●プロム
三高平学園キャンパス――
付属の小中高の敷地に隣接した新興の私立大学のキャンパスはこの日ばかりは普段の佇まいとは別の姿を見せていた。
雪と喧騒に染まった市内と同じく飾り付けられた構内は何処か浮かれていて、学舎の厳しい雰囲気とは程遠いのである。
三高平大学はリベリスタを多く抱えなければいけないその性質上元々自由な校風ではあるのだがこの日はそれを差し引いても特別だ。
それもその筈、この場所は今回の『騒ぎ』の震源地なのである。
――沙織ちゃん、クリスマスよ! クリスマスなのだわ!
ここはアークの全力を挙げてクリスマスを祝うべきなのだわっ!
何時もながらに無軌道な梅子・エインズワース(ID:nBNE000013)の程度は『あの日』も何ら変わりはしなかった筈なのだが……
運命とは奇なるものだ。
今夜は通常ならば何者にも省みられない梅子(笑)の妄言とて、時勢を得れば特別な何かを果たし得るという証左である。
『プラムでプロム』等というどう考えても言ってみたかっただけ――ドヤ顔も極まるイベントが盛大に開催されようとは鬼謀の軍師でも思い描くまい。
全く事実は小説より奇なり、とは良く言ったもので……誰も期待していなかったに違いない『プラムでプロム』は御覧の通りに実現の時を迎えていた。
「誰も仰る気がないのであれば私めが言わせて頂きます。プラムとプロムって全然上手くないですよね」
モニカ・アウステルハム・大御堂(ID:BNE001150)は辛辣である。
「……チェブラーシカ!」
表情一つ変えない面白メイドに台詞を取られた雷鳥・タヴリチェスキー(ID:BNE000552)が声を上げた。
メイド服にロシア軍服という筋金入りに場を読まない『正装』の幼女(もどき)×2である。
――十二月二十四日、時刻は深まり既に夜。
とっぷりと世界を包む闇に浮かぶ光彩は煌びやかなるダンス・ホールだ。
外に舞う白い花を思えば――全く唯の思い付きが発端とは思えない程の用意である。
そんな中である意味で多くの死線を独り占めにする我等がリア充代表。
小憎らしいもとい恨めしい、憎い、爆発しろ……じゃなくて。
色々と様になる英 正宗(ID:BNE000423)は黒いタキシードとこの場所さえ、完璧に乗りこなしていた。
「俺も結構久しぶりだからなあ……うろ覚えなところはノリで誤魔化すか」
「ワルツは何となくだけど意外と踊れるねー。パラパラが良かったらそっちでもいいよ!」
ホールの中をゆったりと満たす室内楽に合わせるように正宗と東雲 聖(ID:BNE000826)の体が揺れた。
正宗のステップは台詞よりはしっかりとしており、リードに身を任せる聖の様も台詞よりは随分と落ち着きのある様子であった。
ゆったりと肩のショールが揺れる。
「パラパラよりずっと前、ディスコの全盛期も経験したのよね……
ボディコンに羽扇子、お立ち台……ああ……」
そんな言葉を小耳に挟み昔を懐かしむ(?)のは藍苺・白雪・マリエンバート(ID:BNE001005)である。
昔は良かった……では無いのだろうが若い頃(笑)の思い出とは時間が過ぎる程に貴重なものに思えてくるものである。
あの騒がしい時代を思い出す位なのだから『姉のドレスを借りてきた高校生にしか見えない』藍苺の中でのダンスは社交ダンスでは無いのだろう。
「ワシが高校の頃わのぅ……プロムでダンス相手を探してね……ぅぅぅ……婆さん!」
……サイド・ウッドホッグ(ID:BNE000067)の昔語りは藍苺よりは年季と気合が入っているようだ。
流麗な調べがそれらしく時間を浸す。
「あの野郎。貧乏くじ押し付けやがって……『どうせ相手はいないんでしょ』とか決め付けてるんじゃねェよ」
会場端のステージでベースを弄る杉並区 ひよこ(ID:BNE000284)の一方で、
「ボク二人で手とって踊ったことがない……」
「曲にあわせてゆっくり踊ればいいらしいですよ?」
顔を若干強張らせた天月・光(ID:BNE000490)を雪白 桐(ID:BNE000185)が穏やかに解している。
「さぎは月下に踊るうさ!」
「それでは一曲お相手よろしくですよ?」
手を取った一礼はなかなかどうして様になっていた。
「……パラパラは楽しそうだけど、一応雰囲気壊したらダメだよね」
周囲を見回して少し悪戯っぽく言った恋人の上目遣いに正宗は小さな苦笑を返す。
会場では桐と光、正宗と聖に限らず既に複数のカップルがこの時間を楽しんでいる。
つまる所、結局は事はついでで郷に入りては従えと言う訳だ。
騒がしいながらも会場は少し気恥ずかしいような、少しだけロマンチックなような。
だからこそ何とも言えない微妙な色合いに染まっているのである。
(ふう、フォーマルと聞いて振袖を着ては見たものの……
こうもドレスの方が多いと、あたしもドレスにしとけば良かったかな?)
