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【インディオ】Volcano! 炎の終末訪れし時

●火神イツァムナ
イ・ラプセル一同はパノプティコン領地で抵抗を続けるインディオと接触すべく『鯨型潜航船クルクー』で潜航して上陸する。インディオからの情報で、この周辺は蒸気ドローンがめったにやってこない事は聞かされていた。
上陸した自由騎士達は一目でその事情を察する。山から湧き上がる噴煙。異常なまでの気温。それにより生まれる上昇気流。活発している火山群は蒸気ドローンだけではなく、あらゆる生物の生活を脅かす。ここを通って侵入しようなど、誰も思わないだろう。正に天然の城壁だ。
インディオから山を抜けるルートは聞いている、だがそれも楽な道ではない事も知っていた。道は狭く、環境は劣悪だ。道を一つ間違えれば、引き返すだけでも困難な状況。自由騎士達は慎重に突き進む。
「異国の者達よ。立ち去るがいい」
そんな自由騎士達に声がかけられる。見ると炎が収縮し、一人の人間の影をとった。明らかに普通のヒトではない。魔術に取る幻覚ではなく、そういう幻想種なのだろう。人の形をとった炎はそのまま言葉を続ける。
「私の名前はイツァムナ。火神にして文字と書物を司る者なり。ブル族を守護するため、ここより先に進ませるわけにはいかない」
神――インディオの言う『精霊』の一種だ。力の強い精霊の尊称で、このイツァムナも相応の力を持っていることになる。
自由騎士達は自らの目的を告げるが、それでもイツァムナは首を横に振る。だが自由騎士もここで引くわけにはいかない。ある者は国のため、ある者は個人の信念の為に。
「異国の者達よ。汝らがこの土地に杭を建てた者達と相対しようという意思は理解した。ブル族に助勢したいという気概も納得しよう。
しかし汝らは異国の者。不利になればブル族を切り捨てて生き延びる道を選ぶだろう」
イツァムナの言葉は、煽りのように聞こえるがある意味当然のことだった。誰だって自分の命は惜しい。自分と他人の命を天秤にかけ、自分の命を取るのは生物として正しい判断なのだ。
その上で、イツァムナは問いかける。
「汝らが先に進みたいというのなら、試練を課す。
滅びを前に汝らが立ち上がれるか。終わりを自覚して、信念を手放さずにいられるか。或いは、生き延びるために何かを切り捨てるか。蛮勇や義憤による正義ではなく、己の根幹を自覚した後に進むがいい」
炎が明滅し、轟音が耳朶を奮わせる。一瞬で五感を支配され、立っているのかどうかさえ分からなくなる。
そして目の前に広がるのは――炎に燃える故郷。死が支配する世界。暴力が法律となった国。
これは幻覚なのか? さっきまで自分達は火山を歩いていたはずでは? そんな思いも立て続けに響く悲鳴と爆音が理解させる。そうだ、戦争は終わったのだ。最悪の形で。全ては炎に飲まれ、敵国が祖国を蹂躙し、暴力だけが身を守る術となったのだ。
貴方は、この世界でどう生きますか?
イ・ラプセル一同はパノプティコン領地で抵抗を続けるインディオと接触すべく『鯨型潜航船クルクー』で潜航して上陸する。インディオからの情報で、この周辺は蒸気ドローンがめったにやってこない事は聞かされていた。
上陸した自由騎士達は一目でその事情を察する。山から湧き上がる噴煙。異常なまでの気温。それにより生まれる上昇気流。活発している火山群は蒸気ドローンだけではなく、あらゆる生物の生活を脅かす。ここを通って侵入しようなど、誰も思わないだろう。正に天然の城壁だ。
インディオから山を抜けるルートは聞いている、だがそれも楽な道ではない事も知っていた。道は狭く、環境は劣悪だ。道を一つ間違えれば、引き返すだけでも困難な状況。自由騎士達は慎重に突き進む。
「異国の者達よ。立ち去るがいい」
そんな自由騎士達に声がかけられる。見ると炎が収縮し、一人の人間の影をとった。明らかに普通のヒトではない。魔術に取る幻覚ではなく、そういう幻想種なのだろう。人の形をとった炎はそのまま言葉を続ける。
「私の名前はイツァムナ。火神にして文字と書物を司る者なり。ブル族を守護するため、ここより先に進ませるわけにはいかない」
神――インディオの言う『精霊』の一種だ。力の強い精霊の尊称で、このイツァムナも相応の力を持っていることになる。
自由騎士達は自らの目的を告げるが、それでもイツァムナは首を横に振る。だが自由騎士もここで引くわけにはいかない。ある者は国のため、ある者は個人の信念の為に。
「異国の者達よ。汝らがこの土地に杭を建てた者達と相対しようという意思は理解した。ブル族に助勢したいという気概も納得しよう。
しかし汝らは異国の者。不利になればブル族を切り捨てて生き延びる道を選ぶだろう」
イツァムナの言葉は、煽りのように聞こえるがある意味当然のことだった。誰だって自分の命は惜しい。自分と他人の命を天秤にかけ、自分の命を取るのは生物として正しい判断なのだ。
その上で、イツァムナは問いかける。
「汝らが先に進みたいというのなら、試練を課す。
滅びを前に汝らが立ち上がれるか。終わりを自覚して、信念を手放さずにいられるか。或いは、生き延びるために何かを切り捨てるか。蛮勇や義憤による正義ではなく、己の根幹を自覚した後に進むがいい」
炎が明滅し、轟音が耳朶を奮わせる。一瞬で五感を支配され、立っているのかどうかさえ分からなくなる。
そして目の前に広がるのは――炎に燃える故郷。死が支配する世界。暴力が法律となった国。
これは幻覚なのか? さっきまで自分達は火山を歩いていたはずでは? そんな思いも立て続けに響く悲鳴と爆音が理解させる。そうだ、戦争は終わったのだ。最悪の形で。全ては炎に飲まれ、敵国が祖国を蹂躙し、暴力だけが身を守る術となったのだ。
貴方は、この世界でどう生きますか?
