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Organist! 滅びのコンサート開催!?

●古びた洋館から
マーガリット家最後の主がなくなったのが半年前。そこを管理していた執事も給金の関係から訪れなくなり、館は放置されていた。
かつては芸術に力を注ぐ貴族で、音楽家のパトロンをやっていた。三代前の当主は天才双子を排出したとまで言われたが、それ以降は日の目も出なかったと言う。今年こそはと大金を投じて才能ある子を見つけようとしたが、流行り病で急死。後を継ぐ子もおらず、憐れ没落と相成った。
そして前国王崩御からの騒乱で後回しになっていた館の解体が始まる。館を買い取ったのは通商連だ。金銭の類はないのだが、培ってきた音楽関係の資料や楽器がある。そのリストも残っており、回収は簡単に行くと思われた。
<――♪>
エントランスの壁にあるパイプオルガンが音を奏でるまでは。
かつての天才双子を思わせる二重奏。しかし昔と違うのは、それらが魔術的な暴力をもって人に襲い掛かってきたことだ。
「オルガンがイブリース化しているのか……!」
真相に気づき、いったん撤収する通商連。幸いにして館の外まで追ってくることはなく、怪我人はいなかった。
だが困ったのはここからだ。このままでは館の中に入ることが出来ない。武装して排除も可能だが、そうすれば楽器などを破壊することになる。マーガリット家が蓄えてきた音楽の歴史を無に帰すのは忍びない。
これがヴィスマルクなら鉄の心で任務を優先し、シャンバラなら神に祈っただろう。ヘルメリアなら代替品として自動演奏式蒸気ピアノを考案し、パノプティコンなら『ニ・ミ・イ・セ・カ!(無能者)』と降格されていた。
そしてイ・ラプセルでは――
●酒場
「そのオルガン、浄化してきて」
『芸術は爆発』アンセム・フィンディング(nCL3000009)は集まった自由騎士達に、眠そうな瞳でそう告げた。
「マーガリット家、エントランスホール。その壁に設置されているパイプオルガンがイブリース化、した」
まぶたをこすりながら途切れ途切れに説明するアンセム。なんでも双子の男女がピアノを奏で、音で侵入者を追い返すそうだ。
「還リヒト?」
「違う。オルガンに残った、残留思念。一番いい音を奏でた人を、イメージしてる?」
小首をかしげるアンセム。言っている本人もイメージで話しているのだろう。
「後、館の楽器や椅子とかが……ぐう……たくさん浮いて、襲ってくる。こっちはただ体当たりする、だけ」
体当たりするだけ、とはいえイブリースだ。油断はできない。
「戦闘で楽器に与えたダメージは……浄化することで消失する……頑張って」
そこまで行って、完全に崩れ落ちるアンセム。完全に寝てしまったようだ。
自由騎士達は肩をすくめ、館へと向かうのであった。
マーガリット家最後の主がなくなったのが半年前。そこを管理していた執事も給金の関係から訪れなくなり、館は放置されていた。
かつては芸術に力を注ぐ貴族で、音楽家のパトロンをやっていた。三代前の当主は天才双子を排出したとまで言われたが、それ以降は日の目も出なかったと言う。今年こそはと大金を投じて才能ある子を見つけようとしたが、流行り病で急死。後を継ぐ子もおらず、憐れ没落と相成った。
そして前国王崩御からの騒乱で後回しになっていた館の解体が始まる。館を買い取ったのは通商連だ。金銭の類はないのだが、培ってきた音楽関係の資料や楽器がある。そのリストも残っており、回収は簡単に行くと思われた。
<――♪>
エントランスの壁にあるパイプオルガンが音を奏でるまでは。
かつての天才双子を思わせる二重奏。しかし昔と違うのは、それらが魔術的な暴力をもって人に襲い掛かってきたことだ。
「オルガンがイブリース化しているのか……!」
真相に気づき、いったん撤収する通商連。幸いにして館の外まで追ってくることはなく、怪我人はいなかった。
だが困ったのはここからだ。このままでは館の中に入ることが出来ない。武装して排除も可能だが、そうすれば楽器などを破壊することになる。マーガリット家が蓄えてきた音楽の歴史を無に帰すのは忍びない。
これがヴィスマルクなら鉄の心で任務を優先し、シャンバラなら神に祈っただろう。ヘルメリアなら代替品として自動演奏式蒸気ピアノを考案し、パノプティコンなら『ニ・ミ・イ・セ・カ!(無能者)』と降格されていた。
そしてイ・ラプセルでは――
●酒場
「そのオルガン、浄化してきて」
『芸術は爆発』アンセム・フィンディング(nCL3000009)は集まった自由騎士達に、眠そうな瞳でそう告げた。
「マーガリット家、エントランスホール。その壁に設置されているパイプオルガンがイブリース化、した」
まぶたをこすりながら途切れ途切れに説明するアンセム。なんでも双子の男女がピアノを奏で、音で侵入者を追い返すそうだ。
「還リヒト?」
「違う。オルガンに残った、残留思念。一番いい音を奏でた人を、イメージしてる?」
小首をかしげるアンセム。言っている本人もイメージで話しているのだろう。
「後、館の楽器や椅子とかが……ぐう……たくさん浮いて、襲ってくる。こっちはただ体当たりする、だけ」
体当たりするだけ、とはいえイブリースだ。油断はできない。
「戦闘で楽器に与えたダメージは……浄化することで消失する……頑張って」
そこまで行って、完全に崩れ落ちるアンセム。完全に寝てしまったようだ。
自由騎士達は肩をすくめ、館へと向かうのであった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.パイプオルガンの浄化
