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Management! しあわせなゆりかごのなかで

●パノプティコン
管理国家――
そこはあらゆる者がアイドーネウスに管理された世界。
そこには争いはない。イブリースが発生しても完全管理された人の動きで人の被害は少ない。暴徒が生まれても速やかに拿捕される。武器を持たない者が戦う事はなく、傷つくことはない。
そこには不満はない。不満を感知すればそれを解消するように『王族』が動く。戦いたいものには闘技場のような施設が。勧善懲悪を求めるものには悪人処刑と言うショーが。あらゆる不満に対し、神が管理して配慮する。
そこには不安はない。働けば報われ、働かなければ報われない。変わることのない価値観。財産も国民番号ごとに神が管理し、盗まれることも奪われることもない。神の管理に従えば、不幸になることはない。
究極の管理。アイドーネウスが千五百年間続けてきた人類の管理。デウスギア『国民管理機構』はその為だけにある。正しく国民を管理し、民を守るために。時間軸さえも超越して管理するそのデウスギア。
その管理下に入るには、ただ望めばいい。『国民になる』と誓えば、その瞬間からそのデウスギアの庇護下となる。距離や時間に意味はない。逃れる術があるとすれば、その魂が虚無の海に向かったときのみ。
自由を失う代わりに、神に管理されることの幸福を得る。それが国民管理機構の――パノプティコンの管理社会。
自由とはけして何をしてもいいと言う事ではない。倫理や常識を無視すればそれはただの無法者だ。人と人の間で生きる以上、必ず何かに縛られる。法律、常識、慣習、宗教、社会……。そこに属する以上、少なからずの軋轢を受ける。
どうせ軋轢を受けるなら、その恩恵は大きいに越したことはない。否、その軋轢すら感じぬほどに心地良い管理なら、争いなどあるはずがない不満などあるはずがない不安などあるはずがない。
そして国民を誘い受け入れるのは――王族の役目だ。
●染み入る毒
王族1734。先の戦いで彼女を捕らえたイ・ラプセル騎士は彼女に情報を与えぬように幽閉する。地下牢から出さず、与える情報も最小限に留めるように留意していた。
理解が困難である言語で会話するパノプティコン国民だが、そのつもりがあれば理解できないわけでもない。最初は彼らの会話を盗み聞きするために。そして彼らと会話するために言葉を覚えた騎士達は王族1734と会話する。
元インディオ。インディオの里を守る約束の元にパノプティコンに下った彼女。彼女からすればイ・ラプセルもパノプティコンも外部の侵略者でしかない。
騎士達も任務で彼女との接触を繰り返し――人間はどこまで自身を律しようとも長く語り合えば何かしらの感情を抱いてしまう。それは王族1734の持ちうるカリスマだったのかもしれない。同情ともいえる程度に心の扉を開き――そこに国民管理機構を通じてアイドーネウスの意志が滑り込んだ。
その騎士の心の中にある心の不安。戦争への不安。家族を護りたい意志。パノプティコンがすべてを管理し、平和に導こう。さあ、我が国に来たれ。
それは小さな毒。平時なら取るに足らない戯言。しかしそれは積み重なり、そして神は王族1734の精霊に愛される力を通して力を注ぎ込んだ――
●自由騎士
それは夢を通じて行われる洗脳。
否、管理される社会のすばらしさを五感を通して伝える宣伝。不安なく、不満なく、働き全てを認められる社会。
全てを神に管理された監獄国家。幸せと言う檻の中で生きていく世界。脱落する者もいるが、それは国の為に働けなくなった結果にすぎない。ただ神とパノプティコンのために働けば幸せになれる国。
『あなた』はその国民だ。幸せな夢。争いなく、不安なく、不満のないパノプティコンのの国民だ。
だが同時にイ・ラプセルの『あなた』でもある。皆が幸せだと確信できるパノプティコンの国を亡ぼす自由騎士だ。
だから『あなた』は、この世界を――この幸せを否定しなくてはいけない。
管理国家――
そこはあらゆる者がアイドーネウスに管理された世界。
そこには争いはない。イブリースが発生しても完全管理された人の動きで人の被害は少ない。暴徒が生まれても速やかに拿捕される。武器を持たない者が戦う事はなく、傷つくことはない。
そこには不満はない。不満を感知すればそれを解消するように『王族』が動く。戦いたいものには闘技場のような施設が。勧善懲悪を求めるものには悪人処刑と言うショーが。あらゆる不満に対し、神が管理して配慮する。
そこには不安はない。働けば報われ、働かなければ報われない。変わることのない価値観。財産も国民番号ごとに神が管理し、盗まれることも奪われることもない。神の管理に従えば、不幸になることはない。
究極の管理。アイドーネウスが千五百年間続けてきた人類の管理。デウスギア『国民管理機構』はその為だけにある。正しく国民を管理し、民を守るために。時間軸さえも超越して管理するそのデウスギア。
その管理下に入るには、ただ望めばいい。『国民になる』と誓えば、その瞬間からそのデウスギアの庇護下となる。距離や時間に意味はない。逃れる術があるとすれば、その魂が虚無の海に向かったときのみ。
自由を失う代わりに、神に管理されることの幸福を得る。それが国民管理機構の――パノプティコンの管理社会。
自由とはけして何をしてもいいと言う事ではない。倫理や常識を無視すればそれはただの無法者だ。人と人の間で生きる以上、必ず何かに縛られる。法律、常識、慣習、宗教、社会……。そこに属する以上、少なからずの軋轢を受ける。
どうせ軋轢を受けるなら、その恩恵は大きいに越したことはない。否、その軋轢すら感じぬほどに心地良い管理なら、争いなどあるはずがない不満などあるはずがない不安などあるはずがない。
そして国民を誘い受け入れるのは――王族の役目だ。
●染み入る毒
王族1734。先の戦いで彼女を捕らえたイ・ラプセル騎士は彼女に情報を与えぬように幽閉する。地下牢から出さず、与える情報も最小限に留めるように留意していた。
理解が困難である言語で会話するパノプティコン国民だが、そのつもりがあれば理解できないわけでもない。最初は彼らの会話を盗み聞きするために。そして彼らと会話するために言葉を覚えた騎士達は王族1734と会話する。
元インディオ。インディオの里を守る約束の元にパノプティコンに下った彼女。彼女からすればイ・ラプセルもパノプティコンも外部の侵略者でしかない。
騎士達も任務で彼女との接触を繰り返し――人間はどこまで自身を律しようとも長く語り合えば何かしらの感情を抱いてしまう。それは王族1734の持ちうるカリスマだったのかもしれない。同情ともいえる程度に心の扉を開き――そこに国民管理機構を通じてアイドーネウスの意志が滑り込んだ。
その騎士の心の中にある心の不安。戦争への不安。家族を護りたい意志。パノプティコンがすべてを管理し、平和に導こう。さあ、我が国に来たれ。
それは小さな毒。平時なら取るに足らない戯言。しかしそれは積み重なり、そして神は王族1734の精霊に愛される力を通して力を注ぎ込んだ――
●自由騎士
それは夢を通じて行われる洗脳。
否、管理される社会のすばらしさを五感を通して伝える宣伝。不安なく、不満なく、働き全てを認められる社会。
全てを神に管理された監獄国家。幸せと言う檻の中で生きていく世界。脱落する者もいるが、それは国の為に働けなくなった結果にすぎない。ただ神とパノプティコンのために働けば幸せになれる国。
『あなた』はその国民だ。幸せな夢。争いなく、不安なく、不満のないパノプティコンのの国民だ。
だが同時にイ・ラプセルの『あなた』でもある。皆が幸せだと確信できるパノプティコンの国を亡ぼす自由騎士だ。
だから『あなた』は、この世界を――この幸せを否定しなくてはいけない。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.幸せな『管理国家』を否定する。
どくどくです。
本当にエキストラ(余分)なシナリオでございます。
●説明
貴方は『自分がパノプティコンの国民である』と言う夢を見ます。
神であるアイドーネウスに管理され、幸せです。兵士職でなければ戦う事はなく、犯罪に巻き込まれることも稀です。心の不満があれば、それを解消するように施設や祭りが起きたりします。。働いていれば生きていくことが出来、皆に認められます。
働けば富みます。金貨の類は国民番号管理でされ(今でいう電子マネーみたいなものです)、財産が盗まれることはありません。逆に働かなければ貧していきます。
唯一の例外はマザリモノです。彼らは富む者の所有物としてしか生きていけません。それでも主の温情と財産によってはそれなりに裕福に生きていけます。
不幸などありません。幸せな国家です。――少なくとも『気付く』までは貴方はそう感じていました。
ですが貴方はこれが夢だと気付きます。自由騎士である自分を思い出します。これがアイドーネウスによる洗脳であると気付きます。この幸せを否定しない限り、貴方の精神は蝕まれてしまう事に気付きます。
管理国家により幸せ。それを否定してください。この世界は確かに幸せです。閉じ込められる事で得られる幸福は確かに存在します。そのうえで否定してください。
ただスキルに任せて暴れるだけでは、警邏に拿捕されて終わりです。精神的に『あなた』の言葉で管理社会を否定してください。これまで生きてきた『あなた』の言葉だからこそ、通じる者があるのです。
なおこの依頼の結果は、後に出るパノプティコン決戦に影響します。
テーマはこの三つ。全部否定してもいいですし、一つだけ否定してもいいです。或いは全然別のアプローチでも構いません。
・認証欲求の充実:「ただ国のために働けば幸せになれる。新しいことに挑む必要などない。リスクを背負って失敗し、心を病む必要はない」
・不満なき社会:「自ら新たな娯楽を開発する必要はない。貴方は何もせず、ただ不安不満を神に訴えればいい。管理者がそれを解消しよう」
・あらゆる不安からの護り:「安全は神が保証する。神が管理し、神が定め、神が生活を保つ。盗みなどなく、殺人などなく、事故で命を失いこともない。時間すら管理するアイドーネウスにミスはない」
●国民番号
パノプティコン国民は『職業』と『四桁の番号』で呼び合います。
所属したい『職業』があればプレイング内で示してください。それこそ『王族』でも許可されます。職業による差別はなく、ただ役割が異なるという程度でしかありません。