†シナリオ詳細†
■成功条件
1.炎の終末を生きる(絶望して自殺しなければ成功です)
どくどくです。
バッドエンドをお届けします。まあ、偽なんですが。
このシリーズは全2回のシリーズ物です。そこで得られた結果を元に、パノプティコン領『港町3356』攻略を行うことになります。
本シナリオ参加時、次回同タグの依頼の参加優先権が得られます。
●説明っ!
唐突にイ・ラプセルは滅びました。
イ・ラプセルの火山が活発化し、これまで眠っていた休火山も噴火。地面からは炎が吹き上がり、大地を蹂躙して多くの命を奪いました。
生き残った人達は寄り添うように炎の届かない場所に避難していましたが、そこをヴィスマルクとパノプティコンが同時進行。イブリースも多発しています。自由騎士達は抵抗を続けていますが、勝機はありません。
生き残った人達を守りながら必死に抵抗を続ける自由騎士達。それが貴方達です。そして貴方達は敵国から投降を呼びかけられています。応じれば敵国で相応の地位を得れますが、イ・ラプセル国民はその国の奴隷となるでしょう。
そんな状況の中、貴方はどうしますか? というのがこのシナリオの根幹です。
勿論、この終末はイツァムナが生み出した幻覚世界です。ですが、戦えばリソースを削られますし、ケガをすればフラグメンツは普通に削れます。選択次第では重傷を負うこともあり得るでしょう。敵国に投降すればその限りではありませんが。
自由騎士達は全員バラバラの状態です。孤独な戦いになります。スキルやアイテムなどは普通に使えますが。マキナ=ギアで連絡を取り合う事はできません。
●敵情報
・イブリース(数多数)
イブリースです。負の気配を察してか、或いは死人の数が増えたからか、その数は多いです。言葉は通じず、人間は皆殺しにかかります。種類は様々。元イ・ラプセル国民の還リビトは、日を増すごとに数が増えていきます。
一度に襲ってくるのは4体ぐらいですが、それが断続的に襲ってきます。
・ヴィスマルク兵(数多数)
イ・ラプセルに侵攻したヴィスマルク兵です。捕らえたイ・ラプセル国民はその場で殺されるか、慰み者にするつもりです。投降すれば『あなた』は大尉相当の地位を得られます。
5人チームで決まった時間に投降を呼びかけ、襲い掛かってきます。
・パノプティコン兵(数多数)
イ・ラプセルに侵攻したパノプティコン兵です。言葉は通じません。『あなた』も含めて、捕らわれたイ・ラプセル国民はパノプティコン最下層となって労働に服することになります。ですが、生活の保障はあります。『あなた』の実力をもってすればすぐに上層の地位に上がることはできるでしょう。
5人チームで決まった時間に投降を呼びかけ、襲い掛かってきます。
●NPC
・イ・ラプセル国民(10人ほど)
『あなた』に庇護されているイ・ラプセル国民です。彼らを生かすためには外敵から身を守り、食料を手に入れ、希望を与える必要があります。自由騎士には(それ以外に寄る辺がないという理由で)従順ですが、戦闘能力は皆無です。
冷たい言い方をすれば、足かせです。見捨てるのも選択肢の一つでしょう。
●場所情報
イ・ラプセルにある廃墟。雨水こそ防げますが、壁に穴が開き、常に危険にさらされています。最低限の生活が出来る程度で、文明など程遠いです。
外気温は30度近く。空と大地は火山灰で覆われ、空気は澱んでいます。悲鳴は何処からも聞こえてきます。いずれ死と言う静寂が街を包むでしょう。
どれだけ生き延びればいいか、など誰にもわかりません。希望が見えない世界なのです。
判定は難易度相応に。プレイングだけではなくステータスシート等も判断基準に含めます。どのような選択をしたとしても、成功条件さえ満たせばイツァムナは通してくれますのでご安心を。
皆様のプレイングをお待ちしています。
バッドエンドをお届けします。まあ、偽なんですが。
このシリーズは全2回のシリーズ物です。そこで得られた結果を元に、パノプティコン領『港町3356』攻略を行うことになります。
本シナリオ参加時、次回同タグの依頼の参加優先権が得られます。
●説明っ!
唐突にイ・ラプセルは滅びました。
イ・ラプセルの火山が活発化し、これまで眠っていた休火山も噴火。地面からは炎が吹き上がり、大地を蹂躙して多くの命を奪いました。
生き残った人達は寄り添うように炎の届かない場所に避難していましたが、そこをヴィスマルクとパノプティコンが同時進行。イブリースも多発しています。自由騎士達は抵抗を続けていますが、勝機はありません。
生き残った人達を守りながら必死に抵抗を続ける自由騎士達。それが貴方達です。そして貴方達は敵国から投降を呼びかけられています。応じれば敵国で相応の地位を得れますが、イ・ラプセル国民はその国の奴隷となるでしょう。
そんな状況の中、貴方はどうしますか? というのがこのシナリオの根幹です。
勿論、この終末はイツァムナが生み出した幻覚世界です。ですが、戦えばリソースを削られますし、ケガをすればフラグメンツは普通に削れます。選択次第では重傷を負うこともあり得るでしょう。敵国に投降すればその限りではありませんが。
自由騎士達は全員バラバラの状態です。孤独な戦いになります。スキルやアイテムなどは普通に使えますが。マキナ=ギアで連絡を取り合う事はできません。
●敵情報
・イブリース(数多数)
イブリースです。負の気配を察してか、或いは死人の数が増えたからか、その数は多いです。言葉は通じず、人間は皆殺しにかかります。種類は様々。元イ・ラプセル国民の還リビトは、日を増すごとに数が増えていきます。
一度に襲ってくるのは4体ぐらいですが、それが断続的に襲ってきます。
・ヴィスマルク兵(数多数)
イ・ラプセルに侵攻したヴィスマルク兵です。捕らえたイ・ラプセル国民はその場で殺されるか、慰み者にするつもりです。投降すれば『あなた』は大尉相当の地位を得られます。
5人チームで決まった時間に投降を呼びかけ、襲い掛かってきます。
・パノプティコン兵(数多数)
