MagiaSteam




Numen! 無機物の怪物狩りに行こうぜ!

●
「へい! ひと狩り行こうぜ? 武器は何? 大剣? アックス? 太刀??」
唐突に自由騎士達の前に現れ、釣りにでも誘うかのように軽く手をあげたのは 『道化師<まほうつかい>』アレイスター・クローリー(nCL3000017)だ。
イ・ラプセルの敵対国、ヴィスマルクの宮廷魔術師。人知及ばぬ数多の魔術を有し、戦争を加速させるトリックスター。誰にも友好的な発言をしながら、世界の全てを信用しない詐欺師。
総じて、この場にいていい人間ではない。それは概ねの人間の見解であった。
「北の方にさ、水晶の国ってのが昔にあってさ。そこの山に『古きもの』っていうのがいるのしってるぅ? そいつを倒せば、水晶の国にはいれるんだぜ? 超お得情報。
あ、そこまではエスコートしてあげるよ。聖霊門の原理で一気にいけるぜ。嘘だけど」
そこまで説明して、一泊置いてから言葉を継ぐ。
「で、その『古きもの』とキミら自由騎士の精鋭をぶつけてすり潰すのが我らが愛しの女神(笑)様の策。共に疲弊させたところにデウスギア『大陸弾道砲』をぶつけて、双方消滅。一石二鳥。ヴィスマルクは一気に軍事的に世界に台頭し、誰にも邪魔されず侵攻、っていうのが目的。
まあそれは『見てた』だろうから知ってるよね」
ヴィスマルク上部の思惑を暴露し、同時にそれが水鏡により感知されていた事も告げるアレイスター。閉口する自由騎士をよそに、話を続ける道化師。
「じゃあ行かなきゃいいじゃん、って話になるだろうね。だけど『大陸弾道砲』を水晶の国に向けて撃つことは確定事項。『古きもの』は死に、国全ては失われる。
あ、防御とか意味ないから。あれは『滅びの未来』を運ぶ弾道。国民管理機構なみの確定未来予知を濃く凝縮した弾丸だから、命中した瞬間に消滅は確定しているぜ。そのおかげで再装填するのは容易じゃないっていう弱点もある。アルス・マグナみたいに融通が利かないからなぁ」
言いながら指を動かすアレイスター。それだけでマナが流動し、時空を歪める魔術が展開されていく。
「まあ、撃つまでもう少し時間はある。少なくとも空間移動を使って移動することは想定していないだろうしね! だからこの瞬間、逆転のチャンスがBAKUTAN!
『大陸弾道砲』が撃たれる前に『古きもの』を倒してしまって、水晶の国を蹂躙して得る者を得てしまえばいい。なんなら僕も手伝うぜ」
「得るものって何だよ?」
「さあ? 埃かぶったチーズとか見つかるんじゃない? あとは眠れる森の美女とか」
美女。かつて水鏡は水晶の国に存在するモノの会話を拾ったことがある。……そのどちらかが『古きもの』だとするなら、もう一人……ヒトかどうかすらわからないが、ともあれ知性を持つ生命体がいるのは確かだ。
そして知性があるという事は、何かしらの情報がある。
「……『古きもの』は倒さないと駄目なのか? 知識があるなら交渉はできそうなんだが」
「えー、無理じゃない? 頭硬いしなぁ。っていうか僕ぁ、お断りだね」
信じられない、とばかりに肩をすくめるアレイスター。既に『門』は開き、その奥から山岳特有の冷たく乾いた空気が流れてきている。遥か高き山の上にある水晶の国。その空気が。
「山を少し昇ったところに『古きもの』がお待ちかねだよ。
あいつ強いから準備万端で挑まないと相手にならないかんね。僕ぁ何度殺されたかもう数えてすらいないよ。概ねにおいて28回。絶対ゆるさないわよん!」
それはどうなんだ、と思いながら自由騎士達は思案する。
この道化師の実力は高い。その支援を受けて戦えるのなら、心強いだろう。逆に言えば、『古きもの』はヴィスマルク兵はアレイスターと一緒に攻めても攻めきれなかった相手なのだ。
そもそも、戦うことが最善なのだろうか? 相手のことはまるで分らないが、水晶の国を守っているだけの相手なのだ。好戦的な相手と言うわけでもなさそうだ。――逆に言えば、攻めてくる相手には容赦ないという事なのだろうが。
『大陸弾道砲』が撃たれるから逃げろ? それを信じさせるには情報源のアレイスターを出す必要がある。そうなればヴィスマルク兵と思われ、攻撃されるかもしれない。
イ・ラプセルはヴィスマルクの敵国だから信じろというか? 敵の敵が味方と受け取ってもらえるかどうか。
水晶の国を侵略するつもりがないと説き伏せるか? 難しいだろう。少なくともイ・ラプセルは多くの国に攻め入り侵略した国だ。立場が逆なら、信用はしない。
戦うか、話し合うか。そもそもアレイスターをどうするか。
悩ましい選択が、自由騎士達に突きつけられていた。
「へい! ひと狩り行こうぜ? 武器は何? 大剣? アックス? 太刀??」
唐突に自由騎士達の前に現れ、釣りにでも誘うかのように軽く手をあげたのは 『道化師<まほうつかい>』アレイスター・クローリー(nCL3000017)だ。
イ・ラプセルの敵対国、ヴィスマルクの宮廷魔術師。人知及ばぬ数多の魔術を有し、戦争を加速させるトリックスター。誰にも友好的な発言をしながら、世界の全てを信用しない詐欺師。
総じて、この場にいていい人間ではない。それは概ねの人間の見解であった。
「北の方にさ、水晶の国ってのが昔にあってさ。そこの山に『古きもの』っていうのがいるのしってるぅ? そいつを倒せば、水晶の国にはいれるんだぜ? 超お得情報。
あ、そこまではエスコートしてあげるよ。聖霊門の原理で一気にいけるぜ。嘘だけど」
そこまで説明して、一泊置いてから言葉を継ぐ。
「で、その『古きもの』とキミら自由騎士の精鋭をぶつけてすり潰すのが我らが愛しの女神(笑)様の策。共に疲弊させたところにデウスギア『大陸弾道砲』をぶつけて、双方消滅。一石二鳥。ヴィスマルクは一気に軍事的に世界に台頭し、誰にも邪魔されず侵攻、っていうのが目的。
まあそれは『見てた』だろうから知ってるよね」
ヴィスマルク上部の思惑を暴露し、同時にそれが水鏡により感知されていた事も告げるアレイスター。閉口する自由騎士をよそに、話を続ける道化師。
「じゃあ行かなきゃいいじゃん、って話になるだろうね。だけど『大陸弾道砲』を水晶の国に向けて撃つことは確定事項。『古きもの』は死に、国全ては失われる。
あ、防御とか意味ないから。あれは『滅びの未来』を運ぶ弾道。国民管理機構なみの確定未来予知を濃く凝縮した弾丸だから、命中した瞬間に消滅は確定しているぜ。そのおかげで再装填するのは容易じゃないっていう弱点もある。アルス・マグナみたいに融通が利かないからなぁ」
言いながら指を動かすアレイスター。それだけでマナが流動し、時空を歪める魔術が展開されていく。
「まあ、撃つまでもう少し時間はある。少なくとも空間移動を使って移動することは想定していないだろうしね! だからこの瞬間、逆転のチャンスがBAKUTAN!
『大陸弾道砲』が撃たれる前に『古きもの』を倒してしまって、水晶の国を蹂躙して得る者を得てしまえばいい。なんなら僕も手伝うぜ」
「得るものって何だよ?」
「さあ? 埃かぶったチーズとか見つかるんじゃない? あとは眠れる森の美女とか」
美女。かつて水鏡は水晶の国に存在するモノの会話を拾ったことがある。……そのどちらかが『古きもの』だとするなら、もう一人……ヒトかどうかすらわからないが、ともあれ知性を持つ生命体がいるのは確かだ。
そして知性があるという事は、何かしらの情報がある。
「……『古きもの』は倒さないと駄目なのか? 知識があるなら交渉はできそうなんだが」
「えー、無理じゃない? 頭硬いしなぁ。っていうか僕ぁ、お断りだね」
信じられない、とばかりに肩をすくめるアレイスター。既に『門』は開き、その奥から山岳特有の冷たく乾いた空気が流れてきている。遥か高き山の上にある水晶の国。その空気が。
「山を少し昇ったところに『古きもの』がお待ちかねだよ。
あいつ強いから準備万端で挑まないと相手にならないかんね。僕ぁ何度殺されたかもう数えてすらいないよ。概ねにおいて28回。絶対ゆるさないわよん!」
それはどうなんだ、と思いながら自由騎士達は思案する。
この道化師の実力は高い。その支援を受けて戦えるのなら、心強いだろう。逆に言えば、『古きもの』はヴィスマルク兵はアレイスターと一緒に攻めても攻めきれなかった相手なのだ。
そもそも、戦うことが最善なのだろうか? 相手のことはまるで分らないが、水晶の国を守っているだけの相手なのだ。好戦的な相手と言うわけでもなさそうだ。――逆に言えば、攻めてくる相手には容赦ないという事なのだろうが。
『大陸弾道砲』が撃たれるから逃げろ? それを信じさせるには情報源のアレイスターを出す必要がある。そうなればヴィスマルク兵と思われ、攻撃されるかもしれない。
イ・ラプセルはヴィスマルクの敵国だから信じろというか? 敵の敵が味方と受け取ってもらえるかどうか。
水晶の国を侵略するつもりがないと説き伏せるか? 難しいだろう。少なくともイ・ラプセルは多くの国に攻め入り侵略した国だ。立場が逆なら、信用はしない。
戦うか、話し合うか。そもそもアレイスターをどうするか。
悩ましい選択が、自由騎士達に突きつけられていた。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.『古きもの』を倒す。もしくは交渉で矛を納めさせる。
どくどくです。
アレイスターとか『古きもの』とかいろいろお借りしております。
●敵(?)情報
『古きもの』
全身金属でできたドラゴンです。喰らった機械を自分の支配下に置くことができ、パノプティコンの蒸気ドローンやヴィスマルクの戦車など多くの蒸気機械を喰らっています。
水晶の国を守護し、ヴィスマルクの軍隊を何度も撃退しています。ですが自ら他国に攻め入ることはなく、水晶の国にかたくなに留まりつづけています。何か――会話ができる知性あるモノと共にいる事が分かっています。
言語によるコミュニケーションは可能ですが、アレイスターが同行している場合は会話を拒否します。そりゃ今まで何度も攻めてきた相手と一緒にいたから、ねえ?
