MagiaSteam
親を思う子の唄




 死は誰にでも平等に訪れる。それはどんな者にも抗うことが出来ない摂理だ。
 ここは寂しい山の中。かつて戦場となった場所だ。多くの兵士が命を落とした不吉な場所で、わざわざやってくるようなもの好きなどそうはいない。
 だから、ここに人の声が響くことはない。そのはずだった。
「お父ちゃん、お父ちゃん」
 だがしかし、あり得ない筈の、親を探す男の子の声があった。見るとそこには、よちよちと歩く、5~6歳程度の子供の姿がある。
 当たり前だが、ただの子供ではない。
 その姿はところどころが腐り落ち、見るも無残な有様だ。幽霊列車(ゲシュペンスト)のまき散らす瘴気の産んだ怪物――還リビトである。
「お父ちゃん、お父ちゃんはどこだい?」
 還リビトの言葉に意味はない。はっきりとした言葉に聞こえても、それは呼吸の音と大差がないものなのだ。
 親を探すような動きにだって、意味はない。これも還リビトの本能に従って、行く当てなどなく練り歩いているだけのものだ。
 そもそも、還リビトと化した少年の父親だって、生きている保証などないだろう。
 にもかかわらず、子供の姿をした還リビトは、親を求めるようにして、瘴気をまき散らしながら歩いた。それによって、本来なら朽ち果てていくだけだった死体も、同じようにして還リビトとして立ち上がる。
 還リビトは何も思わない。
 ただ、本能の導くままに歩みを進めるだけだ。その先に、求めるものの姿などないと知ることもなく……。


「集まってくれてありがとう! 未来を変えてほしいの」
 『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は、演算室のブリーフィングルームに入ってくるオラクルを見るなりそう言った。
「あのね、還リビトの集団が確認されたの」
 全員が集まったところで、クラウディアはポシェットに入っているメモを出し、状況の説明を始めた。シャンバラの、ある山中だ。かつて、戦争で多くの人々が命を落とした場所らしい。
「……現れたのは子供の姿をしている還リビト、みたい。死体を使役する能力を持っていて、仲間を増やしながら移動しているんだって」
 言いにくそうにしながら、クラウディアは戦うべき相手についての情報を口にした。
 数年前、戦場となったこの一帯で、とある父子が山の中へと逃れたという話があった。難を逃れるため山に潜んでいたが、のどが渇いた息子のために父は水を探しに行き、そこを敵兵に見つかって殺されたのだという。
 その後、ほどなくして息子が死んだのは早々に難くない。
 そして、現れたのは子供の姿をした還リビトだ。
「動く死体は20体位集まっているみたい。1体1体の強さは大したことないみたいだけど、油断はしないでね」
 動く死体たちは還リビトを庇うようにしている。そのため、最低でも半数を倒さない限り、還リビトを攻撃することは出来ない。耐久力だけはあるので、それなりに厄介な相手と言えるだろう。
 還リビトは死体の群れを引き連れて移動中だ。放置したら、大事になりかねない。それを止めることが出来るのは、自由騎士たちだけだ。
「みんな、気を付けてね。無事に戻って来るの、待っているから!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
KSK
■成功条件
1.還リビトの討伐
こんばんは。
ゾンビの時間、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は還リビトおよび、使役された死体たちと戦っていただければと思います。
心情メインのシナリオです。

●戦場
 とある山中の古戦場。
 還リビトの知性は低く、捕捉は難しくありません。
 薄暗い森の中での戦闘となりますが、灯や足場に不都合はありません。

●還リビト
 子供の姿をした還リビトと、それに引き入れられた蠢く死体です。主である還リビトが倒れれば、他は動く力を失います。
 ・子供還リビト
  5~6歳程度の子供の姿をした還リビト。戦争の中で亡くなった子供が死後、イブリースと化したもの。
  子供と分かる位に体は再生しているが、これと言って自我はない。
  死体を動かす能力を持つほか、歌を歌うことで死体に対してのみ【メセグリン Lv2】【クリアカース Lv1】と同等の回復スキルを使用可能です。
  1体います。

 ・蠢く死体
  還リビトの能力で動き出した人間の死体。すでに白骨化しています。
  【バッシュ Lv1】と同等の攻撃を行いますが、総じて戦闘力は低めです。
  20体いて、その半数が残っているのなら、子供還リビトへの攻撃を自動的に庇います。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
8モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
5/6
公開日
2020年07月28日

