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Alleycat! 野良猫に捧げる鎮魂歌

●とある野良猫の話
イ・ラプセル首都サンクディゼール。
女神アクアディーネが住まう神殿を中心に繁栄する街だが、光があるところには闇がある。騎士団が掲げる法とは別に、アウトローたちが掲げる法がある。清い川にしか住めない魚がいるように、澱んだ場所でしか生きられない者もいる。
リーシャもそういった者だった。生まれてすぐに捨てられた猫のケモノビト。捨てられた場所は教会や孤児院ではなく、スラム街の蒸気パイプの傍。そこで徒党を組むストリートチルドレンに拾われ、何とか生きてきた。
できることは何でもやった。物乞いやスリやゴミあさりは当たり前。殺さない程度の強盗も何度かやったことがある。栄養不足の貧相な身体では春を売ることができなかったが、今まで育ててきてくれたストリートチルドレンの恩に報いるようにリーシャは働く。
そして新しく妹や弟もできた。捨て子自体は不幸な事だが、リーシャにとって頑張るための理由になった。頑張って、頑張って、頑張って――
『あ……あたし、死ぬ……の?』
終わりは突然だった。
頑張っているリーシャを見たチンピラが、彼女がため込んだお金を奪うためにねぐらを襲撃したのだ。銃声が響くたびに、命が一つ消えていく。打撲音と共に命が消えていく。戦うすべのない少年少女は逃げ惑うしかなく、それさえも数の暴力で封じられて。
『皆……死ぬ……や、だ……死にたく……ない……』
救いの手はリーシャには届かない。悪党を追い返す英雄も、慈悲ある癒し手もここにはいない。
『守らな、きゃ……わたし、おねえちゃん、だから……みんなを、まもらな、きゃ……』
――全てに等しく訪れるはずの死さえも、彼女には与えられなかった。
●ヨアヒムからの依頼
「還リビトの討伐だね」
集まった自由騎士達を前に『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)はそう告げる。
還リビト。簡単に説明すれば『人族の死体がイブリース化した』存在だ。少し前に大量の還リビトが軍を為す事件があったが、そういった事件とは関係なくイブリース化現象は起きる。
「元は路地裏のストリートチルドレンってやつだ。アジトに襲撃を受けて皆殺し。だけどそこで還リビト化した」
ストリートチルドレン。ストリートキッズとも言われる街の路頭で生活する子供達だ。親や成人に見捨てられ、保護を受けることなく路上生活を行っている。イ・ラプセルは現王の政策により他国家に比べてチルドレン発生率は低いが、皆無ではない。
「アジトから動くことなく、そこを守るように立ってるよ。近づけば攻撃を仕掛けてくるが、場を離れれば追うことなくそこに留まっているんだ」
動かない? その言葉に首をかしげる自由騎士。イブリース化したのに活発的に人を襲わないという。稀な例だが、還リビトは生前の想いを受け継ぐことがある。その影響だろうか?
「イブリース化してかなり肉体的には強化されている。
とはいえ、そう難しい依頼じゃないはずだ。さくっと倒してきてくれ」
軽薄に肩を叩いて、自由騎士達を送り出すヨアヒムだった。
どうしようもない虚しさを誤魔化すように――
イ・ラプセル首都サンクディゼール。
女神アクアディーネが住まう神殿を中心に繁栄する街だが、光があるところには闇がある。騎士団が掲げる法とは別に、アウトローたちが掲げる法がある。清い川にしか住めない魚がいるように、澱んだ場所でしか生きられない者もいる。
リーシャもそういった者だった。生まれてすぐに捨てられた猫のケモノビト。捨てられた場所は教会や孤児院ではなく、スラム街の蒸気パイプの傍。そこで徒党を組むストリートチルドレンに拾われ、何とか生きてきた。
できることは何でもやった。物乞いやスリやゴミあさりは当たり前。殺さない程度の強盗も何度かやったことがある。栄養不足の貧相な身体では春を売ることができなかったが、今まで育ててきてくれたストリートチルドレンの恩に報いるようにリーシャは働く。
そして新しく妹や弟もできた。捨て子自体は不幸な事だが、リーシャにとって頑張るための理由になった。頑張って、頑張って、頑張って――
『あ……あたし、死ぬ……の?』
終わりは突然だった。
頑張っているリーシャを見たチンピラが、彼女がため込んだお金を奪うためにねぐらを襲撃したのだ。銃声が響くたびに、命が一つ消えていく。打撲音と共に命が消えていく。戦うすべのない少年少女は逃げ惑うしかなく、それさえも数の暴力で封じられて。
『皆……死ぬ……や、だ……死にたく……ない……』
救いの手はリーシャには届かない。悪党を追い返す英雄も、慈悲ある癒し手もここにはいない。
『守らな、きゃ……わたし、おねえちゃん、だから……みんなを、まもらな、きゃ……』
――全てに等しく訪れるはずの死さえも、彼女には与えられなかった。
●ヨアヒムからの依頼
「還リビトの討伐だね」
集まった自由騎士達を前に『君のハートを撃ち抜くぜ』ヨアヒム・マイヤー(nCL3000006)はそう告げる。
還リビト。簡単に説明すれば『人族の死体がイブリース化した』存在だ。少し前に大量の還リビトが軍を為す事件があったが、そういった事件とは関係なくイブリース化現象は起きる。
「元は路地裏のストリートチルドレンってやつだ。アジトに襲撃を受けて皆殺し。だけどそこで還リビト化した」
ストリートチルドレン。ストリートキッズとも言われる街の路頭で生活する子供達だ。親や成人に見捨てられ、保護を受けることなく路上生活を行っている。イ・ラプセルは現王の政策により他国家に比べてチルドレン発生率は低いが、皆無ではない。
「アジトから動くことなく、そこを守るように立ってるよ。近づけば攻撃を仕掛けてくるが、場を離れれば追うことなくそこに留まっているんだ」
動かない? その言葉に首をかしげる自由騎士。イブリース化したのに活発的に人を襲わないという。稀な例だが、還リビトは生前の想いを受け継ぐことがある。その影響だろうか?
