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シデノタビ

●
ねえ、ねえねえ
あなたはそれで平気なの?
どうして? 君は僕で自分は私であなたはここに居て。
なぜそんなことをしたの? どうしてそれをしないの?
ねえ、どうしてててててて、
てて、
ねえ
どうしてそんなに平気な顔をして、ここに「いるの?」
「あいてっ」
非時香・ツボミ(CL3000086)は頭部に小さな硬いものがぶつけられ、反射的に声がでる。
見なくてもわかる。小石だ。石を投げつけられることなど子供のことに何度も経験したことがある。うんざりした顔でツボミが振り向けば――。
「申し訳ありませんわ。つい小憎たらしくなって手元にあった石をなげつけてしまいました。私ったら、てへぺろ」
央華の民族衣装である漢服を着こなしたパンダのケモノビトの女性がそこにいた。ちなみにめちゃくちゃ似合っているが彼女はチャキチャキのイ・ラプセルっこだ。大陸にわたったことすらない。
「貴様か、何のようだ? いや、貴様なら用もなくそのあたりに湧いているんだったな。失敬」
エミュレイティア・シルクトータス。ここ番外地における古株の三馬鹿の一人だ。ちなみに三馬鹿のうちの二人目はツボミである。
「あと一人は湧いてないな。あいつが来たら貴様を簀巻きにせんといかんところだった」
「んもう、ツボミ様ったら、あのときアレほどまでにかわいい夜を過ごしたのに、こんなにスレてしまって」
「あ~あ~聞こえない。聞こえない。いかがわしいことをいうな。もう、貴様とは賭けカードなんぞせんからな」
会えば嫌味の応酬。いつからこうなったのかは覚えがない。昔はむしろなついていつも手をつないで遊びにでたものだがまあ、それは自分の人生の汚点というか黒歴史のようなものだ。
「で、貴様は、私に嫌味をいいにきただけではないのだろう?」
「ええ、ちょっと「自由騎士」の皆様にお願いがありまして。
傍月草……ツキシデノグサともいいますがご存知かしら?」
「ああ、植物型の幻想種だったか? アレの実は幻覚症状を起こす……まさかお前犯罪に……っ!」
「貴方に言われたくないのですが――まあ、痛み止め、鎮痛剤、導眠剤と使いみちは多いんですわよ。……まあ貴方ならお察しでしょうがストックがなくなったので採取を依頼したいのですわ」
「チッ、めんどくさい」
「ふふ、それでも貴方は断りはしないのですわね。
ああ、お気をつけくださいましね。傍月草は周囲に幻覚物質を散布しておりますので。オラクルの皆様であれば耐性がございますので、前後不覚になることは少ないとはおもいますが――」
「どんな幻覚だ?」
「人にもよりますが、傾向としては罪悪感や挫折感等の心のしこりを多く掘り起こす様ですわ。その関係者の姿が現れる他に、自分自身の幻に詰られる事も多いとか。まあ、月は鏡に準えられますもの、似つかわしくはありますわね?」
エミュレイティアの言葉に思い当たる人物を心に描きツボミは小さくまた舌打ちをする。
「それと、蓋をしていた記憶が蘇ったり、薄れていたトラウマがぶり返した例もあるそうなので。気を付けて下さいね? 私は責任取りませんけど」
そう言ってエミュレイティアは楽しそうにころころと笑った。
ねえ、ねえねえ
あなたはそれで平気なの?
どうして? 君は僕で自分は私であなたはここに居て。
なぜそんなことをしたの? どうしてそれをしないの?
ねえ、どうしてててててて、
てて、
ねえ
どうしてそんなに平気な顔をして、ここに「いるの?」
「あいてっ」
非時香・ツボミ(CL3000086)は頭部に小さな硬いものがぶつけられ、反射的に声がでる。
見なくてもわかる。小石だ。石を投げつけられることなど子供のことに何度も経験したことがある。うんざりした顔でツボミが振り向けば――。
「申し訳ありませんわ。つい小憎たらしくなって手元にあった石をなげつけてしまいました。私ったら、てへぺろ」
央華の民族衣装である漢服を着こなしたパンダのケモノビトの女性がそこにいた。ちなみにめちゃくちゃ似合っているが彼女はチャキチャキのイ・ラプセルっこだ。大陸にわたったことすらない。
「貴様か、何のようだ? いや、貴様なら用もなくそのあたりに湧いているんだったな。失敬」
エミュレイティア・シルクトータス。ここ番外地における古株の三馬鹿の一人だ。ちなみに三馬鹿のうちの二人目はツボミである。
「あと一人は湧いてないな。あいつが来たら貴様を簀巻きにせんといかんところだった」
「んもう、ツボミ様ったら、あのときアレほどまでにかわいい夜を過ごしたのに、こんなにスレてしまって」
「あ~あ~聞こえない。聞こえない。いかがわしいことをいうな。もう、貴様とは賭けカードなんぞせんからな」
会えば嫌味の応酬。いつからこうなったのかは覚えがない。昔はむしろなついていつも手をつないで遊びにでたものだがまあ、それは自分の人生の汚点というか黒歴史のようなものだ。
「で、貴様は、私に嫌味をいいにきただけではないのだろう?」
「ええ、ちょっと「自由騎士」の皆様にお願いがありまして。
傍月草……ツキシデノグサともいいますがご存知かしら?」
「ああ、植物型の幻想種だったか? アレの実は幻覚症状を起こす……まさかお前犯罪に……っ!」
「貴方に言われたくないのですが――まあ、痛み止め、鎮痛剤、導眠剤と使いみちは多いんですわよ。……まあ貴方ならお察しでしょうがストックがなくなったので採取を依頼したいのですわ」
「チッ、めんどくさい」
「ふふ、それでも貴方は断りはしないのですわね。
ああ、お気をつけくださいましね。傍月草は周囲に幻覚物質を散布しておりますので。オラクルの皆様であれば耐性がございますので、前後不覚になることは少ないとはおもいますが――」
「どんな幻覚だ?」
「人にもよりますが、傾向としては罪悪感や挫折感等の心のしこりを多く掘り起こす様ですわ。その関係者の姿が現れる他に、自分自身の幻に詰られる事も多いとか。まあ、月は鏡に準えられますもの、似つかわしくはありますわね?」
エミュレイティアの言葉に思い当たる人物を心に描きツボミは小さくまた舌打ちをする。
「それと、蓋をしていた記憶が蘇ったり、薄れていたトラウマがぶり返した例もあるそうなので。気を付けて下さいね? 私は責任取りませんけど」
