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宵闇のサーカス

●
「畜生! やってられるか!」
夜の街でロバートは怒りの声を上げる。
いかにも荒れている貧乏人の姿に、周囲のものは遠巻きに眺めるばかりだ。無理もないだろう。身なりは崩れたものであり、巻き込まれたら面倒ごとに巻き込まれるのは間違いない。
実際、ロバートは流れ者だ。街から街へと旅する貧乏芸人一座の座長であり、世間の風当たりも優しくはない。
「あぁ、本当にやっちまった。あいつらにどんな顔すればいいんだよ……」
街はずれまで歩いてきたところでロバートの頭に上っていた血も冷えて来る。そうすると、やってくるのは強い後悔、そして厳しい現実だ。
ロバートの一座を構成するのは、戦争で家を失った孤児たちだ。食わせるのにかかる金は決して少なくない。
本来ならばこの街の興行で稼ぐ予定だったが、約束していた場所を強引な形で大きな一座に取られてしまった。文句をつけても、一座同士の力関係というものは存在する。
他に場所が空いていればよかったのだが、そういう都合のいいものもなかった。この辺りでは場所取りもルールがあって、自由にできるものではないのだ。
慌てて金策に走ったが、そんな都合のいいものがあれば苦労はない。数日動き回って、残ったのは疲労感だけだった。
そして最後はヤケクソで、残った金を賭けにつぎ込んで一発逆転を狙うことにした。まあ、そうやって成功する人間などまずいない。
「金があればなあ。もっと力があれば、こんな思いしなくて済むのによぉ」
自分が悪いことなんて百も承知だ。
だが、今の状況についての悔しさや怒りが消えるわけではない。そんな感情が再び盛り上がって来た時、彼の中から「何か」が一歩踏み出してしまう。
辺りにいつの間にか瘴気が凝っていた。彼の負の感情が呼び寄せたのだろうか。
「そうか、そうだよな。力があればもうこんな思いしなくていいんだよな。すげぇ晴れやかな気分だぜ」
魔素がロバートの内側にあった衝動を解き放っていく。人間社会の倫理から外れた考えも、今の彼には自然な真理のように感じられた。
その身は悪魔と等しいものへと変じる。怒りなどはきれいさっぱり消え失せ、力を手に入れた高揚感が体を満たしている。悔しさはロバートだったものへ、その力のぶつけ先を教えてくれた。
「まずはあの一座の奴だ。あいつらに場所を取られた俺がどんだけ苦しんだか教えてやらねえと。その後は金貸しどもだな。あいつらから金をぶん捕れば、当分は生活に困らねえ」
稚拙と言えば稚拙極まりない行き当たりばったりの計画。しかし、今の彼にはそれをとんでもない被害と共に現実に出来るだけの力があった。
こうして、真夜中のサーカスは幕を開けようとしていた。
血と惨劇に彩られた、悪魔のサーカスが。
●
「お集まりいただき恐悦至極。諸君らに頼みたいことがある」
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は、演算室にオラクルが揃ったことを確認すると、ゆっくりと切り出した。
「イ・ラプセルの国内にあるとある街に、イブリース化した人間が現れることが予見された。諸君らにはその討伐および浄化をお願いしたい。ロバートという旅芸人の座長である」
イブリースと化したのは、国内を旅する旅芸人の座長だ。貧乏な旅芸人で、一座同士の力関係で仕事が出来ず、荒んでいたところイブリースになってしまった。
強い負の感情はイブリース化に結び付きやすい。そう言う意味で、典型的なタイプのイブリースであると言えるだろう。
「元が人形使いの芸人だったからか。配下として同様にイブリース化した人形を引き連れている。決して強力ではないが、油断は禁物である」
元は金に少々汚い所もあるが、気の良い人物だったということだ。一座には身寄りのない子供を迎え入れており、彼らからも慕われている。無事に返してやりたいところである。
「まず、イブリース化した座長は、最初に恨みを抱いている大手の一座を狙おうとしている」
今の座長はイブリース化の影響で強い暴力衝動に囚われている。力を手に入れて真っ先に取る行動が復讐というのは、よくある話だ。
