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【三巴海戦】Lancer! 二人の槍使い!

●熱い蒸気槍とクールな銛使い
「フリーエンジン……! 許しておくわけにはいかない!」
拳を握り、熱く声をあげる男がいた。
「へいへい。まあ、命令ならやりますぜ」
命令を受けて、気だるそうに答える男がいた。
「『シュバリエ』、起動! ホワイトラビット、フルチャージ! 彼らを捕らえ、罪を償わせるのだ! 略奪された亜人奴隷達を保護するために!」
熱い男はヘルメリアから奪われた奴隷達を取り戻し、咎人に罪を償わせるためにに槍を持つ。
「そんじゃま、連中には死んでもらいますかね。奴隷は……まあ美人がいたら助けますか。あとは死んでもらった方が楽かね?」
やる気のない男は好まない奴隷と咎人を海の藻屑にするために槍を持つ。
全く別の方向性の槍使い。相反する意見故にぶつかり合う事が多いのだが、しかし戦場に置いては同世代の四等騎士ではありえない戦果を挙げていた。
個人戦における結果は正直なところ、互いの性格が欠点となっている節がある。熱い男はその生真面目さゆえに出し抜かれ、やる気のない男は己の欲に熱を入れてしまう形である。
だが、この二人が共にいる時はその欠点が相殺される。
「うおおおおおおおおお! ヘルメリアの平和は守る!」
「あいよ。そんじゃ俺はあそこの子を助けるんで、後は任せた。あ、狙うならあそこのガンナーからな。あいつ鎧の防御貫いてくるんで」
「勿論! この槍にかけて、全てを救ってみせる!」
まあ、やる気のない男が上手く熱い男をコントロールしてる部分はあるが。
とまれ、そんな二人――マリオン・ドジソンとネッド・ラッドの二人が今、エスター号に向かっていた。
「ライルズ二等を無残に殺し、奪った船で強奪した奴隷を運ぼうなど……!」
「あー、そうだな。……まあ、極刑は免れんだろうよ。だったらここで殺しても同じだろうぜ」
ネッドの言葉に、首を振って否定するマリオン。
「いいや! それでも投降する者に手を差し伸べすのが騎士の務めだ! その心を忘れてはいけない!」
「難儀だねぇ、騎士ってのは。平民出の俺は早く終わらせて休暇取りたいぜ。お前も妹に会いたいだろ?」
「それは否定はしない。兄として騎士として、キャロルに恥じぬように勤めなくては!」
「……駄目だこりゃ。まあ、いいさ。サクッと終わらせちまおうぜ」
「油断するな。連中は幾多の戦いを潜り抜けた手練れ。簡単に終わると思わない事だ」
「了解。ま、可愛い子がいればやる気も出るんだけどな」
言いながら自分の武器を握る手に力がこもるネッド。油断はするな。マリオンの言葉を脳内で再生させて、立ち上がる。そうとも、油断はできない。ここで打撃を与えておかなければ、ヘルメリアに大きな傷を与えるだろう。
(あるいは……シャンバラのようにヘルメリアが地図から消えるか。そいつはいただけないねぇ。ヘルメリアが雇い主じゃ、気軽に奴隷が買えなくなる)
流石にそれはマリオンの前でいう事を憚った。言えば烈火のごとく怒るか、妹のことを思って口を紡ぐかだ。あまり面白いことにならない。
ともあれここまで来たらやることは一つだ。
二人の槍使いを乗せた蒸気船は、真っ直ぐに奪われたエスター号に向かって突き進む。
●自由騎士
マキナ=ギアを通じて、階差演算室からの情報が届く。
エスター号に向かう小型艇の二人。これをそのまま放置して甲板まで行かせてしまえば、歯車騎士団の勢いは大きく増すだろう。
相手もオラクル故に、20m以遠の砲撃は当たらない。小型艇に乗り込んでの白兵戦で対応するのが良策だ。
ヘルメリア蒸気騎士、その蒸気槍使いマリオン・ドジソン。
ヘルメリアの海に鍛えられた銛使い、ネッド・ラッド。
最新鋭技術の戦士と、海戦経験豊富な戦士。そんな二人の槍使い――
「フリーエンジン……! 許しておくわけにはいかない!」
拳を握り、熱く声をあげる男がいた。
「へいへい。まあ、命令ならやりますぜ」
命令を受けて、気だるそうに答える男がいた。
「『シュバリエ』、起動! ホワイトラビット、フルチャージ! 彼らを捕らえ、罪を償わせるのだ! 略奪された亜人奴隷達を保護するために!」
熱い男はヘルメリアから奪われた奴隷達を取り戻し、咎人に罪を償わせるためにに槍を持つ。
「そんじゃま、連中には死んでもらいますかね。奴隷は……まあ美人がいたら助けますか。あとは死んでもらった方が楽かね?」
やる気のない男は好まない奴隷と咎人を海の藻屑にするために槍を持つ。
全く別の方向性の槍使い。相反する意見故にぶつかり合う事が多いのだが、しかし戦場に置いては同世代の四等騎士ではありえない戦果を挙げていた。
個人戦における結果は正直なところ、互いの性格が欠点となっている節がある。熱い男はその生真面目さゆえに出し抜かれ、やる気のない男は己の欲に熱を入れてしまう形である。
だが、この二人が共にいる時はその欠点が相殺される。
「うおおおおおおおおお! ヘルメリアの平和は守る!」
「あいよ。そんじゃ俺はあそこの子を助けるんで、後は任せた。あ、狙うならあそこのガンナーからな。あいつ鎧の防御貫いてくるんで」
「勿論! この槍にかけて、全てを救ってみせる!」
まあ、やる気のない男が上手く熱い男をコントロールしてる部分はあるが。
とまれ、そんな二人――マリオン・ドジソンとネッド・ラッドの二人が今、エスター号に向かっていた。
「ライルズ二等を無残に殺し、奪った船で強奪した奴隷を運ぼうなど……!」
「あー、そうだな。……まあ、極刑は免れんだろうよ。だったらここで殺しても同じだろうぜ」
ネッドの言葉に、首を振って否定するマリオン。
「いいや! それでも投降する者に手を差し伸べすのが騎士の務めだ! その心を忘れてはいけない!」
「難儀だねぇ、騎士ってのは。平民出の俺は早く終わらせて休暇取りたいぜ。お前も妹に会いたいだろ?」
「それは否定はしない。兄として騎士として、キャロルに恥じぬように勤めなくては!」
「……駄目だこりゃ。まあ、いいさ。サクッと終わらせちまおうぜ」
「油断するな。連中は幾多の戦いを潜り抜けた手練れ。簡単に終わると思わない事だ」
「了解。ま、可愛い子がいればやる気も出るんだけどな」
言いながら自分の武器を握る手に力がこもるネッド。油断はするな。マリオンの言葉を脳内で再生させて、立ち上がる。そうとも、油断はできない。ここで打撃を与えておかなければ、ヘルメリアに大きな傷を与えるだろう。
(あるいは……シャンバラのようにヘルメリアが地図から消えるか。そいつはいただけないねぇ。ヘルメリアが雇い主じゃ、気軽に奴隷が買えなくなる)
流石にそれはマリオンの前でいう事を憚った。言えば烈火のごとく怒るか、妹のことを思って口を紡ぐかだ。あまり面白いことにならない。
ともあれここまで来たらやることは一つだ。
二人の槍使いを乗せた蒸気船は、真っ直ぐに奪われたエスター号に向かって突き進む。
●自由騎士
マキナ=ギアを通じて、階差演算室からの情報が届く。
エスター号に向かう小型艇の二人。これをそのまま放置して甲板まで行かせてしまえば、歯車騎士団の勢いは大きく増すだろう。
相手もオラクル故に、20m以遠の砲撃は当たらない。小型艇に乗り込んでの白兵戦で対応するのが良策だ。
ヘルメリア蒸気騎士、その蒸気槍使いマリオン・ドジソン。
ヘルメリアの海に鍛えられた銛使い、ネッド・ラッド。
最新鋭技術の戦士と、海戦経験豊富な戦士。そんな二人の槍使い――
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.『マリオン・ドジソン』『ネッド・ラッド』どちらかの戦闘不能
どくどくです。
ちょうど『L』だったので。
●敵情報
・『熱血槍』マリオン・ドジソン(×1)
歯車騎士団『蒸気騎士』。階級は四等。無駄に熱い騎士です。全身を蒸気鎧で覆っています。
『クイーンオブハート』と呼ばれる魔術を遮るコーティングと、『ドーマウス』と呼ばれる薬液注入装置(攻撃、魔導UP。回復効果あり)、それに加え、『ホワイトラビット』と呼ばれる蒸気射出による遠距離攻撃可能な槍で攻撃(ノックバック効果付)してきます。
ネッドが戦闘可能である間、彼からのアドバイスで回避値が上昇しています。
ヘルメスの権能で、戦闘開始時に自分に対する付与スキル(他人に付与する者は使えない)が使用可能です。
EXスキル:熱き叫び 自付 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 攻撃力とドラマ上昇。
『ランサー』
ノウブル男性。歯車騎士団。階級は四等。銛を投げるガンナーです。その武器の形状もあって、近接戦闘も得意です。
『バトリングラム Lv2』『ウェッジショット Lv3』『サテライトエイム Lv3』『ホエールキラー(EX)』等を活性化しています。
マリオンが戦闘可能である間、その気質に引っ張られる形で攻撃力が上昇しています。
ヘルメスの権能で、戦闘開始時に自分に対する付与スキル(他人に付与する者は使えない)が使用可能です。
EXスキル:ホエールキラー 攻遠貫2(50%、100%) 鯨の皮膚を貫通する鋭い一撃です。【防御無】【致命】【必殺】溜1
●場所情報
海の上を走る蒸気小型艇。それと並走するように船を走らせ、乗り込んで交戦します。
時刻は夕刻。明かりは船に装備されている者で問題なし。速度を出して走る船は相応に揺れ、命中と回避にマイナスの修正を与えます。
戦闘開始時、敵前衛に『マリオン』が、敵後衛に『ネッド』がいます。
急いでいるため、事前付与は不可とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
----------------------------------------------------------------------
「この共通タグ【三巴海戦】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【三巴海戦】KEEP! エスター号防衛戦!』に軍勢が雪崩れ込みます」
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ちょうど『L』だったので。
●敵情報
・『熱血槍』マリオン・ドジソン(×1)
歯車騎士団『蒸気騎士』。階級は四等。無駄に熱い騎士です。全身を蒸気鎧で覆っています。
