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【西方陽動作戦】トリオペルウノ ―一のための三重奏―



●ヴィスマルク

「ギネヴィア小管区か。我々にとってはニルヴァンを攻め落とす方が都合がいいのだがな」
 ヴィスマルク5世が突如現れた道化師の作戦案を聞き、開口一番そう言い放った。
「そういうなよ。作戦ではギネヴィアの方が都合がいいんだからさ」
 ニルヴァンをイ・ラプセルが陥落させたという情報をまだヴィスマルクは得ていない。遠からず状況として発覚することになるだろうが、今はまだその時ではない。クローリーは心の中でまた貸しひとつな! とつぶやいて続ける。
「丁寧にも喜望峰ごと駐屯部隊ぶっ潰されて、前線下げられたじゃん。ニルヴァンよりギネヴィアの方が前線としては一気に上るわけだしさぁ。で、この地域ならヘルメリアにもにらみ効かせれるし」
 もちろん「ジャッジ・フロム・ゴッド(神よりの裁き)」の範囲に前線を上げることに不安要素がないとはいえない。しかしヘルメリア、イ・ラプセルも含め三カ国が同時に攻めていくのであればその矛先は分散されるはずだ。
 それに年明け以降例のふざけた裁きは撃たれてはいない。連発できるほどの余裕はないということだろう。ならば前線を難なく上げることができるのは好機だ。
「口がうまいことね、道化師」
 皇后が口を尖らせながら言う。どうにも道化師とイ・ラプセルの思惑どおりに動くのが癪に障るらしい。
「そりゃ、ちょっとしたことでキレまくる君たちを相手にしてりゃ――」
 クローリーの軽口に皇后の爪が伸びクローリーの首がころりと落ちた。
「っていった側からこれだ」「まあいいや、続けるよ」「これは終戦後のシャンバラの切り分け地図の提案でもあるのさ。あのエドワード君、意外と終戦後も視野にいれた切れ者(タヌキ)かもしれないね」
「なるほどな、イ・ラプセル王のその案に乗ってやる。そのかわり失敗は許さぬと伝えよ」
 今回の提案はヴィスマルクにとって損失はほぼない。ギネヴィア小管区の立地条件は悪くない。隣接するファルスト小管区をヘルメリアに充てがうことで、国境線を争わせようという意図が透けて見えるのは若造らしいといえばそのとおりだが。まあ作戦としては及第点だ。
 イ・ラプセルのこの作戦で聖域が消失するのであれば切り札(デウスギア)を温存することもできる。できなければできないでそれは構わない。ギネヴィア小管区という橋頭堡から自分たちが進軍すればいい。確か近くに鉱山もあったはずだ。ミドガルズ鉱が発掘できるのであれば、それもまた重畳。
「もっとゴネるとおもったんだけど」「気まぐれってやつ?」
 意外にもヴィスマルク5世が作戦をあっさりと受領したことにクローリーは疑問符を投げかける。
「さあな。そうかもしれぬ」
 薄くヴィスマルク5世が笑みを浮かべる。彼の頭の中ではその先の作戦が練られているのだろう。
「ねえねえ、美味しい果物があるんでしょ? ギネヴィアって。それでお酒つくってみたいわ。アドルフ」
「かまわん、好きにしろ」
「まあ、管区潰したら」「それもどうなるかわからないけどね」
「なにか言った?」
「いいや。なんにも言ってないよ。とりあえず勝手にニルヴァンとか落とさないでよね?」

 彼らの動きは迅速だった。
 最北にも位置するギネヴィア小管区は管区としての防衛ドクトリンさえままならないというおそまつな状況だ。
 軍全体の動きとしてはシャンバラは悪くはない。豊富な兵站物資、特殊な装備、聖獣。どれもが脅威である。が、しかしそれは潤沢に用意し準備されていたという状況であれば、の話だ。
 ヴィスマルク兵はあまりにものシャンバラの手ぬるさに退屈すら感じてきている。電撃戦もこうまで見事に決まり過ぎてしまえばただの蹂躙だ。実弾軍事演習に付き合ってくれるとはシャンバラもなかなかに気が利いているというものだ。
「司令官殿! 教会の奥に……その」
 シャンバラの管区長に聞き込みをしていた兵士から呼ばれて、今時作戦の司令官である薔薇騎士団小隊長ユリアーナ・ハインツェルが教会の奥に足を踏み入れた。
「これが……これがシャンバラの豊穣のからくりだというの?」
 薔薇色の髪の女は目の前の光景に凍りつく。棺の中にはまるで枯れ木のようなヨウセイ種族の女がおさめられている。細くなった腕は触れば容易く折れるだろう。栄養を吸い取られぱさぱさになった髪は元は美しい金色だったのだったはずだ。
 棺につながるチューブが、生命力を魔導力にすげ替えるのであろう装置につながっている。このシャンバラの見せかけの豊穣を担ってきたのが、この棺――彼らが聖櫃と呼んでいたソレなのだろうと予測ができる。吐き気がこみ上げてくる。
「ひどい……ことを」
「ドクトリンとパラダイムはおそまつではありますが、魔導力を得る手段としてはずいぶんと効率的ですね。なるほど、国家の犠牲のためのスケープゴートとしヒエラルキーにおける下層のマザリモノの更に最下層を存在させることで国民意識を操る。見事なものです。魔女とはよく言ったものだ」
「バッハマン少尉、だまりなさい」
 ユリアーナは副官であるクルト・バッハマンに命令する。
 なんとも高潔な上官である。帝国の軍人らしく効率論を説いただけであるというのに。しかして上官の命令には逆らえない。クルトは黙る。
「生きているヨウセイがいれば手厚く看病なさい。もっと早くきてあげれていれば――」
 薔薇騎士様はその大きな瞳に涙まで浮かべている。不幸なヨウセイとはいえ所詮は亜人だ。ケモノビトや他と大差無い。本当にこの奇人の相手は疲れる。

●イ・ラプセル

「というわけで諸君。君たちには大管区の聖櫃を止めるS級任務に赴く彼らのために陽動を行ってもらう」
 『宰相』クラウス・フォン・プラテス(nCL3000003)が神経質に手元の書類を繰る。
「今回はヴィスマルクとヘルメリアとの協力戦線である」
 そのあり得ることのなさそうな作戦に君たちは訝しげな顔で裏切りはないのかと尋ねた。
「どうにもあの魔術師殿がうまくやってくれたお蔭でな。もしなにか作戦外のことをするようであれば水鏡も察知することだろう。我々には水鏡という神の目がある。対症療法になるが、その場合の対応は可能である。
 故に重点的に近隣を演算している。ヘルメリアが怪しげな動きをしているが、何かあれば即座に君たちに知らせる」
 その言葉に君たちはほっと息をついた。今時作戦において、ヘルメリアもそしてヴィスマルクもイ・ラプセルも目的は「聖域」の消滅である。
 敵国故油断はできないが、今回においては利害は一致している、邪魔をする理由は今のところはない。
「西方陽動である君たちにはグラーニア小管区、コンスタンツェ小管区を攻略してもらうのである。
 イ・ラプセル海軍とも連携し、シャンバラの海軍のガレオン船をおびき出しているうちに侵攻。海側からのアプローチをしてもらう。
 グラーニア小管区に向かう君たちが一番槍である。派手に景気よく行ってくれたまえ。 
 君たちの働きを起点に同時多発的にシャンバラ内の小管区で騒ぎを起こす。シャンバラ兵はそれによって大管区からも兵を分けなくてはいけなくなるだろう。それが狙いだ。
 そしてコンスタンツェ小管区。
 こちらは運が悪くも、丁度赤竜騎士団が視察に来ていたようだ。そのせいで守りは十分な上に籠城戦を仕掛けられる可能性がある。
 あまり長引くとシャンバラ聖堂騎士達、敵援軍が来てしまい、こちらは撤退せざるを得なくなるだろう。
 君たちの健闘に期待しているのである」


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
大規模シナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
■成功条件
1.両管区における戦功点を50ポイント以上取得する。
 ねこてんです。
 こちらは攻城戦と籠城戦です。
※ この依頼に参加した場合、S級依頼に参加することはできません。
  もう片方の陽動作戦に参加することは可能です。


 選択することのできる選択肢は以下になります。
 やるべきことはたくさんあります。一人ではできないことは多いので、皆さんで分担して行動することを推奨いたします。
 戦闘以外にもできることがありますので、レベルは気になさらなくても大丈夫です。
 

