<大妖一夜>鉄を斬り 新月に吠え 黄泉を行く
●AAA京都支部襲撃!
大妖襲撃。
一夜にして各AAA支部を襲撃した大妖達は、最後にAAA京都支部に集結する。
「予想以上に時間がかかったな。それなりに楽しめたぜ」
口を開くのは四本腕の大男。『斬鉄』と呼ばれる人間型の大妖。この国の防衛機構を相手取り『それなりに楽しめた』と豪語するのは嘘ではない。
「相手に敬意を示せ、大河原。彼らもまた、この国の生命。それを狩ることを遊びにするな」
壱百メートルという巨大な白狼が窘めるように口を開く。『新月の咆哮』と呼ばれる大妖は散っていったAAAを弔うように瞑目する。しかし殺戮を止めるつもりはない。
「まあまあ、仲よくしましょう。これで最後なのですから」
そんな二体に大妖の仲を取り持つように、一人の男が割って入る。ゆらりとした風貌は彼が霊体であることを示していた。『黄泉路行列車』と呼ばれる大妖の『車掌』と呼ばれる存在だ。遠くで本体である列車の汽笛が鳴る。
「あー、はいはい。わかってるよ。ったく、継美を滅ぼした相手だってのに弱ってたとはな。できるなら弱ってない状態と戦いたかったぜ」
「『紅蜘蛛』は遊びが過ぎた。色情に溺れるなど恥の極み」
「あの方には手を焼きましたからねぇ」
世間話の様に語りながら、大妖と呼ばれる存在はAAA京都支部に近づいていく。
「最後の一角だ。勝負しねぇか? 誰が一番壊せたか。俺は北からいくぜ」
「つまらぬ。だが分業は効率的だ。某は南からいこう」
「では私は西の線路から攻めるする形でいきましょう」
三体の大妖はそこで分かれ、移動を始める。
妖に対抗すべく生まれた日本の防衛組織。最後に残った人類の砦。
それが今、終わろうとしていた。
●大妖の一夜を見る人達
TVなどの報道機関は大妖によるAAA襲撃でもちきりだった。
リアルタイムで崩壊していくこの国の盾。疲弊していたとはいえ、自分達を守ってくれた組織が崩壊していく様は、映画を見ている様に現実感がない。余りにも馬鹿げた光景。余りにも馬鹿げた蹂躙。それを前に思考が追い付かない。
だが、これは現実なのだ。
明日から自分達を守ってくれる者はない。それがじわじわと心に染み入ってくる。
そんな中、FiVEの覚者達にメールが飛ぶ。
そこには断片的な大妖の情報と、動画へのURLがあった。
●FiVEから送られた動画
「状況は絶望的だ」
中 恭介(nCL2000002)は覚者を前に、いきなりこう切り出した。
大妖と呼ばれる存在の強さ。それは一夜にしてAAAを滅ぼす力を見れば明白だ。
「だから強要はできない。ここで力を温存するのも選択肢の一つだ」
この夜が明ければ日本は激震するだろう。その為に力を蓄えるのも悪くはない。だが、
「それでも救える命が多いに越したことはない。人道的、戦力的、ひいてはFiVEという組織のアピールとして」
この戦いに介入する利点をあげる中。勝ち目はない。災害ともいえる大妖の力。それに挑むこと自体が愚行だ。それでも得る者はある、と。
「AAA京都支部。そこにいるAAA隊員を可能な限り救い出してくれ。
大妖を足止めし、その情報を可能な限り得る。それが今できる最善だ」
覚者組織として。神秘解明組織として。この国の未来を救う者として。
大妖(ぜつぼう)に挑め、と中は言う。
無茶ともいえる指令。拒否することはもちろんできる。誰だって自分の命は大事だ。
貴方の選択は――
大妖襲撃。
一夜にして各AAA支部を襲撃した大妖達は、最後にAAA京都支部に集結する。
「予想以上に時間がかかったな。それなりに楽しめたぜ」
口を開くのは四本腕の大男。『斬鉄』と呼ばれる人間型の大妖。この国の防衛機構を相手取り『それなりに楽しめた』と豪語するのは嘘ではない。
「相手に敬意を示せ、大河原。彼らもまた、この国の生命。それを狩ることを遊びにするな」
壱百メートルという巨大な白狼が窘めるように口を開く。『新月の咆哮』と呼ばれる大妖は散っていったAAAを弔うように瞑目する。しかし殺戮を止めるつもりはない。
「まあまあ、仲よくしましょう。これで最後なのですから」
そんな二体に大妖の仲を取り持つように、一人の男が割って入る。ゆらりとした風貌は彼が霊体であることを示していた。『黄泉路行列車』と呼ばれる大妖の『車掌』と呼ばれる存在だ。遠くで本体である列車の汽笛が鳴る。
「あー、はいはい。わかってるよ。ったく、継美を滅ぼした相手だってのに弱ってたとはな。できるなら弱ってない状態と戦いたかったぜ」
「『紅蜘蛛』は遊びが過ぎた。色情に溺れるなど恥の極み」
「あの方には手を焼きましたからねぇ」
世間話の様に語りながら、大妖と呼ばれる存在はAAA京都支部に近づいていく。
「最後の一角だ。勝負しねぇか? 誰が一番壊せたか。俺は北からいくぜ」
「つまらぬ。だが分業は効率的だ。某は南からいこう」
「では私は西の線路から攻めるする形でいきましょう」
三体の大妖はそこで分かれ、移動を始める。
妖に対抗すべく生まれた日本の防衛組織。最後に残った人類の砦。
それが今、終わろうとしていた。
●大妖の一夜を見る人達
TVなどの報道機関は大妖によるAAA襲撃でもちきりだった。
リアルタイムで崩壊していくこの国の盾。疲弊していたとはいえ、自分達を守ってくれた組織が崩壊していく様は、映画を見ている様に現実感がない。余りにも馬鹿げた光景。余りにも馬鹿げた蹂躙。それを前に思考が追い付かない。
だが、これは現実なのだ。
明日から自分達を守ってくれる者はない。それがじわじわと心に染み入ってくる。
そんな中、FiVEの覚者達にメールが飛ぶ。
そこには断片的な大妖の情報と、動画へのURLがあった。
●FiVEから送られた動画
「状況は絶望的だ」
中 恭介(nCL2000002)は覚者を前に、いきなりこう切り出した。
大妖と呼ばれる存在の強さ。それは一夜にしてAAAを滅ぼす力を見れば明白だ。
「だから強要はできない。ここで力を温存するのも選択肢の一つだ」
この夜が明ければ日本は激震するだろう。その為に力を蓄えるのも悪くはない。だが、
「それでも救える命が多いに越したことはない。人道的、戦力的、ひいてはFiVEという組織のアピールとして」
この戦いに介入する利点をあげる中。勝ち目はない。災害ともいえる大妖の力。それに挑むこと自体が愚行だ。それでも得る者はある、と。
「AAA京都支部。そこにいるAAA隊員を可能な限り救い出してくれ。
大妖を足止めし、その情報を可能な限り得る。それが今できる最善だ」
覚者組織として。神秘解明組織として。この国の未来を救う者として。
大妖(ぜつぼう)に挑め、と中は言う。
無茶ともいえる指令。拒否することはもちろんできる。誰だって自分の命は大事だ。
貴方の選択は――

■シナリオ詳細
■成功条件
1.大妖の最低一体を十ターン足止めし、AAAに到達させない
2.大妖の情報を一つ以上得る
3.なし
2.大妖の情報を一つ以上得る
3.なし
大妖初顔見せ。制作時点で彼らの能力は決まっていました。
●状況
人間が妖に対抗すべく作られたAAA。その最後の砦であるAAA京都支部が大妖に襲撃を受けました。
AAAの崩壊は免れませんが、組織が滅んでも人が生きていれば再興は可能です。そういった意味も含め、AAA職員を救出する事になりました。
その為には大妖の足止めが絶対条件。大妖に本部を蹂躙されれば、助けることが出来る命は極端に減ります。無謀とも言える状況ですが、地の利はこちらに在り彼らは人間自体を侮っています。そういった意味で隙を見出すこと自体は可能です。
具体的には『覚者の総合ダメージ』『技能などによる足止め工作』『気を引く会話』等により足止めや能力解明の確率が上昇します。また<大妖一夜>タグの依頼成功数によりAAAが救援に来て、それらの確率が上昇します。
便宜上、各大妖は六ターンの移動でAAAに到達するものとします。つまり、一〇ターン中四ターンまでは準備に使用しても問題ありません。
なお魂の使用は推奨されません。奇跡を起こして高いダメージを出すことはできますが、大妖を倒すイメージが明確ではない状態(首を斬れば倒せるだろう。超高速で攻めれば勝てるだろう)では、十全に効果を発揮できません。そういう意味でも大妖は規格外なのです。
戦場は三種類存在します。プレイングの文頭、及びEXプレイングに【壱】【弐】【参】を記載してください。記載がない場合、ランダムの場所に送ります。
【壱】北方向
大妖『斬鉄』が存在します。AAA京都支部に繋がる一本道。
多くのAAAの戦闘用車両が止まっており『ドライブテクニカ』等でぶつけることは可能です。
・『斬鉄』大河原 鉄平
四本腕の人間型大妖です。『鉄を斬った』という二つ名が存在します。
戦闘好きのお祭り好き。強い相手や楽しい祭りなどに反応します。
攻撃方法
繻子灰火 物近列 持っている刀の一つ。【焔傷】
水師妹紅 物近貫3 持っている刀の一つ。【失血】(100%、50%、25%)
土壌灰塵 物近単 持っている刀の一つ。【劇毒】【三連】
老木空虚 物遠全 持っている刀の一つ。
瞬息の武 自付 ???
弾指の護 自付 ???
『斬鉄』 P ???
【弐】南方向
大妖『新月の咆哮』が存在しています。広い公園でため池や遊具、樹木などの障害物があります。それを利用し、隠密系の技能で不意を突くことが可能です。
・『新月の咆哮』ヨルナキ
大きさ壱百メートルの巨大な白狼です。『新月に吠える獣』の二つ名が存在します。
生真面目な狩人。狩ると決めた相手には容赦なく、それ以外の獲物は逃がすこともあります。
攻撃方法
白狼の牙 物遠全 巨大な顎が振るわれ、戦場全てを飲み込みます。
虎狼の吼 特遠全 獣の声が物理的な衝撃となって襲い掛かります。
突撃 物近列 巨躯が動き回るだけで、被害は大きくなります。【ノックB】
月の獣 P ???
新緑の風 P ???
『新月の咆哮』 P ???
【参】線路沿い
AAA京都支部近くの線路です。そこに『黄泉路行列車』が存在しています。
電車は緊急の報を受けてすべて停止しています。
『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号
八両編成の機関車。その客席にかなりの数の妖が存在しています。それらすべて含めて、一個体です。
性格は日和見主義。最も人間は見下しており、価値がないと思っています。その為、ダメージによる足止めが最も有効的です(下等な人間如きが!)。
攻撃方法
車両解放 特遠列貫2 車両の扉を解放し、中にいた妖が突撃してきます。妖はすぐに力尽きてしまいます。(100%、50%)
窓から投擲 物遠列 車両の窓を開け、大量の物を投げてきます。
魔の汽笛 特遠全 黄泉に向かう列車の汽笛が、死の恐怖を想起させます。
道反大神 自付 ???
因果応報 P ???
『黄泉路行列車』 P ???
●その他状況
時刻は夜。明かりはAAAの部隊がライトで照らしているため不要。
周囲の住民は全て避難済み。一般人が出てくる可能性は皆無です。
特にプレイングに指示がなければ、大妖との距離はそのキャラクターが使うスキルが適切である場所で行動しているものとします(そのため、ルール的な部分では『遠距離から射撃』『倒れるまで飛燕で攻撃』『恵みの雨で仲間を回復』程度で問題ありません)。
勝利条件を満たすだけなら、そう難しくありません。
それ以上を目指すなら、相応のプレイングが必要になります。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
77/∞
77/∞
公開日
2017年05月13日
2017年05月13日
■メイン参加者 77人■

●『斬鉄』
「アレが、大妖……。聞きしに勝る迫力と威圧感ね」
大妖の姿にエメレンツィア(CL2000496)は息を飲む。物理的な大きさではない。そこにいるだけで全てを破壊しかねない圧力と、漂わせる雰囲気。それが彼女の体を震わせていた。恐怖を感じるのは当然だ。だがそれを理性で押さえつけ、一歩踏み出す。
「さってと……気合い入れて守りましょうか!」
守る。エメレンツィアはこの戦いの意義を理解していた。この戦いは殿。いわば敗走戦だ。ここでどう持ちこたえるかで『次』が活きる。水の術式で回復を施し、守りを固める。可能な限り時間を稼ぎ、AAA職員を脱出させる。それがキモだ。
「多少の物的被害には目を瞑るわ。人的被害の軽減に全力を注ぐわよ!」
エメレンツィアは近くにあった戦闘車両を『斬鉄』にぶつけ、足止めをする。車は破壊されても直せばいい。しかし人は死んだらそれで終わりだ。今重要なのは人を生かすこと。そして未来につなげること。
「撤退時用にこのバンは残して! 怪我人や戦闘不能者はどんどんこっちに運んで!」
「それぐらいならオレにもできそうかな」
時宗(CL2000084)は頷き、救助の方に回る。『斬鉄』の攻めは圧倒的だ。まだ駆け出しの時宗は、自分が何ができるかということに不安があった。炎の拳を振るうよりは、そちらの方が全体に貢献できそうだ。
「ん、AAAのひとたち。なるべく、助ければ、いい、の、ね」
無表情で頷く日那乃(CL2000941)。『斬鉄』から距離を置き、回復を行うことでサポートをしていた。思念を飛ばして他の仲間の動きを中継したり、連絡を伝えていた。少しでも皆が長く戦えるように。
「ねえ、大妖、さん。始めまして」
「お? 初めまして」
「わたしたち、AAAじゃなくて、FiVE、っていうの」
「ああ、違うのか。だったら家に帰って寝てな」
手を振って退去を促す『斬鉄』。AAA以外に興味はないようだ。否、
「わたしたち、強いよ。力試し、する?」
その言葉に心をくすぐられたのか、手の動きを止めた。
「そいつは楽しそうだな」
「だから、あいて、して。みんなたおす、まで、むこうに行くの、禁止?」
挑戦状をたたきつける日那乃の発言。口を歪めて、『斬鉄』は笑う。
「精々楽しませろよ! 大したことなけりゃ、飽きてむこうに行っちまうかもな!」
「上手く挑発に乗ったのですが……とにかくここで止めないとヤバいのですよ」
飛鳥(CL2000093) は鬼のような表情をする『斬鉄』を見ながら、拳を握る。いつもは緩やかな表情を浮かべている飛鳥だが、今日はそうもいかなかった。日本を震わす大妖の進軍。それを前に何ができるか。それは迷う事ではなかった。
「皆を癒して、少しでも足止めする。それがあすかの役割なのですよ」
水の術式で傷を癒しながら『斬鉄』を見る。隙を伺おうとするも、隙らしい隙は見受けられない。こちらを見ていないようで、何かすれば反撃が飛んできそうな。そんな恐怖があった。
「『斬鉄』が一番殺(ヤ)る気満々なのよ。ヤバいのですよ」
「おいおい。俺をなんだと思ってるんだ。これでもケモノに比べれば殺意は低いんだぜ」
「でも殺す気なのですよね?」
「まあな」
当然だろ、とばかりの『斬鉄』の答えに飛鳥は閉口する。やはり大妖を通すわけにはいかない。水の術式で仲間を癒しながら、戦線を維持する。
「まだ……本気、ではない。……こちらを、侮っている……?」
『斬鉄』と飛鳥の会話を聞きながら、祇澄(CL2000017) は大妖の動きを見ることに集中していた。土の加護で身を護りながら、『斬鉄』から距離を放し観察することに徹する。防御の構えを取り、瞳にすべてを集中させていた。
しかし、見えない。
スキャンできることはある。大妖が今の自分では届かない領域にあるということも。それが技能の限界。それ以上を求めるなら、行動するしかない。
「侮っちゃいねえよ。こうして抜刀してるんだ。相応に鍛錬を積んだ人間なんだろ、アンタら?」
「それでも、『力』では、遠く及ばない」
「応よ。ちったぁ歯ごたえがある奴らがいればいいんだが――」
「『個』と『質』で劣るならば……『量』と『策』で抗うまで」
『斬鉄』を睨みながら、はっきりと祇澄は言い放つ。
「……古来よりの、人間ならではの戦い方です」
「呵々! そいつは楽しみだ。なら『人間』の強さ、見せてみな!」
「……っく! なんて、太刀筋……人間の、刀術に……『何か』が加わっている……?」
そこまでは祇澄もわかる。だがそれが『何なのか』が分からない。
「体調が悪い方は後退してください! 私が癒します!」
騎乗に戦場に立ち、仲間を癒し続けるアニス(CL2000023)。呼吸をするたびに血の匂いが鼻をくすぐり、鉄に似たその感覚に眩暈すらする。だけどここで逃げるわけにはいかない。胸を押さえて呼吸を整え、意識を戻す。いまだに戦いになれないアニスにとって、この戦場は過酷すぎる。
「無理するなよ、お嬢さん。そんな蒼い顔してまで戦うことはねぇぜ」
「無理を……しなければ、人が死にます」
「正確には俺が殺すがな」
「斬鉄さん……貴方が皆さんを殺すというのなら……私は力の限り皆さんを癒します……」
肩で息をしながら蒼白な顔で、しかし真っ直ぐにアニスは大妖を睨む。流れる水が仲間たちの傷を癒していく。
「それが……私の戦いなのですから」
「いいねぇ。その意気。そんじゃ癒してみなよ。俺は鉄を斬った男だぜ」
(鉄を斬る……言葉通りの意味なのか、それとも何かの比喩なのか……)
アニスは仲間を癒しながら思考する。鉄を斬る。斬鉄。その二つ名の意味を。
「他の大妖と同じく危ない相手みたいだけど」
渚(CL2001360) は仲間を癒しながら『斬鉄』の前に立ちふさがった。植物の力を借りて自然治癒力を高め、『斬鉄』の刀に対する対抗力を高めていく。そして大妖の動きに集中し、その動きを見切ろうとする。
「何もしないのは逃げるのと同じだし。精一杯出来ることをするよ」
「逃げたって誰も責めやしねぇよ。お嬢ちゃんはあれだろ。医者の手伝いか? 全線にいる。役割じゃないんじゃないのか?」
「そんなことないよ。看護師は体力勝負だし!」
渚は言って『ブランジャー』と『バレル』を手にする。ガラスのようなものでできた二つの鈍器。それを組み合わせて。一つの形にする。それは注射器。集中に集中を重ねた一刺しが、『斬鉄』の急所に向かって放たれる。
「これでどう!」
「おおっと、おっかねぇなぁ。怖いから斬っとくか?」
「斬らせない、よ……誰も……」
ミュエル(CL2000172)は『斬鉄』の前に立ちふさがるようにして言葉を放った。植物の香りを使って大妖の力を弱らせ、『斬鉄』の刀を受け流す。その刀から炎が迸り、ミュエルの体を包んだ。灼熱がミュエルを傷つけるが、それを振り払うように腕を払い、炎を消し去った。
「おうおう。繻子灰火に耐えたか。大したもんだ」
「そんなの、効かないよ……。もっと、試して、みる?」
「いい挑発だ。歯ァ食いしばれよ!」
「か、はぁ……!」
ミュエルの頭から脊髄にかけて、痛みが体を駆け抜ける。『斬鉄』の一閃が袈裟懸けに振るわれたのだと気付いたのは、痛みの後。体中が言うことを聞かない。痛みは一瞬で消え去って、どうしようもない脱力感だけが身体を支配していく――
「ま、だ……だよ」
命の炎を燃やし、ミュエルは体に力を入れなおす。皆の盾になる。そう決めて戦場に挑んだのだ。この程度ではまだ倒れられない。神具を掴む手になんとか力を込め、大妖の前に立ちふさがる。
「それにしても大妖が揃ってとは……意外と仲が宜しいようですねえ」
ミュエルを解毒しながら一二三(CL2001559)が語りかける。一二三も仲間の癒しに回っていた。大妖に攻撃をするつもりは毛頭ない。それは癒しで手いっぱいということもあるが、他を注意している所があった。
(さて、怪因子の力が妖にも通じればよかったのですが……古妖でない以上は仕方ありませんか)
古妖の存在を感知できる感覚で『斬鉄』ではない大妖を探ろうとしたが、捉えることはできなかった。仕方なく諦める。
「俺らがそろって何かしちゃダメな規則でもあるのか?」
「駄目ではないのですが、そのイメージがなかったので。
仲が宜しいと言えば、『後ろに立つ少女』はご一緒ではないのですか?」
一二三の問いに、怪訝な顔をする『斬鉄』。
「どういうこった?」
「いえ。彼女の動きが気にかかるもので。何を考えているのか」
「さあな。だがその前に自分の命を気にかけな!」
声と同時に迫る『斬鉄』の一撃。確かに他に気を向ける余裕はなさそうだ。一二三は回復に専念する。
「こんな鉄火場は本来なら寄るべきでは無いのですが……」
うんざりした表情で槐(CL2000732)は戦場に足を踏み入れる。『FiVEの仕事は最低限しかやらないですよ』と豪語する槐だ。危険すぎる状況にうんざりしながら覚醒し、戦場に足を踏み入れる。
「今回ばかりは踏ん張っておかないと後で詰みそうな感じなのです」
襲撃されたAAA。その被害をできるだけ抑えておけば、後に繋がるものが増える。それは巡り巡ってFiVEの利益になるだろう。そして自分の利益にも。大妖の雰囲気に肌を震わせながら、土の加護を使って防御力を高める。
「あれが繻子灰火で、そっちが老木空虚? 名前ぐらい書いててほしいのです」
槐は大妖の武器を観察し、攻撃のパターンを見切ろうとする。炎に毒にと面倒な障害を与えてくる刀の被害を最小限に抑え、最悪の場合自ら庇ってでも被害を減らす算段だ。
「気をつけるですよ。弱ってる相手に土壌灰塵使ってトドメ指す癖があるみたいなのです」
とはいえ、分かるのはその傾向ぐらい。残念ながら決定的なパターンまでは見切れそうにない。
防御に回る覚者。足止めが目的である以上、その行動は正解だ。継戦能力をあげることで時間を稼ぐことは撤退する者達の生存率を上げる。
だが、大妖の勢いはそれを上前るほど激しい。これら努力をもってしても、完全には止められそうになかった。
まだ、足りない。
●『新月の咆哮』
『新月の咆哮』襲来少し前。
「大妖到着まで間があると、少々落ち着かないものですね」
「こう、変に間が空いちゃうと集中力も持たないからねぇ……」
燐花(CL2000695)と恭司(CL2001015) はそんな話をしていた。遠くからでも見える巨体。それが少しずつ迫ってくるのを見ながら、体が震えるのを感じる。武者震いだと言い張るつもりはない。あれだけの体格差に恐怖を感じないのは逆に狂っていると言えよう。
「私が倒れても捨て置いて下さい。目的は相手を止める事です」
神具を抜き放ちはっきりと告げる燐花。目的の為に犠牲を払うのは、戦いと言う極地において已む無きことだ。ここで止めることが重要なら、自分の命は些末。
「それは聞けない相談だね」
だが恭司はそれを否定する。煙草から紫煙がゆらゆら揺れた。煙の先を見ながら言葉を続ける。
「確かに作戦の目的は足止めと情報収集だ。だがそれは何のためだ?」
「AAAを助ける為と、次の大妖の闘いに備えて、です」
「そうさ。大事なのは『次』につなげることだ。それは燐ちゃんの命も含めてだよ。
ここで情報を得ても、それを狙える『剣』がなければ意味をなさないからね」
恭司は煙草に口をつけて、肺一杯に煙を吸い込む。静かに息を吐きながら、一番言いたかったことを言う。
「なによりも、大切な人を死地に放っておくなんて……それは無理な相談だよ」
「それは――」
「さあ。来るよ。気張っていこうか、燐ちゃん」
迫る『新月の咆哮』に声をかける恭二。燐花は言葉を飲み込み、白狼に目を向けた。
「柳と申します。少々お相手願えますか?」
名乗りと同時に殺気を込めて神具を向ける燐花。何処までも気高く、そして誇り強く。
「来るがいい、ヤナギ。某の名はヨルナキ。新月に吠える獣ぞ」
燐花は大妖に向かい跳躍し、恭二は燐花を守るために術式を展開した。
「AAAにはこれまでもたくさんの助力を頂いています。ボクたちが今度は恩返しをする番ですっ」
太郎丸(CL2000131)は回復術を行使しながら、公園内のヨルナキを見る。100メートルを超える巨体は公園のどこからでも見て取れる。その巨体故に木々に隠れて行動することも可能だろう。
「見せてやるよ。人間のここぞというときの集中力と持続力を」
神具を手に義高(CL2001151)は『新月の咆哮』に意識を集中する。術式を使って己を強化し、木の陰に隠れる。飛びかかるタイミングを視覚で計り、一気に飛びかかっては離脱して隠れる。
「嘗めてくれるなよ、弱者にゃ弱者の戦い方ってのがあるんだぜ」
「否、それは弱者の闘いではない。某と相対するなら、この状況での最適解だ」
「……驚いた。卑怯だと罵ったりしないのか」
「無論。狩人として当然の行動を弱者と卑下するつもりはない」
どこにいるかわからないであろう義高の言葉に『新月の咆哮』は視線を向けず返す。
「なぜお前たちは人間を襲うんだ? あんたらにとっちゃ取るに足らない存在だろ? 俺たちが『因子』の力を得たことと関係があるのか?」
「それも否。人間を襲うのはそれが『狩りの対象』だからだ。力の有無は関係ない」
(狩りの……対象……? どういうことだ?)
