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ウタクジラは詠う




 ウタクジラは詠う。
 ただ、詠う。望郷の詩を。
 その綺麗な呪詛の歌声は海に響き渡り、まるで海の魔物のように近隣の船を沈めていた。

 ――のは過去の話である。
 ウタクジラに悪意はない。ただ詠っていただけだ。そう思った自由騎士たちは一度は討伐した彼(もしかすると彼女かもしれない)をどうにかできないかと思った。
 通商連のルートを邪魔しない場所に住めるのであれば、共存はできるのではないかと思ったのだ。
 
 彼らはなんとも渋い顔のイ・ラプセル宰相であるクラウス・フォン・プラテスにその裁定を委ねる。
 かくてウタクジラはイ・ラプセル王都、水の都サンクディゼールの南にある姉妹湖である『スペリール湖』にその住居を移すことになるが、そこには条件が付けられた。

 ひとつ、来る星祭『ゴールドティアーズ』にむけて、ウタクジラに協力を取り付けること。
 スペリール湖は屈指の透明度を誇り、夜になればまるで鏡のように、空にうかぶ星々を映し出し、水の鏡に星を閉じ込めるゴールドティアーズの祭りの舞台である。
 例年この祭りは盛大に盛り上がり、戦争を行っていない他国の旅客も通商連を通し多く訪れる、国家の一大事業でもあるのだ。
 ウタクジラの詩も危険さえなければ興行の一つになるだろう。
 
 ひとつ、近隣住民に迷惑をかけないように、ヒトの常識を教え込むこと。
 ヒトとは生き方の違う幻想種にそれを教え込むのは押し付けにみえるだろう。しかしそうしなければ共存はかなわない。
 もともとそれほどまでに凶悪な幻想種でもないウタクジラではあるが、ヒトの常識を教えておくことにこしたことはない。

『わたしは、あなたたちに負けたから、言うことには従うけど……』
 ウタクジラは貴方たち自由騎士を自分より上位の存在であるとは認めてはいる。言うことは聞くだろう。
 しかし本当に納得できているのかは定かではない。

 ゴールドティアーズを成功させるためにも、貴方達がすることは――。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
日常β
■成功条件
1.ウタクジラの協力をとりつける
†猫天使姫†です。
 お約束させていただいていたウタクジラの処遇シナリオになります。

 ゴールドティアーズの日取りは7月7日。いわゆる流星群の日になります。
 現代日本における七夕のようなお祭りと思っていただいてかまいません。
 湖の天(そら)と水に映る星々の中にカヌーで漕ぎ出していきます。両方の星に照らされてなんともロマンチックな気持ちになれるでしょう。
 参加者には短冊が渡され、そこに願いを書きます。その短冊を持って流星(ゴールドティアーズ)が降ったときに願いを強く思えばその願いはいつか叶うといわれています。
 それ以外にも露天も夜が明けるまで開かれとても楽しいおまつりになります。
 戦争中ではありますが、だからこそ祭りは行うべきであるというのがエドワード王の考えになっています。

 そのお祭りのひとつの興行になれるようにウタクジラを説得してください。
 基本的には言うことはききます。
 文句もいわないでしょう。しかしその心情はそのとおりではないかもしれません。
 
 今回の依頼の相談日数は少々短めに設定してありますので相談期間にはお気をつけください。
状態
完了
報酬マテリア
1個  2個  1個  1個
20モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
5日
参加人数
8/8
公開日
2018年06月25日

†メイン参加者 8人†




「宰相様もしぶいなあ、そりゃあ、住処が決まってよかったんだけど」
 『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)が口を尖らせながら、スペリール湖までの道のりを歩く。
「国としては問題はなかったのでしょうけど、体裁というものがあるから。周辺住民にもこういう条件の元で住まわせることができるという、大義名分は大事なのよ」
 カノンの言葉に苦笑しながら、『イ・ラプセル自由騎士団』薬師寺 麗羅(CL3000034)が答える。
 何でもかんでも受け入れるということは、そうそう簡単なことではない。もともと難民を受け入れる体制はあるイ・ラプセルではあるが、島国という国土には限界がある。
 国を上げての祭りの余興という大義名分と体裁があれば、地域住民に対しての体裁と大義名分が得られると宰相殿は判断したのだ。
 幻想種とヒト。姿も、形も、考え方すら違う生物同士だ。ほんとうの意味で理解し合うことは難しいのかもしれない。
 しかしそうではない。理解し合うのが難しいのはわかっている。けれど、それを成そうとすることに意味があるのだ。
 『エルローの黄金騎士』アダム・クランプトン(CL3000185)はそう思う。自らが目指すべき『優しい世界』はその理解の先にあるのと信じて。
「まあ、どうでもいいっちゃそうなんだけど、関わった手前、放置しておくのは寝覚めが悪ィってもんだ」
 悪意はないのはわかっている。ウタクジラはただ、己が命のままに生きている幻想種であるだけだ。何が悪かったのかは理解はできていないのだろう。なんとも厄介な相手だ。
 しかし共存への道は絶たれてはいないのだ。
「折角共存できる道が見えたのですし、ウタクジラさんにも、近隣住民の方にも良い結果となるようにしたいところですわ」
 斜に構える『風詠み』ベルナルト レイゼク(CL3000187)に対して、『疾走天狐』ガブリエーレ・シュノール(CL3000239)は片手を腰に添えて、もう片方の人差し指をベルナルトに向ける。
「へいへいガブリエーレお嬢様。お心のままに」
 演奏用の小型のハープを懐からだしたベルナルトは節のある指で爪弾く。その節くれだった荒々しい男の手とは裏腹に紡ぎ出される音楽は繊細で美しいものであった。ガブリエーレはその旋律にさすがうちのお抱え吟遊詩人やとうんうん頷く。