イ・ラプセルに侵攻したパノプティコン兵です。言葉は通じません。『あなた』も含めて、捕らわれたイ・ラプセル国民はパノプティコン最下層となって労働に服することになります。ですが、生活の保障はあります。『あなた』の実力をもってすればすぐに上層の地位に上がることはできるでしょう。
5人チームで決まった時間に投降を呼びかけ、襲い掛かってきます。
●NPC
・イ・ラプセル国民(10人ほど)
『あなた』に庇護されているイ・ラプセル国民です。彼らを生かすためには外敵から身を守り、食料を手に入れ、希望を与える必要があります。自由騎士には(それ以外に寄る辺がないという理由で)従順ですが、戦闘能力は皆無です。
冷たい言い方をすれば、足かせです。見捨てるのも選択肢の一つでしょう。
●場所情報
イ・ラプセルにある廃墟。雨水こそ防げますが、壁に穴が開き、常に危険にさらされています。最低限の生活が出来る程度で、文明など程遠いです。
外気温は30度近く。空と大地は火山灰で覆われ、空気は澱んでいます。悲鳴は何処からも聞こえてきます。いずれ死と言う静寂が街を包むでしょう。
どれだけ生き延びればいいか、など誰にもわかりません。希望が見えない世界なのです。
判定は難易度相応に。プレイングだけではなくステータスシート等も判断基準に含めます。どのような選択をしたとしても、成功条件さえ満たせばイツァムナは通してくれますのでご安心を。
皆様のプレイングをお待ちしています。
状態
完了
完了
報酬マテリア
5個
5個
5個
5個




参加費
100LP [予約時+50LP]
100LP [予約時+50LP]
相談日数
6日
6日
参加人数
8/8
8/8
公開日
2020年07月17日
2020年07月17日
†メイン参加者 8人†
●
「死が蔓延する世界か……」
セーイ・キャトル(CL3000639)は燃える故郷を見て静かに呟いた。大地を焦がす熱気。空を覆う火山灰。そして所何処で聞こえる悲鳴。それが明確な『死』をセーイに伝えてくれる。もはや覆すことのできない終わりを。
(これがイツァムナ……火の精霊の幻覚なのは解る。だけどこの人達がイ・ラプセルの国民であることも分かる)
セーイの後ろには絶望に打ちひしがれた人達がいる。これも幻覚の一部で、見捨てても現実の命がなくなるわけではない――という事を心のどこかで理解しながら、同時に国民を見捨てられない自分もいる。見捨てれば、自分自身が死んでしまうようなそんな感覚。
(なんであの精霊はこんな試練を? ……いいや、それはいい。今は彼らを守らないと)
幻覚と認識していたのはわずかな時間。セーイは国民たちを守るために移動を開始する。とにもかくにも食糧だ。十人分の食べ物を用意できなければ、餓死するのは目に見えている。
「皆、海に向かおう。そこに行けば魚がいる。捕まえて食べれば飢えはしのげる」
セーイの言葉に頷く国民たち。今の彼らにとって、セーイの言葉と行動力は希望だ。すがるように頷き、海を目指す。
しかし、それは苦難の道のりだった。
「これで終わりだ!」
10人を連れての行軍は目立つ。ヴィスマルクの兵に見つかり、パノプティコンの軍勢と遭遇し、そしてイブリースに襲われる。拠点に籠っているのなら防衛は楽だが、一人で10人を守りながらの戦いは――
「きゃああああああああ!」
「助けて、助け――!」
ある者は敵兵にさらわれ、ある者はイブリースに殺され。海に着くころにはセーイと共にいる国民は僅か3名となっていた。夜間に移動するなど、見つかりにくい移動を行えばあるいは――いや、今はそれを後悔している余裕もない。
「……はは。そうだよな。海が安全だなんて、そんなわけもなかったか」
海岸には巨大化したカニと空を泳ぐサメ。跋扈するイブリース化した海産物。それはセーイ達に牙をむく。
生きる為の戦いは、これから始まる。最後まで絶望なんてしてやるか。ミモザの花びらを見て、セーイは武器を手にする――
●
「……インディオ……アナ……助ける、為に……」
ノーヴェ・キャトル(CL3000638)は火山を進む際に刻んでいた思いを口にする。パノプティコンの大地で抵抗するインディオと、それを守るために敵に下った王族1734。彼らを守るのだ。その想いは消える事はないが、今は目の前の事に集中しなくては。
「10人を……皆を、守る……」
決意を口にするノーヴェ。それは簡単なことではない。安心して生活できる場所は失われ、外敵は多い。生きる為に必要な者は多く、その全てが失われている。今いる廃墟も、防衛施設としては不適切だ。
「沢山を……『あたたかい』に……する」
ノーヴェは刃を振るう。イブリース、ヴィスマルク、パノプティコン。それら全ての悪意から国民達を守るために。どれだけ戦えばいいのかわからない。どれだけ退けても終わらない。それでもノーヴェは絶望しない。
(私より……アナ、の方が……たくさん、守っている、から)
パノプティコンに下った彼女の方がつらい戦いをしている。ただ一人、孤独の中で誰にも理解されずに仲間達の為に戦っているのだ。それを思えば絶望などしていられない。熱い空気を肺の中に注ぎ込み、吐き出すように刃を振るう。
だが、絶望しないのはノーヴェのみ。先の見えない生活に疲弊する国民達。ノーヴェの頑張りを見てまだ大丈夫と思う反面、傷つくノーヴェを見て現実を見せつけられる。
「大丈夫、星を……見て」
そんなときはノーヴェは夜空を指差す。火山灰で濁った夜空に、僅かに光る星。それは絶望に飲まれたイ・ラプセルに輝く希望にも見えた。この火山で滅ぶ水の国。それでも消えぬ輝きがあるのだと。
「大変……でも、生きる事を、諦めない……」
失われた者は多い。ノーヴェもすべてを守れたわけではない。それでもまだ生きている。
「あきら、める……の、は……したくない……」
生きているなら、諦めない。希望が見えなくても、空には星が輝くのだから――
●
(皆様は無事でしょうか……)
額の汗をぬぐいながら『愛の盾』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)は静かに思う。活性化したか残胃より気温は増し、断続的にやってくるイブリースや敵兵によって休まる余裕もない。どこか遠くで戦っているであろう仲間達のことを思いながら、自らに活を入れるデボラ。
