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Karma! 巡る因果と偶像崇拝!



●戦争は戦後処理の方が大変と言うお話、その三
 シャンバラ平定――と言い難いが、少なくとも戦乱状態は収まった――後、そこに住む人達の生活は一変する。支配した国によるが、奴隷にされたり本国に送られるなど少なくとも以前の生活より悪くなることは変わりなかった。
 そんな変化に耐えられない者もいる。かつて信仰した神、ミトラースの恩恵を忘れられない者もいる。ヨウセイを犠牲にしていたこともあったが、かの神は確かにシャンバラの人達を愛し、そして導いてくれたのだ。その恩恵を『戦争に負けたから』と言う理由で忘れることはできない人達もいる。
 当然と言えば当然だが、もうミトラースはいない。彼らはかつて信仰した神の偶像に祈り、日々を過ごしていた。聖櫃による農耕の恩恵は失われたが動物を狩るなどの生活で腹を満たし、慎ましいながらも日々を生きていた。
 そういった人達に対し、イ・ラプセルは国として特に言及はしなかった。占領したからと言って、アクアディーネに帰依する必要はない。狩りの為に弓矢こそ持つが武装蜂起の可能性も低く、イ・ラプセルに協力的ではないにせよ反抗的でもないのだ。動向こそ見守る必要はあるが、国として介入はしない立場を取っていた。
 ヨウセイ達もそう言った者達の噂は聞くが、嫌悪するぐらいで接触しないようにする者がほとんどだった。ヨウセイ達が憎んだミトラースは既にいないし、それは彼らも分かっている。かつての生活を取り戻そうとするわけではないのなら、害意はない。心に色々孕んで危ういバランスながらも、とりあえずの均衡は保たれていた。
 だが、予期せぬ出来事は予期できないからこそ起こるのである。

●業――カルマ――
 炎が村を蹂躙する。荒地からどうにか形になった村は炎により崩壊していく。
 その姿を見ながらクロエ・ピエロンは絶望に膝をついた。あの炎の中に居た人達はもう助からない。上手く逃げれただろうか。だが遠くから聞こえる悲鳴がそれすら許さない相手なのだという事を悟らせる。
「見つけたぜ。元聖歌隊の女だ」
「お前がこの村の指導者だな。ミトラースを信じる反逆者が」
 声に振り替り返る。そこには杖をもった男達がいた。イ・ラプセルの紋章こそつけているが、その体格から軍役を経験したとは思えない。貴族崩れの魔術師。それが第一印象だった。
「どうして……! どうしてこんなことをするんですか!?」
「決まってる。ミトラースが悪だからだ。それを信じるお前達も悪なんだよ」
「ここはもうイ・ラプセルなんだよ! アクアディーネ様を信じない奴らは死ね!」
 ああ、それはただの理由だ。クロエは理解した。
 彼らはシャンバラ人で、イ・ラプセルに取り入るために私達を倒して水の女神に気に入られようとしているのだ。先の戦いが神と神の戦いであったため、そう思ってしまったのだろう。なんてひどい勘違いと逆恨みだ。
 だけど、だけど――
 彼らは自分だ。かつてミトラースを信じ、アクアディーネと相対した自分だ。神の為に勲功を得ようとし、敵を滅ぼそうとする姿そのものだ。自分が神の為に歌ったように、彼らは神の為に殺すのだ。
 因果は巡る。くるくると、くるくると。それが自分にやってきたのだとクロエは諦念のままに理解する。ここで戦って生き延びても、逃げられない因果の糸がある事を理解する。
(姉さん……アムラン様……)
 迫る魔術の炎を見ながら、最後に思ったのは既に故人である敬愛する姉と愛した人の事だった。その元に向かえると思いながら、彼女は生を手放した。

●自由騎士
 報を受け、自由騎士達は燃え盛る村に向かう。
 もう誰も生きてはいないだろう。遠くから見える炎を見ながら、自由騎士達はそれを理解する。
 それでも――それ以上の凶行を許すわけにはいかなかった。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
担当ST
どくどく
■成功条件
1.狂信者10名の打破(生死は問わない)
 どくどくです。
 シャンバラ戦争後系、最終話です。ネタはあるんだけどね。