どくどくです。
このシナリオは『ブレインストーミングスペース#1 ティーナ・カミュ(CL3000359) 2018年07月25日(水) 21:14:43&カスカ・セイリュウジ(CL3000019) 2018年07月25日(水) 22:58:44』の意見から生まれました。
●敵情報
・オルガン(×1)
イブリース化したオルガンです。壁一面に張ったパイプと鍵盤。そしてそこに座る双子の男女。それら全てがワンセットです。回避は魔力で壁を作ったり攻撃を弾いたりと言った感じで行います。
音を使った魔術的な攻撃をしてきます。
攻撃方法
『星の煌めき』 魔遠単 煌めく星が瞬くようなフレーズです。【二連】
『羊のお誘い』 魔遠範 緩やかな音程が眠りを誘います。【ヒュプノス1】
『魔女の毒壺』 魔近単 暗澹とした音程が気分を崩します。【ポイズン2】
『レインボウ』 魔遠全 虹を思わせる双子の二重奏。【ウィーク1】【スロウ1】【グラビティ1】【ダメージ0】
移動不可 P 壁に設置されているため、移動ができません。
・ポルターガイスト(×2)
机や椅子、楽器などが宙に浮かび飛び交っています。中心に『核』のような黒点があり、そこが本体になります。
攻撃方法
体当たり 攻近単 浮かんでいる物をぶつけてきます。
騒霊舞踏 P 浮かんでいる物で邪魔してきます。三体までブロックできます。
●場所情報
マーガリット家エントランスホール。明るさや広さは戦闘に支障なし。
戦闘開始時、敵前衛に『ポルターガイスト(×2)』、敵後衛に『オルガン』がいます。
事前付与は一度だけ可能です。ホムンクルスの起動もOKです。
皆様のプレイングをお待ちしています。
このシナリオは『ブレインストーミングスペース#1 ティーナ・カミュ(CL3000359) 2018年07月25日(水) 21:14:43&カスカ・セイリュウジ(CL3000019) 2018年07月25日(水) 22:58:44』の意見から生まれました。
●敵情報
・オルガン(×1)
イブリース化したオルガンです。壁一面に張ったパイプと鍵盤。そしてそこに座る双子の男女。それら全てがワンセットです。回避は魔力で壁を作ったり攻撃を弾いたりと言った感じで行います。
音を使った魔術的な攻撃をしてきます。
攻撃方法
『星の煌めき』 魔遠単 煌めく星が瞬くようなフレーズです。【二連】
『羊のお誘い』 魔遠範 緩やかな音程が眠りを誘います。【ヒュプノス1】
『魔女の毒壺』 魔近単 暗澹とした音程が気分を崩します。【ポイズン2】
『レインボウ』 魔遠全 虹を思わせる双子の二重奏。【ウィーク1】【スロウ1】【グラビティ1】【ダメージ0】
移動不可 P 壁に設置されているため、移動ができません。
・ポルターガイスト(×2)
机や椅子、楽器などが宙に浮かび飛び交っています。中心に『核』のような黒点があり、そこが本体になります。
攻撃方法
体当たり 攻近単 浮かんでいる物をぶつけてきます。
騒霊舞踏 P 浮かんでいる物で邪魔してきます。三体までブロックできます。
●場所情報
マーガリット家エントランスホール。明るさや広さは戦闘に支障なし。
戦闘開始時、敵前衛に『ポルターガイスト(×2)』、敵後衛に『オルガン』がいます。
事前付与は一度だけ可能です。ホムンクルスの起動もOKです。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年08月29日
2018年08月29日
†メイン参加者 8人†
●
マーガリット家。音楽に力を注ぐ貴族で与えられた領地の業務をこなす傍らで、多大な財産を使い音楽家を育てていたという。結果として芽吹いた音楽家は片手の数にも満たなかったとか。
「先の事変で還ってきたロック鳥のトイラー子爵といい、貴族って変わり者が多いのかしら……って何で皆あたしの方を見て頷くの!?」
貴族の事情に詳しい『白金の星』ヒルダ・アークライト(CL3000279)は呆れたようにため息をつき、皆から感じる視線に驚いていた。獣を自力で狩らせるほど狩猟に傾倒したアークライト家のことは、それなりに知れ渡っている。
「それにしても、凄いオルガンだねー」
壁の全てを使って配管を通しているパイプオルガンを見て『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)はため息をついた。これほどの規模の物はイ・ラプセルでも数少ない。メンテナンスもしっかりされていたので、よい音が出せそうだ。
「楽器はあまり扱ったことないけど、やっぱり高いと何百万もするんだろうな」
念写でパイプオルガンの記録を取りながら『星達の記録者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は頷く。金銭面が先に出るのはマーチャントならではと言えよう。半年ほど放置されていたので埃が被っているが、品質が落ちたというほどでもなさそうだ。
「私個人としては、ちゃんと楽器として使ってくれる人に引き取ってもらうのがいいと思うけど」
天井近くまで伸びている配管を見上げながら『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)は肩をすくめる。通商連がこれをどう扱うかは分からないが、出来る事ならまた音を奏でてくれることを願うのみだ。
「通商連は楽器を粗末に扱ったりしないでしょう。きっといい持ち主を探してくれるわ」
