●雪の公園
「ふぅ……外は冷えるな……」
ジェイク・秀真・アシュフォード(ID:BNE001195)の吐き出した白い靄が夜の闇へと解けて消えた。
暖かな静岡には珍しく今夜の冷え込みは本物だった。
「こんな公園があったんだな。雪か……雪を見ると、切なくなる」
陽渡・守夜(ID:BNE001348)の視線が周囲と宙を彷徨った。
粒のしっかりとした雪がひっきりなしに宙を舞い、地面に降りては白く世界を飾っている。
騒がしいセンタービルより少し離れた三高平市公園の景色はすっかり雪化粧へと姿を変えていた。
「ゆっくり雪を眺めるのもいいものね」
碧孕 ミヅハ(ID:BNE001169)が白い息を吐く。
「雪……綺麗……」
「ああ。ちょっと寒いけど、綺麗だよな」
有坂 詩乃(ID:BNE001280)とそれに応えた新田・快(ID:BNE000439)の言葉はまさに最も端的な多数の代弁だった。
折からの寒波が空気を読んだのか、それとも何時もの――運命のちょっとした気まぐれなのか。
答えは無いが、雪が降れば一年で一番有り難がられる日に雪が降ったのは中々粋な偶然である。
三高平市のリベリスタ達は子供ばかりではないが――老若男女この天の計らいを面白く感じている者は少なくはなかった。
「……ふふふ、こんな日は『蒼の覇龍(ブラオ・ドラッヘ)』も興奮しているわ……」
えーと、河西 清音(ID:BNE000363)さん?
――冬と言えば雪、雪と言えばエロゲだお!
雪は泣きゲーにとって欠かせないギミックだお! 見上げると雪が降ってくるシーンは泣けるお!
心が暖かくなるお! 雪が好きな人はみんなエロゲが好きなんだお!
はい! 強制撤去ー!
「な、何するんだお!? 犯人は狩ッ、竜ッ!」
閑話休題。
「……なんだ、外が騒がしいと思ったら……お前らここで何を……」
寝ぼけ半分で樹上にしつらえたツリーハウスから顔を出した司馬 鷲祐(ID:BNE000288)が吹き付けた雪混じりの風に表情を変えた。
「……!? 何だこんなに積もるのか静岡は! 寒っ!?」
胡乱な様子も一撃で覚める抜群の気付けである。
気付けば随分と人影が多い。
「こんなに積もったのは初めてみました」
天野 唯(ID:BNE000354)はまだ誰も足を踏み入れていない辺りに歩を進めて呟いた。
それは少しだけ浮き足立った彼女の心情を表すようにぴょんぴょんと軽く跳ねるかのよう。
「やっぱり冷たい、それに踏むと何だか面白い感触がするんですね」
「おうおうおう、メリーこんばんは、だ。
雪じゃねえか、しかもこんな大層によ! 畜生、なんでこんなにテンション上がってんだ、ガキか俺は!」
「――はしゃいで転ばない様にね」
日頃は落ち着いた所のある唯が、御歳二十四にもなる『探偵』ジョージ・ハガー(ID:BNE000963)がミュゼーヌ・三条寺(ID:BNE000589)に一言を頂戴する程である。
「それにしても……随分冷えると思ったら、こんなに積もっていたのね」
新雪に『目立つヒールの跡』を刻んだミュゼーヌも又、白い息を吐き出した。
広い市内の中でも『雪そのもの』を楽しむならばこの三高平公園か、学園のキャンパスが一番である。
学園の方はあの梅子が我が物顔でプロムがどうとか仕切っているから、選択肢は自ずと絞られる。
「わー、ここの芝生につもった雪はまっ白できれいなー」
「イルミネーションもいいけど、自然に勝るものはないよな」
月星・太陽・ころな(ID:BNE000029)、桜小路・静(ID:BNE000915)もこの天然のアートには満足らしく公園に嬉々と足を踏み入れていた。
雪の公園が静けさから賑やかさへと変わっていく。
成る程、場所が場所である条件は人であるという証明であった。
「手の空いている方がいましたら、どうでしょう? みんなで雪だるまを作りませんか?」
次々と集まってくる三高平の仲間に向けてそう言ったのは鈴懸 躑躅子(ID:BNE000133)だった。
「協力して大きいのを作ってもいいし、小さいのをたくさん作ってもいいですし。
それを飾りつければ可愛くて素敵だと思うんです~」
童心に立ち返る……では無いが、確かに静岡の雪は珍しい。