†メイン参加者 5人†




 『思いの先に』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)は、ゴールドスミス家の家督であり、その名を知られた自由騎士だ。
 危険な戦場や恐ろしい魔物と戦った経験だって、一度や二度ではない。そんなジュリエットは、所在なさげに歩む還リビトの姿を前にして、金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
 躯の姿に臆したわけではない。
 事前にこういう相手だと覚悟もしていたはずだ。
 しかし、実際に目にすると、それはジュリエットの中の何かを大きく傾けてしまった。
 大きく呼吸を乱し、立っていられない程に世界がぐらつく。
 そんなジュリエットの心中に構うことなく、死人の群れは行軍を続けていた。
 ここはシャンバラの山中。
 現れた還リビトに対して、自由騎士たちが対応にやって来たところだ。
 山中にはすでに還リビトの力で動き出した躯がいた。尋常ではない景色である。
 残念ながらこれは、世界において珍しいものでもない。戦いが続く限り、こうした事件は起き続けるのだ。
「すごい数ね。浄化のし甲斐があるわ。で、アレが元凶の還リビト……見た目は子供かもしれないけれど、その身体にその子の心はない」
 自分に言い聞かせるように『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は呟き、拳を構えた。
 エルシーは以前にも、墓所を守り続けた還リビトと出会ったことがある。彼にもだって、心があったわけではない。そう見えただけだと、理性で理解している。
「まあ、割り切れる程に悟ってはいないけどね」
 それでも、鍛錬の中で受けた薫陶は迷いがあるうちは、戦うべきじゃないと教えてくれた。戦うと決めたら、迷いを断つ。それが拳士としてエルシーが戦いに臨む心構えだ。
 そうした仲間の姿に勇気づけられ、ジュリエットは自分の頬を叩いて、笑う膝を無理やり立たせる。
「……! いけませんわ!! 常に気丈であらねば。わたくしの心はそんなに弱くありませんわ。弱くては、駄目なのですわ」
「思う事はあれど、まずは目の前の敵の殲滅だな。早々に片付けいくぞ」
 『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は冷静なものだ。呪術を学んだものとして、死霊の類の扱いには並のものよりも手馴れている。何より元々の性質が柔軟過ぎず、堅物すぎないというバランス感覚の持ち主だ。還リビトとなった少年の運命を憐みながら、被害を出さないために危険な還リビトを倒さなくてはと考えることが出来る人物なのである。
 黒杖と白剣を構えると、それらに命じて術式を喚起する。魔力を与えられた黒の杖は薄緑色に発光し、冷たき虚無の詩を奏でる。
 躯たちは真白の茨に捕らえられたかのように、その動きを止める。
「既に亡き父親を現にて探し求める子……迷える者を浄化し導くのも私達の役目です」
 『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)は軽く祈りを捧げて巨大な十字架を構える。
 ここにやって来たのは邪悪な還リビトを屠るためではない。彷徨う魂に安息を与えるためだ。浄化の力を得るために祈る、何よりも魂を救うために祈るのだ。
「救いましょう、必ず」
 その言葉を向けたのは、神でもなければ己でもない。アンジェリカの瞳に映っているのは、躯の群れを引き連れて、哀しい歌を紡ぐ子供の姿だ。
「あなたの居るべき場所は此処では無いのですから」
 その言葉と共に戦場に派手な爆発が起きる。多少頑丈なだけの躯では避けようもない話だ。
 それに恐怖したかのように還リビトは歩みを止める。その姿は――イブリースの邪悪な模倣であるにせよ――戦に巻き込まれて、惑う子供そのものだ。
 そんな子供を慰めるかのように、突然戦場へ弦楽器の旋律と歌が流れた。

 ♪おやすみ 父さんの元で おやすみ 父さんと共に
 ♪陽は沈み 聞こえるのは風の音と 夜を告げる鳥の鳴き声

 歌っているのは『ウインドウィーバー』リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)だ。普段は奇策を多用する少年だが、この度は吟遊詩人としてこの場にやって来た。

 ♪おまえを苛むものは去り 待つのは安らかな眠りだけ
 ♪だからおやすみ 父さんの元で おやすみ 父さんと共に

 作詞において擬音に逃げがちなリュエルだが、この時ばかりは必死に言葉を紡ぐ。彼が吟遊詩人を志したのは、過酷な現実に生きる人達に夢と希望を与えるためだ。だからこの場へは、必死の思いで鎮魂歌を奏でる。
 歌や物語は、人々に希望を与えるものなのだから。


