MagiaSteam
貪欲な簒奪者




 開拓民のエリックは今日も森へと向かう。ここに来てそれなりの時間が経つが、ようやく体のリズムも慣れてきた。
「今日も一日、頑張るか」
 エリックは元々、貧民の出身だった。その転機が訪れたのは割と最近のことになる。国力の拡大に伴う辺境の開拓計画が行われ、彼はそれに希望したのだ。
 いつまで経っても芽が出ない街での生活に嫌気がさしていたというのはあるし、自分の土地を手に入れるという響きが心に響いた。何より若さというのは、一番の理由だった。
 苦労が無かった、というと嘘になる。
 開墾作業が思っていたより進まずひもじい思いをした。それに畑を荒らす獣に襲われ大けがを負ったこともある。
 だが、ようやく苦労は実を結びつつあり、畑も形になってきた。怪我を負った時、看病してくれたメアリとは最近良い感じになっている。
 全体としてはプラスだと思っているし、ことのきっかけになったという自由騎士団には正直感謝しているのだ。
「もう少し頑張れば、まとまった金も手に入るはずだ。そうすれば、メアリにプレゼントでも買えるかもな」
 小さな小さな幸せだけを夢見て歩を進めるエリック。
 彼の目には、その後ろで邪悪な視線が輝くのが見えていない。人々の幸せを収奪する魔の影が、この開拓村には迫っていた。


「集まってくれてありがとう! 未来を変えてほしいの」
 『元気印』クラウディア・フォン・プラテスが、演算室のブリーフィングルームに入ってくるオラクルを見るなりそう言った。
「あのね、イブリース化したゴブリンが村を襲うの」
 ポシェットに入っているメモを出し、手書きで場所の地図をかいていく。イ・ラプセルの中でも辺境の地になる。最近、開拓が行われている場所と聞いたことがあるものもいた。
「正確な場所まではちょっと分からなかったの。だから、上手く対策お願いしたいの、ごめんね」
 具体的には森の中からゴブリンの潜伏場所を調べる必要がある。捜索に関わるスキルがあれば有利に進むだろう。
 あるいは、素直に待ち伏せするのも手段だ。もっとも、卑劣なゴブリンは戦えそうなものの姿を見ると、そうそう攻め込んでこないだろう。上手く身を隠す必要がある。
「ゴブリンは全部で20匹位いるみたい。そのうち、1匹がイブリースになっているの」
 大半のゴブリンは数だけで、脅威としては少ない。一般的な卑劣で臆病な、そして暴力を好む連中だ。イブリース化したリーダーがいなくなれば、逃走するだろう。もっとも、うかつに囲まれれば、思わぬ痛手を負うかもしれない。
 リーダーの戦闘力は高く、奸智を身に着けている。また、口から火を吹く変異や怪力によって、中々の強敵と言えよう。
 場所が場所だけに、放置すれば開拓村を拠点に大きな勢力を築く危険性がある。放置できる存在ではない。
 何より、この場所を必死に切り開こうとしている人々の命がかかっている。
「みんな、気を付けてね。無事に戻って来るの、待っているから!」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
KSK
■成功条件
1.イブリース化したゴブリンの討伐
はじめましての方ははじめまして。
以前お会いしたことがある方は、こちらでもよろしくお願いいたします。
STのKSK(けー・えす・けー)です。
「まずはゴブリンから始めよ」という古の格言に従って、ゴブリン退治を行っていただきます。

●戦場
 イ・ラプセル辺境の開拓村。
 ゴブリンの潜伏する場所を捜索するか、来るのを待ち受けるのかを決めてください。全体で総意が取ることを強く推奨します。
 潜伏場所は森の中の木の少ない一角。
 待ち伏せした場合、村はずれで戦闘が発生します。
 いずれの場合も、足場や明かりに関して問題はありません。

●ゴブリン
 幻想種で人に似た小柄な亜人です。数に頼むと強気ですが、基本的に憶病で卑屈です。
 ・リーダー
  イブリース化したゴブリン。並のものより巨大化しており、大柄な人間と同程度です。怪力を生かした近接攻撃と、口から吹き出す炎による遠距離攻撃を行います。
 1体います。

 ・ゴブリン
  序期の通りの幻想種の亜人です。ナイフなどによる近接攻撃を行います。20体います。

●一般人
 開拓村に暮らす人々です。幸い犠牲者はまだ出ていません。
 オラクルには感謝しているので、要望があればある程度の協力を行います。
状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
8モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2019年03月26日