『クイーンオブハート』と呼ばれる魔術を遮るコーティングと、『ドーマウス』と呼ばれる薬液注入装置(攻撃、魔導UP。回復効果あり)、それに加え、『ホワイトラビット』と呼ばれる蒸気射出による遠距離攻撃可能な槍で攻撃(ノックバック効果付)してきます。
ネッドが戦闘可能である間、彼からのアドバイスで回避値が上昇しています。
ヘルメスの権能で、戦闘開始時に自分に対する付与スキル(他人に付与する者は使えない)が使用可能です。
EXスキル:熱き叫び 自付 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 攻撃力とドラマ上昇。
『ランサー』
ノウブル男性。歯車騎士団。階級は四等。銛を投げるガンナーです。その武器の形状もあって、近接戦闘も得意です。
『バトリングラム Lv2』『ウェッジショット Lv3』『サテライトエイム Lv3』『ホエールキラー(EX)』等を活性化しています。
マリオンが戦闘可能である間、その気質に引っ張られる形で攻撃力が上昇しています。
ヘルメスの権能で、戦闘開始時に自分に対する付与スキル(他人に付与する者は使えない)が使用可能です。
EXスキル:ホエールキラー 攻遠貫2(50%、100%) 鯨の皮膚を貫通する鋭い一撃です。【防御無】【致命】【必殺】溜1
●場所情報
海の上を走る蒸気小型艇。それと並走するように船を走らせ、乗り込んで交戦します。
時刻は夕刻。明かりは船に装備されている者で問題なし。速度を出して走る船は相応に揺れ、命中と回避にマイナスの修正を与えます。
戦闘開始時、敵前衛に『マリオン』が、敵後衛に『ネッド』がいます。
急いでいるため、事前付与は不可とします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
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「この共通タグ【三巴海戦】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【三巴海戦】KEEP! エスター号防衛戦!』に軍勢が雪崩れ込みます」
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状態
完了
完了
報酬マテリア
3個
7個
3個
3個




参加費
150LP [予約時+50LP]
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
10/10
10/10
公開日
2019年12月04日
2019年12月04日
†メイン参加者 10人†
●
海を走る蒸気船。ヘルメリア海軍の旗を立てた船には二本の槍。蒸気技術の粋ともいえる近代的な槍と、古くから海で使われる銛。
そんな船に近づく一隻の小型艇があった。自由騎士10名を乗せた船はゆっくりと距離を詰めてくる。
「戦だからな。まー、色々やるだろうさ」
銛を持つ男を見ながら『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は乾いた唇を湿らせる。水鏡によるネッドの暗躍は知っている。戦争なのだから、神算鬼謀何でもありだ。勝つために策を練る。それは誰もがやっていることなのだから。それを責めるつもりはない。
「罰はその命を以ってか」
言って頭を書く『帰ってきた工作兵』ニコラス・モラル(CL3000453)。相対するのはさて何度めか。自由騎士に入ってからは三度目。その前から数えればキリがない。腐れ縁もここで終わりにしたいものだ。
「ここで止める……! 自由を手に入れようとしている人達の邪魔はさせない!」
潮風にもっていかれないように帽子を押さえながら『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は決意を口にする。エスター号にはヘルメリアで虐げられた三〇〇人の亜人達がいる。あと少しでヘルメリアの鎖から解放されるのだ。邪魔はさせない。
「敵軍のエース2人、その連携を崩さねばこちらがやられるであろうな」
『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は軍刀を構えて前に出る。性格の相性か、それとも互いの信頼か。二人そろったときの動きは注意しなくレはならない。それを心に刻んで戦場へと足を踏み入れた。
「いわゆる1足す1が3にも4にもなる、というヤツだな」
ダガーを振るいながら『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)は戦闘へと精神を移行させていく。オルパもダガーを二本使う。それはダガーが二本あるわけではない。二本あるからこそ生まれる戦術を駆使し、戦うのだ。
「『略奪された亜人奴隷』か……」
『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は水鏡で見聞きしたマリオンの言葉を反芻し、口を紡ぐ。今は戦時だ。その信念や国家の違いで相対するしかないのは仕方ない。それでも言わなくてはいけない事はあった。
「蒸気騎士。プロメテウスの予行練習には悪くないな」
銃の調子を確認しながら『灼熱からの帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)は呼吸を整える。プロメテウス、の単語を口にするとき、胸の鼓動が一つ大きく跳ね上がる。激情を制するように強くグリップを握り、静かに息を吐いた。
「海戦に慣れているのが自分達だけだと思うなよ」
船の揺れるタイミングを自分の肉体で測りながら『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)は槍を握りしめる。風の向き、風速、波の高さ。目視できる情報を下地にして、海の揺れを想像して戦いに生かす。高い買い物だったが、それなりの効果はある。
「さて、バレずにいければいいのだけれど」
敵の立ち位置を確認しながら『博学の君』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)はイメージを膨らませる。作戦概要は頭の中にある。後はそれをどう運用するかだ。冷静さを保ちながら、チェスのように無限の手を思考する。
「本格的に暴れるとするか」
潮風を頬で受けながらウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は呟く。声は敵に聞こえないように、しかし仲間には聞こえる程度の大きさで。敵と会話するつもりなどない。鉄のように冷たく心を律し、引き金を手にした。
「やはり来たか、自由騎士! だがそう簡単に止められると思うな!」
「ま、こっちも仕事でね。通させてもらうぜ」
マリオンとネッドはそれだけ言って槍を構える。重厚そうな蒸気槍と、軽く鋭い銛。
イ・ラプセルとヘルメリアの騎士達の戦いは、今ここに切って落とされた。
●
「しかしまあ変な凸凹コンビだな」
最初に動いたのはザルクだった。銃口を向けながら二人の槍使いを見る。片や蒸気鎧に身を包んだ熱血野郎。片や銛を持った陰謀屋。その性格もあり方も真逆の二人だ。だが仲たがいや隙を狙えるかと言われるとそれも難しい。
息を吐きながら意識を強く集中するザルク。狙う場所をしっかり見つめ、二丁の銃をそちらに向ける。戦場全体を見ながら、同時に標準を見て細かな調整を行う。コンマ一秒の狙いの後に引き金を引いた。弾丸は狙い違わずネッドの足元に命中し、その動きを止める。
「どっちを狙うかと言われるとお前だな!」
「おおっと! 威嚇ってわけじゃなさそうだな」
「そういう事だ。悪いがここで海の藻屑になってくれ、色男」
ネッドが足を止めた瞬間にオルパが割り込むようにネッドに近づく。ネッドはどちらかというとワイルドが勝る海の男だ。端正な顔つきのオルパとはまた違ったタイプの色男だろう。最も、互いに男の顔を吟味する趣味はないのだが。
相手の懐に入ると同時に、オルパのダガーが翻る。漆黒と深紅。二対のダガーはほぼ同時にネッドに迫る。二重の弧はまるで檻のようにネッドの逃げ道を封鎖し、ヘルメリアの軍服を裂いて血をにじませた。
「ヘルメリアのかわいこちゃんは、俺が代わりにナンパしといてやるよ」
「ヨウセイは森に帰ってな。ラジヲのつけ方も分からないんじゃ、ヘルメリア女子は落とせねぇぜ」
「ご高説どうも。というか、ヨウセイのことはヘルメリアにも伝わっているのか」
ふむ、と興味深げにアクアリスは思考する。シャンバラに置いて『聖櫃』の動力として使われていたヨウセイ達。イ・ラプセルではなくヘルメリアに逃げたヨウセイもいるのだろう。あるいは噂を聞いて捕まえたか。どちらにせよ、ヨウセイの奴隷もいることになる。
今はそれ以上考えている余裕はない。アクアリスは前線から距離を離し、ヒーラー同士の距離も適度に離れた場所に陣取る。そのまま魔力を展開し、癒しの術を行使した。歯車騎士団から受けた傷に魔力が溜まり、その痛みを和らげていく。
「気付かれずに展開できるといいんだけど」
「また会ったな、ドジソン四等!」
アクアリスの視線を意識してか、大声でシノピリカがマリオンに声をかける。相手の意識がこちらを向いたのを確認後、軍刀を抜いて斬りかかる。軍刀と蒸気槍が交差し、鍔競り合う状態のまま力を込める。
ぶつかり合う力と力。イ・ラプセルの騎士とヘルメリアの騎士は互いの意地を示すように引くことなく押し合い続ける。蒸気騎士はその鎧をフル稼働させ、シノピリカはもてる技量を全て注ぎ込む。離れたのはどちらが先か。金属音と共に互いに距離を取っていた。
「一騎打ち……と呼ぶには些か乱戦じゃが、いざ勝負!」
「望むところ! どの道ぶつかり合うつもりだ!」
「できうることなら、誰も殺したくないのだけど……」
ライフルを持つ手に力を籠めるアンネリーザ。誰も殺したくない。それがアンネリーザの強い思いだ。それは大きくうねり始めた時代に置いて、どれだけ難しい事だろうか。そうと理解してもなお、そう願ってしまう。その為に、銃を取るのだ。
翼をはためかせ、僅かに宙に浮くアンネリーザ。船の揺れから離れ、銃のブレが緩和される。その状態でスコープを覗き込み、マリオンの槍を持つ手に標準を合わせる。槍が動く瞬間を狙って引き金を引き、その動きを阻害していく。
「狙うのは少しの綻び……見逃さないわ」
「そうだね……動きを封じれれば、それでいい」