 また、戦場内にどこかの国の斥候はいるかも知れませんが、それが誰であるかはわかりませんし攻撃もしてこないですし、姿も現さないので警戒にプレイングを裂く必要はありません。
 作戦上、この地域はイ・ラプセル担当ですので他の国の兵士も介入しません。敵はシャンバラ兵のみです。


 また管区ごとに小聖櫃が存在しています。
 管区が豊かであるということはそのままヨウセイが囚われていることを指しています。
 聖櫃を止めるか否かはお任せします。聖櫃を止めることでシャンバラの一般人が困窮することになります。

 今回はポイント制になります。自由騎士の行動により
 その箇所にPC一人参加で1ポイント、行動の良し悪しでプラスされたりマイナスになります。敵を倒すごとにポイントは増えます。
 それ以外の行動で良い行動であればポイントは加算されていきます。
 1箇所につき戦功点50ポイントを得ることができれば、陥落させることができます。(それ以上ポイントを得ることも可能です)
 得たポイントにより、S級指令での行動がしやすくなり、聖櫃を破壊するために有利になります。
 バランスよくどちらに向かうのかを配分することも重要になります。

(ヴィスマルクは皆様が作戦に入った時点で既に戦功点50を取得してギネヴィア小管区(3)を陥落させています)

 また、今回はギネヴィア小管区に向かうことは禁じられています。シャンバラとの戦いに集中してください。
 プレイングで指定された場合白紙として扱います。

 アーウィンは1に。
 ムサシマルは2で戦います。
 指示があれば、【アーウィン指示】【ムサシマル指示】のタグのある最新の書き込みを参照します。
 特になければ皆様に合わせて無難に行動いたします。

●書式
一行目:【1】か【2】どちらに行くか(未記入の場合はどちらかにふりわけられます)
二行目:誰かと一緒に参加するのであればIDと名前(フルネームじゃなくてもかまいません)もしくはタグでご指定ください。
三行目:プレイング

 
 【1】グラーニア小管区
  港に近い小管区です。港町の商業地帯の奥に教会があります。
  港町から少し離れた場所に小管区を管理する教会(城壁のある大きな教会になります)があります。
  このグラーニア小管区を攻略してください。
  商業地区で暴れると大騒ぎになるでしょう。この混乱を利用することは可能ですが、シャンバラ人の一般人に大きな被害が出ることになります。(大混乱を呼び起こすことでポイントは大きく追加されます)
  一般人に避難を呼びかけて逃がすことはできますが、その場合自分たちの正体の隠匿が必要でしょう。


■エネミー 
 ・ネームド 
・地方聖職者(準神民) エメ・アンペール マギアス・ソラビト
 グラーニア小管区の管理者の30代前半の女性。敬虔なミトラース信徒。
 高火力の魔導で敵を殲滅することを得手としています。ランク2までのマギアススキルと、ハーベストレイン、ノートルダムの息吹 を使用します。
 EX(P):短節詠唱(詠唱時間-1ターン)
 短節で詠唱することで、詠唱ターンを短くしますが、術式のダメージは75%まで減少します。
 捕虜として捕まることがあれば自害するでしょう。

・白銀騎士 アロイス・バルト
 エメを守る騎士です。ガーディアン・ノウブル
 ランク2のスキルを使用。パリィングを守護対象に使います。
 攻撃力はそれほど高くはありませんが命中、防御力とHPはかなり高いです。
  
・ジェラルド・オーキス
 マッチョなソラビトのネクロマンサー男性です。
 ランク2までのスキルを使います。愛こそすべて。
 体力、魔導力は高く、命中も高めです。
 活性化技能は愛の狩人と暗視
 ・ネクロフィリア
 ・因果逆転
 ・リバースドレイン(対象一人に与ダメの10%回復効果を付与)
 ・ペインリトゥス(致命つきの範囲攻撃です・スクラッチ1)
 EX:憎悪(ルサ・ルカ)
   誰かを憎む気持ちを強くもつことで、憎しみの沼を作成し引きずり込み範囲の対象をダメージと共に逆転効果と移動不可状態を付与します。

 自由騎士たちを強く憎んでいます。ともすれば自由騎士とともに相討ちになってもかまわないと思ってさえいます。
 
   
 以上後衛にいます。

・魔女狩り、準神民の兵×20
 ランク1~ランク2のスキルを使います。
 バトルスタイルは バスター5 ルクタートル5 ドクター3 マギアス5 ガンナー2
 練度はまちまちですが、マギアスは練度が高い範囲攻撃が得手のものが多いようです。 
 彼らを突破せずにいきなり、ネームドと交戦することはできません。

■ロケーション
 礼拝室。広さは50m*50m程。
 中央奥には広くひらいた場所があり、ミトラース像が飾ってあります。
 ネームドはこの手前に居ます。
 その手前には礼拝用の椅子が並んでいますので、動きづらくなっています。
 ステンドグラスからの陽光が入ってきていますので、明るさに不備はありません。
 


 【2】コンスタンツェ小管区
  海沿いにある教会です。要塞化しています。
  この日には赤竜騎士団が視察に来ています。30ターン以上攻略に時間がかかると呼び寄せた敵援軍が到着し、PC側が撤退することになります。(その場合得ることのできる。ポイントは参加したPC分になります)
 全砕竜の撃破、およびグレゴワールの撃破で魔女狩りたちは撤退します。
 彼らは籠城して、要塞化した教会から魔力弾で攻撃してきます。(範囲攻撃 城門付近にいるものには当たります)
 
■エネミー

 ・城門
 大きく硬い城門です。10人以上の自由騎士が攻撃することで10ターンで破壊することができます。
 破壊した場合大きくポイントが追加されます。

 ・聖獣 砕竜×2
 2箇所ある城門以外の出入り口を封鎖しています。(各場所につき2体ずつ、合計4体)
 体長6mほどの頭部に大きく突き出た角を持つ戦争用聖獣です。
 イメージとしてはトリケラトプスが近いでしょう。
 飛行能力はありませんが、突撃による突破力が何より強力です。
 攻撃力はかなり高め。防御力と速度はそれほど高くはありませんが油断はできません。
 特殊能力:再生能力(弱)、突撃(貫通・ノックバック・ショック)
 倒すのにはそれなりの時間がかかることになるでしょう。
 
 城門を壊して入ってきた場合砕竜は合流する形になりますので、後ろから砕竜4体と中にいる聖堂騎士に挟まれることになるでしょう。
 片方を倒して突入した場合は2体が合流する形になります。
  
 ・ネームド
 『岩石卿』グレゴワール・バリエ バスター ノウブル
 砕竜を統べる、シャンバラでも有数の赤竜騎士です。
 ガーディアンとバスターのランク2スキルを使用します。
 攻撃力、防御力ともに高め。回避力と速度こそはありませんが、強敵です。
 EX:豪雷土石竜
   自らの足元を獲物である巨大ハンマーで叩き、石塵により周囲の命中率を下げ動きを制限しつつ、ダメージを与えます。
   【アンコントロール2】【グラビティ2】

 フレッド・ミカエリス アルケミー ノウブル
 この管区の管区長ですがそれほどまでに強くはありません。
 焦り、会議室の隣の部屋で震えています。戦線が危なくなれば逃げることでしょう。
 逃してもポイントに影響はしません。

 魔女狩り、準神民の兵×10
 ドクター5名、マギアス2名、ガンナー3名。
 範囲攻撃を得意としています。ランク2までのスキルを使用し練度は低くはありません。
 

■ロケーション。
 広めの会議堂です。高さは10m程度、50*50mの会議堂です。天井には大きなステンドグラス。
 どこかに逃げるための秘密経路があるようです。
 探すためにそれなりのスキルと戦闘せずに集中して探索する時間が必要です。
 探索者は一人で十分ですのでやる方は立候補したほうがいいと思います。
(探せるのは会議堂に入ってからになりますので、戦闘プレも忘れずに。外からは探索できません)


 以上面倒な状況ですがよろしくおねがいします。
 
 
状態
完了
報酬マテリア
3個  7個  3個  3個
10モル 
参加費
50LP
相談日数
8日
参加人数
39/50
公開日
2019年03月18日

†メイン参加者 39人†

『薔薇色の髪の騎士』
グローリア・アンヘル(CL3000214)
『慈悲の刃、葬送の剣』
アリア・セレスティ(CL3000222)
『幽世を望むもの』
猪市 きゐこ(CL3000048)
『ペンスィエーリ・シグレーティ』
アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)
『イ・ラプセル自由騎士団』
シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)
『平和を愛する農夫』
ナバル・ジーロン(CL3000441)
『RE:LIGARE』
ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)
『みつまめの愛想ない方』
マリア・カゲ山(CL3000337)
『黒砂糖はたからもの』
リサ・スターリング(CL3000343)
『そのゆめはかなわない』
ウィルフリード・サントス(CL3000423)


