MagiaSteam
Karma! 因業は巡り、そして回る!



●理性の狂人 平和の凶刃
 かつてイ・ラプセルに、アンドレス・モラレスと呼ばれる猛将がいた。
 いた。過去形だ。先王の時代からイ・ラプセルに貢献し、多くの防衛を成功させてきた。また国内の事件解決にも関与し、彼なくして今のイ・ラプセルの治安安寧はなかったとまで言わしめるほどである。
 現在は隠居という形をとってはいるがその影響力は大きく、時折起きる事件でもその影響力が垣間見えるとまで言われている。その功績を当人の口から語ることは皆無だが、それでも彼が平和を維持してきた事は周知の事実である。

 さて、平和を守ると言う事は正しい事なのだろうか?

 彼は国を護るために、多くの命を奪ってきた。それは敵兵であり、国に害為す犯罪者であり、そして国に悪影響を及ぼすヒトでもある。そしてそう言った人間は、分かりやすく自らを喧伝などしない。そう言った事実を隠し、行動する。
 イ・ラプセルが分かるのは精々が『その疑いがある』程度だ。水鏡でも100%の的中率はない。
 だが、アンドレスは動いた。国を護るために、多くの防衛を成功させてきた。国内の事件解決にも貢献してきた。彼なくして今のイ・ラプセルの治安安寧はなかったとまで言わしめるほどに……多くの『敵』を葬ってきたのだ。
 彼自身、その意味を理解しながら。国を護るために。その理由を言い訳にせず、殺してきた。奪ってきた。狂うことなく、己の理性のままに――
 再度繰り返そう。

 平和を守ると言う事は正しい事なのだろうか?

●水鏡の予知
 水鏡が一つの事件を予知した。
 郊外の一軒家、アンドレス・モラレスに一体の還リビトが迫っているという。そしてその還リビトはアンドレスに襲い掛かる。
 だがまだ間に合う。還リビトの襲撃より前に現場にたどり着き、恐慌を止める為に自由騎士達は動き出す。

●平和を守るために行われた行為
 かつて、アンドレス・モラレスは一人の騎士に密命を下した。
『ジーロン村に父母娘の三人家族を装い潜伏して居るスパイを秘密裏に処理し、秘密文書を奪取せよ』……騎士は相棒の亜人ジュエルと共に野盗に偽装し、スパイの二人を殺害。機密文章を手に入れるも、襲撃の際にオラクルに覚醒した娘の反撃を受けて、撤退。
 その後の調査で、機密文章は別のスパイが村に隠匿したことが発覚。ジーロン村の親子三名は偶然それを拾っただけと言う事が判明する。
 これを受けてアンドレス・モラレスはただ一言『良い。国は守れた』とだけ告げたという。
 騎士は罪の重さに耐えきれず、当時の相棒であったジュエルにのみ事実を伝え、恋人のことを頼むと告げて自死した。
 そして時は流れ――騎士はイブリースとなって蘇る。かつての上司に、罪の重さを届ける為に。

 ジュエル――現在ジャム・レッティング(CL3000612)と名乗っている自由騎士は、その還リビトがかつての相棒であるシルバートであることに気付いていた。
 そしてその還リビトの後を追うようにその恋人だったフラヴィア・アマーティが迫っていることも。
 シルバートが自死する原因であった事件の際に生き残った娘アレクサンドラ――今はアルミア・ソーイ(CL3000567)と名乗っている――が、自由騎士にいる事も。
 その全てを飲み込んで、還リビトを討つために現場に向かっていた。



†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
EXリクエストシナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
どくどく
■成功条件
1.還リビトの打破
 どくどくです。
 リクエストありがとうございます。お好みの地獄となれば幸いです。

●リクエストシナリオとは(マニュアルより抜粋)
 リクエストシナリオは最大参加者4名、6名、8名まで選べます。なお依頼自体はOPが出た時点で確定しており、参加者が申請者1名のみでもリプレイは執筆されます。

 リプレイの文字数は参加人数に応じて変動します。
【通常シナリオ】
 1人の場合は2000文字まで、その後1人につき+1000文字 6人以上の場合は最大7000文字までとなります。

●敵情報
・還リビト(×1)
 錆びた剣を持った骨の還リビトです。かつてはイ・ラプセルの騎士でした。薬指の指輪には『サイモン・シルバートとフラヴィア・アマーティに祝福を』と刻まれています。
『ピアッシングスラッシュ』に類似した技を使います。かつての得意技であったようです。
 アンドレス殺害が目的ですが、生きている者全てに襲い掛かります。敵であれ味方であれ。かつての相棒であれ、恋人であれ。

