MagiaSteam
【メアリー】Familyloss! 彼女が願ったただ一つのコト



●メアリー事変。その背景と終焉
 メアリー・シェリーが歯車騎士団に才能を見出され、召喚されたのは八つの時。
 類まれな機械への知識と、それを利用しての人形を扱う能力。等身大の機械人形を作り、それをあたかも生きているかのように操る。その才能から歯車騎士団は名誉勲章を与えた。その才能を生かし、多くのカタクラフトを生み出し、そしてメンテナンスを行う事となる。
 その結果、彼女は『兵站軍』の事を知る。不遇な扱い。死と隣り合わせの任務。まだ幼いシェリーはそのことに憤慨した。少しでも社会を知る大人なら社会との力の差に諦念を抱いていしまうが、子供ゆえの向こう見ずもあって行動に移してしまう。
「ヘルメス様、どうして皆は差別されるの? ノウブルと同じように扱われないの?」
 二等軍人として神への単独謁見が許されていたシェリーは、真っ直ぐにその疑問をヘルメスへと問いかける。神が子供をあやすように言葉を返し、諦める様に説得すればこの後の悲劇は起きなかっただろう。
 だが、神は悲劇を求める様にこうメアリーに囁いた。

『駄目だと思うなら、戦わないといけないね。間違っていることは正さないとヘルメリアの為にならないから』

 この一言がメアリー・シェリーの心に火を点けた。それは革命の火でもあり、恋の火でもあった。神に認められたい。神に褒められたい。だけど何よりも、この喜びを『兵站軍』の皆に祝ってほしい。皆が幸せになって、そして私も幸せになって!
 だが、そんな未来は来なかった。
 ヘルメスの情報のままにメアリーは軍を進め、そしてプロメテウス二機と出会う。プロメテウスとの交戦は避けるべきと思いながら、しかし遭遇してしまった以上戦いは避けられない。虎の子のフランケンシュタインを起動させ、そして――
 …………そして、ヘルメリア西部は焼けた大地となった。戦火は一日で拡大し、町という町は裏切り者を逃さぬために攻撃対象となった。
 ただ一人、メアリー・シェリーだけは生きていた。皆を失い、それでも生きていた。
 彼女は探した。仲間を、共に戦った仲間を。当てもなく焼けた大地を彷徨った。そして絶望の果てに願ってしまった。
「わたしを、ひとりにしないで……!」
 その叫びが呼び水となって――幽霊列車を呼び寄せてしまう。そして多くの死体がイブリース化してしまった。
 彼らは死んだ。頭の中でそう理解しながら、実際に動く彼らを見てメアリー・シェリーはこう現実逃避する。
「ああ、まだ終わってない。皆諦めてないんだ」
「イブリース化した部分は切り捨てて、皆の元気な所を集めて、私の技術で操れば――」
 支離滅裂だった。死んでいると理解しながら、死んでいないと目を背ける。そう思わなければ、メアリー・シェリーは孤独と罪悪感で生きる希望を失っていただろう。
 そして彼女の十年にわたるカタクラフト採取が始まる――

●現在
 流れ込んでくるイメージは、イブリース化したメアリーの絶望の心象風景。それが結界となって周囲を包み込む。
 イブリース化したメアリー・シェリーと彼女が操るフランケンシュタインJr。
 わずかに残ったフラグメンツも、時間が来れば消えてしまうだろう。
 そうなる前にアクアディーネの浄化の権能を発動させることが出来たのなら、死以外の結果をもたらすことが出来る――


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
シリーズシナリオ
シナリオカテゴリー
S級指令
担当ST
どくどく
■成功条件
1.イブリースの打破(生死問わず)
 どくどくです。
 シリーズ最終話。難易度が上昇していますので、ご注意を。

●敵情報
・メアリー・シェリー&フランケンシュタインJr(×1)
 イブリース。元オラクル。絶望を幽霊列車に増幅され、イブリース化しました。僅かに残ったフラグメンツでどうにか「人格」を保っていますが、それも時間の問題です。フランケンシュタインJrと言うイブリース化した人形を含めて一体のキャラクターです。
 イブリース化したしたことにより体力面と凶暴さが増しています。18ターン以内にアクアディーネの浄化の権能をもつ者がとどめを刺せば、元に戻すことが出来ます。それより時間がかかってしまった場合、最後のフラグメンツを使い果たし『終わり』が訪れます(メアリーの状態は依頼成否には影響しません)。