●グラーニア小管区
 その日のグラーニア商業地域は騒然としていた。
 イ・ラプセルの兵が、このグラーニア小管区に入り込んだという噂が流れているのだ。
 曰く。
 見たこともない兵士が教会に向かって走り去っていった。
 曰く。
 キジンを見た、などなど。
「敬虔な民よ! この地に神敵が迫っている!」
 そんな中、フード姿の聖堂騎士が現れる。市民はみな彼の声に耳を傾ける。
「私達は大丈夫なのでしょうか? 聖堂騎士さま」
「ああ、大丈夫だ。
 近く大きな戦いが起きるだろう。近隣の小管区に神敵が迫ってきている。
 だが、安心せよ。神の恩恵はある。しかして戦うことのできない市民は、大管区に迎え。
 中央からの救援と合流し、避難をせよ!
 最低限の必需品をもって大管区へ!」
 フード姿の聖堂騎士――『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は市民の避難をすすめていく。
「貴方がた一人ひとりが生きることこそ神の願いだ」
「ああ、ああ、騎士様。ありがとうございます。聖堂騎士様のおっしゃるとおりにすれば間違いはありません」
 大管区に難民を流すことで大管区の動きが鈍ればしめたものだ。――それより彼ら罪なき民衆を傷つけたくないというのが最大の理由だけれども。
 アダムは自分が強く鋼の拳を握りしめていることに気づく。
 そうだ。こうやって人々の身を案じて、そして同時にこの国を落とす方法を考えている。
 見事な二律背反。自分はいつだってそれの繰り返しだ。
「お優しい騎士様もご無事で」
 逃げる市民に自分がかけられた言葉はきっと本物だろう。しかし自分は『嘘』に塗れている。
 ――こんなことで、優しい世界にたどり着けるのか。優しいヒトになれるのだろうか?

 集いた自由騎士たちは城壁を超え教会に向かう。

「まあ、まあ、神敵がこんなにも。アロイス様、これではわたくしたち……どうなってしまうのかしら?」
 少々とうのたった女性――エメ・アンペールが頬に手をあて、かたわらの白銀騎士、アロイス・バルトに声をかける。
「エメ殿。私が貴方を護ります。ジェラルド殿もお側に」
「いいわ。ワタシはワタシで戦うわ。憎い神敵がこの小管区を狙うのであれば追い返してみせます」
「そうですか。では、ご武運を。準神民の兵よ、魔女狩りよ。憎き神敵を迎え撃て!」
 アロイスの宣言に、シャンバラ兵達にせは各々の武器を構えた。

「アーウィン、今日は平常心でいるか?」
 『薔薇色の髪の騎士』グローリア・アンヘル(CL3000214)がかたわらの青年、アーウィン・エピ(nCL3000022) に話しかけた。
「ああ、やるべきことはわかっている」
 言いながら彼はしなる柳凪のような足取りで構えをとる。
「それならいい。怪我なく……いや、無事にかえってこよう。みんなで」
 そう言ったグローリアにアーウィンは頷いた。
 眼の前には魔女狩りと準神民の兵。
 まずは彼らを突破しなければ狙う敵には近づけない。
「関係ないひとは巻き込みたくないけど、それでもこの国の偽モンの豊かさにはきもちわるぅなるわ!」
 ラピットジーンで強化した『イ・ラプセル自由騎士団』アリシア・フォン・フルシャンテ(CL3000227)
は我先にと敵陣に飛び込む。
 今の自分は一番槍の穂先。
 動き始めようとして、強化したバスターにすかさずブレイクゲイトを叩き込む。
「ちょい、浅かったか!」
 バスターの付与こそは剥がせなかったが、手応えは感じる。
「おーっとあぶない」
 アリシアを狙うマギアスにむけて、ヨーゼフ・アーレント(CL3000512)が二連の弾丸を放つ。
「ありがとう!」
「いいって」
 ドクターを狙うつもりだったが、彼らは前衛に守られていた。ならばとマギアスに標的を向ければアリシアを狙っているマギアスが見えたのだ。半ば反射的に引き金をひいたのだがあたってよかった。
 戦場経験は皆無に等しい彼はせめてもと後衛から戦場把握に務める。
 アリシアの背を守るようにグローリアも飛び出し自らの速度を疾風の刃に込め、バスターを切り裂く。
「さぁて、技を極めたうちの舞。とくと見なしゃんせ!」
 『艶師』蔡 狼華(CL3000451)はつま先で、タンゴを刻む。最初は漣。漣はやがて渦になり、シャンバラ兵を包み込んでいく。
「なんだこれは」
 みたこともないその技にシャンバラ兵は浮足立つ。シャンバラ兵の前衛の一部と後衛の一部が足止めされる。
「ああん、もうちょい巻き込めるおもたのに」
「落ち着け! スワンプに似た技だろう。範囲であるのが厄介ではあるが我らが神の加護を思い出せ。神は我が心でいつでも我々を見守っている!」
 アロイスがシャンバラ兵に指示をだす。その激励にシャンバラ兵たちは落ち着きを取り戻す。
 未知の技を敵兵が使うことはお互い様なのだ。意表はつかれたが、落ち着いて対処できないものではない。動けないのであれば遠距離攻撃をすればいいだけだ。

「一番槍は若いものにとられたのう」
 『終ノ彼方 鉄ノ貴女』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は苦笑しながら、前衛にでてバスターに力任せのバッシュを放った。
「我ら、イ・ラプセル自由騎士! シノピリカ・ゼッペロン、見参じゃ!!」
 シノピリカの声は礼拝堂に高く響く。
 と、同時にステンドグラスに描かれた神、ミトラースを破壊しながら、ロイ・シュナイダー(CL3000432)が颯爽と登場する。
「伏兵か!」
 シャンバラ兵が突然の登場に鼻白む。何よりもミトラースを破壊しながら登場するとは不敬にも程がある。
「むむ、派手さでもいっぽ劣ったかの? とはいえ、ロイ殿。度肝は抜いたようじゃな」
「ちょっとガラスで手を怪我したけど」
 シノピリカの声掛けに、ロイは少しはにかむ。
「そんなもの、なめておけば治るじゃろう?」
「もっちろん!」
 ロイは不意をつかれたシャンバラ兵のど真ん中に飛び込みドクターを狙う。
「わわ、あんたむちゃしすぎ!」
 『田舎者』ナバル・ジーロン(CL3000441)は突出するロイを守るためにパリィングを発動し、ロイの側に立つ。
「ちょっとやりすぎた?」
「いや、かっこよくてちょっとずりぃって思った」
 少年二人は笑い合う。彼らに緊張感はない。いつもどおりの自然体だ。
「俺はナバル。あんたは?」
「ロイ・シュナイダーだよ」
 ナバルはロイに向かってくる前衛をシールドバッシュで引き剥がす。
「おっけー、ロイ! 好きに暴れていいぜ! 背中は俺が守る!」
「わかった、ナバル。頼んだぜ!」
 即席の少年同士のペアは敵の中心で嵐となる。

「魔女が!! 魔女がいる!! 汚らわしい!!!」
 『黒衣の魔女』オルパ・エメラドル(CL3000515)がナバルたちの援護射撃としてアローファンタズマを展開すれば、シャンバラ兵が騒ぎだす。
 アローファンタズマはヨウセイ達が好んで使う技であるということは魔女狩りたちにとってはよく知る事実だ。
 そして彼はその自らの長い耳と羽根は隠してはいない。狙われることなど知っている。自分が倒されるその前までに一人でも多くの魔女狩りを葬る。
 それが自分のやるべきことだ。
(彼らが今受けている恩恵は、ヨウセイの犠牲の上に成り立っているまやかしだ。困窮? しったことじゃない。そんなまやかしの豊穣に頼っている民など困窮してしまえばいい)
 オルパは魔力を練り上げ次の一射で狙いを定める。
 
 神のしもべは矛盾に惑う。
 暴力によって悲しみや憎悪が広がる。だとすれば暴力のない世界を目指すほかはない。
 ならば。そうするためには暴力によって、暴力を諌めなくてはならない。
 それはひどい矛盾。
 前衛たる『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)は、目の前の敵に鉄山靠(ぼうりょく)を振るう。
 彼女にはヒトを憎むという感情がわからない。ヒトは愛し合うべきだ。だけれども、だけれどもだ――。
 暴力を嫌いながら虐げるものを見た。暴力が嫌いと叫びながら戦いを止める仲間を見た。
 世界は暴力で満ちている。だからヒトは暴力を嫌う。だけれどもそうしなければ誰も救われないのだ。
 それが少女にとってはとても、とても悲しかった。
 
