≪友ヶ島2016≫星の降る日
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その日は偶然にも運が良かったのだ。
古き信仰の名残とも言える古妖が海に降り、砂を洗い、海水を清めたのだとか。
蒼く輝く水面のような鱗を持った古妖は龍の形をしており、瞬きをした刹那、人の姿へと形を変えた。
龍はこう言うのだ。
偶には海の中から空を見上げてごらんよ。
今日は月明かりが美しいから、星が降っているようにキラキラして見えるんだ。
あ、君たちはここまで来れなかったね。
でも大丈夫。恐れず海の中まで歩いておいで。
歩けると信じて入って来れば、少しの魔法をかけるから。
そこまで言うと、龍は海の中へ溶けて消えた。
これは古妖による、友ヶ島の妖を払ってくれたお礼の物語。
その日は偶然にも運が良かったのだ。
古き信仰の名残とも言える古妖が海に降り、砂を洗い、海水を清めたのだとか。
蒼く輝く水面のような鱗を持った古妖は龍の形をしており、瞬きをした刹那、人の姿へと形を変えた。
龍はこう言うのだ。
偶には海の中から空を見上げてごらんよ。
今日は月明かりが美しいから、星が降っているようにキラキラして見えるんだ。
あ、君たちはここまで来れなかったね。
でも大丈夫。恐れず海の中まで歩いておいで。
歩けると信じて入って来れば、少しの魔法をかけるから。
そこまで言うと、龍は海の中へ溶けて消えた。
これは古妖による、友ヶ島の妖を払ってくれたお礼の物語。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.遊ぶんじゃい
2.水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!
3.水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!
2.水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!
3.水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!水着!
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基本的には海メインのイベントシナリオなんだ
お昼は、普通に海で遊べるシナリオで、海の家なんかもあるからご飯も食べれる。ゴミはちゃんと分別すんだ。激しく遊ぼう、スイカ割りを体術で割ってくる強者がいないか楽しみにしている
夕方はロマンチックな夕焼けが見えると思う
夜は、偶然にも
『水神様』という古妖がきているため、
水の中で歩けたり、息ができたり、目かあけられたり、いちゃいちゃしたり、
そんな不思議なこともできるから、海の中を散歩して魚たちと遊ぶこともできるんだ
夜は月明りとかもきれいだから、現実離れした雰囲気も味わると思う。
●樹神枢
・覚醒してる方の枢、呼ばれれば出てきます
●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】というタグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。
ご縁がございましたら、宜しくお願い致します
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
36/∞
36/∞
公開日
2016年09月15日
2016年09月15日
■メイン参加者 36人■

⚫︎
「わーい! おっちゃんとエータちゃんと海だー!」
やっと宿題を殺した工藤・奏空(CL2000955)は、浜辺を駆けていく。
「よっしゃー、海行くぞー!! 遊び倒すぞ!」
その後ろを、まるで兄弟のように駆けていくのは、十河 瑛太(CL2000437)だ。
更に更に、その後ろを歩いて来るのは緒形 逝(CL2000156)。今日の保護者ポジである。
瑛太と逝と言えば、昨年は彼女に泳ぎを教えていたときだ。その教えが実ったか、今日の瑛太は水を恐れないという形で進化している。
「海好きねえ、エータは病院住まいだから仕方無いとしても……2人共、あんまり離れるんじゃないわよ!」
瑛太は逝へ向かって、舌を出しながら目じりを指で引っ張ったのち、奏空の腕に絡みつくように抱いて。
