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【水機激突】あなたに捧ぐいちばんぼし

●
「もー、お父さんはしかたないわね。またフラれたの?」
「――」
「そうやって、いつもフラフラしてるから……」
「――」
「言い訳なんてきかないから――ほんとうに仕方ないお父さんね。仕方ないから――」
●
なんて気持ちの悪い夢を見たのだろう。
胃がムカムカする。
自分で切り落とした腕の指先がズキズキする。或るはずもないのに。
あの日――ネッド様の死を告げられたあの日――私は腕を切り落とした。
この痛みはネッド様を失った痛みだと思うと何故か愛おしくすら感じた。
人機融合研究所『クラムジー』に私は足を運ぶ。亜人が最も厭うだろう場所。壊れた亜人が行き着く場所。
兵站軍が作られる場所。
もちろん自ら望んで機械を身に宿すものもいる。正直正気の沙汰ではないと思う。
――まあ私もその一人になるのだけれど。
ネッド様が居ない今、私に正気なんていらない。狂気の向こうにいけばネッド様を失ったことだってわからなくなるだろう。
それでいい。それでいいんだ。
そして私が本当に壊れるまでの間、自由騎士たちを殺してやる。
一人でも多く。
私はクラムジーの禍々しいドアを開ける。
そこには――。
「やあ、ステラ・モラル、可愛い顔がだいなしじゃないか。そんな顔は君には似合わないよ」
「ヘルメス……様?」
「ほしいんだろう? 機械の体。いいよ、僕があげる。君だけの体を」
そこから先は覚えていない。
今や私の右腕は禍々しい機械。動かすたびにどこからか蒸気の音がする。
ありがとうございます! ヘルメス様。 私は、私は、私は。
この右腕でイ・ラプセルの自由騎士たちを殺せる。
あいつを――ニコラス・モラルを殺すことができる。
――! ――!!
なぜだか今日はやけに、汽笛の音が耳ざわりだった。
●
「みんな、集まってくれてありがとう。ロンディアナから蒸気王が出陣したことは知ってるよね?
うん……ヘルメリアとの戦争が最終局面に入ったってことだよ」
『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は真剣な顔で手元のメモを握りしめる。無事で帰ってこれる保証などは何処にもない。自分が送り込む戦場はそんな戦場(ばしょ)だ。
プラロークである自分は彼らを送り込む以上責任がある。だから水鏡を精査して情報はまとめた。解る範囲の情報はすべて詰め込んだ。それくらいしか自分にはできない。
「みんなに行ってもらうのは、ロンディアナ南で衝突した戦場――既に開戦した戦場だよ」
あなた達はクラウディアの言葉にうなずく。
「国防騎士団のみんなは多少は消耗してるから入れ替わる形になるかもしれないね。対するは歯車騎士団。オラクルの司令官はいるけれど、それほど強いわけではないと思う」
ならば何故手伝いを? と問い返す。
「あのね、来るの」
クラウディアが泣きそうな顔になる。
「ステラさん。ステラ・モラルさん。ニコラスさんの、娘さんだよ。
彼女ね、腕が……機械だった」
演算室がしんと静まり返る。当然だ。一般的に亜人が機械――カタフラクト――を装着できるはずがない。
しかしどういうわけか、ヘルメリアではそれが可能なのだ。
神ヘルメスの権能と推測されるそれは、亜人でも失った手足を得ることができるなどという夢の権能ではない。
カタフラクトを装着させられた亜人は不可逆の呪いをその体に刻み込まれる。
メンテナンスを怠れば死。それを脅迫とし、壊れた亜人を再利用し使い捨てる、非人道的なそれ。
ごくりと、誰かがつばを飲み込む音がやけに響いた。
「それに、変なの。演算によると、彼女『歯車騎士団も攻撃してる』の。
ステラさんが誰かを殺すたびにどんどん強くなっていって――最終的全滅しちゃう未来を水鏡が演算したの――
国防騎士団も、歯車騎士団も、みんなみんな」
だから「手伝い」かとあなた達は理解する。
よっぽどひどい結果を見たのだろう。クラウディアは体を震わせている。
「だからお願い、みんなを助けてあげて!!!」
「みんな」を助けろ。クラウディアはどれだけ自分が無理難題を自由騎士たちに投げかけているのかはわかっている。
ちいさなかなしいおんなのこもたすけてあげて。そう小さく口にした言葉は誰にもきこえない。
●
「仕方ないお父さんのために、私が大きくなったら、お嫁さんになってあげてもいいわ。
だからね、お父さん。
――わたしが困ったときには必ずたすけてね」
「もー、お父さんはしかたないわね。またフラれたの?」
「――」
「そうやって、いつもフラフラしてるから……」
「――」
「言い訳なんてきかないから――ほんとうに仕方ないお父さんね。仕方ないから――」
●
なんて気持ちの悪い夢を見たのだろう。
胃がムカムカする。
自分で切り落とした腕の指先がズキズキする。或るはずもないのに。
あの日――ネッド様の死を告げられたあの日――私は腕を切り落とした。
この痛みはネッド様を失った痛みだと思うと何故か愛おしくすら感じた。
人機融合研究所『クラムジー』に私は足を運ぶ。亜人が最も厭うだろう場所。壊れた亜人が行き着く場所。
兵站軍が作られる場所。
もちろん自ら望んで機械を身に宿すものもいる。正直正気の沙汰ではないと思う。
――まあ私もその一人になるのだけれど。
ネッド様が居ない今、私に正気なんていらない。狂気の向こうにいけばネッド様を失ったことだってわからなくなるだろう。
それでいい。それでいいんだ。
そして私が本当に壊れるまでの間、自由騎士たちを殺してやる。
一人でも多く。
私はクラムジーの禍々しいドアを開ける。
そこには――。
「やあ、ステラ・モラル、可愛い顔がだいなしじゃないか。そんな顔は君には似合わないよ」
「ヘルメス……様?」
「ほしいんだろう? 機械の体。いいよ、僕があげる。君だけの体を」
そこから先は覚えていない。
今や私の右腕は禍々しい機械。動かすたびにどこからか蒸気の音がする。
ありがとうございます! ヘルメス様。 私は、私は、私は。
この右腕でイ・ラプセルの自由騎士たちを殺せる。
あいつを――ニコラス・モラルを殺すことができる。
――! ――!!
なぜだか今日はやけに、汽笛の音が耳ざわりだった。
●
「みんな、集まってくれてありがとう。ロンディアナから蒸気王が出陣したことは知ってるよね?
うん……ヘルメリアとの戦争が最終局面に入ったってことだよ」
『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)は真剣な顔で手元のメモを握りしめる。無事で帰ってこれる保証などは何処にもない。自分が送り込む戦場はそんな戦場(ばしょ)だ。
プラロークである自分は彼らを送り込む以上責任がある。だから水鏡を精査して情報はまとめた。解る範囲の情報はすべて詰め込んだ。それくらいしか自分にはできない。
「みんなに行ってもらうのは、ロンディアナ南で衝突した戦場――既に開戦した戦場だよ」
あなた達はクラウディアの言葉にうなずく。
「国防騎士団のみんなは多少は消耗してるから入れ替わる形になるかもしれないね。対するは歯車騎士団。オラクルの司令官はいるけれど、それほど強いわけではないと思う」
ならば何故手伝いを? と問い返す。
「あのね、来るの」
クラウディアが泣きそうな顔になる。
「ステラさん。ステラ・モラルさん。ニコラスさんの、娘さんだよ。
彼女ね、腕が……機械だった」
演算室がしんと静まり返る。当然だ。一般的に亜人が機械――カタフラクト――を装着できるはずがない。
しかしどういうわけか、ヘルメリアではそれが可能なのだ。
神ヘルメスの権能と推測されるそれは、亜人でも失った手足を得ることができるなどという夢の権能ではない。
カタフラクトを装着させられた亜人は不可逆の呪いをその体に刻み込まれる。
メンテナンスを怠れば死。それを脅迫とし、壊れた亜人を再利用し使い捨てる、非人道的なそれ。
ごくりと、誰かがつばを飲み込む音がやけに響いた。
「それに、変なの。演算によると、彼女『歯車騎士団も攻撃してる』の。
ステラさんが誰かを殺すたびにどんどん強くなっていって――最終的全滅しちゃう未来を水鏡が演算したの――
国防騎士団も、歯車騎士団も、みんなみんな」
だから「手伝い」かとあなた達は理解する。
よっぽどひどい結果を見たのだろう。クラウディアは体を震わせている。
「だからお願い、みんなを助けてあげて!!!」
「みんな」を助けろ。クラウディアはどれだけ自分が無理難題を自由騎士たちに投げかけているのかはわかっている。
ちいさなかなしいおんなのこもたすけてあげて。そう小さく口にした言葉は誰にもきこえない。
●
「仕方ないお父さんのために、私が大きくなったら、お嫁さんになってあげてもいいわ。
だからね、お父さん。
――わたしが困ったときには必ずたすけてね」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.敵味方問わず兵士をステラ・モラルに20人以上殺されない
2.ステラ・モラルの対処
2.ステラ・モラルの対処
ねこたぢまです。
ニコラス・モラルさん(CL3000453) の関係者であるステラ・モラルが登場していますが、該当者に参加を強制するものではありません。また、優先参加権もありません。
いちばんぼしはだれのためにかがやくの?
