白狐結物語
●
『石の香や夏草赤く露暑し』
奥の細道で有名な松尾芭蕉の弟子の曽良が、栃木県那須町の那須湯本温泉付近にある溶岩である殺生石の前で詠んだ句だ。
緑したたるはずの夏草が赤く枯れ、涼しいはずの露が熱く沸騰している。玉藻の前の妖気がまだそこに漂っているのだろうか。という意味の句である。
そして師匠である松尾芭蕉が詠んだ句は、
『殺生石は温泉の出づゆ山影にあり。石の毒気いまだ滅びず、蜂、蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほど重なり死す』
彼のテンポよく、わかりやすい俳句とは明らかに違う異質なそれ。575では語りきれぬ「妖」が其処にはある。
――那須湯本温泉の殺生石。付近一体には付近一帯には硫化水素、亜硫酸ガスなどの有毒な火山ガスがたえず噴出しており、「鳥獣がこれに近づけばその命を奪う、殺生の石」として古くから知られているそこは現在では観光客も多く訪れる観光名所となっている。
『ほほ』
殺生石が震える。悪の古妖。玉藻の前の人格を持ったキュウビの尾である貪狼の封印の綻びは今や風前の灯。ふう、と吹けば掻き消える程度の縛め。
『ほほ、ほほほほ』
びし、と一筋の亀裂が石に浮かぶ。春を目の前にして梅の花も綻ぶ季節だというのに、まるで真冬のような冷気が那須湯本温泉の街に拡がる。
『ほほ、ほほほほほほほほ』
二筋、三筋と亀裂は拡がる。観光客はコートの前を寄せ寒さに、体を震わせた。
『忌々しい封印は解ける。ああ、ああ、外の空気じゃ』
ずん、と重い空気――瘴気――が殺生石を中心に拡がっていく。火山ガスもまた、瘴気を受け更に毒の濃度を増していく。其処はもう貪狼の生み出した人を喰らう魔界。観光客は声も出せずにその場に倒れる。ばたりばたりと。異変に気づいた観光客が使い始めたばかりの携帯電話で通報しようと、指を躍らせるが、通報内容を話す前に倒れてしまう。
『左輔よ、のう、左輔よ。今世のキュウビの覇権も妾じゃ。ここにこい。そうでなければ、この魔界を広げ、人を喰い、人を殺め、人を呪うぞ』
殺生石の上に立つ黒い狐神。貪狼が高らかに宣言する。
『左輔よ、我が尾に戻れ。悪徳は愉しいぞ。悲鳴は、慟哭は、叫声は、我が心を満たす。愚かなひとのこを支配するその愉悦、またぞろ味わいたいとは思わぬか?』
ゆるりゆるりと悪狐の魔界のその範囲は拡がっていく。
『貴様がこなければ、こないでそれでいい。那須から京まで。人を殺しながら魔界を作って行くだけぞ。妾はそれでも構わん』
●
その日の伏見稲荷大社はFiVEの職員や、大社の宮司、そして日本政府とのやり取りで混乱を極めていた。貪狼の宣言は公共の電波を使い、この日本中に広がった。
那須町周辺に住む人々が撮った魔界の写真はSNSを通じて拡散され、那須周辺は立入禁止区域として、行政が整えたもののじわじわと拡がる魔界の対処にAAAも向かうが収束の緒もつかめない。
FiVEは政府に招致され、本件の早期対処を求められたのだ。
中 恭介(nCL2000002)と『研究所所長』御崎 衣緒(nCL2000001)は伏見稲荷まで呼び出され、状況の説明と事態の収束についての指示を飛ばしていく。
「君たちも、知っての通りキュウビの貪狼が動き始めた。現在那須湯本温泉周辺は厳戒態勢でAAAが対応しているが、人手が足りないのが現状だ。急ぎ那須湯本温泉に向かってほしい」
「前回貴方達が、回収してくれた力については狐神左輔の体内で練り上げられ、皆にも使えるようになったのよね?」
「無論。ふぁいぶの者にこの力を託すのじゃ。貪狼を討ち果たせ。玉藻の前はもうこの時代に復活してよいものではない」
衣緒の問いかけに左輔は答える。
「これが決戦じゃ。お前たちを信じておる。征くぞ」
「ふぁいぶ、お願いします。応援してる、から」
キュウビを屠る概念を練り上げ体力を失いふらつく左輔を支えたハクが貴方達を激励する。他の2匹の狐子たちもぺこりと頭を下げた。
『石の香や夏草赤く露暑し』
奥の細道で有名な松尾芭蕉の弟子の曽良が、栃木県那須町の那須湯本温泉付近にある溶岩である殺生石の前で詠んだ句だ。
緑したたるはずの夏草が赤く枯れ、涼しいはずの露が熱く沸騰している。玉藻の前の妖気がまだそこに漂っているのだろうか。という意味の句である。
そして師匠である松尾芭蕉が詠んだ句は、
『殺生石は温泉の出づゆ山影にあり。石の毒気いまだ滅びず、蜂、蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほど重なり死す』
彼のテンポよく、わかりやすい俳句とは明らかに違う異質なそれ。575では語りきれぬ「妖」が其処にはある。
――那須湯本温泉の殺生石。付近一体には付近一帯には硫化水素、亜硫酸ガスなどの有毒な火山ガスがたえず噴出しており、「鳥獣がこれに近づけばその命を奪う、殺生の石」として古くから知られているそこは現在では観光客も多く訪れる観光名所となっている。
『ほほ』
殺生石が震える。悪の古妖。玉藻の前の人格を持ったキュウビの尾である貪狼の封印の綻びは今や風前の灯。ふう、と吹けば掻き消える程度の縛め。
『ほほ、ほほほほ』
びし、と一筋の亀裂が石に浮かぶ。春を目の前にして梅の花も綻ぶ季節だというのに、まるで真冬のような冷気が那須湯本温泉の街に拡がる。
『ほほ、ほほほほほほほほ』
二筋、三筋と亀裂は拡がる。観光客はコートの前を寄せ寒さに、体を震わせた。
『忌々しい封印は解ける。ああ、ああ、外の空気じゃ』
ずん、と重い空気――瘴気――が殺生石を中心に拡がっていく。火山ガスもまた、瘴気を受け更に毒の濃度を増していく。其処はもう貪狼の生み出した人を喰らう魔界。観光客は声も出せずにその場に倒れる。ばたりばたりと。異変に気づいた観光客が使い始めたばかりの携帯電話で通報しようと、指を躍らせるが、通報内容を話す前に倒れてしまう。
『左輔よ、のう、左輔よ。今世のキュウビの覇権も妾じゃ。ここにこい。そうでなければ、この魔界を広げ、人を喰い、人を殺め、人を呪うぞ』
殺生石の上に立つ黒い狐神。貪狼が高らかに宣言する。
『左輔よ、我が尾に戻れ。悪徳は愉しいぞ。悲鳴は、慟哭は、叫声は、我が心を満たす。愚かなひとのこを支配するその愉悦、またぞろ味わいたいとは思わぬか?』
ゆるりゆるりと悪狐の魔界のその範囲は拡がっていく。
『貴様がこなければ、こないでそれでいい。那須から京まで。人を殺しながら魔界を作って行くだけぞ。妾はそれでも構わん』
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その日の伏見稲荷大社はFiVEの職員や、大社の宮司、そして日本政府とのやり取りで混乱を極めていた。貪狼の宣言は公共の電波を使い、この日本中に広がった。
那須町周辺に住む人々が撮った魔界の写真はSNSを通じて拡散され、那須周辺は立入禁止区域として、行政が整えたもののじわじわと拡がる魔界の対処にAAAも向かうが収束の緒もつかめない。
FiVEは政府に招致され、本件の早期対処を求められたのだ。
中 恭介(nCL2000002)と『研究所所長』御崎 衣緒(nCL2000001)は伏見稲荷まで呼び出され、状況の説明と事態の収束についての指示を飛ばしていく。
「君たちも、知っての通りキュウビの貪狼が動き始めた。現在那須湯本温泉周辺は厳戒態勢でAAAが対応しているが、人手が足りないのが現状だ。急ぎ那須湯本温泉に向かってほしい」
「前回貴方達が、回収してくれた力については狐神左輔の体内で練り上げられ、皆にも使えるようになったのよね?」
「無論。ふぁいぶの者にこの力を託すのじゃ。貪狼を討ち果たせ。玉藻の前はもうこの時代に復活してよいものではない」
衣緒の問いかけに左輔は答える。
「これが決戦じゃ。お前たちを信じておる。征くぞ」
「ふぁいぶ、お願いします。応援してる、から」
キュウビを屠る概念を練り上げ体力を失いふらつく左輔を支えたハクが貴方達を激励する。他の2匹の狐子たちもぺこりと頭を下げた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.貪狼の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
ロケーション
・栃木県那須町の那須湯本温泉付近の殺生石の前になります。
ですが、貪狼の力で魔界化しています。ゆっくりとですが、その範囲は広まっています。
内部では常に毒のBSを受け続ける状態になります。
取り残された観光客がそれなりに残っています。
貪狼は殺生石の上で、左輔を待っています。周辺には使役しているオサキ狐が数百います。
今回の行動は以下からお選びください。
Aの後にB以降の選択肢を選んで頂いても構いません。その場合最初から選択肢を選んでいただいている方より後にその場に向かうという形になります。
ですが、あまりにもA→他の選択肢を選ばれることが多いとプレイングが散漫になりますので、より良い効果は得れないかもしれません。また、他の選択肢に向かうまでに時間がかかりますのでB以降で選択者が少ないと、劣勢になるかもしれません。
【A】観光客を退避させる
魔界範囲外でAAAがサポートをしていますので、彼らに預けて別の場所に向かうことができます。
【B】左輔の護り
左輔は力を練り上げていたため少々疲れております。貪狼勢は左輔を取り込むために左輔を狙ってきます。また、左輔は出来る限り皆様を支援することを約束しております。左輔の能力で僅かな回復と防御を皆様に付与、以下で説明する力を皆様に渡しております。
それなりの実力のAAA職員も護りのお手伝いをしてくれているようです。
【C】オサキ狐の露払い。
数百匹いるオサキ狐の撃破をお願いします。火力は高くないものの、体力はそれなりにあります。20匹前後のグループで動いて司令塔が存在し、弱った敵を集中的に狙うように指示します。司令塔を倒しても別の個体が司令塔になっていく形になって、連携して行動します。
たくさんいますので全範囲攻撃で最高20体までしか捕捉できません。
【D】貪狼の撃破
貪狼を撃破をお願いします。CとBが少ないと、貪狼にたどり着けなかったり、左輔が撃破されてしまう可能性があります。
強力な範囲攻撃。4つの尾をつかって貫通2距離まで貫通する攻撃。噛み付いての攻撃は火力が高く、体力の少ない方は一撃で沈められる可能性もあります。また噛み付くと同時に強力な呪いも付与します。貪狼を撃破することで、左輔の尾に吸収されます。逆に貪狼勢が左輔を撃破した場合は左輔は貪狼に吸収され、失敗となります。大きな力を手にした貪狼は日本を支配せんと動き出すでしょう。
【今回の特殊ルール】
前回皆様が得てきた三浦介の矢の概念、上総介の妖刀の概念が皆様にやどります。
三浦介の矢の概念は皆様の使う『遠距離攻撃』(術式、体術含む)に大幅な対狐に特攻効果、刀、ナイフ、刃物を武器にする方に上総介の刀の概念が宿り、狐全てにたいして大幅な特攻効果と必殺効果を与えます。
以上よろしくおねがいします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:3枚 銀:5枚 銅:8枚
金:3枚 銀:5枚 銅:8枚
相談日数
10日
10日
参加費
50LP
50LP
参加人数
59/∞
59/∞
公開日
2018年04月09日
2018年04月09日
■メイン参加者 59人■

●???
誰もが妾を美しいと褒め称えた。
妾もまたそれが当たり前だと思った。妾は殷から追われて、天竺に。そして周の時代に中国に戻るもまた追われ、ヒノモトの国に渡ってきた古妖だ。
この国で得た名前は『玉藻前』。アヤカシ、古きアヤカシ、キュウビである。
平安のヒノモトは存外に暮らしやすく此の国の王もまた与しやすい相手ではあった。
だから、油断をしてしまった。天竺でも、殷と周でもやった失敗をまた重ねてしまったのだ。
その当時にもなれば人間は枷をかけられたが如くに源素の力をつかうことのできるものはいなくなっていた。その油断で憎き安倍にしてやられたのだ。ああ、憎し、憎し。
そして時は巡り現代。源素の本当の意味をしるものがいない今、これは好機だと妾は思った。
思ってしまったのだ。
だから、またこの国を手に入れたいと願った。
なのにどうしてなのに源素を操る者が当時より減っているというのに、「何故ひとがあのときの安倍よりも強い源素の力をもっているのか?」
●
この那須の空気は淀み、どす黒い瘴気が立ち込めている。確かにこの空気に触れれば一般人は無事ではいられないだろう。春になったというのに空気はまるで冬のように冷たい。冷たいというよりは悪意に満ちているというのだろうか?
それとは別にこのフィールドには毒が蔓延している。それは物理的にも一般人を、そして覚者ですら蝕んでいくのだ。
「はぁ? 子供とはぐれたァ!? チッ、分かった、ぜってー生かして返すから、待っててくれ」
緋神 悠奈(CL2001339)は乱暴な口調とは裏腹に丁寧に旅行者を抱き上げ声をかける。キョロキョロと辺りを見回して、一人の子供を探すが、見当たらない。
彼女は非力だ。それは自分自身が痛いほどわかっている。見送ったFiVEの歴戦の猛者たちとは比べようがない。しかし、自分にはできることが在る。
「あのさ、ちっちゃいこ、みなかった? 赤い靴に白いコートの。ああもう、アンタも助けるにきまってんだろ?」
子供を探しながら悠奈はひとり、またひとりと一般人を避難させていく。
毒が悠奈の体力を削っていく。
「お怪我してるひとはいませんか~?」
にっこり笑って悠奈を回復させたのは叶・笹(CL2001643)。彼の医学知識は此の場では重宝するものだ。AAAと、そして双子の弟の 叶・桜(CL2001644)にテキパキと指示しながらダメージが蓄積している悠奈をみつけたのだ。
「わりぃ」
「困ったときはお互い様ってね。まだ避難民は多いからがんばってもらわないと」
「つっても、無理はすんなよ、俺たちまで倒れたら本末転倒だ!」
笹と桜が口々に彼女を労る。
「はは、違いない。じゃあ、そこの兄さん、あっちたのんだ! ワタシはあっちを」
「りょーかい!」
梶浦 恵(CL2000944)は異界の外周部を大型トラックで走り回る。荷台にはガスマスクをつけたAAAの救護班をのせ、迅速に介抱できる状況にしていた。
まずは舞で、彼らの毒素を抜いた。そのあとは体力の回復。その間もAAAの救護班への指示は欠かさない。外縁部でSNSへアップする写真を撮ろうとしている高校生たちを諌めるのは随分と手間だったが、大型トラックという手段は外縁部で倒れる一般人の収容を容易にさせたのは間違いない。
十数人単位で退避させることのできる彼女は病院前で彼らを降ろすとまた次の被害者を探すために、イグニッションキーを回し、エンジンをかけるのだった。
秋津洲 いのり(CL2000268)もまた避難誘導を続ける。彼女のFiVEとしての貫禄は高い名声も相まって、一般人達も言うことを聴く。パニックを起こした者にたいして魔眼で落ち着かせることも有効にはたらいた。彼女はパニックはしてはいても怪我が少ない一般人に魔眼で自発的にAAAの元にいくように暗示をかければ、迅速に避難はできる。
同じく有名人といえば工藤・奏空(CL2000955)もだ。何処かで見たことのある彼の言葉には一般人も安心し誘導に従う。その際に奏空は毒対策にていさつ、情報の送受信と行動にそつがない。
向日葵 御菓子(CL2000429)はよく響く声で誘導をつづける。
「カンタ、よろしくね」
進化した成体の守護使役カンタが美しい声で囀れば、周囲の雰囲気が柔らかくなり、御菓子の言葉にみな注目する。
(前の全員が玉藻前として敗れたのに、分体でどうにかできると思ったのかしら? 欲に目がくらむと周りが見えなくなるという典型例かな?)
