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【鉄血侵攻】積年の想い

●
いつかはそうなることは理解していた。
そも、心を通わせたとて、彼とは所属する国が違うのだ。紅い液体で満たされたグラスを回す。
芳醇な香りが鼻腔を擽る。
友と、そう思った男の顔を思い出そうとするが朧気だ。ああ、それでいい。そのほうが幾分かましだ。
美しい少年のころの思い出は彼方。愛しき少女の思い出とて、また彼方の向こう。
美しい思い出に引きずられ四十となったのにいまだ妻も娶らぬ自分がおかしくも愚かしい。
男は立ち上がりワインセラーの奥に足を運ぶ。
とある封の切っていないワインセラーの前で立ち止まる。
今日、条件は達成するかもしれない。そういう予感がある。
それは古い約束。その約束相手はとうの昔にそのワインの封を切っているかもしれないのに。
それは冷酷卿と呼ばれる軍人の男に残った唯一のロマンチシズム。
男はそろり、とワインのラベルをなでる。1798年と刻印されたそれを――。
●
「まさか、ヴィンター大佐殿。貴殿が前線になどと……!」
レガート砦軍曹がおびえながらも上申する。
「かまわんよ。私の銃の腕が錆びついていないかを確かめるだけだ。無茶はしない。イ・ラプセル騎士とやらを試してみたくなってな」
「しかし」
「ディークマン大佐には許可は得ている。苦々しい顔をしてはいたけどな。今回の出撃は非公式だから安心しろ。それにディークマンのやつの指揮を優先しろと命じてある。
多少の現場指揮で貴様らの部隊も鍛えてやる」
「……ディークマン大佐殿の心労をお察しいたします」
「武勲は貴様にくれてやろう、曹長のポストも近いぞ」
まったく……。
軍曹にとってはこの大佐殿は雲の上の存在である。心の中でもれるため息はとめることはできない。
そも、自分が彼の動きを止めるなど不可能にもほどがある。同行を命じられた同僚たちは自分よりもっと厳しい立場に置かれることになるだろう。
このヴィンター大佐という軍人は自身はおろか部下にも厳しい男だ。
そんな男が非公式で向かうというには何らかの意図があるのだろうが、軍曹にはそれを察する機微はない。いや、ディークマン大佐殿とて真意を完全に理解しているとは言えないだろう。
軍曹はもう一度心の中でため息をつく。
「では、ご無事での帰還を心よりお待ちしています」
いつかはそうなることは理解していた。
そも、心を通わせたとて、彼とは所属する国が違うのだ。紅い液体で満たされたグラスを回す。
芳醇な香りが鼻腔を擽る。
友と、そう思った男の顔を思い出そうとするが朧気だ。ああ、それでいい。そのほうが幾分かましだ。
美しい少年のころの思い出は彼方。愛しき少女の思い出とて、また彼方の向こう。
美しい思い出に引きずられ四十となったのにいまだ妻も娶らぬ自分がおかしくも愚かしい。
男は立ち上がりワインセラーの奥に足を運ぶ。
とある封の切っていないワインセラーの前で立ち止まる。
今日、条件は達成するかもしれない。そういう予感がある。
それは古い約束。その約束相手はとうの昔にそのワインの封を切っているかもしれないのに。
それは冷酷卿と呼ばれる軍人の男に残った唯一のロマンチシズム。
男はそろり、とワインのラベルをなでる。1798年と刻印されたそれを――。
●
「まさか、ヴィンター大佐殿。貴殿が前線になどと……!」
レガート砦軍曹がおびえながらも上申する。
「かまわんよ。私の銃の腕が錆びついていないかを確かめるだけだ。無茶はしない。イ・ラプセル騎士とやらを試してみたくなってな」
「しかし」
「ディークマン大佐には許可は得ている。苦々しい顔をしてはいたけどな。今回の出撃は非公式だから安心しろ。それにディークマンのやつの指揮を優先しろと命じてある。
多少の現場指揮で貴様らの部隊も鍛えてやる」
「……ディークマン大佐殿の心労をお察しいたします」
「武勲は貴様にくれてやろう、曹長のポストも近いぞ」
まったく……。
軍曹にとってはこの大佐殿は雲の上の存在である。心の中でもれるため息はとめることはできない。
そも、自分が彼の動きを止めるなど不可能にもほどがある。同行を命じられた同僚たちは自分よりもっと厳しい立場に置かれることになるだろう。
このヴィンター大佐という軍人は自身はおろか部下にも厳しい男だ。
そんな男が非公式で向かうというには何らかの意図があるのだろうが、軍曹にはそれを察する機微はない。いや、ディークマン大佐殿とて真意を完全に理解しているとは言えないだろう。
軍曹はもう一度心の中でため息をつく。
「では、ご無事での帰還を心よりお待ちしています」
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.レガート砦に続く森の突破
たぢまです。
連動依頼になります。
このシナリオでは テオドール・ベルヴァルド(CL3000375) のアナザーである ヴェルナー・シュトルム・ヴィンター が登場していますが、該当PCの参加を強制するものではありません。
また、該当PCの参加が確定することを保証するものではありません。
あらかじめご了承くださいませ。
参加した場合テオドールさんはこのNPCのことを伏せていてもかまいませんし、言ってもかまいません。
現段階では水鏡でもテオドールさんと既知の仲であることは他のPCには伺えません。
森の中で射線の通りづらい場所での待ち伏せ戦となります。
指向性のあるおびき寄せですので他の場所から回り込むことはできません。
罠に自ら飛び込んでいき、撃破する依頼になります。
敵兵はこちらを攻撃する射線は確保しています。
敵兵内ヨウセイの自然共感でその場所を確保できています。
具体的には敵命中率↑↑↑ 敵回避↑↑↑ の効果が敵全体に適用されています。ブレイクできません。ヨウセイを倒しても効果は続きます。
ヴェルナーはある一定の戦果(PCの戦闘不能が半数以上)を確認した場合戦線離脱します。その場合、レガート砦の兵士の練度は十分と判断し『【鉄血侵攻】 Zealot! 鉄壁を砕く熱き楔!』に合流せずに本国に戻ります。
敵兵の半数が戦闘不能になったことを確認した場合、戦線離脱します。その場合、『【鉄血侵攻】 Zealot! 鉄壁を砕く熱き楔!』に合流します。
撤退を妨害することは兵士に邪魔されて不可能です。
ヴェルナー撤退後、敵兵を全滅させることができれば突破となります。
ただしお互い膠着状態のまま、大きくターンがかかりすぎれば(30ターン以上)突破失敗となります。