・フラヴィア・アマーティ(×1)
 ノウブル。女性20歳。かつて恋人が理由を告げずに死亡した事が原因で、死者の声を聞こうと死霊術に傾倒しました。恋人が何故死亡したかの理由は彼女自身不明です。かつての相棒に尋ねても、教えてもらえなかったようです。
 何故か還リビトを擁護するように動きます。できるだけその目的を添い遂げさせようとします。
『ソウルテイカー Lv3』『因果逆転 Lv3』『スワンプ Lv3』等を活性化しています。

●NPC
・アンドレス・モラレス(×1)
 ノウブル。引退した軍人です。未だにその影響力は大きく、彼の死は軍に大きい影響を与えます。今回の襲撃も、死の恐怖よりも国への悪影響を考慮しています。年には勝てないことも理解しているようで、自ら前に出る事はありません。
 上記の理由から死は回避しようとしますが、復讐されると聞けば『道理だな』と受け入れる程度に自らの因縁を受け入れています。
 戦場から10mほど離れた家の中にいます。戦闘力は皆無です。宣言だけで殺すことが出来るでしょう。

●場所情報
 イ・ラプセル領内。街から離れた所にある一軒家。そこに続く道を還リビトは歩いてきます。狙われている軍人の避難は間に合いません。還リビトが遠距離攻撃を持っていないとも限らない為、下手に家の外に出すのは危険との事。戦闘を放棄すれば、軍人と会うことが出来ます。
 戦闘開始時、敵前衛に『還リビト』『フラヴィア』がいます。
 急いでいるため、事前付与は不可とします。

 戦闘自体は問題なく解決できるでしょう。戦闘以外はもはや解決できない話です。
 以上のことを考慮したうえで、いつもの一言を。とってもいい笑顔で告げさせていただきます。

 皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
報酬マテリア
6個  2個  2個  2個
1モル 
参加費
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
6/6
公開日
2021年03月18日

†メイン参加者 6人†

『stale tomorrow』
ジャム・レッティング(CL3000612)
『平和を愛する農夫』
ナバル・ジーロン(CL3000441)
『お母さんは死霊術師』
アレクサンドラ・ジーロン(CL3000567)
『異邦のサムライ』
サブロウ・カイトー(CL3000363)
『幽世を望むもの』
猪市 きゐこ(CL3000048)



 平和を守るという事は、平和を守ろうとしない者と戦う事である。
 そして戦うという事は、総じて廃することである。
 戦いは野蛮だから話し合いで解決する? それは問題の先送りだ。微妙なバランスを維持したまま、敵は顔で笑いながら刃物を研いでいるかもしれない。その刃の犠牲になるのは、のちの世代かもしれない。
 ならば愛を持って説得する? 愛は不変だ。同時に多様だ。貴方を愛しながら、それ以上に愛するものが生まれないと誰が言えよう? また、愛しあっているから安全だと言うのは妄想だ。愛ゆえに、人は傷つけあうのだから。
 それなら無抵抗に徹し、相手に気付かせる? 無抵抗のままで傷つくのは自分だけではない。家族も、仲間も、その子供も傷ついていく。そして受けた傷はけして浅くはない。そうして平和を得られたとして、傷だらけの者達に『無抵抗の勝利だ!』と勝鬨をあげられるだろうか?
 結局のところ、戦って距離を開けさせるか牙を折ることでようやく平和は得られる。それは次代の流れでもあり、同時に世界の在り方でもあるのだ。
 そういう意味で、アンドレスは正しくイ・ラプセルを護ったヒトである。その行為は褒められたものではないが、それでも確かに彼は国を護り、次世代につないだ英傑なのだ。彼がいなければエドワード国王即位時に国は諸外国の妨害を受けて疲弊しており、亜人平等政策はもちろん自由騎士発足すら満足にできなかったのである。