 やがて一行はスペリール湖に到着する。
 ――♪ ――♪
 歌声がきこえる。ウタクジラはずいぶんとごきげんに謡っている。
「お久しぶりだよー! ウタクジラちゃん! 元気だった?」
 『ちみっこマーチャント』ナナン・皐月(CL3000240)は桟橋から体を大きく乗り出して声をだすのを焦ったアダムが落ちないように支えている。カノンはまた一瞬ぼーっとしかけて頬をぱちんと叩いている。
『あなたたち きたの』
 一行に気づいたウタクジラは歌を止めると中空を滑るように飛び近づいてくる。
「騎士アダム・クランプトン、この国に住まう貴方をお守り致します」
 まずは挨拶とアダムはその場に跪き、自己紹介をして、騎士とはその、護る者だよと付け足す。
『はじめてみる顔ね』
「やあやあ、またあったね。ウタクジラ君。湖の住心地はどうかな? ヒトの言葉に昨日の敵は今日の友っていう言葉があってね。共存を図ろうとしているんだ。君とは友好な関係を気づきたいなと思っているんだよ」
 『知りたがりのクイニィー』クイニィー・アルジェント(CL3000178)が芝居がかった口調で揚々と話しかける。
『そうね、悪くはないわ。前のほうが良かったけど』
「うう、無理やり引っ越しさせちゃって、ごめんね? ここに住んでいても問題ないようにするために保証をもらってきたの! でもね、えっとそれには条件があってね」
 ナナンは申し訳なさそうに言う。
「この前は、私達の都合で立ち退いてもらうために戦闘を行いましたが、此処ではあの様に暴れるのは無しという事で……」
 ガブリエーレもまた、ウタクジラに説明をする。ヒトは自分より大きな動物が暴れることに恐怖を抱くこと。その恐怖は不和を生み、不和は排斥を生みかねないこと。
 その排斥でまた住処を奪われるかもしれないということを懇切丁寧に、そして一生懸命に説明する。
 ともすれば脅迫にもなりかねないその理由に対してガブリエーレは小さく、私はそうなってはほしくないと思っていますわと付け加えた。
「後はね、人間は基本的に夜は眠ってるんだよ。だからね、起こしたりしないよーになるべく夜中は歌わないで欲しいんだ」
 夜暗い時に歌に惹かれて寝ぼけて湖に落ちちゃったら困るしね。とカノンも付け足す。
 と、同時に思う。自分だって歌を止められたらすごく嫌だ。だから定期的になんとか歌える機会がないかと宰相殿に掛け合うことを考える。
『つまりはどういうこと?』
「とりあえず。手短に用件を言うわね。あたしたちが貴方にお願いしたいことは、ふたつ。ヒトとの共存とお祭りの協力!」
 『深窓のガンスリンガー』ヒルダ・アークライト(CL3000279)がその後を継いでニコニコと笑顔で話しかけた。
 どうもこの幻想種は知性というものを備えている。ただ闇雲に暴れているだけではない。事実前回の騒動も自分の住処を奪われようとしたからそれに抵抗しただけだ。それは当然の権利だとも思える。そもそもがヒト側の都合だったのだ。
『お祭り?』
「あのね、もうすぐここでお祭りがあるんだ。お星様が降ってくる夜! 星祭」
 ナナンが嬉しそうに伝える。
「この国はね、他の国と喧嘩して疲れちゃってるのだ! だから、ウタクジラちゃんがお祭りで歌ってくれたり、いてくれるだけでもこの国を癒やしたりできると思うんだ」
『あなた達がそうしろというのなら、そうするわ。命令してちょうだい』
「それだ」
 投げやりなウタクジラの言葉にアダムが口を出す。
「敗者だから勝者に従う、というのは今後を見据えるのなら宜しくない」
『どうして? それが自然の摂理だわ』
「これは僕のわがままかも知れない。けれどね。そんな理由で協力はさせたくないんだ。どちらが上で、どちらが下かなんてないとおもうから。だからね、僕たちはキミに食事を提供するその見返りとして協力してほしいんだ。命令じゃない、協力だ」
『へんな、ヒト』
 ウタクジラはアダムの言葉の意味がわからなかった。それでも自分のことを案じてくれたのだとは思う。だからそれ以上の否定はしなかった。
『わたしは、うたがうたえて、おうちがあって、ごはんがたべれたらそれでいい。べつにヒトと喧嘩はしたいとはおもってないわ』