但しマザリモノだけは例外で必ず『労働』となり、やや白い目で見られます。
希望がなければ、STが適当に命名します。
●場所情報
心象風景。パノプティコン首都、地域1155内部。空が見えない以外は煉瓦で作られた一般的な建物で構成された町です。犯罪行為に至ろうとすれば感知され、すぐに囚われます。
貴方もパノプティコン国民なので、他人とのコミュニケーションは可能です。どのような人間関係があるかをプレイングで示していただければ、採用します。マザリモノをモノ扱いし管理を良しとする以外は、そこに住む人はイ・ラプセル国民とあまり変わりません。
それこそ『王族1687』や『王族1734』などと知り合いでも構いません。『アイドーネウス』との謁見も適います。夢ではありますが、反応は実際の彼らと同様のものとなります。
皆様のプレイングをお待ちしています。
本当にエキストラ(余分)なシナリオでございます。
●説明
貴方は『自分がパノプティコンの国民である』と言う夢を見ます。
神であるアイドーネウスに管理され、幸せです。兵士職でなければ戦う事はなく、犯罪に巻き込まれることも稀です。心の不満があれば、それを解消するように施設や祭りが起きたりします。。働いていれば生きていくことが出来、皆に認められます。
働けば富みます。金貨の類は国民番号管理でされ(今でいう電子マネーみたいなものです)、財産が盗まれることはありません。逆に働かなければ貧していきます。
唯一の例外はマザリモノです。彼らは富む者の所有物としてしか生きていけません。それでも主の温情と財産によってはそれなりに裕福に生きていけます。
不幸などありません。幸せな国家です。――少なくとも『気付く』までは貴方はそう感じていました。
ですが貴方はこれが夢だと気付きます。自由騎士である自分を思い出します。これがアイドーネウスによる洗脳であると気付きます。この幸せを否定しない限り、貴方の精神は蝕まれてしまう事に気付きます。
管理国家により幸せ。それを否定してください。この世界は確かに幸せです。閉じ込められる事で得られる幸福は確かに存在します。そのうえで否定してください。
ただスキルに任せて暴れるだけでは、警邏に拿捕されて終わりです。精神的に『あなた』の言葉で管理社会を否定してください。これまで生きてきた『あなた』の言葉だからこそ、通じる者があるのです。
なおこの依頼の結果は、後に出るパノプティコン決戦に影響します。
テーマはこの三つ。全部否定してもいいですし、一つだけ否定してもいいです。或いは全然別のアプローチでも構いません。
・認証欲求の充実:「ただ国のために働けば幸せになれる。新しいことに挑む必要などない。リスクを背負って失敗し、心を病む必要はない」
・不満なき社会:「自ら新たな娯楽を開発する必要はない。貴方は何もせず、ただ不安不満を神に訴えればいい。管理者がそれを解消しよう」
・あらゆる不安からの護り:「安全は神が保証する。神が管理し、神が定め、神が生活を保つ。盗みなどなく、殺人などなく、事故で命を失いこともない。時間すら管理するアイドーネウスにミスはない」
●国民番号
パノプティコン国民は『職業』と『四桁の番号』で呼び合います。
所属したい『職業』があればプレイング内で示してください。それこそ『王族』でも許可されます。職業による差別はなく、ただ役割が異なるという程度でしかありません。
但しマザリモノだけは例外で必ず『労働』となり、やや白い目で見られます。
希望がなければ、STが適当に命名します。
●場所情報
心象風景。パノプティコン首都、地域1155内部。空が見えない以外は煉瓦で作られた一般的な建物で構成された町です。犯罪行為に至ろうとすれば感知され、すぐに囚われます。
貴方もパノプティコン国民なので、他人とのコミュニケーションは可能です。どのような人間関係があるかをプレイングで示していただければ、採用します。マザリモノをモノ扱いし管理を良しとする以外は、そこに住む人はイ・ラプセル国民とあまり変わりません。
それこそ『王族1687』や『王族1734』などと知り合いでも構いません。『アイドーネウス』との謁見も適います。夢ではありますが、反応は実際の彼らと同様のものとなります。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬マテリア
3個
3個
3個
7個




参加費
150LP [予約時+50LP]
150LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
7/8
7/8
公開日
2021年03月30日
2021年03月30日
†メイン参加者 7人†
●隊長0634――セアラ・ラングフォード(CL3000634)
「おはようございます。兵士0456。今日もお元気そうで何よりです」
「おはようございます。隊長0634。貴方の癒しあっての我々です」
隊長0634ことセアラは兵を束ねる身分を得ていた。真面目且つ医療知識の高さや癒しの技術からその地位に抜擢された。王族親衛隊のノスフェラトゥを始めとした多くの兵士から慕われている。
(兵の配置も並び方も皆、計算されたかのよう。アイドーネウス……様の管理のままに)
一瞬尊称をつけ忘れそうになりながら隊長0634はパノプティコンの神であるアイドーネウスの采配を見る。無駄のない兵の配置と、過酷ではない程度の労働。全国民に対してそれを行うその管理こそ、この国が幸せである証。
「隊長、巡回ルート043で迷子発生予定。酒屋8753の子供です」
「隊長、巡回ルート196で落下物発生予定。通行止めの連絡は住んでいます」
次々に入ってくる仕事は、アイドーネウスの管理による発生予定の事例。国民管理機構による未来予知ではなく、アイドーネウスが国民是認の意識を管理し、それにより起こりうる事例の予測だ。よほどのこと――それこそ国の危機でない限りは、未来予知は行われない。
セアラは慣れた手付きで兵士達を向かわせ、事件発生を阻止する。アイドーネウス様に従っている限り、小さな事故は起きえない。アイドーネウス様に従っている限り、犯罪は未然に防げる。全てを管理し、全てを任せることができる生活。その生活の一翼を担うのが、兵士であり隊長の役割。
(ええ、平和です。誰も傷つくことはなく、だれも怯える事はない。マザリモノ以外に差別なく、ただ労働と能力が認められる世界)
セアラはその実力を買われて、パノプティコンでも高い地位にいた。大きな住居スペースと、付き人達。食事も豪勢なものが配分されている。生活に不満などない。それにより心の余裕も生まれ、更に仕事がはかどっていく。
正に理想の国。神に管理されることで得ることができる安寧。そこには不正はない。管理しているのはヒトではなく、神なのだから。神に従いその管理下にあれば、理想のまま生きることができる。
皆がこの管理下にあれば、争う事はない。それでも――
(それでも……敵国の侵略は止められない。多くの兵は討たれ、そしてもうすぐその侵略は地域1155まで届こうとしている……)
隊長0634は――セアラはそこまで思って、その侵略者が自分であることを思い出す。イ・ラプセルの自由騎士。多くのパノプティコン兵士を討ってきたイ・ラプセル軍。
「……ええ、そうです。私達は人殺し。神の蟲毒の名のもとに戦争を進めてきたのですから」
自分は癒し手だから殺していない、などと言い訳をするつもりはない。自分が癒した兵士が誰かを殺した。なによりも、セアラ自身がこの戦争に反対をしない。白紙の未来を回避するために、戦争を押し進めている。
「そんな苦痛を貴方が背負う必要はない。戦争の責任は王が、そして神が背負うもの。貴方はただ、己の職務を全うすればいい」
そんな声がかけられる。アイドーネウスの声。戦いを始めたのは神。民に従っているだけ。だから兵士は気に病む必要はない。それは事実だ。
「……いいえ、それでも私は人殺しです。侵略者です。
考える事から逃げる事はしたくないです。与えられら幸せを受け取り、疑問なく戦う。それが出来ればどれだけ楽だったでしょうか」
それでもセアラは逃げない。その事実から目を背ける事はしないと告げた。
「パノプティコンの方々は、神様がいなくなっても生きていけますか?」
「呼吸し、物を食べる。生命活動をしていていることを『生きる』とするならば。
貴方の言う『生きている』はそう言う意味合いではないと推測する」
「そう、ですね。イ・ラプセルのような生活は……難しいでしょうね」
「自由であること。その価値観を押し付けるなら不可能だ。貴方が管理と言う価値観を拒絶するように」
「……そう、ですね」
それでも、この足を止める事はできない。
セアラは静かに、管理の夢から目を覚ます――
●神官0505――『アーリオ・オーリオ島主』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)
「この国にも、神職者はいるのですね」
アンジェリカは紺色を基調とした神職服を着て、そんな事を呟いた。聖印はアイドーネウスを示すものだが、それ以外は他国の聖職者と変わりはしない。
「神がいるのですから、当然のこと。とはいえ、神と話が出来るのは王族のみ。神官はアイドーネウス様の教えを伝達するのが役目となります」
アンジェリカの声に応えるのは、王族1687。現パノプティコンのハイオラクルだ。
「はい。全てはアイドーネウス様の管理のままに」
『鉄血の心』
国家に対する帰属意識が強くなる権能を持つアンジェリカは自国――すなわちパノプティコンに対する忠義が高まっていた。鉄の心でイ・ラプセルや空飛ぶパスタ神とかそういった者からの誘惑を跳ねのけていた。
「アイドーネウス様が管理する国家。そこには不幸も不満もありません。そこに住む者に罪はなく、罰されることはありません。
罪を負うべきは神のみ。全ての罪を神が受け、全ての罰を神が受けます。ああ、素晴らしきかなアイドーネウス様。我らが罪をかぶってもらえるのですから。不都合なことから目を背け、国民は国民の役割だけを果たすのです」
「おお、神よ!」
「アイドーネウス様!」
「神官0505様!」
神官0505の声に賛同する国民達。その賛同も、また神の管理の元。全てのものがアンジェリカの言葉を称え、同時にアンジェリカに祈りを捧げる。その祈りはアイドーネウス様へのもの。神官はただ、神の言葉を伝えるのみ。
誰かが言った。それは幸せではないと。不都合から目を背けているだけだと。
神官0505は答える。それでもこれは幸せなのだと。どんな不都合が生じているというのですか?