そう多くある機会ではないからこの提案は中々魅力的なものだったらしい。
「ん、雪だるま作り……面白そうだねっ! じゃあまずは大玉一つ作ってみようかなっ」
「おう、名案だ。雪だるま作ろうぜ」
デンジャラスおっぱいさんこと神楽坂・斬乃(ID:BNE000072)、雪の日に好きだった女の子に振られた思い出を持つセンチメンタル(?)な陽渡・守夜(ID:BNE001348)がすぐにこの話に乗り気になっている。そして雰囲気を切っ掛けに雪遊びのスイッチが入ったのは二人だけでは無かった。
「……よっし! じゃあ作ろっか!」
「ボクも一緒にやってもええ?」
守夜と話していた宮藤・玲(ID:BNE001008)、芝生の雪を踏んでいたころながすぐに輪に加わってくる。
「雪だるまにゃぁ! ふんふん~ん♪」
気の早い翡翠 向日葵(ID:BNE001396)は既に雪を丸め始めているし、
「……後は耳は葉で、目は実を使って……♪」
公園の木陰ではシエル・ハルモニア・若月(ID:BNE000650)が何羽もの雪うさぎを並べていた。
そして、童心に返った面々が多数集まり――雪をこねれば『その結論』に到るのはまさに必然とも言える出来事であった。
「これは雪合戦日和ね? そうなのね?」
不器用に大福大の雪玉をこねた歪 ぐるぐ(ID:BNE000001)が小さな手でそれを周囲に投げ始める。
短い手足を一杯に使ったスローである。抱えたり、落としたり。微笑ましくもアホ毛が揺れる。
「あ、あれあれ? なんだかすっごいはげ……し!」
華麗なサイドステップとはいかず、ノエル・ベルベリア(ID:BNE001022)がすっ転ぶ。
「わぷっ!?」
不意打ちの流れ弾でこの雪玉を顔面で受けた金原・文(ID:BNE000833)が白い風景にひっくり返る。
「うー冷たいー……これは、これは投げ返すのがマナー、だよね? ええーい、えいっ!」
……そして間髪入れぬ鮮やかな彼女の決断がこの後の展開を決定付ける一打となる。
「雪だるま作り、か……昔を思い出すな……ぶっ!」
全方位に撒き散らされたぐるぐ弾は無駄な精度で静かに呟いていた桐島 玖郎(ID:BNE000399)の顔面に炸裂した。
「儚いからこそ、綺麗だと感じるのかも知れないな。……冬の寒さは苦手だが、雪は悪くなぶっ」
空気を読めないぐるぐ弾は更に調子付いて今度は新城・拓真(ID:BNE000644)の顔面を捉えていた。
「……」
「……手伝うか? 雪玉」
無言で大量の雪を丸め始める玖郎に拓真がすぐに加わった。
「雪は、すき。雪合戦も、もちろん、すき。わたし、こう見えても……強いのです、よ?」
綿雪・スピカ(ID:BNE001104)の放った雪玉がのんびりとした放物線を描いて飛んでいく。
「ぐるぐさんの危険アンテナがビンビンしてるわ!」
さもありなん時既に遅く、十字砲火の如き雪玉が両手に雪を持ったままのぐるぐに降り注いでいる。
「きゃー、わー、えー!?」
「おガキ様達は元気でいいこった」
降り注ぐ雪球に雪塗れになりながら何やら抗議めいた声を上げるぐるぐを眺めてランディ・益母(ID:BNE001403)は肩を竦める。
熱い缶コーヒーを手の中で転がし、いよいよ口をつけようとしたまさにその時に口元に雪玉が炸裂した。
「……大小集まって元気なこって。だが、いーい度胸だこの野郎」
例えるならば『ガード下のDQNもコンビニ駐車場にたむろするDQNも真っ青』である。
凶悪な笑顔を浮かべたランディは瞬間でスイッチが入ったのか雪だるまの如きサイズの雪玉をこしらえ頭上に大きく持ち上げる。
混乱は加速度的に公園内に広がりつつあった。
「うひょー、盛り上がってんな。参加しちゃおうかなぁ?」
「皆様楽しそうでございますね、私も参……」
雪玉をジャグリングする鉾之原 有(ID:BNE001497)、一撃が捉えたのは丁度しゃがんだソフィア・プリンシラ(ID:BNE001375)。
「……やりましたでございますね? いきますでございますよー?」
戦線は拡大する。
「おー? 雪合戦かー? アタイも参加す……ぶぶ!?」