†メイン参加者 6人†




 開拓村に夜が訪れるのは早い。日中仕事に励んだ人々は、翌日のためにも早々眠りについてしまうからだ。
 それゆえ、そこから先は魔の蔓延る時間となる。
 夕暮れが近づく森の中、ゴブリンたちは村に向かって歩を進めていた。あそこに行けば、食事も暴力も、存分に楽しむことが出来る。そんな邪悪な期待に、彼らは心を躍らせていた。
 しかし、そんな彼らの姿を鷹の目で見つめる者の姿があった。
(おおっと、来たみたいだねー。俺ちゃん昨日から寝不足でさあ、眠っちゃいそうだったから、助かるよお)
 邪悪なゴブリンたちの姿を確認し、『黒闇』ゼクス・アゾール(CL3000469)はほくそ笑む。ようやく退屈な時間が終わるとあって、眠気も吹っ飛んでしまった。
 もっとも、先ほどまで眠そうにしていたゼクスだが、既に戦いに赴くに十分な準備は整っていた。
 いや、そもそも普段漂わせている酩酊させる様な、痴れさせる様な匂いは最初からしていなかった。


 開拓村に激震が走ったのは、遡ること数刻前のことだった。
 戦乱の中にあるこの大地であるが、この村は戦いとは程遠い場所にある。そこへ危険が差し迫っていることを伝えたのは、くすんだ金色の犬耳の少年。『ノラ狗』篁・三十三(CL3000014)だった。
「じゃじゃん! 篁三十三……もとい、イ・ラプセルの自由騎士団見参でござる!」
 その言葉がただの子供のでたらめでないことなど、それこそイ・ラプセルの人間であれば子供だって知っている。
 ましてや、それが危機を告げるものであれば、疑うメリットなどほとんどない。
「我らイ・ラプセル自由騎士団。剣無き民の剣となりましょう」
 不安におびえる人々に向かって、『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は安心させるように語り掛ける。その聖女然とした雰囲気に、人々は心落ち着ける。
(……まぁ、私は人を癒やす事しか出来ないんですけど)
 心の中でぺろりと舌を出すフーリィン。その清楚な外見に反して、これが彼女の正体である。
 しかし、色んな意味で自分というものを理解している娘だ。結果、村人たちの協力も驚くほどスムーズに得られた。彼女のフェロモンに惹きつけられた男衆も多かったようだが。
 三十三は有事に備えて消火用の水を村人たちと共に大量に用意する。自由騎士団の人間が率先して動くことには、村人たちも驚かされていたが、彼にしてみるとごくごく自然な動きだった。
 そして、準備を終えると村人たちに笑顔を向けて、戦場へと向かっていった。
「絶対に村を守るからどうかご安心してね!」


「強いもんが味方におったら強気になるって、子供の頃におったいじめっ子グループみたいやな」
 ゴブリンを含めて幻想種全般の個性は意外と多岐に渡るが、今回村の襲撃を企む連中の評としては『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)の言が正しいだろう。
 1匹でも残せば将来に禍根を残すことに違いない。
 そんなことを考えているうちに、ゴブリン集団との距離も迫ってきた。そこでおもむろに、スキルで抑えていた周囲の音を解く。
「人に悪意を向けてくる種族やと、こういう風にせんとあかん時もあるんやろうな」
 その言葉が戦いの合図となる。
 ゴブリンに恨みがあるわけでもない。だが、こうしなければ、失われるものがあるのだ。
「ここから先へは行かせません」
 一際高い跳躍から最速で強襲を仕掛けたのは、『慈葬のトリックスター』アリア・セレスティ(CL3000222)だ。
 踊るような動きで当惑するゴブリンの前に立つと、道を塞ぐように戦いを始めた。
 青と翠が織りなす幻惑的なダンスは、見えない魔力の渦を作り出し、ゴブリンの歩みを止める。
 動きの止まったゴブリンの群れの中へ、アデル・ハビッツ(CL3000496)は真っ直ぐ吶喊していく。体の一部を戦うための機械に置き換えた男の突撃に、ゴブリンたちは自分たちが襲われることになったという事実をようやく認識して恐怖の声をあげた。
「どこであれ、戦場があるならそこが俺の居場所だ」
 元より、ゴブリンたちの動きはスキルで掴んでいた。その上で、集団の横腹を突く形での攻撃だ。受けた側が取り乱すのも無理はない。
 攻撃は気合を込めて武器を叩きつけるという単純な動作だけだ。
 だが、この上なく確実な動作でもある。 ゴブリンの頭部は果実のように潰れ、派手に血をぶちまけた。
 それを見て、ゴブリンも怯えるだけではない。周りと比べて一回りも二回りも大きなイブリース化したゴブリンが醜く咆哮を上げる。
 心の弱いものであれば、それだけで身が竦むことだろう。
 だが、そんなものでアリアの踊りを止めることは出来ない。
 むしろ、闘志を高めてゴブリンの群れへと果敢に挑む。
「せっかくここまで開拓された土地をゴブリンに荒らさせたりしない!」