戦うにせよ、交渉するにせよ難易度相応です。
攻撃方法
ドローン観察 P 事前にドローンで観察しています。敵のステータスを知っている前提で戦います。
畏怖存在 P 存在感で相手を威圧します。敵のファンブル率が上昇します。
複数回攻撃 P 1ターンに6回行動します。
金属の霧 P 細かな金属の粒子は弱った者から切り刻む。戦闘不能から復活した瞬間に、HPにダメージが入ります。
伝説怪物 P アライメントが「善」に寄ったキャラクターから攻撃された際、ダメージ量が増加します。
爪 攻近範 金属でできた爪で切り裂いてきます。
牙 攻近単 金属でできた牙で噛みついてきます。【致命】
尾 攻近貫2 金属でできた尾を振るいます。(100%、75%)
咆哮 魔遠全 咆哮を上げ、対象を怯えさせます。【不安】【アンラック2】
炎ブレス 魔遠範 口から炎を吐きます。【バーン3】
戦車砲 攻遠範 複数の戦車砲が敵を穿ちます。【六連】
金属喰い 攻近単 このスキルで相手を戦闘不能にした場合、対象の持つスキルをコピーして会得します。
・アレイスター
戦闘前にアレイスターが支援魔術をかけてもらえます。拒否しても構いません。
『古きもの』のパッシブを三つ選択して無効化してもらえます。無効化するパッシブスキルは相談卓で示してください。
また、以下の効果が全員にかかります。
『戦闘不能から一度だけ復活(スキル、フラグメンツ復活と重複しない)』
『戦闘中BS無効』
『毎ターンMP100回復』
『行動しない限り、相手から攻撃されない』
アレイスターが戦闘に参加した場合、攻撃の指示はできません。気分で攻撃したり、支援したりします。
また、『古きもの』と交渉する際にアレイスターがいる場合、野次飛ばしたり挑発したりでマイナスにしかなりません。互いにソリがあわないようです。
●場所情報
水晶の国。高い山脈の頂上にある、閑散とした国。気圧も低く空気も冷えています。環境適応の魔法をアレイスターがかけてくれるので、ペナルティはなし。
アレイスターは連れて行っても連れて行かなくても構いません。連れて行かない場合、門近くで待機しています。強引についていこうとはしません。『古きもの』に会えばいきなりブレスで焼かれると知っているのですから。
事前付与はいくらでもどうぞ。但し集中は不可。
皆様のプレイングをお待ちしています。
アレイスターとか『古きもの』とかいろいろお借りしております。
●敵(?)情報
『古きもの』
全身金属でできたドラゴンです。喰らった機械を自分の支配下に置くことができ、パノプティコンの蒸気ドローンやヴィスマルクの戦車など多くの蒸気機械を喰らっています。
水晶の国を守護し、ヴィスマルクの軍隊を何度も撃退しています。ですが自ら他国に攻め入ることはなく、水晶の国にかたくなに留まりつづけています。何か――会話ができる知性あるモノと共にいる事が分かっています。
言語によるコミュニケーションは可能ですが、アレイスターが同行している場合は会話を拒否します。そりゃ今まで何度も攻めてきた相手と一緒にいたから、ねえ?
戦うにせよ、交渉するにせよ難易度相応です。
攻撃方法
ドローン観察 P 事前にドローンで観察しています。敵のステータスを知っている前提で戦います。
畏怖存在 P 存在感で相手を威圧します。敵のファンブル率が上昇します。
複数回攻撃 P 1ターンに6回行動します。
金属の霧 P 細かな金属の粒子は弱った者から切り刻む。戦闘不能から復活した瞬間に、HPにダメージが入ります。
伝説怪物 P アライメントが「善」に寄ったキャラクターから攻撃された際、ダメージ量が増加します。
爪 攻近範 金属でできた爪で切り裂いてきます。
牙 攻近単 金属でできた牙で噛みついてきます。【致命】
尾 攻近貫2 金属でできた尾を振るいます。(100%、75%)
咆哮 魔遠全 咆哮を上げ、対象を怯えさせます。【不安】【アンラック2】
炎ブレス 魔遠範 口から炎を吐きます。【バーン3】
戦車砲 攻遠範 複数の戦車砲が敵を穿ちます。【六連】
金属喰い 攻近単 このスキルで相手を戦闘不能にした場合、対象の持つスキルをコピーして会得します。
・アレイスター
戦闘前にアレイスターが支援魔術をかけてもらえます。拒否しても構いません。
『古きもの』のパッシブを三つ選択して無効化してもらえます。無効化するパッシブスキルは相談卓で示してください。
また、以下の効果が全員にかかります。
『戦闘不能から一度だけ復活(スキル、フラグメンツ復活と重複しない)』
『戦闘中BS無効』
『毎ターンMP100回復』
『行動しない限り、相手から攻撃されない』
アレイスターが戦闘に参加した場合、攻撃の指示はできません。気分で攻撃したり、支援したりします。
また、『古きもの』と交渉する際にアレイスターがいる場合、野次飛ばしたり挑発したりでマイナスにしかなりません。互いにソリがあわないようです。
●場所情報
水晶の国。高い山脈の頂上にある、閑散とした国。気圧も低く空気も冷えています。環境適応の魔法をアレイスターがかけてくれるので、ペナルティはなし。
アレイスターは連れて行っても連れて行かなくても構いません。連れて行かない場合、門近くで待機しています。強引についていこうとはしません。『古きもの』に会えばいきなりブレスで焼かれると知っているのですから。
事前付与はいくらでもどうぞ。但し集中は不可。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬マテリア
6個
6個
6個
6個




参加費
150LP [予約時+50LP]
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
6/10
6/10
公開日
2021年04月07日
2021年04月07日
†メイン参加者 6人†
●
『門』を潜り抜ければ、そこは高山。薄い空気と低い気温。急激な環境変化に一瞬体をこわばらせる自由騎士達。
慣れた身体が見る先には、一つの建物があった。宮殿、と言うにはボロボロで放置された遺跡という方が近いかもしれない。かつてそこにあったであろう栄華の痕跡は自然に削られ風化している。
「この先に『古きもの』がいるよ」
アレイスターはその建物を指差し、笑みを浮かべる。
「で、本当に僕ぁ要らないのかな? 今なら出血大サービス! 脱いでもいいよ! もったいなくない??? てかさ! ドラゴンスレイヤー! ぶっ殺そうぜ!!!」
確認するようにアレイスターは言う。要らない、と言うのは同行の意味もあるが魔法の加護も含めてである。これから出会う相手はすでに滅びたとされる幻想種、ドラゴン。その力は絶大で、歴戦の自由騎士であったとしてもその加護なしでは勝つのは難しいとされる相手だ。
「ああ、結構だ。そんな事をして敵意ありと見られたら交渉にならないからな」
アレイスターに応えたのは『全裸クマ出没注意報!』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)だ。ウェルスは武器や防具も持たず、戦うための技術さえも敢えて放棄した状態だ。称号やプレイングには全裸とか書いてるけど全裸=丸腰って意味で、最低限の服は着ているのであしからず(マスタリング)。
閑話休題。ともあれ敵意がないことを示すために、武器などの戦える類は全て持たずに挑むつもりだ。とはいえ、それは相手を交渉のテーブルに乗せる為の下準備。大事なのはここからだ。相手はドラゴン。愛とか勇気とか気合とか根性で乗り切れる相手とは思えない。
「実際、俺達は相手からみれば他国の人間だ。礼節を欠いちゃ、話にもならない」
「そうね。そういう意味では貴方はここにいてくれると助かるわ」
ウェルスの言葉に頷く『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)。アレイスターは過去に何度も『古きもの』と交戦してきた。そんな相手が一緒にいるのでは、話にならない。彼と一緒に攻めてきたと思われても仕方のない話だ。
ヴィスマルクの宮廷魔術師の力を借りないとここまでこれなかったのは事実だが、アレイスターも彼なりの思惑があって自分達をここまで連れてきたのだ。口ぶりからして戦わせたかったようだが、アンネリーゼにはその真意は読めなかった。
「私達の気持ちが通じるといいのだけど……」
「こちらの気持ちを押し付けてはいけない。交渉とは互いの主張の折り合いをつける事だ」
『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は静かに告げる。こちらの主張のままに相手を動かすのなら、それは洗脳と同じだ。相手には相手の生き方があり、それに応じた主張がある。それと自分達の意見との妥協案を見出すことが大事なのだ。
とはいえ、それは容易ではないとテオドールも思っている。アレイスターの情報全てを信じるなら、デウスギアの発動は間違いなく行われる。そうなれば『古きもの』の死は確実だ。それを避ける手段がない以上、相手の死を前提とした交渉になる。
「……さてどうしたものか」
「情報が少なすぎるからね……。とにかく今は、情報を得る事だ」
思案するテオドールに『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が答えた。相手がどういう存在で、何を大事に思っているのか。その情報を自由騎士達は断片的にしか知らない。交渉の取っ掛かりとしてそれを上手く使えればいいのだが。
古きもの。マグノリアが知っていることは多くはない。無機物のドラゴンで、ヴィスマルクの兵団を退けた存在。アレイスターさえも手を焼いているらしく、『誰か』を護っている。あとは――
「ひたすら長寿、らしいね。どれぐらい生きているのか」
「ドラゴンが地上から消えた正確な年月は解らんな。だが三百年は前の話だろうよ」
ため息交じりに『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が答える。三百年前にドラゴンがいた、と言うのも眉唾なお伽噺だ。ともあれ人間の尺度では測れない年齢を生きているのだろう。
長く生きれば、その分しがらみもできる。そのしがらみが『古きもの』にとっては水晶の国なのだろうか? もういないとされる水晶の神なのだろうか? 或いは会話をしていたとされる存在なのだろうか?
