MagiaSteam
Getaway! エスター号強奪作戦!



●デザイアの新天地へ
 デザイア――解放した奴隷達を新天地で働かせる。
 ニルヴァン領主の案により生まれた計画は萌芽し、送られた者達は新たな住民として根付いている。これを受けて、イ・ラプセルもヘルメリアの奴隷解放組織フリーエンジンもこの計画を推し進めることになる。
 先のスレイブマーケット襲撃事件により、多くのデザイアを有するフリーエンジン。その中から新天地で働きたい者を訊ね、得意分野ごとにリストアップする。農業が出来る者、機械を弄れる者、戦闘力がある者などを連ね、その数は三百を超えた。
 イ・ラプセルもその数を受け入れるだけの準備を進めていた。幸か不幸か、シャンバラの農耕技術は高いとは言えない。聖櫃なきこの土地は次の越冬が出来ないのではと疑問視されるほどだ。そういう意味では技術向上の兆しはありがたい。
 問題は――輸送だ。
 三百人近くの人間をヘルメリアの海軍の妨害を避けて如何に運ぶかだ。そもそもそれだけの船を用意することすら難しい。フリーエンジン代表は『Don’t worry! こういう時こそパンジャンドラム式パドル船の出番だ! ド派手になるぞ!』と、明らかに自爆する気満々なので別の仕事を押し付けておいた。
 閑話休題。ともあれ、海軍の介入と船の入手。この二つを一気に解決する案は実はある。それは――

●フリーエンジン
「海軍から船を奪います」
『先生』ジョン・コーリナー(nCL3000046)は事も無げにそう言い放つ。
 ヘルメリアのオラクル兵団歯車騎士団。蒸気国家ともいえる国の兵団はその名に恥じぬ武装と練度を持ち、真正面からぶつかれば数と地の利を含めて勝算などありえない。だからこそフリーエンジンは逃げ回るように活動していたのだ。が――
「もちろん真正面から戦う真似はしません。陽動を行い、その間に船を奪取します。別の場所で騒動を起こし、その間に奪取組が船内に入って艦長室を押さえるすると言った作戦です」
 言って船の地図を出すジョン。艦長室までの正確なルートと、仮想敵が書かれてある。そこには――
「蒸気騎士が駐屯しているのか」
「はい。なのでこちらを押さえる役割が必要です。そうすることで艦長室を押さえやすくなるので」
 つまり、チームを二手に分ける必要がある。艦長室を押さえる組と、蒸気騎士と相対する組と。
 船長を人質にとれば、軍を退くように交渉はできる。その後命を奪うかどうかはさておき。そして――
「……無理強いはできませんが」
 歯切れが悪そうにジョンが切りだす。
「出来る事なら船内にいる兵士は倒しても殺すことなく、逃がしてあげてください」
「何故?」
「彼らは『兵站軍』と呼ばれる……軍が擁する亜人奴隷ですので」
 なるほど。自由騎士達は納得する。機械化された亜人達は定期的なメンテナンスを受けないと死亡する。拿捕して船倉に閉じ込めれば、そのまま死んでしまうだろう。奴隷解放を目的とするフリーエンジンなら、たとえ敵軍とはいえ生かしておきたい相手だ。
「時間をかけすぎると船に増援がやってきます。そうなる前に、船を押さえてください」

●大型輸送船エスター号
「ライルズ艦長、お疲れ様です!」
 船の整備のために留まっているソラビトの『兵站軍』が手をあげて声をかける。その様子は軍の上下関係を維持する上ではしかめ面されそうな気安さがあった。
「はい。ご苦労様です。今夜は冷えますから、気を付けてくださいね」
 それを気に留めることなく船長と呼ばれた少年は言葉を返す。ジャスティン・ライルズ。歯車騎士団海軍に名高いライルズ家の三男坊。家の力もあるが筆記試験など優秀さもあっていきなりの二等抜擢となり、この大型輸送船エスター号の艦長となったのだ。
 最初は『世間知らずのボンボンが』『親から安全な場所に送られたガキ』等と揶揄されていたが、類まれなる事務能力とコミュニケーション能力で船全体の効率を上げ、エスター号の『兵站軍』全員の信頼を獲得していた。
「いえいえ。あっしらは恵まれてますぜ。何せ三食がついて、安全が保障されてますからな」
「そうそう。奴隷協会の首輪付きは、主によっちゃ酷い扱いですから」
「ライルズ艦長の元で働けて、幸せですぜ」
 これがエスター号で働く者の総意である。
「ありがとうございます。あとは待機している蒸気騎士の人を乗せれば出発ですね。すぐに声をかけて――」
 そう言いかけた時に爆発が起きた。そして警報が鳴り響く。
「緊急事態です! テロリストがこの港を襲撃しました!」
「まさか最近活動を増しているフリーエンジンですか! 先ずは全員の安全確認、それと並行して皆さんは避難を――」
 指示を飛ばそうとするライルズを制し、『兵站軍』は武器を取る。
「……いいえ、ここはあっしらの『家』です。あっしらの居場所ぐらい、守らせてください」
「船員優先で船を見捨てたとあっちゃ、艦長の経歴に傷がつく。そいつは俺達も耐えられないんですよ」
「へっへっへ。勝算はありますよ。蒸気騎士の援軍が来れば挟み撃ちだ。それまで耐えればいいんです。なにせあの『熱血槍』がいるんですからね」
 ――かくして、互いの信念を武器に両者がぶつかり合う。



†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
EXシナリオ
シナリオカテゴリー
国力増強
担当ST
どくどく
■成功条件
1.『制限時間』以内に艦長を降伏或いは死亡させる
 どくどくです。
 デザイア脱出作戦、開始――

