MagiaSteam
薔薇色のイノセント




「なるほど。厄介な兵器ですね」
 赤い髪の美しい女将校がその場にしゃがみ、痕跡を探りつぶやいた。
 かつてシャンバラとヴィスマルクの国境であった喜望峰と呼ばれた山脈は今はなく、巨大で無残なクレーターと化している。
 そのクレーターの中心には彼女の同胞である兵士達が駐留していた前線基地があった。今では跡形もなくなくなっている。
 跡地であるその場所には片付けきれてはいない兵士であった人体の欠片あちこちで目につく。
 女将校はその欠片を見つけるたびに回収し、死体袋に収納していく。誰のものかは今や定かではないが、帝都の集合墓地で弔おうと女将校は思ったからだ。
「ハインツェル中佐殿、お手が汚れます」
 また見つけた人体の欠片を丁寧に拾い上げた女将校――ユリアーナ・ハインツェルに将校から声がかかった。彼女の白い手袋は泥と変色した血液だったもので汚れきっている。
「いいえ、いいえ、彼らは我がライヒのために散った英霊の欠片です。その遺体で汚れるものなどありません」
 長いまつげを伏せユリアーナは答えた。
 そのとおりだ。彼らはライヒを守るためにその尊い命を失った者たちであったのだ。
「しかし、ケモノビトやマザリモノも多く駐留しておりました」
「国のためにその生命を賭したものはみな等しくセフィロトの海に還ります。なれば弔うべきです」
 ユリアーナの高潔なその言葉に将校は少々呆れた顔をしたものの、それ以上は何も言わない。
(さすがは薔薇騎士団(ローゼンリッター)』の姫君といったところか。お綺麗なことでいらっしゃる)
 現在構築中の前線基地に送り込まれた将校である彼は心の中で毒づいた。かの中佐殿は帝国貴族のご令嬢である。貴族らしい高潔さを心に宿した御仁だ。こうなるだろうとは予想していたとは言えため息がでる。
 先の喜望峰前線兵団基地の壊滅より、鋼炎機甲団と砲火竜兵団が送り込まれ、ヴィスマルクは新しく前線基地を構築しなおしている。
 前線は以前よりそれなりに下がる事になったのが遺憾ではあるが仕方ない。
 彼らのもとには、シャンバラにイ・ラプセルが介入したという情報がアレイスター・クローリーによってもたらされている。イ・ラプセルがどう動くかも含め、まだ未知数な部分が多いのは否めない。それにクレーターができたその場所にもう一度前線を立てなおしたとしてもまた同じく例の「ジャッジ・フロム・ゴッド(神よりの裁き)」を降らされたら溜まったものではない。
 新兵器の射程範囲は知れないが、喜望峰が最北端の射程範囲なのであろうとは予測ができる。喜望峰より北にシャンバラに向けた軍事施設が存在しているにもかかわらず最前線を狙ったのは最前線の後退を狙ったものだとは予想されるが、軍事施設が射程外であった可能性もある。
 とはいえ、確実な射程範囲である場所に再度戦力の配置をするような愚をヴィスマルクは繰り返すことはしない。故に現場判断として前線を下げるを得なかったのだ。
 そんな中、慰問も兼ねているのかどうなのか、薔薇騎士団のハインツェル中佐殿以下数名の小隊が送り込まれてきた。
 薔薇騎士団(ローゼンリッター)。それはヴィスマルクの戦意高揚(プロパガンダ)目的で設立された文武共に最高位である女性たちが集められた騎士団である。
 お飾りのアイドル兵団とも揶揄される部隊からの訪問には前線基地の兵士たちも湧いたが、現地についた小隊長様が例のクレーターを査察したいと言い始めたのだ。
 お飾りとはいえ上官の命令には逆らうことができない。数名の部下を引き連れ将校である彼――クルト・バッハマンはクレーターに査察に向かった。とはいえ、ある程度の調査はすでに終わっている。
 駐屯兵団はシャンバラで産出されるというミルトラルズ鋼という頑丈な合金を高高度から落としたというプリミティブにも過ぎる兵器によって壊滅させられた。忌忌しくも遺憾にも程がある。
 着弾の衝撃でバラバラになったミルトラルズ鋼はある程度は回収はかなった。帝国からはミルトラルズ鋼の有用性は高いとされ、回収できるのであれば回収、算出できる鉱山を得よ、との命も頂戴している。前線の気持ちをよくわかっていらっしゃる素敵なお申し出だ。またため息が漏れた。
 そして薔薇騎士団のおもりまで押し付けられたのだ。うんざりする。かの姫君に置かれては見ての通り死体の欠片集めなんていう奇矯な真似をはじめてしまった。

 ユリアーナの『視察』が満足するまで何事もなければいいとは思うが、そうも行かないのが世の常だ。
 運が悪いのか、良いのか。
 突如、哨戒中であろうシャンバラ兵からの弾丸がお姫様に向けられて飛んでくる。
 距離はあるしユリアーナはオラクルだ。当たることは無いだろうが、かといってもしもの直撃で怪我をさせるわけにはいかない。
「ヴィスマルクか! 鉄血が聖なる地を穢すか!」
 シャンバラ兵の叫びに、狂信者共めがと、クルトは毒づく。
 クレーター周りではこのような遭遇戦は今までは特になかった。しかしていつまでもないとは言えない。シャンバラ兵とて視察に来る可能性はあるだろう。こんなふうにバッティングするとは――今日はとびきり運が悪かったようだ。
 クルトは盾を構えユリアーナのもとに駆けつける。
「ハインツェル中佐殿、お退がりください」
「いいえ、バッハマン少尉。彼らシャンバラの兵は我らの同胞を傷つけました。怨敵を許すわけにはいきません」
 ユリアーナはレイピアを抜き、立ち上がった。
「薔薇騎士団、ユリアーナ・ハインツェル。我が親愛なる戦神の名において、あなた方を屠ります!!」
 クルトは今日何度目のため息をついたのだろうと思う。姫君の戦闘意欲はずいぶんと高くあらせられる。退いてくれと進言したところで聞く耳はもつまい。
 ならばできる限り姫君を守りながら闘うよりないのだろう。
 クルトは部下たちに戦闘命令を下した。


「三つ巴の戦い、であるな。」
 『長』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003) は集まった自由騎士たちにそう告げた。
 クレーター近郊の森でシャンバラ兵とヴィスマルク兵の遭遇戦が起きると水鏡が予知した。
 放置をすれば、シャンバラ兵が勝利を得るが、大きく傷つき、手当をするために二ルヴァン小管区に訪れることになり、小管区の異常に気がついてしまうだろう。
 それは現状において放置できることではない。故に、彼らに介入し、状況を変化させることで、ニルヴァン小管区への干渉をさせないようにしなくてはならない。
「どのように立ち回るかは君たち次第である。小管区への干渉を防いでくれたまえ」
「俺も。俺も連れて行ってくれ」
 演算室のドアの向こう、アーウィン・エピ(nCL3000022)が神妙な顔で話しかけてくる。
「ヴィスマルクが来るんだろ? だったら……!」
 アーウィンの顔にはいろいろな表情が浮かんでいる。恐怖、戸惑い、義憤、義務、焦り、役にたたなければならないという思い。
「そいつらのことを知ってるわけじゃないけど、それでも俺はヴィスマルクを倒さなきゃなんねえんだ」
 アーウィン・エピは元ヴィスマルクの使い捨ての奴隷兵であった。
 彼は祖国を裏切り、イ・ラプセルに下り、労役を経て自由騎士になった。
 おせっかいで優しい自由騎士たちは奴隷兵であった彼が知らなかった楽しいことや嬉しいこと、沢山のことを教えた。彼にとってそれは幸せな日々であったのは間違いない。
 だからこそ彼は国に残してきた弟分たちが今かつての自分のような仕打ちを受けていることが我慢できない。自分だけが幸せになってしまっていることが許せない。
 だからヴィスマルクと闘うという状況において自分が役にたたなければならないと思い込んでいるのだ。自分を受け入れてくれた、自由騎士達と故郷(ハイマート)にのこしてきた弟分達のために。
 クラウスはふむ、と頷いた。
「彼を連れて行くかどうかは君たち次第だ」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
EXシナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
■成功条件
1.ニルヴァン小管区への干渉を防ぐこと
2.シャンバラ兵の殲滅
 ねこてんです。
 シャンバラ正規兵とヴィスマルク兵との三つ巴です。
 成功条件は小管区への干渉を防ぐこととシャンバラ兵の殲滅です。
 
 ・ロケーション
 クレーター近くの森林地域になります。
 森林側から撃たれたので、ヴィスマルク兵がシャンバラ正規兵を追う形になります。
 イ・ラプセルは森側からの介入になります。
 それほどふかい森ではありませんので、足元は大丈夫ですが、木々によって遠距離命中率は低めになります。
 該当スキルがなくても動けますが、あれば便利です。

 ・エネミー
 
 ■シャンバラ正規兵
 殉教者部隊です。彼らは「ミトラースの権能に反応する魔導装置」を保有しており、ミトラースの祝福を受けていない者を洗い出して抹殺することを任務としています。
 彼ら自身が倒れるまで彼らは執拗に敵を屠ることでしょう。
 
 司令官
 ガーディアン×ノウブル ランク2までのガーディアンスキルを使います。
 攻撃力は高め。敵の隊列を崩すことを得意としています。オラクル
 
 副官
 ネクロマンサー×ノウブル ランク2までのネクロマンサースキルを使います。
 司令官が倒れれば彼が隊を率いることになります。 オラクル
・ネクロフィリア: 遠距離 戦闘不能になった敵を操ります。(操られた対象は通常攻撃のみです。再度戦闘不能にすることで動きをとめることができます)
・スペルカット:遠距離 詠唱(溜め)のあるスキルを邪魔します。
・スワンプ:遠距離 任意の相手の足元に底なし沼を作成します。
・ペインリトゥス: 遠距離範囲 致命、スクラッチ、ダメージ。
・因果逆転: 遠距離 回復するとダメージをうける状態になります。リジェネHP120が付与されます。

 ネクロマンサー×ノウブル ランク2までのネクロマンサースキルを使います。
・ネクロフィリア
・ケイオスゲイト 遠距離範囲 グラヴィティ2
・リヴァースドレイン 他付与 遠距離 対象に「与ダメの10%回復」の効果を付与

 ネクロマンサー×ノウブル ランク2までのネクロマンサースキルを使います。
・ネクロフィリア
・スペルカット
・ペインリトゥス
・リヴァースドレイン 

 ガンナー×ノウブル(古式銃装備)×1 ランク2までのガンナースキルを使います。

 マギアス×ノウブル×1 ランク2までのマギアススキルを使います。


 ルクタートル×ノウブル×2 ランク2までのルクタートルスキルを使います。

 バスター×ノウブル ×2 ランク2までのバスタースキルを使います。

 司令官とルクタートル、バスターが前衛、他は後衛です。合計10名です。

■ヴィスマルク兵

 ユリアーナ・ハインツェル 
 フェンサー×ノウブル オラクル
 速度はそれなりで、攻撃力もあります。積極的に前衛にでます。
 薔薇騎士団、リコリス小隊の隊長で、中佐です。
 ランク2までのガンナースキルを使います。
 軍師・威風急を活性化しています。
 EX:士気向上(P)
 周囲の仲間の士気をあげ命中と回避を上昇させることができます。
 小隊の部下を残しクレーターの視察にきました。
 赤い髪の美しく高潔な女性です。敵に囚われたのであればその生命を断つことでしょう。