誰かが言った。それは家畜だと。管理されるだけの奴隷だと。
神官0505は答えた。それでもこれは幸せなのだと。そも、自由であることは幸せなのか?
誰かが言った。食は自由であるべきだ。全ての民が平等にパスタを食べれない事は悲しいしいことだと。
神官0505は答えた。はあ? パスタ? 何を言っているんですか、貴方。
不都合。管理された家畜。パスタが全国民に配布されない。それが何故駄目なのだろうか? 神官0505には理解できない。否、その中にこそパノプティコンの幸せがあるのだから。
神の権能により国に対する鉄の忠義を持つ神官0505。彼女にとってそんな事は戯言なのだ。それがヒトではないと思ってはいても、同時にそれもまたヒトの在り方なのだと思ってしまう。
――元のアンジェリカ・フォン・ヴァレンタインが、邁進することを正しいと思っているように、神官0505はこの在り方を『幸せ』だと思ってしまう。何故? 管理されようが、停滞しようが、不幸から目を背けていようが、そこに住む国民は皆幸せなのだから。
「……いいえ、全ての国民ではありませんね」
アンジェリカは思い出す。国民番号を剥奪されたマイナスナンバーを。彼らの生活を。管理から放逐され、ただ生きるのみとなった彼らを。
「あのような国民を生み出す限り、アイドーネウスの管理は完璧ではないのです」
全てのものに幸せを。輝かしい未来を。
……それがどれだけ難しく、そしてどれだけ高い理想なのか。アンジェリカは知っている。どうすればいいのか見当もつかない。今こうして戦っている先に、それがあるかもわからない。もしかしたら今自分が否定してきた道の中にこそ、あったのかもしれない。
それでも――だからこそ歩みを止める事はできなかった。これまで奪って来た、多くの命に報いる為にも。
●技師0017――『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)
(何故私は技師になったんだっけ……?)
技師0017は毎日工具を触りながら、ふとそんなことを考える。手先の器用さ、機械に対する知識の高さ。それが技師として役立つからだ。さらに言えば、ソラビトであるがゆえに高い場所の修理もできるからだ。
そんな事は解っている。その判断は正しい。アイドーネウス様が正しく割り振り、そして仕事も舞い込んでくる。国民一人一人が管理されるままに働き、仕事をこなして国を回す。国民一人一人を正確に管理し、有用に使う。その歯車の一部に技師0017は選ばれているのだ。
(鉄は冷たくて、硬い)
当たり前のことを思う技師0017。硬く冷たい鉄。だからこそ蒸気機関に使用でき、その硬さが鎧や盾となって身を護り、部品となって機械を保つ。鉄は冷たくて硬い。当たり前のことだ。
(もっと温かいモノに触れたい。柔らかくて、手触りのいいものを)
技師の仕事中には叶わない事。常に鉄を触り、常に部品を整備する。それが技師の仕事。その仕事に最適である技術を有し、その技術を用いてこの国を回している。その自負は確かにあった。周りのものもそれを認め、確かに技師0017はパノプティコンの一部として働いていた。
それは国の為でもあり、そしてそこに住む人の為だった。自分の作ったものが誰かの役に立つ。その誰かが幸せになり、そしてその日とも誰かを幸せにする。不幸などない。神が管理し、その元で動けば不幸などありえない。
ああ、それでも――
「……安全の保障は――こうすればいいという指針があるのは確かに魅力的だわ」
技師0017――アンネリーザは工具を置いて、静かに呟いた。全ては神が管理してくれる。神が管理する中で、不幸はありえない。間違いはありえない。一八〇〇年の管理を続けてきたアイドーネウス。そこに間違いなどない。
思えば、苦しんでばかりの道程だ。皆が幸せになればいいのにと思いながら、武器を取ることでしか解決できない。皆が幸せになりたいと思いながら、しかしその方向性の違いで共に歩むことが出来ない。
どれだけ引き金を引いてきただろう? どれだけ弾丸は体を貫いただろう?
神が管理する世界ではそれはない。人は皆価値観を管理され、人は皆同じ方向を進んでいく。誰も傷つかず、誰も死ぬことはない。
(なんて優しい揺り籠。幸せと言う檻に包まれた管理社会。もう、誰も殺さなくてもいいなんて)
技師である以上、戦いに赴く必要はない。意見の違いで苦しむことはない。選択を誤って、泣き叫ぶことはない。意見の違いは神が管理し、そして正しい道へと導いてくれる。あの時すれ違った者達も、アイドーネウスの管理の元なら共に歩めたかもしれない。
「でもそれは、自由ではないわ」
顔を上げ、天井を見るアンネリーザ。そこに空はなく、羽根を広げても飛べる高さは限られている。
「空も見えないこんなところに住んでいたら、インスピレーションも浮かばない」
限定された空間で得られる刺激は、限られている。限られた思考の元では、新たな発想は生まれない。
「私は自由騎士! 自由を愛し人を愛し国を愛してる! 考えること、それが自由よ!」
「それが新たな不幸を――すれ違いと断絶を生むとしてもか?」
問いかけるのは王族1734。インディオの姿をしたパノプティコンの王族。
かつて行ったインディオとの交渉を思い出すアンネリーゼ。あの時は自国の情報を漏らさぬためにインディオの妥協案を蹴った。その際の言葉も受け入れられず、インディオとの不仲は続いている。
だが、それも自由。自ら選ぶという事。何を得て、何を捨てるか。それを選ぶのが自由なのだ。それがもう二度と、戻らない事だと知っていても――
「……何時か、分かり合える。諦めるのも、諦めないのも自由よ」
「そうやって苦しみ続けるのも自由と知っていても?」
「それでも。皆が自分の自由を持っているのだから」
正解のない道は苦しく、そして先の見えない未来は不安だ。
それでも自分の足で歩いて選べるのなら、苦しくはあるが後悔はしない――
●女優3891――『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)
(ああ、満足だ――)
舞台の上、女優3891は満足感に包まれる。スポットライトが浴びる中、主人公を苛める義姉を演じる自分。それは誰もやりたがらない役割。物語の上で主人公の不幸を際立たせる為の役割。客の注目は苛められる主人公にあり、自分はただその為の舞台装置。
(そう。それが役割。この劇の、この国の、この世界の役割)
役割を演じる事。それは大事なこと。皆が皆、何かの役割を演じている。それは王だったり、兵士だったり、或いは女優だったり。社会と言う大波を動かす為に必要なモノ。海を進むための船の一部のように、役割を演じる事で世界と言う海を渡っていくのだ。
(誰もやりたがらない役。皆に憎まれ、そして最後には無様に滅んでいく)
演劇の内容は子供でも知っているような内容だ。苛められた主人公が認められ、そこから始まるサクセスストーリー。そして主人公を苛めてきた者達はそこから転落していく。女優3891の演じる義姉もその例にもれず、最後はぼろ布を纏って乞食となる役割だ。
(ああ、満足だ――全てが決まっている。惨めに主人公に許しを乞い、そして許されてのハッピーエンド。全てが決まっている。この劇も、人生も、だから安心して、満足できる)
救われることが分かっている。助かることが分かっている。だから安心だ。全ては劇の事で、人生も神が全てを管理してくれる。そう決まっているのだから、不安なんてあるはずがない――
「……でもいつかは、主役を演じたい!」
それは女優3891の――カノンの心の声。苛める役割を否定するわけではないけど、それでももっと上を目指すことを諦めたくない。
「カノンはお芝居で主役を演じたい。努力しても掴めない夢かもしれないけど、でもカノンは努力して掴みたいと思う夢がある事が幸せなんだ!」
部隊は暗転し、配役も観客も消える。ああ、これは夢だ。それに気づいたカノンはこの夢を見せようとしているモノに向けて告げるように口を開いた。
「幸せそうな国民の姿を見せて篭絡するつもり?」
「否定。幸せそうではなく、事実彼らは幸せだ。不幸などなく、皆が自分の役割の中で充実している』
「管理された幸せでしょう! そんなの自由でも何でもない!」
聞こえてきた声を、真っ向から否定するカノン。
役割を演じる事は楽しかった。それは女優ならではの快楽だ。物語の役割に浸透し、その存在になり切る。本来の自分とは別の自分になって、台本のままに立ち回る。その喜びは否定できない。カノンも演劇を愛する人だから。
だけどそれは――
「人の不幸を勝手に決めないでよ。カノンは主役を演じたい。それが掴めなくても、それに向かって突き進むことが幸せなんだ!」
「例え叶わずとも?」
「それがカノンの人生なんだ! 例えそうだったとしても、その不幸は誰かの物じゃなくカノンの物。カノンが選んでカノンが歩いた、カノンだけの人生の証だよ。幸せも不幸も、他の誰かに決めさせたりしない!」
