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【神像購入】Wounded! すくいきれないもの

●戦争の裏側で――
通商連の条約により、一般人への攻撃は禁止されている。これに反すれば、通商連から強いペナルティを負い、経済的な負担が大きくなる。
だがこれは、あくまで国家間の戦争において生じた条例である。戦争によって生まれた二次災害による被害は関係ない。
たとえば、戦死して親を失った孤児。
たとえば、逃亡兵の盗賊化による略奪。
たとえば、勝利国の価値観や文化を受け入れられない者達の流民化。
イ・ラプセルの勝利により、救われた者は多い。シャンバラではヨウセイが、ヘルメリアでは亜人奴隷が。国の圧力から解放されて、絶望から救われた。
だが、戦争である以上は救われない者達も生まれる。否、どのような方法であれ世界を変える以上は悲劇が生まれるのだ。それをゼロにすることはできない。悪い魔王を倒せば世界が救われる。そんなおとぎ話はファンタジーなのだ。あぶれるものは、必ず現れる。
だがそんな人間でも人生は続いていく。不幸が襲い掛かっても人生は続いていくのだ。自死を選ばないのなら生きていくしかない。そして生きていくには働くしかないのだ。
通商連はそういった戦災犠牲者を引き取る。当たり前だが慈善事業ではない。安く買える労働力が欲しかったのだ。そしてそうするしか生きる道がない彼らも、通商連の誘いに乗る。
流れ流れて、彼らが行きつく先は――
●通商連
「――はい。インディオの神像と交換で、こちらの部隊を引き取ってもらえるという事でしたよね。こちらがその『部隊』です」
『通商連議長』カシミロ・ルンベック(nCL3000024)が連れてきたのは、濁った瞳をした人たちだった。栄養面の問題と言うよりは、精神面にダメージを負っている。そんな者達だ。
「彼らは戦災被害者です。際立って武術に秀でるわけではありませんが、盾をもって前に出ることが出来ます。
あと命令すれば身を挺して庇ってくれますよ。その場合命の保証はありませんが、まあ数だけはたくさんいますからね」
メタな事を言うと、庇ってもらってアイテム消失という事はないという意味だ。『補充』はいくらでも効くという事らしい。
「いやこれは」
あからさまな難色を示す自由騎士達。言葉通りの肉壁だ。しかもその原因が戦争であるのなら、イ・ラプセルにも責任がある。なんて皮肉だと言う言葉を辛うじて押しとどめた。
「取引は終了しました。彼らをどう扱おうが、自由です。どうぞお好きに」
言って一礼するカシミロ。その背後には彼の奴隷である 『スレイブ』十三・番(nCL3000025)がいる。カシミロに教育され、彼の身の回りを世話する存在だ。
「……そう言う事か」
彼らをどう扱おうがかまわない。
それは別に戦争の道具に使わなくてもいいのだ。教育を施し、世間に役立つ技術を教えれば。
「さて。どういう事でしょうか? ともあれ、お任せしますよ」
恰幅のいいお腹をさすりながら、カシミロは鷹揚に笑みを浮かべていた。
通商連の条約により、一般人への攻撃は禁止されている。これに反すれば、通商連から強いペナルティを負い、経済的な負担が大きくなる。
だがこれは、あくまで国家間の戦争において生じた条例である。戦争によって生まれた二次災害による被害は関係ない。
たとえば、戦死して親を失った孤児。
たとえば、逃亡兵の盗賊化による略奪。
たとえば、勝利国の価値観や文化を受け入れられない者達の流民化。
イ・ラプセルの勝利により、救われた者は多い。シャンバラではヨウセイが、ヘルメリアでは亜人奴隷が。国の圧力から解放されて、絶望から救われた。
だが、戦争である以上は救われない者達も生まれる。否、どのような方法であれ世界を変える以上は悲劇が生まれるのだ。それをゼロにすることはできない。悪い魔王を倒せば世界が救われる。そんなおとぎ話はファンタジーなのだ。あぶれるものは、必ず現れる。
だがそんな人間でも人生は続いていく。不幸が襲い掛かっても人生は続いていくのだ。自死を選ばないのなら生きていくしかない。そして生きていくには働くしかないのだ。
通商連はそういった戦災犠牲者を引き取る。当たり前だが慈善事業ではない。安く買える労働力が欲しかったのだ。そしてそうするしか生きる道がない彼らも、通商連の誘いに乗る。
流れ流れて、彼らが行きつく先は――
●通商連
「――はい。インディオの神像と交換で、こちらの部隊を引き取ってもらえるという事でしたよね。こちらがその『部隊』です」
『通商連議長』カシミロ・ルンベック(nCL3000024)が連れてきたのは、濁った瞳をした人たちだった。栄養面の問題と言うよりは、精神面にダメージを負っている。そんな者達だ。
「彼らは戦災被害者です。際立って武術に秀でるわけではありませんが、盾をもって前に出ることが出来ます。
あと命令すれば身を挺して庇ってくれますよ。その場合命の保証はありませんが、まあ数だけはたくさんいますからね」
メタな事を言うと、庇ってもらってアイテム消失という事はないという意味だ。『補充』はいくらでも効くという事らしい。
「いやこれは」
あからさまな難色を示す自由騎士達。言葉通りの肉壁だ。しかもその原因が戦争であるのなら、イ・ラプセルにも責任がある。なんて皮肉だと言う言葉を辛うじて押しとどめた。
「取引は終了しました。彼らをどう扱おうが、自由です。どうぞお好きに」
言って一礼するカシミロ。その背後には彼の奴隷である 『スレイブ』十三・番(nCL3000025)がいる。カシミロに教育され、彼の身の回りを世話する存在だ。
「……そう言う事か」
彼らをどう扱おうがかまわない。
それは別に戦争の道具に使わなくてもいいのだ。教育を施し、世間に役立つ技術を教えれば。
「さて。どういう事でしょうか? ともあれ、お任せしますよ」
恰幅のいいお腹をさすりながら、カシミロは鷹揚に笑みを浮かべていた。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.戦災犠牲者達を引き受ける
どくどくです。
マギスチが戦争モノである以上、避けては通られない(どくどくが通させない)議題です。
このシナリオはブレインストーミング#1から発生しました【神像購入】シナリオです。
発言者の参加を強制する者でもなければ、参加を確定する者でもありません。ご了承ください。
●説明っ!