ステラさん最終戦です。どのような結果でも問題ありません。
フィールド
煤煙る灰色の空の荒野です。
時間は昼。
足元はそれほど悪くはありません。
イ・ラプセル国防騎士団20名と歯車騎士団20名が戦闘中です。
あなた方がたどり着くのは戦端が開かれて少し後です。
その5ターン後に下記ステラ・モラルが戦場に現れます。
彼女の対応をお願いします。生死は問いません。この戦場を終わらせてください。
■友軍
イ・ラプセル国防騎士団。
多少のダメージを負っています。
20名の内訳は
防御タンク5名
軽戦士2名
重戦士3名
格闘2名
ガンナー3名
魔道士2名
ヒーラー3名
基本的に自由騎士の言うことは聞きます。ランク2までのスキルを使います。それほど強くはありません。
知己設定を作ってもかまいません。退けと言えば退きます。(一度退かせたら戦場にはもどりません)
■エピとムサシ■
指示があれば【アーウィン/ムサシマル指示】の最新発言を参照します。
なければないで適当に一生懸命戦います。
ふたりともランク2スキルつかえます。
■敵軍■
歯車騎士団
多少のダメージは入っています。蒸気騎士は魔導耐性スキルを使用しています。
前衛に3人の蒸気騎士、後衛に7人の蒸気騎士。(指揮官は後衛です)
兵站軍のヒーラーが3人。残り7人は兵站兵の前衛向バトルスタイルのものが肉壁扱いにされています。
ミズヒトも混じっています。
ランク2までのスキルを使います。
難易度は相当高いですが、ステラを倒すために共闘を持ちかければ乗るかもしれません。ただし、言うことは聞きませんし、彼らがステラを倒せば、イブリース化はとけません。
ステラを倒した後は総力戦を仕掛けてきます。
彼らは、ステラの情報は持っていません。
ステラ・モラル
金髪が美しいミズヒトのキジン化した女性です。年齢は23歳。フェンサー。
碧眼は父親譲りになります。かなりの美人さんです。
『教育』によって強靱な戦士になりました。かなり強いです。
フェンサーのランク3のスキルまで使用することができます。
価値があるものはヘルメスとネッド・ラッド(どくどくSTNPC)のみ。
今はその大切なものが一つ失われました。もうひとつの大切なものから戦う力をもらいました。
肥大化したバランスの悪い腕をふるい戦います。彼女はメンテナンスを受けていません。残りの寿命はそれほどありません。
憎しみによりイブリース化しているようです。女神権能を使い、戦闘不能にすればイブリース化はとけます。
イブリース化することで前回よりかなり強くなり、敵味方関係なくその場の全てを殺そうとします。
全てを殺し終えたら次の戦場に向かうでしょう。
通常攻撃は高火力の範囲攻撃。ミズヒト特攻あります。
異形化した機械の腕から水の槍を射出して全体攻撃もできます。
彼女の攻撃により死亡したものが居た場合、火力と防御力が上がっていきます。敵味方問わず10名殺されると防御無視攻撃しか通用しなくなります。
魔導攻撃は半減したものになります。
20名殺された場合には防御無視攻撃でも半減。魔導攻撃は1/4のダメージになります。
自由騎士が戦闘不能にした敵軍兵に止めをさすことはありません。
EX:ルストコリエンテ 魔導/遠距離/範囲 イブリース化することで範囲攻撃になりました。
自らの武器に水流を纏わせて放ちます。その水流が武器に接触すると素材に関わらず魔法的に錆びて
攻撃力が大きく減少します。
【ウィーク3】ミズヒトに対してのダメージが+20%されます。使うごとにある程度の体力が消耗されます。
----------------------------------------------------------------------
フィールド効果:エイト・ポーン
プロメテウス/フォースから射出された広域殲滅兵器です。戦場全てに特殊な音を発し、敵兵の動きを阻害します。
イ・ラプセル軍のキャラは、FBが毎ターン1ずつ増加していきます。
----------------------------------------------------------------------
「この共通タグ【水機激突】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【水機激突】Unbeatable! 無敵の蒸気兵団!』に軍勢が雪崩れ込みます」
ニコラス・モラルさん(CL3000453) の関係者であるステラ・モラルが登場していますが、該当者に参加を強制するものではありません。また、優先参加権もありません。
いちばんぼしはだれのためにかがやくの?
ステラさん最終戦です。どのような結果でも問題ありません。
フィールド
煤煙る灰色の空の荒野です。
時間は昼。
足元はそれほど悪くはありません。
イ・ラプセル国防騎士団20名と歯車騎士団20名が戦闘中です。
あなた方がたどり着くのは戦端が開かれて少し後です。
その5ターン後に下記ステラ・モラルが戦場に現れます。
彼女の対応をお願いします。生死は問いません。この戦場を終わらせてください。
■友軍
イ・ラプセル国防騎士団。
多少のダメージを負っています。
20名の内訳は
防御タンク5名
軽戦士2名
重戦士3名
格闘2名
ガンナー3名
魔道士2名
ヒーラー3名
基本的に自由騎士の言うことは聞きます。ランク2までのスキルを使います。それほど強くはありません。
知己設定を作ってもかまいません。退けと言えば退きます。(一度退かせたら戦場にはもどりません)
■エピとムサシ■
指示があれば【アーウィン/ムサシマル指示】の最新発言を参照します。
なければないで適当に一生懸命戦います。
ふたりともランク2スキルつかえます。
■敵軍■
歯車騎士団
多少のダメージは入っています。蒸気騎士は魔導耐性スキルを使用しています。
前衛に3人の蒸気騎士、後衛に7人の蒸気騎士。(指揮官は後衛です)
兵站軍のヒーラーが3人。残り7人は兵站兵の前衛向バトルスタイルのものが肉壁扱いにされています。
ミズヒトも混じっています。
ランク2までのスキルを使います。
難易度は相当高いですが、ステラを倒すために共闘を持ちかければ乗るかもしれません。ただし、言うことは聞きませんし、彼らがステラを倒せば、イブリース化はとけません。
ステラを倒した後は総力戦を仕掛けてきます。
彼らは、ステラの情報は持っていません。
ステラ・モラル
金髪が美しいミズヒトのキジン化した女性です。年齢は23歳。フェンサー。
碧眼は父親譲りになります。かなりの美人さんです。
『教育』によって強靱な戦士になりました。かなり強いです。
フェンサーのランク3のスキルまで使用することができます。
価値があるものはヘルメスとネッド・ラッド(どくどくSTNPC)のみ。
今はその大切なものが一つ失われました。もうひとつの大切なものから戦う力をもらいました。
肥大化したバランスの悪い腕をふるい戦います。彼女はメンテナンスを受けていません。残りの寿命はそれほどありません。
憎しみによりイブリース化しているようです。女神権能を使い、戦闘不能にすればイブリース化はとけます。
イブリース化することで前回よりかなり強くなり、敵味方関係なくその場の全てを殺そうとします。
全てを殺し終えたら次の戦場に向かうでしょう。
通常攻撃は高火力の範囲攻撃。ミズヒト特攻あります。
異形化した機械の腕から水の槍を射出して全体攻撃もできます。
彼女の攻撃により死亡したものが居た場合、火力と防御力が上がっていきます。敵味方問わず10名殺されると防御無視攻撃しか通用しなくなります。
魔導攻撃は半減したものになります。
20名殺された場合には防御無視攻撃でも半減。魔導攻撃は1/4のダメージになります。
自由騎士が戦闘不能にした敵軍兵に止めをさすことはありません。
EX:ルストコリエンテ 魔導/遠距離/範囲 イブリース化することで範囲攻撃になりました。
自らの武器に水流を纏わせて放ちます。その水流が武器に接触すると素材に関わらず魔法的に錆びて
攻撃力が大きく減少します。
【ウィーク3】ミズヒトに対してのダメージが+20%されます。使うごとにある程度の体力が消耗されます。
----------------------------------------------------------------------
フィールド効果:エイト・ポーン
プロメテウス/フォースから射出された広域殲滅兵器です。戦場全てに特殊な音を発し、敵兵の動きを阻害します。
イ・ラプセル軍のキャラは、FBが毎ターン1ずつ増加していきます。
----------------------------------------------------------------------
「この共通タグ【水機激突】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【水機激突】Unbeatable! 無敵の蒸気兵団!』に軍勢が雪崩れ込みます」
状態
完了
完了
報酬マテリア
3個
7個
3個
3個




参加費
150LP [予約時+50LP]
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2020年02月01日
2020年02月01日
†メイン参加者 8人†
●いちばんぼしはだれのため?