また、判断力や知性は並みに残っている。中途半端な追い詰め方をすると逃げられてしまう可能性も0ではない。
「そこで対策の一つとして、芸人の振りをするというのもアリだろう。座長の理不尽な怒りは、他の芸人にも向けられる。何かしら芸を見せる者がいれば、その場から逃げることはあるまい」
イブリース化による、精神的な変調の一種と言った所だろうか。
詰まる所何かしらのパフォーマンスを行うのが有効ということだ。簡単な手品でも良いし、ダンスや派手な曲芸もいいだろう。ちょっとした話芸・漫才でも十分だ。
逆にこうしたことが無いのなら、別途逃がさないための工夫が必要となる。
「質問はあるかね? なければ説明は以上だ。良い報告を期待しておるよ」
「畜生! やってられるか!」
夜の街でロバートは怒りの声を上げる。
いかにも荒れている貧乏人の姿に、周囲のものは遠巻きに眺めるばかりだ。無理もないだろう。身なりは崩れたものであり、巻き込まれたら面倒ごとに巻き込まれるのは間違いない。
実際、ロバートは流れ者だ。街から街へと旅する貧乏芸人一座の座長であり、世間の風当たりも優しくはない。
「あぁ、本当にやっちまった。あいつらにどんな顔すればいいんだよ……」
街はずれまで歩いてきたところでロバートの頭に上っていた血も冷えて来る。そうすると、やってくるのは強い後悔、そして厳しい現実だ。
ロバートの一座を構成するのは、戦争で家を失った孤児たちだ。食わせるのにかかる金は決して少なくない。
本来ならばこの街の興行で稼ぐ予定だったが、約束していた場所を強引な形で大きな一座に取られてしまった。文句をつけても、一座同士の力関係というものは存在する。
他に場所が空いていればよかったのだが、そういう都合のいいものもなかった。この辺りでは場所取りもルールがあって、自由にできるものではないのだ。
慌てて金策に走ったが、そんな都合のいいものがあれば苦労はない。数日動き回って、残ったのは疲労感だけだった。
そして最後はヤケクソで、残った金を賭けにつぎ込んで一発逆転を狙うことにした。まあ、そうやって成功する人間などまずいない。
「金があればなあ。もっと力があれば、こんな思いしなくて済むのによぉ」
自分が悪いことなんて百も承知だ。
だが、今の状況についての悔しさや怒りが消えるわけではない。そんな感情が再び盛り上がって来た時、彼の中から「何か」が一歩踏み出してしまう。
辺りにいつの間にか瘴気が凝っていた。彼の負の感情が呼び寄せたのだろうか。
「そうか、そうだよな。力があればもうこんな思いしなくていいんだよな。すげぇ晴れやかな気分だぜ」
魔素がロバートの内側にあった衝動を解き放っていく。人間社会の倫理から外れた考えも、今の彼には自然な真理のように感じられた。
その身は悪魔と等しいものへと変じる。怒りなどはきれいさっぱり消え失せ、力を手に入れた高揚感が体を満たしている。悔しさはロバートだったものへ、その力のぶつけ先を教えてくれた。
「まずはあの一座の奴だ。あいつらに場所を取られた俺がどんだけ苦しんだか教えてやらねえと。その後は金貸しどもだな。あいつらから金をぶん捕れば、当分は生活に困らねえ」
稚拙と言えば稚拙極まりない行き当たりばったりの計画。しかし、今の彼にはそれをとんでもない被害と共に現実に出来るだけの力があった。
こうして、真夜中のサーカスは幕を開けようとしていた。
血と惨劇に彩られた、悪魔のサーカスが。
●
「お集まりいただき恐悦至極。諸君らに頼みたいことがある」
『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)は、演算室にオラクルが揃ったことを確認すると、ゆっくりと切り出した。
「イ・ラプセルの国内にあるとある街に、イブリース化した人間が現れることが予見された。諸君らにはその討伐および浄化をお願いしたい。ロバートという旅芸人の座長である」
イブリースと化したのは、国内を旅する旅芸人の座長だ。貧乏な旅芸人で、一座同士の力関係で仕事が出来ず、荒んでいたところイブリースになってしまった。
強い負の感情はイブリース化に結び付きやすい。そう言う意味で、典型的なタイプのイブリースであると言えるだろう。