 忘れるな。忘れるな。
 人は皆、犠牲によってできた橋を歩いて生きているのだ――


 相手はただ一人の還リビト。その行動を補佐する一般人こそいるが、歴戦の自由騎士からすれば些末事。
(今は何も考えるな……! 目の前の敵を倒すことだけに集中するんだ!)
『機盾ジーロン』ナバル・ジーロン(CL3000441)は還リビトの前に立ち仲間の盾となっていた。還リビトの持つ剣の軌跡を予測し、それを遮るように盾を構える。金属と金属がぶつかり合う音が響いた。
(この還リビトはおじさんたちを殺した騎士……)
(ジャムさんも。その一人で……それを命令した人間がすぐ近くにいて……)
(アレクを……アルミアの人生を狂わせたのは、彼ら! なのに罪に問う事はできないなんて!)
 ナバルの思考は乱れ、しかしそれでも盾は正確に動いていた。仲間を守る為に培った技術。しかしそれでは、過去に傷ついた者を護れはしない……!
(戦場にあっては是非も無く、ただ一発の銃弾であれ)
 自らに暗示をかけるようにしながら『おちゃがこわい』サブロウ・カイトー(CL3000363)が刃を振るう。それは自らに掲げた誓い。戦いにおいて正義を求める事は意味がない。正しかろうが間違っていようが、敵は殺さねばならないのだから。
 還リビトと切り結び、そして剣を突き立てる。かつて『平和』の為に戦った騎士。ジーロン村で二人の男女を殺し、一人の娘の人生を狂わせた騎士。その罪に耐えきれず、自死を選んだ騎士。
(……これはあまりにも報われない。しかし、その復習を果たせるわけにはいかないのです)
「あー。まあ、この還リビトを倒せばいいのよね」
『日は陰り、されど人は歩ゆむ』猪市 きゐこ(CL3000048)はそう呟く。そうだ、任務はあくまで還リビトの打破。時間制限は特にない。……それこそこの騎士が誰かを殺した後でも構わないのだ。例えば、一番殺したいアンドレスを殺した後でも。
(その方が一番後腐れないのよね。アンドレスを殺したのは還リビトで、彼の死は不可抗力だった)
(大体国の為に誰かを殺してもいい、なんて理屈がまかり通るのが間違っているのよね。そんな理屈とか知った事じゃないわよ!)
「ま、一番殺したい人がここにいるんだし? そいつに譲ってあげるんだからね。だからあんたはここで焼かれておきなさい!」
「さて、年を取ったな。不穏な言葉が聞こえた気がしたが空耳だろう」
 きゐこの言葉を聞かなかったことにする『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)。仮にも自由騎士が国民を殺すことを容認するような発言をするなんて。聞き間違いに違いない。そう頷いた。
 還リビトに傷つけられた仲間を癒すために立ちまわるテオドール。相手はたった一人の還リビトだ。正義を奪われ、その恨みを果たそうとする元騎士。だから油断はしない。その想いが軽くないことを知っているから。
「その無念は計り知れないだろう。だが、その想いを果たさせるわけにはいかんのだ」
「…………」
『決意なき力』アルミア・ソーイ(CL3000567)は言葉なく還リビトに魔力を解き放つ。アルミアの近くに集まる死霊を押し付けるように還リビトに押し付け、死の痛みを与えていく。いやだ、こないで。こんな力望んでないのに。
 そうだ、こんな力は欲しくなかった。でもこの力がなければ死んでいた。それを言い訳にして生き残った。だけど生き残って何になったの? 痛い、苦しい、辛い、嫌だ。生きていればいいことがあるなんて詐欺だ。生きる事は苦しいことばかりじゃない。
「……そう。私はずっと責められた。両親から、ずっと責められてきた」
「…………」
 そんなアルミアを見ながら『stale tomorrow』ジャム・レッティング(CL3000612)は何かを言おうとして、口を閉じる。慰めの言葉をかける権利なんか自分にはない。自分が彼女に出来る事は、恨み言を受けて殺されることだけだ。
 あの日のことを思い出す。機密文章奪取の名目で、二人を殺した。そしてその娘――アルミアを殺そうとした。親子が国を揺るがす敵国のスパイだと信じていたから。……だけど、そんなことはなかった。自分達はただそこに住んでいた村人を殺したのだ。
(野盗に扮して、なんて嘘っぱちっすね。あの時のボク達は野盗そのもの。自分の都合で命を――家族の平和を奪ったんすから)
 そのことは皆に伝えた。それが罪に問われない事も。裁くことが出来ない事も。今更どうしようもないことも。
 そして還リビトは討たれ、それを守ろうとした一般人はその事実に戦意を失う。一般人は号泣する気力さえないのか、乾いた笑顔を浮かべて膝をついていた。