彼の目的は末端の兵士の練度の確認と、自由騎士たちの練度や戦い方の確認と、とある自由騎士の存在と状況の確認です。それ以上でもそれ以下でもありません。
隠密は得意なので、毎ターン運でダイス判定します。参加者分の隠密判定で一人でも成功した場合見つかります。何らかの有用と判定されるスキルがあれば成功率を上げることができます。
見つかっていないターンは攻撃はしてきませんが、見つかったときは攻撃もできますが、相手からも攻撃があります。
隠密判定をしないという行動も可能です。見つかっていないターンは彼はあなたたちをしっかりと観察することになります。スキル傾向などもしかりです。
また見つかっていない時はその場でヴィスマルク兵に現場指揮し、ポテンシャルを上げる行動をします。
◇エネミー
ヴェルナー・シュトルム・ヴィンター
階級は大佐。ノウブルのガンナーです。少しばかりの魔導もかじっています。
ランク3までのガンナースキルとアイスコフィン3 コキュートス3 ユピテルゲイヂ3 を使用してきます。物理魔導両面型タイプ。
ライフルから銃弾型の魔導スキルを状況に応じて打ち出すスタイルで戦います。練度は高め。
命中、攻撃力は高いです。
ヴィスマルク兵10名
砦から数人の生え抜きを選んで連れてきました。ランク2までのスキルは使えます。
ヨウセイはレンジャースタイルでランク2とランク3を少々。
ヒーラー2人、ガンナー3人、呪術師1人、魔導士1人、軽戦士2人の後衛よりの混成になっています。
全体的に練度は低くはありません。
基本的にヨウセイ含め説得はできません。ヨウセイも望んでこの場に立っています。
全員暗視、もしくはリュンケウスの瞳急、その両方を活性化しています。状況に適応した兵を徴兵しています。
明かりは必要です。しかし明かりは目印にもなるので、敵の命中率が上がります。
フィールド効果:転ばぬ先の策
ディークマン大佐の指揮です。信頼の元に繰り出された行動をこなし、ヴィスマルク兵のCT値が上昇し、FB値が減少します。
なお、この効果は同僚であるヴェルナー大佐にはかかりません。
ムサシマルとアーウィンは言われたとおりの行動をします。特に指示がなければ、邪魔にならないように行動します。
ムサシは暗視とハイバランサーを活性化、アーウィンは暗視と鋭聴力を活性化しています。明かりは使わずに行動できます。
特別な指示がある場合には【ムサシマル指示】【アーウィン指示】のタグのつく最新の発言を参照します。
----------------------------------------------------------------------
「この共通タグ【鉄血侵攻】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【鉄血侵攻】 Zealot! 鉄壁を砕く熱き楔!』に軍勢が雪崩れ込みます」
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連動依頼になります。
このシナリオでは テオドール・ベルヴァルド(CL3000375) のアナザーである ヴェルナー・シュトルム・ヴィンター が登場していますが、該当PCの参加を強制するものではありません。
また、該当PCの参加が確定することを保証するものではありません。
あらかじめご了承くださいませ。
参加した場合テオドールさんはこのNPCのことを伏せていてもかまいませんし、言ってもかまいません。
現段階では水鏡でもテオドールさんと既知の仲であることは他のPCには伺えません。
森の中で射線の通りづらい場所での待ち伏せ戦となります。
指向性のあるおびき寄せですので他の場所から回り込むことはできません。
罠に自ら飛び込んでいき、撃破する依頼になります。
敵兵はこちらを攻撃する射線は確保しています。
敵兵内ヨウセイの自然共感でその場所を確保できています。
具体的には敵命中率↑↑↑ 敵回避↑↑↑ の効果が敵全体に適用されています。ブレイクできません。ヨウセイを倒しても効果は続きます。
ヴェルナーはある一定の戦果(PCの戦闘不能が半数以上)を確認した場合戦線離脱します。その場合、レガート砦の兵士の練度は十分と判断し『【鉄血侵攻】 Zealot! 鉄壁を砕く熱き楔!』に合流せずに本国に戻ります。
敵兵の半数が戦闘不能になったことを確認した場合、戦線離脱します。その場合、『【鉄血侵攻】 Zealot! 鉄壁を砕く熱き楔!』に合流します。
撤退を妨害することは兵士に邪魔されて不可能です。
ヴェルナー撤退後、敵兵を全滅させることができれば突破となります。
ただしお互い膠着状態のまま、大きくターンがかかりすぎれば(30ターン以上)突破失敗となります。
彼の目的は末端の兵士の練度の確認と、自由騎士たちの練度や戦い方の確認と、とある自由騎士の存在と状況の確認です。それ以上でもそれ以下でもありません。
隠密は得意なので、毎ターン運でダイス判定します。参加者分の隠密判定で一人でも成功した場合見つかります。何らかの有用と判定されるスキルがあれば成功率を上げることができます。
見つかっていないターンは攻撃はしてきませんが、見つかったときは攻撃もできますが、相手からも攻撃があります。
隠密判定をしないという行動も可能です。見つかっていないターンは彼はあなたたちをしっかりと観察することになります。スキル傾向などもしかりです。
また見つかっていない時はその場でヴィスマルク兵に現場指揮し、ポテンシャルを上げる行動をします。
◇エネミー
ヴェルナー・シュトルム・ヴィンター
階級は大佐。ノウブルのガンナーです。少しばかりの魔導もかじっています。
ランク3までのガンナースキルとアイスコフィン3 コキュートス3 ユピテルゲイヂ3 を使用してきます。物理魔導両面型タイプ。
ライフルから銃弾型の魔導スキルを状況に応じて打ち出すスタイルで戦います。練度は高め。
命中、攻撃力は高いです。
ヴィスマルク兵10名
砦から数人の生え抜きを選んで連れてきました。ランク2までのスキルは使えます。
ヨウセイはレンジャースタイルでランク2とランク3を少々。
ヒーラー2人、ガンナー3人、呪術師1人、魔導士1人、軽戦士2人の後衛よりの混成になっています。
全体的に練度は低くはありません。
基本的にヨウセイ含め説得はできません。ヨウセイも望んでこの場に立っています。
全員暗視、もしくはリュンケウスの瞳急、その両方を活性化しています。状況に適応した兵を徴兵しています。
明かりは必要です。しかし明かりは目印にもなるので、敵の命中率が上がります。
