伝承者の拳
【翼開ク刻】伝承者の拳


●鳳は地に
 墨色の髪の男は草叢の上に正座し、一言一句聞き漏らすまいと聴覚を研ぎ澄ませる。
「では、試合自体は彼らの勝利で幕引きしたのですね」
 男は――飛鷹飛鳥は、先日『F.i.V.E.』から帰還した監査役の報告を逐一頷きながら聞いた。
 F.i.V.E.の力の一端を自らの身をもって体感した武芸者達は、その練度を認め皆押し並べて腑に落ちた顔をしている。その中でただ一人、烈という名の少年だけが悔しさを噛み殺し、己の未熟を恥じるかのような表情を浮かべていた。
「この子は大変折れ難い性格ですからねぇ。あの背の高い女の子に手玉に取られたのが余程堪えたのでしょう」
 若いわね、と拳法家の女性がくすくす笑うと烈はそっぽを向いた。
「結果は了解しました。して、内容はいかがなものでしたか」
 飛鳥は棍を杖代わりにして立つ男に問う。
「どうもこうも、やつがれから特に申すことはありませぬ。我々は負けたのです。したらば内容もそれに準ずるものであったとお考えになるのが自然かと」
「失礼。愚問でした」
 派遣したのは他ならぬ飛鳥自身が選定した達人揃いである。それを言い訳の余地も与えず真正面から跳ね除けたのだから、推して知るべしといったところか。
「いやはや、誠に見事なものでしたよ。心技体、いずれもよくよく鍛えられております」
 横槍を入れた屈強な男は、しかし、と続ける。
「あえて言うなれば『知』が乏しいように思われますな。敗者の弁ではありますが、彼らは力を少々持て余しているのではないでしょうか」
「……と、言いますと?」
 追求する飛鳥。
「更なる高みを目指せる素質が備わっているというのに、そうする方法を未だ知らぬのです。如何な大器といえど一合の枡で水を汲み出していては日が暮れてしまいます。これは宝の持ち腐れでしょう」
 本来であれば現在の時点でより高度な武術を扱えてもおかしくない、その基礎は十分に出来ている、と男は説明する。
「成程、つまり今の彼らに足りないのは“いんぷっと”の部分なのですね。……新しい知識を実践する下地が整っているのは間違いのない事実でしょうか」
 飛鳥に念を押された男は迷いなく首肯した。他の者も同意する。
 最後に飛鳥は烈に視線を向けた。烈はしばらく逡巡する様子を見せた後、己が師と清廉な武人の魂に嘘は吐けぬと素直に答える。
「もし彼女達に力を過不足なく乗せる術があったのであれば、私は、間違いなくっ……早い段階で屈さざるを得なかったでしょう」
 うむ、と飛鳥は大きく頷く。
「ならば、私が果たすべきことは明白です」
 覚者組織F.i.V.E.が荒波を渡り切るだけの資質を持つことは理解した。その実態に基づいて気高い理念を掲げるのであれば、何の憂慮もない。秩序を守る組織として一層の発展を願うのみ。飛鳥は瞼を閉じてしばし思案に耽った後、おもむろに筆を取る。
「ですが、ひとつ注文をご容赦してもらいましょうか。私が師から受け継いだ時のように――」
 その眼差しは紙を睨みながらも、遥か遠くを見つめているようであった。
「一戦交えていただきます」

●鳳は天に
「またまた伝書鳩が来てたぜ」
 会議室に現れた久方 相馬(nCL2000004)は既に頭上に鳩を乗せた状態だった。右手には取り外した書状を握っている。差出人は、例の人物だ。
「このクソ忙しい時に、って思うかも知れないけど……こいつはかなり気になる話なんだよ」
 相馬はテーブルの上に文書を広げてみせる。
 前略、ふぁいぶ一同殿。
 先日は某の我儘に応じていただき、その寛大な心に感謝のみならず慙愧の念を抱くばかり。
 ひいては畏敬に類ずる思いをも――
「このへんはどうでもいい挨拶だから、パスで」
 主題を読む。
 間者の話を聞き齧るうちに某も貴公らの天晴な戦いぶりを直に感じたくなった。
 しかし当方日夜武芸に励む多くの同朋を預かる身ゆえ、修行の場を離れること叶わず。
 ついては指定の場所まで足を運ばれたし。御足労大変申し訳ない。
「どうやら、あちらさんの御大将が直々に手合わせしたいみたいだ。まあそれはいいとして、気になったのは最後。この部分を読んでくれ」
 そう言って結びの一文を指差す相馬。
『今後の貴公らの御健勝をお祈り申し上げると共に、此度の交流を通じて少なからず力添え出来れば光栄である』
 と書かれてある。
「気になるだろ? 向こうから呼び出すくらいだし、何かあると思うんだよな」
 先頃行った団体戦を振り返る限り、武人達に悪意は一切見られなかった。こちらを嵌めようとする罠である可能性は低いだろう。
 文面からして飛鳥のF.i.V.E.に対する興味は強まっている。それが何をもたらすのか。
「もしかしたら、今後に役立つ経験になるかも知れないしな……興味があったらでいいから、ちょっと行ってきてもらえないか?」


