MagiaSteam




【北方迎撃戦】VenerableVirgin

●『聖母』と呼ばれた女性
「悲しきかな。悲しきかな。神の愛を知らぬ子よ、悲しきかな」
ここはシャンバラの王都ウァティカヌス 。そこにある教会の一つ。良く通る女性の声が聖堂内に響き渡っていた。それは鈴の音の如く清らかで、清風のように心地良い音色。
聖堂が声を通しやすい構造になっていることもある。その女性が日々声を出す鍛錬を怠らないこともある。だがしかし、真にこの声が心地良い理由は心の底からそう思っているからだ。
「喜び給え。我々はミトラースの愛を受けし者。謡い給え。その豊潤を。
神の愛により生まれし大地の恵み。神の愛に感謝し、祈りを捧げよう」
聖堂の中には収穫したばかりの穀物と、いましがた作られた料理で満ちていた。今日は収穫祭。その祝いの言葉を告げていた。
「シャンバラにある全てはミトラース様の愛。その愛を受けて子供はよく食べよく遊び、若き子は勉学と鍛錬に励み、大人は労働を捧げましょう。
されど今日は喜びの日。大地から育んだ愛を受け、体を休める日。これもまたミトラース様の愛なのです」
声が響き渡り、ミトラースを称える声が響き渡る。
そして人々は祭りに興じる。日々の苦労を忘れ、喜び、そして楽しんでいた。
これは何処にでもある祭りの一ページ――
祭の最中、女性の前に一人の騎士が現れる。騎士は深々と頭を下げ、恭しく口を開く。
「ピエロン様」
「はい、何でしょうかアムラン様」
「尊称などおやめください。神の御業を使える貴方こそが上に立つに相応しい。私は貴方の力で魔女を狩り上級神民になったにすぎません」
「いいえ。それは貴方の努力にすぎません。アムラン様ならより強き信仰をもってシャンバラを守ってくれると信じていますわ」
柔らかにほほ笑む女性。それは心の底からそうと信じている笑顔だ。
「は。ではシャンバラを守る騎士としてご助力をお願いします。
先ほどイ・ラプセル討伐に出陣せよと命が下りました。つきましてはピエロン様にも御同行願おうと。『聖母』と呼ばれた貴方の御業があれば――」
「ええ、構いません」
女性はアムランと呼ばれた男が言葉を続けるより先に首肯し、言葉を続ける。
「これも神の愛を教える為。ミトラースの愛を知らないイ・ラプセルの人達に、この愛を伝えましょう」
『聖母』と呼ばれた女性は満面の笑みで――心の底からそうすべきだと信じている声で――笑顔を浮かべた。
●イ・ラプセル迎撃部隊
揺れる小舟の上、出航間際の船の上に黒マントのペストマスクが立っていた。彼は自由騎士達の姿を認めると、肩をすくめながら出迎える。
「猫の手も借りたいと言うのは解るが、医者の手まで借り出されるとは」
愚痴りながら 『ペストマスクの医者』サイラス・オーニッツ(nCL3000012)は集まった自由騎士達に説明を開始する。
「水鏡階差運命演算装置がシャンバラから迫る魔女狩りの軍団を予知した。前回のようなグループではなく、軍団規模での襲来だ。
北方に注意を向けていたこともあり、海軍への通達も間に合ったが一部は突破されてイ・ラプセルへの侵入を許すことになる」
机の上に置いた地図に、凸状のコマを置く。青がイ・ラプセルで赤がシャンバラだ。ペストマスクは海域でぶつかっている青と赤のコマを指差す。
「イ・ラプセルに上陸する輩は他の班に任せて、私達は交戦中の――厳密には未来に交戦する予定の――この戦いに介入する。相手の使う術により、海軍が壊滅的な打撃を受けるからだ」
自由騎士達は先の魔女狩り攻防戦における司教の術式を思い出す。未知の術式により倒れていた物が蘇ったという。さらには高い魔法攻撃をもっているとか。
「ここで倒せれば僥倖だが、戦力差を鑑みればそうもいくまい。援軍が来るまで粘れば十分だ」
海軍も予知を受けて援軍を編成している。だがフットワークの問題で先に到達するのは自由騎士になりそうだ。
「では行こうか。安心し給え、死ななければ何とか治してみるから」
笑えないなあ、と思いながら自由騎士達を乗せた船は出航した。
「悲しきかな。悲しきかな。神の愛を知らぬ子よ、悲しきかな」
ここはシャンバラの王都ウァティカヌス 。そこにある教会の一つ。良く通る女性の声が聖堂内に響き渡っていた。それは鈴の音の如く清らかで、清風のように心地良い音色。
聖堂が声を通しやすい構造になっていることもある。その女性が日々声を出す鍛錬を怠らないこともある。だがしかし、真にこの声が心地良い理由は心の底からそう思っているからだ。
「喜び給え。我々はミトラースの愛を受けし者。謡い給え。その豊潤を。
神の愛により生まれし大地の恵み。神の愛に感謝し、祈りを捧げよう」
聖堂の中には収穫したばかりの穀物と、いましがた作られた料理で満ちていた。今日は収穫祭。その祝いの言葉を告げていた。
「シャンバラにある全てはミトラース様の愛。その愛を受けて子供はよく食べよく遊び、若き子は勉学と鍛錬に励み、大人は労働を捧げましょう。
されど今日は喜びの日。大地から育んだ愛を受け、体を休める日。これもまたミトラース様の愛なのです」
声が響き渡り、ミトラースを称える声が響き渡る。
そして人々は祭りに興じる。日々の苦労を忘れ、喜び、そして楽しんでいた。
これは何処にでもある祭りの一ページ――
祭の最中、女性の前に一人の騎士が現れる。騎士は深々と頭を下げ、恭しく口を開く。
「ピエロン様」
「はい、何でしょうかアムラン様」
「尊称などおやめください。神の御業を使える貴方こそが上に立つに相応しい。私は貴方の力で魔女を狩り上級神民になったにすぎません」
「いいえ。それは貴方の努力にすぎません。アムラン様ならより強き信仰をもってシャンバラを守ってくれると信じていますわ」
柔らかにほほ笑む女性。それは心の底からそうと信じている笑顔だ。
「は。ではシャンバラを守る騎士としてご助力をお願いします。
先ほどイ・ラプセル討伐に出陣せよと命が下りました。つきましてはピエロン様にも御同行願おうと。『聖母』と呼ばれた貴方の御業があれば――」
