≪悪・獣・跋・扈≫紫の病魔の風が吹きすさぶ
≪悪・獣・跋・扈≫紫の病魔の風が吹きすさぶ


●共同作戦勃発
 奈良県で起きた動物系妖連続発生事件。
 AAAで捌ききれない妖数だが、FiVEの覚者達参入によりその被害数は大きく減ってきた。その際に、数々の情報収集もなされ、その足跡をたどることができた。
 中でも鳴海 蕾花(CL2001006)の調査がきっかけとなって、奈良盆地山中に妖の一大コミュニティが発見された事は大きい。ここを放置すれば、いずれ妖が人の住む街を襲うだろうことは自明の理。
 牙王と呼ばれる動物系妖の王。それが作り出した『群狼』と呼ばれるコミューン。件のであるがゆえに力による支配体制だが、獣であるがゆえに相対するものには血の制裁を加えるであろう。
 早期に発見できたのは僥倖と言えよう。彼らの兵力が整う前にこちらから打って出るのが最良だ。
 かくしてFiVEとAAAによる大規模な妖討伐作戦が発動されたのである。

●紫鼠
 鼠。
 大きさにして二十センチほどの小動物。動物系妖の中でも、脅威は薄いと思われていた。
 だが、そう思って挑んだ者は骸を晒すことになる。小さいがゆえに目立つことはなく、連絡係として動物系妖同士のネットワークのキモとなっていた。
 さらには彼らが振りまく猛毒が、戦場を混乱に陥らせる。それはAAA及びFiVEの足を止め、進攻を困難にしていた。
 故にFiVE及びAAAは鼠の妖を駆除する事を視野に入れる。
 幸いにして酒々井 数多(CL2000149)を始めとした覚者達が入手した情報により、鼠の妖の情報は十分に入手している。その情報と夢見の予知。それにより事前情報はこの上なく十分なものとなっていた。
 最終目的はランク4の動物系妖『紫鼠』。そしてその能力とは――
「先ず結論だ。紫鼠に噛まれたと思われる覚者の死体からは、特殊な毒の存在は発見できなかった」
「つまり、分からないという事か?」
「いや、覚者達の報告から紫鼠が体力を奪う毒を発するのは確かだ。これはおそらく『ブラシーボ効果』的な事なのだろう」
「は?」
「『鼠の妖だから毒があるハズだ』『鼠のボスだからその毒は恐ろしい物なのだろう』……その警戒心や先入観が現実化し、ありもしない毒を感じていたのだ。いや『ありもしない』とわけではないか。
『ありもしない』毒を『ある』ようにするのがその鼠の最大の能力なのだ。心の隙間、戦意の狭間、そう言った部分から侵入して、こちらの肉体を蝕んでいくのだ」
 つまり、である。
 紫鼠自体に毒系のバッドステータス攻撃は確かに存在する。だが、毒に怯える心が『ありもしない』毒の存在を生み出していたのだ。そのエネルギー源は人間の心。未知の恐怖に怯えるがゆえに、その『未知』に殺されるのだ。
「で、結論は?」
「奴を恐れるな。できるだけの事を行え。それだけだ。それだけでこの戦いは大きく変わる」
 勿論、無鉄砲であっていいわけではない。その『ありえない毒』の能力を除いたとしても、紫鼠がランク4の妖であることには変わりないのだから」

●波状攻撃
 AAAからもかなりの数が紫鼠討伐に向かっている。命令系統の違いから、作戦は波状攻撃となった。AAAが囮となって正面から攻め、FiVEの為の道を作る。FiVEの覚者突入後、AAAは妖を逃がさぬよう包囲網の形成を中心に動く。
 奈良県山奥。動物系妖のコミューン――『群狼』。
『群狼』の動物系妖を討ち滅ぼすべく、人間達の決戦が始まった。



■シナリオ詳細
種別:決戦
難易度:決戦
担当ST:どくどく
■成功条件
1.包囲網の完成
2.『紫鼠』の打破
3.なし
 どくどくです。
 さあ決戦です。血肉躍る戦いではございませんが、お付き合い願えたら幸いです。

 プレイングの冒頭及びEXプレイングに【包囲形成】【紫鼠打破】【自由行動】を書いてください。
 書かれていない場合、どくどくが最適と思われる戦場に配置します。基準は数の少ない方や、プレイングの内容などから。


【包囲形成】
 鼠たちを逃がさないようにAAAと協力して、妖を逃がさないように包囲網を形成します。壁の形成ではなく、実力のある者が逃さぬように封鎖する形です。
 妖の主戦力との戦いはできませんが、それを突破しようとする妖達と相対することになります。数十匹単位の鼠の妖をせん滅しながら、取り囲んでいく作戦です。
 囮となったAAA部隊の参入により、包囲網形成の難易度は変わってきます。具体的にはAAAをどれだけ回復できるか、です。
 鼠を発見する捜索系スキル、連絡を取り合う通信系スキル等があれば包囲網の形成はさらに早くなります。
 ここの数が少なければ鼠が逃亡し、街に被害が出ます。また【紫鼠打破】に援軍が回り、命数消費量および軽傷重傷率が高まります。

登場する敵
『鼠の群体』
 複数の鼠が群れを成している状態です。複数を巻き込む効果を受けて、列攻撃と貫通攻撃でダメージ1.5倍。全体攻撃でダメージが2倍されます。
 噛みつかれれば〔毒〕〔麻痺〕〔出血〕のバッドステータスを受けます。

・AAA
 囮となったAAAです。鼠に噛まれ、バッドステータスで足止めされています。
 放置しても自然治癒はしますが、覚者達が回復を施せば復活は早いでしょう。
 回復して参戦できるAAAの数が増えるたびに、包囲の難易度が減少していきます。
 


【紫鼠打破】
 牙王の配下の一匹、紫鼠(シソ)の打破を行います。
 大きさ15センチほどの小さな鼠です。ランク4。小さいがゆえに狙いにくく、また動きも素早いです。
 鼠の妖統率能力にたけ、多くの毒を操ります。その瞳が紫色であることが特徴です。人間を餌としか思っておらず、会話は成立しますが交渉は不可能です。個としての戦闘能力はミカゲや牙王には劣りますが、それでもランク4の名に恥じぬ強さです。
 過去の依頼(≪百・獣・進・撃≫最弱の獣が闇で牙を研ぐ)における潜入捜査、および戦闘経験から、以下の能力を有していることが分かっています。
 紫鼠が生存している限り鼠系妖の戦意が高まり【包囲形成】の『鼠の群体』の物攻&特攻が増加します。

 戦闘能力
 屍山病   物遠全  死の匂いが足を止める。〔虚弱〕〔鈍化〕〔重圧〕〔ダメージ0〕
 血河病  特近列貫3 赤く染まる視界、嘔吐、発熱、そして激痛。〔出血〕〔痺れ〕(100%、50%、25%〕
 不快ナ鳴声  P   毎ラウンド開始時に、戦場全ての『人間』は精神的な抵抗を行う。失敗すると『待機』してしまう。
 肉食鼠    P   HPが0になった者が出るたびに(命数復活や根性判定に成功しても)、HP回復。
 毒ノ王    P   全ての攻撃に〔劇毒〕の追加効果が加わる。
 紫ノ病    P   想いを定着させる毒。紫鼠に対して恐怖を感じている相手に作用し、その能力を削る。システム的には『プレイング最大数に至らない文字数』に応じて、全ステータスへのマイナス補正がかかる。


【自由行動】
 上記二つの作戦に当てはまらない行動はこちらに。
 あるいは行動が決まらないときは、こちらに書けばどくどくが割り振ります。判断基準は、戦況を見て不利そうな方に。



【包囲形成】【紫鼠打破】は離れており、互いに支援することはできません。また疲弊の為、戦闘終了後に別戦場に移ることもできません。
 特殊ルールとして、各PCは最適のポジションに位置し、最適のタイミングでスキルを使用するものとします(なので戦術は『醒の炎で強化後、五色の彩で攻撃』程度で十分です)。
 その上で、戦意や心情面のプレイングでプラス補正がかかります。

