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ゴーストシップ ~霧の彼方より~

●
「霧が出てきたな」
商船『水晶の燕』号の若い乗組員ジョンは、靄がかかって見えなくなった空に対して舌打ちする。そろそろ目的の港が近いというのに縁起でもない。
「おーい、気をつけろよ、新入り!」
下から先輩乗組員の声が聞こえてくる。
言われるまでもない。
最近、この近辺で行方不明になっている船が多いと聞く。視界が悪くなったところ、何かにぶつかって沈没というのは確かにありそうな話である。海に住んでいる魔物の話を耳にすることもあり、先輩船乗りからはよく脅されている。
そういう意味では、海賊に襲われる方が幾分ましだ。「スカンディナ海賊団」「赤髭海賊団」といった大きな海賊組織の話は聞くが、通商連の船の人間を皆殺しにしてまで略奪しようとする海賊などそう多くはない。
「何もなければ良いんだけど……な、なんだ、ありゃ!?」
と、その時だった。ジョンはいつの間にか目の前に、船が迫っていたことに気付く。霧の中で見つけられなかったのはあるかもしれないが、それを差し引いても異常な距離だった。
何よりも異常なことは、その船は大きく損傷を負っており、とても航行可能に見えないことだ。
そして、そこには無数の屍人が船員が載っていた。
「「オオオオォォォォォォォォ!!」」
文字通り、地獄の底から響くかのような声が聞こえて来る。
気付いた船員も出てきたが、そのおぞましい姿に恐怖するばかりだ。
そんな中、ジョンはようやく、この深淵よりの使者にふさわしい名を呟いた。
「ゆ、幽霊船……」
●
「今日のお話は商売のおはなし。通商連からの依頼よ」
『マーチャント』ミズーリ・メイヴェン(nCL3000010)は、談話室に自由騎士が揃ったことを確認すると、優雅に切り出した。
「通商連の船が通る航路で最近遭難が多発していたんだけど、原因が幽霊船だと判明したの。あなた達にお願いしたいのは、その討伐ね」
現れたのは幽霊船――つまりは、還リビトを載せた船ということだ。
このままでは航路が使えなくなり、通商連としては大きな痛手となる。そこで自由騎士たちに白羽の矢が立ったわけだ。
「すでに、何隻か沈められていて、運よく生き残った船員によってこのことが分かったの。位置も割り出したから、後は斃すだけになるわ」
船は通商連が用意していて、それで現地に向かうことになる。
大半の還リビトは、剣を振るう程度のものだが、中には魔術を行使する強力な個体もいるようだ。また、還リビト自体の数も多いため、うかうかしていると痛い目を見ることになるだろう。
とは言え、犠牲者も出ている以上、放置できる問題ではない。通商連との良好な関係を維持する意味もある。
「説明は以上よ。また無事に顔を見せてね」
「霧が出てきたな」
商船『水晶の燕』号の若い乗組員ジョンは、靄がかかって見えなくなった空に対して舌打ちする。そろそろ目的の港が近いというのに縁起でもない。
「おーい、気をつけろよ、新入り!」
下から先輩乗組員の声が聞こえてくる。
言われるまでもない。
最近、この近辺で行方不明になっている船が多いと聞く。視界が悪くなったところ、何かにぶつかって沈没というのは確かにありそうな話である。海に住んでいる魔物の話を耳にすることもあり、先輩船乗りからはよく脅されている。
そういう意味では、海賊に襲われる方が幾分ましだ。「スカンディナ海賊団」「赤髭海賊団」といった大きな海賊組織の話は聞くが、通商連の船の人間を皆殺しにしてまで略奪しようとする海賊などそう多くはない。
「何もなければ良いんだけど……な、なんだ、ありゃ!?」
と、その時だった。ジョンはいつの間にか目の前に、船が迫っていたことに気付く。霧の中で見つけられなかったのはあるかもしれないが、それを差し引いても異常な距離だった。