そう言ってエミュレイティアは楽しそうにころころと笑った。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.傍月草の実を一つ以上手に入れる。
2.幻覚と向き合う。
2.幻覚と向き合う。
たぢまです。生きてます。
チャイナ!(挨拶)
リクエストありがとうございます。
この依頼は非時香・ツボミ(CL3000086)さんのリクエストシナリオです。
発注者以外でも参加することができます。
★リクエストシナリオとは(マニュアルから抜粋)
リクエストシナリオは最大参加者4名、6名、8名まで選べます。なお依頼自体はOPが出た時点で確定しており、参加者が申請者1名のみでもリプレイは執筆されます。
リプレイの文字数は参加人数に応じて変動します。
【通常シナリオ】
1人の場合は2000文字まで、その後1人につき+1000文字 6人以上の場合は最大7000文字までとなります。
皆様には悪夢をみてもらう形になります。
キャラクター設定の掘り返しにご利用ください。
■NPC
エミュレイティア・シルクトータス
女性
25歳
ケモノビト(パンダ)
番外地の古株の三馬鹿の一人です。今回の採取依頼の依頼者です。
ついてこないです。
■ターゲット
傍月草
植物型の幻想種です。
月の満ち欠けによって形の変わる実を実らせます。
その実は様々な薬の原料となります。以下の能力があるので採取は困難ですので、自由騎士にその依頼が回ってきました。
・幻惑の香
幻覚物質を周囲に散布しています。
幻覚によって前後不覚になった生物を絞め殺し養分にします。厄介な幻想種ではありますが、その実の薬効が高いので退治はしないでほしいと言われています。植物なのでその場から移動はできませんので、近づきさえしなければ大丈夫です。
周囲には進入禁止の柵があるので乗り越えてきてください。
オラクルには多少の耐性があるので、絞め殺されるほどまでに前後不覚になることはありませんがいや~な幻覚をみることにはなります。
・幻覚
エミュレイティアの言う通り、マイナスな思い出を掘り返すような相手や、自分自身の幻に詰め寄られることになります。
(依頼ででた敵や助けることのできなかった相手でも構いませんが、明確な名称はだしません。その場合一応プレイングかEXにどのシナリオかは明記ください)
この幻覚は傍月草の実が物理的に形をなしたものとなります。
幻覚をどうにか消滅させることで、実をゲットすることができます。
「消滅させる」という意思のもとに幻覚と対峙することで幻覚は消滅しますので、物理的に戦う必要はありません。もちろん幻覚にきりかかったりしても大丈夫です。
この幻覚は他者にも見ることができます。
(仲間の幻覚を他者が消滅させることもできますので、どうしても自分で消滅できないセンシティブな相手であった場合には助けることができます)
一つ以上の実をゲットすることができたら、成功ですが、多ければおおいほどエミュレイティアは喜びます。
以上よろしくおねがいします。
チャイナ!(挨拶)
リクエストありがとうございます。
この依頼は非時香・ツボミ(CL3000086)さんのリクエストシナリオです。
発注者以外でも参加することができます。
★リクエストシナリオとは(マニュアルから抜粋)
リクエストシナリオは最大参加者4名、6名、8名まで選べます。なお依頼自体はOPが出た時点で確定しており、参加者が申請者1名のみでもリプレイは執筆されます。
リプレイの文字数は参加人数に応じて変動します。
【通常シナリオ】
1人の場合は2000文字まで、その後1人につき+1000文字 6人以上の場合は最大7000文字までとなります。
皆様には悪夢をみてもらう形になります。
キャラクター設定の掘り返しにご利用ください。
■NPC
エミュレイティア・シルクトータス
女性
25歳
ケモノビト(パンダ)
番外地の古株の三馬鹿の一人です。今回の採取依頼の依頼者です。
ついてこないです。
■ターゲット
傍月草
植物型の幻想種です。
月の満ち欠けによって形の変わる実を実らせます。
その実は様々な薬の原料となります。以下の能力があるので採取は困難ですので、自由騎士にその依頼が回ってきました。
・幻惑の香
幻覚物質を周囲に散布しています。
幻覚によって前後不覚になった生物を絞め殺し養分にします。厄介な幻想種ではありますが、その実の薬効が高いので退治はしないでほしいと言われています。植物なのでその場から移動はできませんので、近づきさえしなければ大丈夫です。
周囲には進入禁止の柵があるので乗り越えてきてください。
オラクルには多少の耐性があるので、絞め殺されるほどまでに前後不覚になることはありませんがいや~な幻覚をみることにはなります。
・幻覚
エミュレイティアの言う通り、マイナスな思い出を掘り返すような相手や、自分自身の幻に詰め寄られることになります。
(依頼ででた敵や助けることのできなかった相手でも構いませんが、明確な名称はだしません。その場合一応プレイングかEXにどのシナリオかは明記ください)
この幻覚は傍月草の実が物理的に形をなしたものとなります。
幻覚をどうにか消滅させることで、実をゲットすることができます。
「消滅させる」という意思のもとに幻覚と対峙することで幻覚は消滅しますので、物理的に戦う必要はありません。もちろん幻覚にきりかかったりしても大丈夫です。
この幻覚は他者にも見ることができます。
(仲間の幻覚を他者が消滅させることもできますので、どうしても自分で消滅できないセンシティブな相手であった場合には助けることができます)
一つ以上の実をゲットすることができたら、成功ですが、多ければおおいほどエミュレイティアは喜びます。
以上よろしくおねがいします。
状態
完了
完了
報酬マテリア
1個
1個
1個
5個




参加費
100LP
100LP
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2020年05月07日
2020年05月07日
†メイン参加者 6人†
●
どうして、あなたは、そこに、いるの?