フィールド効果:転ばぬ先の策
ディークマン大佐の指揮です。信頼の元に繰り出された行動をこなし、ヴィスマルク兵のCT値が上昇し、FB値が減少します。
なお、この効果は同僚であるヴェルナー大佐にはかかりません。
ムサシマルとアーウィンは言われたとおりの行動をします。特に指示がなければ、邪魔にならないように行動します。
ムサシは暗視とハイバランサーを活性化、アーウィンは暗視と鋭聴力を活性化しています。明かりは使わずに行動できます。
特別な指示がある場合には【ムサシマル指示】【アーウィン指示】のタグのつく最新の発言を参照します。
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「この共通タグ【鉄血侵攻】依頼は、連動イベントのものになります。依頼が失敗した場合、『【鉄血侵攻】 Zealot! 鉄壁を砕く熱き楔!』に軍勢が雪崩れ込みます」
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状態
完了
完了
報酬マテリア
2個
6個
2個
2個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2020年08月09日
2020年08月09日
†メイン参加者 8人†
●
「次にまみえたときか、お互いの死を確認したときに、このワインの封を切ろう」
それはまだ彼らが青年であったころの約束。
世界を取り巻く情勢はまるで天秤のように揺れる。この約束が果たされたとき彼らが友人同士である保証はどこにもない。
白紙の未来はおろかイ・ラプセルとヴィスマルクの未来がどうなるかなどその当時は誰も知らなかった。
――いや、一人だけは知っていた。
その一人の策略により世界で燻る戦の火種は炎をあげて燃え始める。それが、終わりの始まり。
●
彼ら自由騎士たちは暗い森を駆ける。
敵兵が潜んでいることは水鏡により感知されている。彼らは狩られる側だ。
巧みに誘導され、追い詰められていくルートは水鏡による予知がなければ見事な罠への追い込み猟であることがわかる。
こんないやらしいやり方をする人物に『石厳公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は心当たりがあった。
いや、まさかという気持ちもある。否定したかったが進めば進むほどにその疑念は確信に変わっていく。
脳裏に浮かぶは1789年のラベルのついたワイン。
「テオドール、どうしたの?」
彼の隣を走る『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が眉を顰めるテオドールに尋ねた。
「いや、なんでもない」
この目で確かめない限りにおいてはただの妄想だ。テオドールは仲間に今から対する敵が、かつての友人であることは伝えてはいない。
「サーチアンドデストロイ。俺向きの仕事だな」
周囲をサーチエネミーで探りながら『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が油断なくつぶやいた。
事実こういった戦場はアデルにとっては得意分野だ。
兜の光学装置による疑似眼が機械音をたてて周囲を探る。先行させている二人の仲間を挟撃するかたちで配置するのがセオリーだ。
定石から逆算して読み解く戦術。それはアデルの嘗ての上司である男から学んだものだ。
布陣は戦術に従って決まる。それはアデルか何度も聞かされた理論でもある。
「――。同族の気配を感じます。
このあたりの植物たちはヨウセイのお願いをきいたのでしょうね」
『祈りは歌にのせて』サーナ・フィレネ(CL3000681)が同族の気配を周囲の木々から感じ仲間に告げる。
――生きていてくれてよかった。
全然知らないヒトだとは思う。それでも、仲間が生き延びたことはうれしい。敵である相手に思うことではないけれどそれでも。
心優しい少女はそう思ってしまうのだ。
自分がイ・ラプセルに救われたように、仲間である誰かもまたヴィスマルクに救われたのだろう。
同族と戦うことは心が痛む。だけど譲れないもののために敵同士として、手を抜くつもりはない。
「アーウィン、そっちは何かきこえるか?」
『ウインドウィーバー』リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)はラビットイヤーをぴこぴこさせて周囲の音を探る。
「いや――気配は感じるが、周到に隠しているっぽいな」
「同感、まったく厄介だな。メモをとる余裕はなさそうだ」
アーウィン・エピの言葉にリュエルは苦笑して、皆の活躍はまずは心に刻もうと思う。この戦いが終わればきっといい歌ができるはずだ。
また戦争だ。
『真なる騎士の路』アダム・クランプトン(CL3000185)はずいぶんと伸びたまま切っていない髪を払いながら心の中でごちる。
これは自国の決定だ。守りに徹している状況はとうの昔に過ぎた。これからは三つ巴の食い合いだ。
そう割り切れたらどれほど楽だっただろう。まだ割り切れぬまま青年は戦場に立つ。守るべき仲間のために。
「あーいやだいやだ。野郎に見つめられてるってのはゾッとしないね」
『帰ってきた工作兵』ニコラス・モラル(CL3000453)は吐き捨てるように言う。視線は感じる。観察するものの視線だ。
情報収集のための罠であることが工作兵であったニコラスにはよくわかる。
「やっこさんたちに囲まれてるみたいな気がするっててか、草木もそういってるよ。サーナちゃんと俺の説得が届いたのかね。さりげなく教えてくれる草木もなくはない」
夜目のきかない『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)はカンテラをふりながらあえて軽口じみた口調でアダムに話しかけた。
彼ら三人の役目は囮だ。
後続する仲間の存在は敵に気づかれているだろう。あちらも、こちらも作戦は基本的には8~10人の小隊単位で動くことは互いに知っている。
罠の中に少数で――特に名の知れたアダムが一緒だ。――飛び込んでくるとは相手とて思っていないだろう。しかも敵兵はすべて夜目がきくという事前情報も得ている。
そも森に入り込んだ時点で敵のヨウセイが侵入者のおおよその人数も知らせていることは想像に難くない。
ならば、囮である三人は後続の者たちの位置をごまかすためにことさら目立てばいい。
「ん? アダム殿どうした?」
オルパは返事をしない相棒を訝しむ。
アダムは大きく息を吸い――。
「聞け!ヴィスマルクの民よ!