 事件の背景は先に示した通り。
 アンドレス・モラレスがとある騎士に機密文章の奪還を命じ、その際にジーロン村の親子が不幸に見舞われた。
 真実を知った騎士は自死を選び、今回蘇ったのはその騎士の遺体。
 だが騎士がアンドレスを殺す前に自由騎士がそれを止めた。騎士の恋人で会った一般人は、二度目の喪失に蒼白となる。
「終わったっす」
 ジャムが躯を前にして呟いた。自由騎士達は何も言わずに武器を納める。これで任務は終わり。語るべきことは何もない。
 だからここから先は余分な事――


「個人的にはモラレス卿は好きにも嫌いにもなれんよ。軍人としては極めて正しいからな。ただ、人としては……どうだろうな」
 テオドールがアンドレスに抱く感情は、貴族らしいと言えた。国の為に行動する軍人。彼の行動あっての今のイ・ラプセルの平和であるのなら、その行動を攻め立てるつもりはない。むしろ感謝すべきことなのだ。

『彼が手を汚したのだから、自分は手を汚さずに済んだのだと』

 イ・ラプセルは平和だ。内部スパイはアンドレスの手によって多くを断たれ、同時に彼の脅威により他国のスパイは及び腰になった。リスクが高いと喧伝することで二の足を踏ませたのだから。
 もしアンドレスが存在せず、かつテオドールがその立場にあったと仮定すればアンドレスのように行動できただろうか? 国を護るために国民を殺してでも任務を遂行する。そんなことが出来ただろうか?
 悩んでいる時間はない。その間にも国は少しずつ暴露され、致命的な情報を奪われるかもしれない。自分が手を汚さなければより多くの命が消えていく『かもしれない』。そんな状況で自ら手を汚す覚悟が出来ただろうか。
 それは国の為に全てを捨てるリスクを背負う覚悟だ。愛する妻からも、親しい戦友からも、守ろうとした国民からも、冷たい目で見られるのだ。仲間達がアンドレスに向ける感情を受けてまで、国を護るために手を汚せただろうか?

(国を護る事。ヒトとして正しい事。それを天秤に取らなくてはいかなくなったら?)
(ある得ない事ではあるまい。否、モラレス卿は事実その状況に身を置いていた。そして国の為に動いた)
(それは『正しい』のだ。軍人としては極めて正しい。そして人としては……)
(そうと分かって選択したのだ。国を護るという事はそういう事なのだ。英雄のように華々しい道ではなく、策略と血にまみれる立場。モラレス卿はその立場にあった)

 きっと狂ってしまえば楽だったのだろう。国を護るということを理由(いいわけ)にして、それ以外を考えずに邁進すれば楽なのだ。
 だが、テオドールの知るアンドレス・モラレスは狂人ではなかった。ただ理性のままに国を護ってきた軍人だった。狂うことなく、理性で国を護るために人を取捨選択してきた。
(……もしそのような事態になった時、私は――)
 答えは、テオドール・ベルヴァルドの心の中にある。