不幸であること。幸せであること。それを決めるのは自分なのだとカノンは叫ぶ。そこだけは誰にも汚されない。それこそが、自由なのだと。
「失敗しても責任をとらなくていいなら、ただ檻に飼われて生かされているだけの家畜だよ。本当の自由って自分の行為に責任をもって初めて成り立つ物なんだよ」
「その重みに耐えきれぬ者もいる。人は皆、重圧に耐えれるほど強くはない」
「その責任(おもさ)を背負うことが、世界に生まれてきた意味なんだ!」
自由であることは、決していいことばかりではない。いや、むしろ自由であるからこそ背負う責任がある。選択すること、その結果に生まれた事に対して向かうあう覚悟。自由と言う事は、それを背負って初めて生まれる事なのだ。
「繰り返そう。ヒト全てがその重さに耐えきれるわけではない。故に人は法を犯し、悪路を進み、殺し合う。自由と無法の境目は曖昧だ。管理される幸せは確かにある。
努々忘れるな、自由を冠する騎士。汝が掲げた言葉の重さを」
声は消える。そしてカノンは夢から覚めていく。
最後の言葉はただの戯言か、或いは管理国家の神の吐露か。それを判断するのも、またカノンの『自由』だ――
●医師0709――『キセキの果て』ステラ・モラル(CL3000709)
「もう、おとうさんたら」
医師0709は不真面目な父に代わって家業の――厳密に言えばアイドーネウス様から任された個人病院を運営していた。あまり働こうとしない父。それを宥める母。それに代わって医師0709は働いている。
(アイドーネウス様に申し訳ないわ。まったく)
サボっている父の分まで働き、パノプティコンの為に頑張る。医師として多くの人達と出会った。膝を擦りむいた子供がいた。身重の不安を取り除く助言もした。老いた労働者の為に滋養のある食べ物を作った。しつこくいいよる槍使いの兵士もいた。
様々な出会い。様々な治療。変わらない日常がここにあった。アイドーネウス様の管理の元、確かな平和がここにあった。
(何の不安もなくて犯罪もない。ああ、なんて素晴らしいの)
それがパノプティコン。全てをゆだねられる神の管理。皆が皆、平和と幸せを甘受できる国。
(ああ、でも……)
ここはきっと幸せだ。それだけは認めよう。だけど――
「おとうさんは、もういない」
胸が張り裂けそうな想い。認めるだけで目頭が熱くなる。医師0709――ステラ・モラルの父は既に他界している。お前を守ると言ったのに。父はもう、自分を守ってくれない。
「おとうさんも、おかあさんも、もういない。
ここは幸せなだけの、檻」
「幸せであることの何が悪い? 否定しなければ、目覚めずに済んだのに。不幸な現実に苦しむことはないのに」
聞こえてくる声には、確かに慈悲の心があった。ステラを助けようとするのではなく、ただ傷を見た医者がそれを癒そうとするかのような、そんな自分の行動理念に基づいた慈悲。
(おとうさんも、きっと、そうやって命を賭した。そうやって、誰かをたすけた)
「ここには悲劇はない。老いによる別れこそあるが、その哀しみさえも管理しよう。或いはその悲しみに耐えきれず自死するなら、その後処理もしよう」
「……そう。死は悲しいわ。生きる事は不安だらけで、不満や不平は世に満ちている。
でもそれは世界の一側面。ぐうたらでいい加減で約束を守ろうともしないヒトでも、それだけじゃないの」
父に言いたいことはたくさんあった。父と話したいことはたくさんあった。乳に居ぶつけたい怒りも、悲しみも、文句も、許せない事もあった。
だけどそれはただの一面だ。それ以外の面もある。ヘルメリアの戦いで自分を救ってくれた父親。その後も忙しい中何度も会いに来てた父親。……別れの言葉を告げず、ただ手紙を残した父親。
「そうね。おとうさんは決して聖人君子じゃなかった。仕事はサボってばかりで隙あらば女の子にちょっかいかける人だった。捨てられて、殺してやろうと思ったこともあった。
この感情は、ただ憎いだけじゃない。嬉しくて、悲しくて、そして言いようのない思い。幸せに満ちたものじゃないけど、なくなっていいモノじゃない」
この思いが消えてしまうのが幸せなら、そんな幸せはいらない。
この過去まで管理されてしまうのなら、そんな管理はいらない。
この気持ちこそが、ステラ・モラルが歩いていく原点なのだ。
「その道は辛い道だ。死者は蘇らない。心に空いた穴は埋まらない」
「ええ。でも何か別のモノで支えることができる」
「それが見つからないかもしれない」
「それでも歩く。貰うだけの怠惰な未来より、良い未来に繋げれるを知っているから」
あの日、掴んでくれた父の手を忘れない。もうその手を掴むことはできないけど――
「おとうさんのことがすきだったの。あいしていたの」
この気持ちだけは、誰にも管理されることのないステラだけの気持ち。
喪失と情熱の灯を宿し、甘く優しい管理から帰還する。
●労働0547――『望郷のミンネザング』キリ・カーレント(CL3000547)
「え……?」
労働0547――キリに割り当てられた労働は、墓地4133の管理だった。かつて存在したパノプティコンの管理から逃れた者達が集った村。パノプティコン兵はそこを焼き、一本の塔を建てた。炎は村全てを燃やし尽くし、大地には塩をまかれ、草の生えぬ更地となった。
「あ……ああああ……」
キリはその生き残り。燃える村から逃れ、なんとか生き延びたがパノプティコンから逃れられず、労働0547としてこの地に送られた。そこが最初、自分の村だとは思わなかった。あまりにも違う景観。あまりにも異なる大地。土筆の匂いはなく、そびえたつ塔のみが生活を漂わせる。
「0547――何をしている。労働しなくてはいけないぞ」
「アイドーネウス様のために働かなくては」
そしてそんなキリに話しかけてくるのはノウブルの男性とウサギのケモノビトの女性だ。国の方針に反してマザリモノの子供を産んだとして、二人の『労働』の加盟を背負ってこの地で労働に服していた。
「パパ……ママ……」
「ああ、なんという事だ。マザリモノを生んでしまうなんて。だが我々はアイドーネウス様に許された。神の管理に戻ることが出来た」
「働きましょう、0547。そうすることで私達はこの国にいる事が許されるのですから。プレールなんて場所にいた事を許されるのですから」
パパとママと呼んだ相手から告げられる言葉。神の管理を尊び、かつての故郷を汚す言葉。マザリモノを生んだこと――キリの存在を全否定され、労働に従事することでそれが許される。
マザリモノは子供を産めない。故に生物としては次代を残せないから終わっている。故にマザリモノは産んではならない。次につなげることが出来ない命には、労働力としてしか価値がない。
『プレールは焼かれた』
キリの心の中にある炎の光景。復讐者としての原点。それがある限り、キリはパノプティコンに従順しない。けしてこんな夢にのまれることはないと、分かっていたけど――
「わああああああああああああああああ!」
たとえこれが夢でも、たとえこれが幻覚でも。この光景はキリの心を大きく揺さぶった。プレールに対して強い思いを抱いていたからこそ、故郷は既になく両親は味方ではないという状況は堪えた。
――気が付けば、手には一本の裁ちバサミを持っていた。
――気が付けば、服は様々な人の血で濡れていた。
――気が付けば、パパとママだったものは躯となって地に伏していた。
「こんなことで取り込めるとは思っていませんでしたが、しかし想像以上に心を揺さぶれたようですね」
かけられた声には、聞き覚えがあった。髭を生やした金髪の男。この国のハイオラクル。王族1687。
「無駄とは思いますが、言っておきましょう。神の管理に従えば、その気持ちも管理されて穏やかになります。何もかもを忘れるか、あるいはその両親以上の優しさに包まれることができるでしょう」
「だとしても、そんなのはキリじゃない!」
「でしょうな。失われたモノを求めて歩き続ける事こそがアナタの原点。喪失は戻らないと分かっているからこそ、誰かに何かを失わせたくない。アナタが見せる他人への優しさの本質はそれ。失いたくないだけの臆病な守り手。
アナタは復讐者。何も得るものはないと分かっていても、それでも進まないと自分が死んでしまうと自らにかけた呪い。それが足を動かす力なのです」
激情に任せて、目の前の王族1687に切りかかるキリ。裁ちばさみは王の喉笛を裂き、切り裂かれた王族は溶けるように消えていく。
手ごたえはない。これが夢だという事は解っている。
だから本当に倒すなら現実に戻ってからだ。自分の村を焼いたあの男を。この国を。その全てに復讐を果たし――
『アナタはただの復讐者。何も得るものはないと分かっていても、それでも進まないと自分が死んでしまうと自らにかけた呪い。それが足を動かす力なのです』
――その果てに、キリは何を見るのだろうか?