とはいえ、この魔界化は拡がっていく一方だ。とにかくそれだけは止めなくてはいけない。けが人を潤しの滴で癒やしながら御菓子は声を張り上げた。
高比良・優(CL2001664)は観光ルートを事前に調べそのルートに合わせて避難民を探していく。例の殺生石のあたりは普段から観光客は多い。最も危なそうな一般人を避難させるために殺生石の方向に迎えば、やはり案の定だ。物陰も注意深く観察し、一般人をみつけると背負い上げ動けそうな一般人と共に退避させていく。
その間にも取り残された人達の人数把握や位置把握、情報の共有でもって、連携した行動がとれたのは優のおかげでもあるだろう。
「あ、ついでに体力回復もお願いできませんか? まだ、体力低いから……」
あちこち走り回って、ボロボロの状態で優は御菓子にはなしかけると、彼女は「もう、無理するから」と苦笑しながら癒やすのだった。
「まあ、今ってほら、無理をするときですから」
これ以上一般人が近づけないように妖精結界を展開した離宮院・太郎丸(CL2000131)はうんうんと頷くと次は退避するための動線を考える。
効率のいい導線にそって誘導することは一般人を運ぶ覚者たちにも有効に働く。
導線の確保というものは避難誘導にとって最も大切な一つだ。
まだまだ退避は終わらない。だから、太郎丸は次の場所に向かった。
人は怖い、今の状況はもっと怖い。だけれども、そうはいっていられない。
自分の力がすこしでも誰かの役にたてるのなら。
月影 朧(CL2001599)は飛行しながら、一般人を退避させていく。少しでも周囲の空気を元に戻すために何度も何度も清廉珀香で浄化した。意識のない人には回復もした。それでも沢山たくさんの人間が倒れているのだ。それは彼にとっては少しだけ気楽ではあったのは確かだ。倒れている人であれば自分に危害は加えないから。
でも助ける理由はそれだけではない。自分が助けてあげたいと思ったから。そして……。
「……死ぬのは……本人にとっても……家族にとっても……きっと……怖い事の……はず……だから……」
神幌 まきり(CL2000465)は清廉珀香をふりまきながら毒の効果を少しでもうすめようと走り回る。
「みなさん、落ち着いてこちらへ! 私たちが安全なところまで誘導します!」
彼女の動体視力は激しく動いていてさえも、けが人を見逃さない。動けない老婆を背負い、AAAに送受信で連絡すれば、避難箇所を指示される。何度も何度もそのルーティンを繰り返しているが、彼女は少したりとてめげることは無かった。
「お怪我されてる方もご安心ください」
「おねぇちゃん、もう怖くない?」
小さな少年が足元にすがりつく。よしきたショタ。いやいや、今は仕事中。でも約得。そんなことも想いながらまきりは現場を走り回ったのである。
「みんな! あとはワタシがなんとかすっから、戦えるひとは手伝いにいってきなよ!」
大まかにおいて避難は達成されたころ、悠奈が迷子の女の子を抱えて、避難誘導中の覚者達に叫ぶ。
もちろん避難を続ける者もいるが、数人は頷くと奥に向かって走りだした。今度は仲間をたすけるために!
残る優や朧とも連携して、彼女らは避難誘導を続ける。
●
「左輔ちゃんには近付けさせないんだからぁ!」
皐月 奈南(CL2001483)は手にした手榴弾をオサキ狐たちにぶつけ牽制する。彼女にとっては悪い狐から左輔を守ることが使命だ。
鷹の目で戦場を見渡す。ホッケースティックの改造君をふりまわしながら、最も敵陣のなかでも深い場所に突っ込んでいく。
「ナナンはねぇ、やっぱり、お父さんとお母さんや友達や、みんなみんな笑ってる世界がいいなぁって思う」
ぶんと振り回された改造君から烈破が吹き出し、オサキ狐たちを屠る。
「おお!」
そのいつもと違う火力にびっくりしつつも彼女は元気いっぱいにまたもう一度改造君をふりまわした。
「暗黒大魔神ちゃんが好きな魔界になんか、絶対にさせないんだよぉ!」
「さあ、鬼丸。征きますわよ」
西荻 つばめ(CL2001243)は上総介の刀の概念によって強化された疾風双斬の威力に頷くと、足を踏み出す。
左輔への道行きは自らが止めるとたつ姿は美しくも苛烈だ。
回り込まれないように奈南の後に付き、彼女の死角を無くす。それでも大量のオサキ狐はつばめを屠ろうと横合い下方から伸び上がるように向かってくる。
「甘いですわ」
彼女に不意打ちは効かない。一刀両断にして切り捨てられたオサキ狐は悲鳴を上げつつ消滅した。
「この護り、そう簡単に突破できるとはおもわないでいただきたいものですわ」
「左輔ちゃん、絶対にまもるからね」
左輔の直ぐ側に陣取った成瀬 歩(CL2001650)はぐっと拳を握りしめ、左輔を守ると誓う。
「無理はするな」
「ううん、あゆみはね、自分が弱いってしってるんだ。だから戦うのはむつかしいの。でも左輔ちゃんを守りたいんだよ! 左輔ちゃんの中にいる巨門ちゃんと廉貞ちゃんに約束したんだもん」
まっすぐ前を見つめる瞳には闘志がみなぎっている。
「そうか」
左輔の中の巨門と廉貞が……主に巨門がさすが狐たんかわゆすとか騒いだ気がする。
「お前はりっぱじゃな」
左輔は周囲を癒やしながらも微笑む。
「みんなもね、がんばってるの」
「そうだね」
如月・蒼羽(CL2001575)がそんな歩の隣にくるとぽんぽんと頭を撫でる。
「危ないからね 歩ちゃん、出てきちゃ駄目だよ。回復役は最後まで立っていてくれないと、ね。それは左輔さんも同じですから」
蒼羽の言葉に歩は元気よく「うん! あゆみは一生懸命みんなのケガを治すよ!」と答え、それに満足した彼は左輔を取り囲むようにして前に出て眼の前の狐たちに雷の矢を降り注がせる。それは言わば雷神ノ檻。囚われた狐は一律として動きを阻害されていく。
(玉藻の前か 大物が出てきたね。だけど僕たちがいてほしいのは人を殺すキュウビではなくひとを信じてくれる狐神なんだ。取り込まれるわけにはいかないよね)
彼の笑顔はそのままだ。然しその視線は敵を穿つ刃のように鋭い。
追って彼は星を喚び降り注がせる。普段とは桁違いの威力。彼はそれに動じることもなく、確実にオサキ狐を屠っていく。フォローするように周囲に癒やしを齎すのは環 大和(CL2000477)。
ホルダーから符を一枚抜き取り口づけるいつもの儀式。今日は負けるわけにはいかない。だからこそいつものようにいるための儀式がそれだ。
「左輔さん、お疲れ様。わたし達が貴方を守るわ。後ろに下がっていて下さいね」
彼女は今まで何度も左輔の依頼をこなしてきた。だからこその信頼が左輔にはあった。
彼女の願いは人と古妖との共存。貪狼の狙いである古妖が人を支配するなんていうことなんてあってはならないのだ。それに……貪狼だって、悪性の尾であっても穏やかに、幸せに暮らすことができるのであれば、きっとその尊さがわかるとおもう。いや、そうなってほしい。貪狼だって古妖のひとつだ。だったら貪狼ともまた共存を望んでしまう。それが大和の純粋さであり、強さだ。
「皆、思う存分に術式をつかってね。わたしがフォローして、支えるから」
お手伝いしてくれる人に犠牲はでるのは嫌だから……。大辻・想良(CL2001476)は実力派のAAA職員たちのそばに陣取る。AAA職員たちの攻撃に合わせ雷獣を落とせば、彼らはその類まれない火力に目を見張り、さすがはFiVEの大辻さんだと褒めそやされ、想良は真っ赤になって小さな声で、敵は、まだいますと再度雷獣を落とした。
AAAも負けていられないと奮起し、オサキ狐に向かう。想良の存在は彼らに大きな力を齎したのは間違いない。
「天」
彼女が自らの守護使役を呼べば阿吽の呼吸で周囲をていさつし、回り込まれない動きをAAAに指示すれば「了解であります! 大辻隊長殿!」と敬礼する。
「ふざけないで」
さらに真っ赤になった想良は口の中でごにょごにょするのであった。
「あー! もう! 大変なときだってのに、さらに面倒増やすんじゃねーよ、もー! とっとと片付けて五麟に帰ろうぜ、センパイ! 金剛との勝負が待ってるぜ!」
これまた元気に暴れるのは鹿ノ島・遥(CL2000227)と酒々井 数多(CL2000149)のコンビ。
「そうね。ここの温泉に入るのもわるくないけど! 行くわよ!」
温泉の言葉に一瞬だけ遥は想像するものもあるが振り払って眼の前の敵に目を向ける。
「よろしくな左輔さん! この鹿ノ島遥が来たからにはもう安心! 寝転がってな!」
「左輔さん、任せといて! あんな黒いのパツイチパーペキ! 尻尾全部もどったら、もふもふさせて! きゅーびもふとかやってみたい!」
「あ、ああ」
少々その勢いに左輔は押されるものの、なんとも心強いことか。
「んじゃ、センパイ、また勝負といこうか。どっちがより多く、狐をぶっ飛ばせるか。勝った方がメシ奢るってことで!」
「あんた、言ったわね。那須の名産品ってなんだっけ? いいや、目一杯遥君にはおごってもらうから!」
その返答に遥はほくそ笑む。これ、勝っても負けても一緒に御飯を食べるという目的は果たされるのだ。
果たして桃色の髪の剣士は気づいているのだろうか?
「ふふ、私は刀もちよ? めっちゃ有利!」
ニヤリと笑う数多。大丈夫だ。これは全く気づいてなどいない。
「へっへーん、刀持ってるから自分が有利と思った? オレもちゃーんと考えてるからね!」
言って、遥は新技、烈破をオサキ狐にお見舞いすれば、極まった練度である彼の火力は倍加し狐を蹴散らした。
「なにそれ! うそ!あんたいつの間に! ずるい!」
言って数多も体内の火のモトをたぎらせ、前に出る。さあ、拳士と剣士の勝負は始まったばかりだ!
鳳凰が羽ばたくが如くの聖風がフィールドに癒やしを齎す。自然治癒力を克己させるその奥州 一悟(CL2000076)の技は毒の効果を和らげる。
「九尾の狐とはいままで全く縁がないんだけど……。まあ、そんなこと言ってられねえよな。左輔に倒れられたら、なんか色々ヤバそうだしさ」
拳を打ち合わせると彼は決め台詞を告げる。
「奥州一悟、見参! 左輔はやらせねーぜ!」
その名は有名を轟かせる名前。AAAも左輔もその名に安心を覚える。
狐たちの真ん中に火柱が上がれば、狐は怯えるように一歩下がる。それに一悟は一歩踏み込み鋭い抜き手を繰り出せばその線上にいた狐がばたばたと倒れ消えていった。
「護ると誓った以上指一本触れさせへんで!」
同じく護り手である焔陰 凛(CL2000119)もまるで自らが焔のように燃え上がる。
仲間と左輔その両方を守る位置に彼女はつくと、遠く距離にすれば百数メートル向こうで此方をにらみつける貪狼を逆に睨め返す。
不敵な笑いと共に繰り出す焔陰流の技のキレはいつもより増している。
自らこそが盾という挟持はどこまでも凛を強くする。
「400年続いた焔陰流舐めるんやないで!」
鷹の目と超視力。その両方が合わさった目は敵の動きも、攻撃も見逃さない。
烈火の焔のように立ち回るその姿は美しくも苛烈だ。すう、と深呼吸をし彼女は叫ぶ。
「さあ来い! そう簡単に左輔さんが取り込めるおもたら、大間違いやで! 焔陰流21代目(予定)焔陰凛、推して参る!!
ここがターニングポイントだ。菊坂 結鹿(CL2000432)は、自らを強化し、その火力でもって、周囲の敵を荒波で押し流していく。普段のまるで揺蕩う水のような、草木を育む土のような柔らかさは消え、今は立派な戦士である。
「なにより力を貸していただいているうえに、わたしたちと分かり合おうとしてくださっているんです。今度はわたしたちがその思いに応える番なんです」
構えた蒼龍が真っ直ぐに敵を穿つ。
だから、と彼女は戦うことを選んだ。その実直な剣筋は守るための挟持。人は守るものがあれば、どれほどまでにつよくなれるのだろうか?