「ええ、構いません」
女性はアムランと呼ばれた男が言葉を続けるより先に首肯し、言葉を続ける。
「これも神の愛を教える為。ミトラースの愛を知らないイ・ラプセルの人達に、この愛を伝えましょう」
『聖母』と呼ばれた女性は満面の笑みで――心の底からそうすべきだと信じている声で――笑顔を浮かべた。
●イ・ラプセル迎撃部隊
揺れる小舟の上、出航間際の船の上に黒マントのペストマスクが立っていた。彼は自由騎士達の姿を認めると、肩をすくめながら出迎える。
「猫の手も借りたいと言うのは解るが、医者の手まで借り出されるとは」
愚痴りながら 『ペストマスクの医者』サイラス・オーニッツ(nCL3000012)は集まった自由騎士達に説明を開始する。
「水鏡階差運命演算装置がシャンバラから迫る魔女狩りの軍団を予知した。前回のようなグループではなく、軍団規模での襲来だ。
北方に注意を向けていたこともあり、海軍への通達も間に合ったが一部は突破されてイ・ラプセルへの侵入を許すことになる」
机の上に置いた地図に、凸状のコマを置く。青がイ・ラプセルで赤がシャンバラだ。ペストマスクは海域でぶつかっている青と赤のコマを指差す。
「イ・ラプセルに上陸する輩は他の班に任せて、私達は交戦中の――厳密には未来に交戦する予定の――この戦いに介入する。相手の使う術により、海軍が壊滅的な打撃を受けるからだ」
自由騎士達は先の魔女狩り攻防戦における司教の術式を思い出す。未知の術式により倒れていた物が蘇ったという。さらには高い魔法攻撃をもっているとか。
「ここで倒せれば僥倖だが、戦力差を鑑みればそうもいくまい。援軍が来るまで粘れば十分だ」
海軍も予知を受けて援軍を編成している。だがフットワークの問題で先に到達するのは自由騎士になりそうだ。
「では行こうか。安心し給え、死ななければ何とか治してみるから」
笑えないなあ、と思いながら自由騎士達を乗せた船は出航した。
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.20ターンの間、全滅しない(敵の状態は成否に含まない)
どくどくです。
愛とは己の立場から発する感情なのです。
●敵情報
・『聖母』セヴリーヌ・ピエロン
シャンバラ上級神民。ノウブル女性オラクル。20代後半。たおやかな笑顔を浮かべる優しい雰囲気の女性です。戦いの最中でも笑みを崩さず『アクアディーネという邪神に心奪われた可哀想なイ・ラプセル人』を救うために戦います。
ネクロマンサー、と呼ばれるスキルを使うようです。倒れた者を人形のように操ったり、回復効果をダメージに反転する術式を持っています。
・『青騎士』ジャン=ピエール・アムラン
シャンバラ上級神民。多くの魔女を狩り首都入りを認められた青い鎧の騎士です。ノウブル男性オラクル。30代前半。かつてセヴリーヌと共に魔女を狩っていましたが、上級神民になった事でチーム解散しています。
重戦士。ハンマーを用いて重い一撃を仕掛けてきます。また、体力がある程度減ると狂気に身を任せ攻撃力を増します。
・従者(×4~)
アムランの従者です。戦場に散り散りになって戦っています。自由騎士が『聖母』『青騎士』に接触すると、主を守るために集まってきます。具体的には3ターン毎に4名が敵前衛に追加されます。
ケモノビトを中心とした軽戦士でレイピアを持つ近接戦闘系。非オラクルです。
●NPC
『ペストマスクの医者』サイラス・オーニッツ(nCL3000012)
夜道で見たら子供が泣きそうな格好の医者です。
『メセグリン Lv2』『クリアカース Lv2』『ハーベストレイン Lv2』『ブリギッテの祈り』等を活性化しています。
●場所情報
イ・ラプセル海軍船。シャンバラ兵の襲撃を受けて所々火が上がっています。時刻は夜。広さと足場は戦場に影響しません。イ・ラプセル海兵は不意打ちを受けてその対応の為、援護はできません。
20ターン目終了のタイミングで海軍の援軍が到着します。それまで耐えることが出来れば成功となります。
戦闘開始時、敵前衛に『青騎士(×1)』『従者(×4)』が、敵後衛に『聖母(×1)』がいます。また3ターン毎に4名の『従者』が敵前衛に追加されます。
急いでいるため、事前付与は不可です。
皆様のプレイングをお待ちしています。
愛とは己の立場から発する感情なのです。
●敵情報
・『聖母』セヴリーヌ・ピエロン
シャンバラ上級神民。ノウブル女性オラクル。20代後半。たおやかな笑顔を浮かべる優しい雰囲気の女性です。戦いの最中でも笑みを崩さず『アクアディーネという邪神に心奪われた可哀想なイ・ラプセル人』を救うために戦います。
ネクロマンサー、と呼ばれるスキルを使うようです。倒れた者を人形のように操ったり、回復効果をダメージに反転する術式を持っています。
・『青騎士』ジャン=ピエール・アムラン
シャンバラ上級神民。多くの魔女を狩り首都入りを認められた青い鎧の騎士です。ノウブル男性オラクル。30代前半。かつてセヴリーヌと共に魔女を狩っていましたが、上級神民になった事でチーム解散しています。
重戦士。ハンマーを用いて重い一撃を仕掛けてきます。また、体力がある程度減ると狂気に身を任せ攻撃力を増します。
・従者(×4~)
アムランの従者です。戦場に散り散りになって戦っています。自由騎士が『聖母』『青騎士』に接触すると、主を守るために集まってきます。具体的には3ターン毎に4名が敵前衛に追加されます。
ケモノビトを中心とした軽戦士でレイピアを持つ近接戦闘系。非オラクルです。
●NPC
『ペストマスクの医者』サイラス・オーニッツ(nCL3000012)
夜道で見たら子供が泣きそうな格好の医者です。
『メセグリン Lv2』『クリアカース Lv2』『ハーベストレイン Lv2』『ブリギッテの祈り』等を活性化しています。
●場所情報