「何というか。このモラレスって奴ムカつくわね!」
 ストレートなきゐこの物言いである。彼女自身、権力には色々思う所があるのだろうか? アマノホカリではそれなりに悪事を行って来たりと、国家権力のこういった部分には反応が大きい。
(そりゃ悪いことしてたから討たれるのは覚悟してたけど、ああ言うやり方は流石にムカつくわ!)
 思い出すのはアマノホカリでの出来事。相棒と暴れまわっていたきゐこだが、小さな村で相方を謀殺されてしまう。
 怪物に生贄を捧げる事が慣習となっている村に怒りを覚えた二人。その怪物を倒した瞬間に解き放たれた毒矢。生贄を捧げる怪物はただの幻想種……アマノホカリでいう所の妖怪で、村人は国の役人に脅されてきゐこを騙したに過ぎなかった。
 結果として、その妖怪もきゐこの相棒も共に死んだ。国によって都合がいい様に事が運び、そしてその村は妖怪の友人の怒りを買って炎に消えた。国の役人がそういう偽情報を流したのだ。全ての証拠を消すために。
「ああ、もう! 国の人間はどこも卑怯なことしか考えないのよね! 人の命をなんだと思ってるのよ!」
 そう言った経緯もあり、きゐこは国家を信用できないでいた。まだイ・ラプセルは身を寄せる程度には信用しているが、かといってすべてが味方だとは思わない。そして件のアンドレスに対しては――
「燃やしたいわね。っていうか当事者がいなかったら燃やしてたわ」
 アンドレスの家の方を見て、物騒なことを言い放つ。その言葉に遠慮はない。言葉通り燃やしたいという気持ちが見えるぐらいの圧力を向けていた。
「……まあ、空気は読んであげるわ。復讐する人間がいるのなら、その人に任せるのが筋だからね」
 先にアンドレスの家に入った仲間の事を思い出しながらきゐこはぶつぶつと呟く。アンドレスに家族を奪われた者。その気持ちを考慮し、きゐこは敢えて行動を控えていた。その者が何も言わなければ、問答無用で燃やしていただろう。
(まあ、復讐の対象でいえばジャムさんもそうなるんだろうけど……そのあたりはどうするのかしら?)
 きゐこは一般人を保護しているジャムを見る。ジャムも紆余曲折あるはずだがそれを表に出さず、依頼を果たすための銃弾と化している。いつものサボり癖の在るグータラ警官の気配は消えない。
(或いはそう努めているだけなのかもね。全く、皆自分の思うままに生きればいいのに)
 こっそりと肩をすくめるきゐこ。生きたいように生きる。こんなことができない世界は間違っている。そんな想いを込めて、小さく息を吐いた。
「ま、殺すも殺さないも本人次第だけど。私としては殺してほしいわよね」
 誰かに聞かれれば大問題ではあるが、それを気にしている様子はない。聞かれたらその時はその時だ。きゐこはフードの奥で小さく笑みを浮かべていた。できれば復讐を果たして自分にとって心地良い終わりになりますように。


「『戦場にあっては是非も無く、ただ一発の銃弾であれ』……か」
 サブロウはそう信じて戦ってきた。常に最前線で戦うサブロウにとって、迷いは死につながる。戦場で剣を止めない為にも自らの心を殺し、善悪を忘れてただ刃を振るえるように心を調律する。その為の言葉だ。
 今更それを疑うつもりはないし、変えるつもりもない。故郷を追われてたどり着いたこの地を終の戦場と定め、骨をうずめるつもりでいた。その覚悟は変わらない。
(それでも、こうして迷ってしまうものなのでありますな。鈍ったつもりはないのでありますが)
 何も語らないジャムを見て、剣を持つ手に力を籠めるサブロウ。この刀で多くの戦場を切り抜けてきたが、それでは解決できない事もある。自らの無力を悔やむように強く力を込めた。
(モラレス閣下の噂についてはつまらぬ流言と笑い飛ばしてきたが……真実だったとは)
 アンドレス・モラレスの黒い噂に関しては、サブロウも耳にしていた。国を護るために行われた多くの行動。その任務の多くは表に出ず、同時にそれにかかわったものは皆口を噤んだ。軍の機密だと言われればそれ以上問う事もできなかった。
(……いいや、できなかったのではない。しなかった、のだ。問い詰めて、真実を知り、行動すればもしかしたら――)
『平和』の為に消えた命はもしかしたら消えなかったのかもしれない。
 アルミア・ソーイは両親を殺されず、オラクルに目覚めず、今でも村で平和に過ごしていたのかもしれない。
 ジャム・レッティングは世間に絶望することなく、真っ直ぐな心を保っていたのかもしれない。
(……今更でありますな。真実を知ってもなお、この刃はモラレス閣下に向けられることはない。国の為にモラレス閣下を守らねば、と言う意思は変えられぬ)
 自嘲するようにサブロウは俯いて笑みを浮かべる。自分は結局『銃弾』なのだ。迷うことなく敵を殺すための、国家の猟犬。そう信じて戦い――そして何時か罪の重さに気付いて力尽きるのだ。
(僕が彼だったとしたら……やはり耐えられなかっただろうな)
 横たわる還リビトを見て、サブロウは静かに思う。命を奪う意味を知り、自らの正義が罪を誤魔化すための安酒なのだと自覚して、それでも歩ける自信はない。きっと県の重みに耐えきれないだろう。
 それに耐えきれるだけの鉄の心を持てたとしたら――きっとここにはいなかったのだろう。人生を分けたともいえるアマノホカリの戦いの時に勝利していたかもしれない。勝つために多くの犠牲を生み、人道を踏み外してでも戦い抜き、計算に計算を重ねて命を奪い、冷たい刃となって戦う事が出来れば――
「今更でありますな。臆病者は何処まで行っても臆病者。その生き方を変える事はできないのだろう」
 そんな自分にできる事は、やはり戦う事のみ。このやりきれない思いを抱きながら、それでももがくように戦っていくしかないのだ。僕は鉄のようにはなれないのだから。『銃弾』として戦場を疾駆し、いずれ劣化して使えなくなるのだ。 
(その過程で、誰かが救えるのなら……と思うのは傲慢なのだろうか)
 薄く笑うサブロウ。人殺しの技術で誰かを救えるわけがない。だが、それでももしかしたら。戦争の豪華で焼かれる誰かを救うことができるかもしれない。ならばこの刃にも、いずれ尽き果てる弾丸にも意味はあるのではないか。
(ジャム、キミはどうなんだ? キミを救うにはどうしたらいいんだ?)
 サブロウはジャムの背中を見る。何も語らないその背中からは、何も感じる事はできない。
 サブロウもかける言葉を見つけられず、ただその背中を見るしかできなかった。