我が名は騎士アダム・クランプトン!
『全てを守り、全てを救う者』だ!」
周囲に向かって心に響けといわんばかりに朗々と名乗りをあげる。
「はあ??? アダム殿なにしてくれちゃってんの????」
「ぷっ、ははは、アダムやってくれるね~」
「彼らは僕たちの品定めをしに来ているのだろう? なら、このほうが手っ取り早い!」
後続の仲間たちもこの宣戦布告の名乗り上げには面食らったことだろう。
しかして千日手のごとくお互いがお互いを探りあうだけでは埒があかないことも確かなのである。
「貴殿らにも守るべきモノがあろう! 誇りがあろう! 信念があろう!
それら全てを背負い我らにぶつかって来るが良い!
その全てをも乗り越え我らは勝利を掴む!」
アダムはさりげなくオルパとニコラスを射線からかばうことのできる位置取りをしながら朗々と叫ぶ。
地の利があるのは敵だ。
だが、それがどうした? 自分たち自由騎士は幾度もの危険にその身を投じてきた。
いまさら恐れることはない。この程度の困難は困難のうちに入らない。
しん、と森が静まり返る。小動物の鳴き声すら止っていた。
ややあって、ぱち、ぱちと拍手の音。
「貴様がイ・ラプセルの白騎士、アダム・クランプトンか。噂はきいている。
栄えある帝国の軍人にこうも青臭く名乗られてしまっては、立つ瀬がないな」
暗闇からゆっくりと年のころは四十を超えたくらいだろうか? 中年ながらも鋭い眼光を持った軍服の男が現れる。アダムとオルパ、ニコラスは動かない。
ただものではない空気を感じる。彼の号令一つで彼らはハチの巣になってしまうだろう。事実鋭い殺意が彼らを取り巻いているのがわかる。
アダムは油断なく羅刹破神の構えをとりはじめた。
「のちの歴史書に我らが栄光のライヒが卑怯にもイ・ラプセルを闇討ちしたなどと記されてはたまらんからな。
私は、ヴェルナー・シュトルム・ヴィンター。階級は大佐だ」
敵将であるヴェルナーは名乗りながらも油断は見せない。
「やはり、ヴェルナーであったか……」
テオドールは自分の疑念が確定に変わったことに複雑な感情を覚える。数十年の時を経て友人であった男に再開した喜びとそして――殺しあうことが決定したという悲しみに。
「知っているのかい?」
「まあな。詳しくはあとで話す」
「わかった。今はそれでいいよ」
マグノリアの問いにテオドールは短く答え、マグノリアは納得し頷いた。
「なるほどな。テオドール、俺はこのいやらしい戦術に覚えがある。それはお前の戦術だ」
アデルはエネミーサーチで感知した位置関係とサーナの自然共感の情報を照らし合わせながら既知の戦術だと感じた。
さもありなん。ヴェルナーとテオドールに戦術師事したものは同一なのだから。
敵将が出てくるとまでは思わなかったが彼は見事に二人の囮を人質に取っている。卑怯な闇討ちなどという言葉はいつでも囮の二人を殺すことができるという宣誓でもあるのだろう。
敵将の名乗りはアダムたちだけではない。伏兵である後続の自由騎士たちに向けても告げているのだ。
どうする? とアデルはテオドールを促す。
会敵は果たした。もはや隠れていてもそれに意味はない。
「……久しいな、ヴェルナー。
約束の片方はそうだが、こういう形を望んだ約束ではないだろう?」
テオドールは嘗ての友に姿を見せる。
「さあて、予感はしていたがな」
22年ぶりの友人同士の邂逅は思いのほかあっさりとしたものだった。
「彼女は息災か?」
ヴェルナーが問うのはかつてのテオドールの失った前妻の事だろう。
「彼女は5年前に死んだ」
「そうか」
ヴェルナーは短く答え過去を懐かしむような顔で遠くを見つめる。ほんの数年前まで彼らは年に数度手紙のやり取りをしていた。
神の蟲毒が始まりそのやり取りも失われた。とはいえ、前妻が失われたのは手紙のやり取りをしている最中だった。テオドールはついぞ、友人にその事実を知らせることができなかった。
ごまかすつもりなどはなかった。しかしどうしても書くことができなかったのだ。
その理由はテオドール本人にすらわからない。
ヴェルナーが部下にハンドサインをおくる。
瞬間、テオドールの足が撃ち抜かれる。あわてて、マグノリアが治療をはじめ、アデルがムサシマル・ハセ倉とアーウィンにアイコンタクトを送り、至近の敵兵への攻撃に移る。
友人同士の語らいは戦端が開かれることによって終わった。
今からはもう、敵同士である。
ヴェルナーは闇に溶け込むように下がると的確な指示を敵兵に送り始めた。
敵兵は地の利を生かし障害物である木々すら味方にし、攻撃をはじめる。
対する自由騎士たちの作戦はサーチした敵の各個撃破だ。
「あ~、この森の風は最高に気持ちいいなぁ」
オルパは森の木々たちをなだめすかしながら、敵位置を探る。自由騎士たちの索敵能力はこれ以上ないほどに効率的なものだ。
みなが何らかの索敵能力を有しそれを的確に仲間に伝える。
敵兵もまた一枚岩の布陣であったが索敵能力によってその優位性は拮抗したものになっている。
「あなたも、死なないで、頑張って、ね」
サーナは敵の同胞に話かける。答えはかえってこない。
弓矢がサーナのほほをかすめる。それでいい。敵同士なのだから。
サーナはほかの自由騎士にくらべたら新米だ。けれどこの場所なら。森であれば足手まといにはならないはずだとエストックを構えエコーズを放つ。