 クルト・バッハマン
 ガーディアン×キジン オラクル
 防御力は高いです。基本的にはユリアーナを守ります。もしものときはユリアーナを逃がすことを優先します。
 ランク2までのガーディアンスキルを使用します。
 EX:(????)(A)
 何らかのEXスキルを所有しています。よほどの危機に陥った場合に使用します。

 バスター×ノウブル×2 ランク2までのバスタースキルを使用します。
 ドクター×ノウブル×1 ランク2までのドクタースキルを使用します。
 ルクタートル×キジン×2 ランク2までのルクタートルスキルを使用します。

 合計7名です。
 
 
・シャンバラ正規兵はこの近くにニルヴァン小管区があることを知っています。
 撤退戦を強いられることになれば、手当をするためにニルヴァン小管区に向かうでしょう。
 撃破できた場合は捕虜にもできますが、捕虜が多すぎても国力を下げることになります。

・シャンバラ正規兵がヴィスマルク兵を撃退させた後に介入する場合、最も被害も少なく倒すことができますが、情報は何も得ることができません。
 ユリアーナとクルトが傀儡化されている状態でシャンバラ兵は消耗しているものの戦力事態は低くありません。
 ユリアーナとクルトは現状では生きていますが、敵兵ですので、範囲攻撃に巻き込みます。その場合は二人とも死亡することになります。
 二人が帰らなくなることにより、ヴィスマルクのシャンバラへの介入が積極的になります。
 ニルヴァン小管区にも後日、その手は伸びる可能性があります。

・シャンバラ正規兵とヴィスマルクが戦闘を始めるタイミングで介入。
 説得次第ですが、ヴィスマルク兵との共闘が叶います。誰にどのように説得するかでかわってきます。
 様子見をして介入した場合には信頼はされませんので、三つ巴の状況になるでしょう。

 共闘をしたとしても足並みを合わせる程度で指示は聞きません。
 
 共闘成功後に続けて戦闘しても構いませんがお互いに消耗しているので勝てるかどうかは五分五分でしょう。
(その場合はプレイングのバランスも重要になってきます)
 負けた場合は小管区に介入されることになり、依頼失敗となります。
 勝てた場合に、適切な対応をしていれば捕虜を取ることはできますが、かなり難しいと思ってください。
 
 共闘後戦闘しない場合はヴィスマルク兵は前線基地に帰ります。
 その場合はヴィスマルクに現状イ・ラプセルと共闘ができるということを知らせることができます。
 ニルヴァン小管区を橋頭堡にしていることは黙っていれば伝わりませんし、よしんば伝えたとしても、イ・ラプセルの管区ということで、『現状』では手出しをするメリットがないので、干渉はしてこないでしょう。

・イ・ラプセルがシャンバラに介入していることはどのような方法でやっているのかまではわかってはいませんがクローリーにより伝わっています。

 *ガーディアンはイ・ラプセルにはそのバトルスタイルのノウハウが伝わっていなかっただけで、専用バトルスタイルではありません。


・アーウィン・エピ
 連れて行くかどうかは皆さん次第です。置いていくといえば彼はついてきません。
 あまり冷静という状態ではありません。何らかの義務感でヴィスマルクを倒さなければならないと思いつめています。言われたことは必ずききます。
 決定した作戦に逆らうことも、ヴィスマルクに与することもありません。
 焦りが前にでて集中力にかけた状態ですので、戦い方が雑になっています。
 敵にとってはいい標的にもなりえます。

 指示は掲示板でおねがいします。【アーウィン】のタグがついた最新の発言を参照します。
 特になければ皆さんの優先順位に合わせて行動します。
 技能は鋭聴力とフォレストマスターを活性化しています。
状態
完了
報酬マテリア
3個  7個  3個  3個
11モル 
参加費
150LP [予約時+50LP]
相談日数
8日
参加人数
8/8
公開日
2019年01月31日

†メイン参加者 8人†




「これを渡す」
 『女傑』グローリア・アンヘル(CL3000214)は言葉少なにアーウィン・エピに使い古されたマフラーを渡す。
「ああ、そんなの捨ててくりゃあよかったのに」
「違う、今だけ返すから、戦いが終わったら返せ」
「はぁ? わけわかんねえやつ」
 だから、無茶だけはしてくれるな。グローリアのその言葉は冬風に溶けた。
 ヴィスマルクが憎いのなら、一緒に女神を倒そうと言えただろう。
 弟分が心残りならラーゲリを開放しようと言えただろう。けれどグローリアには今のアーウィンの考えがわからない。
 ただ、憤りだけで戦おうとしている相手に何を言えるだろうか? もちろん彼の望みは自分が思った通りなのだろうと思う。けれど、そうじゃないのかもしれないと思って言葉がでなかった。
 だからせめて、この戦いでなにか光を得ることができればいい。グローリアにはそう祈ることしかできない。