「ジウスドラよ。洪水を。神の敵を洗い流せ」
 エメによる短節詠唱の大魔導が展開される。満潮と引き潮と。ふたつの魔力が自由騎士たちの前衛を巻き込み、大きくダメージを与える。
「ああもう、なんか殺伐としてこわいこわい。なんでこうなってるの?」
 『あるくじゅうはちきん』ローラ・オルグレン(CL3000210)は肌も露わな踊り子のような衣装に身を包み、一歩踏み出し、ハーベストレインを降らせる。
「うむ、先日の調査依頼を発端に、今回の作戦が……」
「おっけーわかった。わかってないけど、せんそーにまけちゃだめ! そういうことだよね~」
 生真面目に答えようとするグローリアの言葉にかぶせるように、ローラは結論をだした。
 戦争に負ければ間違いなく生活は荒れる。ローラは今の生活が気に入っているのだ。荒れた生活なんてとんでもない。
「水鏡の解析によるとあのダメージでも75%なんて、洒落にならないのだわ」
 目星で罠はないことはわかった。ならば、戦闘に集中するだけだ。アニマムンディで自らにマナを巡らせながら『真理を見通す瞳』猪市 きゐこ(CL3000048)はその莫大なダメージに目を細める。同じ魔導師として少々嫉妬すらも覚える。
「見事な省略だけど個人的には長い呪文は省略しない方が好みかしらね……枝葉の言葉も大事だと思うわ!」
 だから、きゐこは負けず嫌いにもエメにそう声をかける。彼女に向けて行動阻害の魔導を狙うが、アロイスの防御は厚い。もし、誰かがアロイスに対してパリィングの邪魔をしているのであれば、話は別だったのだろうが、自由騎士たちの狙いはそこにはなかった。
「あら、お嬢さんはロマンチストなのね。詠唱は短ければ短いほどに効率的に神の敵を屠りやすくなります」
 聖母のように微笑みながら、女は次の魔導の詠唱を始めていく。
 
 状況は膠着の方向に進展していく。
「因果逆転とはなんとも厄介。回復阻害は精神的にも来るものだ」
 鹿の顔の、『パンケーキ卓の騎士』ウィルフリード・サントス(CL3000423)は飄々とした顔で、足止めされたシャンバラ兵たちの足元に向かって衝撃破を撃ちつける。
「そうはおもわないか? お仲間(マザリモノ)のドクター殿?」
「まあな。あの筋肉達磨ときたら、案外冷静でな。多少の煽りではびくともしない」
 『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)はウィルフリードの軽口に答える。
 先程仇として認識させるために声をかけたが、今のジェラルドにとって、仇は個人ではなくイ・ラプセルの自由騎士全体であることがわかった。
 突出せず、煽りにも乗らない。効率的に回復阻害をしてくる。本当に厄介な敵だ。
「恨みつらみに憎しみに。そういったもので蔓延してる戦場は気が滅入る。特にあのジェラルドというやつのそれは格別だ」
 やれやれと言いながらもウィルフリードは回復役(ツボミ)を狙う敵を優先的に攻撃していく。
「いいや、ヤツが憎むのは寧ろ極当たり前の事だ。文句も無い」
「ならば、ヤツの思惑どおりに殺されてやると?」
「いいや、殺されてやる気はない」
「では、自分は貴方を守るとしよう」
「それは助かる。どうも私は紙装甲でな」
 大義や正義のために誰かを殺す。戦争では当たり前のそれであろうと、ツボミにとってはしんどいことだ。だからといって信仰や信念なんていうあやふやなものに殺されるは癪だ。
 信だって義だって、彼女を守ることはなかった。さりとて殺そうともしなかった。そんな適当なものがヒトの生死を決めるなんて傲慢にも程がある。
 しかし、だ。
 愛が、憎しみがヒトを殺めるということは『わかる』。
 殺し合いなんてバカバカしいけれど。
「どれ、貴様につきあってやるぞ! ジェラルド」
 愛と、憎しみに捕らわれている『ヒトらしい』彼は敵であれ、ツボミには好ましかった。生死の狭間なんていうバカバカしいその遊戯に付き合ってやることを決めた。
 そしてツボミは治療を続ける。ソレこそが彼女の戦いであるのだから。
 
 シャンバラ兵はひとり、またひとりと倒れていく。前線は徐々に上がっていくが、そのたびにエメの短節詠唱による全体攻撃にドクターたちは回復を余儀なくされる。
 その合間を縫うように、ジェラルドが前衛に憎悪(ルサ・ルカ)を撒き散らし、ドクターたちは因果逆転の回復に手を割くことになる。
『笑顔のちかい』ソフィア・ダグラス(CL3000433)も、回復に手を回す。
 ドクターは多いとはいえ、本職はみなBS回復に手をとられている。そうなればソフィアとて本職ではないとはいえハーベストレインに手をとられる。
(恨み、か……。ボクにはよくわからないよ。だって世界ってどうしようもないことが多すぎるからいちち恨んだって仕方ないから)
 それはある意味真理だろう。戦争によって、誰かが誰かを殺す。
 それは末端である、一市民にとっては抗うことのできない不幸なのだ。その不幸は国の都合で頻繁に降り掛かってくる。それがこの世界なのだ。
 でも――。
 仕方ないで済まさず……思いを力に変えるジェラルドのこと……すごいと思うよ……。
 口には出さない。それでもソフィアにはそう思わざるを得なかったのだ。
 