●労働0638――ノーヴェ・キャトル(CL3000638)
目を覚ませば見慣れた天井。起床して服を着替え、労働に従事する。
昨日は区画の掃除だった。今日は荷物持ちだ。パノプティコンにおいてマザリモノの地位は低い。日々変わる労働。楽とは言えない力仕事や、皆が嫌う場所の清掃などだ。労働0638は何も言わずに黙々とそれをこなしていた。
労働は厳しい。だけどこれを行わないと生きていけない。逃げ出すことはできない。逃げようという気持ちも起きないし、逃げたところでどうなるかもわからない。先の見えない暗闇に進むよりも、まだ辛いと分かっている灯のほうが楽だ。死ぬかもしれない賭けよりも、まだ生きている辛い未来。後者を選ぶのは、当然だ。
労働の中、遠くから聞こえる歓声を聞く。王の帰還。自分とは関係のない遠い存在。労働0638はそちらを見る。インディオと呼ばれる部族の羽根を身に着けた女性。王族1734とナンバリングされた彼女。
「……アナ」
口から洩れる小さな単語。その言葉の意味を労働0638は知らない。だが、彼女はそう呼ぶべきだと何故か思った。王族1734ではない名前。そう呼称しなければならない。何故? だってそれが彼女の名前だから。私がそう呼ぶと決めたから――
「……セーイ」
水に映る自分の顔。それを見て労働0638はそう呟いた。自分とよく似た存在。共に歩み、共に進んできた存在。忘れる事なんてできない。その名前は――セーイ・キャトルの名前はノーヴェ・キャトルにとって無二の存在なのだから。
「ありがと……。忘れる所、だった」
思い出す。イ・ラプセルの事を。自由騎士のことを。これまでのことを。そうだ。忘れてはいけない。自分がやらなければならない事を。この夢から覚めて、そして――
「アナ……」
遠くを進む王族1734を見る。皆の注目を浴びながら、同時に誰とも手を取り合わない彼女。王として部下に采配を下師はするが、彼女自身は誰とも歩まない。
パノプティコンの王族としては異端だ。パノプティコンに対抗したインディオの娘。能力を買われてはいるが、その本質はインディオと言う民族を守るために動いている。
インディオの娘としては異端だ。部族を守るためとはいえ、パノプティコンに下った彼女。その事情を知らぬ者からすれば部族に対する裏切り者だ。
イ・ラプセルでもその扱いは特殊と言えよう。国民管理機構により情報を奪われることを恐れて、光や音さえも遮断した状態で監禁されている。
元反抗勢力、裏切り者、情報漏洩防止。ありとあらゆる環境が彼女を孤立させる。
最大の不幸は、彼女がそれに耐えうるほど強い存在だったという事だ。弱音を吐かず、それを受け止め、心折れぬ程の強さを持っている事だ。体と心は削れているのに、それでも折れずに立てる強さを持っていたことだ。
それは雨風に対して傘を差すのではなく、それを当然と受け止めて歩くのに等しい。誰もそれに手を貸さず、誰もそれを助けようともしない。彼女なら大丈夫だと判断し、彼女自身も大丈夫だと判断して。
「……アナは、昔の、私……」
ノーヴェは自由騎士になった時、誰もいなかった。
だけど共に自由騎士になったセーイがいた。自由騎士の仲間がいた。パノプティコンの戦いでインディオのアタパカに出会い、マイナスナンバーに出会った。多くの人と出会い、多くの人の手を取った。
「ざわざわ……ふわふわ……つめたい……あたたかい……かなしい……うれしい……。沢山の、ざわめき。
私……は……沢山、になって……か、ら……生まれたの、が……うれしい、になった……」
ノーヴェは他人と繋がって、多くの感情を知った。多くの人の想いを知った。多くの喜びを知った。
王族1734は強い。だけど強いという事と幸せと言う事は違う。強いという事と、弱い者の犠牲になるという事はきっと違う。
誰かの盾にな蝋とがんばるのはいい。だけどそれは一人である必要はないはずだ。
「皆で……皆を、守ろう……」
ノーヴェは手を差し出す。
その手が掴む未来は――
●夢の終わりに
時間にすれば一刻にも満たない時間。現実への覚醒も、夢と同じく一瞬。
だけど確かにその夢はあった。それを夢だと割り切るのも、王族1734を通して経験したパノプティコンと受け取るのも見たものの自由。
管理により民を守る国と、自由により国民を歩ませる国。
二国の決着が付く日は、間近――
「おはようございます。兵士0456。今日もお元気そうで何よりです」
「おはようございます。隊長0634。貴方の癒しあっての我々です」
隊長0634ことセアラは兵を束ねる身分を得ていた。真面目且つ医療知識の高さや癒しの技術からその地位に抜擢された。王族親衛隊のノスフェラトゥを始めとした多くの兵士から慕われている。
(兵の配置も並び方も皆、計算されたかのよう。アイドーネウス……様の管理のままに)
一瞬尊称をつけ忘れそうになりながら隊長0634はパノプティコンの神であるアイドーネウスの采配を見る。無駄のない兵の配置と、過酷ではない程度の労働。全国民に対してそれを行うその管理こそ、この国が幸せである証。
「隊長、巡回ルート043で迷子発生予定。酒屋8753の子供です」
「隊長、巡回ルート196で落下物発生予定。通行止めの連絡は住んでいます」
次々に入ってくる仕事は、アイドーネウスの管理による発生予定の事例。国民管理機構による未来予知ではなく、アイドーネウスが国民是認の意識を管理し、それにより起こりうる事例の予測だ。よほどのこと――それこそ国の危機でない限りは、未来予知は行われない。
セアラは慣れた手付きで兵士達を向かわせ、事件発生を阻止する。アイドーネウス様に従っている限り、小さな事故は起きえない。アイドーネウス様に従っている限り、犯罪は未然に防げる。全てを管理し、全てを任せることができる生活。その生活の一翼を担うのが、兵士であり隊長の役割。
(ええ、平和です。誰も傷つくことはなく、だれも怯える事はない。マザリモノ以外に差別なく、ただ労働と能力が認められる世界)
セアラはその実力を買われて、パノプティコンでも高い地位にいた。大きな住居スペースと、付き人達。食事も豪勢なものが配分されている。生活に不満などない。それにより心の余裕も生まれ、更に仕事がはかどっていく。
正に理想の国。神に管理されることで得ることができる安寧。そこには不正はない。管理しているのはヒトではなく、神なのだから。神に従いその管理下にあれば、理想のまま生きることができる。
皆がこの管理下にあれば、争う事はない。それでも――
(それでも……敵国の侵略は止められない。多くの兵は討たれ、そしてもうすぐその侵略は地域1155まで届こうとしている……)
隊長0634は――セアラはそこまで思って、その侵略者が自分であることを思い出す。イ・ラプセルの自由騎士。多くのパノプティコン兵士を討ってきたイ・ラプセル軍。
「……ええ、そうです。私達は人殺し。神の蟲毒の名のもとに戦争を進めてきたのですから」
自分は癒し手だから殺していない、などと言い訳をするつもりはない。自分が癒した兵士が誰かを殺した。なによりも、セアラ自身がこの戦争に反対をしない。白紙の未来を回避するために、戦争を押し進めている。
「そんな苦痛を貴方が背負う必要はない。戦争の責任は王が、そして神が背負うもの。貴方はただ、己の職務を全うすればいい」
そんな声がかけられる。アイドーネウスの声。戦いを始めたのは神。民に従っているだけ。だから兵士は気に病む必要はない。それは事実だ。
「……いいえ、それでも私は人殺しです。侵略者です。
考える事から逃げる事はしたくないです。与えられら幸せを受け取り、疑問なく戦う。それが出来ればどれだけ楽だったでしょうか」
それでもセアラは逃げない。その事実から目を背ける事はしないと告げた。
「パノプティコンの方々は、神様がいなくなっても生きていけますか?」
「呼吸し、物を食べる。生命活動をしていていることを『生きる』とするならば。
貴方の言う『生きている』はそう言う意味合いではないと推測する」
「そう、ですね。イ・ラプセルのような生活は……難しいでしょうね」
「自由であること。その価値観を押し付けるなら不可能だ。貴方が管理と言う価値観を拒絶するように」
「……そう、ですね」
それでも、この足を止める事はできない。
セアラは静かに、管理の夢から目を覚ます――
●神官0505――『アーリオ・オーリオ島主』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)
「この国にも、神職者はいるのですね」
アンジェリカは紺色を基調とした神職服を着て、そんな事を呟いた。聖印はアイドーネウスを示すものだが、それ以外は他国の聖職者と変わりはしない。
「神がいるのですから、当然のこと。とはいえ、神と話が出来るのは王族のみ。神官はアイドーネウス様の教えを伝達するのが役目となります」
アンジェリカの声に応えるのは、王族1687。現パノプティコンのハイオラクルだ。
「はい。全てはアイドーネウス様の管理のままに」
『鉄血の心』
国家に対する帰属意識が強くなる権能を持つアンジェリカは自国――すなわちパノプティコンに対する忠義が高まっていた。鉄の心でイ・ラプセルや空飛ぶパスタ神とかそういった者からの誘惑を跳ねのけていた。
「アイドーネウス様が管理する国家。そこには不幸も不満もありません。そこに住む者に罪はなく、罰されることはありません。
罪を負うべきは神のみ。全ての罪を神が受け、全ての罰を神が受けます。ああ、素晴らしきかなアイドーネウス様。我らが罪をかぶってもらえるのですから。不都合なことから目を背け、国民は国民の役割だけを果たすのです」
「おお、神よ!」
「アイドーネウス様!」
「神官0505様!」
神官0505の声に賛同する国民達。その賛同も、また神の管理の元。全てのものがアンジェリカの言葉を称え、同時にアンジェリカに祈りを捧げる。その祈りはアイドーネウス様へのもの。神官はただ、神の言葉を伝えるのみ。
誰かが言った。それは幸せではないと。不都合から目を背けているだけだと。
神官0505は答える。それでもこれは幸せなのだと。どんな不都合が生じているというのですか?
