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貴族の義務と乙女とお菓子

●
ジョン・コーリナーと呼ばれるヘリメリア人のレポートを読み上げれば、おおよそこのような事が書かれてあるだろう。
ヘルメリア生まれのノウブル男性。かつてはヘルメリア名家に生まれたが、亜人の扱いに疑問を持ち『フリーエンジン』と呼ばれるテロリストに与する。そこで多くの反社会的活動を行い、同時に情報収集の為に非合法的な活動をも行っていた。
それは暴力的な方法でもあり、同時に男女間の恋愛感情を伴った交渉術でもあった。まあ、ありていに言えば女性から情報を得るためにほぼ詐称レベルで愛を語ったり関係を結んだりしていたのだ。
無論、証拠はない。証言自体は幾つかあるのだが、それらを行ったとされる決定的な証拠はない。そうならないように徹底していることであり、これらの手管に長けているという間接的な証明ともいえよう。白か黒か、でいえば黒だ。だが白と言い切る事もできる。
ありていに言えば、
「あの男は危険すぎる」
と、言うのがジョン・コーリナーへの感想だろう。
さて、昨今そのコーリナー氏と婚姻関係となった貴族の女性がいる。大きな戦争も終わり、これからは平和な時代。そういう意味で腰を落ち着ける意味で、地位ある女性に嫁いだのだろう。財と社会的地位を簡易に得るには実に有用な手段であろう。悪辣な非合法活動を得手とする男に騙された女性の末路は実に愚かで甘露な物語になるに違いない。
「……まあ、こうなりますわよね」
レイチェル・ディートヘルム――先ほど話題に上がったコーリナー氏に告白した女性の母親は、届いてきた報告とそれに関するうわさを聞いて、小さくため息をついたという。
「貴族の立場と言うものを、しっかりと理解させないといけませんわね」
●
「というわけで皆様には、娘の監視をお願いしたいのです」
レイチェル・ディートヘルムは集まった自由騎士――娘であるデボラ・コーリナー(CL3000511)を除いた全員――に話を持ち掛ける。
話を要約すれば、ジョンと結婚したデボラに釘を刺すのが目的だ。彼女と結婚した相手は色々面倒な噂を持つ元ヘルメリアのスパイで、裏でいろいろ暗躍していた存在だ。そして自由騎士達はそれが噂じゃないとこを良く知っている。
「聞けばその方の活躍と出自は、とても公表できる事ではないと。娘の未来を阻むつもりはありませんが、貴族としてのけじめは必要です」
そう言う理由で行われるお茶会。貴族として他の家と仲良くし、社会的なつながりを強化する。その際に夫であるジョン氏の事もいろいろ言われるとは思うが、そこは笑顔で対応してもらうつもりだ。
「娘の事ですから、愛する方を貶されて『まあ、そのような噂があるのですね。ご意見ありがとうございます』と笑顔で受け流せるかというと、とてもそうとは……」
レイチェルは事前に作法や質問の受け答え法などをレクチャーしているが、何度も愛する人の悪評を聞いてそれが続くとは思っていない。いつか逃げ出してしまうだろうと踏んでいた。その為の逃亡防止策だ。
「会場には世界各国のお菓子が用意されています。依頼とは関係なく、皆さんお楽しみいただければ幸いです」
ディートヘルムのコネと財力を投入し、各国のお菓子を用意したお茶会。イ・ラプセルの水菓子に、シャンバラの宗教的祭事に食べられるケーキ、ヘルメリアの(唯一評価されるお菓子の)スコーン、パノプティコンの上級市民が食べていたとされるクッキー、ヴィスマルクのアイスクリーム、故アマノホカリの和菓子……依頼は抜きにしても、かなり興味深いのは事実だ。
「戦争も終わり、次代は大きく変わるでしょう。貴族の在り方も、変化するかもしれません」
自由騎士達を前に、レイチェルは静かに言葉を継げる。
「風習に拘らず、時代を謳歌することが正しいかもしれませんね。皆様がこれからどのような時代を築いていくのか、楽しみです」
遠回しに『貴族の風習には拘らなくてもいいですよ』と言っている気がする。ただの世間話にも聞こえる。そんな母の言葉だった。
ジョン・コーリナーと呼ばれるヘリメリア人のレポートを読み上げれば、おおよそこのような事が書かれてあるだろう。
ヘルメリア生まれのノウブル男性。かつてはヘルメリア名家に生まれたが、亜人の扱いに疑問を持ち『フリーエンジン』と呼ばれるテロリストに与する。そこで多くの反社会的活動を行い、同時に情報収集の為に非合法的な活動をも行っていた。