灼熱の思いでもって左輔を守るは鯨塚 百(CL2000332)。
近づいてくる敵を順番に吹き飛ばしていく。どんなものも左輔に触れさせないというその挟持は小さな拳を苛烈なものに変える。何度撃ったかわからない。そんなことなんてどうでもいい。傷つこうがかまわない。自分の拳は守るための拳。やがて体力が尽きていきそうになるのを、ふわりと息吹が癒やす。
振り返ればまきりの姿。
「だいじょうぶですか?」
ショタのピンチはみのがさない! まきりは百の隣に並ぶ。
「もちろん! まだまだいける!」
「そうですか。ならばフォローします」
二人は真っ直ぐに驚異を睨みつけた。
そして遅ればせながらも左輔の近くにくるのは叶兄弟の双子だ。
「もふりたい!」
桜もまた狐尻尾に魅入られた(?)者である。
「桜、触りたいなら馬車馬の如く働きな」
「てかさっきも働いてきたんだぞ! とはいえ、負けてらんねえもんな、なあ、左輔! 無事に終わったらモフらせてくれよな!」
「いいから働け」
長い脚をまるでナイフのように扱いながら、戦う笹もまた、もふりたいという気持ちは隠しているのだ。
「意地でも護り抜くぞ!」
●
英霊の力を引き出せば体全体に気力が満ち溢れていく。
自分の役割は貪狼に向かう人への道創り。上月・里桜(CL2001274)は澄んだ目を真っ直ぐに前に向けると深呼吸をする。
ていさつで把握した位置関係。そして土の心で地形も把握した。それを貪狼に向かう人にも送心した。あとは、もう道を作るだけだ。粘つくような霧が展開され、オサキ狐たちの能力を下方修正する。
露払いというものは目立てるものではない。でも彼女は自分のそれを選んだ。自分の挟持として。だから自らの全てを使う。その精神は尊く美しい。
「罷り通らせていただきます」
砕かれた岩が礫となってオサキ狐に襲いかかった。
「さて、お久しぶりやけど、すこしでもお役にたたんとね」
しゃらんと、尻尾の鈴を鳴らして、椿 那由多(CL2001442)。その背を守るは十夜八重(CL2000122)。
「八重さん、うちの我が侭でごめんなさい、いつものように背中預けます」
「ふふ、那由多さんに頼まれたら例え火の中水の中ですよ? 背中はしっかり守りますから、安心してやりたいようにしてくださいね」
それは信頼の証。彼女らは目も合わせることはない。お互いがお互いのやりたいことをフォローし合う。それは合図もなにもいらない。
那由多の攻撃のために八重は捕縛の蔓で動きを阻害すれば、すかさず那由多はそこに大きな炎波を打ち込む。
「料理は火力が生命ですからね? ふふ」
「お料理いうたら、お狐さんには油揚げが相場やけど、お生憎今日は持ってへんのよ」
八重の軽口に同じく軽口で返す那由多。
「あら、もってきていたのなら、仕上げは強火で二度揚げとおもったんですけど」
「八重さんたら、それうちがお料理するんやろ?」
「あら、バレちゃいました? では、かわりにお狐さんを料理してください」
「んもぉ、八重さんたら冗談ばっかり」
乙女たちの少々物騒な女子トークは朗らかに続いているが、油断はしていない。確実に連携を重ねて彼女らは後に続く者たちのための露払いをする。
「まったくかわいくない狐たちね。数はおおいけど」
南条 棄々(CL2000459)のチェンソー剣がそばにいる狐を切り刻む。……チェーンソー剣。ギリギリ、ギリギリOKである。その切れ味はいつもよりも随分といい。
「できる限り、たくさん、ズタズタにしてやるわ」
その上総介の概念もまさかチェンソーに宿るとは思ってはいなかっただろう。棄々はなんともごきげんである。
「いいわね! これが妖刀の概念。いくらでも、いくらでも切り刻めそう」
テンションの上った棄々は飛び出し、あいつも、あいつもあいつもあいつもと切り刻んでいく。
「いえーーーい!」
同じくハイテンションなのは筍 治子(CL2000135)。まるで雨後の筍のようなハシャギっぷりだ。
指先をぐるぐると回したかと思うと「そこ!」と叫び密集するオサキ狐を撃ち穿つ。
「マリーも風邪を引いてる場合じゃありません! 楽しくいきましょー!」
テンションが高いと言っても彼女はクレバーに立ち回る。己を最も活かすことができる立ち回りを理解し、時には他者をフォローする冷静さも持ち合わせている。
ふと、彼女は明らかに他の狐と違う動きの狐をみつける。あー、あーみーつけたみーつけた。言いつけますよ!
「あそこあそこー!」
テンションたかく指差し、火力の高いものに声をかける。
「ナイスです!」
その声に答えるは三島 椿(CL2000061)。水で構成された龍の牙が列をなす狐たちを薙ぎ払った。司令塔を失った狐たちは途端隊列を崩すが、他の狐が司令塔になり指揮系統を回復させようとするがその隙を見逃す彼女らではない。同時に同じ敵を狙い治子と椿の攻撃が波状に着弾すればそのグループは消滅する。
「ひゅー、さすがです! じゃあ次いきましょー」
「彼らは弱ってるひとを狙うみたいだから、狐が集まってるところには指揮系統を持つものがいると思って」
「はー、なるほど、クレバーですね!」
「あと怪我をしてるひともいるかと思って」
ふと二人に悲鳴が届く。それっぽいですね、と目を合わせた二人は頷き、即席のパーティは悲鳴のもとに向かって走り出した。
「貴方は大切なひとの大切なひとだからねー、そりゃ壁にもなりますって」
真屋・千雪(CL2001638)はそのあとに「僕のが弱いけど」とつけたし、ボディーガードのその対象に話しかけながら集中を挟み確度をあげた捕縛の蔓を展開する。
「いえいえ、頼りにしてますよ。ありがとう」
周辺の味方に自然治癒の護りを付与していた天野 澄香(CL2000194)が礼を言う。
「本音を言うとねー、ボスアタックにいって彩吹さんが気になるんだけど」
適材適所というものはある。それを千雪は痛い程に実感している。だから彼女を信じて、友人を信じて送り出した。
「ふふ、千雪くんがかっこよかったって言っておきますよ」
「え!ほんとに?」
「ええ、だからっ!」
千雪に向かってきた狐を召炎波で澄香が迎撃する。
「かっこいい所見せてくださいね、5割マシくらいで伝えるから」
「それじゃやる気ださないとねー。っと危ない」
逆方向から澄香に襲いかかる狐から千雪は彼女をかばう。
「帰ってきたら、お茶に誘うんだ……」
「そんなフラグみたいなこと言わないで、ね」
傷ついた千雪を澄香は回復する。
(私達の為に少々ご無理をなさったようで…あんなに弱られるまで頑張って下さったそのお気持ちに人間としては何としてでも応えなくてはなりません、ね)
澄香は振り向く。あの狐たちの群れの向こうに左輔と左輔を守る仲間。そして貪狼に向かう仲間がいる。だからこそ、この戦場で道を作らなくてはいけないのだ。
「奥行く民は揃ったかい?それじゃ、王子ローカルエクスプレスの出発だ!」
雨が降ると15分遅れる京都線をなぞらえ、いつもの軽口でプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)は貫殺撃で妖の群れに風穴を開け仲間のための道を作る。本日は、この異界の向こうは晴れだ。遅れなどありはしない。
「民を守るのが王家の基本だからね、遠慮なく敬愛してついでにときめいて良いよ!」
プリンスに礼をいい、貪狼に向かう背に彼はそう投げかけると、彼らを追う狐を地を這う連撃で阻止する。まさにここは通さないと言わんがばかりに。
さり気なく傷ついたものや回復手を守る手腕は特筆に値する。守られた方が気づかないようなさり気なさに誰がきづいただろうか? 傷ついた彼が弱っているものだと思った狐たちは彼に集中する。それこそが彼の狙い。
「続々おいでよ森のいきもの! 沢山カチカチしてあげよう!」
一層声を高く張り上げ、プリンスは八卦に構える。極まったその結界王の力は彼を攻撃する狐たちを逆に一網打尽にしてしまう。
「所で今回、この動物ランドは何しに来たんだい?」
「何をしにきた、というのは違いますね。もともとここにいたわけですから。そして彼らの狙いは一般人を人質にかの善のキュウビをおびき寄せたということでしょう。いやらしいやり方です。公共の電波をつかってまで、宣言されれば、我々FiVEも出てこざるを得ないということです。」
プリンスのさり気なさに気づくことのできる一人、新田・成(CL2000538)が彼に答える。彼もまたプリンスをフォローするために彼のそばにきたのだ。
眼の前のグループの司令塔は把握している。司令塔を倒しても次の司令塔に。狐なのにいたちごっことはこれ如何に。
数は多い、それもうんざりするほどに。
司令塔があるのであればそのグループごと群れをへらすことを主眼に戦えばいいと、成は看破する。
数の減った個体が補充されているわけでもないのは今までの様子をみていてもわかる。ならば減らせばいい。単純な話だ。
仕込み杖から貫通弾を撃ち出す。遠距離でなおかつ刀。三浦介の矢の概念、上総介の妖刀の概念を乗せた貫通弾は気持ちのいいくらいに狐たちを屠っていく。
成の笑顔が凶悪なものに変わる。それはかつて浮かべていたものと変わらぬ、東と西で別れていたあの戦場でのものと同じもの。
「露払いと言いますが、別に全て斬っても構わないのでしょう?」
「…なるほど、先生は先に逝っていましたか」
崎守 憂(CL2001569)はこのFiVEに来て、恩師が死んでいたことを知った。自分の目の色のような赤い髪をしたあの人はもういない。
「そして、今の私があるのは先生のおかげと……無知とは情けないことです」
彼女はとる戦法は後の先を取るカウンター戦術。一次境界と二次境界でもって敵を屠る。それをまるで相手に見せつけるように彼女は進む。さあ、みよ。迎撃が必要だろうと。
「進みましょう…えぇ、進みましょう。未知を既知としましょう」
ふわりと、白い髪が風に煽られる。狐がその迫力に飲まれるように後に下がる。
「どうしましたか?」
歩みはとまらない。
「あの人が歩めなかった道を僅かにでも代わりに……そして、共に」
魂の軋む音。未知が一つ既知になった。ああ、先生はこんな事を。そして私もまたそれを知ったことにたいして、あの人はこんなことのためにと、ため息をつくのでしょうか?
灼熱化した体は更に、更に深化する。まるで全てを燃え尽くすような炎の化身。
憂はにこりと微笑んで、さらに歩をすすめた。儚い生命の面影ひとつ。あの人は納得して消えたのでしょうか? それは今となってはわからない。永遠の未知。既知に転じることはない。
でも、でも、貴方に近づけば、すこしでもわかるのかもしれない。
「さぁ、近づくなら巻き付き引き裂き飲み込み尽くしますよ?」
憂とすれ違った狐が一瞬のうちに蒸発して消えた。
「遅れ馳せながら、参戦致しますわ!」
いのりは杖を突きつけ宣言する。
迷いの霧が周囲に立ち込めれば、狐たちが弱体化されていく。
「そちらが司令塔ですわね」
追っていのりは見つけた司令塔もろとも深淵に眠る恐怖を暴露すれば、明らかに司令系統が乱れた。
「貪狼退治の邪魔はさせませんわよ!」
貪狼に向かう彼らをフォローするように、露払いをする魔女は高らかに告げる。邪魔するものの破滅を。
「はわわ、見た目はかわいいに、こわい凶暴な狐さんなの!」
狐といえばおおきな尻尾にもふもふの耳。ふわふわの動物で、オサキ狐も古妖とは言えすこしは可愛いとおもっていた
野武 七雅(CL2001141)はその凶暴さにびっくりする。
とはいえ、そんな彼女とはいえ、立派な戦士だ。仲間がボスにたどり着けるようにと術杖を構え通せんぼをする。
傷ついた仲間を癒やすように杖をふれば、回復の雨が仲間を潤す。
「ふれー! ふれー! みんな! なの!」
自分にできることは多いわけではない。だから彼女は得意の回復の技を使い続ける。
ボスに向かう皆が無事でありますようにと願いながら。
椿屋 ツバメ(CL2001351)は白狼の大鎌を振るう。まるで死神のように。炎で強化された彼女の疾風の刃は一撃とはいわずとも、着実なダメージを狐たちに与えていく。
体力自慢はお前たちだけではないと、柔軟な動きと抜群のバランスセンスはまるで踊るかのようである。
体力が少なくなれば味方の支援もうけ、回復すればまた飛び出していく、戦場を駆ける美しき死神。
「お前達の命、刈り取らせて貰う」
深い霧の中から突如現れたツバメはまたひとつ、いのちを刈り取った。
撃破数勝負は何も、一組だけではない。
水蓮寺 静護(CL2000471)と天城 聖(CL2001170)もその一組だ。
「ちょっとセーゴ! 今私狙ったでしょ!?」
「聖、貴様! 今俺を巻き込んだな!?」
フレンドリファイアは一回まで。そんなルールがあるのかないのか。彼らは同じようにお互いの後にいる狐を狙ってわざとギリギリに弾道と剣筋を設定したのだ。
まさに同時、お互い様の二人だ。とはいえその行動は気づいているのか気づいてないのかお互いのフォローにも繋がっている。
似た者同士とはよく言ったものだ。
どっちが狐を倒せるかのゲーム。こんな非常時にゲームなどと浮かれおってと静護は思うが、彼とて負けず嫌いの少年だ。勝負を挑まれて無視をするほどにストイックでもない。
「もちろん負けたら罰ゲームありだよ!」
「負けた方は何だ、ジュースの奢りか? まあいい、僕が勝つにきまっている。好きなものを賭けるといい!」
「はーはーはー? いったねー? きいたからね! それ後悔させたげる! まー私が勝つに決まってるしー?何にしよっかなー? よーい、どん!」
「おい、貴様、どんと同時に攻撃とはずるいぞ!」
「勝負とはシビアなのだー」
小悪魔が飛び上がり、上空から星をおとせば、剣士は地上で剣の花となる。水が生み出す龍の牙は確実に敵を屠っていく。
彼女が狐を倒せば彼はさらに倒す。その繰り返しが、その切磋琢磨が彼らの強さに繋がっているのだ。
彼らはニヤリと不敵に微笑む。誰でもない、このライバルにだけは負けたくないと、彼らは次の獲物に向かった。
「どいつもこいつもご苦労なことだな」
香月 凜音(CL2000495)は、仲間を癒やす。
