MagiaSteam
Stink! 菓子職人は機械を憎む!



●菓子職人の葛藤
 技術とは、過去の技術を踏襲するものである。
 それは過去の技術を蔑ろにするのではなく、その技術で為し得なかったことや発生した問題点などを穴埋めしていくことである。それは時間だったり手間だったりと言った利便性を増すことで、そうすることで汎用性を高めていくのである。
 だが、そうと分かっていても納得できない者もいる。ディートヘルム家お抱えの菓子職人ベンヤミン・ドレヴェスもそんな一人だった。手作りの釜、くべる薪のバランス、焼き具合に達した時の匂いと音。そういった技術は原始的な繰り返しにより会得できた。そしてそれは体感でしか伝達できない技術で、それを若き者に伝達すべきだという自負もあった。
 だが、蒸気技術の発達によりそれは不要になる。生地を焼くオーブンにより釜は不要になり、どの程度焼けばいいかという指針もある。一から窯を作る必要はなくなり、伝統の技術は廃れていた。
 レイチェル・ディートヘルムは彼の悩みを知りながらも、同時に『より安価により多くの人へ』と言う技術伝播をモットーとする教えを撤回できずにいた。多くの人間が家で菓子を作れるようになる日が来ることを目指していた。
 それはけして悪いことではない。ベンヤミンも、レイチェルも、互いの良い部分を理解しながら譲れなかった。古き技術に拘る菓子職人。民の為に蒸気文明を広める貴族。ただそれは時代が生んだ軋轢だったのだ。
 そしてそれは、最悪の形で萌芽する。
 ベンヤミン・ドレヴェスは、自らの菓子工房で首をつって自らの命を絶ったのだ。恨み言を言う事もなく、ただ己の反省を捧げた菓子作りの場で。そこに如何なる思いがあったかは、余人に知る由はない。ただレイチェルは彼の魂が安らかであることを願った。
 だが、その想いは裏切られることになる。
 還リビト。ベンヤミン・ドレヴェスを模したイブリースが、菓子工房に現れたのだ。錆びた匂いをする調理器具を浮遊させて。討伐に向かった騎士だが、思わぬイブリースの力に一時撤退することとなる。
 その力とは――

●ディートヘルム家
「金属をさび付かせる力、ですか?」
 デボラ・ディートヘルム(CL3000511)は母の言葉を問い返す。
「ええ。剣や盾、鎧と言った金属を腐らせて強烈なにおいを発させます。その匂いに耐えきれなかったり、武器が崩れ落ちたりと言った形で騎士達は一時撤退しました」
 デボラの母――レイチェル・ディートヘルムはため息と共にそう言葉を返した。レイチェルの見た目は若く、見知らぬものが見たら姉妹と勘違いしかねないほどである。
「ドレヴェスは口には出していませんが、技術が進むことで自分の技が不要になることを恐れていたのかもしれません。その想いが、あのようなイブリースになったのかと思うと……」
 瞳にハンカチを押し当て、悲しむレイチェル。あの時声をかけることが出来たら、こんなことにはならなかったのかもしれない。そんな後悔が見て取れた。
「分かりました。どうあれイブリースは捨て置けません!」
 言ってデボラは攻防の中に入る。血に似た鉄さびの匂いが鋭く鼻腔を貫く。四肢のカタクラフトが少しずつ錆びていく感覚が伝わってくる。これは長くは戦えないだろう。
 それでも――ディートヘルム家の者として引くわけにはいかなかった。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
リクエストシナリオ
シナリオカテゴリー
日常σ
担当ST
どくどく
■成功条件
1.20ターン以内にイブリースを殲滅する
 どくどくです。リクエストありがとうございます。
 ターン制限バトルを、と言う事なのでこのような形に仕上がりました。
 ……うーん、酷いギミック。