 この依頼は『沈みゆく星のクラティア』と同タイミングで発生しています。その為『沈みゆく星のクラティア』と同時参加はできません。
 確定後参加が確認された場合は参加を取りやめさせていただいます。参加料の返金はありませんのでご注意ください。

●敵情報
・『兵站軍』(数不明)
 機械化亜人。全員オラクルではありません。その為、一部技能などで無力化可能です。
 エスター号の各所に存在し、艦長を守るべく行動します。攻撃スキルなどはありませんが、工具などを即席の武器として殴り掛かってきます。
 戦意は高く、説得は意味を成しません。

・艦長(×1)
 名前はジャスティン・ライルズ。ノウブル男性十六歳。オラクル。歯車騎士団二等。軽戦士ですが、戦闘能力は皆無です。不利を悟れば降伏するでしょう。
 三名の『兵站軍』(全員キジンソラビト)と一緒に船長室にいます。
 彼の生死は、依頼の成否に影響しません。

・蒸気騎士(×5)
 騎士鎧風の蒸気兵器を身に纏った存在です。大きさは人間大程度。
『クイーンオブハート』と呼ばれる魔術を遮るコーティングと、『マーチラビット』と呼ばれる多段炸裂弾(遠距離範囲・三連撃・バーン2)を持つことが分かっています。
 下記のマリオンと一緒に、警報と共にエスター号にやってきます。誰かが足止めしなければ、一直線に船長室に向かうでしょう。
 貢献度の高い相手を優先的に狙う傾向があります。

・『熱血槍』マリオン・ドジソン(×1)
 歯車騎士団『蒸気騎士』。階級は四等。無駄に熱い騎士です。見た目は同じですが、よく叫んでるんですぐにわかります。
 上記の蒸気騎士装備に加え『ホワイトラビット』と呼ばれる蒸気射出による遠距離攻撃可能な槍で攻撃(ノックバック効果付)してきます。

EXスキル:熱き叫び 自付 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 攻撃力とドラマ上昇。

●制限時間
 警報を聞きつけ、『蒸気騎士』とは別に駐屯している歯車騎士団がエスター号にやってきます。同時に『沈みゆく星のクラティア』から哨戒船が動き出します。援軍到達=依頼失敗となります。
『沈みゆく星のクラティア』が成功していた場合、30ターンで軍港から援軍がやってきます。失敗していた場合、哨戒船が接舷して20ターンで援軍到達となります。

●場所情報
 便宜上、戦場を【甲板】【船内】【艦長室】の三つに分けます。
 戦闘開始時、自由騎士は全員【甲板】にいます。行き来できるのは【甲板】←(消費移動時間3ターン)→【船内】←(消費移動時間6ターン)→【艦長室】となります。

【甲板】
 船内に続く入り口があります。ここには『兵站軍』はいません。戦場も広く、蒸気騎士を足止めするにはうってつけです。
 入り口は人が二人通れる広さなので、最低二名いればブロックして【船内】に行かせない事は可能です。

【船内】
 エスター号内です。『兵站軍』が船長を守るべく待ち構えています。一部技能などで無力化や戦闘回避が可能です。戦闘すればその分【艦長室】に向かう時間がかかります。
『兵站軍』との遭遇確率は貢献度の高さに比例します。高ければ高いほど、多くの『兵站軍』を相手することになり、その分時間がかかるでしょう。
 地図があるので船長室へは迷うことなくいけます。

【艦長室】
 入り口には鍵がかかっていますが物理的な破壊は可能です(その分時間はかかります)。
 中には『船長(×1)』『兵站軍(×3)』がいます。状況によっては『蒸気騎士』『マリオン(×1)』も参入するでしょう。
 船長を降伏或いは死亡させれば、戦いの幕は下ります。

 時刻は夜。甲板および船内の灯りは存在するので、戦闘には支障なし。
 スピード勝負なので、事前付与なしとします。

 皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
報酬マテリア
5個  5個  3個  3個
9モル 
参加費
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
10/10
公開日
2019年10月29日