アンネリーザの言葉に頷くマグノリア。マリオンを無理に倒す必要はない。ヘルメリアの技術の粋を集めて作られた蒸気騎士。それを封じる事はそれだけでメリットになる。その間に仲間が本懐を果たしてくれるだろう。
マリオンとネッドの分断を確認後、魔力を解き放つマグノリア。魔力の網を戦場全体に広げ、敵の足を奪う。移動を封じて合流を塞ぐ魔力の網。その網に捕らわれている間に味方を支援し、戦いを有利に運んでいく。
「どの道、戦いは避けられないのなら……」
「そうだな。戦いは避けられない」
短く言い放つウェルス。ノウブルに騙されてきた経歴もあり、ネッドやマリオンのような『ノウブルが亜人を奴隷にして当然』という価値観を持つ相手にはいい感情を持てない。その心情が言葉となって、鋭く放たれていた。
蒸気式の拳銃を手に、ネッドに迫るウェルス。弾丸が液化して衝撃を与えるその獣は、弾丸の飛距離の問題で遠距離射撃には向かない。だがそれでも至近距離相手には十分な武器だ。ネッドの肩に衝撃を与え、巧みな技術を封じていく。
(堅実に行かせてもらうぜ。敵と話すことなど何もない)
「成程。そちらの動きは『風の先読み』か」
ネッドの動きを観察しながら槍を振るうアデル。海戦の経験値はネッドに軍配が上がるが、それは戦いの決定打にはならない。こちらも海のドクトリンは理解している。ならばあとは互いの地力の勝負となる。
傭兵としての経験値。死を感じ取りそれを避ける術。アデルは長年の経験からそれを知る。それは相手のクセを読み取る事だ。銛の動きの僅かなブレを感じ取り、そこに生まれた隙を逃すことなく自分の槍を叩き込むアデル。込められた気迫がネッドの動きを止める。
「女性へのお触りはご遠慮願おう。お前への嫌がらせ担当は、俺だ」
「性別まで分けてくるとは、徹底しているな。そいつもイ・ラプセル流か?」
「皮肉が効いてるだろう。野郎に囲まれて終わりってのはいい末路だ」
ネッドの言葉に軽口を返すニコラス。亜人の女性奴隷を買っては抱いてきた女たらし。その末路が男に逃げられないように囲まれてて、というのはある意味妥当なのか。最も溜飲が下がるぐらいで、怒りは収まるわけではない。
自然回復の術式を自分に組み込みながら、ネッドと戦う仲間達を見る。武器の手触りを確認しながら冷静さを保ち、呼気と共に魔力を展開していく。ネッドの銛で傷ついた仲間達が魔術で癒されていく。
「地下ぶりだな。あいっ変わらず胸くそなツラだな」
「ああ、そうだな。もう逃げる道はないぜ。お互いにな」
「そうだな。互いに逃げ道はない。当の昔に賽は投げられたのだ」
ため息をつくようにツボミが口を開く。戦がここまで顕現化したのは数時間前の話だが、それより前に戦いは始まっていた。だからもう逃げ道はない。逃げを決め込むタイミングはもう終わっているのだ。
『医者』のスイッチを入れて、倫理と感情のボルテージを下げる。大事なのは仲間を診る事。そして優先度をつけ、その順列に従い仲間を癒すこと。ツボミは呼吸するのも惜しむほどに魔術を放ち、仲間達を癒していく。
(さてうまく分断できたわけだが、ここからか)
言葉に出さず、ツボミは戦場を確認する。
ネッドを押さえるウェルスとアデルとオルパ。マリオンを押さえるシノピリカとアンネリーザとマグノリア。そしてヒーラー三名が傷を癒す。そんな構成だ。
「流石と言った所か!」
マリオンと相対しているシノピリカがフラグメンツを削られるほどの傷を負う。
「面倒な動きだな」
「お前のようなやつに屈するつもりはないぜ」
「っ! ……!」
そしてネッドを押さえているアデルとオルパとウェルスもその銛を受けてフラグメンツを燃やす。
だが自由騎士も負けるつもりはない。二人の槍使いに少しずつダメージを蓄積していく。連携を崩し、一対多数の形にもつれ込んでいた。
騎士同士の戦いは激しく加速していく。
●
高速で移動する船はそれだけで不安定だ。更には砲撃などで生まれた波が小さな船を襲い、その揺れは想像以上の物となっている。
「ひどい揺れだぜ。どうせなら、かわいこちゃんと飲む酒で酔いたいもんだ」
バランス感覚に長けるオルパだが、それでも揺れの酷さには眉を顰めていた。どちらかというと相手をしているのが男と言うのに文句を言いたそうな雰囲気だが。
「違いない。ヘルメリアにはいい酒がある。首輪つけるなら一杯ぐらいくれてやってもいいぜ」
「男に酒をおごられる趣味はなくてね」
ネッドの軽口に肩をすくめて還すオルパ。野郎と親密に酒を飲むなんて、時間の無駄だと言わんがばかりだ。
「そりゃ残念。使えそうな鉄砲玉だったので思わず奮発しそうになった。やっぱりここで殺しておくか」
「女は抱き、男は使い潰す。成程、わかりやすいな」
ネッドの言葉に頷き言葉を返すアデル。重戦士のアデルとガンナー兼軽戦士のネッド。単純なパワーではアデルが勝るが、ネッドは真正面から打ち合わないように動いている。
「適材適所だよ。そりゃ使えそうな男なら使うぜ。それとも無駄に飼い潰してエサ代かさませるのがイ・ラプセル流か?
そう言えば亜人に人権てエサを与えてるんだっけか。自由、なんて幻想抱かせて戦場で働かせるんだよな。大したもんだぜお前達の王様は!」
まだ食い物の方がありがたみがあるぜ、とネッドは肩をすくめた。アデルはその言葉を無視するように『ジョルトランサー改』を振るう。
「弾避けに塹壕掘り。危険な任務は任せて自分の身を守るのが一番だろうが。戦場は甘くないんだよ。『亜人とお手々繋いで仲良しこよし』って酒に酔ってそんなことも忘れてるのか?」
「戦場が甘くないという意見は同意する。だが、オーダーをこなすのが傭兵だ」
挑発するようなネッドの言葉に冷静に答えるアデル。話し合う事はない。価値観の相違に口を挟むのは戦士のやることではない。ただ槍を振るい、敵を討つのみだ。
(あれがヘルメリアの一般的な感覚……いや、ノウブルの一般的な感覚か)
ウェルスはネッドの言葉を聞き、銃を持つ手に力がこもる。亜人を都合よく扱い、安全になった場所を我が物顔で通る。通商連を通じてそんなノウブルと話したこともあるし、そんな扱いを受けた亜人も何度も見てきた。
ヘルメリアが腐っているのではなく、亜人平等を謳うイ・ラプセルが特殊なのだ。ウェルスもそれは解っているが、怒りは収まらない。ノウブルにとって亜人は『道具』なのだ。積み重なっていく怒りを堪え、冷静沈着になろうと感情を律していく。
「相変わらず憎まれ口だな」
ネッドに声をかけるニコラス。仲間を支援しながら、その視線はネッドから離せないでいた。
「事実だろうが、ニコラス。お前だって散々扱われてきたじゃないか。
娘を捨てて逃げだすぐらいに、嫌な思いをしてきたんだろう? ああ、酷い話だよな。父親の任務はきちんと娘に受け継がせたから安心して島国でガタガタ震えて寝てな」
「……そうだな。俺が逃げたから、ステラがあんなことをすることになったんだよな」
ニコラスはネッドの言葉に反論しない。それは事実だった。水鏡で見た娘の暗躍を思い出し、その痛みをしっかり受け止める。言い訳はしない。出来ない。出来るはずがない。なぜならそれが現実だから。
「だからここで終わりにしてやる。
ステラを生かしておいてくれた事には礼を言う。けどそれ以上は一応、父親としてはいただけないんでな」
「そいつはステラの前で言ってほしいね。アイツがそんな顔するか楽しみだ。『自分を捨てた父親が、今更親の顔して説教しに来た』って所か?」
「性格悪いな。ヘルメリアの品性が疑われるぜ」
ネッドに銃を打ち込みながらザルクが口を挟む。ヘルメリアの軍人には並々ならない恨みがある。その個人的感情もあるが、目の前の銛使いはそれ以上にいい性格をしていた。
「よう味方殺し。味方を始末して罪を俺達に擦り付けて食う飯は美味いか?」
「おいおい。ヘルメルアの軍人が味方を殺すわけないだろうが。人にあらぬ罪を擦り付けるのが自由騎士の戦法なのか?」
ザルクの言葉ににやにや笑いながら答えるネッド。ジャスティン・ライルズを実際に殺したのはネッドではなく、その手駒だ。そして足取りもつかないように工作済みなのだろう。あの事件は水鏡の予知あって初めてわかる背後関係だ。だが、その態度が全てを語っている。
「そうか。そいつがお前らのデウスギアか。情報収集系とは聞いていたがかなりのモノだな」
「やはり厄介だな、貴様は。正直言ってムカつく」
ネッドの物言いに言葉を返すツボミ。自らの利の為に暗躍し、相手に不利を押し付ける。戦う前から戦闘を決めにかかる策謀家。敵側であるツボミの立場からすれば好感など持てるはずがない。だが、
「だがそのやり方を否定はせん。戦争だからな。誰も彼も、死にたくない死なせたくないと頭を捻り知恵を絞り悩み苦しむ。策も工作も外道もその内だ」
「そいつはこっちのセリフだぜ、イ・ラプセル。フリーエンジンと手を組んで、あっちこっちで引っ掻き回してくれやがって。お陰で楽しいバカンスが先送りだ」
ツボミの言葉に若干苛立った口調で答えるネッド。フリーエンジンと手を組んで各所で奴隷解放を行った事は、ヘルメリアからすれば卑怯な行為だ。一国の軍隊が他国の地下活動に支援した、というのは公にはしがたいことである。
「お陰でこっちも『仇討ち』なんて安酒を飲ませて煽るはめになったんだ。悪く思うなよ、テロリスト。――って感じでやらせてもらったぜ」
「……やはり難敵だな、貴様は」
先ほどの苛立ちの声もすべて演技。ツボミはそれを察して苦笑する。
この男はイ・ラプセルを恨んではいない。ただ『敵』と認識して効率よく対応しているだけだ。その為に必要だから味方さえも殺して戦う。ただそれだけの軍人だ。
そして――
「くらえ、ホワイトラビット!」
叫び声をあげて蒸気槍を振るうマリオン。
「貴方から見れば、私達は確かに悪人でしょう。奴隷を解放し、自由を与えることは」
スナイパーライフルを撃ちながら、アンネリーザが言葉を漏らす。
「文化が違う、考え方も違う、だから見え方も違う……それは悲しいことだけど、だからと言って譲る事は出来ないの……!」
――皮肉なことに、それはシャンバラがイ・ラプセルに攻め入った状況と同じだ。
ミトラースを絶対神と信じる彼らの価値観と、それを異常と非難したイ・ラプセル。その価値観の相違から和解の道は途絶えた。
奴隷を認める国と認めない国。その価値観の違い。どちらが正しいか、は問題にはならない。ただ『違う』という一点のみが争いの原因となるのだ。
「貴方の国に、もう奴隷は居ない! ヒトとして生きる事を選択出来るデザイアを止めることは出来ないわ!」
「如何なる理由があろうとも、我が国から不当なやり方で国民を奪っていくというのなら看過はできない!
