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【贄ノ歯車】揺れるリブラ




「無事で、よかった」
 憔悴してぐったりとベッドに横たわる子供の傍ら、アーウィン・エピ(nCL3000022)は手をにぎりしめ涙を流す。
 しかし、それはチャイルドギアの中でも氷山の一角なのだ。
 彼は助かった。しかしすでに死んでしまった「ちびたち」も少なからずはいるのだろう。
「くそっ――」
 わかっている。自分の手が届く範囲ではないと。
 でも考えてしまうのだ。
 もし、もし、自分がイ・ラプセルに亡命せずにラーゲリに残っていれば彼らを守ることができたかもしれない。
 もちろん徴兵を逃れる手段などない。2年前のあの大侵略に駆り出されるのは決められた運命だったのだろう。
 結果は負け戦。自分は奴隷兵だ。強襲飛空艇に置いていかれた以上戻ったところでラーゲリに戻る前に殺されてしまうのがオチだ。
 それでも、それでもと思ってしまう。
「ボーデンの兄貴。あんたならこんなときどうしてたんだろうな?」
 忘我の果て、この世界を認識できなくなってしまった兄貴分は答えることはないだろう。
 もし、もし、もし。
 たくさんのifがアーウィンの中をめぐる。
 そのifに届く手段などないけれど。

「みんな。また――チャイルドギアだよ」
 『元気印』クラウディア・フォン・プラテス(nCL3000004)が憔悴した顔で資料を手にあなた達に声をかける。その隣にはアーウィンが思いつめた表情で立っている。
 すでに今回の任務の詳細を伝えきいているのだろう。
「今ね、子供を浚いにヴィスマルクが元ヘルメリア領にきてるの識ってる?
 今は戦争がおわって不安定な時期だから……
 戦災孤児のストリートチルドレンを浚って、チャイルドギアにしようとしてるんだとおもう。
 今からいけば間に合うから、お願い! みんな子どもたちがさらわれないようにしてあげて!」
 クラウディアはそうまくし立て資料をあなた達に配るとぺこりと礼をして出発を促した。
 
 
「ねえ、まって」
 クラウディアは貴方の服の袖を引いて引き止める。
「あのね。アーウィンさんには言ってない未来があるの……」
 彼女から伝えられたその情報は――。


「貴様、ああ、ガキどもの世話係だった奴隷か。
 イ・ラプセルに落ち延びたと聞いてはいたが――。
 ガキどもはよくお前の名を呼んでいたので覚えていた」
 ヴィドル・スプラウトは炎熱の術式を組み立てながら思う。彼をガキどもの世話にもどし、あやせばこのチャイルドギアシステムに一役担うことができるのではないかと。
「なあ、ヴィスマルクにもどってこないか?
 立場も俺の権限で与えてやろう。イ・ラプセルへのスパイとして出向していたことにしてやる。
 悪い話ではないとはおもうがな」
 それは悪魔の誘い。
 その誘いに答えればアーウィンが希求していたifに手が届くのだ。
「俺は――俺は――」
 イ・ラプセルでの思い出がアーウィンの中で交錯する。と、同時にその楽しさの結果がチビ達の不幸を招いたのだとおもう。
 もし、もし、俺が。俺が、俺が――。
「立場さえあれば、帝国でもできることは増える。
 ガキどもを守ることができるかもしれんな」
『アーウィン、お兄ちゃん、たすけて…』
 ちび達と、そして、イ・ラプセルの仲間たちとの天秤。
 揺れる、揺れる。          
 大きく揺れる。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
EXシナリオ
シナリオカテゴリー
対人戦闘
■成功条件
1.オルクとバールの無力化
2.奪われた子供の数が12人未満
 たぢまです。
 チャイルドギアです。クラウディアが引き止めた相手は貴方ですので、みながこの話をきいたことでOKです。
 アーウィンにこの話をしてもいいですが事前にアーウィンを引き止めるような行動はできません。

 悪魔の誘いです。アーウィンがヴィスマルクに取り込まれれば、イ・ラプセルの情報はある程度流れることでしょう。いくつかのイ・ラプセル専用スキルが流出する可能性もあります。
 またチャイルドギアシステムも安定することになるでしょう。もちろんヴィドルの言ってることがすべて叶うことはありません。

 

 敵

 オルク×1
  水陸両用のバランスの取れた戦車。安定性も高く、あらゆる場面で活躍できるとされる。

  主砲 攻遠範 主砲を放ち、敵陣を攻撃します。
  副砲 攻近範 備え付けられた機関銃。【二連】
  水中適正 P 水場でも動きは損なわない。

 バール×1
  突撃用の小型戦車。大きさ2mほど。主砲はなく、砦の壁や敵陣を突破するために特化された戦車です。前面に衝角を持ち、突撃してこれを突き刺したりします。

 突撃 攻近貫 突撃して、衝角を突き刺してきます。20m移動可能(100%、75%)
 轢殺 攻近範 衝角を伴わない体当り。
 副砲 魔遠単 備え付けられた火炎放射器。【バーン2】



 コアはアーウィンの知己であるリドル(オルク)とフィリカ(バール)という幼い兄弟です。
 とてもアーウィンになついていました。
 子供を捕まえろと指示されていますが、攻撃を受ければ反撃もします。
 バールで家屋を壊し、オルクで威圧します。
 ヴィスマルク兵の撤退をフォローしますので最後まで残ります。