「……大事なモノ、か。そこがキモかもしれんな」
「そうだよな。大事なモノがあるから戦えるんだよな」
アデルの言葉に頷く『機盾ジーロン』ナバル・ジーロン(CL3000441)。ナバルが自由騎士に入団した理由は、田舎への仕送りがきっかけだ。故郷の皆に楽をさせたいから戦いに身を投じ、そして守りたいものが増えてきた。
多くの悲劇を知り、多くの不幸を知り、それから守ろうと槍と盾を手にするようになった。それでどれだけのものを護って来ただろうか。守れなかっただろうか。それでも前に進むと決めたのだ。今も、また。
「そうだよな。とにかく動かなきゃ!」
最良の道などわからない。こうすればいいなんて誰も教えてくれない。それでも足踏みしている時間なんてない。だから動くのだ。自由騎士達はそれぞれの理由を胸に秘め、移動を開始する。
目的の相手は、すぐに見えた。恐らくはこちらを待ち構えていたのだろう。
「何者だ。ここから先は立ち入り禁止の領域。命惜しくば引き返せ」
金属の身体を持つ巨大なドラゴン。巨大な顎と牙をあらわにして自由騎士達に警告を放つ。二度目はない、と言外に圧力をかけるように睨みつけた。
そのプレッシャーに負けぬように意識を保ち、自由騎士達はさらに踏み込む。
●
「こんにちは! イ・ラプセルから来ましたナバルと申します! ドラゴンさんと巫女さんにお話があってきました!」
背筋を伸ばし、真っ直ぐに相手を見て挨拶をするナバル。体躯の差から相手を見上げるような格好になってしまうが、それは致し方あるまい。相手に小さくなれと命令するわけにもいかないし、何よりもこちらは来訪者だ。
「こちらは何も話すことはない」
対する『古きもの』の返事はにべもない。警戒心も高く、挙動不審なところを見せれば即座に襲い掛かってきそうな雰囲気さえある。武器の有無など関係ない。アレイスターのように無手でも厄介な魔法を持つ存在はいるのだ。
「俺たちの目的は、この国にある『何か』を手に入れる事だ」
「成程、ヴィスマルクと変わらぬわけか。小僧が連れてきたと言う事は、イ・ラプセルはヴィスマルクの軍門に下ったという事か」
「いや、そう言う事じゃなくて! 確かにそう受け取られても仕方のない事なんだけどさ!」
『アレイスターが連れてきた』『水晶の国から何かを奪おうとする軍人』となれば、敵だ。これまで『古きもの』はそう言った連中から守ってきたのだから。
とはいえ、ここで騙すのはよくない。ナバルはそう思って自らの目的を告げたのだ。
「私はイ・ラプセルのアンネリーザ・バーリフェルトです。貴方のお名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
「セカイ。巫女が付けた名だ」
アンネリーザの問いかけに、変わらぬ口調で答える『古きもの』。セカイ。この世界そのものと言う意味なのか、或いは別の意味なのか。それを名付けた巫女の真意は解らないが、名づけられるほどには友愛があったのだろう。
(巫女がつけた名前。その名で呼ぶことが正しいかどうか)
そして特別な意味を持つからこそ、その名前で呼ぶことはリスクがある。大事なモノにうかつに触れれば相手の怒りを買う可能性もあるのだ。巫女と『古きもの』の関係は水鏡を見る限りでは特別に思える。名前を呼ぶ形でその関係性に割り込むのは、交渉にとってプラスかマイナスか――
「……大事な名前なのね」
「そうだね。その名前は巫女と君のモノだ。だから敢えて君と呼ばせてもらうよ」
相手の気持ちを察したか、マグノリアはそう言って名前に関する話題を打ち切った。長く生きる存在と会話をする事は古いことを知るきっかけになる。その会話のきっかけとして名前はいい取っ掛かりだが、今はやめておこう。
「僕は君達を助けたい。まあ、単純に君達と話したいということもあったけどね」
「汝ら小僧の関係者と話すことは何もない」
断絶の言葉。それを聞いてマグノリアは頷いた。これが現在の状況だ。大事なのは今拒絶されたことではない。この距離をどう埋めていくかだ。情報を切り売りして言葉を引き出すか、あるいは全てを話してしまうか。
「……うん。カードの切り方は大事だよね」
「そう言った盤外戦術は兵士の役割ではないのだがな」
肩をすくめるようにアデルは言い放つ。傭兵とは戦場で戦うことが仕事だ。こういった交渉や説得などは口が上手いモノに任せればいい。だが、そうも言っていられないのが戦争だ。それに知っておきたいこともある。
「まったく、戦争は泥沼だな。誰も彼もが暗闇の中で戦っている」
苦虫を嚙み潰したような――表情はヘルメットに隠れて見えないのだが――声で呟くアデル。未来さえ見える水鏡であっても、この世界の全ては見えない。相手の事も断片的にしか見えない。この状態で相手を説得するよりは、殴って倒した方がきっと楽だ。だと言うのに、
「説得の方が利がある。ならそうすべきだ」
「そうだな。得られるものは全部得る。それが出来れば万々歳だ」
アデルの言葉に頷くウェルス。この場合の利益は金銭や物品などの物質的な満足ではない。人の繫がりやそこから得られる安らぎと言った人と人の絆的な利得だ。商人としても人の繫がりは大事だし、人と人とのつながりが大事だという事はウェルスも理解している。
「そちらの事は少しだけ水鏡で見せてもらった。詳しい事情まではわからないけど、あんたにも大切なやつが居るんだな」
「ならその安寧を乱すものがどうなるかは理解できよう」
「確かにな。だがこのままだと安寧どころじゃなくなるんだぜ」
だからここまでやってきた。ウェルスは言って話を切り出す。『大陸弾道砲』のこと。その結果どうなるのか。自分達がアレイスターからその話を聞いたこと。そして自分達に戦う意思がないこと。
「水晶の巫女に献身的に仕えていて、互いに信頼があるのは素晴らしいと思うしその関係に敬意を表する。
だけどこのままだと両方とも滅びるんだ。俺たちの話を聞いてくれ」
ウェルスの言葉を聞いても『古きもの』の警戒心が解かれたわけではない。そのつもりになれば爪を振るえるように構えているのは、自由騎士達も理解している。武器を持たない相手だろうが、自分達の平和を乱すのなら容赦なく攻撃するだろう
『古きもの』はずっとそうしてきたのだ。大事な巫女を守るために。それは今も、変わらない。
(そんな相手だが、とりあえず話は聞いてくれるようだな)
冷や汗を流しながら、交渉は続けられる。
一方その頃――
「あれあれあれぇ? テオドール君は行かないのお?」
「クローリー卿が『門』を作れる以上、自由気ままにさせておくわけにはいかん。何かしらの事故があった時に帰還する術がなくなるからな」
テオドールはアレイスターと共にいた。『古きもの』との交渉は他の自由騎士に任せて、アレイスターを見張るように立っている。遠くもなく近くもなく。そんな距離を維持して。
「おいおい? 僕が約束破って『古きもの』に向かうと思ってる? やだなぁ、僕ぁ人との約束は破ったことなんてないんだぜ!!!! 清廉潔白! あ、でも疑われているっているんならその期待に応えるのもアリかなあ! んじゃ! 殴り込みにいこっか」
「まさか。クローリー卿は言葉を大事にする魔術師だ。条約を一方的に違えるような真似はすまい」
「いつからそれを常識だとおもってたんだい?? 僕ぁ、何をかくそうアレイスター・イヴン・ウマイル・パラケルススス・アルヴェストゥスだぜぇ???」
からかうように会話するアレイスター。平静を装いながら、テオドールは爆弾のような相手を前に手のひらに汗をかいていた。何もしなければ本当に大人しくしていたかもしれない。或いは約束を破って交渉に干渉してきたかもしれない。
(ここに留まったのは余計な事だったか? いや、ここで確認せねばならない事もある)
ともすれば、『古きもの』に突撃しかねないアレイスター。ここでの対応を誤ればその気になってしまうかもしれない。藪をつついて蛇を出すか、或いはここに留める楔となるか。テオドールは慎重に言葉を選びながら、口を開く。
「クローリー卿からすれば、どの神が神の蟲毒に勝ったとしても気にするわけでもあるまい。いまさらそこを疑いはせぬよ」
「さっすがわかってるじゃん! でも青の女神は僕のことを嫌ってるからなぁ。あの女神がいやがる顔をするなら、君達の邪魔をするのもいいかもしれないね。そこんとこどう思う? あの子猫ちゃんを泣かせたいとか思わない? 無力で人任せな所をねちねちいじって、悲しそうな顔をしたらみんな言うことを聞いてくれるとか思っちゃうような傲慢な神■■■。あいつの表情なんて誰かの同情を引きたいだけのそれでしかないのさ。 未来を嘆くだけのお人形さん? ああいうのを怒らせて感情むき出しにさせて泣かせるのってゾクゾクしちゃうよね」
「個人の趣味や嗜好に関しては関与しない」
……やはり容易ではない気がする。
●
「大陸弾道砲、か」
『古きもの』は自由騎士の話を聞いて、そう言葉を発した。金属の顔と声色からはその心境は判断がつかない。だがその結果が生み出すことは理解できるのだろう。
「はい。私達はそれを伝えに来ました。私達の国のデウスギアは未来を予言するものでその計画を察知しました」
「アクアディーネの水鏡か。蓄積された未来と言うデータを拾い上げ、現状との差異を検証し、その階差を演算する。データとなる未来が多ければ、その正確さは増すか。六〇〇〇〇を超える数があれば、情報精度はかなりのものだろう」
アンネリーザの言葉に『古きもの』は答える。他国のデウスギアではあるが、その効果を理解しているようだ。その原理までも。
「私達は戦争をしている。でもそれは、多くの人を愛して守りたいから」