(とはいえ、現状維持では意味を為しません。現実的な案を考えなくては……)
通商連との取引は『イ・ラプセルが国として体裁を保てない』為に意味をなさなかった。通商連を通じてパノプティコンかヴィスマルクに売られるのがオチだ。
(……結局、他国に屈するしか道がないのでしょうね)
それが現実。このまま抵抗を続けていれば、イブリースに殺されるか食料難で飢えて死ぬかの二択だ。誇りを捨てても生きていける。それがどれだけ劣悪でも、命はあるのだから。
「――皆さん、このままでは死を待つばかりです。……パノプティコン側に投降しましょう。
あそこならヴィスマルクと違い、生きることが出来るはずです」
苦渋の選択。だがそうすることでしか生きる道はない。そう判断しての決断だ。デボラの言葉に落胆する国民達。だが彼女の言葉にも一理あるのも事実だ。
「自死することを止めません。国の誇りを抱くことを、悪と言うつもりはありません」
その言葉に従い、命を絶ったのは八名。それは誇りを選んだというよりは、絶望のまま生きる事を拒んだに過ぎない。悲しくはあったが、それもまた選択なのだとデボラは頷く。
(彼らを殺したのは、私だ)
自死、という選択を与えたとはいえ、その事をデボラの心は強く感じていた。パノプティコンに投降し、命を絶つことを認めた。この時『生きていれば希望がある』と強く諭していれば、デボラの奮闘を感じ取って生きようと思ったかもしれない。だが――デボラは死という選択を与えてしまった。良し悪しの問題ではない。ただ、死という選択を与えたのは、デボラなのだ。
(彼らを殺したのは、私だ)
その想いは、彼らの死は、デボラの心から離れない――
●
「さすがに火山と溶岩には勝てないよなあ。ハハハ……」
『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)はイ・ラプセルの現状を知り、絶望する。肌を焼くような空気。火山灰の匂い、乾いた大地。少し歩けば、溶岩が流れるクレヴァスも見える。
「よしみんな! ここでじっとしてても、結局最後は飢え死にだ!
まずは海まで出よう! そこから、なんとか船を手に入れて、脱出するんだ!」
ナバルの言葉に頷く国民達。廃墟を捨て、海に向かって必死に突き進む。だが――
「くそ……!? この道も駄目か!」
火山により変化する地殻。それにより大地は崩れ、巨大な亀裂が走っていた。そのたびに足を止め、別ルートを探し、イブリースに遭遇し、他国の兵士と戦い、そうして何とか海にたどり着いても――
「船を作るって……はは、その為の道具探しからじゃないか。いいや、安全な場所の確保からか」
サバイバルに長けるナバルは、いかだを作るのに必要な事を計算して絶望する。一〇人近くの人間の安全確保、いかだを作るための木を切る道具とそれを結ぶロープ。そして何よりも――
「イブリースが来たぞ!」
「うわあああああああ!?」
イブリース化した海洋物。ナバルが如何に防御に長けていても。拠点すらない状態で人を守り切ることは不可能だった。惨劇が、始まる――
「嫌だ、やめろ、奪うな! この人たちは、オレは、オレたちは、ただ普通に生きていたかっただけなのに!」
普通に生きる。それすらも適わない。それが戦争。それが自然の驚異。
多くの命が失われ、生き残るために多くを殺した。そうしてナバルがたどり着いた先は――
「ああ、ここは……オレの畑」
ジーロン村の光景。かつて自分が耕していた畑。
先祖が開墾し、代々受け継いできた畑。そうだ、先祖代々自然を乗り越えてきた証だ。戦争なんかに、自然なんかに負けてたまるか!
鍬を持ち、土を耕す。周りに誰もいないけど、周りは脅威ばかりだけども。それでもナバルが生きる為の希望はそこにあった。
●
「籠城しかないネ」
『ペンスィエーリ・シグレーティ』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)は現状から導き出せる最適解を告げる。廃墟を出て突き進めば守りはなく、此処より安全な場所を見つけられる可能性は不明だ。下手に動くよりは、ある程度の安全性を保てる廃墟に留まるのが生き残る確率は高まる。
(まあ、それも助けが来るという前提なんだけど)
だが、籠城するにしても『何時まで』という懸念がある。いつかは助けが来ることを期待して、留まるのが籠城戦の基本だ。運よく仲間の自由騎士達が助けに来てくれることを願うしかない。……そんな都合のいい話が起きると思うほど、アクアリスは楽観的ではないのだが。
(とにかくボクには戦闘力がない。見つかれば隠れるか逃げるかしかないからネ)
純ヒーラーのアクアリスは、とにかく敵と遭遇しない事に力を注いだ。聖水を巻いてイブリースを遠のけ、建物に迷彩を施して誰もいないように偽装する。息を殺して敵兵が通り過ぎりるのを待ち、見つかれば我が身を囮にして何とかしのぐ。
(かつてのボクなら迷わず自らの命を最優先していたのに。どうしてボクは今、彼らを庇っているのだろう?)
アクアリスは研究員だ。自由騎士に所属しているのも、時代の流れに沿っただけで国に対して強い信念があるわけではない。国民を身を挺して守るような、そんな熱血漢は持ち合わせていないのに。
(――ああ、もう。キミのせいだからネ。騎士道なんてボクには似合わないのに)
脳裏に浮かぶのは、ヘルメリアで出会ったとある蒸気騎士。ヘルメリア国民を守るために戦い、そして戦う理由が砕けてもなお槍を振るった一人の男。
「正義。ヒトの自由と尊厳を守ろうとするコト。それがキミが最後まで抱きつつけたコトなんだネ」
その蒸気騎士は今ここにはいない。
だけどその想いはここにある。アクアリスは自分の胸に手を当てた。
心臓が鼓動したのを感じた。大事なモノはここにある。それだけで、戦う事はできる。
●
『全てを守り、全てを救う』
それは『朽ちぬ信念』アダム・クランプトン(CL3000185)の信念だ。
アダムはけして現実が見えていないわけではない。現実を知り、悲劇を知り、己の無力を知り、それでもなお叫ぶ。
「僕は全てを守り、全てを救う!