 戦闘そのものは苦もなく終わるでしょう。基本、心情を重視する形のリプレイになると思われます。プレイングも戦闘の比率は少なめで問題ありません。

●敵情報
・狂信者(×10)
 元々はミトラースを信じていたシャンバラ人。権能が消え、アクアディーネを信望し始めました。全員ノウブル。かつての自分の地位を取り戻そうと、勲功を求めてこのような事を行いました。言うまでもありませんが、国として許される行為ではありません。
 全員マギアスで、ランク1のスキルを活性化しています。また、自由騎士が声をかけなければもう動かない元聖歌隊騎士を興奮しながら攻撃しているため、不意打ちは可能です。
 数こそ多いですが、制圧自体は難易度相応となると思われます。

●NPC
 クロエ・ピエロン
 元聖堂騎士の騎士。所属は聖歌隊。女性。到着時には絶望の表情ですでにこと切れています。それでもなお狂信者達の感情のはけ口にされ続けています。
 かつては自由騎士と相対していました(拙作『【白蒼激突】Oath! 再起する騎士の誓い!』『 【東方陽動作戦】UnbelievablePlan!』参照)が、戦争終了後は軍役を退き、ミトラースのことを忘れられない人達を集めて偶像崇拝の村を指導していました。
 
●場所情報
 ニルヴァン近郊の山間の村の入り口。いまだに燃え盛る炎が、そこに生存者がいない事を示しています。時刻は夜。明かり? 盛大に燃えている灯があるので問題ありません。開けた場所でで、足場も安定しています。
 戦闘開始時、敵前衛に『狂信者(×10)』がいます。声をかけなければクロエ(だったもの)を蹴る殴るなどしていますので、不意打ちは可能です。
 事前付与等も好きなだけ可能です。その間、興奮して暴行している狂信者達は気付くことはありません。

 皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
報酬マテリア
1個  5個  1個  1個
11モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
8/8
公開日
2019年07月01日

†メイン参加者 8人†




 キリ・カーレント(CL3000547)の記憶は炎と共にある。
 プレール村を焼いた炎。友達を、家族を、故郷を焼いた炎。何故焼かれたかもわからない燃え盛る死神。
 全てを失い、そこからキリはさまよった。胸に開いた穴。失った者を求めて歩き続けた。友達を、家族を、故郷を。失った何かがどこかにあると。代わりになる者がどこかにあると信じて。
 ……いや、本当は気付いていた。
 代わりになる者なんてない。皆の代わりなんていない。死んだ者は蘇らない。この穴は、キリ・カーレントが一生抱えていく喪失だ。炎と共に抱えていくものだ。炎は消えない。失った人達の顔は日に日に薄れていくのに、炎だけは消えない。
 穴の空虚に耐えきれなくなることもあった。死んでしまいたくなることもあった。炎の記憶に苛まれ、眠れなかった夜など数えきれない。その度に嗚咽を漏らし、俯く日々だった。
 それでも、歌った。思い出せない故郷の歌を、それでも歌った。
 涙を流しながら、一心不乱に。指先は旋律を奏で、途切れ途切れのフレーズを歌った。そうすることで生きる理由を見つけた。
 この歌を最後まで歌おう。燃えた故郷はもう戻らないけど、この歌はまだ戻るかもしれない。心に開いた穴はもう戻らないけど、誰かが故郷の風景を思い浮かべてくれるかもしれない。
 キリにはもう思い出すことのできない。あの村を――