言葉を切り出すアンネリーザ。彼女が銃を持つ理由は、イ・ラプセルの人を護りたいから。その為に銃を持ち、その為に戦う。
「貴方がこの地で何を守っているのか教えてください。私達も、貴方の大切なものを守りたいんです。どうすれば守れるのか、一緒に考えたい」
「ならばこのまま引き返せ」
「え?」
「アレイスターの思惑に乗っている時点で、私の大事なモノは危険にさらされている」
にべもなく答える『古きもの』。
「私達は貴方を攻撃しない。同じ大事な人を守ろうとする者同士――」
「我は攻撃する。大事な人を守るために」
明確な拒絶。アンネリーザはこれ以上言う言葉がなかった。こちらの誠意は通じない。攻撃しないという意思で、この思いは伝わらない。
当然だ。アンネリーザは『誰かを護りたい』と言う自分の意志しか示していない。それは信念であり同時に我欲だ。それ自体がどれだけ高潔であろうとも、それを伝えるだけでは意味を成さない。自分の信念の元に行動しろ、と言われて誰がか従おうか。
「大事な者を護りたい、っていう気持ちは互いに分かっている」
会話を継続させるようにウェルスが言葉を放つ。
(アレイスターの旦那と相性が悪いと言うのは想像していたが、マイナスからの交渉は難儀だな)
心の中で苦笑するウェルス。だがアレイスターの助けがなければここまでこれなかったのだ。交渉する以上、この状況は受け入れるしかない。
「大陸弾道砲が撃たれれば、滅びは避けられない。それはあんたも理解しているな」
「無論。対象が『水晶の国』であるのなら、国にまつわる全てが消える。あれは現状の時間軸から対象を抹消する概念的な弾丸だ。物理的魔導的な防壁は意味を成さず、時間軸内全てが対象であるため距離さえも意味を成さない。
汝らの話を総合するに、対象は我のようだ。消滅範囲を拡大し、同時間内に共にいる汝らもその範囲内に含めれば僥倖、と言った所か」
「アレイスターの旦那の話が正しければ、そんな所だろうな。
ちなみにあんたが身を挺して彼女を護ったとしても、それは巫女の破滅を先延ばしにするだけだ。あんたがなくなった時に彼女を守るやつは居ない。ヴィスマルクとパノプティコンは蹂躙するだろう」
「或いはイ・ラプセルか」
厳しいね、と苦笑するウェルス。信頼がないのは致し方ない。逆の立場なら、ウェルスとて信用しないだろう。
「仮にあんたが死んで彼女が生き残り、奇跡的に彼女に平穏が訪れたとする。
それはあんたが居ない静寂で長い余生を彼女に送らせるかもしれない。あんた以上に親しい間柄の相手が出来るかもしれない。そうなったら腹立たしい、もしくは悔しくないか?」
突然の仮定の話に、沈黙を返す『古きもの』。
「彼女にも守ってきたものがあるだろうし、無下には出来ない。だがあんただって彼女と過ごす時を少しでも奪われたくない。
それなら、試しに俺たちの話を聞いてくれないか? 使命を果たし彼女を守る。思い人の側に最後まで寄り添う。どれか一つじゃなくて、強欲にでも全部を勝ち取る欲張りコースってのが意地ってもんだろ。少なくとも俺はそのつもりだ」
大事なモノは全部得たい。幸せを護り、同時にその幸せを享受する。ウェルスの言葉は誰もが思うハッピーエンドだ。平和な日常だ。だがそれは――
「大前提として仮の話がありえん。それが成立したとして、巫女が幸せならそれでいい」
だがそれは、『普通』の感覚だ。
他人に対する想いは多種多様だ。添い遂げることが幸せだと思う者もいれば、その幸せが見守られればいいと言うものもいる。
「大陸弾道砲が放たれれば、我は死ぬ。だが巫女が守れるならそれでいい」
「成程、巫女の命が大事なんだね」
うん、と頷くマグノリア。『古きもの』と巫女の関係性はまだわからないが、『古きもの』が巫女に抱く感情は理解できた。それが愛なのか使命なのか献身なのかはわからないが、自らの命をとして護りたい存在であるのは確かなようだ。
「ところで、少し興味があるんで聞いてみたいんだけど、幾つか質問していいかな?」
「よかろう。ならば我もに汝らに問いかける。質問の返答後に、こちらが問う。
返答は要らぬ。汝らの魂に干渉して問いに関して思ったことを読み取ろう」
マグノリアの知的興味心からの質問。その要求に『古きもの』はそう返す。タダで質問に答えようというのは、流石に虫がよすぎる。
(……これは、リスクが高い……かな?)
マグノリアは沈黙したまま思考する。相手が何を知りたいかが分からない以上、こちらの情報を渡すのは危険と言えよう。ましてやウソを言う事も回答を拒否することもできないのだ。
「ちなみに、どんなことを聞きたいの、かな?」
「女神の場所」
「それはどういう理由で聞きたいの?」
「汝らが我の大事なモノに迫ろうとするのだ。ならばこちらも同じように汝らの大事なモノに迫る。
さて、どうする? 今の二度の問いは数えぬものとしよう」
知的興味心から問いかけたいことはいくつかある。『古きもの』なら知っていることだ。それを口にしようとして、仲間達に止められた。本来の目的から外れ、同時にリスクを背負う。そんなことを相談なしに勝手にやられればたまったものではない。
質問の内容が相手の逆鱗に触れれば、その時点で交渉は決裂してしまうのだ。興味本位で聞いたことが、『古きもの』に知られたくない事や守ろうとしている『巫女』の心の傷に抵触しないとは限らないのだから。
●
「愛とか恋とか面倒だよね。いっそ『古きもの』を洗脳するとかどう? お得意の奇跡の力<アポトーシス>で恋心を歪ませるとか、よくない? 最高の一手じゃない?」
アレイスターとの会話はつかれる。テオドールはそう思いながら会話を続けていた。彼の告げる作戦は倫理問題を無視すれば、最良といえよう。とても頷くことはできないが。
「とはいえ、難しい局面であることは否めないな」
テオドールは言ってため息をつく。相手のことがよくわからない状態での交渉。しかも時間もそれほどかけていられないという状態だ。実際問題として、水鏡の情報がなければ戦いに踏み込んでいた可能性はある。水晶の国に存在する情報は、神の蟲毒に関することだ。
(いわば、この戦争の根幹。何のために戦うのか。そのピースがそこにある)
それはただの情報。恐らくは知らずとも良いこと。残り二柱の神を倒し、そうすれば白紙の未来は回避できるというアクアディーネ様の言葉を信じるなら、それでいい。
(その言葉を疑うつもりはない。だが、見地は多いに越したことはない)
イ・ラプセルの貴族として、未来を世界を守ろうとする自由騎士として、知っておくべきことは知っておかなくてはいけない。
(そのために『古きもの』を倒すしかないなら、その汚れを背負うのも大人の役目。だがその前に――)
テオドールはアレイスターに向き直り、口を開く。
「クローリー卿、現在ヴィスマルクは我々の動きを感知していない、と言う事でよろしいか?」
「そうだねぇ。だからこそこうしてちょっかいかけてるんだ。これ、バレたら圧縮魔法で肉キューブにされてしまうよ。ダイスにされてコロン、と転がされちゃうね」
言って笑うアレイスター。この会話の何処に笑う要素があるのかはさておき。
「となれば、仮に我々と一緒に自由騎士以外のものが通ったとしても問題はないか?」
テオドールが提案するのは、『古きもの』と『巫女』を門を使って移動させること。そうすれば大陸弾道弾からのれられるのではないか?
「目をつぶる代金に、汝が望むモノを差し出そう。命を差し出すわけにはいかないが、できる限りは」
「そうだねぇ。じゃあキミの奥さんを貰おう」
道化師は、笑みを浮かべてそう答える。
「命なんて要らない。むしろ与えちゃおう。永遠の命だ。世界が消えてなくなっても、最初から再構成されて世界と共に生き続ける。
キミは死に、その別れを背負いながら彼女は様々な死を見届ける。不老不死の生命を得ようとする者に狙われ、無限の苦痛の中でも死ねない日々が続く。ヒトが全て息絶え、孤独の大陸をを世界が終わるまで彷徨い続ける。
ああ<アポトーシス>の命は大事だからね。手は出さないよ。キミは痛みを感じない。ただ一人切り捨てるだけでいいよ。いや、実際は誰も殺していないのか。僕ぁ優しいねぇ!」
――実際にアレイスターが不老不死を与えられるかどうかは分からない。だが、語る姿は確かに不老不死の傷を知っている者の言葉だった。
「……クローリー卿、貴殿は」
「君達が『古きもの』に言っているのは、そういう事だぜぃ。
貴方の大事なモノを助けたい。だけどその善意はその当人にとって喜ばしいことなのかな?」
●
「繰り返すが、オレたちが欲しいのはこの国にある『何か』を手に入れる事だ。曖昧かもしれないけど、それが神の蟲毒かその後に必要になる何か。
その見返りに『大陸弾道弾』からあんた達を守る」
『古きもの』に向かい、ナバルはそう言い放つ。こちらの目的を明確に話し、そしてこちらが提供できることを提示する。
「出来そうなことは『巫女』をどこかに移動させること――」
「不許可だ」
「え?」
「巫女を動かすことはまかりならん」
ナバルの言葉を遮るように『古きもの』は告げる。
「可能不可能ではなく、不許可? できるけどやらないという事か?」
答えはない。その沈黙が答えとばかりに『古きもの』はそれ以上の会話を拒絶し、ナバルを睨む。
「このままだと死ぬかもしれないんだぞ! そうと分かっているのに!」
「我が犠牲になればいいだけの話だ」
「誰かを犠牲にして何かを為すなんてことは、もうしたくないんだ!」
淡々と答える『古きもの』。その態度に我慢できなくなったナバルは叫ぶ。
「ああ、そうさ。こんなのはオレの感情論だ。世界が残酷で、犠牲無しに何かを為し得ない事なんて、もうイヤになるぐらいに理解しているさ!
