MagiaSteam




寒流の先に待つものは

●
「彼」は今日も自身の領域を見渡す。冷たい潮風と大きな波がぶつかる、冬の海だ。
「彼」がここを自身の領域にしたのは、ほんの偶然である。人間どものちょっかい、ちょっとした潮の流れ、餌の逃げ道、そういったものが重なってこの入り江へと迷い込んだ。
しかし、住んでみればそう悪いものでもない。
餌を食うのは簡単だし、体を動かすには十分だ。
時折少々、うるさいものがやってくるが、そんなものは簡単に追い払える。不味いので食う気は起きないが、適当に捕まえたのを動かなくなるまで玩具にするのは結構楽しかった。
いずれ餌が無くなるのだろうが、その頃には潮の流れも変わって、またお気に出ることが出来るだろう。
だから、「彼」はこの場所を気に入った。それによって、他の生物が苦しむということは、王のように振舞う「彼」にとっては、およそどうでもいいことだ。
●
「お集まりいただき恐悦至極。諸君らに頼みたいことがある」
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は、演算室にオラクルが揃ったことを確認すると、ゆっくりと切り出した。
「イ・ラプセルにある海沿いの小さな村の近くに魚型の危険な幻想種が紛れ込んだ。諸君らにはその討伐をお願いしたい」
幻想種はレモラと名付けられた、全長4メートルほどの怪魚だ。同種のものでも、ここまで育つものはそう多くないらしい。こいつがやってきたことで、近隣の漁村は海に出ることが出来ず、非常に困っているのだという。
「どうやら、このレモラは近海で多くの船に被害を出しているものと同じ個体のようだ。ある意味では、チャンスとも言える。是非ともここで対処してほしいのである」
現在、レモラは漁村近くの入り江に身を潜めているのだという。時折、沿岸部を彷徨って餌を取りに出るが、休んでいる時を狙えば広い海に逃げられることはない。
「もちろん、強敵であることは否定しないが、諸君らであれば十分対処することは可能とみている。むしろ、地形や気象条件の方が厄介かもしれん」
水の中にいる幻想種と戦う以上は、当然自分たちも水の中に入る必要がある。冬の寒さを考えると、意外なほどに体力を奪われてしまうだろう。もちろん、水場で戦う以上、足場も良いとは言えない。何かしらの対策が必要だ。
「ちなみに、レモラの肉は生で食しても料理しても、なかなかの美味ということだ。追加の報酬、というわけではないがね」
料理できるものがいれば、処理は簡単だろう。あるいは近くの村まで持って行けば、料理してくれるものがいるはずだ。また、レモラさえ倒してしまえば村では他にも魚料理を準備することが出来る。
普段が過酷な自由騎士であるだけに、こういう役得はあってもいいだろう。
「質問はあるかね? なければ説明は以上だ。良い報告を期待しておるよ」
「彼」は今日も自身の領域を見渡す。冷たい潮風と大きな波がぶつかる、冬の海だ。
「彼」がここを自身の領域にしたのは、ほんの偶然である。人間どものちょっかい、ちょっとした潮の流れ、餌の逃げ道、そういったものが重なってこの入り江へと迷い込んだ。
しかし、住んでみればそう悪いものでもない。
餌を食うのは簡単だし、体を動かすには十分だ。
時折少々、うるさいものがやってくるが、そんなものは簡単に追い払える。不味いので食う気は起きないが、適当に捕まえたのを動かなくなるまで玩具にするのは結構楽しかった。
いずれ餌が無くなるのだろうが、その頃には潮の流れも変わって、またお気に出ることが出来るだろう。
だから、「彼」はこの場所を気に入った。それによって、他の生物が苦しむということは、王のように振舞う「彼」にとっては、およそどうでもいいことだ。
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「お集まりいただき恐悦至極。諸君らに頼みたいことがある」
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は、演算室にオラクルが揃ったことを確認すると、ゆっくりと切り出した。