「ここだな」
立入禁止、と描かれたパンダマークの看板と柵は思いの外簡単に見つかった。『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は白衣を腕まくりする。
「どんなものが見えるか楽しみだな」
「勘弁してくれよ、これ嫌がらせだろ?」
舌なめずりするようなツボミに『その過去は消えぬけど』ニコラス・モラル(CL3000453)が泣きそうな顔で問いかけるが、引っ張ってきた当人は意地悪な笑みを浮かべるだけだ。
「やだー、お家帰りたい!!」
「まあまあ、薬草とりだろ? 戦争直後なんだから、こういう平和なのは大歓迎。いっぱい採ってこないと!」
ニコラスと対象的なのは『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)だ。
「な、アルミア」
ナバルの後ろで小さくなっていたアルミアはびくりと体を震わす。その瞬間ナバルの目線より自分の目線が上になってしまって、気付き背中を丸めた。
「いえ、その」
「一般人だと難しいんだろ? ならオレたちの出番だ!」
「まあ、痛い腹の一つ二つはだれでもありますし……」
こちらも泣きそうなアルミアの様子に、『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)は苦笑する。
「えげつない生態してますよね、その植物」
「あら、そう……」
先ん出て傍月草のテリトリーに踏み込んだ『二人の誓い』エル・エル(CL3000370)が目を細める。
目の前には自分にそっくりの女性。黒檀の長い髪に紫水晶の目、そして額のカラスアゲハの羽。
「貴方が現れるのね、かあさま」
彼らの目に映るのは過去の過ち。もう二度と見たくなかったそれ。
彼らは、「それ」とまた邂逅する。
「きえろっ!」
ナバルはショートスピアをふるい己の中の黒い影を切り払う。
彼がみたのは彼自身。黒い感情と昏い願いと暗い後悔。でもそれはすでに乗り越えたもの。なんなく少年は自らの闇を飲み込む。
ぽとりと堕ちた実を拾い上げる。これは誰かの役にたつものだ。まあ、それが自分のなかの闇の産物と思うと少しだけ複雑ではあるが。
「みんなは大丈夫か――、おい! アルミア? アルミア?!」
ネクロマンサーの心得そのいち。こころからのことばでししゃにかたりかけてください。だいいっぽはきょうかんです。
その本はシャンバラからの物資。田舎の村には本なんて上等なものはない。だからアルミアは夢中でそれを読み進めた。文字は村に逗留していた学者さんに教えてもらったものだ。幸い文字は簡単なものだった。
内容は思ってもみないような不思議なもの。死んだものを呼び戻すそれ。非現実なその本は現実逃避にはぴったりだ。
死んだばかりのヤギにこれを使ったら仕事が楽になるかなと思う。でも流石にお乳はのみたくないけど。
ネクロマンサーの心得そのに。 つかうたましいはしんだばかりのものを。かぞくのようにすごしたものほどよいでしょう。
「逃げて! 逃げなさい! アr――」
少女は恐ろしくて、ドアの前にしゃがみこむ。それは突然の出来事だった。ドアが蹴破られる大きな音がした。そして続く両親の悲鳴。
あ、ああ――。
少女はドアの隙間を覗いた。そこには両親だったモノ。赤黒い塊。
ああ、ああ――。
『しんだばかりのもの』『さいてき』『かぞく』『きょうかん』
『ししゃにかたりかけてください』
脳に胸に抱きしめる本のフレーズがリフレインする。
「おかあさん、おとうさん」
呼びかけてしまった。赤黒い塊は立ち上がる。うそ、どうして? とアルミアは問いかけるがだれも答えてはくれない。その代わりに、母親だったものが、恨めしそうに問いかけてきた。
「私達が死ぬ前に、どうしてその力をつかわなかったの?」
「いや、いや、いやああ!」
アルミアが頭を振りながら叫ぶ。近づいてくる塊。ああ、これは罰なんだ。悪い子のわたしが受ける罰なんだ。
そう思った瞬間、自分に影がかかる。見上げればそこに――。
「なんで、ここにアレクの両親がいるんだ?」
幼馴染の少年がまるで物語にでてくる騎士のように、自分を守るように立っていた。
嬉しさと同時に焦りが生まれる。だめ、彼はわたしの両親を知っている。
だめ、わたしが、わたしがだれか、バレてしまう――ッ!