同じく新米ながらも、練度は低くはないリュエルはサーナのエコーズを追うように踏み込み、木々を足場に跳びながらヒートアクセルを敵兵に叩き込む。
危険を顧みずに囮を最初に提案したオルパの男気にリュエルも負けるわけにはいかない。
敵将の姿は見えないがたまに飛んでくる魔導攻撃は厄介だ。
「リュエル、避けろ!」
「おっとサンキュー! アデル」
アデルの警告。最小限の動きで、木々の遮蔽を利用しながら攻撃する射角を計算しながらアデルは味方に警告を続ける。
ヴェルナーを狙いたいのはやまやまではあるが、そう簡単にはいかない。
「あんたたちの勇敢な戦いっぷりもしっかりと語りつがないとな」
リュエルが敵前衛と対峙しながら不敵な笑みを浮かべる。
強い敵と戦うからこそ、自由騎士のかっこいい活躍を詩にすることができるからだ。
(おっさんと、おっさんと、おじさんで、この場所めっちゃ加齢臭しない?)
ニコラスが心でつぶやく。
「サーナちゃんとマグノリアちゃんだけが癒しだなあ~~~男くさい」
本音だけは漏れてしまったけれど。
「僕としては癒しは僕だけに任せずに、ニコラスにもしてほしいんだけど……」
「あ、はい、森の賢人が必要であれば私もがんばります!」
マグノリアがあきれた目で言い、サーヤがこぶしをにぎりながら返す。
「いやそういう意味じゃなくてね? もちろんおじさんはそっちの意味の癒しをみんなに施すのでまかせてちょーだい!」
「足りなかったらこっちも森の賢人使うぜ、ここの木々はかわいこちゃんだからな。いつもより回復はするはずだ!」
オルパはこんなときですら木々をほめることを怠らない。そのせいもあって木々たちは自由騎士側に味方する空気がながれている。
「おっけおっけ、いまは大丈夫だ!」
オルパの言葉にニコラスは回復の層を厚くする。
最前線で戦うのはアデルとアダムだ。
「アーウィン、後方を警戒しろ。敵の指揮官は優秀だ。こちらの『想定外』を潰さないと、負けるぞ」
「わかった。後衛の守りは俺らにまかせろ。あんたたちは前だけむいててくれればいい。いくぞ、ムサシマル」
「は~~~~ヘタレミミズクが拙者に指示なんざ100年はやいでござるもん!」
アーウィンとムサシマルは後方を狙う敵の刃から後衛を守りに向かう。
アデルがサーチし、攻撃対象を選出し、アダムは前衛の物理的な盾となり、手があけば攻撃に転ずる。
サーナとリュエル、が波状攻撃を重ね、オルパとテオドールが遠距離から仕留めていく。
無駄のない動きはなるほど、この数年で一気に弱小国であったイ・ラプセルがシャンバラとヘルメリアを下して強国になってきた理由も察することができる。
部下たちは決して弱くはない。
しかし、彼らの連携と練度に対して少々だけ劣るのは否めない事実だ。
訓練の仕方を変える必要があるとヴェルナーは思う。
こちらの防御力に対し、あちらの攻撃力のほうがわずかに勝る。事実ヨウセイ兵が攻勢から守勢に転じてきているのがその証左だ。
前衛は失われ後衛にも踏み込まれている状況というのは芳しいとはいえない。
目的は威力偵察だ。予感も現実になった。十分な情報は得た。
嘗ての友は明確な敵になりはてた。ワインセラーに眠る1798年のワインを想う。友として再会し友誼を果たすことはもうできるはずがない。
奴があのワインをいまなお持っているかはわからないが、持っているなら開封する条件はお互いに「相手が死したとき」になったはずだ。
「見たいものは大体見れたのではないかな? 退くなら今が退き時だろう」
4人目の部下を下した友人だった男――テオドールは静かに告げる。
彼がそう戦況を断じたのであれば、自分もまた同じ判断を下すことになる。業腹ではあるが――。
「大佐殿。おひきください。ここは我々が食い止めます」
健気にも部下がヴェルナーにそう進言する。食い止めることはできないだろう。それは部下もまたわかっているはずだ。
「まったく。軍曹に手柄を渡しそびれたな。最悪の場合は退け」
ヴェルナーは部下に命令を残し、踵をかえす。
「おっと、お逃げになるならお土産いかが?!」
ニコラスがヴェルナーに氷の針のくさびを穿とうとするが、空振りに終わる。
司令官を失った兵士たちを自由騎士たちが片付けるのはむつかしいことではない。
自由騎士たちは撤退を始める兵士たちを追うことはない。アダムなどは衛生兵に彼らの回復すらも支持している。
「あのっ……――!」
サーナが同胞であるヨウセイの少年兵士に声をかけた。
ヨウセイの少年兵士はサーナを一瞥する。
「あなたの名前はっ――?」
ヨウセイの少年兵は振り向かずに。
「アードライ」
それだけ名乗って森の奥に姿を消した。
「で、あの指揮官はテオドール殿の何であるかは聞いてもかまわないかい?」
オルパが代表してテオドールに問いかけた。
アダムはあえて聞こうとはしないが興味があるような視線を送ってくる。
「向こうには情報はわたった。戦術もかわってくるだろうね。……ああ、これはせめているわけではないよ」
思案顔のマグノリアがつぶやいた。
「……昔の知り合いだ。会うのは22年ぶりか。
再会の場が戦場でなければと願っていたがそう甘くはないな」
少しだけ逡巡してテオドールが口をひらく。
「だろうな。戦術がテオドールと同じだ。それをみて他人とは思わん」
アデルが続きを促す。
「勿論、障壁になるなら排するまでだ。
そうなった時の為の約束もありはするからな」
