●宴会場
思い切り騒ぐ事は喧しくも面白い。
大凡外せるだけの羽目を外し、無礼講に身を浸すのは楽しいものだ。
それが日々色々な事情やストレスを抱える大人ならば尚更で、そんな大人が無意味にはしゃいで居れば子供が倣うのもまた必然であった。
――誰の曰くか宴会好きとは兎角理由を探すものである――
故にそれはそうなのだろう。
この『聖夜』と呼ばれる厳かなる宗教記念日が実に騒がしい宴席と化しているのには。
元より大した理由等無いのだろう。
「うっうっ……ここに無料で食べられる飯があるのか?
生活費全部特売の人参に費やしちゃってマトモなもの食べてないんだよ……ううぅ」
「……始まる前からもう酔いつぶれてるのか」
桜小路・静(ID:BNE000915)が行き倒れかけているのも、英 正宗(ID:BNE000423)が冷静に突っ込みを入れているのも。
「とりあえず叫ぶ系の曲で行くか」
「鷲裕さん、とまとくんはこう見えてもいい年こいちゃってるのでお酒もタバコもいけるのですよ!」
堂々と設置されたカラオケに金色のマイク。司馬 鷲祐(ID:BNE000288)が偏った選曲を始めるのも、それに的間・透真斗(ID:BNE001413)が乗っかるのも。
「とりあえずまずは酒でござる!」
「だりー。なんの行事でもかまわんが飛び石になるくらいなら連休にしてくれりゃいいのによー」
「……連休が力尽きました」
鬼蔭 虎鐵(ID:BNE000034)の景気の良さに加えて、広中・大基(ID:BNE000138)が世知辛い世の中に幾らか斜に構えながら力を抜くのも、ぼそっと聞こえるか聞こえないか位の声でシルフィア・イアリティッケ・カレード(ID:BNE001082)が遠い目をしたのも。
「ほほほ、学生たちとは違う落ち着いた、というか若干疲れ果てた大人の雰囲気が満載ですな!」
……何故か無駄にテンションの高いソリッジ・ヴォーリンゲン(ID:BNE000858)がそんな大基のくたびれた表情に大喜びしているのも。
つまりはクリスマスという機会が与えたもうた宴席の魔力である。
元より意味等無い。征く先こそが道となり、意味となる。手段と目的の入れ代わった時間は無意味であるが故に代え難い。
いや、まぁ簡単に言えば呑んで歌って騒ぐだけの時間には何の責任も理由も無いのだから止め処なく自由であるという事だ。
「だぁー! 手伝いやっと終ったぜ! 結局朝から晩までこんなパーティの手伝いさせやがって……」
……中には徴用されたランディ・益母(ID:BNE001403)のような例外も居るのだが。
「……何なのこの状況。誰かあたしに説明しつつお料理頂戴!」
はちきれんばかりの服の下が最高に御機嫌なアルティメットおっぱいさんの声がする。
「さて、と……わらわはやはり此処で過ごすのが丁度良さそうじゃのぅ」
広い座敷には既に多くの人が居た。やはり和の空間の方が肌に合うのか喧騒を他所に龍泉寺 式鬼(ID:BNE001364)が何時もの茶を啜る。
ちょこんと正座をした姿は日本人形のようで中々様になっている。尤もこの少女の場合、それはそうと面白である。
「……時に、宴会場というからには何か芸でもした方が良いのじゃろうか?」
切れ味鋭い大喜利でケーキ会場を沸かせたのは記憶に新しい所なのである。
閑話休題。
「和もの、おっさんて俺のこというてはるのん? なんや呼ばれた気ぃするわァ」
宴会に誘った強面のシャーク・韮崎(ID:nBNE000015)が何処まで本気だったかは知れないが、化野・風音(ID:BNE000387)の言う通りこの宴会場は忘年会の様相を呈している。
元々三高平は人種の坩堝だが曰く『七面鳥と盛装の似合わない面々に贈る空間』である。他の会場に比べればクリスマスムードが薄いのは確かだった。
とは言え、無論この場はちゃんぽんだ。混沌のスープは別に洋物も否定しない。
「とりあえず僕はワインと日本酒を市役所の若い人に頼んでおきました。
ワイン飲んでもいいよね? シャークさん、そんな心狭くないよね?」
「カカ。好きにせい」
何故か上目遣いで可愛い子ぶってみせるジェルヴェ・シメオン・デュジャルダン(ID:BNE001101)にシャークは軽く笑って応えていた。
このフランス人の場合、嗜好に加えて持ち前の捻くれ根性を幾らか発揮してワイングラスを傾ける所はあるのかも知れないが……
何れにせよそれも大きな問題では無い。
「アニソンか。彼らの歌は格好良いからな……胸が熱くなる。歌っていて楽しいし」
宴席に響く熱唱系に意外(?)な理解を示しているのはハイデ・黒江・ハイト(ID:BNE000471)だった。
落ち着いた風貌と何時も『夜波図書館』で本を広げているようなイメージには程遠い曲調ではあるのだが、のんびりとワンテンポずれて頭を揺らしている姿は中々可愛らしい。
彼女の場合、単に表情筋のレスポンスが悪く感情豊かな部分が余り表に出ないだけなのだからそれも当然なのかも知れないが。
「ロック調の曲だな。若者らしい曲調だが……アニソンというのは曲名でないようだが……」
首を捻るのは質実剛健なるロシヤーネ。はてさてと思案顔をするウラジミール・ヴォロシロフ(ID:BNE000680)だが流石に理解には及ぶまい。
「あにそんってのはテレビでやってる子供番組とかのてーま曲らしいぜ」
「ふむ。日本のアニメーションの歌のことを指している……という所かね?