「イ・ラプセルにある海沿いの小さな村の近くに魚型の危険な幻想種が紛れ込んだ。諸君らにはその討伐をお願いしたい」
幻想種はレモラと名付けられた、全長4メートルほどの怪魚だ。同種のものでも、ここまで育つものはそう多くないらしい。こいつがやってきたことで、近隣の漁村は海に出ることが出来ず、非常に困っているのだという。
「どうやら、このレモラは近海で多くの船に被害を出しているものと同じ個体のようだ。ある意味では、チャンスとも言える。是非ともここで対処してほしいのである」
現在、レモラは漁村近くの入り江に身を潜めているのだという。時折、沿岸部を彷徨って餌を取りに出るが、休んでいる時を狙えば広い海に逃げられることはない。
「もちろん、強敵であることは否定しないが、諸君らであれば十分対処することは可能とみている。むしろ、地形や気象条件の方が厄介かもしれん」
水の中にいる幻想種と戦う以上は、当然自分たちも水の中に入る必要がある。冬の寒さを考えると、意外なほどに体力を奪われてしまうだろう。もちろん、水場で戦う以上、足場も良いとは言えない。何かしらの対策が必要だ。
「ちなみに、レモラの肉は生で食しても料理しても、なかなかの美味ということだ。追加の報酬、というわけではないがね」
料理できるものがいれば、処理は簡単だろう。あるいは近くの村まで持って行けば、料理してくれるものがいるはずだ。また、レモラさえ倒してしまえば村では他にも魚料理を準備することが出来る。
普段が過酷な自由騎士であるだけに、こういう役得はあってもいいだろう。
「質問はあるかね? なければ説明は以上だ。良い報告を期待しておるよ」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.レモラの討伐
こんばんは。
寒い夜には鍋が恋しい、KSK(けー・えす・けー)です。
今晩は怪物と戦ったり、魚料理を食べたりしましょう
●戦場
イ・ラプセルのとある村近くの入り江。
寒い海に浸って戦うことになるため、寒さの対策が必要になります。
また、足場も悪いのでこちらも対策が必要でしょう。
●幻想種
魚の姿をした幻想種です。大きな体躯を持ち、凶暴なものは船を沈めることもあります。この個体は全長4メートルほどです。
・レモラ
【ライジングスマッシュ】【ギアインパクト】と同等の攻撃を用います。
1体います。
●食事について
レモラは倒した後で調理技術を持つ人間が適切に処置すれば、おいしく食べることが出来ます。プレイングいただければ、描写します。
ちなみに、レモラは現代の感覚としてはサーモンに近い味をしており、同じ調理方法で食べるとおいしいです(焼く、鍋にする、生でいただく等)。プレイングでご自由にどうぞ。
近隣の村に調理できる人はいるので、お願いしても良いでしょう。レモラ以外の魚を出してもらうことも出来ます。
寒い夜には鍋が恋しい、KSK(けー・えす・けー)です。
今晩は怪物と戦ったり、魚料理を食べたりしましょう
●戦場
イ・ラプセルのとある村近くの入り江。
寒い海に浸って戦うことになるため、寒さの対策が必要になります。
また、足場も悪いのでこちらも対策が必要でしょう。
●幻想種
魚の姿をした幻想種です。大きな体躯を持ち、凶暴なものは船を沈めることもあります。この個体は全長4メートルほどです。
・レモラ
【ライジングスマッシュ】【ギアインパクト】と同等の攻撃を用います。
1体います。
●食事について
レモラは倒した後で調理技術を持つ人間が適切に処置すれば、おいしく食べることが出来ます。プレイングいただければ、描写します。
ちなみに、レモラは現代の感覚としてはサーモンに近い味をしており、同じ調理方法で食べるとおいしいです(焼く、鍋にする、生でいただく等)。プレイングでご自由にどうぞ。
近隣の村に調理できる人はいるので、お願いしても良いでしょう。レモラ以外の魚を出してもらうことも出来ます。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
4/6
4/6
公開日
2020年01月20日
2020年01月20日
†メイン参加者 4人†
●
「冷たいぞ!」