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
担当ST:深鷹
■成功条件
1.戦闘力を示し、敵NPCを納得させる
2.なし
3.なし
 OPを御覧頂きありがとうございます。
 こちらはシリーズシナリオ前編にあたる『【翼開ク刻】正しき拳』の続編となります。
 前回依頼参加者には予約時に優先権が与えられます。

 以下プレイヤー向けの情報。前編における大まかな流れです。

 ・F.i.V.E.の資質を確かめるために非敵対勢力である武術集団から精鋭が送られてきた
 ・技能と威信を示すために手を挙げた八名の奮闘により、対抗戦に勝利
 ・その旨が視察を頼んだ張本人である飛鷹飛鳥に報告される

 すなわち相手側は現在、こちらの実力を好意的に認知している状態です。
 飛鳥から思わせぶりな内容の手紙が届いたのもそのためでしょう。

●目的
 ★NPC『飛鷹飛鳥』に直接力量を知らしめる

 ※注釈
 敵NPCは非常に強く、八人総出でも倒し切るのは困難を極めます。
 ですが今回は倒すことよりも「認めさせること」を主眼に置いた戦いなので、小細工を弄するよりも真っ向勝負を挑んだほうが良い結果に繋がるかと思われます。
 純粋な武力。重要なのはこの一点のみです。

●現場
 ★京都山中
 件の武術集団が現在駐留している山林です。
 訓練場として用いられている50m正方の平野部を除いて四方は森林で囲われています。
 もっとも、戦闘だけを考えた場合十分なスペースではあります。
 足場は平坦な草地なので特に影響はありません。天候は晴れを想定してください。
 開始時刻は正午を予定しています。

 なお組手中は相手勢力の面々が観覧しています。とはいえ彼らにも一介の武人としての誇りがあるので戦いに干渉してくることはないでしょう。

●敵について
 ★飛鷹飛鳥(ひよう・あすか)
 武の真髄を求めて流浪の旅を続ける武門の長。剛柔自在の武芸の達人。
 剣術と拳法を織り交ぜて攻め立ててきます。
 武器は木刀と手甲。鋼鉄製の手甲は刃物を弾く盾にもなり、攻防一体です。
 ゆえに峰打ちなどして手加減する必要はありません。全力をぶつけましょう。むしろ彼自身もそれを期待して装着している節が見られます。
 今回の依頼においては全ての初級体術に加えて下記独自スキルを使用します。

 『鳳凰の型』 (A/自/回避↑速度↑)



 解説は以上になります。それではご参加お待ちしております!
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2016年03月10日