「ちがう、ちがう」
「お、おい、アルミア? 大丈夫か?」
『アレク、アレク、アレクサンドラ、私達の不出来な子』
「やめて! その名でわたしを呼ばないで!」
「おい、アルミア? なあ、なんでここにアレクのおやじさんたちが、てか真っ赤っていうか死んでるのか? まじか?! おい! アルミアってば! どういうことだよ?」
「だめ、だめ」
鈍感にも程があるナバルとて、状況証拠が揃いきれば、わからぬとはいえない。
アルミアと呼ばれる後輩に襲いかかるのは、搾りたてのヤギのミルクやチーズを分けてくれた幼馴染アレクサンドラの両親だ。
そして彼らはアルミアを『アレクサンドラ』と呼んだ。
「おまえ、もしかしてアレク……?」
「違うっ!」
記憶の中の幼馴染と震える少女が一致しない。ボサボサに跳ねる髪の感じはたしかに記憶の中のアレクと同じだけれど。アレクって女の子だったっけ? はてなマークがナバルの中を飛び交う。でも一つわかることがある。自分のかわいい後輩は震えて目の前の幻覚に怖がっている。ならば。
(だめ、だめ、違うのナバル君。わたしは、わたしは、わたしは――)
『だめなこ、アレクサンドラ、貴方はひどい――』
『両親』の声が途切れた。アルミアは見上げる。
『両親』はもういない。スピアを奮ったナバルがバツの悪そうな顔でこちらをみて、手を自分に差し伸べている。よく知っている大きなナバル君の手。わたしを引っ張ってくれる力強い男の子の手。
「ナバル、君?」
「アルミア、ちゃんと説明しろよ? 何時間かかったって全部聞くから」
アルミアの目から涙がこぼれ落ちる。
「お、おい、アルミア? 痛いとこあるのか? なあ、なくなよ!」
あっちは甘酸っぱいねえ、とニコラスは笑みを浮かべる。
一方こっちは――。
知っている扉。この先に何があるのかはわかる。鉄の匂いを今でも覚えている。逡巡しているうちにぴちゃりと足元が血溜まりに侵食される。
「どうして」
いつの間にか、扉は消えていた。逃げることは許されない。
自らとつながる赤子の首を締めながら、女が恨みがましそうにこちらに問いかける。女の胸には深々とナイフが刺さっている。自分自身で刺したものだ。
「どうしてめをはなしたの? どうしてそばにいてくれなかったの? どうして守ってくれなかったの?
どうしてステラまで、手放したの?」
矢継ぎ早の問いかけに男は答えれない。すべて、起きた事実だ。
彼女は内縁の妻だった女だ。ヘルメリアで生きる亜人の女はノウブルにとっては慰み者でしかない。
故にその女は当たり前のようにノウブルに傷つけられた。自分はその傷ついた女をこの先守ると誓った。
けれど、彼とて兵站。戦いあれば命令されて戦場に赴く義務がある。
「そばにいてくれたらこんなことなかったはずなのに」
ある日、戦場から戻ると女はまた、あのときのようにノウブルに傷つけられていたのだ。やけに上司のノウブルがニヤニヤしていた意味がその時にわかった。
「ステラを返して、ステラ、可愛そうな子。あの子は死んでしまった」
男は女の手に手を重ねる。大丈夫だ。自分は大丈夫だ。一つ深呼吸する。
知っている。愛しい娘はまだ――生きている。
「――。」
男は女の名を呼ぶ。
「大丈夫だ。ステラは生きている。ごめんな、苦しい思いをさせて」
女が恨みがましく叫びその手が男の首に伸びる。娘は生きている。だからこんな自分でも、娘のために生きなくてはいけない。だからどんなに自分がにくかったといえ、殺されるわけにはいかない。
「ごめんな」
手元の武器がきらめく。女はキョトンとしてそして微笑んで、――――消えた。
自分と戦ったものはみな、察しているだろう。
自分の中の欠落を。けれど誰も指摘はできないだろう。それができるのはミルトス・ホワイトカラントである『私』本人だけだ。
「そうでしょう? 「わたし』」
目の前には自分自身。
『ええ、欠陥品の『私」。失敗作の『私」。いちばん大切なものを持ち得なかった『私」』
強い肉体、強い精神、強い闘争心。ミルトスはその資質を兼ね備えた戦士だ。しかし――。
「それらを制御する高潔な精神、ですね」
生まれながらに少女にはなにかが欠けていた。
怒りはなく、憎しみもなく、憎悪もなく、少女は戦うことができる。
普通の少女であれば戦いに忌避感はあっただろう。それがなかった。だから戦いを求めた。
「『私』は戦いのない世界がほしい」
『戦えなくなるなんて「わたし』には耐えれない』
「女神様を戦う理由にはしない」
『「わたし』の信仰は本物。女神様のためと戦えたらきっと楽だろう』
「『私』はこんな自分が嫌い」
『戦うことには嫌悪感がないなんて戦士としては最高でしょう。「わたし』はこんなに歪んでいる(しあわせ)』
「矛盾と二律背反(アンビバレンツ)」
それがミルトスという少女。
『欠けた心を信仰で埋め合わせるようなそんな無茶はもう無理よ、『私」』
「いやいや、あと1年程度ならいけるでしょう? 「わたし』」
『――』
>世界が終わる
戦いの中で死ぬ
戦いのない世界が実現する
ミルトスの目の前に選択肢が並ぶ。さあ、どれを選びますか? あなた次第です! 自らの意思で選ぶことができます! ですが結果はすべて同じです。
「わたし』が笑う。楽しそうに。
さあ、さあ、どれを選ぶ? 破滅の結果は全部ぜんぶ同じ。なら選択肢を選ぶ自由だけばあげる。すきなものをどうぞ!