 侵火槍兵団 炎獄戦闘団
 ヴィドル・スプラウト少佐 キジン バスター
 その名の通り炎熱の特殊スキルももつ、炎獄戦闘団の団長です。
 部下の信頼も厚く、彼を司令塔に練度の高い連携をみせてきます。
 拙作「マギアスティームグランドオープニング 神殺し」で登場しました。
 EX:炎獄撃 
 範囲 物理。近接 高火力高命中 【バーン3】【二連】20m移動可能
 接敵後、5ターン目ほどでOPの説得がはじまります。特にみなさんがなにもしなければ、アーウィンは説得を受け入れます。
 説得中は攻撃はしません。
 説得を受け入れたあとは部下を残し撤退します。説得を受け入れられなかった場合は孤児たちの奪取のサポートとして皆さんの前に立ちはだかります。

 基本的にはイ・ラプセル側に攻撃をしかけてきます。それなり以上に強いです。
 フリーの場合には子供を逃がすものを優先して攻撃します。

 侵火槍兵団(ヴィスマルク兵)×8
 戦車に随行している兵士です。侵火槍兵団(歩兵科)
 基本的には子供を回収していますが攻撃されれば反撃します。
 防御タンク2名 魔道士1名 死霊術師1名 ガンナー2名 軽戦士2名。
 魔道士と死霊術師はランク2の回復手段を所持しています。
 ランク3までのスキルを使います。
 一人につき3名の子供を回収すると撤退します。
 フリーの時間が4ターンにつき1人子供を取得します。取得した子供は別働隊によって運ばれ、現場に戻ります。(フリーの4ターンの間にこの一連の行動がなされますので、一度つれていかれた子供は取り返すことができません)

 ヴィドル撤退時に追いかけようとすれば邪魔をしてきます。その場合子供の奪取は止まります。

 どの敵も1対1では倒せる相手ではありません。

 ・『チャイルドギア』
 蒸気騎士を動かすシステム(メタな事を言うと、10才の子供キャラでも重さ百キロ近くの蒸気騎士を動かすことが出来る理由みたいなもの)を転用した駆動システム。
 大きさ150cmの正方形で、身長120センチ以下の子供を拘束して押し込みます。子供はヴィスマルクに逆らえないように物理的且つ化学的に調教されており、恐怖におびえる精神が高い闘争本能を生み出します。その狂気ともいえる精神性が高い駆動性を生み出し、命令に従い自動で戦う戦車を完成させました。


 味方
 アーウィン・エピ
 基本的に言うことはききますがどこかに隠れていろなどは聞き入れません。彼は彼なりにチャイルドギアをたすけようとしています。
 接敵後5ターン目にヴィドルの説得がありますが、放置をすればその説得を聞き入れます。
 ヴィドルの説得を突っぱねることができれば、孤児の移動などの命令も聞き入れます。
 
 ムサシマル・ハセ倉
 いうこときくでござるよー! 子供運ぶのとか結構楽だし、おっけーおっけー。

 二人への指示は【アーウィン/ムサシマル指示】のタグのあとお願いします。
 最新の発言を参照します。

状況
 時間は夜。

 元ヘルメリアの街のハズレの孤児院の壁にたいしてバールが突貫をかけた状況になります。
 活動を初めて2ターン後に到着します。(8人のヴィスマルク兵がフリーのまま2ターン経過した状態です)

 事前強化はかまいませんがそのぶん時間が経過します。

 孤児院の中には怯える子供が24人います。保護役の大人は殺された後になります。
 逃がす場合には同じように敵からのマークがフリーの状態で一人につき4ターン必要です

 12人の子供をどちらかの軍勢が取得した時点(別働隊に引き渡し)で、ヴィスマルク軍は撤退します。 ヴィスマルク軍が13人以上を得た状態で撤退の場合失敗となりますが、オルクとバールの無力化は必要です。
 

 兵団(アイテム)が子供を移動させる場合には一人につき6ターン必要です。1兵団につき2回まで可能です。(二人まで助けることができます)
 兵団がヴィドルに攻撃された場合は失敗になり、2度目のチャレンジはできません。
 ヴィドルがフリーであれば兵団を優先的にねらいます。

 アーウィンの動向は成否には関わりません。
 

 面倒な状況ですがよろしくおねがいします。
状態
完了
報酬マテリア
3個  7個  3個  3個
3モル 
参加費
150LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
10/10
公開日
2020年11月27日