誰かが言った。それは家畜だと。管理されるだけの奴隷だと。
神官0505は答えた。それでもこれは幸せなのだと。そも、自由であることは幸せなのか?
誰かが言った。食は自由であるべきだ。全ての民が平等にパスタを食べれない事は悲しいしいことだと。
神官0505は答えた。はあ? パスタ? 何を言っているんですか、貴方。
不都合。管理された家畜。パスタが全国民に配布されない。それが何故駄目なのだろうか? 神官0505には理解できない。否、その中にこそパノプティコンの幸せがあるのだから。
神の権能により国に対する鉄の忠義を持つ神官0505。彼女にとってそんな事は戯言なのだ。それがヒトではないと思ってはいても、同時にそれもまたヒトの在り方なのだと思ってしまう。
――元のアンジェリカ・フォン・ヴァレンタインが、邁進することを正しいと思っているように、神官0505はこの在り方を『幸せ』だと思ってしまう。何故? 管理されようが、停滞しようが、不幸から目を背けていようが、そこに住む国民は皆幸せなのだから。
「……いいえ、全ての国民ではありませんね」
アンジェリカは思い出す。国民番号を剥奪されたマイナスナンバーを。彼らの生活を。管理から放逐され、ただ生きるのみとなった彼らを。
「あのような国民を生み出す限り、アイドーネウスの管理は完璧ではないのです」
全てのものに幸せを。輝かしい未来を。
……それがどれだけ難しく、そしてどれだけ高い理想なのか。アンジェリカは知っている。どうすればいいのか見当もつかない。今こうして戦っている先に、それがあるかもわからない。もしかしたら今自分が否定してきた道の中にこそ、あったのかもしれない。
それでも――だからこそ歩みを止める事はできなかった。これまで奪って来た、多くの命に報いる為にも。
●技師0017――『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)
(何故私は技師になったんだっけ……?)
技師0017は毎日工具を触りながら、ふとそんなことを考える。手先の器用さ、機械に対する知識の高さ。それが技師として役立つからだ。さらに言えば、ソラビトであるがゆえに高い場所の修理もできるからだ。
そんな事は解っている。その判断は正しい。アイドーネウス様が正しく割り振り、そして仕事も舞い込んでくる。国民一人一人が管理されるままに働き、仕事をこなして国を回す。国民一人一人を正確に管理し、有用に使う。その歯車の一部に技師0017は選ばれているのだ。
(鉄は冷たくて、硬い)
当たり前のことを思う技師0017。硬く冷たい鉄。だからこそ蒸気機関に使用でき、その硬さが鎧や盾となって身を護り、部品となって機械を保つ。鉄は冷たくて硬い。当たり前のことだ。
(もっと温かいモノに触れたい。柔らかくて、手触りのいいものを)
技師の仕事中には叶わない事。常に鉄を触り、常に部品を整備する。それが技師の仕事。その仕事に最適である技術を有し、その技術を用いてこの国を回している。その自負は確かにあった。周りのものもそれを認め、確かに技師0017はパノプティコンの一部として働いていた。
それは国の為でもあり、そしてそこに住む人の為だった。自分の作ったものが誰かの役に立つ。その誰かが幸せになり、そしてその日とも誰かを幸せにする。不幸などない。神が管理し、その元で動けば不幸などありえない。
ああ、それでも――
「……安全の保障は――こうすればいいという指針があるのは確かに魅力的だわ」
技師0017――アンネリーザは工具を置いて、静かに呟いた。全ては神が管理してくれる。神が管理する中で、不幸はありえない。間違いはありえない。一八〇〇年の管理を続けてきたアイドーネウス。そこに間違いなどない。
思えば、苦しんでばかりの道程だ。皆が幸せになればいいのにと思いながら、武器を取ることでしか解決できない。皆が幸せになりたいと思いながら、しかしその方向性の違いで共に歩むことが出来ない。
どれだけ引き金を引いてきただろう? どれだけ弾丸は体を貫いただろう?