一個体の中で善性と悪性が別れているというのがどうにも理解できない。それでも自分がやるべきことは理解している。
「お前ら無理はするなよ。どんどん癒していくから、確実に1体ずつ落として行こうぜ」
凛音のかけた言葉は理に叶っている。千里の道は一歩から。彼はそんな一歩が大事だとおもっている。
手があけば召炎波。必要があれば回復と的確な行動は場を保つことに一役かっていた。
「結局、人と妖の生存競争ってことに落ち着くのかね、ここ一連の戦いは」
今回は正確には人と古妖の戦いであるのだが、お互いの生存権を得るための戦いは古来より連綿と続いている。それに少しだけうんざりとしてしまう。
「まぁそれ以外にも人同士のいざこざとかがあるが……」
思い出すのはここ最近激化した人同士の戦い。七星剣とFiVEの抗争。本当に馬鹿らしい。人同士ですら争うのだ。ならば既知外の存在である古妖の善性と悪性が争うのもそれほどおかしいものではないように思えてしまう。
「考えてもわっかんねえな。とにかく、今はできることをするだけだ」
彼は傷ついた仲間を見つけると、駆けていった。
「最大20体かぁ~」
自分の攻撃で巻き込める数を実際に試してみて、残りの狐の数と比べる。えっと、にじゅうかけることの……。
「うへぇ、すっげえダルい」
萎えそうになる気持ちを両の手で頬を叩くことで振り捨てた天乃 カナタ(CL2001451)は気を取り直して、召炎波を狐のグループにに撃ち込んだ。
こうやって地道にコツコツやっていくのは柄ではない。それでもやらなければ終わらないのだ。
「っしゃ、俺なりにがんばりますかねーっと」
口ではいいながらもカナタは着実に成果をあげていく。第六感と直感で司令官をみつけたり、襲われそうになっているものを見つけたら声をかけてフォローしていく。
「ありがとう、たすかったわ」
そのフォローに助かっているのは立石・魚子(CL2001646)もだ。
彼女はトップランカーでも英雄でもはない。だから自分なりの戦い方で現場を攻略していく。
「どーいたしましてー! っと、痛って、噛まれた!」
狐に噛まれたカナタにすかさず魚子は息吹での回復をカナタに齎す。
「お互い様よ。まだまだ敵は多いもの、こっちも連携していかないとね」
「そのとおりだ、背中任せた」
「わ、わかったわ!」
誰かに背中を任せてもらうことはなんと心がつよくなるのだろう。魚子は思う。
いつか、あいつらともこうやって戦えたらいいな。居候先のあの双子はどこで戦っているのだろう。無事だといいな。桜は怪我をしていないといいんだけど。
思うことは沢山ある。だから、彼女は此の戦いを早く終えて、彼らにあって話するために、貪狼に向かう仲間を狙う狐の足止めをした。
後方支援に徹するは鼎 飛鳥(CL2000093)。
傷ついたものを探して戦場をあちらこちらと移動する兎の看護師が彼女だ。
持ち前の明るい声が皆の心も癒やし、水の術式で体も癒やす。兎のもつ鷹の目は戦場を見渡し、けが人を見逃さない。それでもチャンスがあれば、攻撃は忘れない。
走り回って疲れた彼女はその場で深呼吸をする。その隙をねらって狐が飛び込んでくる。
「わわ! 必殺ウサギさんぱーんち!」
穏やかにみえるゆるゆるふああな兎はいざというときには随分と凶暴なのだ。
「勝つのは左輔さんと私達……悪い狐さんに主導権を渡すわけにはいきません」
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の煌炎の書がふわりと浮かび上がり、守護使役のペスカが金の鍵を咥えて彼女に渡す。彼女は一つ頷きほんの封印を解く。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
高らかに術式を発動すれば、彼女の周囲を炎が取り巻き、指さしたその先の狐達を、荒れ狂う紅き炎が獅子の姿を形作れば敵陣を蹂躙していく。
「邪魔するというなら全て焼き払います」
紅き炎の魔女は炎熱の中で猛り狂う獅子の女王だ。獅子は女王に従い哀れな犠牲者を飲み込んだ。
その背にとんと当たるものを感じて、ラーラが振り向くとそこには天羽・テュール(CL2001432)の後ろ姿。
「こんなに押し寄せてくるなんてうんざりしますね。よろしければ一緒に戦いませんか?」
そのテュールの言葉にラーラは頷いた。
魔女と大魔道士の競演。猛る炎熱と脣星落霜は絡み合いながら、大火力でもって狐たちを屠っていく。
効率よくお互いを大填気でフォローし合いながら彼女らは歩を進めていく。
「大丈夫ですか?」
「はい! ボクだってまだまだ戦えます!」
ころんだ時の泥が頬を汚すが、その少年の笑顔は汚れなど寄せ付けないほどに輝いていた。
テュールは今日何度つかったかわからない星降らしの術式を展開する。だけど不思議なほどに力は湧いてくる。矢の概念は彼の能力を何倍にも高めている。よっぽど相性がよかったのだろう。それはラーラも同じだ。高揚感は二人を克己する。
「では、いきましょう」
ラーラが促せば彼は元気よく「はい!」と返事をした。
●
『小僧どもが、生意気な。左輔のもとにはいかせんというわけか』
貪狼が憎々しげに唸る。実際かれらFiVE連携した動きは、貪狼のもとに向かう戦力、オサキ達を足止めする戦力を見事に押し留めている。
なによりもにくき平安のもののふたちの自分を封印した概念は貪狼勢を強く退ける。
『憎し、憎し、憎し』
恨みをこめた一撃は覚者たちを貫き、多少とはいえないほどのダメージを与えるが、直ぐに回復手が回復してしまう。
鈴白 秋人(CL2000565)は馴染みの仲間と連携し、無駄のない回復と、バットステータスの回復、そして合間には攻撃を挟んでそつがない。
特に彼の持つ豊四季式敷式弓は三浦介の弓の概念と最も相性が良く、回復量さえもいつもより多くなっている。
「これ、すごいな」
宿った力のその威力に秋人は目をパチクリとさせるが、ありがたいにも程がある。彼は遠くにいる左輔に心の中で礼をいうと、また弓をひく。
「大妖や七星剣と戦う前に此処で負けたらどうなるか、想像するのは容易いからね」
だから必ずここで、貪狼を倒すと誓う。
「被害が、出るなら、消す」
少女桂木・日那乃(CL2000941)の考えはシンプルだ。自分たちに被害が及ぶから、その自衛。
飛行し多角的な視野を持った彼女は淡々と後詰めで回復をとばしていく。同じく回復手であるものに送受信で連携し、危険域まで体力が削られているものがいれば指示していく。
さすがにボスのいるこの場では大きく傷を受けるものも多い。余裕はほぼない。彼女が回復に奔走することで助かったものは数多い。ククル ミラノ(CL2001142)もその隣で彼女の指揮に従い傷つくものを回復させていく。
「がんばれ! がんばれ!」
猫憑きの少女のできることはそれだけだ。だからこそ声を張り上げ皆を克己する。
しかし、そのそれだけに助けられていたものも多いのだ。
如月・彩吹(CL2001525)は誰よりも早く真っ直ぐに貪狼に向かった。
ここは人だけの世界ではないけれど人の世界でもある。人はお前に殺されるためにだけ存在しているんじゃない。人と古妖が戦うなんて馬鹿らしいともおもう。何故それほどまでににくいのかわからない。血で汚れた頬を拭う。すごく痛い。一度膝をついた子だって何人もいる。貪狼のなかの勝利の星、破軍はどれほどまでに彼らを強くするのだろう。心が萎えそうになる。
『「廉貞星」の司るのは意志の強さと志の高さ、だろう? 勝利の星がなくたっていいじゃない! 負けないという意志をもって私たちは戦ってきた。今回もそう、あなた達と一緒に戦う道を諦めない!』
だけど彩吹はそう誓ったのだ。だから諦めるわけにはいかない。彼女は得物の柄を強く強く握りしめる。後にいる友人達を傷つけるわけにはいかない。
「……ったく、彩吹さん一人でたたかってんじゃねーんだから! むちゃすんなっての」
成瀬 翔(CL2000063)が彩吹の隣に立つ。ずっと一緒に戦ってきた大切な仲間だ。
「玉藻の前だか何だか知らねーけどな。そんな大昔の化石が蘇ってきていい時代じゃねーんだ! お前の時代はもう終わってるって事、きっちりわかって貰うぜ! 白い狐は絶対にわたさねーからな!」
翔もまた啖呵をきる。
この戦場のどこかに、妹や従姉、友達もいる。だけど彼は心配なんかはしない。信頼しているから。
『ほほ、吠えるか、人間よ。妾の名を気軽に呼んでいいと思っているのか? この痴れ者が!』
黒い鬼火が浮かび上がり、翔もろとも周囲を焼き尽くさんと彼らに着弾する。
「ふたりとも無茶しすぎ」
このチームで最も後で配置するのは麻弓 紡(CL2000623)。彼女は誰が敵でボスがどうだとかは興味なんてなかった。
彼女の大切な子たちはいつだってすぐ無茶をするのだ。今だって案の定。だから彼らには自分がいなくては。いいや、彼らが思う存分に無茶できるように支えてあげたいのだ。
彼らが守りたいもの、守りたい人、それを自分も護りたかった。
間に合わなそうだった回復を彼らに施せば少しだけバツの悪そうな顔になったのはしっかりと見届けた。あとでしっかりとお説教だ。
「あわせていこ」
紡が二人に声をかければ相棒と親友は頷く。まずは、紡のエアブリッド。そうすれば翔が一瞬のタイミングをずらして雷獣を展開させ、相棒同士の弾幕を作る。その弾幕を抜けるように近接した彩吹が告死天使(アズライール)の舞うような蹴撃を貪狼に直撃する。
『おのれおのれおのれ!』
貪狼の怨嗟の声が響いた。
「私には仲間がいるんだ。一人のお前にはまけない。お前はここで 倒させてもらう」
「ついに貪狼が動き出したねぇ……戦うための力は貰ったけど、耐久力は上がって無いから気を付けないとだね」
いつもそばにいる大切な人に蘇我島 恭司(CL2001015)は小言のように言ってしまう。彼女は戦闘中そのように心配されることをあまり良くはおもっていない。それでも心配してしまうのだ。もうこれは癖だとしかいいようがない。
「此方が倒れるまでに、倒せばよいかと。もとより私に耐久はありませんから」
柳 燐花(CL2000695)はこたえる。きっとそれは心配しているからだとはわかる。それでも心がカリカリとしてしまうのは緊張のせいだろうか?
「倒れる前に……そうだね。無理をしないようにとは言えないけれど、勝って「一緒」に帰らないとだねぇ」
何気ない恭司の言葉。彼だって今無理をしなくては勝てないことなんて承知している。そして彼女が無理をすることも。だから彼は言った。君も、自分も二人「一緒」でないと意味がないと。
「……そうですね。勝って一緒に帰りましょう」
彼は気づいているのか? 燐花にとっての寂しさを教えてくれたひと。愛しさを教えてくれたひとの『一緒に』の言葉がどれほど自分に戦う力をあたえてくれるのかを。
だからもう彼女は負けることはない。天の力を身に宿し、随分と慣れ親しんできた、激鱗を貪狼に叩き込む。
一筋なら平気だ。二筋、三筋なら? と問われたことがある。今はその問に答えることができる。
できる。後ろで大切な人が見守ってくれるから。たとえ倒れたとしても彼がその続きをなしてくれるから。信頼という、確かなものがそこにあるから。
「貪狼さんと仰いましたか。貴方が思うほど、人は愚かではありません。貴方に喰われるのは御免です」
『つけあがるな! にんげぇん!!』
一筋目。二筋目。連続で攻撃が入ればそのまま体力が削られていく。信じたあの人のサポートに自分が願うより早く満たされる。だから、三筋目だって平気だ。
「人は、弱いものではありません」
そう、人は支え合って生きていく生き物だから。決して弱くはない。
今時、B級映画じゃあるまいし世界支配なんて時代遅れだってわかんないのかしら? 芦原 ちとせ(CL2001655)は魂を震わせる。通常であれば同時に使用することができない、自らを高める強化が二重に重なる奇跡。
亡き人からうけついだ、この武器。ギュスターブを握りしめれば活力が湧いてくる。
「過去の過去の栄光にすがるなんてのは、格好悪いんだって」
濃霧がちとせの姿をかき消す。
『貴様、人間、どういうつもりだ!』
随分と簡単にこの貪狼という妖狐は激高するのだとおもう。だからなおさらちとせはそう思う。
「そういうのをね、今時じゃ痛い子とかかまってちゃんなんていうのよ」
『は?』
次の瞬間眼の前でほざいていたと思っていた小娘が後ろに移動して自分の肩口を切り裂いた。
『は、は?』
貪狼は何がおこったかわからない。しかし自分を形作る怨念が削られるような気がした。
「教えてあげる。わたしの。あの人の覚悟を」
『貴様』
貪狼は避けんがばかりに口を開き、少女を噛み砕かんとするが、その瞬間八卦の構えが発動し、自らの牙のダメージをが貪狼本狐に襲いかかった。
『な、なにをした』
貪狼にはなにが起きたかはわからなかった。
「これが、私の。あのひとの、悪を断つ思いだ!!」
貪狼の体に罅がはいっていく。束ねられた想いは強く、古きものを穿つ。
毒の効果がゲイル・レオンハート(CL2000415)を襲う。ずんと重くなる自らの武器はまるで手枷のようでもある。それでも彼はここにいる皆のために何度も、何度も回復をしてきた。
そのとなりで同じように皆を支えるのは栗落花 渚(CL2001360)。保健委員の腕章を掲げ彼女もまたこの場を支えるために何度も何度も回復術式を練り上げる。
萎えそうな気持ちですら「五麟学園保険委員、栗落花 渚。みんなの傷は私が治すよ!」と明るい声で吹き飛ばして皆の気力も支える。
こんな少女が頑張っているのだ。男であるゲイルはへばってなどいられないと、彼もまた前衛たちのフォローを続ける。
貪狼の苛烈な攻撃は焦りにも見える。だからゲイルは、渚に目を向けた。
渚はにっこりと笑うと、まかせておいて、保健委員のパワー見せてあげる! と男を送り出す。
日那乃もまた「いってきて、いい」と送受信を送ってくる。少女二人に見送られるなんて、なんて男冥利につきるのかとゲイルは思う。
一歩。前に進む。その歩みを止めようと貪狼の反撃が強くなる。二歩。肩口が大きくえぐられた。そして三歩。ゲイルは貪狼にたどり着く。