イ・ラプセル海軍船。シャンバラ兵の襲撃を受けて所々火が上がっています。時刻は夜。広さと足場は戦場に影響しません。イ・ラプセル海兵は不意打ちを受けてその対応の為、援護はできません。
20ターン目終了のタイミングで海軍の援軍が到着します。それまで耐えることが出来れば成功となります。
戦闘開始時、敵前衛に『青騎士(×1)』『従者(×4)』が、敵後衛に『聖母(×1)』がいます。また3ターン毎に4名の『従者』が敵前衛に追加されます。
急いでいるため、事前付与は不可です。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬マテリア
3個
7個
3個
3個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
7日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2018年10月23日
2018年10月23日
†メイン参加者 8人†
●
『聖母』セヴリーヌ・ピエロンは――心の底からそうすべきだと信じている声で――笑顔で告げた。
「自決してもらえますか?」
●
「神の愛……。いいえ、今は」
『聖母』を見て『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)は静かにかぶりを振った。信仰が異なる相手に対してどういう態度をとればいいか、その答えはまだ彼女の中にはない。拒絶か、排他か、妥協か、融和か。だけど今は、場を凌がなくては。
「さぁ、耐久戦ね……」
心を落ち着かせるように息を吐く『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)。相手はシャンバラの元魔女狩り。相応の強さを持っているだろう。それに加えて相手の数も多い。それでも耐え抜かなくては。
「名の知れた魔女狩り二人のその従者が三十人ほど、か」
面倒なことになりそうだ、と頭をかく『蒼影の銃士』ザルク・ミステル(CL3000067)。三十人が一斉に襲い掛かってくるわけではないが、厳しい耐久戦になることは否めない。かつての戦場を思い出し、まだマシな方かと心を前向きにした。
「愛を語る聖母よ。貴女は僕に教えてくれるだろうか」
『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は誰にも聞こえないように小さくつぶやく。愛。その言葉は知っていても、その言葉を体現する者はいない。神の愛を受け、それを説く者なら何かの答えを知っているのかもしれない。
「うーむ、船上が戦場か……」
海に落ちたら戻ってこれんなぁ、と言いたげな顔で『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は眉を顰める。海軍の船は柵も丈夫とはいえ油断は禁物だ。……もっとも、油断できないのはそこだけではないがと気合を入れた。
「うむ、船上だけに戦場だな。生きるか死ぬかだから死線上でもあるな」
シノピリカの言葉を継ぐように『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)が口を開いて、『上手いこと言ったろ?』という顔をする。冗談を言えるのは今ぐらいだ。気をほぐす意味も含め、言うだけは言う。笑えない状況になる前に。
「上から目線でカノン達が可哀想とか救ってやるとか、誰もそんな事頼んでないっての!」
拳を握って怒りの声をあげる『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)。シャンバラの信仰に関しては何も言うことはないが、その価値観を押し付ける相手は大嫌いだ。自分の幸せは自分で決める。他人になんか決めてもらいたくない。
「聖母に青騎士ね。厄介そうな相手だこと」
ため息を吐くように『神殺し』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)は口を開く。パノプティコンにいた時に感じた窮屈感。他者の価値観で支配しようとする意志。それがあの二人から感じられた。暴力による強制力ではなく、それを『善意』と信じてる者の顔だ。
「さてとそれじゃ出来ることをやっていこうかね」
「聖母のシワの数まで数えて教えてやるよ」
「微力ですが、治療の手助けになれば」
「どっかーんといくよ!」
サポートとしてやってきた者達も、武器を構えて戦場に立つ。
「ピエロン様」
「はい。彼らにも愛を説かなくては」
青い鎧を着た騎士と聖帽をかぶった女性。彼らも自由騎士の存在を悟り、臨戦態勢をとる。戦いの音を聞きつけ、従者達も続々こちらにやってくるだろう。
援軍が来るまでの耐久戦。自由騎士達は気合を入れて武器を構えた。
●
「一気に行くわ」
短く告げてライカが地を蹴る。気合を入れて身体能力を強化し、体の反応速度を上げていく。自己催眠により痛覚を遮断し、鋭い赤の眼光を魔女狩り達に向ける。その瞳に宿るのは怨嗟か憤怒か。けして赦さぬとばかりに敵を見る。
従者に近づき、拳を振り上げる。これは敵。故に加減はいらない。最速で踏み込み、最低限の動作で敵を打つ。この身はそれだけの存在。叩き込まれた機械の腕が従者の胸を穿つ。悲鳴を上げてもんどりうつ魔女狩りを見ながら、ライカは冷静に次の目標を探す。
「アタシは神を信仰しない」
「悲しいですわ。斯様な暴言を吐く者が神を守るオラクルだとは」
「多様性がある、って言ってほしいね」
『聖母』の言葉に答えるようにザルクが言葉を放つ。様々な種族が集まり、それ故に多くの者が集まる自由騎士。エドワード王はその思想を規制はしなかった。だからこそ生まれる可能性があるのだと。それはヘルメリアから来た自分を受け入れるほどだ。
銃を構え、魔力を込める。今は亡き英雄の簡易捕縛術。魔力を込めた弾丸を一定の間隔で打ち込み、陣を形成する。因と果、天と地、月と太陽。様々な要因を込めた結界が発動し、魔女狩り達の足を止める。