インディオとの交渉で彼らが代価とした『神像』を購入することになりました。代価として通商連は『こちらの保有する部隊を購入して頂きたい』と言う条件を出しました。
その結果出されたのが、『戦災被害者の集まり』です。彼らは戦闘力こそありませんが、自らの命を投げ出すことを厭いません。生きる事に希望を見出せず、しかし自殺する勇気もなく……と言った感じです。
彼らをそのまま登用しても構いません。その場合、スペックは以下のようになります。
名称:従軍兵
ふりがな:じゅぐうんへい
能力:HP+【このシナリオで『このまま登用する』と書いたPC人数×10】スロット0 【1シナリオ中1回、敵から受けるダメージを0にする】
彼らを従軍兵として登用せず、教育を施すこともできます。その場合、技能を一つ覚えることが出来、アイテムとして依頼に連れていくことが出来ます。段階がある者は『序』までです。魔法や知識系技能を覚えさせることもできますが、設定から見てあまりにも不自然な技能(『アイアムロウ! 序』やアレイスター魔法など)は却下されます。
●NPC
・戦災被害者(数多数)
様々な理由で真っ当に暮らせなくなり、通商連に身を寄せた者達です。
おおよそ三パターンに分かれますが、どう接しても成功条件には無関係です。
1:戦災孤児
兵役に出た親が死亡し、片親に売られた等の理由で孤児となった子供達です。なぜ自分がこうなっているのか、理解していません。その為、死という概念も『親の所に行ける』という認識のようです。
純粋なので、いろんな知識を吸収できます。
2:盗賊被害者
逃亡兵などが盗賊化し、その被害にあった者達です。老若男女様々。残虐な行為を受け、心が壊れています。トラウマから逃れるために死を選ぼうとしています。
知識も技術も魔術も、平均的に吸収できます。
3:流民
勝利国の価値観を受け入れられず、国から離れた者達です。自分達の価値観が敗北側で無価値であると思い込み、いっそ『自由騎士達の盾になって死ぬ』ことで自らの命に価値を見出そうとしています。
魔術(シャンバラ出身者)や蒸気技術(ヘルメリア出身者)などが得意です。
教育などに必要なものは、用意されます。同時に、従軍兵の装備もです。
プレイングは戦災被害者たちにどう接するかを書くのがいいと思います。肉壁にするんだから深く接したくない? そういう想いでも構いません。要は彼らをどう思うかを書けば、後はどくどくがどうにかします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
マギスチが戦争モノである以上、避けては通られない(どくどくが通させない)議題です。
このシナリオはブレインストーミング#1から発生しました【神像購入】シナリオです。
発言者の参加を強制する者でもなければ、参加を確定する者でもありません。ご了承ください。
●説明っ!
インディオとの交渉で彼らが代価とした『神像』を購入することになりました。代価として通商連は『こちらの保有する部隊を購入して頂きたい』と言う条件を出しました。
その結果出されたのが、『戦災被害者の集まり』です。彼らは戦闘力こそありませんが、自らの命を投げ出すことを厭いません。生きる事に希望を見出せず、しかし自殺する勇気もなく……と言った感じです。
彼らをそのまま登用しても構いません。その場合、スペックは以下のようになります。
名称:従軍兵
ふりがな:じゅぐうんへい
能力:HP+【このシナリオで『このまま登用する』と書いたPC人数×10】スロット0 【1シナリオ中1回、敵から受けるダメージを0にする】
彼らを従軍兵として登用せず、教育を施すこともできます。その場合、技能を一つ覚えることが出来、アイテムとして依頼に連れていくことが出来ます。段階がある者は『序』までです。魔法や知識系技能を覚えさせることもできますが、設定から見てあまりにも不自然な技能(『アイアムロウ! 序』やアレイスター魔法など)は却下されます。
●NPC
・戦災被害者(数多数)
様々な理由で真っ当に暮らせなくなり、通商連に身を寄せた者達です。
おおよそ三パターンに分かれますが、どう接しても成功条件には無関係です。
1:戦災孤児
兵役に出た親が死亡し、片親に売られた等の理由で孤児となった子供達です。なぜ自分がこうなっているのか、理解していません。その為、死という概念も『親の所に行ける』という認識のようです。
純粋なので、いろんな知識を吸収できます。
2:盗賊被害者
逃亡兵などが盗賊化し、その被害にあった者達です。老若男女様々。残虐な行為を受け、心が壊れています。トラウマから逃れるために死を選ぼうとしています。
知識も技術も魔術も、平均的に吸収できます。
3:流民
勝利国の価値観を受け入れられず、国から離れた者達です。自分達の価値観が敗北側で無価値であると思い込み、いっそ『自由騎士達の盾になって死ぬ』ことで自らの命に価値を見出そうとしています。
魔術(シャンバラ出身者)や蒸気技術(ヘルメリア出身者)などが得意です。
教育などに必要なものは、用意されます。同時に、従軍兵の装備もです。
プレイングは戦災被害者たちにどう接するかを書くのがいいと思います。肉壁にするんだから深く接したくない? そういう想いでも構いません。要は彼らをどう思うかを書けば、後はどくどくがどうにかします。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬マテリア
1個
1個
1個
5個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
7/8
7/8
公開日
2020年07月18日
2020年07月18日
†メイン参加者 7人†

●
「足元見てきたねー、通商連」
『トリックスター・キラー』クイニィー・アルジェント(CL3000178)はほくほく顔のカシミロを思い出しながらそう呟く。事実、神像を欲しがるイ・ラプセルの足元を見て厄介事を押し付けたのだから仕方ない。
「だが、彼らが新たな道を進めるのならそれもよしと思おう」
同じくカシミロの顔を思い出している『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)。形式はどうあれ、取引は成立したのだ。現在進行形の作戦の関係上、インディオの神像を手に入れないという選択肢はない。となれば彼らをどうするかだ。
「命を投げ出して身を守ってくれる兵か。そーかそーか」
言って『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は腕を組んで頷く。その声には明らかに怒気があった。単純な戦術でいえば、癒し手を守る盾があるのは望ましい。だがツボミはその守られ方を良しとしなかった。
「身を挺して守るってそう言う事じゃないだろうが。そりゃ、オレだって皆を守るけどさ」
戦闘では誰かを守ることの多い『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)は、大声で叫びたい気持ちを押さえていた。ナバルも命をかけて仲間を守っている。だけど実際に命を投げ出して守るのは何かが違う。
「戦争をすればどうなるか。分かっていましたけれど……」
通商連から紹介された人達を見て、セアラ・ラングフォード(CL3000634)は陰鬱な気分になる。目を逸らしていたつもりはない。だが、実際に話を聞くとなるとやはりそういう気分になるのは仕方ない。必要不必要に限らず、戦争とはこういうものなのだ。
「私達が『正しい』と思ってしてきた事は、犠牲の上に成り立っていたという事なのですね」
戦災被害者の傷痕を見ながら『円卓を継ぐ騎士』たまき 聖流(CL3000283)は祈るように手を合わせる。戦争で助けた命がある。だけど戦争で傷ついた命もある。犠牲なくして成果は得られない。例外はない。人は皆、例外なく犠牲の上を歩いているのだ。
(それでもキリは――)
戦争が生む犠牲者。それを『戦塵を阻む』キリ・カーレント(CL3000547)は身をもって知っていた。キリ自身が村を焼かれ、記憶を失い彷徨ったからだ。今は復讐の相手がいるから戦えるが、それすら見えなければ戦災被害者のように心が折れていたかもしれない。
「…………?」
そして戦災被害者たちは自由騎士達の態度に疑問符を浮かべていた。自分達は戦争の弾避けに使われることを受け入れている。手錠か首輪をつけないのだろうかと疑問に思っていた。そしてその空気を察した自由騎士達は、頷きあって行動を開始する。
彼らをどうするか。それは――
●
「よーし、ちゅもーく!」
声をあげて子供たちに呼びかけるクイニィー。彼女が相手するのは親が死んだり捨てられたりした子供達だ。なぜ自分達がこうなっているのか、よくわかっていない顔である。
「ハイハイこんにちは、クイニィー先生です。よろしくね!
いいかい諸君。君らは運がいいよ。あたしのありがたい教えを乞えるんだから」
「教え、ってお金の勘定?」「それともお掃除?」「わかったぁ、お料理だね!」
「通商連もいろいろ努力してたんだねぇ。でもそういうのとは違うコトを教えてあげるね。
先ずは死の概念。死んだら親に会えると思う?」
クイニィーの問いは、通商連でも避けていたことだ。親に会えない、という絶望を与えれば命を絶ちかねない。子供にとって親の占めるウェイトは高いのだ。
だがそうも言ってられない、とクイニィーは踏み込む。
「会えないの?」
「答えは『分からない』よ。誰も死んで生き返ったことはないからね。死んだ後のことは誰にもわからないんだよ」
子供の理解力ではクイニィーの言葉を飲み込めなかったが、死んでも会えないという意図は通じたらしい。
「どうやったら『分かる』の?」
「そうだね、いつかは死後の世界も『分かる』かもしれない。死後の世界と言う情報を得て分析できれば、もしかしたらわかるかもしれないね」
「情報?」
「或いは真実。たくさんの情報を見て、考えて、そして行動して。そうやって得たことが、本当の事。
御託はこれぐらいにして、楽しみながら学んでみよう。と、いうわけであたしをゲームをしよう。あたしが何を考えているか、それを考えながら勝負だよ」
クイニィーが取り出したのは、単純なリバーシーだ。『覚えるのに一分、極めるのに一生』ともいえる白黒ゲームは、思考するのにうってつけと言えよう。
「あたしにどう勝つか。どういう癖があるか。考える事は多いでしょう? そうやって考えることが情報の第一歩。
その考え方が、いずれ生きるのに役立つ時が来るよ」
子供と遊びながら、情報性差のことを教えるクイニィーだった。
「私は読み書きや計算を教えます」
セアラは黒板をもってきて算数と文字の勉強を始める。簡単な足し算引き算でさえ、概念を知らなければ理解が出来ない。文字も意識しなければ覚える事はなく、文字が読めなければ肉体労働以外の仕事に就くことも難しいのだ。