†メイン参加者 10人†




「なんだよ、お前ら」
 移動時間にブリーフィングを済ませた自由騎士たちは現場への到着を待つ身だった。
 『咲かぬ橘』非時香・ツボミ(CL3000086)と『薔薇色の髪の騎士』グローリア・アンヘル(CL3000214)に呼び出されたアーウィン・エピ(nCL3000022)は蒸気機関車のアーウィンが過ごす個室の隅に追い詰められていた。
「わかってる。俺だって馬鹿じゃねえよ。私情には走らない」
「お前、ヴィスマルクの軍人に子どもたちを助けるために仲間になれと言われたらどうする?」
「はぁ? んなわけねえだろ? 頭の病気か? 医者の不養生にもほどがあるぞ?」
「お前はそう問われる」
 真剣な表情でピシャリとツボミが言い放つ。
「私達だけにクラウディアが伝えてくれた未来だ」
 グローリアが助け舟をだすように補足すれば、アーウィンははっとした顔になる。
「なんで、それを……クラウディアは俺に……」
 伝えなかったのかと最後まで言えなかった。俺はまだ信用されていないだろうか? そんな言葉が零れそうになるその前に、
「違うぞ。それはあの娘の気遣いだ。そして、私はそんな気遣いなどしるか!! くそくらえだ。
 お前みたいにヘタレたやつが戦闘中にそんなことを問われて平常心でいられるはずがないからな!
 パニクる前に覚悟極めて考えて納得いく判断をしろ」
 わかりやすいほど狼狽したアーウィンにほらみたことか、とツボミはふん、と鼻をならした。
「どっちにしろ私はお前が決めた答えに文句は言わんよ」
 それは流されるままに今にいたるこの気弱な青年が決めたことだから。だが口は出すぞ、とそういってツボミは個室のドアから出るとことさら大げさに音をたてて閉める。
(なあ、私は、お前がきめたなら、それでいいんだ――)
 そしてそのままツボミはずるずるとドアの前に座り込んだ。そういったものの不安で押しつぶされそうになる。
「アーウィン、私は、おまえが好きだ」
 部屋にのこされ所在なさげなアーウィンにグローリアはきっぱりと想いを言葉にする。
 この言葉を紡ぐためにたくさんの葛藤をしたのに覚悟をきめれば簡単にでるのだなと他人事のようにグローリアは思う。
「えっ?!」
「受け取り方は任せる。友愛でも親愛でも」
 恋情でも、と小さく呟いた言葉にアーウィンはきづいただろうか?
 いつかの冬もらったマフラーは今も大切に身に着けたまま。
(こいつはきっと私がどういった想いでこのマフラーを身につけていたかなど考えもしていないのだろうな)
 そうだこれは私の、私だけの恋心。しんしんと雪のようにふりつもった恋心なのだ。
「前もいったと思うが、私はおまえのちからになりたい。おまえの望みを叶えてやりたい」
「なんで……そこまで」
「おまえが好きだから」
 こんどはもっとはっきりと言える。間違いない。この気持ちは少しずつ大切に育ててきたものだ。
「グローリア……俺」
「今すぐに返事はいらん。だからそのかわりどうか心の片隅に置いてくれ」
 それだけいうとグローリアは踵をかえしてドアを開ける。正直限界だった。これ以上はどうにもならない。変なことをいってしまいそうだった。
 耳まで暑い。冬にはいったというのに! 北の方にむかっているというのに! そうだ、デッキにでよう。火照ったからだを収めよう!
 ドアを閉め足早に立ち去るグローリアは気づかない。
 床に落ちていた真新しい水滴のその痕跡に。



「子供を使った兵器?! ふざけんじゃねえ! ふざけんじゃねえ!!!」
 義憤にかられるのは『命の価値は等しく。されど』ナバル・ジーロン(CL3000441)だ。
 考えたくないが、もしヴィスマルクが蠱毒に勝利したとして――この地域の子供も自国民になるはずだ。未来の国民になるはずの子供を使い捨てにするような国が世界の未来を担えるのだろうか?
 答えははっきりと言える。『否』だ。
「オレは子どもたちを守る! 一人たりとも犠牲にさせるか!!」
 ナバルは最前列を走り現場に向かう。
(アーウィンさん――私もあの大侵略の際あなたと戦場でまみえていた、やも。戦い、破れ――そして彼は私達の国の国民になった。
 きっとソレは最善だったはず。そうしんじたいであります)
 『積み上げていく価値』フリオ・フルフラット(CL3000454)は後ろを走るアーウィンに目を向ける。重ねてきた毎日と、重ねてきた日々にもしもなどは存在しない。それがどれだけ残酷な真実であっても。だからこそ。
「志願しているわけでもない幼い子供たちを利用する兵器で掴む未来などどんなものでしょうか? それが鉄血のあり方ならそんな未来はぶち壊します!!」
 今やるべきことは決まっている。フリオは叫び、闘志を燃やす。
「みえた。あの建物だ。いそぐよ」
 『紅の傀儡師』マグノリア・ホワイト(CL3000242)は指差し皆を促す。
「そのようだ。 歩兵隊諸君、段取りは打ち合わせのとおりだ」
 彼ら自由騎士の後ろをついてくる多くの兵士たちに『智の実践者』テオドール・ベルヴァルド(CL3000375)は威風を込めた声で指揮する。
「フォートシャフトといいヴィドルらといい、どうも兵士という仕事を判っていないようだから教えてやる」
 『装攻機兵』アデル・ハビッツ(CL3000496)は吐き捨てるように言う。
 兵士でもない一般人、それどころか幼い子供を利用するその行動にはヘドがでる。
 戦争においては人々の命ははまるで紙切れ同然だ。
 そんな儚い命をまもるために兵士がその命を賭すのは必然。
 戦場は兵士のためのものだ。そんな場所に未来持つ子供を投入など外道のすることだ。
 兵士の本分をわすれた連中に軍人の誇りなどない。
 敬意も容赦も不要だ。
 
 彼らは現場にたどり着く。
 硝煙と石炭が燃える匂い、泣き叫ぶ子供の声。世話役の大人がまるで趣味の悪い絨毯のように赤い血を撒き散らしぺしゃんこになっている。
「……実に、実に度し難い光景ですね、本当に」
 『救済の聖女』アンジェリカ・フォン・ヴァレンタイン(CL3000505)が眉根にシワを寄せて呟いた。
「ひどい。人さらいは、敵、です」
 『祈りは歌にのせて』サーナ・フィレネ(CL3000681)が泣きそうになるのを必死でこらえ、敵意を口にする。
 これは知っている光景だ。シャンバラでみた光景。ヨウセイたちがシャンバラ軍に連れて行かれるのと同じ。あんな悲劇は繰り返していいものではない。
(ボーデンさんの名前がいま出てくるだなんて――ずるいな、アーウィンさん)
 今までの戦いを思い出す。全ては必然だった。
 すべてが今に繋がっている。
 その今、『白騎士』アダム・クランプトン(CL3000185)の信念は確定した。
 優しい世界を夢見て、夢に迷い、全てを守り救うという信念。
「僕はアダム・クランプトン! すべてをまもり、全てを救う騎士だ!!」
 アダムの名乗りによって、状況が開始される。

