の息を吐く。まだ安心はできないが、それでも最悪の事態は避けることができたのだ。
かくして覚者達の古妖奪還作戦は終了した。まだ力の余っている者を中心に古妖を運び出し、FiVEの作戦中継点に輸送し、治療を開始する。
治療は大変だろうが、とりあえずの難関は突破したのだ。
●鎮魂ノ儀:終
儀式は終焉に向かっていた。
自らを送る儀式。その儀式を受けて古妖の怨念は足を止めていた。
それは儀式だからということではない。それなら最後まで抵抗しただろう。理不尽に暴れる怨霊として、苦しみながら抵抗しただろう。
だが、知ってしまった。触れてしまった。
自分たちを思う、覚者の心に。
「貴方達が迷わないように……」
灯が儀式場に明かりをともす。それは古妖達を導く灯台の光。天に昇るための道標。彼らがどのような思いを抱いていたか。それは想像するしかできない。だけど死んでなお苦しみむことなどあってはならないことだ。
「形こそ違いますが、これが灯台守としての我が一族の使命でもあります。明かりは決して絶やしません」
暗闇の中の光が、どれだけ人の希望になるのだろうか。それを絶やさぬこと。希望を照らし続けること。それが灯台守としての使命。祖父母や親たちがそうしてきたように。灯もまた、明かりを消すことなく照らし続ける。
「儀式の明かりの元に集った私達、そして今も戦っている仲間達も決して古妖達の無念は忘れません。
ですからどうか、もう苦しまないでください」
「フフ、コレが極東のオリエンタルパワーの秘密ね」
巫女服を着たエメレンツィアがその着心地を確かめるように回転する。それ自体に特別なパワーなどないが、雰囲気は重要であるとばかりに友人の祇澄から借りたのだ。ひとたび目を閉じ、そして開けばその雰囲気は変わる。癒しを施す母のような顔に。
「さあ、解き放たれなさい。もう、無理に力を使わなくていいのよ?」
水の源素を振りまきながら、祇澄に合わせてエメレンツィアは舞う。古妖狩人は道具として扱われた。それは許されることではない。一方的に搾取し、奪うだけの行為はただの略奪だ。力の解明は相互協力で行うべき。そこに明るい未来など生まれるはずがない。
「さあ、もっと楽しみましょう。皆で一緒にすごす為に」
「悪しき念よ、鎮まり給え。祓い給え、清め給え、六根清浄……」
深い集中でトランス状態のまま舞う祇澄。舞いながら、古妖達のことを思っていた。
(救ってこれた皆さん、救えなかった皆さん、捕らえられている皆さん。古来から、この地に住み、この地を守ってきてくれた皆さん。
私は、皆さんにまた、この地を守ってほしいと、願います)
それが身勝手な意見だろ言うことは、祇澄も理解している。彼らを殺したのは人間で、怨念となるほどに人間は恨まれている。その怒りは正当で、許されるものではないのに。
(それでも、私は――)
出会ってきた古妖のことを思う。出会えなかった古妖のことを思う。悪い古妖もいた。善い古妖もいた。人とは違い、だけど人のそばにあって共に生きてきた彼ら。この思いをなんと言うか。そんなことは初めからわかっている。
「皆さんの事が、大好き、ですから」
それだけは、たとえどれだけ古妖に恨まれようと変わらない事実。
「……あんなむごたらしい目に遭わされて、さぞかし辛かった、無念だったでしょうに……」
アイヌの民族衣装を身に纏い、まきりが古妖の怨念を見る。その痛みも無念も察する事しかできない。そしてそれをもっと早く気付いて止めることができなかった自分の無力が悔しくてたまらない。この手がもう少し遠くまで届いていれば。
(だから今はせめて、この儀式にてその嘆きを癒すことができれば……)
これ以上苦しまないでほしい。これ以上嘆かないでほしい。歌も踊りも自身はないけど、まきりは一生懸命儀式を進める。古妖の怨念を鎮められるよう、二度とこんな目に遭う古妖が出ないように。少しでも古妖の魂が救われるように……。
(カムイ、どうか我々の気持ちを受け取ってほしい)
恵太は古妖の怨念を『カムイ』と呼んだ。それはアイヌ民族における神格の霊的存在。彼らの生活と共にあるモノ。敬意と親愛を込めてそう呼称した。古妖(カムイ)あっての自分達。世界は古妖(カムイ)と自分たちのバランスでできている。
(怒りや悲しみ、苦しみを全身全霊で受け止める。この歌がカムイの心に届きますように)
そしてカムイとは自然そのものも指す。あの山も、その川も、遠くにある湖も、風も、大地も、炎も、雷も、大雪も、病気も、災害も。善いも悪いもすべてそうカムイ。自分たちも含めてすべてが世界の一つ。その恩恵をうけて、今自分たちは立っている。