「ちょいと足止めさせてもらうぜ!」
「これはイ・ラプセルの失伝魔法か! だが……!」
「麻痺してるんだから無理せず寝てればいいのに」
ステップを踏みながらカノンが構えをとる。強度によるが、麻痺していても相手が動くことはある。気合で麻痺を解除することもあるし、麻痺しながら無理やり動くこともある。痺れた『青騎士』がハンマーを振り上げるのを見て、カノンは瞳を鋭くする。
カノンは呼気と共に脱力する。それは風にそよぐ木の葉の如く。轟音をあげて迫る『青騎士』のハンマーを舞うようにかわしてやり過ごす。柔よく剛を制し、剛よく柔を制する。その使い分けこそが重要なのだと、父親代わりの武の師匠の言葉を思い出す。
「こんな子供一人倒せないなんて、青騎士じゃなくてアホ騎士だねー」
「ガキのくせに生意気な! アムラン様に何という口を!」
「従者の方が怒るなんて……。相手の神をなじらない限りは狂信化しないのかしら」
相手の事を探るようにアンネリーザは挙動を観察する。迂闊な挑発は相手の勢いを増すため控えたいが、かといって何もしないと言うわけにもいかない。何かしらの情報を得なれば、シャンバラ攻略の突破口になるかもしれないのだ。
ライフルを構え、スコープごしに『聖母』を見るアンネリーザ。戦いの最中においても崩さない笑み。自分の考えが正しいと信じているのだろう。その顔を見ながら引き金を引いた。弾丸は『聖母』の肩に穿たれ、その笑みを崩す。
「考え方が違う、信じるものが違う。それがこんなにも大きく隔たるものなのね」
「いいえ。差異在れど私達は同じビオトープの子です。愛の元に理解できぬことがありましょうか」
「以外。こちらを理解する気なんてないと思ってたのに」
音を消しながら移動し、ミルトスは呟く。シャンバラの宗教家は皆こちらを敵とみなし、話し合いの余地などないと思っていたのに。とはいえ向こうが攻撃の手を緩めるつもりはない以上、こちらも手を止めるわけにはいかない。
無音の足さばきと気配消し。流石に交戦状態のため不意はうてないが間隙を生むことはできる。円を描くような足運びと同時に、背中からぶつかる様に踏み込んだ。衝撃が従者と、そしてその後ろにいる『聖母』に襲い掛かる。
「何を信じ、何を求め、何を背負うのか。それを決められるのは自分自身だけです」
「それは神の愛を知らないからです。知らぬがゆえにそれが正しいと思ってしまうだけ」
(無知ゆえに幸せを知らない、か。成程、真理だ)
『聖母』の言葉に頷くツボミ。『知識』の有無で価値観が異なるのは当然だ。常に痛みに苛む人が、痛くなくなったというだけで幸せになる。『痛くない』ということを知らなければ『痛み』が当然となり不幸と思わなくなるのだ。
思いながら戦況を見る。傷ついた仲間を見て、脳内で医療の優先順位を決定する。柑橘類の香りのする木刀を振るい、魔力を放出した。痛み止めと魔力の糸による縫合。一時しのぎだがないよりはましだとツボミは息を吐き、横のペストマスクに声をかける。
「ネクロマンサーの反転術式に注意しろよ。下手すると大怪我だ」
「面倒だが了解だ。こちらが殺しては医者の名折れだよ」
「ツボミ殿もサイラス殿も気苦労かけるな。だがその分の働きはしよう!」
言って武器を構えるシノピリカ。義手を盾のように構え、使い古したサーベルを敵に向ける。幾戦の闘いに耐えうるように打たれた軍刀はシノピリカと長い付き合いだ。そして今もなお、敵陣を切り裂く刃となる。
奮起すると同時に敵の従者に向かい切り込むシノピリカ。この身は盾にして剣。イ・ラプセル自由騎士団として敵を撃ち砕く鉄血也。振るわれた軍刀が敵の従者を裂き、地に伏す。先ずは一人、と笑みを浮かべて敵を見る。
「どうしたシャンバラの勇士、汚れた鉄機の体はここぞ! その力で浄化して見よ!」
「言ったな不浄物が!」
「君だけに荷は背負わさないよ。騎士アダム・クランプトン! オールモストのキジンだ!」
シノピリカの挑発に合わせるようにアダムが名乗りを上げる。シャンバラが蒸気機関の文化を嫌悪していることは報告書で知っている。敵の従者の気を引くならこうするのが一番だ。
義手に取り付けられた回転式弾倉が回転する。弾倉内に込められた炸薬が義手にセットされる感覚。それを確認し、アダムは義手を振り上げた。魔力がこもった薬莢が炸裂し、拳の威力を加速する。加速された一撃が従者の意識を刈り取った。
「僕にとって『愛』とはお互いに分かり合う事だ。敵国であろうと僕は貴女を理解したい」
「はい。素晴らしいです。その心がある限り人は理解しあえます」
「貴女にとって『愛』とは何かを教えてほしい」
アダムの問いに『聖母』は澱みなく答える。
「多くの生命が飢えることなく平和に過ごせる世界を作ること。その為に――」
『聖母』セヴリーヌ・ピエロンは――心の底からそうすべきだと信じている声で――笑顔で告げた。
「自決してもらえますか?」
●
「……は?」
反応に差異はあるが、自由騎士の反応は概ね困惑の声だった。
「軍務に服する貴方達が降伏することで、少ない犠牲でシャンバラはイ・ラプセルを制することが出来ます。
自ら命を絶ち、多くの命を救う。これが私が貴方達に提示できる『愛』です」
「聞けるわけないでしょう、そんなの!」
「残念です……アクアディーネに心奪われた者とはいえ、同じ命を奪わなくてはいけないとは」
悲しげな声で告げる『聖母』。その声が空気に溶けるよりも早く、両者は動き出す。
「『聖母』様!」
「ええい、また増えたか! こうなればいくらでも来い!」
増援の従者を前に軍刀を構えて叫ぶシノピリカ。従者の一人一人は新兵に毛が生えた程度の強さだが、とにかく数が多い。細かな傷でも溜まっていけば大きな疲労となる。回復に支えられているとはいえ、限界は近い。
「これがネクロマンサーの回復反転術……っ!」
アダムは『聖母』からかけられた術式を受け、身を固める。呪われたかのような感覚と共に、同時に付与された児童回復の術式に力を奪われる。何もしなくてもじわじわと削られていく体力。纏わりつく悪意を体で受けていた。