「初っ端から喧嘩売ってきたヴィスマルクと共闘かー」
 『元気爆発!』カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)は複雑そうな顔でつぶやく。彼らの決定した作戦は、シャンバラ兵と戦闘中のヴィスマルク兵に介入して共闘する形でシャンバラ兵を殲滅するというものだ。
 事実、水鏡に映った結果はヴィスマルクの敗北。それがなったあと、ダメージを受けたシャンバラ兵を殲滅というのが最も効率的な作戦だが、彼らはそれを是とはしなかった。
「まあ、今はシャンバラに集中するのが重要だし、仕方ないね!」
 悩んだ顔はどこへやら。カーミラは元気な表情で気分を切り替える。シャンバラにしろヴィスマルクにしろ、イ・ラプセルとは国家としての体力が違う。利用することもそれはそれで重要だ。
 そうとは思わないのは『クマの捜査官』ウェルス ライヒトゥーム(CL3000033)だ。厚手の外套に包帯姿で自分の姿を敵国に認識させるようなことはしない。
 水鏡に映ったあの中佐殿はなるほど、本当に高潔な人物なのだろうとウェルスは思う。しかして油断はしない。もしも、もしもがあればヴィスマルク兵との交戦も視野にいれている。
 それが杞憂なら、それでかまわない。あわよくば心優しき中佐殿がアーウィンの弟分たちをラーゲリ連れてきてくれればいい、なんて楽天的なことまで思ってしまって一人で笑った。
 同じく複雑なのは『終ノ彼方 鉄ノ貴女』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)だ。彼女は軍人だ。ヴィスマルク方面の戦線にでていたこともある。先祖代々、イ・ラプセルの職業軍人であった家系である。
 初代様がこの作戦を知ったらどんな顔をするだろうか? しかして、この作戦はシノピリカ本人もまた賛成し意見した結果だ。その判断に間違いはないと思っている。
 反対に『機刃の竜乙女』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)はさっぱりとしたものだ。いずれ敵対するとは言え、無駄な戦闘を仕掛ける意味はない。国家としてのしがらみすら持ちえない彼女は徹底した合理的な理由により共闘を選んだ。
 ヴィスマルクはキライだ。しかして、死んだ亜人を差別しないというかの中佐殿には興味がある。
 『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ヴィスマルクとの戦いはほんの半年程度前のことだ。ヴェーアヴォルフ隊の最後は彼の心に深い影を落とした。もし彼らがヴィスマルクに与していなければ。そんなありえないIFを考えてします。そうすることしかできないほどに、ヴェーアヴォルフ隊を追い詰めたのはヴィスマルクだ。そう思うと、直接関係もないヴィスマルク兵にすら悪意を向けそうになる。
 それは彼の思う『優しい世界』にはほど遠い感情だ。――いやだな。僕にもこんな感情があったなんて。
「どうしたよ、アダム」
 そんな彼にアーウィンが声をかける。
「どうした、は君だよ。アーウィンさん。ベストのボタンかけちがえてるよ。今から闘うっていうのになんてざまだい?」
「う……」
 アーウィンはいつもより浮足立っているのがわかる。武器を取り落としたり、落ち着きに欠けていたりと散々だ。彼ら自由騎士はそれは知っていた。それでも彼を戦場に連れてくることを優先した。元ヴィスマルクの兵であった彼が、この戦いでなにか得るものがあればいいと思ったからだ。
 彼に伝えた指示は後方支援だ。前衛である彼にとってそれは屈辱的な指示だっただろう。ヴィスマルクとは共闘することも伝えたとき、彼の表情は言いようのない気持ちでいっぱいであることは皆理解した。
「今の貴方は何者だい?」
 アダムの端的な質問にアーウィンは理解ができず答えない。
「貴方は騎士だ。それもただの騎士じゃない。イ・ラプセルの自由騎士だ」
「わかってる」
「自由騎士は意志をもつ者だと考える。しなければならない、じゃなくてやりたいことをやる、んだ。もちろん自分の意志でだ」
 同じようなことはライカにも言われた。
 彼女とて家族が生きていて、それで置き去りに離れているなんて考えたら冷静でいられないだろう。気持ちはわからなくもないけれど、それだけじゃだめだ。
「キミはやらなきゃいけないことではなくやりたいことを優先しようとしている」
 アダムとは真逆の言葉だが、彼らが言わんとすることは同じだ。
 自分がおもうやらなければいけないこと、今現在自由騎士としてやるべきこと。アーウィンの中でそれがぐちゃぐちゃになって自分がおもう『やりたいこと』が『やらなければいけない』に入れ替わっているのだ。
 ライカはそれを指摘した。
 アダムはイ・ラプセルのために『ヴィスマルクを倒さなければいけない』ではなくて、アーウィン本人がやりたいことを探せと諭した。
「お前らよってたかってうるせえよ」
 余裕のない顔でアーウィンはそういうが仲間達のその言葉が嬉しくないわけではない。自分を信頼して、気を使ってくれていることくらいわかる。シノピリカには小言のように口うるさく言われたように感じ、わかってると強く怒鳴ってしまったことを後で謝ろうと思う。
「アーウィン」
 『いつかそう言える日まで』ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)が静かにアーウィンに声をかけた。
「俺たちはな、戦争をしているんだ。で、戦争っていうのはな、必ず敵を皆殺しにしないと終わらないってもんでもない。簡単な事ではもちろんないが、それだけは覚えておいて欲しい」
 それは不器用なフォロー。ボルカスはかつてアーウィンに憎まれ口を叩いた。しかしてそれは彼に対する憧憬とそして純粋な願いだったのだ。彼は模範囚として労役をへて自分と同じ自由騎士の道をえらんだ。それは嬉しいことだった。だからそんな彼が戦いについて思い悩むことは好ましいことだともおもっている。
 しかして彼はその方向を間違えている。成人男性にそんなことをはっきり言っても反発されるだけだろう。だから、言葉の意味を考えろ、とボルカスは言外に告げた。
 それをアーウィンなら気づくはずだと、ボルカスは傲慢にもそう思う。そして彼が答えを出せたときにこそ、あのとき言いたかった言葉を伝えようとも思う。
「ボルカス……俺は……――ッ!」
 アーウィンはボルカスへの言葉に返事をしようとしたその時、斥候として先行していたフェンサーの少女からの連絡があった。既に向かい合って戦いが始まったらしい。
「オッケー! いっくよー!」
 カーミラが元気に腕をあげて鼓舞すれば、彼ら自由騎士は戦場に向かい走り出す。