 自由騎士の指示によりマザリモノのブレイダーとノウブルのガーディアンもうなずき、泣き叫ぶ子どもたちの救助に動き始める。
「オルク、いやリドル君は僕にまかせて!」
「じゃあバール……フィリカくんはオレとフリオさんで!」
「了解であります!」
 イ・ラプセルが誇る鉄壁たちはまずは戦車に向かう。
 兵団たちは自由騎士の意図を察しすぐに子どもたちの救出活動に向かう。
 マグノリアとテオドール、サーナ、アンジェリカが各々術式を組み上げると弾幕を敵兵に放つ。
「案外にバラけているな」
 グローリアが舌打ちし、泣きながら走ってきた少女をムサシマル・ハセ倉(nCL3000011)に預ければ合点承知! と抱き上げ連れ出していく。
 状況としては、彼らヴィスマルク兵はすでに子どもたちの移動を始めバラけている。極単純に範囲攻撃を続けてもすべてをターゲットできるわけではない。また、攻撃しただけでは足止めをすることはできないようだ。
 盾兵隊を随伴してきたナバルは急ぎブロックの指示を飛ばす。
「自由騎士か。
 子供たちを守りにきたか。予知能力でも備えてるような的確さとはよく言ったものだ」
 指揮官であるヴィドル・スプラウトは瞬時に自由騎士たちの作戦内容を理解する。
「貴様ら! まずは邪魔をしてくる兵隊を潰せ! バールとオルクもだ。自由騎士は無視してもかまわん。どいつもこいつもネームドだ!
 オレがなんとかする!
 軽戦士は一人でも多く子供を連れ出すことを優先しろ! タンクは後衛を守れ」
 命令をうけた軽戦士以外の兵士たちは自由騎士たちと同じように、範囲攻撃を中心に戦いをはじめる。
 確保した子供たちを奪取するには彼らを倒すしかないだろう。
 ヴィドルはつま先を蹴って、最も近い子どもたちを助けようとする兵軍に炎獄撃を叩き込んだ。
「くっ」
 それは事前にアダムが生きて帰れと命じた衛生兵だった。
 一人ひとりの兵にも家族は居る。難しいのはわかっていた。ここは戦場で彼らは兵士としてこの場に立っている。それでも、優しい青年であるアダムの心は大きく軋む。
「司令官がちょこまか動き回るとは愚策ではないのか」
 アデルが飛び込みこれ以上動かれてたまるものかとブロッキングを仕掛ける。
「『装攻機兵』か、意外と若い声をしているのだな。俺は敵兵をなぎ倒すのが趣味でな! 適材適所というものだ」
 アデルを認めたヴィドルは構えをとった。
「リドル君だったね?
 僕はここだ、逃げも隠れもしない! さあかかってこい!」
 それでもアダムは自分がやるべきことを忘れない。倒れた衛生兵に駆け寄りたい。しかしそうすることで何が変わる?
 逡巡する心を追い払うようにアダムは零元でもって、『リドル』を引きつけた。
「さあ、フィリカくん。しばらくの間お兄さんの相手をしてくれ。
 窮屈だろう? ……あと少しの辛抱だ。アーウィン兄さんと一緒に、家に帰ろうな」
 フィリカに言葉は通じているだろうか? わからない。それでも自らの防御を固めたナバルは話しかける。
 苦しげなうめき声がかすかに聞こえた。
「絶対助けるでありますからね!」
 フリオはナバルの反対側から話しかけた。リュンケウスの瞳でフィリカの位置を特定し、ナバルに伝えればナバルは大きく頷いた。
「アダムさん! リドルくんの位置は――!」
 サーナがリュンケウスの瞳で、アダムにフォローすればこちらも頷く。子供たちを傷つけまいという自由騎士達の意思は強い。
 アダムとナバル、フリオら戦車のブロック役は状況が整うまで彼らを足止めすること。
「回復は心配するな! 貴様ら死ぬなよ! 死んだら生き返らせてでもクソ痛い回復をぶちかましてやるからな!」
 後衛からツボミが叫べばみな苦笑する。
「ああ、僕もツボミより痛い回復をぶちかます……かもね?」
 マグノリアも怪しげな笑みを浮かべ、皆を克己する。
「これは倒れると恐ろしいことになりそうですね、そう思いませんか?」
 アンジェリカは子供を救おうとしているアーウィンをヴィドルの視線から遮るようにして話しかける。別に答えがなくてもいい。 
 気持ちをみなで一つにすることが重要だ。
「私は数を減らす!」
 グローリアは踊るような足並みで魔道士に向かうがガンナーの支援射撃に一旦下がる。
 お互いの陣営の弾幕が戦場でぶつかり合う。ヴィスマルク側も子供の奪取を狙うこともあり子供たちが標的になることはないが、怒号と悲鳴と魔導や攻撃が行き交う状況は子供たちにとって恐怖でしかない。子供たちは泣き叫び暴れる。
 それでも、好機をみて救出しようと立ち上がった衛生兵がまた一人死んだ。
「まったく、部下の面倒をみるのは上司の努めってな!」
 軽戦士の足止めを見たヴィドルが移動しようとすればアデルがその前に立ちはだかる。
「貴様の俺がここで殺す。逃げれると思うなよ!」
 零元を込めたその言霊はヴィドルを数秒だけ足止めする。
「『装攻機兵』、よく吠える、なっ!」
「ッ!!」
 ヴィドルのオーバーブラストがアデルの体躯を吹き飛ばした。
 アデルは体のバネを使って体勢を立て直すと再度、ヴィドルに向き合う。零元の効果は薄い。先程足をとめたのは若い兵士の勢いのいい言葉に興味を示したからに過ぎない。
 自分の役割はあくまでも抑えだ。
 それに気づかれれば状況は悪くなるだろう。今はとにかくヤツに対し、倒すという意思を見せなくてはいけない。
「逃げるのか? 臆病者が」
「は? いいぜ、遊んでやるよ、ガキが。イキったことを後悔するなよ」
 ヴィドルがアデルに向き合う。
 これでいい、これでいいが――。アデルの兜の下のほほを一筋の汗が伝う。
 強者と戦ったことは何度もある。故にわかるのだ。このヴィドルという男は自分よりも強い。
「ああ、侮れ、そのほうが楽に殺せる」
「いきがりやがって!」
 一撃が重い。しかし、倒れるまで自分に集中させることができれば御の字だ。自分が倒れてもアンジェリカもグローリアもいる。
 仲間がいるのだ。
「ヴィドル、聴きたいことがある……」