「そう。まだそんな年齢なのに……」
自己紹介と同時に子供達の話を聞くセアラ。ケースは様々だが、年齢はまだ一桁の子供が多い。子供たち自身はそれを悲観している様子がないのが、また悲愴だった。通商連に引き取られなければ、子供達は間違いなく死んでいたかさらに劣悪な環境に身を落としていただろう。
(もしかしたら、彼らの親を奪ったのは自分たちなのかもしれない。あるいは戦死した同僚の子供だったのかもしれない……)
教育を続けながら、セアラはそんなことを想う。それを知ったところで命が蘇るわけではないが、それでも心のどこかでどうにかなったのではという想いはぬぐえない。戦争が生んだ被害者。勝利国であるイ・ラプセルの現在は彼らのような者を生み出しながら繁栄しているのだ。
(そうですね。そこから目をそらしてはいけません。そしてだからこそ、そう言った人達を救わなくてはいけません)
争いごとは嫌いなセアラだが、それは戦争から目を背けるという意味ではない。むしろ戦争で傷ついた人がいるのなら、それを癒したい。そうすることで平和な世界を作りたいという思いがあった。
「お勉強が終わったら、御菓子にしましょう! 甘いクッキーがありますよ」
勉強の後は御菓子。休憩を挟みつつの勉強は子供達に大人気だった。頑張れば甘いものが食べられる。そう思うと勉強もはかどるものだ。
「食べ終わったら、次はお医者さんの事を教えますね。怪我をしたらどうするか。知っていると、お友達を助けることが出来ますよ」
セアラの授業は続く。教える事は、まだまだたくさんある。
●
「少しでも心が安らぎますように……」
たまきは盗賊の被害にあった人達に癒しの術を施す。それで彼らの心の傷がいえるわけではない。この行為が自分のエゴであることも理解している。それでも彼らを癒したかった。こんなことしかできない自分に無力感を感じながら。
「私は……技師として、皆さんに技術を授けます……。戦うことなく、生きていけるように……」
戦いに傷ついた人達を戦場に出すつもりはたまきにはなかった。彼らには戦闘から離れた場所で、穏やかに過ごしてほしい。街中で仕事に従事すれば、あるいはそれが叶うかもしれない。技術を授けるのは、その想いがあった。
(……私が進んだ道は、多くの犠牲がありました。……彼らをさらに犠牲にして、安全を確保したくなんて、ありません)
従軍兵として身を守ってもらえば、戦場での安全は確保できる。ヒーラーであるたまきが護られる術が増える事は、全体的な戦力としてプラスなのは確かだ。だが、それはたまき自身が耐えきれない。
「今な蒸気の時代です……木炭の煙で汚れた服を洗う技術は、重要です……。
あとは、煙突のすす払いも需要があるでしょう。機械を組むだけではなく、そう言った清掃は、工場や町が発展するにつれて引き手数多になるはずです」
専門的な知識がなくとも、時代を生きる事はできる。その為の技術をたまきは授けていた。誰かに感謝されれば、それだけで生きる希望になる。過去は消えないけど、そうすることで今を生きる希望になれば。
「そうして……貴方達が働くことで、癒される人や助かる人も現れます……。それが、貴方達の癒しになるはず、です」
その日がいつ来るかはわからない。もしかしたら来ないかもしれない。
だが、いつかは来る。そう信じてたまきは言葉を投げかける。いつか彼らの顔に笑顔が戻ることを信じて。
「罪滅ぼし……というのは少し違うけど」
ナバルは複雑な表情で口を開く。ナバルが直接彼らを不幸にしたわけではない。だが騎士として戦争に携わる以上は、戦争で生じた被害は無関係ではいられない。少なくとも、知ってしまった以上は無視はできなかった。
「オレに出来る事はやる! そんなわけでこれからお前たちには畑を耕してもらう! いいか、しっかり働くんだぞ!」
発破をかけるために、あえて口調を厳しくしてナバルは叫ぶ。いつもの槍盾スタイルは戦いを想起させるためにしまってあるが、代わりに赤いマントをつけていた。曰く『なんか特別な感じがするだろう?』との事。ナバルから見た権力者の象徴なのだろうか。
それはともかく、ナバルが教えたのは農業だ。戦争で無人になった畑を見つけ、その再利用を目標とする。雑草を引き抜き、土を耕し、周囲の環境を整えて水を引き、土地に見合った苗を植えて。
「土の具合が荒れてるな……。二毛作は辛いかもしれない」
「大豆麦大豆麦大豆とかどうです? うちの村でやってたんですけど」
「間にナタネを作ってブタに食べさせるとかは? 家畜も飼えますよ」
元農家の人もいたのか、様々な畑の運用方法が出てくる。地方によっていろいろあるんだなぁ、とナバルも頷いていた。
「よし、身体を休める事も農作業だ! しっかり食べてしっかり寝る! そうやって作った作物が、皆の口に入ってさらにみんなを満腹にするんだ!」
ナバルが重視したのは、作業をする人の健康面だ。キツイ仕事で体を壊しては意味がない。農業は体が資本だ。健康な体にこそ、充分な労働力が宿るのだ。
「本当は戦争なんてない方がいいんだけど……」
土を耕す人達を見ながら呟くナバル。神の蟲毒が世界を救う者であることを疑うつもりはないが、それでも人と人が争う以上は悲劇は生まれる。戦争が終わって平和になれば、それはなくなるのだろうか? また別の争いが生まれるのではないだろうか?
(……いいや、今は目の前のことに集中しなくちゃ!)