「おーーーーっほっほっほっほ!!!! わたくしはイ・ラプセルの自由騎士、ジュリエット・ゴールドスミスですわ!」
 ヴィスマルク兵とシャンバラ兵を挟む形で爆音をあげながら森から『思いの先に』ジュリエット・ゴールドスミス(CL3000357)以下8名の自由騎士が飛び出した。
 森を移動したときに頭についてしまった葉っぱをアダムがそっと払っている。
「私たちはイ・ラプセルの自由騎士団だよ! そっちのヴィスマルク! あんたたちと闘う気はないよ!」
 同じくカーミラがアイドルオーラきらっきらで所属を名乗りあげた。
 その突然の自由騎士たちの介入に困惑しどちらも手が止まっている。
「帝国貴族の心得には、指揮官の率先垂範など無きものと思うておったが……なかなかどうして、気持ちの良い人物があったものじゃ! しかし、気持ちが良すぎるのも考えものかのう? 勝ち目の薄い戦に突っ込んで民草の心を痛めるのでは、うまくなかろうよ」
 朗々とした声でシノピリカが叫ぶ。
「勝ち目が薄いとはどういうことですか?」
 ヴィスマルク兵の司令官、ユリアーナがクルトに守られながら問いかける。
「中佐殿! 彼らはイ・ラプセルの兵と名乗りました。……三つ巴になるとは運の悪い」
 副官のクルトがユリアーナに助言する。
 シャンバラ兵はややあったものの、状況を理解すると戦列を整え始める。状況としては挟み撃ちだ。憎々しげに双方をにらみ、イ・ラプセル側にも前衛を分ける。
 ウェルスは直前に龍氣を体に巡らせ、充填した銃をシャンバラ副官に向け引き金を引いた。
 おくれてタァンと銃声が響き、シャンバラ副官がその身を穿たれる。言葉は要らない。シャンバラとは敵対していると態度で見せたのだ。
「そこの貴方!! 貴方がヴィスマルクの上官であるとお見受けしました!
 わたくしたちはこの戦いにおいて貴方がたヴィスマルクに加勢いたします!」
 びしりと、ユリアーナを指差し、ジュリエットは宣言しながら、サンタフェの奇跡をアダムに施した。
「私たちに?」
「中佐殿! イ・ラプセルの奸計にきまっています」
「いいえ、少尉。私は彼らの話を聞こうと思います」
「……っ! 俺は中佐殿を守る。貴様らはシャンバラを撃て! イ・ラプセルには……当たったらそれは誤射ということにしておけ!」
「少尉!
 ユリアーナを守りながら、副官としてヴィスマルク兵にクルトは指示を出す。イ・ラプセルへの直接攻撃の指示はしなかったが、態度を見るダニ信用していないのはわかる。
「あれいすたーがオラトリオ中は停戦しようっていったのにぶっぱするシャンバラは危険だよ!
 別にお友達になりたいとかじゃなくて、私達にとってもシャンバラは共通の敵なんだから足の引っ張りあいは意味ないよね?」
「キジンのアダム・クランプトン! 推して参る!」
 カーミラとアダムがツーマンセルで、前に飛び出せば、副官を守るために自由騎士側への前衛に出てきたルクタートルたちに足止めされる。
 その横を走り抜けグローリアが副官名乗りをあげながら、疾風の刃で切りかかった。
「私はイ・ラプセル自由騎士がひとり、グローリア・アンヘル!」
 副官はスワンプで足止めが叶わないと切り替え因果逆転をグローリアにぶつける。瞬間、付与されたリジェネの回復が反転し、吐き気がするような寒さでもってグローリアの体力を削る。
「私たちはシャンバラに因縁があって追いかけてきた! ヴィスマルクに危害を加えるつもりはない。彼らを倒せば即座に撤退する!」
「彼らの情報は提示できるわ。情報は必要でしょう? 厄介なのをこっちが引き受けてもいい」
 グローリアに追随したライカは加速し、最高速の一撃を副官に放てば、ガンナーがバレッジファイアで全体に灼熱弾丸を絶え間なく振りまく。
「情報、水鏡、ですね。察するに水鏡に私達が負けると予知された、ということですか……敵国内部まで見えるのですか? かのデウスギアは……!」
 細い剣を振りながら、ユリアーナは自由騎士に問いかけた。そして吟味する。であれば負けた後に介入することも可能だったはずだ。そうすれば彼らはより効率的に闘うことができるはずだ。
「なぜ私達を助けるのですか?」
