温泉で傷を癒して温もろう
温泉で傷を癒して温もろう


●古妖達
 古妖狩人との戦いが終わり、傷ついた古妖達はFiVE内で治療を受けて、傷が治った者からそれぞれの故郷に帰っていく。
 だが、中には人間の医学では治せない傷もあり、そういった古妖は専門の治療所に運ばれることになった。
 これは優劣の問題ではない。外科が内科に劣るということではないように、古妖には古妖なりの怪我の治療があるだけにすぎない。人里離れたきれいな空気の山の中で寝かせたり、温泉につかったり。ともあれそういった治療が必要な古妖はそちらに運ばれる。
 で、それはどこかというと――

●FiVE
「ああ、こないだ行ったすねこすりの山じゃよ」
『気炎万丈』榊原・源蔵(nCL2000050)は覚者の質問に答える。
 半年ほど前に捕獲したすねこすり。それを解放した山の宿。そこに深く傷ついた古妖を収容したという。
「座敷童の幸福を与える力と、豆狸の献身。あと鎌鼬長女の薬を使って治療しておるようじゃ。空気があうのか、快癒に向かっておるようじゃよ」
 重傷になった者は時間がかかるだろうが、それでも治療は好調のようだ。
「どうじゃ? 一度行ってみんか? 小旅行と思えばよかろう。
 古妖に用がなくとも、温泉や宴会が待っておるぞ」
 源蔵の言葉に顔を見合わせる覚者達。年も明けて、一休みするのも悪くないだろう。
 その誘いに貴方は――



■シナリオ詳細
種別:イベント
難易度:楽
担当ST:どくどく
■成功条件
1.山の宿を楽しむ
2.なし
3.なし
 どくどくです。
 古妖狩人アフター。それとは関係なく、冬山の小旅行。

●場所情報
 岡山県にある山の中腹。近くの集落から離れ、宿のほかには自然しかない。そんな宿。
 古めかしい木造の宿は古妖が経営しています。いろいろあってFiVEのことは知っており、皆様の正体を隠す必要はありません。
 予定は一泊二日。昼到着で、次の日の昼に宿を出るスケジュールです。

 行動は主に四種類です。その他があれば【5】でお願いします。
 プレイングの頭か、EXプレイングに番号を付けてください。

【1】見舞い:古妖を見舞ったり、看護したりします。山に居るすねこすりと会いたい方もこちらで。
【2】宿でゆっくり:静かに宿で生気を養います。古妖がいることもあります。
【3】温泉でほっこり:巨大な混浴温泉で体を温めます。強制的に着ているものは水着になります(装備の必要はありません)。古妖がいることもあります。
【4】宴会:宴会場で飲み会します。メインは山の幸を中心とした天ぷらです。古妖がいることもあります。

 未成年(実年齢。現の因子で変化してもだめ)の飲酒喫煙や過剰な破壊行為等、常識に照らし合わせて不適切と判断した行為はマスタリング対象になりますのでご注意ください。

●NPC
 榊原・源蔵(nCL2000050)
 スケベな爺です。基本的に【4】でお酒飲んでます。でも呼ばれればどこにでも行きます。

 安土・八起(nCL2000134)
 古妖と縁深い少年です。【1】で古妖の看病をしています。ですが、呼ばれれば何処にでも行きます。

 羽澄
 古妖。座敷童。見た目は一五歳の和服を着た少女です。一人で数十名の客を切り盛りできる高い接客能力を有しています。
 どの選択肢を選んでも、接触することができます。

 豆狸(×30)
 古妖。化け狸。三十センチほどの小さな狸。羽澄のサポートをしています。食事を運んだり、掃除をしたり、医療器具などを運んだり。
 どの選択肢を選んでも、接触することができます。

 かまいたち三兄弟妹
 古妖。長男が転がし、次男が切り、長女が薬を塗る。そんなイタチの古妖です。
 【1】で長女の薬を使い、古妖達を癒しています。兄弟はその手伝いをしています。

 古妖【治療中】
 古妖狩人に捕まり、犠牲にあった古妖達です。怪我の具合は様々ですが、基本的に快癒に向かっています。
 依頼に出てきた特定の古妖と出会うことは、基本的に難しいと思ってください。数が多くて探しきれないです。メタなことを言うと、依頼を出したSTと交渉したり反応を聞いたりと大変なので。努力はしますが、基本的に採用される可能性は(どくどくの出した古妖であっても)非常に低いです。
 どの選択肢を選んでも、接触することができます。

●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】というタグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。

 皆様のプレイングをお待ちしています。
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
(0モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
50LP
参加人数
58/∞
公開日
2016年02月03日

■メイン参加者 58人■

『田中と書いてシャイニングと読む』
ゆかり・シャイニング(CL2001288)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)
『白い人』
由比 久永(CL2000540)
『見守り続ける者』
魂行 輪廻(CL2000534)
『雷麒麟』
天明 両慈(CL2000603)
『月下の白』
白枝 遥(CL2000500)
『獣の一矢』
鳴神 零(CL2000669)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『研究所職員』
紅崎・誡女(CL2000750)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『侵掠如火』
坂上 懐良(CL2000523)
『行く先知らず』
酒々井・千歳(CL2000407)
『突撃爆走ガール』
葛城 舞子(CL2001275)
『可愛いものが好き』
真庭 冬月(CL2000134)
『想い重ねて』
蘇我島 燐花(CL2000695)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『キャンディータイガー』
善哉 鼓虎(CL2000771)
『美少女』
水端 時雨(CL2000345)
『在る様は水の如し』
香月 凜音(CL2000495)
『天衣無縫』
神楽坂 椿花(CL2000059)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『Queue』
クー・ルルーヴ(CL2000403)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『Mr.ライトニング』
水部 稜(CL2001272)
『ママは小学六年生(仮)』
迷家・唯音(CL2001093)
『愛求独眼鬼/パンツハンター』
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)
『デブリフロウズ』
那須川・夏実(CL2000197)
『ハルモニアの幻想旗衛』
守衛野 鈴鳴(CL2000222)
『アグニフィスト』
陽渡・守夜(CL2000528)
『悪食娘「グラトニー」』
獅子神・玲(CL2001261)
『感情探究の道化師』
葛野 泰葉(CL2001242)