「元が人形使いの芸人だったからか。配下として同様にイブリース化した人形を引き連れている。決して強力ではないが、油断は禁物である」
元は金に少々汚い所もあるが、気の良い人物だったということだ。一座には身寄りのない子供を迎え入れており、彼らからも慕われている。無事に返してやりたいところである。
「まず、イブリース化した座長は、最初に恨みを抱いている大手の一座を狙おうとしている」
今の座長はイブリース化の影響で強い暴力衝動に囚われている。力を手に入れて真っ先に取る行動が復讐というのは、よくある話だ。
また、判断力や知性は並みに残っている。中途半端な追い詰め方をすると逃げられてしまう可能性も0ではない。
「そこで対策の一つとして、芸人の振りをするというのもアリだろう。座長の理不尽な怒りは、他の芸人にも向けられる。何かしら芸を見せる者がいれば、その場から逃げることはあるまい」
イブリース化による、精神的な変調の一種と言った所だろうか。
詰まる所何かしらのパフォーマンスを行うのが有効ということだ。簡単な手品でも良いし、ダンスや派手な曲芸もいいだろう。ちょっとした話芸・漫才でも十分だ。
逆にこうしたことが無いのなら、別途逃がさないための工夫が必要となる。
「質問はあるかね? なければ説明は以上だ。良い報告を期待しておるよ」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.イブリース化した座長の討伐および浄化
こんばんは。
サーカスが見たい、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は貧しさゆえに堕ちたイブリースを救っていただければと思います。
●戦場
イ・ラプセル国内のとある小都市。
パフォーマンスで引き付けるのなら、明かりもあり、人のいない場所へ誘導することが可能です。そうしたことを行わない場合、イブリースにとって有利な戦場で戦うことになります。
●イブリース
貧困からイブリース化した人間と、それが作り上げた眷属です。戦闘不能にすれば権能による浄化が可能です。
・ロバート座長
貧乏旅芸人一座の座長で30代の男性。最近は一座の指揮で忙しいが、昔は人形を使った人形劇や、自身も軽業による曲芸を行っていた。
現在は青白い肌や角を持ち、人間離れした容貌となっている。
曲芸のような動きから【ツイスタータップ】【太陽と海のワルツ】と同等の攻撃を用います。
1体います。
・人形イブリース
イブリース化したロバートが作り出した人形。
内部に銃を備えており、【撃て、スチムマータ!】と同等の攻撃を行います。
5体います。
サーカスが見たい、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は貧しさゆえに堕ちたイブリースを救っていただければと思います。
●戦場
イ・ラプセル国内のとある小都市。
パフォーマンスで引き付けるのなら、明かりもあり、人のいない場所へ誘導することが可能です。そうしたことを行わない場合、イブリースにとって有利な戦場で戦うことになります。
●イブリース
貧困からイブリース化した人間と、それが作り上げた眷属です。戦闘不能にすれば権能による浄化が可能です。
・ロバート座長
貧乏旅芸人一座の座長で30代の男性。最近は一座の指揮で忙しいが、昔は人形を使った人形劇や、自身も軽業による曲芸を行っていた。
現在は青白い肌や角を持ち、人間離れした容貌となっている。
曲芸のような動きから【ツイスタータップ】【太陽と海のワルツ】と同等の攻撃を用います。
1体います。
・人形イブリース
イブリース化したロバートが作り出した人形。
内部に銃を備えており、【撃て、スチムマータ!】と同等の攻撃を行います。
5体います。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
5/6
5/6
公開日
2020年05月09日
2020年05月09日
†メイン参加者 5人†

●
この小さな街に娯楽は決して多くはない。
繁華街はあるが、遅くまで営業しているものは多くない。旅の芸人たちがやってくるのはたまの楽しみだが、それだって1日中やっているわけではない。