「何だよ! 足つらねーし、ンな遠くに行かねえよ。工藤もいるだろ! 平気だって!!」
「エータちゃんは泳げる? 浮輪とか大丈夫?」
「お前もか工藤!!」
奏空の自覚の無い子ども扱いに、瑛太は少し唇を尖らせたものの、もういい! と奏空を海のなかへと引きずり込んでいく。
「欲しいもの買ってあげないぞぅ?」
と意地悪く逝は言ってみるのだが、どうせ買ってしまうんだけどねえと心中で自分に自分を苦笑いである。なお、欲しいもの買ってあげないという言葉に反応したのは瑛太もそうだが、奏空も心のなかで「ええ!?」と思っていたとか。
暫く、きゃあきゃあと遊んでから。
「スイカ割り!」
奏空は頭くらいに大きな西瓜を、地面に置いた。
「鉄板だろ!!」
瑛太は笑いながら棒をどこからか回収してきていた。
最初は奏空がやってみるのだが、あっちだこっちだと瑛太の指示は的確でも、中々調整は難しいもの。
「わっはー、なかなか難しいねえ~」
なんて照れながらも、外れて西瓜の隣にくぼみができた砂をつついた。ハズレである。
刹那、覚醒を果たした逝の腕。
奏空と瑛太は、覚醒のときに僅かに発生した暴風に髪の毛が流されている。その際、サッと逝は目隠しをした。
「……エータ! 悪食を預かってておくれ。攻撃に必要なのは正確性と充分な威力だ」
「はぁ?!預かるのは良いけどちょっと待ておっさん、何で知ってるんだよ!」
なお、悪食は奏空を食べたそうにしていた。その時、逝の指が二本揃えられて眉間の辺りに触れる。言葉は無く、しかし驚異の集中を見せつつ、何かを気取ったとき。逝の身体、いや、その腕が一閃、空中を割いていく。刹那、爆発したように赤色の中身を飛び出させ、最早何であったかもわからないほどに砕けた西瓜。
「ななな……何が起こったの? もうーおっちゃん、粉々すぎて食べる部分ないじゃんかーっ」
「つうか、おっさんが全力でやったらダメだろそれええええ!!!」
「ははは」
鐡之蔵 禊(CL2000029)は水着に、拳を突き上げながら、焼き上げてくるような太陽を見上げた。
これぞ、夏であるか。肌を撫でていく風も、どこか海へ誘っているように暖かい。
御影・きせき(CL2001110)は自分より大きいイルカを持ちながら、禊の後ろを追いかける。
さらにその二人を、保護者のような目線で見つめているのは麻弓 紡(CL2000623)であった。
きせきは禊を追い越し、海へと入る。イルカに跨ると、最初は何度もバランスを崩していたが、慣れればしっかり乗れて波を感じることができる。
そこへ禊は悪戯的な笑みを浮かべると、水鉄砲で彼の頬を濡らしていく。同じく紡も、
「やっほ、御影ちゃん」
と。警戒心を削いでから隠していた水鉄砲で同じくきせきを狙っていく。突然の冷たさに、きせきは高い声で驚きつつも、
「僕からもおかえしだよー!!」
イルカに乗っては不利である。降りた彼は、そのまま両腕を最大限に奮って海水を掛け合うのである。
紡も同じく悪戯染みた笑みを浮かべながら、きせきを狙うことに躍起になっている禊を狙う。放射された水が弧を描きつつ、禊の胸元へと着弾。冷たい!! と声をあげた彼女に、してやったりとウィンクをひとつ落とす紡。
「狙いは外さない主義なのだよ、ごめんね?」
「このぉっ」
禊もそれには応戦した。きせきはイルカの尻尾の部分を持ちながら鈍器のように手馴れて振り回してくる。しかし遠距離である禊と紡はいくらか有利だ。
されど、イルカで水面を切ったその水しぶきで紡も禊も髪がしっとりと濡れていくまで海水に塗れていくのであった。
せっかくなら、みんなで遊んだほうが楽しいだろうからね。と。禊は心の中で、今の状況を心から楽しんでいる。
それはきっと、きせきも、紡も同じことを思っていたに違いは無いであろう。
暫くして、体力がからからに削れるまで戦争をしていた三人は海から上がる。
「イチゴ! 練乳付で!」
「僕はメロン味がいいなあ」
「同じくイチゴ練乳がいいかな」
三人は顔を見合わせて、ふふりと笑い。氷と書かれた看板へ一直線に駆け込んだ。
●
まるでそれは絵本の中の世界のような。
黒桐 夕樹(CL2000163)は深い深い海の底から、上を見上げていた。
不思議と、普通ならば真っ暗闇であるはずの底も、星と、神様の力によってか。程よく明るく、程よく暗い世界い、神秘の光景が広がっている。
『見上げる水面』には月がゆらゆらと光と形を落とし、昼間の明るい騒がしさの声もとんと消えている。