 戦乱の中でもひときわ落ち着いた声が響く。マグノリアだ。
「答えがないのは問いかけていいということだと判断するよ」
 アデルと重い一撃を応酬しあうヴィドルに術式を展開しながらマグノリアは問いかけを続ける。
「主観でもいい
「今」のヴィスマルクは何処を……いや、どんな未来を目指す……?」
「勝利だ。ソレ以外にはない。そのためなら、どんなことでもする。たとえ子供を犠牲にする作戦であったとしてもな」
 マグノリアの問いかけに思いの外ヴィドルは素直に答えた。
「僕等に勝ったとして、其の後……其の先に、何を見ている?
 未だ
 いや、いつか……
 あの国母…檻から出ようとは、誰も、微塵も思っていないのかい?」
「世界を我がライヒが手に入れれば、強い世界に生まれ変わる。
 すべての民が強く、強靭な世界にな
 貴様らこそ、ぬるま湯に浸かったまま退屈な平和に揺蕩うだけか?
 それは本当に生きていると言えるのか?」
 ヴィドルは嘲るように言う。血と鉄にまみれた争いの中で生こそが輝かしいといわんがばかりの声だ。
「それなら弱者はどうなる!!
 取りこぼされた人はどうなる!!!」
「弱者だから取りこぼされる。弱者だから悪いのだ。それが嫌なら強くなればいい」
「ふざけるなぁ!!!!」
 少年(ナバル)は叫ぶ。なんども取りこぼした命がある。すくい上げることができなかった悲しみがある。
 それを一言。弱いから悪いなどと一蹴されていいものか。
「そんな国がいい国であるわけがない!!」
 じゃあ、目の前の戦車に閉じ込められた子供は弱かったからこんなことになったのか? 抵抗できなくなるほど痛めつけられるのは弱い自分が悪いからか?
 否。断じて否だ。強いものは弱いものを守り、協力しあって生きていく。
 それこそが人のあるべき姿だ。
「だいじょうぶだ、フィリカくん。
 オレが絶対に助ける。怖くなんかない。こんな戦車なんてぶっこわして、それでオレの国にこい。
 ご飯だって美味しい。しってるかい? 雪がとけて春になるといっぱいおいしい野菜ができるんだ。できたての野菜はほんとに美味しくて、誰だって平等に食べることができる、そんな国なんだ」
 フィリカからの攻撃は激しさを増していく。それでもナバルは言葉を続ける。
 「取りこぼされたもの」たちの嘆きをナバルはおいてはいけない。これは贖罪だ。
 これ以上取りこぼされる人がいないように。かつて取りこぼしてしまった彼らに報いるために少年は倒れることは赦されない。
 誰でもない、自分自身が赦さないのだ。それはナバルが自分自身にかけてしまった解けることのない呪いだ。
「そのとおりであります! ナバルさん! フィリカさん。
 このあり方が正しいとおもっていはいけない!
 血と鉄でまみれた未来を子供たちにつなげるなんてあってはいけない!」
 フリオも渾身の力で持って、脚部への攻撃をつづける。みしり、みしりと鉄の棺の軋む音が聞こえる。手応えはある。だだをこねるこどものように戦車が体当たりし、フリオの頬をかすめ鮮血が飛び散る。
「そうです。それでいい。子供は自分のおもうがままに自由にあるべきであります!」
「トラバウト大佐は力こそが正義、弱肉強食が世界の真理だと言った。貴方も同じ考えなのか」
 アダムはリドルに打ち据えられながら静かに問いかける。
「当然だ。弱者は強者の糧になる。それは何もできない、何にもなることができない弱者が強者へ捧ぐ唯一の美徳だ」
「そうか」
 アダムは否定せずに、そうかとだけ呟いた。
 ならばそれでいい。それもまた鉄血の真理なのだろう。理解する。飲み込む。納得はできないけれど。
 その上でアダムはすべてを守ることを何度でも誓う。何度も折れ、立ち上がってきた確かな信念なのだから。
「くだらぬな」
 苛立ちすら感じる声でテオドールが一蹴する。
 実際くだらない話だ。はっきりとヴィドルは言った。弱者は強者の糧だと。
 アーウィンの言う「ちびども」、は明確な弱者だ。彼らは弱者をヒトとしてみていないのだ。そんな彼らが甘言を弄したところで、アーウィンの思うように行くはずがないのだ。
「だろう? エピ卿」
 子供を運びもどってきたばかりのアーウィンにテオドールが水を向ける。
「貴様は――」
「お前の相手は俺だ!」
 アデルはジャヴァウォックを打ち込むが二連目以降はヴィドルの大剣に逸らされクリーンヒットには至らない。
 防御を貫通するはずのその技の手応えは不自然なほどに少ない。
 ジャヴァウォックは発動後に大きな隙が発生する。その隙をついて、ヴィドルは回転し強烈な一撃でもって、アデルに足止めをしかける。
「くそっ」
 動けなくなったアデルに変わり、アンジェリカとグローリアが前に出てヴィドルの足をとめようと武器を突き出すが、避けられる。
「ガキどものおもりだった奴隷だな。見た顔だ」
 ヴィドルは水鏡の予知通りに、口を開き、言葉を紡いでいく。
「耳をかすな!!! アーウィン」
 なかば悲鳴のようなグローリアの叫び。
「俺は、俺は―」
「アーウィンさん。
 私はシャンバラにいたとき、、いつか仲間(ヨウセイ)たち皆で自由になりたいって、願っていました。
 無理かもしれないって思うことも、多かったけど。でも、それでも……。
 自由騎士はそんな私達のユメをかなえてくれました!」
 サーナは淡々と告げる。自由騎士たちは差別階級であったヨウセイたちにも手を伸ばしてくれた。
 そして、ヒトとして当たり前の自由をくれた。
「アーウィンさんの「ちびたち」も、思っているんじゃないでしょうか。
 いつか、お兄ちゃんが、助けに来てくれる、って……だから助けなきゃだめなんです!
 立場なんかでじゃない!
 自由騎士(わたしたち)の手で」
 助けられるだけだった自分はいまや助ける側、自由騎士なのだ。だからできる。ひとりじゃないのだから!!
 言ってそれを体現するかのようにサーナは子供を抱きしめて運び出そうとする。兵隊は今や半数。彼らだけではなく自分もまた役目を果たさなくてはならない。