三歩破軍。それは拳法の理念を昇華した技術。
「お前の中の破軍と、俺の破軍。どちらが強いんだろうな! 玉藻の前の封印はもう必要ない! 今、この時を以って玉藻の前は消えるのだから」
極限まで高められたその拳が貪狼に叩きつけられれば、たまらず貪狼はその場に倒れ伏す。
『人間、人間、許さぬ! 許さぬ! 許すものか!』
泥をつけられた貪狼の憤怒の叫びがが異界中に響き渡った。
――いよいよここまできたんだね。
東雲 梛(CL2001410)は今までを思い浮かべる。最初のころしか関わってこなかったけれども。今のこの結果は皆が少しずつ少しずつ積み上げたもの。
左輔の願いをかなえるために。善き狐になりたいという、純粋な願いをかなえるために。
一歩ずつ進んだ皆の足跡を絶対に無駄にはさせない。梛は八卦に構える。
『またそれか……!にくらしや!にくらしや!』
その構えは自らの攻撃を跳ね返すものと知っている。だから貪狼はひるんだ。
「悪食や、アレ喰って構わんそうだ。お待ちかねのごちそうだ。嬉しいねえ」
その隙を縫うように怪人緒形 逝(CL2000156)が飛び込んでいく。
「切り裂いて、挽き千切って……残さず食い殺そう」
「わわ、ダメだよ、貪狼もまた、左輔さんの尻尾なんだから?」
テンションマックスで飛びこむ逝を梛は慌てて止める。
「悪食は汎ゆる禍を喰わねば気が済まない」
「違うよ。アレだって善なるものになるひとつなんだ」
「ふむ、間違ったらすまないね」
言って展開する激鱗は激しいものだ。
大丈夫かなとは思うが、その怪人じみた行動こそが彼らしさ、なのだとも思う。
ろうそくは消える瞬間がもっとも輝くという。確かに貪狼の強烈な攻撃は続いている。だけど。
「俺たちはもっと強烈だから」
彼女はずっと彼らと共にあった。出会った尾とはいつだって約束を交わしてきた。必ず左輔のためになると。そしていつか、大妖にも勝り、左輔ら古妖も守ってみせると誓った。
人は弱い。今すぐに彼らのような力を得ることは無理だ。それはわかっている。わかっているからこそ人は高みをめざしている。それが人のつよさだと、賀茂 たまき(CL2000994)はおもう。
それこそが人の、より善き世界へ向ける意思への祈り。
紫鋼塞を自らにつかい、ほかの皆にも使った。だけれども彼女はもうぼろぼろだ。他の前衛たちも一度は膝を折った。何度攻撃しても通じた様子のない目の前の大きな驚異に対して気持ちがなんど萎えそうになったかわからない。それでも束ねた皆の力は少しずつ、ほんの少しずつ効果を見せている。
だから彼女は前を向く。まっすぐと貪狼を見つめる。
『その目が気に入らん、何故だ、何故、貴様らは絶望せぬ?』
「こふっ」
たまきの腹部を狙い黒い鬼火が貪狼から撃ち込まれた。血液が口元から吹きこぼれる。視界がゆらいでいく。その視界の縁でもう一度鬼火が自らを狙っていることがわかった。
もう、無理なのかな。たまきはそう思って目を閉じる。
「たまきちゃん、やっぱり君が心配で来ちゃったよ。遅くなってごめんね」
振動に襲われるが痛みはない。温かいなにかに包まれている。そして聞こえた声は知っている。
大好きな、大好きなあの人だ。身を挺して自分を守ってくれた。こんなの、こんなのって……。
「ずるいです。奏空さん、こんなのヒーローじゃないですか」
「うん、俺はたまきちゃんだけのヒーローだからね」
奏空が手をのばす。たまきはそのてを握りしめ立ち上がった。
「お前の言う絶望とやらを俺達の手で希望に変える! それがファイヴだ!」
たまきの手を強く握りしめ奏空が貪狼に啖呵をきる。
『ふざけるな、ふざけるな!!!』
ぼぼぼっっと虚空に何度目かの鬼火が浮かびあがる。
「たまきちゃん!」
「はい!」
二人。ユニゾンする激鱗と無頼濁流符が貪狼に叩き込まれた。
『あぁあああああああああ嗚呼、嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼』
やがて崩れていく霊体。ほろりと、落ちた尾が左輔に向かう。貪狼の力が薄れ強制力がなくなってきているのだ。
『禄存め、口惜しや、禄存め。裏切るか』
「みんな!」
その合図を誰がしたかはわからない。けれども今を逃してはいけないのはその場で貪狼に相対する者たちにとって共通の認識だった。
秋人の矢が脇腹と首筋に着弾する。それを皮切りに、日那乃の空気弾が、翔と紡の絡み合うような螺旋を描く空気弾と雷獣が、恭司の雷獣が、ゲイルのアステリズムの輝きが、そしてたまきの御朱印帳による射撃が三浦介の思いを受け、貪狼を翻弄する。
『おのれ、おのれ! おのれええええ!』
尾をぶんぶんとデタラメに振り回し、貪狼は抵抗する。その一撃で倒れたものだっている。だが彼らは諦めない。
「私達は絶対に勝つんだ!! 破軍よりも強い、勝利の星は私達だ!」
飛び込んだ彩吹の槍と、ちとせのギュスターヴが重なり合うように貪狼を穿つ。
「さすがいぶちゃん!」
青い鳥の歓声が耳に届き、少しだけ好戦的だった笑顔が緩いものになった。
奏空の最後の力を振り絞った激鱗と梛の破眼光が貪狼を怯ませる。
「それでは、最後の力振り絞らせていただきます、人の力を御覧ください」
「悪食や骨肉だけで悪いやね」
満を持して、放たれるは、子猫と怪人の双激鱗。此の二人とてこれが最後の一撃だ。
『嗚呼嗚呼嗚呼!』
上総介の妖刀の概念が彼らの呼びかけに答え必殺の双刃と化す。
貪狼の悲鳴は空を割らんがばかりに広がりそして、消えた。
「貪狼、破軍」
ボロボロの左輔がさらにボロボロの貪狼と破軍に呼びかける。
「帰ってくるのじゃ。お前たちの負けじゃ。人の子と力を合わすことのできなかった、お前たちの」
『うるさい、左輔! 妾たちは、また、また悪を為したい、人の血肉を、人の苦しみを……』
「貪狼。もう気づいているはずじゃ。人は弱くはない。ひとは力を合わせるということができる。儂らとは違う。だから儂は人の子らと過ごしたいと思った」
『嫌だ、嫌だ、嫌だ』
「ダダをこねるな。本当に変わらぬ。お前は子供じゃ。なあ、儂らは彼らを見守りたい。それにお前たちもいるべきだと儂は思う」
『……』
「人の子のひかりというものは、とてもあたたかじゃ。こんな寒くて冷たいものじゃない。ふれてみよ」
貪狼の姿が揺らぐ。
揺らいで。
左輔の尾……キュウビの尾に戻った。
空が晴れていく。
青い、青い空が広がっている。
少し離れた所で、それを見上げた悠奈は。
「これで全部、な……ダメだ、もう無理だわ……」
そう言ってその場に大の字に倒れた。目に映る青は今まで見たどの空より美しい、そう思った。
誰もが妾を美しいと褒め称えた。
妾もまたそれが当たり前だと思った。妾は殷から追われて、天竺に。そして周の時代に中国に戻るもまた追われ、ヒノモトの国に渡ってきた古妖だ。
この国で得た名前は『玉藻前』。アヤカシ、古きアヤカシ、キュウビである。
平安のヒノモトは存外に暮らしやすく此の国の王もまた与しやすい相手ではあった。
だから、油断をしてしまった。天竺でも、殷と周でもやった失敗をまた重ねてしまったのだ。
その当時にもなれば人間は枷をかけられたが如くに源素の力をつかうことのできるものはいなくなっていた。その油断で憎き安倍にしてやられたのだ。ああ、憎し、憎し。
そして時は巡り現代。源素の本当の意味をしるものがいない今、これは好機だと妾は思った。
思ってしまったのだ。
だから、またこの国を手に入れたいと願った。
なのにどうしてなのに源素を操る者が当時より減っているというのに、「何故ひとがあのときの安倍よりも強い源素の力をもっているのか?」
●
この那須の空気は淀み、どす黒い瘴気が立ち込めている。確かにこの空気に触れれば一般人は無事ではいられないだろう。春になったというのに空気はまるで冬のように冷たい。冷たいというよりは悪意に満ちているというのだろうか?
それとは別にこのフィールドには毒が蔓延している。それは物理的にも一般人を、そして覚者ですら蝕んでいくのだ。
「はぁ? 子供とはぐれたァ!? チッ、分かった、ぜってー生かして返すから、待っててくれ」
緋神 悠奈(CL2001339)は乱暴な口調とは裏腹に丁寧に旅行者を抱き上げ声をかける。キョロキョロと辺りを見回して、一人の子供を探すが、見当たらない。
彼女は非力だ。それは自分自身が痛いほどわかっている。見送ったFiVEの歴戦の猛者たちとは比べようがない。しかし、自分にはできることが在る。
「あのさ、ちっちゃいこ、みなかった? 赤い靴に白いコートの。ああもう、アンタも助けるにきまってんだろ?」
子供を探しながら悠奈はひとり、またひとりと一般人を避難させていく。
毒が悠奈の体力を削っていく。
「お怪我してるひとはいませんか~?」
にっこり笑って悠奈を回復させたのは叶・笹(CL2001643)。彼の医学知識は此の場では重宝するものだ。AAAと、そして双子の弟の 叶・桜(CL2001644)にテキパキと指示しながらダメージが蓄積している悠奈をみつけたのだ。
「わりぃ」
「困ったときはお互い様ってね。まだ避難民は多いからがんばってもらわないと」
「つっても、無理はすんなよ、俺たちまで倒れたら本末転倒だ!」
笹と桜が口々に彼女を労る。
「はは、違いない。じゃあ、そこの兄さん、あっちたのんだ! ワタシはあっちを」
「りょーかい!」
梶浦 恵(CL2000944)は異界の外周部を大型トラックで走り回る。荷台にはガスマスクをつけたAAAの救護班をのせ、迅速に介抱できる状況にしていた。
まずは舞で、彼らの毒素を抜いた。そのあとは体力の回復。その間もAAAの救護班への指示は欠かさない。外縁部でSNSへアップする写真を撮ろうとしている高校生たちを諌めるのは随分と手間だったが、大型トラックという手段は外縁部で倒れる一般人の収容を容易にさせたのは間違いない。
十数人単位で退避させることのできる彼女は病院前で彼らを降ろすとまた次の被害者を探すために、イグニッションキーを回し、エンジンをかけるのだった。
秋津洲 いのり(CL2000268)もまた避難誘導を続ける。彼女のFiVEとしての貫禄は高い名声も相まって、一般人達も言うことを聴く。パニックを起こした者にたいして魔眼で落ち着かせることも有効にはたらいた。彼女はパニックはしてはいても怪我が少ない一般人に魔眼で自発的にAAAの元にいくように暗示をかければ、迅速に避難はできる。
同じく有名人といえば工藤・奏空(CL2000955)もだ。何処かで見たことのある彼の言葉には一般人も安心し誘導に従う。その際に奏空は毒対策にていさつ、情報の送受信と行動にそつがない。
向日葵 御菓子(CL2000429)はよく響く声で誘導をつづける。
「カンタ、よろしくね」
進化した成体の守護使役カンタが美しい声で囀れば、周囲の雰囲気が柔らかくなり、御菓子の言葉にみな注目する。
(前の全員が玉藻前として敗れたのに、分体でどうにかできると思ったのかしら? 欲に目がくらむと周りが見えなくなるという典型例かな?)
とはいえ、この魔界化は拡がっていく一方だ。とにかくそれだけは止めなくてはいけない。けが人を潤しの滴で癒やしながら御菓子は声を張り上げた。
高比良・優(CL2001664)は観光ルートを事前に調べそのルートに合わせて避難民を探していく。例の殺生石のあたりは普段から観光客は多い。最も危なそうな一般人を避難させるために殺生石の方向に迎えば、やはり案の定だ。物陰も注意深く観察し、一般人をみつけると背負い上げ動けそうな一般人と共に退避させていく。
その間にも取り残された人達の人数把握や位置把握、情報の共有でもって、連携した行動がとれたのは優のおかげでもあるだろう。
「あ、ついでに体力回復もお願いできませんか? まだ、体力低いから……」
あちこち走り回って、ボロボロの状態で優は御菓子にはなしかけると、彼女は「もう、無理するから」と苦笑しながら癒やすのだった。
「まあ、今ってほら、無理をするときですから」
これ以上一般人が近づけないように妖精結界を展開した離宮院・太郎丸(CL2000131)はうんうんと頷くと次は退避するための動線を考える。
効率のいい導線にそって誘導することは一般人を運ぶ覚者たちにも有効に働く。
導線の確保というものは避難誘導にとって最も大切な一つだ。
まだまだ退避は終わらない。だから、太郎丸は次の場所に向かった。
人は怖い、今の状況はもっと怖い。だけれども、そうはいっていられない。
自分の力がすこしでも誰かの役にたてるのなら。
月影 朧(CL2001599)は飛行しながら、一般人を退避させていく。少しでも周囲の空気を元に戻すために何度も何度も清廉珀香で浄化した。意識のない人には回復もした。それでも沢山たくさんの人間が倒れているのだ。それは彼にとっては少しだけ気楽ではあったのは確かだ。倒れている人であれば自分に危害は加えないから。
でも助ける理由はそれだけではない。自分が助けてあげたいと思ったから。そして……。
「……死ぬのは……本人にとっても……家族にとっても……きっと……怖い事の……はず……だから……」
神幌 まきり(CL2000465)は清廉珀香をふりまきながら毒の効果を少しでもうすめようと走り回る。
「みなさん、落ち着いてこちらへ! 私たちが安全なところまで誘導します!」
彼女の動体視力は激しく動いていてさえも、けが人を見逃さない。動けない老婆を背負い、AAAに送受信で連絡すれば、避難箇所を指示される。何度も何度もそのルーティンを繰り返しているが、彼女は少したりとてめげることは無かった。
「お怪我されてる方もご安心ください」
「おねぇちゃん、もう怖くない?」
小さな少年が足元にすがりつく。よしきたショタ。いやいや、今は仕事中。でも約得。そんなことも想いながらまきりは現場を走り回ったのである。
「みんな! あとはワタシがなんとかすっから、戦えるひとは手伝いにいってきなよ!」
大まかにおいて避難は達成されたころ、悠奈が迷子の女の子を抱えて、避難誘導中の覚者達に叫ぶ。
もちろん避難を続ける者もいるが、数人は頷くと奥に向かって走りだした。今度は仲間をたすけるために!
