●グレイ 関東以南、太平洋側に位置する静岡県は元々温暖な気候で知られている。 特に東部地方は冬の重い雨雲を富士山や山々がふるい落とす場所柄もあって雪等が降る事は余り無い。 しかし、ひどく積もれば交通機関を麻痺させ、日々の生活に大きな影響をもたらしてしまうそんな雪も。降れば何処か楽しく、心が弾む時分もあるものだ。 子供の頃の夢や得体の知れない高揚感を失った大人でも、『ホワイト何とかだ』とか言って幻想を有難がる例外のような日も確かにあるのであった。 「……どうだい、この寒さは」 何時もと変わらぬイタリア製のスーツの上から暗色のコートを着込み、前をしっかりと閉じた時村沙織はひらひらと目の前を横切る白っぽい結晶を眺め他人事のように呟いた。 「こういうの、灰雪って言うんだっけ」 成る程、薄暗い三高平市を舞う無数の雪は弱い日光を受けて灰色の影を作り出していた。 昼間の市街だというのにこういう雰囲気になるのは珍しい。確かに『ホワイト~』ともてはやすには少し早い『灰色』の世界である。 「……ま、珍しい事も集まるのさ。珍しい場所だから」 沙織の呟きを受けた真白智親は少し気の無い相槌を打っていた。 確かにテレビの天気予報は折から寒波の到来を告げていた。厳しい冷え込みが予想された状況に暫く乾燥していた条件を加えればしっかりとした雪が降ってもおかしくはない。 「案外、積もるかも知れねえな」 路面や景色に薄く張り付いた白い層、舞い散る量を段々と増やす六花を見れば幾らかの面々が期待するロマンティックな光景も見られるのかも知れない。 「いや、しかし老体には堪えるねぇ……」 「バカ。一緒にするなよ」 辺りを見回し、それから前を行く沙織に追いついた智親が言うと今度は彼の方がにべもなく切り捨てた。 「生憎とまだそこまで老け込んじゃいねぇよ。第一、こういうのは『チャンス』って言うんだろう?」 「へえへえ」 「経験則だがね。即物的な男よりは、女の子の方が有難がるもんだよ。こういうのは」 交差点に差し掛かり赤信号に足を止めた沙織は白い息を大きく吐き出してそんな風に言った。 肩を竦める智親はそんな彼の言葉に何を考えたのか些か皮肉な笑みをその顔に貼り付けたままだった。 「……何だよ、その顔は」 「別に」 赤信号は一分にも満たない時間である。 この交差点の先が別れる予定の場所であるから――沙織は僅かに急いて智親の本意を問い質した。 「別に大した事じゃねぇよ」 「なら早く言え」 「相手も居ないのに、と思ってな。こりゃ人生で何度目だ? 沙織ちゃん」 「……てめぇ」 沙織はこれに苦笑い。 時村沙織という人物は見た目相応に好きに生きているタイプだが、今年余計な余裕が無かったのは『同僚』の智親の良く知る所であった。 この後も沙織は時村本家への報告、先の共同作戦で見えた作戦効率の洗い直し、智親自身の要求したVTS用の特別予算の計上と種別問わない仕事の予定に余念が無い。 『要領の良さ』で知られる彼でも流石にこの合間を縫って事前に予定を滑り込ませておく事等不可能だろうという智親ならではの読みだった。 「残念だったな、『チャンス』は空振りみたいでよ」 車の波が完全に絶えたのを確認し、真新しい横断歩道をのんびりと渡った智親は振り返らずにそう言った。 横断歩道の先、通りに面した『玩具屋』に足を踏み入れかかった彼に沙織は言葉を投げかける。 「大概似合わないぞ、お前こそ」 「やかまし。円満な家庭を築くには努力というモンが必要なんだ。独身小僧には分かるまい」 娘・真白イヴのリクエストは大きなウサギである。 そんなものを抱いて帰るこの中年男は相当確かに柄では無いのであろうが…… 「イヴに何かやろうか?」と提案した沙織の言葉は完膚無きまでの拒絶を受けている。さもありなん。 (智親、ウサギ……か。サンタさんを信じてたうちの娘は何処へやら……) 子育てとは往々にして挫折と絶望の繰り返しである。全てを飲み込む大いなる愛あってこそのモノである。 何れにせよ、世界で一番有名な記念日と同じ日に生まれた娘を持つ父親としてはその父権を回復する重大な『チャンス』なのであった。 「言ってろ。だがな、智親――」 沙織は一瞬だけ遠い目をした智親に向けて最後の言葉を投げつけた。 「明後日はイヴだぜ。