それは暴力的な方法でもあり、同時に男女間の恋愛感情を伴った交渉術でもあった。まあ、ありていに言えば女性から情報を得るためにほぼ詐称レベルで愛を語ったり関係を結んだりしていたのだ。
無論、証拠はない。証言自体は幾つかあるのだが、それらを行ったとされる決定的な証拠はない。そうならないように徹底していることであり、これらの手管に長けているという間接的な証明ともいえよう。白か黒か、でいえば黒だ。だが白と言い切る事もできる。
ありていに言えば、
「あの男は危険すぎる」
と、言うのがジョン・コーリナーへの感想だろう。
さて、昨今そのコーリナー氏と婚姻関係となった貴族の女性がいる。大きな戦争も終わり、これからは平和な時代。そういう意味で腰を落ち着ける意味で、地位ある女性に嫁いだのだろう。財と社会的地位を簡易に得るには実に有用な手段であろう。悪辣な非合法活動を得手とする男に騙された女性の末路は実に愚かで甘露な物語になるに違いない。
「……まあ、こうなりますわよね」
レイチェル・ディートヘルム――先ほど話題に上がったコーリナー氏に告白した女性の母親は、届いてきた報告とそれに関するうわさを聞いて、小さくため息をついたという。
「貴族の立場と言うものを、しっかりと理解させないといけませんわね」
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「というわけで皆様には、娘の監視をお願いしたいのです」
レイチェル・ディートヘルムは集まった自由騎士――娘であるデボラ・コーリナー(CL3000511)を除いた全員――に話を持ち掛ける。
話を要約すれば、ジョンと結婚したデボラに釘を刺すのが目的だ。彼女と結婚した相手は色々面倒な噂を持つ元ヘルメリアのスパイで、裏でいろいろ暗躍していた存在だ。そして自由騎士達はそれが噂じゃないとこを良く知っている。
「聞けばその方の活躍と出自は、とても公表できる事ではないと。娘の未来を阻むつもりはありませんが、貴族としてのけじめは必要です」
そう言う理由で行われるお茶会。貴族として他の家と仲良くし、社会的なつながりを強化する。その際に夫であるジョン氏の事もいろいろ言われるとは思うが、そこは笑顔で対応してもらうつもりだ。
「娘の事ですから、愛する方を貶されて『まあ、そのような噂があるのですね。ご意見ありがとうございます』と笑顔で受け流せるかというと、とてもそうとは……」
レイチェルは事前に作法や質問の受け答え法などをレクチャーしているが、何度も愛する人の悪評を聞いてそれが続くとは思っていない。いつか逃げ出してしまうだろうと踏んでいた。その為の逃亡防止策だ。
「会場には世界各国のお菓子が用意されています。依頼とは関係なく、皆さんお楽しみいただければ幸いです」
ディートヘルムのコネと財力を投入し、各国のお菓子を用意したお茶会。イ・ラプセルの水菓子に、シャンバラの宗教的祭事に食べられるケーキ、ヘルメリアの(唯一評価されるお菓子の)スコーン、パノプティコンの上級市民が食べていたとされるクッキー、ヴィスマルクのアイスクリーム、故アマノホカリの和菓子……依頼は抜きにしても、かなり興味深いのは事実だ。
「戦争も終わり、次代は大きく変わるでしょう。貴族の在り方も、変化するかもしれません」
自由騎士達を前に、レイチェルは静かに言葉を継げる。
「風習に拘らず、時代を謳歌することが正しいかもしれませんね。皆様がこれからどのような時代を築いていくのか、楽しみです」
遠回しに『貴族の風習には拘らなくてもいいですよ』と言っている気がする。ただの世間話にも聞こえる。そんな母の言葉だった。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.お茶会に参加する
どくどくです。
リクエストありがとうございます。とりあえずお菓子を食べる依頼と思っていただければ幸いです。
●リクエストシナリオとは(マニュアルより抜粋)
リクエストシナリオは最大参加者4名、6名、8名まで選べます。なお依頼自体はOPが出た時点で確定しており、参加者が申請者1名のみでもリプレイは執筆されます。
リプレイの文字数は参加人数に応じて変動します。
【通常シナリオ】
1人の場合は2000文字まで、その後1人につき+1000文字 6人以上の場合は最大7000文字までとなります。
●説明!