「その歌! あのさ、君の歌は君の意志とは関係なくヒトを惑わす力があるんだ。だからもし、ヒトが近くにいて怪我をしそうとか、様子がおかしかったら一旦歌うのを止めて、様子を見てほしい」
 クイニィーがひとさし指をたてて指摘する。
『ふうん、わかったわ、でも私はヒトのことはよくわからない』
 そして始まるの自由騎士からの一般常識としてのレクチャーだ。
 麗羅は懇切丁寧に常識というものを教える。ウタクジラと共存は不可能ではないとは思う。ウタクジラにとっての外敵は……あえて言うのであればヒトであるが、ここにいる限りは何らかの驚異があった場合、護ることも彼らは誓った。
「お前さん、笑顔ってわかるかい?」
 どうにも理解を仕切れない様子のウタクジラに、ベルナルトは話しかける。
「俺達は楽しいと笑う。こんな風にな」
 ベルナルトはにぃっと広角を上げる。
『こう』
 ウタクジラも真似て広角をにいっとあげる。
「そうそう、お前さん上手に笑うじゃないか。こんな顔をしていたときはヒトは嬉しい。逆にこんな風に眉間にシワがよっているときは苦しかったり、怒ってたり。まあ、違う場合もあるが、おおよそにおいては嬉しいの反対の気持ちになっていることが多い。そんなときには、さっきクイニィーのお嬢ちゃんが言ったように、やめてくれたらいい」
『うん、多分わかった』
「でな、今度の祭りにはさ、沢山のヒトがここを訪れる。だから、そいつらをお前さんの歌で笑顔にしてほしいのさ」
 こんなふうに、とベルナルトがハープを爪弾く。
 その曲は愉しげな祭りの音楽。麗羅は笑顔でその音楽に合わせ手拍子をする。クィニーはアコーディオンをその音楽に合わせて、伴奏を始める。
 「それは幻の彼方の遙かな故郷 麗しいクジラが魅せるひと時の夢♪」
 ウタクジラは突如始まったそのセッションに戸惑うような様子をみせた。
 アダムは、これは管轄外だと苦笑する。いや、とてもいい歌だとはおもうしいい音楽だとも思う。けれどそれに混ざることはできない。どうにもこうにもアダムには音楽の素養がないのだ。
「ねえ、あなたのこときかせて」
 戸惑うウタクジラにヒルダが話しかける。
「貴方の歌ってどこで覚えたの?」
『気づいたら知ってたわ』
「故郷はあるの? 友達は?」
『わからない。わたしは幻想種だから。わたしと同じものは見たことはないわ』
「好きなたべものは?」
『おきあみとかぷらんくとん。海に口をつけて吸い込むの』
「あなたって男の子なの? 女の子なの?」
『わかんない。わたしだけだから。わたしは』
「この湖の住心地は?」
『さっきもいったけど悪くはわないわ。ごはんを食べに行くには海の近くにいかないといけないのが面倒だけど』
 ヒルダの矢継ぎ早の質問はウタクジラを逆にリラックスさせる。
「そうだ、貴方の名前は?」
『なまえ? わたしは、わたしよ。わたしだけだから別にそれでいい』
「よくないわよ! ヒトには名前が必要で、あなたはヒトと共存するんだから。あたしだってノウブルだのヒトだの呼ばわりされるのはイヤだし」
『……』
「じゃあ、名前、あたしがつけてあげようか? そうね、それじゃあ――」
 ――メモリア。記憶や思い出を意味する言葉。ウタクジラの歌が他者に追憶と望郷を齎すことにちなんで、と恥ずかしそうにヒルダは言った。
『それがわたしのなまえ? ふぅん。悪くはないわ。貴方は? あなたにも名前があるんでしょう? そこで座ってるのはアダムってきいたわ。あなたは?』
「あ、そうね。あたしはヒルダ。ヒルダ・アークライト。よろしくね」
『ヒルダ』
「うん、なぁに? メモリア」
『よんでみただけ』
「うん」
「そうだ、えっと、メモリアさん、でいいのかな?」
 水を向けられたアダムも話しかけてくる。
『そうみたい、アダム』
「そう、僕はアダムだよ。キミは、キミはどうして歌うんだい? メモリアさん」
『たぶん、好きだから』
「はは、好きだからでそんなに上手に歌を歌えるのは僕には羨ましいね。ならメモリアさんもみんなと歌うといい。僕もメモリアさんの歌をちゃんと聞いてみたい」
『そうすれば、アダムは笑顔になるの』
「ああ、もちろんだよ」