「……くっ、今撃つと仲間を巻き込むか……!」
ザルクは結界弾を撃とうとして躊躇する。前衛で戦う『青騎士』と従者に打ち込むのがベストなのだが、広範囲故に仲間も巻き込んでしまう。こういった集団戦では使いにくいとほぞを噛み、後衛の『聖母』足止めに撃ち放つ。
「倒れた者を操る術……厄介だけど、連発はできないようね」
『聖母』の術で起き上がった従者を相手しながらライカは額の汗をぬぐう。消費魔力の問題かそういう術なのか。少なくとも一度倒した従者を再度起こす事はしてこない。魔力解除術で術が解けないのは仕方ないが、希望が少し見えてくる。
「とにかく少しずつでも数を減らないと……!」
足を止めることなく動き、従者を攻めるミルトス。倒れた者を起こされるということもあり、従者を殲滅することは難しそうだ。とにかく動きを止めるわけにはいかない。足を止めれば押し返される。傷の痛みに耐えながらひたすらに拳を振るう。
「ほらほら、こっちこっちー」
踊るようにステップを踏み『青騎士』の攻撃を誘発するカノン。元気良く動き回って入るが、受けたダメージは少なくない。もう数度ハンマーを受ければ倒れてしまうだろう。それでも大丈夫なフリをして戦場に立つ。
「うーむ、信仰に凝り固まっていると思っていたが、まさか自殺を強要してくるとは……」
『聖母』の言葉にうんざりとした顔をするツボミ。ある意味新鮮ともいえるが、命を救う医者として自殺しろと言う相手とは相いれない。死人は蘇らない。そうなる前に手を打つのが医者なのだから。
「自分のする事は誰よりも正しくて、間違いなんて犯すはずないと思ってるんだわ……」
理解できない、と言いたげにアンネリーザが呟いた。犠牲を最小限にしたいから自殺しろ、と言うのはシャンバラ側の都合だ。イ・ラプセルに配慮しているつもりなのだろうが、そんなことを聞けるはずがない。拒絶の意味を含めて、引き金を引く。
「ピエロン様の愛が理解できぬとは……だがその為に我らがいるのだ!」
『青騎士』のハンマーがうなりをあげる。ミトラースの権能で攻撃範囲が広まった重い一撃が自由騎士達を襲う。従者を巻き込む形になるが、それでも構わない。自由騎士の実力を感じての判断だ。
「まだまだ倒れんぞ!」
前衛の数名はフラグメンツを燃やし耐え抜くが、そこに『聖母』がネクロマンサーの術を放って回復を反転させる。
「そいつはさせん!」
その度にツボミが中級魔道医学を施して呪いを解除するが、その分回復が滞ってしまう。
「く……っ!」
「……ここまでか」
最初に倒れ伏したのは従者を相手していたシノピリカとアダムだった。最後まで引くことなくとどまり続け、全力を出し切り倒れ伏す。
「あぅ……ごめん……」
そして『青騎士』を押さえていたカノンが意識を失う。共に押さえていたザルクも満身創痍だ。ミルトスが穴を埋めるべく動くが、従者の押さえも必要なため援護が十分とはいいがたい。
自由騎士は少しずつ追い込まれる。その理由は、
「『青騎士』を放置しすぎたか……!」
シャンバラ側のダメージリソースである『青騎士』。これを自由にさせ過ぎていた為、ダメージが積み重なったのだ。追い込まれてからの狂戦士化は脅威だが、それを恐れるあまり消極的になっていた。
耐久戦とは防ぐだけではない。耐えきる為に邪魔なもの廃することも重要なのだ。
「慈悲です。貴方達は我々の『愛』を受け、自決した。そう伝えておきましょう」
『聖母』が静かに告げる。そうすることで余計な犠牲を生まないように。心の底からそれが正しいと信じる声で。
「黙れ!」
『聖母』を睨み拳を握るライカ。しかしそれを守るように『青騎士』と従者が立ち尽くす。
仲間は倒れ、敵は無傷ではないが健在。数の不利もあり、打つ手はない。援軍が来るまであと幾ばくか。だがそれだけの時間があれば『聖母』と『青騎士』はこちらを倒し切るだろう。
『青騎士』が動き、その絶望が圧し掛かる。逆転の手は、ない。
「アタシは神を殺す」
ライカは呟く。逆転の手がなければ――
「『聖母』が神を信奉し、この道の妨げになるならば」
体が軽い。いつもの加速術式を幾重にも重ねたかのような軽さ。
「瞬撃の業を以てほふるのみ!」
逆転の手がなければ――理を変えて生み出すのみ!
地面を蹴る。たった一歩で疾風のように戦場を駆けるライカ。瞬きよりも短い刹那の感覚。誰かが指一つ動かす間に、ライカは三歩進む。
「――血心」
それは速度の極み。身体能力を極限にまで加速して生み出された人の理を超えた動き。『可能性』が持つと言われる奇跡の御業。
「――一閃」
肉体にかかる負担を無理やり押さえ込む。それは神を殺すと誓った強い精神力。それが起爆剤となりライカの肉体を加速させていた。
「――【絶神】!」
拳は『聖母』の胸部に突き立てられる。超高速で心臓に叩きこまれた鉄拳。それは『聖母』の身体をやすやすと吹き飛ばし――
「ピエロン様!」
『青騎士』が振り返るが、時すでに遅し。
口から血を流した『聖母』の死が避けられないのは、だれの目にも明白だった。
●
精神的な支柱を折られた『青騎士』と従者は自由騎士への攻撃を忘れて『聖母』を守るように動く。その意味も数十秒後に尽きるとしりながら、それ以外の選択は取れずにいた。
遠くから汽笛が響く。イ・ラプセル艦隊の援軍だ。その意味を悟り、シャンバラの軍勢は『聖母』を抱え撤退しようとする。止めようにも自由騎士達には余力はない。
「ああ、悲しきかな……イ・ラプセルの民」
血を吐きながら『聖母』は口を開く。それを制する手を振りほどき、最後の生命を振り絞るように彼女は告げた。
「絶望が、貴方達を襲うでしょう。私はそれを止めたかった。イ・ラプセルの民、にも……ミトラース様の『愛』を得る権利は、ある、のに……」
『聖母』セヴリーヌ・ピエロンは――心の底からそうだと信じている声で――告げる。