†メイン参加者 10人†




 爆発が港を揺るがし、派手な煙が湧き上がる。その隙を縫うように自由騎士達はエスター号甲板に忍び込み、最後の作戦確認を行う。甲板に残りやってくるであろう蒸気騎士を討つ者と、艦長室に向かって船を押さえる者と。
「陽動の方が性に合ってるわ」
 面倒事は嫌い、とばかりに肩をすくめる『遠き願い』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)。ヘルメリアの事情など気にするつもりはないライカは、しかしそれを気にする仲間の為に過剰に自己主張するつもりはない。ライカはライカの目的のために戦うのだ。
「あいつには顔覚えられてるのよね」
 ため息と共に『緋色の拳』エルシー・スカーレット(CL3000368)は呟いた。やってくる蒸気騎士の一人には面識がある。隠密活動をしている状況では喜ばしい状況ではないが、それは今更だ。諦めて武器を装着する。
「うむ。知己だからこそ、避けられぬ事もある」
 カタクラフトの調子を確認しながら『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は頷く。イ・ラプセルとヘルメリア。文化も倫理観も全く異なる二国。それらが違う事自体は仕方のない事だ。だが、その溝を埋める努力があればあるいは。
「しかし艦長がもうちょっと嫌な奴なら気楽だったのだがな」
『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は伸びをして、体をほぐす。若くして人望を集める人徳の高い艦長。若いからこそ国家に染まっていないと取るべきか、あるいは彼だけが異端か。どうあれ手は抜けない。やることをやるだけだ。
「さて、あっちの船の足止めが上手くいけばいいのだけど」
 遠くで回頭を始める護衛艦の影を見ながら『博学の君』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)は武器を構える。援軍がたどり着けば、数の差で圧倒される。そうなる前に船を奪取しなければならない。
「やれやれ、パルチザンの次は海賊か。人使いの荒いことだ」
 足場の安定を確認するように重心を下におろしながら『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)は兜の奥から声を出す。フリーエンジンが国家に反する組織である以上、ある程度の悪事は折り込み済みだ。だがそれが効果的であることも理解していた。
「個人的には船長に興味がわいたね」
 水鏡で得た情報を脳内で思い出しながら『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は口を開く。若くしてこのエスター号の艦長となったジャスティン・ライルズ。『兵站軍』からの信頼を得ている彼が如何なる人物かを見定めたい。
「しかしかなりの『兵站軍』がいるわけか。厄介だな」
 銃の最終手入れをしながら『帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)は呟いた。戦闘力自体は大したことはないだろうが、数が多く相手に地の利があるというのは厄介だ。さらに言えば『できるなら殺すな』と言うお願いまでされている。
「戦闘は苦手なんで、任せた!」
 悪びれることなく『譎詐百端』クイニィー・アルジェント(CL3000178)は笑顔を浮かべる。適材適所。荒事を得意な人に任せて、自分は自分が得意な分野を頑張る。役割分担は大事だよね、と頷いた。
「ま、最終的に艦長室を押さえればいいんだ」
 クイニィーの言葉に同意するようにウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は頷く。顔を隠すようにローブを装着し、紐で止めて固定する。脳内に船の見取り図を思い浮かべ、幾つものルートを描き、突入の準備を整えていた。
 ライカ、エルシー、シノピリカ、ツボミ、アクアリスの五名が甲板に残って蒸気騎士の迎撃。
 アデル、マグノリア、ザルク、クイニィー、ウェスルの五名が艦長室に向かうために船内に向かう。
 エスター号をめぐる戦いが、今始まる――


「フリーエンジン! 投降するなら慈悲をもって応じるぞ!」
 甲板に上がってきた蒸気騎士は、開口一番そう叫ぶ。あれが『熱血槍』なのだな、と声の大きさ等から自由騎士は理解できた。
「ココはいま通行止めよ。お帰りいただけるかしら」
 赤い髪を翻し、エルシーが躍り出る。格闘家特有の衝撃を受け流す構えを維持しながら、マリオンの前に立つ。繰り出される槍を避けながらステップを踏み、呼吸を整えて隙を伺う。大型の槍故に威力は高いが、同時に隙も大きい。
 突き出した槍を身をかがめて避け、そのまま前に進むエルシー。拳の届く間合に入り、マリオンの兜の籠手を当てた。カツン、と口あわせる金属音。威力こそないが『今のはあいさつ代わりだ』とばかりの挑発に相手の気勢はエルシーに向けられる。
「さあ、こっちを見なさい。相手してあげるわ」
「貴女は……貴女達は! まだこんなことを続けているのか!」
「流石に顔を覚えられているか。うんうん、相手もばかじゃない」
 マリオンの発言に頷くアクアリス。『サウスコート』で冤罪にかけられた亜人を巡る戦いで顔を覚えられたのだろう。こちらの方も見て言及してくるマリオンを見て、どうしたものかと思案した。関心のある相手だが、深い関係を持つわけにも行かないのも事実だ。
 蒸気騎士の砲撃で受けるダメージを見ながら、アクアリスは大気のマナを取り入れる。体内の魔力と自然の魔力、それを融合させて癒しの力に転化した。解き放たれる魔力の光。それが自由騎士達の傷を癒していく。
「ボクのことは覚えてもらってないと思って、寂しかったんだよ」
「ああ、覚えているとも! あそこで捕えていれば、罪を重ねさせずに済んだとな!」
「むぅ、根っからの善人じゃなぁ。だからこそ腹を割って話せるというものか」
 軍刀を構え、シノピリカは頷いた。相手は間違いなくヘルメリアの軍人で、イ・ラプセルと相対する存在だ。だが奴隷社会を受け入れていることと、相手が悪人であることはイコールではない。マリオンはその一例だった。
 船内に続く入り口の前に立ち、挑発するように構えるシノピリカ。ここから動かないとばかりに仁王立ちし、迫る蒸気騎士相手の軍刀と機械の腕を振るう。蒸気技術の差を体術と経験で埋め、自ら定めた線を引くことなくシノピリカは戦い続ける。
「久しいな! 此度も貴官の正義を邪魔させて貰うぞ!」
「させない! この船の者達は守ってみせる!」
「そう。命を懸ける覚悟があるのね」
 マリオンの叫びにライカが言葉を返す。相手はヘルメリアの騎士。その職務に乗っ取ってこちらを伏そうとするのなら、反撃される覚悟も当然持っているだろう。ならばその信念のもとで命を落としても文句は言わせない。――死人は文句をいえないが。
 蒸気鎧で増幅されたパワー。その力を乗せた槍の一撃。その一撃がライカに迫る。五秒先の未来を見て槍の穂先を見切り、持ち前の速度でその範囲から逃れる。槍の風圧を感じながら、ライカは殺意を乗せて刃を振るう。
「アタシの攻撃は軽いでしょうけど、速さを乗せた一撃はどうかしらね」
「敵ながら見事と褒めておこう! だがそれで折れる蒸気騎士ではない!」
「本当に無駄に熱いな。叫び過ぎて喉が枯れるんじゃないか?」
 と、叫ぶマリオンに医者ならではの言葉を返すツボミ。枯れても治すつもりは……まあ相手が投降したら考えるか。ともあれ今優先すべき名は仲間の治療であり、この船の奪取だ。悪人呼ばわりされるのはもう慣れた、とばかりに手を振った。
 発刊、呼吸のリズム、足の震え、指先……仲間達の身体部位を見ながらツボミは疲弊具合を測る。自己申告を信用しないわけではないが、体のサインは如実に体力の限界を教えてくれる。ツボミはその判断の元、癒しの術を行使した。
「まあ、元気なのはいい事だ。出来れば互いに元気なまま終わりたいものだが、どうだ?」
「そちらが降伏すればそれは叶う! こちらも無為に傷を負わせたくはない!」
 会話はできる。互いに命の価値は理解している。
 それでも自由騎士と蒸気騎士には、和解の道が存在しない。