貴国の価値観に照らし合わせて納得いかないとしても、ヘルメリアの騎士としてその暴挙を止める!」
「やれやれ。ミズビトにはその熱さは答えるね」
アクアリスは仲間がマリオンの攻撃から受けたダメージを癒しながら疲れたように声を出す。事実、回復術の行使の連続で疲れは溜まっていたが、今アクアリアを襲っている徒労感はそれ以外の疲労である。
「質問だけど、プロパガンダの為なら誠実な味方の命すら自らの手で屠らんとする。それがキミたちの正義なのか?」
「如何なる状況においても命を軽視しない。それが騎士の戦い方だ!」
アクアリスの言葉に些か見当違いだが迷うことなく答えを返すマリオン。ああ、そうか。彼はジャスティン・ライルズの死の真実を知らないのか。だがそれを教えるわけにはいかない。水鏡の情報を与えるような行為は、出来るだけ避けなくては――
「仮にそのような策謀があったのなら、全てが終わった後に陳謝する! 奪った命、失われた命を背負うのも騎士の務めだ!」
「その策謀が非道な行為で、それでもヘルメリアの利になるものだとしても?」
追従するようなアクアリスの問いに、首を縦に振るマリオン。
「無論! 正しくない方法で終わらせた戦いは、悲劇と言う歪みが生まれる! それはのちに禍根を生み、新たな火種となるのは明白!
だから騎士は正しくあろうとするのだ! 人が死ぬことが避けられないだろう戦争を、できるだけ平穏に治める為に!」
声高々に『正しくあろう』とする意思を示すマリオン。今戦争を終わらせるために悪事を行えば、それはどこかでしっぺ返しがおきる。その悲劇を避けるために、戦いは正しいやり方で終わらせなければならない。それがマリオンの『戦争』なのだ。
「中世の騎士の在り方だね。今の時代には……少し古臭いかな」
マリオンの言葉に苦笑するマグノリア。戦争による死亡率が低い中世時代ならその考え方もありだろう。だが銃の使用により新兵でも人が容易に殺せるようになった。その命全てを背負うというのなら、それは常人の精神では耐えきれないだろう。
(だからこそ、『騎士道』なんてものを強く持とうとするのかもしれないね、彼は。心の柱として。……まあ、それは今は関係ないか)
思考を切り替えて、マリオンに向き直るマグノリア。
「マリオン・ドジソン。君は『略奪された亜人奴隷』と言ったけど……その言葉に矛盾を感じないのかな?」
マリオンの意識が自分に向いたのを確認し、マグノリアは言葉を続ける。
「……君達ヘルメリアは『奴隷』として『亜人』を『連れて来ている』のに……つまり自由と生活を他者から先に奪っておいて、其れを……其の『ヒト』達を 僕等が『略奪』していると言う。
本当に、心の底から思っているのかい……?」
「経緯はどうあれ亜人奴隷の所有権がヘルメリアにあるのは事実!
元の所有権がどうあれ、それを奪ったというのならそれは略奪と同じことだ!」
マリオンの答えはにべもなかった。だがこれは致し方のない事である。
例えばイ・ラプセルはシャンバラと戦争し、結果としてその土地を奪った。その土地をシャンバラの神官達や民達が『元は自分達の土地だから返せ』『イ・ラプセルは自分達の島に帰れ』と主張しても、それが簡単に出来ないのと同じことなのだ。
「イ・ラプセルの亜人平等主義を否定はしない。だがその思想の元にヘルメリアに暴威を振るうというのなら、許しはしない!」
「ウム、その心意気やよし! 逆の立場であれば我らもそう主張しただろうよ!」
マリオンの言葉に頷くシノピリカ。シャンバラが神の教えの元に討伐隊を編成して攻めてきた事は記憶に新しい。ヘルメリアからしてみれば同じことをされているのだ。正邪や善悪の問題ではない。違った価値観を理由に攻撃されたという意味で同じなのだ。
「あくまでも規範と手順を尊ぶその姿、好意に値する! 正当な手続き無くして力を振るうべきではないとする、その主張も良し!」
「共感の意、感謝する! 戦時でなければ互いの国について語り合えたやも知れぬ! だが――」
「ああ、その通り。その時は過ぎた! ならば拳で語るのみ! 鉄血をもって互いの道を示そうぞ!」
交差する武器と気迫。鉄とは兵器。血とは兵士。言葉は剣戟に消え、互いを討ち滅ぼさんという意思が強く交差する。守るべきは互いの国。そこに住む民の命。だからこそ共に引くことはない。
十二人の騎士達の意志がぶつかり合い、そして交差する。
揺れる船での戦いは、少しずつ終局に向かっていく。
●
自由騎士達はネッドとマリオンを分断し、戦っていた。そうすることで連携を断ち、相手の優位性を奪おうとする作戦だ。
「ちっ、ホエールキラー出す為の余裕がねぇ!」
ネッドは銛を振るい自由騎士と応戦していた。力を籠める隙を見せれば、その隙をつかれる。今でさえアデル、オルパ、ウェルス、ザルクの攻撃を前に押されているのだ。
「鎧の隙間をついてくるネッドと、単純火力の高いマリオンか。どっちも面倒だな……!」
ツボミは二人の敵の特製を確認しながら癒しの術を行使する。十秒後の状況を想像し、その三手先を読んで癒しを施す。予測と違えばさらに助教を修正し、そして最善手を打つ。まるでチェスの早指しだ。一瞬のゆるみが医療では致命的になる。
「くそ……! 余裕ねぇとか言いながらこっち狙ってくるんじゃねぇよ……!」
腹部にネッドの銛を受けながら、ニコラスが悪態をつく。フラグメンツを燃やしてなんとか意識を保つが、そう何度も耐えられるものではない。魔術の知識に疎い分自由騎士の役割分担を把握するのの時間がかかったようだが、回復役に狙いを絞ってきたようだ。
「攻撃の邪魔はできているけど、隙をみせないわね……!」
アンネリーザはマリオンの槍を狙い撃ちし、攻撃を十全に発揮できないようにしていた。そしてストレスで隙を見せたところに致命的な一撃を与えるつもりだったが、思ったよりも隙を見せない。精神力が想像以上に硬いか、あるいは何も考えていないか。
「これが自由騎士の戦術じゃ!」
気合を入れてマリオンの前に立つシノピリカ。目の前の蒸気騎士は、もしかしたら背中を合わせて戦う事が出来たかもしれない相手だ。その道はもう途切れ、しかしその事に後悔はない。今ある道を突き進むため、軍刀と機械の腕を振るう。
「嫌な目だな。亜人を人と思っていない目。そんな目を見せられちゃ、やる気を出さないわけにはいかないぜ」
亜人を見るネッドの目を見て、オルパは冷たく吐き捨てる。シャンバラ時代にヨウセイに向けられた目と同じものだ。聖櫃の薪と同じように、自分達の道具としか見ていないヘルメリアのノウブル。チクリと怒りの感情がオルパの胸に刺さる。
「戦いは避けられない、か……」
マグノリアは仲間を癒しながら、ため息をつくように言葉を放つ。自分達の価値観が絶対とは思わない。しかしヘルメリアの考えが正しいとも思わない。ヘルメリア人に自分でその間違いに気づいてほしかったのだが、その道は楽ではないようだ。
「ちっ、密集しすぎて撃てねぇか」
ザルクは広範囲に影響を及ぼす射撃技を放とうとして、躊躇する。ネッドを中心に半径5mには味方が三人近接戦闘を仕掛けている。今その技を放てば、味方を巻き込んでしまうだろう。諦めて範囲を狭めた射撃技を撃ち放つ。
「最初の海戦で得意げに逃げ回られた事はそれなりに覚えているぞ。今度は逃がさん」
ヘルメリアに潜入する際の海戦。その時のネッドの態度を思い出すアデル。その気迫を込める様に全身のカタクラフトを起動させ、全ての動力槍をつくことに向ける。踏み込みと同時に突き出された槍がネッドの腹部を穿った。確かな手ごたえがアデルの手に伝わってくる。
(分断作戦は上手くいっている……。問題はない、はずだ)
アクアリスは戦況を見ながら冷静に状況を分析していた。作戦自体は上手くいっている。ネッドとマリオンは分断し、順調にネッドにダメージを重ねている。理想通りの展開だ。何の問題もない……はずだ。だが何かトゲが刺さっているような、気がする――
(コイツ、俺を狙わなくなった。嫌がらせっていうのを理解したか)
自分をあまり狙わなくなったネッド。ウェルスはその理由を考え、そして気付く。ウェルスの技封じは厄介だが、戦場全体を見て倒すべき優先度を自分ではなく他の仲間だと判断したのだろう。どうすべきか悩むが、今は自分の戦術を敢行する。
自由騎士達はネッドとマリオンを分断し、戦っていた。そうすることで連携を断ち、相手の優位性を奪おうとする作戦だ。
だがそれは――同時に自由騎士達も二分される形となる。相手を連携が取れないぐらいに分けるのなら、自分達もまた同じだけ離れることになる。距離の問題ではない。意識の問題だ。
「――今、そっちはどうなってる……!? いや、それよりも――」
「さっきまであそこにいたはずなのに!?」
目まぐるしく動く戦況。その全てを把握するには複数あるよりは一纏まりになった方が分かりやすい。事、戦場全てをカバーする術式や回復術はその位置が認識できなければ対象にはできない。僅か数メートルのずれが致命的になってくる。
それは後衛から全体を見ているのなら、大きな問題にはならない。事実、どちら寄りでもないよう意識していたツボミは目まぐるしくあるが対応はできる。
問題は『全体ではなく対象を主に見てる』場合だ。それは逆に言えば『対象でない相手』を強く意識できない状況となる。
「ホワイトラビット!」
マリオンの裂帛と、蒸気槍の射出音が響く。高重量の槍が弾丸のようにネッドを相手している前衛に向かって飛んだ。
「おせーぞ。結構ギリギリだったぜ」
「すまん! 手間取った!」
マリオンの足元には、気を失ったシノピリカが倒れていた。彼女の軍刀と機械の腕は蒸気騎士に多くの傷を刻んだが、倒すまでには至らなかった。一対一の状況だったため、今マリオンをブロックする者はいない。
(しまった。気付くのが遅れた!?)
