MagiaSteam
『肉喰い馬』の暴走




「只今よりここに集まった全員に対し、聴取を行う!」
 王都・サンクディゼールに配された軍事修練施設の一角。
「ミハイロフ様は正気なのか……?」
「しっ! 聞こえるぞ」
 参集した王国騎士団の兵士達は『軍事顧問』フレデリック・ミハイロフ(nCL3000005)の言葉により、一様にざわめいた。
 フレデリックは、落ち着きのない彼らを諫めることはしない。今の反応は大方予想通りだからだ。何を言われようが構わないとばかりに、鋼鉄に覆われた腕を振り上げながら、決意をあらわに繰り返す。
「志を共にするお前たちを疑うのは、俺も本望ではない。しかし我々が管理している厩舎から馬の死体が出ている以上、その原因を明らかにせねばならないのだ」
 数は1、2にとどまらない。初めに急逝したのは輸送担当の数頭であったが、昨日はついに戦闘で用いる騎馬隊所属から一頭、息を引き取った。最初に発見した世話係の話によれば、首にひどく深い噛み傷があり、背につながる後ろの側から肉が食いえぐられていたらしい。
 厩舎には、荒らされたり何者かが侵入したりした形跡はない。世話係の仕事は多く、一日は長いので、特定の人間に負担がかからぬよう当番はこまめに交代している。ゆえに人の出入りは激しい。かといって監視のためにマンパワーを割く余裕はなかった。
 というのも、すべては先日の大規模戦闘に原因があった。王国騎士団の兵士のほとんどは動員され、疲弊している。戦いが終息してからも、当件に巻き込まれて破壊された市街地の修復作業や、被害を受けた市民らに対する救援活動などで休む間もなく働き詰めなのだ。目と鼻の先で起きた事件だからといって、彼らの犯行として結論付けるには不可解な手口である。
 だいいち、何か変わったことをすればすぐにわかるはずだ――。
 その場の皆の考えは、確かに一致していた。錯乱しかけた世話係のひとりから話を聞くまでは。
「う、馬に食われるっ! ……あいつは『肉喰い馬』だぁ……っ!」


「となれば、馬の扱いに手慣れている者が対処すべきなのだが、人手が足りなくてな」
 フレデリックは君達に事の次第を伝え終わると、ため息をこぼす。
「報告の通り、『肉』が食われているような痕跡がある。現時点では『馬の肉』だ。獣にやられたのでなければ平常ではありえない」
 言いきったフレデリックの視線は、ゆっくりと厩舎へ注がれた。壁は土と煉瓦を組み合わせて作られており、それなりに頑丈だ。入り口である扉には鉄柵が設けられている。入用の際には世話係が、柵に取り付けられた鍵を開けることになっているようだ。
「だが最近……『ヒト』を見るなり興奮して激しく暴れ始めたのが一頭、いるのだ。腕を噛んできて、離さなかったという。唯一の青鹿毛だからすぐにわかる」
 奴を確保して動向を見守って欲しい。もしも世話係の話が事実なら、オラクルといえど『ヒト』と認識したものには容赦なく襲い掛かるだろう。腹を空かせているだけならいいが、おそらくはイブリース化の波にのまれているやもしれない――。
「万が一に備えて素早く処理するように。相手がイブリースとなれば事は大きくなりすぎる。……すまないが今はお前たちにしか頼めんのだ」
 フレデリックは声を潜めながら、顔に苦渋の色を浮かべた。けれども望みを託す言葉には、誇り高い騎士の強い意志が感じられる。
 こうして君達は、馬の気配がひしめく厩舎内へ足を踏み入れた。


†シナリオ詳細†
シナリオタイプ
通常シナリオ
シナリオカテゴリー
魔物討伐
担当ST
ハマ
■成功条件
1.イブリースを倒す
初めまして、ハマと申します。
今回の依頼は魔物討伐となっています。ただし水鏡階差演算装置の影響がないためか、OPのとおり情報には不確定な部分も見受けられるようです。

ですが皆様の目的はひとつ。「イブリースを倒すこと」です。
王国騎士団長としては、国民に知られて騒ぎになる前になんとかしたいことでしょう。皆様に大きな期待を寄せています。