貴方達はデボラ・コーリナー(CL3000511)の母親であるレイチェル・ディートヘルムにお菓子の品評会に誘われました。貴族や商人達が集まる上流階級向けのパーティです。自由騎士である貴方達も一定の地位を持っているため、参加は可能です。
そして主催者であるレイチェルさんから、『デボラが逃げないようにしてくれ』とお願いされます。いやいやあ、デボラさん貴族ですからそんなパーティから逃げだすとかそんなことはしませんよね? ね?(フラグ)
なお実際に逃げられてもペナルティはありません。
要は貴族であり同僚であるデボラさんと、勝利の為にいろいろやってきたジョンさんとの婚約に関して道央網か、と言うのがこの依頼の行動基点かと思います。応援してもいいし、貴族としての義務を果たせと言ってもいいです。いろんな意味でPvPな感じになります。
もちろん、普通にお菓子を食べに来てもいいです。その場合は、食レポ風になるでしょう。
●敵(?)情報
・メアリー・シェリー(nCL3000066)
色々あって一緒にいます。生真面目で腹芸できないので、言われたままにデボラを押さえにかかります。基本デボラの動向を見守ってる感じで、逃亡の兆しあれば止めに入ります。
なお、二人の婚約は素直に祝福しています。噂とかは『まあ、戦争だし』と割り切っているタイプです。
抵抗されればパーティ会場に迷惑にならない程度には戦うつもりです。その時は、ランク2のマータマイスタースキルを使います。
参加PCの数とプレイングによっては、空気になる可能性もあります。
●場所情報
ディートヘルム家が用意した会場。大体100名ぐらいはいる会場です。結構豪華な部屋。客層は貴族や名のある商人達。自由騎士達はむしろ尊敬される立場で、頼めば無理ない範囲なら言う事は聞いてくれます。
事前付与とかしたら怪しまれる状況です。なのでその辺は不可。
皆様のプレイングをお待ちしています。
リクエストありがとうございます。とりあえずお菓子を食べる依頼と思っていただければ幸いです。
●リクエストシナリオとは(マニュアルより抜粋)
リクエストシナリオは最大参加者4名、6名、8名まで選べます。なお依頼自体はOPが出た時点で確定しており、参加者が申請者1名のみでもリプレイは執筆されます。
リプレイの文字数は参加人数に応じて変動します。
【通常シナリオ】
1人の場合は2000文字まで、その後1人につき+1000文字 6人以上の場合は最大7000文字までとなります。
●説明!
貴方達はデボラ・コーリナー(CL3000511)の母親であるレイチェル・ディートヘルムにお菓子の品評会に誘われました。貴族や商人達が集まる上流階級向けのパーティです。自由騎士である貴方達も一定の地位を持っているため、参加は可能です。
そして主催者であるレイチェルさんから、『デボラが逃げないようにしてくれ』とお願いされます。いやいやあ、デボラさん貴族ですからそんなパーティから逃げだすとかそんなことはしませんよね? ね?(フラグ)
なお実際に逃げられてもペナルティはありません。
要は貴族であり同僚であるデボラさんと、勝利の為にいろいろやってきたジョンさんとの婚約に関して道央網か、と言うのがこの依頼の行動基点かと思います。応援してもいいし、貴族としての義務を果たせと言ってもいいです。いろんな意味でPvPな感じになります。
もちろん、普通にお菓子を食べに来てもいいです。その場合は、食レポ風になるでしょう。
●敵(?)情報
・メアリー・シェリー(nCL3000066)
色々あって一緒にいます。生真面目で腹芸できないので、言われたままにデボラを押さえにかかります。基本デボラの動向を見守ってる感じで、逃亡の兆しあれば止めに入ります。
なお、二人の婚約は素直に祝福しています。噂とかは『まあ、戦争だし』と割り切っているタイプです。
抵抗されればパーティ会場に迷惑にならない程度には戦うつもりです。その時は、ランク2のマータマイスタースキルを使います。
参加PCの数とプレイングによっては、空気になる可能性もあります。
●場所情報
ディートヘルム家が用意した会場。大体100名ぐらいはいる会場です。結構豪華な部屋。客層は貴族や名のある商人達。自由騎士達はむしろ尊敬される立場で、頼めば無理ない範囲なら言う事は聞いてくれます。
事前付与とかしたら怪しまれる状況です。なのでその辺は不可。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
2個
4個
4個




参加費
100LP
100LP
相談日数
6日
6日
参加人数
4/6
4/6
公開日
2021年09月04日
2021年09月04日
†メイン参加者 4人†
●
貴族の集まるお菓子パーティ。
見た目から重視される華やかなお菓子。見る者を魅了し、そして食したものを虜にする。甘味を五感で味わうことがこのパーティの名目だが、貴族が集う以上はそれだけでは済まないのは仕方のないことである。
この場で新たな人脈を得ようとする者、得た人脈を深めようとする者、人を見極めようとする者、そして足を引っ張る材料を探す者。剣や魔法ではない貴族達の戦いがここにあった。
「ええ、わかってますともそういうことは」
『盾の花嫁』デボラ・コーリナー(CL3000511)はそんな状況を理解しながら、スコーンをつまんだ。本場のものとはいささか味は違うが、これはこれでイ・ラプセルらしい味だ。いや、そんなことはどうでもいい。