●リクエストシナリオとは(マニュアルより抜粋)
 リクエストシナリオは最大参加者4名、6名、8名まで選べます。なお依頼自体はOPが出た時点で確定しており、参加者が申請者1名のみでもリプレイは執筆されます。

 リプレイの文字数は参加人数に応じて変動します。
【通常シナリオ】
 1人の場合は2000文字まで、その後1人につき+1000文字 6人以上の場合は最大7000文字までとなります。

●敵情報
・イブリース(×1)
 還リビト。見た目は60代の老人男性風。霊魂の状態です。物理攻撃は普通に通じます。
 言葉らしいことを発していますが会話はできません。

攻撃方法
錆びた包丁 攻近単 錆びた包丁で切りかかってきます。【ポイズン2】
呪いの言葉 魔遠単 呪いの言葉を放ち、動きを封じてきます。【カース1】
適度な焼き 魔遠範 一定空間内に菓子を焼く温度を再現します。【バーン3】
錆びた匂い 魔遠全 金属が錆びた匂いを振りまきます。【ダメージ0】【Mアタック200】反動1

・クッキーゴーレム(×0~2)
 クッキーで作られたゴーレムです。分類はイブリース。
 参加人数が3名以上になると場に一体現れます。6名以上になると、さらにもう一体追加されます。
 難易度調整的な存在なので『ゴーレムが増えるから入らない方がいい』と言う事はありません。むしろ人数が増えた方が戦術の幅が広がります。

攻撃方法
クッキーパンチ 攻近単 殴ってきます。クッキーは硬め。

●鉄錆びの呪い
 菓子工房内に居るキャラクターはもっている金属製の装備やカタクラフトが錆びていきます。何をもって金属製であるか否かは最終的にはST判断となります。服のボタンぐらいなら、影響はありません
 1ターンごとに5%ほど錆び、20ターン目には完全に錆び落ちてしまいます。武器の攻撃力も同様に毎ターン5%ずつ低下していき、キジンキャラの防御力も5%ずつ減っていきます。『ガジェット』『蒸気騎士』のスキルは使用MPが二倍になります。
 また。腐食の侵攻により匂いに耐えきれない可能性があります。全てのキャラクターは(経過ターン数×3)%の確率でそのターン行動不能になります。アイテムやプレイングなどで補正はかけれます。
 還リビトを倒せば、錆びはすべて解除されます。

●場所情報
 イ・ラプセル領内。ディートヘルム家お抱えの菓子工房。その一室。明るさや広さなどは戦闘に支障なし。
 戦闘開始時、敵前衛に『イブリース(×1)』『クッキーゴーレム(×0~2)』がいます。
 事前付与は、一度だけ可能です。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬マテリア
3個  3個  3個  4個
2モル 
参加費
100LP
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2020年11月10日