帽子の位置を治しながら『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は告げる。薄い焦げ茶色の革の帽子は戦闘中に動いてもずれずに頭に収まってくれる。用途に合わせたうえで勝つ美的センスを損なわない。帽子職人の逸品である。
「その通商連に浄化の権能をアピっていく……ってお話なんでしたっけ?」
言って小首をかしげるコジマ・キスケ(CL3000206)。そこまで露骨に売り込むつもりはないが、イブリース浄化の有用性を理解してもらえれば、窓口も広がっていく。交渉の切り口は多いに越したことがないのだ。
(皆様をうまくサポートできるかしら。皆様の様に、ちゃんと敵と向き合うことができますかしら……)
憂いを含んだ目で『命短し恋せよ乙女』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)は胸に手を当て拳を握る。自由騎士に加入してまだ間もない彼女は、自分の実力に不安を感じている。自分の動きが悪ければ仲間に被害が出る。重圧が心を締め付けていた。
「残留思念か。……どうやらあの双子のことだな」
フランベルジュを構えて『女傑』グローリア・アンヘル(CL3000214)が構えを取る。鍵盤の位置に立つ二人の男女。まだ幼い恰好のそれが椅子に座ると同時に、エントランスにある椅子や楽器が浮かび上がる。
他の自由騎士達もグローリアに続くように武器を構え、それぞれの位置につく。パイプオルガンから奏でられる音が因果を律し、その旋律が魔の術と化す。
イブリース化した楽器のコンサート。暴力をもって行われる音の祭典。それを浄化すべく、自由騎士達は戦いに挑む。
●
「行くぞ」
短く告げて武器を構えるグローリア。イブリース化したピアノの気持ちなど分かるはずがないが、奏者のいない楽器は寂しいものだと静かに想う。この楽器がまた誰かに奏でられるように浄化せねば。
両手でフランベルジュを構え、突きの構えを取るグローリア。自由騎士の足を阻むポルターガイスト。その中心の黒点に意識を向ける。踏み込むと同時に突き出された大剣。生まれた衝撃波が真っ直ぐにその黒点を貫く。
「残留思念が残るほど、このピアノは引かれていたのだな」
「きっと君はその双子の事が大好きだったんだね」
奏でられる音律を聞きながらピアノに語りかけるカノン。双子の奏者のことは知らないが、ピアノが奏でる曲が素晴らしいことは理解できる。戦闘中にもかかわらず、思わず口ずさんでしまうほどだ。
ピアノを守るように展開するポルターガイスト。飛び交う楽器や椅子を前に構えを取るカノン。我が拳は岩をも砕き、我が蹴りは波をも切り裂く。力強いイメージが奔流となって身をめぐる。その流れを消さないように突き出された拳は、騒霊の渦を大きく乱した。
「だけど君が誰かに演奏させてあげないと、双子に並ぶ天才を見つけられないと思うな」
「引くのは天才じゃなくてもいいわ。奏でられない楽器は悲しいものね」
ミルトスはピアノを見ながら頷く。規模こそ小さくなるがホワイトカラント修道院にもパイプオルガンがある。ミサなどでピアノを引くのは聖歌隊と呼ばれる普通の人だが、それを聞く人は皆笑顔を浮かべている。音楽とは音で楽しむものだ。人を襲うものではない。
精神を落ち着け、自分と世界を繋げて凪をイメージする。静かなる場所、静かなる自分。世界は自分であり自分は世界である。鍛錬を積んだ肉体は世界の動きに対し思うよりも先に動いてくれる。突き出した拳はポルターガイストを貫き、ピアノにまで衝撃を送った。
「物理的な実体があると、やりやすいわね」
「俺は楽器の値段が頭に浮かんでやりにくいぜ」
二丁の銃を構えウェルスが苦笑する。アクアディーネの権能によりイブリース化した物質や生物に傷が残らないとはいえ、頭によぎる金額だけはどうしようもない。これも商人としてのサガといえよう。
頭を振って金額を追い出すウェルス。深緑の瞳でイブリースを捕らえ、銃を構える。脳内で俯瞰するように戦場を見下ろし、戦場全体をより深く理解するイメージを描く。引いた引き金は二つ。銃声は一つ。同時に放たれた弾丸が騒霊の核に深く穿った。
「いい所に当たったみたいだぜ!」
「皆様の傷はわたくしが癒します! 安心して攻め続けてくださいませ!」
手のひらを口に当て、大きく笑うジュリエット。『聖剣「ロミオ」』を手に掲げ、その切っ先を戦場に向ける。気丈な態度をとるジュリエットだが、内心はまだ慣れぬ実戦で不安に震えていた。それを誤魔化すように大仰な態度をとる。
呼吸を整え、呪文を脳内で反芻する。思っていたよりも軽やかにジュリエットは術式を行使できた。清き光が仲間を包み、その傷を塞いでいく。不安からくる焦燥よりも、仲間を守る義務感が上回ったのだろう。彼女の根幹は民を守る貴族そのものだ。
「おーっほほほほ! ゴールドスミス家の家長がついているのです。皆様ご安心を!」
「任せて! 全力で行くわ!」
ショットガンを回転させながら戦場を歩くヒルダ。優雅な振る舞いは貴族としての教育を受けた証。その振る舞いのまま戦場を進み、敵前に歩み出る。ヒルダ・アークライトは後ろに下がらない。銃を手に前線で戦う狩猟の貴族だ。
飛び交う楽器や家具に目を向けず暴風の中に踏み込むヒルダ。襲い掛かる椅子を銃身で逸らし、タンスを弾丸で砕いて破片をかわす。まるで手足のように散弾銃を扱い、踊るように敵を撃ち砕く。そのままポルターガイストの核に銃口を向け、笑顔で引き金を引いた。
「まだ倒れない? 上等よ!」
「こっちが倒れないように気を付けてね」
前のめりになりがちな仲間に水を差すように告げるコジマ。やる気をそぐかもしれないが、それで怪我が減るならそれに越したことはない。攻撃の手が一つ減れば、それだけ勝利が遠のくのだ。国を守る騎士としてそれは見過ごせない。
仲間の傷の具合を確認し、コジマの脳内で傷の深さを基準に、治すべき順番のランク付けを行う。自分自身さえ含む任務達成優先の現実的な判断。その順番に従い、最適な術を行使して仲間を癒していく。
「流石に追いつかないかな。それまでに倒してね」
ピアノが生む音の魔術とポルターガイストの妨害。攻防のバランスが取れたイブリース側の構成に自由騎士達は攻めあぐねている。
だがそれで心が折れる者はいない。傷の痛みをこらえながら、真っ直ぐにイブリースを見て武器を振るう。
魔が奏でるコンサート。それを止める為、自由騎士達は女神の権能を行使していく。
●
戦い始めてしばらくして、自由騎士達はピアノの攻撃に偏りがあることに気づいていた。具体的には、ピアノの攻撃はグローリアとミルトスの二人に集中しているのだ。毒を思わせる暗澹とした曲が襲い、星の二重奏が叩きこまれる。
「なぜあの二人に!?」
「……あー。カノンの推測を言っていいかな? 多分曲の邪魔をされて怒ってるんだよ」
一番最初に原因に思い至ったのは、アーティストのカノンだった。
「邪魔?」
「オーディオエフェクトのことだよ」
はっ、とする二人。グローリアとミルトスは音を遮断する術を行使している。それにより音の魔術の効力を若干阻害しようとしているのだが……。
「ピアノからすれば演奏の邪魔をされているのと同じだからね」
言われてみれば納得である。しかし戦闘中にスキルを解除する余裕もない。
「まさかそんな弊害があるとはな」
音律から生まれる魔術に耐えながらグローリアが剣を構える。どの道イブリースは浄化しないといけないのだ。ならば全力で挑むのみ。仲間の回復を信じてただ真っ直ぐに刃を振るう。
「結果としてダメージコントロールが出来ているのだから、良しと思うべきね」
眠そうになる体に活を入れながらミルトスは自分に言い聞かせた。体の不調を誘うピアノの攻撃が仲間に向けられれば、攻撃の手が止まる。その事を考えればピアノの攻撃が特定の人間に向くことは悪い事ではない。
「そうですね。ヒーラーとしてはやりやすいです。とはいえ……」
コジマは回復の術を施しながら頷く。相手の攻撃が特定の人物に向けられるのなら、その人物を中心に癒していけばいい。ただ問題は、体調を戻す術と体力を回復する術を同時に行使できないことだ。ヒーラーは二人いるが、手数が追い付かない。
(出来ることを一つずつ……そうですわ、どんな時でも基本に忠実に!)
深手を負っていく仲間を見ながら、ジュリエットは自分が追い詰められているかのような圧力を感じていた。そんな時だからこそ、自分の原点を思い出す。ゴールドスミス家の当主として、騎士として。戦場に赴く最初の理由を。
「俺も癒しに回るか……? いや、不要だな!」
押されつつある戦況を見てウェルスが銃を下して回復に回ろうとする。が、口元に笑みを浮かべて銃を構えなおした。回復は二人に任せている。自分が出来ることは、守る事ではなく攻めることだ。イブリースの急所に打ち込まれる弾丸が浄化を加速する。
「大丈夫。私達があなたのその寂しさや悲しさ、全部受け止めてあげる。次の楽器人生はきっと楽しいものになるわ」
演奏することで抵抗するピアノに優しく語り掛けるアンネリーザ。変化を恐れる気持ちは理解できる。長くこの屋敷で引かれたピアノがこの館に向ける感情は様々だろう。だが、楽器は誰かに奏でられてこそだ。
「そうだよ! そこでその双子以上の演奏者が見つかるかもしれないんだよ!」
巨躯に合わせて踊るようにカノンが言葉を継ぐ。三代前の天才双子以上の逸材はいるかもしれない。いないかもしれない。だけどここで座していて、見つかるとは思えない。過去の天才を否定はしないけど、未来に生まれる才能を奏でてもらいたい。
「マーガリット家はもうないわ。でもあの貴族が没頭した記録は貴方達の中に眠っているのよ」
何かに傾倒する貴族は珍しくない。ヒルダも同じ貴族なのでそれは理解できた。他人からは無駄と思われることでも、遺るモノはある。それを拾い上げ、未来につなげるのも貴族の役目だ。その為にひく引き金に、躊躇はない。
自由騎士達はポルターガイスト二体を廃し、ピアノの元に迫る。残留思念の双子はやってきた自由騎士達に笑みを浮かべる。その顔は曲を聞くためにやってきた人への善意で満ちていた。
『ありがとう! ぼくたちの曲をもっと聞いてほしいな!』
『とてもハッピーな気分になりますわ!』
そんな声が聞こえたような気がする。だがそれは過去の残響。双子の奏者はもうこの世にはいない。その魂はセフィロトの海に還っている。奏でる音楽もその記録が残っているだけ。
そう、それは過去のコンサート。もう幕引きされた音楽祭。虹を思わせる七の音が平衡感覚を狂わせ、足を止めながらじわじわと自由騎士達の体力を奪っていく。
「く、ここまで……か」
「総崩れになっていないなら、悪くない結末ね」
集中砲火を受けていたグローリアが倒れ、フラグメントを削ってミルトスがギリギリのところで意識を保つ。だがイブリースの猛攻もここまで。
「そろそろ終わりにしようぜ。商売が待ってるんでな」
二丁の銃を構えたウェルスが笑みを浮かべる。獰猛な獣の牙が静かに光った。その笑みを崩すことなく銃口を構え、残留思念の双子を見る。楽しげに演奏する双子。それを断ち切るように弾丸が飛ぶ。
「カーテンコールだ。アンコールはなしでお願いするぜ」