(胸の中ガグッチャグチャだよチクショウ……ッ!)
 ナバルは近くにあった木に拳をぶつけていた。
 ジーロン村。故郷の村で起きた殺戮事件。アレクサンドラ――アルミアの両親を殺したとされる騎士がこの還リビトで、その相棒がジャム。そして殺しを命じた人間は咎められることはなく、すぐ近くの小屋に居る。
(ジャムさん、おじさんたちを殺した……あの優しかったおじさんとおばさんを……アレクの人生を狂わせた……そんなヤツが咎を受けることなく生きているなんて!)
 殺された知り合いの親とは面識もあり、その親を殺した人間は自由騎士。そして親を殺された娘も同じ自由騎士だ。アルミアはその事件で人生が狂い、他人と壁を作るようになった。
(それが国の為だというのは理解できる。だけどこんなことが許されるなんて……!)
 拳を木に打ち立てる。拳が痛むが、それよりも心が痛い。こんなことがまかり通るという事実が痛い。人を殺した人間が許される事実。それが今も認められている事実。そんな事が許されていいはずが――

(なら、戦争で人を殺すのは許されるのか?)
(国の為に。神の蟲毒の為に。イ・ラプセルの勝利の為に戦争に参加した。その戦いでは敵国民が戦争で死んだ)
(正義はこちらにあるから許されるのか? 正義さえあれば許されるのなら、アンドレス・モラレスと何の違いがある?)

「く、っ……!」
 自分は盾だから殺していない、などと言い訳をする事はできない。自分が守った仲間が敵兵を打ち倒し、その結果国を滅ぼしてその人間の人生を狂わせた。その兵が守るべき国を奪ったのだから。
 アンドレス・モラレスが行ったことは、ナバル・ジーロンの戦いと同じだ。国の為、イ・ラプセルの為に誰かの幸せを踏みにじった。アンドレスがしたように、自分が誰かの人生を狂わせていないなどと誰が言いきれようか。
 ああ、許せない。アンドレス・モラレス(じぶんじしん)を許せない。
 殺し、奪い、そしてそれを許される。そんな存在が許されていいはずがない。
(オレは、戦争で、敵兵を、殺した、奪った、侵略して、そして――)
 一般的に、戦争の罪は上官が受ける。戦争をはじめ、攻撃を命令した者。イ・ラプセルでいえばエドワード国王だ。だから一般兵士が罪を受ける事はない。
 だがそれはアンドレスと何が違う? ともに国のために戦い、他者から奪ってきた。それがただ自分に近い人間の親族だったに過ぎない。――ナバルが奪ってきた人にも、当然そういう人はいる。人生を狂わされた人間は、ナバルが知らないだけできっといる。
「ちくしょう……オレは……オレは……!」
 胸の中が様々な感情でぐちゃぐちゃになる中、それでも守らなければならない事を再認識する。どれだけ盾が血に濡れようとも、盾を持った理由だけは忘れない。誰かを守る。平和な世界を作る。その誓い。
(……アルミア。お前の意思を尊重する。だけどお前の人生がこれ以上狂う事は耐えられない)
 彼女の笑顔、彼女の人生、彼女の未来。それは自分自身の人生を以て守り抜きたい。こんな血塗られた盾でも守れるモノがあるのなら、その盾となろう。
「……笑えるぜ。アルミアはそんな事、全く望んじゃいないだろうけどな」
 それでもアルミアが手を汚すのなら、それを守ろう。彼女が自責で潰れるなら、その罪を一緒に背負おう。世間が石を投げるのなら、その前に立ってその石を受けよう。
 ナバルは静かに、アルミアが一人で向かったアンドレスの小屋を見ていた。