「約束?」
リュエルが問うがテオドールは曖昧な表情で答えることはなかった。
「次にまみえたときか、お互いの死を確認したときに、このワインの封を切ろう」
それはまだ彼らが青年であったころの約束。
世界を取り巻く情勢はまるで天秤のように揺れる。この約束が果たされたとき彼らが友人同士である保証はどこにもない。
白紙の未来はおろかイ・ラプセルとヴィスマルクの未来がどうなるかなどその当時は誰も知らなかった。
――いや、一人だけは知っていた。
その一人の策略により世界で燻る戦の火種は炎をあげて燃え始める。それが、終わりの始まり。
●
彼ら自由騎士たちは暗い森を駆ける。
敵兵が潜んでいることは水鏡により感知されている。彼らは狩られる側だ。
巧みに誘導され、追い詰められていくルートは水鏡による予知がなければ見事な罠への追い込み猟であることがわかる。
こんないやらしいやり方をする人物に『石厳公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は心当たりがあった。
いや、まさかという気持ちもある。否定したかったが進めば進むほどにその疑念は確信に変わっていく。
脳裏に浮かぶは1789年のラベルのついたワイン。
「テオドール、どうしたの?」
彼の隣を走る『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が眉を顰めるテオドールに尋ねた。
「いや、なんでもない」
この目で確かめない限りにおいてはただの妄想だ。テオドールは仲間に今から対する敵が、かつての友人であることは伝えてはいない。
「サーチアンドデストロイ。俺向きの仕事だな」
周囲をサーチエネミーで探りながら『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)が油断なくつぶやいた。
事実こういった戦場はアデルにとっては得意分野だ。
兜の光学装置による疑似眼が機械音をたてて周囲を探る。先行させている二人の仲間を挟撃するかたちで配置するのがセオリーだ。
定石から逆算して読み解く戦術。それはアデルの嘗ての上司である男から学んだものだ。
布陣は戦術に従って決まる。それはアデルか何度も聞かされた理論でもある。
「――。同族の気配を感じます。
このあたりの植物たちはヨウセイのお願いをきいたのでしょうね」
『祈りは歌にのせて』サーナ・フィレネ(CL3000681)が同族の気配を周囲の木々から感じ仲間に告げる。
――生きていてくれてよかった。
全然知らないヒトだとは思う。それでも、仲間が生き延びたことはうれしい。敵である相手に思うことではないけれどそれでも。
心優しい少女はそう思ってしまうのだ。
自分がイ・ラプセルに救われたように、仲間である誰かもまたヴィスマルクに救われたのだろう。
同族と戦うことは心が痛む。だけど譲れないもののために敵同士として、手を抜くつもりはない。
「アーウィン、そっちは何かきこえるか?」
『ウインドウィーバー』リュエル・ステラ・ギャレイ(CL3000683)はラビットイヤーをぴこぴこさせて周囲の音を探る。
「いや――気配は感じるが、周到に隠しているっぽいな」
「同感、まったく厄介だな。メモをとる余裕はなさそうだ」
アーウィン・エピの言葉にリュエルは苦笑して、皆の活躍はまずは心に刻もうと思う。この戦いが終わればきっといい歌ができるはずだ。
また戦争だ。
『真なる騎士の路』アダム・クランプトン(CL3000185)はずいぶんと伸びたまま切っていない髪を払いながら心の中でごちる。
これは自国の決定だ。守りに徹している状況はとうの昔に過ぎた。これからは三つ巴の食い合いだ。
そう割り切れたらどれほど楽だっただろう。まだ割り切れぬまま青年は戦場に立つ。守るべき仲間のために。
「あーいやだいやだ。野郎に見つめられてるってのはゾッとしないね」
『帰ってきた工作兵』ニコラス・モラル(CL3000453)は吐き捨てるように言う。視線は感じる。観察するものの視線だ。
情報収集のための罠であることが工作兵であったニコラスにはよくわかる。
「やっこさんたちに囲まれてるみたいな気がするっててか、草木もそういってるよ。サーナちゃんと俺の説得が届いたのかね。さりげなく教えてくれる草木もなくはない」
夜目のきかない『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)はカンテラをふりながらあえて軽口じみた口調でアダムに話しかけた。
彼ら三人の役目は囮だ。
後続する仲間の存在は敵に気づかれているだろう。あちらも、こちらも作戦は基本的には8~10人の小隊単位で動くことは互いに知っている。
罠の中に少数で――特に名の知れたアダムが一緒だ。――飛び込んでくるとは相手とて思っていないだろう。しかも敵兵はすべて夜目がきくという事前情報も得ている。
そも森に入り込んだ時点で敵のヨウセイが侵入者のおおよその人数も知らせていることは想像に難くない。
ならば、囮である三人は後続の者たちの位置をごまかすためにことさら目立てばいい。
「ん? アダム殿どうした?」
オルパは返事をしない相棒を訝しむ。
アダムは大きく息を吸い――。
「聞け!ヴィスマルクの民よ!
我が名は騎士アダム・クランプトン!