お前、俺を見くびるなよ」 沙織は冗談めかして何処まで本気か空を眺めた。 「クリスマスには『世界的善性エリューション』が活躍するモンだろ? 『いい子』にはきっとプレゼントがあるのさ。勿論、俺の場合リボンを巻いた女の子とか、ね――」 ●三高平でクリスマスを 「――と、言う訳なのよ!」 三高平付属高校の教室、その壇上でうっすい胸を目一杯に張ってドヤ顔を見せる少女が一人。 概ねの予想を裏切らず、イベントごとに張り切るのはアクティブなバカである。 「あたしに掛かればこんな計画お茶の子さいさいってなモンよ!」 発言を聞けば特定容易な梅子・エインズワースその人であった。 「……えー、姉さんはバ……勢いが良くて羨ましいですけど。 計画については今配布しましたプリントの方に纏めてありますから」 一目見れば姉を見守る慈愛の表情。『あらあらまあまあ』が良く似合う桃子・エインズワースがすかさずそんな風にフォローした。 一目見ればと但し書きをつけなければならない理由は、二目以上よくよく見ると彼女は彼女で姉を見る視線がたまに尋常ではない部分があるからなのだが、閑話休題。 三高平市は時村家主導の一大事業『プロジェクト・アーク』によって築かれた都市である。 住人は計画の中核を成す彼女等リベリスタとその家族、日本の平和を守る為に協力を申し出た一般人――神秘の存在を知る人々である。 準備の不足からアークは未だに本格的な稼動を待つ状態ではあったが、現場も裏方も互いに理解し親睦を深めるのも大事である。 勢いだけでそう思い立った梅子の言を桃子がサポートする形で本部に掛け合った所、「では大々的にやろうか」と号令がかかってしまったのが今の状態であった。 三高平市をクリスマスモード一色に染める計画、二つ返事で妙に協力的な本部――それは『忙殺されてとてもプライベートの予定をねじ込む暇が無かった時村沙織の悪あがき』である事を彼女達は知らないが、まぁそれはそれとして望む所の梅子は自身のクラスで今協力を求める演説を行なっている訳である。 「とにかくこの三高平キャンパスと講堂の使用許可は取ったのだわ。プラムでプロム! なのだわ!」 「……本当は学年の最後に記念して行なうものですけどねー……」 面白い心算かこの野郎、みたいな生温かい視線を集めた梅子に桃子が小さく言い足した。 梅子の言うプロム――プロムナードは日本ではやや馴染みが、北米辺りでは盛んに行なわれている学生のフォーマルなダンスパーティの事である。 桃子の言い足した通り本来は学年末にそれを記念して行なうイベントの事であるから、ここでは素直にクリスマス・ダンスパーティとでも言えば良い所なのだが…… バカに何を言っても大抵無駄であるのと同じように、『とにかくプラム的な事が言いたいだけ』の梅子にそれを説くのはまさに徒労そのものなのである。 ちなみに参考までに言っておけば梅子は勢いだけで計画にも調整にも大した役には立っていない。言うまでも無い事ではあるが。 「……えーと、そういう訳で三高平キャンパスの記念講堂で学生主導のパーティを行なう事になりましたから宜しければ御参加下さいね」 淡く微笑んだ桃子にクラスの男子がぽうっとする。 「何、なんなの!? その反応! 差!」 ……この双子の姉妹、要領の良さからバストのサイズまで姉が妹を上回った事は無い。 「あるなさんちょうクールににんむをはたしてきた! ごごごごご!」 不意にがらりと教室の扉が開いた。 飛び込んできたのは新たなアクティブ・バカ。 得意満面に「ちょうくーる!」とかサムズアップする丸井あるなさん(四角)であった。 「ぜんこうにこくちかんりょうなんだぜー!」 勢いだけでは何事も始まらない。 しかし、勢いが時に全てを何とかしてしまう事もある―― 「……くす」 溜息を吐いた桃子はそれから口元をごく小さく綻ばせた。 それは盛り上がるダメな子達への呆れを含んでいたけれど――決して悪い意味の笑みでは無かった。 ●コーポレーション運営者向け情報
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では、良いクリスマスを! ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |