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Obsession! 幻想吸血鬼!

●ブレインストーミングより
「お人形の! 設計図を! 取りに行くよ! 今すぐ! 今すぐ早く!」
「私も見てみたいから設計図取りに行きたいわね」
●メアリーはかく語れり
――というクイニィー・アルジェント(CL3000178)と猪市 きゐこ(CL3000048)の要望を聞いたメアリー・シェリー(nCL3000066)の反応は淡白だった。つまり、
「……えー」
ため息と共にメアリーはそれが如何に時間の無駄であるかを説明する。
「言いたくはないけど私のフランケンシュタインとJrも見事に惨敗しているわ。初代はプロメテウスと相打ち。二代目は貴方達自由騎士に。
人形を操っている間は貴方達が培った身体能力や魔道技術を十全に扱えなくなるかもしれないし、錬金術のホムンクルスほど融通が利く品物じゃない。対外的にも人形に頼った騎士とかは失笑ものじゃないかしら。
趣味や文化保存という事に時間を割く余裕は貴方達にはないでしょう?」
にべもなく言い放つメアリーだが、繰り返される説得(という名の興味心)に心が折れたのか、ある程度戦況が落ち着いた後に地図を書いてくれた。
「ヘルメリア西部にあるディオダティ館。そこにドールマイスターの設計図原案があるわ。
でも気を付けてね。あそこ、出るから」
出る、とは? そう問いかけた自由騎士の言葉にメアリーは――彼女にしては珍しく――チープな都市伝説を語るような意地の悪い笑みを浮かべた
「吸血鬼を求めた貴族の亡霊よ」
●ディオダティ館
メアリー・シェリーの言葉を要約すると、こういうことになる。
ディオダティ館――そこに住んでいたジョージ・ゴードン・バイロン卿はかつてヘルメリアで信仰されていた吸血鬼関連の書物を集め、傾倒していた。彼は唯の好事家で、彼が陰惨な血液魔術を実践したという事実はない。そのまま彼は今から百年前程に天寿を全うし、子孫を残さなかったが故に館は長年放置されることとなった。
<メアリー事変>後、流浪の末にメアリーはそこにたどり着く。そこには一体の敵がいた。黒いマントを身に纏うバイロン卿の還リビトだ。――少なくとも、メアリーは最初そう思っていた。フランケンシュタインJrを繰り、それを駆除したのだが、
「次の日、またバイロン卿が現れたわ。吸血鬼――を模した亡霊として。
あれは情報の幻想種『ミームミミック』よ。『バイロン卿は吸血鬼だ』という噂に化けて、館を殻にして生きていたみたい」
「…………いや、そんな幻想種がいるのか?」
「『そんなミミックなんていない』っていう思い込みがあると心が自動的にスルーするみたい。無意識、っていうのかしら? その辺りは専門外なので忘れて。
あれは噂や情報に擬態する幻想種で、逆に言えばそれ以上にはならない。噂通りの行動しかしないし、噂以外の退治方法では死なない。情報なので肉体的に誰かにダメージを与える事もない。そうと理解すれば精神的な負担も軽いわ。
そういう事もあって、あの館をいい寝床と重要品保管場所として利用していたのよ。一度血を吸わせれば『手下』と思ってくれるのか手は出さないみたいだし」
「それでいいのか……?」
「実害はないわ」
淡々と言い放つメアリー。実際、彼女が吸血鬼になったという様子は見られない。
「ともあれ、ディオダティ館に行くのなら最低半日はバイロン卿に付き合うことになるわ。紳士風に接するもよし、騎士として英雄譚に勤しむもよし、吸血鬼に襲われる美女を堪能するもよし。館内にいる間は『配役』をこなさないと追い出されるみたい。
――ああ、ミームミミックをどうにかするっていうのは諦めて。ヘルメリアに伝わっているバイロン卿の風評被害を完全に消去しないと消えないから」
つまり、吸血鬼のような『何か』と茶番をしなくてはいけないという事だ。
「そこまでしてドールマイスターの設計図がほしい、っていうのなら案内するわ」
自由騎士達は悩ましい表情を浮かべた後に――
「お人形の! 設計図を! 取りに行くよ! 今すぐ! 今すぐ早く!」
「私も見てみたいから設計図取りに行きたいわね」
●メアリーはかく語れり
――というクイニィー・アルジェント(CL3000178)と猪市 きゐこ(CL3000048)の要望を聞いたメアリー・シェリー(nCL3000066)の反応は淡白だった。つまり、
「……えー」
ため息と共にメアリーはそれが如何に時間の無駄であるかを説明する。
「言いたくはないけど私のフランケンシュタインとJrも見事に惨敗しているわ。初代はプロメテウスと相打ち。二代目は貴方達自由騎士に。
人形を操っている間は貴方達が培った身体能力や魔道技術を十全に扱えなくなるかもしれないし、錬金術のホムンクルスほど融通が利く品物じゃない。対外的にも人形に頼った騎士とかは失笑ものじゃないかしら。
趣味や文化保存という事に時間を割く余裕は貴方達にはないでしょう?」
にべもなく言い放つメアリーだが、繰り返される説得(という名の興味心)に心が折れたのか、ある程度戦況が落ち着いた後に地図を書いてくれた。
「ヘルメリア西部にあるディオダティ館。そこにドールマイスターの設計図原案があるわ。
でも気を付けてね。あそこ、出るから」
出る、とは? そう問いかけた自由騎士の言葉にメアリーは――彼女にしては珍しく――チープな都市伝説を語るような意地の悪い笑みを浮かべた
「吸血鬼を求めた貴族の亡霊よ」
●ディオダティ館
メアリー・シェリーの言葉を要約すると、こういうことになる。
ディオダティ館――そこに住んでいたジョージ・ゴードン・バイロン卿はかつてヘルメリアで信仰されていた吸血鬼関連の書物を集め、傾倒していた。彼は唯の好事家で、彼が陰惨な血液魔術を実践したという事実はない。そのまま彼は今から百年前程に天寿を全うし、子孫を残さなかったが故に館は長年放置されることとなった。
<メアリー事変>後、流浪の末にメアリーはそこにたどり着く。そこには一体の敵がいた。黒いマントを身に纏うバイロン卿の還リビトだ。――少なくとも、メアリーは最初そう思っていた。フランケンシュタインJrを繰り、それを駆除したのだが、
「次の日、またバイロン卿が現れたわ。吸血鬼――を模した亡霊として。
あれは情報の幻想種『ミームミミック』よ。『バイロン卿は吸血鬼だ』という噂に化けて、館を殻にして生きていたみたい」
「…………いや、そんな幻想種がいるのか?」
「『そんなミミックなんていない』っていう思い込みがあると心が自動的にスルーするみたい。無意識、っていうのかしら? その辺りは専門外なので忘れて。
あれは噂や情報に擬態する幻想種で、逆に言えばそれ以上にはならない。噂通りの行動しかしないし、噂以外の退治方法では死なない。情報なので肉体的に誰かにダメージを与える事もない。そうと理解すれば精神的な負担も軽いわ。
そういう事もあって、あの館をいい寝床と重要品保管場所として利用していたのよ。一度血を吸わせれば『手下』と思ってくれるのか手は出さないみたいだし」
「それでいいのか……?」
「実害はないわ」
淡々と言い放つメアリー。実際、彼女が吸血鬼になったという様子は見られない。
「ともあれ、ディオダティ館に行くのなら最低半日はバイロン卿に付き合うことになるわ。紳士風に接するもよし、騎士として英雄譚に勤しむもよし、吸血鬼に襲われる美女を堪能するもよし。館内にいる間は『配役』をこなさないと追い出されるみたい。
――ああ、ミームミミックをどうにかするっていうのは諦めて。ヘルメリアに伝わっているバイロン卿の風評被害を完全に消去しないと消えないから」
つまり、吸血鬼のような『何か』と茶番をしなくてはいけないという事だ。
「そこまでしてドールマイスターの設計図がほしい、っていうのなら案内するわ」
自由騎士達は悩ましい表情を浮かべた後に――
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.ディオダティ館の吸血鬼と半日過ごす
どくどくです。
無意識、を定義した人はまだ生まれてせんが、プレイヤーに分かりやすく説明するためなのだとご了承ください。
このシナリオは『ブレインストーミングスペース#1』の『クイニィー・アルジェント(CL3000178)2019年10月31日(木) 22:42:16』と『猪市 きゐこ(CL3000048) 2019年11月02日(土) 13:13:09』の発言から発生しました。
名前のある方が参加することを強要しているものではありません。参加を確定するものでもありません。
●敵(?)情報
バイロン卿(1~無限大 イメージの限り存在します)
吸血鬼に傾倒したバイロン卿……を模したミームミミックです。厳密な意味での本体は『バイロン卿は吸血鬼である』という噂そのものなので、正しい形で消滅させることはできません。
彼は物語に出る吸血鬼であろうとします。性格は悪でもあり、善でもあり、傲慢でもあり、紳士的でもあり、唯我独尊で高慢でもあり、味方や配下に優しくあります。つまりあなたが思う吸血鬼を演じてくれます。ぶっちゃけると、貴方のプレイングに書かれた通りの性格になります。
望めば『実はバイロン卿は女だった』という事で女体化もできます。吸血鬼、であることが否定されていなければその他の設定は自由に変化できます。適当、というよりは『バイロン卿は吸血鬼である』以外の噂が多数存在し、支離滅裂であることが原因であるようです。
騎士として戦闘を仕掛ける事もできます。その場合、バイロン卿は血で生み出した刃で切り裂いてきたり、無数のコウモリになって全体攻撃をしたり、霧になって攻撃を避けたりします。概ね、吸血鬼ならそうするだろう攻撃をしてくるでしょう。HPを0にすれば霧となって消え去りますが、数時間後に復活します。
『吸血鬼を滅する方法』を施せばこのミームミミックを無力化できます……が、噂が存在する限り何度でも蘇るでしょう。とどのつまり、これはそういう『現象』なのです。
最後に、このバイロン卿はバイロン卿本人ではありませんが非常に優れたコピーです。国家反逆罪である彷徨うメアリーを受け入れて保護した、吸血鬼を愛した100年前の貴族です。
●場所情報
ヘルメリア西部にあるディオダティ館。かつては湖畔だった荒野にある半壊した館。寝食などはギリ可能。設計図はすぐに見つかりますが、荒野の夜間行軍を避けるために、半日は館にいることになります。夕方到着、夜を過ごして朝に出発の流れです。
館は手入れされず古いですが、一般的な家にある者はある程度そろっています。バイロン卿が吸血鬼マニアだという事もあって、地下に棺があったり吸血鬼を殺す為の白木の杭もあります。
皆様のプレイングをお待ちしています。
無意識、を定義した人はまだ生まれてせんが、プレイヤーに分かりやすく説明するためなのだとご了承ください。
このシナリオは『ブレインストーミングスペース#1』の『クイニィー・アルジェント(CL3000178)2019年10月31日(木) 22:42:16』と『猪市 きゐこ(CL3000048) 2019年11月02日(土) 13:13:09』の発言から発生しました。
名前のある方が参加することを強要しているものではありません。参加を確定するものでもありません。
●敵(?)情報
バイロン卿(1~無限大 イメージの限り存在します)
吸血鬼に傾倒したバイロン卿……を模したミームミミックです。厳密な意味での本体は『バイロン卿は吸血鬼である』という噂そのものなので、正しい形で消滅させることはできません。
彼は物語に出る吸血鬼であろうとします。性格は悪でもあり、善でもあり、傲慢でもあり、紳士的でもあり、唯我独尊で高慢でもあり、味方や配下に優しくあります。つまりあなたが思う吸血鬼を演じてくれます。ぶっちゃけると、貴方のプレイングに書かれた通りの性格になります。
望めば『実はバイロン卿は女だった』という事で女体化もできます。吸血鬼、であることが否定されていなければその他の設定は自由に変化できます。適当、というよりは『バイロン卿は吸血鬼である』以外の噂が多数存在し、支離滅裂であることが原因であるようです。
騎士として戦闘を仕掛ける事もできます。その場合、バイロン卿は血で生み出した刃で切り裂いてきたり、無数のコウモリになって全体攻撃をしたり、霧になって攻撃を避けたりします。概ね、吸血鬼ならそうするだろう攻撃をしてくるでしょう。HPを0にすれば霧となって消え去りますが、数時間後に復活します。
『吸血鬼を滅する方法』を施せばこのミームミミックを無力化できます……が、噂が存在する限り何度でも蘇るでしょう。とどのつまり、これはそういう『現象』なのです。
最後に、このバイロン卿はバイロン卿本人ではありませんが非常に優れたコピーです。国家反逆罪である彷徨うメアリーを受け入れて保護した、吸血鬼を愛した100年前の貴族です。