わかっている。自分も貴族の一員で、このパーティに求められていることが何なのかを。イ・ラプセルの貴族として、ディートヘルム家の一員として、戦争が終わったのだからもう盾を降ろし、社会に貢献すべきなのだということは。わかってはいるのだ。
「――さて、どう話をまとめたものか」
デボラの様子を見ながら、『戦争を記す者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は脳内で会話をシミュレートする。ほかの貴族が噂する意味は理解している。デボラの婚約者を利用し、ディートヘルム家を蹴落とすつもりなのだ。
権謀術数。流言飛語。あらゆる悪意は形のない刃となる。それが貴族の世界。正義や悪ではなく、ただ権力のみがまかり通る世界。油断すれば足元からすべてを奪われる世界だが、だからこそ押し通せる策もある。
「面倒だな、貴族」
シャンバラで育ったフルーツ類を口にしながら、『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)はつまらなそうに呟いた。正直、権力争いに興味はない。ここにいるのは単に怪我人出そうだなぁ、という懸念からだ。出る前に止める、という考えはない。
事情のほどは大まか理解しているが、なら殴っていうこと聞かせればいいじゃないかというのがツボミの意見だ。下町流儀だが、それが通用しないのが上流社会。そのあたりも知っているが、あまり気にしてもいない。
「ディートヘルム家のお菓子の選定眼はさすがでありますね」
ドレスを着て優雅に語らう『明日への導き手』フリオ・フルフラット(CL3000454)。騎士階級であるフルフラット家の娘であるフリオは、相応に礼儀作法をたしなんでいる。ぼろが出てないかと緊張しながら、周囲を見回していた。
案の定、というか予想通りにデボラへの風当たりは強い。正確には彼女の夫に関する暗い噂――ほぼ真実なのだが――だ。貴族の夫として認められない経歴。反社会的組織に所属していた事は、やはり大きな傷となる。
なお、デボラ・コーリナーに関する貴族の反応は、おおよそ二分される。
『そのような夫を持つのは、ディートヘルム家にとって大きなマイナスになる。ならば私の息子などはどうでしょうか?』
『犯罪組織に所属していた人間など、信用できません。即刻裁判にかけ、その罪を雪ぐべきです』
その経歴が貴族の夫に合わないという侮蔑型。
『ノウブルの特権を放棄するほどの愚か者ですからな。さぞ扱いやすいでしょう。デボラ様もその上での結婚。いやはや、ご慧眼です』
『婚約してつなぎとめ、子飼いの犬として利用するおつもりですね。さすがはディートヘルム家のご息女』
その経歴を使って脅迫し、利用しようという傀儡型。
ともあれ共通しているのは、ジョンの立場と経歴を利用してデボラに取り入り、自分のいいように利用しようという事である。足を引っ張る材料を見つけ、娘を取り込めば次はディートヘルム家だ。そのコネも、経歴も、我が物にしてやろう。
無論、悪意ばかりではない。デボラと夫との関係を気にしない者もいれば、知ってなお静観する者もいる。だが、割合で言えばその傷を無視しない者のほうが多かった。
そしてデボラの心中はといえば、
(逃げましょう!)
逃走経路をどうするか、思考中であった。
●
「確かにそういった話は聞かれますが、そういった面を踏まえたうえでの戦争でした。彼のおかげで犠牲が減ったのは否めません」
フリオは貴族達と話し、デボラの夫の評判を修正していた。平時であれば責められる行為かもしれないが、正攻法では守れぬ命がある。彼はそれを守るために手を汚したのだ。戦争だから許されるとは言わないが、座して同胞の死を受け入れるというのは違う。
「しかしですなぁ、フルフラット殿。その噂がある限りディートヘルムの家に傷がつくことは変わりはない。如何に戦争の貢献者とはいえ、貴族に輿入れするのなら相応の品格が必要なのではないかな?」
「貴族もまた変わっていきます。エドワード国王が王政を廃止する方向になったように、貴族も時代とともに変化していくでしょう。その際に柔軟な思考を持つ方がいるのは大きいのではないでしょうか」
相手の問いかけに、笑顔で返すフリオ。時代は変わる。貴族も永遠に同じ形ではいられない。傷を恐れて閉じこもるような形はいずれ崩れ去るだろう。デボラの夫の思考はそういった変化の中でも変わらず才を発揮するに違いない。
「なるほど。デボラ様はそこまで考えてでしたか。いやはや先見の優れたお方だ」
(それはないと思うでありますがね)
相手貴族の言葉に心の中で苦笑するフリオ。打算とか先見とかで結婚相手を選ぶようなデボラではない。それは長くともに戦ってきた仲だから、よくわかる。彼女は自らの心のままにパートナーを選んだのだ。
「確かに彼は過去に色々と問題があります」
そしてテオドールはレイチェル・ディートヘルムのもとに向かう。話題に上がるのは、やはりデボラの夫の話だ。
「しかし彼が人を貶める理由はない。あれは感情でなく理で動く方だ。その性根は悪ではないと判断します」
「ええ。そうあってほしいものです」
テオドールの言葉にレイチェルは笑みを浮かべて返す。親としては子に幸せであってほしいが、大事なのは真実ではない。貴族としての立ち振る舞いだ。
実のところ、デボラの夫が悪辣であろうがそれは重要ではない。むしろ制御できるのなら婚姻もやぶさかではない。問題は、その風評が貴族として不釣り合いであるということだ。