『全てを守り、全てを救う者』だ!」
周囲に向かって心に響けといわんばかりに朗々と名乗りをあげる。
「はあ??? アダム殿なにしてくれちゃってんの????」
「ぷっ、ははは、アダムやってくれるね~」
「彼らは僕たちの品定めをしに来ているのだろう? なら、このほうが手っ取り早い!」
後続の仲間たちもこの宣戦布告の名乗り上げには面食らったことだろう。
しかして千日手のごとくお互いがお互いを探りあうだけでは埒があかないことも確かなのである。
「貴殿らにも守るべきモノがあろう! 誇りがあろう! 信念があろう!
それら全てを背負い我らにぶつかって来るが良い!
その全てをも乗り越え我らは勝利を掴む!」
アダムはさりげなくオルパとニコラスを射線からかばうことのできる位置取りをしながら朗々と叫ぶ。
地の利があるのは敵だ。
だが、それがどうした? 自分たち自由騎士は幾度もの危険にその身を投じてきた。
いまさら恐れることはない。この程度の困難は困難のうちに入らない。
しん、と森が静まり返る。小動物の鳴き声すら止っていた。
ややあって、ぱち、ぱちと拍手の音。
「貴様がイ・ラプセルの白騎士、アダム・クランプトンか。噂はきいている。
栄えある帝国の軍人にこうも青臭く名乗られてしまっては、立つ瀬がないな」
暗闇からゆっくりと年のころは四十を超えたくらいだろうか? 中年ながらも鋭い眼光を持った軍服の男が現れる。アダムとオルパ、ニコラスは動かない。
ただものではない空気を感じる。彼の号令一つで彼らはハチの巣になってしまうだろう。事実鋭い殺意が彼らを取り巻いているのがわかる。
アダムは油断なく羅刹破神の構えをとりはじめた。
「のちの歴史書に我らが栄光のライヒが卑怯にもイ・ラプセルを闇討ちしたなどと記されてはたまらんからな。
私は、ヴェルナー・シュトルム・ヴィンター。階級は大佐だ」
敵将であるヴェルナーは名乗りながらも油断は見せない。
「やはり、ヴェルナーであったか……」
テオドールは自分の疑念が確定に変わったことに複雑な感情を覚える。数十年の時を経て友人であった男に再開した喜びとそして――殺しあうことが決定したという悲しみに。
「知っているのかい?」
「まあな。詳しくはあとで話す」
「わかった。今はそれでいいよ」
マグノリアの問いにテオドールは短く答え、マグノリアは納得し頷いた。
「なるほどな。テオドール、俺はこのいやらしい戦術に覚えがある。それはお前の戦術だ」
アデルはエネミーサーチで感知した位置関係とサーナの自然共感の情報を照らし合わせながら既知の戦術だと感じた。
さもありなん。ヴェルナーとテオドールに戦術師事したものは同一なのだから。
敵将が出てくるとまでは思わなかったが彼は見事に二人の囮を人質に取っている。卑怯な闇討ちなどという言葉はいつでも囮の二人を殺すことができるという宣誓でもあるのだろう。
敵将の名乗りはアダムたちだけではない。伏兵である後続の自由騎士たちに向けても告げているのだ。
どうする? とアデルはテオドールを促す。
会敵は果たした。もはや隠れていてもそれに意味はない。
「……久しいな、ヴェルナー。
約束の片方はそうだが、こういう形を望んだ約束ではないだろう?」
テオドールは嘗ての友に姿を見せる。
「さあて、予感はしていたがな」
22年ぶりの友人同士の邂逅は思いのほかあっさりとしたものだった。
「彼女は息災か?」
ヴェルナーが問うのはかつてのテオドールの失った前妻の事だろう。
「彼女は5年前に死んだ」
「そうか」
ヴェルナーは短く答え過去を懐かしむような顔で遠くを見つめる。ほんの数年前まで彼らは年に数度手紙のやり取りをしていた。
神の蟲毒が始まりそのやり取りも失われた。とはいえ、前妻が失われたのは手紙のやり取りをしている最中だった。テオドールはついぞ、友人にその事実を知らせることができなかった。
ごまかすつもりなどはなかった。しかしどうしても書くことができなかったのだ。
その理由はテオドール本人にすらわからない。
ヴェルナーが部下にハンドサインをおくる。
瞬間、テオドールの足が撃ち抜かれる。あわてて、マグノリアが治療をはじめ、アデルがムサシマル・ハセ倉とアーウィンにアイコンタクトを送り、至近の敵兵への攻撃に移る。
友人同士の語らいは戦端が開かれることによって終わった。
今からはもう、敵同士である。
ヴェルナーは闇に溶け込むように下がると的確な指示を敵兵に送り始めた。
敵兵は地の利を生かし障害物である木々すら味方にし、攻撃をはじめる。
対する自由騎士たちの作戦はサーチした敵の各個撃破だ。
「あ~、この森の風は最高に気持ちいいなぁ」
オルパは森の木々たちをなだめすかしながら、敵位置を探る。自由騎士たちの索敵能力はこれ以上ないほどに効率的なものだ。
みなが何らかの索敵能力を有しそれを的確に仲間に伝える。
敵兵もまた一枚岩の布陣であったが索敵能力によってその優位性は拮抗したものになっている。
「あなたも、死なないで、頑張って、ね」
サーナは敵の同胞に話かける。答えはかえってこない。
弓矢がサーナのほほをかすめる。それでいい。敵同士なのだから。
サーナはほかの自由騎士にくらべたら新米だ。けれどこの場所なら。森であれば足手まといにはならないはずだとエストックを構えエコーズを放つ。
同じく新米ながらも、練度は低くはないリュエルはサーナのエコーズを追うように踏み込み、木々を足場に跳びながらヒートアクセルを敵兵に叩き込む。
危険を顧みずに囮を最初に提案したオルパの男気にリュエルも負けるわけにはいかない。
敵将の姿は見えないがたまに飛んでくる魔導攻撃は厄介だ。
「リュエル、避けろ!」
「おっとサンキュー! アデル」
アデルの警告。最小限の動きで、木々の遮蔽を利用しながら攻撃する射角を計算しながらアデルは味方に警告を続ける。
ヴェルナーを狙いたいのはやまやまではあるが、そう簡単にはいかない。
「あんたたちの勇敢な戦いっぷりもしっかりと語りつがないとな」
リュエルが敵前衛と対峙しながら不敵な笑みを浮かべる。
強い敵と戦うからこそ、自由騎士のかっこいい活躍を詩にすることができるからだ。
(おっさんと、おっさんと、おじさんで、この場所めっちゃ加齢臭しない?)