 オラクル達の不意打ちはひとまず成功した。大半のゴブリンは、急な攻撃を受けて混乱している。
 無理もない。
 先ほどまでは自分たちこそが奪うもの、襲うものだった。しかし、その立場は逆転してしまっている。
 だが、ゴブリンたちも愚かではあるが、愚鈍ではない。ましてや、イブリース化したリーダーは、周り以上の能力と残虐さを身に着けている。すぐさま、部下たちを威し付け、戦いへと駆り立てる。
 そして、その動きはアリアも想定していたことだった。
(進ませるわけにも、逃がすわけにもいかないわ。ここで全部退治しておきたいわね)
 自分の足元を確かめるようなステップから、次第にテンポを上げていく。
 凪いだ海を思わせる穏やかな動きから、突如として世界の全てを回すような激しい動きへと転じる。
 その緩急の激しい動きにゴブリンたちは惑わされ、中には同士討ちを始めてしまうものも出てきた。
 アリシアはその機を逃さず動き出す。
「ほな、いこか」
 蒸気鎧装の足に力を込めると、勢いよく敵の真っただ中へと切り込んでいく。
 加速を付けた身体から、アリシアは両手の刃でゴブリンたちを貫いていく。古の剣豪が生み出した少数で多くの敵を討ち取るための技術だ。こと、彼女の刺突に関しては、彼女のために最適化された武具のおかげで尋常でない速度に達している。
「恨みはないねんけど、人間と共存が難しい種族はしゃーないねん」
 普段は気のいいアリシアだ。
 ゴブリンたちの命を奪うことについて、躊躇いが無いと言えばウソになる。それでもすでに決めたことだ。
 相手は人に悪意を向けて来る種族であり、ここで誰かが戦わなくては、誰かの命が奪われる。
 だから、自身の迷いすら置いていくほど加速して、ゴブリンに挑む。
「そいじゃあ……ちょっとお裾分けさあ。五里霧中に夢中ってかあ。何匹辿り着けるかねえ」
 そして、ゴブリンたちの進撃を阻むのはそれだけではない。
 ゼクスが喚起したマナが魂すら凍てつかせる呪いとなってゴブリンたちに襲い掛かる。
 普段はのらりくらりとして、享楽的な印象さえ与えるゼクス。だが、その本質は貪欲かつ酷薄な男だ。その上、蛇のような執拗さまで持ち合わせている。
「さて、折角舞台をセットしてやったんだ。針鼠になるまで面白可笑しく踊って貰おうかな!」
 その細い目をさらに細めて笑っている辺り、『まだ』本気でないことはゴブリンたちにとって幸運だったのか不幸だったのか。
 着実にゴブリンたちは数を減じていく。
 そもそもイブリース化したリーダーはまだしも、他のゴブリンはオラクルにとって脅威と言えない相手だ。もちろん、数が揃えば油断できない相手ではある。
「雑魚は残り少しですよ。はりきっていきましょー」
「人々の幸せを壊そうとする奴は許せない! 絶対に未来を変えてみせる!」
 フーリィンの激励と共に、周囲に漂う無形の魔力は癒しの力となってオラクルたちの傷を癒していく。
 怪我を癒した三十三は、再び速度を上げてゴブリンたちを着実に切り裂いていく。
 姿が見えたのもほんの一瞬。怪我を治すため立ち止まった時くらいのものだ。
 再び跳躍すると、残像しか映らないほどの速度で戦いを再開する。
 戦いが始まった時点で自動修復の準備が行われていたこともあり、ゴブリンたちの攻撃はオラクルへ致命傷を与え切れていない。
(村を守るのは大事。でも、人の命を守るのはもっと大事。両方守れるのが最上です!)
 オラクルとは言え、フーリィンの精神は一般の民と大差ない。追い詰められれば悪事もなす人間である。
 だが、ゴブリンに襲われる人を見過ごしたくない位の善性はあるし、この状況ならなおさらだ。実際、先ほどからゴブリンの注意が村に行かないよう、適宜ゴブリンの注意を引き付け、傷も負っている。
 その甲斐あって、被害は最低限に抑えられていた。
 そして、この状況にリーダー格も、イブリース化によって得た力を全力で用いて対抗してくる。
 口から放たれた炎の弾丸が、オラクルたちを焼き尽くさんと放たれる。草木を焼き、暗がりの戦場は赤く染め上げられた。
 だが、この程度のことで動けなくなる者に、自由騎士団は務まらない。
 炎の中から巨大な鉄の塊が飛び出してくる。
 アデルだ。
 炎の中を突っ切ったのだ。当然、ダメージを免れることは出来ない。それでも、アデルにとっては悩むまでもない選択肢だった。
 アデルの信条は生き残ることだ。それは戦場から逃げることと必ずしも一致しない。ここを突っ切れば最速でリーダーに肉薄できる。オマケに、不意を打つ効果も期待できた。つまり、戦いを終わらせるための、生き残るための最短経路が炎の中にあっただけの話。
「出し惜しみは無しだ」
 慌てて反撃を繰り出そうとするリーダー格に対して、タイミングを合わせ、アデルはカウンターを繰り出す。
 リーダー格はその危険に気付くが、すでに手遅れだった。
 ジョルトランサーの弾丸が派手に叩き込まれ、イブリース化で強化された肉体すら焼く。
 それが呼び水となり、オラクルの一斉攻撃がイブリースへと向けられる。
 アリアの剣舞、アリシアの疾風刃、ゼクスの魔力の矢を受けては、イブリース化で得た生命力と言えど十分とは言えない。
 生き残ったゴブリンには逃げ出そうとしている者の姿もあった。それに続くようにしてリーダー格も逃げようとした時、彼の首筋に冷たいものが走った。
「どちらへお出かけかな?」
 いつの間にか、三十三がリーダー格の行く手を阻むように立っていた。
 邪魔だとばかりに突き飛ばそうとするリーダー格の前で、三十三は叢雨の刃を鞘に納める。
 すでに勝負は決していた。
 ゴブリンの体が、盛大に崩れ落ちる。その体には叢雨による致命の斬撃が、確かに刻み込まれていた。