神が管理する世界ではそれはない。人は皆価値観を管理され、人は皆同じ方向を進んでいく。誰も傷つかず、誰も死ぬことはない。
(なんて優しい揺り籠。幸せと言う檻に包まれた管理社会。もう、誰も殺さなくてもいいなんて)
技師である以上、戦いに赴く必要はない。意見の違いで苦しむことはない。選択を誤って、泣き叫ぶことはない。意見の違いは神が管理し、そして正しい道へと導いてくれる。あの時すれ違った者達も、アイドーネウスの管理の元なら共に歩めたかもしれない。
「でもそれは、自由ではないわ」
顔を上げ、天井を見るアンネリーザ。そこに空はなく、羽根を広げても飛べる高さは限られている。
「空も見えないこんなところに住んでいたら、インスピレーションも浮かばない」
限定された空間で得られる刺激は、限られている。限られた思考の元では、新たな発想は生まれない。
「私は自由騎士! 自由を愛し人を愛し国を愛してる! 考えること、それが自由よ!」
「それが新たな不幸を――すれ違いと断絶を生むとしてもか?」
問いかけるのは王族1734。インディオの姿をしたパノプティコンの王族。
かつて行ったインディオとの交渉を思い出すアンネリーゼ。あの時は自国の情報を漏らさぬためにインディオの妥協案を蹴った。その際の言葉も受け入れられず、インディオとの不仲は続いている。
だが、それも自由。自ら選ぶという事。何を得て、何を捨てるか。それを選ぶのが自由なのだ。それがもう二度と、戻らない事だと知っていても――
「……何時か、分かり合える。諦めるのも、諦めないのも自由よ」
「そうやって苦しみ続けるのも自由と知っていても?」
「それでも。皆が自分の自由を持っているのだから」
正解のない道は苦しく、そして先の見えない未来は不安だ。
それでも自分の足で歩いて選べるのなら、苦しくはあるが後悔はしない――
●女優3891――『戦場に咲く向日葵』カノン・イスルギ(CL3000025)
(ああ、満足だ――)
舞台の上、女優3891は満足感に包まれる。スポットライトが浴びる中、主人公を苛める義姉を演じる自分。それは誰もやりたがらない役割。物語の上で主人公の不幸を際立たせる為の役割。客の注目は苛められる主人公にあり、自分はただその為の舞台装置。
(そう。それが役割。この劇の、この国の、この世界の役割)
役割を演じる事。それは大事なこと。皆が皆、何かの役割を演じている。それは王だったり、兵士だったり、或いは女優だったり。社会と言う大波を動かす為に必要なモノ。海を進むための船の一部のように、役割を演じる事で世界と言う海を渡っていくのだ。
(誰もやりたがらない役。皆に憎まれ、そして最後には無様に滅んでいく)
演劇の内容は子供でも知っているような内容だ。苛められた主人公が認められ、そこから始まるサクセスストーリー。そして主人公を苛めてきた者達はそこから転落していく。女優3891の演じる義姉もその例にもれず、最後はぼろ布を纏って乞食となる役割だ。
(ああ、満足だ――全てが決まっている。惨めに主人公に許しを乞い、そして許されてのハッピーエンド。全てが決まっている。この劇も、人生も、だから安心して、満足できる)
救われることが分かっている。助かることが分かっている。だから安心だ。全ては劇の事で、人生も神が全てを管理してくれる。そう決まっているのだから、不安なんてあるはずがない――
「……でもいつかは、主役を演じたい!」
それは女優3891の――カノンの心の声。苛める役割を否定するわけではないけど、それでももっと上を目指すことを諦めたくない。
「カノンはお芝居で主役を演じたい。努力しても掴めない夢かもしれないけど、でもカノンは努力して掴みたいと思う夢がある事が幸せなんだ!」
部隊は暗転し、配役も観客も消える。ああ、これは夢だ。それに気づいたカノンはこの夢を見せようとしているモノに向けて告げるように口を開いた。
「幸せそうな国民の姿を見せて篭絡するつもり?」
「否定。幸せそうではなく、事実彼らは幸せだ。不幸などなく、皆が自分の役割の中で充実している』
「管理された幸せでしょう! そんなの自由でも何でもない!」
聞こえてきた声を、真っ向から否定するカノン。
役割を演じる事は楽しかった。それは女優ならではの快楽だ。物語の役割に浸透し、その存在になり切る。本来の自分とは別の自分になって、台本のままに立ち回る。その喜びは否定できない。カノンも演劇を愛する人だから。
だけどそれは――
「人の不幸を勝手に決めないでよ。カノンは主役を演じたい。それが掴めなくても、それに向かって突き進むことが幸せなんだ!」
「例え叶わずとも?」
「それがカノンの人生なんだ! 例えそうだったとしても、その不幸は誰かの物じゃなくカノンの物。カノンが選んでカノンが歩いた、カノンだけの人生の証だよ。幸せも不幸も、他の誰かに決めさせたりしない!」
不幸であること。幸せであること。それを決めるのは自分なのだとカノンは叫ぶ。そこだけは誰にも汚されない。それこそが、自由なのだと。
「失敗しても責任をとらなくていいなら、ただ檻に飼われて生かされているだけの家畜だよ。本当の自由って自分の行為に責任をもって初めて成り立つ物なんだよ」
「その重みに耐えきれぬ者もいる。人は皆、重圧に耐えれるほど強くはない」
「その責任(おもさ)を背負うことが、世界に生まれてきた意味なんだ!」
自由であることは、決していいことばかりではない。いや、むしろ自由であるからこそ背負う責任がある。選択すること、その結果に生まれた事に対して向かうあう覚悟。自由と言う事は、それを背負って初めて生まれる事なのだ。
「繰り返そう。ヒト全てがその重さに耐えきれるわけではない。故に人は法を犯し、悪路を進み、殺し合う。自由と無法の境目は曖昧だ。管理される幸せは確かにある。
努々忘れるな、自由を冠する騎士。汝が掲げた言葉の重さを」
声は消える。そしてカノンは夢から覚めていく。
最後の言葉はただの戯言か、或いは管理国家の神の吐露か。それを判断するのも、またカノンの『自由』だ――
●医師0709――『キセキの果て』ステラ・モラル(CL3000709)
「もう、おとうさんたら」
医師0709は不真面目な父に代わって家業の――厳密に言えばアイドーネウス様から任された個人病院を運営していた。あまり働こうとしない父。それを宥める母。それに代わって医師0709は働いている。
(アイドーネウス様に申し訳ないわ。まったく)
サボっている父の分まで働き、パノプティコンの為に頑張る。医師として多くの人達と出会った。膝を擦りむいた子供がいた。身重の不安を取り除く助言もした。老いた労働者の為に滋養のある食べ物を作った。しつこくいいよる槍使いの兵士もいた。
様々な出会い。様々な治療。変わらない日常がここにあった。アイドーネウス様の管理の元、確かな平和がここにあった。
(何の不安もなくて犯罪もない。ああ、なんて素晴らしいの)
それがパノプティコン。全てをゆだねられる神の管理。皆が皆、平和と幸せを甘受できる国。
(ああ、でも……)
ここはきっと幸せだ。それだけは認めよう。だけど――
「おとうさんは、もういない」
胸が張り裂けそうな想い。認めるだけで目頭が熱くなる。医師0709――ステラ・モラルの父は既に他界している。お前を守ると言ったのに。父はもう、自分を守ってくれない。
「おとうさんも、おかあさんも、もういない。
ここは幸せなだけの、檻」
「幸せであることの何が悪い? 否定しなければ、目覚めずに済んだのに。不幸な現実に苦しむことはないのに」
聞こえてくる声には、確かに慈悲の心があった。ステラを助けようとするのではなく、ただ傷を見た医者がそれを癒そうとするかのような、そんな自分の行動理念に基づいた慈悲。
(おとうさんも、きっと、そうやって命を賭した。そうやって、誰かをたすけた)
「ここには悲劇はない。老いによる別れこそあるが、その哀しみさえも管理しよう。或いはその悲しみに耐えきれず自死するなら、その後処理もしよう」
「……そう。死は悲しいわ。生きる事は不安だらけで、不満や不平は世に満ちている。
でもそれは世界の一側面。ぐうたらでいい加減で約束を守ろうともしないヒトでも、それだけじゃないの」
父に言いたいことはたくさんあった。父と話したいことはたくさんあった。乳に居ぶつけたい怒りも、悲しみも、文句も、許せない事もあった。
だけどそれはただの一面だ。それ以外の面もある。ヘルメリアの戦いで自分を救ってくれた父親。その後も忙しい中何度も会いに来てた父親。……別れの言葉を告げず、ただ手紙を残した父親。
「そうね。おとうさんは決して聖人君子じゃなかった。仕事はサボってばかりで隙あらば女の子にちょっかいかける人だった。捨てられて、殺してやろうと思ったこともあった。
この感情は、ただ憎いだけじゃない。嬉しくて、悲しくて、そして言いようのない思い。幸せに満ちたものじゃないけど、なくなっていいモノじゃない」
この思いが消えてしまうのが幸せなら、そんな幸せはいらない。
この過去まで管理されてしまうのなら、そんな管理はいらない。
この気持ちこそが、ステラ・モラルが歩いていく原点なのだ。
「その道は辛い道だ。死者は蘇らない。心に空いた穴は埋まらない」
「ええ。でも何か別のモノで支えることができる」
「それが見つからないかもしれない」
「それでも歩く。貰うだけの怠惰な未来より、良い未来に繋げれるを知っているから」
あの日、掴んでくれた父の手を忘れない。もうその手を掴むことはできないけど――
「おとうさんのことがすきだったの。あいしていたの」
この気持ちだけは、誰にも管理されることのないステラだけの気持ち。
喪失と情熱の灯を宿し、甘く優しい管理から帰還する。
●労働0547――『望郷のミンネザング』キリ・カーレント(CL3000547)
「え……?」
労働0547――キリに割り当てられた労働は、墓地4133の管理だった。かつて存在したパノプティコンの管理から逃れた者達が集った村。パノプティコン兵はそこを焼き、一本の塔を建てた。炎は村全てを燃やし尽くし、大地には塩をまかれ、草の生えぬ更地となった。
「あ……ああああ……」
キリはその生き残り。燃える村から逃れ、なんとか生き延びたがパノプティコンから逃れられず、労働0547としてこの地に送られた。そこが最初、自分の村だとは思わなかった。あまりにも違う景観。あまりにも異なる大地。土筆の匂いはなく、そびえたつ塔のみが生活を漂わせる。
「0547――何をしている。労働しなくてはいけないぞ」
「アイドーネウス様のために働かなくては」
そしてそんなキリに話しかけてくるのはノウブルの男性とウサギのケモノビトの女性だ。国の方針に反してマザリモノの子供を産んだとして、二人の『労働』の加盟を背負ってこの地で労働に服していた。
「パパ……ママ……」
「ああ、なんという事だ。マザリモノを生んでしまうなんて。だが我々はアイドーネウス様に許された。神の管理に戻ることが出来た」
「働きましょう、0547。そうすることで私達はこの国にいる事が許されるのですから。プレールなんて場所にいた事を許されるのですから」
パパとママと呼んだ相手から告げられる言葉。神の管理を尊び、かつての故郷を汚す言葉。マザリモノを生んだこと――キリの存在を全否定され、労働に従事することでそれが許される。
マザリモノは子供を産めない。故に生物としては次代を残せないから終わっている。故にマザリモノは産んではならない。次につなげることが出来ない命には、労働力としてしか価値がない。
『プレールは焼かれた』
キリの心の中にある炎の光景。復讐者としての原点。それがある限り、キリはパノプティコンに従順しない。けしてこんな夢にのまれることはないと、分かっていたけど――
「わああああああああああああああああ!」
たとえこれが夢でも、たとえこれが幻覚でも。この光景はキリの心を大きく揺さぶった。プレールに対して強い思いを抱いていたからこそ、故郷は既になく両親は味方ではないという状況は堪えた。
――気が付けば、手には一本の裁ちバサミを持っていた。
――気が付けば、服は様々な人の血で濡れていた。
――気が付けば、パパとママだったものは躯となって地に伏していた。
「こんなことで取り込めるとは思っていませんでしたが、しかし想像以上に心を揺さぶれたようですね」
かけられた声には、聞き覚えがあった。髭を生やした金髪の男。この国のハイオラクル。王族1687。
「無駄とは思いますが、言っておきましょう。神の管理に従えば、その気持ちも管理されて穏やかになります。何もかもを忘れるか、あるいはその両親以上の優しさに包まれることができるでしょう」
「だとしても、そんなのはキリじゃない!」
「でしょうな。失われたモノを求めて歩き続ける事こそがアナタの原点。喪失は戻らないと分かっているからこそ、誰かに何かを失わせたくない。アナタが見せる他人への優しさの本質はそれ。失いたくないだけの臆病な守り手。
アナタは復讐者。何も得るものはないと分かっていても、それでも進まないと自分が死んでしまうと自らにかけた呪い。それが足を動かす力なのです」
激情に任せて、目の前の王族1687に切りかかるキリ。裁ちばさみは王の喉笛を裂き、切り裂かれた王族は溶けるように消えていく。
手ごたえはない。これが夢だという事は解っている。
だから本当に倒すなら現実に戻ってからだ。自分の村を焼いたあの男を。この国を。その全てに復讐を果たし――
『アナタはただの復讐者。何も得るものはないと分かっていても、それでも進まないと自分が死んでしまうと自らにかけた呪い。それが足を動かす力なのです』
――その果てに、キリは何を見るのだろうか?