 自由騎士たちは多くの兵を引き連れてきた。子供たちを救出するという目的においてベターな選択だ。
 しかしベストとはいいづらい。極単純に全周囲範囲とは敵と味方を視認して攻撃するものだ。味方が多い状況での視認は困難を極める。逆説敵側は全体攻撃をしやすくなる。故に、多すぎる兵隊は削られやすくなる結果となった。
「アーウィン、君の、其の手が、何の為に有るのか……「1番に、何を引き寄せ、何を離す手」なのかな………」
 泣きじゃくる少女を抱きしめマグノリアは「ヒト」の。子供の暖かさと生々しさを知る。ぎゅっとマグノリアを掴む手は必死だ。
 このこの手が求めるものはマグノリアの助けなのだ。彼もこんなふうに欲しい物を手にすればいいと思う。
 僕の「手」は……「目や、声」「体」は……自身の目的と「「『』」」の……願いの為と決めているんだ。マグノリアはソレを言葉にはしない。その代わりに抱きしめた命を救うため走り出す。
「俺は、俺は」
「もしもなんてないんです。
 もう、物事はうごいています。子供たちの近くにいるから止められるわけでもない。
「最善を考えるのなら、今戦うべき戦場はあちらがわですか? 私はそうは思いません!」
 フリオは叫ぶ。説得ならもっと適したものはいる。けれど。
 アーウィンがヴィスマルクに与したとしても目の前で泣きわめき暴れるフィリカのような子供が増えることになるのは火をみるより明白なのがなぜわからないのだとおもう。
 過去の自分にもしも、が合ったのか? 四肢が失われることのないもしもが。
 ない。ないのだ。過ぎた時間は戻らない。もしもなんて言葉遊びの夢物語でしかないのだから。
「最善をかんがえてください!」
「アーウィンさん! あんたの気持ちがわかるだなんて口が裂けてもいえない!」
 ナバル・ジーロンには失われた家族はいない。だから本当の意味で彼をわかっているなんて、いえない。
「あんたが望むなら好きにすればいい! ヴィスマルクにいっても恨みはしない!
 でもさ、それがほんとうにあんたがやりたいことなのか?」
 イ・ラプセルの仲間と想い出を捨てて、そこにたどり着いてほんとうに欲しい物が手に入れることができたといえるのか?
 きっと後悔することになるとナバルは思う。
 それでもいくなら止められないだろう。でも、でも、それでも。
「歩んだ先で後悔するようなことはしないでくれ!」
 村をでて、自由騎士になって成せなかったことに何度後悔しただろう。後悔は心に大きな疵を残す。そうなってしまった後はもう――その身を贖罪に捧げるだけになってしまうのだ。
「戻って何ができる」
 テオドールの声は冷たい。
「貴卿とその男の「守る」の定義が同じだとなぜ思う?
 敵の甘言など耳をかすこと事態がくだらないのだ」
 いいながらも術式を高速で組み上げる手はとめない。
「貴卿を子供をあやすだけのためのダシに使う気だろうよ。現に子供たちを守ることができるとは言ったが子供たちを開放すると言ったか?」
 その言葉にヴィドルは苦笑する。
 なんとも弁のたつ御仁だ。さすがに『智の実践者』というところか。
「一時的に守れるかもしれないな。しかし最終的には奪うつもりだ。その決定に貴卿は抗うことはできない。それが軍人だ」
 軍人、の言葉にかつての友人を思い出しテオドールは苦々しいものを喉の奥に感じる。
「貴卿はいまままで共にあった騎士の仲間たちが子供たちを救えないと思うのか? 救ってくれといったのは貴卿だろう?
 貴卿が目にしてきた奇跡がまた起こせないとでもおもうのか?」
「それは――」
「揺れるな、アーウィン。お前の選ぶ未来は、一時の安らぎを子供達に与えて、地獄へ送り出す道か?」
 吹き飛ばされたアデルが果敢に飛び込みまた吹き飛ばされ、欠片を燃やし立ち上がる。
「少し考えれば判るだろう。子供達を助けるには、チャイルドギアを無くすしかない。俺達はそのために動いている」
 そうだ。そのとおりだ。
 この人道に悖る作戦を実行するまでに――未来を先借りするような愚策に手を出すほどにヴィスマルクも追い詰められているとも考えることができる。
 その作戦を実行できないようにすることが、チャイルドギアの開発をとめることが結果「ちびども」を助けることに繋がるのだ。
「本当にお前はアホだな!」
 子供たちも含め必死で回復活動を続けてきたツボミは我慢の限界とでもいいそうな表情だ。
「自分が嫌なことはするなよ!!!
 どうせお前のことだ。自分が我慢すれば良いとか思ってるんだろう? それって勘違いだからな!
 まあ、お前のそう云うところは好きだけど」 
「まあ」
 アンジェリカがいいことを聞いたといわんがばかりに声をあげ、テオドールは苦笑し、グローリアは目を見開く。
 ちなみにアダムとフリオとナバルはきょとんとしている。ついでにアーウィンも同じくだ。
 ムサシマルがこの場にもどってきていたら盛大に囃し立てているレベルである。
 閑話休題。
「お前が我慢した程度で状況が好転するわけねーだろうが、そんなぬるくねえよ! この世界は。
 一つ譲れば百はむしり取られるぞ!
 ヴィスマルクだって追い詰められてんだ! お前が護った程度でガキ共が無事に済んで溜まるか! 既に薬漬けで戦車に詰められてんだぞ!? ましてあのメカクレキジルシが上司だ! ちょっと類を見ない地獄だろ!?」
 一気にまくしたてるように叫ぶ――まるで幼女が癇癪をおこしたかのようなツボミの言葉に、まああの上司殿の頭のおかしさは半端はないなとヴィドルは頷いた。
「だそうだぞ、エピ卿。仲間をもってしてこう言わしめているのが証左だ」
 テオドールがヴィドルの言葉尻を拾い、吐き捨てる。
 とうのヴィドルは毒気を抜かれたのかこれ以上勧誘を続けるつもりはないのだろうが、楽しげに彼らの言葉を待つ。
「だからワガママになれ! ひとっつも譲るな。ぜんぶだ! 全部もってけ! そのために私達をつかえ。使われてやるからさ。
 私はお前も、ガキもぜんぶ幸せになる未来に手を伸ばせっていうんだ。
 そうだそのとおりだ無茶だ。無理だ。無謀だ。