†メイン参加者 6人†




「自分の技術を研鑽してきた場所で自殺……か」
 その事実に、錬金術師として『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は色々思う所がある。技術を極めようとする者として、何か求めようとする者として。前に進めなくなった時に死ぬとしたら、確かにそうなのだろう。それを攻めることはできなかった。
「ベンヤミンも、認められないわけではない……のにね」
「まーなー。温故知新って言葉もあるしな」
 マグノリアの言葉に適当に頷く『キセキの果て』ニコラス・モラル(CL3000453)。それよりニコラスは依頼人のレイチェルに目が言っていた。人妻。誰かに愛され、子を産んだ包容力。人生経験豊富な女性。おっぱい。うん、いいものだ。
「年代を重ねた、ってことはそれだけで素晴らしいことなんだ」
「言葉そのものには同意しますが、何故か頷いてはいけない気がするのは何故でしょうか?」
『未来を切り拓く祈り』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)はニコラスの言葉に頷こうとして、何故か待ったがかかる。疑問に思ったが今は横に置いておこう。今やるべきは、イブリース退治だ。
「ベンヤミン・ドレヴェス様、貴方の魂を浄化させていただきます」
「イブリースはぶっ潰す。それでいいんだよ」
 鼻につく鉄の匂いに嫌悪感を感じながら『強者を求めて』ロンベル・バルバロイト(CL3000550)は言葉を放つ。そこに敵がいる。ロンベルにとってそれ以上の事はただの付随品だ。菓子職人の葛藤も、その経緯も参考にはするがその程度でしかない。
「機械が憎くて錆びさせる、か。厄介ではあるがな」
「そうでありますね。私との相性は最悪であります」
 眉にしわを寄せる『積み上げていく価値』フリオ・フルフラット(CL3000454)。イブリースの能力は元となった存在に依存することもある。時代についていけなくなった菓子職人の恨みが機械に対してなら、キジンとの相性は最悪だ。
「昔ながらの菓子職人の葛藤の結果、なのでしょうね」
「ベンヤミン様……」
 イブリースの元の名を呟く『戦姫』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)。彼とは既知の仲だった。ディートヘルム家の娘と、それに仕える菓子職人。デボラは何度も彼の菓子を口にし、癒されていたと言う。戦争にかまけて忙しく、事情を知るのが遅れたのが悔やまれる。
「時代が進むたびに切り捨てられるものがある。分かってはいるのですが、それを目の当たりにするのは辛いですね」
 ましてやそれが知人であるならなおのこと、だ。デボラはそこまで言って気分を切り替える。どうあれこのまま感傷に浸り続けるわけにはいかないのだ。
 ……まあ、それはそれとして自由騎士の一部が気になっていることがあった。
(デボラのかーちゃんっていい乳してるよなぁ……あれ、母親譲りか)
(美容の秘訣とは一体……やはりお菓子でありましょうか!? )
 子を産んだとは思えない若さをもつデボラの母、レイチェル。その美貌を前にしてニコラスとフリオは閉口していた。何の説明もされていなければ、姉妹にしか見えない。ある種の神秘が働いているのではないかと疑われても仕方のないレベルである。
(若く見える人妻とか、どんだけ暴力的なんだよ。弱点なしか)
(年を重ねているとは思えないお姿。貴族の方は、一味違うでありますね!)
 そんな視線を向けられて、穏やかに笑みを返すレイチェル。そんなやり取りがあったとかなかったとか。
「皆さん、行きましょう!」
 デボラの掛け声とともに、自由騎士達は武器を構えてイブリースに挑む。イブリースは絶叫に似た咆哮を上げ、自由騎士達に襲い掛かる。
 自由騎士とイブリールが、菓子工房内でぶつかり合った。