それが、彼女の臨終の言葉となった。『青騎士』は兜の奥で睨むような殺気を放ち、そのまま自分達の船に乗り帰っていく。
船の姿が闇に消えるころには、緊張の糸が解けた自由騎士達は皆崩れ落ちていた。
かくして戦いは終わりを告げる。
『聖母』セヴリーヌ・ピエロンの訃報はシャンバラに伝わり、大きな衝撃を与える。
小国と侮っていたイ・ラプセルの認識は、聖母を殺した怨敵として塗り替えられた。
しかしその敵意が牙を向くのはまだ先の話。
今は難敵を退けた勝鬨にイ・ラプセルは湧き上がっていた。
『聖母』セヴリーヌ・ピエロンは――心の底からそうすべきだと信じている声で――笑顔で告げた。
「自決してもらえますか?」
●
「神の愛……。いいえ、今は」
『聖母』を見て『RE:LIGARE』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)は静かにかぶりを振った。信仰が異なる相手に対してどういう態度をとればいいか、その答えはまだ彼女の中にはない。拒絶か、排他か、妥協か、融和か。だけど今は、場を凌がなくては。
「さぁ、耐久戦ね……」
心を落ち着かせるように息を吐く『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)。相手はシャンバラの元魔女狩り。相応の強さを持っているだろう。それに加えて相手の数も多い。それでも耐え抜かなくては。
「名の知れた魔女狩り二人のその従者が三十人ほど、か」
面倒なことになりそうだ、と頭をかく『蒼影の銃士』ザルク・ミステル(CL3000067)。三十人が一斉に襲い掛かってくるわけではないが、厳しい耐久戦になることは否めない。かつての戦場を思い出し、まだマシな方かと心を前向きにした。
「愛を語る聖母よ。貴女は僕に教えてくれるだろうか」
『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は誰にも聞こえないように小さくつぶやく。愛。その言葉は知っていても、その言葉を体現する者はいない。神の愛を受け、それを説く者なら何かの答えを知っているのかもしれない。
「うーむ、船上が戦場か……」
海に落ちたら戻ってこれんなぁ、と言いたげな顔で『イ・ラプセル自由騎士団』シノピリカ・ゼッペロン(CL3000201)は眉を顰める。海軍の船は柵も丈夫とはいえ油断は禁物だ。……もっとも、油断できないのはそこだけではないがと気合を入れた。
「うむ、船上だけに戦場だな。生きるか死ぬかだから死線上でもあるな」
シノピリカの言葉を継ぐように『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)が口を開いて、『上手いこと言ったろ?』という顔をする。冗談を言えるのは今ぐらいだ。気をほぐす意味も含め、言うだけは言う。笑えない状況になる前に。
「上から目線でカノン達が可哀想とか救ってやるとか、誰もそんな事頼んでないっての!」
拳を握って怒りの声をあげる『太陽の笑顔』カノン・イスルギ(CL3000025)。シャンバラの信仰に関しては何も言うことはないが、その価値観を押し付ける相手は大嫌いだ。自分の幸せは自分で決める。他人になんか決めてもらいたくない。
「聖母に青騎士ね。厄介そうな相手だこと」
ため息を吐くように『神殺し』ライカ・リンドヴルム(CL3000405)は口を開く。パノプティコンにいた時に感じた窮屈感。他者の価値観で支配しようとする意志。それがあの二人から感じられた。暴力による強制力ではなく、それを『善意』と信じてる者の顔だ。
「さてとそれじゃ出来ることをやっていこうかね」
「聖母のシワの数まで数えて教えてやるよ」
「微力ですが、治療の手助けになれば」
「どっかーんといくよ!」
サポートとしてやってきた者達も、武器を構えて戦場に立つ。
「ピエロン様」
「はい。彼らにも愛を説かなくては」
青い鎧を着た騎士と聖帽をかぶった女性。彼らも自由騎士の存在を悟り、臨戦態勢をとる。戦いの音を聞きつけ、従者達も続々こちらにやってくるだろう。
援軍が来るまでの耐久戦。自由騎士達は気合を入れて武器を構えた。
●
「一気に行くわ」
短く告げてライカが地を蹴る。気合を入れて身体能力を強化し、体の反応速度を上げていく。自己催眠により痛覚を遮断し、鋭い赤の眼光を魔女狩り達に向ける。その瞳に宿るのは怨嗟か憤怒か。けして赦さぬとばかりに敵を見る。
従者に近づき、拳を振り上げる。これは敵。故に加減はいらない。最速で踏み込み、最低限の動作で敵を打つ。この身はそれだけの存在。叩き込まれた機械の腕が従者の胸を穿つ。悲鳴を上げてもんどりうつ魔女狩りを見ながら、ライカは冷静に次の目標を探す。
「アタシは神を信仰しない」
「悲しいですわ。斯様な暴言を吐く者が神を守るオラクルだとは」
「多様性がある、って言ってほしいね」
『聖母』の言葉に答えるようにザルクが言葉を放つ。様々な種族が集まり、それ故に多くの者が集まる自由騎士。エドワード王はその思想を規制はしなかった。だからこそ生まれる可能性があるのだと。それはヘルメリアから来た自分を受け入れるほどだ。
銃を構え、魔力を込める。今は亡き英雄の簡易捕縛術。魔力を込めた弾丸を一定の間隔で打ち込み、陣を形成する。因と果、天と地、月と太陽。様々な要因を込めた結界が発動し、魔女狩り達の足を止める。
「ちょいと足止めさせてもらうぜ!」
「これはイ・ラプセルの失伝魔法か! だが……!」
「麻痺してるんだから無理せず寝てればいいのに」
ステップを踏みながらカノンが構えをとる。強度によるが、麻痺していても相手が動くことはある。気合で麻痺を解除することもあるし、麻痺しながら無理やり動くこともある。痺れた『青騎士』がハンマーを振り上げるのを見て、カノンは瞳を鋭くする。
カノンは呼気と共に脱力する。それは風にそよぐ木の葉の如く。轟音をあげて迫る『青騎士』のハンマーを舞うようにかわしてやり過ごす。柔よく剛を制し、剛よく柔を制する。その使い分けこそが重要なのだと、父親代わりの武の師匠の言葉を思い出す。