(カムイたちが奪われた魂はおらが返そう)
自分たちは常にカムイから恩恵を受けている。だから、カムイに恩恵を返すのは当然だ。恵太から剥離していく何か。それは自然に帰るだけだと穏やかな心でそれを捧げる。
覚者と憤怒者という人間同士の差から始まった戦いは。
(だから、仲間達や、何よりも古妖達自身の魂を傷つけないでほしい)
世界(こよう)と自分(にんげん)を区別しない。自分と世界(すべて)を区別しない。そんな祈りで終結を迎えた。
かくして鎮魂ノ儀は終結を迎える。
霊が消える間際、甲高く響き渡った古妖の声。
様々な思いと数の古妖の声。それを解析することは誰にもできなかった。未練だったのかもしれない。悲鳴だったのかもしれない。絶叫だったのかもしれない。怨嗟だったのかもしれない。慟哭だったのかもしれない。
ただその中に、
「あ、り、が、と、う」
「話を、聞いてくれて……嬉しかった」
「ばい、ばい」
感謝の声が、確かに混じっていた。
●真なる狩人:終
さて、ここからは後日談になる。
次の日のニュースは『工場を襲う覚者テロ!』の一文が占めることとなった。だが工場内の調査が進むにつれて古妖狩人の違法性が暴露されることになり、ニュースは『工場で行われていたテロ準備を、未然に塞いだ英雄がいた』という方向性に変わる。様々な兵装を不当に所持していたこともあるが、古妖を使った倫理を無視した実験と人体をベースにした実験結果が決定打になったようだ。
救出された古妖の治療は、思いのほか好調だった。これが覚者の持つ奇跡を呼ぶ力――魂の力なのかと御崎は唸っていた。治療を終えた者から順次故郷に帰っていく。
古妖狩人の工場から拝借したものは散々協議が為されたが、最終的には中を通じて証拠としてAAAに渡すことになった。状況を鑑みればこれは強盗であり、これにより得る利益より不利益の方が大きいという判断である。司法取引めいたやり取りが行われ、その情報だけは非公開を条件に利用させてもらうという形に落ち着いた。
工場は解体され、その跡地には古妖達を祭る為の神社が作られることになる。これは古妖を思う地元民が出資して作った物だという。自分達以外にも古妖達を思うものがいるという証だ。
帰還した覚者達はすぐに日常に戻ることになる。師走に休んでる余裕などない、とばかりに忙しい日々が待ち受けているのだ。
そういった生活の中にも、古妖はいるのだろう。その物陰で、天井裏で、机の影で隠れて。気づかない者もいるだろう。時には許されない悪戯をする者もいるだろう。だけど憎みきれない彼ら。
この夜覚者が守ったのは、そんな日常。もう戻ることはない魂もあるけど、覚者はその平和を間違いなく守ったのだ。
その報酬を噛みしめ、覚者達は自らが守った日常に戻るのであった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
軽傷
重傷
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし

■あとがき■
どくどくです。
全員描写したと思いますが、抜けがありましたら連絡ください。
MVPは各パートから頑張ったと思われる方を三名選出しました。
称号をお渡ししていますので、お気に召したらどうぞ。
皆様のプレイングのお陰で、無事描き切ることができました。
戦わない決戦、という字面がおかしいパートもありましたが、まあ。
これにて古妖狩人との戦いは終了になります。
古妖狩人は『力を得るために過剰に自然を壊す研究者』のイメージで作りました。マッドではない悪い科学者です。
皆様の心に古妖狩人に対する憎しみや嘲りが残れば、物書きとしてこれに勝ることはありません。
それではまた、五麟市で。
全員描写したと思いますが、抜けがありましたら連絡ください。
MVPは各パートから頑張ったと思われる方を三名選出しました。
称号をお渡ししていますので、お気に召したらどうぞ。
皆様のプレイングのお陰で、無事描き切ることができました。
戦わない決戦、という字面がおかしいパートもありましたが、まあ。
これにて古妖狩人との戦いは終了になります。
古妖狩人は『力を得るために過剰に自然を壊す研究者』のイメージで作りました。マッドではない悪い科学者です。
皆様の心に古妖狩人に対する憎しみや嘲りが残れば、物書きとしてこれに勝ることはありません。
それではまた、五麟市で。