にもかかわらず、その夜には妙に華やかな雰囲気があった。
輝かしいオーラを振りまきながら踊るのは、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)である。普段のたおやかで物静かな姿からは想像もできない姿である。
しかし、これもアンジェリカの側面だ。実の所、大胆で直情的。人を救うためだったら、どんな力でも出せるのが彼女のすごさなのだから。
(ラヴァーズの名に懸けて、最高のステップを今宵貴方の為だけに踏みましょう)
カッと踵を鳴らすと、星のように光が舞う。
すると、今度は小さなケモノビトの娘が姿を現わす。空気も先ほどまでの華やかなものに加え、少しセクシーなものに変化してくる。
そして、満を持して艶めかしく舞うのは『か弱いうさぎさんですよぉ』ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)だ。彼女の浮かべる蠱惑的な表情を前にしたら、大抵の男は鼻を伸ばしてしまうことだろう。
演出しているのはティラミスの生み出したホムンクルスだ。兎の姉妹を演じて、人々を誘うように跳ねている。
次第に人も集まり、アンジェリカとティラミスに称賛の声を送る。もちろん、欲望込みな視線を向ける者もいるが、それ自体は計算通り。
そして、それを遠巻きに見る異形の存在もあった。
その気配に気付いた辺りで、集まってきた観客たちの前に酒を持ち出してきたのは『酔鬼』氷面鏡 天輝(CL3000665)だった。
「盛り上がっておるな、皆の衆。さあさ、飲むが良いわ」
天輝が酒を振舞うとテンションの上がっていた観客は、喜んで飛びつく。
そんな観客に向かって、天輝は「どん☆」と大きな酒樽を取り出す。これが経費で落ちるのは自由騎士団の良い所だ。
「ならばここはひとつ、余が酒飲みの気概をみせてやろう。一気飲みしてみせるから。よく見ておるがよいわ」
並みのものなら酔い潰れてしまうような酒樽を天輝はぐいと飲み干してしまう。観客が声を上げて喝采する頃には、踊っていた2人も裏路地に引っ込んでいた。そして、異形が追いかけるのは必然的にそちらとなる。
それを確認して、天輝も騒ぐ観客たちの下をそっと立ち去った。これで、余計な邪魔が入ることはない。
さて、2人の踊り子が消えて、異形の向かった裏路地。
そこには偉業を導くように、歌声が流れていた。歌っているのはルエ・アイドクレース(CL3000673)だ。
(手段が多い方が良いとは思っていたけど、やっておくもんだな)
裏路地に向かってくる異形――イブリースの気配から、ルエは状況が思い通りに進んでいることを確信する。実はそこそこ、歌に自信はあるのだ。
(金があれば、力があれば。俺も昔は良く思ったなあ。……まあヤケ起こして賭けでスッちまったのは同情しないけど)
ルエとしては、イブリースの身の上に思う所があった。彼の半生は、決して幸せなものではない。多くの迫害に晒されてきたし、人には言えないようなことにだって手を染めてきた。
ここで座長を救わねば、彼が養っている孤児たちも似たような運命をたどるだろう。
(ヤケ起こした気持ちも分からなくはないし。浄化して助けてやりたい)
それはルエの偽らざる心境だった。
そんな自由騎士たちの心境は露知らず、イブリースは狙い通りの場所におびき出される。
裏路地の奥にある空き地は、人が夜に入ってくる場所ではないし、場所も開けているので自由騎士の立場としても戦いやすい。
おびき出されたことにも気付かぬイブリースは、自分が追う獲物の姿を探す。その前に姿を現わしたのは、雅に、そして艶やかに舞う『艶師』蔡 狼華(CL3000451)の姿だった。
「ほぅら、こちらへおこしやす。うちの舞はタダでそうそう見せやしまへんえ」
狼華の舞いは緩やかな動きを基調としたものだ。しかし、彼自身の表情やしぐさで様々な物語を表現する。それは派手な動きよりも雄弁に物語った。
「GRAAAAAA!」
そして、それはイブリースの怒りを誘った。
何故なら狼華が語ったのは、憐れな男の成れの果て。
そして何より、長年芸事を務めてきたイブリースには、狼華たちの見せたものがまぎれもない本物だと伝わったのだ。
「芸事でうちと張り合おうなんて、お話にならしまへん。一級品との格の違い、見せたりましょう」