何よりも異常なことは、その船は大きく損傷を負っており、とても航行可能に見えないことだ。
そして、そこには無数の屍人が船員が載っていた。
「「オオオオォォォォォォォォ!!」」
文字通り、地獄の底から響くかのような声が聞こえて来る。
気付いた船員も出てきたが、そのおぞましい姿に恐怖するばかりだ。
そんな中、ジョンはようやく、この深淵よりの使者にふさわしい名を呟いた。
「ゆ、幽霊船……」
●
「今日のお話は商売のおはなし。通商連からの依頼よ」
『マーチャント』ミズーリ・メイヴェン(nCL3000010)は、談話室に自由騎士が揃ったことを確認すると、優雅に切り出した。
「通商連の船が通る航路で最近遭難が多発していたんだけど、原因が幽霊船だと判明したの。あなた達にお願いしたいのは、その討伐ね」
現れたのは幽霊船――つまりは、還リビトを載せた船ということだ。
このままでは航路が使えなくなり、通商連としては大きな痛手となる。そこで自由騎士たちに白羽の矢が立ったわけだ。
「すでに、何隻か沈められていて、運よく生き残った船員によってこのことが分かったの。位置も割り出したから、後は斃すだけになるわ」
船は通商連が用意していて、それで現地に向かうことになる。
大半の還リビトは、剣を振るう程度のものだが、中には魔術を行使する強力な個体もいるようだ。また、還リビト自体の数も多いため、うかうかしていると痛い目を見ることになるだろう。
とは言え、犠牲者も出ている以上、放置できる問題ではない。通商連との良好な関係を維持する意味もある。
「説明は以上よ。また無事に顔を見せてね」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.幽霊船の討伐
こんばんは。
暁の水平線から、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は還リビトを載せた幽霊船と戦っていただきます。
純戦を楽しみたい方、宜しくお願いいたします。
●戦場
イ・ラプセル近海の海上。
通商連の用意した船に乗って、幽霊船を退治に向かいます。
幽霊船に接近したら、乗り込んで戦う形です。
乗ってきた船にも戦闘員はいますが、船を守ることに集中するため、加勢はしません。代わりに、船を攻撃されることもありません。
●還リビト
幽霊船に乗った還リビト達です。どうやら、過去にこの海域で沈んだ船がイブリース化したものと思われます。生者に対して強い憎しみだけを持ち、生きているものを皆殺しにしようとします。
・髑髏の魔術師
リーダー格の還リビト。【コキュートスLv2】【ユピテルゲイヂ Lv2】を用います。彼が斃れると、幽霊船は沈みます。
1体います。
・水夫スケルトン
幽霊船に乗った還リビトです。骨だけで動いています。ナイフや剣などによる近接攻撃を行います。
25体いて、半数以上倒さないと髑髏の魔術師に接敵することが出来ません。
暁の水平線から、KSK(けー・えす・けー)です。
今回は還リビトを載せた幽霊船と戦っていただきます。
純戦を楽しみたい方、宜しくお願いいたします。
●戦場
イ・ラプセル近海の海上。
通商連の用意した船に乗って、幽霊船を退治に向かいます。
幽霊船に接近したら、乗り込んで戦う形です。
乗ってきた船にも戦闘員はいますが、船を守ることに集中するため、加勢はしません。代わりに、船を攻撃されることもありません。
●還リビト
幽霊船に乗った還リビト達です。どうやら、過去にこの海域で沈んだ船がイブリース化したものと思われます。生者に対して強い憎しみだけを持ち、生きているものを皆殺しにしようとします。
・髑髏の魔術師