我が名は騎士アダム・クランプトン! ヒトを守りし者! ヒトを救いし者! 恐れる必要ない! 嘆く必要はない! 貴方達の隣には騎士がいる!」
強く。一片の穢れもなくそう叫ぶ。そこに民を騙そうという欺瞞の心はない。心の底から全てを守り、そして全てを救おうとする騎士がいた。
だが――現実は騎士物語ではない。強い信念と宣誓を持つ騎士に聖剣が与えられるわけではない。汚れなき騎士に聖盾が与えられるわけではない。アダムの戦いは、苦難に満ちていた。
「まだだっ! まだ戦えるっ!」
身を挺して民を守り、力の限りに敵を振り払い、しかしそれでも届かぬ事がある。全力を尽くしてもこぼれる命がある。そのたびに嘆き、苦しみ、そしてまた立ち上がる。涙が渇く暇もなくまた失い――
「まだ、諦めない……! この世界には、嘆きの声があるのだから!」
それでもアダムは立つ。ヒトを守るため、ヒトを救うため。それがアダム・クランプトンの信念だから。この鋼の身体が少しでも動く限り、その信念が消える事はないのだ。
イ・ラプセルの民を救った後は、ヴィスマルクの人達を、そしてパノプティコンの人達を。いいや、国など関係ない。種族など関係ない。幻想種も、精霊も、神であっても救う。それが騎士としての信念だ。
たとえ体が砕けても。たとえ心が砕けても。最後の一欠片が砕け散るまで信念を抱き、突き進む。
『全てを守り、全てを救う』
アダム・クランプトンの信念だ。
だがその『全て』の中に、自分自身は含まれていない――
●
「私は――」
『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)は戦う道を選んだ。
より正確に言うならば、この状況で『戦わない理由』を見つけることが出来なかった。
例えば武器を失い、指一つ動かせなかったとしてもミルトスからすれば『戦わない理由』にはならない。その状況でも戦う術を見つけ、抗うことが出来るからだ。
信仰する女神を失い、戦いの果てを目指すために敵に向かって突き進む。ある意味それは『戦い』の放棄だ。生きる事を捨てたただの突貫だ。だが、ミルトスには守るべき民がいた。『枷』ともいえるそれらは、ミルトスを修羅ではなく『ヒト』に戻した。
(私は――)
それはミルトス・ホワイトカラントにとって必要な事。
暴力を愛し、闘争を愛し、戦火に身を置くホワイトカラントの生み出した『失敗作』。いつか闘争の果てに終わるのだと思っていた自分を、人間として扱ってくれたあの女神。暴力が嫌いなのに、暴力を愛する自分を愛してくれた水の神。
彼女こそが、ミルトスをヒトとして留める理由であり楔であり、そして枷だった。獣でもなく鬼でもなく、人の理と言う楔に自分を留めた――女神だった。
何者も、ミルトスの『戦う理由』にはなりはしない。戦う事、それは当然のことだから。
大事なのは戦わない理由。戦わなくていい理由。その有無こそが、ミルトスにとって重要で、そしてそれこそが『失敗作』である自分が歩き続ける理由。
「私は――人間になりたかったのです」
暴力を愛し、闘争を愛し、ヒトである理由を失えば修羅となるだろうミルトス。ホワイトカラントの失敗作。その全てを抱えたモノの、求めた事。
さあ、戦おう。ヒトとして、『私』として。民を守り、生き抜くために。
希望はまだ見えないけど、それでも『戦わない』理由はないのだから。
●
「……今日で、何日目かしら?」
壁に日時を示す傷をつけながら『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)はため息をつく。愛用のライフルの手入れをしながら気分を保つ。何かをしていると、それだけで気が紛れていく。
徹底抗戦を選んだアンネリーザだが、正直未来は見えなかった。仲間の自由騎士に会えればと言う希望はいつの間にか消えた。還リビトを撃つたびに感じていた嘆きも、いつしか作業として割り切れるようになってきた。
(……限界ね。正直、今の状況が彼らを守り切れているとは言い切れない)
戦い続けることで疲弊したアンネリーザの心は、少しずつ折れてきていた。守るべき民も度重なる襲撃でその数を減らし、今では片手で数えられる程度だ。そんな状況でも、満足して『護れている』とは言い難い状況だ。
(投降するならパノプティコンかしら。管理されてしまうけど、ヴィスマルクみたいに戦争で『消費』されることはないはず……)
最初は希望をもって戦っていたアンネリーザも、終わりのない戦いに投降を考えていた。然もありなん。生きる事が大事なら、その選択肢は優先される事だ。終わりのない抵抗は、緩やかな自殺に等しい。
生きる事。それが大事なのは、アンネリーザも分かっている。分かっている、のに――
「駄目よ! 自由を失って、生きているなんて言えない! 私は皆を守るって誓ったんだから!」
それでも、自由を失うわけにはいかなかった。鎖に縛られ、呼吸をしているだけの生活が『生きて』いるとは言えない。好きな帽子をかぶり、好きなことをして笑うことが出来ない社会は、正しいなんて言えない!