「では参りましょう」
 言いながら自らの体内にある獣の力を解放するアンジェリカ。全身を駆け巡る血液が、それを受け取る体の部位が、少しずつ何かに目覚めていくのを感じる。興奮する様な獣性がアンジェリカの体を支配していく。
 イブリースが動く。その挙動を目の端に捕らえた時には、アンジェリカは既に武器を振りかぶっていた。真っすぐ敵陣の懐に入り、大きく武器を振るう。炎を纏った一撃が、イブリース達の動きを止めた。
「手作りを悪いとは言いません。ですが、今は悪しき力を浄化させていただきます」
「そうだね、優劣はない。……だけど、そうは感じなかったんだろう、ね」
 アンジェリカの言葉に頷くマグノリア。手法に優劣はない。いい部分と悪い部分がある。ただ、その悪い部分が認められないと思ってしまったのだろう。それが時代なのだ。もっと話し合えれば、この悲劇はなかったのかもしれない。
 それを責めても今更どうしようもない、とマグノリアは気持ちを切り替える。懐からルビーのついた古代容器を取り出し、そこに魔力を込める。容器内の液体がマグノリアの魔力に反応し、仲間達に生命力を付与していく。
「ベンヤミン本人も、こうなりたかったわけじゃ、ないんだろうし」
「はい。真面目な人でした。少なくとも、他人を攻撃するような人では」
 悲しげな声でデボラが頷く。生前のベンヤミンは、真面目な菓子職人だ。ずっと菓子工房に籠っており、表舞台には出てこない頑固な老人。弟子には厳しいが、それでも暴力を振るうような人ではなかったのに。イブリース化はそんな彼の性格を歪めてしまうのか。
 悲しくはあるが、ベンヤミンがそう思っていた側面があることを否定はできない。デボラはそれを受け止めて歩を進める。仲間を責めるイブリースの攻撃を受け止めながら、戦闘陣形を維持していく。 
「やるせないですね。美味しいお菓子を食べてくれればよかった、と言うわけでもなかったのですね」
「長く生きるってことはそんだけ色々抱えるって事なんだよ」
 デボラの言葉にしみじみと呟くニコラス。長く生きればそれだけ経験を重ねる。だがそれは良いも悪いも重ねていくことだ。人生はいいことだけではない。悪いことだけでもない。カードの表裏のように、重ねた分だけ増えていくだけなのだ。
 それを語るのは自分の役割じゃない、と肩をすくめて戦場に意識を戻すニコラス。自分がやるべきことは、戦線の維持。体力が減ってきている仲間に回復を行い、継戦能力を高めていく。ここで手を抜くわけにはいかない。
「気楽に生きなきゃ追い込まれちまうもんな。肩の力抜くのは大事だぜ」
「違いねえ。難しく考えるからこじらしてしまうんだ」
 ニコラスの言葉に頷くロンベル。ロンベルは強者と戦う事のみに興味を持っている。自由騎士に属しているのも、それが主な理由だ。我、戦うゆえに我あり。戦闘こそ我が生き様也。戦いの末に死ねるのなら、おそらく笑っているだろう。
 手にした武器をしっかり握りしめ、真っ直ぐに振るう。相手がこちらの武器を腐らせていくのなら、そうなる前に叩き潰す。短期決戦を目指し、初手から全力で相手を削っていく。
「でもまあ、強い相手は歓迎だけどな!」
「この強さは葛藤の結果だ、と思うと皮肉ではありますが」
 敵の猛攻を受けながらフリオは口を開く。鉄を錆びさせる能力は、蒸気文明になることで、自分の技術がないがしろにされたと思っての結果なのだろう。未来において自分の戦いが否定されれば。そう思うとフリオも理解はできる。
 だがその気持ちで他人を傷つけていいはずがない。その想いを武器に込めて、フリオは武器を振るう。自分が放てる最大の一撃をイブリースに打ち放った。強い負荷により膝をつくが、持ち前の精神力でどうにか意識を保つ。
「……さすがに、まだ倒せませんか」
 自由騎士達は初手に全力を放ちイブリースに大ダメージを与えるが、倒すには至らない。少しずつ錆びていく武器や機械部分を感じながら、イブリースの反撃に備える。
「やはり楽ではありませんね」
「撤退は、間に合いませんか……!」
「いいねぇ。こうでなくちゃ!」
 イブリースの猛攻を受けて、前衛で戦うデボラとフリオとロンベルがフラグメンツを削られるほどのダメージを受けていた。
 菓子工房での戦いは、少しずつ激化していく。