リーダー格の還リビト。【コキュートスLv2】【ユピテルゲイヂ Lv2】を用います。彼が斃れると、幽霊船は沈みます。
1体います。
・水夫スケルトン
幽霊船に乗った還リビトです。骨だけで動いています。ナイフや剣などによる近接攻撃を行います。
25体いて、半数以上倒さないと髑髏の魔術師に接敵することが出来ません。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
2個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/6
6/6
公開日
2019年05月22日
2019年05月22日
†メイン参加者 6人†
●
陸の風は次第に夏に近づいているが、海の上はまだまだ冷え込む。ましてや、ねっとりと霧が絡みつく中では、肌寒い位だ。
いや、その寒さの何割かは、海の上に現れた幽霊船の妖気によるものだと自由騎士たちは理解していた。
おぞましき亡者の群れは、今宵も生贄を求めて、不気味な声を上げる。
しかし、『黒闇』ゼクス・アゾール(CL3000469)はそんな中で、細い目を一層細めて不敵に笑った。
「ワイルドハントだねー。こう、海のお宝って無意味にワクワクしてきちゃう気がするんだよお」
ゼクスは本質的に、自分の興味が無い男だ。幽霊船の被害に遭った人にも興味はないし、これから先被害に遭う人を救おうという使命感だってない。
言ってしまうと、幽霊船自体にさえ興味があるとは言えないだろう。
「もとは人のものってのも含めて。金銀財宝無いかなー、いいものないかなー」
だから興味があるのは、彼らが持っている宝だ。すでに持ち主は死んでいるわけだし、もらって文句を言う者もおるまい。
一方、『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は戦いを前にして、静香に祈りを捧げていた。
(彼らは何故、このような形で海を彷徨うことになったのでしょうか)
幽霊船に乗る還リビト達は何があって、海を彷徨うことになったのか。無辜の民が変わってしまったのかもしれないし、元々海賊などであった可能性もありうる。
いずれにしたって、いつまでも救われず、彷徨う事を強いられる程のいわれはない。
だから、祈る。
「アクアディーネ様のお力、お借りしますね」
権能『浄化』はそのためにある力だと、フーリィンは信じているからだ。
だが、幽霊船の還リビト達は、祈りに対して怒りの唸り声をあげ、船の速度を加速させる。
そして、船が近づいたタイミングで自由騎士たちは幽霊船へと乗り付けた。
「ついこないだ海賊船と戦ったが、次は幽霊船か……」
面倒だよな、と『殲滅弾頭』ザルク・ミステル(CL3000067)は嘯く。
海の上は潮風があるので、さび止めなどをしっかりしなくてはいけないのが厄介な所だ。それに、うっかり海に落ちる可能性だってある。ゼクスもちゃっかり命綱の準備をしていた。
だが、今は余計なことを考えている場合ではない。
還リビトになってしまった彼らの運命にだって思う所はある。それでも、負けた日には自分も彼らの仲間入りをしてしまうかもしれないのだ。
「まあ、同情は戦いが終わってからだな」
ザルクはかぶりを振ると、二丁拳銃を抜き放ち、敵へと狙いを付ける。
「負の連鎖を終わらせないといけませんね」
そこで、素早く屍の渦中へと躍り込んでいったのは『死人の声に寄り添う者』アリア・セレスティ(CL3000222)だ。
アリアの手の中で、蒼く静かな輝きを放つ刃の名は、奇しくも「葬送の願い」と「萃う慈悲の祈り」。彼女がこれらの刃を振るうのは、還リビトを屠るためではない。彼らを救うためだ。
「このままでは還リビトが新たな還リビトを生み出してしまうよね……。幽霊達の為にも、早く浄化してあげないと」
現状でこそこの規模にとどまっているが、この幽霊船は命を奪うことでより強大な戦力を生みかねない存在だ。そして、それは彼ら自身にとっても終わらない苦しみの連鎖に他ならない。
それを止めるためにこそ、アリアは刃を振るう。
しかし、屍の群れは生易しい相手ではなかった。船上に降り立った自由騎士たちの血と肉で己の渇きを癒そうと襲い掛かって来る。
戦う術を持たない者であれば、この光景を見ただけで正気を失うだろう。そんな相手に、『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)はニカっと明るい笑顔を向ける。
「幽霊船やなんてけったいな話やと思うたけど乗っているのが還リビトやったら納得やわ。航路に不便あったら、その手の商売をしてはる人らも困るやろうしがんばらせてもらおか!」
挨拶代わりに叩きつけるのは、殺戮の円舞曲。踊るようにして、手当たり次第に切りつける。
ボロボロの甲板に不安は残るが、アリシアの動きはそんなものでは鈍らない。
(ほんま、コワイ話で聞いた通りの幽霊船や。ボロボロやのによう海の上に浮いてられるなぁ)
脆くなった床など何かの拍子に壊れそうだが、そんな様子もない。何かの力で維持されているのだろうか。
アリシアがふとそんなことを考えた時だった。
その推測は、ひょんなことで立証されることになる。
「授業料が高くついたものでな。この技能、活用させてもらう」
重厚な突撃用の全身鎧に身を包み、還リビトの群れる戦場をゆっくりと進むのは『鋼壁の』アデル・ハビッツ(CL3000496)だ。
アデルの歩みに耐えている辺り、甲板に何かしら超常の力が働いている可能性はありそうだ。
平然と危険極まりない最前線に突入したアデルは、突撃槍を還リビトにぶつけ、そのままの衝撃でさらなる還リビトを巻き込む。乱暴極まりないやり方だが、この乱戦の中では最も効率的な戦法かもしれない。
「必要であれば、俺ごと撃て」
仲間の攻撃を浴びることすら厭わず、アデルは敵の中を進んでいく。
その姿はアデルが着込んだ鎧についたあだ名と同じく、弾丸にふさわしいものだった。
●
一体一体の還リビトは、自由騎士たちの戦力からすると決して強力な物とは言えない。数は圧倒的に還リビトが勝り、数が質を凌駕することは珍しいことではないのだ。
しかし、自由騎士たちの戦術はそのことをよく理解していた。
戦場を緩やかに包むのは紫煙。いや、こんな所をただの煙が覆うはずもない。ゼクスの撒いた殺傷力を秘めたものだ。
体内で魔力と混ざり合ったそれは、敵対する者の体にまとわりついて、その動きを絡め取ってしまう。相手が屍だったとしても例外ではない。
「さてさて、みんな。後は頑張ってねー。まー保険だよね。キジン君達は身体重いから沈みそうだし」
ゼクスの目はすでに、戦いが終わった後のことを見据えていた。いつでも退避ルートを確保できるように、自分の位置取りを行っている。
牙を剥いた自然は還リビト以上の脅威である以上、それは当然の準備と言えた。
「そういえば子供の頃に聞かされたコワイ幽霊船の話って還リビトのことやったんやろうね」
戦いの最中、ふとアリシアは幼い頃に聞いた話を思い出す。あれにも恐ろしい話があった。実際に相対してみると、その脅威は痛い程によく分かる。
幽霊船の乗組員たちは死の恐怖から解放され自由に航海を楽しんでいるのか、あるいは人を襲わなければならないほどに苦しいものなのか。
どちらかを勝手に決めつけるのは傲慢かもしれない。
それでもはっきり言えることはある。
「きっちり浄化してやらんとな」
アリシアの体が次第に速度を上げていく。そして、その速度はそのまま破壊力へと転化され、還リビトの肉体を打ち砕いた。
風と化したアリシアを止められるものなど、そうそう存在しないのだ。
その時、戦場に稲光が閃いた。