「私は自由騎士アンネリーザ・バーリフェルト!」
叫ぶ。声を大にして、自由を守る騎士であることを示すために。それが敵兵を呼び寄せ、イブリースを誘うことになっても構わない。
「自由を守る者として決してあなた達に屈しない!」
声は確かに。宣誓は確かに。それはアンネリーザ自身の心に強く刻まれる。
この選択が正しいかどうかなんてわからない。明日には消えてしまう命かもしれない。
それでも、この約束を破っていいはずがない。自由を手放していいはずがない。
愛用のライフルを手にする。心は折れそうになったけど、それでもまだ戦える。
明日もまた、壁に傷を刻むだろう――
●
炎は消え、そして滅びの世界も消える。
時間にすれば数秒足らず。気が付けばイツァムナの姿もなかった。
あの世界は幻覚だったが、それぞれが抱いた想いも誓いも傷も、そのままだ。救えなかった国民の痛みも背負い、歩き出す。
あの世界は確かに幻覚だ。架空の世界で、存在しない可能性だ。
だが忘れることなかれ、終わりの可能性は間違いなく存在する。戦争に敗戦して国が亡びる可能性は今も語られる。虚無の世界が訪れる未来は、今も水鏡に色濃く残っているのだ。
その時も自由騎士達が信念を失わずにいられるか否か。それは――
「死が蔓延する世界か……」
セーイ・キャトル(CL3000639)は燃える故郷を見て静かに呟いた。大地を焦がす熱気。空を覆う火山灰。そして所何処で聞こえる悲鳴。それが明確な『死』をセーイに伝えてくれる。もはや覆すことのできない終わりを。
(これがイツァムナ……火の精霊の幻覚なのは解る。だけどこの人達がイ・ラプセルの国民であることも分かる)
セーイの後ろには絶望に打ちひしがれた人達がいる。これも幻覚の一部で、見捨てても現実の命がなくなるわけではない――という事を心のどこかで理解しながら、同時に国民を見捨てられない自分もいる。見捨てれば、自分自身が死んでしまうようなそんな感覚。
(なんであの精霊はこんな試練を? ……いいや、それはいい。今は彼らを守らないと)
幻覚と認識していたのはわずかな時間。セーイは国民たちを守るために移動を開始する。とにもかくにも食糧だ。十人分の食べ物を用意できなければ、餓死するのは目に見えている。
「皆、海に向かおう。そこに行けば魚がいる。捕まえて食べれば飢えはしのげる」
セーイの言葉に頷く国民たち。今の彼らにとって、セーイの言葉と行動力は希望だ。すがるように頷き、海を目指す。
しかし、それは苦難の道のりだった。
「これで終わりだ!」
10人を連れての行軍は目立つ。ヴィスマルクの兵に見つかり、パノプティコンの軍勢と遭遇し、そしてイブリースに襲われる。拠点に籠っているのなら防衛は楽だが、一人で10人を守りながらの戦いは――
「きゃああああああああ!」
「助けて、助け――!」
ある者は敵兵にさらわれ、ある者はイブリースに殺され。海に着くころにはセーイと共にいる国民は僅か3名となっていた。夜間に移動するなど、見つかりにくい移動を行えばあるいは――いや、今はそれを後悔している余裕もない。
「……はは。そうだよな。海が安全だなんて、そんなわけもなかったか」
海岸には巨大化したカニと空を泳ぐサメ。跋扈するイブリース化した海産物。それはセーイ達に牙をむく。
生きる為の戦いは、これから始まる。最後まで絶望なんてしてやるか。ミモザの花びらを見て、セーイは武器を手にする――
●
「……インディオ……アナ……助ける、為に……」
ノーヴェ・キャトル(CL3000638)は火山を進む際に刻んでいた思いを口にする。パノプティコンの大地で抵抗するインディオと、それを守るために敵に下った王族1734。彼らを守るのだ。その想いは消える事はないが、今は目の前の事に集中しなくては。
「10人を……皆を、守る……」
決意を口にするノーヴェ。それは簡単なことではない。安心して生活できる場所は失われ、外敵は多い。生きる為に必要な者は多く、その全てが失われている。今いる廃墟も、防衛施設としては不適切だ。
「沢山を……『あたたかい』に……する」
ノーヴェは刃を振るう。イブリース、ヴィスマルク、パノプティコン。それら全ての悪意から国民達を守るために。どれだけ戦えばいいのかわからない。どれだけ退けても終わらない。それでもノーヴェは絶望しない。
(私より……アナ、の方が……たくさん、守っている、から)
パノプティコンに下った彼女の方がつらい戦いをしている。ただ一人、孤独の中で誰にも理解されずに仲間達の為に戦っているのだ。それを思えば絶望などしていられない。熱い空気を肺の中に注ぎ込み、吐き出すように刃を振るう。
だが、絶望しないのはノーヴェのみ。先の見えない生活に疲弊する国民達。ノーヴェの頑張りを見てまだ大丈夫と思う反面、傷つくノーヴェを見て現実を見せつけられる。
「大丈夫、星を……見て」
そんなときはノーヴェは夜空を指差す。火山灰で濁った夜空に、僅かに光る星。それは絶望に飲まれたイ・ラプセルに輝く希望にも見えた。この火山で滅ぶ水の国。それでも消えぬ輝きがあるのだと。
「大変……でも、生きる事を、諦めない……」
失われた者は多い。ノーヴェもすべてを守れたわけではない。それでもまだ生きている。
「あきら、める……の、は……したくない……」
生きているなら、諦めない。希望が見えなくても、空には星が輝くのだから――
●
(皆様は無事でしょうか……)
額の汗をぬぐいながら『愛の盾』デボラ・ディートヘルム(CL3000511)は静かに思う。活性化したか残胃より気温は増し、断続的にやってくるイブリースや敵兵によって休まる余裕もない。どこか遠くで戦っているであろう仲間達のことを思いながら、自らに活を入れるデボラ。
(とはいえ、現状維持では意味を為しません。現実的な案を考えなくては……)
通商連との取引は『イ・ラプセルが国として体裁を保てない』為に意味をなさなかった。通商連を通じてパノプティコンかヴィスマルクに売られるのがオチだ。
(……結局、他国に屈するしか道がないのでしょうね)
それが現実。このまま抵抗を続けていれば、イブリースに殺されるか食料難で飢えて死ぬかの二択だ。誇りを捨てても生きていける。それがどれだけ劣悪でも、命はあるのだから。
「――皆さん、このままでは死を待つばかりです。……パノプティコン側に投降しましょう。
あそこならヴィスマルクと違い、生きることが出来るはずです」
苦渋の選択。だがそうすることでしか生きる道はない。そう判断しての決断だ。デボラの言葉に落胆する国民達。だが彼女の言葉にも一理あるのも事実だ。
「自死することを止めません。国の誇りを抱くことを、悪と言うつもりはありません」
その言葉に従い、命を絶ったのは八名。それは誇りを選んだというよりは、絶望のまま生きる事を拒んだに過ぎない。悲しくはあったが、それもまた選択なのだとデボラは頷く。
(彼らを殺したのは、私だ)
自死、という選択を与えたとはいえ、その事をデボラの心は強く感じていた。パノプティコンに投降し、命を絶つことを認めた。この時『生きていれば希望がある』と強く諭していれば、デボラの奮闘を感じ取って生きようと思ったかもしれない。だが――デボラは死という選択を与えてしまった。良し悪しの問題ではない。ただ、死という選択を与えたのは、デボラなのだ。
(彼らを殺したのは、私だ)
その想いは、彼らの死は、デボラの心から離れない――
●
「さすがに火山と溶岩には勝てないよなあ。ハハハ……」
『たとえ神様ができなくとも』ナバル・ジーロン(CL3000441)はイ・ラプセルの現状を知り、絶望する。肌を焼くような空気。火山灰の匂い、乾いた大地。少し歩けば、溶岩が流れるクレヴァスも見える。
「よしみんな! ここでじっとしてても、結局最後は飢え死にだ!