 ことの発端となったリーダー格を退治した後の話は早かった。
 余計な延焼を予想して三十三が備えていたというのもある。
 元々、リーダー格が焚きつけなければ、ゴブリンなど烏合の衆でしかない。それでも、今後の危険性を鑑みて全て倒しておく必要はあった。
「ゴブリンは一匹残らず仕留める。逃せばいつかまた群れをなし、今回と同じような脅威を生む。そうはさせるものか」
 この言葉はアデルらしい言葉だった。
 逆恨みのような感情はイブリース化を起こしやすいとされているし、そうでなくてもどこかで他の人を襲いかねない連中である。
 一方、ゼクスはゴブリンがハンティングトロフィーになりそうなものを持っていないことを残念がっていた。
 村へ戻ると、家に潜んでいた村人たちがオラクルたちを迎える。
 オラクル達の戦果に、村人たちは一様に安堵の表情を浮かべた。その後、手伝ってくれたお礼としてゼクスが村の備品の修理をしたり、フーリィンがけが人の治療をした時には恐縮をしていたほどだ。
 かくして、戦いは終わり、翌朝オラクルたちは感謝の言葉を背に帰途へつく。
(……頑張ってね、エリックさん!)
 三十三は特に協力的だった青年に心の中でエールと、未来への祝福を送る。オラクルの関与が無ければ最初の犠牲者になっていた人物だ。その哀しい未来は消え、ここから先の未来がどうなるかは分からない。
 むしろ、開拓村という環境を考えれば、これからも苦難は続くだろう。
 だからこそ、とフーリィンは祈る。
(ちょっとした、でも当人にとってはとても大事な幸せ……そういうものもきちんと守れたらいいなって思います♪)
 幸せを奪う簒奪者から村を守ったオラクルたちの勇気は、必ず人々に伝わり、希望となって道を紡いでいく。
 そんな未来を示すように、オラクルたちの行き先を太陽は照らしていた。


†シナリオ結果†

成功

†詳細†

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