幽霊船の主である魔術師風の還リビトが、姿を見せたのだ。彼の唱える怨念の術は自由騎士たちの体を灼き、凍えさせる。
還リビトの恐ろしさは群れだけではないと知らしめんばかりの威力だ。
しかし、そんな戦場に優しい風が吹く。
風の中心にいるのはフーリィンだ。
還リビトの恐怖に屈することなく、毅然と祈りを捧げるフーリィン。そして、彼女の祈りへ応えるように、優しい癒しの魔力が自由騎士たちの傷を癒していく。
「あなた方の憎しみは救われない苦しみの裏返しでしょうか」
母のような慈しみを込めて、フーリィンは還リビトへ問いかける。
「浄化する事で救われる、と思うのも生者の勝手な想像に過ぎないのかもしれません。それでも……」
それでも、フーリィンは祈る。『浄化』を行うことが、彼らの救いになることを信じて。
そんな祈りへ支えられるようにして、ザルクは派手に弾丸をバラまく。両手の回転式拳銃はいずれも体の一部も同然だ。
そして、弾丸の飛び交う戦場の中、もう一つの弾丸――アデルは淡々と突撃槍を振るう。
大きく船は揺らいでいるが、彼の動きには一切の影響がみられない。
「ボッタクリとも疑ったが、授業料程度には役立ってくれたようだな」
ポツリと呟き、ようやくたどり着いた髑髏の魔術師へ、渾身の一撃を叩きつける。
いつ終わるかも知れない還リビトとの戦い。
だが、気付けば還リビトは大きく数を減じていた。
「風の刃よ!」
確実に還リビトに一撃を入れることに集中していたアリアは、髑髏の魔術師へと狙いを定める。
腐りかけたマストを蹴り上げ、高く跳躍すると、一条の光となって髑髏の魔術師へと距離を詰めていく。
魔術師は氷の呪いをかけようとするが、アリアを捉えることは叶わない。星の瞬きのごとくに、自身の迷いを振り切って、いつの間にか魔術師の後ろを取っていた。
「セフィロトの海に還りなさい」
その斬撃を髑髏の魔術師が知覚したのは、自身が斬られた数秒後のことであった。
『浄化』されていく屍に向けて、刃は蒼空のような光を見せた。
●
「沈み始めたぞ、急げ」
最初に気付いたのは通商連が持つ海のノウハウを身に着けたアデルとアリシアだった。
事前に聞いていた通り、主を倒したことをきっかけに船が沈み始めたのだ。
「落ちて投げ出されたりするなよ、こっちは自分だけで精いっぱいだからな!」
ザルクは休むことなく引き金を引き、迫りくる還リビトの接近を阻む。
「幽霊船は沈むって聞いたけど、雑魚も一緒に消えるとは聞いてなかったからね。しかし、宝箱無かったねー。ありったけの夢しか持ってなかったのかな?」
わずかに残った還リビトはせめて生者を逃すまいと襲い来るが、自由騎士たちがそれを相手にする義理は無い。そのためにゼクスを始めとして、素早く撤収する準備を進めていたのだ。
と、にわかに残念げな表情で船を眺めていたゼクスの目が光り、いきなり沈む幽霊船に戻ろうと身を乗り出す。
「あ!!! お宝! 宝箱!!!あれ宝箱じゃない!? ちょ、あれ見ていこうよ!!」
きらりと光ったそれが宝と信じて幽霊船に戻ろうとするゼクス。
それを押し留めたのはアデルだった。
「借金を背負っているとはいえ、命あっての物種だ」
アデルにも欲はあるが、それでも彼が最優先するのは「生き残ること」だ。最低限、技術を確認するという目的は果たせた。
そして、自由騎士たちが元来た船に戻ると、その背で幽霊船は海の中へと消えていった。
「塩水でなんやギシギシして違和感あるように感じるんや。他のキジンの人はそういうのないんやろか?」
無事に戦いを終えた安堵から、戦闘中から感じていた違和感が気になり出すアリシア。自由騎士と言えど、年頃の乙女なのだ。
そして、次第に霧が晴れていく中、自由騎士たちを載せて船はその場を離れていく。ザルクは沈む幽霊船に向けて、手向けに自分の喫っていた煙草を放り投げ入れる。