波に身を任し、夕樹の体を主語するように色とりどりの魚たちが来訪者を歓迎していた。
写真という物では無く、心に刻む一つの光景。
時を忘れるほどに、ゆっくり、ゆったりと流れていく。
「紅湖、お前も遊んでおいで」
出現した守護使役を解放し、されど使役は夕樹が見える範囲から離れようとはせず。
再び見上げた月を見ながら、そして瞳を閉じた。
野武 七雅(CL2001141)はふと、隣の枢へ言葉を発した。
「宿題の後は、リフレッシュタイムなの! ……!?」
「はい!」
居たのは、大人の方の枢であったことに、暫く七雅は驚きを隠せずも現実を受け止めていく。
二人は夜の海の中へと駆けていく。歩けること、息ができること、信頼していけばほら、気が付けば海の中で空を見上げていた。
まるで姉妹のような二人は、同じ景色を見ながら歩き出す。繋いだ手と手を、離さないように。
「あ、あっちの岩の影お魚さんいっぱいなの」
「本当ですね。行ってみましょうか?」
「夜だからちょっと眠たそうなの? ここはきっとお魚さんのホテルに違いないの」
「ふふ、そうかもしれませんね。ここはお魚さんの領域ですから」
緩んだ砂の上をステップを踏み、七雅は遠くの影に瞳を七色にも光らせた。それは普段目にすることが無いような魚であり――
「あっちにすっごいおっきなお魚さんがいるの! 近づいても嚙まれたりしないかなぁ」
「一応、警戒はしておきましょう。七雅様が怪我をする姿は見たくありませんから」
観察という言葉のほうがお似合いか。暫く二人は魚たちに見とれ、時間を忘れていた。
明石 ミュエル(CL2000172)は岩場に座りつつ、独り、月を眺めていた。
ラメのように煌く金髪も、どことなく影を差し。まるで人魚のように凛として君臨しつつも、見えぬ濃い影が彼女の瞳の奥で揺らいでいた。
水面に灯る月が、止まる事無くゆらゆらと揺れる。それはまるでミュエルの心の中を映しているようか。
不思議極まりない景色に心を奪われ、いや、奪って欲しいと願っていたことだろう。
幻想的なままに染まってしまいたいと。
だって、現実は。
――思い出すのは、『あのひと』の声と温もりだ。冷たい水の中だが、けれど、確かに思い出せるものはある。
けれど、もういない。隣には、誰も。
願わくば、同じ月を眺めていて欲しいとも願う。離れていても、あの月だけは変わらない同じ景色であるが故に。
五麟の襲撃前に、街を出ていてくれて良かったと思えるようになったのは心が落ち着いた証拠なのだろうか。
「泣いてなんかない、もん」
塩気のある悲しみが、瞳から大粒になり零れたとしても。
『此処』なら誰にも気づかれず。
明日は、笑顔に花を咲かせて空を見上げよう。
最初は恐れていたものも、一度触れてしまえば、なんだと思えるものか。
神室・祇澄(CL2000017)は目を瞑ったまま海の中まで入り、そしてやがて全身浸かった状態で薄っすらと瞳を開けていく。
陸上と同じように息ができ、しかし飲み込む空気のようなものは冷たく鼻を通っていく。水中呼吸はこんなものになるのだろうか。
ふと漏れたキレイという言葉に、全ての意味が込められていただろう。多少の暗さも、暗視さえあれば気にならず。
「水神様……わだつみとは、また別なのでしょうか」
基調は蒼、しかし七色に光る鱗を持った龍が水中を静かに揺らしながら飛んでいく。
ふふ、この世界には、私達には及びも付かないような古妖が一杯いるのでしょうね。どうか、古妖が皆、水神様のような優しい方でありますようにと、願わずにはいられません。
祈り手を作る巫女の姿は正に神秘を体現したようなものか。
明るい方へと歩みつつ、そして沖に行き過ぎても龍が道案内をし、祇澄はそのやさしさに心底願いと祈りを託すのであった。
上月・里桜(CL2001274)の、水面と同じ色のパレオがゆったりと揺れる。
「朧もおいで。一緒に魔法をかけてもらいましょう」
里桜を主人とする守護使役は、水中だが必死に彼女を追いかけてきていた。
一人と一匹の散歩は静寂のなかで始まる。鱗の輝く魚たちに挨拶しつつ、寝ている彼らの傍は慎重に歩んでいく。
暫く進んだところで、丁度いい休憩場となりそうな岩を見つけた。珊瑚や、少量の魚たちがその場を守っているような岩場だ。ここは彼等の住処であるのか、荒らす訳ではない事を断りつつもそちらへと向かう。
降るような星と月の光を。手のひらで受けたら、掬えるかしら?