だから――『私』は。もう一つの選択肢を捏造する。可能性を集める。一つでたりないならいくつでも。
「 >『――――――」」
『は? ばかじゃないの?』
「わたし』の笑顔が凍る。ざまをみろというものだ。「わたし』。
『その矛盾は『私」を殺すわ。最悪の破滅。最悪の結果、最悪のピリオド』
「ええ! そんなことは『私』が一番わかってるんですよ!」
そう言ってかき消した「わたし』はまるで鏡のように、今の自分と同じ笑みを浮かべていた。
魔女と呼ばれた血族。
音声魔術。声に音を載せて発するその魔術を使えるだけの理由で彼らは歴史からその存在を消された。
たった一人、エルを残して。
自分を逃した母親は、エルにひとつ約束を残した。
二度とこの森に戻るなと。
だけど、だけどだけど。少女は戻ってしまった。母恋しさに。
そして見てしまったのだ。酸鼻極まる惨状を。
――女は死体に土をかける。
物言わぬが、だがしかし、自分を苛み責めるその死体たちに。
指先は泥に塗れながらも、女はつぶやく。これは記憶の幻覚だ。届くはずもない言葉。
「ごめんなさい、あたしは好きな人ができました」
心に青年が浮かぶ。本人には素直に言葉にはできないけれど。
恨みがましい死体の目と自分の目が合う。
「血族の無念を忘れたわけじゃないの。それをこの生命尽きるときまで晴らす義務があるわ」
ぱさり、ぱさりと土のおちる音。
「呪ってもいい、恨まれてもいい。でも――」
死体の口が動く。ウラギリモノと。
びくりと震える肩。土まみれの指先で輝くリングが勇気をくれる。
「それでも、彼と、共に生きたい」
それは魔女と呼ばれた女の「女」としての願い。誰にも奪われたくない希望。
ウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノ。
ぎゅう、と左手を握りしめる。爪先が皮膚を破る程に。
「だめと言われてもあたしは行くわ」
右手でリングをなぞる。左手の薬指を選んだのは自分自身。誓いの言葉はまだ聞けてはいないけれど。
エルの心はそれを願ったから。
だから。
「ごめんなさい。エルは幸せになります」
母の幻と目を合わせてそう誓えば――。母は墓石に変わる。あの日、彼と立てた真新しい墓石だ。
「ごめんなさい」
幸せになると誓った魔女であった女はやくそくのしるしに唇を落とした。
クズ親から逃げてきたガキ。
放っておけなかったのもなつかれて悪い気がしなかったのも事実だ。
だから、家族を演じた。そう、家族だ。
とはいえ、己の性分など変わらず、最初の頃こそは親身になって世話をしたものだが生来のズボラが祟って、いい加減になっていく。
鍍金が剥がれた、ということだ。
それが原因で喧嘩も何度もしたが10を超えたところで数えるのをやめた。
ぽとりと、ヒトの形の粘土が肩をかすめ地面に落ちて潰れる。健気なことに潰れたまま地べたを這いずり回って自分に登ってこようとする。
『違うよ』
泥の赤子が甲高い声をあげる。ぼとり、ぼとり、ぼとり。
たくさんの泥の赤子がツボミを埋めていく。
『わたしはあなたの子供じゃない』
知っている。自分はマザリモノだ。子を為すことはできない。
『産めないくせに。代わりにするの?』
『代用品で満足しておかあさんになったつもり?』
『違う違う子供じゃない、あなたはおかあさんじゃない、おかあさんじゃない』
『手に入れることのできないものを手に入れたと勘違いして慰められるのは気持ちいい? オカアサン』
『優しくしてくれたのは最初だけ。もうあきちゃった? そうよね、だって私は貴方の子供じゃない』
『ねえ気持ちよかった? お母さん気分になれた? 良かったね良かったね良かっ良か良かった?』
纏わりつく子供のような泥は振り払っても同じように這いよってくる。
「煩い! やめろ! 悪かったよ、気づいてからは止めただろ、だから――」
自分はその先なんと言おうとしたのだろうか。惨めな自分の自慰行為。
自分を慰めるだけの行為に他人を巻き込んで、満足する醜い自分。
「わたしはあなたのこどもじゃないよ?」
そう言って悲しそうに、申し訳なさそうに、泣きそうな少女の顔はよく知っている。ケモノビトのその子供は気まずそうにそう指摘した。
そうだ、自分を責めているんじゃない、指摘だったのだ。
だから恥ずかしかった。消えてなくなりたかった。
「悪いのは私だ!! そんな目でみるな!!」
振り回した手が幻想にあたり、そして消える。振り回した手には胎児のような形の果実。
ぎょっとして取り落しそうになり、必死で受け止める。これは絶対に落としてはいけないものだ。
ツボミが周囲を見渡せば、疲れた表情の仲間たち。
くそ、自分のことに必死で周りの弱みを見ることすらできなかった。だから――。
「なあ、貴様ら。この程度の数じゃあの糞女は満足しないぞ? もう一周いってみるか?」
ツボミは意地悪な笑みを浮かべ、仲間に告げる。皆嫌そうな顔をするなか逆に、ナバルなんかは、嬉しそうに了解する。おいおい、あいつが一番闇を抱えてそうだとおもったのになんだ? あれは! もしかしてドマゾなのか?
桃色髪のマザリモノの自由騎士も追いついてきたところだ。あいつも巻き込んでみんなでひどい目見やがれ! なんてツボミは毒づいた。
「ひとつ、ふたつ――。もう少しほしかったんですけれど。まあ、貴方にそこまで集められるはずはありませんわよね。
とはいえ、この数であれば、お薬は十分作れますわ。
ありがとうございます。
で、どんな幻覚みたんですの? それを今日の肴にして呑みませう。いいお酒になりそうですわよ」
嬉しそうなエミュレイティアが憎らしい。
「しらん」
ツボミはぶすっとした顔になる。なればどんな幻覚をみたのかなど想像くらいはつく。
「本当に、バカバカしい」
エミュレイティアはこのバカ女のおままごと的な罪など大したことはないと思っている。本当にくだらない理由。そんなことで何年も何年も何年も罪悪感を感じているなんて真性のアホだと思う。
あのむくれた顔をみていたら、苛立ってきた。
わたしのほうがもっとあのひとにひどいことをしたのに。
「ツボミ、おかあさん」
だから意地悪する。ビクリとしてこちらを振り向いた女の顔があまりにも情けなくて。
そして、そんな意地悪しかできない自分が情けなくて。
「次もよろしくおねがいしますね、ツボミさん」
エミュレイティアは泣きそうな顔で笑った。
どうして、あなたは、そこに、いるの?