●
イブリースの唸り声に合わせて、不気味な姿をした人形が姿を現わす。悪魔と化した人間に与えられた、眷属を操る力が生み出したものだ。
それを迎え撃つように姿を見せたのは、兎のような姿をした小人たちだ。
「お金が無いのは首が無いと同じ、よく商人が言いますよね。さて、ロバートさんを救いますよ!」
黒いランジェリーを思わせる影を身に纏い、ティラミスは優しく微笑む。そう、小人たちは先ほどまで彼女と共に踊っていたホムンクルスだ。
錬金術の生み出したかりそめの命は、雑芸から戦いまでこなして見せる。
彼女らがイブリースの移動を阻んでいる時、轟っと黒い焔が燃え上がる。
「せっかく周りを巻き込まずに済むところに来たんだ。付き合ってもらおうか」
炎を操るのはファルシオンを構えたルエだ。
普段はあまり感情を見せないルエだが、力を振るえる機会とあってか、普段よりも高揚しているように見える。
「俺まだ新米で、こういう形の戦いは初陣だし、確実にやらせてもらう」
迂闊に距離を詰めればよい的になるだけだ。距離を取って、混戦が始まる前に機先を制す。このやり方は功を奏した。
「行き場の無い方々を集め、帰るべき場所を与える……。その志は賞賛に値するでしょう。だからこそ、こんな場所で道を踏み外すべきでは無いのです」
気勢をそがれたイブリースたちに対して、さらに追い打ちを仕掛けたのはアンジェリカだった。
金色に輝く巨大な十字架から放つ衝撃波がイブリースたちへと襲い掛かる。そもそもがぶつかっただけでも体を巨大にするような巨大な十字架である。振り回して発生するエネルギーだけでもとんでもないものだ。
イブリースたちに対する牽制としては十分すぎるものと言えよう。事実、イブリースたちは衝撃に翻弄されて、大きく体勢を崩している。
しかし、アンジェリカにしてみると、まだまだ戦いは始まったばかりだ。
「連れ戻しましょう……!」
アンジェリカにとって勝利とはイブリースを倒すことではない。座長を団員たちの下に連れていくことなのだ。
と言うものの、自由騎士たちが全体的にイニシアティブを取れた状態で戦いを始められたことが幸いした。芸による惹きつけが中途半端だったらこうはいかなかっただろう。
イブリースの引き連れる人形の支援攻撃も、当たらなければ脅威とは言えない。そこで自由騎士たちは早期の決着を目指して、イブリースへと向かう。
「自分の行動に責任を持ちなはれ。あんさんが復習して、子供たちはどないしはるの? 喜ぶとでも思っとるの? そんなら随分自分勝手なお人やなぁ」
煽るように挑発しながら、狼華は刃でイブリースの肉体を切り裂いていく。動きは先ほどと変わらず、舞っているようにしか見えない。しかしその実、それは極限まで最適化された舞闘でもあった。
一見美しいだけに見えるが、もし触れれば茨のように傷をつける。
「優しいだけじゃ生きて行けへん。持たざる者は他者に手を差し伸べたらあかんのや。どっちも潰れんのは目に見えて明らかやろ」
このイブリースは暴力衝動・戦闘衝動が肥大化しているだけで、元の性質が極端に変わったわけではない。それだけに、この挑発は効いた。
「そうゆうどうしようもない男は好きや。御し易いしなぁ」
計算通りとばかり、イブリースの腹にずぶりと小太刀を突き立てる。
怒りの唸り声を上げるイブリース。だが、その耐久力も尋常のものでない。
巨躯に合わない素早い動きでバク転を決めると、そこから自由騎士たちの死角を突くようにして剛腕をぶつけてきた。
それの矢面に立たされたのはティラミス。普通なら彼女の身体が壁にたたきつけられるところだろうが、そうはいかない。
「魅惑の影を纏った私は無敵の悪い女ですよ!」
にっこりとほほ笑むティラミス。
今の彼女が纏っているのは影を身に纏うだけで、身を守る術など持たないように見える。しかし、その影こそいかなる責め苦を防ぐ無敵の守護だ。
「は~、先程の酒が良い感じでまわってきておるわ」
ティラミスが反撃で大きくかち上げた先で待ち受けていたのは天輝である。その足は大きくふらついており、まともに戦えるように見えない。当たり前だ。先ほど、あれだけ飲んで見せたのだから。
しかし、天輝が使うのは酔いを利用する、独自解釈で使いこなす酔拳だ。文字通り、酔えば酔うほど強くなる。