 攻撃方法
エナメル・アイ  魔遠単 瞳から魔力弾を放ち、動きを封じます【フリーズ1】
ナッツクラッカー 攻近単 強力な握力で相手を握りつぶします。【三連】
鉛の兵隊行進曲  攻遠範 複数の銃口から鉛弾を放出します。
ウィッカーマン  魔近範 強烈な炎を燃やし、周囲を焼き払います。【バーン2】
ストロードール  自   受けたダメージを呪うように返します。【リフレクト100】反動1ターン
灰煙の機国人形  攻遠全 蒸気を噴出しながら戦場をかけ巡り、打撃を加えてきます。【ショック】
八面六臂の哪吒人形  P 複数の腕と顔を持つ人形。連続攻撃判定とは別に、常時二回行動します。
わたしを、ひとりにしないで……! P 孤独を恐れる心が生み出す歪んだ想い。還リビトになりやすくなる結界の展開。システム的には戦闘不能時の重傷率とフラグメンツ減少数が増加します。

●場所情報
 ヘルメリア西部。草一つ生えていない乾いた大地。焼けた大地は何らかの対策を行わないと、ターンごとにMPが減少します。広さや明るさなどは戦闘に支障なし。
 戦闘開始時、敵前衛に『メアリー・シェリー&フランケンシュタインJr(×1)』がいます。
 事前付与は不可とします。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬マテリア
5個  5個  5個  5個
7モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
参加人数
8/8
公開日
2019年10月24日

†メイン参加者 8人†




 乾燥した風が戦場を駆け抜ける。鉄と鉄が交差する音と銃撃が戦場に響き渡っていた。
「フラグメンツでかろうじて自我を保っている状態、ね」
 両手に装着した刃でメアリーを攻める『遠き願い』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)。機械の左腕を突き出し、メアリーの肩を突き刺す。その感覚は確かに伝わっているのに、メアリーが動揺した様子はない。
 メアリーの指先が動く。同時に傍らに立つ人形が拳を振り上げた。ライカはそれを目の端に捕らえ、メアリーの死角に回ろうとし――その行動を読まれていたのか、ライカの目の前に機械人形の腕が迫る。
「させっかよ!」
 その腕を『帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)の弾丸が弾いて逸らす。ライカが逃れたのを確認しながら片手で弾倉を交換する。その間にもう片手で銃を撃ち、フランケンシュタインJrに弾丸を叩き込む。
 メアリー・シェリー。彼女に対するザルクの思いは複雑だ。故郷を戦火に巻き込んだ張本人でもあり、同じプロメテウスに人生を狂わされた被害者でもある。この銃口は正しい方向に向いているのだろうか? 復讐者は己に問いかける。
「フランケンシュタインは任された!」
 軍刀を手に『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は真っ直ぐにイブリース化した機械人形に突き進む。人形を操るメアリー・シェリー。彼女にかける言葉はない。今は、まだ。
 迫るフランケンシュタインの攻撃を機械の腕で受け止める。そのまま吹き飛ばされそうな身体をなんとか堪え、横なぎに軍刀を振るった。予想以上に動きが早い。否、メアリーの読みが的確なのだ。二体で一つ。シノピリカはその意味を深く刻み込んだ。
「ホムンクルスとはまた別格の動きだね」
『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は人形の動きを見て、そんな感想を抱く。ホムンクルスは魔法による疑似生命体。そこにあるのは一つの命。対して人形使いは人形に生命があるように見せかける動き。人形と言う物だが、だからこそできる事もある。
 だが今は深々と観察している余裕はない。苛烈な戦場に置いて、一手の遅れは致命的。ましてやマグノリアはメアリーを救うために無駄な手は打たないと決めていた。五手先を読みながら、三手目の準備をする。
「この暑さで炎の攻撃とか面倒だな!」
 フランケンシュタインの繰り出す炎を払いながら『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は汗を拭く。この土地特有の熱波は準備してきたもので十分だが、敵の攻撃だけは何ともできない。奪われる体力をぞ隠しながら、ドリンクでのどを潤した。
 懐中時計で時間を確認しながら、ツボミは仲間の傷具合を確認する。時間が足りない。人手が欲しい。そんな事はいつものことだ。だから短縮する。必要な事は何か。無駄な事は何か。救うために何をすればいいのか。
「おじさん、あの世代の子はちょっとね」
 メアリーを見ながら『帰ってきた工作兵』ニコラス・モラル(CL3000453)は苦笑いをする。二〇代の女性、ヘルメリアの犠牲者、そのキーワードがニコラスの心に引っかかっていた。まさかこの後その原因と再会するなどこの時は思いもせず――
 慣れ親しんだ武器の感触を確認し、不安を忘れる。今はそれを気にしている余裕はない。魔力を展開し、癒しの術式を構築する。イブリースとの戦いはダメージの応酬だ。誰かが倒れればその分イブリースに与えるダメージが減るのだから。
「一気に決めよう」
 やるべきことを口にする『活殺自在』アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)。メアリー・シェリーはこの地方を焦土に変えた戦いの原因の一員だ。そして他国のオラクルで、今なおヘルメスを信望している。自由騎士とは相いれないかもしれない。
 だからどうした、とその事実を蹴り飛ばすアリスタルフ。この拳を鍛えた意味はそんな区別をする事じゃない。地を蹴ると同時に繰り出される拳と警棒の乱打。己の意志のままに体は動き、おのれの想いのままに拳は握られる。
「状況は変わったが、やるべきことは変わらん」
『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)は、言って兜の奥で瞳を光らせる。相手が抵抗するならこれを押さえる。マニュアル通りの対応だ。ましてや相手はイブリース。自由騎士であるのなら、対応は重要案件だ。
 敵前に立ち、槍を振るう。単純だが、それを為す為の下地あっての行動だ。かつて上司に裏切られて、アデルは捨て駒にされた。だが今は違う。信頼できる部隊と仲間だからこそ、真っ直ぐに前を見れるのだ。
「私は……ヘルメス様に……!」
 すがるように叫びながらメアリーは人形を繰る。神に対する愛。いつか助けてくれると信じてメアリーは一〇年間の孤独に耐えてきた。だが現実は――
 希望がないなら、別の希望を作ればいい。絶望の未来など、変えればいい。
 自由騎士はいつだってそうしてきたのだから。