懐かしい夢をみた。本当に懐かしい夢で鼻がツンと痛み、涙がこぼれそうになる。
しかし、そんな権利など自分には無い。彼女がそうなったのは誰でもない。自分自身の所為だ。
臆病だった男が犯した、間違いは時間を超えて自らに降りかかる。
煤煙る灰色の空は今にも堕ちてきそうな程に重い。
不毛の荒野に剣戟が響く。
自由騎士たちは走る。
クラウディアから聞かされた未来。そんな未来を起こすわけにはいかないと――。
しかし、彼らの胸のうちにあるのはそれだけではない。
(「ニコラスとステラ」……彼等は親子だ……。血の繋がりのある「家族」というもの)
それは『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)にとっては憧れだ。多くのマザリモノは家族という関係に飢えている。
彼らは自らの子孫を産むことは不可能だ。故にマザリモノであるマグノリアも同じく「家族」というその経験を得ることはこの先も無いだろう。だけれども――。
だけれども、だ。
自分じゃない他の「家族」というその片鱗に触れることができるのであれば、なにかわかるかもしれない。「繋がり」という果実に触れることができるかもしれない。
ともすれば「家族」という関係を「共有」することができるかもしれない。
それはきっと烏滸がましくも浅ましい思いだろう。それでも――。
(おとうさんと、こども……)
双子の兄妹に読んでもらった絵本で知った。それはあたたかいものであると。
だけれども、おとうさんであるニコラスとこどもであるステラの関係はあたたかいものには思えない。
それがどうしてかわからなくて、ノーヴェ・キャトル(CL3000638)は困惑する。
でもひとつだけわかる。
ステラにヒトを殺させてはいけない。そうしたらきっとステラはつめたくなってしまうだろうから。
(神ってのはどいつもこいつも悪趣味だぜ。……アクアディーネ様はどうか知らんがな。胸も大きいし可愛いしもしかしたら悪趣味じゃないかもしれない、うん)
『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)は隊の戦闘を走る『罰はその命を以って』ニコラス・モラル(CL3000453)の背中を見つめる。
何度か躓いているところを見ると見た目ほどに冷静ではないのだと思うが、それを指摘するほどオルパは野暮ではない。
亜人のキジン化。ヨウセイであるオルパにとってはキジン自体得体のしれないものではあるが、キジンになることのできない亜人を無理やりアジン化するというそれが唾棄するようなことであるということは知っている。
それに――。
(美人に対するこの仕打!! 美人の敵は俺の敵だ! ヘルメスを討つ理由ができたってもんだ)
船の上でみたあのミズヒトの女は目が覚めるほどに美しかった。そんな美人が失われることがあってはいけない。そして、父娘が最後には分かり合うことができたらいいと思う。――もちろん最後になんてさせたくはないが。
(どうして、なぜ、そんな事嘆いていても仕方が無いのに。これ以上彼女を傷つけたくないのに……。
分かっているのに躊躇う私はなんて弱いんだろう)
『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は走りながら唇を噛む。
見せられた演算装置の画像――全滅した両軍の兵士の困惑の顔が脳裏に浮かぶ。歯車騎士団は間違いなく敵だ。
だけれどもあんな無残な死に方でいいはずが無い。
ステラだってイブリース化のままでいていいはずがない。最低限ステラの浄化はしてみせるとアンネリーザは誓う。
「皆さん!! 助太刀に来ました! 私の指示に従ってください!」
『アリア中隊のおかあさん』アリア・セレスティ(CL3000222)は見知ったアリア中隊の騎士たちに声をかける。
「アリア隊長! 自由騎士のみなさん。ここは我々でなんとかできます。あなた方はロンディアナの王城に向かって――」
「演算装置が未来を告げました」
イ・ラプセルの騎士にとって水鏡階差演算装置という言葉の意味は重い。告げられた未来がこの場に自由騎士たちを動員せざるを得ない事態に発展していくということなのだろうとすぐに察する。
「わかりました。隊長、ご指示を」
国防騎士たちは自由騎士に指示を仰ぐ。
「ふふ、まるで本の中の騎士様が現れたとおもいました。それであれば、白馬にのっていてほしくはあったのですが、まあ及第点としましょう」
「レイリアさん、貴方も居らっしゃったんですね、良かった、無事で」
国防騎士たちの中に知己であるレイリア・パーソンの姿を認めた『真なる騎士の路』アダム・クランプトン(CL3000185)はホッとするとともにからかうようなレイリアの言葉に苦笑する。
それはまさに自らが子供の頃から憧れていた騎士の姿だろう。だけれども彼はもう子供ではない。
現実はお伽話(フェアリーテイル)のようにはならないことは知っている。けれど少しだけレイリアの言葉に救われた気がした。
ならば。自分は少女の願いを騎士として叶えなくてはいけない。「みんなをたすけて」なんていう無茶な少女の願いを叶え、「悲しい小さな少女」であるステラを救わなければならない。
それができなくて何が騎士か!
「アーウィン、ムサシマル、付いて来い。この戦場を終わらせるぞ」
「合点承知!」
「わかった、まずは歯車の野郎どもだな」
『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)の呼びかけに『一刀両断』ムサシマル・ハセ倉(nCL3000011)とアーウィン・エピ(nCL3000022)が応える。
「ムサシマルはフェンサーだろ? ステラより速く気張れよ。後で飴1個奢ってやるから」
やる気まんまんのムサシマルにニコラスが声をかけた。
「はあ? 拙者が飴玉一個で動かせる女だとおもうでござるか?????」
「飴玉10個でどうだ?」
「合点!!!! 承知!!!!」
ムサシマルはテンションをあげて自らの内に働きかけて速度を上げる。
「それでいいんだ……」
アンネリーザが半眼で呟いた。
「我が名はイ・ラプセル騎士アダム・クランプトン!
誇り持つ者ならば名乗られよ!
誇り無き者は即刻この場を立ち去るが良い!」
アダムの名乗りあげに戦場は跳ねる。
自由騎士たちの介入により、戦場はイ・ラプセル有利に傾くが油断はできない。
演算装置で予測された未来――ステラ・モラルがこの場に来るまであと50秒。
アリアは手早くアリア隊の副隊長に作戦を伝える。多少不満そうな顔をされたが、しかたない。彼らもまたイ・ラプセルを守るために戦っているのだ。撤退という指示には思うことがあるのだろう。それでも国防騎士たちはその作戦を了解する。
「残りの時間、もう少し力を貸してください」
アリアがトリコロールのステップを踏み騎士たちを鼓舞すれば彼らは頷く。アンネリーザはアリアの指揮をフォローしながらヘッドショットを放つ。
マグノリアは浮足立つ歯車騎士団にむけ大渦海域のステップで足止めをする。その隙を縫うように、ノーヴェが飛び出し、カタールとカランビットを振るいながらワルツのステップで斬り込んだ。
「助かります!」
国防騎士がその支援攻撃に礼をいい、ノーヴェを守るような位置に移動する。
もとより国防騎士団と自由騎士団の関係性は良好だ。即席の隊であっても連携にずれはない。
「危ない! レイリアさんっ!」
アダムがレイリアを敵の攻撃から防御する。
「ふふ、隊長、前よりかっこよくなりましたね」
「へ、へんな事言わないでくださいっ!」
「本心なのに」
「美人を守るああいうの、俺がやりたかった……!」
レイリアを守るアダムを見ながらオルパが心底悔しそうに呟きながら、エコーズを放つ。
自由騎士たちはステラが現れるまでの数十秒の間少しでも多くの歯車騎士たちを無力化するために己が力を振るう。
一人、ミズヒトの兵站軍が倒れた。
その姿を自分に重ねたのか、ニコラスが傷つく騎士たちを回復させながら震える。
そうだ。怖いのだ。ニコラスは。
自分の娘が。愛するものを奪った自分を彼女はどんな目でみるのか。それが怖い。
(絶対に……! 誰も死なせないっ!)