残る優や朧とも連携して、彼女らは避難誘導を続ける。
●
「左輔ちゃんには近付けさせないんだからぁ!」
皐月 奈南(CL2001483)は手にした手榴弾をオサキ狐たちにぶつけ牽制する。彼女にとっては悪い狐から左輔を守ることが使命だ。
鷹の目で戦場を見渡す。ホッケースティックの改造君をふりまわしながら、最も敵陣のなかでも深い場所に突っ込んでいく。
「ナナンはねぇ、やっぱり、お父さんとお母さんや友達や、みんなみんな笑ってる世界がいいなぁって思う」
ぶんと振り回された改造君から烈破が吹き出し、オサキ狐たちを屠る。
「おお!」
そのいつもと違う火力にびっくりしつつも彼女は元気いっぱいにまたもう一度改造君をふりまわした。
「暗黒大魔神ちゃんが好きな魔界になんか、絶対にさせないんだよぉ!」
「さあ、鬼丸。征きますわよ」
西荻 つばめ(CL2001243)は上総介の刀の概念によって強化された疾風双斬の威力に頷くと、足を踏み出す。
左輔への道行きは自らが止めるとたつ姿は美しくも苛烈だ。
回り込まれないように奈南の後に付き、彼女の死角を無くす。それでも大量のオサキ狐はつばめを屠ろうと横合い下方から伸び上がるように向かってくる。
「甘いですわ」
彼女に不意打ちは効かない。一刀両断にして切り捨てられたオサキ狐は悲鳴を上げつつ消滅した。
「この護り、そう簡単に突破できるとはおもわないでいただきたいものですわ」
「左輔ちゃん、絶対にまもるからね」
左輔の直ぐ側に陣取った成瀬 歩(CL2001650)はぐっと拳を握りしめ、左輔を守ると誓う。
「無理はするな」
「ううん、あゆみはね、自分が弱いってしってるんだ。だから戦うのはむつかしいの。でも左輔ちゃんを守りたいんだよ! 左輔ちゃんの中にいる巨門ちゃんと廉貞ちゃんに約束したんだもん」
まっすぐ前を見つめる瞳には闘志がみなぎっている。
「そうか」
左輔の中の巨門と廉貞が……主に巨門がさすが狐たんかわゆすとか騒いだ気がする。
「お前はりっぱじゃな」
左輔は周囲を癒やしながらも微笑む。
「みんなもね、がんばってるの」
「そうだね」
如月・蒼羽(CL2001575)がそんな歩の隣にくるとぽんぽんと頭を撫でる。
「危ないからね 歩ちゃん、出てきちゃ駄目だよ。回復役は最後まで立っていてくれないと、ね。それは左輔さんも同じですから」
蒼羽の言葉に歩は元気よく「うん! あゆみは一生懸命みんなのケガを治すよ!」と答え、それに満足した彼は左輔を取り囲むようにして前に出て眼の前の狐たちに雷の矢を降り注がせる。それは言わば雷神ノ檻。囚われた狐は一律として動きを阻害されていく。
(玉藻の前か 大物が出てきたね。だけど僕たちがいてほしいのは人を殺すキュウビではなくひとを信じてくれる狐神なんだ。取り込まれるわけにはいかないよね)
彼の笑顔はそのままだ。然しその視線は敵を穿つ刃のように鋭い。
追って彼は星を喚び降り注がせる。普段とは桁違いの威力。彼はそれに動じることもなく、確実にオサキ狐を屠っていく。フォローするように周囲に癒やしを齎すのは環 大和(CL2000477)。
ホルダーから符を一枚抜き取り口づけるいつもの儀式。今日は負けるわけにはいかない。だからこそいつものようにいるための儀式がそれだ。
「左輔さん、お疲れ様。わたし達が貴方を守るわ。後ろに下がっていて下さいね」
彼女は今まで何度も左輔の依頼をこなしてきた。だからこその信頼が左輔にはあった。
彼女の願いは人と古妖との共存。貪狼の狙いである古妖が人を支配するなんていうことなんてあってはならないのだ。それに……貪狼だって、悪性の尾であっても穏やかに、幸せに暮らすことができるのであれば、きっとその尊さがわかるとおもう。いや、そうなってほしい。貪狼だって古妖のひとつだ。だったら貪狼ともまた共存を望んでしまう。それが大和の純粋さであり、強さだ。
「皆、思う存分に術式をつかってね。わたしがフォローして、支えるから」
お手伝いしてくれる人に犠牲はでるのは嫌だから……。大辻・想良(CL2001476)は実力派のAAA職員たちのそばに陣取る。AAA職員たちの攻撃に合わせ雷獣を落とせば、彼らはその類まれない火力に目を見張り、さすがはFiVEの大辻さんだと褒めそやされ、想良は真っ赤になって小さな声で、敵は、まだいますと再度雷獣を落とした。
AAAも負けていられないと奮起し、オサキ狐に向かう。想良の存在は彼らに大きな力を齎したのは間違いない。
「天」
彼女が自らの守護使役を呼べば阿吽の呼吸で周囲をていさつし、回り込まれない動きをAAAに指示すれば「了解であります! 大辻隊長殿!」と敬礼する。
「ふざけないで」
さらに真っ赤になった想良は口の中でごにょごにょするのであった。
「あー! もう! 大変なときだってのに、さらに面倒増やすんじゃねーよ、もー! とっとと片付けて五麟に帰ろうぜ、センパイ! 金剛との勝負が待ってるぜ!」
これまた元気に暴れるのは鹿ノ島・遥(CL2000227)と酒々井 数多(CL2000149)のコンビ。
「そうね。ここの温泉に入るのもわるくないけど! 行くわよ!」
温泉の言葉に一瞬だけ遥は想像するものもあるが振り払って眼の前の敵に目を向ける。
「よろしくな左輔さん! この鹿ノ島遥が来たからにはもう安心! 寝転がってな!」
「左輔さん、任せといて! あんな黒いのパツイチパーペキ! 尻尾全部もどったら、もふもふさせて! きゅーびもふとかやってみたい!」
「あ、ああ」
少々その勢いに左輔は押されるものの、なんとも心強いことか。
「んじゃ、センパイ、また勝負といこうか。どっちがより多く、狐をぶっ飛ばせるか。勝った方がメシ奢るってことで!」
「あんた、言ったわね。那須の名産品ってなんだっけ? いいや、目一杯遥君にはおごってもらうから!」
その返答に遥はほくそ笑む。これ、勝っても負けても一緒に御飯を食べるという目的は果たされるのだ。
果たして桃色の髪の剣士は気づいているのだろうか?
「ふふ、私は刀もちよ? めっちゃ有利!」
ニヤリと笑う数多。大丈夫だ。これは全く気づいてなどいない。
「へっへーん、刀持ってるから自分が有利と思った? オレもちゃーんと考えてるからね!」
言って、遥は新技、烈破をオサキ狐にお見舞いすれば、極まった練度である彼の火力は倍加し狐を蹴散らした。
「なにそれ! うそ!あんたいつの間に! ずるい!」
言って数多も体内の火のモトをたぎらせ、前に出る。さあ、拳士と剣士の勝負は始まったばかりだ!
鳳凰が羽ばたくが如くの聖風がフィールドに癒やしを齎す。自然治癒力を克己させるその奥州 一悟(CL2000076)の技は毒の効果を和らげる。
「九尾の狐とはいままで全く縁がないんだけど……。まあ、そんなこと言ってられねえよな。左輔に倒れられたら、なんか色々ヤバそうだしさ」
拳を打ち合わせると彼は決め台詞を告げる。
「奥州一悟、見参! 左輔はやらせねーぜ!」
その名は有名を轟かせる名前。AAAも左輔もその名に安心を覚える。
狐たちの真ん中に火柱が上がれば、狐は怯えるように一歩下がる。それに一悟は一歩踏み込み鋭い抜き手を繰り出せばその線上にいた狐がばたばたと倒れ消えていった。
「護ると誓った以上指一本触れさせへんで!」
同じく護り手である焔陰 凛(CL2000119)もまるで自らが焔のように燃え上がる。
仲間と左輔その両方を守る位置に彼女はつくと、遠く距離にすれば百数メートル向こうで此方をにらみつける貪狼を逆に睨め返す。
不敵な笑いと共に繰り出す焔陰流の技のキレはいつもより増している。
自らこそが盾という挟持はどこまでも凛を強くする。
「400年続いた焔陰流舐めるんやないで!」
鷹の目と超視力。その両方が合わさった目は敵の動きも、攻撃も見逃さない。
烈火の焔のように立ち回るその姿は美しくも苛烈だ。すう、と深呼吸をし彼女は叫ぶ。
「さあ来い! そう簡単に左輔さんが取り込めるおもたら、大間違いやで! 焔陰流21代目(予定)焔陰凛、推して参る!!
ここがターニングポイントだ。菊坂 結鹿(CL2000432)は、自らを強化し、その火力でもって、周囲の敵を荒波で押し流していく。普段のまるで揺蕩う水のような、草木を育む土のような柔らかさは消え、今は立派な戦士である。
「なにより力を貸していただいているうえに、わたしたちと分かり合おうとしてくださっているんです。今度はわたしたちがその思いに応える番なんです」
構えた蒼龍が真っ直ぐに敵を穿つ。
だから、と彼女は戦うことを選んだ。その実直な剣筋は守るための挟持。人は守るものがあれば、どれほどまでにつよくなれるのだろうか?
灼熱の思いでもって左輔を守るは鯨塚 百(CL2000332)。
近づいてくる敵を順番に吹き飛ばしていく。どんなものも左輔に触れさせないというその挟持は小さな拳を苛烈なものに変える。何度撃ったかわからない。そんなことなんてどうでもいい。傷つこうがかまわない。自分の拳は守るための拳。やがて体力が尽きていきそうになるのを、ふわりと息吹が癒やす。
振り返ればまきりの姿。
「だいじょうぶですか?」
ショタのピンチはみのがさない! まきりは百の隣に並ぶ。
「もちろん! まだまだいける!」
「そうですか。ならばフォローします」
二人は真っ直ぐに驚異を睨みつけた。
そして遅ればせながらも左輔の近くにくるのは叶兄弟の双子だ。
「もふりたい!」
桜もまた狐尻尾に魅入られた(?)者である。
「桜、触りたいなら馬車馬の如く働きな」
「てかさっきも働いてきたんだぞ! とはいえ、負けてらんねえもんな、なあ、左輔! 無事に終わったらモフらせてくれよな!」
「いいから働け」
長い脚をまるでナイフのように扱いながら、戦う笹もまた、もふりたいという気持ちは隠しているのだ。
「意地でも護り抜くぞ!」
●
英霊の力を引き出せば体全体に気力が満ち溢れていく。
自分の役割は貪狼に向かう人への道創り。上月・里桜(CL2001274)は澄んだ目を真っ直ぐに前に向けると深呼吸をする。
ていさつで把握した位置関係。そして土の心で地形も把握した。それを貪狼に向かう人にも送心した。あとは、もう道を作るだけだ。粘つくような霧が展開され、オサキ狐たちの能力を下方修正する。
露払いというものは目立てるものではない。でも彼女は自分のそれを選んだ。自分の挟持として。だから自らの全てを使う。その精神は尊く美しい。
「罷り通らせていただきます」
砕かれた岩が礫となってオサキ狐に襲いかかった。
「さて、お久しぶりやけど、すこしでもお役にたたんとね」
しゃらんと、尻尾の鈴を鳴らして、椿 那由多(CL2001442)。その背を守るは十夜八重(CL2000122)。
「八重さん、うちの我が侭でごめんなさい、いつものように背中預けます」
「ふふ、那由多さんに頼まれたら例え火の中水の中ですよ? 背中はしっかり守りますから、安心してやりたいようにしてくださいね」
それは信頼の証。彼女らは目も合わせることはない。お互いがお互いのやりたいことをフォローし合う。それは合図もなにもいらない。
那由多の攻撃のために八重は捕縛の蔓で動きを阻害すれば、すかさず那由多はそこに大きな炎波を打ち込む。
「料理は火力が生命ですからね? ふふ」
「お料理いうたら、お狐さんには油揚げが相場やけど、お生憎今日は持ってへんのよ」
八重の軽口に同じく軽口で返す那由多。
「あら、もってきていたのなら、仕上げは強火で二度揚げとおもったんですけど」
「八重さんたら、それうちがお料理するんやろ?」
「あら、バレちゃいました? では、かわりにお狐さんを料理してください」
「んもぉ、八重さんたら冗談ばっかり」
乙女たちの少々物騒な女子トークは朗らかに続いているが、油断はしていない。確実に連携を重ねて彼女らは後に続く者たちのための露払いをする。
「まったくかわいくない狐たちね。数はおおいけど」
南条 棄々(CL2000459)のチェンソー剣がそばにいる狐を切り刻む。……チェーンソー剣。ギリギリ、ギリギリOKである。その切れ味はいつもよりも随分といい。
「できる限り、たくさん、ズタズタにしてやるわ」
その上総介の概念もまさかチェンソーに宿るとは思ってはいなかっただろう。棄々はなんともごきげんである。
「いいわね! これが妖刀の概念。いくらでも、いくらでも切り刻めそう」
テンションの上った棄々は飛び出し、あいつも、あいつもあいつもあいつもと切り刻んでいく。
「いえーーーい!」
同じくハイテンションなのは筍 治子(CL2000135)。まるで雨後の筍のようなハシャギっぷりだ。
指先をぐるぐると回したかと思うと「そこ!」と叫び密集するオサキ狐を撃ち穿つ。
「マリーも風邪を引いてる場合じゃありません! 楽しくいきましょー!」
テンションが高いと言っても彼女はクレバーに立ち回る。己を最も活かすことができる立ち回りを理解し、時には他者をフォローする冷静さも持ち合わせている。
ふと、彼女は明らかに他の狐と違う動きの狐をみつける。あー、あーみーつけたみーつけた。言いつけますよ!