「彼はヘルメリアの歴史や地理に詳しい。ディートヘルム家にとってもマイナスではないはずです」
なのでディートヘルム家にプラスになる方向でテオドールは話を進める。事業拡大をするならヘルメリア島は悪くない場所だ。ヘルメリアの知識を持つものがいるのなら、事業拡大は大きく進む。
「人脈も広く、戦争で職を失った者を従業員として雇うことも可能でしょう。彼ほど有能な人材はそうそういません。善き人物を得たと考えるべきかと」
「かなり信頼されているのですね、ベルヴァルド卿。かの者たちはヘルメリア陥落後に入った新参の騎士と聞いていますが、何をもって貴方にそこまで言わせるのでしょうか」
『自由騎士がフリーエンジンに力を貸していた』事は公開されていない。反社会組織に手を貸していたとなれば、王は糾弾され、共和制移行に傷がつく。王は責任を取らず逃げたと言われ、最悪暴動が起きかねない。
なのでフリーエンジンのメンバーはヘルメリア打倒後に突然参入した者たち、という扱いである。レイチェルがそれを知るか否かはわからない。知ったうえで知らぬふりをしているのかもしれない。
「共に戦った期間は短くとも、通じ合うものはあります。ご息女はそこに惹かれたのかと」
動揺することなく、自然な流れで言葉を返すテオドール。この応対もまた、貴族社会の争いだ。
●
「逃げるのか?」
デボラの様子を見たツボミが声をかける。
「え? そういうふうに見えました?」
「うむ。以外だったからな」
「以外?」
「物理なり口なりで交渉するのかと思ってたわ。真実の愛を目かっぽじって見やがれボケって叩きつけるもんかと」
口悪くいうツボミに苦笑するデボラ。一応家の名前を背負って貴族のドレスを着ているのだ。そこまで口悪くは罵れない。思いはするが。
「立場の違いは理解しているよ。伝統と格式を維持するためにできることとできないことがあることは。
まあ、その最上位である国王がそれを放棄したんだがな」
エドワード国王の王政解体と、共和制の提唱。それは貴族達にも大きな衝撃を与えた。王政あっての貴族社会である。いきなり足場がなくなるわけではないが、その地盤は時間とともに失われていく。その中で貴族たちがどうなるか。先の見えない未来の中、それでも貴族であることにこだわる者も多い。
「どうあれスタンスの違いだ。戦争も終わったし……神もいなくなった。
国の在り方は大きく変わるだろうな。いや、国家という在り方が変わるというべきか。だから変わるべきかもしれんし、そのままでいいかもしれん。それを決めるのは自分だ」
そこまで言った後で、ツボミは近くのクッキーを口に含んだ。少しぱさぱさしてるが、腹にたまる。そうかこれがパノプティコンの合理性かと納得した。手術が終わった時につまむのにいいかもしれない。
「どこに立つ、コーリナー夫人?」
「どこに、とは?」
「この変化する時代の中、どう生きるかだ。貴族の地位は捨てるに惜しいと思うのいい。あの男についていくのもいい。だけどどうしたいかは決めておけ。
貴様のスタイルを心に決めて、若奥様するんだ」
(ああ、この人は)
デボラはツボミが何を言いたいかを理解する。止めるでもない諫めるでもない。逃亡を後押しする気もなければ手伝うわけでもない。
迷うことなく生きろ、と助言しているのだ。流動する時代の中で、その波に飲まれないようにと。
「ツボミ様、ありがとうございます。貴方もお幸せに」
「いや待て私のことはどうでもいい。現状大変なのは貴様のほうであって私とあの男は社会的な問題は何もないわけだから心配されることはないというか」
「私は別にアーウィン様のことは何も言ってませんよ」
「……くっ!」
顔を赤らめたツボミが、悔しそうに舌打ちする。
「逃げるのね」
溜息をつくようにメアリーが話しかけてくる。二人の会話が終わるのを待っていたのだろう。
「はい、逃げます。貴族の義務の為に自分を殺さないといけないなら、そこに幸せはありません」
「個人の幸せを殺して世に尽くすのが貴族の義務だったと思うけど」
「それも限度があります。少なくとも、私が家の為に出来る事などないでしょう」
デボラの言葉は、諦念ではなく事実としての言葉だ。
戦場での傷。カタクラフトになった手足。婚約破棄。そういった社会的ダメージは貴族として致命的だ。自由騎士として高い名声を得たとしても、その傷をなかったことにはできない。
その上で、今回のことだ。もはやディートヘルム家にいるだけでキズとなる。ならばいっそ距離を置くのが正しいのは事実である。ただまあ、
「一番いいのは穏便に家を離れることでしょうね。こういう形での逃亡は下策なのは理解しています。外堀を埋めて行動するのがいいのは確かです。
ですが、そんな余裕もなさそうなので」
ここに集まった貴族たちの数や思惑を思えば、外堀を埋める余裕はあまりない。少なくともその時間をかけている間にヘルメリアにいる人達にアクションを起こす可能性がある。自分の家のことで迷惑はかけたくない。
「そういうのはそういうのが得意な人にお任せします。適材適所ですね」
「……言いながらこっちの隙を窺うの、やめてくれない? 説得してるこっちがバカみたいじゃない」
デボラから感じる圧力を前に頭を抱えるメアリー。戦いは避けられないのを察して、マキナ=ギアから人形を呼び出す。デボラも盾を装着し、腰を下ろした。
「力押しも立派な交渉ですよ。ヘルメリアであの人から学んだ処世術です」
「じゃあ、私もそういうことで」
周囲の避難は会話の間にほかの自由騎士が済ませてある。むしろそれがすむまで二人は会話していた節がある。