「……残された誰かがいるならきちんと届けます。だから、今はただ、セフィロトの海で安らかな眠りを」
わずかばかりに回収した還リビトの遺品を前に、祈りを捧げるフーリィン。霧の向こう側に幽霊船はもうない。還リビトたちも、もういない。
還リビトたちは浄化され、後には平和な海が残されただけだ。
陸の風は次第に夏に近づいているが、海の上はまだまだ冷え込む。ましてや、ねっとりと霧が絡みつく中では、肌寒い位だ。
いや、その寒さの何割かは、海の上に現れた幽霊船の妖気によるものだと自由騎士たちは理解していた。
おぞましき亡者の群れは、今宵も生贄を求めて、不気味な声を上げる。
しかし、『黒闇』ゼクス・アゾール(CL3000469)はそんな中で、細い目を一層細めて不敵に笑った。
「ワイルドハントだねー。こう、海のお宝って無意味にワクワクしてきちゃう気がするんだよお」
ゼクスは本質的に、自分の興味が無い男だ。幽霊船の被害に遭った人にも興味はないし、これから先被害に遭う人を救おうという使命感だってない。
言ってしまうと、幽霊船自体にさえ興味があるとは言えないだろう。
「もとは人のものってのも含めて。金銀財宝無いかなー、いいものないかなー」
だから興味があるのは、彼らが持っている宝だ。すでに持ち主は死んでいるわけだし、もらって文句を言う者もおるまい。
一方、『蒼光の癒し手(病弱)』フーリィン・アルカナム(CL3000403)は戦いを前にして、静香に祈りを捧げていた。
(彼らは何故、このような形で海を彷徨うことになったのでしょうか)
幽霊船に乗る還リビト達は何があって、海を彷徨うことになったのか。無辜の民が変わってしまったのかもしれないし、元々海賊などであった可能性もありうる。
いずれにしたって、いつまでも救われず、彷徨う事を強いられる程のいわれはない。
だから、祈る。
「アクアディーネ様のお力、お借りしますね」
権能『浄化』はそのためにある力だと、フーリィンは信じているからだ。
だが、幽霊船の還リビト達は、祈りに対して怒りの唸り声をあげ、船の速度を加速させる。
そして、船が近づいたタイミングで自由騎士たちは幽霊船へと乗り付けた。
「ついこないだ海賊船と戦ったが、次は幽霊船か……」
面倒だよな、と『殲滅弾頭』ザルク・ミステル(CL3000067)は嘯く。
海の上は潮風があるので、さび止めなどをしっかりしなくてはいけないのが厄介な所だ。それに、うっかり海に落ちる可能性だってある。ゼクスもちゃっかり命綱の準備をしていた。
だが、今は余計なことを考えている場合ではない。
還リビトになってしまった彼らの運命にだって思う所はある。それでも、負けた日には自分も彼らの仲間入りをしてしまうかもしれないのだ。
「まあ、同情は戦いが終わってからだな」
ザルクはかぶりを振ると、二丁拳銃を抜き放ち、敵へと狙いを付ける。
「負の連鎖を終わらせないといけませんね」
そこで、素早く屍の渦中へと躍り込んでいったのは『死人の声に寄り添う者』アリア・セレスティ(CL3000222)だ。
アリアの手の中で、蒼く静かな輝きを放つ刃の名は、奇しくも「葬送の願い」と「萃う慈悲の祈り」。彼女がこれらの刃を振るうのは、還リビトを屠るためではない。彼らを救うためだ。
「このままでは還リビトが新たな還リビトを生み出してしまうよね……。幽霊達の為にも、早く浄化してあげないと」
現状でこそこの規模にとどまっているが、この幽霊船は命を奪うことでより強大な戦力を生みかねない存在だ。そして、それは彼ら自身にとっても終わらない苦しみの連鎖に他ならない。
それを止めるためにこそ、アリアは刃を振るう。
しかし、屍の群れは生易しい相手ではなかった。船上に降り立った自由騎士たちの血と肉で己の渇きを癒そうと襲い掛かって来る。