しかし随分と自分の聞き知ったものとは差があるな……」
そこはそれ、ある種の世界一を一人旅で独走する日本のサブカルである。実直なロシア軍人を置き去りにする事等容易かろう。
ランディとウラジミールの微妙なやり取りの一方で透真斗の暑苦しい熱唱はいよいよ佳境を迎えていた。
「おぉ……大熱唱だ」
「カラオケ大会かぁ。意外と曲入ってるんやな」
全開で飛ばされる歌声を何となく聴きながらジェイク・秀真・アシュフォード(ID:BNE001195)、依代 椿(ID:BNE000728)が言う。
座敷に緩んだ空気にカラオケと来ればひなびた温泉宿の光景を連想した椿は大体正しいのだろうが、そこはそれ新造都市なる三高平の一角である。
「……室長、本気出したんやなぁ」
そもセンタービルの風景にこの大座敷が似合わないという一事は兎も角として。
歌本をめくって目当てのアーティストの名前を見つけた椿にとってはこれは取り敢えず僥倖であった。
「お邪魔しや……既に賑わってますねぃ。適当に混ざらせて貰いまっさ」
宴席に水洛 映弥(ID:BNE000087)が顔を出し、
「見事なまでの宴会ムードで盛り上がってるデスネ、こっそりゆらりと頂いていきますのデスヨ。ふらふらっと」
瞳孔の具合とか首の角度とかが見事なまでに宴会ムードでは無い歪崎 行方(ID:BNE001422)がシャンパングラスを拾い上げる。
「ぬおおおお! クリスマスイヴでござる! 飲むでござるよ!」
「とりあえず、スピリタスあるかな……?」
辛い事でもあったのか、毎日あるのか既に虎鐵は出来上がっている感がある。後オーダーがとんでもないシルフィアも。
彼だけではなく周囲を見渡せばそのピッチは決して緩くはない。勿論、比較的静かに時間を過ごしている者もいるにはいるのだが。
やはり、どちらが目立つかと言えば……
「ふむ……一発芸でござるか?」
「っと、マイク空いたんかな? とりあえず、せっかくのクリスマスイブやし……定番いっとこか?」
「ごーごー! お嬢ちゃん頑張ってー!」
虎鐵や椿、ついでに煽るギャラリーのマリアム・アリー・ウルジュワーン(ID:BNE000735)の方が当然勝る。
そして宴席と言えば勿論呑むばかりでは無い。
「あっ、このモンブランはケーキ会場からの持ち込みなの。良ければどうぞなの」
中にはケーキ会場からの梯子している佐野倉 円(ID:BNE001347)のような例もあったが、騒げば騒いだだけエネルギーを消耗するのだから食べる方も重要である。
「ここはヤケ食いでもしちゃいますか」
「腹減ったっす……とりあえず何でもいいんで食べ物下さいっす!」
「甘い物はそろそろ飽きたので他のものを食べに来たんだけど……ここは呑み助さんばっかし?」
いやいやまだまだ。
「うん、腹が減ったし、何か食べようか。美味いものはあるかい?」
影崎 俊祐(ID:BNE001346)、ジェスター・ラスール(ID:BNE000355)、大月 沙夜(ID:BNE001099)の言葉に正宗が頷くとそれは呼び水となっていた。
周りの意識が宴会の御馳走の方へ向く。
「安心せい。しかと用意してあるでな……」
『それ』がやって来たのはシャークが小さく苦笑いを浮かべながらそう答えた時だった。