弾丸が命中した双子は霧が晴れるように薄くぼやけてくる。双子の姿が完全に消えるまでピアノの残響はエントランスホールに残り、そして消えた。
●
戦い終わり、自由騎士達はサポートできていた医者の治療を受け、傷を癒していた。魔術による一時的な治癒と応急処置だが、それでも動けるようになるには十分だ。
「傷は残ってないようだな」
「内部も損傷無しね。アクアディーネ様の権能って本当にすごいわね」
戦闘後のピアノの状態を念写するウェルス。自由騎士達の戦闘で楽器にダメージが与えられたのではない事を示す為である。ヒルダが透視術を使いピアノの内部まで見て、調査を完璧なものとしていた。
「ポルターガイストで操られた楽器や家具は……まあ仕方ないですね」
床に落ちた家具や楽器を拾い上げながらミルトスはため息を吐く。浄化の権能はイブリース化した存在そのものへの効果だ。イブリースが投げつけた物までは効果を及ぼさない。自由騎士達の攻防でかなり傷んでいる。
だが――
「安い、とまでは言わないがそれほど高くはなさそうだな」
「家財を売って音楽に傾倒していたみたいね。椅子もテーブルも貴族の調度品とは思えないわ」
商人のウェルスが鑑定したところ、エントランスホールにある家具はそれほど高くはないことが分かる。ヒルダの推測通り、音楽のために高価な家具は売り払っていたようだ。
「素晴らしい曲をありがとう」
カノンはピアノに近づき、そっと触れる。奏でられた曲は攻撃的な魔力を帯びていたが、確かに名曲だった。当時に蓄音機があればと残念でならない。
「そうですわね。素晴らしい曲でした。また何時か、誰かに奏でられることを願いましょう」
ジュリエットも頷き、剣を収める。自由騎士の仕事は終わった。ここから先は通商連の仕事だ。良き縁があることを祈るしかない。
「ではピアノの門出を祝う意味で一曲ひかせてもらおう」
グローリアは言ってピアノに手を伸ばす。背筋を伸ばし、十指を鍵盤に乗せた。風穴から送られた風がパイプを震わせ、音を奏でる。スローテンポな、それでいて未来を感じさせる局がエントランスに響いた。
「アクアディーネ様の権能はアピールしていいものかしら……?」
そんな中、アンネリーザは不安げに口を開く。
「興味深いですね。何か不安でも?」
それを聞いたコジマが話を促すように問いかけた。
「私達が他国の権能を知らないように、他国も私達の権能を知らないはず。商船連がよき隣人であっても、必ずしも味方とは限らない。
その事は、先の奴隷商の事でも分かるわ」
「ふむ。情報を公開することが危険だと」
「ええ、その情報を欲した国に狙われるかもしれないわ……」
コジマは指に手を当てて思考する。言うべきことはすぐに見つかった。
「わたしの考えは逆かな。ここで味方を作っておかないと、大国に飲み込まれるかもしれない」
ヴィスマルク、シャンバラ、ヘルメリア、パノプティコン……他国と争い神の蟲毒を為すには、イ・ラプセルの戦力は不足していると言わざるを得まい。
「協力関係を作るために、自国の長所をアピールする。そういう話なんだよ。
ま、最終的には上の判断にお任せです。なにせ下っ端ですから」
かくしてこの事件は終了となった。
通商連はウェルスの資料を見てパイプオルガンに傷がついていないことを納得し、浄化の有用性に驚いていた。今回と似たような事例で商品が失われるケースは、ありえないとは言えない。検討に値する事例だと通商連も認識したようだ。
パイプオルガンは一か月かけて解体され、メンテナンスの後に運ばれる。既に買い手は存在しており、遅れた分を取り返す為に突貫作業となるそうだ。楽譜などは新しく製本され、その後に世界に広まっていくことになる。
音楽に傾倒し、没落したマーガリット家。
その名は歴史に刻まれることはなかったが、輩出した音楽家や曲は未来でも奏でられることになるのであった――
マーガリット家。音楽に力を注ぐ貴族で与えられた領地の業務をこなす傍らで、多大な財産を使い音楽家を育てていたという。結果として芽吹いた音楽家は片手の数にも満たなかったとか。
「先の事変で還ってきたロック鳥のトイラー子爵といい、貴族って変わり者が多いのかしら……って何で皆あたしの方を見て頷くの!?」
貴族の事情に詳しい『白金の星』ヒルダ・アークライト(CL3000279)は呆れたようにため息をつき、皆から感じる視線に驚いていた。獣を自力で狩らせるほど狩猟に傾倒したアークライト家のことは、それなりに知れ渡っている。
「それにしても、凄いオルガンだねー」
壁の全てを使って配管を通しているパイプオルガンを見て『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)はため息をついた。これほどの規模の物はイ・ラプセルでも数少ない。メンテナンスもしっかりされていたので、よい音が出せそうだ。
「楽器はあまり扱ったことないけど、やっぱり高いと何百万もするんだろうな」
念写でパイプオルガンの記録を取りながら『星達の記録者』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は頷く。金銭面が先に出るのはマーチャントならではと言えよう。半年ほど放置されていたので埃が被っているが、品質が落ちたというほどでもなさそうだ。
「私個人としては、ちゃんと楽器として使ってくれる人に引き取ってもらうのがいいと思うけど」
天井近くまで伸びている配管を見上げながら『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)は肩をすくめる。通商連がこれをどう扱うかは分からないが、出来る事ならまた音を奏でてくれることを願うのみだ。