「雨……?」
 狂信者達は突然の雨と、聞こえてくる旋律に暴行を止める。先ほどまでそんな気配すらなかったのに。旋律の聞こえてくる方を見れば、そこにはキリを始めとした自由騎士達がいた。
「我が名は騎士シノピリカ・ゼッペロンである! 自由騎士団の名に於いて、今すぐ戦闘行動を停止せよ!」
 朗々と響く『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)の声。いや、彼らの行為はもう戦闘行動ですらなかった。己の欲望のままにかつての同胞を凌辱し、正義と言う美酒に酔っていた。その正義さえもただの独り善がりでしかない。
「…………」
 沈黙を貫く『空に舞う黒騎士』ナイトオウル・アラウンド(CL3000395)。そこに含まれるのは同じアクアディーネ様を信じ、しかし道を違えた相手に対する憐れみだった。祈るように盾を構え、仲間の前に出る。
「こんな悲しい事件……早く、終わらせましょう」
 雨に濡れながら『悪の怪人ニコニコブッ刺し女』秋篠 モカ(CL3000531)は呟いた。突然の雨は村を鎮火していく。だが今すぐに火が消えるという様子もない。そこに居た村人は業火と煙で命を奪われているのだ。……神を信じるという思いの為に。
「ミトラースは大嫌いですけど、かつてのシャンバラも大嫌いですけど……」
 ヨウセイであるティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)にとってミトラースを信望する村に対する印象は良くはない。自分達を迫害した神を奉じる人達。それでもこんな目にあっていいなんて思わない。
「アタシがセヴリーヌを殺したから? アムランを殺したから……? クロエの幸福を、アタシが奪った……?」
 すでに動かない死体を見ながら『神の御業を断つ拳』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)は呟く。彼女の姉と想い人を殺したのはこの手だ。彼女の人生を狂わせたのは自分だ。だから今、こうして横たわっているの? 答えはない。クロエはもう、いない。
「こういう隠れ里がいずれ問題を起こすかもって思うのは解るんだがな」
 ため息と共に『殲滅弾頭』ザルク・ミステル(CL3000067)が口を開く。かつてヨウセイ達がシャンバラに隠れて活動していたように、ミトラース崇拝者も隠れて生きていた。後顧の憂いを断つために彼らを殺すという意見は納得できる。だが、それだけだ。
「どうでもいい。あいつ等は法を犯した。それだけだ」
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)はつまらなげに断言する。これは村を燃やした者を捕らえるだけの仕事だ。そこにある事情も何もかもどうでもいい。……そうもいかない仲間がいるのなら、そいつらを助けるだけだ。
「……助けたかった……こうなる前に」
 歌を止め、キリが村を見る。降り続ける雨はいずれこの炎を消すだろう。もしかしたら誰か助ける事が出来るかもしれない。……何もかも、手遅れかもしれないけど。
「じ、自由騎士だと!? 俺達はミトラースを信じる残党を殺していたんだ!」
「そうだ! 俺達はむしろ報酬を貰うべきことをしたんだ! その俺達に武器を向けるなんて、間違ってるぞ!」
 狂信者達は驚きから一転して、自身の正義を主張する。ミトラースを信じる者は悪で、それを殺した自分達は正しい。要約すればそんな正義を。
「分かってはいたが、やはり言葉は通じぬか」
 シノピリカが軍刀を抜く。それと同時に自由騎士達も武器を抜いた。その意思が狂信者にも伝わったらしく、動揺が走る。正しい事をしている自分達が、何故そのような扱いを受けるのか。
 雨の中、戦いが始まる。
 ……いや、それはもう戦いですらない。歴戦の自由騎士と、ただ魔法が使えるだけの暴漢とでは勝負にすらならない。ザルクの弾丸が動きを封じ、シノピリカの鋼の拳が叩きつける衝撃波でほぼ雌雄は決した。二、三発ほど炎の矢が自由騎士の方に飛ぶが、防御に回ったナイトオウルの装甲を貫くほどの威力はない。
 制圧は瞬く間に終わった。狂信者達は拘束される。
 だが自由騎士の誰もが、勝利に喜ぶことはなかった。