●到着
 一月も終わるころ、そろそろ暖かくなろうかという山の宿に、
「みらのが~~~~~おんせんに~~~~~~~く~~~~~~~る~~~~~~~」
 ミラノが元気よく手をあげて叫んだ。元気はいいが寒いもは寒い。早く温泉で暖まりたい。体の震えがそう訴えていた。
「皆様、ようこそ」
 女将の座敷童がFiVEの覚者を出迎える。バスから降りて荷物を下ろし始めた。
 冬の温泉宿。続く戦いの骨休めと、古妖の治療や交流。様々な目的を胸に秘め、覚者は山の空気を吸い込んだ。

●治療・壱
(他の方が命がけで守ったもの……見に行きましょうか)
 誡女は見舞い用の花や菓子折りを大量に用意し、宿の女将に渡す。それを自分で渡すことはなく、そのまま周囲の散策に出かけた。
 医学は学んだが、それでは古妖を救えない。彼らを救うのは技術ではない。環境なのだ。それはこの自然であり、癒そうとする優しい心。そして日常の温もり。
(穏やかな日々を安らかな日常を……これからの時間が優しいものでありますように)
 ここに自分の役割はない、とばかりに遠くから見守る誡女。

 古妖狩人に傷つけられた古妖達は、傷の度合いによって様々な治療が施された。故郷の空気によりいえる者もいれば、自然の中で治癒力を増す者もいる。酒や人肌で元気になる好色な古妖もいれば、温泉などで暖まることで傷を塞ぐ者もいる。
「人間には人間の癒し方、古妖には古妖の治し方があるんですね」
 頷きながら治療を手伝う千陽。千陽はかまいたち長女の指導の元、治療のサポートを行っていた。古妖によって治療法が異なるため難解だが、これはこれで勉強になる。
「我々人間が貴方たちを害したことには深くお詫びします」
「構わんよ。あんたらはあっしらを助けてくれた」
 恨みはあるが、それを人間社会にぶつけようとはしない。それがここで治療を受けるの総意だった。血気盛んな輩もいるが、それでも治療の恩義を忘れはしない。
「ところで聞きたいのですが、貴方達の中にサトリはいませんか?」
 ふと思い立って訪ねる千陽。その問いに油すましが顎を擦りながら答える
「ああ……確か故郷の村から二つ超えた山中に――」
「……これでも、だいぶ回復してるのよね」
 ありすも古妖の治療を手伝っていた。元々古妖と一緒に過ごしていたこともあり、ありすは心情的に古妖よりである。最もそれを顔に出すことはない。冷えた古妖を温めるために火の源素を使い、適度に温めていた。
(……それにしても、酷い)
 ありすが治療を行い感じたことは、その一言に尽きた。明らかな悪意を感じる傷つけ方。感情的、衝動的なものではなく、傷を入れた後に何かをすることが目的な冷たい悪意。この傷口はそういうものだ。
(でも、そういう人間ばかりじゃない。古妖達を守るために、アタシ達が頑張らないといけないのよね)
 それが自分の使命。ありすはそれを胸に刻み込む。
「私も古妖さんたちの傷を癒すお手伝いがしたいんです」
 かまいたち長女の治療薬を見て、ほのかは手伝いを申し出る。若干間延びした口調のほのかは、しかしはっきりとした意志で治療をかって出た。古妖の役に立ちたい。その一心でここまでやってきたのだ。
「古妖さん~、かゆいところ……じゃなかった、痛い所はございませんか~?」
 治療薬を分けてもらい、傷ついている古妖に近づいていくほのか。優しくゆっくりと、なによりも心を込めて傷口に薬を塗る。古妖が痛みを感じれば、優しく撫でてから再開して。
「背中とかご自分ではぬりにくい所に、きちんとぬりぬりしますよ~」
「持ってきたお菓子で良かったら食べてや!」
 買ってきたお菓子を古妖達に差し出す鼓虎。ジャージにスカートなのは動きやすさを重視してなのか。動くたびにジャージについている缶バッチが揺れる。癒しの術は持っていないけど。古妖を癒す手段は術だけではない。お菓子を食べながら、話に興じる。
「ほんまええ迷惑やで。またこんなことがあったら、今度はうちもいてこましにいかな気がすまんわ!」
「いいぞねーちゃん!」
「俺達もまぜろー!」
 元気のいい鼓虎の言葉に同意する古妖達。もちろんそんなことがないのが一番なのだが、そういうことがあれば鼓虎ば突撃するだろう。そう確信させる声だった。
「僕にできることなにかある?」
 可愛いものが好きな冬月だが、今日はすねこすりは我慢して、古妖の治療を行うことにした。治療のことは全く分からないので、物を運んだりするのが主な仕事になった。幸いにして仕事で慣れている。
「みんなはやく元気になるといいね」
 優しい言葉と笑顔。例え傷が痛くとも、それだけで元気になることもある。冬月はそうやって古妖達を癒していた。絡新婦とか男性を頂きたい古妖もいるわけで。そうでなくとも献身的に働く冬月は、確かに治療に貢献していた。そして、
(小さくてかわいい古妖がたくさんで、最高の宿だなぁ)
 そんな理由で冬月も癒されていた。
「あの……お父さんとお母さん……『夜叉』と『鬼子母神』の古妖は居ませんか? 名前は前鬼、後鬼って言うの……」
 鈴鹿は自分を育ててくれた二人の古妖を探していた。両親と共に古妖狩人に捕らわれ、そこで別れた父と母。その後、FiVEに助けられた鈴鹿は、父と母を見つけるためにFiVEに協力することを選ぶ。
 ――鈴鹿は知らない。既に父と母はこの世にいないことを。それでもいると信じて探し続ける。
「うう……ここにも居ないの……? どこなの……お父さん、お母さん……」
「そうか……お嬢ちゃんも大事な人を探しているのか」
「いつかは見つかるさ」
「うん、私頑張る。だから古妖の皆のお手伝いも……するの」
 慰められて古妖の治療を始める鈴鹿。彼女が真実を知る日は来るのだろうか。