「イブリース化してかなり肉体的には強化されている。
とはいえ、そう難しい依頼じゃないはずだ。さくっと倒してきてくれ」
軽薄に肩を叩いて、自由騎士達を送り出すヨアヒムだった。
どうしようもない虚しさを誤魔化すように――
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.還リビトの打破
どくどくです。
簡単な還リビト退治です。
●敵情報
・『アリーキャット』リーシャ
還リビト。猫のケモノビト、女性。享年14才。死因は後頭部の打撲。凶器は近くに転がっている血の付いたレンガです。生前は手先が器用なだけのスリでしたが、還リビトになってから肉体が強化されています。
最初の行動はHPチャージです。もう朽ちて動かない子供達の死体を対象に含んで行います。6ターンに一度、チャージを切らさないように必ずそれを続けます。
言葉を囀りますが、還リビトは死人です。生者のような会話は不可能です。ただ生前の行動を繰り返すように呻いているにすぎません。
攻撃方法
鉤爪 攻近単 鉤爪で切り裂いてきます。
怨嗟の声 魔遠単 死にたくないと言う思いが魔力となって苛みます。
大丈夫 味全 大丈夫と呟きながら、体力を回復します。HPチャージ。持続6T。
守らなきゃ P 呪いにも似た強い意志が力となり、壁になります。3名までブロック可能。
死因 P 鈍器による物理攻撃を受けた時、ダメージに+100されます(命中や防御などの計算が終わった後で、追加ダメージとしてはいります)。
●オブジェクト
・子供達の死体
数十名の子供や赤子の死体です。まとめて一つのキャラクターとして扱います。還リビトの背後に存在しており、死後時間がたっていることもあって腐りかけています。
攻撃対象にすることができます。そうすることで還リビトの行動を制限することが出来るかもしれません。
●場所情報
蒸気パイプとボロボロの布で仕切られた路地裏のスペース。ストリートチルドレン『鶫の巣(トラッシュ・ネスト)』のアジトでしたが、今は惨劇の跡が残っているだけです。時刻は夕方。足場と明るさや広さは戦闘に支障なし。
還リビトは腐り始めた赤子と子供の死体を守るように立っています。その死体の山から20メートル以上離れることはないようです。
戦闘開始時、敵後衛に『子供達の死体』が。敵前衛に『リーシャ』がいます。
事前付与は一度だけ可能です。
ヨアヒムはぼやかしましたが、OPの事件は調べればすぐにわかりますので知っている前提で問題ありません。
Easy依頼なので、戦闘のプレイングにそれほど比重を置く必要はありません。リプレイも(プレイング次第ですが)心情重視になる可能性が高いです。
皆様のプレイングをお待ちしています。
簡単な還リビト退治です。
●敵情報
・『アリーキャット』リーシャ
還リビト。猫のケモノビト、女性。享年14才。死因は後頭部の打撲。凶器は近くに転がっている血の付いたレンガです。生前は手先が器用なだけのスリでしたが、還リビトになってから肉体が強化されています。
最初の行動はHPチャージです。もう朽ちて動かない子供達の死体を対象に含んで行います。6ターンに一度、チャージを切らさないように必ずそれを続けます。
言葉を囀りますが、還リビトは死人です。生者のような会話は不可能です。ただ生前の行動を繰り返すように呻いているにすぎません。
攻撃方法
鉤爪 攻近単 鉤爪で切り裂いてきます。
怨嗟の声 魔遠単 死にたくないと言う思いが魔力となって苛みます。
大丈夫 味全 大丈夫と呟きながら、体力を回復します。HPチャージ。持続6T。
守らなきゃ P 呪いにも似た強い意志が力となり、壁になります。3名までブロック可能。
死因 P 鈍器による物理攻撃を受けた時、ダメージに+100されます(命中や防御などの計算が終わった後で、追加ダメージとしてはいります)。
●オブジェクト
・子供達の死体
数十名の子供や赤子の死体です。まとめて一つのキャラクターとして扱います。還リビトの背後に存在しており、死後時間がたっていることもあって腐りかけています。
攻撃対象にすることができます。そうすることで還リビトの行動を制限することが出来るかもしれません。
●場所情報
蒸気パイプとボロボロの布で仕切られた路地裏のスペース。ストリートチルドレン『鶫の巣(トラッシュ・ネスト)』のアジトでしたが、今は惨劇の跡が残っているだけです。時刻は夕方。足場と明るさや広さは戦闘に支障なし。
還リビトは腐り始めた赤子と子供の死体を守るように立っています。その死体の山から20メートル以上離れることはないようです。
戦闘開始時、敵後衛に『子供達の死体』が。敵前衛に『リーシャ』がいます。
事前付与は一度だけ可能です。
ヨアヒムはぼやかしましたが、OPの事件は調べればすぐにわかりますので知っている前提で問題ありません。
Easy依頼なので、戦闘のプレイングにそれほど比重を置く必要はありません。リプレイも(プレイング次第ですが)心情重視になる可能性が高いです。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬マテリア
5個
1個
1個
1個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年12月02日