その度に見る泣き顔も、消えていく命のぬくもりも、みんなみんな知っている!」
田舎を出て自由騎士になり、歩んだ道のりは戦いの道。神の蟲毒と名づけられた、神々の収める国同士の戦争。そこにある『平穏』を間違いとし、自国の『平穏』で治めた。それが正しいと信じて。
「だからこそ、犠牲を出さずに済むならそうしたいんだ。ただそれだけなんだ!」
「思想としては高潔と褒めたたえるが、叫ぶだけなら獣でもできる」
「巫女さんが動かせないなら、あんたが移動するのはどうだ? アンタの代わりにオレたちイ・ラプセルが守りに入って――」
「汝らが巫女を襲わないと言う保証がない」
「……ぐっ!」
「手詰まりだな。双方動けぬとなれば、座して大陸弾道弾を受けるしかない」
ナバルの提案を受けて、アデルが肩をすくめる。
「着弾の直前だけでも動けないのか? 『巫女』か『古きもの』が、どちらでもいい」
「動くのは我だ。巫女には被害を届かせぬ」
(自らの命を勘定に入れていないタイプか)
アデルはこれまでの仲間達の会話から、『古きもの』の性格を考えていた。水鏡の情報と、これまでの態度。『古きもの』が『巫女』を大事に思っているのは確かなようだ。
(そもそもの前提条件がズレていた。『古きもの』は自分が助かることを第一義にしていない。『巫女』を守ることを最重視している。それを無理やり助けようとするから、拗れていくんだ)
ならば、とアデルは口を開く。
「シンプルに行こう。俺は兵士だ。現状、イ・ラプセルに属しているが水晶の国は敵対国ではないから、雇われても不都合はない」
「ヒトの兵など要らぬ」
「いや、必要になる。大陸弾道弾がアンタを襲った後、ヴィスマルクから巫女を守る者が必要になる。そしてアンタはその伝手がない」
「繰り返す。汝らが巫女を襲わないと言う保証がない」
「だからこその契約だ。俺はアンタに雇われる。アンタが持っていて俺が持っていないモノ。それを条件にしてもらう。
俺が欲しいのは情報だ。神の蟲毒の、その先の情報」
アデルの言葉に、『古きもの』の動きが止まる。
「俺は神の蟲毒のみが世界の白紙化を免れると知らされて、刻限までにアクアディーネ以外の神を殺せと言われてきた。
だが、それだけだ。刻限までに為し得なかったらどうなるのか。それを成した後、世界はどうなるのか。それらは語られぬまま戦ってきた」
「語りえぬこともあろう」
「そうだな。アクアディーネは全てを語りはしない。その真意は計れないが、それでも俺達を騙しているとは思えない。白紙化は真実で、言えぬことは何かしらの事情があるのだろう。
だが、お前達はそれを知っている。そして俺たちに慮る必要もない。どれだけ真実が残酷だろうが、それを教えることに躊躇はないはずだ」
「それを教えることを報酬として汝を雇え、と?」
そうだ。アデルは無言で頷いた。
「信用ならないならすべてを一気に話す必要はない。断片的な情報を定期的にでも構わない。
俺がお前達を守ろうとするのは、それを知りたいだけだ。だから守る。それだけだ」
…………沈黙が遺跡を支配する。
助けたい。救いたい。それらの感情は高潔だ。死は終わりで、だからこそ命は貴重だ。それは変わらない。
それでも人は命には優劣をつける。大事な伴侶を護りたい。親友を失いたくない。グループを護りたい。国を繫栄させたい。自分と、その手の届く範囲のものを護りたい。それは誰もが思う事だ。そしてその為に、他者と傷つけあう。
『大事なモノ』を守るために『大事じゃないモノ』と戦う。傷つける。退ける。奪い取る。それが戦争の縮図。生物が古来から続けているコト。有史以来、ヒトは戦い続けてきたのだ。そして未来も――
戦いに歯止めをかけるのは、愛を説く事。より強い愛で相手を洗脳し、その愛をもって民を支配すること。それはミトラースが行った統治法だ。
戦いに歯止めをかけるのは、認証欲求を満たすこと。自分より下の存在を奴隷として社会に設置し、不満をそちらに向けて民の心を満たすこと。ヘルメスが行った統治法だ。
戦いに歯止めをかけるのは、徹底的に管理すること。ヒトではない何かの管理。完全に平等で、完全に実力だけが認められる。アイドーネウスが行う統治法だ。
戦いに歯止めをかけるのは、圧倒的な力で支配すること。鉄と血による強固な軍事力。他者の不満を押さえ込む武力。モリグナが行う統治法だ。
戦いに歯止めをかけるのは、皆が手を取り合う事だ。様々な思いを束ね、それらの主張を尊重し、その妥協案を見出す。アクアディーネが目指す世界だ。
アデルは自分の目的を明確に示した。相手の目的も明確に理解した。
ならば、手は取り合える。その妥協案を――細い糸ではあるが繋げることが出来た。
(まあ、利害関係の一致だがな。さて、どう出る?)
沈黙の中、『古きもの』の同行を探るアデル。鋼鉄のかぎ爪が動いてこちらを裂くかもしれない。開いた口から灼熱の吐息が吐かれるかもしれない。僅か一挙動で、丸腰のこちらは致命傷になりかねない。
「セカイ」
沈黙を破ったのは『古きもの』ではなかった。
どこかあどけない。それでいて凛とした声。
「その方々を通してください」
「巫女よ。彼らは――」
「少なくとも『あちら側』に干渉する気はないみたい。話をする分には問題なさそうです」
『巫女』と呼ばれた声にセカイ――『古きもの』は顎を閉じる。そして一歩引き、彫像のように動かなくなる。
(認めてくれた……のかな?)
(少なくとも、通っていいと言う事だろう。不自然な動きをすれば、後ろから攻撃される可能性もあるが)
小声で相談し合い、自由騎士達は遺跡の奥に進む。
最奥にはすぐにたどり着いた。そこにあるのは、壁一面の水晶。透明な宝石の中に閉じ込められている一人の少女。
「初めまして。私は貴方達が水晶の巫女と呼ぶ存在。水晶の神『クオーツ』のハイオラクル。
話は聞きました。……セカイを救おうとしてくれて、ありがとうございます」
その声には、諦念があった。もうどうすることのできない悲劇を受け入れ、それでも来客者に礼節を尽くそうとする声。
「貴方達が知りたいのは、神の蟲毒の情報ですね。まず確認ですが、貴方達はどこまで知っているのですか?」
「期限までに現存する五柱の神を倒さないと、世界が滅びる、と」
「はい。それは真実です。世界は創造神によって滅ばされます。
それを止めるには、既に『あちら側』に行った五柱の神と同数の神の力を束ねる必要があります」
「待て。『あちら側』と言うのは?」
「創造神のいる世界です。創造神の呼びかけに応じた神、無色、もしくは創造神のオラクルに殺された神は全て『そこ』に向かいます。
最後の時に、創造神の力となるべく」
創造神。
世界――このビオトープを作った存在。一〇の神を作り、世界を一〇に分け管理をさせた。それがアクアディーネを始めとする『神』だ。
その創造神が、世界を滅ぼうとしている。そして、その創造神がいるのが――
「ヴィスマルクが向かおうとしている『空』っていうのは……そこの事か」
「これ以上神が『あちら側』に送られれば、世界は期日を待たずして滅びます。押し留めているのも限界です」
押し留めている。『巫女』はそう言った。
つまり、その押さえがなければどうなるというのか。ヴィスマルクが『あちら側』に押し入ろうとして押さえをなくしてしまえば――
「創造神に対抗する手段は神の力を束ねる事のみ。神を束ねていない状態で押さえがなくなれば、世界は一瞬で白紙化するでしょう」
まるで爆発寸前の炉だ。それを必死に押さえているが、対抗手段がなければ無駄な足搔きでしかない。
「……神の力を束ねる、と言ったな。それは『ミトラース』『ヘルメス』『アイドーネウス』『モリグナ』そして『アクアディーネ』の五柱、で間違いないな」
「はい」
アデルの問いに、肯定の言葉が返ってくる。
「その五柱を束ねて『あちら側』の創造神に対抗したとする。
その際、束ねた神はどうなる? 『あちら側』の五柱の神とぶつかり、無事でいられるのか?」
アデルの問いに、『巫女』はしばし沈黙し、
「滅びます」
短く、しかしはっきりと言葉を返した――
『門』を潜り抜ければ、そこは高山。薄い空気と低い気温。急激な環境変化に一瞬体をこわばらせる自由騎士達。
慣れた身体が見る先には、一つの建物があった。宮殿、と言うにはボロボロで放置された遺跡という方が近いかもしれない。かつてそこにあったであろう栄華の痕跡は自然に削られ風化している。
「この先に『古きもの』がいるよ」
アレイスターはその建物を指差し、笑みを浮かべる。
「で、本当に僕ぁ要らないのかな? 今なら出血大サービス! 脱いでもいいよ! もったいなくない??? てかさ! ドラゴンスレイヤー! ぶっ殺そうぜ!!!」
確認するようにアレイスターは言う。要らない、と言うのは同行の意味もあるが魔法の加護も含めてである。これから出会う相手はすでに滅びたとされる幻想種、ドラゴン。その力は絶大で、歴戦の自由騎士であったとしてもその加護なしでは勝つのは難しいとされる相手だ。
「ああ、結構だ。そんな事をして敵意ありと見られたら交渉にならないからな」
アレイスターに応えたのは『全裸クマ出没注意報!』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)だ。ウェルスは武器や防具も持たず、戦うための技術さえも敢えて放棄した状態だ。称号やプレイングには全裸とか書いてるけど全裸=丸腰って意味で、最低限の服は着ているのであしからず(マスタリング)。
閑話休題。ともあれ敵意がないことを示すために、武器などの戦える類は全て持たずに挑むつもりだ。とはいえ、それは相手を交渉のテーブルに乗せる為の下準備。大事なのはここからだ。相手はドラゴン。愛とか勇気とか気合とか根性で乗り切れる相手とは思えない。
「実際、俺達は相手からみれば他国の人間だ。礼節を欠いちゃ、話にもならない」
「そうね。そういう意味では貴方はここにいてくれると助かるわ」
ウェルスの言葉に頷く『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)。アレイスターは過去に何度も『古きもの』と交戦してきた。そんな相手が一緒にいるのでは、話にならない。彼と一緒に攻めてきたと思われても仕方のない話だ。
ヴィスマルクの宮廷魔術師の力を借りないとここまでこれなかったのは事実だが、アレイスターも彼なりの思惑があって自分達をここまで連れてきたのだ。口ぶりからして戦わせたかったようだが、アンネリーゼにはその真意は読めなかった。
「私達の気持ちが通じるといいのだけど……」
「こちらの気持ちを押し付けてはいけない。交渉とは互いの主張の折り合いをつける事だ」
『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は静かに告げる。こちらの主張のままに相手を動かすのなら、それは洗脳と同じだ。相手には相手の生き方があり、それに応じた主張がある。それと自分達の意見との妥協案を見出すことが大事なのだ。
とはいえ、それは容易ではないとテオドールも思っている。アレイスターの情報全てを信じるなら、デウスギアの発動は間違いなく行われる。そうなれば『古きもの』の死は確実だ。それを避ける手段がない以上、相手の死を前提とした交渉になる。
「……さてどうしたものか」
「情報が少なすぎるからね……。とにかく今は、情報を得る事だ」
思案するテオドールに『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が答えた。相手がどういう存在で、何を大事に思っているのか。その情報を自由騎士達は断片的にしか知らない。交渉の取っ掛かりとしてそれを上手く使えればいいのだが。
古きもの。マグノリアが知っていることは多くはない。無機物のドラゴンで、ヴィスマルクの兵団を退けた存在。アレイスターさえも手を焼いているらしく、『誰か』を護っている。あとは――
「ひたすら長寿、らしいね。どれぐらい生きているのか」
「ドラゴンが地上から消えた正確な年月は解らんな。だが三百年は前の話だろうよ」
ため息交じりに『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が答える。三百年前にドラゴンがいた、と言うのも眉唾なお伽噺だ。ともあれ人間の尺度では測れない年齢を生きているのだろう。
長く生きれば、その分しがらみもできる。そのしがらみが『古きもの』にとっては水晶の国なのだろうか? もういないとされる水晶の神なのだろうか? 或いは会話をしていたとされる存在なのだろうか?