 船内の抵抗は予想以上に激しかった。
「バリケードをもって来い!」
「西側から回り込め!」
「艦長室を守るんだ!」
 だが歴戦の自由騎士からすれば突破は難しくない。問題はそれにかまけていると時間がかかりすぎるという事だ。そして時間をかける事で不利になるのは自由騎士である。援軍が来るまで粘られてはこちらの負けになる。
「よし、俺が囮になる。お前らは先に行け」
 囮を買って出たのはウェルスだ。このままでは時間がかかりすぎると判断し、一番目立つだろう自分の知名度を餌にする作戦を立案した。他の自由騎士に艦長室までのルートを教え、銃を構えて機を伺う。
『兵站軍』の銃撃が止んだと同時に、横っ飛びで廊下に出るウェルス。そのまま銃を撃ちながら前進し。廊下を一時的に鎮圧する。だが休むことなく現れる増援。その数を見たウェルスは口元を緩め、獰猛な笑顔を浮かべた。
「お前らには言ってやりたいこともあるんだ。嫌がらせだがな」
「任せた。こちらは道を開くとしよう」
 ウェルスの言葉に頷くアデル。この戦いは誰かが艦長を押さえればそれでいい。ならば分散して行動するのも有効な作戦だ。迫る『兵站軍』に向けて槍を振るい、蹴散らすようにしながら進んでいく。
 カタクラフトをフル稼働させ、全身に力を溜める。アデルは裂帛と同時に槍を突き出し、同時に廊下を突き進む。貫くのではなく、衝撃で押し戻すような槍の一撃。放った後に派手に槍を回転させ、敵の注目を浴びるような態度を取る。
「時間の勝負だ。一気に突き進むぞ」
「分かってる。急いでいくぞ」
 銃を構えてザルクが言葉を返す。機械化した亜人達。ヘルメルアの一員を見るザルクの心境は複雑だ。彼らは歯車騎士団の一員でもある。敵には違いないが、ザルクの復讐の相手かといわれると違うのも確かだ。
 息を吸い、気持ちを整理する。今やるべきことを明確に定め、獣の引き金に指を乗せた。逡巡は一瞬。判断は即座に。銃口を『兵站軍』に向けて、引き金を引いた。乾いた音と共に放たれた鉛の弾丸が道を切り開く。
「死にたくなければ退きな! とどめまでは刺しゃしねえよ!」
「そっちは任せたよ」
 派手に動くザルクにマグノリアが告げる。別れる際に錬金術で身体能力向上の薬品を付与し、廊下を駆け抜ける。マグノリアの興味は『兵站軍』よりも艦長にあった。彼の人柄や性格は何処まで真摯なのか。それを確かめたい。
 脳内に地図を浮かべ、最短距離をイメージする。そのイメージのままに廊下を進み、邪魔をする敵を前に魔力を解き放ち、その足を止める。殺すつもりはないが、邪魔立てするなら容赦はしない。時間のロストは可能な限り避けなくてはならない。
「最短距離で突き進もう。護衛艦に向かった人達が失敗するとは思えないけど、最悪は想定しないと」
「ふふーん。楽ちん楽ちん」
 囮役のおかげもあって、クイニィーは戦闘をほぼすることなく船内を突き進んでいた。派手に動き、名の売れたウェルスやザルクの方に向かっており、稀に遭遇する相手を水銀で縛りつけて廊下を進む。
 頭をよぎるのは、水鏡で見た艦長の人柄だ。人のいい言ってしまえば『善人』だが、その顔は果たして真実かそれとも仮面か。ヘルメリアと言うノウブル至上の社会の中であの性格を保っているのか否か。それを見定めたかった。
(個人的には、追い詰められた艦長が『兵站軍』を盾にして逃げるとかしてくれたら大笑いなんだけどなぁ)
 含み笑いをしながら進むクイニィー。
 自由騎士達は少しずつ、艦長室に近づいていく。