2018年12月02日
†メイン参加者 8人†
●
「はいはい。向こうに行ってくださいね」
人払いをするサポートのオニビトの剣士。その声を聞きながら、自由騎士達は還リビトと相対していた。イブリース化した人の死体。それを浄化するのが自由騎士の努め。その事に皆異論はない。
だがその表情に戦い前の緊張はない。弛緩しているわけではなく、逸らすことのできない惨状に表情を曇らせていた。
「ストリートチルドレン……ボクにも……他人事とは思えない問題だよね……」
ぼそぼそとした声で『笑顔のちかい』ソフィア・ダグラス(CL3000433)が言葉を紡ぐ。親から捨てられた子供達。幸いにして、気味悪がられていたかもしれないがソフィアは親に捨てられることはなかった。だけどもし捨てられていたら、自分もそうなっていたのだ。
「うちもマダムに拾われへんかったら、きっとこうなっとったんやろなぁ……」
ため息と共に蔡 狼華(CL3000451)は目を伏せる。娼館の主に拾われてなければ、狼華はアウトロー達の餌食にあっていたかもしれない。自分はツキがあった。この子はなかった。その違いだ。そうと分かっていても、胸の痛みはごまかせない。
「速やかに終わらせましょう」
抜刀し、静かに告げる『静かなりしもののふ』サブロウ・カイトー(CL3000363)。ここにいたって言うべきことはない。生きている者が死んでいる者に出来ることなどたかが知れているのだ。感傷を隠すように、帽子を少し下した。
(――決して、許されませんわ)
言葉なく『わがままジュリエット』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)は唇を結ぶ。いつもの高笑いはなく、その表情には怒りとそして強い決意が秘められていた。涙をこらえ、戦いに挑む。
「……酷い事をする者も、いたものだな」
地面に落ちていたレンガを見ながら『静かなる天眼』リュリュ・ロジェ(CL3000117)は静かに呟いた。レンガについた赤黒い液体。ストリートチルドレンの稼ぎを奪うために行われた強盗。よくあることだ、と静かに付け足す。
「全てを救う事なんて出来るワケがないと分かっている」
『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は悔恨の言葉を口にする。どれだけこの体が硬くとも、この身はこの子達を救う盾にはならなかった。自分はただの人間で、神様でも魔法使いでもない。それでも――
「死人は嫌いだ」
抑揚なく『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は呟く。医者である以上、目の前で命が失われていく経験もしている。すでに手遅れ、などよくある話だ。目の前のこれは不幸な子供の死体がイブリース化しただけ。だからいつものように向きあうだけだ――
「あ……だい、じょ……ぶ……」
かすれた還リビトの呻き。声帯はかすれ、呼吸を行う肺にも深刻なダメージがあるのだろう。何度も、何度も、その言葉を繰り返したのだろう。
その声は届かない。その声を届けたい相手は既にいない。それでも――
路地裏に小さく風が吹く。その風がボロボロの布を巻き上げた。それが合図となって、自由騎士達は動き出す。
●
結論から言えば、自由騎士達は傷一つ負うことなく還リビトを浄化できた。
「良い奴から先に死んで行くのは、戦場と同じか……」
先手を取ったのはサブロウだ。太刀を抜き、一気に還リビトに迫る。リーシャは『善人』と呼べない所業をしているが、それも生きる為で年下を養うためだ。誰かを守ろうとする者から死んでいく。悲しいが、それが現実だ。
「許してとは言わないし、許されるつもりもない。ただ貴方達が静かに眠れるように全てを尽くすよ」
礼するように拳を合わせ、カノンが拳を振るう。理不尽に死んだストリートチルドレンの死体。それを痛めつけるのは心が痛んだ。それでも誰かがやらなくてはいけないのなら、その役割から逃げるつもりはない。この哀しみを自分の心に刻むように拳を振るう。
「あんたにはツキに見放されて、うちは運が良かっただけ。……せやから、こっち側に立っとるんや」
二刀を振るいながら狼華は還リビトを見る。見た目は自分よりも年上のケモノビト。何ら自分と変わりはしない。マダムに拾われたか、否か。それだけの違いだ。その違いが人生を分ける。そう、それだけの話。ただそれだけの、どうしようもない話。
「死してなお子供達を守ろうとするその強い想いに敬意を」
ジュリエットは押さえた声で剣を構え、魔力を誘導するように切っ先を向ける。イブリースの習性すら跳ねのけるほどの強い思い。命と家族を奪われてもなお、恨みよりも家族愛を優先した幼子。その想いに応えるように、流星を解き放つ。
「攻めて痛みを感じぬように……違うな。怖い目に合わせぬように」
言ってからかぶりを振るリュリュ。還リビトは痛みを感じない。死人だから。痛みを感じるのは生きている者だ。だからこれは不幸に死んだリーシャを憐れみ、せめて安らかにと願うリュリュの感傷だ。……そうと分かっていても、思うことは止められない。
「『カ……ルロ』『アリエ……ッタ』……子供の名前か」