●宿舎
 古妖と人が止まる宿。その一室。
「ぷはー! やっぱ炭酸は身と虫歯に染みるー! 虫歯ないけどね」
 炭酸ジュースをコップに注ぎ、一気に飲み干す聖。その傍には静護がいた。元気に騒ぐ聖と、呆れるように制する静護。奇妙な腐れ縁と言える二人の関係は、この宿に至っても同じように続いていた。
「……やっぱ納得いかない」
 二人の話題は先の古妖狩人襲撃の戦いになり、聖は机をたたいて不満を告げる。
「なんで! あのかっこいい戦車が! ファイブで回収しなかったの!」
 古妖狩人が操る多脚戦車。それを奪おうとした聖だが、最終的に戦車は鹵獲後、古妖狩人の犯罪行為立証の為にAAAに引き渡した形になったのだ。聖はそれを不満がっていた。
「アレパクったら絶対いい戦力なるはずなのにっ!」
 叫ぶ聖にため息をつく静護。今日は愚痴を聞く日か、といろいろ諦めたとか。
「どうして布団一つで枕二つなの!? だからセーゴと、そんな仲じゃないって!」
 じったんばったんと暴れる聖。もういい、とばかりにフテ寝することに決める。
 疲れていたのか、眠気はすぐに襲ってきた。

 ちらほらと雪降る庭を椅子に座って見ている椿。そこに亮平が通りかかる。
「怪我はもう大丈夫?」
「大丈夫だよ」
 そうよかった、と柔らかくほほ笑む椿。何とはなしに亮平は椿の隣に腰掛けた。そのまま二人、雪の降る庭を見ていた。
「彼、行っちゃったわね……」
 突然、椿がそんなことを口にする。否、突然にしか言えない内容だ。彼、が誰を指しているのか亮平は察し、なんと言葉を告げればいいのか迷う。だが、
「阿久津さん、私ね、愚かなのかも。でも、信じたいの」
 静かに。いつもと変わらぬ椿の、誰かを守りたいと願い少女の静かで確かな声。
「友達を心配したり、みんなと楽しそうに話していた時の彼を。
 間違っているのかもしれない。皆に迷惑を掛けるのかもしれない。それでも私は本当を知りたい」
 だから信じたい。だから進みたい。その想いが椿の中に確かにあった。
「確かに彼に関しては未だに不透明な部分が多くて、不安になったり迷いが出るのは無理もないと思う」
 亮平もまた、静かに答える。迷うことはない。椿は答えを出しているのだ。ならば言うべきことはただ一つ。彼女がそうしたように、亮平も自分の思いを話す。
「だけど、彼の本当を知りたいと願い、目を背けず立ち向かおうとする君の事を俺は愚かだと思わない。
 俺も彼の本当を知りたいし。また彼と会えるように頑張ろう」
 互いが互いの背中を押す。決意はすでに固まっていた。

 秋人はひらひらと降る雪を見て、羽織を着て外に散策に出た。雪化粧に染まる山もいいものだと思っていた所に、祝の姿を見かける。
「もし良かったら、少しこの辺りを散策しませんか?」
「散歩? もちろんいいですよ……」
 ぼーっと山を見ていた祝は秋人の誘いに頷く。極度のめんどくさがりの祝は、特にするとともなく景色を見ていた。差し出された秋人の手を握り、宿の庭を歩く。特に特徴のない庭だが、だからこそ価値がある。
 しんしんと降る雪に冷えてくる二人の体。秋人は祝が寒くないように、来ている羽織をかけた。
「少し寒くなって来ましたね……。折角ですから温泉にでも浸かって温まりましょうか」
「……温泉?」
 秋人の誘いに戸惑う祝。温泉があることは聞いている。それが混浴であることも。その為に水着は持ってきているが、あまり着ていないし正直自身がない。しばしの沈黙ののちに、意を決したように祝は頷いた。
「入りますよ、温泉」
「よかった。では行きましょうか」
 永倉さんの水着姿か……。想像を膨らませる秋人。祝もまた、秋人の水着姿を想像して顔を赤らめていた。

●すねこすり
 そして山の中、すねこすりに会いに来た覚者もいる。
「すねこすりさん、実はまだ本物を見たことがないんです。仲良くなれるといいな……」
 ラーラは古妖達を見舞った後に、すねこすりが住む山道を散歩していた。かつて近畿圏内で大量発生し、大ごとになる前にFiVEが捕まえた古妖。ラーラはまだ見たことがなかった。この機会に出会いたいと手作りの焼き菓子をバスケットに入れて道を歩く。
 捜索はそう時間がかからなかった。人の気配を察し、木々の影からすねこすりが顔を出したのだ。それも沢山。
「こんなにいっぱいいるんですね! 持ってきたお菓子で足りるでしょうか?」
 お菓子を差し出すと、すねこすりたちはやってきてカリカリと齧りだす。その様子に満足げなラーラ。だが数分後、自分の食べる分まで食べられて、嬉しいやら悲しいやら。
「凜音ちゃん! スネコスリーっ!」
 すねこすりをを見つけた椿花は、大きくジャンプしてすねこすりを捕まえようとする。
「おい、気を付け……あー……」
 付添っていた凜音は止める間もなくジャンプして、地面にすっころぶ椿花を見て額に手を当てた。今、別にすねこすり足すっことろばしてないよね。
「大丈夫……な訳ないか。立てるか?」
「……い、痛くなんて……無いんだぞ……」
 心配して手を指し伸ばす凜音。椿花は額を押さえながら、痛みをこらえて顔を起こす。だが我慢しようが意地を張ろうが、痛いもの敗退。そしてそれは凜音にもよく分かった。土を払い、癒しの術で痛みを和らげる。涙目になって凜音を見上げる椿花。
「もうどこも痛くないか? ……じゃあこっちに来て、ちょっと待ってろ」
「此処に座ってれば良いの……?」
 凜音に引かれるままに椿花は木の下に座る。手のひらを上に向けて待っていると、ぽすんとすねこすりが落ちてきた。
「掌にスネコスリ! スネコスリが来てくれたー!」
「人懐こいやつが来てくれたか。よかったな」
 満面の笑みを浮かべる椿花。それを見る凜音。さっきまで泣いていたのが嘘のようにいい笑顔になっていた。華が開いたような微笑。すねこすりを撫でている椿花を見ながら、凜音は静かに思っていた。
(このお子様が育ったところが想像できない……何ていったら怒るだろうな)

●温泉・壱
「ふー、暖かい温泉最高。寒いのは本気で勘弁」
 守夜は体をきれいに洗い、温泉に漬かっていた。火行の精霊顕現なのが関係しているのか、寒いのは苦手のようだ。温泉で体を温め、のんびりと冬の空を見上げる。そのまま視界を下げて、一緒に温泉に入っている面々を見て感嘆の声をあげた。
「しかし、この光景はすごいな」
 宿の温泉は依然来た時よりも盛況だった。その半分以上が古妖で、人間はFiVEのみなのだが。
「お背中流しますよー」
 口に手を当てて、古妖の入浴補助を行う笹雪。医学知識はないが古妖の為に何かしたい、と思い至った笹雪が思いついたのが入浴補助である。怪我をしている部分を濡らさないようにしたり、移動しずらい古妖の異動を手伝ったり。
「裸の付き合いっていうのは、人と古妖の間でも成り立つのかな?」
「さてな。だが悪くはない交流と思うぞ」
 笹雪の言葉にタテクリカエシが答える。そんなかんじで古妖と交流をしながら、笹雪は古妖の入浴を手伝っていた。
(あー……なんか、すごく幸せ。こんな交流が当たり前の世界に生まれたかった)
「私も手伝います」
 と、同じく入浴補助をかって出たのは里桜。両親にはFiVEのことは告げていないため、友達と一泊旅行してくると言っての旅行参加だ。古妖を治療する宿に向かうと聞いて参加したのだ。その役に立たなくては。
(私ののんびりするのは好きですけど、今は古妖の治療を……)
 つるべ落としを連れて温泉に移動したり、限界まで湯に漬かってのぼせた河童を引き上げたり。治療に携わることはできないけど、こういうことなら自分にもできる。それが里桜の自信につながっていく。
 里桜は古妖狩人を知らない。だが話は聞いている。古妖を捕らえ、実験に使った悪意の組織。もう二度と、彼らのような思いを持つ人間が現れないといいのだが。
「わーいっ温泉だー!」
「今日はゆっくり温まっていきましょうね」
 唯音と鈴鳴が湯船につかる。唯音はばしゃばしゃと湯船の中で泳ぎ始めた。
「見て見て鈴鳴ちゃん。ゆいね泳ぎ得意なんだよー。去年は50メートル泳げるようになったの!」
「凄いですね、私あんまり泳げないから尊敬しちゃいます。でも、他の人にぶつかると危ないから、ここで泳ぐのは控えましょうね」
 泳ぐ唯音を、頭を撫でて嗜める鈴鳴。その言葉に忘れてたとばかりにしゅんとなる唯音。
「そうだ、潜水勝負だったら受けて立ちましょうっ。どっちが長くお湯の中に潜っていられるか」
「わかったっ! それじゃ!」
 唯音と鈴鳴は、いちにのさんっ、でお湯に潜る。十秒……二十秒……まだまだ潜れそうだと鈴鳴が唯音の方を見ると、唯音は自分の顔を引っ張って変顔を作っていた。たまらず噴き出す鈴鳴。
「あははっ、もう、唯音ちゃんズルいですよー!」
「ぷはーっ! 唯音の勝ちー!」
 負けても悔しくない。むしろこうして二人で一緒に居るのが楽しい。そんな二人の少女達。
「温泉だよ温泉! 湯けむり温泉殺人事件! みたいなっ」
「せやなぁ、温泉……ってなんで急にサスペンスなん!? 冬の温泉でなんでそんな物騒な話になるんや」
 ことこと時雨が温泉で漫才をしていた。もとい、談話していた。仲のいい二人だが、お風呂では距離を取ってしまう。そんな当たり前の同級生同士。
 最も距離を取りたいのは時雨の方で。
「……? どしたの? 何で微妙に離れてるの。やだなー」
 ことこは言いながら近づいていく。
「いやほら、あんまりひっついとるんもおかしいやん? お風呂やし」
「この人まだ他人行儀だよ。仕方ないなぁ。ことこちゃんのこと邪険にしすぎると、悪戯しちゃうぞっ」
 しちゃうぞ、の段階でことこは時雨の水着の肩ひもを外そうと指を伸ばし――
「ちょ、やめんかああああああ!」
 その前に時雨のカウンターが入った。石が水面を跳ねるように、時雨の手が温泉の湯船の上を走る。手のひらを広げ、僅かに指を曲げる。肩と腰の動きで放つアッパー。跳ね上げるような一撃が、ことこの顎を穿つ。
「ほ……星が見える……すたあ」
「反射とはいえ綺麗に決まったな……掌底アッパー……」
 倒れることこ。悪いことしたなあぁ、と謝罪する時雨であった。
「あ、坂上さんだ! 何難しい顔してるんですか?」
「うむ。兵法者として思いにふけっていたのだ」
 奏空は湯船につかり難しい顔をしている懐良に話しかける。最近日本刀を扱うようになった奏空は、懐良の太刀筋を見て憧れを抱いていた。兵法、という言葉に真剣になる奏空。
「兵法、ですか」
「かの五輪の書には、観見という二つの目付が書かれている。常日々これ精進なり」
 観見二眼。宮本武蔵の言葉で、ものすごく簡単に言うと『視野は大きく取って、目で見るだけではなく心の目でも見るべし』という事である。懐良はそれに従い、この大自然を見つめて――
「というわけで! 修行のため、この温泉にいっぱいあるおっぱいを観見しよう!」
 そんなことはなかった。
「例えば、巨乳と一括りに言っても、それぞれ個性がある。重力に従うもの、抗うもの、楕円のもの、丸いもの……。同じように、貧乳にも個性がある。上向き、下向き、なだらかか、なめらかか。
 個性に甲乙はない」
(お、おっぱいって大きい小さいだけじゃなかったんだ!?)
 懐良の弁舌に圧倒される。中学一年生には抗いがたい引力があった。
「奏空はどのおっぱい好みだ?」
「お、俺ですか……!?え!? あ、あの……!?」
 しどろもどろになって周りを見る奏空。確かにおっぱいがいっぱいだった
「さって、久しぶりの温泉だね!」
「温泉で酒か、それは風情と言うものかもしれんが……酔って溺れるのではないぞ?」
 湯船に盆を浮かべ、その上で酒を飲む零と両慈。水着姿の零が露天に日本酒をもってきて、一杯やりだした所に両慈がやってきたのだ。
「てんめークン、やっぱ温泉は最高だねっ。ちょっと顔が寒いくらいの冬のほうが、風情があってイイヨイイヨ」
「確かに。四季折々の中、温泉が合うのはやはり冬だ」
 酒を飲みながら零が両慈に絡んでいく。両慈はお猪口が開けば酒を注ぎ、零の飲むスピードはどんどん速まっていく。
「はふ、ちょっとのぼせてしまったかな」
 酔いが回ってふらつく零。そろそろ上がろうかと立ち上がるが、足元がふらついてしまう。慌てて近寄る両慈。
「おい、本当に大丈夫か……って危ないぞ」
「げふー、お? 地震か! 世界が揺れてるー!」
「鳴神が揺れているだけだ。って危ないっ!」
 倒れる零を何とか抱える両慈。その感触は普段扱う刀とは違い、どこか柔らかく暖かい感覚で……。
「あっ……い、いや違う! わざとでは無いぞ……!? とにかく鳴神を介抱しなくては……!」
「そういえば空きっ腹だったなあ。あとは任せたー!」
 両慈に抱えられ、眠りにつく零。その顔は酒が入っている為か、どこか安堵に満ちた顔だった。

「今、裸の女の子を抱えて走ってた人が石鹸で滑って女性型古妖の胸に飛び込んだと思ったら吹き飛ばされて女子の脱衣室にダイブしていきマシタネ! 愛しの両慈にどこか似ていたヨウナ……?」
「もう、そんなわけないでしょう。それよりも温泉を楽しみましょう」
 リーネと輪廻が温泉に縁に腰掛け、足を温めながら遠くで起きている騒動を見ていた。
「おや、リーネ君にこの前共闘した輪廻さんじゃないか。どうだい一緒に入らないかい?」
 そんな二人に話しかけるのは泰葉だ。今日は妹分を連れて温泉にやってきていた。
「玲。温泉まんじゅうはこういう所で食べるものではないと思うの」
「何を言ってるのかわかりませんね? むしろここでまんじゅうを食わないで何を食べるんです?」
 その妹分である沙織と玲。温泉まんじゅうを一心不乱に食べている玲を、沙織が注意していた。諦めたようにため息をつく沙織。
 それにしても、と輪廻が沙織を見る。
「まさかこの場に私より胸の大きい子が居るなんてねぇん。ちょっと悔しいわねぇ。でも実用性はどうなのかしらぁ~?」
「ちょ、誰ですか!? いきなり胸を揉んで! えっ? 泰葉さんの知り合い!? や、やめてください……」
 輪廻に胸を揉まれて、身をよじって逃れようとする沙織。だが傍目には体をくねらせている様にしか見えない。
「うむ、これもまた平和の証。いい感情が見れたよ」
 そんな様子をにやにやしながら見る泰葉。輪廻も害意があるわけでは無いし、沙織もいい経験だ。そんなことを思いながら頷いていた。
「泰葉……だったわね。君で呼んだ方が良いかしらん? それともちゃん? あなたとしてはどちらが都合が良いかしらねん」
「さてね。名前は呼ぶ側に意味がある。思うように呼んでくれたまえ」
 男とも女とも判断のつかないユニセックス用の水着を着ている泰葉。探りを入れるような輪廻の問いに、笑みを浮かべてはぐらかす泰葉。その間も輪廻の手は沙織を責め続けているわけで。
「こんな、衆人環視の前、で……っ……こんな、ぁ、破廉恥な事……んんっ!」
 そんな様子を我関せずというか、食べることの方が重要とばかりに見ている玲。その視線は、リーネが持っている温泉卵に向けられていた。
「……平和ですね。ところであなた……その手に持ってるのは何ですか」
「コレ? 温泉卵デース! 一つどうデス?」
「美味しいです! こんな美味しい物をくれるなんて……いい人ですね、リーネさん!」
 餌付け完了である。
「オウ! じゃあ今から追加で作りまショウ。これを湯船に沈めて……さぁマズハ身体を洗ワネバ! 玲ちゃん、頭とお背中を御流しシマスヨー」
「卵食べないんですか?」
「体を洗ってる間に出来マース! 綺麗に洗って、後で一緒に温泉卵を食べマショウー」
「はい! おいしいもの沢山食べます!」
 目を輝かせてリーネと一緒に体を洗う玲。
「いやはや。本当に今日は来てよかった」
「私は穴掘って埋まりたいです……」
 リーネと玲を見ながら、新たな絆に喜ぶ泰葉。その隣で輪廻の責めから解放された沙織がさめざめと泣いていた。

●治療・弐
 日が落ちても、古妖達を治療する覚者は休むことはない。
「湯治も良いけど、湯から上がった後のショチも大事よ!」
 お湯から上がった古妖達を夏実が出迎える。清潔なタオルを大量に用意し、医療器具をまとめた救急箱を抱えていた。
「キズグチが残ってるなら治療し直さなくちゃだし、打ち身や骨折のタグイだって湿布を貼りなおすなりテーピングや固定しなくちゃ。
 それから、折角あたためたカラダを冷やすのはゼッタイ駄目!」
 喋りながらタオルで体を拭いたり、服を用意したりと大忙しの夏実。そんな彼女に押されてか、古妖達もされるがままにされている。(古妖から見て)小さい夏実が世話を焼いてくれる様子を好ましく思ったのだろうか。
「お見舞いの果物と御飯! しんどいならワタシが食べさせたげるからアーンなさい! ホラ!」
「食べ物は不自由してなさそう、だよね……」
 遥は宿の様子や治療を行う覚者の動きを見て、そう判断する。白い髪の毛に白い羽。穏やかな月光を思わせるのはその柔和な笑み故か。
(何か見舞い品を持っていければなぁ……そうだ)
 窓の外をみて、遥は豆狸にお盆を借りる。降っている雪をかき集め。笹の葉と赤いボタンを用意した。雪を固めて、笹の葉を耳に。赤いボタンを目にする。手のひらサイズの雪兎だ。
 見た目が幼い古妖に近づき、雪兎を顔の位置にもっていく。
「やあ! 僕、雪兎だよ。少ししたら僕は溶けちゃうけど、君と友達になりたいんだ!」
「わあああ。おともだちー」
 喜ぶ古妖。それを見て恥ずかしくなって照れ笑いする遥。
「こ……こんばんわ……。初めまして……」
 古妖におずおずと挨拶をする静。この態度は古妖を恐れているというのではなく、静自身が人見知りというだけである。出征の関係上、静は人間よりは古妖の方になじみがあるため、古妖相手だと見知らぬ親戚程度の距離感になっていた。
「古妖さんは……ここにいる人間達のこと、どのように思ってらっしゃるのですか?」
「そりゃあ、俺達を助けてくれた友達だよ。傷が癒えたら恩を返さないとなぁ」
「無理なさらないでくださいね。しずにも何か手伝えることがあれば言ってください」
 まだ覚者としてもかけだしだが、それでも彼らの為に何かをしたいという気持ちは負けるつもりはない。
「薬草はこれでよろしいですか?」
「はい。それをすり鉢で潰してください」
 つばめが持ってきた薬草を見て、かまいたち長女が頷く。つばめはかまいたちの持っている薬を見て、同じものが作れないかと思いその成分を聞いた。長女は快く使う薬草や、それが生えている場所などを教え、つばめは今までそれを採取しに行っていたのだ。
(結構危険な場所に生えてましたので、多くは採れませんでしたが)
 崖の中腹とかそういった人が取りに行きにくい場所に生えていることが多かったが、つばめは持ち前の行動力で恐れることなく採取しに行く。その為に自分の力を出し惜しみすることはない。
「さあ、次は何をすればよろしいのですか?」
「わたしも、てつだう」
 日那乃もかまいたち長女の薬を作るのを手伝っていた。最初は水の源素による癒しを施していたが、かまいたちの薬に興味を持ちその作製を手伝う。
「できること、やる。重傷のひとから、なるべくたくさん治す」
 惨事であってもどこか他人事のように喋る日那乃だが、その行動が決して冷血漢でないことを示していた。
「古妖さんたち、人間がひどいことして、ごめんなさい」

●温泉・弐
「珍しくやる気を見せたと思えば温泉ですか……」
「そう、温泉だ。日頃の勤労への感謝を形にするのも主の務めだろう?」
「ま、いいですけどね。お供しましょう」
 あきれ顔の加奈と、その主である成明が露天風呂に向かう。幼馴染だったり主従だったりと一言では言い表せない二人だが、傍目には主従関係が表に出ている。
「別に最近やたらと寒いから温まりたいと思ったからじゃあないぞ……?」
「ええ、理解しています。混浴なんですね」
「うむ。混浴だ」
 言って頷く成明。案内にも書いてあったため、加奈もそこは理解している。従者は言いたいことをすべて飲み込む。
「お背中流しましょう」
 加奈は成明の背中を洗い、お湯で泡を流す。最近はともかく、小さい頃は一緒に入った事もある。二人とも平気な顔である。……あくまで見た目上は。
(……これぐらい、平気ですよ)
(水着姿とはいえ昔に比べて随分と大人びてきたな……)
 心中様々なことを思いながら二人並んで湯を浴び、肩を並べて湯に入る。冬の夜空を見上げながら、加奈は成明に言う。
「また来ましょう。今度は混浴以外で」
「わかったわかった、今度は混浴以外でな……」
 水着は夏までお預けか。心の中で成明はため息をついた。
「水着で温泉って、凄く熱い温水プールに入ってるみたいで何か違和感があるよね。……って、燐ちゃんは水着じゃないんだったね」
「ええ、湯浴みをお借りしました」
 恭司と燐花が湯に漬かり、会話をしていた。水姿の恭司と、湯浴みを着た燐花。
「水着の方がよかったですか? 前の学校で指定されていた水着しかありませんが」
「んー……まぁ、それも脱げにくいとは思うけど、水着の方が安心感は高いかな?」
 三十九歳男性、恭司。十四才の服が脱げる確率の低さに、安心感を覚えるお年頃である。さて二人の関係はどのようなものかというと、
「しっかりした作りですから大丈夫ですよ。大体、一度お家のお風呂場で遭遇したじゃないですか今更何を」
「いやまぁうん、その、あれだよね! ほら、あれだ、大丈夫なら安心だね!」
 お風呂でドッキリな関係のようである。
(……? 事実を述べただけなのに、どうしてこんなに慌てていらっしゃるのでしょう?)
 心の中で首をひねる燐花。そのまま二人で湯に入る。
「広いお風呂で温まりながらお話するのもいいものですね」
「広くて開放感もあるし、ゆっくり浸かって話をしていれば肌もすべすべに……」
「お肌……」
 恭司の言葉に、お湯を滑らせる肌を気にする燐花。そういうことも気にした方がいいのだろうか。いろいろ思い悩むお年頃である。
「組織が活動するようになって、古妖とも色々な形で交流を取れるようになって来ているね」
「今の時代、人と古妖は長らく生活圏をずらすか溶け込むかしてきた。彼らは彼らでうまく暮らしてきたという事なのですね」
 人と古妖が共存する宿。それを見た千歳と冬佳の感想である。二人並んで湯船につかり、人と古妖の入り混じる露天風呂を見ていた。それは平和な光景と言えよう。
「いやあ、良い湯だね。こういう時、景色を楽しみながら酒でも飲めれば最高だって先生なら言うんだろうけど」
 千歳は温泉の温もりに体を預けながら、そんなことを言う。現段階で千歳も冬佳も一七歳。二人とも、飲酒にはまだ早い。
「……先生……酒々井君のですか。良い湯ですけど、確かにお酒はまだ早いですね」
「お酒を飲めるまで、あと三年か……長いようで、短いのかも知れないけど」
 冬佳の言葉に夜空を見上げて思案する千歳。三年。十七年という自分が生きた歳月からすれば、約六分の一ほどだ。それを長いと取るか短いと取るかは個人次第だろう。
 三年後、果たして自分はどうなっているのか。FiVEはどうなっているのか。日本はどうなっているのか。そんなことをふと思案する。
「何時か、飲めるようになったら冬佳さんにお酌をお願いしようかな」
「ええ、私で良ければお付き合いします。だから――あんな事はもう二度と。数多さんも私も、皆悲しみます」
 千歳の頼みに頷く冬佳。そして真摯な声で約束を乞う。自分たちがどうなっているかはわからない未来で、こうして平和な時を過ごせるように。

「似合ってるでしょうか……」
 たまきは着ているヒヨコさん色の水着を見ながら恥ずかしそうに言う。体を回転させるたびに胸元とビキニパンツについた白い大きなフリルが揺れる。まだ幼いと言えるたまきの体を、可愛くコーディネイトしていた。
「お揃いの水着は胸元フリルで可愛すぎない、かな?」
 紡の水着はミモザ色のビキニにベリーショートパンツ。空色のロングパーカーを羽織っている。単色でそろえた水着は紡の金髪と色合いがよく、青色の羽を一層映えさせる。スレンダーともいえる体と緩やかな笑みが、か細さと保護欲を沸き立たせる。
「うん……二人とも、似合ってて……可愛い……」
 二人の水着を見立てたミュエルは、おそろいとばかりに胸元フリルの水着を着ていた。体型を誤魔化す為にスカートを合わせている辺りは乙女心か。可愛い系の服や雑貨をいつも見ているだけあって、そのセンスは秀逸。
 たまき、紡、ミュエルの仲良し三人組【ちょこれいとーく】は、そろって温泉につかっていた。話題は温泉の話から最近の学校事情に移り、そして乙女達の一大イベントバレンタインデーに移っていく。
「二人は……誰かに、チョコあげたり、するのかな……?」
 ミュエルはムジナをもふもふしながら、そんなことを問いかける。たまきは少し悩むように、紡は視線を逸らすようにして思案する。
「ミュエルさんには想い人さんがいらっしゃるのは知っているのですが、紡さんはあの方にお渡しするのかなぁ……」
 ビニールボールの上に豆狸を乗せ、そのボールに捕まりながらたまきは言う。自分はどうしようかな、と考えながら。
「え、あー……はい。作るのも、あげるのも、頑張ります……」
 顔を赤らめながら紡が答える。温泉の縁に腰掛けて足でお湯をバシャバシャさせながら、熱を冷ますように手で風を扇ぐ。
「アタシは……バレンタインをきっかけに、もうちょっと……距離縮められたら……」
 若干照れが入りながらも、たどたどしい口調だがはっきりと行動を告げるミュエル。引っ込み思案な性格が変わったのは、FiVEで得た交流の結果か。
 聖戦を前に、仲良し三人組のトークは盛り上がる。

「クー先輩と水端先輩と一緒に温泉!」
「えっ、私同級生っすよ? 小唄君知らなかったんすね」
「そうですね」
「え、本当に!?」
 小唄、時雨、クーの【星見】の三人は、互いに体を洗いっこしていた。
「で、何で体を洗って貰うことに……?」
 トランクスタイプの水着を着ている小唄は、今更ながらにこの状況に汗を流していた。女性二人に体を洗ってもらうということもさておき、女性を洗うというのもなかなか勇気がいる。
「頭も洗っちゃいますね。シャンプーハットしましょうか」
 クーは小唄の頭にハットををつける。頭に耳がついていると、耳に水が入らなくて洗いやすい。獣憑の知恵である。小唄の金髪をわしゃわしゃと洗うクー。その感触にくすぐったそうに緊張する小唄。
「ふっかふかっす」
「耳の付け根はっ、尻尾はっ!?」
 クーが小唄の耳元を洗っている隙をぬって、時雨が尻尾を洗う。ふかふかの毛を触りながらその感触を堪能する。洗っているのか、楽しんでいるのか。見た目には後者と思われる時雨の尻尾洗いに、小唄は我慢するように背筋をぞわぞわさせる。
「水端さんは、肌が綺麗ですね」
 攻守交代。今度は時雨が洗われる側になり、クーと小唄が洗っていた。長い髪を二人で手分けして洗う。他人に髪の毛を洗ってもらうのは久しぶりの為、時雨はくすぐったそうに笑う。
「ちゃんとお返ししますよ」
 小唄は言って時雨の髪を洗う。殺気のお返しをしようかと虎視眈々と隙を伺って……はいるが、いざ洗い出すとおいそれと手を出せないでいた。誰かを洗うことは初めてで、小唄は緊張していた。そんな緊張をほぐそうと、時雨が一声かける。
「小唄君のえっちー」
「えっちじゃないですからっ!?」
 そして更に後退して、今度はクーを時雨と小唄が洗うターンである。
「変な所は触らないように……」
 時雨の時もそうだが、小唄は細心の注意を込めてクーを洗っていた。水着を着ている女の子。一三歳男子としてはおいそれと触れてはいけない神秘の領域だ。ましてや見知った中ならなおのこと。意識すれば手つきはなお慎重になる。
「ちっこくて肌すべすべでいっすねー。耳と髪の毛綺麗にわしゃっちゃうっす!」
 時雨は同性ということもあって、適度な力でクーの髪の毛を洗っていた。耳元の近くをを洗われると、気持ちよさそうに体を弛緩させるクー。時雨の手はクーの尾に迫る。
「尻尾もふもふいいっすわー」
「根元は触らないでくださいね」
「そう言われるとちょっとだけ……」
「――っ!?」
 ぶわっと逆立つクーの尻尾。その後何が起きたかは、三人は黙して語らなかったという。

●治療・参
「葛城舞子、微力ながら看護のお手伝いさせていただくッス!」
 と、元気よく看護の手伝いをする舞子。古妖狩人のことを聞いたのはFiVEに入ってから。もし自分がそこに居ればと悔しい気持ちもあるが、今は古妖を助ける為に一生懸命頑張るのみ。あわよくば古妖の知り合いができればなぁ、という心もないわけでは無いがむしろ純粋な動機の部類である。
「あ、安土君! 初めましてッス! よければ仲良くしてほしいッス、先輩!」
「初めまして……って先輩?」
「FiVEに来た怪の因子として、安土君の方が先輩になるッスからね!」
 高校生に先輩と言われ、小学生の安土は少し複雑な気分になった。とりあえずよろしくと握手する二人。
「よお安土。久しぶりだな」
 安土を見かけた久永は、手をあげて持っている紙袋を見せる。手土産に点ってきた有名な店の菓子折りである。久永と安土はとある事件をめぐって知り合い、FiVEに勧誘したのだ。その縁故もあり、安土に対しては孫のような感情をもっている。
「五麟学園での生活は慣れたかのぉ?」
「実はまだ驚くことばかりです。大きな学校と聞いてましたけど、あそこまでとは」
 そうかそうか、と茶を淹れながら久永が頷く。山の田舎から巨大な学園にやってきたのだ。戸惑うことも多いだろう。
「余も来たばかりの頃はそうだった。何かあれば遠慮などせず、何でも言うのだぞ」
 はい、と頷く安土。信頼を乗せた声に、満足げに湯飲みを傾ける久永であった。