寒空の下で叫ぶのは『教会の勇者!』サシャ・プニコフ(CL3000122)だ。小さな体を震わせて、少しでも体を温めようと必死だ。
それもそのはず。
依頼を聞いてやってきたが、戦う場所は冬の海。それも、状況的にどうしても水に入らなくてはいけない。水温はもはや、寒いとか冷たいを通り越して、痛い位だ。
そしてなにより……。
「サシャは後衛! 水の中に入らなくてもどうにか……ならないんだぞ」
多少動きが鈍くなっても差し支えなかろうと、これといって対策はしていなかった。これは戦いに有利とか不利とか抜きにして、とんでもなく辛い。
これもいつの日か立派なノウブルになるための修行と言えようか。正直、この状態で戦おうとしているだけで立派だ。
と、その時。
サシャの戦意を高めるものの姿が目に入った。寒流の中より狭い入り江を鬱陶し気に、巨大な魚が姿を見せる。
「海難事故を引き起こす幻想種を討伐するチャンスってわけね」
幻想種の巨体は人の戦意を奪うのに十分なものだった。多少の心得がある者でも、あれと殴り合おうという気には中々なれない。
しかし、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は不敵に笑って、拳を鳴らす。
「いいわ、やってあげる」
エルシーの気合は十分だ。もちろん、純粋に冷たい水に浸かっているから、早い所終わらせたいという事情もあるわけだが。
とは言え、村の人から磯着を借りることが出来たのは幸いだった。長時間は難しいが、これでしばらく凌ぐことはできる。
そんな自由騎士たちを鼓舞するように、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が仲間たちの生命力を活性化させる。錬金術の基本ではあるが、体力を奪われるこの状況での効果は決して少なくない。
「予想通りの行動だね。これならここで仕留められる」
淡々と幻想種の動きを分析するマグノリア。
その深い湖を思わせる瞳に恐怖は微塵も映っていない。あるのは探求心……それも、倒された幻想種をどのように料理するか、というそれだけだ。
「『スシ』という物については、文献を読んで作り方も覚えて来た。どんな味がするか楽しみだ」
「まさか、食えるとは思っていなかったからな。期待しているぜ」
跳ね上がった幻想種の巨体に弾丸が突き刺さる。
上空にあるオーニソプターの上から、撃ち込んだのはタイミングを見計らったウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)だ。マグノリアに「スシ」のことを吹き込んだ張本人でもある。
正直な所、空の上にいたって、寒いものは寒い。いくら大きな不都合が発生しないと言っても、好んでやりたいものは多くないだろう。だが、そんなものは彼にとって問題にはならない。
なにしろ、今回の依頼はただの幻想種退治と言うわけではないのだ。美味い飯にはありつけるし、女だってチャンスはある。
「こいつは追い込んだぜ。このままやってくれ」
「ええ、ありがとう。さあ、あなたの獲物はこっちよ? それじゃあ、調理開始と行きましょうか」
攻撃を受けたことに幻想種は怒りの咆哮を上げる。
エルシーはニコリとほほ笑んで、幻想種に拳を振り上げた。
●
身を切り裂くような風の中で、自由騎士と幻想種は激しくぶつかり合う。
幻想種も逃げ場が無くなった以上、必死にならざるを得ない。そして、自由騎士たちも様々な事情から、逃がすわけにはいかないのだ。
「でかいぞ! おいしそうだぞ!」
その「様々な事情」には、倒した後の食事が含まれているのは正義の自由騎士として不安になるところであるが。
実際、サシャにとって、目の前にいるのは「危険な幻想種」ではなく「きょうのばんごはん」なわけで。よくよく見ると、少しよだれが垂れている。女の子としても不安な所だ。
「さかなのおにくを食べるぞ!! がんばれる女、サシャだぞ!!!」
その分、戦意は極めて旺盛だ。
サシャの好きなものと言えば、にく。
サシャの譲れないことと言えば、にく。
そして、サシャの野望は、にくまつり。
ある意味においては、こんな所に紛れ込んだ幻想種こそ、運が無かったのかもしれない。