還リビトのつぶやきを聞き逃さまいとするツボミ。還リビトのかすれた声が呟いているのは、固有名詞。おそらくこの『鶫の巣』で一緒に過ごした仲間達の名前だろう。大丈夫。おねえちゃんが守るから。だから安心して。唇は何度も同じ言葉を繰り返す。
「リーシャはもう死んでいて……生前の行動を繰り返すだけ……わかってる……わかってはいるんだけど……」
還リビトは死人だ。魂はそこになく、ただ生前の行動を繰り返すだけのイブリース。ソフィアもそんなことは解っている。それでもそこにあった彼女の想いが伝わってくる。そこから目を離さず、還リビトに人形兵士を差し向ける。
「――行くよ」
アダムは還リビトのプレッシャーを潜り抜ける様にして、その背後にある子供達の遺体に近づく。横たわる子供の遺体。それに近づくことで還リビトの行動を誘発する。アダムは背後から迫る還リビトの足音に防御を固め――
「……え?」
攻撃はなかった。
還リビトはアダムと子供達の遺体に割ってはいるようにして動き、両手を広げて子供の遺体を庇っていた。
「…………まあ、そうなるだろうな」
ツボミはため息と共に瞑目した。
あの状況、あの死にざまで自分を殺した怨みではなく、子供を守りたいと願った野良猫。イブリースの習性すらねじ伏せるほどの、意思。ならば子供達へ危害を加えようとすると、守ろうとするのだろう。生前、したかったように。……生前、できなかったから。
「大したガキだな。『鶫の巣』のリーシャ、よく頑張った。貴様は偉いよ」
動かず、両手を広げる還リビト。そこに自由騎士が何を感じたか。それはここで語る事ではない。
ただ言えるのは、還リビトは浄化しなくてはいけない。それだけだ。
「…………」
無言で振るわれるサブロウの刀が還リビトを斬る。アクアディーネの浄化の権能が働き、イブリースの力が抜けて少女の遺体は崩れ落ちた。
――時計の秒針は、まだ半分も進んでいなかった。
●
路地裏の還リビトは浄化され、自由騎士達に課せられた依頼は達成した。
だからここからは蛇足。取るに足らない後日談。
「流石に荼毘に付す、と言うわけにはいきませんか」
サブロウは可能であればこの場で子供達の遺体と共にリーシャを火葬したいと思っていたが、仕方ないと諦める。街中で火を焚くわけにはいかない。そしてアマノホカリでは火葬場があったが、こちらにはそういった葬送形式はない。文化の違いとはいえ、仕方のないことだ。
「彼女も言ってしまえば犯罪者だ。生きていれば、だれかを襲撃する側になっていたのかもしれない」
路地裏で生きる以上、手を汚さずに生きてはいけない。子供達を守るために犯罪に手を染める可能性はあった。だが『そうならなかった』可能性もある。……無意味な希望だが、サブロウはそう思いたかった。その両方すらない遺体を前に、そうであってほしいと。
「どうか安らかに眠れますように……」
手を合わせ、祈りを捧げるジュリエット。死人は蘇らない。時は戻らない。リーシャを生き返らせることも、襲撃を止めることもかなわない。出来るのはただ、祈るのみ。その魂が正しくセフィロトの海に導かれ、子供達と出会えんことを。
(わたくし、決めましたわ。理不尽に満ちたこの世界を変えます)
そして言葉なく決意を固めるジュリエット。騎士としてこの国を外敵から守るだけではない。誰もが幸福を甘受できるような世界を作る。正義感ではない。後悔でもない。これはジュリエット・ゴールドスミスと言う一人の人間のわがままなのだ。
「どんなに尽くしても子を捨てる親は居るし、そうなった子等は食う為に手を汚す事もありましょう」
目を伏せ、静かに呟く狼華。完璧な治世なんて存在しない。誰かが儲かる以上、誰かが飢える。平等に富を与えても、どこかで不都合は生まれる。それを目のあたりにしてきた者として、綺麗ごとは言えない。
「うちらに出来る事なんて、こうやって手向けに散らす事位しか無いんや……」
救いの手は届かなかった。ただそれだけのことだ。裏に生きる狼華からすれば、よくある光景。だからと言って見慣れることもなく、だからと言って胸が痛まないわけがない。それでも目をそらさずに、裏路地で生きた不幸な少女を見る。
「リーシャ、貴方は子供達の為に立派に戦いました」
化粧とカツラでアクアディーネの姿に変装したカノンが遺体を前にして口を開く。彼女のはもう何も写さず、耳はなにも聞くことはできない。それでもそこに魂があると信じて、カノンは言葉を続ける。
「貴方と子供達の魂がセフィロトの海に導かれて出会える事を、私が保証します」
アクアディーネ様ならきっとこう言ってくれる。カノンはそう信じて演技を続けた。死後の世界なんてわからない。でもそこで出会えるのなら、それは救いになるのではないだろうか。
「……辛かっただろうね……悔しかっただろうね……」
子供達の遺体を整えながらソフィアは語りかける。恐怖におびえ、痛みで顔を歪ませ、仲間の死に目を開き。そういった表情を整えるように、指で遺体の目を閉じさせていく。こんなことに意味がないなんてわかっているけど。
(こんな惨劇が……起こらないようにしたい……)
ストリートチルドレンが発生する理由は様々だ。親の急死といった避けれ得ぬものもあれば、親の経済や教育不足による育児放棄などもある。教育の義務化。経済の安定。そして子供の保護制度。どれもこれも大変なことだ。それでも――
「君は子供なんだから、もっと甘えてよかったんだ」