●場所情報
ヘルメリア西部にあるディオダティ館。かつては湖畔だった荒野にある半壊した館。寝食などはギリ可能。設計図はすぐに見つかりますが、荒野の夜間行軍を避けるために、半日は館にいることになります。夕方到着、夜を過ごして朝に出発の流れです。
館は手入れされず古いですが、一般的な家にある者はある程度そろっています。バイロン卿が吸血鬼マニアだという事もあって、地下に棺があったり吸血鬼を殺す為の白木の杭もあります。
皆様のプレイングをお待ちしています。

状態
完了
完了
報酬マテリア
1個
1個
1個
5個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2019年12月27日
2019年12月27日
†メイン参加者 8人†
●
「ディオダティ館か……。地元では有名な場所だな」
そう語るのはかつてこのヘルメリア西部に住んでいた『灼熱からの帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)だ。
「バイロン卿が住んでいた跡地で、『あそこには吸血鬼が住んでいる』って面白がって言ってた子供もいたな。
まさかそれがこんな形になるなんてな」
館を前にしてザルクはため息をつく。何気ない噂。それを模す幻想種。実害はないとはいえ、こういう形で思い出が帰ってこようとは。
「俺は外で待機してるぜ。還リビトが彷徨ってこないとも限らないしな」
この地方の還リビトには、ザルクは思う所がある。確率的にはないとは思うが、警戒はしておいた方がいい、という事でディオダティ館の外でテントを張り、待機する。
●
「見る限りは普通の館ですね……。手入れされていないので朽ちそうですが」
魔力の瞳で館の外から観察している『歩く懺悔室』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)の鑑定結果はそんな所だった。十字架状の武器。道具入れの中には盛衰とニンニク。他意はないけどなんとなく持ってきた者を再確認する。
(……ミームミミックの形作るパイロン卿の姿を此方で定義できる事は……!)
無言で涎を拭いながら『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は想像力をフル回転させる。ミームミミック……というかバイロン卿をイメージできるという事は、自分の思うままの設定や容姿に出来るという事だ。なんというイメージプレイ。そこに気付くとは天才か。
「うふ、うふふふ、素敵な話じゃありませんか。情報の幻想種」
ツボミと同じような事を考えている『おじさまに会いたかった』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)。自分の理想が反映されると聞いて、妄想エンジンフル回転である。肩幅は広く、包容力が高い方。優しくて傷ついた心を守ってくれる……そんなおじさま。
「サクッと取りに行って解析したかったんだけどなぁ」
『未知への探究心』クイニィー・アルジェント(CL3000178)は面倒だなぁ、という顔で肩をすくめた。ドールマイスター。メアリーの使う人形を早く使いたいクイニィーからすれば、こういう障害は手間と感じてしまう。事実、茶番なのだがそれならそれで楽しもう。
「に、似合ってるでしょうか? ウィートバーリィライの衣装なのですが……」
WBRの時に使った服を着た『叶わぬ願いと一つの希望』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が仲間に問いかける。羽根の色に合わせたドレス。赤い宝石の髪飾り。女吸血鬼をイメージさせる、どちらかというと可愛い格好だ。
(まあ、実際の吸血鬼は伝説の程面白い物じゃないのだけどね)
ティルダの格好を見ながら『真理を見通す瞳』猪市 きゐこ(CL3000048)は無言で思う。夜に住み、光に住む者を闇に引きずり込んで血を吸う吸血鬼。礼儀正しい紳士などとは程遠い存在なのだが、それは言わぬが花だろう。
「初代と二代目のフランケンシュタインが失敗に終わったのなら、其の失敗を改善し、より良い物を造ればいい……其れだけの事じゃないのかい?」
――と言ってメアリーを説得した『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)。トライアンドエラーは製作者の基本だ。その言葉にむすっとしながらも同意するメアリーを見ながら、マグノリアは無言で首を縦に振ったという。
メアリーがドアノッカーを三度叩き、来訪者であることを告げる。しばらく間をおいて、扉がゆっくりと開かれた。
「ようこそ。ディオダティ館へ」
中から聞こえてくるバイロン卿と思われる者の声。そして朽ちた外見からは想像できないほど素晴らしい内装。かつての隆盛を感じさせる華やかなディオダティ館の姿と吸血鬼の主が自由騎士の目の前に広がっていた。
●
「素敵なおじさま!」
「ちょ、直前になって理想の相手に怖くなったとかそんなことはないぞ! 単に子供と遊びたかっただけで!」
「「……え?」」
バイロン卿を前に同時に声をあげるデボラとツボミ。そして顔を見合わせる。
デボラには『バイロン卿』は肩幅が広い紳士に見え、ツボミには人懐っこい女児に見えていた。
「ふむ。どうやら二人のイメージしている『私』に齟齬があるようだね」
「どういうこと?」
首をかしげる自由騎士に顎に手を当てて説明する『バイロン卿』。
「私は君達のイメージする通りの『バイロン卿』になる……いや、少し違うか。そういうふうに君達はそういうふうに『私』を認識してしまう」
「鏡をイメージして。鏡に映るのは自分の姿。ミームミミックは心を映す鏡で、映すのはその人の『バイロン卿のイメージ』なの」
「成程……」
メアリーの例えに分かったようなわからないような顔で納得する自由騎士達。
なお先ほどの『バイロン卿』のセリフだが、バイロン卿を幼女と設定したツボミの耳には『ああ、お二人の私に対するイメージが違うみたいね』『私は貴方達の望み通りの姿になるの。正確には貴方達がそういうふうに認知してしまう、が正しいのかしら』というふうに聞こえていた。
「さて自己紹介と行こう。私の名前はジョージ・ゴードン・バイロン。この地方を納めている貴族だ」
紳士的な一礼に、同じく礼を返す自由騎士達。自由騎士に敵対する意図はなかった。
「ニンニク多めのパスタ料理を作りますね」
アンジェリカが微妙に吸血鬼を浄化する気にみえるが、まあ。
「ジョージ様、貴方と永遠を過ごしたく……」
「あたしも可憐な乙女で血を分ける存在って事で」
デボラとクィニィーは『吸血鬼に捧げられた生贄』として、
「わたしは貴方の永遠のしもべです」
「私も便乗するわ。血を吸う方も吸われる方も慣れっこよ」
ティルダとはきゐこ『吸血鬼の配下』として接し、
「貴方の研究……吸血鬼の資料には……興味がります」
「そうだな、話を聞きたい。あ、上手い珈琲淹れますね」
「素晴らしいお屋敷ですね。散策させていただいてもよろしいでしょうか?」
マグノリアとツボミとアンジェリカは『バイロン卿』とこのディオダティ館に興味を持ったようだ。
こうして、ディオダティ館での半日に渡る逗留が開始された。
●
「う、ん……」
牙が突き立てられ、体内から何かを吸われる感覚。脱力感と同時に何かが体内に侵入し、自分を染め上げていく。それが吸血鬼への忠誠という呪いだと分かっていても抗おうという気力すら染め上げられていく。
「はぁ……」
どちらかというと心地良い熱に体中を支配され、デボラは吐息を漏らした。
「ジョージ様、今宵はこの程度でよろしいのでしょうか?」
「良い。君を闇の世界に引きずり込むつもりはない」
口元を拭きながら『バイロン卿』はデボラの問いに答えた。
「そんな……私はあなたに永遠を捧げても構わないのに……」
「美しい貴方。君は愛を知るものだ。それが闇にうずもれてはいけない。人として、生を全うしてほしい」
「……はい」
『バイロン卿』の言葉に、寂しさを感じながらも首肯するデボラ。大事だからこそ、距離を取る。だけど大事だからこそ、奪ってほしい。その天秤がデボラの心の中で揺れていた。
「あの……ジョージ様、指輪を探したいのですが、いいですか? 貴方に頂いた指輪です。今夜までに見つけたいのですが……」
「ふむ、好きにしたまえ」
『バイロン卿』が頷いたことを確認し、デボラは館の捜索に向かう。
「これが『ドールマイスター』の資料か……。ボロボロだね」
「後で書き直すわ」
クイニィーは真っ先に『ドールマイスター』の資料をメアリーと一緒に探し、それを読んでいた。経年劣化もあって所々虫食いが多いが、読めなくはない。
「今日は勉学の日かね。それもよかろう」
「ん。勉学と言えば、ミームミミックのことも興味あるんだ、あたし」
読んでいた資料をしまい、クイニィーは『バイロン卿』に向き直る。情報を重視するクイニィーからすれば、その存在自体が興味を引かれる。
「ミームミミックはどうやって噂を集めてそれを体現しているの?
出会った人の思考を読むとか、死者の意識をコピーするとか?」
「厳密に言えば、『私』は噂をコピーして真似ているだけなのだよ。噂を集めるのではなく、君達が思う『噂』を映し出しているに過ぎない。
『あの店の料理は美味いだろう』『夜の病院には殺人鬼が出るだろう』『バイロン卿は吸血鬼だろう』……ミームミミックはただそこにいて、それを写すだけだ」
「じゃあさ。例えば『吸血鬼バイロン卿と愉快な仲間たち』っていう書物が広く浸透したとしたら、そういうふうになる?」
「かもしれん。人の想像力のままに『私』は変わっていく。
だがそうなれば、素晴らしい事なのだろうよ」
『バイロン卿』は頷き、遠い未来を夢想していた。
●
吸血鬼の手下が何をするかというと、基本的には家事だ。このディオダティ館の掃除や血液提供などである。
「ご主人様、本日の血液です」
「うむ、ご苦労」
ティルダは『外で人の血を吸って、バイロン卿に捧げる』という形でその役割を果たしていた。
「美味であった。ティルダよ、そなたあっての余だ」
「もったいない言葉にございます」
主の褒め言葉に、頭を下げるティルダ。
「ご主人様……いくつか質問を許して頂けますか?」
「良い。余の知識で応えられる範囲で応えよう」
『バイロン卿』の言葉に、礼をした後に口を開くティルダ。
「ご主人様は、何故メアリーさんを保護なさったのですか?」
「迷える民を救うのが、貴族の務めだからだ」
「メアリーさんは、ご主人様を攻撃したのに?」
「そのような事は些事だ。民の為に痛みを受ける。それを恐れては統治はできぬ」
元々のバイロン卿がそういう人間だったのだろうか。調べる術は、もうないのだが。
「次の質問ですが……もしバイロン卿が人々から忘れ去られる時が来たら、このミームミミックも消えるのでしょうか?」
「そうなるな。噂とともに消える」
「それは……何だか、寂しい気もします」
『バイロン卿』の言葉に、顔を曇らせるティルダ。
「万物は死ぬ。それは避けられぬ道理だ。だが残るものはある。
ティルダよ、お前は優しい。その心の中に余が残るのなら、それで十分だ」
「あらお優しい。死にたくないと躍起になるのが吸血鬼だと思ってたけど」
ティルダと同じく血を『バイロン卿』に捧げたきゐこが笑みを浮かべた。
「君の知る吸血鬼は『血を吸う事で生命を維持する』系列のようだね。あるいは君自身がそうやって生きてきたかな?」
「さーてね」
『バイロン卿』の言葉をはぐらかすようにして流すきゐこ。アマノホカリ時代のことは、基本的に喋らない。
「っていうか、吸血鬼って色々種類がいるのかしら? そういう研究をしていたって聞いたけど」
「一般的なモノから、各地方ごとの吸血鬼まで研究していたな。
人の血を吸う。清い水を渡れない。聖なる印やニンニクなどの魔除けを避ける。白木の杭を心臓に打たれると復活できない」
「白木の杭を心臓に刺されたら、そりゃぁ誰だって死ぬわよっ!」
きゐこの言葉に、そうだな、と笑って返す『バイロン卿』。
「かつてヘルメリアは吸血鬼信仰の王の為に荒れた歴史があった。その為、吸血鬼の資料は毀棄されて数少ない。
人型だけではなく、血を吸う植物やヘビの類もいるとかいないとか。パノプティコンのような未知なる国には別の吸血鬼がいるかもしれん」
「ふむふむ、もう少し話を聞かせてもらえないかしら?」
興味津々、と言った感じできゐこは頷いた。
●
「ここが研究室……だった場所だね」
マグノリアは『バイロン卿』と共に吸血鬼の研究をしていた場所に移動していた。
「本物の資料は……さすがに百年前の書物は朽ちているか」
「然り。ここは当時のディオダティ館にあったとされるバイロン卿の吸血鬼資料の再現だ。言うなれば『吸血鬼の館』にありそうな書物だ」
という事は本当の資料じゃないのか、とマグノリアは納得して、同時にミームミミックに興味を示す。
「つまりこの館自体もミームミミックの起こす『現象』……という事かな?」
「理解が早くて助かるよ、異国の学士。このディオダティ館は『バイロン卿という吸血鬼が住む』場所だ。その噂も含めての『私』なのだよ」
マグノリアがページを流し読みする。書かれている内容は『バイロン卿ならこう書くであろう』とマグノリアが想像した内容が書かれてあった。
「質問だけど……一人、此処で過ごしていた日々は、貴方にとってどういった物だったのかな……?」
「そうだな……研究に没頭できて、しかし時折人恋しくもあったのだろう。
情報は解れど、情緒は解らない。『私』はそれを想像するぐらいしかできない」
どこまで姿を模して本物に近づいても、ミームミミックはバイロン卿ではない。人の心は情報として知っていても、完全に理解はできないのだ。
「真理ですね。人は一人では生きてはいけない。心持つ者なら至極当然と言えましょう。
ところでトマトソースパスタは如何でしょうか。トマトソースを選んだことに他意はありませんが」
アンジェリカは頷き、『バイロン卿』の意見に同意する。
「人のように食事をする必要はないのだが、頂こう。……む、この隠し味は?」
「ニンニクです」
しれっと言い放つアンジェリカ。ヴァンパイア避けにニンニクが使用されるのは、有名であった。
「…………まあ、苦手ではあるが毒と言うものではない。折角のもてなしだ。頂こう」
吸血鬼にしてみれば五感に非常に不快な感覚を与えるのだが、それでも貴族の嗜みとばかりにパスタを口に運ぶ。
「成程、紳士であられますのね。
ところで私の武器は十字架なのですが、いいえ襲うつもりはありませんが」
「神職者として正しい事は認めるが、些か意地が悪くはないかね?」
「気のせいですわ。
それにしてもこのディオダティ館もミームミミックの生み出したモノと聞きました。見事なものです。リュンケウスの瞳で見ても、普通の館にしか見えません」
アンジェリカは感嘆の声をあげる。怪しい所など何一つない。演劇に出てくる『吸血鬼の館』そのものだった。
「幻覚ように物質に施す類ではなく、当人の認識に作用する神秘だからな。五感強化系ではむしろ認識を深めて逆効果となるのだよ」
「成程。『赤を見ても、同じ赤とは限らない』という事だな」
ツボミは『バイロン卿』の言葉に頷いた。
血の色は赤である。だが、同じ血でも出血部位――現在の医学でいう所の動脈血と静脈血――により色が異なる。生命を感じさせる夕焼けのような赤と、鈍ったような赤。素人には同じ『赤』だが、認識する者が異なればその違いは分かる。知識なくそれを見ても、『赤』以上のイメージはわかない。
「そうよ。わたしの姿は見る人にとって異なるわ。極東の言葉でいう所の『そうあれかし』と言った所かしら?」
ちなみにツボミが認識する『バイロン卿』は人懐っこい10歳ぐらいの女性の子供だ。他の仲間の認識を聞いても、一度認識してしまったミームミミックが変わることはない。
ツボミは東洋の遊びであるあやとりを『バイロン卿』に教えていた。紐を使って形を作る遊びだ。
「どうでもいいけど、気合を入れてお嬢様の格好をしたのにどうして最後でヘタレたのかしら?」
あやとりの途中で『バイロン卿』はツボミの格好を見て言い放つ。帽子に三つ編みお下げワンピースといった気合の入った装備である。どう見てもロマンスを求めている風にしか見えないのに。
「言ってくれるな……! まあ、なんだ。敵対する理由も動機も意味もない。なら仲良くするのは道理であろう。人懐っこい子供ならあやしやすい」
「では気弱なお姉ちゃんに助言よ。胸を張れ、とは言わないけどもう少しだけ自分に自信を持ちなさい。皆を案じて守りに回っていては、幸せになれないわよ」
「生意気な子供だな」
「褒め言葉として受け取っておくわ。さあ、続きをしましょう」
ツボミと幼女はたわいのない会話を続けながらあやとりを続ける。
それもまた、一つの幻想の在り方であった。
●
そして朝日が昇る。
『吸血鬼は夜の生物』……その言葉の通りにミームミミックも朝日とともに消えた。ディオダティ館も元の朽ちた館に戻る。
「いるわよ。ただいると『認識』できないだけで」
礼を言いたかった自由騎士に、メアリーはそう告げる。ミームミミック……『バイロン卿』の存在は感知できないが、ここにミームミミックはいるのだと。
「お邪魔しました。いい時を過ごさせてもらいました、またお会いできる事が出来れば嬉しいです」
デボラの言葉を始めとして、自由騎士は礼を告げる。そして外で待機していたザルクと合流し、帰路についた。
「人形使いの設計図は、すぐに清書するわ。色々追加したいこともできたし」
そういうメアリーの言葉は、心なしか機嫌がいいように見えた。自分の研究が認められたからか、あるいは久方ぶりに『バイロン卿』に出会えたからか。
ともあれ、帰路は予想以上に足取りが軽かった。
ヘルメリア西部にあるディオダティ館。そこには吸血鬼となったバイロン卿が住むという。
その噂が消えない限り、吸血鬼幻想も消える事はない――
「ディオダティ館か……。地元では有名な場所だな」
そう語るのはかつてこのヘルメリア西部に住んでいた『灼熱からの帰還者』ザルク・ミステル(CL3000067)だ。
「バイロン卿が住んでいた跡地で、『あそこには吸血鬼が住んでいる』って面白がって言ってた子供もいたな。
まさかそれがこんな形になるなんてな」
館を前にしてザルクはため息をつく。何気ない噂。それを模す幻想種。実害はないとはいえ、こういう形で思い出が帰ってこようとは。
「俺は外で待機してるぜ。還リビトが彷徨ってこないとも限らないしな」
この地方の還リビトには、ザルクは思う所がある。確率的にはないとは思うが、警戒はしておいた方がいい、という事でディオダティ館の外でテントを張り、待機する。
●
「見る限りは普通の館ですね……。手入れされていないので朽ちそうですが」
魔力の瞳で館の外から観察している『歩く懺悔室』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)の鑑定結果はそんな所だった。十字架状の武器。道具入れの中には盛衰とニンニク。他意はないけどなんとなく持ってきた者を再確認する。
(……ミームミミックの形作るパイロン卿の姿を此方で定義できる事は……!)