未来は誰にもわからない。今できる事を少しずつ。土を耕すように、少しずつ進めていかなくては。ナバルは土を耕す音を聞きながら、静かに未来に思いを馳せていた。
●
国が変われば価値観も変わる。
戦争に負けたという事で、自分達の所属国の価値観が常識ではなくなった者達。例えばミトラースの信仰。例えばヘルメリアの奴隷システム。そういった生活の基盤を否定され、離れた者達。
「本当に自分の価値観が無価値だと思うなら、勝利国の価値観に染まるものだろうに。受け入れずに去る時点で、無価値だと思いたくないのだろうな」
ツボミは流民たちの心理をそう判断する。否定されたけど、間違っていない。だけどそれを主張して世間を乱すつもりはない。そんな人達。反乱を起こそうとしない分、まともな精神なのは確かだ。
「まあそれはいい。私がお前達に求める事は一つだ。
教育してもらおう。お前達が、私を」
はい? ツボミの言葉に戸惑う流民達。
「お前達には魔導や蒸気機関の知識があるのだろうが。それを教えろと言っている。
ああ、単純な技術ではないぞ。それが生まれた経緯、歴史と言った背景も含めてだ。実際にその場にいた者にしかわからない話の流れ。それを含めてすべてだ」
いまだに戸惑いが抜けない流民達に、ツボミはかみ砕くように説明を重ねる。
「貴様等が自分を無価値だと思うのは貴様等の勝手だ。
だが貴様等がどう思ってるか等知った事では無く私は貴様等の価値をアテにして居るし、その価値を有効利用する気満点で、肉壁に使う何つークソ勿体ない浪費をする気は無い」
「でもそれは……そう言う事を否定されて」
「悪いが私は貴様らの意見や背景など全く考慮するつもりはない。
お前らの話を聞いて適材適所な場所に投げ込んで、労働に従事してもらう。盾になって死んでもらうよりはずっとマシに利用してやるから覚悟しろ」
――戦争の盾と言う消耗品ではなく、社会を動かす一員となる。その方が長く、そして多く貢献できる。だからツボミはそうする。それだけのことだ。一言で言えば、
「四の五の言わず、働け」
「そういうことだ。イ・ラプセルのために働いてほしい。騎士達の盾になるのではなく、町を動かす労働力として」
ツボミの言葉を継ぐように、テオドールが流民達に話しかける。貴族の持つ雰囲気に圧倒される流民達だが、その空気を察したように言葉を続ける。
「肩ひじを張らずともよい。むしろこちらから願い乞う立場だ。どうかその技術をイ・ラプセルの為に使ってくれ。
魔導や蒸気技術だけではない。諸君らには様々な経験があるのだ。それを生かす方法はこちらで考えよう」
イ・ラプセルからすれば唾棄する様な経歴でも、それを有用活用することはできる。テオドールはそう言って流民達から話を聞く。
「……元魔女狩りなんだけど」
「ならばヨウセイの森の地形は詳しかろう。単純な実力や捜索や隠密能力の高さは森の警備にうってつけだ」
「ヘルメリアの奴隷調教師……」
「ふむ、人間のネガティブな精神に多く触れていたのだから、それを察して適した言葉をかけてやれるのではないか?」
「ミトラース様の生み出した温暖気候でしか作物を作れないんですけど」
「残念だが聖櫃はもうない。ならば疑似的に密室の温度を捜査する等すればいいのではないか? 魔導か蒸気技術を発展させればあるいは」
「元奴隷……命令されないと、何していいか、わからない……」
「単純作業に赴くところから始めればいい。余裕が出来れば、少しずつ自分で考えてみるのもいいだろう」
「…………っ」「…………」「…………!」「…………!?」
様々な経歴を持つ者がいて、様々な悩みがある。中にはテオドールだけでは解決できない者もあった。そういう時は他人の意見を聞き、対応する。
大事なのは抱え込まない事。話を聞き、相談すること。
彼らが彷徨う前に話を聞くことが出来れば、或いはこうなる前に救えたかもしれない。
(いや、それは無理か。終戦直後はまだ互いに敵対国への軋轢は収まってなかった。今だからこそ、彼らを受け入れる下地はあるのだ)
時代が進めば、状況も変わる。もしかしたら通商連はその『時』を見て話を持ち掛けたのかもしれない。
「だとしてもあの言い方は許せませんっ!」
キリはカシミロの言葉を思い出し、怒りの声をあげる。こちらを探る意図があったのだろうが、彼らを盾にしても問題ないと言いたげな言い方はキリには許せなかった。
「その、皆さんよろしくお願いします……っ。キリは歌いますね!」
流民達を前にして、どうしていいか悩むキリ。注目されてテンパったのか、ヒトの視線になれていないのか。元々何をすればいいか解らず悩んでいたこともあり、追い込まれたキリはとっさにガットギターを手にする。長くともに旅を続けてきたキリの相棒。それを手にしてメロディを奏でた。
『暖炉の炎はつつましく燃え、煙突からの煙はもくもくと
チーズの香りに誘われるネズミ。それを追うネコの歩み
煉瓦の家に響くハーモニカの音は家族の笑顔を作り出す』
奏でる歌は何処のものか、それはイ・ラプセルのモノではない。シャンバラのモノではない。ヘルメリアのモノではない。……実のところ、キリにもわからない。もしかしたら間違っているのかもしれない。失われた記憶を掘り起こし、思い出しながら奏でる歌。
『森の木々は風と共にせせらぐ。まるで遠くの君を呼ぶように
ウミネコの声は遠く響き、海岸線の向こうまで届くのだろう
嗚呼、伝えてれ風の声。ウミネコの声。故郷の歌をあの人に』
歌詞も、リズムも覚えていない。キリの旅は故郷を探す旅。その故郷があった場所は見つかったが、故郷が燃やされてが今はない事も知った。
『強い吹雪に負けず。猛獣の叫びに負けず。彼方まで届くように歌おう
道に迷ったこの私が、遠く離れた貴方に届くように心を込めて歌おう
世界は広く、しかし確かに繋がっているのだから――』
最後の一節を引き終え、沈黙が落ちる。
だが次の瞬間、流民達の拍手がキリを包み込んだ。故郷を想う歌。故郷を求めるキリの気持ち。似た境遇のキリの『精いっぱい』に共感するところがあったのだろう。
「あ……ありがとうございます!」
感謝の心を感じ取り、キリの頬から涙がこぼれ落ちた。
●
こうして恙なく取引は終わる。
神像は手に入り、イ・ラプセルには新たな人材(みらい)が生まれる。