「……大事なモノ、か。そこがキモかもしれんな」
「そうだよな。大事なモノがあるから戦えるんだよな」
アデルの言葉に頷く『機盾ジーロン』ナバル・ジーロン(CL3000441)。ナバルが自由騎士に入団した理由は、田舎への仕送りがきっかけだ。故郷の皆に楽をさせたいから戦いに身を投じ、そして守りたいものが増えてきた。
多くの悲劇を知り、多くの不幸を知り、それから守ろうと槍と盾を手にするようになった。それでどれだけのものを護って来ただろうか。守れなかっただろうか。それでも前に進むと決めたのだ。今も、また。
「そうだよな。とにかく動かなきゃ!」
最良の道などわからない。こうすればいいなんて誰も教えてくれない。それでも足踏みしている時間なんてない。だから動くのだ。自由騎士達はそれぞれの理由を胸に秘め、移動を開始する。
目的の相手は、すぐに見えた。恐らくはこちらを待ち構えていたのだろう。
「何者だ。ここから先は立ち入り禁止の領域。命惜しくば引き返せ」
金属の身体を持つ巨大なドラゴン。巨大な顎と牙をあらわにして自由騎士達に警告を放つ。二度目はない、と言外に圧力をかけるように睨みつけた。
そのプレッシャーに負けぬように意識を保ち、自由騎士達はさらに踏み込む。
●
「こんにちは! イ・ラプセルから来ましたナバルと申します! ドラゴンさんと巫女さんにお話があってきました!」
背筋を伸ばし、真っ直ぐに相手を見て挨拶をするナバル。体躯の差から相手を見上げるような格好になってしまうが、それは致し方あるまい。相手に小さくなれと命令するわけにもいかないし、何よりもこちらは来訪者だ。
「こちらは何も話すことはない」
対する『古きもの』の返事はにべもない。警戒心も高く、挙動不審なところを見せれば即座に襲い掛かってきそうな雰囲気さえある。武器の有無など関係ない。アレイスターのように無手でも厄介な魔法を持つ存在はいるのだ。
「俺たちの目的は、この国にある『何か』を手に入れる事だ」
「成程、ヴィスマルクと変わらぬわけか。小僧が連れてきたと言う事は、イ・ラプセルはヴィスマルクの軍門に下ったという事か」
「いや、そう言う事じゃなくて! 確かにそう受け取られても仕方のない事なんだけどさ!」
『アレイスターが連れてきた』『水晶の国から何かを奪おうとする軍人』となれば、敵だ。これまで『古きもの』はそう言った連中から守ってきたのだから。
とはいえ、ここで騙すのはよくない。ナバルはそう思って自らの目的を告げたのだ。
「私はイ・ラプセルのアンネリーザ・バーリフェルトです。貴方のお名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
「セカイ。巫女が付けた名だ」
アンネリーザの問いかけに、変わらぬ口調で答える『古きもの』。セカイ。この世界そのものと言う意味なのか、或いは別の意味なのか。それを名付けた巫女の真意は解らないが、名づけられるほどには友愛があったのだろう。
(巫女がつけた名前。その名で呼ぶことが正しいかどうか)
そして特別な意味を持つからこそ、その名前で呼ぶことはリスクがある。大事なモノにうかつに触れれば相手の怒りを買う可能性もあるのだ。巫女と『古きもの』の関係は水鏡を見る限りでは特別に思える。名前を呼ぶ形でその関係性に割り込むのは、交渉にとってプラスかマイナスか――
「……大事な名前なのね」
「そうだね。その名前は巫女と君のモノだ。だから敢えて君と呼ばせてもらうよ」
相手の気持ちを察したか、マグノリアはそう言って名前に関する話題を打ち切った。長く生きる存在と会話をする事は古いことを知るきっかけになる。その会話のきっかけとして名前はいい取っ掛かりだが、今はやめておこう。
「僕は君達を助けたい。まあ、単純に君達と話したいということもあったけどね」
「汝ら小僧の関係者と話すことは何もない」
断絶の言葉。それを聞いてマグノリアは頷いた。これが現在の状況だ。大事なのは今拒絶されたことではない。この距離をどう埋めていくかだ。情報を切り売りして言葉を引き出すか、あるいは全てを話してしまうか。
「……うん。カードの切り方は大事だよね」
「そう言った盤外戦術は兵士の役割ではないのだがな」
肩をすくめるようにアデルは言い放つ。傭兵とは戦場で戦うことが仕事だ。こういった交渉や説得などは口が上手いモノに任せればいい。だが、そうも言っていられないのが戦争だ。それに知っておきたいこともある。
「まったく、戦争は泥沼だな。誰も彼もが暗闇の中で戦っている」
苦虫を嚙み潰したような――表情はヘルメットに隠れて見えないのだが――声で呟くアデル。未来さえ見える水鏡であっても、この世界の全ては見えない。相手の事も断片的にしか見えない。この状態で相手を説得するよりは、殴って倒した方がきっと楽だ。だと言うのに、
「説得の方が利がある。ならそうすべきだ」
「そうだな。得られるものは全部得る。それが出来れば万々歳だ」
アデルの言葉に頷くウェルス。この場合の利益は金銭や物品などの物質的な満足ではない。人の繫がりやそこから得られる安らぎと言った人と人の絆的な利得だ。商人としても人の繫がりは大事だし、人と人とのつながりが大事だという事はウェルスも理解している。
「そちらの事は少しだけ水鏡で見せてもらった。詳しい事情まではわからないけど、あんたにも大切なやつが居るんだな」
「ならその安寧を乱すものがどうなるかは理解できよう」
「確かにな。だがこのままだと安寧どころじゃなくなるんだぜ」
だからここまでやってきた。ウェルスは言って話を切り出す。『大陸弾道砲』のこと。その結果どうなるのか。自分達がアレイスターからその話を聞いたこと。そして自分達に戦う意思がないこと。
「水晶の巫女に献身的に仕えていて、互いに信頼があるのは素晴らしいと思うしその関係に敬意を表する。
だけどこのままだと両方とも滅びるんだ。俺たちの話を聞いてくれ」
ウェルスの言葉を聞いても『古きもの』の警戒心が解かれたわけではない。そのつもりになれば爪を振るえるように構えているのは、自由騎士達も理解している。武器を持たない相手だろうが、自分達の平和を乱すのなら容赦なく攻撃するだろう
『古きもの』はずっとそうしてきたのだ。大事な巫女を守るために。それは今も、変わらない。
(そんな相手だが、とりあえず話は聞いてくれるようだな)
冷や汗を流しながら、交渉は続けられる。
一方その頃――
「あれあれあれぇ? テオドール君は行かないのお?」
「クローリー卿が『門』を作れる以上、自由気ままにさせておくわけにはいかん。何かしらの事故があった時に帰還する術がなくなるからな」
テオドールはアレイスターと共にいた。『古きもの』との交渉は他の自由騎士に任せて、アレイスターを見張るように立っている。遠くもなく近くもなく。そんな距離を維持して。
「おいおい? 僕が約束破って『古きもの』に向かうと思ってる? やだなぁ、僕ぁ人との約束は破ったことなんてないんだぜ!!!! 清廉潔白! あ、でも疑われているっているんならその期待に応えるのもアリかなあ! んじゃ! 殴り込みにいこっか」
「まさか。クローリー卿は言葉を大事にする魔術師だ。条約を一方的に違えるような真似はすまい」
「いつからそれを常識だとおもってたんだい?? 僕ぁ、何をかくそうアレイスター・イヴン・ウマイル・パラケルススス・アルヴェストゥスだぜぇ???」
からかうように会話するアレイスター。平静を装いながら、テオドールは爆弾のような相手を前に手のひらに汗をかいていた。何もしなければ本当に大人しくしていたかもしれない。或いは約束を破って交渉に干渉してきたかもしれない。
(ここに留まったのは余計な事だったか? いや、ここで確認せねばならない事もある)
ともすれば、『古きもの』に突撃しかねないアレイスター。ここでの対応を誤ればその気になってしまうかもしれない。藪をつついて蛇を出すか、或いはここに留める楔となるか。テオドールは慎重に言葉を選びながら、口を開く。
「クローリー卿からすれば、どの神が神の蟲毒に勝ったとしても気にするわけでもあるまい。いまさらそこを疑いはせぬよ」
「さっすがわかってるじゃん! でも青の女神は僕のことを嫌ってるからなぁ。あの女神がいやがる顔をするなら、君達の邪魔をするのもいいかもしれないね。そこんとこどう思う? あの子猫ちゃんを泣かせたいとか思わない? 無力で人任せな所をねちねちいじって、悲しそうな顔をしたらみんな言うことを聞いてくれるとか思っちゃうような傲慢な神■■■。あいつの表情なんて誰かの同情を引きたいだけのそれでしかないのさ。 未来を嘆くだけのお人形さん? ああいうのを怒らせて感情むき出しにさせて泣かせるのってゾクゾクしちゃうよね」
「個人の趣味や嗜好に関しては関与しない」
……やはり容易ではない気がする。
●
「大陸弾道砲、か」
『古きもの』は自由騎士の話を聞いて、そう言葉を発した。金属の顔と声色からはその心境は判断がつかない。だがその結果が生み出すことは理解できるのだろう。
「はい。私達はそれを伝えに来ました。私達の国のデウスギアは未来を予言するものでその計画を察知しました」
「アクアディーネの水鏡か。蓄積された未来と言うデータを拾い上げ、現状との差異を検証し、その階差を演算する。データとなる未来が多ければ、その正確さは増すか。六〇〇〇〇を超える数があれば、情報精度はかなりのものだろう」
アンネリーザの言葉に『古きもの』は答える。他国のデウスギアではあるが、その効果を理解しているようだ。その原理までも。
「私達は戦争をしている。でもそれは、多くの人を愛して守りたいから」