 人間――ノウブルや亜人等を一緒くたにして――のイブリース化の例は多くはない。
 そして多くのイブリースは、元となった者の性質が強化された強さを持つ。例外もあるが、メアリー持っていたの性質は『人形使い』と『戦術眼』だ。その戦術眼がパーティのキモを捕らえ、そこを狙う。
「全体攻撃と回復役への攻撃とはね。人間の知識は残っているのかな」
「だとしたら厄介だな……! だがやることは変わらん!」 
「おじさん、若くないんだから激しいのは困るんだよね」
 機械人形の連続攻撃は自由騎士全体と、そして回復を行うマグノリアとツボミとニコラスに向けられる。フラグメンツを削られながら、何とか三人は意識を保つ。
 だがそれは自由騎士にとっては僥倖ともいえた。単純に勝利を目指すなら回復が断たれることは願い下げだが『速攻で倒す』という状況なら強力な火力をもつ者が残っていることは望ましい。
「ひとりにしないで、か。随分堪えるセリフだな」
 普段よりも激しく消耗しているニコラスが、その原因であるイブリースの結界を感じながらつぶやく。共に立ち上がった同胞達を奪われ、孤独の中ですがった一言。そこに愛があったからこそ、その別離は深い傷となる。分かっている。否分かっているつもりだ。
(これでも近道してきたつもりなんだけどな)
 ヘルメリアの大地を踏みしめながら、ニコラスは静かに思う。見捨てた娘がいる。助けたいと思ったのに助ける事が出来なかった。その娘は今のメアリーと同じ思いを抱いているのだろうか。そこから逃げるつもりはないけれど――
「ま、感傷はともかくやることはやらないとね。ここで下手撃つと今までの苦労が水の泡になる」
「無論だ。ここでメアリー・シェリーを確保し、その技術をこちらの物にする」
 機械人形の攻撃をかわしながらアデルは答える。この乾いた大地を進む理由はまさにそれ。ヘルメリア軍の『兵站軍』を救う技術を得る為だ。ヘルメリア軍の弱体化はイ・ラプセルの益にもなる。
「時間切れになる前に、全弾を叩き込むぞ!」
 機を逃さずにアデルは攻める。メアリー・シェリーが指揮官としての戦術眼を持つなら、アデルは傭兵としての戦術眼を持つ。軍全体ではなく個人の争いなら、アデルの方が一歩勝る。突き出された槍がフランケンシュタインの装甲を穿つ。
「装甲の厚さも全ては覆えまい。イブリース化したとはいえ、それは同じだ」
「そしてイブリースの『力』はワシが封じる! どりゃあああああああ!」
 真正面からフランケンシュタインJrに挑むシノピリカ。熱い空気を吸い込み、それを力に変えるように全身に熱を送る。機械の腕から排熱される蒸気を払うように軍刀を振るい、真っ直ぐに機械人形とぶつかり合う。
「フランケンシュタインよ。そして、今はその中に組み込まれし死せる英霊たちよ! その怨み、哀しみ、全てこのワシに叩きつけよ!」
 その痛みを受け止める、とばかりにシノピリカは機械人形を攻め立てる。一〇年前の戦死者。その魂が今ここに宿っているというのなら、その無念を受け継ぐのが務め。フラグメンツを削られながらも、シノピリカの戦意は削れない。
「まだまだ! この程度で倒れぬわけにはいかぬ!」
「隙ありよ」
 シノピリカが機械人形を押さえている隙を縫うようにライカがメアリーの懐に入り込む。とっさに身を引くメアリーを追うようにライカは踏み込み、刃を振るった。切っ先がメアリーの肌を裂き、赤い血が乾いた大地に染み入る。
「死ぬなら人として死になさい。化物になって死ぬなんて許さない」
 子供のころ絶望を知ったライカは、それでもなお戦う意思を持った。だからこそ同じ年齢のころに絶望を知ったメアリーがイブリース化して心を失う様は我慢ならなかった。絶望から逃げる事は許さない。その想いを刃に乗せて。
「敵であるなら死んでしまっても構わないわ。やりたいようにやらせてもらう」
「確かに。現実逃避しているガキに言わんちゃならんことがあるな」
 頭をかきながらツボミは言い放つ。ガキ。メアリー・シェリーは子供だと言い放つ。たとえ肉体は二〇歳を超えていても、彼女の精神は子供のまま止まっている。
「ヘルメリアじゃ上に行くほどガキか? 楽園の次はネバーランドか恐れ入るな!」
 仲間を癒しながらツボミは愚痴る。ヘルメリア軍上層部の情報を思い出し、軽く頭を抱えた。能力重視で情緒不足。今はいいかもしれないが、未来に禍根を残しかねない採用だ。『蒸気王』がなくなれば、組織は一気に暴走するだろう。
「ったく、お陰でこちらがガキの世話をせねばならんとはな!」
「子供の世話は医者の勤め、だろう。そこは諦めた方がいいよ」
 ツボミの愚痴に応えるマグノリア。怪我をする子供を治療してから危険を注意するように叱り、そして最後に元気を出してもらうようにほだす。それは確かに医者の仕事だ。研究肌のマグノリアには無関係だが。
(そうだね。僕にできるのは研究だ。その為にも彼女には生きてもらわないと)
 メアリーが死ねば、彼女が生きて得てきた経験が消えてしまう。それを何処かに記していたとしても、その研鑽が失われれば技術の継承は完全ではなくなるだろう。それは研究者として大きなマイナスになる。
「彼女を救うかか否か……選択は、1つしか無いよね」
「無論だ。彼女は孤独な幼い少女のまま、時が止まっている。恋と夢と家族の為に戦い続けた、一人の少女だ」
 結界の展開と同時に流れ込んできたイメージにアリスタルフは怒りを感じていた。天才とはいえまだ幼いメアリーを煽り、歴史的な叛逆を起こさせたヘルメスに対して。彼女の想いは純粋で、その想いがまだあるからこそ今ここで無残に潰えようとしている。
「いや、潰えさせなどしない。その気持ちは痛いほどよく分かるから」
 意を決してアリスタルフは拳を握る。敵国であることも、イブリースであることも今は関係ない。あそこにいるのは一人寂しく歩いている唯の子供だ。騙され、絶望し、ありもしない希望にすがっている一人の人間だ。それの手を伸ばさずして何が自由騎士か。
「俺は彼女を救う。それがイ・ラプセルの軍服を纏った意味だ」
「意味……か」
 アリスタルフの言葉に銃を強く握るザルク。メアリーと自分。同じ事件に巻き込まれ、そして生き残った人間同士。ザルクは傭兵として流れてイ・ラプセルに身を寄せ、メアリーはこの地に残り、再起を目指した。その二人が出会った事に意味があるのなら――
「生き残った者同士、筋を通さなきゃな。だがそれはこういう形じゃないはずだ!」
 言って炎の弾幕を展開するザルク。それはこの地に生きた者からすれば、一つの光景を想起させる。この大地を焼き尽くしたプロメテウスの炎。灼熱と衝撃、そして死。それらが折り重なる地獄の光景。同じ地獄を見た者同士、向き合う道がある。
「そうだ、あの地獄だ。俺とお前が見た、あの光景だ!」
「…………っ! あ、ああああああ!」
「目を逸らすな! 死んだ人間は蘇らない! ここで死んだヤツらは生き返らない!」
 それは、ザルク・ミステル自身にも突き刺さる言葉だった。ディフセイルの街で生き、そして日常を失った鍛冶屋の息子。街は燃え、人は死んだ。その事実から目を背けてはいけない。それを違った形で昇華してはいけない。
 受け止め、怒りを別の愛情で埋める事もある。受け止め、復讐に生きる事もある。だけど、ありえない希望にすがって逃げてはいけない。この胸の痛みは、この喪失は、誰でもない自分自身の物なのだから。
「俺の名前はジュリアン・スミス! あの日出会った鍛冶屋の息子だ! ああ、覚えているぞ。親父に鍛冶を教えてもらいに来たあの女だ! 槌一つ碌に持てず、それなのに必死に覚えようとして! 俺に補助されてむくれてたあの女だ!」
 わずか数日の逗留だったが、確かに覚えている。その数日後の惨劇で忘れていたが、確かにその出会いはあった。
 炎が消える。心の中の地獄(ほのお)はまだ消えないけど――
「死者を背負うのなら、この現実を受け止めろ!」
 復讐者の言葉は、同じ炎を見たメアリーの『自我』を確かに揺さぶっていた。