「問題もあるが、なかなか見上げた男ではないか。根は良いヤツに違いない。ここは、ひと肌ぬいでやるとするかの」
数珠を握りこむと渾身の魔力を込めて拳を放つ。その一撃で悪魔化によって膨れ上がった肉体がしぼんでいく。
「その伸びた鼻ならぬ角をへし折っていきましょう」
アンジェリカの振り下ろした十字架が、戦いの終わりを告げた。
●
戦いが終わって数日後、狼華の経営するサロン・シープの前で、イブリース化から解放された座長と一座の団員達は、アンジェリカの茹でたパスタを食べていた。
これから行う公演に向けての景気づけだ。
結局あの後、当人がいたく反省していたというのもあり、自由騎士たちは一座に講演する機会を与えることにした。その最初の場所がここである。
ちなみに、事の起こりになった大手の一座には多少のペナルティもあったらしい。
「お手柔らかにお願いしますね?」
普段より大人しめな格好で、ティラミスは手伝いの準備をしている。その姿が一座の子供たちは何かに目覚めたが、そこはそれ。
「理不尽な事も沢山あるけど、あんたが守ってやってくれよ」
ルエの言葉に強く頷く座長。もう安心だろう。
こうした人物と出会えていれば自分の生きる道も別のものだったのかもしれない。ルエとしては色々と思う所もある。だが今は、この結果が得られたということに満足するべきだろう。
「余に出来るのはここまで。この先は貴様の頑張り次第じゃ」
天輝の言葉を胸に、座長は公演を始めに向かっていく。
自由騎士の言葉もあって当座の金を借りるまでは出来たが、返さなくてはいけないものだ。浄化して万事が解決というほど、世の中簡単には出来ていない。他にも公演場所は確保したが、大変なのはこれからだろう。
それでも。
「ひとまずはめでたしめでたしであろう。酒の肴にちょうど良い」
かくてサーカスは始まる。
悪魔のサーカスなどではなく、明日の希望を夢見る者達のサーカスが。
この小さな街に娯楽は決して多くはない。
繁華街はあるが、遅くまで営業しているものは多くない。旅の芸人たちがやってくるのはたまの楽しみだが、それだって1日中やっているわけではない。
にもかかわらず、その夜には妙に華やかな雰囲気があった。
輝かしいオーラを振りまきながら踊るのは、『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)である。普段のたおやかで物静かな姿からは想像もできない姿である。
しかし、これもアンジェリカの側面だ。実の所、大胆で直情的。人を救うためだったら、どんな力でも出せるのが彼女のすごさなのだから。
(ラヴァーズの名に懸けて、最高のステップを今宵貴方の為だけに踏みましょう)
カッと踵を鳴らすと、星のように光が舞う。
すると、今度は小さなケモノビトの娘が姿を現わす。空気も先ほどまでの華やかなものに加え、少しセクシーなものに変化してくる。
そして、満を持して艶めかしく舞うのは『か弱いうさぎさんですよぉ』ティラミス・グラスホイップ(CL3000385)だ。彼女の浮かべる蠱惑的な表情を前にしたら、大抵の男は鼻を伸ばしてしまうことだろう。
演出しているのはティラミスの生み出したホムンクルスだ。兎の姉妹を演じて、人々を誘うように跳ねている。
次第に人も集まり、アンジェリカとティラミスに称賛の声を送る。もちろん、欲望込みな視線を向ける者もいるが、それ自体は計算通り。
そして、それを遠巻きに見る異形の存在もあった。
その気配に気付いた辺りで、集まってきた観客たちの前に酒を持ち出してきたのは『酔鬼』氷面鏡 天輝(CL3000665)だった。
「盛り上がっておるな、皆の衆。さあさ、飲むが良いわ」
天輝が酒を振舞うとテンションの上がっていた観客は、喜んで飛びつく。
そんな観客に向かって、天輝は「どん☆」と大きな酒樽を取り出す。これが経費で落ちるのは自由騎士団の良い所だ。
「ならばここはひとつ、余が酒飲みの気概をみせてやろう。一気飲みしてみせるから。よく見ておるがよいわ」
並みのものなら酔い潰れてしまうような酒樽を天輝はぐいと飲み干してしまう。観客が声を上げて喝采する頃には、踊っていた2人も裏路地に引っ込んでいた。そして、異形が追いかけるのは必然的にそちらとなる。