言葉を切り出すアンネリーザ。彼女が銃を持つ理由は、イ・ラプセルの人を護りたいから。その為に銃を持ち、その為に戦う。
「貴方がこの地で何を守っているのか教えてください。私達も、貴方の大切なものを守りたいんです。どうすれば守れるのか、一緒に考えたい」
「ならばこのまま引き返せ」
「え?」
「アレイスターの思惑に乗っている時点で、私の大事なモノは危険にさらされている」
にべもなく答える『古きもの』。
「私達は貴方を攻撃しない。同じ大事な人を守ろうとする者同士――」
「我は攻撃する。大事な人を守るために」
明確な拒絶。アンネリーザはこれ以上言う言葉がなかった。こちらの誠意は通じない。攻撃しないという意思で、この思いは伝わらない。
当然だ。アンネリーザは『誰かを護りたい』と言う自分の意志しか示していない。それは信念であり同時に我欲だ。それ自体がどれだけ高潔であろうとも、それを伝えるだけでは意味を成さない。自分の信念の元に行動しろ、と言われて誰がか従おうか。
「大事な者を護りたい、っていう気持ちは互いに分かっている」
会話を継続させるようにウェルスが言葉を放つ。
(アレイスターの旦那と相性が悪いと言うのは想像していたが、マイナスからの交渉は難儀だな)
心の中で苦笑するウェルス。だがアレイスターの助けがなければここまでこれなかったのだ。交渉する以上、この状況は受け入れるしかない。
「大陸弾道砲が撃たれれば、滅びは避けられない。それはあんたも理解しているな」
「無論。対象が『水晶の国』であるのなら、国にまつわる全てが消える。あれは現状の時間軸から対象を抹消する概念的な弾丸だ。物理的魔導的な防壁は意味を成さず、時間軸内全てが対象であるため距離さえも意味を成さない。
汝らの話を総合するに、対象は我のようだ。消滅範囲を拡大し、同時間内に共にいる汝らもその範囲内に含めれば僥倖、と言った所か」
「アレイスターの旦那の話が正しければ、そんな所だろうな。
ちなみにあんたが身を挺して彼女を護ったとしても、それは巫女の破滅を先延ばしにするだけだ。あんたがなくなった時に彼女を守るやつは居ない。ヴィスマルクとパノプティコンは蹂躙するだろう」
「或いはイ・ラプセルか」
厳しいね、と苦笑するウェルス。信頼がないのは致し方ない。逆の立場なら、ウェルスとて信用しないだろう。
「仮にあんたが死んで彼女が生き残り、奇跡的に彼女に平穏が訪れたとする。
それはあんたが居ない静寂で長い余生を彼女に送らせるかもしれない。あんた以上に親しい間柄の相手が出来るかもしれない。そうなったら腹立たしい、もしくは悔しくないか?」
突然の仮定の話に、沈黙を返す『古きもの』。
「彼女にも守ってきたものがあるだろうし、無下には出来ない。だがあんただって彼女と過ごす時を少しでも奪われたくない。
それなら、試しに俺たちの話を聞いてくれないか? 使命を果たし彼女を守る。思い人の側に最後まで寄り添う。どれか一つじゃなくて、強欲にでも全部を勝ち取る欲張りコースってのが意地ってもんだろ。少なくとも俺はそのつもりだ」
大事なモノは全部得たい。幸せを護り、同時にその幸せを享受する。ウェルスの言葉は誰もが思うハッピーエンドだ。平和な日常だ。だがそれは――
「大前提として仮の話がありえん。それが成立したとして、巫女が幸せならそれでいい」
だがそれは、『普通』の感覚だ。
他人に対する想いは多種多様だ。添い遂げることが幸せだと思う者もいれば、その幸せが見守られればいいと言うものもいる。
「大陸弾道砲が放たれれば、我は死ぬ。だが巫女が守れるならそれでいい」
「成程、巫女の命が大事なんだね」
うん、と頷くマグノリア。『古きもの』と巫女の関係性はまだわからないが、『古きもの』が巫女に抱く感情は理解できた。それが愛なのか使命なのか献身なのかはわからないが、自らの命をとして護りたい存在であるのは確かなようだ。
「ところで、少し興味があるんで聞いてみたいんだけど、幾つか質問していいかな?」
「よかろう。ならば我もに汝らに問いかける。質問の返答後に、こちらが問う。
返答は要らぬ。汝らの魂に干渉して問いに関して思ったことを読み取ろう」
マグノリアの知的興味心からの質問。その要求に『古きもの』はそう返す。タダで質問に答えようというのは、流石に虫がよすぎる。
(……これは、リスクが高い……かな?)
マグノリアは沈黙したまま思考する。相手が何を知りたいかが分からない以上、こちらの情報を渡すのは危険と言えよう。ましてやウソを言う事も回答を拒否することもできないのだ。
「ちなみに、どんなことを聞きたいの、かな?」
「女神の場所」
「それはどういう理由で聞きたいの?」
「汝らが我の大事なモノに迫ろうとするのだ。ならばこちらも同じように汝らの大事なモノに迫る。
さて、どうする? 今の二度の問いは数えぬものとしよう」
知的興味心から問いかけたいことはいくつかある。『古きもの』なら知っていることだ。それを口にしようとして、仲間達に止められた。本来の目的から外れ、同時にリスクを背負う。そんなことを相談なしに勝手にやられればたまったものではない。
質問の内容が相手の逆鱗に触れれば、その時点で交渉は決裂してしまうのだ。興味本位で聞いたことが、『古きもの』に知られたくない事や守ろうとしている『巫女』の心の傷に抵触しないとは限らないのだから。
●
「愛とか恋とか面倒だよね。いっそ『古きもの』を洗脳するとかどう? お得意の奇跡の力<アポトーシス>で恋心を歪ませるとか、よくない? 最高の一手じゃない?」
アレイスターとの会話はつかれる。テオドールはそう思いながら会話を続けていた。彼の告げる作戦は倫理問題を無視すれば、最良といえよう。とても頷くことはできないが。
「とはいえ、難しい局面であることは否めないな」
テオドールは言ってため息をつく。相手のことがよくわからない状態での交渉。しかも時間もそれほどかけていられないという状態だ。実際問題として、水鏡の情報がなければ戦いに踏み込んでいた可能性はある。水晶の国に存在する情報は、神の蟲毒に関することだ。
(いわば、この戦争の根幹。何のために戦うのか。そのピースがそこにある)
それはただの情報。恐らくは知らずとも良いこと。残り二柱の神を倒し、そうすれば白紙の未来は回避できるというアクアディーネ様の言葉を信じるなら、それでいい。
(その言葉を疑うつもりはない。だが、見地は多いに越したことはない)
イ・ラプセルの貴族として、未来を世界を守ろうとする自由騎士として、知っておくべきことは知っておかなくてはいけない。
(そのために『古きもの』を倒すしかないなら、その汚れを背負うのも大人の役目。だがその前に――)
テオドールはアレイスターに向き直り、口を開く。
「クローリー卿、現在ヴィスマルクは我々の動きを感知していない、と言う事でよろしいか?」
「そうだねぇ。だからこそこうしてちょっかいかけてるんだ。これ、バレたら圧縮魔法で肉キューブにされてしまうよ。ダイスにされてコロン、と転がされちゃうね」
言って笑うアレイスター。この会話の何処に笑う要素があるのかはさておき。
「となれば、仮に我々と一緒に自由騎士以外のものが通ったとしても問題はないか?」
テオドールが提案するのは、『古きもの』と『巫女』を門を使って移動させること。そうすれば大陸弾道弾からのれられるのではないか?
「目をつぶる代金に、汝が望むモノを差し出そう。命を差し出すわけにはいかないが、できる限りは」
「そうだねぇ。じゃあキミの奥さんを貰おう」
道化師は、笑みを浮かべてそう答える。
「命なんて要らない。むしろ与えちゃおう。永遠の命だ。世界が消えてなくなっても、最初から再構成されて世界と共に生き続ける。
キミは死に、その別れを背負いながら彼女は様々な死を見届ける。不老不死の生命を得ようとする者に狙われ、無限の苦痛の中でも死ねない日々が続く。ヒトが全て息絶え、孤独の大陸をを世界が終わるまで彷徨い続ける。
ああ<アポトーシス>の命は大事だからね。手は出さないよ。キミは痛みを感じない。ただ一人切り捨てるだけでいいよ。いや、実際は誰も殺していないのか。僕ぁ優しいねぇ!」
――実際にアレイスターが不老不死を与えられるかどうかは分からない。だが、語る姿は確かに不老不死の傷を知っている者の言葉だった。
「……クローリー卿、貴殿は」
「君達が『古きもの』に言っているのは、そういう事だぜぃ。
貴方の大事なモノを助けたい。だけどその善意はその当人にとって喜ばしいことなのかな?」
●
「繰り返すが、オレたちが欲しいのはこの国にある『何か』を手に入れる事だ。曖昧かもしれないけど、それが神の蟲毒かその後に必要になる何か。
その見返りに『大陸弾道弾』からあんた達を守る」
『古きもの』に向かい、ナバルはそう言い放つ。こちらの目的を明確に話し、そしてこちらが提供できることを提示する。
「出来そうなことは『巫女』をどこかに移動させること――」
「不許可だ」
「え?」
「巫女を動かすことはまかりならん」
ナバルの言葉を遮るように『古きもの』は告げる。
「可能不可能ではなく、不許可? できるけどやらないという事か?」
答えはない。その沈黙が答えとばかりに『古きもの』はそれ以上の会話を拒絶し、ナバルを睨む。
「このままだと死ぬかもしれないんだぞ! そうと分かっているのに!」
「我が犠牲になればいいだけの話だ」
「誰かを犠牲にして何かを為すなんてことは、もうしたくないんだ!」
淡々と答える『古きもの』。その態度に我慢できなくなったナバルは叫ぶ。
「ああ、そうさ。こんなのはオレの感情論だ。世界が残酷で、犠牲無しに何かを為し得ない事なんて、もうイヤになるぐらいに理解しているさ!