「ここだな」
立入禁止、と描かれたパンダマークの看板と柵は思いの外簡単に見つかった。『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は白衣を腕まくりする。
「どんなものが見えるか楽しみだな」
「勘弁してくれよ、これ嫌がらせだろ?」
舌なめずりするようなツボミに『その過去は消えぬけど』ニコラス・モラル(CL3000453)が泣きそうな顔で問いかけるが、引っ張ってきた当人は意地悪な笑みを浮かべるだけだ。
「やだー、お家帰りたい!!」
「まあまあ、薬草とりだろ? 戦争直後なんだから、こういう平和なのは大歓迎。いっぱい採ってこないと!」
ニコラスと対象的なのは『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)だ。
「な、アルミア」
ナバルの後ろで小さくなっていたアルミアはびくりと体を震わす。その瞬間ナバルの目線より自分の目線が上になってしまって、気付き背中を丸めた。
「いえ、その」
「一般人だと難しいんだろ? ならオレたちの出番だ!」
「まあ、痛い腹の一つ二つはだれでもありますし……」
こちらも泣きそうなアルミアの様子に、『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)は苦笑する。
「えげつない生態してますよね、その植物」
「あら、そう……」
先ん出て傍月草のテリトリーに踏み込んだ『二人の誓い』エル・エル(CL3000370)が目を細める。
目の前には自分にそっくりの女性。黒檀の長い髪に紫水晶の目、そして額のカラスアゲハの羽。
「貴方が現れるのね、かあさま」
彼らの目に映るのは過去の過ち。もう二度と見たくなかったそれ。
彼らは、「それ」とまた邂逅する。
「きえろっ!」
ナバルはショートスピアをふるい己の中の黒い影を切り払う。
彼がみたのは彼自身。黒い感情と昏い願いと暗い後悔。でもそれはすでに乗り越えたもの。なんなく少年は自らの闇を飲み込む。
ぽとりと堕ちた実を拾い上げる。これは誰かの役にたつものだ。まあ、それが自分のなかの闇の産物と思うと少しだけ複雑ではあるが。
「みんなは大丈夫か――、おい! アルミア? アルミア?!」
ネクロマンサーの心得そのいち。こころからのことばでししゃにかたりかけてください。だいいっぽはきょうかんです。
その本はシャンバラからの物資。田舎の村には本なんて上等なものはない。だからアルミアは夢中でそれを読み進めた。文字は村に逗留していた学者さんに教えてもらったものだ。幸い文字は簡単なものだった。
内容は思ってもみないような不思議なもの。死んだものを呼び戻すそれ。非現実なその本は現実逃避にはぴったりだ。
死んだばかりのヤギにこれを使ったら仕事が楽になるかなと思う。でも流石にお乳はのみたくないけど。
ネクロマンサーの心得そのに。 つかうたましいはしんだばかりのものを。かぞくのようにすごしたものほどよいでしょう。
「逃げて! 逃げなさい! アr――」
少女は恐ろしくて、ドアの前にしゃがみこむ。それは突然の出来事だった。ドアが蹴破られる大きな音がした。そして続く両親の悲鳴。
あ、ああ――。
少女はドアの隙間を覗いた。そこには両親だったモノ。赤黒い塊。
ああ、ああ――。
『しんだばかりのもの』『さいてき』『かぞく』『きょうかん』
『ししゃにかたりかけてください』
脳に胸に抱きしめる本のフレーズがリフレインする。
「おかあさん、おとうさん」
呼びかけてしまった。赤黒い塊は立ち上がる。うそ、どうして? とアルミアは問いかけるがだれも答えてはくれない。その代わりに、母親だったものが、恨めしそうに問いかけてきた。
「私達が死ぬ前に、どうしてその力をつかわなかったの?」
「いや、いや、いやああ!」
アルミアが頭を振りながら叫ぶ。近づいてくる塊。ああ、これは罰なんだ。悪い子のわたしが受ける罰なんだ。
そう思った瞬間、自分に影がかかる。見上げればそこに――。
「なんで、ここにアレクの両親がいるんだ?」
幼馴染の少年がまるで物語にでてくる騎士のように、自分を守るように立っていた。
嬉しさと同時に焦りが生まれる。だめ、彼はわたしの両親を知っている。
だめ、わたしが、わたしがだれか、バレてしまう――ッ!