「あそこあそこー!」
テンションたかく指差し、火力の高いものに声をかける。
「ナイスです!」
その声に答えるは三島 椿(CL2000061)。水で構成された龍の牙が列をなす狐たちを薙ぎ払った。司令塔を失った狐たちは途端隊列を崩すが、他の狐が司令塔になり指揮系統を回復させようとするがその隙を見逃す彼女らではない。同時に同じ敵を狙い治子と椿の攻撃が波状に着弾すればそのグループは消滅する。
「ひゅー、さすがです! じゃあ次いきましょー」
「彼らは弱ってるひとを狙うみたいだから、狐が集まってるところには指揮系統を持つものがいると思って」
「はー、なるほど、クレバーですね!」
「あと怪我をしてるひともいるかと思って」
ふと二人に悲鳴が届く。それっぽいですね、と目を合わせた二人は頷き、即席のパーティは悲鳴のもとに向かって走り出した。
「貴方は大切なひとの大切なひとだからねー、そりゃ壁にもなりますって」
真屋・千雪(CL2001638)はそのあとに「僕のが弱いけど」とつけたし、ボディーガードのその対象に話しかけながら集中を挟み確度をあげた捕縛の蔓を展開する。
「いえいえ、頼りにしてますよ。ありがとう」
周辺の味方に自然治癒の護りを付与していた天野 澄香(CL2000194)が礼を言う。
「本音を言うとねー、ボスアタックにいって彩吹さんが気になるんだけど」
適材適所というものはある。それを千雪は痛い程に実感している。だから彼女を信じて、友人を信じて送り出した。
「ふふ、千雪くんがかっこよかったって言っておきますよ」
「え!ほんとに?」
「ええ、だからっ!」
千雪に向かってきた狐を召炎波で澄香が迎撃する。
「かっこいい所見せてくださいね、5割マシくらいで伝えるから」
「それじゃやる気ださないとねー。っと危ない」
逆方向から澄香に襲いかかる狐から千雪は彼女をかばう。
「帰ってきたら、お茶に誘うんだ……」
「そんなフラグみたいなこと言わないで、ね」
傷ついた千雪を澄香は回復する。
(私達の為に少々ご無理をなさったようで…あんなに弱られるまで頑張って下さったそのお気持ちに人間としては何としてでも応えなくてはなりません、ね)
澄香は振り向く。あの狐たちの群れの向こうに左輔と左輔を守る仲間。そして貪狼に向かう仲間がいる。だからこそ、この戦場で道を作らなくてはいけないのだ。
「奥行く民は揃ったかい?それじゃ、王子ローカルエクスプレスの出発だ!」
雨が降ると15分遅れる京都線をなぞらえ、いつもの軽口でプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)は貫殺撃で妖の群れに風穴を開け仲間のための道を作る。本日は、この異界の向こうは晴れだ。遅れなどありはしない。
「民を守るのが王家の基本だからね、遠慮なく敬愛してついでにときめいて良いよ!」
プリンスに礼をいい、貪狼に向かう背に彼はそう投げかけると、彼らを追う狐を地を這う連撃で阻止する。まさにここは通さないと言わんがばかりに。
さり気なく傷ついたものや回復手を守る手腕は特筆に値する。守られた方が気づかないようなさり気なさに誰がきづいただろうか? 傷ついた彼が弱っているものだと思った狐たちは彼に集中する。それこそが彼の狙い。
「続々おいでよ森のいきもの! 沢山カチカチしてあげよう!」
一層声を高く張り上げ、プリンスは八卦に構える。極まったその結界王の力は彼を攻撃する狐たちを逆に一網打尽にしてしまう。
「所で今回、この動物ランドは何しに来たんだい?」
「何をしにきた、というのは違いますね。もともとここにいたわけですから。そして彼らの狙いは一般人を人質にかの善のキュウビをおびき寄せたということでしょう。いやらしいやり方です。公共の電波をつかってまで、宣言されれば、我々FiVEも出てこざるを得ないということです。」
プリンスのさり気なさに気づくことのできる一人、新田・成(CL2000538)が彼に答える。彼もまたプリンスをフォローするために彼のそばにきたのだ。
眼の前のグループの司令塔は把握している。司令塔を倒しても次の司令塔に。狐なのにいたちごっことはこれ如何に。
数は多い、それもうんざりするほどに。
司令塔があるのであればそのグループごと群れをへらすことを主眼に戦えばいいと、成は看破する。
数の減った個体が補充されているわけでもないのは今までの様子をみていてもわかる。ならば減らせばいい。単純な話だ。
仕込み杖から貫通弾を撃ち出す。遠距離でなおかつ刀。三浦介の矢の概念、上総介の妖刀の概念を乗せた貫通弾は気持ちのいいくらいに狐たちを屠っていく。
成の笑顔が凶悪なものに変わる。それはかつて浮かべていたものと変わらぬ、東と西で別れていたあの戦場でのものと同じもの。
「露払いと言いますが、別に全て斬っても構わないのでしょう?」
「…なるほど、先生は先に逝っていましたか」
崎守 憂(CL2001569)はこのFiVEに来て、恩師が死んでいたことを知った。自分の目の色のような赤い髪をしたあの人はもういない。
「そして、今の私があるのは先生のおかげと……無知とは情けないことです」
彼女はとる戦法は後の先を取るカウンター戦術。一次境界と二次境界でもって敵を屠る。それをまるで相手に見せつけるように彼女は進む。さあ、みよ。迎撃が必要だろうと。
「進みましょう…えぇ、進みましょう。未知を既知としましょう」
ふわりと、白い髪が風に煽られる。狐がその迫力に飲まれるように後に下がる。
「どうしましたか?」
歩みはとまらない。
「あの人が歩めなかった道を僅かにでも代わりに……そして、共に」
魂の軋む音。未知が一つ既知になった。ああ、先生はこんな事を。そして私もまたそれを知ったことにたいして、あの人はこんなことのためにと、ため息をつくのでしょうか?
灼熱化した体は更に、更に深化する。まるで全てを燃え尽くすような炎の化身。
憂はにこりと微笑んで、さらに歩をすすめた。儚い生命の面影ひとつ。あの人は納得して消えたのでしょうか? それは今となってはわからない。永遠の未知。既知に転じることはない。
でも、でも、貴方に近づけば、すこしでもわかるのかもしれない。
「さぁ、近づくなら巻き付き引き裂き飲み込み尽くしますよ?」
憂とすれ違った狐が一瞬のうちに蒸発して消えた。
「遅れ馳せながら、参戦致しますわ!」
いのりは杖を突きつけ宣言する。
迷いの霧が周囲に立ち込めれば、狐たちが弱体化されていく。
「そちらが司令塔ですわね」
追っていのりは見つけた司令塔もろとも深淵に眠る恐怖を暴露すれば、明らかに司令系統が乱れた。
「貪狼退治の邪魔はさせませんわよ!」
貪狼に向かう彼らをフォローするように、露払いをする魔女は高らかに告げる。邪魔するものの破滅を。
「はわわ、見た目はかわいいに、こわい凶暴な狐さんなの!」
狐といえばおおきな尻尾にもふもふの耳。ふわふわの動物で、オサキ狐も古妖とは言えすこしは可愛いとおもっていた
野武 七雅(CL2001141)はその凶暴さにびっくりする。
とはいえ、そんな彼女とはいえ、立派な戦士だ。仲間がボスにたどり着けるようにと術杖を構え通せんぼをする。
傷ついた仲間を癒やすように杖をふれば、回復の雨が仲間を潤す。
「ふれー! ふれー! みんな! なの!」
自分にできることは多いわけではない。だから彼女は得意の回復の技を使い続ける。
ボスに向かう皆が無事でありますようにと願いながら。
椿屋 ツバメ(CL2001351)は白狼の大鎌を振るう。まるで死神のように。炎で強化された彼女の疾風の刃は一撃とはいわずとも、着実なダメージを狐たちに与えていく。
体力自慢はお前たちだけではないと、柔軟な動きと抜群のバランスセンスはまるで踊るかのようである。
体力が少なくなれば味方の支援もうけ、回復すればまた飛び出していく、戦場を駆ける美しき死神。
「お前達の命、刈り取らせて貰う」
深い霧の中から突如現れたツバメはまたひとつ、いのちを刈り取った。
撃破数勝負は何も、一組だけではない。
水蓮寺 静護(CL2000471)と天城 聖(CL2001170)もその一組だ。
「ちょっとセーゴ! 今私狙ったでしょ!?」
「聖、貴様! 今俺を巻き込んだな!?」
フレンドリファイアは一回まで。そんなルールがあるのかないのか。彼らは同じようにお互いの後にいる狐を狙ってわざとギリギリに弾道と剣筋を設定したのだ。
まさに同時、お互い様の二人だ。とはいえその行動は気づいているのか気づいてないのかお互いのフォローにも繋がっている。
似た者同士とはよく言ったものだ。
どっちが狐を倒せるかのゲーム。こんな非常時にゲームなどと浮かれおってと静護は思うが、彼とて負けず嫌いの少年だ。勝負を挑まれて無視をするほどにストイックでもない。
「もちろん負けたら罰ゲームありだよ!」
「負けた方は何だ、ジュースの奢りか? まあいい、僕が勝つにきまっている。好きなものを賭けるといい!」
「はーはーはー? いったねー? きいたからね! それ後悔させたげる! まー私が勝つに決まってるしー?何にしよっかなー? よーい、どん!」
「おい、貴様、どんと同時に攻撃とはずるいぞ!」
「勝負とはシビアなのだー」
小悪魔が飛び上がり、上空から星をおとせば、剣士は地上で剣の花となる。水が生み出す龍の牙は確実に敵を屠っていく。
彼女が狐を倒せば彼はさらに倒す。その繰り返しが、その切磋琢磨が彼らの強さに繋がっているのだ。
彼らはニヤリと不敵に微笑む。誰でもない、このライバルにだけは負けたくないと、彼らは次の獲物に向かった。
「どいつもこいつもご苦労なことだな」
香月 凜音(CL2000495)は、仲間を癒やす。
一個体の中で善性と悪性が別れているというのがどうにも理解できない。それでも自分がやるべきことは理解している。
「お前ら無理はするなよ。どんどん癒していくから、確実に1体ずつ落として行こうぜ」
凛音のかけた言葉は理に叶っている。千里の道は一歩から。彼はそんな一歩が大事だとおもっている。
手があけば召炎波。必要があれば回復と的確な行動は場を保つことに一役かっていた。
「結局、人と妖の生存競争ってことに落ち着くのかね、ここ一連の戦いは」
今回は正確には人と古妖の戦いであるのだが、お互いの生存権を得るための戦いは古来より連綿と続いている。それに少しだけうんざりとしてしまう。
「まぁそれ以外にも人同士のいざこざとかがあるが……」
思い出すのはここ最近激化した人同士の戦い。七星剣とFiVEの抗争。本当に馬鹿らしい。人同士ですら争うのだ。ならば既知外の存在である古妖の善性と悪性が争うのもそれほどおかしいものではないように思えてしまう。
「考えてもわっかんねえな。とにかく、今はできることをするだけだ」
彼は傷ついた仲間を見つけると、駆けていった。
「最大20体かぁ~」
自分の攻撃で巻き込める数を実際に試してみて、残りの狐の数と比べる。えっと、にじゅうかけることの……。
「うへぇ、すっげえダルい」
萎えそうになる気持ちを両の手で頬を叩くことで振り捨てた天乃 カナタ(CL2001451)は気を取り直して、召炎波を狐のグループにに撃ち込んだ。
こうやって地道にコツコツやっていくのは柄ではない。それでもやらなければ終わらないのだ。
「っしゃ、俺なりにがんばりますかねーっと」
口ではいいながらもカナタは着実に成果をあげていく。第六感と直感で司令官をみつけたり、襲われそうになっているものを見つけたら声をかけてフォローしていく。
「ありがとう、たすかったわ」
そのフォローに助かっているのは立石・魚子(CL2001646)もだ。
彼女はトップランカーでも英雄でもはない。だから自分なりの戦い方で現場を攻略していく。
「どーいたしましてー! っと、痛って、噛まれた!」
狐に噛まれたカナタにすかさず魚子は息吹での回復をカナタに齎す。
「お互い様よ。まだまだ敵は多いもの、こっちも連携していかないとね」
「そのとおりだ、背中任せた」
「わ、わかったわ!」
誰かに背中を任せてもらうことはなんと心がつよくなるのだろう。魚子は思う。
いつか、あいつらともこうやって戦えたらいいな。居候先のあの双子はどこで戦っているのだろう。無事だといいな。桜は怪我をしていないといいんだけど。
思うことは沢山ある。だから、彼女は此の戦いを早く終えて、彼らにあって話するために、貪狼に向かう仲間を狙う狐の足止めをした。
後方支援に徹するは鼎 飛鳥(CL2000093)。
傷ついたものを探して戦場をあちらこちらと移動する兎の看護師が彼女だ。
持ち前の明るい声が皆の心も癒やし、水の術式で体も癒やす。兎のもつ鷹の目は戦場を見渡し、けが人を見逃さない。それでもチャンスがあれば、攻撃は忘れない。
走り回って疲れた彼女はその場で深呼吸をする。その隙をねらって狐が飛び込んでくる。
「わわ! 必殺ウサギさんぱーんち!」
穏やかにみえるゆるゆるふああな兎はいざというときには随分と凶暴なのだ。
「勝つのは左輔さんと私達……悪い狐さんに主導権を渡すわけにはいきません」
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)の煌炎の書がふわりと浮かび上がり、守護使役のペスカが金の鍵を咥えて彼女に渡す。彼女は一つ頷きほんの封印を解く。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
高らかに術式を発動すれば、彼女の周囲を炎が取り巻き、指さしたその先の狐達を、荒れ狂う紅き炎が獅子の姿を形作れば敵陣を蹂躙していく。
「邪魔するというなら全て焼き払います」
紅き炎の魔女は炎熱の中で猛り狂う獅子の女王だ。獅子は女王に従い哀れな犠牲者を飲み込んだ。
その背にとんと当たるものを感じて、ラーラが振り向くとそこには天羽・テュール(CL2001432)の後ろ姿。
「こんなに押し寄せてくるなんてうんざりしますね。よろしければ一緒に戦いませんか?」
そのテュールの言葉にラーラは頷いた。
魔女と大魔道士の競演。猛る炎熱と脣星落霜は絡み合いながら、大火力でもって狐たちを屠っていく。
効率よくお互いを大填気でフォローし合いながら彼女らは歩を進めていく。
「大丈夫ですか?」
「はい! ボクだってまだまだ戦えます!」
ころんだ時の泥が頬を汚すが、その少年の笑顔は汚れなど寄せ付けないほどに輝いていた。
テュールは今日何度つかったかわからない星降らしの術式を展開する。だけど不思議なほどに力は湧いてくる。矢の概念は彼の能力を何倍にも高めている。よっぽど相性がよかったのだろう。それはラーラも同じだ。高揚感は二人を克己する。
「では、いきましょう」
ラーラが促せば彼は元気よく「はい!」と返事をした。
●
『小僧どもが、生意気な。左輔のもとにはいかせんというわけか』
貪狼が憎々しげに唸る。実際かれらFiVE連携した動きは、貪狼のもとに向かう戦力、オサキ達を足止めする戦力を見事に押し留めている。
なによりもにくき平安のもののふたちの自分を封印した概念は貪狼勢を強く退ける。
『憎し、憎し、憎し』
恨みをこめた一撃は覚者たちを貫き、多少とはいえないほどのダメージを与えるが、直ぐに回復手が回復してしまう。
鈴白 秋人(CL2000565)は馴染みの仲間と連携し、無駄のない回復と、バットステータスの回復、そして合間には攻撃を挟んでそつがない。
特に彼の持つ豊四季式敷式弓は三浦介の弓の概念と最も相性が良く、回復量さえもいつもより多くなっている。
「これ、すごいな」
宿った力のその威力に秋人は目をパチクリとさせるが、ありがたいにも程がある。彼は遠くにいる左輔に心の中で礼をいうと、また弓をひく。
「大妖や七星剣と戦う前に此処で負けたらどうなるか、想像するのは容易いからね」
だから必ずここで、貪狼を倒すと誓う。
「被害が、出るなら、消す」
少女桂木・日那乃(CL2000941)の考えはシンプルだ。自分たちに被害が及ぶから、その自衛。
飛行し多角的な視野を持った彼女は淡々と後詰めで回復をとばしていく。同じく回復手であるものに送受信で連携し、危険域まで体力が削られているものがいれば指示していく。
さすがにボスのいるこの場では大きく傷を受けるものも多い。余裕はほぼない。彼女が回復に奔走することで助かったものは数多い。ククル ミラノ(CL2001142)もその隣で彼女の指揮に従い傷つくものを回復させていく。
「がんばれ! がんばれ!」
猫憑きの少女のできることはそれだけだ。だからこそ声を張り上げ皆を克己する。
しかし、そのそれだけに助けられていたものも多いのだ。
如月・彩吹(CL2001525)は誰よりも早く真っ直ぐに貪狼に向かった。
ここは人だけの世界ではないけれど人の世界でもある。人はお前に殺されるためにだけ存在しているんじゃない。人と古妖が戦うなんて馬鹿らしいともおもう。何故それほどまでににくいのかわからない。血で汚れた頬を拭う。すごく痛い。一度膝をついた子だって何人もいる。貪狼のなかの勝利の星、破軍はどれほどまでに彼らを強くするのだろう。心が萎えそうになる。
『「廉貞星」の司るのは意志の強さと志の高さ、だろう? 勝利の星がなくたっていいじゃない! 負けないという意志をもって私たちは戦ってきた。今回もそう、あなた達と一緒に戦う道を諦めない!』
だけど彩吹はそう誓ったのだ。だから諦めるわけにはいかない。彼女は得物の柄を強く強く握りしめる。後にいる友人達を傷つけるわけにはいかない。
「……ったく、彩吹さん一人でたたかってんじゃねーんだから! むちゃすんなっての」
成瀬 翔(CL2000063)が彩吹の隣に立つ。ずっと一緒に戦ってきた大切な仲間だ。
「玉藻の前だか何だか知らねーけどな。そんな大昔の化石が蘇ってきていい時代じゃねーんだ! お前の時代はもう終わってるって事、きっちりわかって貰うぜ! 白い狐は絶対にわたさねーからな!」
翔もまた啖呵をきる。
この戦場のどこかに、妹や従姉、友達もいる。だけど彼は心配なんかはしない。信頼しているから。
『ほほ、吠えるか、人間よ。妾の名を気軽に呼んでいいと思っているのか? この痴れ者が!』
黒い鬼火が浮かび上がり、翔もろとも周囲を焼き尽くさんと彼らに着弾する。
「ふたりとも無茶しすぎ」
このチームで最も後で配置するのは麻弓 紡(CL2000623)。彼女は誰が敵でボスがどうだとかは興味なんてなかった。
彼女の大切な子たちはいつだってすぐ無茶をするのだ。今だって案の定。だから彼らには自分がいなくては。いいや、彼らが思う存分に無茶できるように支えてあげたいのだ。
彼らが守りたいもの、守りたい人、それを自分も護りたかった。
間に合わなそうだった回復を彼らに施せば少しだけバツの悪そうな顔になったのはしっかりと見届けた。あとでしっかりとお説教だ。
「あわせていこ」
紡が二人に声をかければ相棒と親友は頷く。まずは、紡のエアブリッド。そうすれば翔が一瞬のタイミングをずらして雷獣を展開させ、相棒同士の弾幕を作る。その弾幕を抜けるように近接した彩吹が告死天使(アズライール)の舞うような蹴撃を貪狼に直撃する。
『おのれおのれおのれ!』
貪狼の怨嗟の声が響いた。
「私には仲間がいるんだ。一人のお前にはまけない。お前はここで 倒させてもらう」
「ついに貪狼が動き出したねぇ……戦うための力は貰ったけど、耐久力は上がって無いから気を付けないとだね」
いつもそばにいる大切な人に蘇我島 恭司(CL2001015)は小言のように言ってしまう。彼女は戦闘中そのように心配されることをあまり良くはおもっていない。それでも心配してしまうのだ。もうこれは癖だとしかいいようがない。
「此方が倒れるまでに、倒せばよいかと。もとより私に耐久はありませんから」
柳 燐花(CL2000695)はこたえる。きっとそれは心配しているからだとはわかる。それでも心がカリカリとしてしまうのは緊張のせいだろうか?