「恨みはないけど、止めさせてもらうわ」
「はい! 押し通させてもらいますね!」
人形と盾がぶつかり合った――
●
夜の港を走るデボラ。戦い終わってその傷をいやす間も惜しいとばかりに、目的の場所に向かう。
ここまで騒動を起こしたのだ。しばらくはイ・ラプセルに戻れないだろう。とはいえ世界は変わりつつある。もしかしたら貴族の価値観が変わり、すぐに戻れるかもしれない。あるいは貴族が政権を握り返し、永遠に追放されるかもしれない。
そのすべてを理解してなお、デボラはこの道を選んだ。貴族の義務ではなく、愛を。
船影を目印に、走る。走る。そこに待つ愛しい人のもとに。その姿をとらえ、デボラはさらに走る速度を速める。両手を広げ、その胸に飛び込んだ。
「帰りましょう、ロンディアナへ」
帰る。自分の選んだ家に。自分の選んだ幸せの場所に。デボラは迷うことなく言い放つ。
汽笛が鳴り、蒸気船が出港する。それを止めるものは、誰もいない。
ただその船出を見守る一人の女性がいた。緑色の長髪。子を産んだとは思えない若さを保った貴族の女性。複数の護衛を伴い、船に乗るデボラとその出港を見ていた。
彼女は船が視界から消えるまで、ずっとそこにいた。何も言わず、動くことなく。そして船が遠くかすんで消えると同時に、背を向ける。
「――お幸せに、デボラ」
その唇が小さく動く。
呟きは誰にも聞かれることなく、海風に乗って消えた――
貴族の集まるお菓子パーティ。
見た目から重視される華やかなお菓子。見る者を魅了し、そして食したものを虜にする。甘味を五感で味わうことがこのパーティの名目だが、貴族が集う以上はそれだけでは済まないのは仕方のないことである。
この場で新たな人脈を得ようとする者、得た人脈を深めようとする者、人を見極めようとする者、そして足を引っ張る材料を探す者。剣や魔法ではない貴族達の戦いがここにあった。
「ええ、わかってますともそういうことは」
『盾の花嫁』デボラ・コーリナー(CL3000511)はそんな状況を理解しながら、スコーンをつまんだ。本場のものとはいささか味は違うが、これはこれでイ・ラプセルらしい味だ。いや、そんなことはどうでもいい。
わかっている。自分も貴族の一員で、このパーティに求められていることが何なのかを。イ・ラプセルの貴族として、ディートヘルム家の一員として、戦争が終わったのだからもう盾を降ろし、社会に貢献すべきなのだということは。わかってはいるのだ。
「――さて、どう話をまとめたものか」
デボラの様子を見ながら、『戦争を記す者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は脳内で会話をシミュレートする。ほかの貴族が噂する意味は理解している。デボラの婚約者を利用し、ディートヘルム家を蹴落とすつもりなのだ。
権謀術数。流言飛語。あらゆる悪意は形のない刃となる。それが貴族の世界。正義や悪ではなく、ただ権力のみがまかり通る世界。油断すれば足元からすべてを奪われる世界だが、だからこそ押し通せる策もある。
「面倒だな、貴族」
シャンバラで育ったフルーツ類を口にしながら、『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)はつまらなそうに呟いた。正直、権力争いに興味はない。ここにいるのは単に怪我人出そうだなぁ、という懸念からだ。出る前に止める、という考えはない。
事情のほどは大まか理解しているが、なら殴っていうこと聞かせればいいじゃないかというのがツボミの意見だ。下町流儀だが、それが通用しないのが上流社会。そのあたりも知っているが、あまり気にしてもいない。
「ディートヘルム家のお菓子の選定眼はさすがでありますね」
ドレスを着て優雅に語らう『明日への導き手』フリオ・フルフラット(CL3000454)。騎士階級であるフルフラット家の娘であるフリオは、相応に礼儀作法をたしなんでいる。ぼろが出てないかと緊張しながら、周囲を見回していた。
案の定、というか予想通りにデボラへの風当たりは強い。正確には彼女の夫に関する暗い噂――ほぼ真実なのだが――だ。貴族の夫として認められない経歴。反社会的組織に所属していた事は、やはり大きな傷となる。
なお、デボラ・コーリナーに関する貴族の反応は、おおよそ二分される。
『そのような夫を持つのは、ディートヘルム家にとって大きなマイナスになる。ならば私の息子などはどうでしょうか?』
『犯罪組織に所属していた人間など、信用できません。即刻裁判にかけ、その罪を雪ぐべきです』
その経歴が貴族の夫に合わないという侮蔑型。
『ノウブルの特権を放棄するほどの愚か者ですからな。さぞ扱いやすいでしょう。デボラ様もその上での結婚。いやはや、ご慧眼です』
『婚約してつなぎとめ、子飼いの犬として利用するおつもりですね。さすがはディートヘルム家のご息女』
その経歴を使って脅迫し、利用しようという傀儡型。
ともあれ共通しているのは、ジョンの立場と経歴を利用してデボラに取り入り、自分のいいように利用しようという事である。足を引っ張る材料を見つけ、娘を取り込めば次はディートヘルム家だ。そのコネも、経歴も、我が物にしてやろう。
無論、悪意ばかりではない。デボラと夫との関係を気にしない者もいれば、知ってなお静観する者もいる。だが、割合で言えばその傷を無視しない者のほうが多かった。
そしてデボラの心中はといえば、
(逃げましょう!)