「ちがう、ちがう」
「お、おい、アルミア? 大丈夫か?」
『アレク、アレク、アレクサンドラ、私達の不出来な子』
「やめて! その名でわたしを呼ばないで!」
「おい、アルミア? なあ、なんでここにアレクのおやじさんたちが、てか真っ赤っていうか死んでるのか? まじか?! おい! アルミアってば! どういうことだよ?」
「だめ、だめ」
鈍感にも程があるナバルとて、状況証拠が揃いきれば、わからぬとはいえない。
アルミアと呼ばれる後輩に襲いかかるのは、搾りたてのヤギのミルクやチーズを分けてくれた幼馴染アレクサンドラの両親だ。
そして彼らはアルミアを『アレクサンドラ』と呼んだ。
「おまえ、もしかしてアレク……?」
「違うっ!」
記憶の中の幼馴染と震える少女が一致しない。ボサボサに跳ねる髪の感じはたしかに記憶の中のアレクと同じだけれど。アレクって女の子だったっけ? はてなマークがナバルの中を飛び交う。でも一つわかることがある。自分のかわいい後輩は震えて目の前の幻覚に怖がっている。ならば。
(だめ、だめ、違うのナバル君。わたしは、わたしは、わたしは――)
『だめなこ、アレクサンドラ、貴方はひどい――』
『両親』の声が途切れた。アルミアは見上げる。
『両親』はもういない。スピアを奮ったナバルがバツの悪そうな顔でこちらをみて、手を自分に差し伸べている。よく知っている大きなナバル君の手。わたしを引っ張ってくれる力強い男の子の手。
「ナバル、君?」
「アルミア、ちゃんと説明しろよ? 何時間かかったって全部聞くから」
アルミアの目から涙がこぼれ落ちる。
「お、おい、アルミア? 痛いとこあるのか? なあ、なくなよ!」
あっちは甘酸っぱいねえ、とニコラスは笑みを浮かべる。
一方こっちは――。
知っている扉。この先に何があるのかはわかる。鉄の匂いを今でも覚えている。逡巡しているうちにぴちゃりと足元が血溜まりに侵食される。
「どうして」
いつの間にか、扉は消えていた。逃げることは許されない。
自らとつながる赤子の首を締めながら、女が恨みがましそうにこちらに問いかける。女の胸には深々とナイフが刺さっている。自分自身で刺したものだ。
「どうしてめをはなしたの? どうしてそばにいてくれなかったの? どうして守ってくれなかったの?
どうしてステラまで、手放したの?」
矢継ぎ早の問いかけに男は答えれない。すべて、起きた事実だ。
彼女は内縁の妻だった女だ。ヘルメリアで生きる亜人の女はノウブルにとっては慰み者でしかない。
故にその女は当たり前のようにノウブルに傷つけられた。自分はその傷ついた女をこの先守ると誓った。
けれど、彼とて兵站。戦いあれば命令されて戦場に赴く義務がある。
「そばにいてくれたらこんなことなかったはずなのに」
ある日、戦場から戻ると女はまた、あのときのようにノウブルに傷つけられていたのだ。やけに上司のノウブルがニヤニヤしていた意味がその時にわかった。
「ステラを返して、ステラ、可愛そうな子。あの子は死んでしまった」
男は女の手に手を重ねる。大丈夫だ。自分は大丈夫だ。一つ深呼吸する。
知っている。愛しい娘はまだ――生きている。
「――。」
男は女の名を呼ぶ。
「大丈夫だ。ステラは生きている。ごめんな、苦しい思いをさせて」
女が恨みがましく叫びその手が男の首に伸びる。娘は生きている。だからこんな自分でも、娘のために生きなくてはいけない。だからどんなに自分がにくかったといえ、殺されるわけにはいかない。
「ごめんな」
手元の武器がきらめく。女はキョトンとしてそして微笑んで、――――消えた。
自分と戦ったものはみな、察しているだろう。
自分の中の欠落を。けれど誰も指摘はできないだろう。それができるのはミルトス・ホワイトカラントである『私』本人だけだ。
「そうでしょう? 「わたし』」
目の前には自分自身。
『ええ、欠陥品の『私」。失敗作の『私」。いちばん大切なものを持ち得なかった『私」』
強い肉体、強い精神、強い闘争心。ミルトスはその資質を兼ね備えた戦士だ。しかし――。
「それらを制御する高潔な精神、ですね」
生まれながらに少女にはなにかが欠けていた。
怒りはなく、憎しみもなく、憎悪もなく、少女は戦うことができる。
普通の少女であれば戦いに忌避感はあっただろう。それがなかった。だから戦いを求めた。
「『私』は戦いのない世界がほしい」
『戦えなくなるなんて「わたし』には耐えれない』
「女神様を戦う理由にはしない」
『「わたし』の信仰は本物。女神様のためと戦えたらきっと楽だろう』
「『私』はこんな自分が嫌い」
『戦うことには嫌悪感がないなんて戦士としては最高でしょう。「わたし』はこんなに歪んでいる(しあわせ)』
「矛盾と二律背反(アンビバレンツ)」
それがミルトスという少女。
『欠けた心を信仰で埋め合わせるようなそんな無茶はもう無理よ、『私」』
「いやいや、あと1年程度ならいけるでしょう? 「わたし』」
『――』
>世界が終わる
戦いの中で死ぬ
戦いのない世界が実現する
ミルトスの目の前に選択肢が並ぶ。さあ、どれを選びますか? あなた次第です! 自らの意思で選ぶことができます! ですが結果はすべて同じです。
「わたし』が笑う。楽しそうに。
さあ、さあ、どれを選ぶ? 破滅の結果は全部ぜんぶ同じ。なら選択肢を選ぶ自由だけばあげる。すきなものをどうぞ!