無言で涎を拭いながら『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)は想像力をフル回転させる。ミームミミック……というかバイロン卿をイメージできるという事は、自分の思うままの設定や容姿に出来るという事だ。なんというイメージプレイ。そこに気付くとは天才か。
「うふ、うふふふ、素敵な話じゃありませんか。情報の幻想種」
ツボミと同じような事を考えている『おじさまに会いたかった』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)。自分の理想が反映されると聞いて、妄想エンジンフル回転である。肩幅は広く、包容力が高い方。優しくて傷ついた心を守ってくれる……そんなおじさま。
「サクッと取りに行って解析したかったんだけどなぁ」
『未知への探究心』クイニィー・アルジェント(CL3000178)は面倒だなぁ、という顔で肩をすくめた。ドールマイスター。メアリーの使う人形を早く使いたいクイニィーからすれば、こういう障害は手間と感じてしまう。事実、茶番なのだがそれならそれで楽しもう。
「に、似合ってるでしょうか? ウィートバーリィライの衣装なのですが……」
WBRの時に使った服を着た『叶わぬ願いと一つの希望』ティルダ・クシュ・サルメンハーラ(CL3000580)が仲間に問いかける。羽根の色に合わせたドレス。赤い宝石の髪飾り。女吸血鬼をイメージさせる、どちらかというと可愛い格好だ。
(まあ、実際の吸血鬼は伝説の程面白い物じゃないのだけどね)
ティルダの格好を見ながら『真理を見通す瞳』猪市 きゐこ(CL3000048)は無言で思う。夜に住み、光に住む者を闇に引きずり込んで血を吸う吸血鬼。礼儀正しい紳士などとは程遠い存在なのだが、それは言わぬが花だろう。
「初代と二代目のフランケンシュタインが失敗に終わったのなら、其の失敗を改善し、より良い物を造ればいい……其れだけの事じゃないのかい?」
――と言ってメアリーを説得した『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)。トライアンドエラーは製作者の基本だ。その言葉にむすっとしながらも同意するメアリーを見ながら、マグノリアは無言で首を縦に振ったという。
メアリーがドアノッカーを三度叩き、来訪者であることを告げる。しばらく間をおいて、扉がゆっくりと開かれた。
「ようこそ。ディオダティ館へ」
中から聞こえてくるバイロン卿と思われる者の声。そして朽ちた外見からは想像できないほど素晴らしい内装。かつての隆盛を感じさせる華やかなディオダティ館の姿と吸血鬼の主が自由騎士の目の前に広がっていた。
●
「素敵なおじさま!」
「ちょ、直前になって理想の相手に怖くなったとかそんなことはないぞ! 単に子供と遊びたかっただけで!」
「「……え?」」
バイロン卿を前に同時に声をあげるデボラとツボミ。そして顔を見合わせる。
デボラには『バイロン卿』は肩幅が広い紳士に見え、ツボミには人懐っこい女児に見えていた。
「ふむ。どうやら二人のイメージしている『私』に齟齬があるようだね」
「どういうこと?」
首をかしげる自由騎士に顎に手を当てて説明する『バイロン卿』。
「私は君達のイメージする通りの『バイロン卿』になる……いや、少し違うか。そういうふうに君達はそういうふうに『私』を認識してしまう」
「鏡をイメージして。鏡に映るのは自分の姿。ミームミミックは心を映す鏡で、映すのはその人の『バイロン卿のイメージ』なの」
「成程……」
メアリーの例えに分かったようなわからないような顔で納得する自由騎士達。
なお先ほどの『バイロン卿』のセリフだが、バイロン卿を幼女と設定したツボミの耳には『ああ、お二人の私に対するイメージが違うみたいね』『私は貴方達の望み通りの姿になるの。正確には貴方達がそういうふうに認知してしまう、が正しいのかしら』というふうに聞こえていた。
「さて自己紹介と行こう。私の名前はジョージ・ゴードン・バイロン。この地方を納めている貴族だ」
紳士的な一礼に、同じく礼を返す自由騎士達。自由騎士に敵対する意図はなかった。
「ニンニク多めのパスタ料理を作りますね」
アンジェリカが微妙に吸血鬼を浄化する気にみえるが、まあ。
「ジョージ様、貴方と永遠を過ごしたく……」
「あたしも可憐な乙女で血を分ける存在って事で」
デボラとクィニィーは『吸血鬼に捧げられた生贄』として、
「わたしは貴方の永遠のしもべです」
「私も便乗するわ。血を吸う方も吸われる方も慣れっこよ」
ティルダとはきゐこ『吸血鬼の配下』として接し、
「貴方の研究……吸血鬼の資料には……興味がります」
「そうだな、話を聞きたい。あ、上手い珈琲淹れますね」
「素晴らしいお屋敷ですね。散策させていただいてもよろしいでしょうか?」
マグノリアとツボミとアンジェリカは『バイロン卿』とこのディオダティ館に興味を持ったようだ。
こうして、ディオダティ館での半日に渡る逗留が開始された。
●
「う、ん……」
牙が突き立てられ、体内から何かを吸われる感覚。脱力感と同時に何かが体内に侵入し、自分を染め上げていく。それが吸血鬼への忠誠という呪いだと分かっていても抗おうという気力すら染め上げられていく。
「はぁ……」
どちらかというと心地良い熱に体中を支配され、デボラは吐息を漏らした。
「ジョージ様、今宵はこの程度でよろしいのでしょうか?」
「良い。君を闇の世界に引きずり込むつもりはない」
口元を拭きながら『バイロン卿』はデボラの問いに答えた。