それを確認して、天輝も騒ぐ観客たちの下をそっと立ち去った。これで、余計な邪魔が入ることはない。
さて、2人の踊り子が消えて、異形の向かった裏路地。
そこには偉業を導くように、歌声が流れていた。歌っているのはルエ・アイドクレース(CL3000673)だ。
(手段が多い方が良いとは思っていたけど、やっておくもんだな)
裏路地に向かってくる異形――イブリースの気配から、ルエは状況が思い通りに進んでいることを確信する。実はそこそこ、歌に自信はあるのだ。
(金があれば、力があれば。俺も昔は良く思ったなあ。……まあヤケ起こして賭けでスッちまったのは同情しないけど)
ルエとしては、イブリースの身の上に思う所があった。彼の半生は、決して幸せなものではない。多くの迫害に晒されてきたし、人には言えないようなことにだって手を染めてきた。
ここで座長を救わねば、彼が養っている孤児たちも似たような運命をたどるだろう。
(ヤケ起こした気持ちも分からなくはないし。浄化して助けてやりたい)
それはルエの偽らざる心境だった。
そんな自由騎士たちの心境は露知らず、イブリースは狙い通りの場所におびき出される。
裏路地の奥にある空き地は、人が夜に入ってくる場所ではないし、場所も開けているので自由騎士の立場としても戦いやすい。
おびき出されたことにも気付かぬイブリースは、自分が追う獲物の姿を探す。その前に姿を現わしたのは、雅に、そして艶やかに舞う『艶師』蔡 狼華(CL3000451)の姿だった。
「ほぅら、こちらへおこしやす。うちの舞はタダでそうそう見せやしまへんえ」
狼華の舞いは緩やかな動きを基調としたものだ。しかし、彼自身の表情やしぐさで様々な物語を表現する。それは派手な動きよりも雄弁に物語った。
「GRAAAAAA!」
そして、それはイブリースの怒りを誘った。
何故なら狼華が語ったのは、憐れな男の成れの果て。
そして何より、長年芸事を務めてきたイブリースには、狼華たちの見せたものがまぎれもない本物だと伝わったのだ。
「芸事でうちと張り合おうなんて、お話にならしまへん。一級品との格の違い、見せたりましょう」
●
イブリースの唸り声に合わせて、不気味な姿をした人形が姿を現わす。悪魔と化した人間に与えられた、眷属を操る力が生み出したものだ。
それを迎え撃つように姿を見せたのは、兎のような姿をした小人たちだ。
「お金が無いのは首が無いと同じ、よく商人が言いますよね。さて、ロバートさんを救いますよ!」
黒いランジェリーを思わせる影を身に纏い、ティラミスは優しく微笑む。そう、小人たちは先ほどまで彼女と共に踊っていたホムンクルスだ。
錬金術の生み出したかりそめの命は、雑芸から戦いまでこなして見せる。
彼女らがイブリースの移動を阻んでいる時、轟っと黒い焔が燃え上がる。
「せっかく周りを巻き込まずに済むところに来たんだ。付き合ってもらおうか」
炎を操るのはファルシオンを構えたルエだ。
普段はあまり感情を見せないルエだが、力を振るえる機会とあってか、普段よりも高揚しているように見える。
「俺まだ新米で、こういう形の戦いは初陣だし、確実にやらせてもらう」
迂闊に距離を詰めればよい的になるだけだ。距離を取って、混戦が始まる前に機先を制す。このやり方は功を奏した。
「行き場の無い方々を集め、帰るべき場所を与える……。その志は賞賛に値するでしょう。だからこそ、こんな場所で道を踏み外すべきでは無いのです」
気勢をそがれたイブリースたちに対して、さらに追い打ちを仕掛けたのはアンジェリカだった。
金色に輝く巨大な十字架から放つ衝撃波がイブリースたちへと襲い掛かる。そもそもがぶつかっただけでも体を巨大にするような巨大な十字架である。振り回して発生するエネルギーだけでもとんでもないものだ。
イブリースたちに対する牽制としては十分すぎるものと言えよう。事実、イブリースたちは衝撃に翻弄されて、大きく体勢を崩している。
しかし、アンジェリカにしてみると、まだまだ戦いは始まったばかりだ。
「連れ戻しましょう……!」
アンジェリカにとって勝利とはイブリースを倒すことではない。座長を団員たちの下に連れていくことなのだ。