 アンドレスがいる小屋の扉を開けたアルミア。その視線の先には、椅子に座る老人が一人。彼がアンドレス・モラレスであることは、ジャムからもらった資料で知っていた。
「初めまして。わたしはアレクサンドラ。あなたが殺した、家族の生き残りです」
 努めて平静を保とうと、言葉を区切りながら自己紹介をする。
「覚えていますか? あまりにも沢山、国の為に決断してきて、もう覚えていませんか?」
「私が覚えていることに、意味があるのか?」
「……いいえ」
 問い返すアンドレスに首を振るアルミア。そうだ、意味などない。これから行う事に、アンドレスがどう答えようと変わりはしない。
<殺せ! これは復讐だ! 正義はこっちにある! さあ、殺せぇ!>
 声が聞こえる。自分に呪術師の力を与えてくれた死霊術の本の声。自分にだけ聞こえる声。
「……わたし、は、あなたを、恨んでいます。わたし、私の人生は、あなたのせいで」
「そうか」
 激情で震える喉を酷使して言った言葉に対し、アンドレスは短く答える。それが彼の答え。
(この人は、無情なんかじゃない。ただ、心が強すぎただけの、人)
 多くの人を殺し、罪を罪と自覚し、その罪を鉄の意志で背負っている。それが出来てしまっただけの人なのだ。アルミアはジャムからの情報を聞いてそう判断した。そしてさっきの返答で、それを確信した。
「わた、私は、本当の事を、知りました。でも、死者は、もう、知ることはない。
 両親は、私に言いました。『どうして助けてくれなかったのか』と。あと数秒早く、力が使えていたら。もっと早く、オラクルになっていたら……私は両親を救えていたかもしれない」
『声』は確かにアルミアに聞こえていた。それは幻覚かもしれない。死霊術の本がアルミアを自暴自棄にさせる為の演技だったのかもしれない。そう言ったイブリースだったのかもしれない。或いは本当にそう言ったのかもしれない。
 真実に意味はない。ただ、アルミアの心には一つの刺が確かに突き刺さっていた。

<このままだとおまえは死ぬぜぇ! 死にたくなかったら、そこにある『駒』を使いなぁ!>
<両親? そこにあるのはただの死体だ。そいつを使わなければ、死ぬんだぜ?>
<選びな。操るか、死ぬか、だ。操るか、死ぬか。操るか、死ぬか。操るか死ぬか操るか死ぬか操るか死ぬか操るか死ぬか操る死ぬ操る死ぬ操る死ぬ操る死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬしねぇぇぇぇぇぇ! いいこちゃんはしねええええええええ!>

 狂気の声。迫る刃。両親の死。誰かに守ってほしい。何もできない。出来る事は一つだけ。でもそれは両親を盾に、でもそうしなければ、守って、守ってほしくない、死ぬ、死にたくない。いたい、こわい、たすけて――!
 まだ子供であったアルミアは死を前にして正気を保つことなどできなかった。許容量を超えたストレスが、彼女をオラクルに目覚めさせ、両親の死体を操った。
 その時聞こえた両親の『声』は今でも耳に残っている。

「おまえが悪い」
「おまえも死ねばよかった」
「一緒に死ねば、苦しまなくて済んだのに」

「……あの日、私は両親をネクロマンサーで操りました。その感覚は、今も残っています」
 あの時、一緒に死んでいたら。あの時、オラクルに目覚めなかったら。
 今生きて居なければ、こんなに苦しむことはなかった。力に振り回され、苦しむことはなく、何も感じることなく、悲しむがなかったのに……!
 悲鳴は響かない。アルミアはそれを吐露しない。できない。それをしても両親は帰らない。あの日の生活は戻らない。明るかったアレクサンドラは、もういない。ここに居るのは、ぼさぼさの髪でいつも泣き顔で謝ってばかりのアルミア・ソーイなのだから。
 だから、アンドレスにやるべきことはただ一つだ。本を置いて、拳を振り上げる。感情のままに、それを振り下ろした。アンドレスはそれを避けることなく、ただ乾いた音が一度響く。
「私の復讐は、これでお終いです」
 アルミアは一礼して、家を出る。けして振り返ることはなかった。
 だから、アルミアがその時――復讐を終えた時にどんな顔をしていたかは、誰にもわからない。