▼敵情報
【概要】
 馬のイブリース。元は王国で管理されていて戦場に鎧を付けて投入されることもあり、脚力があります。
 力も強く、疾走状態を無理やり止めようとすれば弾き飛ばされるでしょう。

【使用技】
 ・突進 <近接単>ものすごいスピードで目標に体をぶつける
 ・かみつく <近接単> 草をむしるようにかみつきます。好物にはとにかくすぐにかみつきます。

【攻略のヒント】
 ・厩舎内部は広くなく、足元が暗い・視界が悪いため戦闘には不向きかもしれません。(明かりがあればマシにはなります)
 ・大変お腹を空かせているようです。空腹のあまり普段は反応しない肉類にも興味を示すようです。
 ・好物の野菜や甘い果物は王都の市場で買う事ができますが、値段はピンキリです。街周辺に甘い実がとれる野生のキイチゴ類の木があります。
 ・警戒心が強いので背後からの気配や物音に敏感です。


▼NPC情報
『軍事顧問』フレデリック・ミハイロフ(nCL3000005)と厩舎管理の世話係を担当している王国騎士団兵士(非オラクル)がいますが、馬への対応は皆様に一任されています。


以上、皆様のご参加をお待ちしております。
状態
完了
報酬マテリア
5個  1個  1個  1個
22モル 
参加費
100LP [予約時+50LP]
相談日数
7日
参加人数
8/8
公開日
2018年06月13日

†メイン参加者 8人†



●三手に分かれる
 『空を泳ぐ』ツツジ フェヴリエ(CL3000009)は、サンクディゼールの中ほどで開かれている市場へ到着した。
「ふーん……」
 この街はイ・ラプセルが誇る王国騎士団の本拠地。騎士団といえば、先にあったヴィスマルク帝国との戦闘により多くの人手を割いた。さらに彼らから独立した自由騎士達も、侵攻を食い止めるのに大きな役割を果たした。それはツツジを含め皆の記憶に新しい。
 だからこそ、思いのほか王都が賑わっていることにツツジは素直に驚いた。人混みを避けつつあちこちに並ぶ生鮮品へと目を向け、ときおり値段を尋ねる。
(モノによってはふっかけてるね)
 季節の青果物以外は微妙な金額だ。戦災による物価の上昇、といえるだろうか。肉がまちまちなのは仕方がないとして、港町が近いにもかかわらず、魚の価格までツツジの知る相場よりは上がっている。市場に慣れていなければ、自分と同じく食材調達を申し出た者たちは言い値で買ってしまうだろう。
「ねえ、この肉いいわね! 頂くわ」
 ほら見たことか。あれは相当高い――
「ヒルダさん!? ちょっと待った!」
 何気なく買い主に目をやれば、そこに立っていたのは今回のチームの一員・『深窓のガンスリンガー』ヒルダ・アークライト(CL3000279)ではないか。ツツジは急いで止めに入る。
「あら? 気が合うわねツツジ。首尾はどう?」
「いちおう目星は付けているけど……ヒルダさん、その牛肉、本当に買うの?」
「ええ。せっかくだからなるべくいいものを用意しないとね」
 なるほど。その考えもわからなくはない。それに彼女の目利きは十分らしい。確かに身が締まって、適度な脂もある上等な品だ。だが……
「ねえ、相手は『お馬さん』だよ? そこまで高いお肉でなくても……」
 声を抑えて話すツツジに、ヒルダはきょとんとする。
「でも普通の馬じゃないわ。『肉喰い馬』よ。どうせなら肉で釣ってみたくなるじゃない」
「まだ肉喰いなのかはっきりしていないでしょう?」
 それどころか、噂の馬がイブリースかどうかさえわからないのだ。そう言いたげに困惑しているツツジに、ヒルダは楽しげな笑みを向ける。
「だからよ。馬が肉に興味を示したら、明らかにおかしい。それで判断できるのではなくて?」
「……わかったよ」
 ヒルダの指摘はもっともだ。ツツジは観念してため息を吐くが、すぐに表情を一変させる。
「此処は良い物を扱っているね。店も広い。あなた、市場に出て長そうだ」
 二人を不審がる店主へ、つとめてにこやかに声を掛けた。ツツジは隣のスペースにある青果の棚と、ヒルダが買おうとしていた肉を指差して続ける。
「それなら僕の身なりを見ればわかるでしょう? 貴族で、騎士様なの。でも子供だからお小遣い程度しか持ってないんだ……。お勉強、してくれるでしょ?」
 あどけない笑顔だが、それは逆らいがたい威圧に満ちている。店主は背筋を震わせ、引き攣った笑みを浮かべ頷いたのであった。