「こいつらは殺す――!」
 拘束された狂信者に向かい、ライカが腕を振り上げる。殺意を込めた腕が振り下ろされ――それをシノピリカの鉄腕が塞いでいた。
「ならぬ! この者達は法で裁く。それがアクアディーネ様の御心にかなう事じゃ!」
「ア、アクアディーネ様の為にやったんだぞ、俺達は!」
 悪びれることなく狂信者が叫ぶ。自決するつもりはなさそうだから猿ぐつわはしなかったが、己の行為を顧みない態度は自由騎士達の心を揺さぶる。ある者は怒りに、ある者は呆れに。
「貴方達は罪を償ってもらいます」
 そんな狂信者達に向けて、モカははっきりと言い放つ。
「俺達が何の罪を犯したというんだ!?」
「人殺しです。自己満足でこの村の人達を殺した罪を償ってもらいます」
 人殺し。その言葉を口にした瞬間にモカの瞳から涙がこぼれていた。死んだ人間はもう戻らない。かつてあった生活はもう蘇らない。苦労して作られただろう村も、偶像に祈って生きようとする人達も、もう戻らない。それを思うと涙が止まらなかった。
「貴方達は……殺しました…‥たくさんたくさん……! ようやく戦争が終わって、なんとか平和になって、なのにどうして……!」
 モカは自由騎士に入って、戦争の事を知った。ヨウセイ達の仲間ができて、シャンバラの事を聞いた。だからこそ、平和の重要性を理解した。
「だから俺達はその戦争の残党を――」
「彼らは『戦争の残党』なんかじゃありません! ただの、人間です……!
 貴方達がしたことは、人殺しです。もう彼らは動きません。笑いません。手を取り合う事が出来たかもしれないのに、もう、彼らは……!」
「聖櫃はもう動きません。シャンバラは、滅んだんです」
 泣き崩れるモカを支える様にティルダは告げる。ヨウセイとしてシャンバラに色々なものを奪われ、ミトラースに恨みを持つティルダ。
「お、お前ヨウセイなんだろう? だったらむしろあいつらは許せないんじゃないのか? まだミトラース何かを信じてるんだぞ」
「はい。思う所はあります」
 拳を握り、何かを堪えながら言葉を紡ぎ出すティルダ。魔女狩りに親友を奪われ、シャンバラの所業に苦しむ同胞の声を聴き、いまだに心に傷を負うヨウセイ達を見て……それでもティルダは何かを堪えて言葉を紡ぎ出す。
「でも去った神を誰にも迷惑をかけずにただ信仰するだけなら、責められるいわれは無いと思うのです」
 ……必死で、そう思う事にした。
「貴方達は自分達が何かされた訳でもないくせに。ヨウセイの様に迫害された訳でもないくせに、いいえ、むしろ迫害する側だったでしょうに!
 どうしてこんな酷い事を……貴方達こそ、許せません!」
「うむ。とりあえず罪状を述べておこうか。器物破損、暴行、殺人、放火。言い逃れなどさせぬぞ。戦時であったとしても我がイ・ラプセル軍は略奪行為を禁じておるからな」 
 とりあえず義務としてシノピリカが狂信者達の罪を読み上げる。言い逃れなどさせるつもりはない。戦争だから村を焼いていい理由などない。ましてや今は戦争は終わっているのだ。如何なる理由があれど、こういった行為を看過するわけにはいかない。
「ふざけるな! 俺達がやらなければ、いつかはこいつらが襲ってきたかもしれないんだぞ!」
「黙れ慮外者ども! お主等がアクアディーネ様の民を殺した事実に変わりはない! 仮にミトラースを奉じようとも、イ・ラプセル領に住む者達は皆アクアディーネ様の子。それを殺した罪は重いと知れ!」
「それこそふざけるな! ミトラースを信じる奴らを受け入れるというのか、アクアディーネは!」
「無論である! 我らがアクアディーネ様は信仰の違いを赦したもうた! ミトラースを信じようとも、叛意なければ等しく我らの子であると!」
 狂信者の言葉にはっきりと言い放つシノピリカ。嘘ではない。この村を知りながらもなにも言及しなかったのがその証だ。種族、性別、そして信仰。そんなことで隔たりは設けない。手を繋ぐことが困難でも、その手を切ろうとはしないのがあの女神だ。
「法の裁きを受けよ。それがおぬしらに出来る最大の忠義と知れ! 手前勝手な乱暴狼藉は罰せられるということ……その証明を、己が身で立てるが良いわ!」