「あんたがジェラルドかい? 話に聞いたとおり目立つ……いや個性的な風貌で」
 『その過去は消えぬけど』ニコラス・モラル(CL3000453)がジェラルド・オーキスに水を向ける。
「レイノルズとカッツェだっけ? 先の戦闘で惨たらしく死んだそうじゃないか? アンタを庇って。アンタのせいだろ? 違う?」
 その挑発にジェラルドは憎悪に染まる昏い瞳を向け、因果逆転をニコラスに向ける。体の中を冷たいものが走り、吐き気を覚える。
(っと、周りに誰かがいない場所を狙ったのは逆効果か)
 ルサ・ルカを自らに向けようとするが、範囲攻撃を個人に使わない程度にジェラルドはまだ冷静だ。
 自らの因果逆転の呪いをすぐにクリアカースで回復させる。
「あなた達がワタシのかわいいこぶたちゃん達を殺したのでしょう? ワタシの所為? 何をいうの? 殺したあなた達の所為にきまっているじゃない? だからワタシはあの子たちがつないでくれた命でもって、あなた達を殺すのよ」
 その声は低い。上司すら利用して、憎むものを効率的に殺そうとするものの声だ。
(ちっ、ヤブをつついて蛇がでたってところか)
 ニコラスは下がり、体勢を整え、周りへの支援に切り替える。
 彼は必要以上にこだわらない。その切替は見事なものだ。やろうとしてできるものではない。
「醜い顔が更に醜くならはって……見るに耐えられへんわ……」
 タイムスキップで踏み込んだ狼華は思わず声を上げる。
「片眼のネコちゃんのが、まだマシやったなぁ……
 あんたは逃げたんよ! 今になって相討ちも構わんて?ならなしてあの時そうせんかった!?
 折角救われた命、今更捨てに来る様な真似しはって!
 ほんにどうしようも無い主人やな!」
「捨てにくる? あなた達がこの小管区に攻め込んできたのでしょう? ならばあなた達を迎え撃つのが神の信徒としての役目よ。あの子たちがつなげてくれた命。あなた達と相討ちしてでもワタシはこれ以上のあなた達のこの国の蹂躙を止めるわ!」
 踏み込まれたジェラルドは狼華の小太刀をギリギリで躱し、狼華の首を掴みその美しい顔を床に押し付けた。
「自由騎士を憎んでいる?そう、それが当たり前。自分の大事なもの、その領域を犯すモノを強く憎むのがヒトよ」
 影狼で飛び込んだ『神の御業を断つ拳』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)は加速した刃でジェラルドを斬りつける。その勢いで狼華の首からジェラルドの手が離れる。
 狼華はその隙を見逃さす回転しながらその場を離れ喉の痛みに咽た。
「そのとおりよ、小娘。だからあなた達を憎んだ」
「でも、憎しみを忘れない貴様はアタシが出会ったシャンバラの騎士よりヒトらしい。憎しみは克服なんてできない。何かで上書きなんてできない。アタシはそれこそが『ヒト』だと信じている」
「貴方悪くないわね。復讐者の目よ。何がそんなに憎いのかしら?」
 言いながらジェラルドは太い腕から流れる血液を拭い距離をとる。
「憎むのはヒトを律する神とその僕。そしてその全てを生み出した創造神よ。神を全て憎み、果てにヒトの世を生みだした!」
「貴方のそれって、ただの八つ当たりね。我が神はいつか創造神になるわ。そうなればどうするの? 真なる神に刃を向けるの?」
「そのとおりだ!」
「哀れね。貴方は届かないユメに捕らわれているだけだわ」
 神の敵をにらみつけるジェラルドの背に魔力の矢が突き刺さる。
「待っていたぜ、このときを」
 両の手に逆手のナイフを構え、オルパが近接する。
「魔女……! なんて汚らわしい!」
「憎悪だと!? 俺の憎悪がどれほどか、教えてやろう!」
 それはただヨウセイだからという理由だけで魔女とされ虐げられてきた者の憎しみ。彼はジェラルドに近接するまでに多大なるダメージを受けてきた。膝もついた。それでも一矢。親友とそして家族を奪った憎き魔女狩りに一矢報いたい。その執念だけでここまできたのだ。
 眼の前が霞む。限界は近い。それでも、このチャンスを逃すわけにはいかない。
「ただの薪が偉そうに!」
 ふらつくオルパにトドメを刺そうとするその腕を影狼で踏み込んだミルトスが跳ね除ける。
「此処から先は私が彼を抑えます!」
 次はオルパに対してパリィングが必要だと計算したミルトスはジェラルドを睨む。
 守るために戦い誰かを傷つけ、傷ついてもなお拳を向けることを、ミルトスは選んだ。
 矛盾も飲み込んだその先は――。
 きっとこの腕を振るうことさえできなくなるのだろう。それでも。
 それでもかまわない。ソレが私の神に捧げる愛であるのだから――!
 ――パァン!
 礼拝堂にひときわ高い銃声が戦場を引き裂く。
 礼拝堂中心に聳えるミトラース像の額を弾丸が貫き、罅が中心線に沿って広がっていく。
「あー、銃が暴発しちゃったなぁ。わざとじゃないんだ……やっぱり駄目かな?」
 ヨーゼフが、やっちゃった顔で、震えながら一歩下がる。
「ミトラース様を!!」
 短節詠唱にのせてエメの怒りのジウスドラの函が、周囲に広がっていく。
「わかっちゃいたけど、きびしいのだわ」
 きゐこが防御態勢を取りながら、唸る。膝は二度ついたがなんとか復活した。一度目は英雄の欠片に祈って。二度目は意地だった。魔導の深奥を見たいという強い意志が倒れる体を支えた。
 皆がジェラルドを狙っている間ずっとエメに向かって攻撃をしかけていくが、どうしてもアロイスに防御されてしまう。
 何度目かわからないユピテル・ゲイヂを放ってもアロイスに防御される。とはいえ、彼とて無限の体力を持っているわけではない。少しずつではあるが削ってはいる。それでもその先が見えないことに焦りを感じる。
 魔力ももうない。かといって吸血する程に近づけば、その前にきっと自分はアロイスに倒されるだろう。
 残りの手札は、一つ。
「この神敵が!!」
 自らの神への冒涜に激昂するのはジェラルドもまた同じ。自らに近づいてきている敵に向かってルサ・ルカを放つ。
 金属の体が軋む。静かな狂気を放っていたジェラルドの見せたその感情の動きにあわせ、シノピリカは鎧装の左腕をジェラルドに向け、練り上げた気合を叩き込む。足止めされた足が重い。前にすすむことができない。技を放ったとて、わずかにジェラルドには届かないだろう。
 しかして。
 シノピリカは一度だけしか使うことのできない、その技をジェラルドの足元に向け叩き込んだ。
 ――SIEGER・IMPACT 改二。
 ドォンと礼拝堂が揺れる。猛烈な蒸気がその場に排出され、煙幕となる。シノピリカの左腕の鎧装がその衝撃に崩壊していく。それでいい。十全にこの腕は役割を果たした。
 そのシノピリカの煙幕を超え、魔女は飛ぶ。
 ジェラルドと『魔女』エル・エル(CL3000370)。同じ『瞳(にくしみ)』を持つものの視線が交錯した。
「仲間が殺されて悲しい! 家族が殺されて悲しい! それは魔女だって同じだわ!」
 それは魂の叫び。
 その叫びに呼応して、周囲の憎しみと呼ばれる感情が魔女に集まっていく。それは倒れたシャンバラ兵のもの、今なお魂ごと命を蹂躙されつつある魔女(ヨウセイ)のもの。それらが一様にマーブルに混ざっていく。
「シャンバラの民は魔女を人間だと思っていないようだけれど、魔女だって仲間や家族が殺されたら悲しいのよ!
 魔女にだって”愛”はあるのよ!!」
 混ざりあったその憎しみは怨嗟の叫びとなり魔女の周囲に集まっていく。
「魔女を犠牲にしなければ得られない安寧などくそくらえだ! そんな国など! 神など! 滅んでしまえばいいわ! 魔女の憎しみを、悲しみを、世界に知らしめてやる! 世界中を喪に服させてやる!」
 エルの叫びはいつしか幼いものになっていく。まるで子供の癇癪のようにしか聞こえないその叫びは何よりも悲痛なものだった。彼女を追い詰めた魔女狩りとシャンバラの魔女狩りは性質が異なる。
 彼女を追い詰めた魔女狩りは今や存在していない。それでも彼女は「魔女狩り」を駆らなくてはいけない。
 ――サバイバーズギルト。多くの死の中生き残ったことに罪を感じてしまうその無意味にしか過ぎない罪業に彼女は『あのとき』からずっと、ずっと縛られている。
 それが無意味でそして無駄なことくらい知っている。けれど、そうしなくては生きていけないのだ。がんじがらめのその呪いは魔女の生命そのものに成り果てている。
 魔女狩りがいなくなったらどうする? 神が居なくなればどうする? 
 そんな簡単な問いの答えすら、エルには答えることができない。
 彼女を中心とした暗色の怨嗟は徐々に質量を得ていく。生み出された重力場は重く空間を軋ませた。
「魔女に愛なんてないわ。魔女なんてただの――」
 軋む暗色の空間はジェラルドを巻き込み、固着化するとそのまま収縮していく。音もなく、ただ、収縮していく。収縮しきった空間は闇色と血色が交じる鉱石のようなものの欠片となってその場に落ちた。
 ――血の断末魔。
 その彼女が呪いのはてに生み出した業(スキル)はジェラルドに断末魔をあげさせるいとまさえ与えなかった。
 エルはその場に崩れるようにして倒れる。魂の奇跡の時間は終わった。
 急激に英雄としての欠片を失っていく。意識が沈んでいく。仲間の声はまるで水面の向こうから呼ばれているような程にぼやけて遠い。何を言ってるのかわからないわよ。
 足元がくい、と引っ張られる気がした。どこかの伝承で聞いたことがある気がする。水辺には足を引っ張るルサルカという水魔がいると。確かルサルカを送る葬礼の言葉があったはずだ。
 だけど――今は思い出せない。

 ジェラルドの死によって、状況は動き始める。
 ジェラルドは撃破した。しかして、ほぼフリーであったエリアボスであるエメ・アンペールは健在だ。
 魔力切れはまだ起こしているようにも見えない。彼女を守るアロイスは傷ついているとはいえ余裕も見える。
「ジェラルド、かわいそうに。愛に生きて愛に破れたその魂をミトラース様はきっと尊いものであると認めてくれるでしょう。そう!! 神は!! 神は愛を私達にもたらしてくれる! 祈りましょう。ジェラルドの魂が、ミトラース様により救われんことを! 主よ憐れみ給え」
 謳うようにエメがジェラルドへの鎮魂の祈りを捧げた。
 対して、自由騎士たちは、満身創痍。体力がつきて倒れたものもいる。次の攻撃がきたときに、切り札である復活ができる余裕のあるものは限りなく少ない。
「撤退するしかないね。ローラ死にたくないし、みんながどうしても死にたいなら止めないけど」
 ローラがつぶやく。飄々とはしているが、彼女が行使することのできる治療術は今やわずかだ。
 単体回復であれば余裕はある。しかし範囲を攻撃するのが得手の敵に対して間に合うはずがないのは明白だ。
 他のドクターとて状況は変わらない。全力でこの場で回復をしつづけてきたのだ。彼らに残った残りわずかなりソースで最後まで戦場を支えきることは無理だろう。
 このまま無理を押してでも戦えば、エメ達を倒せるかもしれない。しかし、死人が出ることは間違いはないだろう。
「くやしいけれど、そうするしかないのだわ!」
 きゐこは最後に残ったたった一つをアロイスに放つ。
 雪女郎の果ての果て。霧散した熱が空間を氷つかせて、アロイスの追撃を阻んだ。
 彼ら自由騎士たちは倒れた仲間を抱え、グラーニア小管区の教会から撤退するのだった。