■メイン参加者 8人■


●極地に如く
 その男は数多くの衆目に囲まれる中、正座の姿勢を保ち続けていた。
「お待ちしておりました」
 雑木林を抜けてきた覚者達の姿を見るなり、男は――飛鷹飛鳥はすくと立ち上がる。
「あなたが飛鳥さん? 思ったより若い人なのね」
 老練な人物像をイメージしていた『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)は予想外に若々しい外見に少々面食らう。と共に、物腰の柔らかさにも感銘を受けたらしく。
「武術家でもやっぱり違うのね。うちの師匠にも爪の垢煎じて飲ませたいわ」
 自らの人格形成に大きく関与した人物のことを思い返しながら、呆れ気味に溜息を零す。その傍らでは『緋焔姫』焔陰 凛(CL2000119)もまた飛鳥の雰囲気から剣術の師である祖父と、最大の目標である父を想起していた。
 追い続けた二人に匹敵する迫力をひしひしと感じ取れている。それは武の高みを目指す凛にとって何よりも喜ばしい体験。
(この人に勝てれば……きっとおとんにも!)
 笑みを堪え切れない凛は拳をぐっと握り、人知れず気合を入れる。
「皆様が秀でた腕の持ち主であるとは伺っています」
 ざわめく朋友達を制してから飛鳥が口を開く。
「是非その武の煌きを私にも体験させていただきたい。僭越ながら私から指南できることもあれば」
「フン。生憎、僕は骨ぶら下げられて張り切るような犬ではないのでね」
 気に喰わなげに顎を突き出したのは、深緋・幽霊男(CL2001229)。
「尻尾振ってねだるくらいなら死骸から漁ったほうが余程上等じゃぞ。欲しけりゃ奪う。与えられるモノに、どれ程の価値があろうか」
 幽霊男はあくまで従わない。媚びた態度は真っ平御免だとばかりに、隙あらばその鼻っ柱を折ってやろうという気概を色褪せた灰褐色の瞳に滲ませる。
 やがてその瞳は血の色に染まり出す。
「幽霊男ちゃんじゃないけど、今回は『殺る気』でいかせてもらって構わんのだろう?」
 そう飄々と口にして緒形 逝(CL2000156)が割り入った。彼が手にしている刀は、鞘に納まっているというのに尋常ではない量の瘴気が溢れ出ている。
「前にやった時は轡を噛ませて無理矢理お預け喰らわせてたけど、そのせいで随分餓えさせてしまってね。いつもより多く喰うかも知れんが許しておくれ」
 受けて立ちましょう、と飛鳥は泰然と応じる。
 大役に緊張気味だった鯨塚 百(CL2000332)も恐る恐る尋ねる。
「……ほんとに手加減なしでいいのか? オイラのこれ、当たれば風穴空いちゃうかも」
 百が示したのは覚醒した右腕部に装着した『バンカーバスター・炎式』である。対妖に特化した武装を目にしても尚、飛鳥は元より覚悟の上と説明する。
「貫かれるのであれば私が未熟であっただけのこと。皆様も拙い者の高説など耳にしたくはないでしょうから、私も自身の武術の冴えを示す必要があります」
「だったらいいけど……」
 裏を返せばそれだけの自信と、そして技量があるに違いない。だからといって怖気づく訳にはいかないと百は気を引き締める。前回の試合を通じて腕前を認めてもらった以上、全力で臨まねば。
「あまり殴り合いは好まぬでござるが……」
 と人差し指で頬を掻いた『ヒカリの導き手』神祈 天光(CL2001118)は、大柄な体躯の内側に平和主義的な優しさを秘めた男である。友好的な間柄で戦いに興じるというのはどうにもじれったさを覚える。
「しかし飛鷹殿が望むとあらば、拙者も一介の武人として応えるのみ」
 競り合った末の相互に喜ばしい展望を思い描いて、天光は柄を握った。覚悟の証である。
 十二の刻が近づく。
「私ね、今日は絶対失敗できないな、って思ってるんだ」
 中座に終わった自身の対決を振り返りながら、華神 悠乃(CL2000231)は誰にともなく決意を述べる。一度掌を見つめ、それから立ち向かうべき壁を見据える。
「全体でOKって言われてもさ、納得できないよね」
 かつて鎬を削った相手は今も自分の姿を眺めているはず。この試合に全精力を傾けるのは当然として、情けない戦いぶりを見せて道を潰えさせるようなことだけはしたくない。
 戦う乙女は両手に篭手を嵌め、自らの存在を主張するようにガチンと打ち鳴らした。
 正午を告げる鐘が遠くで響き渡った時、風向きが変わった。では、と口火を切った飛鳥が一礼する。目を合わせた凛も礼で返し、
「一手御教授お願いするで!」
 と一声発して左半身の構えで刀に手を掛けた。他の七名も速やかに臨戦態勢に入る。
「櫻火真陰流、酒々井数多。往きます!」
 鯉口を切る、鈴鳴りめいた音が耳朶を叩いた。