まずは海まで出よう! そこから、なんとか船を手に入れて、脱出するんだ!」
ナバルの言葉に頷く国民達。廃墟を捨て、海に向かって必死に突き進む。だが――
「くそ……!? この道も駄目か!」
火山により変化する地殻。それにより大地は崩れ、巨大な亀裂が走っていた。そのたびに足を止め、別ルートを探し、イブリースに遭遇し、他国の兵士と戦い、そうして何とか海にたどり着いても――
「船を作るって……はは、その為の道具探しからじゃないか。いいや、安全な場所の確保からか」
サバイバルに長けるナバルは、いかだを作るのに必要な事を計算して絶望する。一〇人近くの人間の安全確保、いかだを作るための木を切る道具とそれを結ぶロープ。そして何よりも――
「イブリースが来たぞ!」
「うわあああああああ!?」
イブリース化した海洋物。ナバルが如何に防御に長けていても。拠点すらない状態で人を守り切ることは不可能だった。惨劇が、始まる――
「嫌だ、やめろ、奪うな! この人たちは、オレは、オレたちは、ただ普通に生きていたかっただけなのに!」
普通に生きる。それすらも適わない。それが戦争。それが自然の驚異。
多くの命が失われ、生き残るために多くを殺した。そうしてナバルがたどり着いた先は――
「ああ、ここは……オレの畑」
ジーロン村の光景。かつて自分が耕していた畑。
先祖が開墾し、代々受け継いできた畑。そうだ、先祖代々自然を乗り越えてきた証だ。戦争なんかに、自然なんかに負けてたまるか!
鍬を持ち、土を耕す。周りに誰もいないけど、周りは脅威ばかりだけども。それでもナバルが生きる為の希望はそこにあった。
●
「籠城しかないネ」
『ペンスィエーリ・シグレーティ』アクアリス・ブルースフィア(CL3000422)は現状から導き出せる最適解を告げる。廃墟を出て突き進めば守りはなく、此処より安全な場所を見つけられる可能性は不明だ。下手に動くよりは、ある程度の安全性を保てる廃墟に留まるのが生き残る確率は高まる。
(まあ、それも助けが来るという前提なんだけど)
だが、籠城するにしても『何時まで』という懸念がある。いつかは助けが来ることを期待して、留まるのが籠城戦の基本だ。運よく仲間の自由騎士達が助けに来てくれることを願うしかない。……そんな都合のいい話が起きると思うほど、アクアリスは楽観的ではないのだが。
(とにかくボクには戦闘力がない。見つかれば隠れるか逃げるかしかないからネ)
純ヒーラーのアクアリスは、とにかく敵と遭遇しない事に力を注いだ。聖水を巻いてイブリースを遠のけ、建物に迷彩を施して誰もいないように偽装する。息を殺して敵兵が通り過ぎりるのを待ち、見つかれば我が身を囮にして何とかしのぐ。
(かつてのボクなら迷わず自らの命を最優先していたのに。どうしてボクは今、彼らを庇っているのだろう?)
アクアリスは研究員だ。自由騎士に所属しているのも、時代の流れに沿っただけで国に対して強い信念があるわけではない。国民を身を挺して守るような、そんな熱血漢は持ち合わせていないのに。
(――ああ、もう。キミのせいだからネ。騎士道なんてボクには似合わないのに)
脳裏に浮かぶのは、ヘルメリアで出会ったとある蒸気騎士。ヘルメリア国民を守るために戦い、そして戦う理由が砕けてもなお槍を振るった一人の男。
「正義。ヒトの自由と尊厳を守ろうとするコト。それがキミが最後まで抱きつつけたコトなんだネ」
その蒸気騎士は今ここにはいない。
だけどその想いはここにある。アクアリスは自分の胸に手を当てた。
心臓が鼓動したのを感じた。大事なモノはここにある。それだけで、戦う事はできる。
●
『全てを守り、全てを救う』
それは『朽ちぬ信念』アダム・クランプトン(CL3000185)の信念だ。
アダムはけして現実が見えていないわけではない。現実を知り、悲劇を知り、己の無力を知り、それでもなお叫ぶ。
「僕は全てを守り、全てを救う!