「別に一人で行けるんだけどなぁ、オレ。そんなに子供じゃねーんだし!」
「子ども扱いするなと言うがな。お前に何かあったらお前の過保護な叔父が黙っちゃいないんだ……」
 翔とその保護者役の稜が古妖を見舞っていた。翔は保護者なんて必要ないと稜に言うが、稜からすればそういう部分を含めて保護者として放置はできない。
 翔はFiVEの任務で救助した古妖と顔を合わせ、思ったよりは元気な様子に安心する。最近の話をしたり、元気になったら遊ぶ約束をしたり、人間の友人と接するのと変わらない距離感で古妖と接していた。
「水部さん……?」
「澄香? お前も来てたのか……」
 そんな翔を見ていた稜は澄香に声をかけられる。カメラを手にニコニコしながらやってくる澄香。見た目は幼く見える澄香だが、すでに成人している。彼女は従兄弟の翔に誘われて、ここにやってきたのだ。
「元気そうで何よりだ。こうやって直接会って話すのは、お前が成人してからそう無かったよな?」
「そうですね、お久しぶりです」
 思わぬ出会いに顔がほころぶ澄香。古妖の心配もあったが、ここに来てよかったと改めて思う。
(あいつ、俺に保護者役押し付けてこれを狙ってたか……?)
 稜は自分に執拗にここに来るように勧めた男の事を思い出す。帰ったら問い詰めてやろう。そんなことを心の中で思う。
「姉ちゃん、水部さん、宴会場行って飯食おーぜ!」
 見舞いを終えた翔はご飯が待っているとばかりに駆け出す。それを止めようと稜は手を伸ばすが、翔はそれをすり抜けて宴会場に行ってしまう。
「水部さんも行きませんか? 良かったらお酌しますよ」
「まあ、お言葉に甘えておこうか。お互い、積もる話もあるだろうしな」
「そうですね。じゃあ行きましょう」
 澄香の誘いに頷く稜。宴会は既に始まっているのか、遠くからでも楽しそうな声が聞こえてくる。
 早く元気になれよと心の中で古妖を労い、二人は翔を追うように宴会場に向かう。

●宴
 ゲイルは日本酒を片手に宴会を楽しんでいた。
 近くにいた天狗に酌をして、返礼として酒を受ける。それを二人同時に飲み干して、とみに笑みを浮かべた。よき酒とよき料理。そして新たに得た縁。そんな一時が楽しくないはずがない。
「時に人の子よ。そこに抱えし狸は汝の従僕か?」
「いや。これはこの宿の豆狸だ。ちょっとぐらいもふもふを楽しんでも罰は当たるまい」
 ゲイルは豆狸を引き寄せ、柔らかい毛並みを撫でていた。迷惑そうなら開放するつもりだが、その様子は見られない。
「成程、体の傷はいえども心の傷は癒えぬ。そうして心の傷を癒す術を自ら示すことで、我らに癒しの道を示そうという事か」
「さてな。古妖達に元気になってほしいのは確かだ」
 天狗のしたり顔に、静かに返すゲイル。真実は彼の心の中に。黙して悟らせるのも和の心。
「温泉で宴会といえば、そう! ゆかり・シャイニングの出番ですね!
 こら、そこー! 『誰こいつ?』みたいな顔しないでくださいよー!」
 元気良くしゃべるのはゆかり。言うまでもない話だが、『ゆかり・シャイニング』は芸名である。他人を楽しませたいと頑張るゆかりだが、結果はお察しください。
「まずは! FiVE覚者ならではのこの一芸!」
 どん、とペットボトルのコーラを机に置く。
「手を使わずにコーラを飲んで、ゲップをせずにFiVE所属の夢見さんのお名前を全て言ってみせます!」
「覚者関係ねえ!」
 FiVE覚者からの総ツッコミが入る。だがそんなことはどこ吹く風とばかりに念動力でコーラーを浮かし、口にもっていく。そして――
「久方真由m、げふー!」
 突然天井から落ちてきたつるべ落としの顔に大笑いし、いきなりコーラーを吐き出すゆかりであった。
「ゆっくり飲んでるさね。酒も味の付いた水と変わらんから味わって飲むのが良い」
 逝の周りには大量の酒瓶が転がっていた。健啖な榊原や酒に強いと豪語する古妖等と一緒に酒を飲んでいるのだが……誰も逝の飲みっぷりに追いつけそうもなかった。
「一気飲みなぞ勿体無いよ、美味い物は少しずつ。長く飲むのが嗜みとかいう奴じゃないかね。そうだろう榊原ちゃん」
「そういう割にはハイペースじゃのぅ、緒形の」
「普通普通。大体毎日飲んでるが、一升瓶二つ空けても宿酔いした事は無いわよ。いや、本当に。こっち来てから食べ物と飲み物で体調崩したのは……無いな」
 元々酒が強い逝だが、今日の彼はそれにもましてアルコール耐性が強かった。本当に水を飲むように酒を飲んでいく。
「日本の酒ってホント美味しいの多いし、種類も豊富だ。アハハ! 飽きそうにないよ」
 宴会は夜が明けるまで続いたという。

●五麟市へ
 朝になり帰路につく覚者達。見舞ってくれた覚者を見送るように、古妖が宿から手を振っていた。
 自分たちが救った古妖達。それを見ながら、覚者達は宿を後にする。
 骨休めは終わり。忙しい日々が待っているのだ―― 


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

 温泉に行きたいのぅ。行きたいのぅ。




 
ここはミラーサイトです