彼らがどのような社会を作っていくのか。それはまだわからない。幸せとは限らない。不幸とも限らない。まだわからない先の話。希望も絶望も同じように存在しているにすぎない。
だが、絶望だけの未来はそこにはない――
「足元見てきたねー、通商連」
『トリックスター・キラー』クイニィー・アルジェント(CL3000178)はほくほく顔のカシミロを思い出しながらそう呟く。事実、神像を欲しがるイ・ラプセルの足元を見て厄介事を押し付けたのだから仕方ない。
「だが、彼らが新たな道を進めるのならそれもよしと思おう」
同じくカシミロの顔を思い出している『重縛公』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)。形式はどうあれ、取引は成立したのだ。現在進行形の作戦の関係上、インディオの神像を手に入れないという選択肢はない。となれば彼らをどうするかだ。
「命を投げ出して身を守ってくれる兵か。そーかそーか」
言って『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は腕を組んで頷く。その声には明らかに怒気があった。単純な戦術でいえば、癒し手を守る盾があるのは望ましい。だがツボミはその守られ方を良しとしなかった。
「身を挺して守るってそう言う事じゃないだろうが。そりゃ、オレだって皆を守るけどさ」
戦闘では誰かを守ることの多い『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)は、大声で叫びたい気持ちを押さえていた。ナバルも命をかけて仲間を守っている。だけど実際に命を投げ出して守るのは何かが違う。
「戦争をすればどうなるか。分かっていましたけれど……」
通商連から紹介された人達を見て、セアラ・ラングフォード(CL3000634)は陰鬱な気分になる。目を逸らしていたつもりはない。だが、実際に話を聞くとなるとやはりそういう気分になるのは仕方ない。必要不必要に限らず、戦争とはこういうものなのだ。
「私達が『正しい』と思ってしてきた事は、犠牲の上に成り立っていたという事なのですね」
戦災被害者の傷痕を見ながら『円卓を継ぐ騎士』たまき 聖流(CL3000283)は祈るように手を合わせる。戦争で助けた命がある。だけど戦争で傷ついた命もある。犠牲なくして成果は得られない。例外はない。人は皆、例外なく犠牲の上を歩いているのだ。
(それでもキリは――)
戦争が生む犠牲者。それを『戦塵を阻む』キリ・カーレント(CL3000547)は身をもって知っていた。キリ自身が村を焼かれ、記憶を失い彷徨ったからだ。今は復讐の相手がいるから戦えるが、それすら見えなければ戦災被害者のように心が折れていたかもしれない。
「…………?」
そして戦災被害者たちは自由騎士達の態度に疑問符を浮かべていた。自分達は戦争の弾避けに使われることを受け入れている。手錠か首輪をつけないのだろうかと疑問に思っていた。そしてその空気を察した自由騎士達は、頷きあって行動を開始する。
彼らをどうするか。それは――
●
「よーし、ちゅもーく!」
声をあげて子供たちに呼びかけるクイニィー。彼女が相手するのは親が死んだり捨てられたりした子供達だ。なぜ自分達がこうなっているのか、よくわかっていない顔である。
「ハイハイこんにちは、クイニィー先生です。よろしくね!
いいかい諸君。君らは運がいいよ。あたしのありがたい教えを乞えるんだから」
「教え、ってお金の勘定?」「それともお掃除?」「わかったぁ、お料理だね!」
「通商連もいろいろ努力してたんだねぇ。でもそういうのとは違うコトを教えてあげるね。
先ずは死の概念。死んだら親に会えると思う?」
クイニィーの問いは、通商連でも避けていたことだ。親に会えない、という絶望を与えれば命を絶ちかねない。子供にとって親の占めるウェイトは高いのだ。
だがそうも言ってられない、とクイニィーは踏み込む。
「会えないの?」
「答えは『分からない』よ。誰も死んで生き返ったことはないからね。死んだ後のことは誰にもわからないんだよ」
子供の理解力ではクイニィーの言葉を飲み込めなかったが、死んでも会えないという意図は通じたらしい。
「どうやったら『分かる』の?」
「そうだね、いつかは死後の世界も『分かる』かもしれない。死後の世界と言う情報を得て分析できれば、もしかしたらわかるかもしれないね」
「情報?」
「或いは真実。たくさんの情報を見て、考えて、そして行動して。そうやって得たことが、本当の事。
御託はこれぐらいにして、楽しみながら学んでみよう。と、いうわけであたしをゲームをしよう。あたしが何を考えているか、それを考えながら勝負だよ」
クイニィーが取り出したのは、単純なリバーシーだ。『覚えるのに一分、極めるのに一生』ともいえる白黒ゲームは、思考するのにうってつけと言えよう。
「あたしにどう勝つか。どういう癖があるか。考える事は多いでしょう? そうやって考えることが情報の第一歩。
その考え方が、いずれ生きるのに役立つ時が来るよ」
子供と遊びながら、情報性差のことを教えるクイニィーだった。
「私は読み書きや計算を教えます」
セアラは黒板をもってきて算数と文字の勉強を始める。簡単な足し算引き算でさえ、概念を知らなければ理解が出来ない。文字も意識しなければ覚える事はなく、文字が読めなければ肉体労働以外の仕事に就くことも難しいのだ。
「そう。まだそんな年齢なのに……」
自己紹介と同時に子供達の話を聞くセアラ。ケースは様々だが、年齢はまだ一桁の子供が多い。子供たち自身はそれを悲観している様子がないのが、また悲愴だった。通商連に引き取られなければ、子供達は間違いなく死んでいたかさらに劣悪な環境に身を落としていただろう。
(もしかしたら、彼らの親を奪ったのは自分たちなのかもしれない。あるいは戦死した同僚の子供だったのかもしれない……)
教育を続けながら、セアラはそんなことを想う。それを知ったところで命が蘇るわけではないが、それでも心のどこかでどうにかなったのではという想いはぬぐえない。戦争が生んだ被害者。勝利国であるイ・ラプセルの現在は彼らのような者を生み出しながら繁栄しているのだ。