「貴殿らは怨敵を叩き、我らもまた祖国に仇為す者を斬る! これ必死にあらず、決死の戦なり!」
 シノピリカが迷わずそう答える。助けるわけではない。同じ怨敵を倒すだけであると告げる。
「イ・ラプセルは現在、シャンバラと交戦中ですわ。自国を守るために、今はシャンバラの戦力を少しでも削ぎたいのです。故に、この場に限り貴女方ヴィスマルクと共闘できれば、と考えています」
 ジュリエットもその思いを告げた。
「あなたのような軍人をこんな場所で失いたくない。いつか闘う相手だったとしても、いつか闘うために」
 その高潔な戦乙女であるユリアーナの姿はグローリアにとっては憧憬の的だった。もし自分が地位を奪われずに貴族として女軍人となった理想形がそこにある。
 それに胸が痛む。そんな気持ちはどこかに捨ててしまったというのに。羨ましくて羨ましくて。
 夢のカタチそのものである彼女が疎ましいとすら思ってしまう。それでも彼女をここで喪うことで、自分の未来も喪われるようでそれが嫌だったのだ。自分はいつのまにこんなエゴイストになってしまったのだろう。
「わかりました。敵国同士ではありますが、この場一時だけ手をとることを誓います!」
「中佐殿!!!」
 その言葉に絆されたユリアーナがキラキラした瞳で宣言すればクルトは悲鳴をあげる。全くこのお嬢様は……! これなら酔っぱらいの上司のほうがいくぶんかマシだ!
 その様子をみて、ボルカスはこの苦労しかしていなさそうな少尉殿に同情してしまう。美人で高潔、それはなんとも素晴らしいことだが……理想家が上司だと大変だな。うん、頑張れ少尉君。
「君たちは敵国だ。それは今もこれからも変わらない。そちらとしても『喜望峰』をなくした今、最高の驚異はシャンバラだろう。連中よりはこっちのほうが話はできると自負しているが。
 俺たちはまずはシャンバラを叩く。それはそちらとしても同じじゃないか? シャンバラには大人しくなってほしいのはお互い様だ」
 ボルカスはクルトを諭しながら戦争狂を纏い、副官へ矛先を向ける。
「我が国の目下の敵は、シャンバラ。此度の派兵の目的はシャンバラである。一時の握手であれば戦神も咎めまい
 軍人たるもの余計なことはしない。それは同じ軍人として同意してもらえることだと思うが。
 好きで人を殺す軍人がいないとはいわんが、貴殿はそうではないだろう」
「クルト・バッハマン! 僕らはユリアーナ・ハインツェルを傷付けない!」
 シノピリカとアダムもその後に続く。
 フルネームを呼ばれたクルトはそこでハッっと気づく。自分は少尉とはいえ軍学校から出て間もない、前線に送られたばかりの兵だ。武勲などたいしてあるわけではない。ユリアーナは薔薇騎士団で多少の露出はあるので敵兵から名前を覚えられることはあるかもしれない。しかし自分が敵国の兵士に名前を知られているなどはそうそうにあることではないのはわかる。
 これこそが水鏡か。恐ろしいものだ。彼らが帝国にシャンバラの敵情報をくれるのであれば、対応策も練れる。包帯姿の怪しげな人物はいるが、彼らが自分たちに真摯に訴えてきているのはわかる。そこに嘘はないだろう。
 それに何よりお姫様は敵との共闘というロマンチシズムに酔っ払ってらっしゃる。部下として上司を諌めたところで通じないだろう。ため息がでる。
「少尉!」
「わかった。貴殿らの共闘の申し出を受ける。しかしてここはヴィスマルク領である。貴殿らは領土侵犯をしていることは通商連をもって抗議させてもらう。
 また、シャンバラ兵についての検分、および捕虜は我々行う。作戦終了後は即時退去をしてもらう。
 これが条件だ」
 それは条件としてはヴィスマルクにとって有利すぎるものだがしかたあるまい。反発する意味はないし、もとよりシャンバラ兵はヴィスマルクに任せるつもりだ。
「わたくし、ユリアーナ・ハインツェルの名において、今回の領土侵犯は見逃します」
「中佐殿!!!」
 悲鳴をあげるクルトをみて、ボルカスとウェルスは少佐君の心労はとてつもないものだろうと苦笑した。
「では! いきます、イ・ラプセルの騎士たちよ!」
 朗々とユリアーナが宣言し、ヴィスマルクとイ・ラプセルの共闘が始まる。
 