 
 
●コンスタンツェ小管区
 自由騎士たちの作戦は、概ねにおいてまずは全員で片側の砕竜を抑えてから侵入という作戦であった。
 ただ一人、アデル・ハビッツ(CL3000496)は城門に向かいリュンケウスの瞳で兵を観察する。
 強行偵察と破壊工作(サボタージュ)は専門分野だ。
 城門には兵はいない。この城壁の堅牢さによほど自信があるらしい。
 ならばと城門に取り付き、物質透過を敢行するが、弾き飛ばされる。
 なるほど、内側にはバリケードをはっているらしい。物質透過の対策はとってあるということか。故に多人数で、破壊する必要があると宰相殿は予測したということか。それならもっとはっきり言え、などと宰相に心の中で毒づくとアデルはすぐに踵を返し、本隊に向かう。

「教会は要塞ではないんだぞ! 司祭様と楽しく遊ぶところなのだ!」
 それもまた違うが『教会の勇者!』サシャ・プニコフ(CL3000122)はしっぽをぴんとたてながら文句を言う。
 そんなことよりもっと言いたい文句はある。アクアディーネ様はヒトを差別しない。
 けれどこの国のカミサマは種族によって大きな差別を架している。それは愛を謳う神としておかしいのではないかとサシャは思うのだ。
「みんな! 回復はまかせるんだぞ!」
 そんなサシャにパリィングで守るのはタイガ・トウドラード(CL3000434)だ。
「それは頼もしいな。では君は私が守らせていただこう」
「おー、ありがたいんだぞ!」
 タイガは口元だけで笑う。
 眼の前の砕竜の破壊力など、この大剣で防いでみせる。そう誓って。
「うおーー! いくのだーー!」
 『ちみっこマーチャント』ナナン・皐月(CL3000240)は戦闘狂の叫びをあげ、砕竜に向かっていく。
 つま先を二度とんとんと地面にうちつけ、一気にしっぽから背なかに飛び乗り駆け上がる。
 背中中央まで登ると力任せのバッシュを放つ。
 その火力によって、砕竜は体を振り回し、ナナンを背中から吹き飛ばす。
 背中から降ってきた少女を、『お菓子とお菓子と甘い物』ヴィンセント・ローズ(CL3000399)が受け止める。
「おい! いきなり無茶するなって! 危ないな!」
「むむーゆうどうして突撃させたら、グレゴワールちゃんをびっくりさせれるかとおもったのに!」
「まあ、砕竜の指示ができるのは赤竜騎士だけだろうしな。そんなのが俺たちにできたら贅沢だろうけどね」
 ヴィンセントはナナンを下ろすと、ヘッドショットで砕竜を狙う。
「突撃きます! みなさん気をつけて!」
 大声で警戒するのは『マギアの導き』マリア・カゲ山(CL3000337)。
 せめてもと足元に向けアイスコフィンでの凍結を狙うが、突撃する砕竜の足をとめるまでには至らない。
(今回私は「水を運ぶヒト」。もともとこういう仕事は私の性にあうんですよね。さあ、S級依頼のみなさん、この陽動を最大限に活かしてくださいね)
 マリアは再度氷棺の術式を練り上げる。一度失敗したところで諦めるほど物分りがいいわけではない。
「ムサシマル! いくよー!」
「応!」
 『黒砂糖はたからもの』リサ・スターリング(CL3000343)は柳凪の構えをとると、『一刀両断』ムサシマル・ハセ倉(nCL3000011) と並んで砕竜に向かう。
 リサは今まで何度か戦場に足を踏み入れてきた。そのたびに思うのは『戦争は怖い』だ。
 ちょっとした油断で隣り合わせの死は自分に襲いかかる。
 5分後、今のように立っていることができる保証はない。それを思うと足がすくむ。
「ビビったでござるか? リサ殿?」
 でも。
 大好きなみんなや、かたわらのムサシマルと一緒なら大丈夫だと思う。
「まさか! ムサシマルこそ剣先が揺れてるよ!」
「ばっか! そんなことねーでござるもん!」
 弱気はわたしらしくない。
「いくでござるよ」
 そんな友達の言葉にリサは微笑んで拳を握り、足を地面にぴったりとつけ砕竜に震撃を放った。
「みなさん、無理はなさらぬよう!」
 皆を鼓舞しながら『聖き雨巫女』たまき 聖流(CL3000283)は両手を天にむけノートルダムの息吹を自由騎士たちに付与する。
 これで状態異常への耐性ができる。
 ひとりたりとて、死なせはしないとたまきは誓う。
「多少の無理は必要だとおもうけど。まあ善処する」
 『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)が十分に魔力を練り上げた二矢の魔力の矢を放つ。
「ちょっと寄り道が過ぎたけど、事情はわかった!」
 『ノラ狗』篁・三十三(CL3000014)は、マグノリアのエコーズに追随するように駆け出す。
 シャンバラの偽りの豊穣は彼にとって許すことのできない愚行だ。
 誰かを犠牲にした豊穣なんて間違っている。もっと他に方法はあるだろうとも思う。
 しかしシャンバラの市民はそれが間違っているということを「知らない」。
 はるか昔からソレが正しいと信じてきたのだ。
 だから誰かが変えないといけない。正しくないと教えないといけないと思う。
 亜人だって、キジンだって、マザリモノだってそして、ヨウセイだってこの世界を生きる同じ人類であるということを。
「閉ざされし悪しき聖域に女神の浄化をもたらさん!
 イ・ラプセルの自由騎士が一人、篁三十三推して参る!」
 勇壮に叫ぶ少年は砕竜に向かう。
「鎧竜だったら厄介だったけど砕竜ならまだ目があるよね!」
 『元気爆発!』カーミラ・ローゼンタール(CL3000069)は今日も明るく笑う。
 防御力事態はそれほどでもない砕竜とは以前戦ったこともある。それに、ドラゴンを倒すものを称する自分としては二度目の敗北は絶対に許されることではない。
 ウンウンうなりながら図書館で生態を調べてきたのだ。
「よわいとこは、ここー!」
 カーミラはダッシュで回り込んで、足の付根あたりに向かって全力の我流・神獣撃をぶちかます。
 それは両親が使っていた業。実際に伝授されたわけではない。両親の動きをみただけの見よう見まね。
 しかして、武道とは見よう見まねから始まる。
 彼らと同じような術理はわからない。けれど。
 この業をつかう両親はかっこよかった。記憶の中の両親と同じ動きをトレースする。
「いっけーーー!!」
 ローゼンタールの家系の粋であるその業はクリーンヒットし、どう、と音をたてて砕竜が倒れる。
「やるじゃないですか」
「カスカ、みてた?」
「ええ、妹分が見事な一撃を見せるのであれば」
 『天辰』カスカ・セイリュウジ(CL3000019)は目を細める。
 体が加速していく。同時に気持ちも加速していく。
「仕上げは私といきましょう」
 カーミラの業に影響されたのかどうなのか。倒れた砕竜に向かって飛び込んだカスカは愛刀を振るう。
 一刀。二刀、三刀。流星のように煌めく太刀筋はまるで空気ごと切断するかのように、砕竜を分断していく。
「カスカすっごーい!!」
「まだあと1頭残っていますよ。それともカーミラは疲れてしまいましたか?」
「そんなことないよ! まだいける!」
「ならば」
 走り始めるカスカをカーミラは嬉しそうに追いかけるのだった。
 