アダムはリーシャをそっと抱き寄せ、優しくその髪をなでる。頼るべき親に捨てられたストリートチルドレン。真に彼らが欲したのはそうしてくれる親だったのだろう。甘えるべき相手もなく、頑張った少女。その身体は予想以上に軽かった。
(この世界は、間違っている)
誰もが優しく過ごせる世界。それがただの理想でしかなくとも、アダムはそれを目指す。路地裏で倒れる子供はなく、皆が平和を謳歌できる世界。その為に鋼の身体はあるのだから。鋼の手で誰かを守るために。
「できることは多くはない。攻めてその魂がセフィロトの海に還れることを祈るだけだ」
怜悧に言い放ってリュリュはホムンクルス用の試験官に蓋をする。自由騎士の仕事は還リビトの打破。それ以外は意味がない。リーシャを救うことはできず、自由騎士としてやるべきことは終わったとばかりに背を向ける。
「……今から彼女を殺した物を探しに行くが、ついてくるものはいるか?」
背中越しに仲間に問いかけるリュリュ。自由騎士の仕事は終わった。だからこれはただの私用。涙を流さないことと、悲しくないことは違う。怜悧にふるまっている人間が、心が冷たいとは限らない。ただ静かに、リュリュは心の炎を燃やしていた。
「私は参加せん」
リュリュの誘いを断るようにツボミが告げる。その手にはタオルを持ち、遺体の一つ一つを丁寧に拭いていた。血の汚れ、泥の汚れ、そういったものを丁寧に。既に腐臭が漂う子供もいるのに、それを気にする様子はない。
(死人は嫌いだ。治療できない。助けれない。全部手遅れだ。……もう、何もしてやれん。せいぜい丁寧に綺麗にしてやるとも)
遺体の髪を櫛で梳くツボミ。意味がない事なんてわかっている。でもそれしかもうできることはないのだ。守ることも傷を癒すこともできない。自由騎士で、医者なのに。できることはもうこれだけしかないのだ。
カタコンベに遺体を運ぶ墓守が来るまで、自由騎士達は『鶫の巣』跡から動くことはなかった。
●
そして余談の余談――
犯人探しを行ったリュリュとサブロウと狼華とカノンだが、思わぬ結末に驚いていた。
「因果応報、と言うのでしょうね……」
彼らが捜査を始めて半日、『鶫の巣』を襲ったチンピラ集団の名前と場所はすぐに判明した。彼らは子供達から得た金で派手に散在し、そしてそれを見た別のチンピラにリーシャたちと同様の理由で襲われたのだ。そして頭に血が上った双方が銃を取り出し……共に命を失った。腹を銃で撃たれ、散々苦しみながら死んでいったという。
「法の裁きすら届かない。この怒りを何処にぶつければいいのか」
考えようによってはリーシャの仇は討てた、と思えなくもない結末だ。子供達を襲った報いを自らの身で受けたのだから。ある意味、光届かぬ闇の裁きなのかもしれない。
かくして捜査は一日も経たぬうちに終了することになる。
「路地裏の警備強化と子供達の保護?」
「……普段の仕事は……きちんとこなします……。その上で……」
「闇を完全に照らしきる必要は無くとも、今より酷い事態が起こらぬ様に。少しずつ、少しずつ」
ソフィアとサブロウは騎士団に路地裏の警備強化を申し出た。容易な事ではないが、そうすることで今回の事件を防げたのではないかと言う考えだ。その考え自体は間違いではないが――
「不可能ではないが――根本的な解決にはならないな」
現王の政策により貧民街への手入れは施行されている。騎士団もできうる限りの手は広げているが、それでも今回のような事件は起きるのだ。
「エドワード王はこう言っている。警備強化も重要だが、社会を根本的に変えないと意味がないと」
ストリートチルドレン問題の解決は、子供が放置される社会そのものだ。教育制度を強化して無料で高度な教育を施す。そうすることで幼くとも食うに困らない技量と知識を有し、独立できる。だが――
「それを為すには、今のままでは無理だ。列強に押される現状では軍費をそちらに回す余裕はない」
シャンバラ、ヘルメリア、パノプティコン、そしてヴィスマルク。多くの国に脅かされる小国のイ・ラプセルは身を守るので精いっぱいだ。これらの脅威を廃すれば、そういった改革も可能になる。
そんな未来が訪れるのだろうか。それは未だ演算装置でさえ導き出せない未来の話。
●
例えば――
シャンバラのように肥沃な大地があれば、食うに困らず子供達は飢えないだろう。
ヘルメリアのように多くの労働力を欲するなら、路頭に迷う子供はいない。
パノプティコンのように徹底管理された社会では、浮浪する子供はいなくなる。
ヴィスマルクのような強国がその財を保護に向ければ、子供が窮することはない。
しかし現実はそうはならない。人が皆、他国を奪おうと必死になっている現状において、弱き者は虐げられてしまうのだ。
それを『人の業』と切って捨てるのは簡単だ。『そういう時代だ』と割り切るのも簡単だ。
それでも人は弱きを救おうとする。どれだけ困難で先が見えなくとも、それが正しいと信じて。国家や社会と言う濁流に飲み込まれても、必死で抗うように。
その想いが、いつだって時代を動かしていくのだから――
「はいはい。向こうに行ってくださいね」
人払いをするサポートのオニビトの剣士。その声を聞きながら、自由騎士達は還リビトと相対していた。イブリース化した人の死体。それを浄化するのが自由騎士の努め。その事に皆異論はない。
だがその表情に戦い前の緊張はない。弛緩しているわけではなく、逸らすことのできない惨状に表情を曇らせていた。
「ストリートチルドレン……ボクにも……他人事とは思えない問題だよね……」
ぼそぼそとした声で『笑顔のちかい』ソフィア・ダグラス(CL3000433)が言葉を紡ぐ。親から捨てられた子供達。幸いにして、気味悪がられていたかもしれないがソフィアは親に捨てられることはなかった。だけどもし捨てられていたら、自分もそうなっていたのだ。
「うちもマダムに拾われへんかったら、きっとこうなっとったんやろなぁ……」
ため息と共に蔡 狼華(CL3000451)は目を伏せる。娼館の主に拾われてなければ、狼華はアウトロー達の餌食にあっていたかもしれない。自分はツキがあった。この子はなかった。その違いだ。そうと分かっていても、胸の痛みはごまかせない。
「速やかに終わらせましょう」
抜刀し、静かに告げる『静かなりしもののふ』サブロウ・カイトー(CL3000363)。ここにいたって言うべきことはない。生きている者が死んでいる者に出来ることなどたかが知れているのだ。感傷を隠すように、帽子を少し下した。
(――決して、許されませんわ)
言葉なく『わがままジュリエット』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)は唇を結ぶ。いつもの高笑いはなく、その表情には怒りとそして強い決意が秘められていた。涙をこらえ、戦いに挑む。
「……酷い事をする者も、いたものだな」
地面に落ちていたレンガを見ながら『静かなる天眼』リュリュ・ロジェ(CL3000117)は静かに呟いた。レンガについた赤黒い液体。ストリートチルドレンの稼ぎを奪うために行われた強盗。よくあることだ、と静かに付け足す。
「全てを救う事なんて出来るワケがないと分かっている」
『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は悔恨の言葉を口にする。どれだけこの体が硬くとも、この身はこの子達を救う盾にはならなかった。自分はただの人間で、神様でも魔法使いでもない。それでも――
「死人は嫌いだ」
抑揚なく『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は呟く。医者である以上、目の前で命が失われていく経験もしている。すでに手遅れ、などよくある話だ。目の前のこれは不幸な子供の死体がイブリース化しただけ。だからいつものように向きあうだけだ――
「あ……だい、じょ……ぶ……」
かすれた還リビトの呻き。声帯はかすれ、呼吸を行う肺にも深刻なダメージがあるのだろう。何度も、何度も、その言葉を繰り返したのだろう。
その声は届かない。その声を届けたい相手は既にいない。それでも――
路地裏に小さく風が吹く。その風がボロボロの布を巻き上げた。それが合図となって、自由騎士達は動き出す。
●
結論から言えば、自由騎士達は傷一つ負うことなく還リビトを浄化できた。
「良い奴から先に死んで行くのは、戦場と同じか……」
先手を取ったのはサブロウだ。太刀を抜き、一気に還リビトに迫る。リーシャは『善人』と呼べない所業をしているが、それも生きる為で年下を養うためだ。誰かを守ろうとする者から死んでいく。悲しいが、それが現実だ。
「許してとは言わないし、許されるつもりもない。ただ貴方達が静かに眠れるように全てを尽くすよ」
礼するように拳を合わせ、カノンが拳を振るう。理不尽に死んだストリートチルドレンの死体。それを痛めつけるのは心が痛んだ。それでも誰かがやらなくてはいけないのなら、その役割から逃げるつもりはない。この哀しみを自分の心に刻むように拳を振るう。
「あんたにはツキに見放されて、うちは運が良かっただけ。……せやから、こっち側に立っとるんや」
二刀を振るいながら狼華は還リビトを見る。見た目は自分よりも年上のケモノビト。何ら自分と変わりはしない。マダムに拾われたか、否か。それだけの違いだ。その違いが人生を分ける。そう、それだけの話。ただそれだけの、どうしようもない話。
「死してなお子供達を守ろうとするその強い想いに敬意を」
ジュリエットは押さえた声で剣を構え、魔力を誘導するように切っ先を向ける。イブリースの習性すら跳ねのけるほどの強い思い。命と家族を奪われてもなお、恨みよりも家族愛を優先した幼子。その想いに応えるように、流星を解き放つ。
「攻めて痛みを感じぬように……違うな。怖い目に合わせぬように」
言ってからかぶりを振るリュリュ。還リビトは痛みを感じない。死人だから。痛みを感じるのは生きている者だ。だからこれは不幸に死んだリーシャを憐れみ、せめて安らかにと願うリュリュの感傷だ。……そうと分かっていても、思うことは止められない。
「『カ……ルロ』『アリエ……ッタ』……子供の名前か」
還リビトのつぶやきを聞き逃さまいとするツボミ。還リビトのかすれた声が呟いているのは、固有名詞。おそらくこの『鶫の巣』で一緒に過ごした仲間達の名前だろう。大丈夫。おねえちゃんが守るから。だから安心して。唇は何度も同じ言葉を繰り返す。
「リーシャはもう死んでいて……生前の行動を繰り返すだけ……わかってる……わかってはいるんだけど……」
還リビトは死人だ。魂はそこになく、ただ生前の行動を繰り返すだけのイブリース。ソフィアもそんなことは解っている。それでもそこにあった彼女の想いが伝わってくる。そこから目を離さず、還リビトに人形兵士を差し向ける。