●演舞に非ず
 抜刀した『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は、朱の差した唇をきりりと結んで突破口を探る。
 交戦の気配を素早く嗅ぎ取った幽霊男が距離を取り、火打石式の銃剣から弾丸を撃つ。その先制射撃は手甲で弾かれるが、間髪入れず悠乃が接近。拳による連撃を叩き込む。続けて凛が逆袈裟で斬りかかる――だが、そのいずれもが合気道の応用と推測される体捌きで巧みに軌道を逸らされ、飛鳥の肩口を掠めるに留まった。
「見慣れない型だね」
 不穏な様子に気が付いた逝は試しに、下げた刀をぶっきらぼうに振り上げてみる。刃は直前で回避した飛鳥の肉体には及ばず、風圧で吹き散らした瘴気の残骸だけが頬を撫でた。
「当たらず、か。この位置関係はちとまずい」
 コツコツとフルフェイスを叩き、敵の範囲攻撃を嫌って一旦距離を測る逝。守りは自然の恩恵を受け取る術式で十分に固めているが注意しておくに越したことはない。ひとまずは精神統一に専念するようだ。
 攻めあぐねているのは百も同様。
「さすがお師匠さん……隙がねぇな……」
 パイルバンカーを命中させて大丈夫なのか、という不安はすっかり消え去っていた。第一に、当てること自体が難しい。直線的に攻めればかわされ、角度を付けるといなされる。
「……だからって悩んでなんかいられないよな!」
 百自身、まだ未熟であることは自覚している。けれど今回試されているのは持っている力の全てを出し切ること。不足を誤魔化して上手ぶってやろうだとか、そんな背伸びは要らない。
 どんなに強い相手にも立ち向かう。それこそが自分が証明したい勇気。
「F.i.V.E.で力の正しい使い方を教わったんだ。絶対に無駄になんかするものか!」
 熱い感情が煮え滾っていた。
 味方の攻撃に合わせてこちらも行動する。小柄な体を懐に飛び込ませ、武器を装着した右手で正拳突きを放つ――それは見切られたが、諦めない。百は間合いを離すことなく最前線を維持。単調にならないよう身に付けたスキルを交互に織り交ぜて攻める。相手が防御を重視して来た際は突貫力のある技を、向かってきた際は受け流す術を。
「こういうのが『柔』なんだよな?」
 百の問い掛けに飛鳥は嬉しそうに笑う。
「十歳とは思えない大胆さ。私にも見習うべき点は多々あります」
 その一連の流れを冬佳はつぶさに観察していた。
 統率の取れた攻勢は悠乃の意識共有によって導かれたものだろう。一方で受け手に回った飛鳥の型は解明が極めて難しい。少なくとも、初歩の体術からは逸脱している。
 半身になって左手を前に突き出した体勢は一見、伸ばした側の脇が甘いように思える。がしかし、冬佳にはそれが罠としか映らなかった。
 真に堅牢な城は完璧な布陣の中で一点だけ穴を設け、そこで敵を迎え撃つという。ならば誘いには乗らず真っ向から乗り込むか――それはそれで懸念が拭えない。
「いつの世も達人と称される人物は……甚だ恐ろしい」
 冬佳は父が第一線で戦っていた頃の雄姿を直接には知らない。分かっているのは、自分よりも遥か高みにあるということのみ。此度相対している武の巨人もまた、同じような存在なのであろう。
 けれど逆に考えれば、門前の小僧ではないが、達人の技を学べる良き機会でもある。反故にするにはあまりにも惜しい。僅かにでも爪痕を刻みつけたい。
「……刃が届く気がしませんね。とはいえ」
 小細工に意味を見出せないのも事実。正面から持てる技の全てをぶつけるしかない。
「流派と呼ぶ程の名はありませんが……我が家に伝わる斬妖の剣。水瀬冬佳――参ります」
 繰り出したのは初太刀と二の太刀とが対となった剣撃。
「実に清冽」
 鋼鉄の手甲で受け止めつつ、飛鳥は冬佳の太刀筋をそう評する。
「流麗な挙措、呼吸法。充実した修練を感じます。あなたのお話は伺っていませんでしたが、まだこれほどの手練がいるとは」
「お褒めに与り光栄……ですが」
 冬佳は更に指先に力を込める。
「造作なく感じさせているうちはまだまだ……っ!」
 止まった状態の刃を奥に奥にと押し込む。純粋な腕力で劣る飛鳥は一旦刀身を真横へと滑らし、かろうじて振り解く。
「これは失礼。……私も武勇で応えねば礼節に欠けましたね」
 飛鳥は木刀を正眼に構えて振り下ろした。一切の無駄がない、効率化された所作である。