 甲板での戦いは勢いを増していく。
 榴弾が炸裂し、蒸気の槍が射出される。同時にエルシーの拳とシノピリカの軍刀とライカの刃が翻り、アクアリスとツボミの癒しが戦線を支える。
 火力面でいえば自由騎士の倍の数で攻める蒸気騎士。その火力は少しずつ自由騎士を押していく。
「……っ! まだよ」
「計算の内とはいえ、中々の火力だね」
「あいたたた! 美人の柔肌に傷をつけるなんてひどいわね」
 蒸気騎士の榴弾でライカとアクアリスが、マリオンの槍でエルシーがフラグメンツを削られる。
「熱血漢ではあるけど、猪突猛進と言うわけでもないのだね」
 敵の動きを確認しながらアクアリスはふむりと思考する。マリオンの言動と行動は熱血的ではあるが、決して集団戦をおろそかにしているわけではない。敵の前線に立ちながら、仲間との連携を重視して動いている。端的に言えば『前に立つ指揮官』の好例だ。
「力押しでヘルメリア民を守れるならそうしよう。だがお前達はそうではないからな!」
「高評価だね。さて、だとすると――」
 アクアリスは思考する。相手が理性ない獣と思考する人間であっても、策略にはめる基本は変わらない。要は何を基点に罠を仕掛けるかだ。この蒸気騎士の場合、『人情』あたりか。今回は必要ないが、また相対することがあればその時には――
「ふ――っ!」
 マリオンの蒸気槍を躱すライカ。大型の槍による攻撃は大別して三種類。突く、払う、振るう。つまり真正面か、横か、縦かだ。僅か三種類の軌跡に対し、ライカは縦横無尽。攻撃の選択肢は多くある。だというのに――充分に踏み込めない。
「槍の基本動作を徹底的に繰り返して、体にしみ込ませたって感じね。こういう状況じゃなければ楽しめたんだけど」
 速度を追求したライカに対し、一つの技を徹底的に極めたマリオン。特化した方向こそ異なるが、何かを求め続けた結果にある極地同士の攻防がそこにあった。槍の領域と速度の攻防戦。互いの制空権の奪い合い。刃と槍の範囲動詞が一つの結界となって交差する。
「ぶれない回転軸とそれを支える体力。パワーファイターには違いないけどテクニックもあるじゃないの」
 武術家のエルシーの目から見ても、マリオンの動きは理に適ったものだった。強く、そして正確な槍の一打。手数で攻めるエルシーとは別の強さだ。その鍛錬自体には舌を巻く。が、
「それはそれ、ね。勝つのは私たちよ」
「そうはいかない! ここで貴女達を拿捕し、ヘルメリアの平和を守る! そして罪を償ってもらった後に、貴女達を故郷に送り返す!」
 マリオンが心の底からそうすべきと思ってるのだろうことはエルシーにも理解できる。だとしても、それに従うつもりはなかった。マリオンの動きは大したものだが、エルシーの体術はそれを上回る。槍を避け、速度を殺すことなく拳を叩き込む。
「マリオンよ! 真に騎士としてヘルメリアの民を守りたいのなら……我らと来い!」
 マリオンの槍とシノピリカの軍刀が交差する。鍔競り合の状態のまま、シノピリカは切り出した。
「生存を首輪とした『安全』に何の正義がある? 生まれ落ちたその命、区分けることを何故良しとする?
 真に国を、民を想うならヘルメス神の語る『区別の正義』を奉じることの意味を、今一度考え直しては貰えぬか!?」
「それがフリーエンジン……いや、イ・ラプセル自由騎士の正義というのなら、それは立派と言葉を帰そう! 艱難辛苦と共に亜人と手を取り合う事を決めた貴国の決意を、否定するつもりはない――だが!」
 力を込めて槍をはじき返すマリオン。
「それを暴力をもって示すことを認めはしない!
 我が叔父、チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンはフリーエンジンの暴力の元に死亡した! 両手足を切断され、死ぬ直前まで刃で体を突かれながら死に至った!」
 マリオンの拒絶の言葉に、シノピリカは言葉を止める。奴隷協会幹部チャールズ死亡の事実は報告書で聞いていた。だがそれが目の前の騎士の血縁者だとは――否、血縁者でなくともこの男は許しはしないだろう。
「汝らの基準で罪ならば殺していい。そんな『正義』に従う道理はない!」
「ふん。確かのこちらの正義の押し付けだ。それをどうこう言うつもりはない」
 マリオンの言葉を一刀両断するツボミ。こちらがこの国で悪人だという事は言われるまでもない事だ。今更それを非難されて動揺する事はない。そんな事にはもう慣れた。こちらはこちらの都合で動きのみ。
「恨みたければ恨め! こっちは悪い敵兵だ。その方が互いの精神衛生上に良かろう!」
 語るべきことはない、とツボミは言い放つ。ツボミの正義、マリオンの正義。その二つが異なるのは当然で、相容れないのは仕方のない事だ。それを無理やり繋げれば、いらぬ諍いが起きることになる。それはまだ時期尚早なのだろう。――あるいは未来永劫分かり合えないかもしれないが。
「こちらの都合で船が欲しいだけだからな。他のことなんか知るか。バーカ!」
「それを許すつもりはない!」
 自由騎士と蒸気騎士。言葉による交差は何も生み出さない。
 ならば雌雄を決するのは刃のみ。互いの技量を駆使し、互いの都合を通すのみ。
 剣戟と爆音が、船の甲板に鳴り響く――


「こいつは奴隷商から聞いた話なんだがな。 
 奴隷ってのは、境遇に慣れすぎると自分を繋いでる鎖や首輪を自慢し始めるんだとよ。……同じ奴隷の鎖なのにな」
『兵站軍』を前に言葉を放つウェルス。
「お前らはこの状況に『慣れてる』だけじゃないのか? 粗雑な扱いをされてた所をマシな主人に拾われて『ここが俺たちの住処だ』って飼いならされてるだけじゃないのか?」
 ノウブルを信じないウェルスは、この船の艦長に従う『兵站軍』を見て虫唾が走った。優しいという状況で縛られている彼らに怒りを感じていた。
「お前ら、子孫に恥ずかしくないのか? 親から引き離され、暴力と陵辱で涙する奴に『ヘルメリアの奴隷は素晴らしい』と言えるのか。ここで飼いならされた生活を、未来の亜人に胸を張って自慢できるのか? 今の自分を誇れるのか?
 俺は飼いならされた家畜を助ける気はないぜ」
 問いかけはこれで終わりだ、とばかりに睨みつけるウェルス。
「ご高説だなテロリスト。暴力で語る正義は美味いか?」
 だが帰ってきた言葉は冷たい言葉だった。ウェルスに撃たれた肩を押さえ、痛みで表情を歪ませながら。
 ウェルスの言葉は倫理的には正しい。奴隷の立場を後世に誇れない部分はある。
 だが、ウェルスの立場は『軍港に押し入った犯罪者』だ。人のテリトリーを奪おうとする者が正義を語っても、受け入れられない。いうなればイ・ラプセルに攻めてきたシャンバラの騎士と同じなのだ。
(今はまだ、無理か……)
 完全な拒絶を前に、口を閉ざして戦いを再開するウェルス。
 そして戦いは再開される。