我が名は騎士アダム・クランプトン! ヒトを守りし者! ヒトを救いし者! 恐れる必要ない! 嘆く必要はない! 貴方達の隣には騎士がいる!」
強く。一片の穢れもなくそう叫ぶ。そこに民を騙そうという欺瞞の心はない。心の底から全てを守り、そして全てを救おうとする騎士がいた。
だが――現実は騎士物語ではない。強い信念と宣誓を持つ騎士に聖剣が与えられるわけではない。汚れなき騎士に聖盾が与えられるわけではない。アダムの戦いは、苦難に満ちていた。
「まだだっ! まだ戦えるっ!」
身を挺して民を守り、力の限りに敵を振り払い、しかしそれでも届かぬ事がある。全力を尽くしてもこぼれる命がある。そのたびに嘆き、苦しみ、そしてまた立ち上がる。涙が渇く暇もなくまた失い――
「まだ、諦めない……! この世界には、嘆きの声があるのだから!」
それでもアダムは立つ。ヒトを守るため、ヒトを救うため。それがアダム・クランプトンの信念だから。この鋼の身体が少しでも動く限り、その信念が消える事はないのだ。
イ・ラプセルの民を救った後は、ヴィスマルクの人達を、そしてパノプティコンの人達を。いいや、国など関係ない。種族など関係ない。幻想種も、精霊も、神であっても救う。それが騎士としての信念だ。
たとえ体が砕けても。たとえ心が砕けても。最後の一欠片が砕け散るまで信念を抱き、突き進む。
『全てを守り、全てを救う』
アダム・クランプトンの信念だ。
だがその『全て』の中に、自分自身は含まれていない――
●
「私は――」
『SALVATORIUS』ミルトス・ホワイトカラント(CL3000141)は戦う道を選んだ。
より正確に言うならば、この状況で『戦わない理由』を見つけることが出来なかった。
例えば武器を失い、指一つ動かせなかったとしてもミルトスからすれば『戦わない理由』にはならない。その状況でも戦う術を見つけ、抗うことが出来るからだ。
信仰する女神を失い、戦いの果てを目指すために敵に向かって突き進む。ある意味それは『戦い』の放棄だ。生きる事を捨てたただの突貫だ。だが、ミルトスには守るべき民がいた。『枷』ともいえるそれらは、ミルトスを修羅ではなく『ヒト』に戻した。
(私は――)
それはミルトス・ホワイトカラントにとって必要な事。
暴力を愛し、闘争を愛し、戦火に身を置くホワイトカラントの生み出した『失敗作』。いつか闘争の果てに終わるのだと思っていた自分を、人間として扱ってくれたあの女神。暴力が嫌いなのに、暴力を愛する自分を愛してくれた水の神。
彼女こそが、ミルトスをヒトとして留める理由であり楔であり、そして枷だった。獣でもなく鬼でもなく、人の理と言う楔に自分を留めた――女神だった。
何者も、ミルトスの『戦う理由』にはなりはしない。戦う事、それは当然のことだから。
大事なのは戦わない理由。戦わなくていい理由。その有無こそが、ミルトスにとって重要で、そしてそれこそが『失敗作』である自分が歩き続ける理由。
「私は――人間になりたかったのです」
暴力を愛し、闘争を愛し、ヒトである理由を失えば修羅となるだろうミルトス。ホワイトカラントの失敗作。その全てを抱えたモノの、求めた事。
さあ、戦おう。ヒトとして、『私』として。民を守り、生き抜くために。
希望はまだ見えないけど、それでも『戦わない』理由はないのだから。
●
「……今日で、何日目かしら?」
壁に日時を示す傷をつけながら『ピースメーカー』アンネリーザ・バーリフェルト(CL3000017)はため息をつく。愛用のライフルの手入れをしながら気分を保つ。何かをしていると、それだけで気が紛れていく。
徹底抗戦を選んだアンネリーザだが、正直未来は見えなかった。仲間の自由騎士に会えればと言う希望はいつの間にか消えた。還リビトを撃つたびに感じていた嘆きも、いつしか作業として割り切れるようになってきた。
(……限界ね。正直、今の状況が彼らを守り切れているとは言い切れない)
戦い続けることで疲弊したアンネリーザの心は、少しずつ折れてきていた。守るべき民も度重なる襲撃でその数を減らし、今では片手で数えられる程度だ。そんな状況でも、満足して『護れている』とは言い難い状況だ。
(投降するならパノプティコンかしら。管理されてしまうけど、ヴィスマルクみたいに戦争で『消費』されることはないはず……)
最初は希望をもって戦っていたアンネリーザも、終わりのない戦いに投降を考えていた。然もありなん。生きる事が大事なら、その選択肢は優先される事だ。終わりのない抵抗は、緩やかな自殺に等しい。
生きる事。それが大事なのは、アンネリーザも分かっている。分かっている、のに――
「駄目よ! 自由を失って、生きているなんて言えない! 私は皆を守るって誓ったんだから!」
それでも、自由を失うわけにはいかなかった。鎖に縛られ、呼吸をしているだけの生活が『生きて』いるとは言えない。好きな帽子をかぶり、好きなことをして笑うことが出来ない社会は、正しいなんて言えない!
「私は自由騎士アンネリーザ・バーリフェルト!」
叫ぶ。声を大にして、自由を守る騎士であることを示すために。それが敵兵を呼び寄せ、イブリースを誘うことになっても構わない。
「自由を守る者として決してあなた達に屈しない!」
声は確かに。宣誓は確かに。それはアンネリーザ自身の心に強く刻まれる。
この選択が正しいかどうかなんてわからない。明日には消えてしまう命かもしれない。
それでも、この約束を破っていいはずがない。自由を手放していいはずがない。
愛用のライフルを手にする。心は折れそうになったけど、それでもまだ戦える。
明日もまた、壁に傷を刻むだろう――
●
炎は消え、そして滅びの世界も消える。
時間にすれば数秒足らず。気が付けばイツァムナの姿もなかった。
あの世界は幻覚だったが、それぞれが抱いた想いも誓いも傷も、そのままだ。救えなかった国民の痛みも背負い、歩き出す。
あの世界は確かに幻覚だ。架空の世界で、存在しない可能性だ。
だが忘れることなかれ、終わりの可能性は間違いなく存在する。戦争に敗戦して国が亡びる可能性は今も語られる。虚無の世界が訪れる未来は、今も水鏡に色濃く残っているのだ。
その時も自由騎士達が信念を失わずにいられるか否か。それは――
†シナリオ結果†
成功
†詳細†
†あとがき†
夢も現もまた、己なり――
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