疑問に思う義高。動揺すれば隠密も不完全なものになる。今は息をひそめよう。
「分かり合うのは、無理なのかな……?」
『新月の咆哮』の言葉を聞き、結鹿(CL2000432)は静かに首を振った。話し合いでわかりあえる古妖がいた。 戦争を仕掛けた隔者がいた。分かり合えることと分かりあえないことに種族は関係ない。ただ『分かりあえない』理由があるだけだ。それが分からなければ――
首を振って結鹿は攻撃に集中する。木々に隠れて足を潜ませ、一撃離脱を繰り返す。小さいからこそできる戦法。なるほど体重差は大きく、パワーの差は歴然だ。だが小さいからこそできる作戦もある。
「あの……大妖の三人は仲良しなんですか?」
「そりは合わぬが同胞だ」
友人というほどではないが同じクラスの一員だ、という意味だろうか。結鹿はそう納得して質問を続ける。
「お互いに縄張りとかないんですか?」
「ある。つまらぬ小競り合いもな」
どうやら仲は思ったよりもよくないようだ。あくまでヨルナキ側からの言葉だが。
「綺麗……。野生の美術ね」
音楽教師の御菓子(CL2000429)は『新月の咆哮』の姿に芸術的な感動を覚えていた。人間が作った美とは別の美しさ。例えるなら自然という存在が打った日本刀。暴風が奏でるオーケストラ。荒々しくもあるが、同時に鋭角的な美しさもあった。
「わたしはAAA職員ではないのですが、行きがかり上、『新月に吠える獣』さんの足止めを務めさせていただきます」
「ならば退け。無為に怪我をすることはない」
「いいえ。そうはいきません。仲間を守る為です」
「ならば汝らの仲間に退く様に伝えよ。無益な殺生は好まぬ」
(無駄な殺しはしない……? 北海道であれだけ殺しておいて?)
第三次妖討伐抗争の結果を思い出す御菓子。多くのAAA職員と道民の命を奪った大妖のセリフとは思えない。そもそも抗争のきっかけもこの大妖の殺戮を止める為だったのに。
「ならばAAAを襲うのは必要な事だと?」
「是。大河原の提案という些か不本意な始まりではあったが」
「そんなことはさせません」
不壊の意志を瞳に乗せて『新月の咆哮』を隠れることなく真正面から見据えるタヱ子(CL2000019)。その手に持つ盾を構え、その足を止めようと無言で圧力を放つ。
(おそらく名声欲の高い人を発起させるために、中さんはあんなことを言ったのだと思いますが)
タヱ子はここに来ることを伝えた中の言葉を思い出す。幻滅するが、人を使う立場ならそういうことを言わざるを得ない時もあるのだろう。綺麗事だけで人が死地に集うわけではない。冷静な部分ではわかっていても、まだ幼いタヱ子には感情的に受け入れがたい部分があった。
「貴方をここで止めます」
AAA京都支部を背に防御の構えを取るタヱ子。彼我するのばかばかしい質量差を前に『止める』と告げる。そこには『盾』としての自信があるのだろう。だがそれ以上に守りたいという強い気持ちがあった。
日常を。自分の周りの生活を。それを守るために立ちふさがる。たとえ圧倒的な暴威で吹き飛ばされることになったとしても、心だけは折れないと。
「俺もヨルナキの足止めをさせてもらうぜ」
二対の刀を手に零士(CL2001445)が戦場に躍り出る。正確にはその内に潜む人格『ゼロ』 が、だ。木から躍り出て、宙を舞うように『新月の咆哮』に斬りかかる。一定の距離を保ちつつ、白の体毛に斬撃を突き立てていく。
「どうしたどうした。こっちだ!」
『新月の咆哮』の死角に移動しながら叫ぶ『ゼロ』。足止めをすることは重要だが、この零士の肉体を深く傷つけさせるわけにはいかない。それは『ゼロ』にとっての最優先事項。この肉体と零士は必ず守る。
無論、防御に徹するつもりはない。医者としての知識で相手の急所を予測し、そこに向かい刀を振るい傷つけていく。そしてまた離脱。息の続く限り走りつづけ、『新月の咆哮』に傷を与えていく。
「デカいだけで勝てると思うなよ!」
「乱暴に見えて太刀筋はいい。――家族を守るために獣となる類か」
『新月の咆哮』は『ゼロ』の太刀筋をそう称する。
「会話が通じる……?」
奏空(CL2000955)は『新月の咆哮』の放つ言葉に大きな驚きは感じなかった。前もって得た情報から会話ができるほどの知性があることはわかっていた。だが人間との会話が通じるかどうかは別の問題だ。
仲間の治癒能力をあげながら、『新月の咆哮』の能力を見極めようとする奏空。どんな毒を持ち、どんな火を放ち、どんな不幸をもたらすのか……。しかしその傾向はない。『新月の咆哮』は純粋な速度と力で覚者の包囲を突破しようとしていた。
(バッドステータスの類は持っていない……のか? いや、それよりも!)
思い立ったように奏空は走る。『新月の咆哮』の正面に立ち、声を大にして叫んだ。
「ヨルナキ……教えて欲しい! 一体あんた達妖はどういった存在なんだ?」
「獣、器物、思念、自然。それらが変異し人を襲う存在の総称だ」
『新月の咆哮』にはぐらかしている様子はない。質問の仕方が悪かったのかと奏空は聞き方を変えた。
「目的はなんだ? どうして人間を襲う? ……共存は、出来ないのか?」
「某の目的は『狩り』をすることだ。人を襲うのはそれ故。そしてそれこそが人と某の唯一の共存の道」
その答えを聞いて、奏空は愕然とする。今の状態が、共存?
「あれだけの人を殺し、今なお殺そうとしているのに……それが共存なのか!」
「是。この関係こそが二者の共存の状態」
「あの殺戮が狩りだというのか!」
荒々しく声をあげて叫ぶ小唄(CL2001173)。電波に乗って放映されたAAAの壊滅。多くの人が戦い、そして死んだ。多くの悲しみが生まれ、多くの不安が生まれた。それを前に激昂する。それは人として当たり前の感情だった。
「命を奪わない狩りは存在しない」
「確かに僕ら人間も狩りをする。動物を殺すことだってある。だけどそれは『生きる』ためだ!」
「然り。この自然においてそれは当然の行為」
「でも……あなた達のはそうじゃない!」
『斬鉄』は享楽で。『黄泉路行列車』は憎しみで。そして『新月の咆哮』は狩りと称して人を殺す。それが何故なのか。その理由が分からない。
「何故、妖は人を襲うんです?」
「汝ら人間が我らの同胞――汝らで言う妖にならぬからだ」
「……え?」
小唄はその言葉に虚を突かれたように押し黙った。
生きている人間は妖化しない。死体が妖となることはあるが、生きている人間は妖になることはない。
「もっとも、それは汝らの責ではない。不幸には思うが、考慮する案件ではない」
「くっ……そ!」
爪を振るう『新月の咆哮』。神具でそれを逸らしながら、額の汗をぬぐう。気づかぬうちにこれだけの汗をかいていたのか。
「よろしいでしょうか?」
攻撃の手を止め、つばめ(CL2001243) が口を挟む。
(ヨルナキは大妖の中では紳士的と伺っております。少々危険かもしれませんが、取引はできるかもしれません)
唾をのんで呼吸を整え、つばめは巨大な白狼を見る。相手の視線がこちらを見ていた。その気になれば小さな人間如き一口で飲み込んでしまうだろう。
「――何用だ?」
「私達が貴方の進行を阻止出来たら、一度だけ、わたくし達側に付きません事?
同じ大妖を相手取るのも悪くないと思いましてよ?」
つばめは胸を張り、提案を申し出る。ここで止めることが出来れば、自分達の味方になってほしい、と。
「そして、わたくし達が防衛に成功した暁に『後ろに立つ少女』の情報が欲しいですわ」
『後ろに立つ少女』――この場に居ない大妖。その情報があれば、先手を打てるかもしれない。そう思っての交渉だ。
「――では阻止できなければ汝らは某に何を与えるのだ?」
「え?」
「それだけのことを要求するのだ。ここを突破すれば、汝ら全ての命が某につく、というのか?」
「……それは……」
『新月の咆哮』の言葉に、つばめは絶句する。相手の言葉は、当然のことだった。こちらの要求を一方的に告げて相手の要求をのまないのでは、交渉にならない。そして『新月の咆哮』の提案は、つばめ一人で首肯できるものではなかった。
「話は終わりか。ならば、狩りを再開しよう」
今宵、上弦の月。淡い月光に照らされて、白狼は地を蹴る。
●『黄泉路行列車』
レトロな風貌の汽車。妖化の影響か、目や口に相応する隙間が存在し、車両からは様々な妖が雄叫びをあげていた。
「なんていうかさ」
その姿を見て紡(CL2000623)はため息をついた。残念なのではない。むしろそのフォルムには妖怪マニアとしてある種の喜びすらある。どんなふうに走り、どんなふうに叫び、どんな騒動を起こすのか――ああ、これは知ってる。それを止めに来たのだから。
「こうさ、妖怪列車とか心トキメクのに……触るに触れない!」
「機関車の大妖ってカッケーじゃん! 汽笛とか鳴らしてさ!」
子供心を前面に出して翔(CL2000063)が喜びの声を出す。否、大きな機械というのに憧れを抱くのは子供だけではない。巨大な乗り物が動き、大きな音を立てるのを見て凄いと思う心は世代を超えて存在するのだ。
「そうですね。でもあれは――敵だから」
騒ぐ親友と従弟を諫めるように澄香(CL2000194)は肩を叩く。車両の中にいるであろう沢山の妖。それら全てが解放されれば京都にどれだけの被害が及ぶのか。想像して身震いする。人間を見下すがゆえに『この程度』で十分と思っているのか。
「あれを全部解放されては、人間はひとたまりもないような気がします……」
「澄香姉ちゃん怖いのか? 無理しなくていいんだぜ。オレが頑張るから!」
「怖いですけど大丈夫。みんながいるから。ね? 紡ちゃん」
「そんじゃ、いっちょーやりますか」
澄香と翔と紡は三人並んで戦場に向かう。一定の距離で足を止めた。澄香と紡は翼を広げ、翔は青年の姿に変化する。
「作戦の確認だぜ! 紡が支援して、オレと澄香姉ちゃんが攻める!」
「足止め優先ですから危なくなったら下がりましょう。怪我人の回収も並行して行いましょう」
「ボクは周囲をサーチして何かあったら知らせるね」
「一寸の虫にもごふんの魂ってのを見せてやるぜ!」
「ごぶ、だよ。頼むよ相棒」
「そうだっけ? 細かいことは気にするな!」
「帰ったらことわざの勉強をしましょうね」
「ちょ、澄香姉ちゃん!?」
そんな会話を交わし、そして足を止める。ここから先は危険区域。『黄泉路行列車』との戦闘圏内。
帰ったら。
この戦いが終われば、日常は激変しているだろう。AAAが壊滅状態となり、平和を守る存在が消え去った。今まで通りの日常にはもう戻れない。妖に対する不安を抱えたまま、生きることになる。
それでも日常はある。澄香と翔と紡は隣に居る存在を確認する。この絆が三人の日常。それは大妖を前にしても変わらない。
汽笛が鳴る。大量の妖が排出され、三人に迫った。
「雷龍の舞!」
「雷凰の舞!」
「乱舞桜吹雪!」
稲妻と桜が舞う。明日という日常を守るために。
「いぶちゃんもがんばって!」
「ありがとう。頑張って来るよ」
紡の支援を受けた彩吹(CL2001525)は手を振って戦場に向かう。神具を手にして敵陣に飛び込むように駆け抜けた。源素の炎で体を活性化させ、抜刀と同時に切り伏せる。独楽のように体を回転させながら、常時動き回り立ち回る。
「うじゃうじゃいるね。妖も質より量の時代なのかな」
妖の数の多さにそんな質問を投げかける蒼羽(CL2001575)。うんざりしている様子はない。始終笑みを浮かべながら、拳を振るい妖を薙ぎ払っていた。落ちている石を蹴って妖にぶつけ、その隙をつくように迫り一撃を喰らわせる。
「いいんじゃない? ひとりずつ順番待ちされても困るし」
「戦隊モノだと怪人は一話一話順番待ちしてくれるんだけどね」
彩吹と蒼羽は軽口をたたきながら前線を切り開いていた。温存なんて考えない全力突貫。彩吹が切り開いた場所に蒼羽が入り、蒼羽が殴り倒した妖を乗り越えて彩吹が走る。疾風怒濤の如月兄妹の突撃。その快進撃は『黄泉路行列車』にまで届く。
「列車の弱点てなんだと思う?」
「思いつくのは車輪かな? 妖だから足が生えているかもしれないけど」
「じゃあそこを」
短い作戦会議の後に二人は車輪に迫る。窓から顔を出す妖の攻撃をかわしながら、車輪に攻撃を重ねていく。元々頑丈なつくりであることもあって、びくともしない。
「扉が開く。お客さんの来訪だ」
「この場合のお客様は、僕らの方だろうね」
彩吹の言葉にさわやかに言葉を返す蒼羽。死地にあってもいつもと変わらない笑みを浮かべ、その笑顔にそぐわない一撃で妖を討つ。それに負けじと彩吹も刃を振るい、妖を切り裂いていく。
「前線は流石に苛烈だな」
前線の様子を見ながら凜音(CL2000495)は頭を掻いた。無数の妖を輩出する『黄泉路行列車』。それだけでも脅威なのに、大妖としての能力もある。話を聞いただけでも危険な相手だ。迂闊に近づけば、大怪我をするのは明白だ。
「凜音ちゃん! あそこに列車がいるんだぞ!」
凜音の隣で『黄泉路行列車』を指差す椿花(CL2000059)。中学生になったということで、他の覚者と一緒に頑張ると言ってここまでやってきたのだ。危険な戦いはダメだと凜音に釘を刺され、ここで待機している。
「こんな危なっかしい場所にのこのこついて来やがって……とりあえずこれだけ付与しておけばないよりマシだろう」
「ありがとうなのだ、凜音ちゃん!」
人の気も知らないで、とうんざりしながらも凜音は自分と椿花に水の加護を施す。大妖を前にどれだけ意味があるのかは不明だが、何もないよりは安心できる。
「相手との力の差は言うまでもない。突出せずに同じ前衛の連中と一緒に行動を――」
「凜音ちゃん! 列車がこっちに来るんだぞ!」
「――って、待て! 突出するなと言った傍から!」
静止する凜音の声が聞こえたか聞こえなかったか。椿花は迫る『黄泉路行列車』に向かい疾駆する。衝突寸前で身をかわし、相手の突撃に対するカウンターの様に刀を振るった。
(あ、これ――わっ!)
一気に列車を傷つけようと走り、そして風圧に吹き飛ばされる。相手の力と速度が起こす風に耐えきれず、椿花は背中から地面に叩きつけられた。痛み自体は大したことないが、攻撃の手が止まってしまう。そこに迫る妖。
「危ねえ! こっちこい!」
そこに走ってくる凜音。後ろの方で『黄泉路行列車』の解析を行っていたが、椿花が倒れたのを見て慌ててやってきたのだ。あまり前には出たくないが、事態が事態だ。妖に傷つけられながら、椿花を連れて後ろまで下がる。
「危険な事をするなっていいただろうが。なんであんな真似をしたんだ」
「こうすれば、列車の妖も凄く怒ると思ったんだけど……ごめんなさい」
声をとがらせ問い詰めるに、恐る恐る言葉を返す椿花。心配かけさせたと頭を下げて謝った。
「……あ。いや」
その態度見て、凜音は頭を掻いた。椿花もあの大妖をどうにかしたくて行動したのだ。そこを責めてどうする。
「よく頑張ったな」
その言葉に叱られると思った椿花は笑みを浮かべた。
「まさか……これがエキベン!?」
冗談で駅弁売ってる? と問いかけたプリンス(CL2000942)は、妖化した弁当箱に襲われて驚いていた。空揚げや魚の切り身がケタケタ笑いながら襲い掛かってくる弁当箱。それを大槌を振るってそれを叩き壊す。
「ここでアイスも欲しいって言ったら?」
「ええ。冷たいアイスをあげますよ。身も凍るような冷たいのを」
言葉を返す『黄泉路行列車』。正確にはその中にいる車掌なのだが。氷系バッドステータスたんまりのアイス妖が襲い掛かってくるに違いない。
「車掌も大妖? 時給幾ら? ファンタスティックだね」
冗談めいた行動と言動を放ちながら、しかしプリンスは真摯にこの状況を解析しようとしていた。『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号。その大妖が如何なる存在かということを。
「煙突は弱点じゃないってわかったし。次は石炭?」
体についた煤を祓うプリンス。高所から叩きつけるように煙突を叩いた際、その排煙まみれになったのだ。少しへこますことはできたが、動きを止めるほどではない。手間を考えれば割に合わない。
「これだけ硬いってことはやっぱり物質系妖なんだろうね。ねえ、必殺技とかない? なんとかビームとか?」
「さあどうでしょうね」
槌を振るいながら探りを入れるプリンス。今は情報を得る時。
いつかこの大妖を伏すために。
●鉄を斬った者
「すごい刀の数だな」
『斬鉄』に語りかける柾(CL2001148) 。源素で身体能力を強化しながらガントレットを嵌める。四本の剛腕。四本の剛刀。人間なら全身を鍛えて両手でようやくもてるだろう刀。それを片手で扱っているのだ。
「お前が自ら作ったのか?」
「いや。もらいものだ。作ったやつはもう死んだ」
「そうか。ご愁傷さま。――それじゃ、始めるか」
何を、とは言わないし問わない。この場においてそれをいうのは愚問だ。双方弾かれたかのようにぶつかり合う。刃の嵐を潜り抜けて、柾は拳を叩きつける。足を動かし、精錬された動きで大妖に打撃を加えていく。
「楽しそうだな。戦闘が」
「おうよ。だが相手になるやつがいないのが悩みでな!」
バトルマニア。同じ病を持つ者同士の戦意がぶつかり合う。
「これでどうだ!」
一悟(CL2000076)はトンファーを手にして『斬鉄』に接近戦を仕掛けていた。源素の力を神具に乗せて、剣を持つ指に狙いを定める。だが、
(的が小さくて狙いにくい……! そもそもそんな隙すら見当たらない!)
狙いを定めようにも指は小さすぎるし、相手の動きはこちらの想像以上に速い。とても狙えるものではなかった。諦めて普通に胴体を狙う。
「こんちくしょう。てめーがあんまりデカくて強いからよ、マジ震えてくるぜ」
「デカくてすまなかったな。まあ勘弁してくれ。流石に小さくはなれねぇんだ」
「これでどうだ!」
震えを無理やり押さえ込み、一悟は間合いを詰める。『斬鉄』の刀の範囲内だが、それを恐れていては何もできない。奥に突き進み、体ごとぶつける様な肘打ち。鉄板を殴ったかのような硬い感覚が肘から伝わってくる。
「腹筋硬いな! どんな鍛え方してるんだよ!」
「坊主も大したもんだぜ。火傷しちまった」
源素の炎がこもった肘鉄を受け、焦げた皮膚を擦る『斬鉄』。
「戦うのが好きなら、オレとやりあうのはどうだ!」
親指で自分を指し、遥(CL2000227)が構えを取る。足を曲げ、拳を突き出した空手の構え。もはや意識せずにできる自然な動作。それを見て『斬鉄』は嬉しそうに笑った。
「もっとも、 今はそもそも『戦い』になんない戦力差だけどな」
「いやいや。卑下するほど悪くねぇぜ。もう五百年位修行すれば成就するぜ」
「そこまで長生きできねぇよ!」
本気で言っているであろう大妖の台詞にツッコミを返す遥。時間間隔が違うというか、寿命の概念が存在しないというか。ともあれ価値観は大きく違うようだ。
隙だらけ。いつでも打ってきな。そんな立ち様の『斬鉄』。遥は真っ直ぐに拳を突き立てるが、効いている様子はない。
(打撃は通っている。不思議な力で防がれた様子はない。――純粋な肉体強度か、これ!?)