 銃を撃つ。身を隠して、弾丸を装填する。再び銃を構える。
 ザルクは『兵站軍』と交戦しながら、舌打ちする。今更非戦闘員に足を救われることはないが迫る数が多い事もあり、足が止まっていた。ここで制圧を続ける限りは艦長室に向かった者達に向かう数が減るので、無駄足ではない。そう自分に言い聞かせて――
(違うな。こいつらを『敵』と割り切れないだけだ)
 足が止まっている理由に唐突に気付くザルク。そしてそう思えない感情の正体に気付いていた。
「皮肉だな。一歩間違えなければ、俺もヘルメリア軍に入っていたかもしれなかったんだから」
 ザルクは亜人ではない。だが、ヘルメリア人でオラクルだ。徴兵されてヘルメリア軍になっていた可能性がある。<メアリー事変>で歯車が狂わなければそうなっており、亜人達を顎で使っていたかもしれないのだ。
「<メアリー事変>が起きなければ、ここで銃を突きつけられているのは自分だったかもしれない、なんてな!」
 歯車騎士団ジュリアン・スミス。そんな今があったかもしれない。だがそんな今は来なかった。それが事実だ。
 ヘルメリアを出たからこその経験。価値観。そして出会い。それが今のザルクを形成している。それがあるからこそ、ヘルメリアの価値観の歪さが見える。
 勿論、過去の事例に感謝などするはずがない。ヘルメリアは憎いが、それでも切り捨てたりはできなかった。
 IFの自分と決別するように、ザルクは引き金を引く。『敵』ではなく、今を進むための『障害』として。 

「失礼するぞ」
 艦長質の扉を開けて侵入するアデル。侵入と同時に襲い掛かってくる『兵站軍』の攻撃を受け止める。物質透過の侵入は予想していたのか、的の反応は迅速だった。だがアデルもそれは想定内だ。
 不意打ちは予測で来ているのなら不意打ちにならない。侵入と同時に槍を振るい、攻撃をさばいていく。三対一で余裕はあまりないが、それでも押し負けるという事はない。この状態で錠を開けるという事は無理だが、その心配は始めからしていなかった。
「こんばんは、フリーエンジンです! 単刀直入に言います、この船を下さい!」
 外側から針金で錠を開けるクイニィーが中に入ると同時に言い放つ。聞いてくれるとは思っていないが、それでも目的を包み隠さず言う事は重要だ。交渉の基本は互いの勝利条件の確認。それを定め損ねれば、戦略が立てれない。
「フリーエンジン……強力な傭兵を雇ったと聞きましたが、貴方達なんですね?」
「はーい。スレイブマーケットを襲ったりいろいろしているフリーエンジンです!」
 いろいろ、の部分を強調するクイニィー。これまでの悪事全てを押し付けようという魂胆である。まあそれは『先生』も承知の上なのだろうから、クイニィーも気にはしない。ついでにイ・ラプセルでのことも押し付けちゃおうかしらん。あの人なら『必要経費ですね』と笑って受け入れそうだ。
「さて、ジャスティン・ライルズ。君の価値観を見定めさせてもらうよ」
 言いながらマグノリアは艦長室に入り、扉を閉める。鍵を閉めればしばらくは援軍も来ないだろう。その間に決着をつけなくてはいけない。この場合の決着は戦いに勝つという意味ではない。
「――それを見定めれば去ってくれる、というわけではないようですけど」
「あくまでそれは僕個人の興味でね。フリーエンジンとしてはこの船を頂くことが目的なのさ」
 だから容赦はしない、とばかりに魔術を展開するマグノリア。錬金術は法則だ。如何なる要因があろうとも法則だけは不変だ。その法則を力に転換し、『兵站軍』を制圧していく。聖遺物に込められた魔力が、衝撃波となって広がった。
「……ぐっ……!」
「チェックメイトだ」
『兵站軍』全員を伏した後に、槍をジャスティンに向けてアデルは言い放つ。
「降伏勧告だ。今どういう状況下なのか、わからないわけでもあるまい」
「無駄ですよ。護衛艦がこちらに向かってきているようですし、外では蒸気騎士や『兵站軍』の皆がが奮闘しています。僕の命惜しさで、彼らの努力を無為にはできません」
 アデルの降伏勧告に気丈に返すジャスティン。この程度では『不利』とは思わないようだ。
「どうだかな。艦長の命が惜しければ、と脅せば連中は船を降りる」
「…………」
 アデルの言葉に口を紡ぐジャスティン。だが逆に言えば自死すればその可能性は消える。その覚悟を含めた表情だ。
「所でジャスティン――なんで君は『兵站軍』を大事に扱うのかな? ヘルメリア軍人では珍しいと思うけど」
 空気を換える様にマグノリアが問いかける。ホムンクルスに伝声管を開けさせて、船内全部に通じるようにしてから。
「僕一人では何もできないからです。皆の助けがないと、僕は何もできませんから」
「ふむ。逆に言えば何でもできる様になれば見捨てる?」
「いいえ。そう言うという事は、フリーエンジンはそういう組織なのですか?」
 その言葉にマグノリアは思考する。温室育ちのお坊ちゃまと侮れば、足元をすくわれる。
「投降の意志は――なさそうだけど、仮に投降したとして『兵站軍』をどう扱うつもりなんだい?」
「――テロリストに応える義務はない」
 アデルが突きつける槍を前にしながら、きっぱりと言い放つジャスティン。マグノリアの瞳にそれがどう映ったかは、余人には分からないだろう。
「我々フリーエンジンは亜人の地位向上を目指しています」
 瞳に涙(偽)を浮かべ、祈るように手を組んでクイニィーがジャスティンに迫る。
「貴方のようにお心が広い主ばかりなら奴隷として仕えても問題なかったでしょうが、悲しいかな、貴方のような方は稀です。
 貴方の優しさに敬意を示し、降伏して下さるならこの船の船員皆、これ以上負傷させず解放致します!」
 アデルとマグノリアは普段のクイニィーとのギャップを感じながら、敢えて何も言わずに見守っていた。クイニィーもその様子に気付きながら気にせず言葉を続ける。
「カタクラフトを付けた亜人はヘルメス様の加護が無ければ命はありません。本来ならば、我々も血を流す戦いは望んでいないのです……どうか、ご賢明な判断を――」
「…………分かった。降伏する」
 訴えるようなクイニィーの言葉に、不承不承頷くジャスティン。
(わーお、情に訴えて話を聞いてくれた……ってわけじゃないかな。こちらの言葉の裏を読み切って、渋々脅迫に応じたって所か)
 ジャスティンもこれで騙されるほど、甘い性格をしているわけではない。
 だがクイニィーの『船員皆、負傷させずに解放致します』の言葉に頷いたに過ぎない。彼らの戦闘力は理解している。援軍が来るまで持ちこたえれば、勝ちの目はある。だが彼らが破れかぶれになれば、どれだけの死者が出るかわからない。
 護衛を殺すことなく伏したことからも、その実力が分かる。彼らがそうしないのは、殺戮をしない事で交渉の余地を作っただけに過ぎないのだ。交渉の余地なし、と分かれば殺さない理由はなくなる。水の女神の権能を知らない若き艦長は、そう判断したのだ。
『こちらはエスター号艦長、ジャスティン・ライルズである。全船員および交戦中の蒸気騎士団に告ぐ。
 本船はフリーエンジンの支配下となった。戦闘行為を止め、速やかに下船せよ。緊急マニュアルBノ3項に従い、クレイン三等の指揮下で元再編成を命ずる』
 ジャスティンの命令が響き渡り、戦いは終わりを告げた。