 躯の数の多さはそれだけで脅威となる。どんな状況にあっても、数の多さというのはそれだけで強力な武器なのだ。
 加えて、自身の怪我を顧みずに襲ってくる躯は、並みの人間よりも凶悪だ。これが人里で暴れていたのなら、どれほどに災禍を広げていたのか、想像もつかない。
 だからこそ、ここにいるのは自由騎士たちなのだ。
 テオドールが用いているのは、破壊の術ではなく、敵を拘束する術だ。白の束縛と混沌の重圧、これらはただ敵を倒すための能力ではない。
 もし、真っ向から攻撃するだけであれば、自由騎士たちも自由に戦うことは厳しかっただろう。だが、敵の大半の動きを封じることで、自由騎士たちは自分たちの思うように戦いを進めることが可能となった。
(このような状況、私には縁遠いが胸を締め付けられるものがあるな。事態はしっかりと確認し、未来に活かす事にしよう)
 そして、テオドールの目線はこの戦場だけでない、未来までも見ていた。
 アンジェリカもまた、戦いながら見据えているのは、あくまでも魂の救済だ。ただ躯を滅ぼしに来ているわけではない。
(私に死後の世界を見ることは出来ません……それでも)
 巨大な十字架はあり得ない程の速度で躯を打ち砕き、浄化の力を発揮する。
 アンジェリカとて、自分に全てを救うことが出来ないことは承知している。未だ世界に戦いは満ち、今もこうして救われなかったものがさらなる悲劇を呼ぼうとしているのだ。
 それでも、全て救いたいと願い、行動することは間違いではない。邪悪に囚われた子の魂は無事に父と出会えると信じて、今はただ一心に十字架を振るう。
 知らぬ者であれば、4倍の敵に囲まれた戦士たちが無残に倒れる姿を想像したかもしれない。だが、ここにいるのは自由騎士たちだ。次第に次第に、動く躯は数を減らしていく。
「よほど悲しい最期だったのね。幽霊列車の瘴気にあてられる位」
 古竜の籠手越しに感じた手応えに対して、エルシーが感じたのは哀しみだった。幽霊列車の瘴気に当てられたということは、そういうことだ。単に事実としてではなく、彼女自身そうした哀しい存在を拳で打ち砕いてきた。
 今更、情に絆されたりはしない。
 もちろん、思う所もある。
 だからこそ、その想いを拳に載せて、一刻も早い浄化のために戦う。
「周りのイブリース共々、すぐに浄化してあげる!」
 エルシーの放った衝撃は、目の前の躯のみならず、一点に収束して戦場を貫く。力の理を極めればこその一撃だ。
 躯の数もいよいよ減って、還リビトへの道が拓かれる。
 急いで動ける躯は還リビトを守ろうとするような動きを見せるが、そもそも自由に動けるもの自体が少ないのだ。そう上手くはいかない。
 加えて、わずかな動ける躯すら、道をリュエルに阻まれる。

 ♪おやすみ 父さんの元で おやすみ 父さんと共に

 躯の道を阻みながら、リュエルは無心に歌っている。神経を活性化させているためある程度の攻撃をかわしてはいるが、それでも無傷とはいかない。
 露になった還リビトの姿を見て、目じりには涙が浮かんでいる。しかし、それで歌を濁らせないようにして。
(相手は還リビトだ。心なんて残っていない。その言葉も仕草も、元のそれを反芻しているだけ。それでも、それらは確かにそこに在ったんだ)
 リュエルはもうどこにもいない魂のため、鎮魂歌を唄う。その技巧はまだ道半ばかもしれないが、聞くものの心を震わせるものがあった。
 そして、はっきりと還リビトの防備が消えた時、その隙間を狙うように、ジュリエットは聖剣を構えた。最初に比べれば落ち着いたものの、今でも心には何かが突き刺さって来る。
 当然の話だ。強く頼りになる父親、自分と同じ髪を持つ優しい母親。今でも大事で大好きな両親だった。事故で失った時には大いに悲しんだ。そして今も、心の中では小さなジュリエットは「何処にいるの? わたくしを一人にしないで!」と叫んでいる。
 そんな自分と重なる小さな還リビトへ向けて大地を蹴る。
「今はわたくしが為すべきことを為す。それだけ。あの子を浄化してあげなければ!」
 再び還リビトの身を躯たちは防ごうとする。
 それよりも速く、穿つ牙と化したジュリエットは戦場を貫き、還リビトを切り裂いた。
 主である還リビトが浄化の光に包まれるとき、従っていた躯たちも動きを止めるのだった。


「それでは、話すといい。願いがあるなら聞き届けよう」
 戦いが終わった後、おもむろにテオドールは子供の亡骸に向かって術を行使した。彼のスタイルは呪術士。周囲に潜む死の気配を吸収し、相手を呪う邪法使いだ。つまりそれは翻って、死に最も寄り添う技術を識っているということだ。
 テオドールの交霊術を元に、子供がかつて暮らしていた村は明らかになる。子供の残留思念から得られる情報は断片的ではあったが、この山の近辺という条件で絞れば、捜索は決して難しいことではなかった。
 躯たちを埋葬してから向かうと、村はすでに件の戦いで破壊され、生き残りもすでに別の場所へ移住しているとのことだった。そして、知人が作ったという父親の墓を見つけることは叶った。
「こんなことしかできなくて、ごめんな」
「せめてセフィロトの海で親子が巡り合えますように。どうか、どうか安らかに」
 リュエルとジュリエットは、父と同じ墓に入った子供に対して祈りを捧げる。ひょっとしたら、これもただの自己満足かもしれないとは内心思う所もある。しかし、やらずにはいられなかった。
「こちらにお連れしました。どうか無事に再会出来ますように……」
「たくさん飲んでね。あまり冷たくなくて申し訳ないけどね」
 アンジェリカは父親に向かって語り掛け、エルシーは墓に向けて汲んでおいた水をかける。死んだ者の魂の行く先を見た者はいない。しかし、神職に席を置くものとしては、魂の安息を祈らずにはいられなかった。
「せめて、かの海に無事にたどり着けるようにな」
 テオドールは祈ると同時に、この悲しい死がこの地だけの問題に留まらないことをひしと感じていた。
 まだこの世界において、戦いは消えていない。そして、新たな悲劇を生まないためにも、自由騎士はまだまだ戦わなくてはいけないのだと。


†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『智の実践者』
取得者: テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)
『魂を想う唄』
取得者: リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)
FL送付済