アンネリーザは誓いをもう一度心のなかで反芻しながら上空から銃を構える。上空にいるせいかいつもより狙われているのは否めないが少しでも早くステラを認識するためには地上に降りるわけにはいかない。
「相性悪いよね……」
兵站軍はともかく、魔導防御を固めた蒸気騎士はマグノリアにとっては天敵のようなものだ。ならば――。
アンチトキシスで前衛が十全にスキルを使用できるように務めるのが自分の役目だ。
「ムサシマル、出過ぎだ、下がれ」
「ほいさ」
一歩下がるムサシマルと入れ替わるようにアデルが前に出て、数人の兵站軍を巻き込みながらオーバーブラストを放つ。
「流石だな」
「脇役なりに、やるべきことは多いからな」
「脇役ね。そのとおりだ。いいバイスタンダーがいてこその主役だ」
言ってアーウィンとアデルが不敵に笑む。アデルの場合は正確には笑んだ気がしただけではあるが。
口には出さなくても仲間はみな父と娘の「その先」を望んでいるのだ。
「みえた……、くる、あっち……」
ノーヴェの視界が二重写しになって少し先の未来を映す。大きな異形の腕をもったミズヒトの女が戦場で暴れ始めている。
「ああ、アンネリーザ!!」
同じくエネミーサーチで敵性存在を感知したアデルがうなずき、アンネリーザに肉眼での視認を要求した。
「いたわ! 時間よ! アリア」
「了解です。みなさん、ひいてください。あとは私達に任せてください」
アンネリーザの合図にアリアは国防騎士たちに指示を出す。
「隊長、ご武運を」
「はい、もちろん」
アリアの大渦海域のタンゴを合図に、国防騎士たちは撤退していく。多少の怪我を負っているものはいるが20人全員が無事なことにアリアはホッとする。対して、敵軍は兵站軍に何人か戦闘不能者が出ている。
しかして、本当の戦いはここからだ。
歯車騎士団たちは有利にことを進めているはずのイ・ラプセルの騎士たちの突然の撤退に訝しげな顔をする。
「あなた達も逃げて!! 今なら間に合う!」
アンネリーザは祈りを込めて叫ぶ。さりとて歯車騎士団は王都を背にしているのだ。逃げることはできないことくらいわかっている。
それでも叫ばずにはいられなかったのだ。
その言葉に気をとられた歯車騎士が横合いから飛び込んできた異形の腕を持つ人影に貫かれた。
「っ……っ!」
敵も味方もイブリース化したら関係ないなど理解していたが、いざその状況を目にしたアンネリーザは言葉をつまらせる。
「きさ…、ま。確か……ネッド様の……どういう、こと……だ? お前、イブリースに……?」
貫かれた歯車騎士がステラを認め困惑の声を上げた。
「ネッド様? いない、ないないない、ああ、ああ、いない、いない」
浅黒い瘴気を出しながらステラは狂ったように異形の腕に貫いた兵士を振り回す。
「おおっと、暴れん坊な美人さんだなあ」
オルパは一筋の汗を垂らしながら、スクリプチャーを使うべき相手を探る。アリアとアンネリーザの二人が適しているだろうか?
「ニコラス……」
「……、……」
マグノリアとノーヴェが心配そうに後衛のニコラスを振り返る。ニコラスは大丈夫だ、と手をあげ合図する。
(クラウディア、ちゃんと聞こえたから)
アリアは「ちいさなかなしいおんなのこもたすけてあげて」とつぶやいたクラウディアの言葉を聞き漏らしてはいなかった。
彼女の立場上ステラ・モラルを助けてなんて言えるはずがないのだ。友のそんな優しい祈りはとても尊いとおもう。
そして敵同士として娘と対峙することになった仲間の思い。
「遅くなってごめんな、ステラ」
低いニコラスの声は不思議と騒々しいこの戦場でもよく通った。
(私の親も、もし生きているなら、いつか逢えるのかな?)
アリアの胸中が郷愁の思いで埋まる。でも今は――。この悲しい親子を見届けたい。強く強くそう思う。
「ニコラス、ニコラス、ニコラス、モラルゥウウウ!!」
その声に反応したステラは歯車騎士団の死骸を腕から払い除け、ニコラスに向かって走り出す。
可愛かったころの面影はないその憎しみに染まった顔にニコラスは心をえぐられる。こんな風にしたのは自分だ。
娘の愛するものを奪ったのは自分だ。だが、後悔などはしていない。
「させないよ!」
その親子の間に飛び込んでくるのはアダムだ。決してこの親子の行末を不幸なものにするつもりはない。
「イ・ラプセルが自由騎士、アダム・クランプトンだ! その憎しみで膨れ上がった醜き腕で壊せるものならば我が剣を折ってみせるが良い!」
ガキンと鋭い金属音と火花をたてて、アダムの炸薬式蒸気鎧装が異形の腕を止める。
「じゃま、するの?」
「はい、そのとおりです。貴方を浄化します」
同じく前に出るのは、アリアだ。
「邪魔しないでぇ!!!」
吹き上がる水流が、アダムとアリアを飲み込んでいく。
アダムとアリアの武器がビキビキと音をたてみるみるうちに劣化する。
ニコラスとマグノリアが慌てて二人のダメージを回復させると目配せをしあった。
「なんだ、この状況は……!」
一応味方であるはずのヘルメリアの兵士が敵味方関係なく攻撃してくることに、未だ理解の及ばない歯車騎士団をノーヴェとアデル、ムサシマルとアーウィンが目配せしあいながら攻撃していく。
「退くなら追わんが、退かぬならこの場で全員倒すまでだ」
念のためにとアデルが撤退韓国をかけるも、歯車騎士団がひく様子はない。
ならば、やることは決まった。
舞台を整えるの自分たちの役割だ。
アダムの名乗りを含めた零元とアリアのブロック、そしてニコラスの存在により、ステラの気はそちらに向かっている。
ならば、僥倖だ。こっちは歯車騎士団を止めればいい。オルパには全体攻撃を中心にしてくれと頼む。
「ノーヴェ、まだいけるか?」
「いける……? うん、たたかうの、できる、でもみんなを視ないと……」
「そんなのはかまわん、みんなが食らうようなまずいのが来たときだけ警告しろ。今は自分にできることをやればいい」
「じぶん、できる……こと」
ノーヴェは練度こそは仲間の中では低いほうではあるが、未来視で攻撃の種類を読むことで多少の不利を覆すことはできる。
未来の映像が現実と重なる故に集中が途切れることで命中率は下がるのが難点ではあるが。
実質的に全員への攻撃を確認して警告することは不可能だと思った。刻々とかわる戦況に未来視が追いつかないのだ。
ノーヴェにとってこれほどまでに激しい戦いは初めてだ。
だからこそ自分が役にたちたいと強く強く思っている。自分の至らなさにすこし悲しくなる。
「でも、みんなへのこうげき、……視ないと……」
「肩肘をはらなくていい、戦って敵の数をへらすことはみんなのためになる」
「みんなの、ため……うん、わかった、アデル」
頷きノーヴェは武器を構え、アデルとともに踏み出した。
「っ……!」
オルパのスプリクチャーで強化されたアンネリーザの弾丸は自分が思うよりも深くステラに食い込む。
そのたびに何故か泣いている少女がステラに重なる。
「ねえ、ステラ、戻ってきてよ。戻ってきてよ!!」
聖なる銀の弾丸はイブリースである彼女を蝕んでいく。
アンネリーザはステラの悲しみなど半分もわかっていないかもしれない。
綺麗事ならいくらでも浮かぶ。だけれどもわかっている。それは空虚なものでしかない。
彼女の悲しみも憎しみもわからない自分の言葉は届かないだろう。
だから。だから彼女を知りたいと思う。知ろうとしなければ理解できないまま終わってしまうから。そんなのは嫌だ。
彼女を受け止めたいともおもう。だから。ちゃんと話がしたい。
そのためには彼女を浄化するしかないのだ。
「くそ……」
マグノリアにチャージをもらっているとはいえ、常に回復魔導を放ち続ければ疲労は溜まっていく。
ノーヴェが警告するたびに全力の回復魔導を放っている。追い詰められているのかどうなのか、ステラの全体攻撃の頻度が上がってきている。
アウトレンジホーミングを撃ったオルパは一度膝をついている。
ノーヴェだってフラフラだ。あと一撃で膝をつくことになるだろう。
アダムはバーサークが発動している。「追い詰められてからが俺は強い」と嘯いてはいるが、それは体力がギリギリになっている証左なのだ。油断ができる状況ではない。
戦力はじわじわと削られていく。
幸い作戦が奏功してステラが殺した兵士は一人に留まっている。強化はほぼされていない。
しかし、戦場に響くエイトボーンの特殊音波が煩わしい。目に見えて仲間たちの攻撃が失敗(ファンブル)している。
ステラにもその影響が反映されているとはいえ、攻撃をうければ大きなダメージをうける。
前衛で彼女の攻撃を一手に受けているアダムなど満身創痍だ。
「にくいにくい、にくい、じゃましないで、殺す殺す、ニコラス、殺す。あいつはあいつはあいつわ」
めちゃくちゃなステラの攻撃はどこからくるのかわかりづらくて避けづらい。
二段飛びで回避を狙うもエイトボーンに阻害される。
「葬送の願い」に入る罅はそろそろ無視ができるものではなくなってきつつある。
オルパがスプリクチャーを切らさぬようにしてくれているから保っているようなものだ。
「アリアさん、僕の近くに! 大きく離れると守りにくいんだ」
インデュアを発動したアダムが叫ぶ。フラグメンツという切り札は既に使った。あといちど倒れたら自分は戦闘不能になってしまうだろう。
それはできない。
たとえなんど倒れてもキャバリエとして自分は倒れるわけにはいかない。
自分は少女の願いを叶える。
「みんなをたすける」騎士なのだ。
ステラを助けずして、騎士とは呼べない。
「私は大丈夫です」
皆傷ついている。皆が皆自分のもてる力を最大にして戦っている。
アリアは一つうなずいて覚悟をきめる。
ごめんねと葬送の願いに謝ると、渾身の魔力を愛剣に注ぎ込んだ。
放つは、マナストリーム。
びきびきと、「葬送の願い」に不可逆のダメージが広がっていく。アリア自身の魔導力に刃が限界を迎えているのだ。
「絶対に、負けない! 負けるかああああああああああ!!!」
叫びアリアは魔力の刃を突き出す。
「いたい、いたい、いたい、たすけて、いたい」
アリアの魔導力の刃に右腕を貫かれたステラがまるで子供のように悲鳴をあげた。
パリン、と思ったより軽い音をたてて、「葬送の願い」が砕けちる。
「っ!!」
貫かれた腕をめちゃくちゃに振り回したステラに、一瞬気を抜いてしまったアリアが吹き飛ばされた。
「アリアさん!」
「ぐ、けほっ、けほっ」
吹き飛ばされたアリアは血混じりの咳をなんども吐き出す。
刃は砕かれた、だけど、願いは砕けない。フラグメンツに祈り、「萃う慈悲の祈り」を両手で持ち直しアリアは立ち上がる。
まだ終わってないから。
父と娘が迎えるエンディングは幸せなものになってほしいから!