純粋な防御力。そしてタフネス。それのみで『斬鉄』は覚者の攻撃を耐えていた。
「なら――これは!」
遥は脱力し、優しく触れるように掌底を押し当てる。
「何のつもりだ?」
「『鉄』って、金属の鉄の意味以外に『寸鉄』とか、武器の意味もあるよな。
『鉄を斬る』ってのが、武器や敵意みたいなのを意味するなら……ってことで、ちょっとした試してみたんだ」
「ははあ。そいつは――惜しいな!」
脱力している遥の骨を断たんと振るわれる『斬鉄』の刀。
「あぶねぇ!」
それを止めたのは飛馬(CL2001466)の刀だ。激しい金属音が響き、刀を止める。一撃の強さに手が震えてきた。受けきれる回数はそう多くはないだろう。剣士としての経験が非常警報を鳴らしている。だが、逃げるつもりはなかった。
「俺らが戦い始めるずっと前から、守ってくれた連中がピンチになってんだ。ここが体の張りどころってやつだ!」
「ははっ、だったら気張っていけよ!」
四本の刀が嵐のように振るわれる。飛馬はそれを受けるのではなく、刀を振るうことでその出始めを止めるように防御していた。相手の目線から次の刀を予測し、そこに咲きオキするように刀を振るう。
(腕が倍あるからと言って強さが倍あるわけじゃない。一刀流が二刀流に劣る道理はないんだ!)
武器がたくさんあったとしても、一呼吸で全てを振るえるわけではない。武器を振るうということは、そこに体重を乗せること。力を籠められるのは、せいぜい一本か二本――
「とはいえ……さすがに厳しいか……!」
「退屈させるなよ。そろそろ速度を上げていくぜ!」
「まちぃや! 随分暴れてくれたみたいやけどな。こっからはあたしらとの喧嘩祭りやで!」
跳躍し、大上段から神具を振るう凛(CL2000119)。そのまま着地と同時に刃を振るい、『斬鉄』と切り結んでいく。その軌跡を追うように炎が走る。四本の腕が同時に動いてこちらを攻撃するのではない。だからと言って他の腕を無視できるわけでもない。
(こいつが剣士としておっそろしいのは『刀が四本』あることやない! 『四本の刀』を振るう刀術そのものなんや!)
二刀流の流派は、二本の刀を使う。当然と言えば当然だが『使う』の意味合いが大きい。ただ二本の刀を持って戦うのではない。二本の刀を攻防に使用して状況を切り開くように『使う』のだ。
先も述べたが、一刀流が二刀流に劣る道理はない。
だが刀の数が多いと攻めのパターンが増える。片方で受けて、片方で斬る。二方向から攻める。片方を囮にする。その戦術性が二刀流。それが四本。
「鉄を斬ったいうけどほんまかいな。そのなまくらでか?」
「ああ。斬ったぜ。このなまくらでな」
隙を見出そうと煽る凛。しかし『斬鉄』は笑ってその挑発を受け流す。
「斬鉄ってのは鉄を斬れるって事じゃねぇ。斬れねぇものがねぇって事だ」
唇を歪め刀嗣(CL2000002) が抜刀する。不謹慎だがこの状況で刀嗣は笑っていた。日本の危機も、AAAの浮沈もどうでもいい。刀嗣はただ魅入られていた。
『斬鉄』の動きに。剣士として高みにあるその在り方に。
「サイッコーだぜ! コイツぁ間違いなく世界最高クラスの剣士だ。そんな奴と戦えるなんざツイてるぜ!」
ひとしきり喜び、笑う。自分の幸運に。数秒後の闘いを想像し、そして熱が冷めたかのように声が落ち着いていく。
「斬鉄、俺ぁ世界最強の剣士になる男だ。斬れねえものがねぇテメェを俺が斬ってやる」
「吼えたな。なら斬ってみろよ」
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。いくぜ」
名乗りの後、刀嗣は攻め立てる。狂暴にして流麗。暴力的にして静謐。攻める勢いは鋭くとも、その動きは最小限。それが刀嗣の剣術。
「ハハハ! イイぜ! 楽しいぜ斬鉄ゥ!」
刃金の交差する音が響き、鬨の声が戦場を支配する。
ここに集った覚者は、国内でもかなりの実力者だ。覚醒していない状態でも、それぞれの分野で歴史に名を遺すだろう腕前を持っている。
それでも『斬鉄』の足は止まらない。少しずつAAAの方に近づいていく。
●新月に吠える獣
白狼の咆哮が響き渡る。その爪が、牙が、体躯が、戦場を駆け巡る。
それは白の嵐。しなやかに動き、最小限の動きで獲物をしとめる。一撃離脱の戦法を取っている覚者は、荒れ狂う暴風に冷や汗を流していた。離脱のタイミングを誤れば巻き込まれかねない獣の一撃。
「行くぞ、白狼! 此処を守り切る!」
前線に立ちツバメ(CL2001351)は大鎌を振るっていた。源素の炎で体を活性化させ、第三の瞳を開いて相手を呪っていく。しかし、
(すぐに呪いが消え去ってしまう。これが大妖の能力なのか)
相手の動きを封じる怪因子の力。しかしそれは『新月の咆哮』を縛れなかった。一瞬縛ったかと思うと、すぐに解けてしまうのだ。
やむなくツバメは攻撃主体に切り替える。突出しすぎない程度に前に進み、大鎌をふるい『新月の咆哮』に斬りつけていく。全体をよく観察し、隊列を乱さないようにしながらの攻防だ。
「傷ついた者は下がって回復を受けろ! 防衛ラインを崩すな!」
今宵の闘いは防衛戦。それを強く意識して継戦能力を高めるようにツバメは動いていた。
「ヨルナキ、F地点に移動しました。周囲の人達は警戒を!」
里桜(CL2001274) は思念を仲間に送り、情報を共有するために動いていた。守護使役を飛ばして高所からの視覚を得て、『新月の咆哮』と覚者達の位置を把握する。公園の地図を手に細かに指示を出していた、
(相手の情報が読み切れない……。今私達が知っている情報以外に、なにか攻撃方法を持っているのかしら?)
回復の隙を見て、『新月の咆哮』の情報を探ろうとする里桜。見えることはそう多くはない。ここに来るまでに教えてもらった情報。それ以外に何かあるかもしれないが、それを読むことはできなかった。
「怪我をしている人はこちらに来てください。すぐに癒しますので」
「ありがたい。なにせあれだけの巨体を相手するのだからな」
メイスと盾を構えて義弘(CL2001487) が答える。彼は『新月の咆哮』の侵攻を止めようと真正面から挑んでいた。隠密を行う術がないということもあるが、誰かが盾にならないと、作戦が上手くいかないからだ。
「ここで奴等を止めなければ、AAAだけじゃなく、流れで京都全体が蹂躙されかねないな」
「その心配は不要だ。某はこの集落に興味はない」
決意を込めた義弘の言葉に、『新月の咆哮』が応じる。
「何?」
「大河原も同様だろう。髄液啜りと四〇六は感情に任せて攻めかねん。注意せよ」
大妖の言葉に怪訝な顔をする義弘。まるで人間を案ずるような言葉である。
「人間を襲いに来たのに、人間を気遣うのか?」
「某が襲うのは狩りの対象であるAAAのみ。狩りの対象以外の命は意味もなく奪わぬ」
「残念だけど、その狩りも阻止させてもらうわ」
弓を手にして椿(CL2000061) が語り掛ける。仲間に癒しを施しながら、戦線を維持するために動いていた。倒れた者を安全な場所に送り、回復を施す。絶え間なく思考と術を繰り返し、大妖の侵攻を止めていた。
「これ以上、ここから進ませないわ」
「同胞である人間を守ろうとするその献身、その努力は認めよう」
すっ、と『新月の咆哮』の声のトーンが落ちる。今までが北風の冷たさなら、
「だが某の狩りを阻止するという言葉だけは聞き逃せぬ。その尽力、砕いてくれよう」
ここからは砂漠の熱風。あらゆる生命を拒む熱き風。
「……くっ……!」
その熱に対抗する等に、水の源素を活性化させる椿。そのまま『新月の咆哮』をスキャンして探ろうとするが、その底が見えない。
(狩りという行為に対して真摯である。それはわかる。でも――何故?)
『新月の咆哮』の特性を理解しようと推測する椿。だが推測する材料は少ない。
大妖は妖の上位存在で、人間の敵。『新月の咆哮』もその一つ。今まではそうだと思っていた。事実、AAA職員を殺して回る『新月の咆哮』は、人間の敵と言えよう。
だが、それだけではないのか?
「ふぅむ。これは怒りの感情でしょうか?」
猛る『新月の咆哮』をみて、泰葉(CL2001242) がふむと考え込んだ。道化師の仮面を通じてみる白狼の雄叫び。その感情を測ろうと思考する。正直、AAAがどうなろうがどうでもいいが、大妖の感情というのは触れる機会がない為に興味がわいた。
「怒り……ではありませんね。むしろ冷静といえましょう。これは――喜怒哀楽愛憎でいうならば『憎しみ』といったところですか? 邪魔をされて恨んでいるというよりは、誇りに触れられて猛っているというところですか。ならば『名誉』が妥当か」
泰葉は今の『新月の咆哮』の精神状態をそう分析した。
名誉。『高潔な魂を維持したい』『誓いを守りたい』という心の動きである。それが表に出ていた。
「いやはや、獣と思っていたのだが中々に人間に近い感情を持っている。興味深いものだ。大妖とはさて何者なのか。もっと観察してみよう。その牙を折れば怒ってくれるかな」
言いながら前に出る泰葉。この戦いに興味がわいた、と喜びの面をつける。
「――今はヨルナキを止めなくては!」
動きを増したヨルナキに疾駆する灯(CL2000579)。跳躍する『新月の咆哮』に合わせて神具を振るった。狙うは着地の瞬間。巨体故にそれを支える足を崩せば、横転するのではなかろうか。
「ここです!」
連続の突きが『新月の咆哮』の足を穿つ。その圧力が白狼の足を揺るがし――
「――狙いは悪くない」
耳に届いたのは『新月の咆哮』の声。
「だが数が足りぬ。足一つを揺らしたところで他の三本あればバランスはとれる。
そして威力が足りぬ。汝一人では某の足を払うには小さすぎた」
「――きゃ、あ!?」
『新月の咆哮』の声と同時に迫る牙。それに胸を裂かれ、灯は吹き飛ばされる。近くの木を支えになんとか立ち上がり、戦意を燃やす。
「機転を利かし某に挑む気骨。称賛に値する」
「じゃあこういうのはどうかな!」
奈南(CL2001483)は叫ぶと同時に『新月の咆哮』に向かって走り、手にした神具で股間にある急所の部分を叩きつける。生物であるならばそこを打たれれば痛打となる。筋肉などの防御機構もないため、暫く行動不能になるだろう。
『新月の咆哮』が真っ当な生物なら――
「――あれぇ? ヨルナキちゃん、ないよ?」
「子を産む機構は某にはない」
奈南の神具はただ『新月の咆哮』の皮膚を叩いただけだった。
「そっかぁ。じゃあ全力攻撃だよぉ!」
にぱ、と微笑み奈南はホッケースティック型の神具を振り回す。土の加護で身を固め、神具に源素の力を込めて。天然無邪気な子供のように、嬉しそうに神具を振るって大妖に挑む。奈南は大妖の恐ろしさを理解していないかのように、玩具で遊ぶように神具を振り回す。
「ナナンの攻撃を喰らえー!」
激化する公園の戦い。必死の覚者の攻撃。
しかしそれをもってしても『新月の咆哮』を足止めするには至らない。
白狼はその歩みこそ緩やかだが、少しずつAAA京都支部に近づいていく。
●黄泉を走る列車
「それじゃあ行くぜ!」
厚手のコートを着た悠奈(CL2001339)の炎が『黄泉路行列車』を穿つ。
「行くよ、ケイゴ!」
「無茶をするなよ!」
聖(CL2001170)の稲妻が迸り、それを合図に静護(CL2000471)が刀を振るう。
一気呵成に責める覚者達。しかしその勢いを打ち消すように列車から妖が排出され、戦場を支配していく。
「電車を止めるよ!」
きせき(CL2001110) は頭の中で電車の地図を想い浮かべながら、『黄泉路行列車』に迫る。一般的な列車の場合、連結部を外せば車両が切り離されて弱くはなるだろうが、さてこの大妖にそれが通じるか。
「いっか。やるだけやってみよう!」
思いついたら即行動。きせきは車両と車両の間に向かって走り、車両を連結している部分に神具を叩きつける。一撃では壊せないが、時間をかけて繰り返せば切り離しはできるだろう。
「ここで電車を止めて、AAAを助けるんだ!」
かつてAAAに助けられたことがあるきせき。その恩を返すとばかりに張り切って戦う。戦いをゲームの様に思っていたきせきだが、この時ばかりは熱が入ったかのように張り切っていた。
「AAA……こんなに弱かったんだ」
崩壊していくAAAを見ながら、想良(CL2001476) が呟く。胸に去来するのは殉職したAAAの父の顔。訃報を聞いてから想良は塞ぎ込み、人との接触を断った。煙を上げるAAA京都支部に複雑な感情を抱き、それを振り払うように首を振る。
(今は、目の前の闘いに集中しなくては)
首を振り、『黄泉路行列車』に向き直る。翼を広げ、書物を手にした。源素を体内で回転させ、指先に集中する。生まれた稲妻が迸り、機関車の巨体を打った。無生物故に悲鳴を上げることはないが、それでも衝撃はある。
「バッドステータスの類があるかもしれないわね。気を付けないと」
香を放ち精神をリラックスさせ、『黄泉路行列車』の行動に注目する。いまだ不明な相手の能力。それに警戒する。夢見の能力をもってしても見ることのできなかった情報。それが少しでもわかるといいのだけど。
「大妖……つまり、私がこれまでに見えたどの敵をも凌駕する存在」
ラーラ(CL2001080)は大妖をスキャンしながら息をのむ。表面的にわかるだけでも、今まで相対してきた妖や隔者等とは比べるのもばかばかしいほどの強さを持っている。その動きを見過ごすまいと睨みながら、源素の炎を放って攻撃を繰り返す。
「ランク3や4にも手を焼くと言うのにやれやれですが……あまり甘く見ないでくださいね?」
圧倒的な能力差を理解しながら、ラーラは笑みを浮かべた。物理法則を無視して妖を吐き出し続ける大妖。それを前にして、なおラーラの心は折れない。体は傷つき倒れそうになっても、むしろ闘志はラーラ自信が放つ炎よりも強く燃え盛っていた。
「私、諦めない弱者が強者をやっつける物語がとっても好きなんです。だから、こんな局面だって一歩も退きませんよ!」
たとえここで倒れても、心は倒れない。それが魔女の在り方だと示すように声高々に呪文を唱えた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「一気に燃やしてあげるわ!」
ありす(CL2001269) の炎が複数の車両を焼いていく。源素の炎が『黄泉路行列車』を包み込み、赤く燃え上がる。それはありすの激情を示すが如く。着火した炎が消えるよりも先に、追撃とばかりにさらに炎を浴びせていく。
「好き勝手やってくれちゃって。目に物見せてあげようじゃないの!」
「それはこちらのセリフだ! こちらこそ目にもの見せてやる!」
怒りの声をあげて、妖の群れがありすに向かう。なんとかそれを避けながら、攻撃を繰り返す。だが、一撃の重さは『黄泉路行列車』の方が強い。猛攻を前に膝をつくありす。
「無様無様! あれだけ大きな口を叩いておいて、この程度か!」
「――ホント助かったわ」
蔑む声に感謝の言葉をあげるありす。何を、と問い返す前にありすは炎の波と共に答えを返した。
「躊躇なく焼き尽くせる相手で助かったわ。気に食わないのよ、アンタ!」
「首があれば買ったんだけどよォ。まあいいさ!」
笑みを浮かべながら直斗(CL2001570) が『黄泉路行列車』に斬りかかる。刃に呪いと稲妻を載せて、走りながら切り付ける。一撃、二撃、三撃。興が乗ったとばかりに高笑いし、挑発するように語りかける。
「おい、黄泉路行列車さんよォ。御大層に攻めてきた割にはダメージ喰らい過ぎなんじゃねェの? 俺等の事甘く見過ぎで油断しちゃった? ギャハハハ! カッコわりぃ!」
「はっ! ダメージというからにはこれぐらいやってから言ってもらおうか!」
その挑発に乗るように汽笛が鳴る。死の恐怖で心を揺さぶる音。耳をふさいでも魂に響き、その影響で肉体を傷つける笛。
(なんだ、これ……!? 体が熱い……! 燃えるようだ!)
「いやいや失礼。その程度はダメージではありませんか。ではこれでどうです!」
そこに殺到する妖の群れ。『黄泉路行列車』の怒りが乗ったかのように、妖達は直斗に噛み付き、斬りつけ、拳を叩きつけ――
「あわわ。今助けます!」
慌ててさよ(CL2000870)が救出に向かう。既に気を失い、防御をする事すらできない直斗に追い打ちをかけようとする妖。その中から無理やり引きずり出して、後ろに下がる。水の術式を使って傷をふさぎ、大妖とそれが吐き出した妖の届かない場所に寝かせる。
「誰も殺させはしません。その為にさよはここにいるんです」
恐怖を無理やり押しとどめて、さよは奮起する。自分の頑張りが人の命を救うのなら、ここで頑張らない道理はない。拳を強く握り、戦いに挑む。
「ええと、ここでいいのかな……」
戸惑いながら戦場に足を踏み入れる七雅(CL2001141)。人手が足りない所に手助けに行こうと考えている間に戦いが始まり、何処に必要かを判断するまでに時間がかかってしまったのだ。
「って、わわわ! 怪我人がいっぱいなの!」
戦況を見て、慌てて回復に移る七雅。大妖の強さは聞いている。話を聞くだけでも一体だけでもかなりの相手なのに、それが三体。どうしようもない状況だが、それでも恐れはなかった。
「なつねは戦う力には自信がないけど、みんなのお手伝いならがんばれると思うの!」
できることは多くない。だけど自分にできない事を仲間がやってくれる。FiVEの仲間を信じる限り、どんな状況でも突破できると七雅は信じれる。
「遥かに各上の相手……でも、ここで退けません。止めて見せますっ」
ショットガントレットを手に由愛(CL2000629) が叫ぶ。大妖の恐ろしさは聞いている。妖の上に立つと言われた存在。そして今目の前に『黄泉路行列車』の姿を認め、それが誤りだと気付いた。
(妖の上に立つとかじゃない。妖が従うしかないぐらいに強いんだ……)
理性のない妖が従うほどに、強い相手。本能で妖を従えるほどの強さ。それが大妖。しかし屈するわけにはいかない。由愛は恐怖を押さえ込み、一気に攻め込んだ。
「私の実力では、あなたには勝つことはできないでしょう」
「当然だ。みっともなく命乞いをし、屍を晒せ。その傷を見て、憂さを晴らしてやる!」
「いいえ。命乞いはしません。最後の最後まで戦います」
『黄泉路行列車』に抗うように、毅然とした態度で答える由愛。
「いつか必ず、痛い目を見ますよ? あなたが侮った、人間にっ!」
「痛い目? そいつはこういう事か!」
怒りの声とともに排出される妖。
「よーみーくらーっしゅ」
だがそれはどこか気の抜けた黄泉(CL2001332) の声と共に放たれた一撃で粉砕される。自分より大きな斧を手に、どこか気の抜けた表情で黄泉は『黄泉路行列車』を見ていた。頭の毛がひょこ、っと揺れる。
「怒った? ねえ、怒った?」
「当たり前だ! 人間如きがこの『黄泉路行列車』を傷つける等不遜と知るがいい!」
「人間を嫌ってるのは、何で?」
小首をかしげて黄泉が問いかける。
嫌うという感情には理由がある。空腹を満たす欲望ではなく、感情で人を殺すのならそこに理由があるはずだ。
「嫌いだから嫌いなんだよ!」
帰ってきた答えは、黄泉の予想を超えていた。
「我が物顔で歩く人間が気に入らない。物を壊す人間が気に入らない。私達と同じ感情を持っている人間が気に入らない。私達と同じ知性を持っている人間が気に入らない。生理的にお前達が在ることが気に入らない!」
生理的嫌悪。虫の類が受け入れられないように、人間が世界にあることが受け入れられない。血や内臓を見て恐怖するように、人間という存在が嫌いだ。
故に見下す。弱い存在だと。すべて潰してやると。
故に侮る。群れてもこの列車の中にいる妖には勝てないのだと。
それを示すように妖を輩出する。覚者達の猛攻を、わずか一動作で押し返す。
覚者達の猛攻は続く。しかしそれには限界がある。全力で走り続けることが出来ないように、いつかその動きは止まる。
しかし列車は尽きることなく妖を輩出する。無限にいるのかと錯覚させる程の勢いだ。その勢いは、もう少しでAAA最後の砦に到達しようとしていた。
●AAA
だが、その足を止める者がいた。
「行くぞ、お前ら! AAAの底意地見せてやれ!」
「了解です! 山下三等!」
「回復術式を持つ者はFiVEのバックアップ! あとは怪我者の回収に行け! 生きて朝日を迎えるんだ!」
山下と呼ばれるAAAの指示により、迅速に動き始めるAAA職員。そして、
「全員整列! 希望を捨てるな! 覚者ではない我らだがやれることはある!」
「はっ! 鬼頭三等、支持を!」
「ツーマンセルで行動し、FiVEの死角を守れ! 盾が壊れるまで戦場に居続けろ!」
そして鬼頭と呼ばれるAAA職員の指示により、陣形の穴が強化される。
「貴方達がシタイアサリを倒してくれたおかげで、援軍に来れたわ!」
「まだ血は足りないが、援護ぐらいはできる!」
『髄液啜り』の配下を相手していたAAA職員や、植物の妖から救出された職員も駆けつける。射撃や源素による援護だが、僅かに大妖の足を止める。
FiVEにより助けられたAAAが集い、援護に回っていた。
崩壊寸前のAAAが大妖に挑む理由は簡単な事。
救出された恩を返す為。この国を守るため。
弱体化しようとも、彼らはこの国の盾であった。
●大河原 鉄平
「ちっ、しつけぇなぁ」
迫るハエを払うように『斬鉄』は口を開く。
「これが人間の力です」
真っ直ぐに『斬鉄』の目を見て鈴鳴(CL2000222)が誇るように言う。絶望の中にあっても己の役割を果たす。それが人間の力。それは大妖の暴威を前にしても同じなのだ。
「暴力では貴方達が勝つでしょう。この場にいる誰だって、貴方に勝てる人間はいません」
「まあそりゃな」
「でも、私たちには明日があります」
『交響衛士隊式戦旗』を掲げ、鈴鳴は告げる。
「私たちはもっともっと強くなります。明日になれば今日よりも」
声は『斬鉄』に、その場にいる覚者達に。そして電波に乗って多くの人達の耳に届く。
人間には明日という希望があるのだと。
「私たち人間は、もっとあなた達の想像を超えられますから……!」
翻る旗。風に吹かれて広がる旗は、青空の様に清らかにはためいていた。
「やっほー斬鉄ぴょん! ことこっていいます。んで、こっちが嫁の時雨ぴょん」
「嫁!? つーか、この状況でもそのノリなん!?」
ことこ(CL2000498) が手をあげて迫り、それにツッコミを入れる時雨(CL2000418)。
「いやー。流石のことこちゃんも怖いんだけどさ。どんな時でも笑顔を見せるのがあいどるだからねっ。がんばるよー!