 もし、その幸せがあっちにあるならかまわんよ! ヴィスマルクでもどことなりとでもいってしまえ!!」
「ツボミ?!」
 グローリアがツボミの言に目を白黒させる。
 ツボミにだって意地がある。本当にあいつが行くというのであれば止めることなどできない。不満なんかありまくるけど持たないと誓う。
 『』だからいかないでくれと言えたらどんなに楽だったのだろう。
 でもそれはあいつの重しになる禁句だ。クソ真面目なアイツのことだ。今度はその言葉で向こうで悩むことになるんだ。
 そうなったらざまを見ろと思うがでも、実際にそれを成すことは自分にはできない。馬鹿だなあと思う。これが惚れた弱みだといえば嫌な気もも少しだけ失せる。
「なあ、イ・ラプセルで私……私達と過ごして、楽しかったと思ってくれるか?
 だったら、その楽しい日々をお前が独り占めしたら、ガキ共は拗ねんか? 
 兄ちゃんだけズルいってさ。
 なら、ガキ共にもそれを体験させてやれよ。なあ? そしたら兄ちゃんすげえ、っていわれるさ」
 もう理論だとか小難しいことなんて考えれない。完全に感情論だ。言葉だって震える。半分泣き言だ。
「どうだ? 意地悪だろう? なんて悪魔的な冴えた言葉だ。悪魔とは私のことだな」
 なにが冴えているんだ。子供をダシにした性質の悪い絡みだ。だからおねがいだ。
 屈してくれよ。アーウィン。
「俺は――」
「おまえの望みはなんだ! 子供たちの苦痛を和らげることか! 子供たちを戦争に行かせないことか!」
 崩れ落ちたツボミの後をつなげるようにグローリアも叫ぶ。
「それは……」
「それとも、おまえがイ・ラプセルで知った喜びを子供たちにも体験させることか!」
 そうであってほしいとグローリアは思う。彼がくれた想い出は私も幸せな想い出なのだから。
「そんなわけねえだろ!!」
「おまえの望みを叶えるために、私にできることは、私たちにできることはなんだ! 言ってみろ!」
 そうだ。お前がひとこと私に願えば私は命を賭してでもそれを叶える。奇跡だって起こしてみせる。
「おまえの望みはなんだ、アーウィン・エピ!!」
「俺の望みは、お前たちと一緒に――」
「貴方が行って、チャイルドギアの引き金を軽くしてどうするのです……!」
 業を煮やしたアンジェリカの「絶対子供たちをたすけるんだぱんち」がアーウィンの頬に炸裂する。
「いま、アーウィン多分だが、頷こうとしてなかったか?」
「そ、そうだよね」
 アデルが冷静にツッコミ、アーウィンの説得に関しては傍観に徹すると決めていたアダムが同意した。
「今貴方がするべき事は子供を戦地に送る事ではなく!
 目の前の罪無き子供を救う事でしょう!」
 ばちーん。
「その両手だけで出来る事は限られています……。
 だけど! 今此処には私達がいます!
 手が20本以上もあるんです! きっと何だって出来ますよ!」
 ばちーん。
「心だけじゃない、身体だけでも命だけでもない。
 欲張ったっていいんです! 全部纏めて救い出しましょう!」
「アンジェリカ! やめろ! ソレ以上はアーウィンが死んでしまう!!!」
 アンジェリカの左右の腕にしがみついてにグローリアとツボミが止める。戻ってきたマグノリアとサーナは状況がつかめずに困惑している。
 当の本人であるアーウィンはなにがおきたかわからずに尻もちをついている。
 テオドールなどは笑いで詠唱を少し間違えている。
「はははははははは!」
 ヴィドルの笑いが戦場に響く。
「これだけ仲間に説得されておいておめおめとヴィスマルクに来るような弱者はいらんよ」
 ヴィドルは周囲をぐるりと見渡す。子供たちはほぼ奪われた。これ以上ここで自由騎士と戯れる意味もない。
 なんとかヴィスマルクが得た子供は2人。倒されたヴィスマルク兵は2人。どうにも『装攻機兵』に気を取られすぎてたらしい。
 戦車を抑えていた3人も十分以上の防御で耐えぬいている。ヴィスマルクにとって状況は良いとはいいづらい。
 正直このなんともわかりやすい「大立ち回り」を見せられてしまっては戦意だって萎えてしまうものだ。
 なんとかは犬も食わないといったところか。
 現に状況を理解した部下たちの士気もずいぶんと下がっているようだ。こんな状況ではベストなパフォーマンスを発揮することもできまい。
「俺達は撤退する。これ以上部下は失いたくないからな。追ってきてもあの戦車に足止めをしろ命令する。なんなら残りの子供たちを殺せとも命令したっていい。俺たちの得た子供を殺すと脅迫すれば、お前たちは手を止めるだろう? これで手打ちだ」
「子供たちを返せ」
 ナバルが歯ぎしりをしながら言う。もちろんそれが叶うことはないのはわかっている。
 それでも彼の信念のもとそう言わざるを得ない。
「いつかそのこたちも取り戻す」
 アダムもまた悔しげだ。今取り戻すために飛び込めば、まだ残る子供たちを殺すことになるだろう。
「戦車のなかの子供はどうするつもりですか?」
 サーナの問に、ヴィドルは一瞥し、言ったとおり足止めにおいていくと答えた。
「みなさん、今はあのチャイルドギアをなんとかすることが先決です! 残る子供たちも避難させなくては!」
「子供をたすける千載一遇のチャンスということでありますね」
 思うことはある。それでもフリオはサーナの言葉に同意した。
「あのこたちを捨てる、ということ?」
「ああ、希望を見出しただろうからな、あの子供たちは。壊れた部品に用はない」
「じゃあ、僕たちが助けても文句はないね」
 マグノリアの問には答えず、ヴィドルは部下たちに撤退の命令を下す。
「貴殿は弱者に厳しいのではなかったのか?」
「共に戦う部下が敗者になったとて弱者とはおもわんさ。貴様らと同じく俺とて仲間は大切だ」
 テオドールの言及にヴィドルは答え、その場を去っていく。
「まだ終わっていない」
 アデルの言葉に彼らは戦車の解体に向かう。
 動きは随分と鈍くなっている。ヴィドルの言ったように、彼らは希望という名の毒で『故障』したのだ。