「くそ、一か八か、あの右腕をぶった切ってみたら……」
オルパが物騒なことを考える。そんなことをしても神の権能が失われることはないとはわかってはいる。
ステラの動きは鈍くなってきている。
スプリクチャーをのせたエコーズを連発すれば。
アンネリーザの悪魔を討つ銀の弾丸を連発すれば。
バーサークした、アデルの攻撃を、ノーヴェの攻撃を当てれば。
アリアのバトリングラムを食らわせ続けれれば――。
マグノリアの尽力でギリギリだが魔導力は尽きずに保たれている。
アリアの先程の武器を犠牲にした攻撃は確実に効いている。
この勢いであれば勝てる、と思う。
でも、それでいいのかとオルパは思う。
「ニコラス」
低い声で誰かがニコラスを呼んだ。
「舞台は整える。邪魔者も排除する。だが――」
最前線で満身創痍になって歯車騎士団と戦うアデルだ。
ニコラスは顔を上げる。
「幕を引くのはお前だ、ニコラス」
アデルの年相応とはいえない落ち着いた声が、ニコラスの覚悟を決める。
言ってみれば最初から決めていたのだ。
むしろ、そのためにこの場所に立っているのだ。
「まったく、おじさんにむちゃをいう」
「おじさんでも、お父さん、でしょう?」
アリアがマグノリアに肩をかりて苦笑する。
「ニコラス、私は貴方の娘さんに似合う帽子、作ってみたいんだけど。すごく似合うの、作れるとおもうのよね」
アンネリーザも促す。
「ニコラスと……ステラ、つめたいのより……あったかいほうが、すてき?」
ノーヴェが歯車騎士の攻撃をいなしながらつぶやいた。
「僕は、ちいさなかなしいおんなのこを救いたい。けれど本当にそれがなせるのは貴方だとおもっています。ニコラスさん」
痛みを堪えながらステラを抑えるアダムは何度彼女に斬られたことか。
それも幸せな未来を望むが故に。そんなことはわかってる。
「どいつもこいつもおせっかいだ」
泣きそうになるのをニコラスは必死でこらえた。
「だってよ、ステラ。お前が自分の死を願っても、コイツラ全員がお前の死を願ってなんていない」
「ああ、いたい、しにたい、しにたい、しぬの」
「もちろん俺もだ」
ニコラスはステラに向かって手を伸ばし歩を進める。
ニコラスの横を大きな岩がかすめる。ステラが投げつけてきたのだ。全く怖いお姫様だ。
「なあ、ステラ、生きてくれ」
それはステラにとっては大いなる呪いの言葉。愛する人のいないこの世界がで一人でいきろとあのにくい男が言った。
「きさま、きさま、おまえが、おまえが!!!!」
仕方ない娘だ。本当に愛おしくてしかたない。
本当にきれいになった。こんないい女のためにならいくらでも魂を捧げよう。
自分は不出来にもすぎる父親だった。だけど、娘がこんなクソみたいな死を望むのを放って置くほど外道ではない。
一歩一歩近づいていく。
ステラはまるで恐ろしいものでも見たような瞳でこちらをみて一歩下がる。
逃がすかよ。
ニコラスは駆け出し、まるで小さな子どものようなステラを抱きしめた。
「やめろ! やめて! やめろ! おまえ!」
腕の中で暴れるステラの異形の腕がニコラスを傷つける。そんなことはどうでもいい、殺されても文句なんていわない。
「ごめんな、だいたい7年か? 8年だったか? 時間はかかったけど約束をまもりにきた」
「やくそく……?」
「おいおい、忘れたのかよ? お前は今困ってるんだろう? だから助けにきた」
「しらない、しらない、しらない」
「まあ、忘れててもしかたないか」
それでも正直かまわないとも思う。
事実俺だって、あの国を逃げるときにおいてきてしまった娘を助けるのは無理だと思っていた。
無理だとおもって、いい加減な男を演じることで仕方ない、俺はいい加減だから、だめな男だからと言い訳してきた。
諦めてしまったほうが潔いとずっと自分を騙してきた。そのほうが利口だから。
そして、自由騎士団に籍をおいて、いろいろな戦いを経てきた。
ニコラスは彼ら自由騎士たちに教えられた。何かを諦めたり、仕方ないから失っていいなんて思うものなどここには居なかった。
なんて――。
なんていい仲間たちだろうか。今だって全員が自分の背中を推してくれるんだ。
諦めなくていいと教えてくれた。
そして、お前に出会えた。
「だから――」
傷だらけのニコラスの足元から柔らかな青い光が舞い上がる。
奇跡のヒカリ。
「なに、これは?」
この愛しい娘のためなら寿命なんていくらでも捧げてやるとニコラスは願う。
真なる願いはセカイに届く。
親子を取り巻くそのヒカリは浄化のヒカリとなってステラのなかの「悪魔」を祓う。
「おとう、さん?」
「そうだ、俺だ。お前の父親だ」
大きな代償と引き換えに。ニコラスは自分の中の大事な何かを喪失していく感覚を覚えていた。だがそれがどうした。愛しいものを守るためならそんなものいくらでもくれてやる。
異形の腕が少しずつ小さくなっていく。
宿業が、改竄されていく。
「もういちど、あえて良かった。愛している、ステラ」
不幸なる未来を改竄した男とその娘は抱き合いながら、その場に倒れた。
「これが、家族」
マグノリアは目の前で展開されるキセキと「家族の愛」に呆然とする。
知らないそれはとても暖かくて。
「ここが、二人がたどり着いた場所……」
心が震えた。これが繋がり。これが、愛。
つう、と涙がマグノリアの瞳から溢れる。だが、マグノリアはそれに気づかない。
「マグノリア! まだ終わってない!」
アデルの叫びに我にかえったマグノリアは頷き、パナケアを展開する。
回復役のニコラスが倒れた今、自分がその穴を塞ぎ力を振るうしかないのだ。
「わかった、無茶……しないでね?」
お互いに疲弊していたこともあって、歯車騎士団との戦闘は比較的余裕のあった自由騎士たちの勝利に終わる。
アリアは散らばる剣だったもののかけらを丁寧に集めていく。
ずっと一緒だった片割れのようなそれはかつてのように振るうことはできないだろう。
かくて、父と娘の物語は終わる。
ステラ・モラルの腕をどうにかすることはできなかった。キセキをもってしても神の権能は打ち破ることができなかったのだ。
それほどまでに権能のもつ力は強大なのだ。
しかしニコラスの齎したキセキは、ステラの腕の侵食を一時的に止めることに成功していた。
ステラの身柄は一時アデレードの病院で預かることになる。動けないように束縛はされるだろうが、それは仕方ない。
彼女の状態は予断を許す状態とはいい難い。止まってる侵食がいつ進み始めるかは誰もわからない。
それにニコラスにとってはここからが正念場なのだ。彼女の大切な誰かを奪ったという事実はキセキでも覆すことはできない。
彼女がどうなるかの未来を未だ演算装置は映さない。
●やくそく
「仕方ないお父さんのために、私が大きくなったら、お嫁さんになってあげてもいいわ。
だからね、お父さん。
――わたしが困ったときには必ずたすけてね」
「勿論だ。だったら美人の嫁になれよ?その為なら俺は神でも殴れるさ」
懐かしい夢をみた。本当に懐かしい夢で鼻がツンと痛み、涙がこぼれそうになる。
しかし、そんな権利など自分には無い。彼女がそうなったのは誰でもない。自分自身の所為だ。
臆病だった男が犯した、間違いは時間を超えて自らに降りかかる。
煤煙る灰色の空は今にも堕ちてきそうな程に重い。
不毛の荒野に剣戟が響く。
自由騎士たちは走る。
クラウディアから聞かされた未来。そんな未来を起こすわけにはいかないと――。
しかし、彼らの胸のうちにあるのはそれだけではない。
(「ニコラスとステラ」……彼等は親子だ……。血の繋がりのある「家族」というもの)