明後日に飛んだソフィアの玉は風芽丘・六花(ID:BNE000027)のような幼女にも容赦ない牙を剥く。
「ちょ、待つ、待っの、だ……ぶふ」
更に一度コケれば即座に集中する周囲からの追い討ちである。
むしろ蟲毒の壷の如く弱い者は淘汰せんと暴虐の嵐が荒れ狂っているではないか。
「シズカ、だ。ん。雪合戦、……負け、ない」
先程のお返しとばかりに雪玉を握り放り投げるのはジェイク・クロルベル(ID:BNE000878)。
「……くぅぅ。ここは既に戦場になっていたのかッ!」
一方、匍匐前進でその砲火を避けるのは狙われた桜小路・静(ID:BNE000915)である。
「玲もなかなかの反射神経だなぁ」
ならばと彼の狙った相手は彼が良く知る宮藤・玲(ID:BNE001008)である。しかしこの攻撃は見事に不発。
「いきなり投げるんだもんな。ひきょーだよ」
言葉はやや抗議めいていたが反応には何処か余裕があり、声色は僅かな笑みを含んでいた。
「それより歌……」
「ああ」
その先を静も玲も言わなかった。
――――♪
街灯の照らす暗闇の中をいくつもの雪玉が飛び交っている。
そんな騒がしい光景には構わず冷たい空気を澄んだ歌声が通り抜けていた。
決して大声では無いのに確かな存在感がある。
アンジェリカ・ミスティオラ(ID:BNE000759)のクリスマス・キャロルにささやかな拍手が幾つか起きた。
「綺麗な歌声が聞こえると思ったら、本当に天使が歌ってた……」
「あ、聞いてくれてありがとう……」
何処まで本気かそんな風に言った由岐 エリオ 統馬(ID:BNE001073)にアンジェリカは少しはにかんだ。
同じ雪の日の、同じ公園の出来事でも騒がしい様とは随分違う。
「元気な声と綺麗な歌が聴こえますね。しばらくこうしていましょうか」
門真 螢衣(ID:BNE001036)は淡く微笑む。雪の公園を穏やかに楽しんでいる面子も少なくない。
「やっとお年始の準備終わったわぁ。雪合戦やね、何か楽しそうやわぁ」
御子神神社の準備は万端である。御子神 かなた(ID:BNE001141)は通りかかった公園で起きている騒ぎを何となく見つめて呟いた。
「あ、メルルくんだっ! こんな所で何やってんの?」
「あれ、柚須お姉さんこんばんは。
いや、ちょっとした買い物の帰りなんだけど……
こんな寒い中賑やかだよねー……ってあれ? あの飛び上がってるのぐるぐお姉さん?」
通りすがりの神野 柚須(ID:BNE000157)とメルル・リシャール(ID:BNE000721)が足を止める。
専ら見物に回っているのは早瀬 直樹(ID:BNE000116)も同じだった。
「両日、バイトで潰れるとは……何とも寒いクリスマスだが」
直樹にとって公園は帰宅ルートのショートカットだった。
だが、賑やかな様を見ていれば少しは楽しみを御相伴出来た気にもなる。
「あれは、雪うさぎ、か? ……少し、ゆっくりしていくか」
缶コーヒーを一本買った彼は思い直したようにもう一本分のボタンを押し、震えるランディに放り投げる。
「恩に着るぜ……」
いえいえ、とばかりに手を振った直樹に雪汰 氷純(ID:BNE001417)が声を掛けた。
「……バイト帰りですか? お疲れ様です」
「ええ、まあ……らしくは過ごせませんでしたが、今年のクリスマスがホワイトクリスマスだった、という思い出としては十分な光景が見れたので良し、としてる所ですかね」
どんな楽しい時間も過ぎ去ってしまえばそれまでだ。
雪で作られた光景が長く続く事等有り得ない。
しかし、単純な現物に拠らないからこそ思い出は素晴らしいものでもある。
思い出は褪せるけれど、姿形を変えていくものでもあるから。
「おー、雪だるまや雪うさぎや、結構色々出来てるんだねー」
じゃあ俺も、と小さなサンタの雪像を作り始めた霧伏・燈弥(ID:BNE000846)の視線の先には朱鷺島・雷音(ID:BNE000003)と鬼蔭 虎鐵(ID:BNE000034)の二人が居た。
「雪うさぎの近くに雪だるまもつくろう。溶けるときは一緒であれば寂しくもあるまい。
雪が溶けたら、なくなるのではなくて、春になるのだ。新しい命を芽吹くための糧になるのだ。
家族一緒であれば儚い事もないだろう」