「こんな子供一人倒せないなんて、青騎士じゃなくてアホ騎士だねー」
「ガキのくせに生意気な! アムラン様に何という口を!」
「従者の方が怒るなんて……。相手の神をなじらない限りは狂信化しないのかしら」
相手の事を探るようにアンネリーザは挙動を観察する。迂闊な挑発は相手の勢いを増すため控えたいが、かといって何もしないと言うわけにもいかない。何かしらの情報を得なれば、シャンバラ攻略の突破口になるかもしれないのだ。
ライフルを構え、スコープごしに『聖母』を見るアンネリーザ。戦いの最中においても崩さない笑み。自分の考えが正しいと信じているのだろう。その顔を見ながら引き金を引いた。弾丸は『聖母』の肩に穿たれ、その笑みを崩す。
「考え方が違う、信じるものが違う。それがこんなにも大きく隔たるものなのね」
「いいえ。差異在れど私達は同じビオトープの子です。愛の元に理解できぬことがありましょうか」
「以外。こちらを理解する気なんてないと思ってたのに」
音を消しながら移動し、ミルトスは呟く。シャンバラの宗教家は皆こちらを敵とみなし、話し合いの余地などないと思っていたのに。とはいえ向こうが攻撃の手を緩めるつもりはない以上、こちらも手を止めるわけにはいかない。
無音の足さばきと気配消し。流石に交戦状態のため不意はうてないが間隙を生むことはできる。円を描くような足運びと同時に、背中からぶつかる様に踏み込んだ。衝撃が従者と、そしてその後ろにいる『聖母』に襲い掛かる。
「何を信じ、何を求め、何を背負うのか。それを決められるのは自分自身だけです」
「それは神の愛を知らないからです。知らぬがゆえにそれが正しいと思ってしまうだけ」
(無知ゆえに幸せを知らない、か。成程、真理だ)
『聖母』の言葉に頷くツボミ。『知識』の有無で価値観が異なるのは当然だ。常に痛みに苛む人が、痛くなくなったというだけで幸せになる。『痛くない』ということを知らなければ『痛み』が当然となり不幸と思わなくなるのだ。
思いながら戦況を見る。傷ついた仲間を見て、脳内で医療の優先順位を決定する。柑橘類の香りのする木刀を振るい、魔力を放出した。痛み止めと魔力の糸による縫合。一時しのぎだがないよりはましだとツボミは息を吐き、横のペストマスクに声をかける。
「ネクロマンサーの反転術式に注意しろよ。下手すると大怪我だ」
「面倒だが了解だ。こちらが殺しては医者の名折れだよ」
「ツボミ殿もサイラス殿も気苦労かけるな。だがその分の働きはしよう!」
言って武器を構えるシノピリカ。義手を盾のように構え、使い古したサーベルを敵に向ける。幾戦の闘いに耐えうるように打たれた軍刀はシノピリカと長い付き合いだ。そして今もなお、敵陣を切り裂く刃となる。
奮起すると同時に敵の従者に向かい切り込むシノピリカ。この身は盾にして剣。イ・ラプセル自由騎士団として敵を撃ち砕く鉄血也。振るわれた軍刀が敵の従者を裂き、地に伏す。先ずは一人、と笑みを浮かべて敵を見る。
「どうしたシャンバラの勇士、汚れた鉄機の体はここぞ! その力で浄化して見よ!」
「言ったな不浄物が!」
「君だけに荷は背負わさないよ。騎士アダム・クランプトン! オールモストのキジンだ!」
シノピリカの挑発に合わせるようにアダムが名乗りを上げる。シャンバラが蒸気機関の文化を嫌悪していることは報告書で知っている。敵の従者の気を引くならこうするのが一番だ。
義手に取り付けられた回転式弾倉が回転する。弾倉内に込められた炸薬が義手にセットされる感覚。それを確認し、アダムは義手を振り上げた。魔力がこもった薬莢が炸裂し、拳の威力を加速する。加速された一撃が従者の意識を刈り取った。
「僕にとって『愛』とはお互いに分かり合う事だ。敵国であろうと僕は貴女を理解したい」
「はい。素晴らしいです。その心がある限り人は理解しあえます」
「貴女にとって『愛』とは何かを教えてほしい」
アダムの問いに『聖母』は澱みなく答える。
「多くの生命が飢えることなく平和に過ごせる世界を作ること。その為に――」
『聖母』セヴリーヌ・ピエロンは――心の底からそうすべきだと信じている声で――笑顔で告げた。
「自決してもらえますか?」
●
「……は?」
反応に差異はあるが、自由騎士の反応は概ね困惑の声だった。
「軍務に服する貴方達が降伏することで、少ない犠牲でシャンバラはイ・ラプセルを制することが出来ます。
自ら命を絶ち、多くの命を救う。これが私が貴方達に提示できる『愛』です」
「聞けるわけないでしょう、そんなの!」
「残念です……アクアディーネに心奪われた者とはいえ、同じ命を奪わなくてはいけないとは」
悲しげな声で告げる『聖母』。その声が空気に溶けるよりも早く、両者は動き出す。
「『聖母』様!」
「ええい、また増えたか! こうなればいくらでも来い!」
増援の従者を前に軍刀を構えて叫ぶシノピリカ。従者の一人一人は新兵に毛が生えた程度の強さだが、とにかく数が多い。細かな傷でも溜まっていけば大きな疲労となる。回復に支えられているとはいえ、限界は近い。
「これがネクロマンサーの回復反転術……っ!」
アダムは『聖母』からかけられた術式を受け、身を固める。呪われたかのような感覚と共に、同時に付与された児童回復の術式に力を奪われる。何もしなくてもじわじわと削られていく体力。纏わりつく悪意を体で受けていた。
「……くっ、今撃つと仲間を巻き込むか……!」
ザルクは結界弾を撃とうとして躊躇する。前衛で戦う『青騎士』と従者に打ち込むのがベストなのだが、広範囲故に仲間も巻き込んでしまう。こういった集団戦では使いにくいとほぞを噛み、後衛の『聖母』足止めに撃ち放つ。
「倒れた者を操る術……厄介だけど、連発はできないようね」
『聖母』の術で起き上がった従者を相手しながらライカは額の汗をぬぐう。消費魔力の問題かそういう術なのか。少なくとも一度倒した従者を再度起こす事はしてこない。魔力解除術で術が解けないのは仕方ないが、希望が少し見えてくる。