ウェルスはもしシノピリカが倒れた時はカバーに入る予定だったが、ネッドに意識を集中していたため気付くのが遅れる。目の端にでも捕らえれる状況なら対応できたのだが、二分したことで一手遅れる。
そして一手の遅れを見逃さない、とばかりにヘルメリアの槍兵は動き出す。二人の槍使いはその槍を振るい戦場を駆け巡――
「悪いけど、それはさせない」
その動きを読んでいた、とばかりにアクアリスは魔力を解き放つ。軍師としての先見の目。それがギリギリのラインでこの状況を読み切っていた。解き放たれた魔力は水となって戦場を包み込む。
誰も傷つけない優しい水のドーム。それはアクアリスの心の如く。刺々しい言葉も飄々と受け流し、そして無力化する。ヘルメリアの槍兵の動きもそれと同じように、水で包まれ槍の鋭さは自由騎士には届かなかった。
『パツィフィスト・ゲベート』……平和主義者の祈りはヘルメリアの騎士が得た一手を封じ、そして消える。
「三度目の正直だ、ネッド!」
水のドームが消え去って、最初に動いたのはニコラスだった。ミズビトゆえの水の親和性ゆえか、水のドームの中でも動揺することなく魔力を練れたためか。はたまたネッドと言う男に対する怒りが状況を凌駕したか。
娘の人生が狂ったのは、あの時迎えに行けなかったからだろう。だが――それは状況だ。真に娘を転落させたのは目の前の男なのだ。その事実をはき違えるつもりはない。親として娘を堕とした存在に、罰を与えなくては。
「『罰はその命を以って』……そりゃお互い様だろ」
ネッドの体内から爆発するように氷の華が咲く。腹を突き破って突出する刺の花弁。その衝撃に耐えきれずネッドはよろめき、持っていた銛が地面に落ちる。
「……くそ、ったれ。亜人、如きに……!」
そう呟いて、銛使いは崩れ落ちた。
●
「ネッド――」
「来るな、相棒。もう助からん」
倒れたネッドに近づこうとするマリオンを制したのは、ネッドのそんな言葉だった。
「行け。キャロルを――妹を守るんだろう……!」
その言葉が決定打となったのだろう。マリオンは蒸気鎧の浮遊機能を使い、海上を移動して去っていく。
「追うか?」
アクアリスとニコラスが自らを削って放った大技のおかげで、自由騎士はまだ余力がある。後の禍根を断つためにここでマリオンを封じておくのは悪手ではない。
「いや、やめておこう。エスター号から離れすぎれば本末転倒だ」
だが、自由騎士の第一目的はデザイアの輸送だ。マリオンを追ってエスター号を守り切れないとなれば、目も当てられない。
「ざま、ねぇな。功を焦ってこのザマ、か。我ながららしくねぇ、か」
ネッドの津日焼きは、燃え尽きる蝋燭の直前を思わせる。力無く、自嘲気味なかすれ声。
「最後は、女に刺されると思ってたが、まさか親に、とはな……! ……まあ、因果応報、か……」
それがネッド・ラッドの最後の言葉となった。
「…………じゃあな」
ニコラスはすでに事切れたネッドに短く告げる。せめてもの情け、とばかりに近くにあった銛を墓標のように遺体の傍に突き立てる。
感傷に浸る余裕はあまりない。今もなお、エスター号は攻撃を受けているのだから。
自由騎士は急ぎ、船に乗ってエスター号に戻っていく――
砲撃が小型艇をかすめ、船倉に亀裂を入れる。浮力を保てなくなった船はそのまま海に沈んでいく。そこにあった遺体と銛も一緒に。
ヘルメリアで海に生きた軍人は、戦いで散り海に沈んでいった。
海を走る蒸気船。ヘルメリア海軍の旗を立てた船には二本の槍。蒸気技術の粋ともいえる近代的な槍と、古くから海で使われる銛。
そんな船に近づく一隻の小型艇があった。自由騎士10名を乗せた船はゆっくりと距離を詰めてくる。
「戦だからな。まー、色々やるだろうさ」
銛を持つ男を見ながら『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は乾いた唇を湿らせる。水鏡によるネッドの暗躍は知っている。戦争なのだから、神算鬼謀何でもありだ。勝つために策を練る。それは誰もがやっていることなのだから。それを責めるつもりはない。
「罰はその命を以ってか」
言って頭を書く『帰ってきた工作兵』ニコラス・モラル(CL3000453)。相対するのはさて何度めか。自由騎士に入ってからは三度目。その前から数えればキリがない。腐れ縁もここで終わりにしたいものだ。
「ここで止める……! 自由を手に入れようとしている人達の邪魔はさせない!」
潮風にもっていかれないように帽子を押さえながら『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は決意を口にする。エスター号にはヘルメリアで虐げられた三〇〇人の亜人達がいる。あと少しでヘルメリアの鎖から解放されるのだ。邪魔はさせない。
「敵軍のエース2人、その連携を崩さねばこちらがやられるであろうな」
『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は軍刀を構えて前に出る。性格の相性か、それとも互いの信頼か。二人そろったときの動きは注意しなくレはならない。それを心に刻んで戦場へと足を踏み入れた。
「いわゆる1足す1が3にも4にもなる、というヤツだな」
ダガーを振るいながら『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)は戦闘へと精神を移行させていく。オルパもダガーを二本使う。それはダガーが二本あるわけではない。二本あるからこそ生まれる戦術を駆使し、戦うのだ。
「『略奪された亜人奴隷』か……」
『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は水鏡で見聞きしたマリオンの言葉を反芻し、口を紡ぐ。今は戦時だ。その信念や国家の違いで相対するしかないのは仕方ない。それでも言わなくてはいけない事はあった。
「蒸気騎士。プロメテウスの予行練習には悪くないな」
銃の調子を確認しながら『灼熱からの帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)は呼吸を整える。プロメテウス、の単語を口にするとき、胸の鼓動が一つ大きく跳ね上がる。激情を制するように強くグリップを握り、静かに息を吐いた。
「海戦に慣れているのが自分達だけだと思うなよ」
船の揺れるタイミングを自分の肉体で測りながら『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)は槍を握りしめる。風の向き、風速、波の高さ。目視できる情報を下地にして、海の揺れを想像して戦いに生かす。高い買い物だったが、それなりの効果はある。
「さて、バレずにいければいいのだけれど」
敵の立ち位置を確認しながら『博学の君』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)はイメージを膨らませる。作戦概要は頭の中にある。後はそれをどう運用するかだ。冷静さを保ちながら、チェスのように無限の手を思考する。
「本格的に暴れるとするか」
潮風を頬で受けながらウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)は呟く。声は敵に聞こえないように、しかし仲間には聞こえる程度の大きさで。敵と会話するつもりなどない。鉄のように冷たく心を律し、引き金を手にした。
「やはり来たか、自由騎士! だがそう簡単に止められると思うな!」
「ま、こっちも仕事でね。通させてもらうぜ」
マリオンとネッドはそれだけ言って槍を構える。重厚そうな蒸気槍と、軽く鋭い銛。
イ・ラプセルとヘルメリアの騎士達の戦いは、今ここに切って落とされた。
●
「しかしまあ変な凸凹コンビだな」
最初に動いたのはザルクだった。銃口を向けながら二人の槍使いを見る。片や蒸気鎧に身を包んだ熱血野郎。片や銛を持った陰謀屋。その性格もあり方も真逆の二人だ。だが仲たがいや隙を狙えるかと言われるとそれも難しい。