「――」
「――――」
「!?」
「……!」
居並ぶリベリスタ達の視線を一点に集めたのは誰あろう……
「宴会場はココで合っているであろうか? お邪魔させていただくのであるっ」
小脇に手土産と思われるローストチキンを抱えた鳩山・恵(ID:BNE001451)その人だった。
「……」
「……………」
「……ごくり」
息を呑んだのは一体誰か。
騒がしい宴席はこの瞬間、何とも言えぬ緊迫感を孕み新たに現れたこの場の『主役』の一挙一動を見守っていた。
「……うむ!? 何なのであるか、この空気はっ!」
何故、鳩山恵が特別であるか。
何故、この場を支配した人物が鳩山恵だったのか――そんな問いは愚問である。
一目見れば答えはそこにあったのだ、最初から。彼は、彼は――
「ローストチキン(before)がローストチキン(after)を持って現れた!?」
――オパオパさんの言う通り。人身鶏頭のビーストハーフだったからだ。
その先の反応は何れも似たりよったりだった。
「……歩く鶏……ッ!?」
「にっ、鶏だ! チキンを抱えた鶏だ!」
鷲祐の口を突いた言葉も、ジェイクのものも大差無い。
慣れていても改めて目撃すれば驚きはするインパクト。メインディッシュがメインディッシュを持って現れれば出来過ぎである。
「……コケッ!?」
そしてざわめく面々は彼にとっては『マシ』な方であった。
ざわめく連中より一層危険な問題は……
「あら、いい鳥ね。血抜きがちょっと大変そうだけど」
「チキン美味しそうです」
あっさりした口調で呟いた源兵島 こじり(ID:BNE000630)に熱っぽく凝視する悠木 そあら(ID:BNE000020)の方である。
美人に熱烈に見つめられるというのは気恥ずかしくも中々嬉しい出来事なのかも知れないがその根源が食欲というのは些か頂けまい。
一気に混沌とした場はまさに時代の主人公を求めていた。
恵からすればナイフとフォーク、箸を持つ連中の悉くが捕食者にも見えてくる――そんな風情である。
「縦横斜め、何処から見ても鶏なのである。唐揚げは私の大好物なのである!
鶏肉は美味しいであるが、私は可食部分が無いのである!」
「成る程。体が駄目ならトサカを食べれば良いんじゃないかしら?」
マリー・アントワネットのような事を仰るこじり様。お尻はちいさい。
「……割とえげつないことをいうな、アンタ」
と、言いつつも鷲祐は止めないし、そもそも止めて止まるお方でも無い。
「鶏冠って食感がすっごいのですねぇ。
うん……たしかにすごそう。ちょっと実験に付き合って頂けないかしら?」
淑女(笑)のそあらの目は爛々と輝き、口元からはちょっとだけ涎が垂れている。
「そこのチキンさんは、毒見したらもう次は居らへんと思うんやけど。
次に繋がらへん挑戦は悲しみしか生まなさそうやわぁ……」
「宴もたけなわだな!」
相変わらず他人事の椿に細かい事は気にしない焔藤鉄平(ID:nBNE000010)も通常営業である。
「ケーキもいいけどチキンをたらふく食べたい気分なの」
……円の言葉は一同の代弁だ。全く酷い状況である。
――コケーッ!?
逃げたです!
捕まえろーとか言っとく所?