「とにかく少しずつでも数を減らないと……!」
足を止めることなく動き、従者を攻めるミルトス。倒れた者を起こされるということもあり、従者を殲滅することは難しそうだ。とにかく動きを止めるわけにはいかない。足を止めれば押し返される。傷の痛みに耐えながらひたすらに拳を振るう。
「ほらほら、こっちこっちー」
踊るようにステップを踏み『青騎士』の攻撃を誘発するカノン。元気良く動き回って入るが、受けたダメージは少なくない。もう数度ハンマーを受ければ倒れてしまうだろう。それでも大丈夫なフリをして戦場に立つ。
「うーむ、信仰に凝り固まっていると思っていたが、まさか自殺を強要してくるとは……」
『聖母』の言葉にうんざりとした顔をするツボミ。ある意味新鮮ともいえるが、命を救う医者として自殺しろと言う相手とは相いれない。死人は蘇らない。そうなる前に手を打つのが医者なのだから。
「自分のする事は誰よりも正しくて、間違いなんて犯すはずないと思ってるんだわ……」
理解できない、と言いたげにアンネリーザが呟いた。犠牲を最小限にしたいから自殺しろ、と言うのはシャンバラ側の都合だ。イ・ラプセルに配慮しているつもりなのだろうが、そんなことを聞けるはずがない。拒絶の意味を含めて、引き金を引く。
「ピエロン様の愛が理解できぬとは……だがその為に我らがいるのだ!」
『青騎士』のハンマーがうなりをあげる。ミトラースの権能で攻撃範囲が広まった重い一撃が自由騎士達を襲う。従者を巻き込む形になるが、それでも構わない。自由騎士の実力を感じての判断だ。
「まだまだ倒れんぞ!」
前衛の数名はフラグメンツを燃やし耐え抜くが、そこに『聖母』がネクロマンサーの術を放って回復を反転させる。
「そいつはさせん!」
その度にツボミが中級魔道医学を施して呪いを解除するが、その分回復が滞ってしまう。
「く……っ!」
「……ここまでか」
最初に倒れ伏したのは従者を相手していたシノピリカとアダムだった。最後まで引くことなくとどまり続け、全力を出し切り倒れ伏す。
「あぅ……ごめん……」
そして『青騎士』を押さえていたカノンが意識を失う。共に押さえていたザルクも満身創痍だ。ミルトスが穴を埋めるべく動くが、従者の押さえも必要なため援護が十分とはいいがたい。
自由騎士は少しずつ追い込まれる。その理由は、
「『青騎士』を放置しすぎたか……!」
シャンバラ側のダメージリソースである『青騎士』。これを自由にさせ過ぎていた為、ダメージが積み重なったのだ。追い込まれてからの狂戦士化は脅威だが、それを恐れるあまり消極的になっていた。
耐久戦とは防ぐだけではない。耐えきる為に邪魔なもの廃することも重要なのだ。
「慈悲です。貴方達は我々の『愛』を受け、自決した。そう伝えておきましょう」
『聖母』が静かに告げる。そうすることで余計な犠牲を生まないように。心の底からそれが正しいと信じる声で。
「黙れ!」
『聖母』を睨み拳を握るライカ。しかしそれを守るように『青騎士』と従者が立ち尽くす。
仲間は倒れ、敵は無傷ではないが健在。数の不利もあり、打つ手はない。援軍が来るまであと幾ばくか。だがそれだけの時間があれば『聖母』と『青騎士』はこちらを倒し切るだろう。
『青騎士』が動き、その絶望が圧し掛かる。逆転の手は、ない。
「アタシは神を殺す」
ライカは呟く。逆転の手がなければ――
「『聖母』が神を信奉し、この道の妨げになるならば」
体が軽い。いつもの加速術式を幾重にも重ねたかのような軽さ。
「瞬撃の業を以てほふるのみ!」
逆転の手がなければ――理を変えて生み出すのみ!
地面を蹴る。たった一歩で疾風のように戦場を駆けるライカ。瞬きよりも短い刹那の感覚。誰かが指一つ動かす間に、ライカは三歩進む。
「――血心」
それは速度の極み。身体能力を極限にまで加速して生み出された人の理を超えた動き。『可能性』が持つと言われる奇跡の御業。
「――一閃」
肉体にかかる負担を無理やり押さえ込む。それは神を殺すと誓った強い精神力。それが起爆剤となりライカの肉体を加速させていた。
「――【絶神】!」
拳は『聖母』の胸部に突き立てられる。超高速で心臓に叩きこまれた鉄拳。それは『聖母』の身体をやすやすと吹き飛ばし――
「ピエロン様!」
『青騎士』が振り返るが、時すでに遅し。
口から血を流した『聖母』の死が避けられないのは、だれの目にも明白だった。
●
精神的な支柱を折られた『青騎士』と従者は自由騎士への攻撃を忘れて『聖母』を守るように動く。その意味も数十秒後に尽きるとしりながら、それ以外の選択は取れずにいた。
遠くから汽笛が響く。イ・ラプセル艦隊の援軍だ。その意味を悟り、シャンバラの軍勢は『聖母』を抱え撤退しようとする。止めようにも自由騎士達には余力はない。
「ああ、悲しきかな……イ・ラプセルの民」
血を吐きながら『聖母』は口を開く。それを制する手を振りほどき、最後の生命を振り絞るように彼女は告げた。
「絶望が、貴方達を襲うでしょう。私はそれを止めたかった。イ・ラプセルの民、にも……ミトラース様の『愛』を得る権利は、ある、のに……」
『聖母』セヴリーヌ・ピエロンは――心の底からそうだと信じている声で――告げる。
それが、彼女の臨終の言葉となった。『青騎士』は兜の奥で睨むような殺気を放ち、そのまま自分達の船に乗り帰っていく。
船の姿が闇に消えるころには、緊張の糸が解けた自由騎士達は皆崩れ落ちていた。
かくして戦いは終わりを告げる。
『聖母』セヴリーヌ・ピエロンの訃報はシャンバラに伝わり、大きな衝撃を与える。
小国と侮っていたイ・ラプセルの認識は、聖母を殺した怨敵として塗り替えられた。
しかしその敵意が牙を向くのはまだ先の話。
今は難敵を退けた勝鬨にイ・ラプセルは湧き上がっていた。
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
軽傷
称号付与
FL送付済