それは『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)にとっては憧れだ。多くのマザリモノは家族という関係に飢えている。
彼らは自らの子孫を産むことは不可能だ。故にマザリモノであるマグノリアも同じく「家族」というその経験を得ることはこの先も無いだろう。だけれども――。
だけれども、だ。
自分じゃない他の「家族」というその片鱗に触れることができるのであれば、なにかわかるかもしれない。「繋がり」という果実に触れることができるかもしれない。
ともすれば「家族」という関係を「共有」することができるかもしれない。
それはきっと烏滸がましくも浅ましい思いだろう。それでも――。
(おとうさんと、こども……)
双子の兄妹に読んでもらった絵本で知った。それはあたたかいものであると。
だけれども、おとうさんであるニコラスとこどもであるステラの関係はあたたかいものには思えない。
それがどうしてかわからなくて、ノーヴェ・キャトル(CL3000638)は困惑する。
でもひとつだけわかる。
ステラにヒトを殺させてはいけない。そうしたらきっとステラはつめたくなってしまうだろうから。
(神ってのはどいつもこいつも悪趣味だぜ。……アクアディーネ様はどうか知らんがな。胸も大きいし可愛いしもしかしたら悪趣味じゃないかもしれない、うん)
『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)は隊の戦闘を走る『罰はその命を以って』ニコラス・モラル(CL3000453)の背中を見つめる。
何度か躓いているところを見ると見た目ほどに冷静ではないのだと思うが、それを指摘するほどオルパは野暮ではない。
亜人のキジン化。ヨウセイであるオルパにとってはキジン自体得体のしれないものではあるが、キジンになることのできない亜人を無理やりアジン化するというそれが唾棄するようなことであるということは知っている。
それに――。
(美人に対するこの仕打!! 美人の敵は俺の敵だ! ヘルメスを討つ理由ができたってもんだ)
船の上でみたあのミズヒトの女は目が覚めるほどに美しかった。そんな美人が失われることがあってはいけない。そして、父娘が最後には分かり合うことができたらいいと思う。――もちろん最後になんてさせたくはないが。
(どうして、なぜ、そんな事嘆いていても仕方が無いのに。これ以上彼女を傷つけたくないのに……。
分かっているのに躊躇う私はなんて弱いんだろう)
『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は走りながら唇を噛む。
見せられた演算装置の画像――全滅した両軍の兵士の困惑の顔が脳裏に浮かぶ。歯車騎士団は間違いなく敵だ。
だけれどもあんな無残な死に方でいいはずが無い。
ステラだってイブリース化のままでいていいはずがない。最低限ステラの浄化はしてみせるとアンネリーザは誓う。
「皆さん!! 助太刀に来ました! 私の指示に従ってください!」
『アリア中隊のおかあさん』アリア・セレスティ(CL3000222)は見知ったアリア中隊の騎士たちに声をかける。
「アリア隊長! 自由騎士のみなさん。ここは我々でなんとかできます。あなた方はロンディアナの王城に向かって――」
「演算装置が未来を告げました」
イ・ラプセルの騎士にとって水鏡階差演算装置という言葉の意味は重い。告げられた未来がこの場に自由騎士たちを動員せざるを得ない事態に発展していくということなのだろうとすぐに察する。
「わかりました。隊長、ご指示を」
国防騎士たちは自由騎士に指示を仰ぐ。
「ふふ、まるで本の中の騎士様が現れたとおもいました。それであれば、白馬にのっていてほしくはあったのですが、まあ及第点としましょう」
「レイリアさん、貴方も居らっしゃったんですね、良かった、無事で」
国防騎士たちの中に知己であるレイリア・パーソンの姿を認めた『真なる騎士の路』アダム・クランプトン(CL3000185)はホッとするとともにからかうようなレイリアの言葉に苦笑する。
それはまさに自らが子供の頃から憧れていた騎士の姿だろう。だけれども彼はもう子供ではない。
現実はお伽話(フェアリーテイル)のようにはならないことは知っている。けれど少しだけレイリアの言葉に救われた気がした。
ならば。自分は少女の願いを騎士として叶えなくてはいけない。「みんなをたすけて」なんていう無茶な少女の願いを叶え、「悲しい小さな少女」であるステラを救わなければならない。
それができなくて何が騎士か!
「アーウィン、ムサシマル、付いて来い。この戦場を終わらせるぞ」
「合点承知!」
「わかった、まずは歯車の野郎どもだな」
『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)の呼びかけに『一刀両断』ムサシマル・ハセ倉(nCL3000011)とアーウィン・エピ(nCL3000022)が応える。
「ムサシマルはフェンサーだろ? ステラより速く気張れよ。後で飴1個奢ってやるから」
やる気まんまんのムサシマルにニコラスが声をかけた。
「はあ? 拙者が飴玉一個で動かせる女だとおもうでござるか?????」
「飴玉10個でどうだ?」
「合点!!!! 承知!!!!」
ムサシマルはテンションをあげて自らの内に働きかけて速度を上げる。
「それでいいんだ……」
アンネリーザが半眼で呟いた。
「我が名はイ・ラプセル騎士アダム・クランプトン!
誇り持つ者ならば名乗られよ!
誇り無き者は即刻この場を立ち去るが良い!」
アダムの名乗りあげに戦場は跳ねる。
自由騎士たちの介入により、戦場はイ・ラプセル有利に傾くが油断はできない。
演算装置で予測された未来――ステラ・モラルがこの場に来るまであと50秒。
アリアは手早くアリア隊の副隊長に作戦を伝える。多少不満そうな顔をされたが、しかたない。彼らもまたイ・ラプセルを守るために戦っているのだ。撤退という指示には思うことがあるのだろう。それでも国防騎士たちはその作戦を了解する。
「残りの時間、もう少し力を貸してください」
アリアがトリコロールのステップを踏み騎士たちを鼓舞すれば彼らは頷く。アンネリーザはアリアの指揮をフォローしながらヘッドショットを放つ。
マグノリアは浮足立つ歯車騎士団にむけ大渦海域のステップで足止めをする。その隙を縫うように、ノーヴェが飛び出し、カタールとカランビットを振るいながらワルツのステップで斬り込んだ。
「助かります!」
国防騎士がその支援攻撃に礼をいい、ノーヴェを守るような位置に移動する。
もとより国防騎士団と自由騎士団の関係性は良好だ。即席の隊であっても連携にずれはない。
「危ない! レイリアさんっ!」
アダムがレイリアを敵の攻撃から防御する。
「ふふ、隊長、前よりかっこよくなりましたね」
「へ、へんな事言わないでくださいっ!」
「本心なのに」
「美人を守るああいうの、俺がやりたかった……!」
レイリアを守るアダムを見ながらオルパが心底悔しそうに呟きながら、エコーズを放つ。
自由騎士たちはステラが現れるまでの数十秒の間少しでも多くの歯車騎士たちを無力化するために己が力を振るう。
一人、ミズヒトの兵站軍が倒れた。
その姿を自分に重ねたのか、ニコラスが傷つく騎士たちを回復させながら震える。
そうだ。怖いのだ。ニコラスは。
自分の娘が。愛するものを奪った自分を彼女はどんな目でみるのか。それが怖い。
(絶対に……! 誰も死なせないっ!)