息を吐きながら意識を強く集中するザルク。狙う場所をしっかり見つめ、二丁の銃をそちらに向ける。戦場全体を見ながら、同時に標準を見て細かな調整を行う。コンマ一秒の狙いの後に引き金を引いた。弾丸は狙い違わずネッドの足元に命中し、その動きを止める。
「どっちを狙うかと言われるとお前だな!」
「おおっと! 威嚇ってわけじゃなさそうだな」
「そういう事だ。悪いがここで海の藻屑になってくれ、色男」
ネッドが足を止めた瞬間にオルパが割り込むようにネッドに近づく。ネッドはどちらかというとワイルドが勝る海の男だ。端正な顔つきのオルパとはまた違ったタイプの色男だろう。最も、互いに男の顔を吟味する趣味はないのだが。
相手の懐に入ると同時に、オルパのダガーが翻る。漆黒と深紅。二対のダガーはほぼ同時にネッドに迫る。二重の弧はまるで檻のようにネッドの逃げ道を封鎖し、ヘルメリアの軍服を裂いて血をにじませた。
「ヘルメリアのかわいこちゃんは、俺が代わりにナンパしといてやるよ」
「ヨウセイは森に帰ってな。ラジヲのつけ方も分からないんじゃ、ヘルメリア女子は落とせねぇぜ」
「ご高説どうも。というか、ヨウセイのことはヘルメリアにも伝わっているのか」
ふむ、と興味深げにアクアリスは思考する。シャンバラに置いて『聖櫃』の動力として使われていたヨウセイ達。イ・ラプセルではなくヘルメリアに逃げたヨウセイもいるのだろう。あるいは噂を聞いて捕まえたか。どちらにせよ、ヨウセイの奴隷もいることになる。
今はそれ以上考えている余裕はない。アクアリスは前線から距離を離し、ヒーラー同士の距離も適度に離れた場所に陣取る。そのまま魔力を展開し、癒しの術を行使した。歯車騎士団から受けた傷に魔力が溜まり、その痛みを和らげていく。
「気付かれずに展開できるといいんだけど」
「また会ったな、ドジソン四等!」
アクアリスの視線を意識してか、大声でシノピリカがマリオンに声をかける。相手の意識がこちらを向いたのを確認後、軍刀を抜いて斬りかかる。軍刀と蒸気槍が交差し、鍔競り合う状態のまま力を込める。
ぶつかり合う力と力。イ・ラプセルの騎士とヘルメリアの騎士は互いの意地を示すように引くことなく押し合い続ける。蒸気騎士はその鎧をフル稼働させ、シノピリカはもてる技量を全て注ぎ込む。離れたのはどちらが先か。金属音と共に互いに距離を取っていた。
「一騎打ち……と呼ぶには些か乱戦じゃが、いざ勝負!」
「望むところ! どの道ぶつかり合うつもりだ!」
「できうることなら、誰も殺したくないのだけど……」
ライフルを持つ手に力を籠めるアンネリーザ。誰も殺したくない。それがアンネリーザの強い思いだ。それは大きくうねり始めた時代に置いて、どれだけ難しい事だろうか。そうと理解してもなお、そう願ってしまう。その為に、銃を取るのだ。
翼をはためかせ、僅かに宙に浮くアンネリーザ。船の揺れから離れ、銃のブレが緩和される。その状態でスコープを覗き込み、マリオンの槍を持つ手に標準を合わせる。槍が動く瞬間を狙って引き金を引き、その動きを阻害していく。
「狙うのは少しの綻び……見逃さないわ」
「そうだね……動きを封じれれば、それでいい」
アンネリーザの言葉に頷くマグノリア。マリオンを無理に倒す必要はない。ヘルメリアの技術の粋を集めて作られた蒸気騎士。それを封じる事はそれだけでメリットになる。その間に仲間が本懐を果たしてくれるだろう。
マリオンとネッドの分断を確認後、魔力を解き放つマグノリア。魔力の網を戦場全体に広げ、敵の足を奪う。移動を封じて合流を塞ぐ魔力の網。その網に捕らわれている間に味方を支援し、戦いを有利に運んでいく。
「どの道、戦いは避けられないのなら……」
「そうだな。戦いは避けられない」
短く言い放つウェルス。ノウブルに騙されてきた経歴もあり、ネッドやマリオンのような『ノウブルが亜人を奴隷にして当然』という価値観を持つ相手にはいい感情を持てない。その心情が言葉となって、鋭く放たれていた。
蒸気式の拳銃を手に、ネッドに迫るウェルス。弾丸が液化して衝撃を与えるその獣は、弾丸の飛距離の問題で遠距離射撃には向かない。だがそれでも至近距離相手には十分な武器だ。ネッドの肩に衝撃を与え、巧みな技術を封じていく。
(堅実に行かせてもらうぜ。敵と話すことなど何もない)
「成程。そちらの動きは『風の先読み』か」
ネッドの動きを観察しながら槍を振るうアデル。海戦の経験値はネッドに軍配が上がるが、それは戦いの決定打にはならない。こちらも海のドクトリンは理解している。ならばあとは互いの地力の勝負となる。
傭兵としての経験値。死を感じ取りそれを避ける術。アデルは長年の経験からそれを知る。それは相手のクセを読み取る事だ。銛の動きの僅かなブレを感じ取り、そこに生まれた隙を逃すことなく自分の槍を叩き込むアデル。込められた気迫がネッドの動きを止める。
「女性へのお触りはご遠慮願おう。お前への嫌がらせ担当は、俺だ」
「性別まで分けてくるとは、徹底しているな。そいつもイ・ラプセル流か?」
「皮肉が効いてるだろう。野郎に囲まれて終わりってのはいい末路だ」
ネッドの言葉に軽口を返すニコラス。亜人の女性奴隷を買っては抱いてきた女たらし。その末路が男に逃げられないように囲まれてて、というのはある意味妥当なのか。最も溜飲が下がるぐらいで、怒りは収まるわけではない。
自然回復の術式を自分に組み込みながら、ネッドと戦う仲間達を見る。武器の手触りを確認しながら冷静さを保ち、呼気と共に魔力を展開していく。ネッドの銛で傷ついた仲間達が魔術で癒されていく。
「地下ぶりだな。あいっ変わらず胸くそなツラだな」
「ああ、そうだな。もう逃げる道はないぜ。お互いにな」
「そうだな。互いに逃げ道はない。当の昔に賽は投げられたのだ」
ため息をつくようにツボミが口を開く。戦がここまで顕現化したのは数時間前の話だが、それより前に戦いは始まっていた。だからもう逃げ道はない。逃げを決め込むタイミングはもう終わっているのだ。
『医者』のスイッチを入れて、倫理と感情のボルテージを下げる。大事なのは仲間を診る事。そして優先度をつけ、その順列に従い仲間を癒すこと。ツボミは呼吸するのも惜しむほどに魔術を放ち、仲間達を癒していく。
(さてうまく分断できたわけだが、ここからか)
言葉に出さず、ツボミは戦場を確認する。
ネッドを押さえるウェルスとアデルとオルパ。マリオンを押さえるシノピリカとアンネリーザとマグノリア。そしてヒーラー三名が傷を癒す。そんな構成だ。
「流石と言った所か!」
マリオンと相対しているシノピリカがフラグメンツを削られるほどの傷を負う。
「面倒な動きだな」
「お前のようなやつに屈するつもりはないぜ」
「っ! ……!」
そしてネッドを押さえているアデルとオルパとウェルスもその銛を受けてフラグメンツを燃やす。
だが自由騎士も負けるつもりはない。二人の槍使いに少しずつダメージを蓄積していく。連携を崩し、一対多数の形にもつれ込んでいた。
騎士同士の戦いは激しく加速していく。
●
高速で移動する船はそれだけで不安定だ。更には砲撃などで生まれた波が小さな船を襲い、その揺れは想像以上の物となっている。
「ひどい揺れだぜ。どうせなら、かわいこちゃんと飲む酒で酔いたいもんだ」
バランス感覚に長けるオルパだが、それでも揺れの酷さには眉を顰めていた。どちらかというと相手をしているのが男と言うのに文句を言いたそうな雰囲気だが。
「違いない。ヘルメリアにはいい酒がある。首輪つけるなら一杯ぐらいくれてやってもいいぜ」
「男に酒をおごられる趣味はなくてね」
ネッドの軽口に肩をすくめて還すオルパ。野郎と親密に酒を飲むなんて、時間の無駄だと言わんがばかりだ。
「そりゃ残念。使えそうな鉄砲玉だったので思わず奮発しそうになった。やっぱりここで殺しておくか」
「女は抱き、男は使い潰す。成程、わかりやすいな」
ネッドの言葉に頷き言葉を返すアデル。重戦士のアデルとガンナー兼軽戦士のネッド。単純なパワーではアデルが勝るが、ネッドは真正面から打ち合わないように動いている。
「適材適所だよ。そりゃ使えそうな男なら使うぜ。それとも無駄に飼い潰してエサ代かさませるのがイ・ラプセル流か?