実際、長引けば地の利を持つ幻想種が圧倒的に有利であり、幻想種の体力は旺盛だ。それを死の氷が着実に奪っていく。
そして、続けざまに突き刺さるのは、マグノリアの下から放たれた矢だ。
「幻想種を食べるのは……と思ったが、たしかに性質は食用に適しているのかな。興味深いね」
幻想種はなおも怒っているが、矢を撃ったマグノリアの顔色は平然としたものだ。元々、研究者気質なのである。
そのマグノリアの分析通りのタイミングで、幻想種が大きく跳ね上がる。そこから放たれる衝撃は、分かっていてもそうそう防ぎきれるものではない。
「逃げ出そうったってそうはいかないぜ」
しかし、この程度のことは自由騎士たちにとっては日常茶飯事。敵の攻撃に対して十分な対策をしているからこそ、多くの難敵を打ち破ってきたのだ。
ウェルスの放つ魔力が自由騎士たちの傷を癒やしていく。状況はいかにも自由騎士たちにとって不利な戦場であるが、その程度でへこたれるようではこの仕事は務まらない。
「すぐにまた飛んでくるぞ。そこが狙い目だ」
「簡単に言ってくれるわね。ありがたいけど」
エルシーは冷え込む自分の体に活を入れる。水のせいで体さばきも普段のようにいかないが、気合だけなら十分だ。それに、動きの鈍っている相手に、タイミングを見切った相手にぶつけるのなら、これで事足りる。
全身にため込んだ気を、エルシーは咆哮と共に打ち出す。
その気の衝撃は、小さな入り江の中に大きな水柱を生み出した。わずかな間、視界が封じられ自由騎士たちはエルシーと幻想種の姿を見失う。
水柱が消えた時、姿を見せたのははたしてエルシーであった。
「獲りました~! 今夜はレモラ料理ね!!」
獲物を取った満面の笑みで、エルシーは高らかに勝利を宣言した。
●
「炊いた米と事前に調合した『スシズ』を配合。米底が潰れないように、撹拌」
実験の時と同じように真剣な顔で、マグノリアは米と酢を混ぜていた。いや、本人にとっては真理に到達するための実験そのものなのだろう。伝聞にのみ聞く『スシ』を再現するための作業だ。
場所は戦闘の舞台となった入り江近くの漁村で、村人たちも集まって倒した幻想種を食しての宴が催されていた。
『実験』に従事しているマグノリアの額には汗が浮いている。結構な重労働なのだ。
「よし、後はしばらく冷ますだけか」
「だったら、はやくはじめるぞ!」
待ちきれないとばかりにタオルに包まれているサシャが叫ぶ。ウェルスが村まで運んだ幻想種は、村人たちが調理を行った。幸い、村人と宴を開いても十分なほどに、可食部は多かった。
「何をしても美味しいなら、『生、焼く、煮る』全部食べたいんだぞ!」
サシャの目の前には、焼いたものやスープにして煮込んだものと様々なものが並んでいる。もう我慢は必要ないとばかり、耳と尻尾を揺らして食べ始める。
「みんなで食べると美味しいんだぞ!」
「そうね。やっぱり鍋は温まるわ」
一番幻想種に肉薄することになったエルシーも、温かい料理を口にしてご満悦だ。他にも魚を細かく切り刻んで炙ったものや、村で以前から作っていた魚の塩漬けなど、酒が進みそうな料理も出してもらっている。
結構な苦労があったのだから、この位あっても許されるだろう。
「酒もいけるし、最高だぜ!」
ウェルスも村の女性に酌をしてもらって、満足げに箸を進める。結構モテる男でもあるし、「村を救った自由騎士」ともなれば、人気が出ない筈もない。野望のハーレムエンドまで、千里の道も一歩よりだ。
と、宴も盛り上がってきたところで、マグノリアは幻想種の切り身を取り出した。手元にはすり下ろした刺激の強い調味料が用意されている。
「お、『スシ』が出来るのか?」
「あぁ、憶測は多いけど」
ウェルスの問いに答えると、マグノリアは切り身と『スメシ』を手に取る。
読んだ文献で『スメシ』の作り方や調味料の準備は出来た。だが、最後のプロセスは途切れており、推測するしかない。
だけど、マグノリアは情報の分析から、確信をもって一つの答えにたどり着いていた。
「『握る』というキーワードは有った。だから……こういう事、かな?」
自由騎士と村人たち視線が集まる中、マグノリアは『スシ』を握りこむ。
そして、そこに現れたのは、まさしく伝説に伝え聞く『スシ』だった。