アンネリーザは誓いをもう一度心のなかで反芻しながら上空から銃を構える。上空にいるせいかいつもより狙われているのは否めないが少しでも早くステラを認識するためには地上に降りるわけにはいかない。
「相性悪いよね……」
兵站軍はともかく、魔導防御を固めた蒸気騎士はマグノリアにとっては天敵のようなものだ。ならば――。
アンチトキシスで前衛が十全にスキルを使用できるように務めるのが自分の役目だ。
「ムサシマル、出過ぎだ、下がれ」
「ほいさ」
一歩下がるムサシマルと入れ替わるようにアデルが前に出て、数人の兵站軍を巻き込みながらオーバーブラストを放つ。
「流石だな」
「脇役なりに、やるべきことは多いからな」
「脇役ね。そのとおりだ。いいバイスタンダーがいてこその主役だ」
言ってアーウィンとアデルが不敵に笑む。アデルの場合は正確には笑んだ気がしただけではあるが。
口には出さなくても仲間はみな父と娘の「その先」を望んでいるのだ。
「みえた……、くる、あっち……」
ノーヴェの視界が二重写しになって少し先の未来を映す。大きな異形の腕をもったミズヒトの女が戦場で暴れ始めている。
「ああ、アンネリーザ!!」
同じくエネミーサーチで敵性存在を感知したアデルがうなずき、アンネリーザに肉眼での視認を要求した。
「いたわ! 時間よ! アリア」
「了解です。みなさん、ひいてください。あとは私達に任せてください」
アンネリーザの合図にアリアは国防騎士たちに指示を出す。
「隊長、ご武運を」
「はい、もちろん」
アリアの大渦海域のタンゴを合図に、国防騎士たちは撤退していく。多少の怪我を負っているものはいるが20人全員が無事なことにアリアはホッとする。対して、敵軍は兵站軍に何人か戦闘不能者が出ている。
しかして、本当の戦いはここからだ。
歯車騎士団たちは有利にことを進めているはずのイ・ラプセルの騎士たちの突然の撤退に訝しげな顔をする。
「あなた達も逃げて!! 今なら間に合う!」
アンネリーザは祈りを込めて叫ぶ。さりとて歯車騎士団は王都を背にしているのだ。逃げることはできないことくらいわかっている。
それでも叫ばずにはいられなかったのだ。
その言葉に気をとられた歯車騎士が横合いから飛び込んできた異形の腕を持つ人影に貫かれた。
「っ……っ!」
敵も味方もイブリース化したら関係ないなど理解していたが、いざその状況を目にしたアンネリーザは言葉をつまらせる。
「きさ…、ま。確か……ネッド様の……どういう、こと……だ? お前、イブリースに……?」
貫かれた歯車騎士がステラを認め困惑の声を上げた。
「ネッド様? いない、ないないない、ああ、ああ、いない、いない」
浅黒い瘴気を出しながらステラは狂ったように異形の腕に貫いた兵士を振り回す。
「おおっと、暴れん坊な美人さんだなあ」
オルパは一筋の汗を垂らしながら、スクリプチャーを使うべき相手を探る。アリアとアンネリーザの二人が適しているだろうか?
「ニコラス……」
「……、……」
マグノリアとノーヴェが心配そうに後衛のニコラスを振り返る。ニコラスは大丈夫だ、と手をあげ合図する。
(クラウディア、ちゃんと聞こえたから)
アリアは「ちいさなかなしいおんなのこもたすけてあげて」とつぶやいたクラウディアの言葉を聞き漏らしてはいなかった。
彼女の立場上ステラ・モラルを助けてなんて言えるはずがないのだ。友のそんな優しい祈りはとても尊いとおもう。
そして敵同士として娘と対峙することになった仲間の思い。
「遅くなってごめんな、ステラ」
低いニコラスの声は不思議と騒々しいこの戦場でもよく通った。
(私の親も、もし生きているなら、いつか逢えるのかな?)
アリアの胸中が郷愁の思いで埋まる。でも今は――。この悲しい親子を見届けたい。強く強くそう思う。
「ニコラス、ニコラス、ニコラス、モラルゥウウウ!!」
その声に反応したステラは歯車騎士団の死骸を腕から払い除け、ニコラスに向かって走り出す。
可愛かったころの面影はないその憎しみに染まった顔にニコラスは心をえぐられる。こんな風にしたのは自分だ。
娘の愛するものを奪ったのは自分だ。だが、後悔などはしていない。
「させないよ!」
その親子の間に飛び込んでくるのはアダムだ。決してこの親子の行末を不幸なものにするつもりはない。
「イ・ラプセルが自由騎士、アダム・クランプトンだ! その憎しみで膨れ上がった醜き腕で壊せるものならば我が剣を折ってみせるが良い!」
ガキンと鋭い金属音と火花をたてて、アダムの炸薬式蒸気鎧装が異形の腕を止める。
「じゃま、するの?」
「はい、そのとおりです。貴方を浄化します」
同じく前に出るのは、アリアだ。
「邪魔しないでぇ!!!」
吹き上がる水流が、アダムとアリアを飲み込んでいく。
アダムとアリアの武器がビキビキと音をたてみるみるうちに劣化する。
ニコラスとマグノリアが慌てて二人のダメージを回復させると目配せをしあった。
「なんだ、この状況は……!」
一応味方であるはずのヘルメリアの兵士が敵味方関係なく攻撃してくることに、未だ理解の及ばない歯車騎士団をノーヴェとアデル、ムサシマルとアーウィンが目配せしあいながら攻撃していく。
「退くなら追わんが、退かぬならこの場で全員倒すまでだ」
念のためにとアデルが撤退韓国をかけるも、歯車騎士団がひく様子はない。
ならば、やることは決まった。
舞台を整えるの自分たちの役割だ。
アダムの名乗りを含めた零元とアリアのブロック、そしてニコラスの存在により、ステラの気はそちらに向かっている。
ならば、僥倖だ。こっちは歯車騎士団を止めればいい。オルパには全体攻撃を中心にしてくれと頼む。
「ノーヴェ、まだいけるか?」
「いける……? うん、たたかうの、できる、でもみんなを視ないと……」
「そんなのはかまわん、みんなが食らうようなまずいのが来たときだけ警告しろ。今は自分にできることをやればいい」
「じぶん、できる……こと」
ノーヴェは練度こそは仲間の中では低いほうではあるが、未来視で攻撃の種類を読むことで多少の不利を覆すことはできる。
未来の映像が現実と重なる故に集中が途切れることで命中率は下がるのが難点ではあるが。
実質的に全員への攻撃を確認して警告することは不可能だと思った。刻々とかわる戦況に未来視が追いつかないのだ。
ノーヴェにとってこれほどまでに激しい戦いは初めてだ。
だからこそ自分が役にたちたいと強く強く思っている。自分の至らなさにすこし悲しくなる。
「でも、みんなへのこうげき、……視ないと……」
「肩肘をはらなくていい、戦って敵の数をへらすことはみんなのためになる」
「みんなの、ため……うん、わかった、アデル」
頷きノーヴェは武器を構え、アデルとともに踏み出した。
「っ……!」
オルパのスプリクチャーで強化されたアンネリーザの弾丸は自分が思うよりも深くステラに食い込む。
そのたびに何故か泣いている少女がステラに重なる。
「ねえ、ステラ、戻ってきてよ。戻ってきてよ!!」
聖なる銀の弾丸はイブリースである彼女を蝕んでいく。
アンネリーザはステラの悲しみなど半分もわかっていないかもしれない。
綺麗事ならいくらでも浮かぶ。だけれどもわかっている。それは空虚なものでしかない。
彼女の悲しみも憎しみもわからない自分の言葉は届かないだろう。
だから。だから彼女を知りたいと思う。知ろうとしなければ理解できないまま終わってしまうから。そんなのは嫌だ。
彼女を受け止めたいともおもう。だから。ちゃんと話がしたい。
そのためには彼女を浄化するしかないのだ。
「くそ……」
マグノリアにチャージをもらっているとはいえ、常に回復魔導を放ち続ければ疲労は溜まっていく。
ノーヴェが警告するたびに全力の回復魔導を放っている。追い詰められているのかどうなのか、ステラの全体攻撃の頻度が上がってきている。
アウトレンジホーミングを撃ったオルパは一度膝をついている。
ノーヴェだってフラフラだ。あと一撃で膝をつくことになるだろう。
アダムはバーサークが発動している。「追い詰められてからが俺は強い」と嘯いてはいるが、それは体力がギリギリになっている証左なのだ。油断ができる状況ではない。
戦力はじわじわと削られていく。
幸い作戦が奏功してステラが殺した兵士は一人に留まっている。強化はほぼされていない。
しかし、戦場に響くエイトボーンの特殊音波が煩わしい。目に見えて仲間たちの攻撃が失敗(ファンブル)している。
ステラにもその影響が反映されているとはいえ、攻撃をうければ大きなダメージをうける。
前衛で彼女の攻撃を一手に受けているアダムなど満身創痍だ。
「にくいにくい、にくい、じゃましないで、殺す殺す、ニコラス、殺す。あいつはあいつはあいつわ」
めちゃくちゃなステラの攻撃はどこからくるのかわかりづらくて避けづらい。
二段飛びで回避を狙うもエイトボーンに阻害される。
「葬送の願い」に入る罅はそろそろ無視ができるものではなくなってきつつある。
オルパがスプリクチャーを切らさぬようにしてくれているから保っているようなものだ。
「アリアさん、僕の近くに! 大きく離れると守りにくいんだ」
インデュアを発動したアダムが叫ぶ。フラグメンツという切り札は既に使った。あといちど倒れたら自分は戦闘不能になってしまうだろう。
それはできない。
たとえなんど倒れてもキャバリエとして自分は倒れるわけにはいかない。
自分は少女の願いを叶える。
「みんなをたすける」騎士なのだ。
ステラを助けずして、騎士とは呼べない。
「私は大丈夫です」
皆傷ついている。皆が皆自分のもてる力を最大にして戦っている。
アリアは一つうなずいて覚悟をきめる。
ごめんねと葬送の願いに謝ると、渾身の魔力を愛剣に注ぎ込んだ。
放つは、マナストリーム。
びきびきと、「葬送の願い」に不可逆のダメージが広がっていく。アリア自身の魔導力に刃が限界を迎えているのだ。
「絶対に、負けない! 負けるかああああああああああ!!!」
叫びアリアは魔力の刃を突き出す。
「いたい、いたい、いたい、たすけて、いたい」
アリアの魔導力の刃に右腕を貫かれたステラがまるで子供のように悲鳴をあげた。
パリン、と思ったより軽い音をたてて、「葬送の願い」が砕けちる。
「っ!!」
貫かれた腕をめちゃくちゃに振り回したステラに、一瞬気を抜いてしまったアリアが吹き飛ばされた。
「アリアさん!」
「ぐ、けほっ、けほっ」
吹き飛ばされたアリアは血混じりの咳をなんども吐き出す。
刃は砕かれた、だけど、願いは砕けない。フラグメンツに祈り、「萃う慈悲の祈り」を両手で持ち直しアリアは立ち上がる。
まだ終わってないから。
父と娘が迎えるエンディングは幸せなものになってほしいから!