「――行くよ」
アダムは還リビトのプレッシャーを潜り抜ける様にして、その背後にある子供達の遺体に近づく。横たわる子供の遺体。それに近づくことで還リビトの行動を誘発する。アダムは背後から迫る還リビトの足音に防御を固め――
「……え?」
攻撃はなかった。
還リビトはアダムと子供達の遺体に割ってはいるようにして動き、両手を広げて子供の遺体を庇っていた。
「…………まあ、そうなるだろうな」
ツボミはため息と共に瞑目した。
あの状況、あの死にざまで自分を殺した怨みではなく、子供を守りたいと願った野良猫。イブリースの習性すらねじ伏せるほどの、意思。ならば子供達へ危害を加えようとすると、守ろうとするのだろう。生前、したかったように。……生前、できなかったから。
「大したガキだな。『鶫の巣』のリーシャ、よく頑張った。貴様は偉いよ」
動かず、両手を広げる還リビト。そこに自由騎士が何を感じたか。それはここで語る事ではない。
ただ言えるのは、還リビトは浄化しなくてはいけない。それだけだ。
「…………」
無言で振るわれるサブロウの刀が還リビトを斬る。アクアディーネの浄化の権能が働き、イブリースの力が抜けて少女の遺体は崩れ落ちた。
――時計の秒針は、まだ半分も進んでいなかった。
●
路地裏の還リビトは浄化され、自由騎士達に課せられた依頼は達成した。
だからここからは蛇足。取るに足らない後日談。
「流石に荼毘に付す、と言うわけにはいきませんか」
サブロウは可能であればこの場で子供達の遺体と共にリーシャを火葬したいと思っていたが、仕方ないと諦める。街中で火を焚くわけにはいかない。そしてアマノホカリでは火葬場があったが、こちらにはそういった葬送形式はない。文化の違いとはいえ、仕方のないことだ。
「彼女も言ってしまえば犯罪者だ。生きていれば、だれかを襲撃する側になっていたのかもしれない」
路地裏で生きる以上、手を汚さずに生きてはいけない。子供達を守るために犯罪に手を染める可能性はあった。だが『そうならなかった』可能性もある。……無意味な希望だが、サブロウはそう思いたかった。その両方すらない遺体を前に、そうであってほしいと。
「どうか安らかに眠れますように……」
手を合わせ、祈りを捧げるジュリエット。死人は蘇らない。時は戻らない。リーシャを生き返らせることも、襲撃を止めることもかなわない。出来るのはただ、祈るのみ。その魂が正しくセフィロトの海に導かれ、子供達と出会えんことを。
(わたくし、決めましたわ。理不尽に満ちたこの世界を変えます)
そして言葉なく決意を固めるジュリエット。騎士としてこの国を外敵から守るだけではない。誰もが幸福を甘受できるような世界を作る。正義感ではない。後悔でもない。これはジュリエット・ゴールドスミスと言う一人の人間のわがままなのだ。
「どんなに尽くしても子を捨てる親は居るし、そうなった子等は食う為に手を汚す事もありましょう」
目を伏せ、静かに呟く狼華。完璧な治世なんて存在しない。誰かが儲かる以上、誰かが飢える。平等に富を与えても、どこかで不都合は生まれる。それを目のあたりにしてきた者として、綺麗ごとは言えない。
「うちらに出来る事なんて、こうやって手向けに散らす事位しか無いんや……」
救いの手は届かなかった。ただそれだけのことだ。裏に生きる狼華からすれば、よくある光景。だからと言って見慣れることもなく、だからと言って胸が痛まないわけがない。それでも目をそらさずに、裏路地で生きた不幸な少女を見る。
「リーシャ、貴方は子供達の為に立派に戦いました」
化粧とカツラでアクアディーネの姿に変装したカノンが遺体を前にして口を開く。彼女のはもう何も写さず、耳はなにも聞くことはできない。それでもそこに魂があると信じて、カノンは言葉を続ける。
「貴方と子供達の魂がセフィロトの海に導かれて出会える事を、私が保証します」
アクアディーネ様ならきっとこう言ってくれる。カノンはそう信じて演技を続けた。死後の世界なんてわからない。でもそこで出会えるのなら、それは救いになるのではないだろうか。
「……辛かっただろうね……悔しかっただろうね……」
子供達の遺体を整えながらソフィアは語りかける。恐怖におびえ、痛みで顔を歪ませ、仲間の死に目を開き。そういった表情を整えるように、指で遺体の目を閉じさせていく。こんなことに意味がないなんてわかっているけど。
(こんな惨劇が……起こらないようにしたい……)
ストリートチルドレンが発生する理由は様々だ。親の急死といった避けれ得ぬものもあれば、親の経済や教育不足による育児放棄などもある。教育の義務化。経済の安定。そして子供の保護制度。どれもこれも大変なことだ。それでも――
「君は子供なんだから、もっと甘えてよかったんだ」
アダムはリーシャをそっと抱き寄せ、優しくその髪をなでる。頼るべき親に捨てられたストリートチルドレン。真に彼らが欲したのはそうしてくれる親だったのだろう。甘えるべき相手もなく、頑張った少女。その身体は予想以上に軽かった。
(この世界は、間違っている)
誰もが優しく過ごせる世界。それがただの理想でしかなくとも、アダムはそれを目指す。路地裏で倒れる子供はなく、皆が平和を謳歌できる世界。その為に鋼の身体はあるのだから。鋼の手で誰かを守るために。