 余計な経路を辿らない、瞬きも許されぬ剣閃。しかし冬佳にその顎は喰らいつかなかった――天光が身を呈して防いだためだ。
「ふう、間一髪でござったな」
 冬佳の咄嗟の防御姿勢が悠乃経由でイメージとして伝えられたことで、庇う用意は整っていたものの、対峙する相手の力量を考えれば一時の猶予もない。
「我が刀は守るためのもの。何人たりとも傷つけさせぬでござるよ」
 刀を盾代わりにして衝撃を和らげる天光。薄く纏った水のベールが更なる緩衝材の役目を果たすが、そこまでして尚骨身に浸透するような鈍い痛覚がある。それでも天光は武人の顔を真っ直ぐに見据え、決して視線を外さない。黄金の瞳を飛鳥が覗き込んでくる。
「守るための力こそが武。まさにその通り」
「ふっ、ならば、戦闘を好む者の武は異質でござるか?」
「それは否でしょう。彼らは自らの信念を守るために戦うのですから。無論私も――」
 互いに押し返し、鍔迫り合いが途絶える。
「武の頂を望む。その志のために私は生涯を捧げたのです」
 眼前に立つ男は生粋の武人。ならば。
「全ては『流転』に乗せて立ち続けるのみ。拙者が武を示すために出来ることはそれだけでござる」
 天光は受けて立つ構えを見せる。
 ――そのやり取りの隙に。
「余裕の余所見かアホンダラ」
 類稀な動体視力を背景に死角を窺っていた幽霊男が銃剣の照準を合わせ、躊躇なくトリガーを引く。
 それはまたしても事前動作なども由来して見切られたが、しかし、冷や汗のひとつ掻かせることには成功した。
「見えとるなら無視するでない。つまらんじゃろうが若造め」
 眼差しを向けてきた飛鳥に語りかける。
「先に言っておくが僕にあれこれ説いたところで無駄じゃよ。大体相手を屈服させたいって思わない奴が、力なんぞ求めるか」
「負けることと屈することが同義であるならば、私もきっと当てはまるでしょう」
「その毒を蜜でまぶして喰わそうとする態度が気に入らない」
 幽霊男は包帯を出鱈目に巻いた顔を心底厭そうに歪ませた。
「綺麗事で目を眩ましたところで、殴られりゃ痛ぇし、斬られりゃ死ぬ。戦いってのは結局、命のやり取り。そんで武とやらはつまるところ、手際よく殺すための方法論よ」
「それがあなたの理なのですね」
 飛鳥の問いを唾棄する咎人。
「知らん。そんなものは僕自身。答えなぞ、死ぬまで解るか。結論出したきゃ掛かってこい。遠当てのひとつくらい持っていようし、近づいてくるならこっちにもやりようがあるぞ」
 不敵に笑いながら銃剣の刃物の部分を誇示する。
「いえ、あなたの卓越した技術は既に把握致しました。微塵の迷いもない一手でしたが、息の根を止めるというよりは、堅実に傷を付けるというのが狙いでしょうか」
「当たり前じゃ。ヌシなんかに興が乗るか。不満なら頭撃ち抜いてやるからじっとしてろ」
 そう言って幽霊男は舌を出した。
 飛鳥が向かわなかったのは、何もそれだけが理由ではない。
「いきます!」
 次なる攻撃を悠乃が仕掛けてきている。
「あなたは拳闘家、でしたか。ならばこちらも」
 飛鳥は徒手空拳に切り替える。悠乃は怯むことなく燃え盛る拳を掲げ――
「シヤッ!」
 が、その拳は空を切った。対応した飛鳥は悠乃が力の行き先を逸してバランスが崩れた刹那を見定め、回し蹴りを浴びせる。
 まともに喰らってもおかしくない打撃。されど悠乃はよろめいていた体勢を脇腹を捻りながら強引に立て直し、足を殴り返して軌道を変えた。
「拳法の部分は見させていただきました……飛鷹さんの弟子から!」
 誰よりも間近で、誰よりも多く。切れ味に大小差異こそあれど、形は紛れもなく同じ。
 思案して防御面で工夫を凝らすのは、悠乃が最も得意とする領分だ。
「この手合わせより先に、前の一戦で学んでいるんです!」
 再度篭手を嵌めた右手に火炎を纏わせ、一気呵成に攻め立てる。様式は全身全霊の力を込めて殴り続けるだけ。これこそが最適解――相手がそれを求めているのだから。
「成程」
 火の粉を振り払いながら飛鳥が頷く。
「そのひたむきな武は、向上心によって支えられているのですね」
「向上心なら負けてないわ」
 ふっと駆け寄る数多。その手には抜き身の愛刀。
「私は強くなりたい。もっともっと強くなりたいのよっ!」
 体内に宿る焔を極限まで滾らせた数多が披露したのは、F.i.V.E.所属の剣士の嗜みともいえる体術『飛燕』。二重の剣閃が風を切って空間に刻み込まれる――すなわち、空振り。