「そんな……私はあなたに永遠を捧げても構わないのに……」
「美しい貴方。君は愛を知るものだ。それが闇にうずもれてはいけない。人として、生を全うしてほしい」
「……はい」
『バイロン卿』の言葉に、寂しさを感じながらも首肯するデボラ。大事だからこそ、距離を取る。だけど大事だからこそ、奪ってほしい。その天秤がデボラの心の中で揺れていた。
「あの……ジョージ様、指輪を探したいのですが、いいですか? 貴方に頂いた指輪です。今夜までに見つけたいのですが……」
「ふむ、好きにしたまえ」
『バイロン卿』が頷いたことを確認し、デボラは館の捜索に向かう。
「これが『ドールマイスター』の資料か……。ボロボロだね」
「後で書き直すわ」
クイニィーは真っ先に『ドールマイスター』の資料をメアリーと一緒に探し、それを読んでいた。経年劣化もあって所々虫食いが多いが、読めなくはない。
「今日は勉学の日かね。それもよかろう」
「ん。勉学と言えば、ミームミミックのことも興味あるんだ、あたし」
読んでいた資料をしまい、クイニィーは『バイロン卿』に向き直る。情報を重視するクイニィーからすれば、その存在自体が興味を引かれる。
「ミームミミックはどうやって噂を集めてそれを体現しているの?
出会った人の思考を読むとか、死者の意識をコピーするとか?」
「厳密に言えば、『私』は噂をコピーして真似ているだけなのだよ。噂を集めるのではなく、君達が思う『噂』を映し出しているに過ぎない。
『あの店の料理は美味いだろう』『夜の病院には殺人鬼が出るだろう』『バイロン卿は吸血鬼だろう』……ミームミミックはただそこにいて、それを写すだけだ」
「じゃあさ。例えば『吸血鬼バイロン卿と愉快な仲間たち』っていう書物が広く浸透したとしたら、そういうふうになる?」
「かもしれん。人の想像力のままに『私』は変わっていく。
だがそうなれば、素晴らしい事なのだろうよ」
『バイロン卿』は頷き、遠い未来を夢想していた。
●
吸血鬼の手下が何をするかというと、基本的には家事だ。このディオダティ館の掃除や血液提供などである。
「ご主人様、本日の血液です」
「うむ、ご苦労」
ティルダは『外で人の血を吸って、バイロン卿に捧げる』という形でその役割を果たしていた。
「美味であった。ティルダよ、そなたあっての余だ」
「もったいない言葉にございます」
主の褒め言葉に、頭を下げるティルダ。
「ご主人様……いくつか質問を許して頂けますか?」
「良い。余の知識で応えられる範囲で応えよう」
『バイロン卿』の言葉に、礼をした後に口を開くティルダ。
「ご主人様は、何故メアリーさんを保護なさったのですか?」
「迷える民を救うのが、貴族の務めだからだ」
「メアリーさんは、ご主人様を攻撃したのに?」
「そのような事は些事だ。民の為に痛みを受ける。それを恐れては統治はできぬ」
元々のバイロン卿がそういう人間だったのだろうか。調べる術は、もうないのだが。
「次の質問ですが……もしバイロン卿が人々から忘れ去られる時が来たら、このミームミミックも消えるのでしょうか?」
「そうなるな。噂とともに消える」
「それは……何だか、寂しい気もします」
『バイロン卿』の言葉に、顔を曇らせるティルダ。
「万物は死ぬ。それは避けられぬ道理だ。だが残るものはある。
ティルダよ、お前は優しい。その心の中に余が残るのなら、それで十分だ」
「あらお優しい。死にたくないと躍起になるのが吸血鬼だと思ってたけど」
ティルダと同じく血を『バイロン卿』に捧げたきゐこが笑みを浮かべた。
「君の知る吸血鬼は『血を吸う事で生命を維持する』系列のようだね。あるいは君自身がそうやって生きてきたかな?」
「さーてね」
『バイロン卿』の言葉をはぐらかすようにして流すきゐこ。アマノホカリ時代のことは、基本的に喋らない。
「っていうか、吸血鬼って色々種類がいるのかしら? そういう研究をしていたって聞いたけど」
「一般的なモノから、各地方ごとの吸血鬼まで研究していたな。
人の血を吸う。清い水を渡れない。聖なる印やニンニクなどの魔除けを避ける。白木の杭を心臓に打たれると復活できない」
「白木の杭を心臓に刺されたら、そりゃぁ誰だって死ぬわよっ!」
きゐこの言葉に、そうだな、と笑って返す『バイロン卿』。
「かつてヘルメリアは吸血鬼信仰の王の為に荒れた歴史があった。その為、吸血鬼の資料は毀棄されて数少ない。
人型だけではなく、血を吸う植物やヘビの類もいるとかいないとか。パノプティコンのような未知なる国には別の吸血鬼がいるかもしれん」
「ふむふむ、もう少し話を聞かせてもらえないかしら?」
興味津々、と言った感じできゐこは頷いた。
●
「ここが研究室……だった場所だね」
マグノリアは『バイロン卿』と共に吸血鬼の研究をしていた場所に移動していた。
「本物の資料は……さすがに百年前の書物は朽ちているか」
「然り。ここは当時のディオダティ館にあったとされるバイロン卿の吸血鬼資料の再現だ。言うなれば『吸血鬼の館』にありそうな書物だ」
という事は本当の資料じゃないのか、とマグノリアは納得して、同時にミームミミックに興味を示す。
「つまりこの館自体もミームミミックの起こす『現象』……という事かな?」
「理解が早くて助かるよ、異国の学士。このディオダティ館は『バイロン卿という吸血鬼が住む』場所だ。その噂も含めての『私』なのだよ」
マグノリアがページを流し読みする。書かれている内容は『バイロン卿ならこう書くであろう』とマグノリアが想像した内容が書かれてあった。
「質問だけど……一人、此処で過ごしていた日々は、貴方にとってどういった物だったのかな……?」