 クロエ・ピエロンという女性の人生は、端的に言えば報われなかった。
 聖堂騎士の聖歌隊隊長としてイ・ラプセルと戦い、その戦争で姉と想い人を失った。国が消え、騎士団を去った彼女はミトラースの愛を忘れられない人たちを導き、村を作る。その村さえも暴徒により失う事となった。そして自らの命さえも。
「……なのにアンタは誰も怨まなかった。その気になれば、あんな奴らなんて跳ねのけれたのに」
 クロエの遺体にふれて、ライカは涙を流す。
「あいつらが憎くないのか?」
「……憎いけど。もう、いい」
 ザルクの問いにライカは気が抜けたように答える。クロエを殺した狂信者たちは確かに憎いけど、クロエの亡骸を見た瞬間に怒りは哀しみに流される。体中にやけどを負い、手足は折れ、元の顔が想像できないほどにぐちゃぐちゃで――
「酷いもんだな」
 その遺体を見て、ザルクは煙草に火を点ける。かつて戦った聖堂騎士。仲がよかったわけではない。むしろ敵対していた相手だ。戦争が終われば恨みつらみを忘れて仲良くなる、なんてことはなかったがそれでもこれはあんまりだ。
「ヨウセイからの復讐ですらない、保身による元同胞からの暴動。……ツイてない、としか言えねぇな」
 昇る紫煙を見ながらザルクは思いに耽る。戦争は爪痕を残す。傷つけた者が傷つけられた者の恨みを買う事なんて日常茶飯事だ。だが、これはそうではない。狂信者の勘違いで、誰も救われることはない。
(こいつは復讐が果たされたわけじゃない。ただ、殺されただけの事件だ。くそ、胸糞悪いぜ)
 ため息と共に煙を吐き出す。言うべきことは何もない。ろくでもない事件だった。
「治って……治って……治って……!」 
 ライカはただひたすらに癒しの術をクロエに行使していた。
「キミの家族はアタシが奪ったのよ。憎くないの? 苦しくないの? 知ってるよ、家族を奪われた痛みを。アタシを殺しに来なさいよ! ほら、アタシはここに居るから!」
 泣きながら、自分を殺せと言いながら、ライカはひたすら癒しの術をクロエに行使していた。
「アタシはもういい! 復讐を果たしたから、死んでもいい! だけどキミは違う!
 復讐に捕らわれずに人を導いて。そんな人が死んでいいはずがない! だから――」
 分かっている。ライカだって本当は解っている。死んだ人間は蘇らない。癒しの術も、奇跡も、神の御業も、消えてしまった命を動かすことはできない。そんなことは解っているけど――
「アタシの命をあげるからもう一度目を覚まして。キミには生きていて欲しいから! 命ならいくらでも使っていいから!
 あああああああああああ!」
 クロエを抱きしめながら、ライカは慟哭する。
 それに応える声は、なかった。


 炎の消えた村を歩くツボミ。焼死体を見つけては、ため息をついて検死していた。
「こいつは頭を殴られてから、焼かれた。そっちは煙で苦しんで死んだ。その子は梁に足を挟まれて家と共に焼かれて死んだ」
 淡々とツボミは死者の記録を残す。雨のおかげで遺体はそれほど焼けていないのが幸いだった。
「幸い、か。そう思うのは医者の観点だ。職業病だな、死を見慣れるというのは」
 言って皮肉気に笑う。ツボミは遺体に尊厳を求めない。遺体はあくまで人が死んだという結果だ。それを記録することで、医学の発展につながるのなら。
(……そういう事にすれば、あの優しすぎる女神の傷もちょっとぐらいは慰撫出来るんでは無かろうか。ここで殺された人達は無駄じゃない、という事にすれば)
 頭を掻きながら、アクアディーネの顔を思い浮かべるツボミ。あの女神がこの虐殺を知らないわけがない。『皆さんの無事が一番です』と笑顔でいいながら、心の中では『もう少し早く予知できれば』と悔やんでいるだろう女神。その傷が少しでも癒せれば。
(……全く、職業病だな。全てを救えるはずなんてないとわかっているくせに)
 頭を振って、ツボミは創作を続ける。幸か不幸か、死臭は嗅ぎなれていた。
「誰か……誰か……!」
 キリは焼け跡を走る。かつて自分が住んでいた村の焼け跡と、今の光景が重なる。叫び声には誰も答えない。人の気配も、何もない。
 あの日、キリは力がなかった。戦う力、助ける力。何もなく、燃える村を見ているしかできなかった。
 そして今、キリには力がある。叩く力、守る力。力があればだれかを助けられると信じていた。
 だけど現実は非情で、目に見える人は全て命を失って。
「誰でもいい……キリの声に応えて!」
 救うための力があっても、誰も救えない。炎はいつだってキリの心を苛み、圧倒的な暴力で何かを奪っていく。絶望の中走り続けるキリは焼けた家の木材に足を取られて転び――
(…………聞こえた。そこに、そこに!)
 かすかに聞こえた声に起き上がり、走り出す。瓦礫をどけ、守るように子供を抱く母親の遺体を見つける。彼女が抱いている赤子は、弱々しいながらも確かに呼吸をしていた。
「…………ああ」
 癒しの術を行使しながら、キリは涙を流す。
 無駄じゃなかった。あの日失って、さまよって、苦しみながら旅してきた日々は。あの苦しみがあったから、今ここでこの命を救えた。キリの中の炎は消えないけど。
「ありがとう……生きていてくれて、ありがとう……!」
 泣きながら赤子を抱き、キリはそう呟いていた。救えた、救う事が出来た。その結果にキリ自身が救われたかのように泣き続けていた。