そう言えば亜人に人権てエサを与えてるんだっけか。自由、なんて幻想抱かせて戦場で働かせるんだよな。大したもんだぜお前達の王様は!」
まだ食い物の方がありがたみがあるぜ、とネッドは肩をすくめた。アデルはその言葉を無視するように『ジョルトランサー改』を振るう。
「弾避けに塹壕掘り。危険な任務は任せて自分の身を守るのが一番だろうが。戦場は甘くないんだよ。『亜人とお手々繋いで仲良しこよし』って酒に酔ってそんなことも忘れてるのか?」
「戦場が甘くないという意見は同意する。だが、オーダーをこなすのが傭兵だ」
挑発するようなネッドの言葉に冷静に答えるアデル。話し合う事はない。価値観の相違に口を挟むのは戦士のやることではない。ただ槍を振るい、敵を討つのみだ。
(あれがヘルメリアの一般的な感覚……いや、ノウブルの一般的な感覚か)
ウェルスはネッドの言葉を聞き、銃を持つ手に力がこもる。亜人を都合よく扱い、安全になった場所を我が物顔で通る。通商連を通じてそんなノウブルと話したこともあるし、そんな扱いを受けた亜人も何度も見てきた。
ヘルメリアが腐っているのではなく、亜人平等を謳うイ・ラプセルが特殊なのだ。ウェルスもそれは解っているが、怒りは収まらない。ノウブルにとって亜人は『道具』なのだ。積み重なっていく怒りを堪え、冷静沈着になろうと感情を律していく。
「相変わらず憎まれ口だな」
ネッドに声をかけるニコラス。仲間を支援しながら、その視線はネッドから離せないでいた。
「事実だろうが、ニコラス。お前だって散々扱われてきたじゃないか。
娘を捨てて逃げだすぐらいに、嫌な思いをしてきたんだろう? ああ、酷い話だよな。父親の任務はきちんと娘に受け継がせたから安心して島国でガタガタ震えて寝てな」
「……そうだな。俺が逃げたから、ステラがあんなことをすることになったんだよな」
ニコラスはネッドの言葉に反論しない。それは事実だった。水鏡で見た娘の暗躍を思い出し、その痛みをしっかり受け止める。言い訳はしない。出来ない。出来るはずがない。なぜならそれが現実だから。
「だからここで終わりにしてやる。
ステラを生かしておいてくれた事には礼を言う。けどそれ以上は一応、父親としてはいただけないんでな」
「そいつはステラの前で言ってほしいね。アイツがそんな顔するか楽しみだ。『自分を捨てた父親が、今更親の顔して説教しに来た』って所か?」
「性格悪いな。ヘルメリアの品性が疑われるぜ」
ネッドに銃を打ち込みながらザルクが口を挟む。ヘルメリアの軍人には並々ならない恨みがある。その個人的感情もあるが、目の前の銛使いはそれ以上にいい性格をしていた。
「よう味方殺し。味方を始末して罪を俺達に擦り付けて食う飯は美味いか?」
「おいおい。ヘルメルアの軍人が味方を殺すわけないだろうが。人にあらぬ罪を擦り付けるのが自由騎士の戦法なのか?」
ザルクの言葉ににやにや笑いながら答えるネッド。ジャスティン・ライルズを実際に殺したのはネッドではなく、その手駒だ。そして足取りもつかないように工作済みなのだろう。あの事件は水鏡の予知あって初めてわかる背後関係だ。だが、その態度が全てを語っている。
「そうか。そいつがお前らのデウスギアか。情報収集系とは聞いていたがかなりのモノだな」
「やはり厄介だな、貴様は。正直言ってムカつく」
ネッドの物言いに言葉を返すツボミ。自らの利の為に暗躍し、相手に不利を押し付ける。戦う前から戦闘を決めにかかる策謀家。敵側であるツボミの立場からすれば好感など持てるはずがない。だが、
「だがそのやり方を否定はせん。戦争だからな。誰も彼も、死にたくない死なせたくないと頭を捻り知恵を絞り悩み苦しむ。策も工作も外道もその内だ」
「そいつはこっちのセリフだぜ、イ・ラプセル。フリーエンジンと手を組んで、あっちこっちで引っ掻き回してくれやがって。お陰で楽しいバカンスが先送りだ」
ツボミの言葉に若干苛立った口調で答えるネッド。フリーエンジンと手を組んで各所で奴隷解放を行った事は、ヘルメリアからすれば卑怯な行為だ。一国の軍隊が他国の地下活動に支援した、というのは公にはしがたいことである。
「お陰でこっちも『仇討ち』なんて安酒を飲ませて煽るはめになったんだ。悪く思うなよ、テロリスト。――って感じでやらせてもらったぜ」
「……やはり難敵だな、貴様は」
先ほどの苛立ちの声もすべて演技。ツボミはそれを察して苦笑する。
この男はイ・ラプセルを恨んではいない。ただ『敵』と認識して効率よく対応しているだけだ。その為に必要だから味方さえも殺して戦う。ただそれだけの軍人だ。
そして――
「くらえ、ホワイトラビット!」
叫び声をあげて蒸気槍を振るうマリオン。
「貴方から見れば、私達は確かに悪人でしょう。奴隷を解放し、自由を与えることは」
スナイパーライフルを撃ちながら、アンネリーザが言葉を漏らす。
「文化が違う、考え方も違う、だから見え方も違う……それは悲しいことだけど、だからと言って譲る事は出来ないの……!」
――皮肉なことに、それはシャンバラがイ・ラプセルに攻め入った状況と同じだ。
ミトラースを絶対神と信じる彼らの価値観と、それを異常と非難したイ・ラプセル。その価値観の相違から和解の道は途絶えた。
奴隷を認める国と認めない国。その価値観の違い。どちらが正しいか、は問題にはならない。ただ『違う』という一点のみが争いの原因となるのだ。
「貴方の国に、もう奴隷は居ない! ヒトとして生きる事を選択出来るデザイアを止めることは出来ないわ!」
「如何なる理由があろうとも、我が国から不当なやり方で国民を奪っていくというのなら看過はできない!
貴国の価値観に照らし合わせて納得いかないとしても、ヘルメリアの騎士としてその暴挙を止める!」
「やれやれ。ミズビトにはその熱さは答えるね」
アクアリスは仲間がマリオンの攻撃から受けたダメージを癒しながら疲れたように声を出す。事実、回復術の行使の連続で疲れは溜まっていたが、今アクアリアを襲っている徒労感はそれ以外の疲労である。
「質問だけど、プロパガンダの為なら誠実な味方の命すら自らの手で屠らんとする。それがキミたちの正義なのか?」
「如何なる状況においても命を軽視しない。それが騎士の戦い方だ!」
アクアリスの言葉に些か見当違いだが迷うことなく答えを返すマリオン。ああ、そうか。彼はジャスティン・ライルズの死の真実を知らないのか。だがそれを教えるわけにはいかない。水鏡の情報を与えるような行為は、出来るだけ避けなくては――
「仮にそのような策謀があったのなら、全てが終わった後に陳謝する! 奪った命、失われた命を背負うのも騎士の務めだ!」
「その策謀が非道な行為で、それでもヘルメリアの利になるものだとしても?」
追従するようなアクアリスの問いに、首を縦に振るマリオン。
「無論! 正しくない方法で終わらせた戦いは、悲劇と言う歪みが生まれる! それはのちに禍根を生み、新たな火種となるのは明白!
だから騎士は正しくあろうとするのだ! 人が死ぬことが避けられないだろう戦争を、できるだけ平穏に治める為に!」
声高々に『正しくあろう』とする意思を示すマリオン。今戦争を終わらせるために悪事を行えば、それはどこかでしっぺ返しがおきる。その悲劇を避けるために、戦いは正しいやり方で終わらせなければならない。それがマリオンの『戦争』なのだ。
「中世の騎士の在り方だね。今の時代には……少し古臭いかな」
マリオンの言葉に苦笑するマグノリア。戦争による死亡率が低い中世時代ならその考え方もありだろう。だが銃の使用により新兵でも人が容易に殺せるようになった。その命全てを背負うというのなら、それは常人の精神では耐えきれないだろう。
(だからこそ、『騎士道』なんてものを強く持とうとするのかもしれないね、彼は。心の柱として。……まあ、それは今は関係ないか)
思考を切り替えて、マリオンに向き直るマグノリア。
「マリオン・ドジソン。君は『略奪された亜人奴隷』と言ったけど……その言葉に矛盾を感じないのかな?」
マリオンの意識が自分に向いたのを確認し、マグノリアは言葉を続ける。
「……君達ヘルメリアは『奴隷』として『亜人』を『連れて来ている』のに……つまり自由と生活を他者から先に奪っておいて、其れを……其の『ヒト』達を 僕等が『略奪』していると言う。
本当に、心の底から思っているのかい……?」
「経緯はどうあれ亜人奴隷の所有権がヘルメリアにあるのは事実!