●労働0638――ノーヴェ・キャトル(CL3000638)
目を覚ませば見慣れた天井。起床して服を着替え、労働に従事する。
昨日は区画の掃除だった。今日は荷物持ちだ。パノプティコンにおいてマザリモノの地位は低い。日々変わる労働。楽とは言えない力仕事や、皆が嫌う場所の清掃などだ。労働0638は何も言わずに黙々とそれをこなしていた。
労働は厳しい。だけどこれを行わないと生きていけない。逃げ出すことはできない。逃げようという気持ちも起きないし、逃げたところでどうなるかもわからない。先の見えない暗闇に進むよりも、まだ辛いと分かっている灯のほうが楽だ。死ぬかもしれない賭けよりも、まだ生きている辛い未来。後者を選ぶのは、当然だ。
労働の中、遠くから聞こえる歓声を聞く。王の帰還。自分とは関係のない遠い存在。労働0638はそちらを見る。インディオと呼ばれる部族の羽根を身に着けた女性。王族1734とナンバリングされた彼女。
「……アナ」
口から洩れる小さな単語。その言葉の意味を労働0638は知らない。だが、彼女はそう呼ぶべきだと何故か思った。王族1734ではない名前。そう呼称しなければならない。何故? だってそれが彼女の名前だから。私がそう呼ぶと決めたから――
「……セーイ」
水に映る自分の顔。それを見て労働0638はそう呟いた。自分とよく似た存在。共に歩み、共に進んできた存在。忘れる事なんてできない。その名前は――セーイ・キャトルの名前はノーヴェ・キャトルにとって無二の存在なのだから。
「ありがと……。忘れる所、だった」
思い出す。イ・ラプセルの事を。自由騎士のことを。これまでのことを。そうだ。忘れてはいけない。自分がやらなければならない事を。この夢から覚めて、そして――
「アナ……」
遠くを進む王族1734を見る。皆の注目を浴びながら、同時に誰とも手を取り合わない彼女。王として部下に采配を下師はするが、彼女自身は誰とも歩まない。
パノプティコンの王族としては異端だ。パノプティコンに対抗したインディオの娘。能力を買われてはいるが、その本質はインディオと言う民族を守るために動いている。
インディオの娘としては異端だ。部族を守るためとはいえ、パノプティコンに下った彼女。その事情を知らぬ者からすれば部族に対する裏切り者だ。
イ・ラプセルでもその扱いは特殊と言えよう。国民管理機構により情報を奪われることを恐れて、光や音さえも遮断した状態で監禁されている。
元反抗勢力、裏切り者、情報漏洩防止。ありとあらゆる環境が彼女を孤立させる。
最大の不幸は、彼女がそれに耐えうるほど強い存在だったという事だ。弱音を吐かず、それを受け止め、心折れぬ程の強さを持っている事だ。体と心は削れているのに、それでも折れずに立てる強さを持っていたことだ。
それは雨風に対して傘を差すのではなく、それを当然と受け止めて歩くのに等しい。誰もそれに手を貸さず、誰もそれを助けようともしない。彼女なら大丈夫だと判断し、彼女自身も大丈夫だと判断して。
「……アナは、昔の、私……」
ノーヴェは自由騎士になった時、誰もいなかった。
だけど共に自由騎士になったセーイがいた。自由騎士の仲間がいた。パノプティコンの戦いでインディオのアタパカに出会い、マイナスナンバーに出会った。多くの人と出会い、多くの人の手を取った。
「ざわざわ……ふわふわ……つめたい……あたたかい……かなしい……うれしい……。沢山の、ざわめき。
私……は……沢山、になって……か、ら……生まれたの、が……うれしい、になった……」
ノーヴェは他人と繋がって、多くの感情を知った。多くの人の想いを知った。多くの喜びを知った。
王族1734は強い。だけど強いという事と幸せと言う事は違う。強いという事と、弱い者の犠牲になるという事はきっと違う。
誰かの盾にな蝋とがんばるのはいい。だけどそれは一人である必要はないはずだ。
「皆で……皆を、守ろう……」
ノーヴェは手を差し出す。
その手が掴む未来は――
●夢の終わりに
時間にすれば一刻にも満たない時間。現実への覚醒も、夢と同じく一瞬。
だけど確かにその夢はあった。それを夢だと割り切るのも、王族1734を通して経験したパノプティコンと受け取るのも見たものの自由。
管理により民を守る国と、自由により国民を歩ませる国。
二国の決着が付く日は、間近――
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
『その手が掴む未来は』
取得者: ノーヴェ・キャトル(CL3000638)
『喪失を恐れる復讐者』
取得者: キリ・カーレント(CL3000547)
『おとうさんもおかあさんも、いない』
取得者: ステラ・モラル(CL3000709)
『自由の意味と責任と』
取得者: カノン・イスルギ(CL3000025)
『自由の意味と責任と』
取得者: アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)
『全ての人を救うために』
取得者: アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)
『奪った命を握りしめ』
取得者: セアラ・ラングフォード(CL3000634)
取得者: ノーヴェ・キャトル(CL3000638)
『喪失を恐れる復讐者』
取得者: キリ・カーレント(CL3000547)
『おとうさんもおかあさんも、いない』
取得者: ステラ・モラル(CL3000709)
『自由の意味と責任と』
取得者: カノン・イスルギ(CL3000025)
『自由の意味と責任と』
取得者: アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)
『全ての人を救うために』
取得者: アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)
『奪った命を握りしめ』
取得者: セアラ・ラングフォード(CL3000634)
†あとがき†
どくどくです。
判定の基準は『そのキャラらしいか否か』を中心に行いました。
「自由が一番だ」「管理イクナイ」ではなく「私はこういうキャラで、だからそれは駄目だ」がキャラらしいか否かです。
それに活性化しているスキルでの修正を加えています。
管理と自由。
未来を定めるギアと、未来を変える為のギア。
パノプティコンと、イ・ラプセルは対になるようなコンセプトを意識しました。
なのでPCを管理の枠にはめるのは全くのエキストラなシナリオ。
自由の意志を持ち、管理の揺り籠を破壊してください。
まあ、プレイングによってはがっつり管理国家の思想に取り込んで決戦で悪用させてもらう予定でしたが。(舌打ち
判定の基準は『そのキャラらしいか否か』を中心に行いました。
「自由が一番だ」「管理イクナイ」ではなく「私はこういうキャラで、だからそれは駄目だ」がキャラらしいか否かです。
それに活性化しているスキルでの修正を加えています。
管理と自由。
未来を定めるギアと、未来を変える為のギア。
パノプティコンと、イ・ラプセルは対になるようなコンセプトを意識しました。
なのでPCを管理の枠にはめるのは全くのエキストラなシナリオ。
自由の意志を持ち、管理の揺り籠を破壊してください。
まあ、プレイングによってはがっつり管理国家の思想に取り込んで決戦で悪用させてもらう予定でしたが。(舌打ち
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