雷音の言葉に虎鐵は少しだけ難しい顔をした。
「雷音……それでも拙者は消えるのは嫌でござるな」
或いは彼の言葉は目の前の雪像のみを指している訳では無いのかも知れなかった。
そっと距離を詰め自分の体を抱きしめようとする彼を雷音はすげなくかわした。
かわしたと言うより……受け止めた。
「永久に咲く花は美しいを過ぎて不気味になる。
消えるのではないよ。それは次に命を芽吹くための儀式なのだ」
瀟洒な台詞が似合わない。
前のめりになった虎鐵の顔を受け止め、食い込む指。専門用語でアイアン・クロー。
「せ、拙者に抱きつかれるのがそんなに嫌でござるか?」
「おろかもの。人前で恥ずかしいことをするな」
ご馳走様なのか何なのか。まぁ、その真意は分からねど――それなりに楽しそうな二人である。
「……おーい、イヴよい……」
「智規。子はいつか巣立つもの。というかアレは例外だと思う」
虎鐵を羨ましそうに見る真白智親(ID:nBNE000501)をほぼ無表情……というより完全真顔の不動峰 杏樹(ID:BNE000062)が慰め(?)ている。
その一方で、少し感傷的な気分に浸っている少女も居た。
「雪って降っているのは綺麗なんだけど……
一度積もっちゃったら踏まれて汚れて溶けていくだけなのよね、何だか儚いわ」
ベンチに座って夜空を見上げていた斬風 糾華(ID:BNE000390)である。
何とも言えない寂寥感を感じていた。普段は気にも留めない、でもふとした時何となく思い出す喪失感。
例えばケーキを食べた時に、雪を見上げた時に。
――雪ってカキ氷に似てるじゃない。昔、口に入れてママに怒られたわ――
……或いは仲の良さそうな家族を見てしまったその時に。
「――でも、降っているのは、とても綺麗――」
舞い散る白い粉を浴びるように糾華が目を閉じかけたその時だった。
ずどんと重い衝撃が彼女の目の前を真っ白に染めた。強烈な冷たさがその全身を駆け巡る。
「……」
「……………」
「……この……」
雪をばさばさと落としながら糾華が睨み付けたその先に面白生物が飛んでいる。
「ぐるぐさんたのクリスマスプレゼント! 怖い顔しないで、ね。ね。すまーいる」
絶望的に空気を『読まない』フライングぐるぐ族が浮いている。
「アハ。血沸き肉踊る徹底的な戦争の始まりなのデス。
つまり、第二次大戦なのデス。ボクは避難しておくのが吉なのデスネ」
歪崎 行方(ID:BNE001422)の一言はこの先に待つ未来を実に的確に言い表していた。
何故ならば――糾華の雪玉は固めた傍から水を掛けられ以下割愛!
「いやー、ヒートアップしすぎて血や怪我はご勘弁をー」
「え、えーと、救護の方は任せて下さいね……」
燈弥の声は今更だ。聞こえているのか、いないのか。シエルの言葉も何だかちょっぴり諦めている。
「さて問題です。
只今ぐるぐさんは十メートルな飛行状態ですが、どれほどのペナルティが科せられているのでしょう?」
「アハハ、ぐるぐさんが対空砲火に晒された蚊トンボのようデスヨ」
答えは撃墜また来週。
「ちょっと季節外れだが、石焼き芋の軽トラ見つけたから買い込んできた。皆の分もあるが、どうだ?」
「お。俺んち使う?」
英 正宗(ID:BNE000423)の言葉に鷲祐が応えた。
「来てくれれば飯でも出すぞ。冷えた体に鞭打つシチューや眠気確実凍死安定のスピリタスとかもある」
「お兄さん……そのメニューに需要は多分無いと思うなぁ……」
メルルのすかさずの突っ込みに鷲祐は「手にすると途端に崩れ落ちるパンもあるぞ」等と付け足した。
ロックである。悪酔いすりゃあガイアだって囁きそうさ。
しゃんしゃんしゃん……
「……え……?」
少しだけ喧騒から離れていた四鏡 ケイ(ID:BNE000068)は辺りを見回した。
騒ぎが苦手な性質だからこそ、それに気付いた。
「今、何か聞こえた……?」
騒がしい三高平のクリスマスに澄んだ鈴の音が響いていた。
それをハッキリと確認する事はもうケイにも出来なかったが、確かに今夜響いていた――
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