 後処理や船の出航準備などは陽動に回ってきたフリーエンジンの者達が行う。元より出航直前の船だったこともあり、足止めされた護衛艦が来るより前に港を離れる事が出来た。
「それでは貴様等ぶっちゃけ邪魔だ。つって死なれてもケッタクソ悪いので、出てけ」
 船内で傷ついた『兵站軍』を治療し終えたツボミは、その全員を脱出ボートに乗せて送り出す。ここに留まられればメンテナンス不良で死ぬだけだ。それは後味が悪い。
「私達が欲しいのは船であって貴様等の命も身柄も要らん! 失せろ!」
「ふ、ふざけるな! 艦長も一緒に――」
「知るか! 負けた貴様等が悪いのだバーカバーカ。ほれ帰れシッシッ!」
 追いはらうように手を振るツボミ。どうあれ死人が出ないのならそれに越したことはない。
「俺達の目的はこの船だ。お前達の生死は問われていない。態々殺して回るのも面倒だ」
 アデルも『兵站軍』をボートに誘導し、乗せていた。殺すことは容易だが、頃理由はない。『先生』からは可能であれば生かしてほしい、とは言われたが絶対でもないのだ。船を奪った以上、命を奪う理由もないが奪わない理由もない。
「お前達の艦長はこちらの安全が確保されてから解放する。信じるかどうかは自由だ」
「殺さずに開放するの?」
「無論だ。連れて帰るわけのもいくまい」
 ライカの問いかけに応えるアデル。フリーエンジンの利点はティダルトによる移動拠点だ。本拠地が移動して発見されないからこその優位性である。それが歯車騎士団にバレれば、移動ルートを押さえられて総攻撃を受けるだろう。そうなれば、確実に敗北だ。ジャスティンを連れて帰れば、そのリスクが高まる。
「でもどうなのかしらね。そもそもこの輸送作戦、上手くいくのかしら?」
 ライカは傷口を押さえながらつぶやく。デザイアの数が増えたから輸送作戦を敢行した、という行き当たりばったりな風に見えなくもない。だとすれば、自由騎士を疲弊させようとしているようにも見える。
(一応、あれはヘルメリアの人間なのよね。注意するに越したことはないかも)
 もしかしたら、あの男は自由騎士をいいように利用して別の目的があるのかもしれない。人のいい仮面の奥で何を考えているのかわからない。根拠のない推測だが、土壇場で背中を刺されればアクアディーネ様の想いは叶わなくなる。それだけは――
「上手くいかせるしかないでしょう。その辺はジョン先生のお手並み拝見よ」
 逆にエルシーは一定の信頼を『先生』に抱いていた。これまで共に戦ったという事もあり、その手腕は理解していた。ヘルメリア侵入からここまで、彼を始めとするフリーエンジンの手助けがなければ成し遂げられなかったのだから。
「ま、人使いが激しいのは確かだけど」
 痛む部分を押さえながらエルシーは愚痴る。フリーエンジンがこちらに求めるのは、戦闘行為だ。歯車騎士団や奴隷商人に対する軍事行動。それらはけして楽な戦いではなかった。そしてもう少しそう言った扱いは続くのだろう。
 潮風で火照った体を冷やすエルシー。秋の海は一段と冷えていた。