内心でごちるのは中村 夢乃(ID:BNE001189)だった。
「KIMONOだ……! ファンタースティカ!
ひらひらして綺麗じゃないか、アンタこそ踊るべきだね! ほら、エスコートしてもらいな!」
だがいざ雷鳥にダンスはと言われれば、
「あ、あの、あたし、ほら! 壁、うん、そうそう壁の花になっとくから!」
蒼褪めてこの通りである。
わたわたと面白い反応をする彼女にベルベット・ロールシャッハ(ID:BNE000948)は声をかける。
「なに、ダンスはフィーリングです。やってみると、意外と出来てしまうものですよ?」
ベルベットが視線を配る会場には普段到底こんな場所ではお目にかからない人物もちらほらと居る。
第一に梅子からして似合わないのはさて置いて――彼女に言わせれば『空気が躍らせてくれる』といった所だろうか。
「良かったら、練習相手くらいにはなるが」
「え、えぇえええ!?」
そつのない新城・拓真(ID:BNE000644)の一言に夢乃は面白い程に目を白黒とさせている。
実際問題、皆見様見真似の部分も大きいのだ。
「プロムに付き物のキング&クイーンの投票とかあったりするのかな?」
「私の相手を務まる方がいるならば、いくらでも踊りますけどね……ふっ」
ジェイク・秀真・アシュフォード(ID:BNE001195)や隅っこで偉そうなベルベット等はプロム自体を慣れ知っているような雰囲気だが、
「ダンスといったらフォークダンスか体育の創作ダンス位しかしたことないんだけど……
武道の型みたいなものだと思えば良いよね? 優雅さに欠ける気がしないでもないけど」
「へえ、ここはダンス会場なんだ。こういうトコで出会いがあるってのも良いかもな……」
反対に大月 沙夜(ID:BNE001099)に神狩 煌(ID:BNE001300)は物珍しさが先に立っている様子である。
今夜はダンスのステップを知っている人間ばかりが集まっている訳では無い。
外国人や社交界に顔の利くような人物ならばいざ知らず、普通に生きている日本人には必ずしもこのイベントは気安くあるまい。
「ダンスに関しちゃプロじゃないが、女性のエスコートなら任せてくれって所だぜ」
「ほう、この場で自信を表明するとは……面白い。では、その実力の程を見せて頂いてもよろしいですか?」
リスキー・ブラウン(ID:BNE000746)はベルベットの言葉に口の端を持ち上げた。
この場で多くを語るより手を取り、ステップを踏めば時間の価値は分かろうというものである。
「久しぶりだが、まぁ錆付いてはいないはず。参りましょうか。お嬢様」
「どうぞ、よしなに」
恭しく芝居がかって礼をしたリスキーが見事に微笑んでみせたベルベットを中央へとエスコートした。
その仕草は言う程度の自信には満ち、焦らない表情と纏う空気は相応の場慣れを感じさせるものだった。
彼のようにダンス(と社交)を嗜む人間も確かに居るが、関わろうとしなければ縁が無い世界であるのも事実である。
「ぷろむ……」
腕を組んだまま壁際へ移動した杜 景都(ID:BNE001461)は踊る人々を眺めながら少し難しそうに呟いた。
「……ガラじゃないな」
誰かと踊る自分の姿を想像して少し顔を顰めた楠神 風斗(ID:BNE001434)然り、気恥ずかしさは相当のものである。
彼はこの会場の飾り付けや準備を随分と手伝ったのだが……それはそれ、これはこれである。
閑話休題。そこにある思惑とは関係なく時間は相変わらずゆったりと流れていた。
「そうだな……曲次第だが。今ならば十分だろう。踊ろうか、アナスタシア」
「紳士的だねぃ、それじゃあ一曲といわず……二曲でも三曲でもお相手してもらおうかな?」
司馬 鷲祐(ID:BNE000288)の差し出した左手にアナスタシア・カシミィル(ID:BNE000102)が合わせた。