 彼ら自由騎士は片側の砕竜を撃破し、城塞内部に飛び込んでいく。
 片側の砕竜も近く合流するだろう。
 ならばその前にと、『リムリィたんけんたいたいちょう』リムリィ・アルカナム(CL3000500)は誰よりも早く『岩石卿』グレゴワール・バリエに向かう。
 同じような武器を振るう敵。だからこそまけるつもりはない。
「こら、突出するな! リムリィ」
 なんかルークが喚いてるけど気にしない。
 『演技派』ルーク・H・アルカナム(CL3000490)はお転婆にもすぎる義妹の元気さ……というか無謀さに呆れる。まったく。お前になにかあれば、アイツが煩いんだ。……そういうこと、なのだ。多分。
「いいか、俺に上手く合わせろ!」
「わかった」
 知ってる、これは全然わかってないやつだ。だったらこっちが合わせればいい。
「我が砕竜を倒してきたか。面白い。シャンバラ皇国、赤竜騎士団が師団長『岩石卿』グレゴワール・バリエである! ふるえよ! 我が神の威光に!」
 囲まれたグレゴワールはシャンバラ兵たちの最前にて前口上をあげる。
「こい! 砕竜たちよ!」
 片側の砕竜を大声で呼べばややあって、のこり二体の砕竜もまた重い足音をたてて、現れる。
「行くぞ! 不敬なるイ・ラプセルの騎士よ!」
 グレゴワールが巨大なハンマーを持ち上げ、地面に打ち付ける。それが戦闘開始の号令となる。
 ナナンとカーミラ、カスカは砕竜に向かって駆け出す。
 豪勢にもシャンバラはおかわりをくれたのだ。それを逃す手はない。
「あわわっ!」
 その三人に対してたまきが焦りながらもノートルダムの息吹をかけ直し、追いかける。
 突如、聖堂の壁が壊され、アデルが飛び込んでくると、そのまま砕竜にむかってカスカ達と砕竜を挟撃する形になる。
 これにより砕竜はその場に足止めを余儀なくされる。
「派手な登場ですね。新人のひと」
「予想外の大穴を開けてやるつもりだったからな。嫌がらせは得意分野だ」
 アデルがボソリとつぶやいた。
「どっかーん!」
「砕竜は私たちにまかせて!!」
 ナナンとカーミラが元気よく皆に任せろと言った。
「俺もいるっての!」
 その二人を追いかけるように三十三も叫ぶ。
「再生能力は俺が止める!!」
 言うが早いか、三十三は実家の蔵の奥に押し込んであった妖刀『叢雨』を構えると飛び込んでいく。
「グレゴワールも気になるけど、砕竜も抑えないとだね」
 グレゴワールに集中している間に後ろからの挟撃にあうのはぞっとしない。あくまでも砕竜の動きがとまったのは今だけだ。
 マグノリアは砕竜に向かう。砕竜がいるあたりがなんだかやけに気になって仕方ないのだ。

 彼らの言葉に自由騎士たちは頷くとグレゴワールの小隊に向かう。
 
 タップを踏みながら前に出るのは『慈愛の剣姫』アリア・セレスティ(CL3000222)。
 その後ろから『ヘヴィガンナー』ヒルダ・アークライト(CL3000279)がバレッジファイヤによる牽制攻撃を仕掛ける。
「いいかんじ、ヒルダちゃん」
「愛するアリアに指一本触らせないわよ」
「また、ヒルダちゃんはそればっかり!」
 少女たちの連携攻撃はシャンバラ兵達を翻弄する。苦笑しながらアリアはステップを変える。
 覚えたばかりのそのスタイルに慣れているとはいえない。
 それでも手応えは感じる。つま先のリズムが戦場を支配するのが心地よかった。
 アリアの渦をまくようなそのステップに合わせ、見えない渦がアリア中心に広がる。
 その瞬間、グレゴワールたちの足元に不可視の渦が発生し、動きをとめる。
「また面妖な業を、ドクターよ、回復だ!」
 言ってグレゴワール本人は、不可視の渦を振り払い前に出ると、ハンマーを少女たちに向かって振り下ろす。
 ガァン!! 
 聖堂中に響き渡るような金属音をたてて、そのハンマーが振り下ろされる途中で止まる。
「びりびりする」
 平坦なトーンで獲物を掲げたリムリィが呟いた。
 手の感触はない。たぶんいたくない。まだ動けるから、獲物でハンマーを振りほどくと前に出る。
 わたしのできることはまえにでててきをほふること。
 ただ、ぶきをふりおろすだけ。なんどもなんども。
「くっそ、無茶しやがって!」
 ルークはその無謀でしかない行動に舌打ちする。手が腫れている。ハンマーをあんな無茶な受け方をしたのだ。骨折まではいかないが捻挫はしているだろう。
 あの義妹は痛みには鈍感だ。気づいていないダメージは今後どんどん深刻になっていくだろう。
 それでもあの義妹は攻撃をやめない。攻撃すること事態が自分のダメージに繋がっても気にしない。いや、きにすることができないのだ。
 ならば自分は兄としてできることをするしかない。
 二連の速射でグレゴワールに対しての牽制を続ける。
「ほんとに無茶なのばっかりなんだから」
 『博学の君』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)は練り上げた魔導力を仲間の回復に転換していく。
 冷静に、状況をみながら、最適化された行動を続ける。
 戦場を見渡し、分析し、最前の手を。
 それがドクターである自分のやるべきことだ。
 後ろで走り回っているドクターのサシャにも、指示をだす。この状況であればヒーラーはまとまって、指示を一本化したほうが、効率がいい。
 砕竜に回ったたまきは大丈夫だろう。
「タイガ君、こっちも守れる?」
 アクアリアはサシャと同行していたタイガにも声をかける。戦場においてヒーラーは狙われるものだ。
「二人もか……わかった、できる限り私が君たちを守ろう」
 タイガにとって守る戦いというのは「やりやすい」。もとより誰かのために動くことは嫌いではない。誰かを傷つける戦いより気持ちは楽だ。
「心強いよ、じゃあ、国のためにこのちっぽけな命をはろうじゃないか」
 そんな戯曲のような言葉にアクアリスは自分で笑ってしまう。
 国にとって自分は小さなリソースのひとつでしかない。
 それでも、そのリソースが集まり大きな力になっていくのだ。

 マリアは所謂黒子に徹する。グレゴワールと戦う人が戦いやすいように、彼女の狙いは、シャンバラ兵だ。ユピテルゲイヂでの足止めを敢行する。
 その行動に気づくものは少ない。しかしその小さな行動はゆっくりと奏功してシャンバラ兵の動きが鈍っていく。
 気づかれないほどゆっくりに。
 それに気づいたものもいる。ヴィンセントだ。
 彼とて男子だ。誉はほしい。彼はグレゴワールを狙うつもりだった。
 しかして、少女が一人努力している姿をみたら?
「それにきづいちゃったもんな、そりゃほっとけないよな」
 ヴィンセントはニヤリと笑うとマリアの側に向かう。さり気なく。マリアにも気づかれないほどに。
 いつのまにか自分と同じ行動をしていたヴィンセントに気づいたマリアは小さく会釈する。
 言葉は必要ない。彼らは自分のやるべきことがはっきりと見えている。
 それに背中合わせの相棒は自分がほしい行動をくれる。言葉なんて必要はない。
 二人は視線をあわせると、シャンバラ兵の一刻も早い無力化に尽力するのだった。

「ムサシマル」
「ほいさ」
 リサとムサシマルもまた、同じくシャンバラ兵達に相対する。
 まずはドクター。そしてマギアス。
 言葉を介さなくても彼女らは倒すべき相手を共有する。リサは戦いは嫌いだ。だけど、ムサシマルと一緒に戦うのは、不謹慎だけど楽しかった。
 同じスタイルではないけれど、それでも通じるものはある。
「いくよ!」
 同時に放った一撃が、敵を無力化する。
「次! みんなを助けなきゃ!」
 
「赤竜騎士団とは多少の縁があります」
 両の拳をあわせ、『飢えた白狼』リンネ・スズカ(CL3000361)は前にでる。
 アクアリスたちと連携し回復補助はしてきた。しかして強敵に体が疼く。
 それに気づいたアクアリスは笑って自分を見送ってくれた。そのかわり無様を見せたら承知はしないといわれた。その気持がリンネには嬉しかった。
「リンネ・スズカ。推してまいります!」
 託された思いを胸に強敵を前にするのは魂が震える。
「貴様、ヒーラーか?」
「そのとおり、ですが、それだけではありませんよ」
 ダン、と体のバネをつかって踏み込み、アギトのようにかまえた掌でグレゴワールを掴む。
 しかして浅い。浅いがいける。
 リンネはそのまま強引にグレゴワールを地面に擦りつける。
「はは、はは」
 地面に倒れたグレゴワールが笑う。
「なんとも強引、なんとも我の強い業だ。貴様が我が国の戦士であれば我が部下にしてやったものを」
 それは勘、であった。戦士としての勘。リンネはその勘に従って、倒れたグレゴワールから距離を取る。
「その小娘も、良い腕だ」
 今なお腫れた腕のまま飛び込んでくるリムリィを呵呵と笑いながら振りほどく。
「そこのガンナーと面妖な業を行使する小娘もだ。
 ああ、みとめよう。イ・ラプセルは斯様な戦士がいる国であると。
 なれば、我も貴様らに敬意を示すとしよう」
 立ち上がったグレゴワールはぶんと音をたててハンマーを構える。
「リムリィ!!」
「まだとまれない……わたしはまけない」
 ルークがいち早く危険を察してリムリィに警告するが間に合わない。
 一撃くらいなら持つだろう。
 彼は地面を蹴り。リムリィと、アリアと、リンネに向けられたハンマーとの間に飛び込む。
 ドォオオン!
 聖堂に響く重低音と土煙。――豪雷土石竜。グレゴワール・バリエの誇るその業は周囲を食い尽くすように広がる。
 その後には、倒れるアリアとリンネとルーク。
 弾きとばされたリムリィは、その中心点で倒れる傷だらけの兄の名を呼ぶ。
「るーく」
 返事はない。
 ルークにはその声は聞こえた。どうやら無事らしい。これで兄としての意地は通した。
 それでいい。返事をしてやらなくてはとは思うが、声がでない。
「ルーク、ルーク!」
 うるせえな。聞こえてるっつーの。
「わたしのかぞくに――。ゆるさない」
 なにいってんだあいつ。いいから逃げろよ。お前もう戦えないだろう。その手、真っ赤だぜ?
「おまえ――きえろ」
 くそ、あいつ、我を忘れてる。俺は生きている。だから――!
 痛みに鈍感なリムリィではあるが、正直遅れて感じはじめてきた痛みはリムリィの動きを鈍くしていたのは否めない。
 でも、倒れたルークを見た瞬間感じたこともないような昂ぶりが自らを貫いた。怒り、恐怖、不安、様々な気持ちががぐるぐるぐると自分の中を支配する。
 ぐるぐる、ぐるぐると。