注ぎ込む光に手を伸ばし、掴むように拳を握る。素敵な記憶をありがとう――水神様へとお礼の言の葉を捧げて。
「うわぁーー、綺麗!」
赤鈴 いばら(CL2000793)は天から降り注ぐ光をその身に受けながら、溢れ出たような感動の言葉を放つ。
地上から眺めるのとはまた違った景色に、自然を笑みが零れながら、龍の尾が絶え間なく水中を揺らしていた。
それを後方から見つめているのは一色・満月(CL2000044)である。彼女と同じものが見えている景色の美しさを見上げつつも、満月の瞳は常にいばらを気遣っていた。
ふと、
「……あいてっ」
「大丈夫か? 一応、足場がゆるいでな」
夢中になって上を見上げていたからか、下に疎かになった足が岩場を蹴るようにぶつかりよろめいたいばら。それを満月は支えつつ、それからは二人の手は繋がり歩んでいく。
彼女の体温が伝わり、満月はなんとも言えぬ照れてしまう気持ちの正体に気づかぬも、心地が悪いわけではなく。
満月の葛藤を知らぬいばらは、頭にハテナを浮かべつつ彼の顔を覗き込んでいた。
彼の手のなかには炎があった。周囲を照らし、しかしそれは魚たちが怖がるように避けていく。
いばらは彼の炎を小さくするように助言をしつつ、再び寄ってきた魚たちへ「ごめんね」と遠慮気味の笑顔をこぼした。そりゃ、知らない人が来たらびっくりするよね、と。
魚を気遣うのは満月も同じだ。すまなかったと頭を下げる彼の行動に、ふふ、と笑ういばら。
満月は彼女が楽しそうであるが故に、同じ笑みを浮かべて。
星のように光り輝く水面を見上げた。
「すげえな、いつもは見下ろしているけど見上げるのも悪くない」
「でもあれね、水の中で呼吸できるのって変な感じ」
先へ先へと進んでいく切裂 ジャック(CL2001403)を追いかける形で酒々井 数多(CL2000149)は歩いていく。
七色の鱗が輝く魚たちへ、お邪魔しますと首を垂れるジャックのその背後で。数多はエラ呼吸にされたのか、魚臭いからとジャックを退けていたが。ジャックは笑いながら「ちゃうやろ」と。
ふと、暗い表情を浮かべたジャック。思い出すのは、少し前の出来事である。
「な、なあ、数多。この前は、子供を助けててかっこよかったぜ! けど俺は殺しそうになっちまった、やっぱり俺ら化け物なんかな」
「殺しそうになっただけで、別に殺してないし殺す気もなかったし。夢見は死なないって言ったじゃない。だったら最大効率を出しただけでしょ?」
数多はそう言ってから、
「人っていうか、覚者がバケモノになっちゃう時なんて心も闇に落ちた時じゃない?」
と付け足し。貴方は闇に落ちてしまったの? と、影るジャックの顔を覗き込んだが、月明り差す彼の表情はまだ闇に落ちてしまったとは言い難い。
だから、大丈夫だと。海の上に輝く星を指差し。
「あの星みて綺麗って思えるんでしょ? だったらまだ全然普通だわ」
「……数多は。あれが綺麗じゃないなら、一体何に見えてん?」
「私もちゃんとまだ普通に綺麗にみえるわよ」
「そっか、まだ、か……なら迷ったときは! 俺が数多を導く星になるっぜ!」
言ってやった!と胸を張るジャックに、数多は頬を赤らめながら彼から視線を外さないまま、顔だけそっぽを向いた。
「ねえ、言ってて恥ずかしくない? それ……」
「よ、よせ」
指摘されて初めて、恥ずかしさがこみ上げてくる。