(そうですね。そこから目をそらしてはいけません。そしてだからこそ、そう言った人達を救わなくてはいけません)
争いごとは嫌いなセアラだが、それは戦争から目を背けるという意味ではない。むしろ戦争で傷ついた人がいるのなら、それを癒したい。そうすることで平和な世界を作りたいという思いがあった。
「お勉強が終わったら、御菓子にしましょう! 甘いクッキーがありますよ」
勉強の後は御菓子。休憩を挟みつつの勉強は子供達に大人気だった。頑張れば甘いものが食べられる。そう思うと勉強もはかどるものだ。
「食べ終わったら、次はお医者さんの事を教えますね。怪我をしたらどうするか。知っていると、お友達を助けることが出来ますよ」
セアラの授業は続く。教える事は、まだまだたくさんある。
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「少しでも心が安らぎますように……」
たまきは盗賊の被害にあった人達に癒しの術を施す。それで彼らの心の傷がいえるわけではない。この行為が自分のエゴであることも理解している。それでも彼らを癒したかった。こんなことしかできない自分に無力感を感じながら。
「私は……技師として、皆さんに技術を授けます……。戦うことなく、生きていけるように……」
戦いに傷ついた人達を戦場に出すつもりはたまきにはなかった。彼らには戦闘から離れた場所で、穏やかに過ごしてほしい。街中で仕事に従事すれば、あるいはそれが叶うかもしれない。技術を授けるのは、その想いがあった。
(……私が進んだ道は、多くの犠牲がありました。……彼らをさらに犠牲にして、安全を確保したくなんて、ありません)
従軍兵として身を守ってもらえば、戦場での安全は確保できる。ヒーラーであるたまきが護られる術が増える事は、全体的な戦力としてプラスなのは確かだ。だが、それはたまき自身が耐えきれない。
「今な蒸気の時代です……木炭の煙で汚れた服を洗う技術は、重要です……。
あとは、煙突のすす払いも需要があるでしょう。機械を組むだけではなく、そう言った清掃は、工場や町が発展するにつれて引き手数多になるはずです」
専門的な知識がなくとも、時代を生きる事はできる。その為の技術をたまきは授けていた。誰かに感謝されれば、それだけで生きる希望になる。過去は消えないけど、そうすることで今を生きる希望になれば。
「そうして……貴方達が働くことで、癒される人や助かる人も現れます……。それが、貴方達の癒しになるはず、です」
その日がいつ来るかはわからない。もしかしたら来ないかもしれない。
だが、いつかは来る。そう信じてたまきは言葉を投げかける。いつか彼らの顔に笑顔が戻ることを信じて。
「罪滅ぼし……というのは少し違うけど」
ナバルは複雑な表情で口を開く。ナバルが直接彼らを不幸にしたわけではない。だが騎士として戦争に携わる以上は、戦争で生じた被害は無関係ではいられない。少なくとも、知ってしまった以上は無視はできなかった。
「オレに出来る事はやる! そんなわけでこれからお前たちには畑を耕してもらう! いいか、しっかり働くんだぞ!」
発破をかけるために、あえて口調を厳しくしてナバルは叫ぶ。いつもの槍盾スタイルは戦いを想起させるためにしまってあるが、代わりに赤いマントをつけていた。曰く『なんか特別な感じがするだろう?』との事。ナバルから見た権力者の象徴なのだろうか。
それはともかく、ナバルが教えたのは農業だ。戦争で無人になった畑を見つけ、その再利用を目標とする。雑草を引き抜き、土を耕し、周囲の環境を整えて水を引き、土地に見合った苗を植えて。
「土の具合が荒れてるな……。二毛作は辛いかもしれない」
「大豆麦大豆麦大豆とかどうです? うちの村でやってたんですけど」
「間にナタネを作ってブタに食べさせるとかは? 家畜も飼えますよ」
元農家の人もいたのか、様々な畑の運用方法が出てくる。地方によっていろいろあるんだなぁ、とナバルも頷いていた。
「よし、身体を休める事も農作業だ! しっかり食べてしっかり寝る! そうやって作った作物が、皆の口に入ってさらにみんなを満腹にするんだ!」
ナバルが重視したのは、作業をする人の健康面だ。キツイ仕事で体を壊しては意味がない。農業は体が資本だ。健康な体にこそ、充分な労働力が宿るのだ。
「本当は戦争なんてない方がいいんだけど……」
土を耕す人達を見ながら呟くナバル。神の蟲毒が世界を救う者であることを疑うつもりはないが、それでも人と人が争う以上は悲劇は生まれる。戦争が終わって平和になれば、それはなくなるのだろうか? また別の争いが生まれるのではないだろうか?
(……いいや、今は目の前のことに集中しなくちゃ!)
未来は誰にもわからない。今できる事を少しずつ。土を耕すように、少しずつ進めていかなくては。ナバルは土を耕す音を聞きながら、静かに未来に思いを馳せていた。
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国が変われば価値観も変わる。
戦争に負けたという事で、自分達の所属国の価値観が常識ではなくなった者達。例えばミトラースの信仰。例えばヘルメリアの奴隷システム。そういった生活の基盤を否定され、離れた者達。
「本当に自分の価値観が無価値だと思うなら、勝利国の価値観に染まるものだろうに。受け入れずに去る時点で、無価値だと思いたくないのだろうな」
ツボミは流民たちの心理をそう判断する。否定されたけど、間違っていない。だけどそれを主張して世間を乱すつもりはない。そんな人達。反乱を起こそうとしない分、まともな精神なのは確かだ。
「まあそれはいい。私がお前達に求める事は一つだ。
教育してもらおう。お前達が、私を」
はい? ツボミの言葉に戸惑う流民達。
「お前達には魔導や蒸気機関の知識があるのだろうが。それを教えろと言っている。
ああ、単純な技術ではないぞ。それが生まれた経緯、歴史と言った背景も含めてだ。実際にその場にいた者にしかわからない話の流れ。それを含めてすべてだ」
いまだに戸惑いが抜けない流民達に、ツボミはかみ砕くように説明を重ねる。
「貴様等が自分を無価値だと思うのは貴様等の勝手だ。