「冷たいぞ!」
寒空の下で叫ぶのは『教会の勇者!』サシャ・プニコフ(CL3000122)だ。小さな体を震わせて、少しでも体を温めようと必死だ。
それもそのはず。
依頼を聞いてやってきたが、戦う場所は冬の海。それも、状況的にどうしても水に入らなくてはいけない。水温はもはや、寒いとか冷たいを通り越して、痛い位だ。
そしてなにより……。
「サシャは後衛! 水の中に入らなくてもどうにか……ならないんだぞ」
多少動きが鈍くなっても差し支えなかろうと、これといって対策はしていなかった。これは戦いに有利とか不利とか抜きにして、とんでもなく辛い。
これもいつの日か立派なノウブルになるための修行と言えようか。正直、この状態で戦おうとしているだけで立派だ。
と、その時。
サシャの戦意を高めるものの姿が目に入った。寒流の中より狭い入り江を鬱陶し気に、巨大な魚が姿を見せる。
「海難事故を引き起こす幻想種を討伐するチャンスってわけね」
幻想種の巨体は人の戦意を奪うのに十分なものだった。多少の心得がある者でも、あれと殴り合おうという気には中々なれない。
しかし、『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は不敵に笑って、拳を鳴らす。
「いいわ、やってあげる」
エルシーの気合は十分だ。もちろん、純粋に冷たい水に浸かっているから、早い所終わらせたいという事情もあるわけだが。
とは言え、村の人から磯着を借りることが出来たのは幸いだった。長時間は難しいが、これでしばらく凌ぐことはできる。
そんな自由騎士たちを鼓舞するように、『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が仲間たちの生命力を活性化させる。錬金術の基本ではあるが、体力を奪われるこの状況での効果は決して少なくない。
「予想通りの行動だね。これならここで仕留められる」
淡々と幻想種の動きを分析するマグノリア。
その深い湖を思わせる瞳に恐怖は微塵も映っていない。あるのは探求心……それも、倒された幻想種をどのように料理するか、というそれだけだ。
「『スシ』という物については、文献を読んで作り方も覚えて来た。どんな味がするか楽しみだ」
「まさか、食えるとは思っていなかったからな。期待しているぜ」
跳ね上がった幻想種の巨体に弾丸が突き刺さる。
上空にあるオーニソプターの上から、撃ち込んだのはタイミングを見計らったウェルス・ライヒトゥーム(CL3000033)だ。マグノリアに「スシ」のことを吹き込んだ張本人でもある。
正直な所、空の上にいたって、寒いものは寒い。いくら大きな不都合が発生しないと言っても、好んでやりたいものは多くないだろう。だが、そんなものは彼にとって問題にはならない。
なにしろ、今回の依頼はただの幻想種退治と言うわけではないのだ。美味い飯にはありつけるし、女だってチャンスはある。
「こいつは追い込んだぜ。このままやってくれ」
「ええ、ありがとう。さあ、あなたの獲物はこっちよ? それじゃあ、調理開始と行きましょうか」
攻撃を受けたことに幻想種は怒りの咆哮を上げる。
エルシーはニコリとほほ笑んで、幻想種に拳を振り上げた。
●
身を切り裂くような風の中で、自由騎士と幻想種は激しくぶつかり合う。
幻想種も逃げ場が無くなった以上、必死にならざるを得ない。そして、自由騎士たちも様々な事情から、逃がすわけにはいかないのだ。
「でかいぞ! おいしそうだぞ!」
その「様々な事情」には、倒した後の食事が含まれているのは正義の自由騎士として不安になるところであるが。
実際、サシャにとって、目の前にいるのは「危険な幻想種」ではなく「きょうのばんごはん」なわけで。よくよく見ると、少しよだれが垂れている。女の子としても不安な所だ。
「さかなのおにくを食べるぞ!! がんばれる女、サシャだぞ!!!」
その分、戦意は極めて旺盛だ。
サシャの好きなものと言えば、にく。
サシャの譲れないことと言えば、にく。
そして、サシャの野望は、にくまつり。
ある意味においては、こんな所に紛れ込んだ幻想種こそ、運が無かったのかもしれない。