「通商連は楽器を粗末に扱ったりしないでしょう。きっといい持ち主を探してくれるわ」
帽子の位置を治しながら『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は告げる。薄い焦げ茶色の革の帽子は戦闘中に動いてもずれずに頭に収まってくれる。用途に合わせたうえで勝つ美的センスを損なわない。帽子職人の逸品である。
「その通商連に浄化の権能をアピっていく……ってお話なんでしたっけ?」
言って小首をかしげるコジマ・キスケ(CL3000206)。そこまで露骨に売り込むつもりはないが、イブリース浄化の有用性を理解してもらえれば、窓口も広がっていく。交渉の切り口は多いに越したことがないのだ。
(皆様をうまくサポートできるかしら。皆様の様に、ちゃんと敵と向き合うことができますかしら……)
憂いを含んだ目で『命短し恋せよ乙女』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)は胸に手を当て拳を握る。自由騎士に加入してまだ間もない彼女は、自分の実力に不安を感じている。自分の動きが悪ければ仲間に被害が出る。重圧が心を締め付けていた。
「残留思念か。……どうやらあの双子のことだな」
フランベルジュを構えて『女傑』グローリア・アンヘル(CL3000214)が構えを取る。鍵盤の位置に立つ二人の男女。まだ幼い恰好のそれが椅子に座ると同時に、エントランスにある椅子や楽器が浮かび上がる。
他の自由騎士達もグローリアに続くように武器を構え、それぞれの位置につく。パイプオルガンから奏でられる音が因果を律し、その旋律が魔の術と化す。
イブリース化した楽器のコンサート。暴力をもって行われる音の祭典。それを浄化すべく、自由騎士達は戦いに挑む。
●
「行くぞ」
短く告げて武器を構えるグローリア。イブリース化したピアノの気持ちなど分かるはずがないが、奏者のいない楽器は寂しいものだと静かに想う。この楽器がまた誰かに奏でられるように浄化せねば。
両手でフランベルジュを構え、突きの構えを取るグローリア。自由騎士の足を阻むポルターガイスト。その中心の黒点に意識を向ける。踏み込むと同時に突き出された大剣。生まれた衝撃波が真っ直ぐにその黒点を貫く。
「残留思念が残るほど、このピアノは引かれていたのだな」
「きっと君はその双子の事が大好きだったんだね」
奏でられる音律を聞きながらピアノに語りかけるカノン。双子の奏者のことは知らないが、ピアノが奏でる曲が素晴らしいことは理解できる。戦闘中にもかかわらず、思わず口ずさんでしまうほどだ。
ピアノを守るように展開するポルターガイスト。飛び交う楽器や椅子を前に構えを取るカノン。我が拳は岩をも砕き、我が蹴りは波をも切り裂く。力強いイメージが奔流となって身をめぐる。その流れを消さないように突き出された拳は、騒霊の渦を大きく乱した。
「だけど君が誰かに演奏させてあげないと、双子に並ぶ天才を見つけられないと思うな」
「引くのは天才じゃなくてもいいわ。奏でられない楽器は悲しいものね」
ミルトスはピアノを見ながら頷く。規模こそ小さくなるがホワイトカラント修道院にもパイプオルガンがある。ミサなどでピアノを引くのは聖歌隊と呼ばれる普通の人だが、それを聞く人は皆笑顔を浮かべている。音楽とは音で楽しむものだ。人を襲うものではない。
精神を落ち着け、自分と世界を繋げて凪をイメージする。静かなる場所、静かなる自分。世界は自分であり自分は世界である。鍛錬を積んだ肉体は世界の動きに対し思うよりも先に動いてくれる。突き出した拳はポルターガイストを貫き、ピアノにまで衝撃を送った。
「物理的な実体があると、やりやすいわね」
「俺は楽器の値段が頭に浮かんでやりにくいぜ」
二丁の銃を構えウェルスが苦笑する。アクアディーネの権能によりイブリース化した物質や生物に傷が残らないとはいえ、頭によぎる金額だけはどうしようもない。これも商人としてのサガといえよう。
頭を振って金額を追い出すウェルス。深緑の瞳でイブリースを捕らえ、銃を構える。脳内で俯瞰するように戦場を見下ろし、戦場全体をより深く理解するイメージを描く。引いた引き金は二つ。銃声は一つ。同時に放たれた弾丸が騒霊の核に深く穿った。
「いい所に当たったみたいだぜ!」
「皆様の傷はわたくしが癒します! 安心して攻め続けてくださいませ!」
手のひらを口に当て、大きく笑うジュリエット。『聖剣「ロミオ」』を手に掲げ、その切っ先を戦場に向ける。気丈な態度をとるジュリエットだが、内心はまだ慣れぬ実戦で不安に震えていた。それを誤魔化すように大仰な態度をとる。
呼吸を整え、呪文を脳内で反芻する。思っていたよりも軽やかにジュリエットは術式を行使できた。清き光が仲間を包み、その傷を塞いでいく。不安からくる焦燥よりも、仲間を守る義務感が上回ったのだろう。彼女の根幹は民を守る貴族そのものだ。
「おーっほほほほ! ゴールドスミス家の家長がついているのです。皆様ご安心を!」
「任せて! 全力で行くわ!」
ショットガンを回転させながら戦場を歩くヒルダ。優雅な振る舞いは貴族としての教育を受けた証。その振る舞いのまま戦場を進み、敵前に歩み出る。ヒルダ・アークライトは後ろに下がらない。銃を手に前線で戦う狩猟の貴族だ。