戦う術を持たない者であれば、この光景を見ただけで正気を失うだろう。そんな相手に、『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)はニカっと明るい笑顔を向ける。
「幽霊船やなんてけったいな話やと思うたけど乗っているのが還リビトやったら納得やわ。航路に不便あったら、その手の商売をしてはる人らも困るやろうしがんばらせてもらおか!」
挨拶代わりに叩きつけるのは、殺戮の円舞曲。踊るようにして、手当たり次第に切りつける。
ボロボロの甲板に不安は残るが、アリシアの動きはそんなものでは鈍らない。
(ほんま、コワイ話で聞いた通りの幽霊船や。ボロボロやのによう海の上に浮いてられるなぁ)
脆くなった床など何かの拍子に壊れそうだが、そんな様子もない。何かの力で維持されているのだろうか。
アリシアがふとそんなことを考えた時だった。
その推測は、ひょんなことで立証されることになる。
「授業料が高くついたものでな。この技能、活用させてもらう」
重厚な突撃用の全身鎧に身を包み、還リビトの群れる戦場をゆっくりと進むのは『鋼壁の』アデル・ハビッツ(CL3000496)だ。
アデルの歩みに耐えている辺り、甲板に何かしら超常の力が働いている可能性はありそうだ。
平然と危険極まりない最前線に突入したアデルは、突撃槍を還リビトにぶつけ、そのままの衝撃でさらなる還リビトを巻き込む。乱暴極まりないやり方だが、この乱戦の中では最も効率的な戦法かもしれない。
「必要であれば、俺ごと撃て」
仲間の攻撃を浴びることすら厭わず、アデルは敵の中を進んでいく。
その姿はアデルが着込んだ鎧についたあだ名と同じく、弾丸にふさわしいものだった。
●
一体一体の還リビトは、自由騎士たちの戦力からすると決して強力な物とは言えない。数は圧倒的に還リビトが勝り、数が質を凌駕することは珍しいことではないのだ。
しかし、自由騎士たちの戦術はそのことをよく理解していた。
戦場を緩やかに包むのは紫煙。いや、こんな所をただの煙が覆うはずもない。ゼクスの撒いた殺傷力を秘めたものだ。
体内で魔力と混ざり合ったそれは、敵対する者の体にまとわりついて、その動きを絡め取ってしまう。相手が屍だったとしても例外ではない。
「さてさて、みんな。後は頑張ってねー。まー保険だよね。キジン君達は身体重いから沈みそうだし」
ゼクスの目はすでに、戦いが終わった後のことを見据えていた。いつでも退避ルートを確保できるように、自分の位置取りを行っている。
牙を剥いた自然は還リビト以上の脅威である以上、それは当然の準備と言えた。
「そういえば子供の頃に聞かされたコワイ幽霊船の話って還リビトのことやったんやろうね」
戦いの最中、ふとアリシアは幼い頃に聞いた話を思い出す。あれにも恐ろしい話があった。実際に相対してみると、その脅威は痛い程によく分かる。
幽霊船の乗組員たちは死の恐怖から解放され自由に航海を楽しんでいるのか、あるいは人を襲わなければならないほどに苦しいものなのか。
どちらかを勝手に決めつけるのは傲慢かもしれない。
それでもはっきり言えることはある。
「きっちり浄化してやらんとな」
アリシアの体が次第に速度を上げていく。そして、その速度はそのまま破壊力へと転化され、還リビトの肉体を打ち砕いた。
風と化したアリシアを止められるものなど、そうそう存在しないのだ。
その時、戦場に稲光が閃いた。
幽霊船の主である魔術師風の還リビトが、姿を見せたのだ。彼の唱える怨念の術は自由騎士たちの体を灼き、凍えさせる。
還リビトの恐ろしさは群れだけではないと知らしめんばかりの威力だ。
しかし、そんな戦場に優しい風が吹く。
風の中心にいるのはフーリィンだ。