八重歯を見せて笑うアナスタシアは溌剌とした魅力を存分に発揮している。
それはフォーマルというよりはカジュアルな雰囲気ではあったが、彼女の生来持つ輝きを見せようとするならばこの方がずっと妥当である。
「他の人のダンスもたっくさん見てみたいねぃ、楽しい雰囲気大好きだよぅ♪」
一言で言い表すなら――そう、楽しそうな。彼女の様に(この場ばかりは)二枚目の一面を覗かせた鷲祐の顔も自然と綻ぶ。
「じゃ、俺が満足するまで相手してもらおうか。スローペースで」
「こういう時間って、なんだか好きなんだよねぃ♪」
腰を抱けば距離は縮まる。
至近の鷲祐を見上げて少しはにかんだアナスタシアが照れたような口調でそう言った。
物理的な距離が縮まる程に、動悸のリズムも近くなる。即物的と言う勿れ、元より誰が為のクリスマスか。
少なくとも日本の、この場においては――今の、未来(さき)の。恋人の為のクリスマスである。
始まる前も、始まってからも。
少しずつ砂時計の砂が落ちるように『聖夜』の残りが減っていく。
止まればいいのに、そう思える時間は止まらないからこそ美しい。
「速報! 注目! 私フリー!」
不意に我慢し切れなくなったのか梅子が叫んだ。
「重要! 私フリー!」
「あ、ウメ子が隅で変な顔してるのだー。ふくわらいかー?」
「私は何時でも正統派で可愛いわよっ!」
……概ね最初から駄目な梅子やら、風芽丘・六花(ID:BNE000027)やら、
「グフフフ、着飾った美女も良いものですなあ。拙者は記録係に勤めさせてもらうでござるよにししし」
そもそも目的自体が特殊な病引丙・萌子(ID:BNE000591)は兎も角として、やはり少し構えてしまうのは致し方ない。
ちなみにこの梅子、幼女と本気でバトるのに夢中で「梅子は空いてるなら一緒に踊るか? 俺もフリーで暇だしな」という煌の一言を聞き逃している。
先程、「じゃあ、僕と踊る?」と歩み出た挑戦者・御厨・夏栖斗(ID:BNE000004)を五分二十一秒、ジャイアントスイングからの投げっぱなしでKOしている。
「ね、姉さん。姉さんのフラグなんて所詮そんなものよ。でも心配しないでね。
大丈夫よ、姉さんにはずっと私がいるから。うふふ、そう、ずっとよ。……ずっと」
フラグが無いのではなくてフラグを折る姉の様に、にこにこと笑う桃子・エインズワース(ID:nBNE000014)は実に満足そうに頷いていた。
「……えっ、何これ……桃子さん、こわい……」
桃子の足元には「プーラームーちゃ~ん」と抱きつかんばかりの勢いでにじり寄っていたカルナス・レインフォード(ID:BNE000181)が『お昼寝』している。夜だけど。
スーパースローで再生したら解説が絶叫するであろう刹那の高速カウンターは通常営業で目ぇ見開いたうさぎさんの網膜に強烈に焼き付いていた。
「うさぎさんは何も見てないと思います」
「ええ、見ていないと思います。クリスマスの悪い夢でした」
空気を察して桃子には近寄らない君子・うさぎさん。夜翔け鳩で犬束でうさぎでタヌキな君子さんである。
民族的(?)な衣装に身を包み、その眼力を如何なく発揮し続ける彼だか彼女だかはその発言も歪みなかった。
「相手がいればリードしてみたいところです。盆踊りで」
盆踊り(ぼんおどり)は、盆の時期の夜間に集団で行なわれる踊りの一種である。
広場の中央にやぐらを立て、やぐらの上で音頭とりが音頭を歌い、参加者はその周囲を回りながら合わせて踊る形式が一般的であるとされる――
――まぁ、日本のソウルダンスである。
「盆踊りのリード……それは新しいですね」
だからなのか何なのか――外国人が、ごくりと息を呑んだベルベットが食いついた。