 結論から。
 子供たち二人はサーナとフリオの瞳、アデルのマシーナリー技術で問題なく救出された。
 戦車は残された。解析研究も可能だろう。
 ヴィドルはあえて、この戦車を置いていった。それは彼もまたこのチャイルドギアという兵器に否定的だったのではないかと思うがそれは推測にすぎない。
「リドル、フィリカ。よかった」
 ツボミが診療する傍らアーウィンは二人の少年に声をかけ続ける。二人は衰弱はしているものの、命に別状はない。
「まじでそんなことあったでござるか???」
 子供を助けることに尽力していたムサシマルはアンジェリカからの「大立ち回り」の報告に色めき立つ。
 ナバルとフリオはまだ逃げそこねた子供がいないか確認をしている。
 テオドールは生き残った兵隊たちを労い、人数確認に奔走する。
 アダムは死んでしまった兵士たちのまえ弔いの祈りを捧げていた。
 サーナは孤児院の保護役だった大人の埋葬を衛生部隊に指示し自らも動いている。
 慌ただしいそんな中グローリアはアーウィンをみつめる。
 泣きながら子供たちを抱きしめようとして、ツボミにどつかれている。
 彼の望みへの道はまだ最初の一歩だ。
 まだ、まだ。
 まだ。たりない。
 だから今はあの告白が恋心からくるものだと認識してもらわなくてもいい。
 グローリアはふわりと微笑む。
 軍服に身を包んだ女軍人であるはずなのに、その微笑みは恋する乙女のようで。
「あらあらまあまあ」
 グローリア殿にに今の気分を聞いてくるでござる! と走り出したムサシマルをアイアンクローで持ち上げたアンジェリカは頬を緩める。
 あんな可愛らしい表情を見たら殿方なんてイチコロでしょうに。
 そう思うが口にはださない。
「うぎゃああ、しぬでござる!!!」
 その代わりに手の力を込めた。