その度に見る泣き顔も、消えていく命のぬくもりも、みんなみんな知っている!」
田舎を出て自由騎士になり、歩んだ道のりは戦いの道。神の蟲毒と名づけられた、神々の収める国同士の戦争。そこにある『平穏』を間違いとし、自国の『平穏』で治めた。それが正しいと信じて。
「だからこそ、犠牲を出さずに済むならそうしたいんだ。ただそれだけなんだ!」
「思想としては高潔と褒めたたえるが、叫ぶだけなら獣でもできる」
「巫女さんが動かせないなら、あんたが移動するのはどうだ? アンタの代わりにオレたちイ・ラプセルが守りに入って――」
「汝らが巫女を襲わないと言う保証がない」
「……ぐっ!」
「手詰まりだな。双方動けぬとなれば、座して大陸弾道弾を受けるしかない」
ナバルの提案を受けて、アデルが肩をすくめる。
「着弾の直前だけでも動けないのか? 『巫女』か『古きもの』が、どちらでもいい」
「動くのは我だ。巫女には被害を届かせぬ」
(自らの命を勘定に入れていないタイプか)
アデルはこれまでの仲間達の会話から、『古きもの』の性格を考えていた。水鏡の情報と、これまでの態度。『古きもの』が『巫女』を大事に思っているのは確かなようだ。
(そもそもの前提条件がズレていた。『古きもの』は自分が助かることを第一義にしていない。『巫女』を守ることを最重視している。それを無理やり助けようとするから、拗れていくんだ)
ならば、とアデルは口を開く。
「シンプルに行こう。俺は兵士だ。現状、イ・ラプセルに属しているが水晶の国は敵対国ではないから、雇われても不都合はない」
「ヒトの兵など要らぬ」
「いや、必要になる。大陸弾道弾がアンタを襲った後、ヴィスマルクから巫女を守る者が必要になる。そしてアンタはその伝手がない」
「繰り返す。汝らが巫女を襲わないと言う保証がない」
「だからこその契約だ。俺はアンタに雇われる。アンタが持っていて俺が持っていないモノ。それを条件にしてもらう。
俺が欲しいのは情報だ。神の蟲毒の、その先の情報」
アデルの言葉に、『古きもの』の動きが止まる。
「俺は神の蟲毒のみが世界の白紙化を免れると知らされて、刻限までにアクアディーネ以外の神を殺せと言われてきた。
だが、それだけだ。刻限までに為し得なかったらどうなるのか。それを成した後、世界はどうなるのか。それらは語られぬまま戦ってきた」
「語りえぬこともあろう」
「そうだな。アクアディーネは全てを語りはしない。その真意は計れないが、それでも俺達を騙しているとは思えない。白紙化は真実で、言えぬことは何かしらの事情があるのだろう。
だが、お前達はそれを知っている。そして俺たちに慮る必要もない。どれだけ真実が残酷だろうが、それを教えることに躊躇はないはずだ」
「それを教えることを報酬として汝を雇え、と?」
そうだ。アデルは無言で頷いた。
「信用ならないならすべてを一気に話す必要はない。断片的な情報を定期的にでも構わない。
俺がお前達を守ろうとするのは、それを知りたいだけだ。だから守る。それだけだ」
…………沈黙が遺跡を支配する。
助けたい。救いたい。それらの感情は高潔だ。死は終わりで、だからこそ命は貴重だ。それは変わらない。
それでも人は命には優劣をつける。大事な伴侶を護りたい。親友を失いたくない。グループを護りたい。国を繫栄させたい。自分と、その手の届く範囲のものを護りたい。それは誰もが思う事だ。そしてその為に、他者と傷つけあう。
『大事なモノ』を守るために『大事じゃないモノ』と戦う。傷つける。退ける。奪い取る。それが戦争の縮図。生物が古来から続けているコト。有史以来、ヒトは戦い続けてきたのだ。そして未来も――
戦いに歯止めをかけるのは、愛を説く事。より強い愛で相手を洗脳し、その愛をもって民を支配すること。それはミトラースが行った統治法だ。
戦いに歯止めをかけるのは、認証欲求を満たすこと。自分より下の存在を奴隷として社会に設置し、不満をそちらに向けて民の心を満たすこと。ヘルメスが行った統治法だ。
戦いに歯止めをかけるのは、徹底的に管理すること。ヒトではない何かの管理。完全に平等で、完全に実力だけが認められる。アイドーネウスが行う統治法だ。
戦いに歯止めをかけるのは、圧倒的な力で支配すること。鉄と血による強固な軍事力。他者の不満を押さえ込む武力。モリグナが行う統治法だ。
戦いに歯止めをかけるのは、皆が手を取り合う事だ。様々な思いを束ね、それらの主張を尊重し、その妥協案を見出す。アクアディーネが目指す世界だ。
アデルは自分の目的を明確に示した。相手の目的も明確に理解した。
ならば、手は取り合える。その妥協案を――細い糸ではあるが繋げることが出来た。
(まあ、利害関係の一致だがな。さて、どう出る?)
沈黙の中、『古きもの』の同行を探るアデル。鋼鉄のかぎ爪が動いてこちらを裂くかもしれない。開いた口から灼熱の吐息が吐かれるかもしれない。僅か一挙動で、丸腰のこちらは致命傷になりかねない。
「セカイ」
沈黙を破ったのは『古きもの』ではなかった。
どこかあどけない。それでいて凛とした声。
「その方々を通してください」
「巫女よ。彼らは――」
「少なくとも『あちら側』に干渉する気はないみたい。話をする分には問題なさそうです」
『巫女』と呼ばれた声にセカイ――『古きもの』は顎を閉じる。そして一歩引き、彫像のように動かなくなる。
(認めてくれた……のかな?)
(少なくとも、通っていいと言う事だろう。不自然な動きをすれば、後ろから攻撃される可能性もあるが)
小声で相談し合い、自由騎士達は遺跡の奥に進む。
最奥にはすぐにたどり着いた。そこにあるのは、壁一面の水晶。透明な宝石の中に閉じ込められている一人の少女。
「初めまして。私は貴方達が水晶の巫女と呼ぶ存在。水晶の神『クオーツ』のハイオラクル。
話は聞きました。……セカイを救おうとしてくれて、ありがとうございます」
その声には、諦念があった。もうどうすることのできない悲劇を受け入れ、それでも来客者に礼節を尽くそうとする声。
「貴方達が知りたいのは、神の蟲毒の情報ですね。まず確認ですが、貴方達はどこまで知っているのですか?」
「期限までに現存する五柱の神を倒さないと、世界が滅びる、と」
「はい。それは真実です。世界は創造神によって滅ばされます。
それを止めるには、既に『あちら側』に行った五柱の神と同数の神の力を束ねる必要があります」
「待て。『あちら側』と言うのは?」
「創造神のいる世界です。創造神の呼びかけに応じた神、無色、もしくは創造神のオラクルに殺された神は全て『そこ』に向かいます。
最後の時に、創造神の力となるべく」
創造神。
世界――このビオトープを作った存在。一〇の神を作り、世界を一〇に分け管理をさせた。それがアクアディーネを始めとする『神』だ。
その創造神が、世界を滅ぼうとしている。そして、その創造神がいるのが――
「ヴィスマルクが向かおうとしている『空』っていうのは……そこの事か」
「これ以上神が『あちら側』に送られれば、世界は期日を待たずして滅びます。押し留めているのも限界です」
押し留めている。『巫女』はそう言った。
つまり、その押さえがなければどうなるというのか。ヴィスマルクが『あちら側』に押し入ろうとして押さえをなくしてしまえば――
「創造神に対抗する手段は神の力を束ねる事のみ。神を束ねていない状態で押さえがなくなれば、世界は一瞬で白紙化するでしょう」
まるで爆発寸前の炉だ。それを必死に押さえているが、対抗手段がなければ無駄な足搔きでしかない。
「……神の力を束ねる、と言ったな。それは『ミトラース』『ヘルメス』『アイドーネウス』『モリグナ』そして『アクアディーネ』の五柱、で間違いないな」
「はい」
アデルの問いに、肯定の言葉が返ってくる。
「その五柱を束ねて『あちら側』の創造神に対抗したとする。
その際、束ねた神はどうなる? 『あちら側』の五柱の神とぶつかり、無事でいられるのか?」
アデルの問いに、『巫女』はしばし沈黙し、
「滅びます」
短く、しかしはっきりと言葉を返した――
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
†あとがき†
どくどくです。
今回はベースと判定をどくどくが、台詞修正をたぢまCWに行ってもらいました。
(元のセリフと見比べて)……クローリー楽しそうに喋ってるなぁ。
戦闘で勝てば「ドラゴンスレイヤー」の称号を全員に与える予定でした。竜殺しって憧れるよね!
じわじわ明かされていく世界の謎。最後までお付き合いいただければ幸いです。
それではまた、イ・ラプセルで。
今回はベースと判定をどくどくが、台詞修正をたぢまCWに行ってもらいました。
(元のセリフと見比べて)……クローリー楽しそうに喋ってるなぁ。
戦闘で勝てば「ドラゴンスレイヤー」の称号を全員に与える予定でした。竜殺しって憧れるよね!
じわじわ明かされていく世界の謎。最後までお付き合いいただければ幸いです。
それではまた、イ・ラプセルで。
FL送付済