「あの、私でよろしければお相手させていただいても良いですか? 少し、もといかなり興味がありますよ」
「えっ、マジですか。何てチャレンジ精神」
言ったうさぎの方が予想外だったのか面食らっている感があった。
彼だか彼女だかの場合は、基本的に表情から感慨を読み取る事がほぼ不可能ではあるのだが。
「わぁっ!? す、すいませんあたしったら……!」
「いや、キミが無事で何よりだよ」
うさぎとベルベットの向こうでは夢乃に踏まれかけたカルナスが見事な機転を見せ爽やかな面をして……えーと、騙している(酷い)。
恥ずかしそうな仕草で恐縮しきりの夢乃を気遣うカルナスは確かに紳士的だった。内心でガッツポーズ決めていようと、ついさっきまで梅子に飛び掛らんとしていようと、桃子にぶん殴られて地べた這いつくばっていようともバレなければ問題ない。リセット!
「あ、あの! あたし、夢乃って言います! その、もしよろしければ、一曲、踊っていただけますか?」
「おっと、紹介が遅れしまってたね。オレの名前はカルナスだ。
キミのような素敵な女性と踊れるなんて大歓迎だよ」
はにかむ少女の一言は勇気を出して踏み出した一歩そのものである。ここは外す訳にはいかないカルナスも見事にこれに応えて見せた。
時間は踊る。聖夜は踊る。
「黒助、手を」
「……足を踏んでも知らぬぞ?」
差し出された伊勢 一日(ID:BNE000411)の左手に隠 黒助(ID:BNE000807)の指先がそっと触れた。
「お前の体重くらい平気だろう。それとも太ったのか?」
「……おなごに体重の話は禁句と知らぬのか?」
一日の言葉に少しだけ睨み、それから頭を振る黒助。
良くお互いを知った感のある軽妙なやり取りである。
「俺はおなごを相手にしているつもりはないよ。
ご機嫌を取るつもりもない。お前と俺にそのようなものはいらない。共に踊ろう、世界を踏んで」
言葉はまるで壮大な愛の告白のようであった。
「……まったく、お前様には敵わぬな」
顔を真っ赤にした黒助は一日の導くままにホールの中央へと歩み出す――
時計の短針は刻一刻と真上を目指している。
夜も深まればホールで踊るカップルの数が増えるのも必然だった。
「ぐるぐさんなら空中ジャイアントスイングしてあげられるぞ、少年」
「おお! 持ち上がるもんなん?」
……歪 ぐるぐ(ID:BNE000001)と夏栖斗にゃ色っぽい話はありゃしませんが、気が付けば今までに見なかった顔が幾つもあった。
「む、舞い上がってたようで恥ずかしい……」
「いやいやいやいや、杏樹みたいに可愛い子と踊れるなんて俺の方が……!」
誰が想像し得ようか。この神城・涼(ID:BNE001343)と不動峰 杏樹(ID:BNE000062)が『あの』リア充撲滅委員会の住人だった等と。
「か、かわ……!」
向けられた直球な言葉にもいちいち絶句する杏樹の様は可愛らしい。可愛らしいを通り越して愛らしい。
「……こほん。こちらこそ、お相手よろしく」
深呼吸して気持ちを落ち着け、冷静を装うかのように差し出された涼の手を取る姿等は実にたまらんものがある。うへへ。
「ステップはあまり気にしないで楽しもう。一応、年上なんだし、ステップのエスコート位はできるし……」
「……なんだ、こう、男の子らしくリードしたかったんだけれどもね。そう言ってくれると有り難い」
少しぎこちないリードにニヤニヤと笑った涼は既にこの『外見の幼いお姉さん』の人となりを分かっているようだった。彼にしては珍しくそつがなく、少し俯く杏樹を冷静に『リード』している。
「し、シスターたるものこれくらい嗜むものだからな」
「淑女の嗜みってやつか。
でも、ステップより杏樹が一緒に踊ってくれるのが一番楽しい、て言うか幸せだぜ?」
「うー……」
……腹立ってきたんで次!