「倒れる前に……そうだね。無理をしないようにとは言えないけれど、勝って「一緒」に帰らないとだねぇ」
何気ない恭司の言葉。彼だって今無理をしなくては勝てないことなんて承知している。そして彼女が無理をすることも。だから彼は言った。君も、自分も二人「一緒」でないと意味がないと。
「……そうですね。勝って一緒に帰りましょう」
彼は気づいているのか? 燐花にとっての寂しさを教えてくれたひと。愛しさを教えてくれたひとの『一緒に』の言葉がどれほど自分に戦う力をあたえてくれるのかを。
だからもう彼女は負けることはない。天の力を身に宿し、随分と慣れ親しんできた、激鱗を貪狼に叩き込む。
一筋なら平気だ。二筋、三筋なら? と問われたことがある。今はその問に答えることができる。
できる。後ろで大切な人が見守ってくれるから。たとえ倒れたとしても彼がその続きをなしてくれるから。信頼という、確かなものがそこにあるから。
「貪狼さんと仰いましたか。貴方が思うほど、人は愚かではありません。貴方に喰われるのは御免です」
『つけあがるな! にんげぇん!!』
一筋目。二筋目。連続で攻撃が入ればそのまま体力が削られていく。信じたあの人のサポートに自分が願うより早く満たされる。だから、三筋目だって平気だ。
「人は、弱いものではありません」
そう、人は支え合って生きていく生き物だから。決して弱くはない。
今時、B級映画じゃあるまいし世界支配なんて時代遅れだってわかんないのかしら? 芦原 ちとせ(CL2001655)は魂を震わせる。通常であれば同時に使用することができない、自らを高める強化が二重に重なる奇跡。
亡き人からうけついだ、この武器。ギュスターブを握りしめれば活力が湧いてくる。
「過去の過去の栄光にすがるなんてのは、格好悪いんだって」
濃霧がちとせの姿をかき消す。
『貴様、人間、どういうつもりだ!』
随分と簡単にこの貪狼という妖狐は激高するのだとおもう。だからなおさらちとせはそう思う。
「そういうのをね、今時じゃ痛い子とかかまってちゃんなんていうのよ」
『は?』
次の瞬間眼の前でほざいていたと思っていた小娘が後ろに移動して自分の肩口を切り裂いた。
『は、は?』
貪狼は何がおこったかわからない。しかし自分を形作る怨念が削られるような気がした。
「教えてあげる。わたしの。あの人の覚悟を」
『貴様』
貪狼は避けんがばかりに口を開き、少女を噛み砕かんとするが、その瞬間八卦の構えが発動し、自らの牙のダメージをが貪狼本狐に襲いかかった。
『な、なにをした』
貪狼にはなにが起きたかはわからなかった。
「これが、私の。あのひとの、悪を断つ思いだ!!」
貪狼の体に罅がはいっていく。束ねられた想いは強く、古きものを穿つ。
毒の効果がゲイル・レオンハート(CL2000415)を襲う。ずんと重くなる自らの武器はまるで手枷のようでもある。それでも彼はここにいる皆のために何度も、何度も回復をしてきた。
そのとなりで同じように皆を支えるのは栗落花 渚(CL2001360)。保健委員の腕章を掲げ彼女もまたこの場を支えるために何度も何度も回復術式を練り上げる。
萎えそうな気持ちですら「五麟学園保険委員、栗落花 渚。みんなの傷は私が治すよ!」と明るい声で吹き飛ばして皆の気力も支える。
こんな少女が頑張っているのだ。男であるゲイルはへばってなどいられないと、彼もまた前衛たちのフォローを続ける。
貪狼の苛烈な攻撃は焦りにも見える。だからゲイルは、渚に目を向けた。
渚はにっこりと笑うと、まかせておいて、保健委員のパワー見せてあげる! と男を送り出す。
日那乃もまた「いってきて、いい」と送受信を送ってくる。少女二人に見送られるなんて、なんて男冥利につきるのかとゲイルは思う。
一歩。前に進む。その歩みを止めようと貪狼の反撃が強くなる。二歩。肩口が大きくえぐられた。そして三歩。ゲイルは貪狼にたどり着く。
三歩破軍。それは拳法の理念を昇華した技術。
「お前の中の破軍と、俺の破軍。どちらが強いんだろうな! 玉藻の前の封印はもう必要ない! 今、この時を以って玉藻の前は消えるのだから」
極限まで高められたその拳が貪狼に叩きつけられれば、たまらず貪狼はその場に倒れ伏す。
『人間、人間、許さぬ! 許さぬ! 許すものか!』
泥をつけられた貪狼の憤怒の叫びがが異界中に響き渡った。
――いよいよここまできたんだね。
東雲 梛(CL2001410)は今までを思い浮かべる。最初のころしか関わってこなかったけれども。今のこの結果は皆が少しずつ少しずつ積み上げたもの。
左輔の願いをかなえるために。善き狐になりたいという、純粋な願いをかなえるために。
一歩ずつ進んだ皆の足跡を絶対に無駄にはさせない。梛は八卦に構える。
『またそれか……!にくらしや!にくらしや!』
その構えは自らの攻撃を跳ね返すものと知っている。だから貪狼はひるんだ。
「悪食や、アレ喰って構わんそうだ。お待ちかねのごちそうだ。嬉しいねえ」
その隙を縫うように怪人緒形 逝(CL2000156)が飛び込んでいく。
「切り裂いて、挽き千切って……残さず食い殺そう」
「わわ、ダメだよ、貪狼もまた、左輔さんの尻尾なんだから?」
テンションマックスで飛びこむ逝を梛は慌てて止める。
「悪食は汎ゆる禍を喰わねば気が済まない」
「違うよ。アレだって善なるものになるひとつなんだ」
「ふむ、間違ったらすまないね」
言って展開する激鱗は激しいものだ。
大丈夫かなとは思うが、その怪人じみた行動こそが彼らしさ、なのだとも思う。
ろうそくは消える瞬間がもっとも輝くという。確かに貪狼の強烈な攻撃は続いている。だけど。
「俺たちはもっと強烈だから」
彼女はずっと彼らと共にあった。出会った尾とはいつだって約束を交わしてきた。必ず左輔のためになると。そしていつか、大妖にも勝り、左輔ら古妖も守ってみせると誓った。
人は弱い。今すぐに彼らのような力を得ることは無理だ。それはわかっている。わかっているからこそ人は高みをめざしている。それが人のつよさだと、賀茂 たまき(CL2000994)はおもう。
それこそが人の、より善き世界へ向ける意思への祈り。
紫鋼塞を自らにつかい、ほかの皆にも使った。だけれども彼女はもうぼろぼろだ。他の前衛たちも一度は膝を折った。何度攻撃しても通じた様子のない目の前の大きな驚異に対して気持ちがなんど萎えそうになったかわからない。それでも束ねた皆の力は少しずつ、ほんの少しずつ効果を見せている。
だから彼女は前を向く。まっすぐと貪狼を見つめる。
『その目が気に入らん、何故だ、何故、貴様らは絶望せぬ?』
「こふっ」
たまきの腹部を狙い黒い鬼火が貪狼から撃ち込まれた。血液が口元から吹きこぼれる。視界がゆらいでいく。その視界の縁でもう一度鬼火が自らを狙っていることがわかった。
もう、無理なのかな。たまきはそう思って目を閉じる。
「たまきちゃん、やっぱり君が心配で来ちゃったよ。遅くなってごめんね」
振動に襲われるが痛みはない。温かいなにかに包まれている。そして聞こえた声は知っている。
大好きな、大好きなあの人だ。身を挺して自分を守ってくれた。こんなの、こんなのって……。
「ずるいです。奏空さん、こんなのヒーローじゃないですか」
「うん、俺はたまきちゃんだけのヒーローだからね」
奏空が手をのばす。たまきはそのてを握りしめ立ち上がった。
「お前の言う絶望とやらを俺達の手で希望に変える! それがファイヴだ!」
たまきの手を強く握りしめ奏空が貪狼に啖呵をきる。
『ふざけるな、ふざけるな!!!』
ぼぼぼっっと虚空に何度目かの鬼火が浮かびあがる。
「たまきちゃん!」
「はい!」
二人。ユニゾンする激鱗と無頼濁流符が貪狼に叩き込まれた。
『あぁあああああああああ嗚呼、嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼』
やがて崩れていく霊体。ほろりと、落ちた尾が左輔に向かう。貪狼の力が薄れ強制力がなくなってきているのだ。
『禄存め、口惜しや、禄存め。裏切るか』
「みんな!」
その合図を誰がしたかはわからない。けれども今を逃してはいけないのはその場で貪狼に相対する者たちにとって共通の認識だった。
秋人の矢が脇腹と首筋に着弾する。それを皮切りに、日那乃の空気弾が、翔と紡の絡み合うような螺旋を描く空気弾と雷獣が、恭司の雷獣が、ゲイルのアステリズムの輝きが、そしてたまきの御朱印帳による射撃が三浦介の思いを受け、貪狼を翻弄する。
『おのれ、おのれ! おのれええええ!』
尾をぶんぶんとデタラメに振り回し、貪狼は抵抗する。その一撃で倒れたものだっている。だが彼らは諦めない。
「私達は絶対に勝つんだ!! 破軍よりも強い、勝利の星は私達だ!」
飛び込んだ彩吹の槍と、ちとせのギュスターヴが重なり合うように貪狼を穿つ。
「さすがいぶちゃん!」
青い鳥の歓声が耳に届き、少しだけ好戦的だった笑顔が緩いものになった。
奏空の最後の力を振り絞った激鱗と梛の破眼光が貪狼を怯ませる。
「それでは、最後の力振り絞らせていただきます、人の力を御覧ください」
「悪食や骨肉だけで悪いやね」
満を持して、放たれるは、子猫と怪人の双激鱗。此の二人とてこれが最後の一撃だ。
『嗚呼嗚呼嗚呼!』
上総介の妖刀の概念が彼らの呼びかけに答え必殺の双刃と化す。
貪狼の悲鳴は空を割らんがばかりに広がりそして、消えた。
「貪狼、破軍」
ボロボロの左輔がさらにボロボロの貪狼と破軍に呼びかける。
「帰ってくるのじゃ。お前たちの負けじゃ。人の子と力を合わすことのできなかった、お前たちの」
『うるさい、左輔! 妾たちは、また、また悪を為したい、人の血肉を、人の苦しみを……』
「貪狼。もう気づいているはずじゃ。人は弱くはない。ひとは力を合わせるということができる。儂らとは違う。だから儂は人の子らと過ごしたいと思った」
『嫌だ、嫌だ、嫌だ』
「ダダをこねるな。本当に変わらぬ。お前は子供じゃ。なあ、儂らは彼らを見守りたい。それにお前たちもいるべきだと儂は思う」
『……』
「人の子のひかりというものは、とてもあたたかじゃ。こんな寒くて冷たいものじゃない。ふれてみよ」
貪狼の姿が揺らぐ。
揺らいで。
左輔の尾……キュウビの尾に戻った。
空が晴れていく。
青い、青い空が広がっている。
少し離れた所で、それを見上げた悠奈は。
「これで全部、な……ダメだ、もう無理だわ……」
そう言ってその場に大の字に倒れた。目に映る青は今まで見たどの空より美しい、そう思った。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
軽傷
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし

■あとがき■
此の度は白狐決戦にご参加いただきありがとうございます。
皆様の頑張りが勝利をもたらしました。一般人の退避は思った以上にスムーズにいきましたので、次の戦場にいけたかたも数多くいます。
被害は少なくはありませんでしたが、左輔は皆様のおかげで善のキュウビとなることができました。
大きく力を得た左輔は皆様とこの先の大妖との戦いに貢献することでしょう。
長きにわたりお付き合いありがとうございます。これでひとまず白狐の物語は完結を迎えました。
皆様の頑張りが勝利をもたらしました。一般人の退避は思った以上にスムーズにいきましたので、次の戦場にいけたかたも数多くいます。
被害は少なくはありませんでしたが、左輔は皆様のおかげで善のキュウビとなることができました。
大きく力を得た左輔は皆様とこの先の大妖との戦いに貢献することでしょう。
長きにわたりお付き合いありがとうございます。これでひとまず白狐の物語は完結を迎えました。