逃走経路をどうするか、思考中であった。
●
「確かにそういった話は聞かれますが、そういった面を踏まえたうえでの戦争でした。彼のおかげで犠牲が減ったのは否めません」
フリオは貴族達と話し、デボラの夫の評判を修正していた。平時であれば責められる行為かもしれないが、正攻法では守れぬ命がある。彼はそれを守るために手を汚したのだ。戦争だから許されるとは言わないが、座して同胞の死を受け入れるというのは違う。
「しかしですなぁ、フルフラット殿。その噂がある限りディートヘルムの家に傷がつくことは変わりはない。如何に戦争の貢献者とはいえ、貴族に輿入れするのなら相応の品格が必要なのではないかな?」
「貴族もまた変わっていきます。エドワード国王が王政を廃止する方向になったように、貴族も時代とともに変化していくでしょう。その際に柔軟な思考を持つ方がいるのは大きいのではないでしょうか」
相手の問いかけに、笑顔で返すフリオ。時代は変わる。貴族も永遠に同じ形ではいられない。傷を恐れて閉じこもるような形はいずれ崩れ去るだろう。デボラの夫の思考はそういった変化の中でも変わらず才を発揮するに違いない。
「なるほど。デボラ様はそこまで考えてでしたか。いやはや先見の優れたお方だ」
(それはないと思うでありますがね)
相手貴族の言葉に心の中で苦笑するフリオ。打算とか先見とかで結婚相手を選ぶようなデボラではない。それは長くともに戦ってきた仲だから、よくわかる。彼女は自らの心のままにパートナーを選んだのだ。
「確かに彼は過去に色々と問題があります」
そしてテオドールはレイチェル・ディートヘルムのもとに向かう。話題に上がるのは、やはりデボラの夫の話だ。
「しかし彼が人を貶める理由はない。あれは感情でなく理で動く方だ。その性根は悪ではないと判断します」
「ええ。そうあってほしいものです」
テオドールの言葉にレイチェルは笑みを浮かべて返す。親としては子に幸せであってほしいが、大事なのは真実ではない。貴族としての立ち振る舞いだ。
実のところ、デボラの夫が悪辣であろうがそれは重要ではない。むしろ制御できるのなら婚姻もやぶさかではない。問題は、その風評が貴族として不釣り合いであるということだ。
「彼はヘルメリアの歴史や地理に詳しい。ディートヘルム家にとってもマイナスではないはずです」
なのでディートヘルム家にプラスになる方向でテオドールは話を進める。事業拡大をするならヘルメリア島は悪くない場所だ。ヘルメリアの知識を持つものがいるのなら、事業拡大は大きく進む。
「人脈も広く、戦争で職を失った者を従業員として雇うことも可能でしょう。彼ほど有能な人材はそうそういません。善き人物を得たと考えるべきかと」
「かなり信頼されているのですね、ベルヴァルド卿。かの者たちはヘルメリア陥落後に入った新参の騎士と聞いていますが、何をもって貴方にそこまで言わせるのでしょうか」
『自由騎士がフリーエンジンに力を貸していた』事は公開されていない。反社会組織に手を貸していたとなれば、王は糾弾され、共和制移行に傷がつく。王は責任を取らず逃げたと言われ、最悪暴動が起きかねない。
なのでフリーエンジンのメンバーはヘルメリア打倒後に突然参入した者たち、という扱いである。レイチェルがそれを知るか否かはわからない。知ったうえで知らぬふりをしているのかもしれない。
「共に戦った期間は短くとも、通じ合うものはあります。ご息女はそこに惹かれたのかと」
動揺することなく、自然な流れで言葉を返すテオドール。この応対もまた、貴族社会の争いだ。
●
「逃げるのか?」
デボラの様子を見たツボミが声をかける。
「え? そういうふうに見えました?」
「うむ。以外だったからな」
「以外?」
「物理なり口なりで交渉するのかと思ってたわ。真実の愛を目かっぽじって見やがれボケって叩きつけるもんかと」
口悪くいうツボミに苦笑するデボラ。一応家の名前を背負って貴族のドレスを着ているのだ。そこまで口悪くは罵れない。思いはするが。
「立場の違いは理解しているよ。伝統と格式を維持するためにできることとできないことがあることは。
まあ、その最上位である国王がそれを放棄したんだがな」
エドワード国王の王政解体と、共和制の提唱。それは貴族達にも大きな衝撃を与えた。王政あっての貴族社会である。いきなり足場がなくなるわけではないが、その地盤は時間とともに失われていく。その中で貴族たちがどうなるか。先の見えない未来の中、それでも貴族であることにこだわる者も多い。
「どうあれスタンスの違いだ。戦争も終わったし……神もいなくなった。