 死亡者三十八名。生存者一名。村は廃村。それがこの事件の被害報告だった。
「ったく、こんな所でスコップが役に立つとはな」
 手慣れた動きで墓を掘りながらザルクは呟く。こうなることは予想していたが、実際に村人の遺体を見ると陰鬱な気持ちになってきた。
(……反乱分子を殺すか。くそ、嫌なことを思い出すぜ)
 今回狂信者達が行った事と、かつて故郷が焼かれた理由を重ねるザルク。そして助かった命の方を見た。親を失い、住む場所を失い、それでも命は助かった。あの子の村を焼いた犯人はこれから法で裁かれるだろう。
(復讐相手がいるのと、いないのと。どっちが幸せなのかね)
 そこまで思って、頭を振るザルク。それは自分が決めていい事ではない。あの子が大きくなって、真実を知ってから決めることだ。復讐とは自分の意志で行うことなのだから。

 後日、狂信者を収容している檻にナイトオウルが足を運んだ。
「嗚呼、哀れな同胞よ。さぞやつらい想いをされてきたことでしょう」
 開口一番そう言い放つナイトオウル。狂信者たちの反応を待つことなく、ナイトオウルは言葉を続ける。
「貴方がたもミトラースの被害者です。
 邪神に誑かされ、邪神のやり方しか知らなかった貴方がたを、どうして私が責められましょうか」
 ナイトオウルは心の底から狂信者を憐れんでいた。同じ神を信じ、しかしやり方を間違えただけの仲間。心の底からそう思って、言葉を放っていた。
「己の手を汚してまで女神に報いるその信心は本物です。
 貴方達に必要なのは、女神と女神の国の法へと殉じること。祈りを捧げ、罪を禊げば、慈悲深き女神はきっと貴方がたを赦してくださります」
「そ、そうか? だったら、俺達は元の地位を得られるのか!?」
「ええ。女神の為に生き、私と共に歩めば、もう間違うことはないでしょう。
 貴方がたにも真の女神のご加護があらんことを……」
 言って踵を返すナイトオウル。彼らが罪を雪ぎ、女神の為に働いてくれる。そんな未来を信じて、笑顔を浮かべていた。

 扉が閉まり、檻は闇に閉ざされる。
 咎人には法に則り、罪が与えられた――

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『まだ炎は消えないけど』
取得者: キリ・カーレント(CL3000547)

†あとがき†

どくどくです。
文字数足りねぇ! 長く書きすぎるのも蛇足なのだとわかってはいるのですが。

以上のような結果になりました。本当に戦闘は勝負にならなかった。
皆様の色々な一面を引き出せたのなら、ST冥利につきます。
MVPはカーレント様に。リソースを削ったこともありますが、プレイングから設定まで文句なしに今回のシナリオに噛み合っておりました。

シャンバラ戦後編は一旦ここで打ち切りとして、どくどくはヘルメリアを書いていきます。あっちはあっちで大変なんだよぅ。

それではまた、イ・ラプセルで
FL送付済