●戦場
 奈良県の山の中。明かりなどは、AAAがライトなどを用意してくるので不要。足場や広さも戦場に影響を与えない者とします。
 事前付与は不可。作戦開始後、どのタイミングで鼠妖や紫鼠と遭遇するかが不明の為です。

●決戦シナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼相当です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】という タグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。

 皆様のプレイングをお待ちしています。 

状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
8日
参加費
50LP
参加人数
50/50
公開日
2016年07月18日

■メイン参加者 50人■

『落涙朱華』
志賀 行成(CL2000352)
『BCM店長』
阿久津 亮平(CL2000328)
『緋焔姫』
焔陰 凛(CL2000119)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『研究所職員』
紅崎・誡女(CL2000750)
『静かに見つめる眼』
東雲 梛(CL2001410)
『ゆるゆるふああ』
鼎 飛鳥(CL2000093)
『相棒・恋人募集中!』
星野 宇宙人(CL2000772)
『烏山椒』
榊原 時雨(CL2000418)
『デブリフロウズ』
那須川・夏実(CL2000197)
『月下の黒』
黒桐 夕樹(CL2000163)
『調停者』
九段 笹雪(CL2000517)
『田中と書いてシャイニングと読む』
ゆかり・シャイニング(CL2001288)
『歪を見る眼』
葦原 赤貴(CL2001019)
『桜火舞』
鐡之蔵 禊(CL2000029)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『天使の卵』
栗落花 渚(CL2001360)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『デアデビル』
天城 聖(CL2001170)
『偽弱者(はすらー)』
橡・槐(CL2000732)
『突撃爆走ガール』
葛城 舞子(CL2001275)
『侵掠如火』
坂上 懐良(CL2000523)
『天を翔ぶ雷霆の龍』
成瀬 翔(CL2000063)
『白い人』
由比 久永(CL2000540)
『アイティオトミア』
氷門・有為(CL2000042)

●包囲形成・壱
 先行したAAAと妖との激しい戦いが始まる。包囲網の基礎ラインを形成しながら、AAAは妖の注意を引く意味も含めて、大きく攻める。
 弱いとはいえ大群の中に突撃したのだ。AAAの部隊はかなりの打撃を受ける。だがこれは予定の内。相手が態勢を整える前に、FiVEの覚者が追撃を仕掛ける。 
 ある者は紫鼠へ。ある者は妖を包囲するために。
 鬨の声は高く、それぞれの思いを込めて山に響き渡った。
「あー、今回は……えー、ナンだっけ? なんかすげー大量の鼠が出たから退治してこいって話しか覚えてないやー」
 頭を掻きながら戦場を走るかりん。FiVEを追い出されない程度には真面目に戦いますかー、と頭を掻く。正直な所、詳しい事情は知らないし事前の資料もあまり読んでない。まあとにかく倒せばいいんでしょう! とばかりに走り――
「報酬の取り分減らされるのはヤだから勝てるようには頑張るケドさ! ……ところでこっちいいのかな?」
 人の流れのままに走ってきたかりん。まあ目の前に鼠の群れが見えたからそれでいいや、と開き直った。そのまま炎を放ち、鼠を一掃する。バックの中から大量の呪符や火箸手裏剣を取り出し、笑みを浮かべた。
「長丁場になりそうだからね。準備は万端にしてきたよ!」
「おいおい、女の子が無茶をするなよ」
 と、鼠を引き付けるように前に立つ宇宙人。巨大な件を手にして、源素の炎を燃やし立ち尽くす。他の仲間がAAAを回復している間に壁となる。それが自分の役目だとばかりに前に立った。
「いくぜぇ!」
 鼠の群れに向かって踏み込み、勢いよく剣を振るう。豪、と旋風が唸りをあげて妖を吹き飛ばした。剣に込められた源素の力、そしてここは決して通さないという気概。何よりも女性を守りたいという宇宙人の願い。その全てが込められた一閃だ。
「危なくなったら言ってくれよ。俺が護ってやるからな!」
 宇宙人は女性の覚者に向けて胸を叩いて言う。それは伊達ではない。本当に女性の為に身を盾にする覚悟があった。
「無理はしないでね」
 第三の瞳を開いた縁が土の加護を仲間に施しながら、落ち着かせるように言う。戦いは苦手だ。だが強くならなければならない。この鼠達が街に降りれば、『あの時』自分の村で起きた以上の惨劇が起きるだろう。それだけは、止めなくてはいけない。
(どうして人を襲うんだろう。どうして古妖と違って仲良くできないんだろう)
 妖は人とは相いれない。否、何者とも相容れない。全てを壊し、破壊し、食らい尽くし、そこに共存の余地はない。それは妖に知性がないこともあるのだろう。だが、知性ある妖であったとしても、他者と相容れたという例はないのだ。
(古妖と妖って何が違うんだろう……)
 縁の疑問はに応える者はいない。それは誰にも答えられない問いかけ。その解明に挑むのが、FiVEなのだ。
「微力ですが、包囲網形成のお手伝いですね。ふふ、おいたはだめですよ?」
 おっとりと、だけどはっきりと敵対の意志を示して八重は鼠の妖の前に立つ。周囲を飛行して様子をうかがいながら、包囲が薄そうな場所に着地する。迎え撃つ構えを取り、神具を手にした。
「ふふ、そんなに慌ててこなくても……勢いがついてると危ないですよ?」
 手にした小太刀を妖に向ける。銘は『清風明月』。八重の義兄が鍛えた小太刀だ。それを振るえば、兄と共に戦場に居る気持ちになる。八重自身は力を籠めることはなく、妖の突撃の先に刃を置くように体を動かした。
「こんな風に、刃を置くだけで切れちゃいますよ?」
 柔和にほほ笑む八重。だがその笑顔とは裏腹に、妖を通すつもりは毛頭なかった。
「ありもしない毒……ヤダね、思い込みってコワーイ。んじゃ思いこめば酒で毒が治ったりし……ませんね、ハイ」
「つべこべ言わずに前に出ろ。前に立つのは馬鹿の役割だろう」
 おどけた口調で言う四月二日。そんな四月二日を蹴っ飛ばして前に送る維摩。へいへーい、と前に立つ四月二日。なんだかんだで息はあっていた。それを言うと四月二日は肯定し、維摩は否定するのだが。
「無駄にでかい分食いでがあるだろう? 煩い口ごと鼠の餌になってろよ」
「無駄にでかい、ね。インパクトすぎよかマシでしょ? 肉弾戦でネズミ一匹殺せないモヤシが、イキッちゃって」
「ほう、鼠と身体能力で張り合って嬉しいのか? ああ、同レベルだったな」
 などと罵りあいながら神具を振るう四月二日。その四月二日を強化しながら維摩は稲妻を放って妖を撃退していた。
「俺が盾になってるから無事でいられるコト、ちったあ感謝してくれてもよくない?」
「殺鼠剤撒く手間が省けたと感謝して欲しいのか? お前の肉で悪食の鼠でも腹を下すだろうよ」
「いいよお。俺でもかじって、アルコールで倒れちまえ!」
  毒舌を吐く維摩に、のらりくらりと言葉を返す四月二日。だがその位置取りは心の通じ合った者同士の動きであり、戦術的にはとても理にかなった動きであった。
 そしてその後方では、AAAの回復を行っている覚者がいた。
「ハムスターとかは可愛いって思うし、ネズミは別に嫌いじゃないんスけど……」
 地を走る大量の鼠の群れを見ながら、舞子は恐怖交じりの声を出す。
「さすがにこれだけいたら気持ち悪いッス! 数の暴力って怖いッス!」
 鼠妖の恐ろしさを的確に示していた。それが人間を喰らおうとしているのなら、これはもう危機的状況である。いくら見た目が可愛いからと言って、許される状況ではないのだ。
「とりあえず目には目を、歯には歯を、毒には毒で対抗ッス!」
 毒の衣を身に纏う舞子。毒の蝦蟇から譲り受けた技で身を守りながら、傷ついたAAAを癒していく。考えるよりも先に行動する舞子だが、この状況ではそれが有利に動いていた。躊躇すればその分鼠は移動する。兎に角行動することが重要なこともある。
「大丈夫ッスか!? 今すぐ癒すッス!」
「皆様、大丈夫ですか?」
 傷ついたAAAに癒しの術を施す奈那美。戦闘面において、自分が弱い。それは十分に理解している。だからこそ、戦い慣れたAAAを癒すことで戦いに貢献するのだ。刀を振るうだけが戦いではない。
「そちら側に抜けようとする鼠の群れがあります!」
 嗅覚を使って敵の居場所を察した奈那美。その指さす先に、通り抜けようとする鼠の群れがあった。その指示に従い包囲を形成する覚者達。癒されたAAAもその列に加わり、包囲は少しずつ強化されていく。
「弱者には弱者の戦い方があります」
 相手が鼠であろうと侮らない。否、相手が鼠であったとしても自分の弱さを認める。その上で、何ができるかを考えて行動するのだ。
「街にはただの一人も被害を出させません」
「飛んで。ベアトリーチェ」
 シルフィアは守護使役を空中に飛ばし、周囲を偵察する。守護使役の視界を通して見る上空からの光景。それにより鼠の動きは手に取るようにわかる。それを仲間に伝えながら、シルフィア自身はAAAを癒す為に術式を展開する。
「先ずは毒を抜かないとね」
 鼠の妖が持つ様々な毒や出血を押さえる為に、天の源素を回転させる。ふわり、と舞うように腕を振るい、源素をAAAの団員達や仲間の覚者に振りまいていく。毒にやられて動けなくなった者たちが、少しずつ動き始めた。
「戦うことより癒やすことが私の戦いよ。妖の迎撃は任せたわ」
 癒しに専念するシルフィア。その癒しがあるからこそ、戦士は安心して前に進むことができるのだ。
「あわわわ。ねずみさん数匹だとかわいいのに、いっぱいすぎるとちょっとこわいの」
 七雅が大量に地面を走る鼠の妖に怯えていた。手のひらに乗る柔らかでもこもこした鼠。それが百にも届きそうなほど多く、その瞳が血走って遅いかかってくるのだ。例え可愛いとは思っていても、怯えるのは当然だ。
 傷ついたAAAに対して水の源素を振りまいてその毒を癒し、FiVEの覚者に対しては戦いで傷ついた体力を癒していく。自分自身に出来る最大のサポートを。傷ついても恐れることなく、勇気を振り絞って立ち尽くす。
「なつね、少しでもお役に立てたら嬉しいの。精一杯フォローするから前に立つみんなも頑張って欲しいの!」
 迫る鼠に怯えながら、しかし退くことはない。自分の声と癒しが届く範囲に仲間がいる限り、出来る限りフォローしよう。神具を握りしめ、前を見た。
「楽になったぜ」
「ありがとう、FiVEの皆!」
 感謝の気持ちを告げて、戦場に向かうAAA。
 だが鼠の数は、いまだに増え続けていた。

●紫鼠・壱
 包囲網を形成する覚者達の横を抜けて、紫鼠討伐に向かう覚者達。
 何処からくるかわからない紫鼠を前に、大胆な行軍は慎むことになった。感知能力の高い覚者が数名気を配りながら進む。
 しかし時間をかけてはいられない。時間経過が覚者に対して有利になるとは限らないのだ。紫鼠が生存している間は、鼠の妖は勇猛に攻める。その分、包囲網形成を行う者達に負担がかかるのだ。
 安全と時間。両者を天秤にかけながら進む覚者。時間にすれば十数秒の捜索も、彼らからすればその十倍はかかったように思えただろう。何せ相手はランク4なのだ。
 そんな時間は、思ったよりも早く過ぎ去った。茂みが揺れる音を、覚者の一人が気づいたからだ。
 彼らの前に飛びかかってくる一匹の鼠。紫色の瞳が静かに覚者を射抜く。
「予想外だな。部下を持たないなんて」
「その方が効率がいいと判断したんでしょう」
 部下を使って翻弄するよりは、単騎で攻めた方が犠牲が少ない。全ての部下を伝令や突破に向け、自身はその戦闘力で覚者をせん滅する。
 それができるのがランク4と呼ばれる妖なのだと、その態度が言葉なく告げていた。
「キシャアアアアアアア!」
 紫鼠がその精神を揺さぶる声を放つと同時に毒と病を振りまく。一撃はミカゲや牙王には遠く及ばぬものの、その猛毒がじわりじわりと覚者に染み入ってくる。
「さあ終わらせようか! これ以上、だれも傷つけさせねえぞ!」
 紫鼠から受けた毒や病魔を癒す為、ジャックが術式を展開する。覚醒して右目を開き、神具を強く握りしめた。回復男子の名は伊達ではない。展開した術式は覚者が受けた傷を大きく癒し、その進軍を助ける。だが、その内情は複雑だった。
(……済まないな)
 妖の悲鳴を聞くたびに、心に重い物がのしかかってくる。その一つ一つを記憶しながら、ジャックは歯を食いしばった。いつか妖と分かち合えることができれば。だがそれは今ではない。今ここで退けば、多くの人間が犠牲になる。
「だから、今日はやりたくないけど、殺すんだ。ごめんな、ごめんな……!」
 謝りながら、仲間を癒す。いつかこの癒しが、妖に届くことを願って。
「ねーねー。これ終わったら遊ぼー? 行先は時雨ぴょんのお部屋でいいよ」
「あー……うん、せやな。気分転換いうか、パーッと遊びたくなるな。うち来てもえぇけど、うちで何して遊ぶん? ゲーム?」
 などという会話をしながら戦場に挑むことこと時雨。勿論二人は、事の重要性や目の前にいる妖の強さを知らないわけではない。知ったうえで敢えてそういう会話をしているのだ。目の前にいる妖に傷つけられながらも、ことこは笑顔を忘れない。
(いつも笑顔で。だってそれがあいどるのお仕事だもん)
 紫鼠が振りまく病の風に力を奪われ、毒に立つ力を奪われたとしても笑顔だけは絶やさない。笑顔のままに時雨の自然治癒力を強化して、羽根を羽ばたかせて風の弾丸で妖を打ち据える。
「ことこさん、無理したらあかんよー?」
 そんなことこの心中を察してか、時雨は声をかけながら槍を振るう。荒れ地に真っ先にのびる先駆植物の名を持つ槍。その槍をもって荒れる戦場に突撃する時雨。強い心で鳴声に抵抗し、真っ直ぐに槍を突き出した。
「黒死病なんて今時流行らんやろうけど……此処で逃したら大変やからな。きっちり止め、刺しとかんとやね!」
「鼠さん、悪いけど大人しくしてくれない? 痛い思いしたくないでしょ? ……なーんて、通じる訳ないか」
「痛イ思イをスルのは、人間ノ方ダ」
「喋った!?」
 通じるわけないと思っていたことこは、紫鼠の返答に驚いてていた。 ランク4の妖は人間に近い知性がある。この返答は、この妖がランク4であることの証。
「ケダモノが人間の言葉を喋るとか認められないわ」
 妖に対して憎悪と嫌悪を示す夏南。夏南からすれば、動物は物好きに食われるか愛でられるかされる以外のはとっとと絶滅すべき存在だ。それが人の言葉を喋ってしかも汚らわしい毒を振りまいているなど、許せるものではない。
「全部燃えろ!」
 心の炎を燃やしながら、両手の拳を握る。体内を駆け巡る源素が手袋の中に仕込んである呪符と反応し、熱い炎を生み出した。怒りのままにその拳を地面に叩きつければ、周囲を燃やし尽くす火柱が生まれる。
「ああ忌々しい。奴らの体液や毛皮に汚染された空気を吸ってると思うだけで吐き気がする。だから殺す。これ以上この星に汚物を撒き散らされる前に殺す」
「知恵があろうが妖が人を喰らうなら、種として立ち向かい殺すのみ」
「騎士として、ここで退くわけにはいかん!」
『燦然たる銀光の残滓』と『ガラティーン』、二つの剣が交差する。紫鼠の前に立つのは【乾坤】の赤貴とフィオナ。前世の絆を同時に意識しながら、病振りまく妖を前に勇気をもって剣を振るう。その姿は騎士道に乗っ取った者の如く。
「私達、前世で会ってたりするかもな?」
「……そうだな。そうなら、面白い」
 背中合わせに会話を交わし、赤貴とフィオナは同時に走る。申しわせたわけではないのに、互いの剣の動きを理解しているかのように交互に振るわれる神具。小さい体を持つ紫鼠ですら、その隙を伺うのが難しい。
「君には借りがある。何かあった時は絶対力になるって決めたから!」
「仲間なら借りなど気にするな」
 火の力を蔵憂くした二連撃を放ちながら、フィオナが赤貴に語り掛ける。一度紫鼠に惨敗を喫した赤貴。だが二度目はないと剣を振るった。敵を叩き伏せる力を高めた。共に剣を掲げる仲間も得た。止まる理由は何処にもない。
 戦場に舞うのは赤い魔術紋様が光る赤貴の剣と、古い伝承と同名の剣。それを振るう『騎士』は毒に体を削られながらも、臆することなく道を開くために剣を振るう。その勇気ある剣が妖を捕らえ、少しずつその体を傷つけていく。
「さぁ、報復の時だ。負け続けでいられるほど、オレは世界に絶望してはいない」
「行こう、赤貴! 一度で駄目なら――もう一回!」
「ああ、倒れるまで何度でもだ!」
「最終的に勝てばいい。それが合戦だ」
 神具を構えて、様子見をする懐良。後の先の構えを取り、力を温存するように牽制程度に刀を振るう。観察しろ、観察しろ、観察しろ。思考の隙間すら惜しむほどに思考し、紫鼠を観察する。戦士としての価値よりも、兵法者としての勝利を掴むために。
(紫鼠は賢い。そして、用意周到だ。腹を探れ。相手の裏をかけ)
 紫鼠がここに単騎で来たという事は、自身を囮にしているのだろう。同時に自分一人ならこの戦場を納めるか、逃亡できるという自信の表れでもある。つまり、逃亡経路は確保済みという事だ。
「――そういうことか」
 笑みを浮かべて懐良は刀を振るう。紫鼠だけではなく、その周囲の草を含めて。いざとなればそこに身を隠して逃亡するつもりだったのだろう、という読みだ。逃亡せずとも、姿を見失えば攻撃の手が止まる。
 覚者は一歩ずつ、紫鼠を追い詰めていく。
 それに抗う様に紫鼠の怒りの鳴き声が響き、毒の一撃が覚者を襲う。その度に覚者達は苦悶の表情を浮かべ、命数を失う者も出てくる。
 一進一退の攻防。妖と覚者の闘いは、激しさを増していく。

●包囲形成・弐
 妖の群れを囲む覚者達。
 物理的な壁を作っても、鼠はそれを跳躍してしまう。体重が軽い分、少ないパワーで高い跳躍が可能なのだ。ましてや妖化した鼠はその筋肉は通常の比ではない。
 その為、壁は人的な者となった。鼠を逃さぬよう注意しながら、ゆっくりとその包囲網を縮めていく。逃げようとする妖を神具などで止め、殲滅していくのだ。
 その作戦故に、覚者達は薄く広がる必要がある。それは人の壁が薄くなることを意味していた。回復を行うために一歩引いていても、気が付けば戦線に巻き込まれている。
 それは傷ついて退避しているAAAも同じだった。いずれ復帰する以上、現場から遠くに離れられない。
 故に、回復は早急に行う必要があった。
「AAAの皆さん、大丈夫ですか!?」
 太郎丸はAAAや仲間の覚者の回復に努めていた。元々引っ込み思案の太郎丸だが、ここを突破されれば町が大変な目に合うと聞いて参戦した。余裕があれば霧で相手を弱体化させたいのだが、その余裕はない。
(相手の数が多い……気力が持たないかもしれない)
 見た目には何もいない戦場。だが、そこには多くの鼠が潜んでいる。見つけられなければ先制を許し、包囲網形成が遅くなる。何かできることはないかと焦りながら、回復を続ける太郎丸。
「ホーイセンメツ! バクレツヨンサン! ワタシは回復役だけどね!」
 激励の言葉をかけながら夏実が回復を施す。包囲の一歩下がったところで術式を練りながら、傷ついた人たちを見る。鼠の咬傷、そこから侵入する異物、そして妖という常識外の存在。経験と知識を組み合わせ、最も適した回復を施す。
「カンコンイチテキ! デンコーセッカ! 気持ちで負けちゃ、駄目よ!」
 目の前の仲間と遠くでランク4の妖と戦う仲間たちに届けとばかりに、大声で叫ぶ夏実。妖の毒は確かに楽観できない。だが、その夢見や先に戦った覚者達の情報で正体は知れている。未知ではない存在に恐れることはない。
「ワタシがいるわ。だからホラ! ウソっこの毒になんか負けないの!」
「そうね。負けるわけにはいかないわ」
 迫る鼠を見ながら里桜は神具を握りしめる。守護使役を上空に飛ばして周囲を観察し、その地形をファイブの覚者やAAAに伝える。包囲の状態がどうであるか。事前情報としてそれが分かれば、判断の基準になる。
「たくさんの鼠の妖……あまり、見て楽しくはなさそうですね」
 小さく、しかし血走った鼠の瞳。それは恐怖すら覚える光景だ。それが人間を襲い、食らうモノだというのならなおのこと。里桜は癒しの術を行使して傷ついた仲間を癒し、隙を見て土の防壁を張って防御を固めていく。
「街に被害を出す訳にはいきません。早く包囲網の完成を」
「なにかわけがあって人間に怒ったり、愛想を尽かしたのだろうけど……」
 どこか憐れむように飛鳥は戦場を見る。どこかゆるく見える飛鳥は、人間に牙をむく鼠たちに敵意を抱くことはできなかった。人間に対する怒りも何かの理由があるのではないか。そう思っていた。だが、
「罪のない人たちまで殺すというのなら、あすかも容赦しないのよ」
 だが、見過ごすことはしない。ここで妖を逃がせば、多くの人間達に被害が出る。それをさせないために、包囲を強めていく。水の源素をばらまき、傷ついたAAAやFiVEの覚者を癒し続ける。
「あっちにも鼠がいるのよ」
 遠くを見る目で鼠を早期に発見し、AAAに伝える飛鳥。その指示に従い動くAAA。
(結局は生存競争なのでしょう)
 人間と妖。その関係性を表せばそうなる。誡女は冷静にそう分析していた。人に襲い掛かる妖。その妖を退治する覚者。双方に歩み寄りの余地はなく、その戦いが四半世紀も続いている。
(今はまだ、ですけれど。まだ見ぬ可能性のために今は生きることを目指しましょう)
 だが、未来はわからないという追加も加える。戦いはいつか終わる。それは片方の種の絶滅という結果かもしれない。だが別の未来なのかもしれない。その未来の為に、誡女は戦い、癒し、そして情報の分析を続ける。
(奪ったこと奪われたことは心へと刻み、次へと進んでいきましょう……)
 次へ。その為に、今は戦う。
「めんどくさいなぁ」
 言いながら梛は鼠が向かってくる前に立ち、木の源素を活性化させる。発生した花粉が妖に向かって降り注ぎ、甘い匂いと共に強い毒となって妖の足を止める。そのまま目を凝らし、周囲を注意深く観察する。
「そっちにもいるぞ」
 持ち前の視力と情報伝達の神秘を用いて、鼠を早期に発見して仲間に伝えていく。できるだけ早く包囲網を形成して、妖を止めなくては。面倒だとは口にするが、ここで手を抜けば街に被害が出るのだ。それを許せる梛ではない。
「数が多くてイラつくぜ」
「そんなこと言わず! ファイト! ファイト!」
 歌うように激励するゆかり。持ち前の明るさと芸人魂を生かして、血生臭い戦場を明るく盛り上げようと頑張っていた。勿論、ただ芸をしているわけではない。炎の柱を放って、鼠を焼き払っていた。
「ゆかりたちは今! ネズミの王国にいます! イェーイ!」
 言ってからこれなんかヤバくない、とお口にチャックのポーズをする。だが数秒後に口を開き、新たなネタを公開する。だがすぐ近くにランク4がいることを知っているため、内心はどうしようもなく怯えていた。
「でも! だからこそ! ゆかりは明るく振る舞いたいんです! 空元気!」
「恐れぬように声を出す。悪くない作戦だ」
 恐怖に負けないように大声を出して進軍し、戦う。古来より受け継がれた方法だ。頼蔵は言いながら戦場に潜む妖を見つけ、乱楽する。そして戦場にある包囲の穴を。そこを埋めるように仲間に伝える。
「相手は小兵、狙って当てようとするな。数、弾幕で殺せ」
 頼蔵は敵を侮らない。相手が小兵であることと、勝利とは直結しない。むしろ小さいからこその利点を生かして攻めてくる。ならばそのさらに裏をかけばいい。乱戦の間も気を抜かず、その隙間すら逃さぬと目を凝らす。
「逃す積りは無い、牙を剥くにも相手を選ぶべきだったな」
「哀の迷ひ家さんに貰った力、今こそここに!」
「AAAのみんながこんなに頑張ってるんだもん。私達だって負けてらんないよね」
 ラーラと渚が妖の群れの前に立つ。危険を察した渚がラーラにそれを伝え、それを聞いたラーラが炎を放つ。それは炎の津波。大きく盛り上がった炎が戦場全体を包み込むように広がり、そのまま覆いかぶさって妖を焼却していく。
「術式の治癒に比べたらヒール量は心もとないけど、状態異常の回復なら大得意だよ。私に任せて!」
 その間に渚は傷ついたAAAや仲間たちの元に走る。五麟学園中学校保健委員の腕章(自作)を颯爽と風に揺らし、癒しの術式を展開する。傷を癒すこと。誰かを助けること。かつて助けられた渚にとって、誰かを癒すことは戦う目的。
「良い子に甘い焼き菓子を、悪い子には石炭を……イオ・ブルチャーレ!」
 魔導書を手に炎を放つラーラ。高火力の炎が戦場を舐め、多くの妖を駆逐していく。だが、その術に相応する気力も同時に削れていく。妖の数は多い。それは尽きることのない波のよう。炎で燃やしても、すぐに妖は沸いてこちらを傷つける。
「ここで保健委員の渚が参上! 回復行くよー!」
 だが、仲間がいる。渚はラーラを回復すべく駆け寄り、自分の生命力を活性化させる。熱に似た自分の『生命』ともいえる力。ラーラの体に触れ、それを渡すように優しく移動させる。砂漠に水が染み入るように、渚の『生命』はラーラに浸透していく。
「小さくたって立派な妖。仲間のために行動するこの子達を侮ったりしないよ」
「まだまだ負けません!」
 気合を入れる渚とラーラ。その声につられるようにFiVEの覚者やAAAも鬨の声をあげる。
 だがそれは妖とて同じこと。覚者を威嚇するように、耳障りな鳴き声を上げる。
 一斉に鳴り響く鳴声。それが不快なのは純粋な敵意もあるが、その数。声の多さに、まだまだ戦いが続くことに気づかされる。
 その数こそが彼らの最大の武器。コンマ数パーセントの逃亡を許せば、そこからさらに数を増やすことができるのが彼らの強み。大多数がここで朽ちても、少数が突破できれば彼らの勝ちなのだ。
 だが、人間達も負けてはいない。
「壱ブロック、封鎖完了!」
「弐ブロック、完了です!」
 完了を示す信号弾と思念の通信が飛び交う。逃げ場を失った妖が逃げ場を求めて、一つの箇所に集まり始める。
 あと少し。覚者達は希望を胸に前を見る。

●異世界からの轟雷
「相手は鼠だってー。まったく、鼠一匹くらいホイホイかパッチンにかけて速攻じゃない?」
 そんなわけないか、と肩をすくめる聖。声に怯えがないのは、その性格ゆえ。『無理だからやる』『危機こそ楽しむ』が聖の信条だ。それ故に最も危険な場所に自らを置き、それ故に紫鼠の正面に立つ。
「ここで逃がしたらこのあとが色々大問題だからね」
 雷のような荒々しいデザインの錫杖を振りかざし、天に向ける。紫鼠の毒の風を受けながら、しかし恐れずに聖は力を籠める。降り注ぐ稲妻は眩いばかりの光量。轟く雷鳴は空気を引き裂くような激しい音。
「絶対に一撃ぶち当てる!」
 その一撃は、この世界の稲妻とは思えなかった。異世界から響いたと錯覚させるほど強大で、、そして異様な一撃だった。
 広範囲に放たれた稲妻は、正に檻。光と高電圧の牢獄。紫鼠の退路を断ち、そして必ず当てるという聖の強い思いが生んだ一撃。
「この一撃は、何より誰より私の為に!」
 轟音が止み、沈黙を取り戻した戦場。その静寂に響いた聖の声。
「人間如キガ……ッ!」
 紫鼠が聖の一撃に驚愕し、恨みの声をあげる。だがそれすらもどこ吹く風。聖は相手を恐れない。聖は危険を恐れない。それが自分。無理だからこそ挑み、危険だからこそ楽しむのだ。
 戦いはまだ終わらない。命を懸けた一撃も、ランク4という牙城を崩すには至らない。
 だが確実に、紫鼠に何かを穿っていた。

●紫鼠・弐
 紫鼠は強い。そして弱い。
 それは純粋な能力が強いという意味でもあり、生物学的に弱いという意味でもあった。
 紫鼠の持ち味は、速度と毒である。逆に言えばそれでしかない。
 牙王のように強靭な牙や野生を持つでもなく、ミカゲのように複数の攻撃方法や高い生命力を誇るでもない。同じランク4とはいえ、その差異は大きかった。
 故に協力し、故に毒を強めた。生物的な弱さを、別の方向で埋めることでランク4という頂に至った。
 弱いから努力する。
 なんて皮肉。今紫鼠を追い詰めているのは、努力の結果強くなった人間なのだから。
「あぁ、燐ちゃん。燐ちゃんなら知ってるだろうけれど、鼠には気を付けないといけないよ。怪我をしたら、放っておかずにちゃんと治療を受けるんだよ」
「戦場に出て怪我をするなと言われると、困ってしまいます。大丈夫ですよ。毒があるならばそれが回りきるまでに倒してしまえばいいのです」
 恭司と燐花が紫鼠を前にそんな会話を交わす。燐花はその速度を生かして紫鼠を追う。両手に苦無を構え、上下左右に飛び交うように妖を追い、苦無で傷つけていく。もっと速く、もっと速く。呼吸すら惜しむように体を動かしていく。
「素早さなら負けません」
「素早さなら燐ちゃんも良い勝負をする……とは思っていたけど」
 恭司は仲間の回復を行いながら、燐花と紫鼠の攻防を見ていた。燐花の動きは知っている。だが、紫鼠の動きはそれよりも速い。見る間に燐花の体に傷が増えていく。そしてその牙には毒が含まれているのだ。
(雑念は戦場に不要です)
 燐花もそれは気づいている。だが、努めてそれを考えないようにしていた。素早く動いて相手を斬る。それが自分の戦術。雑念を捨てろ。噛み付いてくるなら、その瞬間に斬れ。勝利の為に他の者を捨てるのだ。そう、自分自身さえも――
「危ない!」
「ッ!?」
 その思考に割って入るように恭司の声が響く。気が付けば、自分を助けるように庇った恭司が、紫鼠の一撃で膝を折っている姿が燐花の瞳に写っていた。思わず足を止め、恭司に問いかける。
「何を……!?」
「言っただろう、無理は禁物だって。傷自体よりも、その後の感染が怖いから……消毒も……」
 気を失う恭司。言い知れぬ感情が燐花の胸に渦巻く。苦無を握りしめ、苛烈に紫鼠に刃を振るった。
「イイ味ダ」
「弱肉強食。それもまた生物として正しいですねっ」
 倒れた仲間の血肉を喰らう妖。それをみて浅葱が口を開く。長い歴史の上で淘汰されてきた生物は数知れない。そうやって生き残った生物が今、こうして生きているのだ。他者を喰らうことを否定はしない。
「そして抗い争うのもまた然りっ。自然に力で語り合いましょうかっ」
 拳を握り、紫鼠に挑む浅葱。高速で動く妖を追うように、何度も何度も拳を振るう。諦めないことが浅葱の強さ。強い心で不快な声にあらがい、強く一歩を踏み出し拳を振るう。だが、僅かに体を蝕む悪寒が動きを鈍くする。
(むぅっ、龍の心では想いに作用する毒には抗しきれないということですかっ)
 想いを固定する紫鼠の毒。それに『恐れ』て技能に頼っては意味がない。対抗できるのは純粋な心と行動力。読み違えましたかっ、と浅葱は洗い呼吸の中で思い直す。それでも、諦めずに拳を振るう。
「敵は『心の弱さ』に付け込んで来るみたいだね」
 秋人は紫鼠の猛威を前にしながら、しかし不思議と恐怖はなかった。それは今まで培ってきた経験もあるが、それ以上に共に戦ってきた仲間と共にある事がある。水の術を使って毒に対する抵抗力を強める。
 秋人の戦闘スタイルはオールマイティだが、今は癒し手が足りないと判断したのか回復に徹することにした。他の仲間たちと連携を取り合い、回復の密度を上げていく。ランク4の強さを前に、恐怖を感じることなく戦い続ける。
 そして、紫鼠に挑む仲間の気配を感じ、秋人は肩の力を抜いた。
「恐れるべきは敵ではない………自分自身の弱さ、不甲斐なさを恐れろ」
「大丈夫。俺達がいる。その弱さを埋めるだけの絆が」
「さぁ紫鼠。バトルだ! 人間の底力見せてやる! 」
「私がみんなを癒します。皆さんは、真っ直ぐに紫鼠を」
 行成、亮平、奏空、椿の【モルト】が息を合わせて紫鼠に挑む。FiVEで長く戦い、生活を共にしている者達。その動きは手に取るようにわかる。たとえ相手がランク4の妖だとしても、恐れる理由はない。
 薙刀をもって妖に挑む行成。長柄の武器は小さき鼠を当てするのには適さない。その風圧で攻撃の気配を感知されるからだ。だが『適さない』と『当たらない』は別問題だ。刃を返し、風圧を最小限に。掬い上げるような一閃を放つ。
 その一閃を避ける紫鼠だが、それを予想していたかのように亮平の銃が火を噴いた。跳躍の瞬間を狙いすましたかの様な一撃。……否、様なは不要。事実亮平はこの流れを予想していた。言葉なく行成と意思を通わせ、この結果に導いたのだ。
 怒りに牙をむく紫鼠。その攻撃に恐れることなく対応する行成。その牙にも吐く息にすら含まれる猛毒。だがそれは身体を侵すより前に奏空の舞により浄化された。奏空が攻撃に出る余裕はない。攻撃に出る必要はない。攻めるのは、仲間が行うから。
 同時に広がる癒しの波紋。椿を中心に広がる静かな波紋は、【モルト】を始めとした覚者達を癒す。強くなる。敵は強大で、癒しだって全然足りていないけど。それでも気持ちだけは負けはしない。共に歩める仲間がここにいるから。
 癒しの波紋に重ねるように秋人が癒しの術を乗せる。雪のような白い波紋が仲間たちにと届き、白く優しく傷口を包み込んでから傷を癒してゆく。気が抜ける相手ではないが、怖くはない。共に戦う仲間がいるのだから。
「守りは任せた」
 その一言に仲間への信頼を込めて、行成は薙刀を振るう。この言葉のを口にするまでに、どれほどの葛藤があったのだろうか。余人にそれを知る由はない。
「私はひたすらに全力で攻めさせてもらう」
「……はい」
 椿は言葉静かに頷いた。強さ。それは椿が求める事。両親を失い、兄に守られたがために生まれた強い感情。その結果が癒しの水術。今確かに、椿は守る強さを行使していた。そして、
「足りない部分は俺が生める」
 回復、防御、そして攻撃。【モルト】の不足部分を補う様に動く亮平。覚悟を決めた仲間がいる。ならばその覚悟を貫き通せるように動くのが自分の役割。気を引き締めて、神具を握りしめた。
「お前達『妖』が望むものってなんだ。何故『生まれた』?」
 毒を払う舞を行いながら、紫鼠に問いかける奏空。仲間に伝達をしながらの問い。故にその返答は覚者全員に伝わった。
「人間ハ『在って』当然デ、我々ガ『生まれた』ノハ不自然カ。傲慢ダナ!」
「何を……!?」
「望ムノハ、唯一ツ! 人間ヲ喰ライ尽クス事! 肉ヲ! 血ヲ! 目ヲ! 舌ヲ! 爪ヲ! 骨ヲ! 内臓ヲ! 脳ヲ! 可能ナラその魂サエモ!」
 不快な嗤い声と共に歪んだ表情を浮かべる紫鼠。それは人間の味を思い出したのだろう。人間で言えば『愉悦』ともいえる歪みだった。
「やっぱりお前達はここで倒す!」
 それは今更言うまでもないことだった。
 覚者は神具を、紫鼠は病魔を。
 それぞれの武装と理由を胸に、戦いの風は吹き荒れる。

●包囲形成・参
 尽きぬ妖の数。折れぬ覚者の闘志。
 だがそれは厳密に言えば無限ではない。覚者の気力も限度がある。命数を削り、なんとか意識を保つ覚者も増えてきた。AAAへの癒しもあり、少しずつ包囲網は完成してゆく。
 だが自らの命を顧みず突撃を繰り返す鼠達。その勢いはまだ止まらない。そしてそれは紫鼠がいまだ健在であることを示していた。彼らの長。彼らの旗印。毒や素早さはランク4には及ばないものの、その猛威は油断できるものではない。
 だがそれは鼠からしても同じことだった。
 覚者が戦いに挑む決意。それは彼らの心の中にある。
 ある者は平和であり、ある者はFiVEへの義理であり、ある者は利己的な理由でもあった。
 戦場に立つ全ての者は、その『理由』を掲げていた。
 故にその『旗』がない者から、少しずつ傷つき、倒れていく。
「質の悪そうな毛皮だな」
 言いながら蔓の鞭を使って妖を叩き落とす夕樹。黒い戦闘服に黒いライフル。まさに『黒』と表現するのがふさわしい少年だった。言葉少なく攻撃を繰り返す夕樹だが、決して他人を拒絶しているのではない。その証拠に、思念を飛ばして情報を覚者に伝えていた。
「ほら、俺の毒も味わってみなよ」
 既に疲弊も激しく、後ろに下がっての援護射撃に徹している夕樹。植物で捕縛を試みて、そこから逃れた妖を攻撃。呼吸を整え、神具を構えなおす。もうこの動作を何度繰り返しただろうか。だがまだ闘志は折れない。
「突破なんてさせるものかでヂュー!」
 妖に威嚇され、気力が尽きぬように威嚇し返すほのか。そのまま逆に相手にプレッシャーをかけて足を止める。どこかおっとりとしているほのかだが、やらなければならないことはわかっている。仲間を守り、包囲網を完成させるのだ。
「私が守りますからぁ、がんばってくださ~い!」
 攻めるのではなく守りを。ほのかは鼠の妖殲滅よりも、傷つく人たちの盾になることを優先して動いていた。相手の場所を調べ、回復を行う人の盾となる。肉体的ではなく、心でも負けるつもりはない。疲弊が激しい状態であっても、屈せず立とうと踏ん張っていた。
「どんなに傷ついても、膝をついて諦める気はまったくありません!」
「十天が一、火纏の鐡之蔵禊! ここから先はとうせんぼうだよ!」
 宣言と同時に緋が走る。禊の袴が翻り、鼠の群体を穿っていく。動きやすい巫女服を着た禊は、言葉とは逆に戦場を駆けまわっていた。踊るように蹴りを放ち、敵陣を突っ切らんが勢いで攻め続ける。
「攻撃は最大の防御! 走り回ってこちらを攻撃するタイミングを与えないようにしながら数を減らしていければ、壁としての役割を果たせるよ!」
 元より体を動かすのが得意な禊らしい発想である。事実、蹴り上げるたびに多くの妖が蹴散らされていく。だが矢面に立つ分、攻撃が集中することになる。それでもなお、禊は動き続けた。
「確かに。私も攻めるとしましょう」
 覚醒して器物化した脚部に装着された『Ξ式弾斧「オルペウス」』。それを妖に向けて有為は妖に切り込んでいく。冷静に状況を判断しながら、全身の細胞を熱く活性化させる。冷たく、そして熱く。駆け抜けるように振るわれる刃が妖を切り刻む。
(死が怖い。当たり前すぎて人が忘れかけていた物を媒介にするのが、紫毒の毒というわけですね)
 遠くで戦う覚者達の事を思う有為。その影響はここまで及ばないが、その脅威は理解できる。死が怖い。それは有為自身自覚していることだ。そしてその恐怖に気づき、しかしそこから逃れようとするのではない。死が怖い。それを受け止め、一歩進むのだ。
(今まではどこで終わってもいい旅『だった』。――では、今は?)
 答えは出ない。それを見つけるのもまた、旅なのだ。
「味方に猫の古妖でもいれば、面白い事になったのだがなぁ……にゃーん」
 などとおどける様に久永が猫の鳴き真似をする。鼠の天敵は猫。だが十二支を決める際に、猫を出し抜いたのは鼠なのだ。冗談を交えながら扇を開く。涼風を送るように扇を振るえば、その風に回復の力を込めて味方に放つ。
「守りの術は持っておらぬが、そちらへの被害が少なくなるよう、出来る限りのことはしよう」
 いざとなれば実を挺して守る、と誰にも言わずに頷いて。攻撃に転じたいのだが、回復に手いっぱいでその余裕はない。AAAの回復も同時に行いながら、前線で叩かく覚者を癒し続ける。
「やれやれ、早く終わらせて一杯いきたいものだ。酒で鼠の傷を消毒するというのは、仕方のない事だろう」
 冷酒に冷奴。夏の夜を見ながら飲みたいものだ。
「汚物は消毒。防疫第一。だけど、お酒ってそこまで消毒できるのかな?」
 首をかしげる笹雪。早く終わらせたいのは確かなので、思考をそこで止めて聴覚を強化する。神経を集中させ、鼠が隠れることが出来そうな音を聞こうとする。草むらの影、木の影、穴の中。聞こえてくる妖の鳴声や足音の方向に向けて、透視の術でその姿を確認する。
「毒持ち鼠の大群なんて何その中世ヨーロッパ。人口三割減しちゃう!」
 黒死病なんて流行らないわよ、ダブルミーニング的に。そう告げると同時に両手を夜空に向けて掲げる。天の源素が笹雪の頭上で輝き、光の矢となって妖達に叩き込まれる。光のシャワーは広範囲に降り注ぎ、妖達の数を大きく減らしていく。
「今の内に包囲網を縮めていきましょう。この手の作戦、みんなで協力しないと意味ないし!」
「上手く『袋の鼠』にしないと厄介になるですよ」
 槐がこの作戦の本質を口にする。この妖の脅威は、数なのだ。ミカゲとの戦いが突撃した妖との防衛線なら、この戦いは相手の城を囲む攻城戦。故に重要なのは包囲網の早期形成。その為に槐はAAAの回復を主に行っていた。
「頑張ってくださいよ。鼠ってだいたい怪異になると厄介になるのものなのですよね、数とかで。あ、私は橡槐といいます」
 さりげなくAAAに名前を出し、恩を売る槐。それはともかく、AAAへの回復を続ける槐の甲斐もあって、包囲網形成に向かうAAAが増えてくる。
 槐が行ったのは回復だけではない。FiVEからの情報を整理し、AAAの情報もしっかり聞き、それらをかみ砕いたうえで次に向かうべき場所を指示していた。これにより、包囲網の形成が円滑になっていく。
「素早く動くのですよ。早く閉じ込めてしまわないと、元の木阿弥なのです」
「蟻の子一匹通すもんか! いや、鼠だけど」
 拳を握って翔が叫ぶ。毒を打ち払う舞を踊りながら、味方の覚者やAAAの傷を癒していく。復活した仲間たちに親指を立てて激励し、さらに傷ついた者もまた癒し続ける。翔自身も毒に苦しむことになるが、それもお構いなしで。
「みんな、毒なんて怖くねーぜ。オレ達がいくらだって回復させてやる! だから恐れるなよ! 心を強く持つんだ!」
 心を強く。それは鼓舞でもあり、自身への発奮でもあった。この力は守るために。家族や友達、その家族や友達も含めた町の人全て。それを守るための力なのだ。たとえ相手が小さくても油断しない。そして勝って、明日を迎えるのだ。
「参ブロック、完成です!」
「肆ブロック、封鎖!」
「最終伍ブロック、完成しました。妖包囲網形成終了です!」
 その言葉に歓声を上げる覚者達。文字通りの袋の鼠。あとはこのまま妖を攻めて、殲滅するのみだ。
「紫鼠の方に行った仲間達、そっちも頑張れ! 無事に帰ってこいよ!」
 翔が仲間たちが戦う報を見て、拳を突き上げた。
 その声は届かずとも、きっと何かが届くと信じて。

●ホワイトガーベラ
「ギィ!?」
 紫鼠は違和感を感じていた。
 そろそろ包囲網を突破した部下たちが、他の妖に連絡をつけて援軍を連れてきてもいいころなのだ。だが、それがない。
 まさか、やられたのか。人間達に? ニンゲンタチに!?
 ありえない、とは思わなかった。目の前の人間は手練れだ。ならば部下たちがやられたこと自体はこちらの判断ミス。そこまでは納得できる。
 だが、もう一つの違和感は理解できない。
 なんだこのしぶとさは。
 なんだこの毒に対する耐性は。
 体を蝕む毒と、心を蝕む毒。その両方が十全に効果を発揮しない。
 否、効果は発揮している。だが、その威力が十分ではない。毒が回っても、すぐに浄化されていく――

(あのとき、もう少し頑張ってたら……)
 紫の瞳を真正面から見つめ、ミュエルは胸に手を当てて痛みに耐えていた。その痛みの正体は彼女自身が良く知っている。
(皆を危険に晒すことも、なかったかもって……考えたら……後悔が、止まらなくて)
 後悔。紫鼠と相対した時、もっと癒しの方に力を注いでいたら。もう少し、この妖に対して怯えることなく、自分でできることをしていたら。そうすれば、結果は違っていたのかもしれない。
 結果として死人はない。だが後悔は深く、そして強くミュエルの心に突き刺さっていた。
(何か、アタシにできること……ずっと、考えてた……だから、今回は――)
 木の源素を活性化させる。
 やるべきことは前と変わらない。仲間の治癒力を高め、回復に徹する。
 それは何も変わらない。結局、やることは同じだ。
 だが、手法が違う。覚悟が違う。
 体を蝕む毒に対し、植物の香りを凝縮した粒子を放ち。
 心を蝕む毒に対し、思念を通して強い激励を振りまく。
 毒に負けぬように、思いを崩さぬように。 
「アタシたちは――」
 ハーフであるために奇異な目で見られて傷ついた少女が、人を信じて戦うに至る。その道程に如何なる思いがあったか。出会いが、絆が、怯えを打ち払う一歩が。その果てに、皆で勝利を掴もうというこの言葉がある。
「――負けたりしないから……!」
 その一言。その勇気。その覚悟。それが今、花開く。
 奇跡の名前は『ホワイトガーベラ』――希望を与える白き花。

 紫鼠は知らない。
 なぜ自分の毒が効かないのかを。
 人の覚悟が、これほどの奇跡を生むということを。

●紫鼠・参
「ありもしない毒をあるようにしてしまうとは、なんとも恐ろしい能力だ」
 ゲイルは扇を手に紫鼠の毒を評価する。人々が持つ思いを固定化する毒。その者が『落ちる』と思えば、例え地上でも高所から叩きつけられた打撃を受ける。『勝てない』と思えば、例え実力差が天地程あっても勝てないのだ。
「だが、それもここまでだ。この戦いで決着をつける」
 一たび扇を振るえば毒を払い、二つ振るえば傷を癒す。ゲイルは一度紫鼠の病魔をその身で受けている。だからこそ恐怖を知り、そしてここで止めなくてはいけない使命感が生まれる。戦う事すらままならない前回とは違うのだ。
「多くの一般人を守るために、お前をここで止める。その毒は街に萬栄させていい物ではないのでな」
「そうだぜ! こないだは逃げるしかなかったけどよ。正直悔しかったんだぜ?」
 白い布を手に、遥が躍りでる。敵の真正面に立ち、真っ直ぐに拳を叩きつける。空手で言う正拳突き。体全身を使って放つ空手の基礎中の基礎。基礎だからこそ長く使う技でもあり、基礎だからこそ、その動きに熟練度が測れる。
「今度はこっちも仲間揃えてきた! 準備も万端! さあ、リベンジマッチだ! 今日はとことんまでやるぜ! 逃げねえし、逃がしもしねえ!」
 布に天の源素を纏わせ、拳に纏わりつかせる。言葉通り『とことん』戦うつもりだ。相手の立場がどうとか、作戦内容だとか、ランク4とか、その辺りはもう頭にない。目の前に強い敵がいて、そして戦うことができる。もうそれだけで十分だった。
「そういや毒、あれ結局気のせいなんだって? 毒があると思い込んだから気持ち悪くなるだけだって? 小細工しやがって!」
「少し違います。小細工を現実にする。いわば、『思い込み』で相手に不利を与える技です」
 遥の言葉を訂正するように成が訂正するように告げる。格闘技や剣術、源素による術式と本質は同じ。動作を昇華することで一つの技と言われる者に磨き上げたのだ。小細工には違いない。それより一歩、上の何かだ。
「鼠だから侮る? 小さいから侮る? とんでもない。それらは全て、我々人間が有史以来ずっと使ってきた戦術です」
 敵前に立ち、神具を構える成。土の源素で身を固め、カウンターの要領で迫る紫鼠を傷つける。自然の脅威に比べれば、人間は小さいものだ。その中で生きてきた『戦術』は紫鼠とそう変わりはしない。
「それをどうして侮れましょうか。人間がそうであるように、妖も戦術を練る。それを理解した上で、その戦術を乗り越えるのです」
「にーさまがいなくなる恐怖に比べたらランク4がなによ、怖くないわ!」
 緋鞘に赤い柄の日本刀を振るいながら、数多が戦場を走る。毒を気力で打払い、恐怖を気合で打払う。ありもしない毒には怯えない。妖に親を殺された数多は、妖が跳梁することを許さない。
「妖は全部ぶっ殺してやる。人間をバカになんてできなくしてやるわ!」
 抜いた日本刀が翻る。その軌跡は三日月を描くよう。その回転を止めることなく足を動かし、さらに一合。止まるな、動け、斬れ! 心の中にある病床の兄。動かないその姿を思い出すたびに、数多の心は妖に対する憎しみに染まる。
「あんたら妖は人間滅ぼしてどうするつもりよ!」
 感情に任せて問いかける。それはずっと疑問に思ってきたこと。
「――知ラヌ!」
 帰ってきた答えは端的で、そして激情的なものだった。
「知ラヌ知ラヌ知ラヌ! 滅ボシタ『後』ナド知ッタコトカ!」
 それは答えとしては、まったく的外れであった。
 だからこそ、この返答は一つの事実を示している。
(まさかこいつら……人間を襲う理由を自分自身でも理解していない……?)
 推測を手繰る余裕はない。数秒の思考停止で、戦局はあっさり覆るのだ。
「やられっぱなしじゃ気が済まん。リベンジさせてもらうで!」
 刀を抜き放ち凛が進む。恐怖に体を支配されそうになるも、足を踏ん張り何とか耐える。恐怖を感じることはいい。それをどう乗り越えるかが重要なのだ。 剣禅一如。剣術を極めるという事は、心もまた極めなければならない。それは恐怖を否定するのではなく、恐怖を肯定してなお前に進むこと。
(ああ、そういうことか)
 想いを固定する。それは皆、『心の弱さを現実化する』と思っていた。無論それ自体は間違いではない。だが、それは『紫ノ病』の一部でしかないのだ。『負けない』と強がっている時点で『負けるかもしれない』という思いがどこかにあるのだ。
(恐怖を認め、その上で前に進む。怖いけど、進む。この想いが重要やったんや)
 この毒の本質は、心の問題。恐怖を『感じないよう思う』のではなく、恐怖とどう向き直るかなのだ。怖いと認め、その上で挑む。真の意味で『紫ノ病』を克服した凛の刃が翻った。ほぼ同時に放たれた三つの軌跡が、紫鼠に迫る。
(コレを避ケテ……ギギィ!?)
 紫鼠の動きが鈍る。体を襲う痺れが、動きを鈍くしていた。
(アノ時ノ、雷カ!?)
 聖が放った命を削った稲妻の一撃。それがいまだに残り『逃がさぬように』紫鼠の動きを留めていたのだ。
「これで、終いや!」
 紫鼠の頭部から正中線を通して走る刃筋。文字通り凜の刀は紫鼠を両断し、その命を絶った。

●終結
 紫鼠の打破、およびその部下への包囲完成により『群狼』のネットワークが瓦解する。これにより連携だって動いていた牙王の部下達は、その動きに齟齬が出始める。
 意外なことに、覚者のダメージは予想よりも軽微だった。念のために簡易な検査を行い、妙な病原菌に罹患していない事を確認する。これは強力な癒しの奇跡があったのが理由と思われる。
『群狼』の一角、紫鼠は落ちた。それにより、脅威は大きく減衰する。
 だが、戦いはまだ終わっていない。
 三つ首のミカゲ、そして牙王。この二頭を打ち崩さぬ限り、この戦争は勝利したとは言えない。

 覚者達はしばしの休憩の後、戦場へと向かう。
 勝者を労うように、戦場には優しく清らかな風が吹いていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『ホワイトガーベラ』
取得者:明石 ミュエル(CL2000172)
『異世界からの轟雷』
取得者:天城 聖(CL2001170)
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
 BS大好きですよ、ええ。

 このような結果になりました。
 種が分かれば対応可能というところまでが紫鼠のキャラクターです。見事なまでのフルボッコ&袋の鼠となりました。
 
 MVPはAAAへの指示が一番的確だった橡様と、クリティカルな質問をした酒々井様に。
 他の方々も中々穿ったプレイングや問いはあったのですが、一番だったのはお二人という事で。
 MVPなのに二人とかどういうこと? お気になさらずに。

 このあとがきを書いている時点で、この戦いがどうなるかはわかりません。
 ですが皆様の無事を祈って、敢えてこの言葉でしめさせて貰います。

 それではまた、五麟市で。




 
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