と言うものの、自由騎士たちが全体的にイニシアティブを取れた状態で戦いを始められたことが幸いした。芸による惹きつけが中途半端だったらこうはいかなかっただろう。
イブリースの引き連れる人形の支援攻撃も、当たらなければ脅威とは言えない。そこで自由騎士たちは早期の決着を目指して、イブリースへと向かう。
「自分の行動に責任を持ちなはれ。あんさんが復習して、子供たちはどないしはるの? 喜ぶとでも思っとるの? そんなら随分自分勝手なお人やなぁ」
煽るように挑発しながら、狼華は刃でイブリースの肉体を切り裂いていく。動きは先ほどと変わらず、舞っているようにしか見えない。しかしその実、それは極限まで最適化された舞闘でもあった。
一見美しいだけに見えるが、もし触れれば茨のように傷をつける。
「優しいだけじゃ生きて行けへん。持たざる者は他者に手を差し伸べたらあかんのや。どっちも潰れんのは目に見えて明らかやろ」
このイブリースは暴力衝動・戦闘衝動が肥大化しているだけで、元の性質が極端に変わったわけではない。それだけに、この挑発は効いた。
「そうゆうどうしようもない男は好きや。御し易いしなぁ」
計算通りとばかり、イブリースの腹にずぶりと小太刀を突き立てる。
怒りの唸り声を上げるイブリース。だが、その耐久力も尋常のものでない。
巨躯に合わない素早い動きでバク転を決めると、そこから自由騎士たちの死角を突くようにして剛腕をぶつけてきた。
それの矢面に立たされたのはティラミス。普通なら彼女の身体が壁にたたきつけられるところだろうが、そうはいかない。
「魅惑の影を纏った私は無敵の悪い女ですよ!」
にっこりとほほ笑むティラミス。
今の彼女が纏っているのは影を身に纏うだけで、身を守る術など持たないように見える。しかし、その影こそいかなる責め苦を防ぐ無敵の守護だ。
「は~、先程の酒が良い感じでまわってきておるわ」
ティラミスが反撃で大きくかち上げた先で待ち受けていたのは天輝である。その足は大きくふらついており、まともに戦えるように見えない。当たり前だ。先ほど、あれだけ飲んで見せたのだから。
しかし、天輝が使うのは酔いを利用する、独自解釈で使いこなす酔拳だ。文字通り、酔えば酔うほど強くなる。
「問題もあるが、なかなか見上げた男ではないか。根は良いヤツに違いない。ここは、ひと肌ぬいでやるとするかの」
数珠を握りこむと渾身の魔力を込めて拳を放つ。その一撃で悪魔化によって膨れ上がった肉体がしぼんでいく。
「その伸びた鼻ならぬ角をへし折っていきましょう」
アンジェリカの振り下ろした十字架が、戦いの終わりを告げた。
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戦いが終わって数日後、狼華の経営するサロン・シープの前で、イブリース化から解放された座長と一座の団員達は、アンジェリカの茹でたパスタを食べていた。
これから行う公演に向けての景気づけだ。
結局あの後、当人がいたく反省していたというのもあり、自由騎士たちは一座に講演する機会を与えることにした。その最初の場所がここである。
ちなみに、事の起こりになった大手の一座には多少のペナルティもあったらしい。
「お手柔らかにお願いしますね?」
普段より大人しめな格好で、ティラミスは手伝いの準備をしている。その姿が一座の子供たちは何かに目覚めたが、そこはそれ。
「理不尽な事も沢山あるけど、あんたが守ってやってくれよ」
ルエの言葉に強く頷く座長。もう安心だろう。
こうした人物と出会えていれば自分の生きる道も別のものだったのかもしれない。ルエとしては色々と思う所もある。だが今は、この結果が得られたということに満足するべきだろう。
「余に出来るのはここまで。この先は貴様の頑張り次第じゃ」
天輝の言葉を胸に、座長は公演を始めに向かっていく。
自由騎士の言葉もあって当座の金を借りるまでは出来たが、返さなくてはいけないものだ。浄化して万事が解決というほど、世の中簡単には出来ていない。他にも公演場所は確保したが、大変なのはこれからだろう。
それでも。
「ひとまずはめでたしめでたしであろう。酒の肴にちょうど良い」
かくてサーカスは始まる。
悪魔のサーカスなどではなく、明日の希望を夢見る者達のサーカスが。