……まぁ、何だ。
そんなハト・ハードは置いといて。
盛り上がりを見せる宴会には次々と新しい顔が姿を見せ続けていた。
騒ぐに任せた連中とは少し趣を変え、じっくりと酒を楽しみ始めている面々も居た。
「やあ、ここは実に静かだのう。向こうは若い者が大騒ぎしてるようだが、こちらなら落ち着けそうじゃ……」
喧騒にやや辟易した顔で卜部 冬路(ID:BNE000992)が正座する。
「こっちに日本酒を回してもらえんか?」
「俺様はターキーとかテキーラストレートと、ああそうだ、ウィスキーと生割った奴とかいいね」
「七面鳥(ターキー)はターキーでも俺は専ら飲むの方だがな」
酒豪のランディに上手い返しを見せた鳳 天斗(ID:BNE000789)がグラスのロックをからんと鳴らした。
「やれやれ若いな。まぁ、これも特権と言うものか」
言葉は騒ぐ若者達に向けたものか、静かに呑む自分達に向いたものか、その両方か。
葉巻を吹かし、ウォッカを舐めるウラミジールもその一人である。
「騒がしいのは若ェのに任せて、な。俺も酒を頂くぜ」
「うむ。こういうのは大勢で呑むに限る」
避難を済ませたウラミジールの傍にソウル・ゴッド・ローゼス(ID:BNE000220)がどっかと腰を落ち着けた。
「……なんだこの渋いオッサン祭は……なぁ、アンタ達、話を聞かせてもらえないか」
「人生経験といわれても自分は軍人だ。大半は戦場でのこと面白いことは特にないぞ?」
生真面目に答えたウラミジールに比べてソウルの方は人の悪い笑みを浮かべていた。
伊達悪クールに魂引かれたメンナクさんをからかうように彼は冗句めいた。
「人生を知りたきゃ、自分で年を重ねる事だ。それ以外に近道はねえ」
ピッチを緩めずに強い酒を傾ける様は成る程、まだ鷲祐には二十年は早い齢相応の年輪と苦味走る独特の味を醸し出している。
ウォッカを平然とあけるウラミジールにランディは「アンタ、強いなぁ」と驚いた顔をする。
「酒に強いというよりは……酒が必要な環境で育ったんでな」
「フフ、それでも酔っ払うまで飲むのが――我々でしょう?」
ウラミジールの返答を繋いだのは何時の間にか近くに座っていたアレクサンドラ・イリイニチナ・ディアコノワ(ID:BNE001433)だった。
口元に艶のある笑みを乗せて楽しそうに笑う。
「この極東で同郷に巡り会うのはちょっとした感激ですね」
ウォッカは水と豪語する彼女も又ソビエトの生まれであった。
「とりあえず焼酎水割りと枝豆プリーズ」
外見を実年齢が裏切る三高平らしいソラ・ヴァイスハイト(ID:BNE000329)が輪に加わった。
「持ってきましたので宜しければどうぞ」
「ありがとー」
「おー。皆さん盛り上がってますね。おつまみならチーズも良いですよ」
ソラに注文を渡す甲斐甲斐しいシエル・ハルモニア・若月(ID:BNE000650)を今度はハギア・シュヴェート・フォルコメン(ID:BNE001023)が気遣った。
「お、イケる口やねぇ」
ちびりちびりと酒を舐めていた風音が笑って彼女等の様子を眺めている。
「あら、賑やかに盛り上がってると思ったら案外しっとりムード?」
ワイングラスを片手にした柩木 アヤ(ID:BNE001225)がからかうような口調でそう言った。
白い肌に極々うっすらとした赤みが差している。
「さってアタイも本格的に呑むとします……か」
まさに猫のように気まぐれに周りを構って回っていた桜 望(ID:BNE000713)もここに来て腰を落ち着けた。
「うむ、お酒はとても大好きだ。お姉さんもご同類かな?」
「日本酒ええね~。おつまみもありそうやししばらくは大丈夫そうやね♪」
自己紹介を済ませ歓談のままに酒を飲み続ける望とハイデ。
「いい感じに爛れてんなー。ビールねーかビール。今の今まで働いてた俺に酒よこせ」
大基の口調は台詞程には荒んでいない。
時間は楽しいままに過ぎていく。
未だ終わりは見せず、終わっていく聖夜にも構わず。
やがて灯が落ち静まって――夜の世界に『奇跡』が起きる瞬間までは、三高平は眠らない。
「……はあはあ……クリスマスじゃ……
カワイコちゃんで賑わっとる筈じゃ……このワシが……
風邪くらいで丸二日くたばっとる訳には……おお、おお……ボインちゃ……」
盛り上がる宴席の一方で、入り口で一人の爺さん――御厨・九兵衛(ID:BNE001153)がぶっ倒れていた。
しゃんしゃんしゃん……
熱に浮かされた彼は微かに何かを聞いた気がした。
夢現の中、聞いた気がしていた。
聖夜に響く幻想めいた鈴の音は――彼の鼓膜の奥に確かな印象を残していた。
「……ぐはっ……」
取り敢えず彼の意識が、飛ぶまでは――
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