元の所有権がどうあれ、それを奪ったというのならそれは略奪と同じことだ!」
マリオンの答えはにべもなかった。だがこれは致し方のない事である。
例えばイ・ラプセルはシャンバラと戦争し、結果としてその土地を奪った。その土地をシャンバラの神官達や民達が『元は自分達の土地だから返せ』『イ・ラプセルは自分達の島に帰れ』と主張しても、それが簡単に出来ないのと同じことなのだ。
「イ・ラプセルの亜人平等主義を否定はしない。だがその思想の元にヘルメリアに暴威を振るうというのなら、許しはしない!」
「ウム、その心意気やよし! 逆の立場であれば我らもそう主張しただろうよ!」
マリオンの言葉に頷くシノピリカ。シャンバラが神の教えの元に討伐隊を編成して攻めてきた事は記憶に新しい。ヘルメリアからしてみれば同じことをされているのだ。正邪や善悪の問題ではない。違った価値観を理由に攻撃されたという意味で同じなのだ。
「あくまでも規範と手順を尊ぶその姿、好意に値する! 正当な手続き無くして力を振るうべきではないとする、その主張も良し!」
「共感の意、感謝する! 戦時でなければ互いの国について語り合えたやも知れぬ! だが――」
「ああ、その通り。その時は過ぎた! ならば拳で語るのみ! 鉄血をもって互いの道を示そうぞ!」
交差する武器と気迫。鉄とは兵器。血とは兵士。言葉は剣戟に消え、互いを討ち滅ぼさんという意思が強く交差する。守るべきは互いの国。そこに住む民の命。だからこそ共に引くことはない。
十二人の騎士達の意志がぶつかり合い、そして交差する。
揺れる船での戦いは、少しずつ終局に向かっていく。
●
自由騎士達はネッドとマリオンを分断し、戦っていた。そうすることで連携を断ち、相手の優位性を奪おうとする作戦だ。
「ちっ、ホエールキラー出す為の余裕がねぇ!」
ネッドは銛を振るい自由騎士と応戦していた。力を籠める隙を見せれば、その隙をつかれる。今でさえアデル、オルパ、ウェルス、ザルクの攻撃を前に押されているのだ。
「鎧の隙間をついてくるネッドと、単純火力の高いマリオンか。どっちも面倒だな……!」
ツボミは二人の敵の特製を確認しながら癒しの術を行使する。十秒後の状況を想像し、その三手先を読んで癒しを施す。予測と違えばさらに助教を修正し、そして最善手を打つ。まるでチェスの早指しだ。一瞬のゆるみが医療では致命的になる。
「くそ……! 余裕ねぇとか言いながらこっち狙ってくるんじゃねぇよ……!」
腹部にネッドの銛を受けながら、ニコラスが悪態をつく。フラグメンツを燃やしてなんとか意識を保つが、そう何度も耐えられるものではない。魔術の知識に疎い分自由騎士の役割分担を把握するのの時間がかかったようだが、回復役に狙いを絞ってきたようだ。
「攻撃の邪魔はできているけど、隙をみせないわね……!」
アンネリーザはマリオンの槍を狙い撃ちし、攻撃を十全に発揮できないようにしていた。そしてストレスで隙を見せたところに致命的な一撃を与えるつもりだったが、思ったよりも隙を見せない。精神力が想像以上に硬いか、あるいは何も考えていないか。
「これが自由騎士の戦術じゃ!」
気合を入れてマリオンの前に立つシノピリカ。目の前の蒸気騎士は、もしかしたら背中を合わせて戦う事が出来たかもしれない相手だ。その道はもう途切れ、しかしその事に後悔はない。今ある道を突き進むため、軍刀と機械の腕を振るう。
「嫌な目だな。亜人を人と思っていない目。そんな目を見せられちゃ、やる気を出さないわけにはいかないぜ」
亜人を見るネッドの目を見て、オルパは冷たく吐き捨てる。シャンバラ時代にヨウセイに向けられた目と同じものだ。聖櫃の薪と同じように、自分達の道具としか見ていないヘルメリアのノウブル。チクリと怒りの感情がオルパの胸に刺さる。
「戦いは避けられない、か……」
マグノリアは仲間を癒しながら、ため息をつくように言葉を放つ。自分達の価値観が絶対とは思わない。しかしヘルメリアの考えが正しいとも思わない。ヘルメリア人に自分でその間違いに気づいてほしかったのだが、その道は楽ではないようだ。
「ちっ、密集しすぎて撃てねぇか」
ザルクは広範囲に影響を及ぼす射撃技を放とうとして、躊躇する。ネッドを中心に半径5mには味方が三人近接戦闘を仕掛けている。今その技を放てば、味方を巻き込んでしまうだろう。諦めて範囲を狭めた射撃技を撃ち放つ。
「最初の海戦で得意げに逃げ回られた事はそれなりに覚えているぞ。今度は逃がさん」
ヘルメリアに潜入する際の海戦。その時のネッドの態度を思い出すアデル。その気迫を込める様に全身のカタクラフトを起動させ、全ての動力槍をつくことに向ける。踏み込みと同時に突き出された槍がネッドの腹部を穿った。確かな手ごたえがアデルの手に伝わってくる。
(分断作戦は上手くいっている……。問題はない、はずだ)
アクアリスは戦況を見ながら冷静に状況を分析していた。作戦自体は上手くいっている。ネッドとマリオンは分断し、順調にネッドにダメージを重ねている。理想通りの展開だ。何の問題もない……はずだ。だが何かトゲが刺さっているような、気がする――
(コイツ、俺を狙わなくなった。嫌がらせっていうのを理解したか)
自分をあまり狙わなくなったネッド。ウェルスはその理由を考え、そして気付く。ウェルスの技封じは厄介だが、戦場全体を見て倒すべき優先度を自分ではなく他の仲間だと判断したのだろう。どうすべきか悩むが、今は自分の戦術を敢行する。
自由騎士達はネッドとマリオンを分断し、戦っていた。そうすることで連携を断ち、相手の優位性を奪おうとする作戦だ。
だがそれは――同時に自由騎士達も二分される形となる。相手を連携が取れないぐらいに分けるのなら、自分達もまた同じだけ離れることになる。距離の問題ではない。意識の問題だ。
「――今、そっちはどうなってる……!? いや、それよりも――」
「さっきまであそこにいたはずなのに!?」
目まぐるしく動く戦況。その全てを把握するには複数あるよりは一纏まりになった方が分かりやすい。事、戦場全てをカバーする術式や回復術はその位置が認識できなければ対象にはできない。僅か数メートルのずれが致命的になってくる。
それは後衛から全体を見ているのなら、大きな問題にはならない。事実、どちら寄りでもないよう意識していたツボミは目まぐるしくあるが対応はできる。
問題は『全体ではなく対象を主に見てる』場合だ。それは逆に言えば『対象でない相手』を強く意識できない状況となる。
「ホワイトラビット!」
マリオンの裂帛と、蒸気槍の射出音が響く。高重量の槍が弾丸のようにネッドを相手している前衛に向かって飛んだ。
「おせーぞ。結構ギリギリだったぜ」
「すまん! 手間取った!」
マリオンの足元には、気を失ったシノピリカが倒れていた。彼女の軍刀と機械の腕は蒸気騎士に多くの傷を刻んだが、倒すまでには至らなかった。一対一の状況だったため、今マリオンをブロックする者はいない。
(しまった。気付くのが遅れた!?)
ウェルスはもしシノピリカが倒れた時はカバーに入る予定だったが、ネッドに意識を集中していたため気付くのが遅れる。目の端にでも捕らえれる状況なら対応できたのだが、二分したことで一手遅れる。
そして一手の遅れを見逃さない、とばかりにヘルメリアの槍兵は動き出す。二人の槍使いはその槍を振るい戦場を駆け巡――
「悪いけど、それはさせない」
その動きを読んでいた、とばかりにアクアリスは魔力を解き放つ。軍師としての先見の目。それがギリギリのラインでこの状況を読み切っていた。解き放たれた魔力は水となって戦場を包み込む。
誰も傷つけない優しい水のドーム。それはアクアリスの心の如く。刺々しい言葉も飄々と受け流し、そして無力化する。ヘルメリアの槍兵の動きもそれと同じように、水で包まれ槍の鋭さは自由騎士には届かなかった。
『パツィフィスト・ゲベート』……平和主義者の祈りはヘルメリアの騎士が得た一手を封じ、そして消える。
「三度目の正直だ、ネッド!」
水のドームが消え去って、最初に動いたのはニコラスだった。ミズビトゆえの水の親和性ゆえか、水のドームの中でも動揺することなく魔力を練れたためか。はたまたネッドと言う男に対する怒りが状況を凌駕したか。
娘の人生が狂ったのは、あの時迎えに行けなかったからだろう。だが――それは状況だ。真に娘を転落させたのは目の前の男なのだ。その事実をはき違えるつもりはない。親として娘を堕とした存在に、罰を与えなくては。
「『罰はその命を以って』……そりゃお互い様だろ」
ネッドの体内から爆発するように氷の華が咲く。腹を突き破って突出する刺の花弁。その衝撃に耐えきれずネッドはよろめき、持っていた銛が地面に落ちる。
「……くそ、ったれ。亜人、如きに……!」
そう呟いて、銛使いは崩れ落ちた。
●
「ネッド――」
「来るな、相棒。もう助からん」
倒れたネッドに近づこうとするマリオンを制したのは、ネッドのそんな言葉だった。
「行け。キャロルを――妹を守るんだろう……!」
その言葉が決定打となったのだろう。マリオンは蒸気鎧の浮遊機能を使い、海上を移動して去っていく。
「追うか?」
アクアリスとニコラスが自らを削って放った大技のおかげで、自由騎士はまだ余力がある。後の禍根を断つためにここでマリオンを封じておくのは悪手ではない。
「いや、やめておこう。エスター号から離れすぎれば本末転倒だ」
だが、自由騎士の第一目的はデザイアの輸送だ。マリオンを追ってエスター号を守り切れないとなれば、目も当てられない。
「ざま、ねぇな。功を焦ってこのザマ、か。我ながららしくねぇ、か」
ネッドの津日焼きは、燃え尽きる蝋燭の直前を思わせる。力無く、自嘲気味なかすれ声。
「最後は、女に刺されると思ってたが、まさか親に、とはな……! ……まあ、因果応報、か……」
それがネッド・ラッドの最後の言葉となった。
「…………じゃあな」
ニコラスはすでに事切れたネッドに短く告げる。せめてもの情け、とばかりに近くにあった銛を墓標のように遺体の傍に突き立てる。
感傷に浸る余裕はあまりない。今もなお、エスター号は攻撃を受けているのだから。
自由騎士は急ぎ、船に乗ってエスター号に戻っていく――
砲撃が小型艇をかすめ、船倉に亀裂を入れる。浮力を保てなくなった船はそのまま海に沈んでいく。そこにあった遺体と銛も一緒に。
ヘルメリアで海に生きた軍人は、戦いで散り海に沈んでいった。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
†あとがき†
どくどくです。
あ、KとL順番逆になった。まあID順という事で(謎
ネッドとマリオンはヘルメリアにおける騎士……メタな事を言うとPCポジションでした。『ヘルメリアがマギスチの舞台なら、こういうPCがいただろう』……そんな思いで設定しました。
熱血なマリオンと現実的なネッドと言う分かりやすいコンビだったのですが……まぁ、こういう形になろうとは。そしてお客様に絵をつけていただけるとは。
本当にPBWはわからないものだなぁ、とST冥利でございます。
戦いはまだまだ続きます。先ずは傷を癒してください。
それではまた、イ・ラプセルで。
あ、KとL順番逆になった。まあID順という事で(謎
ネッドとマリオンはヘルメリアにおける騎士……メタな事を言うとPCポジションでした。『ヘルメリアがマギスチの舞台なら、こういうPCがいただろう』……そんな思いで設定しました。
熱血なマリオンと現実的なネッドと言う分かりやすいコンビだったのですが……まぁ、こういう形になろうとは。そしてお客様に絵をつけていただけるとは。
本当にPBWはわからないものだなぁ、とST冥利でございます。
戦いはまだまだ続きます。先ずは傷を癒してください。
それではまた、イ・ラプセルで。
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