「できることは多くはない。攻めてその魂がセフィロトの海に還れることを祈るだけだ」
怜悧に言い放ってリュリュはホムンクルス用の試験官に蓋をする。自由騎士の仕事は還リビトの打破。それ以外は意味がない。リーシャを救うことはできず、自由騎士としてやるべきことは終わったとばかりに背を向ける。
「……今から彼女を殺した物を探しに行くが、ついてくるものはいるか?」
背中越しに仲間に問いかけるリュリュ。自由騎士の仕事は終わった。だからこれはただの私用。涙を流さないことと、悲しくないことは違う。怜悧にふるまっている人間が、心が冷たいとは限らない。ただ静かに、リュリュは心の炎を燃やしていた。
「私は参加せん」
リュリュの誘いを断るようにツボミが告げる。その手にはタオルを持ち、遺体の一つ一つを丁寧に拭いていた。血の汚れ、泥の汚れ、そういったものを丁寧に。既に腐臭が漂う子供もいるのに、それを気にする様子はない。
(死人は嫌いだ。治療できない。助けれない。全部手遅れだ。……もう、何もしてやれん。せいぜい丁寧に綺麗にしてやるとも)
遺体の髪を櫛で梳くツボミ。意味がない事なんてわかっている。でもそれしかもうできることはないのだ。守ることも傷を癒すこともできない。自由騎士で、医者なのに。できることはもうこれだけしかないのだ。
カタコンベに遺体を運ぶ墓守が来るまで、自由騎士達は『鶫の巣』跡から動くことはなかった。
●
そして余談の余談――
犯人探しを行ったリュリュとサブロウと狼華とカノンだが、思わぬ結末に驚いていた。
「因果応報、と言うのでしょうね……」
彼らが捜査を始めて半日、『鶫の巣』を襲ったチンピラ集団の名前と場所はすぐに判明した。彼らは子供達から得た金で派手に散在し、そしてそれを見た別のチンピラにリーシャたちと同様の理由で襲われたのだ。そして頭に血が上った双方が銃を取り出し……共に命を失った。腹を銃で撃たれ、散々苦しみながら死んでいったという。
「法の裁きすら届かない。この怒りを何処にぶつければいいのか」
考えようによってはリーシャの仇は討てた、と思えなくもない結末だ。子供達を襲った報いを自らの身で受けたのだから。ある意味、光届かぬ闇の裁きなのかもしれない。
かくして捜査は一日も経たぬうちに終了することになる。
「路地裏の警備強化と子供達の保護?」
「……普段の仕事は……きちんとこなします……。その上で……」
「闇を完全に照らしきる必要は無くとも、今より酷い事態が起こらぬ様に。少しずつ、少しずつ」
ソフィアとサブロウは騎士団に路地裏の警備強化を申し出た。容易な事ではないが、そうすることで今回の事件を防げたのではないかと言う考えだ。その考え自体は間違いではないが――
「不可能ではないが――根本的な解決にはならないな」
現王の政策により貧民街への手入れは施行されている。騎士団もできうる限りの手は広げているが、それでも今回のような事件は起きるのだ。
「エドワード王はこう言っている。警備強化も重要だが、社会を根本的に変えないと意味がないと」
ストリートチルドレン問題の解決は、子供が放置される社会そのものだ。教育制度を強化して無料で高度な教育を施す。そうすることで幼くとも食うに困らない技量と知識を有し、独立できる。だが――
「それを為すには、今のままでは無理だ。列強に押される現状では軍費をそちらに回す余裕はない」
シャンバラ、ヘルメリア、パノプティコン、そしてヴィスマルク。多くの国に脅かされる小国のイ・ラプセルは身を守るので精いっぱいだ。これらの脅威を廃すれば、そういった改革も可能になる。
そんな未来が訪れるのだろうか。それは未だ演算装置でさえ導き出せない未来の話。
●
例えば――
シャンバラのように肥沃な大地があれば、食うに困らず子供達は飢えないだろう。
ヘルメリアのように多くの労働力を欲するなら、路頭に迷う子供はいない。
パノプティコンのように徹底管理された社会では、浮浪する子供はいなくなる。
ヴィスマルクのような強国がその財を保護に向ければ、子供が窮することはない。
しかし現実はそうはならない。人が皆、他国を奪おうと必死になっている現状において、弱き者は虐げられてしまうのだ。
それを『人の業』と切って捨てるのは簡単だ。『そういう時代だ』と割り切るのも簡単だ。
それでも人は弱きを救おうとする。どれだけ困難で先が見えなくとも、それが正しいと信じて。国家や社会と言う濁流に飲み込まれても、必死で抗うように。
その想いが、いつだって時代を動かしていくのだから――
†シナリオ結果†
大成功
†詳細†
†あとがき†
どくどくです。
実際、戦闘は1ターン半で終わりました。
以上のような結果になりました。リプレイもほぼ心情です。
貧富の差が激しい時代背景故、こういった悲劇はどう頑張っても生まれます。それを受けての皆様のプレイング、上手く表現できたのならSTとして冥利に尽きます。
全員MVPということで大成功を。
それではまた、イ・ラプセルで。
実際、戦闘は1ターン半で終わりました。
以上のような結果になりました。リプレイもほぼ心情です。
貧富の差が激しい時代背景故、こういった悲劇はどう頑張っても生まれます。それを受けての皆様のプレイング、上手く表現できたのならSTとして冥利に尽きます。
全員MVPということで大成功を。
それではまた、イ・ラプセルで。
FL送付済