「アリアっ! リンネ!」
 一歩離れていたヒルダは倒れるアリアに走りより抱き上げる。割れた額からは大量の血が流れている。
「アリア、しっかりして」
「大丈夫、ヒルダちゃん」
 弱々しい細い声。
「ヒルダちゃんそんな泣きそうな顔しないで? ヒルダちゃんはイ・ラプセルの未来を背負う騎士でしょ? そんな情けない顔しちゃだめ」
 アリアは無理に笑うと眉をしかめる。今は何をしても体が痛くてしかたない。
「だから、勝ってね。ヒルダちゃん」
「アリア」
 そうだ。あたしは、イ・ラプセルの自由騎士だ。アリアの、みんなの、そして過去からのかけがえのない思いを受け継いで、戦場に立っているのだ。
 周囲を見渡す。みんな戦っている。傷だらけで。
「アリア、あたし、戦う」
「それでこそヒルダちゃんだね」
 嬉しそうに笑ったアリアは、そこで意識を失う。
 ヒルダは胸の奥の魂に呼びかける。
 自分は負けるわけにはいかない。
「前王陛下」
 子供の時大きな手でなでてくれたことを思い出す。それがうれしくて、前王陛下の望む騎士になると誓った。
 だから、ミッシェル前王陛下。あたしに力を……!
 ドクン、と心臓が高鳴った。その一瞬あと、誰かに優しく頭をなでられた気がした。
 あたしは頷く。
 イ・ラプセルの歴代の王の威光が愛銃に宿るのを感じた。いやしくも自分に、イ・ラプセルの歴代の威光の代行者として戦うことが許されるならば。
 アリアを優しく寝かせると、立ち上がる。
 一歩前に進む。
 その足跡が青い光となって残る。その足跡から生まれた青い蝶がふうわりと飛び立った。飛び立った蝶は傷ついたものにそっと触れ、回復を施すと、解けて消えた。
 
 ぐるぐる。ぐるぐる。
 まわる気持ちが実体化してリムリィの周りに浮かぶ。かぞくをきずつけられたいかり。
 リムリィはいつしか赤い涙を流していた。リムリィ本人は気づいては居ない。
 
 蒼光の少女と、黒炎をまとう少女がグレゴワールに近づいていく。
「なんだ、それは」
 ――奇跡。可能性<■■■■シス>と呼ばれたイ・ラプセルのオラクルだけが持つその奇跡をグレゴワールは知らない。

 パチパチパチとどこかで拍手の音が聞こえた気がした。
 
「イ・ラプセル、自由騎士。ヒルダ・アークライト。過去の威光の代行者として貴方を倒す!」
「ころすころすいらないいらないころすいらないおまえいらないいらないころすころす」
 
 少女たちが願った奇跡は花開く。
 ヒルダは銃を向け青く光る弾丸を発射する。弾丸はグレゴワールの真芯を捉え、背中側から抜けていく。蒼い弾丸は光の蝶に姿を変え、消えた。

 リムリィはにくしみのこころのままに飛びかかり首元に食らいつく。

 くちもとがあかくてきもちわるい。ぶちり、と食いちぎった肉を地面に捨てる。
 こいつはいらないてき。
 だからぜんぶくらいつくす。ころす、ころす、ころす。
 ルークを殺そうとしたこいつは、『てきだ』

「やめろ!! 戻ってこい!! リムリィ!」
 そんな「くろいこころ」に侵食されたリムリィを誰かが抱きしめて止める。
「ソレ以上はだめだ!! リムリィ」
 ヒルダの蝶によってなんとか動ける程度に回復したルークが死にものぐるいで義妹を止める。暴れるリムリィの拳があちらこちらにぶつかる。そのたびに骨の折れる嫌な音がしたが離してなんてやるものか!!
 やがてリムリィの動きが鈍くなって、止まる。
「るーく?」
 自分を静止する声は懐かしくて優しくて。なぜだかとめどなく涙が溢れた。
 その涙は透明で。
 にごりなく、透明で――。

 コンスタンツェ小管区陥落の報がイ・ラプセルに伝えられる。
 かろうじて息のあったグレゴワール・バリエは確保。放置した管区長のフレッド・ミカエリスは隠し通路を使って逃亡。フレッドは援軍と合流し、撤退したようだった。

 後ほど、隠し通路をみつけたマグノリアはその隠し通路がただの外に出るための地下通路であることに、大きなため息をつく。
「なにかあったらおもしろかったのに」
 そう言って口を尖らせているマグノリアはずいぶんと幼くみえた。

 動ける騎士達が総出で小聖櫃を探索した結果、程なく小聖櫃は発見され即座に破壊された。
 囚われていたヨウセイたちは解放し、即座にイ・ラプセルの病院に担ぎこまれている。

 春の手前の冷たい風が吹き、三十三は肩を震わせた。
 この後、コンスタンツェ小管区の人々は豊穣の奇跡をなくし、困窮することになるだろう。
「シャンバラにだって天と太陽と大地がある。それに恵みの雨は降るんでしょう?
 俺たちはみんな、その天の恵みに生かされているんだ。シャンバラのみんなだっていつかきっとそれに気づいてくれる、俺はそう思うよ」
 空を見上げた三十三は、そう呟いた。
 

†シナリオ結果†

失敗

†詳細†

称号付与
『蒼光の騎士』
取得者: ヒルダ・アークライト(CL3000279)
『黒炎獣』
取得者: リムリィ・アルカナム(CL3000500)
特殊成果
『怨嗟の欠片』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:エル・エル(CL3000370)

†あとがき†

 今回のポイントの内訳です。
【1】人数ボーナス18
  騒ぎになった 0
  撃破及び行動ボーナス20
  ネームド:ジェラルドの撃破8
  エリアボスの非撃破によるPC側撤退により規定ポイントを満たしませんでした。
  
  

【2】人数ボーナス18
  城門の破壊  0
  撃破及び行動ボーナス15
  砕竜4体の撃破 20
  エリアボス撃破 20
  管区長フレッドの撤退 0
  で陥落しております。

 両管区とも戦功点が50以上が満たされませんでしたので、判定は失敗です。
 

 今回、エリアボスであるエメへの対応が少なかったので撃破することは不可能でした。
 ジェラルドは死亡、エメとアロイスはグラーニア小管区にて健在。
 グレゴワールは瀕死で確保。
 フレッドは事前発見されなかった秘密経路によって逃亡という結果になりました。
 逃亡したあとのフレッドは援軍と合流し、状況を説明し大管区に撤退しています。
 秘密経路はごく単純に内部から地下を通って外に脱出するものでした。


 また、説明にもあるようにアニムス・宿業を使用して、非成功であった場合にもフラグメンツは5消耗しますので、使用宣言をしたあと成功、失敗にかかわらず、使用者の連戦は厳しくなります。
(回復の奇跡を願った場合については連戦も可能です)
 
 また、ラーニングについてはその依頼が成功した状況で、可否が判定されるので、失敗の場合はラーニングは不可能になります。
(ラーニングは成功をするために努力をした上でのご褒美という位置づけになります)
FL送付済