「あなたのその型、見極められれば楽なんだけど……!」
 隙を衝いて斬り込んだつもりが、届かない。恐らく未知の体術が基なのだろうが――
「相手をよく見ることも修行なり。師匠の教えが今なら何となく分かる気がするわ。さあ、飛鳥さん、もっと技を見せて! 全部全部学ぶから!」
 相手から逆に剣術を受けることとなっても数多は倒れない。
 火行の力を引き出し、精度を重視した方針に切り替える。
「だって今よりずっと強くなりたいもの。にーさまを守ることができるように。妖なんかに、家族が奪われることがないように!」
 数多は強固な意志を声高に叫ぶ。
「あなたもまた、誰か守るために刀を取ったのですね」
 苛烈な戦い方からは、攻撃こそが最大の防御という理念が伝わってくる。
 他方、同じく刀を得物とする凛は多角的に攻める。
「喰らいや!」
 初手こそ踏み込んでの斬撃だったが、次に繰り出したのは悠乃に追随しての速度を乗せた突き技である。慣性を利用して飛鳥は投げ飛ばすが、凛はくるりと身を翻して着地。
「っと! 凄い体の使い方やなぁ、驚いたわ」
「あなたが噂に名高い焔陰流の後継者ですか。若くしてこれほどの練達とは」
「おおきに! といっても、まだまだやけどな」
 再度斬りかかる凛だったが、身のこなしに長けた飛鳥を捉えるのは困難を極めた。白刃は空を切り、乾いた木刀がばしんと小手を打つ。顔を顰める凛だったが、歯を食いしばって耐えると左手で木刀を無理矢理掴んで動きを止める。そして刀を握った右手で対抗。肉を切らせて骨を断つを地で行く、執念に満ちた捨て身の反撃だ。
 手甲に阻まれ直撃こそしなかったが、動揺を誘うには十分だった。
「うちの流派やないけど、勝つためなら何でもやるで! 諦めるのは大嫌いやからな!」
 にっと歯を見せる凛。飛鳥は感心の表情を浮かべる。
「この柔軟性が、あなたの武器なのでしょうね」
 攻撃の手は途切れない。避けられるなら手数とばかりに覚者は畳み掛ける。
「継続性。これ大事ね」
 凝縮した瘴気を銃弾の如く発射する逝の集中力は存分に高まっていた。
「どうやら噛み付けないみたいだし、悪いが涎くらいは浴びとくれ」
「その刀、飢餓に喘いでいるように思えますが」
 逝が手にしている妖刀は依然として夥しい量の瘴気を零し続けているが、未だ満たされる気配がない。逝自身も手を焼いているのか、メット越しにこめかみを掻く。
「そりゃあ出来ることなら喰わしてやりたいよ。っても無理するのは本末転倒さね。技術と知恵振り絞って何とかしてみせるさ」
 次なる瘴気弾を練成する逝。力任せな戦いぶりとは裏腹な戦略性の高さに飛鳥は感服する。立ち位置を頻繁に入れ替えているのも思考の末であろう。
 逝が攻撃を続ける隙に、溜めに溜めた数多の連撃が放たれた。クリーンヒットではないが、激しさが起因して型に綻びが生まれる。
「今なら……」
 好機を得た冬佳が横薙ぎに刀を払う。再三集中を重ねた、現状考えつく最大の一撃。
 明瞭な手応えはない――だが。
 飛鳥の胴衣にはうっすらと紅が滲んでいる。
「……届いた!」
 束の間。
 冬佳を含む前衛の覚者達が一斉に弾き飛ばされる。いよいよ牙を剥いたか、と幽霊男は警戒心を強めるが。
「お見事」
 当の拳聖はパンと手を打ち。
「その資質、確かなり」
 と満足げに言った。

●鳳翼は開く
 戦闘を終え、数多が観衆を含めた全員に持参のおにぎりを振舞っている頃。
「皆様の武、賞賛に足るものでした」
 天光が仲間に治療を施している最中に飛鳥が語った。
「この目と体に焼きつけられた以上、我々が京都に滞在する理由がなくなってしまいましたね」
「また旅に出るんやろ? 時間あったら家の道場寄ったって。爺ちゃん喜ぶわ」
 実家の場所を教える凛に対し、飛鳥は深々と頭を下げる。それから。
「発つ鳥、跡を濁さずとは言いますが――しかし」
 急に眼光を鋭くした。
「残しておくべき言伝があります。去り際に、またお会いできますでしょうか」
 それはひどく重要な一件のように覚者達には聞こえた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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