 自由騎士達は劣化していく武器や防具などを考慮し、初手に全力を叩き込む。それは最大火力を叩き込むと言う意味では正しい戦略だ。
 だが最大火力を叩き込んだロンベルとフリオは、その後は失速する。事、フリオに至っては自らの体力を糧としていたため、その反動は大きい。
「腐ろうが何だろうが、真正面から殴りつづければいいんだよ!」
 全てを出し切ったロンベルは、後はただ斧を振るい続ける。あとは気力の勝負とむき出しの闘志のままに殴り続けた。鍛え抜かれた肉体。研鑽した技。だが戦いにかける心が足りない。戦いにかける闘志が欠けた動き。それにより少しずつ失速していく。
「時間が経つたびに錆びの匂いがきつくなってきます……!」
 時間ごとにひどくなっていく鉄錆の臭気に咳き込みそうになるデボラ。カタクラフトからも錆びの匂いを感じ、時間をあまりかけられない事を理解する。せめて匂いに対する何かしらの対策か気概があれば良かったのだが。
「僕の武器は錆びないけど、さてどうだろうね」
 聖遺物に容器。金属部分が希薄な武器を持つマグノリアは、錆びの空気の中でも攻撃力が落ちることなく行動で来ていた。とはいえ、敵の攻撃はそれだけではない。窯の熱気を受けてフラグメンツを燃やしながら、敵を弱体化させていく。
「ここが踏ん張りどころだぞ、起きろ」
 ニコラスは倒れたフリオに治癒の術を行使する。こちらに敵が与えたダメージは大きいが、こちらが受けている被害も大きい。ここで攻め手を失えば、それだけで押し切られる可能性があるのだ。
「はい。フリオ・フルフラット、行きます!」
 ニコラスの術で意識を取り戻したフリオは、武器を手にして敵に挑む。フリオはカタクラフトの発達により立つことが出来た身体だ。蒸気技術の発達を蔑ろにはできない。菓子職人の想いを踏みにじるわけではないが、蒸気の四肢を振るい戦い挑む。
「こういう時代だからこそ、手作りの大事さもより際立つものなのです」
 アンジェリカは言いながら武器を振るう。時代は進み、技術は進化する。だがそれにより失われるモノもあるのだ。それはけして悪いことではない。それを保つこともまた、文化なのだ。手間暇がかかるからこそ、貴ばれることもある。
 自由騎士達は劣化していく武器や防具などを考慮し、初手に全力を叩き込む。それは最大火力を叩き込むと言う意味では正しい。
 だが、その後の失速に問題があった。正確に言えば、それは予想されていることなので失速自体は問題がない。失速の理由である錆びの匂いにより行動が制限されること。その事に関しての対策が疎かだった。
「慣れてないと辛いかね、こいつは。ヘルメリアのスラムに比べれば大したことないんだけどな」
 そういった場所での経験が多いニコラスはともかく、他の者は錆びの匂いに対して無防備だった。ハンカチで鼻を覆う、錆に負けまいと気合を入れる。そういった気概すらなく挑めば、時間と共に動きも鈍ってくる。
「ここまで、ですか」
「う……」
 カタクラフトが腐り、防御力が下がっていたデボラとフリオが意識を失う。
「くそったれが……!」
「少し、休むね……」
 疲弊していたロンベルとマグノリアも、イブリースの攻撃を受けて力尽きる。
「これで……!」
 アンジェリカの『断罪と救済の十字架』がイブリースに叩き込まれる。フラグメンツを削られ武器はかなりさび付いていたが、これまで重ねてきた攻撃もありそれで老人の還リビトは力尽きた。だが、残ったクッキーのイブリースが自由騎士達を襲う。
「悪いけどここまでだ。せめてご褒美があれば頑張れたんだけどなぁ」
 後衛まで攻めてきたクッキーゴーレムの攻撃を受けて、ニコラスが力尽きる。何度かの攻撃でフラグメンツを削られ、さらに追撃を受けて意識を失った。
(……これは、厳しいと言わざるを得ませんね)
 疲弊したアンジェリカは現状を把握してそう結論を出す。何とかクッキーゴーレムの一体を倒したものの、武器の腐敗は続き、こちらの疲弊も限界だ。元となったイブリースは倒してあるため、残った最後のクッキーゴーレムも後日倒せば問題ないだろう。撤退するなら、この瞬間だ。
「……いいえ。その合理性こそが、彼が嫌った事なのでしょうね」
 便利な道具により簡略化された菓子作り。合理性、効率的。そういった事により捨てられた物事。それにより時代遅れとされた菓子職人の怨念。
 それと同じように今逃げることが正しいかと言われれば、正しいだろう。合理的に考えれば、今は逃げるのがいい。――時代遅れの考えを見捨てるように。
「ええ。諦めは悪いのですよ」
 クッキーゴーレムの一撃を受けながら、マグノリアは笑みを浮かべた。気を失うほどの一撃を何とか耐え、そのまま武器を振りかぶる。最後の力を込めて、一気に武器を振り下ろした。
「これで、終わりです!」
 敵の身体にひびが入る。掌から伝わる確かな感触が、アンジェリカに勝利を確信させた。
 クッキーゴーレムが崩れ落ちる。それを確認して、アンジェリカも気を抜いたのか崩れ落ちた。