 ヒルダはツツジに礼を言ってから待ち合わせ場所へ急いだ。他の仲間はすでにたどり着いて、キイチゴを採り始めているところだろう。
 キイチゴ探しには苦労すると誰もが思っていたが、ヒルダが市場に出かけたそのころ、『隻翼のガンマン』アン・J・ハインケル(CL3000015)が任せておけ、と言った。とある筋があるのだそうだ。
「ン~~! すっぱい! キイチゴって見た目のわりにけっこー毒々しいよね!」
「渋み苦みだな。野生ならこんなものさ。ひどいのは弾いて良い」
「りょうかーい。アンちゃん頼りになるっ」
 茂みの先で明るい談笑が聞こえる。特徴的な表現からして『マザり鴉』アガタ・ユズリハ(CL3000081)か。後に応じた穏やかなのがアンだとすれば――ヒルダは確信した。
「待たせてしまってごめんなさい!」
「あ? 遊びじゃねェんだからチンタラすんなよ」
 彼女の謝罪をばっさり切り捨てたのは『幸運の首狩り白兎』ハクト・カキツバタ(CL3000253)だった。彼はヒルダの姿を目にするなり、小太刀を一振り抜いて、その場で軽く素振りしてみせる。白兎のケモノビトだが、見る者によっては愛らしさを感じるであろう身なりとは裏腹に、血気盛んなようである。
「ヒルダさんだって大真面目だよ。随分良い収穫があったみたいだ」
 ハクトを柔らかい物腰でなだめた『挺身の』アダム・クランプトン(CL3000185)は、ヒルダの抱えている肉の入った麻袋に視線を移しそう言った。
「二人には会えた?」
「ツツジは見かけたけれど、そういえばマリアがいなかったわね……」
 市場で食材を調達しようとしていたのは、ツツジやヒルダ、マリア・スティール(CL3000004)の三人だ。マリアはその中で一番早くに出発した。小柄な身体をさらに小さく思わせる大きな盾を持ち、見た目に出る部分のほとんどが機械化されている。人の多い市場であれ多少は目立つ風情だろう。
「そうか……。先に厩舎に戻っているかもしれないね」
 アダムは思案顔でつぶやく。
「ところで、キイチゴはどれくらい採れたのかしら?」
「じゃっじゃーん! アンちゃん……いや、アン先生の大活躍でたっくさーんだよ!」
 ヒルダの質問に得意げに答えたのはアガタ。足元を見るとなるほど、実の大小はさまざまだが、甘そうなキイチゴの山ができている。ところどころに熟れすぎたのか変色したものも見受けられるが、成果としては上々か。ヒルダは当初より早めに合流したつもりであったが、もうこんなに採れているのなら、とある筋とやらもうまく機能したのだろう。
 功績をたたえられたアンはアガタの横で苦笑した。
「なに、野生のものにちょっとした心得があるだけさ」
「まあ! 謙遜しないで良くてよ。これは全部アンが?」
「みーんなで採ってー、甘いかどうかの判定はアンちゃん大先生にお任せーって感じ」
「あんたはほとんど周りの草だか雑草だかに夢中だったろうがァ」
「なぁんのことー? アガタさんちょっとわかんなーい」
「ハクト君、草も雑草もぜんぶ草だよ」
 アンの脇を小突くアガタについてチクるハクトに、アダムがすかさず冷静に指摘する。その一連の流れがあまりにもスムーズで、ヒルダは笑いをこらえきれない。
「凄く仲良くなったのね」
「……こ、ここ最近の戦で心休まる事がなかったからね。良い気分転換になったんじゃないかな?」
 ヒルダへ応じたアダムの声音がなぜか急に上擦った。ヒルダが不思議に思ってアダムへ視線を向けるも、ものすごい勢いで顔を逸らされてしまう。
 が、気にせずヒルダはキイチゴのひと粒を指でつまみ上げた。遠くに狙いを定めているようだ。
「それじゃあ、あたしにも教えてちょうだい? 『狩り』なら負けていられないもの」