「そうだな……研究に没頭できて、しかし時折人恋しくもあったのだろう。
情報は解れど、情緒は解らない。『私』はそれを想像するぐらいしかできない」
どこまで姿を模して本物に近づいても、ミームミミックはバイロン卿ではない。人の心は情報として知っていても、完全に理解はできないのだ。
「真理ですね。人は一人では生きてはいけない。心持つ者なら至極当然と言えましょう。
ところでトマトソースパスタは如何でしょうか。トマトソースを選んだことに他意はありませんが」
アンジェリカは頷き、『バイロン卿』の意見に同意する。
「人のように食事をする必要はないのだが、頂こう。……む、この隠し味は?」
「ニンニクです」
しれっと言い放つアンジェリカ。ヴァンパイア避けにニンニクが使用されるのは、有名であった。
「…………まあ、苦手ではあるが毒と言うものではない。折角のもてなしだ。頂こう」
吸血鬼にしてみれば五感に非常に不快な感覚を与えるのだが、それでも貴族の嗜みとばかりにパスタを口に運ぶ。
「成程、紳士であられますのね。
ところで私の武器は十字架なのですが、いいえ襲うつもりはありませんが」
「神職者として正しい事は認めるが、些か意地が悪くはないかね?」
「気のせいですわ。
それにしてもこのディオダティ館もミームミミックの生み出したモノと聞きました。見事なものです。リュンケウスの瞳で見ても、普通の館にしか見えません」
アンジェリカは感嘆の声をあげる。怪しい所など何一つない。演劇に出てくる『吸血鬼の館』そのものだった。
「幻覚ように物質に施す類ではなく、当人の認識に作用する神秘だからな。五感強化系ではむしろ認識を深めて逆効果となるのだよ」
「成程。『赤を見ても、同じ赤とは限らない』という事だな」
ツボミは『バイロン卿』の言葉に頷いた。
血の色は赤である。だが、同じ血でも出血部位――現在の医学でいう所の動脈血と静脈血――により色が異なる。生命を感じさせる夕焼けのような赤と、鈍ったような赤。素人には同じ『赤』だが、認識する者が異なればその違いは分かる。知識なくそれを見ても、『赤』以上のイメージはわかない。
「そうよ。わたしの姿は見る人にとって異なるわ。極東の言葉でいう所の『そうあれかし』と言った所かしら?」
ちなみにツボミが認識する『バイロン卿』は人懐っこい10歳ぐらいの女性の子供だ。他の仲間の認識を聞いても、一度認識してしまったミームミミックが変わることはない。
ツボミは東洋の遊びであるあやとりを『バイロン卿』に教えていた。紐を使って形を作る遊びだ。
「どうでもいいけど、気合を入れてお嬢様の格好をしたのにどうして最後でヘタレたのかしら?」
あやとりの途中で『バイロン卿』はツボミの格好を見て言い放つ。帽子に三つ編みお下げワンピースといった気合の入った装備である。どう見てもロマンスを求めている風にしか見えないのに。
「言ってくれるな……! まあ、なんだ。敵対する理由も動機も意味もない。なら仲良くするのは道理であろう。人懐っこい子供ならあやしやすい」
「では気弱なお姉ちゃんに助言よ。胸を張れ、とは言わないけどもう少しだけ自分に自信を持ちなさい。皆を案じて守りに回っていては、幸せになれないわよ」
「生意気な子供だな」
「褒め言葉として受け取っておくわ。さあ、続きをしましょう」
ツボミと幼女はたわいのない会話を続けながらあやとりを続ける。
それもまた、一つの幻想の在り方であった。
●
そして朝日が昇る。
『吸血鬼は夜の生物』……その言葉の通りにミームミミックも朝日とともに消えた。ディオダティ館も元の朽ちた館に戻る。
「いるわよ。ただいると『認識』できないだけで」
礼を言いたかった自由騎士に、メアリーはそう告げる。ミームミミック……『バイロン卿』の存在は感知できないが、ここにミームミミックはいるのだと。
「お邪魔しました。いい時を過ごさせてもらいました、またお会いできる事が出来れば嬉しいです」
デボラの言葉を始めとして、自由騎士は礼を告げる。そして外で待機していたザルクと合流し、帰路についた。
「人形使いの設計図は、すぐに清書するわ。色々追加したいこともできたし」
そういうメアリーの言葉は、心なしか機嫌がいいように見えた。自分の研究が認められたからか、あるいは久方ぶりに『バイロン卿』に出会えたからか。
ともあれ、帰路は予想以上に足取りが軽かった。
ヘルメリア西部にあるディオダティ館。そこには吸血鬼となったバイロン卿が住むという。
その噂が消えない限り、吸血鬼幻想も消える事はない――
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
どくどくです。
本物のディオダティ館はスイスにあるわけですが、まあこの世界では。
以上のような結果になりました。以外に姿は言及されなかったなぁ。
割合平和な形に収まったのではないでしょうか。
MVPはミームミミックに対する考察が的確だったアルジェント様に。
いろいろややこしいモンスターでした。
それではまた、イ・ラプセルで。
本物のディオダティ館はスイスにあるわけですが、まあこの世界では。
以上のような結果になりました。以外に姿は言及されなかったなぁ。
割合平和な形に収まったのではないでしょうか。
MVPはミームミミックに対する考察が的確だったアルジェント様に。
いろいろややこしいモンスターでした。
それではまた、イ・ラプセルで。
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