「……改めて、俺と踊って貰えますか?」
「はい、喜んで♪」
( ´_ゝ`)……あれ?
「少し照れ臭いな。だが、悪くない」
「はい、こんな風にいられて……良かったでございます♪」
……新城・拓真(ID:BNE000644)とソフィア・プリンシラ(ID:BNE001375)のやり取りである。
『あの』リア充撲滅委員会から発生した組み合わせという意味ではこの二人も変わらない。
……嗚呼、怒涛の裏切り劇は一体幾つの悲劇を産み落とせば気が済むのか。
「……」
「……………」
無言で見つめ合えばソフィアの雪のような肌にさっと朱が差した。
拓真のゆっくりとした大人のリードに身を任せる彼女は背伸びしながらもこの時間に浸っていた。
「こんな格好良い方と踊れるなんて、今日の私は幸せ過ぎだと思うのでございますが。
でも今日はクリスマス、特別な日なのですから許されますでございますよね?」
くすくすと冗句めいた言葉が拓真をくすぐる。
「断られると思っていたんだがな。こうして、機会を与えてくれた事に感謝している。
さながら、幸せを運んで来た天使といった所か。素敵な時間をありがとう」
返されたその言葉は同じかそれ以上の洒落っ気を纏っていた。
クリスマスの夜、その魔力は――甘く優しい微笑みを何時も以上に際立たせるのだ。
( ´Д`)y━─┛一服一服。
恐らくは読者の代弁になろうこの何とも言えぬ感情はさて置いて。
「うあっ!? 何だ此処は!? 俺様も、もう手がつけられねぇ、ってかつけられるハズがねぇ……!」
我が友――霧島 俊介(ID:BNE000082)君が泣いているのはさて置いて。
「いや俺は泣いてない、俺は断じて泣いてないぞ!」
スルーして。
「まさか、ここへ来る事があるなんて思いもよらなかったわ……
踊れるんでしたね?リードしてもらえます?」
「……あ、ああ、まあな。見よう見まねって奴だけど。そっちは経験アリ?」
何処か挑戦的な高原 恵梨香(ID:BNE000234)に竜尾 駆(ID:BNE000730)がぎこちない答えを返す。
「まぁ、少しはありますけど……こういう時は男性を立てるものでしょう?」
手を駆に預けながらのその言葉は綺麗な花には付き物なのかも知れない小さな棘が生えていた。
クリスマスの夜の思惑は豊かに響くモーツァルトに絡み付き、白いキャンバスに確かな足跡を刻み付ける。
全てが上手くいきそうなそんな夜だから。残り僅かな時間を惜しむように、会場には幾重にも魔法が掛けられているかのようだった。
そんな中でも異彩を放つカップルが一組――
「……言っておくけど、高くつくわよ」
――魔法の効果は覿面だ。
遂に本懐を果たした時村沙織(ID:nBNE000500)のリードに身を任せているのは誰あろう源兵島 こじり(ID:BNE000630)その人である。
彼の手管は知れた所だが、彼女は女帝。『本来ならば』早々気安く身を任せるタイプではない。
『結果的に』最も手酷い裏切りを果たした『元・委員長』は何事でも無いかのように軽く笑う。
「例えば、メフィストフェレスに何かを願うファウストが覚悟をしないと思うかね?」
「失敬ね。私は『小悪魔』なのよ」
言葉は手を取る少女をよりにもよって『悪魔』に見立てた冗句である。
とは言え、その程度の言葉は何事でも無いのかこじりの方は涼しい顔でこれを受け流す。
「一期一会を否定して、肯定する。
同じゲーテの言葉を使うなら神は「わたしは移ろいやすいものだけを、美しくつくったのだよ」と、答えた。
……さしずめこの場はそんな感じなのかしらね?」
「ままならず、流浪するからこそ美しい、か。いいね、やくざで」
調べに乗って影が揺れる。そっと腰に当てられた手をこじりの方は構わなかった。
やり取りは戯曲めいていて、同時に戯事めいている。元より一夜の幻想(ゆめ)ならば、一時酔うのも一興である。
「何れにせよ、神は兎も角――自信がなくちゃ誘える女じゃねえな、お前は」