国の在り方は大きく変わるだろうな。いや、国家という在り方が変わるというべきか。だから変わるべきかもしれんし、そのままでいいかもしれん。それを決めるのは自分だ」
そこまで言った後で、ツボミは近くのクッキーを口に含んだ。少しぱさぱさしてるが、腹にたまる。そうかこれがパノプティコンの合理性かと納得した。手術が終わった時につまむのにいいかもしれない。
「どこに立つ、コーリナー夫人?」
「どこに、とは?」
「この変化する時代の中、どう生きるかだ。貴族の地位は捨てるに惜しいと思うのいい。あの男についていくのもいい。だけどどうしたいかは決めておけ。
貴様のスタイルを心に決めて、若奥様するんだ」
(ああ、この人は)
デボラはツボミが何を言いたいかを理解する。止めるでもない諫めるでもない。逃亡を後押しする気もなければ手伝うわけでもない。
迷うことなく生きろ、と助言しているのだ。流動する時代の中で、その波に飲まれないようにと。
「ツボミ様、ありがとうございます。貴方もお幸せに」
「いや待て私のことはどうでもいい。現状大変なのは貴様のほうであって私とあの男は社会的な問題は何もないわけだから心配されることはないというか」
「私は別にアーウィン様のことは何も言ってませんよ」
「……くっ!」
顔を赤らめたツボミが、悔しそうに舌打ちする。
「逃げるのね」
溜息をつくようにメアリーが話しかけてくる。二人の会話が終わるのを待っていたのだろう。
「はい、逃げます。貴族の義務の為に自分を殺さないといけないなら、そこに幸せはありません」
「個人の幸せを殺して世に尽くすのが貴族の義務だったと思うけど」
「それも限度があります。少なくとも、私が家の為に出来る事などないでしょう」
デボラの言葉は、諦念ではなく事実としての言葉だ。
戦場での傷。カタクラフトになった手足。婚約破棄。そういった社会的ダメージは貴族として致命的だ。自由騎士として高い名声を得たとしても、その傷をなかったことにはできない。
その上で、今回のことだ。もはやディートヘルム家にいるだけでキズとなる。ならばいっそ距離を置くのが正しいのは事実である。ただまあ、
「一番いいのは穏便に家を離れることでしょうね。こういう形での逃亡は下策なのは理解しています。外堀を埋めて行動するのがいいのは確かです。
ですが、そんな余裕もなさそうなので」
ここに集まった貴族たちの数や思惑を思えば、外堀を埋める余裕はあまりない。少なくともその時間をかけている間にヘルメリアにいる人達にアクションを起こす可能性がある。自分の家のことで迷惑はかけたくない。
「そういうのはそういうのが得意な人にお任せします。適材適所ですね」
「……言いながらこっちの隙を窺うの、やめてくれない? 説得してるこっちがバカみたいじゃない」
デボラから感じる圧力を前に頭を抱えるメアリー。戦いは避けられないのを察して、マキナ=ギアから人形を呼び出す。デボラも盾を装着し、腰を下ろした。
「力押しも立派な交渉ですよ。ヘルメリアであの人から学んだ処世術です」
「じゃあ、私もそういうことで」
周囲の避難は会話の間にほかの自由騎士が済ませてある。むしろそれがすむまで二人は会話していた節がある。
「恨みはないけど、止めさせてもらうわ」
「はい! 押し通させてもらいますね!」
人形と盾がぶつかり合った――
●
夜の港を走るデボラ。戦い終わってその傷をいやす間も惜しいとばかりに、目的の場所に向かう。
ここまで騒動を起こしたのだ。しばらくはイ・ラプセルに戻れないだろう。とはいえ世界は変わりつつある。もしかしたら貴族の価値観が変わり、すぐに戻れるかもしれない。あるいは貴族が政権を握り返し、永遠に追放されるかもしれない。
そのすべてを理解してなお、デボラはこの道を選んだ。貴族の義務ではなく、愛を。
船影を目印に、走る。走る。そこに待つ愛しい人のもとに。その姿をとらえ、デボラはさらに走る速度を速める。両手を広げ、その胸に飛び込んだ。

「帰りましょう、ロンディアナへ」
帰る。自分の選んだ家に。自分の選んだ幸せの場所に。デボラは迷うことなく言い放つ。
汽笛が鳴り、蒸気船が出港する。それを止めるものは、誰もいない。
ただその船出を見守る一人の女性がいた。緑色の長髪。子を産んだとは思えない若さを保った貴族の女性。複数の護衛を伴い、船に乗るデボラとその出港を見ていた。
彼女は船が視界から消えるまで、ずっとそこにいた。何も言わず、動くことなく。そして船が遠くかすんで消えると同時に、背を向ける。
「――お幸せに、デボラ」
その唇が小さく動く。
呟きは誰にも聞かれることなく、海風に乗って消えた――
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
FL送付済