実際、長引けば地の利を持つ幻想種が圧倒的に有利であり、幻想種の体力は旺盛だ。それを死の氷が着実に奪っていく。
そして、続けざまに突き刺さるのは、マグノリアの下から放たれた矢だ。
「幻想種を食べるのは……と思ったが、たしかに性質は食用に適しているのかな。興味深いね」
幻想種はなおも怒っているが、矢を撃ったマグノリアの顔色は平然としたものだ。元々、研究者気質なのである。
そのマグノリアの分析通りのタイミングで、幻想種が大きく跳ね上がる。そこから放たれる衝撃は、分かっていてもそうそう防ぎきれるものではない。
「逃げ出そうったってそうはいかないぜ」
しかし、この程度のことは自由騎士たちにとっては日常茶飯事。敵の攻撃に対して十分な対策をしているからこそ、多くの難敵を打ち破ってきたのだ。
ウェルスの放つ魔力が自由騎士たちの傷を癒やしていく。状況はいかにも自由騎士たちにとって不利な戦場であるが、その程度でへこたれるようではこの仕事は務まらない。
「すぐにまた飛んでくるぞ。そこが狙い目だ」
「簡単に言ってくれるわね。ありがたいけど」
エルシーは冷え込む自分の体に活を入れる。水のせいで体さばきも普段のようにいかないが、気合だけなら十分だ。それに、動きの鈍っている相手に、タイミングを見切った相手にぶつけるのなら、これで事足りる。
全身にため込んだ気を、エルシーは咆哮と共に打ち出す。
その気の衝撃は、小さな入り江の中に大きな水柱を生み出した。わずかな間、視界が封じられ自由騎士たちはエルシーと幻想種の姿を見失う。
水柱が消えた時、姿を見せたのははたしてエルシーであった。
「獲りました~! 今夜はレモラ料理ね!!」
獲物を取った満面の笑みで、エルシーは高らかに勝利を宣言した。
●
「炊いた米と事前に調合した『スシズ』を配合。米底が潰れないように、撹拌」
実験の時と同じように真剣な顔で、マグノリアは米と酢を混ぜていた。いや、本人にとっては真理に到達するための実験そのものなのだろう。伝聞にのみ聞く『スシ』を再現するための作業だ。
場所は戦闘の舞台となった入り江近くの漁村で、村人たちも集まって倒した幻想種を食しての宴が催されていた。
『実験』に従事しているマグノリアの額には汗が浮いている。結構な重労働なのだ。
「よし、後はしばらく冷ますだけか」
「だったら、はやくはじめるぞ!」
待ちきれないとばかりにタオルに包まれているサシャが叫ぶ。ウェルスが村まで運んだ幻想種は、村人たちが調理を行った。幸い、村人と宴を開いても十分なほどに、可食部は多かった。
「何をしても美味しいなら、『生、焼く、煮る』全部食べたいんだぞ!」
サシャの目の前には、焼いたものやスープにして煮込んだものと様々なものが並んでいる。もう我慢は必要ないとばかり、耳と尻尾を揺らして食べ始める。
「みんなで食べると美味しいんだぞ!」
「そうね。やっぱり鍋は温まるわ」
一番幻想種に肉薄することになったエルシーも、温かい料理を口にしてご満悦だ。他にも魚を細かく切り刻んで炙ったものや、村で以前から作っていた魚の塩漬けなど、酒が進みそうな料理も出してもらっている。
結構な苦労があったのだから、この位あっても許されるだろう。
「酒もいけるし、最高だぜ!」
ウェルスも村の女性に酌をしてもらって、満足げに箸を進める。結構モテる男でもあるし、「村を救った自由騎士」ともなれば、人気が出ない筈もない。野望のハーレムエンドまで、千里の道も一歩よりだ。
と、宴も盛り上がってきたところで、マグノリアは幻想種の切り身を取り出した。手元にはすり下ろした刺激の強い調味料が用意されている。
「お、『スシ』が出来るのか?」
「あぁ、憶測は多いけど」
ウェルスの問いに答えると、マグノリアは切り身と『スメシ』を手に取る。
読んだ文献で『スメシ』の作り方や調味料の準備は出来た。だが、最後のプロセスは途切れており、推測するしかない。
だけど、マグノリアは情報の分析から、確信をもって一つの答えにたどり着いていた。
「『握る』というキーワードは有った。だから……こういう事、かな?」
自由騎士と村人たち視線が集まる中、マグノリアは『スシ』を握りこむ。
そして、そこに現れたのは、まさしく伝説に伝え聞く『スシ』だった。