「くそ、一か八か、あの右腕をぶった切ってみたら……」
オルパが物騒なことを考える。そんなことをしても神の権能が失われることはないとはわかってはいる。
ステラの動きは鈍くなってきている。
スプリクチャーをのせたエコーズを連発すれば。
アンネリーザの悪魔を討つ銀の弾丸を連発すれば。
バーサークした、アデルの攻撃を、ノーヴェの攻撃を当てれば。
アリアのバトリングラムを食らわせ続けれれば――。
マグノリアの尽力でギリギリだが魔導力は尽きずに保たれている。
アリアの先程の武器を犠牲にした攻撃は確実に効いている。
この勢いであれば勝てる、と思う。
でも、それでいいのかとオルパは思う。
「ニコラス」
低い声で誰かがニコラスを呼んだ。
「舞台は整える。邪魔者も排除する。だが――」
最前線で満身創痍になって歯車騎士団と戦うアデルだ。
ニコラスは顔を上げる。
「幕を引くのはお前だ、ニコラス」
アデルの年相応とはいえない落ち着いた声が、ニコラスの覚悟を決める。
言ってみれば最初から決めていたのだ。
むしろ、そのためにこの場所に立っているのだ。
「まったく、おじさんにむちゃをいう」
「おじさんでも、お父さん、でしょう?」
アリアがマグノリアに肩をかりて苦笑する。
「ニコラス、私は貴方の娘さんに似合う帽子、作ってみたいんだけど。すごく似合うの、作れるとおもうのよね」
アンネリーザも促す。
「ニコラスと……ステラ、つめたいのより……あったかいほうが、すてき?」
ノーヴェが歯車騎士の攻撃をいなしながらつぶやいた。
「僕は、ちいさなかなしいおんなのこを救いたい。けれど本当にそれがなせるのは貴方だとおもっています。ニコラスさん」
痛みを堪えながらステラを抑えるアダムは何度彼女に斬られたことか。
それも幸せな未来を望むが故に。そんなことはわかってる。
「どいつもこいつもおせっかいだ」
泣きそうになるのをニコラスは必死でこらえた。
「だってよ、ステラ。お前が自分の死を願っても、コイツラ全員がお前の死を願ってなんていない」
「ああ、いたい、しにたい、しにたい、しぬの」
「もちろん俺もだ」
ニコラスはステラに向かって手を伸ばし歩を進める。
ニコラスの横を大きな岩がかすめる。ステラが投げつけてきたのだ。全く怖いお姫様だ。
「なあ、ステラ、生きてくれ」
それはステラにとっては大いなる呪いの言葉。愛する人のいないこの世界がで一人でいきろとあのにくい男が言った。
「きさま、きさま、おまえが、おまえが!!!!」
仕方ない娘だ。本当に愛おしくてしかたない。
本当にきれいになった。こんないい女のためにならいくらでも魂を捧げよう。
自分は不出来にもすぎる父親だった。だけど、娘がこんなクソみたいな死を望むのを放って置くほど外道ではない。
一歩一歩近づいていく。
ステラはまるで恐ろしいものでも見たような瞳でこちらをみて一歩下がる。
逃がすかよ。
ニコラスは駆け出し、まるで小さな子どものようなステラを抱きしめた。

「やめろ! やめて! やめろ! おまえ!」
腕の中で暴れるステラの異形の腕がニコラスを傷つける。そんなことはどうでもいい、殺されても文句なんていわない。
「ごめんな、だいたい7年か? 8年だったか? 時間はかかったけど約束をまもりにきた」
「やくそく……?」
「おいおい、忘れたのかよ? お前は今困ってるんだろう? だから助けにきた」
「しらない、しらない、しらない」
「まあ、忘れててもしかたないか」
それでも正直かまわないとも思う。
事実俺だって、あの国を逃げるときにおいてきてしまった娘を助けるのは無理だと思っていた。
無理だとおもって、いい加減な男を演じることで仕方ない、俺はいい加減だから、だめな男だからと言い訳してきた。
諦めてしまったほうが潔いとずっと自分を騙してきた。そのほうが利口だから。
そして、自由騎士団に籍をおいて、いろいろな戦いを経てきた。
ニコラスは彼ら自由騎士たちに教えられた。何かを諦めたり、仕方ないから失っていいなんて思うものなどここには居なかった。
なんて――。
なんていい仲間たちだろうか。今だって全員が自分の背中を推してくれるんだ。
諦めなくていいと教えてくれた。
そして、お前に出会えた。
「だから――」
傷だらけのニコラスの足元から柔らかな青い光が舞い上がる。
奇跡のヒカリ。
「なに、これは?」
この愛しい娘のためなら寿命なんていくらでも捧げてやるとニコラスは願う。
真なる願いはセカイに届く。
親子を取り巻くそのヒカリは浄化のヒカリとなってステラのなかの「悪魔」を祓う。
「おとう、さん?」
「そうだ、俺だ。お前の父親だ」
大きな代償と引き換えに。ニコラスは自分の中の大事な何かを喪失していく感覚を覚えていた。だがそれがどうした。愛しいものを守るためならそんなものいくらでもくれてやる。
異形の腕が少しずつ小さくなっていく。
宿業が、改竄されていく。
「もういちど、あえて良かった。愛している、ステラ」
不幸なる未来を改竄した男とその娘は抱き合いながら、その場に倒れた。
「これが、家族」
マグノリアは目の前で展開されるキセキと「家族の愛」に呆然とする。
知らないそれはとても暖かくて。
「ここが、二人がたどり着いた場所……」
心が震えた。これが繋がり。これが、愛。
つう、と涙がマグノリアの瞳から溢れる。だが、マグノリアはそれに気づかない。
「マグノリア! まだ終わってない!」
アデルの叫びに我にかえったマグノリアは頷き、パナケアを展開する。
回復役のニコラスが倒れた今、自分がその穴を塞ぎ力を振るうしかないのだ。
「わかった、無茶……しないでね?」
お互いに疲弊していたこともあって、歯車騎士団との戦闘は比較的余裕のあった自由騎士たちの勝利に終わる。
アリアは散らばる剣だったもののかけらを丁寧に集めていく。
ずっと一緒だった片割れのようなそれはかつてのように振るうことはできないだろう。
かくて、父と娘の物語は終わる。
ステラ・モラルの腕をどうにかすることはできなかった。キセキをもってしても神の権能は打ち破ることができなかったのだ。
それほどまでに権能のもつ力は強大なのだ。
しかしニコラスの齎したキセキは、ステラの腕の侵食を一時的に止めることに成功していた。
ステラの身柄は一時アデレードの病院で預かることになる。動けないように束縛はされるだろうが、それは仕方ない。
彼女の状態は予断を許す状態とはいい難い。止まってる侵食がいつ進み始めるかは誰もわからない。
それにニコラスにとってはここからが正念場なのだ。彼女の大切な誰かを奪ったという事実はキセキでも覆すことはできない。
彼女がどうなるかの未来を未だ演算装置は映さない。
●やくそく
「仕方ないお父さんのために、私が大きくなったら、お嫁さんになってあげてもいいわ。
だからね、お父さん。
――わたしが困ったときには必ずたすけてね」
「勿論だ。だったら美人の嫁になれよ?その為なら俺は神でも殴れるさ」
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
『キセキの果て』
取得者: ニコラス・モラル(CL3000453)
『キセキを見たもの』
取得者: マグノリア・ホワイト(CL3000242)
『星の煌めき』
取得者: ノーヴェ・キャトル(CL3000638)
取得者: ニコラス・モラル(CL3000453)
『キセキを見たもの』
取得者: マグノリア・ホワイト(CL3000242)
『星の煌めき』
取得者: ノーヴェ・キャトル(CL3000638)
FL送付済