「神よ! 我らに怨敵を討つ力を!!」
 シャンバラ兵はそれでも退くことはない。挟撃されている以上逃げ場はないともいえるが。だからこそシャンバラ兵は手段を選ばない戦いを強いられることになる。

「おっと、グローリア殿!」
 シノピリカがジュリエットの回復の手番を阻害しないようにクリアカースでグローリアの因果逆転を正常に戻せば、リジェネだけは残る。と言っても因果逆転の効果時間はそれほど長くはないようだ。シノピリカからアイコンタクトを受け取りジュリエットは回復を施した。
「感謝する、シノピリカ、なるほど、バッドステータスを解除しても、補助効果であるリジェネは残るのか」
「んもぉ、ルクタートルが邪魔だよ! はっ! これはルクタートルはつよいってこと?!」
 カーミラとアダムは今なおシャンバラのルクタートルに足止めを食らうことになる。ルクタートルたちは柳凪を使いダメージを減算してくるのだ。カーミラは鉄山靠で前衛ごと副官を狙うが、シャンバラ兵がカーミラに回り込みながら攻撃してくることで、射線の通らない方向を向かされて狙いづらくなる。
 うっかりヴィスマルク兵に当たったらとんでもないことになってしまうのでいつもよりほんの少しだけ気をつける。
「よっと」
 ウェルスは目立つせいか、攻撃にさらされるが、レティクルを見据え構えるその射線にブレはない。ロストペイン様様ではあるが、この代償はどこに「ある」のかと思うとゾッとしないが便利なのは確かだ。
 充填したウェッジショットが副官の大腿動脈を穿ち、大量の鮮血が吹き出る。
「司令官殿……!」
 副官が太ももをおさえ、司令官に助けを求めるが、司令官はヴィスマルク兵にかかりきりで、副官をかばいに行くこともできない。司令官は舌打ちをして自らにまとわりつくヴィスマルク兵を吹き飛ばし、副官のもとに向かう。
「悪いがここまでだ」
 ボルカスはランスを振り上げ、そしてただただ叩きつける。それだけで容易に人の体は破壊されるのだ。
 司令官は間に合わないことがわかるとネクロマンサーに指示をだし、副官をネクロフィリアで起こす。
 そのまま司令官はネクロマンサーを守るようにパリィングを使用した。助かります司令官、とつぶやいたネクロマンサーは司令官に何らかの術を付与する。
 司令官がボルカスに攻撃をしかければ、司令官に刻まれた傷が消えていく。敵に与えたダメージを自らの回復に転嫁する、ネクロマンサーの秘術である。
 司令官の無駄のない動きは新米ガーディアンであるアダムにとっては敵ながら見事だと思う。しかして見ているだけではないアダムはその体捌きを学習する。
 ライカがグローリアにアイコンタクトをすればグローリアは頷く。たったそれだけで彼女たちはカバーされていないネクロマンサーへの攻撃にシフトすることを決め、そして実行に移す。
 美しき女剣士たちの最大火力がネクロマンサーたちを襲う。倒すまでには至らないが、ネクロマンサーの体力を大きく奪ったのは間違いない。
 ネクロマンサーは焦り、ライカとグローリアを中心に痛みをもたらす球体を発現させ、彼女らの肌を裂く。グローリアは直撃して、流血が止まらないが、ライカはライトヒットで耐えた。
「異端とは足が遅いのものではないのか!」
「硬さこそはないけど、アタシには回避がある、なめてもらっちゃ困るわ」
 悲鳴のようなシャンバラ兵の声にライカはすました顔で答える。
 その横合いから起き上がった副官がライカに攻撃しようとしたところをヴィスマルク兵が吹き飛ばした。
「へえ、やるじゃない。ヴィスマルクも。でも、礼はいわないわ」
 さすがといったところか。ヴィスマルク兵の技の冴えは同じバトルスタイルでなくともわかるほどに洗練されたものだ。
「こちらとて助けた覚えはない。礼などは不要だ」
 ネクロマンサーに起こされた副官も連携して攻撃を重ねるヴィスマルク兵によって二度と動かなくなる。彼らの攻撃にはアクアディーネの加護はない。彼はネクロフィリアでもってももう二度と立つことはない。
「大将首は頂きじゃ! 異端の鉄腕、その身で受けよ!」
 シノピリカは己の鉄の豪腕を天に高く伸ばし、シャンバラ兵に異端をアピールする。
 その言葉に反応するのはヴィスマルク兵だ。彼らとて、功を狙う野心はある。ヴィスマルク兵もまた数人シノピリカとボルカスに混じって司令官に向かってくる。
「おやおや、あちらの功名心を煽ってしまったかの?」
 シノピリカの頬に汗が伝う。
「そのようだな。こちらも負けてはいられないさ」
 ウェルスが愛銃に魔力で練った銃弾を充填しながら口角をあげた。
「みなさん! 怪我はおまかせくださいませ!」
 致命を解除し、自由騎士もヴィスマルクもお構いなしで回復するのはジュリエットだ。前衛からは少し離れているが、彼女はアーウィンがかばうことで敵兵からの攻撃をフォローする。
「アダムほど、かばうのはうまくなくて恐縮だけどな」
「そうですわね、アダムのかばいっぷりはみごとですし!! あれをアンパンガードと名付けています」
「どうでもいいけど、少しは俺も労って……いやいい、ジュリエットはしっかり回復だけたのむ」
「はい、おまかせあれ!」
 ジュリエットの練られた魔導力は大いなる癒やしを皆に与える。
 イ・ラプセルとヴィスマルク。
 そのお世辞にも連携はできているとは言い難い同盟軍にシャンバラは強く抵抗するが、ひとり、またひとりと戦闘不能者は増えていく。
 司令官を倒した後も彼らは退くことなく抵抗を続ける。
「わが神の栄光よ! 神よ!!」
 ミトラースに心酔しその信仰を捧げる兵は神に祈るが、無勢に多勢をひっくり返すことはできない。ミトラースの神名のもと、彼らは怨敵を前に踵を返すことはできない。
「まったく、神様ぐるいは厄介だ」
 ウェルスがため息をついて、引き金をひく。
「正直、ヴィスマルクと共闘ができるとはおもわなかったが、今回の件は共通の敵のヤバさはお互い理解しきってるってことだろうな。
 いずれ戦う相手であっても、イ・ラプセルが無条件で他国を攻撃するわけではない共闘の余地がある相手だとアピールはできただろうさ」
 司令官が倒れた今フリーになったボルカスがウェルスの背を守るように移動する。
「ああ、今後の何らかのきっかけになる可能性はゼロじゃない……だから」
「だからこそ、こっちはこっちで厄介、か」
「ああ、ボルカスの旦那、そのとおりだ」
 シャンバラ兵のように話が通じないのであればそれはそれでやりやすいのだ。なまじ、言葉が通じてしまった以上、次に敵として現れたのであれば戦うだけと理解はしているが感情は複雑に揺らぐだろう。
 彼ら二人はいい。酸いも甘いもわかった大人だ。割り切ることはできる。
 しかし。
 イ・ラプセルの自由騎士達には子どもが多い。彼らは簡単に割り切ることができるのだろうか?
 子どもでも戦わねばならぬほどにこの世界は狂ってしまっている。それがボルカスには我慢できない。
 カーミラなどみてみろ。彼女は子どもらしく遊ぶことより戦いを選んでいる。それは見方を変えれば若くして国家のために戦うことのできる勇猛で献身的な若者だ。
 それが素晴らしいとまかり通るこの今がやるせなかった。
「カーミラさん、今だよ、僕に合わせて!」
 雄叫びと共に獅子咆を発動させ、自らをブロックするルクタートルごとカーミラをブロックするルクタートルをアダムは吹き飛ばした。
「このおお!」
 自由になったカーミラがここぞとばかりに切り札の穆王八駿を隙のできたルクタートルに炸裂させて、戦闘不能にする。若き戦士たちが敵兵の撃破に笑顔で拳を打ち合わせるのをみて、ボルカスは誇らしいのと共に悲しさも感じていた。
 だから。だからせめてと、ボルカスは彼らより多い数その槍を振るうのだと誓う。