ってなわけで一曲歌うから歌聞いてくれない?」
ポーズを決めて楽器を手にすることこ。
「あほかっ、そんなん聞いてくれるわけが――」
「いいぜ、歌いな」
「嘘やろ!?」
『斬鉄』の言葉に思わず聞き返す時雨。
「いぇーい! それじゃあ行くね、スリー、ツー、ワン、ゴー!」
ポーズを決めて歌いだすことこ。敵味方双方その歌に注目し――
「出直してこい」
「ひゃうん!」
『斬鉄』は失格、とばかりにことこの襟首をつかんで頬り投げた。
「ことこさーん!? まあ、怪我はしてへんし大丈夫か」
時雨は投げられたことこを見て、安堵するように息を吐く。
「大道芸は終わりか? じゃあ、休憩終わりだな」
「せやな。どこまで通じるかわからへんけど、やってみるか!」
『烏山椒』――荒れ地に真っ先に伸び出す先駆植物の名を持つ槍。それを手に時雨は迫る。冷静な部分では勝ち目は薄いと理解しているが、構えた瞬間にその部分は消える。戦場に立つ以上、勝つために動くのが武人の心構え。
「榊原流長柄術榊原時雨、参る!」
長柄の利点であるリーチの差を生かし、時雨は攻め立てる。体に染みついた長柄術の動きに従い、時折この槍を持っていた存在の動きを取り入れながら。
「ざーんてーつちゃーん、あっそびーましょー!」
逝(CL2000156)はまるで旧友に出会ったかのように手をあげて、大妖に迫る。大妖の感情を神秘の力で観察しながら、したり顔で――フルフェイスなのだが――歩を進める。
「小さい角が美味しそうだからー、ちょーっと味見さーせてー。つーいでに、そーの刀も喰わせておーくーれー」
「呵々! また斬られたいのか」
「遠慮したいねぇ。おっさん、今度斬られたら立ち直れそうにないもん」
会話を交わしながら切り結び、感情を探る逝。戦いが楽しい、というのは理解できる。強い相手と戦いたいのも。そしてそれ以上を占めるのが――退屈という感情。
(強い相手と戦えないから退屈。ナンバーワンの悩みだねぇ)
ことこの歌に反応したのも、退屈を癒せるかもしれない程度の気まぐれだ。人間に対する態度は、退屈を癒す道具程度。揺れ動く感情から逝はそう推測した。
「櫻火真陰流、酒々井数多。妖を斬る者、あんたらを斬るためなら自らを禍ツ神に変えても誉!
尋常に勝負なさい!」
名乗りを上げて数多(CL2000149)が『斬鉄』に斬りかかる。わざわざ高い所から飛び降り、目立つように派手に動いて斬りかかる。炎が花弁のように舞い、刀身が月光を受けて白く輝く。右に左に、全身の筋肉が悲鳴を上げるがそれでも止まることなく走る。
(私がバカでもわかる。アイツは強敵だわ)
一合ごとに伝わる相手の強さ。それでも絶望に足を止めることはない。今は攻める。動きを止めることなく斬撃を重ねていく。
「妖は人間が嫌いなの?」
唾競り合いの状態のまま数多が尋ねる。
「俺は嫌いじゃないぜ。楽しめるからな。だが妖全体っていうと嫌いだろうな。事、ケモノの奴は特に」
「ねえ、私達のこの源素の力はなんなの? 大妖っていったい『なに』? わけわかんないものでわけわかんないのと戦うのって気持ち悪いのよ!」
「…………何?」
数多の問いかけに『斬鉄』の動きがとまる。眉をひそめて、数多の言葉を脳内で反芻する。そんな表情だ。そして得心したとばかりに口を開く。
「なるほど。えげつねえなぁ」
「は?」
『斬鉄』の声に数多は目を丸くする。質問をはぐらかされたのではない。声の色と嘆息に似た脱力。それが『斬鉄』の抱いた感情を伝えていた。
同情。哀れみ。
源素の事を『知らない』と言う覚者。その状態に同情し、知らない方が幸せだぜとばかりに憐れんだ。
「その姿、『鬼』によく似ていますね。性質も近い様子」
『斬鉄』の姿に冬佳(CL2000762)が言葉を放つ。腕を多く持つ神話上の存在は多い。絵画や彫刻などにも多数存在する。そして頭に映えた角。狂暴な性格。冬佳が鬼とつなげるのもむべなるかな。
「言葉が通じ、衣服を纏い、知った概念の武器を得物とする……古妖と同じ様に文化の繋がりを感じるのは興味深い」
「そりゃそうさ。妖の派生……お前らの言葉だと『妖化』か。それを考えてみれば似るのは当然だろうよ」
言われて冬佳は思考に耽る。動物系、器物系、心霊系、自然系。それらは全て、今あるものから生まれる。それが妖化。それは逆に言えば。
「私達の文化……世界に在る者から妖が生まれるから、文化の繫がりがあるのも当然という事ですか」
「そういうこった」
「ですが貴方はこの四半世紀で生まれた存在には見えない。
妖がこの世界に出てから生まれた存在ではない。もっと昔からいたように思える。二十五年以上前、貴方達は何処にいたのですか?」
冬佳の問いかけに、『斬鉄』は笑みを浮かべる。
「さあな、どこかに隠れてたんじゃないのか!」
はぐらかしているのではない。それが答えだ、とばかりに迷いなく刀を振るう。
「興味深い話ですが、詮索は後。拙い我流の剣ですが、一手御指南頂戴したく」
成(CL2000538) は仕込み杖を手に『斬鉄』に殺気をぶつける。言葉こそ丁寧だが、ここを通さないという気迫があった。
「良いぜ。一手で折れるなよ!」
『斬鉄』の一撃を距離を取って抜き放った仕込み杖を突き出す。鋭い衝撃が飛び、『斬鉄』の身体を穿つ。同時に大妖の能力をスキャンし、可能な限り情報を得ようとして――
(……む?)
違和感があった。確認するためにさらに攻撃を続ける。
衝撃が届かない。正確には命中の寸前で攻撃のベクトルが変化している。僅かなずれだが、そのおかげで十全の威力を発揮していない。
「カウンター系……反射型能力……斬撃の防御力無効化……。なるほど、それが『弾指の護』ですね。飛び道具……術式体術に関わらず、遠距離攻撃に対する高い護り。
戦場において懸念すべき矢からの加護。存分に近接戦を楽しむための技。そんな所ですか」
成の指摘に満面の笑みを浮かべる『斬鉄』。その表情が、正解であることを語っていた。
ただ調べるだけならわからなかっただろう。ただ飛び道具で攻めていたのなら見過ごしていただろう。
探りを入れながら調べる。『見』に徹しながら推測し、そして実践する。その行動力が大妖の謎を紐解いたのだ。
「まあ、知ったところで生きて帰れなければ意味はないがな」
「生きて帰るさ。AAAにも手出しはさせない」
神具を手に『斬鉄』に宣言するゲイル(CL2000415) 。後衛で水の術式を用いて回復を行い、戦線を維持していた。戦うのは他のものでいい。自分はそれを支えるだけ。
「普通の妖ならともかく、お前達のような強い者が徒党を組むとはな」
「あいつらは勝手についてきただけだ。俺一人で十分だっていうのに」
どうやら『斬鉄』にとって、配下の妖は『部下』と言うよりは『舎弟』的な存在らしい。ついてくるなら勝手にしろ、と言う所か。
「まるで人間みたいなことをするのだな。お前達の上に誰か居て、指示を出しているとかではなかろうな」
「人間が上にいるとかか? それこそまさかだ」
血飛沫の中、『斬鉄』が答える。大妖が刀を振るうたび、覚者の血肉が裂けていく。
だが、骨は断てない。
ゲイルを中心に放たれる青の光。まるで海の中にいるかのような空間が形成され、覚者と『斬鉄』を包み込んでいく。
それは高密度の源素の空間。癒しのフィールド。覚者を守り、癒し、そして鼓舞する青の舞台。その舞台で、ゲイルは『斬鉄』を睨む。
「水源素の強化か。まさか水そのものを具現化するとはな」
「今はまだ勝てなくていい、届かなくていい」
魂――ゲイルを構成する『何か』を燃料にし、源素を活性化させる。イメージしろ、自分自身の理想を。誰も傷つかず、全てを守る望みを。
「少しでも多くの命を救う為に全身全霊で戦おう!」
その決意。それがこの奇跡を生んだ。ならばその名は――『献身の青』。
自らを糧として、多くの命を救おうとする癒し手の理想の空間。それが――鉄を斬った男の足を決定的に止めた。
●ヨルナキ
「以前牙王と対峙した時以上のプレッシャーね」
大和(CL2000477) は奈良で相対したランク4の妖を思い出す。あの時も体が震えあがるような感触を覚えたが、今回のは体が動かなくなる程の圧力だ。前情報無く相対すれば、間違いなく『逃げ』を選択していただろう。
「――ヨルナキ」
白狼の名を呟く千陽(CL2000014)。相対するのはこれで二度目。あの時は見逃され、上司を失った。圧倒的な巨躯が暴風雨のように暴れまわり、その度に命が奪われていく。その光景が脳を支配し、指一本動けなくなる。
(勇気を振り絞れ! 軍人なら国のために命を惜しむな!)
自ら叱咤し、無理やり体に力を入れる。神具を持つ手が重い。あの時から強くなったのだ。だから勝てる。勝てないまでも命を捨てれば傷つけることはできる。そうだ。この命を捨て――上司のようになるのか? それは――
「千陽さん」
闇に消えそうな意識の中、大和の声が聞こえる。凛とした声が千陽を過去から現代に引き戻した。
「わたしが後ろから支えているわ。前に進みましょう」
ああ、そうだ。肩の力を抜いて、深呼吸する千陽。四月の冷たい夜の空気が、思考をクリアにしていく。
(俺はあの時と変わらない臆病ものだ)
それは軍人と言う鉄の仮面をかぶっても同じ事なのだろう。だが、
(彼女の前でみっともないことになるのは嫌だ)
平静を取り戻せたのはそんな理由。背に護る者がいるのなら、意地を張るのが男子の務め。そんなありきたりで、そして純粋な理由が千陽の背中を押した。
「行きましょう。勝てないまでも、何らかの成果を。そして一人でも多くの命を」
「はい、その通り。目の前の目標を完遂します」
そして二人は木々に身を隠し、『新月の咆哮』を追う。
「フフフ……あんなのマトモニ止められる気がシマセンネー!?」
リーネ(CL2000862)のセリフは、ここにいる全ての人間の心情を示していた。純粋な巨体と言うこともあるが、一撃がとても重い。
「ちょっとその大きさずるいデース! サイズをロボットのプラモデルみたいにもっと下げてクダサーイ!」
叫びながら味方を守るリーネ。体術も術式も相応に受け止められるリーネだが、それでも長くは耐えられないだろうことは悟っていた。全国のAAA支部を襲撃し、それなりには攻撃を受けているはずなのに、その勢いはまるで収まることはない。
「とにかく、私が今ここで出来る事は……守る事、デスネ! 回復の人、カモーン!」
それでも身を盾にして耐えるリーネ。今自分ができる最善の事。それぞれがその役割を果たすことで、最善の結果を生める。天運に任せるにせよ、人事を尽くすることが重要なのだ。
「痛い! 痛いデース! ちょっとそこのワンちゃん! 痛いから1ターンくらいお座りして待ってくれマセンカー!?」
まあそれはそれとして、リーネのノリはこの状況でも変わらないのであった。ターンてなんだよ。
「実力差があったって、戦い方次第で割とどうにかなるのが人間の凄い所なのよん」
木々に隠れながら輪廻(CL2000534) が『新月の咆哮』に向かい攻撃を仕掛けていた。呼吸を殺して風景に紛れて『新月の咆哮』をやり過ごし、相手の視線が逸れたのを確認して迫る。そのまま蹴り技を叩き込み、そして一気に離脱する。
「……ま、そううまくいくとは思わなかったけどねん」
胸を押さえながら笑みを浮かべる輪廻。隠密系の技能は移動の際にその効果が薄れる。ましてや覚者に効果が薄い技だ。大妖への効果は推して知るべし。その爪に胸を裂かれ、命数を費やし何とか立っている状態だった。
「時間稼ぎとは言え、これは下手したら私死んじゃうかもねん」
危機的状況を理解しながら、しかし輪廻の表情と口調は変わらない。ここで死してしまおうとも、自分自身は曲げられないのだ。
「くっそ! 誰も傷つけさせへん!」
「落ち着け。今は互いの役割に徹するんだ」
そして【天切】のジャック(CL2001403)と両慈(CL2000603)は後衛に徹して『新月の咆哮』の攻撃に傷つく覚者達を癒していた。ジャックは誰も傷つけさせまいと行動するが、大妖の暴威の前にそれが叶わずほぞをかんでいた。
「俺の苦手な搦め手を使わない強力な一個体、加えて情報不足。負け戦、撤退戦だ。冷静さを失えばさらに被害が広がる」
冷静にジャックに告げる両慈。ジャックもそれを理解しながら、しかし誰かが傷つき命を奪われるのは我慢ならないという表情で拳を握る。
「切裂、あまり無理をするなよ。お前が怪我をすると悲しむ相手に心当たりがあるのでな」
「そんなの両慈もだろうが! しかもたくさん!」
両慈の忠告に指折り数えるジャック。ともあれここで死ぬわけにはいかない理由は互いに存在する。二人は怪我人の回復を行い、被害の軽減に務めた。
「おい、ヨルナキ!」
悲鳴の数か血の匂いか。その量に耐えきれなくなったジャックが、『新月の咆哮』に向かって叫ぶ。
「俺は護るときに武器を取る。お前は狩る事に真摯だ。
真逆の生き方をしている獣よ。今宵、その牙にかかる命はひとつとして無いと知れ!」
「奇異な事を言う。命を奪わぬ生命がこの世に在ろうか。霞を食って生きているわけでもあるまい。
人間も大妖も、命を奪いながら生きていることには変わり在りまい。そういう意味では我らは同じ生き方だ」
「詭弁を言うなよ。俺はお前みたいに『狩り』で命を奪わない。無駄に殺しはしない!」
「他者が『狩った』命を食らっているという事か」
「それは……っ!」
――すべての生命は、生きているだけで何らかのリソースを必要とする。個人差はあるが、何もなく生きていける生命は存在しない。
(考えるなっ! 今重要なのはここで足止めしてAAAの命を救うこと!)
首を振って大妖の言葉を忘れようとするジャック。今迷えば、命が失われる。
(狩りをする獣。それがヨルナキの基本情報)
身を潜めて『新月の咆哮』に見つからないようにしながら、両慈は静かに思考する。目立って攻撃を受ければ身もふたもない。
(だが、奴が『新月に吠える獣』と呼ばれているのは少々気になるな。何故闇夜でなく、新月なのか……)
夜でもなく闇でもなく、新月。
逆に言えば、夜に吠えるのでも闇に吠えるのでもなく。
(吠える対象はあくまで新月……いや、月ということか。ならばおそらく――)
両慈は夜空を見た。空に輝く上弦の月。新月ではない月齢だが、その輝きが大妖に力を与えている気がした。
(まさか奴は、月の満ち欠けで能力が変動するタイプなのか?)
手繰り寄せた小さな糸。僅かだが『新月の咆哮』の能力の一端が見えた。
「んふ」
狐の面をかぶり笑みを浮かべた零(CL2000669)が『新月の咆哮』の前に立ちふさがる。
「色々名前があるけれど、どれも新月ばかりね。何故、新月ばかりなの?
ヨルナキ、もしかして月光が怖いの?」
「新月に狩りの誓いを立てるからだ」
「誓い?」
「敵を逃さぬという誓い。その誓いは新月に行われる。此度はその対象がAAAと言うだけだ」
「ふむ……まあいいや」
会話を止めて、神具を抜く零。巨大な神具を振り回し、『新月の咆哮』に迫る。
「今宵私は狩られるだろうさ」
零もそれは自覚していた。圧倒的な体格差。動きの機敏さ。一撃の鋭さ。どれをとってもかつ要素はない。蟻を巨像が倒すという言葉はあるが、それとて状況次第だ。今この大妖を倒すカードは、AAAもFiVEも持ちえていない。
「しかし狩られる兎も、狩人に傷を遺すことはできるのよ!」
「――む!」
追い込まれ、とどめを刺される瞬間に生まれたわずかな隙。その隙を狙って零は魂を燃やし、身体能力を強化した。速度を力に変えるというある隔者の技の模倣。しかしこの瞬間に限り、オリジナルの一撃を超えていた。回転しながら跳ね上がる一閃が、『新月の咆哮』の右目を裂く――
「狩られる側は初めて? お姉さんが初めてシてあげ――」
「見事。この傷、戒めとして刻んでおこう。兎の誇り、とくと受け取った」
る、と言う唇の形のまま零は『新月の咆哮』に噛み付かれ、気を失う。
「――さらば。汝らの名、覚えておこう」
右目から血を流しながら『新月の咆哮』は地を蹴る。その先にはAAA京都支部。
それを止めるだけの戦力は、FiVEには残っていなかった。
●ケモノ四〇六号
「しかし、圧倒されておるわけではないが、列車そのものと戦うというのは、なかなかにすさまじい」
『妖薙・濡烏』を手に樹香(CL2000141)が凛とした声をあげる。戦いの前に整えた髪が、戦場の颶風を受けてなびいた。恐ろしいという気持ちがないわけではない。しかしそれを押さえ込み、神具を構える。
「一度に三体の相手をせねばならぬ絶望的な状況じゃが、ここはひとつ気合を入れていくとしようぞ。
敵は多数じゃが、本体は個! お互いに助け合い、仲間と共に勝利を掴もうぞ!」
「勝利? そんなものがあると思っているのか。人間の愚かさにはむしろ失笑しますね」
人間を馬鹿にした『黄泉路行列車』の言葉。それを受けてもなお、樹香の気合は崩れない。むしろ笑みを深め、戦意があふれ出す。
「笑え笑え、大妖。その笑い、いつか止めてくれる。人間の力、侮るなぞ」
「ま、笑って油断してくれると助かるんだけどな」
カナタ(CL2001451)は『黄泉路行列車』の方を見ながら頭を掻いた。知り合いの姿を探したが見つからなかったため、単独で行動している。源素の霧を放って回復を行い、仲間を支えていく。
「そろそろ攻撃が来るかな。攻撃用意した方がいいよ」
後ろから『黄泉路行列車』の方をみて、その動作を確認するカナタ。攻撃が来ると思った瞬間に声を出し、仲間に伝達していく。とはいえ口頭での伝達はタイムラグが存在し、さらに前もって相談もない状態での声掛けだ。連携としては拙かった。
「ってことは、回復に専念しておいた方がいいかな。こっちまで攻撃来そうで怖いんだけど」
怖い、と言いながらカナタは退くつもりはなかった。天邪鬼ともいえるその性格。やる気のないように見えて、真剣に。回復を行いながら、倒れる寸前には水を束ねた一撃をくらわそうと思考していた。
「例え相手が大妖でも、これ以上誰かを傷つけさせる事は許しませんわ」
赤いボンデージ風の戦闘装束に身を纏ったいのり(CL2000268)が杖を手に叫ぶ。 稲妻を放って大妖を穿ち、天から光の粒を振らせて多くの妖を倒していく。いのりが杖を振るうたびに、『黄泉路行列車』が苦痛の声をあげる。
「いのり達のこの力は救いを求める誰かの為にあるのだから!」
「無駄無駄無駄! 救いなどありません!
人間の末路は惨めな滅び。妖に殺され、食われ、苦痛に苛まれて命乞いをしながら悲鳴を上げて狂い死ぬのですよ!」
人間を見下す大妖は、人間に未来がないという。妖が人間を殺し、いい様にいたぶって殺す。お前たちの価値観はそれしかないのだとばかりに嗤う。
「そんなことはさせません!」
いのりはその言葉を真っ向から否定する。力の差は歴然だ。確かにこの大妖にはそれができるだけの力があるのだろう。
だけどさせない。少なくとも心では負けてやらない。そう誓う。
「命を奪い、それを喜ぶ大妖! 貴方などには決して負けませんわ!」
「人間をあんまり甘く見ないで欲しいな」
稲妻を放ちながら明日香(CL2001534)が『黄泉路行列車』の前に立ちふさがる。支援を行い仲間の火力を増した後に、ただひたすらに稲妻を放つ。線路に放てば足止めできるかもしれない、とは思ったがあいれは大妖だ。それに縛られる存在ではないだろう。
「後ろにたくさんの人の命があるんだから。怖くても、敵が強くても、退けないんだから」
「ならば貴様らの屍を踏み潰して進むだけです。生きたまま、頭蓋が砕かれる苦痛を味わいながら後悔しなさい」
「うわ、それはヤだなぁ……」
『黄泉路行列車』の言葉に想像してしまう明日香。首を振ってその想像を振り払い、さらに稲妻を放っていく。
「『黄泉路行列車』の能力……『因果応報』『道反大神』……」
恵(CL2000944)は『黄泉路行列車』と相対しながら、大妖が持つ能力を考えていた。その名前から推測されるのは、カウンターの類だろう。相手の行動を記憶しながら何か手掛かりにならないかを探る。
「足止めになればいいのですけど」
遺跡の大亀の瘴気を模した霧を放ち、恵は『黄泉路行列車』の足止めをしていた。上手く混乱させることが出来れば、その足を止めることが出来ると考えたのだが――
(おかしい……。『黄泉路行列車』にあんな行動はあったかしら?)
恵は記憶にある大妖の攻撃と今の攻撃を比べ、違和感を感じていた。攻撃の行動自体はそれほど変わるものではない。妖を突撃させ、汽笛を鳴らす。だが、数秒前の攻撃と今の攻撃で、何かが違う。今の攻撃は、まるであの大亀の瘴気が乗ったような……。
「まさか、『因果応報』は……こちらのバッドステータスを返すという事ですか!?」
恵の言葉を受けて、覚者達は顔を青ざめる。知らなかったとはいえ、大妖の能力に自分達の攻撃が乗っていたというのは驚きを通り越して悔しくあった。
「成程。バッドステータス攻撃を控えるか。行動不能になる攻撃で攻めればいいのか」
恵の分析を得て、梛(CL2001410)は一つ頷いた。痺れなどで動けなくなれば、相手の行動も制限される。完全封鎖はできないが、それでも有効は手段と言えよう。問題は――
「俺の攻撃は弱らせる香ということだな。仕方ない。普通に殴るか」
ため息をつき、銀の棍で打撃を加えていく梛。その最中、敵の行動をスキャンしていく。
「元々列車に関係があるのか、死んだ人や妖を集めて走る死の列車ってとこかな」
「その通り。私は人間達に死を告げる列車。人間をあの世に送る鉄の棺桶です」
「ふうん。と言うことは能力もそれに相応したモノと言う事か。直接殺す能力とかじゃ、なさそうだけど」
推測を交えて梛は言葉を放つ。人間が嫌いな存在がそんな能力を持っているのなら、今この瞬間に覚者達は死んでいる。少なくとも能力自体に強い殺人能力があるわけではなさそうだ。
(つまり、死に近づける能力。そんなところか)
少しずつ、真相に近づいていく。
「ふむ。死に近づく列車か。すばらしい! 怨嗟の声が聞こえるようだ! クハハハハハ!」
『黄泉路行列車』の正体を聞き、縁(CL2001356)は高笑いする。憤怒、怨嗟、そして復讐。それは縁の信仰の対象だった。復讐の時にこそ人間の本性が見える。多くの死を飲み込んだ列車は、どれだけの恨みを抱えているというのか。
「故に倒せずとも思い知らせよう……復讐代行者として一矢報いる復讐というものを!」
復讐の女神を信仰する縁が自らの命を削って源素を集わず。暴風の中、三人の女神の姿が映し出された。
「嗚呼、我が女神達! この身が朽ちようとも我等の復讐の為にさらなる力を!」
それはウラノスの血が大地母神のガイアに流れて生まれたと言われる女神エリニュス。アレクト、ティシポネ、メガイラの三柱の女神。けして復讐を止めず、殺戮を尽くし、成功者を嫉妬する。その心のままに稲妻は『黄泉路行列車』を穿つ。
「どうだ大妖、恩讐の一撃は! 復讐の一矢、思い知ったか!」
「ふは、ふは、ふははははははははは!」
激しい雷撃の中、聞こえてきたのは『黄泉路行列車』の哄笑だった。女神の一撃に体を削られながら、その力を吸収していた。
「……これは。魂を食っている、だと!」
「やはり。そうですか」
顔を青ざめさせて、有為(CL2000042)が頷く。悪い予想ほど当たるものだと、額に手を当てて頭を振った。『黄泉路行列車』を攻めながら、強化されていく大妖に絶望を感じる。
「『黄泉路行列車』。貴方は黄泉と現世を渡る列車。そうですね?」
「そうだ! お前達人間を、動物を、器物を、怨霊を、自然を! 全てを載せて黄泉に送る列車だ! 気づいたか、人間!」
「ええ。道反大神はイザナミの追跡を振り切る為に道を塞いだ岩。おそらく、その大岩を開けるのがその能力。
命数を失い死に近い者を、さらに死に誘うための能力」
――古事記において、イザナギは死んだ妻、イザナミを黄泉の国から連れて返そうとした。そこで変わり果て、襲い掛かってくる妻から逃げ切るために黄泉路を巨大な岩でふさいだと言う。その岩こそ――道反大神。
「そしてその二つ名、『黄泉路行列車』は文字通り、黄泉に魂を送る能力。
覚者が燃やした魂を載せて、その力を転用すると言った所ですね」
「そこまで分かったのか。見事ですね。
ですが、そうと分かれば絶望しかないでしょう。魂を削るほどの覚悟は、私にとっての賛美。貴方達の努力など、私の栄養でしかないのですよ!」
汽笛を鳴らす『黄泉路行列車』。それが人間達への嗤い声のように響いた。そのままゆっくりと車輪を動かし――
「……朝日、ですか。
口惜しいですが、時間切れです。破れば大河原さんやヨルナキさんに怒られますからね」
街を照らす朝日に動きを止める『黄泉路行列車』。そのまま地面に沈むように消えていく。
「まあいいです。絶望しなさい、人間。我々は貴方達を殺します。いつその日が来るのか、怯えながら過ごしなさい」
姿を消す大妖。覚者達は糸が切れた様に、その場に倒れ伏した。
●大妖一夜
一夜にしてAAAは壊滅し、その様子はテレビを始めとした様々なメディアを大きく沸かすことになる。
情報規制は間に合わず、大妖の恐ろしさと自分達を守る存在がなくなったこと恐怖に支配される。
だがそんな中、人々はAAAを救おうとした覚者達に希望を見る。
大妖に果敢に挑み、絶望することなく覚者の在り方を示した者達。
FiVE。
その名前は、人々の絶望の夜を照らす光明として心に刻まれる。
日本の歴史は大きく揺れる。ここから第二の舞台に移ったと後の歴史家は語るだろう。
憤怒をもって結束するイレブン。
妖共の蟲毒の壺、九頭龍。
悪と暴力をもってこの国を統べようとする七星剣。
そして、FiVE。
あらゆる組織の思惑が今、交錯していく――
「アレが、大妖……。聞きしに勝る迫力と威圧感ね」
大妖の姿にエメレンツィア(CL2000496)は息を飲む。物理的な大きさではない。そこにいるだけで全てを破壊しかねない圧力と、漂わせる雰囲気。それが彼女の体を震わせていた。恐怖を感じるのは当然だ。だがそれを理性で押さえつけ、一歩踏み出す。
「さってと……気合い入れて守りましょうか!」
守る。エメレンツィアはこの戦いの意義を理解していた。この戦いは殿。いわば敗走戦だ。ここでどう持ちこたえるかで『次』が活きる。水の術式で回復を施し、守りを固める。可能な限り時間を稼ぎ、AAA職員を脱出させる。それがキモだ。
「多少の物的被害には目を瞑るわ。人的被害の軽減に全力を注ぐわよ!」
エメレンツィアは近くにあった戦闘車両を『斬鉄』にぶつけ、足止めをする。車は破壊されても直せばいい。しかし人は死んだらそれで終わりだ。今重要なのは人を生かすこと。そして未来につなげること。
「撤退時用にこのバンは残して! 怪我人や戦闘不能者はどんどんこっちに運んで!」
「それぐらいならオレにもできそうかな」
時宗(CL2000084)は頷き、救助の方に回る。『斬鉄』の攻めは圧倒的だ。まだ駆け出しの時宗は、自分が何ができるかということに不安があった。炎の拳を振るうよりは、そちらの方が全体に貢献できそうだ。
「ん、AAAのひとたち。なるべく、助ければ、いい、の、ね」
無表情で頷く日那乃(CL2000941)。『斬鉄』から距離を置き、回復を行うことでサポートをしていた。思念を飛ばして他の仲間の動きを中継したり、連絡を伝えていた。少しでも皆が長く戦えるように。
「ねえ、大妖、さん。始めまして」
「お? 初めまして」
「わたしたち、AAAじゃなくて、FiVE、っていうの」
「ああ、違うのか。だったら家に帰って寝てな」
手を振って退去を促す『斬鉄』。AAA以外に興味はないようだ。否、
「わたしたち、強いよ。力試し、する?」
その言葉に心をくすぐられたのか、手の動きを止めた。
「そいつは楽しそうだな」
「だから、あいて、して。みんなたおす、まで、むこうに行くの、禁止?」
挑戦状をたたきつける日那乃の発言。口を歪めて、『斬鉄』は笑う。
「精々楽しませろよ! 大したことなけりゃ、飽きてむこうに行っちまうかもな!」
「上手く挑発に乗ったのですが……とにかくここで止めないとヤバいのですよ」
飛鳥(CL2000093) は鬼のような表情をする『斬鉄』を見ながら、拳を握る。いつもは緩やかな表情を浮かべている飛鳥だが、今日はそうもいかなかった。日本を震わす大妖の進軍。それを前に何ができるか。それは迷う事ではなかった。
「皆を癒して、少しでも足止めする。それがあすかの役割なのですよ」
水の術式で傷を癒しながら『斬鉄』を見る。隙を伺おうとするも、隙らしい隙は見受けられない。こちらを見ていないようで、何かすれば反撃が飛んできそうな。そんな恐怖があった。
「『斬鉄』が一番殺(ヤ)る気満々なのよ。ヤバいのですよ」
「おいおい。俺をなんだと思ってるんだ。これでもケモノに比べれば殺意は低いんだぜ」
「でも殺す気なのですよね?」
「まあな」
当然だろ、とばかりの『斬鉄』の答えに飛鳥は閉口する。やはり大妖を通すわけにはいかない。水の術式で仲間を癒しながら、戦線を維持する。
「まだ……本気、ではない。……こちらを、侮っている……?」
『斬鉄』と飛鳥の会話を聞きながら、祇澄(CL2000017) は大妖の動きを見ることに集中していた。土の加護で身を護りながら、『斬鉄』から距離を放し観察することに徹する。防御の構えを取り、瞳にすべてを集中させていた。
しかし、見えない。
スキャンできることはある。大妖が今の自分では届かない領域にあるということも。それが技能の限界。それ以上を求めるなら、行動するしかない。
「侮っちゃいねえよ。こうして抜刀してるんだ。相応に鍛錬を積んだ人間なんだろ、アンタら?」
「それでも、『力』では、遠く及ばない」
「応よ。ちったぁ歯ごたえがある奴らがいればいいんだが――」
「『個』と『質』で劣るならば……『量』と『策』で抗うまで」
『斬鉄』を睨みながら、はっきりと祇澄は言い放つ。
「……古来よりの、人間ならではの戦い方です」
「呵々! そいつは楽しみだ。なら『人間』の強さ、見せてみな!」
「……っく! なんて、太刀筋……人間の、刀術に……『何か』が加わっている……?」
そこまでは祇澄もわかる。だがそれが『何なのか』が分からない。
「体調が悪い方は後退してください! 私が癒します!」
騎乗に戦場に立ち、仲間を癒し続けるアニス(CL2000023)。呼吸をするたびに血の匂いが鼻をくすぐり、鉄に似たその感覚に眩暈すらする。だけどここで逃げるわけにはいかない。胸を押さえて呼吸を整え、意識を戻す。いまだに戦いになれないアニスにとって、この戦場は過酷すぎる。
「無理するなよ、お嬢さん。そんな蒼い顔してまで戦うことはねぇぜ」
「無理を……しなければ、人が死にます」
「正確には俺が殺すがな」
「斬鉄さん……貴方が皆さんを殺すというのなら……私は力の限り皆さんを癒します……」
肩で息をしながら蒼白な顔で、しかし真っ直ぐにアニスは大妖を睨む。流れる水が仲間たちの傷を癒していく。
「それが……私の戦いなのですから」
「いいねぇ。その意気。そんじゃ癒してみなよ。俺は鉄を斬った男だぜ」
(鉄を斬る……言葉通りの意味なのか、それとも何かの比喩なのか……)
アニスは仲間を癒しながら思考する。鉄を斬る。斬鉄。その二つ名の意味を。
「他の大妖と同じく危ない相手みたいだけど」
渚(CL2001360) は仲間を癒しながら『斬鉄』の前に立ちふさがった。植物の力を借りて自然治癒力を高め、『斬鉄』の刀に対する対抗力を高めていく。そして大妖の動きに集中し、その動きを見切ろうとする。
「何もしないのは逃げるのと同じだし。精一杯出来ることをするよ」
「逃げたって誰も責めやしねぇよ。お嬢ちゃんはあれだろ。医者の手伝いか? 全線にいる。役割じゃないんじゃないのか?」
「そんなことないよ。看護師は体力勝負だし!」
渚は言って『ブランジャー』と『バレル』を手にする。ガラスのようなものでできた二つの鈍器。それを組み合わせて。一つの形にする。それは注射器。集中に集中を重ねた一刺しが、『斬鉄』の急所に向かって放たれる。
「これでどう!」
「おおっと、おっかねぇなぁ。怖いから斬っとくか?」
「斬らせない、よ……誰も……」
ミュエル(CL2000172)は『斬鉄』の前に立ちふさがるようにして言葉を放った。植物の香りを使って大妖の力を弱らせ、『斬鉄』の刀を受け流す。その刀から炎が迸り、ミュエルの体を包んだ。灼熱がミュエルを傷つけるが、それを振り払うように腕を払い、炎を消し去った。
「おうおう。繻子灰火に耐えたか。大したもんだ」
「そんなの、効かないよ……。もっと、試して、みる?」
「いい挑発だ。歯ァ食いしばれよ!」
「か、はぁ……!」
ミュエルの頭から脊髄にかけて、痛みが体を駆け抜ける。『斬鉄』の一閃が袈裟懸けに振るわれたのだと気付いたのは、痛みの後。体中が言うことを聞かない。痛みは一瞬で消え去って、どうしようもない脱力感だけが身体を支配していく――
「ま、だ……だよ」
命の炎を燃やし、ミュエルは体に力を入れなおす。皆の盾になる。そう決めて戦場に挑んだのだ。この程度ではまだ倒れられない。神具を掴む手になんとか力を込め、大妖の前に立ちふさがる。
「それにしても大妖が揃ってとは……意外と仲が宜しいようですねえ」
ミュエルを解毒しながら一二三(CL2001559)が語りかける。一二三も仲間の癒しに回っていた。大妖に攻撃をするつもりは毛頭ない。それは癒しで手いっぱいということもあるが、他を注意している所があった。
(さて、怪因子の力が妖にも通じればよかったのですが……古妖でない以上は仕方ありませんか)
古妖の存在を感知できる感覚で『斬鉄』ではない大妖を探ろうとしたが、捉えることはできなかった。仕方なく諦める。
「俺らがそろって何かしちゃダメな規則でもあるのか?」
「駄目ではないのですが、そのイメージがなかったので。
仲が宜しいと言えば、『後ろに立つ少女』はご一緒ではないのですか?」
一二三の問いに、怪訝な顔をする『斬鉄』。
「どういうこった?」
「いえ。彼女の動きが気にかかるもので。何を考えているのか」
「さあな。だがその前に自分の命を気にかけな!」
声と同時に迫る『斬鉄』の一撃。確かに他に気を向ける余裕はなさそうだ。一二三は回復に専念する。
「こんな鉄火場は本来なら寄るべきでは無いのですが……」
うんざりした表情で槐(CL2000732)は戦場に足を踏み入れる。『FiVEの仕事は最低限しかやらないですよ』と豪語する槐だ。危険すぎる状況にうんざりしながら覚醒し、戦場に足を踏み入れる。
「今回ばかりは踏ん張っておかないと後で詰みそうな感じなのです」
襲撃されたAAA。その被害をできるだけ抑えておけば、後に繋がるものが増える。それは巡り巡ってFiVEの利益になるだろう。そして自分の利益にも。大妖の雰囲気に肌を震わせながら、土の加護を使って防御力を高める。
「あれが繻子灰火で、そっちが老木空虚? 名前ぐらい書いててほしいのです」
槐は大妖の武器を観察し、攻撃のパターンを見切ろうとする。炎に毒にと面倒な障害を与えてくる刀の被害を最小限に抑え、最悪の場合自ら庇ってでも被害を減らす算段だ。
「気をつけるですよ。弱ってる相手に土壌灰塵使ってトドメ指す癖があるみたいなのです」
とはいえ、分かるのはその傾向ぐらい。残念ながら決定的なパターンまでは見切れそうにない。
防御に回る覚者。足止めが目的である以上、その行動は正解だ。継戦能力をあげることで時間を稼ぐことは撤退する者達の生存率を上げる。
だが、大妖の勢いはそれを上前るほど激しい。これら努力をもってしても、完全には止められそうになかった。
まだ、足りない。
●『新月の咆哮』
『新月の咆哮』襲来少し前。
「大妖到着まで間があると、少々落ち着かないものですね」
「こう、変に間が空いちゃうと集中力も持たないからねぇ……」
燐花(CL2000695)と恭司(CL2001015) はそんな話をしていた。遠くからでも見える巨体。それが少しずつ迫ってくるのを見ながら、体が震えるのを感じる。武者震いだと言い張るつもりはない。あれだけの体格差に恐怖を感じないのは逆に狂っていると言えよう。
「私が倒れても捨て置いて下さい。目的は相手を止める事です」
神具を抜き放ちはっきりと告げる燐花。目的の為に犠牲を払うのは、戦いと言う極地において已む無きことだ。ここで止めることが重要なら、自分の命は些末。
「それは聞けない相談だね」
だが恭司はそれを否定する。煙草から紫煙がゆらゆら揺れた。煙の先を見ながら言葉を続ける。
「確かに作戦の目的は足止めと情報収集だ。だがそれは何のためだ?」
「AAAを助ける為と、次の大妖の闘いに備えて、です」
「そうさ。大事なのは『次』につなげることだ。それは燐ちゃんの命も含めてだよ。
ここで情報を得ても、それを狙える『剣』がなければ意味をなさないからね」
恭司は煙草に口をつけて、肺一杯に煙を吸い込む。静かに息を吐きながら、一番言いたかったことを言う。
「なによりも、大切な人を死地に放っておくなんて……それは無理な相談だよ」
「それは――」
「さあ。来るよ。気張っていこうか、燐ちゃん」
迫る『新月の咆哮』に声をかける恭二。燐花は言葉を飲み込み、白狼に目を向けた。
「柳と申します。少々お相手願えますか?」
名乗りと同時に殺気を込めて神具を向ける燐花。何処までも気高く、そして誇り強く。
「来るがいい、ヤナギ。某の名はヨルナキ。新月に吠える獣ぞ」
燐花は大妖に向かい跳躍し、恭二は燐花を守るために術式を展開した。
「AAAにはこれまでもたくさんの助力を頂いています。ボクたちが今度は恩返しをする番ですっ」
太郎丸(CL2000131)は回復術を行使しながら、公園内のヨルナキを見る。100メートルを超える巨体は公園のどこからでも見て取れる。その巨体故に木々に隠れて行動することも可能だろう。
「見せてやるよ。人間のここぞというときの集中力と持続力を」
神具を手に義高(CL2001151)は『新月の咆哮』に意識を集中する。術式を使って己を強化し、木の陰に隠れる。飛びかかるタイミングを視覚で計り、一気に飛びかかっては離脱して隠れる。
「嘗めてくれるなよ、弱者にゃ弱者の戦い方ってのがあるんだぜ」
「否、それは弱者の闘いではない。某と相対するなら、この状況での最適解だ」
「……驚いた。卑怯だと罵ったりしないのか」
「無論。狩人として当然の行動を弱者と卑下するつもりはない」
どこにいるかわからないであろう義高の言葉に『新月の咆哮』は視線を向けず返す。
「なぜお前たちは人間を襲うんだ? あんたらにとっちゃ取るに足らない存在だろ? 俺たちが『因子』の力を得たことと関係があるのか?」
「それも否。人間を襲うのはそれが『狩りの対象』だからだ。力の有無は関係ない」
(狩りの……対象……? どういうことだ?)
疑問に思う義高。動揺すれば隠密も不完全なものになる。今は息をひそめよう。
「分かり合うのは、無理なのかな……?」
『新月の咆哮』の言葉を聞き、結鹿(CL2000432)は静かに首を振った。話し合いでわかりあえる古妖がいた。 戦争を仕掛けた隔者がいた。分かり合えることと分かりあえないことに種族は関係ない。ただ『分かりあえない』理由があるだけだ。それが分からなければ――
首を振って結鹿は攻撃に集中する。木々に隠れて足を潜ませ、一撃離脱を繰り返す。小さいからこそできる戦法。なるほど体重差は大きく、パワーの差は歴然だ。だが小さいからこそできる作戦もある。
「あの……大妖の三人は仲良しなんですか?」
「そりは合わぬが同胞だ」
友人というほどではないが同じクラスの一員だ、という意味だろうか。結鹿はそう納得して質問を続ける。
「お互いに縄張りとかないんですか?」
「ある。つまらぬ小競り合いもな」
どうやら仲は思ったよりもよくないようだ。あくまでヨルナキ側からの言葉だが。
「綺麗……。野生の美術ね」
音楽教師の御菓子(CL2000429)は『新月の咆哮』の姿に芸術的な感動を覚えていた。人間が作った美とは別の美しさ。例えるなら自然という存在が打った日本刀。暴風が奏でるオーケストラ。荒々しくもあるが、同時に鋭角的な美しさもあった。
「わたしはAAA職員ではないのですが、行きがかり上、『新月に吠える獣』さんの足止めを務めさせていただきます」
「ならば退け。無為に怪我をすることはない」
「いいえ。そうはいきません。仲間を守る為です」
「ならば汝らの仲間に退く様に伝えよ。無益な殺生は好まぬ」
(無駄な殺しはしない……? 北海道であれだけ殺しておいて?)
第三次妖討伐抗争の結果を思い出す御菓子。多くのAAA職員と道民の命を奪った大妖のセリフとは思えない。そもそも抗争のきっかけもこの大妖の殺戮を止める為だったのに。
「ならばAAAを襲うのは必要な事だと?」
「是。大河原の提案という些か不本意な始まりではあったが」
「そんなことはさせません」
不壊の意志を瞳に乗せて『新月の咆哮』を隠れることなく真正面から見据えるタヱ子(CL2000019)。その手に持つ盾を構え、その足を止めようと無言で圧力を放つ。
(おそらく名声欲の高い人を発起させるために、中さんはあんなことを言ったのだと思いますが)
タヱ子はここに来ることを伝えた中の言葉を思い出す。幻滅するが、人を使う立場ならそういうことを言わざるを得ない時もあるのだろう。綺麗事だけで人が死地に集うわけではない。冷静な部分ではわかっていても、まだ幼いタヱ子には感情的に受け入れがたい部分があった。
「貴方をここで止めます」
AAA京都支部を背に防御の構えを取るタヱ子。彼我するのばかばかしい質量差を前に『止める』と告げる。そこには『盾』としての自信があるのだろう。だがそれ以上に守りたいという強い気持ちがあった。
日常を。自分の周りの生活を。それを守るために立ちふさがる。たとえ圧倒的な暴威で吹き飛ばされることになったとしても、心だけは折れないと。
「俺もヨルナキの足止めをさせてもらうぜ」
二対の刀を手に零士(CL2001445)が戦場に躍り出る。正確にはその内に潜む人格『ゼロ』 が、だ。木から躍り出て、宙を舞うように『新月の咆哮』に斬りかかる。一定の距離を保ちつつ、白の体毛に斬撃を突き立てていく。
「どうしたどうした。こっちだ!」
『新月の咆哮』の死角に移動しながら叫ぶ『ゼロ』。足止めをすることは重要だが、この零士の肉体を深く傷つけさせるわけにはいかない。それは『ゼロ』にとっての最優先事項。この肉体と零士は必ず守る。
無論、防御に徹するつもりはない。医者としての知識で相手の急所を予測し、そこに向かい刀を振るい傷つけていく。そしてまた離脱。息の続く限り走りつづけ、『新月の咆哮』に傷を与えていく。
「デカいだけで勝てると思うなよ!」
「乱暴に見えて太刀筋はいい。――家族を守るために獣となる類か」
『新月の咆哮』は『ゼロ』の太刀筋をそう称する。
「会話が通じる……?」
奏空(CL2000955)は『新月の咆哮』の放つ言葉に大きな驚きは感じなかった。前もって得た情報から会話ができるほどの知性があることはわかっていた。だが人間との会話が通じるかどうかは別の問題だ。
仲間の治癒能力をあげながら、『新月の咆哮』の能力を見極めようとする奏空。どんな毒を持ち、どんな火を放ち、どんな不幸をもたらすのか……。しかしその傾向はない。『新月の咆哮』は純粋な速度と力で覚者の包囲を突破しようとしていた。
(バッドステータスの類は持っていない……のか? いや、それよりも!)
思い立ったように奏空は走る。『新月の咆哮』の正面に立ち、声を大にして叫んだ。
「ヨルナキ……教えて欲しい! 一体あんた達妖はどういった存在なんだ?」
「獣、器物、思念、自然。それらが変異し人を襲う存在の総称だ」
『新月の咆哮』にはぐらかしている様子はない。質問の仕方が悪かったのかと奏空は聞き方を変えた。
「目的はなんだ? どうして人間を襲う? ……共存は、出来ないのか?」
「某の目的は『狩り』をすることだ。人を襲うのはそれ故。そしてそれこそが人と某の唯一の共存の道」
その答えを聞いて、奏空は愕然とする。今の状態が、共存?
「あれだけの人を殺し、今なお殺そうとしているのに……それが共存なのか!」
「是。この関係こそが二者の共存の状態」
「あの殺戮が狩りだというのか!」
荒々しく声をあげて叫ぶ小唄(CL2001173)。電波に乗って放映されたAAAの壊滅。多くの人が戦い、そして死んだ。多くの悲しみが生まれ、多くの不安が生まれた。それを前に激昂する。それは人として当たり前の感情だった。
「命を奪わない狩りは存在しない」
「確かに僕ら人間も狩りをする。動物を殺すことだってある。だけどそれは『生きる』ためだ!」
「然り。この自然においてそれは当然の行為」
「でも……あなた達のはそうじゃない!」
『斬鉄』は享楽で。『黄泉路行列車』は憎しみで。そして『新月の咆哮』は狩りと称して人を殺す。それが何故なのか。その理由が分からない。
「何故、妖は人を襲うんです?」
「汝ら人間が我らの同胞――汝らで言う妖にならぬからだ」
「……え?」
小唄はその言葉に虚を突かれたように押し黙った。
生きている人間は妖化しない。死体が妖となることはあるが、生きている人間は妖になることはない。
「もっとも、それは汝らの責ではない。不幸には思うが、考慮する案件ではない」
「くっ……そ!」
爪を振るう『新月の咆哮』。神具でそれを逸らしながら、額の汗をぬぐう。気づかぬうちにこれだけの汗をかいていたのか。
「よろしいでしょうか?」
攻撃の手を止め、つばめ(CL2001243) が口を挟む。
(ヨルナキは大妖の中では紳士的と伺っております。少々危険かもしれませんが、取引はできるかもしれません)
唾をのんで呼吸を整え、つばめは巨大な白狼を見る。相手の視線がこちらを見ていた。その気になれば小さな人間如き一口で飲み込んでしまうだろう。
「――何用だ?」
「私達が貴方の進行を阻止出来たら、一度だけ、わたくし達側に付きません事?
同じ大妖を相手取るのも悪くないと思いましてよ?」
つばめは胸を張り、提案を申し出る。ここで止めることが出来れば、自分達の味方になってほしい、と。
「そして、わたくし達が防衛に成功した暁に『後ろに立つ少女』の情報が欲しいですわ」
『後ろに立つ少女』――この場に居ない大妖。その情報があれば、先手を打てるかもしれない。そう思っての交渉だ。
「――では阻止できなければ汝らは某に何を与えるのだ?」
「え?」
「それだけのことを要求するのだ。ここを突破すれば、汝ら全ての命が某につく、というのか?」
「……それは……」
『新月の咆哮』の言葉に、つばめは絶句する。相手の言葉は、当然のことだった。こちらの要求を一方的に告げて相手の要求をのまないのでは、交渉にならない。そして『新月の咆哮』の提案は、つばめ一人で首肯できるものではなかった。
「話は終わりか。ならば、狩りを再開しよう」
今宵、上弦の月。淡い月光に照らされて、白狼は地を蹴る。
●『黄泉路行列車』
レトロな風貌の汽車。妖化の影響か、目や口に相応する隙間が存在し、車両からは様々な妖が雄叫びをあげていた。
「なんていうかさ」
その姿を見て紡(CL2000623)はため息をついた。残念なのではない。むしろそのフォルムには妖怪マニアとしてある種の喜びすらある。どんなふうに走り、どんなふうに叫び、どんな騒動を起こすのか――ああ、これは知ってる。それを止めに来たのだから。
「こうさ、妖怪列車とか心トキメクのに……触るに触れない!」
「機関車の大妖ってカッケーじゃん! 汽笛とか鳴らしてさ!」
子供心を前面に出して翔(CL2000063)が喜びの声を出す。否、大きな機械というのに憧れを抱くのは子供だけではない。巨大な乗り物が動き、大きな音を立てるのを見て凄いと思う心は世代を超えて存在するのだ。
「そうですね。でもあれは――敵だから」
騒ぐ親友と従弟を諫めるように澄香(CL2000194)は肩を叩く。車両の中にいるであろう沢山の妖。それら全てが解放されれば京都にどれだけの被害が及ぶのか。想像して身震いする。人間を見下すがゆえに『この程度』で十分と思っているのか。
「あれを全部解放されては、人間はひとたまりもないような気がします……」
「澄香姉ちゃん怖いのか? 無理しなくていいんだぜ。オレが頑張るから!」
「怖いですけど大丈夫。みんながいるから。ね? 紡ちゃん」
「そんじゃ、いっちょーやりますか」
澄香と翔と紡は三人並んで戦場に向かう。一定の距離で足を止めた。澄香と紡は翼を広げ、翔は青年の姿に変化する。
「作戦の確認だぜ! 紡が支援して、オレと澄香姉ちゃんが攻める!」
「足止め優先ですから危なくなったら下がりましょう。怪我人の回収も並行して行いましょう」
「ボクは周囲をサーチして何かあったら知らせるね」
「一寸の虫にもごふんの魂ってのを見せてやるぜ!」
「ごぶ、だよ。頼むよ相棒」
「そうだっけ? 細かいことは気にするな!」
「帰ったらことわざの勉強をしましょうね」
「ちょ、澄香姉ちゃん!?」
そんな会話を交わし、そして足を止める。ここから先は危険区域。『黄泉路行列車』との戦闘圏内。
帰ったら。
この戦いが終われば、日常は激変しているだろう。AAAが壊滅状態となり、平和を守る存在が消え去った。今まで通りの日常にはもう戻れない。妖に対する不安を抱えたまま、生きることになる。
それでも日常はある。澄香と翔と紡は隣に居る存在を確認する。この絆が三人の日常。それは大妖を前にしても変わらない。
汽笛が鳴る。大量の妖が排出され、三人に迫った。
「雷龍の舞!」
「雷凰の舞!」
「乱舞桜吹雪!」
稲妻と桜が舞う。明日という日常を守るために。
「いぶちゃんもがんばって!」
「ありがとう。頑張って来るよ」
紡の支援を受けた彩吹(CL2001525)は手を振って戦場に向かう。神具を手にして敵陣に飛び込むように駆け抜けた。源素の炎で体を活性化させ、抜刀と同時に切り伏せる。独楽のように体を回転させながら、常時動き回り立ち回る。
「うじゃうじゃいるね。妖も質より量の時代なのかな」
妖の数の多さにそんな質問を投げかける蒼羽(CL2001575)。うんざりしている様子はない。始終笑みを浮かべながら、拳を振るい妖を薙ぎ払っていた。落ちている石を蹴って妖にぶつけ、その隙をつくように迫り一撃を喰らわせる。
「いいんじゃない? ひとりずつ順番待ちされても困るし」
「戦隊モノだと怪人は一話一話順番待ちしてくれるんだけどね」
彩吹と蒼羽は軽口をたたきながら前線を切り開いていた。温存なんて考えない全力突貫。彩吹が切り開いた場所に蒼羽が入り、蒼羽が殴り倒した妖を乗り越えて彩吹が走る。疾風怒濤の如月兄妹の突撃。その快進撃は『黄泉路行列車』にまで届く。
「列車の弱点てなんだと思う?」
「思いつくのは車輪かな? 妖だから足が生えているかもしれないけど」
「じゃあそこを」
短い作戦会議の後に二人は車輪に迫る。窓から顔を出す妖の攻撃をかわしながら、車輪に攻撃を重ねていく。元々頑丈なつくりであることもあって、びくともしない。
「扉が開く。お客さんの来訪だ」
「この場合のお客様は、僕らの方だろうね」
彩吹の言葉にさわやかに言葉を返す蒼羽。死地にあってもいつもと変わらない笑みを浮かべ、その笑顔にそぐわない一撃で妖を討つ。それに負けじと彩吹も刃を振るい、妖を切り裂いていく。
「前線は流石に苛烈だな」
前線の様子を見ながら凜音(CL2000495)は頭を掻いた。無数の妖を輩出する『黄泉路行列車』。それだけでも脅威なのに、大妖としての能力もある。話を聞いただけでも危険な相手だ。迂闊に近づけば、大怪我をするのは明白だ。
「凜音ちゃん! あそこに列車がいるんだぞ!」
凜音の隣で『黄泉路行列車』を指差す椿花(CL2000059)。中学生になったということで、他の覚者と一緒に頑張ると言ってここまでやってきたのだ。危険な戦いはダメだと凜音に釘を刺され、ここで待機している。
「こんな危なっかしい場所にのこのこついて来やがって……とりあえずこれだけ付与しておけばないよりマシだろう」
「ありがとうなのだ、凜音ちゃん!」
人の気も知らないで、とうんざりしながらも凜音は自分と椿花に水の加護を施す。大妖を前にどれだけ意味があるのかは不明だが、何もないよりは安心できる。
「相手との力の差は言うまでもない。突出せずに同じ前衛の連中と一緒に行動を――」
「凜音ちゃん! 列車がこっちに来るんだぞ!」
「――って、待て! 突出するなと言った傍から!」
静止する凜音の声が聞こえたか聞こえなかったか。椿花は迫る『黄泉路行列車』に向かい疾駆する。衝突寸前で身をかわし、相手の突撃に対するカウンターの様に刀を振るった。
(あ、これ――わっ!)
一気に列車を傷つけようと走り、そして風圧に吹き飛ばされる。相手の力と速度が起こす風に耐えきれず、椿花は背中から地面に叩きつけられた。痛み自体は大したことないが、攻撃の手が止まってしまう。そこに迫る妖。
「危ねえ! こっちこい!」
そこに走ってくる凜音。後ろの方で『黄泉路行列車』の解析を行っていたが、椿花が倒れたのを見て慌ててやってきたのだ。あまり前には出たくないが、事態が事態だ。妖に傷つけられながら、椿花を連れて後ろまで下がる。
「危険な事をするなっていいただろうが。なんであんな真似をしたんだ」
「こうすれば、列車の妖も凄く怒ると思ったんだけど……ごめんなさい」
声をとがらせ問い詰めるに、恐る恐る言葉を返す椿花。心配かけさせたと頭を下げて謝った。
「……あ。いや」
その態度見て、凜音は頭を掻いた。椿花もあの大妖をどうにかしたくて行動したのだ。そこを責めてどうする。
「よく頑張ったな」
その言葉に叱られると思った椿花は笑みを浮かべた。
「まさか……これがエキベン!?」
冗談で駅弁売ってる? と問いかけたプリンス(CL2000942)は、妖化した弁当箱に襲われて驚いていた。空揚げや魚の切り身がケタケタ笑いながら襲い掛かってくる弁当箱。それを大槌を振るってそれを叩き壊す。
「ここでアイスも欲しいって言ったら?」
「ええ。冷たいアイスをあげますよ。身も凍るような冷たいのを」
言葉を返す『黄泉路行列車』。正確にはその中にいる車掌なのだが。氷系バッドステータスたんまりのアイス妖が襲い掛かってくるに違いない。
「車掌も大妖? 時給幾ら? ファンタスティックだね」
冗談めいた行動と言動を放ちながら、しかしプリンスは真摯にこの状況を解析しようとしていた。『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号。その大妖が如何なる存在かということを。
「煙突は弱点じゃないってわかったし。次は石炭?」
体についた煤を祓うプリンス。高所から叩きつけるように煙突を叩いた際、その排煙まみれになったのだ。少しへこますことはできたが、動きを止めるほどではない。手間を考えれば割に合わない。
「これだけ硬いってことはやっぱり物質系妖なんだろうね。ねえ、必殺技とかない? なんとかビームとか?」
「さあどうでしょうね」
槌を振るいながら探りを入れるプリンス。今は情報を得る時。
いつかこの大妖を伏すために。
●鉄を斬った者
「すごい刀の数だな」
『斬鉄』に語りかける柾(CL2001148) 。源素で身体能力を強化しながらガントレットを嵌める。四本の剛腕。四本の剛刀。人間なら全身を鍛えて両手でようやくもてるだろう刀。それを片手で扱っているのだ。
「お前が自ら作ったのか?」
「いや。もらいものだ。作ったやつはもう死んだ」
「そうか。ご愁傷さま。――それじゃ、始めるか」
何を、とは言わないし問わない。この場においてそれをいうのは愚問だ。双方弾かれたかのようにぶつかり合う。刃の嵐を潜り抜けて、柾は拳を叩きつける。足を動かし、精錬された動きで大妖に打撃を加えていく。
「楽しそうだな。戦闘が」
「おうよ。だが相手になるやつがいないのが悩みでな!」
バトルマニア。同じ病を持つ者同士の戦意がぶつかり合う。
「これでどうだ!」
一悟(CL2000076)はトンファーを手にして『斬鉄』に接近戦を仕掛けていた。源素の力を神具に乗せて、剣を持つ指に狙いを定める。だが、
(的が小さくて狙いにくい……! そもそもそんな隙すら見当たらない!)
狙いを定めようにも指は小さすぎるし、相手の動きはこちらの想像以上に速い。とても狙えるものではなかった。諦めて普通に胴体を狙う。
「こんちくしょう。てめーがあんまりデカくて強いからよ、マジ震えてくるぜ」
「デカくてすまなかったな。まあ勘弁してくれ。流石に小さくはなれねぇんだ」
「これでどうだ!」
震えを無理やり押さえ込み、一悟は間合いを詰める。『斬鉄』の刀の範囲内だが、それを恐れていては何もできない。奥に突き進み、体ごとぶつける様な肘打ち。鉄板を殴ったかのような硬い感覚が肘から伝わってくる。
「腹筋硬いな! どんな鍛え方してるんだよ!」
「坊主も大したもんだぜ。火傷しちまった」
源素の炎がこもった肘鉄を受け、焦げた皮膚を擦る『斬鉄』。
「戦うのが好きなら、オレとやりあうのはどうだ!」
親指で自分を指し、遥(CL2000227)が構えを取る。足を曲げ、拳を突き出した空手の構え。もはや意識せずにできる自然な動作。それを見て『斬鉄』は嬉しそうに笑った。
「もっとも、 今はそもそも『戦い』になんない戦力差だけどな」
「いやいや。卑下するほど悪くねぇぜ。もう五百年位修行すれば成就するぜ」
「そこまで長生きできねぇよ!」
本気で言っているであろう大妖の台詞にツッコミを返す遥。時間間隔が違うというか、寿命の概念が存在しないというか。ともあれ価値観は大きく違うようだ。
隙だらけ。いつでも打ってきな。そんな立ち様の『斬鉄』。遥は真っ直ぐに拳を突き立てるが、効いている様子はない。
(打撃は通っている。不思議な力で防がれた様子はない。――純粋な肉体強度か、これ!?)
純粋な防御力。そしてタフネス。それのみで『斬鉄』は覚者の攻撃を耐えていた。
「なら――これは!」
遥は脱力し、優しく触れるように掌底を押し当てる。
「何のつもりだ?」
「『鉄』って、金属の鉄の意味以外に『寸鉄』とか、武器の意味もあるよな。
『鉄を斬る』ってのが、武器や敵意みたいなのを意味するなら……ってことで、ちょっとした試してみたんだ」
「ははあ。そいつは――惜しいな!」
脱力している遥の骨を断たんと振るわれる『斬鉄』の刀。
「あぶねぇ!」
それを止めたのは飛馬(CL2001466)の刀だ。激しい金属音が響き、刀を止める。一撃の強さに手が震えてきた。受けきれる回数はそう多くはないだろう。剣士としての経験が非常警報を鳴らしている。だが、逃げるつもりはなかった。
「俺らが戦い始めるずっと前から、守ってくれた連中がピンチになってんだ。ここが体の張りどころってやつだ!」
「ははっ、だったら気張っていけよ!」
四本の刀が嵐のように振るわれる。飛馬はそれを受けるのではなく、刀を振るうことでその出始めを止めるように防御していた。相手の目線から次の刀を予測し、そこに咲きオキするように刀を振るう。
(腕が倍あるからと言って強さが倍あるわけじゃない。一刀流が二刀流に劣る道理はないんだ!)
武器がたくさんあったとしても、一呼吸で全てを振るえるわけではない。武器を振るうということは、そこに体重を乗せること。力を籠められるのは、せいぜい一本か二本――
「とはいえ……さすがに厳しいか……!」
「退屈させるなよ。そろそろ速度を上げていくぜ!」
「まちぃや! 随分暴れてくれたみたいやけどな。こっからはあたしらとの喧嘩祭りやで!」
跳躍し、大上段から神具を振るう凛(CL2000119)。そのまま着地と同時に刃を振るい、『斬鉄』と切り結んでいく。その軌跡を追うように炎が走る。四本の腕が同時に動いてこちらを攻撃するのではない。だからと言って他の腕を無視できるわけでもない。
(こいつが剣士としておっそろしいのは『刀が四本』あることやない! 『四本の刀』を振るう刀術そのものなんや!)
二刀流の流派は、二本の刀を使う。当然と言えば当然だが『使う』の意味合いが大きい。ただ二本の刀を持って戦うのではない。二本の刀を攻防に使用して状況を切り開くように『使う』のだ。
先も述べたが、一刀流が二刀流に劣る道理はない。
だが刀の数が多いと攻めのパターンが増える。片方で受けて、片方で斬る。二方向から攻める。片方を囮にする。その戦術性が二刀流。それが四本。
「鉄を斬ったいうけどほんまかいな。そのなまくらでか?」
「ああ。斬ったぜ。このなまくらでな」
隙を見出そうと煽る凛。しかし『斬鉄』は笑ってその挑発を受け流す。
「斬鉄ってのは鉄を斬れるって事じゃねぇ。斬れねぇものがねぇって事だ」
唇を歪め刀嗣(CL2000002) が抜刀する。不謹慎だがこの状況で刀嗣は笑っていた。日本の危機も、AAAの浮沈もどうでもいい。刀嗣はただ魅入られていた。
『斬鉄』の動きに。剣士として高みにあるその在り方に。
「サイッコーだぜ! コイツぁ間違いなく世界最高クラスの剣士だ。そんな奴と戦えるなんざツイてるぜ!」
ひとしきり喜び、笑う。自分の幸運に。数秒後の闘いを想像し、そして熱が冷めたかのように声が落ち着いていく。
「斬鉄、俺ぁ世界最強の剣士になる男だ。斬れねえものがねぇテメェを俺が斬ってやる」
「吼えたな。なら斬ってみろよ」
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。いくぜ」
名乗りの後、刀嗣は攻め立てる。狂暴にして流麗。暴力的にして静謐。攻める勢いは鋭くとも、その動きは最小限。それが刀嗣の剣術。
「ハハハ! イイぜ! 楽しいぜ斬鉄ゥ!」
刃金の交差する音が響き、鬨の声が戦場を支配する。
ここに集った覚者は、国内でもかなりの実力者だ。覚醒していない状態でも、それぞれの分野で歴史に名を遺すだろう腕前を持っている。
それでも『斬鉄』の足は止まらない。少しずつAAAの方に近づいていく。
●新月に吠える獣
白狼の咆哮が響き渡る。その爪が、牙が、体躯が、戦場を駆け巡る。
それは白の嵐。しなやかに動き、最小限の動きで獲物をしとめる。一撃離脱の戦法を取っている覚者は、荒れ狂う暴風に冷や汗を流していた。離脱のタイミングを誤れば巻き込まれかねない獣の一撃。
「行くぞ、白狼! 此処を守り切る!」
前線に立ちツバメ(CL2001351)は大鎌を振るっていた。源素の炎で体を活性化させ、第三の瞳を開いて相手を呪っていく。しかし、
(すぐに呪いが消え去ってしまう。これが大妖の能力なのか)
相手の動きを封じる怪因子の力。しかしそれは『新月の咆哮』を縛れなかった。一瞬縛ったかと思うと、すぐに解けてしまうのだ。
やむなくツバメは攻撃主体に切り替える。突出しすぎない程度に前に進み、大鎌をふるい『新月の咆哮』に斬りつけていく。全体をよく観察し、隊列を乱さないようにしながらの攻防だ。
「傷ついた者は下がって回復を受けろ! 防衛ラインを崩すな!」
今宵の闘いは防衛戦。それを強く意識して継戦能力を高めるようにツバメは動いていた。
「ヨルナキ、F地点に移動しました。周囲の人達は警戒を!」
里桜(CL2001274) は思念を仲間に送り、情報を共有するために動いていた。守護使役を飛ばして高所からの視覚を得て、『新月の咆哮』と覚者達の位置を把握する。公園の地図を手に細かに指示を出していた、
(相手の情報が読み切れない……。今私達が知っている情報以外に、なにか攻撃方法を持っているのかしら?)