飛び交う楽器や家具に目を向けず暴風の中に踏み込むヒルダ。襲い掛かる椅子を銃身で逸らし、タンスを弾丸で砕いて破片をかわす。まるで手足のように散弾銃を扱い、踊るように敵を撃ち砕く。そのままポルターガイストの核に銃口を向け、笑顔で引き金を引いた。
「まだ倒れない? 上等よ!」
「こっちが倒れないように気を付けてね」
前のめりになりがちな仲間に水を差すように告げるコジマ。やる気をそぐかもしれないが、それで怪我が減るならそれに越したことはない。攻撃の手が一つ減れば、それだけ勝利が遠のくのだ。国を守る騎士としてそれは見過ごせない。
仲間の傷の具合を確認し、コジマの脳内で傷の深さを基準に、治すべき順番のランク付けを行う。自分自身さえ含む任務達成優先の現実的な判断。その順番に従い、最適な術を行使して仲間を癒していく。
「流石に追いつかないかな。それまでに倒してね」
ピアノが生む音の魔術とポルターガイストの妨害。攻防のバランスが取れたイブリース側の構成に自由騎士達は攻めあぐねている。
だがそれで心が折れる者はいない。傷の痛みをこらえながら、真っ直ぐにイブリースを見て武器を振るう。
魔が奏でるコンサート。それを止める為、自由騎士達は女神の権能を行使していく。
●
戦い始めてしばらくして、自由騎士達はピアノの攻撃に偏りがあることに気づいていた。具体的には、ピアノの攻撃はグローリアとミルトスの二人に集中しているのだ。毒を思わせる暗澹とした曲が襲い、星の二重奏が叩きこまれる。
「なぜあの二人に!?」
「……あー。カノンの推測を言っていいかな? 多分曲の邪魔をされて怒ってるんだよ」
一番最初に原因に思い至ったのは、アーティストのカノンだった。
「邪魔?」
「オーディオエフェクトのことだよ」
はっ、とする二人。グローリアとミルトスは音を遮断する術を行使している。それにより音の魔術の効力を若干阻害しようとしているのだが……。
「ピアノからすれば演奏の邪魔をされているのと同じだからね」
言われてみれば納得である。しかし戦闘中にスキルを解除する余裕もない。
「まさかそんな弊害があるとはな」
音律から生まれる魔術に耐えながらグローリアが剣を構える。どの道イブリースは浄化しないといけないのだ。ならば全力で挑むのみ。仲間の回復を信じてただ真っ直ぐに刃を振るう。
「結果としてダメージコントロールが出来ているのだから、良しと思うべきね」
眠そうになる体に活を入れながらミルトスは自分に言い聞かせた。体の不調を誘うピアノの攻撃が仲間に向けられれば、攻撃の手が止まる。その事を考えればピアノの攻撃が特定の人間に向くことは悪い事ではない。
「そうですね。ヒーラーとしてはやりやすいです。とはいえ……」
コジマは回復の術を施しながら頷く。相手の攻撃が特定の人物に向けられるのなら、その人物を中心に癒していけばいい。ただ問題は、体調を戻す術と体力を回復する術を同時に行使できないことだ。ヒーラーは二人いるが、手数が追い付かない。
(出来ることを一つずつ……そうですわ、どんな時でも基本に忠実に!)
深手を負っていく仲間を見ながら、ジュリエットは自分が追い詰められているかのような圧力を感じていた。そんな時だからこそ、自分の原点を思い出す。ゴールドスミス家の当主として、騎士として。戦場に赴く最初の理由を。
「俺も癒しに回るか……? いや、不要だな!」
押されつつある戦況を見てウェルスが銃を下して回復に回ろうとする。が、口元に笑みを浮かべて銃を構えなおした。回復は二人に任せている。自分が出来ることは、守る事ではなく攻めることだ。イブリースの急所に打ち込まれる弾丸が浄化を加速する。
「大丈夫。私達があなたのその寂しさや悲しさ、全部受け止めてあげる。次の楽器人生はきっと楽しいものになるわ」
演奏することで抵抗するピアノに優しく語り掛けるアンネリーザ。変化を恐れる気持ちは理解できる。長くこの屋敷で引かれたピアノがこの館に向ける感情は様々だろう。だが、楽器は誰かに奏でられてこそだ。
「そうだよ! そこでその双子以上の演奏者が見つかるかもしれないんだよ!」
巨躯に合わせて踊るようにカノンが言葉を継ぐ。三代前の天才双子以上の逸材はいるかもしれない。いないかもしれない。だけどここで座していて、見つかるとは思えない。過去の天才を否定はしないけど、未来に生まれる才能を奏でてもらいたい。
「マーガリット家はもうないわ。でもあの貴族が没頭した記録は貴方達の中に眠っているのよ」
何かに傾倒する貴族は珍しくない。ヒルダも同じ貴族なのでそれは理解できた。他人からは無駄と思われることでも、遺るモノはある。それを拾い上げ、未来につなげるのも貴族の役目だ。その為にひく引き金に、躊躇はない。
自由騎士達はポルターガイスト二体を廃し、ピアノの元に迫る。残留思念の双子はやってきた自由騎士達に笑みを浮かべる。その顔は曲を聞くためにやってきた人への善意で満ちていた。
『ありがとう! ぼくたちの曲をもっと聞いてほしいな!』
『とてもハッピーな気分になりますわ!』
そんな声が聞こえたような気がする。だがそれは過去の残響。双子の奏者はもうこの世にはいない。その魂はセフィロトの海に還っている。奏でる音楽もその記録が残っているだけ。
そう、それは過去のコンサート。もう幕引きされた音楽祭。虹を思わせる七の音が平衡感覚を狂わせ、足を止めながらじわじわと自由騎士達の体力を奪っていく。
「く、ここまで……か」
「総崩れになっていないなら、悪くない結末ね」
集中砲火を受けていたグローリアが倒れ、フラグメントを削ってミルトスがギリギリのところで意識を保つ。だがイブリースの猛攻もここまで。
「そろそろ終わりにしようぜ。商売が待ってるんでな」