 王都の厩舎は、敷地のわりに設備が狭い。『梟の帽子屋』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)は、諸々の事情を聞いた後、馬房のある建屋から出て周囲を偵察していた。その結果至った率直な感想である。
 入口からすぐの通路に沿って手前と奥に一頭ずつ、互いを背にして整然と並ぶ馬たち、数十組。どうやら各部屋の中央付近に間仕切りがあるようだ。また、奥へ伸びる通路の交点に立つと、突き当たった壁には入口と同じく鉄柵が見える。その先は開けているが光はこちらまで十分に届かない造りになっていた。
 そしてこの建屋の裏手にあたる世話係の詰所へ行ってみれば、中途半端に手の施された空き地があった。木々が適度に切り倒されただけで終わっている。
 この広さなら、と、外へ誘い出すことになり、アンネリーザは情報収集役となった。文字通り人一倍広い視野を持っているからだ。空き地を使うにしてもどうやって誘導するか――。考えるアンネリーザの視界にふっと動くものが入ってきた。
「マリア」
 詰所のある方角から、小さな人影が近付いてくる。影が大きくなるにつれ何かが地面に擦られているような音が続いた。
 ……おそらく、見えてきた盾と麻袋だろう。
「ただいま! 兵士のおっちゃんに確認取れたぜー。あそこなら兵士さん以外にゃ誰も入んないんだってさ」
 呼びかけられたマリアは立ち止まると、結び目が硬く絞られた袋の口を解いていく。
 すぐに中から大量のトウモロコシとリンゴが顔を出した。トウモロコシは粒が立っていてリンゴはたまに虫食いがあるけれど、甘い香りが鼻をくすぐる。アンネリーザは目を見張った。
「グレーナ、歯ごたえあるのが好きなんだってさ。あーあと、キイチゴきたら即席ジャムにでもして……肉は高くて参ったぜ」
 これだけあれば大丈夫と思いたいけど、と腸詰肉が放られる。
「……グレーナ?」
 聞き慣れない名だ。アンネリーザが首をかしげたそのとき。
――キュイイイィィンン……
 すぐ後ろで甲高いいななき。黒い影が重くのしかかる。
「伏せろ!!」
 マリアが吼えた。大盾を掲げてすぐさま振り下ろし、物体が届かんとする打点を覆い隠す。『柳凪』の構えで抑えられた衝撃のいくらかが硬い金属を伝って、マリアの鎧にまで到達する。痛覚はないが無意識に舌打ちした。

●邂逅
「間に合ったみたいでよかった」
 厩舎へ向かうオラクルの耳に、声が空から降ってくる。ツツジが灰色羽を広げて悠々と飛んでいるのだ。
「さっきの鳴き声聞こえたでしょう? 僕も今戻ってきたところなんだけど。急いだ方が良いかも」
「……言われなくてもそーすんだろ!」
 走るハクトの足取りが一段と速まっていく。そうして助走し、敷地へたどり着くと同時に高く跳び上がる。
 他のメンバーも一様に構えた。
「ヒャッハー!!」
 眼前・厩舎の入り口の闇に同化して不気味なほど青黒い毛並みの馬が一頭。今まさに何者かへ襲いかかろうとしているではないか。
 ハクトは軽く舌なめずりして爛々と目を輝かせた。
(ゴアイサツだぜ、『肉喰い馬』さんよォ……こっちを見やがれェ!)
 両の小太刀はもう抜き取っている。銅と頸、狙うは二か所。胸に湧きあがる狂おしいほどの殺傷衝動を出来る限り押し込み、瞬足で差し迫る。
「!」
 しかし並々ならぬ殺気を察したか、馬は蹄で対象を蹴っただけで、体を即座に転回させて奥へ逃げ込んだ。
 アンとヒルダが二人の自由騎士へ駆け寄り、少し遅れてアダムが続く。アガタはその背後で小さな生き物に何やら指示をしている。
「アイツが例の『肉喰い馬』ってやつか? 姿はよく見えなかったが……」
「二人共、大丈夫なの!?」
「オレもぜんっぜん見えなかったけど、すげー力で蹴られたのはわかった! 警戒されてんのかな?」
「油断してたよ……マリアがいなかったら危なかったかも」
 マリアはアンに、アンネリーザはヒルダに応えながらため息をこぼす。
「なるほど……やっぱり後ろから襲うのが好きみたいだね。軍属としてどうなんだか」
 ツツジの声音は余裕を帯びているが、その表情は冷たく険しい。闇を睨む瞳を細め吐き捨てた。
「とにかく皆揃ったんだし、早めに仕掛けないとねー!」
 アガタがホムンクルスを携えて笑顔で振り返る。ついでにウインクまでした。準備万端らしい。
 アンネリーザが全員に言い放つ。
「ついてきて」