 ジャムはシルバートの還リビトを攻撃する時、心の中には様々な感情があった。……あったのだと、思いたい。
 だけどそれは全て封殺できた。アンドレスのように、国の為に殺せた。心を沈め、鉛のように鈍らせ、鉄のように冷たく、凪いだ海のように静かに。一発一発確実に引き金を引き、恋人を助けようとするフラヴィアの動きを冷徹に止めた。彼女がどういう想いでいるのかを知りながら。
(度合いこそ違えど、自分もあの爺と同じって事っすか)
 心を鉄に。己を殺せ。そう教えられたから。教えられたのは何時からだろうか? 昔は、違ったはずだ。 
「誰かを守れる騎士になる」
 そう言っていた自分を思い出すジャム。そして伏した還リビトをみた。言ったのは彼――シルバートと共に騎士を目指していたころだ
 正義の騎士になると豪語したシルバート。恋人のフラヴィアとの砂糖菓子のような会話をしながら、相棒である自分に対して強く友情を示してくれた。全てが輝いていた。何でもできる気がした。少なくとも、シルバートとフラヴィアは結ばれて幸せになるのだと疑いもしなかった。

「いずれイ・ラプセルを守る騎士になる。この剣で未来を切り拓くんだ」
「今はまだ先が見えないけど、子供達に誇れる国にするんだ」
「へえ。子供って誰と誰の子供なんすか?」
「それはもちろんフラヴィとのに決まってるじゃないか! 結婚式には友人代表で来てくれよな」
「もう、サイモンたら! でもジュエル。貴方に祝ってもらえるのなら、私達幸せよ」
「へいへい。ご馳走様。美味しい料理を用意してくれればいつでも行くっすよ」

 ……結局、結婚式などなかったのだが。 
 全ては、ただ一度の任務で変わってしまった。アンドレス・モラレスが下した機密文章奪取任務。それによりシルバートの正義は壊れ、フラヴィアは恋人を失い、ジャムは相棒を失った。
 思えばそれからだろうか。真面目に仕事をこなす気力が尽きたのは。繰り返される降格と左遷。それはアンドレスに関わったという事もあるのかもしれない。腫れ物を扱うように様々な場所を回され、そして自由騎士に落ち着き――
(そこでアレクサンドラちゃんに出会うとか、どんだけなんすかね)
 アレクサンドラ――アルミアのことを想うと、複雑な気持ちに襲われる。両親を直接殺した相手であるシルバートやジャム本人には何も言わずに、ただアンドレスの元に向かった。聞けばアンドレスは生きているという。それ自体はどうでもいい。
(何で責めねえんすか。自分が我慢すりゃ良いと思ってんすか? そやって自分の中に全部仕舞い込んで一人で死んだ結果が今回のザマっすよ?)
 アルミアの選択を責めるように心の中で愚痴るジャム。彼女は心の中に壁を作っている。……シルバートがフラヴィアに真実を告げなかったように。ジャムも同じくフラヴィアに黙っていたように。伝えなければ、自分の中で我慢すれば、誰かを護れると信じて。
「……もう、どうしようもないことっすね」
 そんな事は解っていた。どうしようもないことだ。過去は戻らない。罪は消えない。それでも時間は過ぎていく。過去が消え去る事なんてないのだから。だから、どうしようもない。解っているのに、それでも思ってしまう。
「正義なんてものがあって、それに従えばみんな幸せだっていうんなら……どんだけ楽なんだか」
 悲しいかな。そんな都合のいいモノはジャム・レッティングにはなかった。
「帰ろう、フラヴィ。……黙っていたこと、全て話すっす」
 忘我しているフラヴィアに手を貸し、ジャムは帰路についた。


 かくして事件は終わりを告げる。
 特筆すべきことは何もなく、ただ還リビトを倒した事件として記録された。

 後日、指輪をはめた一人の女がとある騎士の墓前で自殺しているのが発見される。
 事件にもならない、ただの出来事として処理された。


†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『不真面目な警官』
取得者: ジャム・レッティング(CL3000612)
『復讐を終えた死霊術師』
取得者: アルミア・ソーイ(CL3000567)

†あとがき†

――忘れるな。
――人は皆、犠牲によってできた橋を歩いて生きている。
FL送付済