だが貴様等がどう思ってるか等知った事では無く私は貴様等の価値をアテにして居るし、その価値を有効利用する気満点で、肉壁に使う何つークソ勿体ない浪費をする気は無い」
「でもそれは……そう言う事を否定されて」
「悪いが私は貴様らの意見や背景など全く考慮するつもりはない。
お前らの話を聞いて適材適所な場所に投げ込んで、労働に従事してもらう。盾になって死んでもらうよりはずっとマシに利用してやるから覚悟しろ」
――戦争の盾と言う消耗品ではなく、社会を動かす一員となる。その方が長く、そして多く貢献できる。だからツボミはそうする。それだけのことだ。一言で言えば、
「四の五の言わず、働け」
「そういうことだ。イ・ラプセルのために働いてほしい。騎士達の盾になるのではなく、町を動かす労働力として」
ツボミの言葉を継ぐように、テオドールが流民達に話しかける。貴族の持つ雰囲気に圧倒される流民達だが、その空気を察したように言葉を続ける。
「肩ひじを張らずともよい。むしろこちらから願い乞う立場だ。どうかその技術をイ・ラプセルの為に使ってくれ。
魔導や蒸気技術だけではない。諸君らには様々な経験があるのだ。それを生かす方法はこちらで考えよう」
イ・ラプセルからすれば唾棄する様な経歴でも、それを有用活用することはできる。テオドールはそう言って流民達から話を聞く。
「……元魔女狩りなんだけど」
「ならばヨウセイの森の地形は詳しかろう。単純な実力や捜索や隠密能力の高さは森の警備にうってつけだ」
「ヘルメリアの奴隷調教師……」
「ふむ、人間のネガティブな精神に多く触れていたのだから、それを察して適した言葉をかけてやれるのではないか?」
「ミトラース様の生み出した温暖気候でしか作物を作れないんですけど」
「残念だが聖櫃はもうない。ならば疑似的に密室の温度を捜査する等すればいいのではないか? 魔導か蒸気技術を発展させればあるいは」
「元奴隷……命令されないと、何していいか、わからない……」
「単純作業に赴くところから始めればいい。余裕が出来れば、少しずつ自分で考えてみるのもいいだろう」
「…………っ」「…………」「…………!」「…………!?」
様々な経歴を持つ者がいて、様々な悩みがある。中にはテオドールだけでは解決できない者もあった。そういう時は他人の意見を聞き、対応する。
大事なのは抱え込まない事。話を聞き、相談すること。
彼らが彷徨う前に話を聞くことが出来れば、或いはこうなる前に救えたかもしれない。
(いや、それは無理か。終戦直後はまだ互いに敵対国への軋轢は収まってなかった。今だからこそ、彼らを受け入れる下地はあるのだ)
時代が進めば、状況も変わる。もしかしたら通商連はその『時』を見て話を持ち掛けたのかもしれない。
「だとしてもあの言い方は許せませんっ!」
キリはカシミロの言葉を思い出し、怒りの声をあげる。こちらを探る意図があったのだろうが、彼らを盾にしても問題ないと言いたげな言い方はキリには許せなかった。
「その、皆さんよろしくお願いします……っ。キリは歌いますね!」
流民達を前にして、どうしていいか悩むキリ。注目されてテンパったのか、ヒトの視線になれていないのか。元々何をすればいいか解らず悩んでいたこともあり、追い込まれたキリはとっさにガットギターを手にする。長くともに旅を続けてきたキリの相棒。それを手にしてメロディを奏でた。
『暖炉の炎はつつましく燃え、煙突からの煙はもくもくと
チーズの香りに誘われるネズミ。それを追うネコの歩み
煉瓦の家に響くハーモニカの音は家族の笑顔を作り出す』
奏でる歌は何処のものか、それはイ・ラプセルのモノではない。シャンバラのモノではない。ヘルメリアのモノではない。……実のところ、キリにもわからない。もしかしたら間違っているのかもしれない。失われた記憶を掘り起こし、思い出しながら奏でる歌。
『森の木々は風と共にせせらぐ。まるで遠くの君を呼ぶように
ウミネコの声は遠く響き、海岸線の向こうまで届くのだろう
嗚呼、伝えてれ風の声。ウミネコの声。故郷の歌をあの人に』
歌詞も、リズムも覚えていない。キリの旅は故郷を探す旅。その故郷があった場所は見つかったが、故郷が燃やされてが今はない事も知った。
『強い吹雪に負けず。猛獣の叫びに負けず。彼方まで届くように歌おう
道に迷ったこの私が、遠く離れた貴方に届くように心を込めて歌おう
世界は広く、しかし確かに繋がっているのだから――』
最後の一節を引き終え、沈黙が落ちる。
だが次の瞬間、流民達の拍手がキリを包み込んだ。故郷を想う歌。故郷を求めるキリの気持ち。似た境遇のキリの『精いっぱい』に共感するところがあったのだろう。
「あ……ありがとうございます!」
感謝の心を感じ取り、キリの頬から涙がこぼれ落ちた。
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こうして恙なく取引は終わる。
神像は手に入り、イ・ラプセルには新たな人材(みらい)が生まれる。
彼らがどのような社会を作っていくのか。それはまだわからない。幸せとは限らない。不幸とも限らない。まだわからない先の話。希望も絶望も同じように存在しているにすぎない。
だが、絶望だけの未来はそこにはない――
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
どくどくです。
任意のタイミングで命を投げ出す奴隷はヘリメリアでやろうと思っていましたが、あまりのバランスブレイカーっぷりに封印したものです。
注意しすぎてプレイング書けねぇだろうし。
以上のような結果になりました。
皆さんの希望を聞くという事も含めて、アイテム化はなし。彼らはイ・ラプセル内で働くことになりました。
MVPは流民達の気持ちを読み切った非時香様に。見事な一言でした。
それではまた、イ・ラプセルで。
任意のタイミングで命を投げ出す奴隷はヘリメリアでやろうと思っていましたが、あまりのバランスブレイカーっぷりに封印したものです。
注意しすぎてプレイング書けねぇだろうし。
以上のような結果になりました。
皆さんの希望を聞くという事も含めて、アイテム化はなし。彼らはイ・ラプセル内で働くことになりました。
MVPは流民達の気持ちを読み切った非時香様に。見事な一言でした。
それではまた、イ・ラプセルで。
FL送付済