 まずは肉で様子を見る。これはヒルダの担当。マリアと、ハクト・アン・アダムは空き地に先回り。アンネリーザは厩舎の屋根から俯瞰して戦況把握。アガタはホムンクルスと、役割をこなしたヒルダと合流し、建屋の入り口から出てぐるりと迂回し馬を空き地へ誘導する。
 ……そして。
 ツツジは、馬達を戦闘に巻き込まれないよう各自のスキル範囲から離れた場所へ避難させる。事情を知る外部からのサポートもあって迅速に終える事ができた。
 アンネリーザの『リュンケウスの瞳』が彼からの合図を見逃さない。空砲を一発。
 それを聞いたヒルダは口元に柔らかい笑みを浮かべる。
「さぁ、グレーナもお食べ」
 『グレーナ』とは、この牝の大馬の名だ。カンテラの灯に照らされてなおも闇に溶けそうなほど暗い紺の体色。脚にはいくつか生々しい傷跡もあるが、見ただけでわかる歴戦をくぐり抜けてきた屈強さは、戦闘経験がある者をも少々恐れをなしそうな風格がある。
 事実、ヒルダもちょっとビビっていた。
 とびきりの肉を買ってきたつもりだ。ちょっとした罠にかける心づもりであったし、かからずともこれが異常な馬であると判別できれば良い。だから恐れはしたが、迷いなく肉を差し出す。
 するとグレーナはちょっとだけ肉に鼻を近づけた後、びくっと大きく震えた。そして息荒く、鋭く高い声でいなないた。頭を大きく振ったので口元から大量の唾液がこぼれる始末である。ヒルダがしめた、と後退るより早く、舌が伸びてきて肉とヒルダを舐め撫でた。
「ぅいやぁあああ~~~~~っ!?」
 厩舎中に響く悲鳴を上げながら、ヒルダが脂の溶け始めた肉を入口へぶん投げる。イブリースが走り始めた瞬間、前方にはアガタがバラバラとキイチゴと、ほぐしたトウモロコシの雨を降らせていた。従うホムンクルスがそれを拾い、ぴょんぴょん跳ねてグレーナの注意を引くのだ。
「ほ~ら大好物だよ~! おいでおいで!」
 グレーナの脚はぐんぐん加速して数秒で馬房の建屋を抜けた。外の日差しにも怯まずまっすぐに、自分より何倍も小さな生き物を追う。アガタはそれと離れすぎないよう適度に距離を保って付いていく。この時ばかりは、『飛行』が使えればいいなと思わないこともない。全速力の馬についていけるような特殊能力は今、持ち合わせていない。
「う、うー……あついよ~、つかれたよぉ~……」
「ふっ!」
 へろへろのアガタの上から、アンネリーザが地面に向かって発砲する。牽制だ。銃声におびえて立ち止まり、耳を平らにしぼるグレーナ。しかし彼女の進路にはアダムが立ちふさがった。
「――あぁああああああッ!!!」
 およそ穏やかな彼らしからぬ剛胆な絶叫と共に繰り出されるは、蒸気鎧装をした籠手による空を裂く『震撃』。
 送られてきた衝撃波の激しさと痛みで青鹿毛はその場に倒れ込む。
 アダムと同時に守りを固めるマリアが、ハクトとアンに目配せした。後ろでアンが愛銃を構えてイブリースのスキを窺う。ハクトが今度は、ひとつの太刀を鼻先に向けて一閃、間を置かずにもう一閃。『デュアルストライク』の剣撃は胴と脚を捉える。が、続く激痛が怒りに変わったのか、ハクトの小太刀ごと弾くようにして前進した。
「ぐああ……ッ!」
 避けるのも、受け身を取る暇もなかったハクトは突進をまともに食らって、空き地内の木々へ叩きつけられた。痛々しい悲鳴に、上空で待機していたツツジが吸い寄せられるように舞い降りて彼の傍へ添った。ツツジが傷の具合を見ながら短くつぶやくとすぐ、辺りにマナ粒子が集いはじめ、癒しの波動へと変化してオラクル達を包み込む。
「アン、撃って!!」
 目の前で仲間が吹き飛ばされたことに少なからず動揺を隠せなかったアンは、その言葉で気を取り直し引き金を引いた。パァアアァン、と長めの残響音。その中に含まれる銃弾はふたつ。どちらも致死に導くのではない。けれどもイブリースの意識がこちらに向いた。正しく言えば、『前方にしか』向いていない。……成功だ。先ほどからの攻撃でグレーナも消耗していることが明白になった。
 その証拠に、直前の声の主を、彼女は追えていない――頭上を跳躍し、グレーナの背後から銃口を差し出す、そのオラクルのことを。
「こんな美少女に相手をしてもらえたなんて、幸運に思ってもいいのよ?」
 ヒルダの優しい声は、正確に頸を狙う銃撃音にかき消された。