「そんなわけで、しばらくはご一緒しましょう。ライルズ艦長」
 椅子に座ったジャスティンに向かって話しかけるクイニィー。ジャスティンは念のためにと腕を拘束されてた。足を拘束しないのは抵抗してもうすぐに押さえられるだけの実力者がいることもあるが、ジャスティン自身が抵抗するつもりがない事もある。
「船員を無事に下船させてくれて、感謝します。だが――」
「うんうん。あたし達のことは恨んでいいよ。あることないこと好きなだけ盛り込んで軍で噂していいから」
 にこにこと笑いながらクイニィーが告げる。フリーエンジンがどれだけあしざまに言われようが、クイニィーには関係ない。今更いいように取り繕うつもりもないのだ。だったら毒食らわば皿までだ。
「そんな性格でもないだろうけどね、キミは」
 クイニィーの言葉にアクアリスが応じる。ジャスティン・ライルズと言う人間は良くも悪くも誠実だ。されてもない悪事を流布するような人間ではない。こちらが真摯に扱う以上、最低限の礼を返す軍人だとアクアリスは見ていた。
「ああ、流言飛語を吹き込むつもりもない。キミは見たままを軍で報告すればいい」
「元よりそのつもりです。同情はしません」
 それは良かった、とアクアリスは頷く。実のところ、この件がどう報告されても構わない。それでフリーエンジンの風当たりがよくなるわけでもないし、むしろ苛烈になるだろう。かといって、過度に暴力を加えて残虐性をアピールするつもりもなかった。
(敵に対しては雄々しく、身内に対しては全力で守ろうとする。……そんな所かな)
 マグノリアはジャスティン・ライルズの言動と行動を見てそう判断を下していた。敵であるこちらに対しては拒むように壁を作り、そこからできる範囲で反撃しようとする。その全ては自分の味方を守るため。
「まさか『本物』とはね。ノウブル至上主義のヘルメリアでは珍しいタイプだ」
 うんうんと頷くマグノリア。歯車騎士団でもマイノリティーな考え方なのだろうが、それでもそう言った考えをもつ者がいることは驚きだ。奴隷制度そのものへの反抗こそないが、こういった人間が軍上層部に居る事はマグノリアとしても望ましかった。

 シノピリカとマリオンは互いに背を向け、そのまま歩を進める。
 自由騎士はエスター号の中に。蒸気騎士は下船用のタラップに。シノピリカとマリオンが交差する瞬間、言葉が交わされる。
「――ドジソン四等。我らが理想を立派と言ってくれたことは感謝する」
「貴国の王がその判断を下すに至った苦悩と、そこに至るまだでの努力はかなりのモノのはずだ。だが――」
 マリオンの言葉には明確な拒絶があった。そしてシノピリカもそれを責めるつもりはない。シノピリカとてイ・ラプセルの国民が殺されれば、怒りを感じるからだ。
(怒りを感じておるのはワシらにではない。それを防げなかった己に対してなのじゃろうな)
 マリオンの心中を察するシノピリカ。自由騎士を恨むのなら、それは仕方がなかった。マリオンがイ・ラプセルに復讐する理由は充分にある。だが、彼はそれを良しとしないだろう。結果として、怒りの矛先は自分自身に向くことになる。
 かける言葉はない。かけられる言葉もない。
 鋼の靴音を鳴らし、騎士達は戦場から消える。

「どうした、ウェルス?」
 ザルクは物陰に書切れているウェルスを見つけ、声をかけた。ウェルスは歯車騎士団が全員去るまで、息をひそめて銃を構えていたのだ。
「いや、何でもない。連中に顔を見られたくなかっただけだ」
 歯車騎士団の気配が完全に去ったことを確認し、ウェルスは立ち上がる。遠視の魔眼を警戒してか、フードはまだおろしたままだ。
「これで一歩前進だな。もうちょっと時期が早ければシャンバラ側の収穫量とか収穫の手間とか。もうちょっと楽になってたかもな……」
「一歩、か」
 ザルクの言葉に俯くウェルス。何かを引きずったかのような、悔いのある声で。
「どうした?」
「いや、何でもない。現実は一歩ずつしか進めないもんだなって思っただけだ」
 手を振り、歩を進めるウェルス。
 世界は残酷で、それでも良くしようと理想の世界に進んでいく。そこに近道はない。理想をかなえる為には、一歩ずつ進んでいくしかないのだ。
「……行こうぜ。俺達は勝ったんだ。凱旋と行こうじゃないか」
「そうだな」
 そして二人もエスター号の中に入っていく。

 かくして大型輸送船エスター号はフリーエンジンの物となった。
 ジャスティン・ライルズは航海途中でボートに乗せ、下船させる。陸路は見えたので、死ぬことはないはずだ。街は見えなかったが、運が良ければ車が通りかかるだろう。
 軍の受けたダメージは大きく、一時的な足止めにはなるはずだ。イ・ラプセル本国にもその事を伝え、イ・ラプセル海軍もひそかに動き出しているという。
 順部は整った。後は決行するだけだ。
 デザイア大輸送計画と、イ・ラプセル騎士団渡航計画を――!

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

どくどくです。
あっさり船内を突っ切られました。あれぇ?
もう少し甲板に割り振ると思ったのに。

以上のような結果になりました。
甲板組のダメージが大きいですが、総合の被害は少なかったのかもしれません。

MVPはジャスティン説得に一役買ったアルジェント様に。
あれが無かったら、もう少し戦闘が長引いていたかもしれません。

それではまた、イ・ラプセルで。
FL送付済