ニコラスが心でつぶやく。
「サーナちゃんとマグノリアちゃんだけが癒しだなあ~~~男くさい」
本音だけは漏れてしまったけれど。
「僕としては癒しは僕だけに任せずに、ニコラスにもしてほしいんだけど……」
「あ、はい、森の賢人が必要であれば私もがんばります!」
マグノリアがあきれた目で言い、サーヤがこぶしをにぎりながら返す。
「いやそういう意味じゃなくてね? もちろんおじさんはそっちの意味の癒しをみんなに施すのでまかせてちょーだい!」
「足りなかったらこっちも森の賢人使うぜ、ここの木々はかわいこちゃんだからな。いつもより回復はするはずだ!」
オルパはこんなときですら木々をほめることを怠らない。そのせいもあって木々たちは自由騎士側に味方する空気がながれている。
「おっけおっけ、いまは大丈夫だ!」
オルパの言葉にニコラスは回復の層を厚くする。
最前線で戦うのはアデルとアダムだ。
「アーウィン、後方を警戒しろ。敵の指揮官は優秀だ。こちらの『想定外』を潰さないと、負けるぞ」
「わかった。後衛の守りは俺らにまかせろ。あんたたちは前だけむいててくれればいい。いくぞ、ムサシマル」
「は~~~~ヘタレミミズクが拙者に指示なんざ100年はやいでござるもん!」
アーウィンとムサシマルは後方を狙う敵の刃から後衛を守りに向かう。
アデルがサーチし、攻撃対象を選出し、アダムは前衛の物理的な盾となり、手があけば攻撃に転ずる。
サーナとリュエル、が波状攻撃を重ね、オルパとテオドールが遠距離から仕留めていく。
無駄のない動きはなるほど、この数年で一気に弱小国であったイ・ラプセルがシャンバラとヘルメリアを下して強国になってきた理由も察することができる。
部下たちは決して弱くはない。
しかし、彼らの連携と練度に対して少々だけ劣るのは否めない事実だ。
訓練の仕方を変える必要があるとヴェルナーは思う。
こちらの防御力に対し、あちらの攻撃力のほうがわずかに勝る。事実ヨウセイ兵が攻勢から守勢に転じてきているのがその証左だ。
前衛は失われ後衛にも踏み込まれている状況というのは芳しいとはいえない。
目的は威力偵察だ。予感も現実になった。十分な情報は得た。
嘗ての友は明確な敵になりはてた。ワインセラーに眠る1798年のワインを想う。友として再会し友誼を果たすことはもうできるはずがない。
奴があのワインをいまなお持っているかはわからないが、持っているなら開封する条件はお互いに「相手が死したとき」になったはずだ。
「見たいものは大体見れたのではないかな? 退くなら今が退き時だろう」
4人目の部下を下した友人だった男――テオドールは静かに告げる。
彼がそう戦況を断じたのであれば、自分もまた同じ判断を下すことになる。業腹ではあるが――。
「大佐殿。おひきください。ここは我々が食い止めます」
健気にも部下がヴェルナーにそう進言する。食い止めることはできないだろう。それは部下もまたわかっているはずだ。
「まったく。軍曹に手柄を渡しそびれたな。最悪の場合は退け」
ヴェルナーは部下に命令を残し、踵をかえす。
「おっと、お逃げになるならお土産いかが?!」
ニコラスがヴェルナーに氷の針のくさびを穿とうとするが、空振りに終わる。
司令官を失った兵士たちを自由騎士たちが片付けるのはむつかしいことではない。
自由騎士たちは撤退を始める兵士たちを追うことはない。アダムなどは衛生兵に彼らの回復すらも支持している。
「あのっ……――!」
サーナが同胞であるヨウセイの少年兵士に声をかけた。
ヨウセイの少年兵士はサーナを一瞥する。
「あなたの名前はっ――?」
ヨウセイの少年兵は振り向かずに。
「アードライ」
それだけ名乗って森の奥に姿を消した。
「で、あの指揮官はテオドール殿の何であるかは聞いてもかまわないかい?」
オルパが代表してテオドールに問いかけた。
アダムはあえて聞こうとはしないが興味があるような視線を送ってくる。
「向こうには情報はわたった。戦術もかわってくるだろうね。……ああ、これはせめているわけではないよ」
思案顔のマグノリアがつぶやいた。
「……昔の知り合いだ。会うのは22年ぶりか。
再会の場が戦場でなければと願っていたがそう甘くはないな」
少しだけ逡巡してテオドールが口をひらく。
「だろうな。戦術がテオドールと同じだ。それをみて他人とは思わん」
アデルが続きを促す。
「勿論、障壁になるなら排するまでだ。
そうなった時の為の約束もありはするからな」
「約束?」
リュエルが問うがテオドールは曖昧な表情で答えることはなかった。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
称号付与
†あとがき†
お疲れさまでした。
無事突破しました。ご参加ありがとうございます。
MVPはアダムさんへ。
正々堂々名乗りをあげられたので、あちらとしても姿を見せざるを得なくなりました。
そのため指揮官の警戒はやりやすくなりました。
まだまだ戦いは続きます。
ウェルナーは決戦に増援として参戦いたします。
無事突破しました。ご参加ありがとうございます。
MVPはアダムさんへ。
正々堂々名乗りをあげられたので、あちらとしても姿を見せざるを得なくなりました。
そのため指揮官の警戒はやりやすくなりました。
まだまだ戦いは続きます。
ウェルナーは決戦に増援として参戦いたします。
FL送付済