回復の隙を見て、『新月の咆哮』の情報を探ろうとする里桜。見えることはそう多くはない。ここに来るまでに教えてもらった情報。それ以外に何かあるかもしれないが、それを読むことはできなかった。
「怪我をしている人はこちらに来てください。すぐに癒しますので」
「ありがたい。なにせあれだけの巨体を相手するのだからな」
メイスと盾を構えて義弘(CL2001487) が答える。彼は『新月の咆哮』の侵攻を止めようと真正面から挑んでいた。隠密を行う術がないということもあるが、誰かが盾にならないと、作戦が上手くいかないからだ。
「ここで奴等を止めなければ、AAAだけじゃなく、流れで京都全体が蹂躙されかねないな」
「その心配は不要だ。某はこの集落に興味はない」
決意を込めた義弘の言葉に、『新月の咆哮』が応じる。
「何?」
「大河原も同様だろう。髄液啜りと四〇六は感情に任せて攻めかねん。注意せよ」
大妖の言葉に怪訝な顔をする義弘。まるで人間を案ずるような言葉である。
「人間を襲いに来たのに、人間を気遣うのか?」
「某が襲うのは狩りの対象であるAAAのみ。狩りの対象以外の命は意味もなく奪わぬ」
「残念だけど、その狩りも阻止させてもらうわ」
弓を手にして椿(CL2000061) が語り掛ける。仲間に癒しを施しながら、戦線を維持するために動いていた。倒れた者を安全な場所に送り、回復を施す。絶え間なく思考と術を繰り返し、大妖の侵攻を止めていた。
「これ以上、ここから進ませないわ」
「同胞である人間を守ろうとするその献身、その努力は認めよう」
すっ、と『新月の咆哮』の声のトーンが落ちる。今までが北風の冷たさなら、
「だが某の狩りを阻止するという言葉だけは聞き逃せぬ。その尽力、砕いてくれよう」
ここからは砂漠の熱風。あらゆる生命を拒む熱き風。
「……くっ……!」
その熱に対抗する等に、水の源素を活性化させる椿。そのまま『新月の咆哮』をスキャンして探ろうとするが、その底が見えない。
(狩りという行為に対して真摯である。それはわかる。でも――何故?)
『新月の咆哮』の特性を理解しようと推測する椿。だが推測する材料は少ない。
大妖は妖の上位存在で、人間の敵。『新月の咆哮』もその一つ。今まではそうだと思っていた。事実、AAA職員を殺して回る『新月の咆哮』は、人間の敵と言えよう。
だが、それだけではないのか?
「ふぅむ。これは怒りの感情でしょうか?」
猛る『新月の咆哮』をみて、泰葉(CL2001242) がふむと考え込んだ。道化師の仮面を通じてみる白狼の雄叫び。その感情を測ろうと思考する。正直、AAAがどうなろうがどうでもいいが、大妖の感情というのは触れる機会がない為に興味がわいた。
「怒り……ではありませんね。むしろ冷静といえましょう。これは――喜怒哀楽愛憎でいうならば『憎しみ』といったところですか? 邪魔をされて恨んでいるというよりは、誇りに触れられて猛っているというところですか。ならば『名誉』が妥当か」
泰葉は今の『新月の咆哮』の精神状態をそう分析した。
名誉。『高潔な魂を維持したい』『誓いを守りたい』という心の動きである。それが表に出ていた。
「いやはや、獣と思っていたのだが中々に人間に近い感情を持っている。興味深いものだ。大妖とはさて何者なのか。もっと観察してみよう。その牙を折れば怒ってくれるかな」
言いながら前に出る泰葉。この戦いに興味がわいた、と喜びの面をつける。
「――今はヨルナキを止めなくては!」
動きを増したヨルナキに疾駆する灯(CL2000579)。跳躍する『新月の咆哮』に合わせて神具を振るった。狙うは着地の瞬間。巨体故にそれを支える足を崩せば、横転するのではなかろうか。
「ここです!」
連続の突きが『新月の咆哮』の足を穿つ。その圧力が白狼の足を揺るがし――
「――狙いは悪くない」
耳に届いたのは『新月の咆哮』の声。
「だが数が足りぬ。足一つを揺らしたところで他の三本あればバランスはとれる。
そして威力が足りぬ。汝一人では某の足を払うには小さすぎた」
「――きゃ、あ!?」
『新月の咆哮』の声と同時に迫る牙。それに胸を裂かれ、灯は吹き飛ばされる。近くの木を支えになんとか立ち上がり、戦意を燃やす。
「機転を利かし某に挑む気骨。称賛に値する」
「じゃあこういうのはどうかな!」
奈南(CL2001483)は叫ぶと同時に『新月の咆哮』に向かって走り、手にした神具で股間にある急所の部分を叩きつける。生物であるならばそこを打たれれば痛打となる。筋肉などの防御機構もないため、暫く行動不能になるだろう。
『新月の咆哮』が真っ当な生物なら――
「――あれぇ? ヨルナキちゃん、ないよ?」
「子を産む機構は某にはない」
奈南の神具はただ『新月の咆哮』の皮膚を叩いただけだった。
「そっかぁ。じゃあ全力攻撃だよぉ!」
にぱ、と微笑み奈南はホッケースティック型の神具を振り回す。土の加護で身を固め、神具に源素の力を込めて。天然無邪気な子供のように、嬉しそうに神具を振るって大妖に挑む。奈南は大妖の恐ろしさを理解していないかのように、玩具で遊ぶように神具を振り回す。
「ナナンの攻撃を喰らえー!」
激化する公園の戦い。必死の覚者の攻撃。
しかしそれをもってしても『新月の咆哮』を足止めするには至らない。
白狼はその歩みこそ緩やかだが、少しずつAAA京都支部に近づいていく。
●黄泉を走る列車
「それじゃあ行くぜ!」
厚手のコートを着た悠奈(CL2001339)の炎が『黄泉路行列車』を穿つ。
「行くよ、ケイゴ!」
「無茶をするなよ!」
聖(CL2001170)の稲妻が迸り、それを合図に静護(CL2000471)が刀を振るう。
一気呵成に責める覚者達。しかしその勢いを打ち消すように列車から妖が排出され、戦場を支配していく。
「電車を止めるよ!」
きせき(CL2001110) は頭の中で電車の地図を想い浮かべながら、『黄泉路行列車』に迫る。一般的な列車の場合、連結部を外せば車両が切り離されて弱くはなるだろうが、さてこの大妖にそれが通じるか。
「いっか。やるだけやってみよう!」
思いついたら即行動。きせきは車両と車両の間に向かって走り、車両を連結している部分に神具を叩きつける。一撃では壊せないが、時間をかけて繰り返せば切り離しはできるだろう。
「ここで電車を止めて、AAAを助けるんだ!」
かつてAAAに助けられたことがあるきせき。その恩を返すとばかりに張り切って戦う。戦いをゲームの様に思っていたきせきだが、この時ばかりは熱が入ったかのように張り切っていた。
「AAA……こんなに弱かったんだ」
崩壊していくAAAを見ながら、想良(CL2001476) が呟く。胸に去来するのは殉職したAAAの父の顔。訃報を聞いてから想良は塞ぎ込み、人との接触を断った。煙を上げるAAA京都支部に複雑な感情を抱き、それを振り払うように首を振る。
(今は、目の前の闘いに集中しなくては)
首を振り、『黄泉路行列車』に向き直る。翼を広げ、書物を手にした。源素を体内で回転させ、指先に集中する。生まれた稲妻が迸り、機関車の巨体を打った。無生物故に悲鳴を上げることはないが、それでも衝撃はある。
「バッドステータスの類があるかもしれないわね。気を付けないと」
香を放ち精神をリラックスさせ、『黄泉路行列車』の行動に注目する。いまだ不明な相手の能力。それに警戒する。夢見の能力をもってしても見ることのできなかった情報。それが少しでもわかるといいのだけど。
「大妖……つまり、私がこれまでに見えたどの敵をも凌駕する存在」
ラーラ(CL2001080)は大妖をスキャンしながら息をのむ。表面的にわかるだけでも、今まで相対してきた妖や隔者等とは比べるのもばかばかしいほどの強さを持っている。その動きを見過ごすまいと睨みながら、源素の炎を放って攻撃を繰り返す。
「ランク3や4にも手を焼くと言うのにやれやれですが……あまり甘く見ないでくださいね?」
圧倒的な能力差を理解しながら、ラーラは笑みを浮かべた。物理法則を無視して妖を吐き出し続ける大妖。それを前にして、なおラーラの心は折れない。体は傷つき倒れそうになっても、むしろ闘志はラーラ自信が放つ炎よりも強く燃え盛っていた。
「私、諦めない弱者が強者をやっつける物語がとっても好きなんです。だから、こんな局面だって一歩も退きませんよ!」
たとえここで倒れても、心は倒れない。それが魔女の在り方だと示すように声高々に呪文を唱えた。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
「一気に燃やしてあげるわ!」
ありす(CL2001269) の炎が複数の車両を焼いていく。源素の炎が『黄泉路行列車』を包み込み、赤く燃え上がる。それはありすの激情を示すが如く。着火した炎が消えるよりも先に、追撃とばかりにさらに炎を浴びせていく。
「好き勝手やってくれちゃって。目に物見せてあげようじゃないの!」
「それはこちらのセリフだ! こちらこそ目にもの見せてやる!」
怒りの声をあげて、妖の群れがありすに向かう。なんとかそれを避けながら、攻撃を繰り返す。だが、一撃の重さは『黄泉路行列車』の方が強い。猛攻を前に膝をつくありす。
「無様無様! あれだけ大きな口を叩いておいて、この程度か!」
「――ホント助かったわ」
蔑む声に感謝の言葉をあげるありす。何を、と問い返す前にありすは炎の波と共に答えを返した。
「躊躇なく焼き尽くせる相手で助かったわ。気に食わないのよ、アンタ!」
「首があれば買ったんだけどよォ。まあいいさ!」
笑みを浮かべながら直斗(CL2001570) が『黄泉路行列車』に斬りかかる。刃に呪いと稲妻を載せて、走りながら切り付ける。一撃、二撃、三撃。興が乗ったとばかりに高笑いし、挑発するように語りかける。
「おい、黄泉路行列車さんよォ。御大層に攻めてきた割にはダメージ喰らい過ぎなんじゃねェの? 俺等の事甘く見過ぎで油断しちゃった? ギャハハハ! カッコわりぃ!」
「はっ! ダメージというからにはこれぐらいやってから言ってもらおうか!」
その挑発に乗るように汽笛が鳴る。死の恐怖で心を揺さぶる音。耳をふさいでも魂に響き、その影響で肉体を傷つける笛。
(なんだ、これ……!? 体が熱い……! 燃えるようだ!)
「いやいや失礼。その程度はダメージではありませんか。ではこれでどうです!」
そこに殺到する妖の群れ。『黄泉路行列車』の怒りが乗ったかのように、妖達は直斗に噛み付き、斬りつけ、拳を叩きつけ――
「あわわ。今助けます!」
慌ててさよ(CL2000870)が救出に向かう。既に気を失い、防御をする事すらできない直斗に追い打ちをかけようとする妖。その中から無理やり引きずり出して、後ろに下がる。水の術式を使って傷をふさぎ、大妖とそれが吐き出した妖の届かない場所に寝かせる。
「誰も殺させはしません。その為にさよはここにいるんです」
恐怖を無理やり押しとどめて、さよは奮起する。自分の頑張りが人の命を救うのなら、ここで頑張らない道理はない。拳を強く握り、戦いに挑む。
「ええと、ここでいいのかな……」
戸惑いながら戦場に足を踏み入れる七雅(CL2001141)。人手が足りない所に手助けに行こうと考えている間に戦いが始まり、何処に必要かを判断するまでに時間がかかってしまったのだ。
「って、わわわ! 怪我人がいっぱいなの!」
戦況を見て、慌てて回復に移る七雅。大妖の強さは聞いている。話を聞くだけでも一体だけでもかなりの相手なのに、それが三体。どうしようもない状況だが、それでも恐れはなかった。
「なつねは戦う力には自信がないけど、みんなのお手伝いならがんばれると思うの!」
できることは多くない。だけど自分にできない事を仲間がやってくれる。FiVEの仲間を信じる限り、どんな状況でも突破できると七雅は信じれる。
「遥かに各上の相手……でも、ここで退けません。止めて見せますっ」
ショットガントレットを手に由愛(CL2000629) が叫ぶ。大妖の恐ろしさは聞いている。妖の上に立つと言われた存在。そして今目の前に『黄泉路行列車』の姿を認め、それが誤りだと気付いた。
(妖の上に立つとかじゃない。妖が従うしかないぐらいに強いんだ……)
理性のない妖が従うほどに、強い相手。本能で妖を従えるほどの強さ。それが大妖。しかし屈するわけにはいかない。由愛は恐怖を押さえ込み、一気に攻め込んだ。
「私の実力では、あなたには勝つことはできないでしょう」
「当然だ。みっともなく命乞いをし、屍を晒せ。その傷を見て、憂さを晴らしてやる!」
「いいえ。命乞いはしません。最後の最後まで戦います」
『黄泉路行列車』に抗うように、毅然とした態度で答える由愛。
「いつか必ず、痛い目を見ますよ? あなたが侮った、人間にっ!」
「痛い目? そいつはこういう事か!」
怒りの声とともに排出される妖。
「よーみーくらーっしゅ」
だがそれはどこか気の抜けた黄泉(CL2001332) の声と共に放たれた一撃で粉砕される。自分より大きな斧を手に、どこか気の抜けた表情で黄泉は『黄泉路行列車』を見ていた。頭の毛がひょこ、っと揺れる。
「怒った? ねえ、怒った?」
「当たり前だ! 人間如きがこの『黄泉路行列車』を傷つける等不遜と知るがいい!」
「人間を嫌ってるのは、何で?」
小首をかしげて黄泉が問いかける。
嫌うという感情には理由がある。空腹を満たす欲望ではなく、感情で人を殺すのならそこに理由があるはずだ。
「嫌いだから嫌いなんだよ!」
帰ってきた答えは、黄泉の予想を超えていた。
「我が物顔で歩く人間が気に入らない。物を壊す人間が気に入らない。私達と同じ感情を持っている人間が気に入らない。私達と同じ知性を持っている人間が気に入らない。生理的にお前達が在ることが気に入らない!」
生理的嫌悪。虫の類が受け入れられないように、人間が世界にあることが受け入れられない。血や内臓を見て恐怖するように、人間という存在が嫌いだ。
故に見下す。弱い存在だと。すべて潰してやると。
故に侮る。群れてもこの列車の中にいる妖には勝てないのだと。
それを示すように妖を輩出する。覚者達の猛攻を、わずか一動作で押し返す。
覚者達の猛攻は続く。しかしそれには限界がある。全力で走り続けることが出来ないように、いつかその動きは止まる。
しかし列車は尽きることなく妖を輩出する。無限にいるのかと錯覚させる程の勢いだ。その勢いは、もう少しでAAA最後の砦に到達しようとしていた。
●AAA
だが、その足を止める者がいた。
「行くぞ、お前ら! AAAの底意地見せてやれ!」
「了解です! 山下三等!」
「回復術式を持つ者はFiVEのバックアップ! あとは怪我者の回収に行け! 生きて朝日を迎えるんだ!」
山下と呼ばれるAAAの指示により、迅速に動き始めるAAA職員。そして、
「全員整列! 希望を捨てるな! 覚者ではない我らだがやれることはある!」
「はっ! 鬼頭三等、支持を!」
「ツーマンセルで行動し、FiVEの死角を守れ! 盾が壊れるまで戦場に居続けろ!」
そして鬼頭と呼ばれるAAA職員の指示により、陣形の穴が強化される。
「貴方達がシタイアサリを倒してくれたおかげで、援軍に来れたわ!」
「まだ血は足りないが、援護ぐらいはできる!」
『髄液啜り』の配下を相手していたAAA職員や、植物の妖から救出された職員も駆けつける。射撃や源素による援護だが、僅かに大妖の足を止める。
FiVEにより助けられたAAAが集い、援護に回っていた。
崩壊寸前のAAAが大妖に挑む理由は簡単な事。
救出された恩を返す為。この国を守るため。
弱体化しようとも、彼らはこの国の盾であった。
●大河原 鉄平
「ちっ、しつけぇなぁ」
迫るハエを払うように『斬鉄』は口を開く。
「これが人間の力です」
真っ直ぐに『斬鉄』の目を見て鈴鳴(CL2000222)が誇るように言う。絶望の中にあっても己の役割を果たす。それが人間の力。それは大妖の暴威を前にしても同じなのだ。
「暴力では貴方達が勝つでしょう。この場にいる誰だって、貴方に勝てる人間はいません」
「まあそりゃな」
「でも、私たちには明日があります」
『交響衛士隊式戦旗』を掲げ、鈴鳴は告げる。
「私たちはもっともっと強くなります。明日になれば今日よりも」
声は『斬鉄』に、その場にいる覚者達に。そして電波に乗って多くの人達の耳に届く。
人間には明日という希望があるのだと。
「私たち人間は、もっとあなた達の想像を超えられますから……!」
翻る旗。風に吹かれて広がる旗は、青空の様に清らかにはためいていた。
「やっほー斬鉄ぴょん! ことこっていいます。んで、こっちが嫁の時雨ぴょん」
「嫁!? つーか、この状況でもそのノリなん!?」
ことこ(CL2000498) が手をあげて迫り、それにツッコミを入れる時雨(CL2000418)。
「いやー。流石のことこちゃんも怖いんだけどさ。どんな時でも笑顔を見せるのがあいどるだからねっ。がんばるよー!
ってなわけで一曲歌うから歌聞いてくれない?」
ポーズを決めて楽器を手にすることこ。
「あほかっ、そんなん聞いてくれるわけが――」
「いいぜ、歌いな」
「嘘やろ!?」
『斬鉄』の言葉に思わず聞き返す時雨。
「いぇーい! それじゃあ行くね、スリー、ツー、ワン、ゴー!」
ポーズを決めて歌いだすことこ。敵味方双方その歌に注目し――
「出直してこい」
「ひゃうん!」
『斬鉄』は失格、とばかりにことこの襟首をつかんで頬り投げた。
「ことこさーん!? まあ、怪我はしてへんし大丈夫か」
時雨は投げられたことこを見て、安堵するように息を吐く。
「大道芸は終わりか? じゃあ、休憩終わりだな」
「せやな。どこまで通じるかわからへんけど、やってみるか!」
『烏山椒』――荒れ地に真っ先に伸び出す先駆植物の名を持つ槍。それを手に時雨は迫る。冷静な部分では勝ち目は薄いと理解しているが、構えた瞬間にその部分は消える。戦場に立つ以上、勝つために動くのが武人の心構え。
「榊原流長柄術榊原時雨、参る!」
長柄の利点であるリーチの差を生かし、時雨は攻め立てる。体に染みついた長柄術の動きに従い、時折この槍を持っていた存在の動きを取り入れながら。
「ざーんてーつちゃーん、あっそびーましょー!」
逝(CL2000156)はまるで旧友に出会ったかのように手をあげて、大妖に迫る。大妖の感情を神秘の力で観察しながら、したり顔で――フルフェイスなのだが――歩を進める。
「小さい角が美味しそうだからー、ちょーっと味見さーせてー。つーいでに、そーの刀も喰わせておーくーれー」
「呵々! また斬られたいのか」
「遠慮したいねぇ。おっさん、今度斬られたら立ち直れそうにないもん」
会話を交わしながら切り結び、感情を探る逝。戦いが楽しい、というのは理解できる。強い相手と戦いたいのも。そしてそれ以上を占めるのが――退屈という感情。
(強い相手と戦えないから退屈。ナンバーワンの悩みだねぇ)
ことこの歌に反応したのも、退屈を癒せるかもしれない程度の気まぐれだ。人間に対する態度は、退屈を癒す道具程度。揺れ動く感情から逝はそう推測した。
「櫻火真陰流、酒々井数多。妖を斬る者、あんたらを斬るためなら自らを禍ツ神に変えても誉!
尋常に勝負なさい!」
名乗りを上げて数多(CL2000149)が『斬鉄』に斬りかかる。わざわざ高い所から飛び降り、目立つように派手に動いて斬りかかる。炎が花弁のように舞い、刀身が月光を受けて白く輝く。右に左に、全身の筋肉が悲鳴を上げるがそれでも止まることなく走る。
(私がバカでもわかる。アイツは強敵だわ)
一合ごとに伝わる相手の強さ。それでも絶望に足を止めることはない。今は攻める。動きを止めることなく斬撃を重ねていく。
「妖は人間が嫌いなの?」
唾競り合いの状態のまま数多が尋ねる。
「俺は嫌いじゃないぜ。楽しめるからな。だが妖全体っていうと嫌いだろうな。事、ケモノの奴は特に」
「ねえ、私達のこの源素の力はなんなの? 大妖っていったい『なに』? わけわかんないものでわけわかんないのと戦うのって気持ち悪いのよ!」
「…………何?」
数多の問いかけに『斬鉄』の動きがとまる。眉をひそめて、数多の言葉を脳内で反芻する。そんな表情だ。そして得心したとばかりに口を開く。
「なるほど。えげつねえなぁ」
「は?」
『斬鉄』の声に数多は目を丸くする。質問をはぐらかされたのではない。声の色と嘆息に似た脱力。それが『斬鉄』の抱いた感情を伝えていた。
同情。哀れみ。
源素の事を『知らない』と言う覚者。その状態に同情し、知らない方が幸せだぜとばかりに憐れんだ。
「その姿、『鬼』によく似ていますね。性質も近い様子」
『斬鉄』の姿に冬佳(CL2000762)が言葉を放つ。腕を多く持つ神話上の存在は多い。絵画や彫刻などにも多数存在する。そして頭に映えた角。狂暴な性格。冬佳が鬼とつなげるのもむべなるかな。
「言葉が通じ、衣服を纏い、知った概念の武器を得物とする……古妖と同じ様に文化の繋がりを感じるのは興味深い」
「そりゃそうさ。妖の派生……お前らの言葉だと『妖化』か。それを考えてみれば似るのは当然だろうよ」
言われて冬佳は思考に耽る。動物系、器物系、心霊系、自然系。それらは全て、今あるものから生まれる。それが妖化。それは逆に言えば。
「私達の文化……世界に在る者から妖が生まれるから、文化の繫がりがあるのも当然という事ですか」
「そういうこった」
「ですが貴方はこの四半世紀で生まれた存在には見えない。
妖がこの世界に出てから生まれた存在ではない。もっと昔からいたように思える。二十五年以上前、貴方達は何処にいたのですか?」
冬佳の問いかけに、『斬鉄』は笑みを浮かべる。
「さあな、どこかに隠れてたんじゃないのか!」
はぐらかしているのではない。それが答えだ、とばかりに迷いなく刀を振るう。
「興味深い話ですが、詮索は後。拙い我流の剣ですが、一手御指南頂戴したく」
成(CL2000538) は仕込み杖を手に『斬鉄』に殺気をぶつける。言葉こそ丁寧だが、ここを通さないという気迫があった。
「良いぜ。一手で折れるなよ!」
『斬鉄』の一撃を距離を取って抜き放った仕込み杖を突き出す。鋭い衝撃が飛び、『斬鉄』の身体を穿つ。同時に大妖の能力をスキャンし、可能な限り情報を得ようとして――
(……む?)