「紙一重、でしたね」
 ふう、とアンジェリカはため息をついた。少しでも気を抜いていれば、或いは少しでも弱気になっていれば敗退していただろう。それほどの戦いだった。
「結構深いところまで錆びちまったからなぁ。ちょいと装備変えるか?」
 ニコラスは今回使用した武器を見ながら、そんなことを呟く。イブリースが倒れて錆は解除されたが、それでも何かの影響は残っているかもしれない。細心の注意を怠らないのが工作員の基本だ。
「関節がギシギシ言うのは嫌でありますね。しっかり換装しないと」
 四肢がカタクラフトのフリオも、錆びていた時の感覚を思い出して嫌な顔をする。今はもう大丈夫なのだろうが、それでもチェックはしっかりしたい。戦っている時に感じた不愉快な感覚。それがもう存在しないのだと目で確認したいのだ。
「敵はもういないな。じゃあ俺は帰るぜ」
 怪我の治療を終えたロンベルは、そう言って去って行く。此処にもう戦いはない。ならばここに留まる理由は何一つない。武器を収めて、それ以上は何も言わずに去って行く。次の戦場を求めて。
「……やはりお一人で考え込んで、思い詰めてしまったのでしょうか」
 憂いを含んだ声を出し、イブリースがいた場所を見るデボラ。せめて一言相談してくれれば。おそらくはデボラに負担を掛けまいと自ら抱え込んだのだろう。願わくば、その魂が正しい場所に還らんことを。
「お菓子作りは、楽しかったかい?」
 なんとはなく虚空に問いかけるマグノリア。答えはない。それ自体がもうここに彼の魂がないことの証左だ。言うべきことはもうないとばかりに、マグノリアはそれ以上は何も言うことなく背を向けた。
「どうか、安らかに。誇り高き貴方の魂に救済があらんことを」
 アンジェリカは静かに祈りを捧げる。ここに居たのはイブリースではない。時代の流れに取り残され、それでも自らの道を捨てなかった一人の職人だ。自ら死を選んだことは悲しいが、それでもその誇りに敬意を表して。

 かくして、イブリースは退治されて菓子工房の異常は解決される。
 ベンヤミン・ドレヴェスの工房はいったん閉鎖され、その後どうなるかはディートヘルム家の意向次第と言う事となった。現状、ベンヤミンの弟子はなく、新たな菓子職人を雇うにせよ工房を解体するにせよ、すぐには判断できないと言う事だ。
 時代は変わり、技術は次代に引き継がれていく。それにより捨てられることもある。消えていく技術もある。
 それは悪ではなく、また善でもない。ただ人が走り続けた結果なのだ。
 1820年、技術が移り変わる時代。
 人々はただ、その時代を一生懸命に走り続けていた。


†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

ぎみっくとかははっちゅうぶんどおりなので、どくどくわるくない。


リクエストありがとうございます。改めて姉妹にしか見えない親子で。
以上のような結果になりました。ハード相応に判定させていただきました。

とりあえず、傷を癒してください。
それではまた、イ・ラプセルで。
FL送付済