還リビトの恐怖に屈することなく、毅然と祈りを捧げるフーリィン。そして、彼女の祈りへ応えるように、優しい癒しの魔力が自由騎士たちの傷を癒していく。
「あなた方の憎しみは救われない苦しみの裏返しでしょうか」
母のような慈しみを込めて、フーリィンは還リビトへ問いかける。
「浄化する事で救われる、と思うのも生者の勝手な想像に過ぎないのかもしれません。それでも……」
それでも、フーリィンは祈る。『浄化』を行うことが、彼らの救いになることを信じて。
そんな祈りへ支えられるようにして、ザルクは派手に弾丸をバラまく。両手の回転式拳銃はいずれも体の一部も同然だ。
そして、弾丸の飛び交う戦場の中、もう一つの弾丸――アデルは淡々と突撃槍を振るう。
大きく船は揺らいでいるが、彼の動きには一切の影響がみられない。
「ボッタクリとも疑ったが、授業料程度には役立ってくれたようだな」
ポツリと呟き、ようやくたどり着いた髑髏の魔術師へ、渾身の一撃を叩きつける。
いつ終わるかも知れない還リビトとの戦い。
だが、気付けば還リビトは大きく数を減じていた。
「風の刃よ!」
確実に還リビトに一撃を入れることに集中していたアリアは、髑髏の魔術師へと狙いを定める。
腐りかけたマストを蹴り上げ、高く跳躍すると、一条の光となって髑髏の魔術師へと距離を詰めていく。
魔術師は氷の呪いをかけようとするが、アリアを捉えることは叶わない。星の瞬きのごとくに、自身の迷いを振り切って、いつの間にか魔術師の後ろを取っていた。
「セフィロトの海に還りなさい」
その斬撃を髑髏の魔術師が知覚したのは、自身が斬られた数秒後のことであった。
『浄化』されていく屍に向けて、刃は蒼空のような光を見せた。
●
「沈み始めたぞ、急げ」
最初に気付いたのは通商連が持つ海のノウハウを身に着けたアデルとアリシアだった。
事前に聞いていた通り、主を倒したことをきっかけに船が沈み始めたのだ。
「落ちて投げ出されたりするなよ、こっちは自分だけで精いっぱいだからな!」
ザルクは休むことなく引き金を引き、迫りくる還リビトの接近を阻む。
「幽霊船は沈むって聞いたけど、雑魚も一緒に消えるとは聞いてなかったからね。しかし、宝箱無かったねー。ありったけの夢しか持ってなかったのかな?」
わずかに残った還リビトはせめて生者を逃すまいと襲い来るが、自由騎士たちがそれを相手にする義理は無い。そのためにゼクスを始めとして、素早く撤収する準備を進めていたのだ。
と、にわかに残念げな表情で船を眺めていたゼクスの目が光り、いきなり沈む幽霊船に戻ろうと身を乗り出す。
「あ!!! お宝! 宝箱!!!あれ宝箱じゃない!? ちょ、あれ見ていこうよ!!」
きらりと光ったそれが宝と信じて幽霊船に戻ろうとするゼクス。
それを押し留めたのはアデルだった。
「借金を背負っているとはいえ、命あっての物種だ」
アデルにも欲はあるが、それでも彼が最優先するのは「生き残ること」だ。最低限、技術を確認するという目的は果たせた。
そして、自由騎士たちが元来た船に戻ると、その背で幽霊船は海の中へと消えていった。
「塩水でなんやギシギシして違和感あるように感じるんや。他のキジンの人はそういうのないんやろか?」
無事に戦いを終えた安堵から、戦闘中から感じていた違和感が気になり出すアリシア。自由騎士と言えど、年頃の乙女なのだ。
そして、次第に霧が晴れていく中、自由騎士たちを載せて船はその場を離れていく。ザルクは沈む幽霊船に向けて、手向けに自分の喫っていた煙草を放り投げ入れる。
「……残された誰かがいるならきちんと届けます。だから、今はただ、セフィロトの海で安らかな眠りを」
わずかばかりに回収した還リビトの遺品を前に、祈りを捧げるフーリィン。霧の向こう側に幽霊船はもうない。還リビトたちも、もういない。
還リビトたちは浄化され、後には平和な海が残されただけだ。