「自分でも分かってるわ、気安い女でも無いし、近寄り難いタイプだって事も。
……でも、いいの。私はそんな自分が大好きだから。
貴方から見てどうなのかしら。私は、マセた子供かしら」
例えば、野に二つ華が咲いていて、片方は茂みに隠れもう片方は自らを誇示するかの如く咲き誇っていたらどちらを好むか――
「この場合大事なのは『マセた子供』か『大人のレディ』かより。
お前がそういう風でなかったらそもそも俺は誘わない、この点に尽きると思うわけ」
――回答はやや勿体を付けながらも単純明快だった。抱き寄せて見下ろすように目を覗き込んだ沙織は大分余裕めいている。
「このままでいいの?」と問う少女に「そのままで居てくれよ」と言える彼は酔っていない。
全く素面で、全く酔っていないからこその問題だ。
「……無理無理。あんな世界は照れ死んじまう!」
風斗と語らう桜小路・静(ID:BNE000915)の評価は尤もだ。
無言の時間が僅かに流れた。音楽の終わりは魔法のお終いを意味している。
「たまには悪くなかったわ。……報酬を与えましょう。屈みなさい」
少女から与えられた及第点に悪い大人は恭しく頭を下げて軽く笑った。
互いに悪戯めいた笑みだった。魔法の最後の残り香が双方に実に複雑な表情を作り出す。
頬に触れた挨拶のような口付けと、解かれる指の双方に名残を惜しむ風情に構わず――十二時の鐘が鳴り響いたのはその時の事だった。
無慈悲な響きはからんからんと耳を打つ。
からんからんから……どかーん!
――さおりんのばかーっ!――
……強烈な轟音が辺りを揺らしたのはそれと同時の事だった。
「……おいおい……」
沙織はそれが意味する状況を察して苦笑い混じりに呟いた。
『どかーん』はいいとして、その後のそれは何なのだと。
「大変ね、時村君」
「魔法が解けすぎだろ、お前」
こじりはくっくっと鳩が鳴くような声で笑ってそんな風に言葉を掛けた。
人の悪い薄笑みをその美貌に貼り付けた彼女はつい一分前までの可愛げ等何処にも無い。
「ファウストはヘレネーを連れて行ってしまった……ヘレネーになった心算は無かったけれど」
「……後に残されたのはヴァルプルギスの夜というわけだ」
こじりの前半の言葉を沙織が繋いだ。
これはあの埠頭で二人がツヴァイフロント・V・シュリーフェン(ID:BNE000883)から頂いた言葉である。
遠く海の方から響いた爆音の正体は知れているから、ヴァルプルギスの夜と「さおりんのばか」の因果関係は明白だ。
終わる聖夜に立つ火柱。
人なる身の業の深さを知りながら、三高平のクリスマスが閉じていく。
――しゃんしゃんしゃん……
鈴の音は戦々恐々とする沙織にも、夜を惜しむように時を過ごす面々にも等しく降った。
願わくば、皆に祝福と喜びのあらん事をと――
●聖夜の終わり
しゃんしゃんしゃん……
鈴が鳴り、光芒が闇に解けていく。
「へぷしっ……」
静まり返った雪の街に小さなくしゃみの音が響いた。
「へぷちっ、へぷしっ……」
今度は立て続けに二度、何れも歳若い女の子を思わせる風である。
「うぅ……寒い……」
真冬に雪の中でもミニスカートなのは鉄則だ。
大いなる神と運命の決めた鉄則なのだ。
白い大きな袋を肩に担ぎ、間抜けな顔をしたトナカイを従えたその『少女』は『全く動かない街』を眺めてよしと気合を入れ直した。
「よぉし、仕事頑張るぞ!」
十二月二十五日。
玩具会社の陰謀に踊らされた世の中は厳かなる聖夜にプレゼントを求めている。
この――時間泥棒さんが年一の出動で無双を決める時間なのである。
「じ、時間泥棒とか言うなぁ!」
――『世界的善性エリューション』スニッカ・ラップランド。
彼女が持ち前のドジを全力で発揮してプレゼントを配る際に時間を盗みまくるのは三高平のクリスマスのちょっとした余談である。
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