 時計の秒針が二度回る。あと一回りすれば、メアリーは完全にイブリース化するだろう。
 それを意識しながら自由騎士達はイブリースと相対する。体力や威力が増したメアリーの攻撃が、自由騎士を攻め立てる。
「まだ動ける。問題ない」
「この程度でアタシを止められない」
「ああ、彼女を救うんだ」
 アデル、ライカ、アリスタルフがフラグメンツを燃やすほどのダメージを負う。それでも信念を杖にして耐え、そして武器を振るう。
「我らは全ての怨念を浄化し、あるべき場所や姿に戻せし者……水の加護の名の下に、セフィロトの流れに身を任せよ!」
 アクアディーネの浄化の権能。それを宿してシノピリカは叫ぶ。死したる魂はセフィロトの海に還る。それが正しい魂の流れだ。それを為すのが水の女神の権能であり、そしてそれこそが死者の安らぎなのだ。
「メアリー殿よ! 彼らは死んだ! そしてイブリースへと堕ちた! 何故じゃ!? この状況を招いたのは誰じゃ!?」
 シノピリカの叫びに、メアリーは答えない。イブリース化しているからか、あるいは答えまいと目を逸らしているからか。
「本当に、ヘルメス神は信ずるに値するのか!?」
「――うるさい! 私の信じた人を、辱めないで!」
「ふん。気付いてるんだろうが。何故ヘルメスの情報通りに進んでプロメテウスとぶち当たる? そもそも何で貴様を国が駆逐しようとした? なぜ今も助けてくれない!?」
 叫ぶメアリーにツボミが言葉を重ねる。
「ヘルメスが貴様を煽ったことぐらい分かっているんだろうが! ああ『自分はメアリーに命令していない』……そう言うだろうな奴は!
 安全地帯から出ずに人を利用し操作する腐れ外道の思考だ。世論操作の為に使い潰されたんだよ貴様は! 10年の苦境がその証拠だ!」
「他所の国から来た貴方達には関係ない……! どうせ貴方達も私を利用したいだけなんでしょう!」
「否定はしない」
 メアリーの言葉にアデルがはっきりと答える。ここでウソや誤魔化しは許されない。そう判断しての言葉だ。騙されたとわかれば、もう心の扉は開かないだろう。だがそれはそれとして、言わなければならない事がある。
「『兵站軍』は今もヘルメリアに存在し、その境遇はメアリー事変……お前が行動した時よりもより更に悪化している。
 そこに責任を感じるなら、俺達と共にこい」
「無理よ! 私は誰も救えなかった! もう誰も救えない……!」
「――まあ、現状で答えを出せとは言わん。先ずはイブリースを撃破してからだ」
「そうね。その時に生きていたら話をしてあげるわ」
 ライカは冷たく言い放ち、刃を振るう。メアリーの手の甲に宿るヘルメルのオラクルの印。その淡い光に怒りを感じながら、攻め立てる。神は殺す。ライカにあるのはただそれだけだ。その為に邪魔をするのなら、神を愛するがゆえに邪魔をするのなら殺す。
「アンタがヘルメスを信じて戦うのなら、アタシはアンタの敵だ」
「殺させない……! あの人は私を誉めてくれた! その事実だけで私は頑張れた! それを否定なんかさせない!」
「でも殺すわ。その為の覚悟はしてきた。アンタとは別の、戦う覚悟を」
「おじさんはできれば生かしておきたいけどねぇ。ほら、これまでの苦労とかそんな感じで」
 ライカの殺気を霧散させるようにニコラスが砕けた口調で言葉を紡ぐ。
「俺はニコラス。元ヴェルヌの私兵で現イ・ラプセルの自由騎士だ」
「『ノーチラス』の私兵が何故……ってスパイね。あの貴族のやりそうなことだわ」
「まあ、そう解釈するわな、うん」
 メアリーの言葉に苦笑するニコラス。実際は違うのだが、今は誤解を解く時間さえも惜しい。
「アデルもさっき言ったが、アンタの技術を求めてる奴らはいるぜ。だからアンタは一人じゃない。今生きている『兵站軍』はアンタがいれば――」
「だから無理よ! 歯車騎士団に逆らったらどうなるか。この土地を見たらわかるでしょう!」
「それでも君はやるつもりなんだろう? 仲間のカタクラフトを集め、一矢報いようと」
 叫ぶメアリーにマグノリアが静かに告げる。孤独から逃れるためとはいえ、メアリーの行動の根幹は『仲間達を助けたい』『機械化亜人の立場を良くしたい』だ。歯車騎士団に命を握られた状態の『兵站軍』をどうにかしたいからこそ、立ち上がったのだ。
「君の心はまだ折れていない。自分以外を拒絶するのは、誰も巻き込みたくないんじゃないかい?
 君自身が意識しているかどうかはわからないけど、君が立ち上がった理由を考えれば納得もできる。ヘルメリアの現状を打破しようとしたんだろう。だったら――」
「どうでもいいでしょう……! 貴方達には関係ない事なんだから!」
「いいや、大ありだ。俺達はヘルメリアを覆す」
 ザルクはきっぱりと言い放つ。自分がやるべきこと。自分が向ける銃口の先。それをしっかり意識して、メアリーに告げる。
「ヘルメリアの軍、体制、そして神。その全てをぶっ潰す。ヘルメリアと言う国その物を壊す。亜人差別も、奴隷制度も、何もかもを解体する。
 その為にお前の技術が必要だ。メンテナンス法、長く生かすための方法、そう言った知識を教えろ。そして俺達と一緒に戦え!」
「貴方は……貴方が一番分かってるんでしょう、ジュリアン・スミス! あの炎も、消えた命も、何もかも知ってるくせに、なんで立てるのよ!」
「立つさ。同じように立った女を知ってるからな」
 銀の指輪に指を這わして、ザルクは言い放つ。
「そうだな。ああやって立ち向かえる人間は稀だ。彼のように強くあれ、とは言わない」
 ザルクを見ながらアリスタルフは頷く。戦いに立ち上がれる人間は多い。だが恐怖に立ち向かえる人間は多くはない。それをアリスタルフは知っている。
「戦え、とは言わない。ただ生きてほしい。貴女自身の為に。生きていればいい事があるとは言わないけど、絶望のまま死んでいくのは悲しすぎる」
 アリスタルフとて順風満帆な人生だったわけではない。早くに両親を失い、孤児院で幼少を過ごした。騎士として世界を知り、戦争の中で様々な事を知った。この世界が天国とは言わないが、それでも――
「この世界を良くすることはできる。その為に戦うのなら、力になろう」
「なんでよ……? 同じヘルメリアの人間さえも諦めているのに!」
 メアリーの叫びと共に蒸気人形が動き出す。炎をまき散らし、蒸気を最大限に排出して駆動を増して自由騎士達を打ち据えた。乾いた大地が巻き上がり、粉塵が戦場を覆いつくす。
「ほら……勝てない。私にさえ勝てないのに……ヘルメス様に勝てるはずがない……!」
「早計だな。結論を急ぐなって、親父に言われなかったか?」
 土煙の中から聞こえてくる声。そして銃声。
「鉄を打つなら焦るな。一つ一つの作業が大事だって。記憶力がいいのに、そんなことを忘れるなんてな」
 片手を垂らし、もう片方の手で銃を構えたザルクが静かに口を開く。
「なん……で……?」
「悪夢は終わりだ。しっかり目覚めて、現実と立ち向かえ。メアリー・シェリー!」
 引き金を引くザルク。弾丸は真っ直ぐにメアリーに飛ぶ。機械人形の脇を通り抜け、弾丸はメアリーの意識を刈り取った。
 時計の秒針が、三回目の回転を告げる――


『慎ましい炎で闇照らし 清らかな水で身を洗え――
 土の小人は井戸で踊り 風の乙女は流星を運ぶ――
 アコーディオンを手に 共に輪舞曲を奏でよう――
 太陽をここに導いて  明るい光を届けておくれ』

「――『カーテンオブナイト』か」
「なんでヘルメリア稀代のテロリストを探す仕事で、子守唄なんか唄ってるんだろうね、おじさんは!」
 ザルクに言われて、やけくそ気味に叫ぶニコラス。
 ニコラスは苦しそうに呻いているメアリーを見て、ものすごく葛藤をした後に歌っていた。夜の帳に怯える子供を安心させるヘルメリアの子守歌。この国の人間なら誰もが聞いたことのある歌だ。その効果はあったのか、ニコラスの歌に合わせてメアリーは落ち着いたように呼吸を繰り返している。
「……で、どうする? 目覚めるまで待つか?」
 サポートに来ていたクマのケモノビトが、自分に包帯を巻きながらため息と同時に問いかける。怪我が多いのはザルクを庇っていたからだ。最後の攻撃をザルクが耐えれたのも、その献身が大きい。
 そしてその問いは一つの限界を示していた。これ以上西部地方に留まる意味はない。少なくとも、還リビトが多く存在するこの地に留まって何かをする意味は薄いのだ。目的であるメアリーはこうして確保できたのだから。
「いったんティダルトに戻る方がいいだろうな。応急処置で治る傷じゃない」
 決断を下したのはメアリーを診ていたツボミだ。医療的見地からこの地での治療は困難だと判断した。地熱と乾燥した風の元では安静に治療できるとは言い難い。メアリー自身も、長くここで活動しているからこその持病もあるかもしれない。

 こうして、自由騎士達のS級任務は終わりを告げる。
 目的であるメアリー・シェリーは無事保護できた。彼女から情報を聞くにはいったん療養が必要だが、それでも前進したことには変わりない。
 
 夜の帳が晴れるように。
 いつかこの西部も、命が芽吹くだろう――

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『灼熱からの帰還者』
取得者: ニコラス・モラル(CL3000453)
『灼熱からの帰還者』
取得者: マグノリア・ホワイト(CL3000242)
『灼熱からの帰還者』
取得者: アリスタルフ・ヴィノクロフ(CL3000392)
『灼熱からの帰還者』
取得者: シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)
『灼熱からの帰還者』
取得者: 非時香・ツボミ(CL3000086)
『灼熱からの帰還者』
取得者: ライカ・リンドヴルム(CL3000405)
『灼熱からの帰還者』
取得者: ザルク・ミステル(CL3000067)
『灼熱からの帰還者』
取得者: アデル・ハビッツ(CL3000496)

†あとがき†

どくどくです。普段より多めでお送りしています。

たぢまCW[最後だから9000文字使っていいよ」
どくどく「はっはっは。それだけあったら文字数余裕っすよ」
――そんなわけもなく、文字数削り削り。
あ、一番時間かかったのは子守歌でした。

以上のような結果になりました。16ターンでの撃破となりました。
メアリーへの質疑応答は後日執り行います。

長きにわたる任務、お疲れさまでした。
それではまた、イ・ラプセルで。
FL送付済