 ウタクジラ――メモリアは歌を歌う彼らのもとに飛んでいく。
 彼らは笑顔で出迎え、一緒に歌おうと誘う。
「君の歌にあたし達が音を付けてもっと楽しい音楽にしよう! ゴールドティアーズって言うお祭りがあってね、ヒトがいっぱい来るんだよ。お祭りには音楽が必要不可欠! 君 の素敵な歌をみんなに聴いてもらおう!」
 アコーディオンを弾き鳴らしながら、クイニィーがメモリアを誘う。そうすれば楽しいからと。
「一緒に歌おう。まさかカノンより上手じゃないから嫌だとはいわないよね?」
 危なくさえなければ、あの望郷の詩は遠く懐かしい故郷を呼び起こしてくれる素敵なものだ。とーさまとかーさま。あのときみた幻影は決して嫌なものではなかったのだから。
 促され、メモリアも歌う。不思議と、伴奏に中和されたのか、魔力の影響はその場にはない。
 カノンは少しだけ寂しく思うが、それ以上に一緒に歌うことが楽しかった。

 ふとベルナルトは気づく。普段はベッタリと自分のハープと歌を聞くために近づいてきてるガブリエーレがそばにいない。
「俺の演奏聞きたいの? いつもみたく近くに寄って聞けばいいじゃねーかパトロン様」
 遠くにいるガブリエーレをこいこい、と手のひらで呼ぶ。まるで犬を呼んでいるようにしかみえないのは内緒だ。
「……!」
 普段から聞いているベルナルトの演奏が、違う環境にいるからかガブリエーレには違うものに聞こえていたのだ。すごく素敵な演奏だ。だけどなんとなく近寄りがたくて。そりゃ知り合って時間は経っていない。でも少しくらいは彼と彼の音楽のことをわかっていたはずだ。なのに知らないヒトに見えてしまったのだ。
 でもそれは杞憂だと気づく。自分を呼ぶその、皮肉げな笑顔はいつもの彼のものだ。一瞬の不安を押し殺し、彼女はいつもどおり、シュノール家の令嬢らしく振る舞う。
「えぇ、良くってよ! 貴方の歌はいつ聞いても良い物ですから!」
「ああそうだ。ウタクジラよ」
 ベルナルトがメモリアに呼びかける。
『メモリアよ』
「そりゃあ、失礼した。名前ができたんだな。メモリアよ。俺達の歌もよかったら覚えてくれな。歌にいろんな感情を乗せて、ヒトを楽しませてやろうぜ」
『かんがえとく』
「メモリアちゃん、ぎゅー」
 ナナンが桃色の尾を抱きしめる。
「これからもよろしくね」
 カナンもメモリアにぎゅっと抱きつく。
『もう、歌うたえない。あなた達の歌もきかせてくれるのでしょう?』

 彼らとメモリアのセッションは夕暮れまで続く。
 何度も伴奏をせがまれ、ベルナルトとクイニィーの指はもうクタクタだ。
 どうやら、メモリアの歌はアカペラで歌うと魔力を紡ぎあげるのだが、伴奏をつければその魔力は中和され、悪影響は起こらないようだ。それはどのようなからくりであるのかはわからないが、ヒトと幻想種の歌が混ざりあうことで良い方向に向かうのであればいいのだろうと彼らは納得する。

 彼らはメモリアに約束を取り付ける。
 多少のいざこざはこの先起こるだろう。だけれどもその度になぜだめなのかをおしえればメモリアは素直に納得する。それは、命令されたからではない。隣人として、友人としてメモリアが彼らを認めた証なのだ。
 

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

無事ウタクジラことメモリアはみなさんの説得により人の常識を学ぶことと、お祭りのお手伝いの約束を取り付けることができました。

メモリアにお名前をくださった貴方にMVPを。

ウタクジラの名前は考えていませんでした。ありがとうございます。

それでは参加ありがとうございました。
ゴールドティアーズの成功をたのしみにしております。
FL送付済