違和感があった。確認するためにさらに攻撃を続ける。
衝撃が届かない。正確には命中の寸前で攻撃のベクトルが変化している。僅かなずれだが、そのおかげで十全の威力を発揮していない。
「カウンター系……反射型能力……斬撃の防御力無効化……。なるほど、それが『弾指の護』ですね。飛び道具……術式体術に関わらず、遠距離攻撃に対する高い護り。
戦場において懸念すべき矢からの加護。存分に近接戦を楽しむための技。そんな所ですか」
成の指摘に満面の笑みを浮かべる『斬鉄』。その表情が、正解であることを語っていた。
ただ調べるだけならわからなかっただろう。ただ飛び道具で攻めていたのなら見過ごしていただろう。
探りを入れながら調べる。『見』に徹しながら推測し、そして実践する。その行動力が大妖の謎を紐解いたのだ。
「まあ、知ったところで生きて帰れなければ意味はないがな」
「生きて帰るさ。AAAにも手出しはさせない」
神具を手に『斬鉄』に宣言するゲイル(CL2000415) 。後衛で水の術式を用いて回復を行い、戦線を維持していた。戦うのは他のものでいい。自分はそれを支えるだけ。
「普通の妖ならともかく、お前達のような強い者が徒党を組むとはな」
「あいつらは勝手についてきただけだ。俺一人で十分だっていうのに」
どうやら『斬鉄』にとって、配下の妖は『部下』と言うよりは『舎弟』的な存在らしい。ついてくるなら勝手にしろ、と言う所か。
「まるで人間みたいなことをするのだな。お前達の上に誰か居て、指示を出しているとかではなかろうな」
「人間が上にいるとかか? それこそまさかだ」
血飛沫の中、『斬鉄』が答える。大妖が刀を振るうたび、覚者の血肉が裂けていく。
だが、骨は断てない。
ゲイルを中心に放たれる青の光。まるで海の中にいるかのような空間が形成され、覚者と『斬鉄』を包み込んでいく。
それは高密度の源素の空間。癒しのフィールド。覚者を守り、癒し、そして鼓舞する青の舞台。その舞台で、ゲイルは『斬鉄』を睨む。
「水源素の強化か。まさか水そのものを具現化するとはな」
「今はまだ勝てなくていい、届かなくていい」
魂――ゲイルを構成する『何か』を燃料にし、源素を活性化させる。イメージしろ、自分自身の理想を。誰も傷つかず、全てを守る望みを。
「少しでも多くの命を救う為に全身全霊で戦おう!」
その決意。それがこの奇跡を生んだ。ならばその名は――『献身の青』。
自らを糧として、多くの命を救おうとする癒し手の理想の空間。それが――鉄を斬った男の足を決定的に止めた。
●ヨルナキ
「以前牙王と対峙した時以上のプレッシャーね」
大和(CL2000477) は奈良で相対したランク4の妖を思い出す。あの時も体が震えあがるような感触を覚えたが、今回のは体が動かなくなる程の圧力だ。前情報無く相対すれば、間違いなく『逃げ』を選択していただろう。
「――ヨルナキ」
白狼の名を呟く千陽(CL2000014)。相対するのはこれで二度目。あの時は見逃され、上司を失った。圧倒的な巨躯が暴風雨のように暴れまわり、その度に命が奪われていく。その光景が脳を支配し、指一本動けなくなる。
(勇気を振り絞れ! 軍人なら国のために命を惜しむな!)
自ら叱咤し、無理やり体に力を入れる。神具を持つ手が重い。あの時から強くなったのだ。だから勝てる。勝てないまでも命を捨てれば傷つけることはできる。そうだ。この命を捨て――上司のようになるのか? それは――
「千陽さん」
闇に消えそうな意識の中、大和の声が聞こえる。凛とした声が千陽を過去から現代に引き戻した。
「わたしが後ろから支えているわ。前に進みましょう」
ああ、そうだ。肩の力を抜いて、深呼吸する千陽。四月の冷たい夜の空気が、思考をクリアにしていく。
(俺はあの時と変わらない臆病ものだ)
それは軍人と言う鉄の仮面をかぶっても同じ事なのだろう。だが、
(彼女の前でみっともないことになるのは嫌だ)
平静を取り戻せたのはそんな理由。背に護る者がいるのなら、意地を張るのが男子の務め。そんなありきたりで、そして純粋な理由が千陽の背中を押した。
「行きましょう。勝てないまでも、何らかの成果を。そして一人でも多くの命を」
「はい、その通り。目の前の目標を完遂します」
そして二人は木々に身を隠し、『新月の咆哮』を追う。
「フフフ……あんなのマトモニ止められる気がシマセンネー!?」
リーネ(CL2000862)のセリフは、ここにいる全ての人間の心情を示していた。純粋な巨体と言うこともあるが、一撃がとても重い。
「ちょっとその大きさずるいデース! サイズをロボットのプラモデルみたいにもっと下げてクダサーイ!」
叫びながら味方を守るリーネ。体術も術式も相応に受け止められるリーネだが、それでも長くは耐えられないだろうことは悟っていた。全国のAAA支部を襲撃し、それなりには攻撃を受けているはずなのに、その勢いはまるで収まることはない。
「とにかく、私が今ここで出来る事は……守る事、デスネ! 回復の人、カモーン!」
それでも身を盾にして耐えるリーネ。今自分ができる最善の事。それぞれがその役割を果たすことで、最善の結果を生める。天運に任せるにせよ、人事を尽くすることが重要なのだ。
「痛い! 痛いデース! ちょっとそこのワンちゃん! 痛いから1ターンくらいお座りして待ってくれマセンカー!?」
まあそれはそれとして、リーネのノリはこの状況でも変わらないのであった。ターンてなんだよ。
「実力差があったって、戦い方次第で割とどうにかなるのが人間の凄い所なのよん」
木々に隠れながら輪廻(CL2000534) が『新月の咆哮』に向かい攻撃を仕掛けていた。呼吸を殺して風景に紛れて『新月の咆哮』をやり過ごし、相手の視線が逸れたのを確認して迫る。そのまま蹴り技を叩き込み、そして一気に離脱する。
「……ま、そううまくいくとは思わなかったけどねん」
胸を押さえながら笑みを浮かべる輪廻。隠密系の技能は移動の際にその効果が薄れる。ましてや覚者に効果が薄い技だ。大妖への効果は推して知るべし。その爪に胸を裂かれ、命数を費やし何とか立っている状態だった。
「時間稼ぎとは言え、これは下手したら私死んじゃうかもねん」
危機的状況を理解しながら、しかし輪廻の表情と口調は変わらない。ここで死してしまおうとも、自分自身は曲げられないのだ。
「くっそ! 誰も傷つけさせへん!」
「落ち着け。今は互いの役割に徹するんだ」
そして【天切】のジャック(CL2001403)と両慈(CL2000603)は後衛に徹して『新月の咆哮』の攻撃に傷つく覚者達を癒していた。ジャックは誰も傷つけさせまいと行動するが、大妖の暴威の前にそれが叶わずほぞをかんでいた。
「俺の苦手な搦め手を使わない強力な一個体、加えて情報不足。負け戦、撤退戦だ。冷静さを失えばさらに被害が広がる」
冷静にジャックに告げる両慈。ジャックもそれを理解しながら、しかし誰かが傷つき命を奪われるのは我慢ならないという表情で拳を握る。
「切裂、あまり無理をするなよ。お前が怪我をすると悲しむ相手に心当たりがあるのでな」
「そんなの両慈もだろうが! しかもたくさん!」
両慈の忠告に指折り数えるジャック。ともあれここで死ぬわけにはいかない理由は互いに存在する。二人は怪我人の回復を行い、被害の軽減に務めた。
「おい、ヨルナキ!」
悲鳴の数か血の匂いか。その量に耐えきれなくなったジャックが、『新月の咆哮』に向かって叫ぶ。
「俺は護るときに武器を取る。お前は狩る事に真摯だ。
真逆の生き方をしている獣よ。今宵、その牙にかかる命はひとつとして無いと知れ!」
「奇異な事を言う。命を奪わぬ生命がこの世に在ろうか。霞を食って生きているわけでもあるまい。
人間も大妖も、命を奪いながら生きていることには変わり在りまい。そういう意味では我らは同じ生き方だ」
「詭弁を言うなよ。俺はお前みたいに『狩り』で命を奪わない。無駄に殺しはしない!」
「他者が『狩った』命を食らっているという事か」
「それは……っ!」
――すべての生命は、生きているだけで何らかのリソースを必要とする。個人差はあるが、何もなく生きていける生命は存在しない。
(考えるなっ! 今重要なのはここで足止めしてAAAの命を救うこと!)
首を振って大妖の言葉を忘れようとするジャック。今迷えば、命が失われる。
(狩りをする獣。それがヨルナキの基本情報)
身を潜めて『新月の咆哮』に見つからないようにしながら、両慈は静かに思考する。目立って攻撃を受ければ身もふたもない。
(だが、奴が『新月に吠える獣』と呼ばれているのは少々気になるな。何故闇夜でなく、新月なのか……)
夜でもなく闇でもなく、新月。
逆に言えば、夜に吠えるのでも闇に吠えるのでもなく。
(吠える対象はあくまで新月……いや、月ということか。ならばおそらく――)
両慈は夜空を見た。空に輝く上弦の月。新月ではない月齢だが、その輝きが大妖に力を与えている気がした。
(まさか奴は、月の満ち欠けで能力が変動するタイプなのか?)
手繰り寄せた小さな糸。僅かだが『新月の咆哮』の能力の一端が見えた。
「んふ」
狐の面をかぶり笑みを浮かべた零(CL2000669)が『新月の咆哮』の前に立ちふさがる。
「色々名前があるけれど、どれも新月ばかりね。何故、新月ばかりなの?
ヨルナキ、もしかして月光が怖いの?」
「新月に狩りの誓いを立てるからだ」
「誓い?」
「敵を逃さぬという誓い。その誓いは新月に行われる。此度はその対象がAAAと言うだけだ」
「ふむ……まあいいや」
会話を止めて、神具を抜く零。巨大な神具を振り回し、『新月の咆哮』に迫る。
「今宵私は狩られるだろうさ」
零もそれは自覚していた。圧倒的な体格差。動きの機敏さ。一撃の鋭さ。どれをとってもかつ要素はない。蟻を巨像が倒すという言葉はあるが、それとて状況次第だ。今この大妖を倒すカードは、AAAもFiVEも持ちえていない。
「しかし狩られる兎も、狩人に傷を遺すことはできるのよ!」
「――む!」
追い込まれ、とどめを刺される瞬間に生まれたわずかな隙。その隙を狙って零は魂を燃やし、身体能力を強化した。速度を力に変えるというある隔者の技の模倣。しかしこの瞬間に限り、オリジナルの一撃を超えていた。回転しながら跳ね上がる一閃が、『新月の咆哮』の右目を裂く――
「狩られる側は初めて? お姉さんが初めてシてあげ――」
「見事。この傷、戒めとして刻んでおこう。兎の誇り、とくと受け取った」
る、と言う唇の形のまま零は『新月の咆哮』に噛み付かれ、気を失う。
「――さらば。汝らの名、覚えておこう」
右目から血を流しながら『新月の咆哮』は地を蹴る。その先にはAAA京都支部。
それを止めるだけの戦力は、FiVEには残っていなかった。
●ケモノ四〇六号
「しかし、圧倒されておるわけではないが、列車そのものと戦うというのは、なかなかにすさまじい」
『妖薙・濡烏』を手に樹香(CL2000141)が凛とした声をあげる。戦いの前に整えた髪が、戦場の颶風を受けてなびいた。恐ろしいという気持ちがないわけではない。しかしそれを押さえ込み、神具を構える。
「一度に三体の相手をせねばならぬ絶望的な状況じゃが、ここはひとつ気合を入れていくとしようぞ。
敵は多数じゃが、本体は個! お互いに助け合い、仲間と共に勝利を掴もうぞ!」
「勝利? そんなものがあると思っているのか。人間の愚かさにはむしろ失笑しますね」
人間を馬鹿にした『黄泉路行列車』の言葉。それを受けてもなお、樹香の気合は崩れない。むしろ笑みを深め、戦意があふれ出す。
「笑え笑え、大妖。その笑い、いつか止めてくれる。人間の力、侮るなぞ」
「ま、笑って油断してくれると助かるんだけどな」
カナタ(CL2001451)は『黄泉路行列車』の方を見ながら頭を掻いた。知り合いの姿を探したが見つからなかったため、単独で行動している。源素の霧を放って回復を行い、仲間を支えていく。
「そろそろ攻撃が来るかな。攻撃用意した方がいいよ」
後ろから『黄泉路行列車』の方をみて、その動作を確認するカナタ。攻撃が来ると思った瞬間に声を出し、仲間に伝達していく。とはいえ口頭での伝達はタイムラグが存在し、さらに前もって相談もない状態での声掛けだ。連携としては拙かった。
「ってことは、回復に専念しておいた方がいいかな。こっちまで攻撃来そうで怖いんだけど」
怖い、と言いながらカナタは退くつもりはなかった。天邪鬼ともいえるその性格。やる気のないように見えて、真剣に。回復を行いながら、倒れる寸前には水を束ねた一撃をくらわそうと思考していた。
「例え相手が大妖でも、これ以上誰かを傷つけさせる事は許しませんわ」
赤いボンデージ風の戦闘装束に身を纏ったいのり(CL2000268)が杖を手に叫ぶ。 稲妻を放って大妖を穿ち、天から光の粒を振らせて多くの妖を倒していく。いのりが杖を振るうたびに、『黄泉路行列車』が苦痛の声をあげる。
「いのり達のこの力は救いを求める誰かの為にあるのだから!」
「無駄無駄無駄! 救いなどありません!
人間の末路は惨めな滅び。妖に殺され、食われ、苦痛に苛まれて命乞いをしながら悲鳴を上げて狂い死ぬのですよ!」
人間を見下す大妖は、人間に未来がないという。妖が人間を殺し、いい様にいたぶって殺す。お前たちの価値観はそれしかないのだとばかりに嗤う。
「そんなことはさせません!」
いのりはその言葉を真っ向から否定する。力の差は歴然だ。確かにこの大妖にはそれができるだけの力があるのだろう。
だけどさせない。少なくとも心では負けてやらない。そう誓う。
「命を奪い、それを喜ぶ大妖! 貴方などには決して負けませんわ!」
「人間をあんまり甘く見ないで欲しいな」
稲妻を放ちながら明日香(CL2001534)が『黄泉路行列車』の前に立ちふさがる。支援を行い仲間の火力を増した後に、ただひたすらに稲妻を放つ。線路に放てば足止めできるかもしれない、とは思ったがあいれは大妖だ。それに縛られる存在ではないだろう。
「後ろにたくさんの人の命があるんだから。怖くても、敵が強くても、退けないんだから」
「ならば貴様らの屍を踏み潰して進むだけです。生きたまま、頭蓋が砕かれる苦痛を味わいながら後悔しなさい」
「うわ、それはヤだなぁ……」
『黄泉路行列車』の言葉に想像してしまう明日香。首を振ってその想像を振り払い、さらに稲妻を放っていく。
「『黄泉路行列車』の能力……『因果応報』『道反大神』……」
恵(CL2000944)は『黄泉路行列車』と相対しながら、大妖が持つ能力を考えていた。その名前から推測されるのは、カウンターの類だろう。相手の行動を記憶しながら何か手掛かりにならないかを探る。
「足止めになればいいのですけど」
遺跡の大亀の瘴気を模した霧を放ち、恵は『黄泉路行列車』の足止めをしていた。上手く混乱させることが出来れば、その足を止めることが出来ると考えたのだが――
(おかしい……。『黄泉路行列車』にあんな行動はあったかしら?)
恵は記憶にある大妖の攻撃と今の攻撃を比べ、違和感を感じていた。攻撃の行動自体はそれほど変わるものではない。妖を突撃させ、汽笛を鳴らす。だが、数秒前の攻撃と今の攻撃で、何かが違う。今の攻撃は、まるであの大亀の瘴気が乗ったような……。
「まさか、『因果応報』は……こちらのバッドステータスを返すという事ですか!?」
恵の言葉を受けて、覚者達は顔を青ざめる。知らなかったとはいえ、大妖の能力に自分達の攻撃が乗っていたというのは驚きを通り越して悔しくあった。
「成程。バッドステータス攻撃を控えるか。行動不能になる攻撃で攻めればいいのか」
恵の分析を得て、梛(CL2001410)は一つ頷いた。痺れなどで動けなくなれば、相手の行動も制限される。完全封鎖はできないが、それでも有効は手段と言えよう。問題は――
「俺の攻撃は弱らせる香ということだな。仕方ない。普通に殴るか」
ため息をつき、銀の棍で打撃を加えていく梛。その最中、敵の行動をスキャンしていく。
「元々列車に関係があるのか、死んだ人や妖を集めて走る死の列車ってとこかな」
「その通り。私は人間達に死を告げる列車。人間をあの世に送る鉄の棺桶です」
「ふうん。と言うことは能力もそれに相応したモノと言う事か。直接殺す能力とかじゃ、なさそうだけど」
推測を交えて梛は言葉を放つ。人間が嫌いな存在がそんな能力を持っているのなら、今この瞬間に覚者達は死んでいる。少なくとも能力自体に強い殺人能力があるわけではなさそうだ。
(つまり、死に近づける能力。そんなところか)
少しずつ、真相に近づいていく。
「ふむ。死に近づく列車か。すばらしい! 怨嗟の声が聞こえるようだ! クハハハハハ!」
『黄泉路行列車』の正体を聞き、縁(CL2001356)は高笑いする。憤怒、怨嗟、そして復讐。それは縁の信仰の対象だった。復讐の時にこそ人間の本性が見える。多くの死を飲み込んだ列車は、どれだけの恨みを抱えているというのか。
「故に倒せずとも思い知らせよう……復讐代行者として一矢報いる復讐というものを!」
復讐の女神を信仰する縁が自らの命を削って源素を集わず。暴風の中、三人の女神の姿が映し出された。
「嗚呼、我が女神達! この身が朽ちようとも我等の復讐の為にさらなる力を!」
それはウラノスの血が大地母神のガイアに流れて生まれたと言われる女神エリニュス。アレクト、ティシポネ、メガイラの三柱の女神。けして復讐を止めず、殺戮を尽くし、成功者を嫉妬する。その心のままに稲妻は『黄泉路行列車』を穿つ。
「どうだ大妖、恩讐の一撃は! 復讐の一矢、思い知ったか!」
「ふは、ふは、ふははははははははは!」
激しい雷撃の中、聞こえてきたのは『黄泉路行列車』の哄笑だった。女神の一撃に体を削られながら、その力を吸収していた。
「……これは。魂を食っている、だと!」
「やはり。そうですか」
顔を青ざめさせて、有為(CL2000042)が頷く。悪い予想ほど当たるものだと、額に手を当てて頭を振った。『黄泉路行列車』を攻めながら、強化されていく大妖に絶望を感じる。
「『黄泉路行列車』。貴方は黄泉と現世を渡る列車。そうですね?」
「そうだ! お前達人間を、動物を、器物を、怨霊を、自然を! 全てを載せて黄泉に送る列車だ! 気づいたか、人間!」
「ええ。道反大神はイザナミの追跡を振り切る為に道を塞いだ岩。おそらく、その大岩を開けるのがその能力。
命数を失い死に近い者を、さらに死に誘うための能力」
――古事記において、イザナギは死んだ妻、イザナミを黄泉の国から連れて返そうとした。そこで変わり果て、襲い掛かってくる妻から逃げ切るために黄泉路を巨大な岩でふさいだと言う。その岩こそ――道反大神。
「そしてその二つ名、『黄泉路行列車』は文字通り、黄泉に魂を送る能力。
覚者が燃やした魂を載せて、その力を転用すると言った所ですね」
「そこまで分かったのか。見事ですね。
ですが、そうと分かれば絶望しかないでしょう。魂を削るほどの覚悟は、私にとっての賛美。貴方達の努力など、私の栄養でしかないのですよ!」
汽笛を鳴らす『黄泉路行列車』。それが人間達への嗤い声のように響いた。そのままゆっくりと車輪を動かし――
「……朝日、ですか。
口惜しいですが、時間切れです。破れば大河原さんやヨルナキさんに怒られますからね」
街を照らす朝日に動きを止める『黄泉路行列車』。そのまま地面に沈むように消えていく。
「まあいいです。絶望しなさい、人間。我々は貴方達を殺します。いつその日が来るのか、怯えながら過ごしなさい」
姿を消す大妖。覚者達は糸が切れた様に、その場に倒れ伏した。
●大妖一夜
一夜にしてAAAは壊滅し、その様子はテレビを始めとした様々なメディアを大きく沸かすことになる。
情報規制は間に合わず、大妖の恐ろしさと自分達を守る存在がなくなったこと恐怖に支配される。
だがそんな中、人々はAAAを救おうとした覚者達に希望を見る。
大妖に果敢に挑み、絶望することなく覚者の在り方を示した者達。
FiVE。
その名前は、人々の絶望の夜を照らす光明として心に刻まれる。
日本の歴史は大きく揺れる。ここから第二の舞台に移ったと後の歴史家は語るだろう。
憤怒をもって結束するイレブン。
妖共の蟲毒の壺、九頭龍。
悪と暴力をもってこの国を統べようとする七星剣。
そして、FiVE。
あらゆる組織の思惑が今、交錯していく――
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『黄泉を見る者』
取得者:氷門・有為(CL2000042)
『エリニュスの代行者』
取得者:恩田・縁(CL2001356)
『献身の青』
取得者:ゲイル・レオンハート(CL2000415)
『獣の一矢』
取得者:鳴神 零(CL2000669)
取得者:氷門・有為(CL2000042)
『エリニュスの代行者』
取得者:恩田・縁(CL2001356)
『献身の青』
取得者:ゲイル・レオンハート(CL2000415)
『獣の一矢』
取得者:鳴神 零(CL2000669)
特殊成果
なし

■あとがき■
今回得た情報
・『斬鉄』大河原 鉄平
弾指の護 自付 術式体術に関わらず、遠距離攻撃に対する防御力増加。
・『新月の咆哮』ヨルナキ
月の獣 P 依頼出発時の月齢分、???
・『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号
道反大神 自付 黄泉を塞ぐ岩を開け、死に近い者を引き寄せます。そのキャラの『100-命数』に応じて、ダメージが追加されます。
因果応報 P 自身が受けているバッドステータスが、次の攻撃に乗ります。
『黄泉路行列車』 P これは黄泉に向かう列車。魂は全て列車に送られる。依頼内の魂使用数の分だけ、HP&各攻撃力が増加します。
・『斬鉄』大河原 鉄平
弾指の護 自付 術式体術に関わらず、遠距離攻撃に対する防御力増加。
・『新月の咆哮』ヨルナキ
月の獣 P 依頼出発時の月齢分、???
・『黄泉路行列車』ケモノ四〇六号
道反大神 自付 黄泉を塞ぐ岩を開け、死に近い者を引き寄せます。そのキャラの『100-命数』に応じて、ダメージが追加されます。
因果応報 P 自身が受けているバッドステータスが、次の攻撃に乗ります。
『黄泉路行列車』 P これは黄泉に向かう列車。魂は全て列車に送られる。依頼内の魂使用数の分だけ、HP&各攻撃力が増加します。