二丁の銃を構えたウェルスが笑みを浮かべる。獰猛な獣の牙が静かに光った。その笑みを崩すことなく銃口を構え、残留思念の双子を見る。楽しげに演奏する双子。それを断ち切るように弾丸が飛ぶ。
「カーテンコールだ。アンコールはなしでお願いするぜ」
弾丸が命中した双子は霧が晴れるように薄くぼやけてくる。双子の姿が完全に消えるまでピアノの残響はエントランスホールに残り、そして消えた。
●
戦い終わり、自由騎士達はサポートできていた医者の治療を受け、傷を癒していた。魔術による一時的な治癒と応急処置だが、それでも動けるようになるには十分だ。
「傷は残ってないようだな」
「内部も損傷無しね。アクアディーネ様の権能って本当にすごいわね」
戦闘後のピアノの状態を念写するウェルス。自由騎士達の戦闘で楽器にダメージが与えられたのではない事を示す為である。ヒルダが透視術を使いピアノの内部まで見て、調査を完璧なものとしていた。
「ポルターガイストで操られた楽器や家具は……まあ仕方ないですね」
床に落ちた家具や楽器を拾い上げながらミルトスはため息を吐く。浄化の権能はイブリース化した存在そのものへの効果だ。イブリースが投げつけた物までは効果を及ぼさない。自由騎士達の攻防でかなり傷んでいる。
だが――
「安い、とまでは言わないがそれほど高くはなさそうだな」
「家財を売って音楽に傾倒していたみたいね。椅子もテーブルも貴族の調度品とは思えないわ」
商人のウェルスが鑑定したところ、エントランスホールにある家具はそれほど高くはないことが分かる。ヒルダの推測通り、音楽のために高価な家具は売り払っていたようだ。
「素晴らしい曲をありがとう」
カノンはピアノに近づき、そっと触れる。奏でられた曲は攻撃的な魔力を帯びていたが、確かに名曲だった。当時に蓄音機があればと残念でならない。
「そうですわね。素晴らしい曲でした。また何時か、誰かに奏でられることを願いましょう」
ジュリエットも頷き、剣を収める。自由騎士の仕事は終わった。ここから先は通商連の仕事だ。良き縁があることを祈るしかない。
「ではピアノの門出を祝う意味で一曲ひかせてもらおう」
グローリアは言ってピアノに手を伸ばす。背筋を伸ばし、十指を鍵盤に乗せた。風穴から送られた風がパイプを震わせ、音を奏でる。スローテンポな、それでいて未来を感じさせる局がエントランスに響いた。
「アクアディーネ様の権能はアピールしていいものかしら……?」
そんな中、アンネリーザは不安げに口を開く。
「興味深いですね。何か不安でも?」
それを聞いたコジマが話を促すように問いかけた。
「私達が他国の権能を知らないように、他国も私達の権能を知らないはず。商船連がよき隣人であっても、必ずしも味方とは限らない。
その事は、先の奴隷商の事でも分かるわ」
「ふむ。情報を公開することが危険だと」
「ええ、その情報を欲した国に狙われるかもしれないわ……」
コジマは指に手を当てて思考する。言うべきことはすぐに見つかった。
「わたしの考えは逆かな。ここで味方を作っておかないと、大国に飲み込まれるかもしれない」
ヴィスマルク、シャンバラ、ヘルメリア、パノプティコン……他国と争い神の蟲毒を為すには、イ・ラプセルの戦力は不足していると言わざるを得まい。
「協力関係を作るために、自国の長所をアピールする。そういう話なんだよ。
ま、最終的には上の判断にお任せです。なにせ下っ端ですから」
かくしてこの事件は終了となった。
通商連はウェルスの資料を見てパイプオルガンに傷がついていないことを納得し、浄化の有用性に驚いていた。今回と似たような事例で商品が失われるケースは、ありえないとは言えない。検討に値する事例だと通商連も認識したようだ。
パイプオルガンは一か月かけて解体され、メンテナンスの後に運ばれる。既に買い手は存在しており、遅れた分を取り返す為に突貫作業となるそうだ。楽譜などは新しく製本され、その後に世界に広まっていくことになる。
音楽に傾倒し、没落したマーガリット家。
その名は歴史に刻まれることはなかったが、輩出した音楽家や曲は未来でも奏でられることになるのであった――
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
どくどくです。
パイプオルガン、現代でも数年単位の大工事になるそうで。
通商連の信頼を得るという形式の依頼でした。
その前提もあってか単純なイブリース退治にとどまらず、様々な工夫(前提として、このキャラならこうするだろうという納得がいく)があり、思わずうなりました。
MVPは最後まで悩みましたが、ライヒトゥーム様に。商人らしい入念な地盤硬めが理由です。あとCT重視戦略が今回のイブリース構成に見事にはまりました。ちくせう。
ともあれお疲れさまでした。先ずは傷を癒してください。
それではまた、イ・ラプセルで。
パイプオルガン、現代でも数年単位の大工事になるそうで。
通商連の信頼を得るという形式の依頼でした。
その前提もあってか単純なイブリース退治にとどまらず、様々な工夫(前提として、このキャラならこうするだろうという納得がいく)があり、思わずうなりました。
MVPは最後まで悩みましたが、ライヒトゥーム様に。商人らしい入念な地盤硬めが理由です。あとCT重視戦略が今回のイブリース構成に見事にはまりました。ちくせう。
ともあれお疲れさまでした。先ずは傷を癒してください。
それではまた、イ・ラプセルで。
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