 最後に残ったシャンバラ兵がウェルスの弾丸によって倒れたところで状況は終了する。

 ヴィスマルク兵も自由騎士達もそれほどの重傷のものはいないが傷は目立つ。因果逆転や致命で回復を阻害されるということは回復行動の抑制にもなり厄介であることがよくわかった。

 ヴィスマルク特有の祈りでもってユリアーナが死者に祈りを捧げている。少し離れたところでウェルスは銃を構えたまま彼らを監視する。備えあれば憂い無し。そんな憂いなど起きる状況ではないだろうが念の為だ。
「状況は終わった。貴殿らは今すぐに退去してくれたまえ」
 そう言い放つクルトをユリアーナが制し、一礼をする。
「この度はありがとうございました。少尉が言っていたとおり、この場の主導権は我々がいただきます。あなた達のことは報告はいたしますが悪いようにはいたしません。■■■■様に誓って」
「ねえねえ、薔薇騎士団ってどういう騎士団なの? わたしの名字がローゼンタールだから気になる!」
 空気を読まずにそわそわしていたカーミラの問いかけに対しクルトが止めにはいるがユリアーナが逆に彼を制する。貴族へのその対応にボルカスはひやっとしてカーミラをフォローしようとするがそれもユリアーナに制された。
「女性だけで編成された騎士団です。歌や踊りで軍を鼓舞するのですが私はあまり歌も踊りも得意ではなくて、このように武力でもって戦わせていただいています。ローゼンタールといいましたか? ……薔薇の谷。そのような地名は我が国にありますね。薔薇騎士団とは関係はないのですが」
「これはイ・ラプセルとしてではなく、わたくし個人の想いなのですが……わたくしは戦争による犠牲を良しとしません」
 少し離れた場所でつぶやかれたジュリエットの言葉にユリアーナは顔を向ける。
「敵も味方も、両方とも。ひとのいのちがなければこの世界は回りません。平和で豊かな世界を実現するためにはこれ以上の犠牲や悲しみはあってはならないのです」
 それは彼女にとって大切なヒトの理想だ。最初は大切なひとの思いを叶えたい、だから私もそうする、という思いだった。でもそれはいつしか自分の理想にもなっていったのだ。
 アダムはジュリエットのその言葉にすこしだけ胸が痛む。彼女をそんな果のない理想に誘ったのはきっと自分なのだろうとも思う。後輩である彼女もまた自分と同じ苦しみに悩まされることになるだろうことが悲しかった。
「一度弓引かれた戦争は、結果がでるまで止まりません。あなたの理想はかなわないことでしょう」
 ユリアーナははっきりと断じる。軍人として自らの国をまもるために他国の兵を殺害することはこの先なんどもあるだろうことは理解している。
「それでもそのように思う人がいるのであれば、それに近い世界にかわっていくかもしれません」
 ユリアーナは薔薇のような艶やかな笑みを浮かべた。その笑みは明らかに善良な人物であるとわかるものだ。
 そうだ、敵兵といっても、善良なものはいる。国という軛は違うが同じ、ヒトでしかない。
 そんな善良なヒトが戦争というくだらないもので憎み合い憎しみの連鎖を生むことが信じれなかった。その連鎖を断つためににはこれからどれほどの血が流れるのだろうか。
「生き残った捕虜のシャンバラ兵の扱いには恩赦を」
 ジュリエットには言いたいことはもっとあった。けれど胸がつまって言葉にできたのはそれだけだった。
 乱戦であった以上すべてのシャンバラ兵を自由騎士がトドメを指すことはできなかった。シャンバラ兵の生き残りは半数を切っている。それでもジュリエットは生き残った彼らを思う。
「わかりました。視野にはいれておきます。それとグローリア・アンヘル、だったかしら?
 貴女の紅い髪、私とにていますね。貴方が戦う姿はとても美しく思えました。私も貴女のように戦えるといいと思います」
 その言葉にグローリアは一瞥はするがなにも答えない。私の憧れの体現者が貴女だと素直に口にできるほど彼女は小器用ではない。
「それではみなさま、ごきげんよう」
 ユリアーナは優雅なカーテシーを自由騎士たちにむけた。
 さてはて、宮仕えというものは辛いものだのう。彼らに再度名乗ったシノピリカはクルトにだけ聞こえるようにつぶやくが返事はない。馴れ合いはしないという態度なのだろう。
 アダムにわたされたアンパンをどうしたものかと見つめていたクルトは一つため息をつき、シノピリカにアンパンを返事の代わりに渡した。
「甘いものは嫌いだ。そして貴様らイ・ラプセル人も嫌いだ。しかして今回のことについては礼を言わざるわけにはいかない」
 そう言うと、クルトは部下に指示をだしシャンバラ兵を基地に連れていかせ、自分はユリアーナを促し、自由騎士達に背を向けたのだった。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†

称号付与
『薔薇色の髪の騎士』
取得者: グローリア・アンヘル(CL3000214)
『薔薇の谷の騎士』
取得者: カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)
『尽きせぬ誓い』
取得者: ボルカス・ギルトバーナー(CL3000092)

†あとがき†

 皆様参加ありがとうございました。
 見事帝国と共闘を果たし、シャンバラ兵を打ち負かすことができました。
 シャンバラ兵は生死問わず、帝国側で検分されます。
 捕虜についてはユリアーナの口添えもあり、殺されることはないでしょう。
 アーウィンはこのあと無理をするようなことは控えるようになったようです。
FL送付済