だから――『私』は。もう一つの選択肢を捏造する。可能性を集める。一つでたりないならいくつでも。
「 >『――――――」」
『は? ばかじゃないの?』
「わたし』の笑顔が凍る。ざまをみろというものだ。「わたし』。
『その矛盾は『私」を殺すわ。最悪の破滅。最悪の結果、最悪のピリオド』
「ええ! そんなことは『私』が一番わかってるんですよ!」
そう言ってかき消した「わたし』はまるで鏡のように、今の自分と同じ笑みを浮かべていた。
魔女と呼ばれた血族。
音声魔術。声に音を載せて発するその魔術を使えるだけの理由で彼らは歴史からその存在を消された。
たった一人、エルを残して。
自分を逃した母親は、エルにひとつ約束を残した。
二度とこの森に戻るなと。
だけど、だけどだけど。少女は戻ってしまった。母恋しさに。
そして見てしまったのだ。酸鼻極まる惨状を。
――女は死体に土をかける。
物言わぬが、だがしかし、自分を苛み責めるその死体たちに。
指先は泥に塗れながらも、女はつぶやく。これは記憶の幻覚だ。届くはずもない言葉。
「ごめんなさい、あたしは好きな人ができました」
心に青年が浮かぶ。本人には素直に言葉にはできないけれど。
恨みがましい死体の目と自分の目が合う。
「血族の無念を忘れたわけじゃないの。それをこの生命尽きるときまで晴らす義務があるわ」
ぱさり、ぱさりと土のおちる音。
「呪ってもいい、恨まれてもいい。でも――」
死体の口が動く。ウラギリモノと。
びくりと震える肩。土まみれの指先で輝くリングが勇気をくれる。
「それでも、彼と、共に生きたい」
それは魔女と呼ばれた女の「女」としての願い。誰にも奪われたくない希望。
ウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノウラギリモノ。
ぎゅう、と左手を握りしめる。爪先が皮膚を破る程に。
「だめと言われてもあたしは行くわ」
右手でリングをなぞる。左手の薬指を選んだのは自分自身。誓いの言葉はまだ聞けてはいないけれど。
エルの心はそれを願ったから。
だから。
「ごめんなさい。エルは幸せになります」
母の幻と目を合わせてそう誓えば――。母は墓石に変わる。あの日、彼と立てた真新しい墓石だ。
「ごめんなさい」
幸せになると誓った魔女であった女はやくそくのしるしに唇を落とした。
クズ親から逃げてきたガキ。
放っておけなかったのもなつかれて悪い気がしなかったのも事実だ。
だから、家族を演じた。そう、家族だ。
とはいえ、己の性分など変わらず、最初の頃こそは親身になって世話をしたものだが生来のズボラが祟って、いい加減になっていく。
鍍金が剥がれた、ということだ。
それが原因で喧嘩も何度もしたが10を超えたところで数えるのをやめた。
ぽとりと、ヒトの形の粘土が肩をかすめ地面に落ちて潰れる。健気なことに潰れたまま地べたを這いずり回って自分に登ってこようとする。
『違うよ』
泥の赤子が甲高い声をあげる。ぼとり、ぼとり、ぼとり。
たくさんの泥の赤子がツボミを埋めていく。
『わたしはあなたの子供じゃない』
知っている。自分はマザリモノだ。子を為すことはできない。
『産めないくせに。代わりにするの?』
『代用品で満足しておかあさんになったつもり?』
『違う違う子供じゃない、あなたはおかあさんじゃない、おかあさんじゃない』
『手に入れることのできないものを手に入れたと勘違いして慰められるのは気持ちいい? オカアサン』
『優しくしてくれたのは最初だけ。もうあきちゃった? そうよね、だって私は貴方の子供じゃない』
『ねえ気持ちよかった? お母さん気分になれた? 良かったね良かったね良かっ良か良かった?』
纏わりつく子供のような泥は振り払っても同じように這いよってくる。
「煩い! やめろ! 悪かったよ、気づいてからは止めただろ、だから――」
自分はその先なんと言おうとしたのだろうか。惨めな自分の自慰行為。
自分を慰めるだけの行為に他人を巻き込んで、満足する醜い自分。
「わたしはあなたのこどもじゃないよ?」
そう言って悲しそうに、申し訳なさそうに、泣きそうな少女の顔はよく知っている。ケモノビトのその子供は気まずそうにそう指摘した。
そうだ、自分を責めているんじゃない、指摘だったのだ。
だから恥ずかしかった。消えてなくなりたかった。
「悪いのは私だ!! そんな目でみるな!!」
振り回した手が幻想にあたり、そして消える。振り回した手には胎児のような形の果実。
ぎょっとして取り落しそうになり、必死で受け止める。これは絶対に落としてはいけないものだ。
ツボミが周囲を見渡せば、疲れた表情の仲間たち。
くそ、自分のことに必死で周りの弱みを見ることすらできなかった。だから――。
「なあ、貴様ら。この程度の数じゃあの糞女は満足しないぞ? もう一周いってみるか?」
ツボミは意地悪な笑みを浮かべ、仲間に告げる。皆嫌そうな顔をするなか逆に、ナバルなんかは、嬉しそうに了解する。おいおい、あいつが一番闇を抱えてそうだとおもったのになんだ? あれは! もしかしてドマゾなのか?
桃色髪のマザリモノの自由騎士も追いついてきたところだ。あいつも巻き込んでみんなでひどい目見やがれ! なんてツボミは毒づいた。
「ひとつ、ふたつ――。もう少しほしかったんですけれど。まあ、貴方にそこまで集められるはずはありませんわよね。
とはいえ、この数であれば、お薬は十分作れますわ。
ありがとうございます。
で、どんな幻覚みたんですの? それを今日の肴にして呑みませう。いいお酒になりそうですわよ」
嬉しそうなエミュレイティアが憎らしい。
「しらん」
ツボミはぶすっとした顔になる。なればどんな幻覚をみたのかなど想像くらいはつく。
「本当に、バカバカしい」
エミュレイティアはこのバカ女のおままごと的な罪など大したことはないと思っている。本当にくだらない理由。そんなことで何年も何年も何年も罪悪感を感じているなんて真性のアホだと思う。
あのむくれた顔をみていたら、苛立ってきた。
わたしのほうがもっとあのひとにひどいことをしたのに。
「ツボミ、おかあさん」
だから意地悪する。ビクリとしてこちらを振り向いた女の顔があまりにも情けなくて。
そして、そんな意地悪しかできない自分が情けなくて。
「次もよろしくおねがいしますね、ツボミさん」
エミュレイティアは泣きそうな顔で笑った。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
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