●浄化の力
「……ふぅ」
 大きく宙返りしたヒルダの着地は静かなものだった。落ちてゆく身体の軸をしっかりと保ち、地に足を付けた。成し遂げた気持ちとぎりぎりまで高まっていた緊張感が一気に解き放たれ、深く息を吐く。
「やった……のか?」
 イブリースが倒れる間際、すんでのタイミングで横に跳んだアンが問いかける。
 ぐったりする牝の青鹿毛馬――グレーナのたてがみに、そっと触れ、傷口を避けて背を撫でる。
「……!」
 撫でているうち、アンの手の中でグレーナの体躯がほのあたたかくなってきた。瘴気が抜けていく。
 最後の弾はグレーナの頸部に直撃した。それは鉄が肌を突き肉を破った傷口からわかる。ずっと倒れたままだった両耳は立ち上がり、アンの手の感触を確かめるように鼻をこすりつけるが、噛みつこうとも、舌を出そうともしない。
「凄くおとなしいな……」
「どうしてこの子だけイブリース化したのかな……?」
 と、屋根から降りてきたアンネリーザが顔を顰める。
「何処にいても気が抜けない、って奴かね……しかしヤベェな。変異を殺さずに浄化するなんて――他の国が知ったら奪いたくなってもおかしくねぇ。これはそういう力だ」
「ヤバかろうが、それが芸術の手助けになるならオッケー」
 ぼそぼそ零すアンの独り言は、ツツジの早めの治療もあってすぐに回復したハクトのにやにやした軽口に掬われる。いつの間にやらグレーナの頭を乱雑に撫で回していた。
「あっ!?」
 疲労のあまり地に伏していたマリアとアダムはこちらへ歩いてくる団長のフレデリックを見やり、突然頓狂な声を上げる。ついでにマリアは、リンゴをキイチゴの残った麻袋の中に隠した。あからさまに。

†シナリオ結果†

成功

†詳細†


†あとがき†

お疲れさまでした。これにてお馬さんを止めることができました。
MVPはイブリース特定に一役買った方へ。甲乙つけがたく迷いましたが心情に一番説得力があったので。

皆様のプレイングに書き手として大変助けられました。ありがとうございます。
楽しんでいただけたのなら幸いです!それではまた!
FL送付済