「それはそれとして、なんでバニーやねんあんときからァ!!」
「どうみても水着です。本当にありがとうございました」
なかなか海の中を歩む機会とは、そんなにないものであろう。
鈴白 秋人(CL2000565)は永倉 祝(CL2000103)を連れて歩き、やっぱり魚は殆ど寝ているみたいだと零した。
祝はゆらゆら揺れる水面に水中に身を任せながら、その寝ている魚たちを起こさないように気を付けつつも、夜闇に灯る月も明るさを美しいと評した。
そんな彼女の姿がとても幻想的で、けれど、呼吸をすることさえ忘れてしまうくらいに神秘的な彼女の姿に、儚さの不安と美しさの希望両方がぐるぐると秋人の心を埋めていた。
だから、そっと抱きしめた。彼女を壊さないように、やさしく。どんな反応をされるのか、これもまた希望と不安を廻しながら。
祝の頬は少しずつ紅潮していた。こういうの、慣れていないからと。しかしそれが嫌な訳では無い。心地よく、ずっとこうしていたい気分さえあるほどだ。
きっとそう思えるようになったのは、秋人のおかげで。暫く二人だけの空間は続いていく。
お魚さんになった気分で。もしかしたら彼女は人魚姫?
当の人魚姫、椿 那由多(CL2001442)は十夜 八重(CL2000122)と手を繋いで海の中、苦しそうに鼻を抑えていた。
しかし息はもう止めていられない。いっそ海水を飲み込む勢いで、ぷは、と口を開けた那由多であったが、確かに息ができる不思議さに浸っていた。
くすくす笑う八重は、そんな那由多の行動が愛らしく見えたのだろう。
再び手を差し出してきた八重と手と那由多の手は重なる。
「そや……うち、お魚さんにご飯持ってきたんです」
「そうでしたか……では」
周囲にふわふわと漂う、那由多が用意した餌。それにつられて、眠っていた魚たちも一斉に彼女たち周囲を巡るように集まってきた。
「ふふ。お魚さんに慕われてるみたいで、人魚姫ってお似合いですよ?」
「人魚姫? 泡になってこのまま消えるのも、ええかもしれやん……なんて」
人魚姫の終わりはいつだって悲しいもの。しかしそんなことにはさせまいと、握られていた手を引かれて水中でダンスを踊る。
最初は那由多も戸惑っていたが、月明りというスポットライトに照らされ、魚という珍客たちに見守られながら奉納するかのような舞の流れに身を任すのだ。
「こういうんもええですね 幻想的で現実離れしてて」
そのとき。
バランスを崩して、八重の上へ乗っかるかたちで那由多が重なった。しかしここは水中だ、倒れるというよりは流れに揺蕩うことになるのだが。
八重は言う。
「月が、綺麗ですよ」
見上げた空は、月明りに揺れていた。
同じ景色に見入られながら、暫くふわりゆらりと水中で流れのままに現実を忘れた。
天野 澄香(CL2000194)は、見知った影を見つけた。水部 稜(CL2001272)である。
偶然にも逢った二人。
幻想的な風景が見られると、海のなかに入ろうとしていた澄香である。稜はそんな彼女と共に、流れではあるが海の中の散歩に付き合うことにした。
子供ではないから、一人でも大丈夫だけれど。見知った人物が隣にいてくれるだけでも自然と澄香の心の中では嬉しさが芽生えている。
「ありがとうございます」
彼女の率直な言葉に稜は、深く頷いた。
水の中を奥へ、奥へと進んでいく二人。
途中までは言葉の要らない時間が流れていたが、見上げた澄香の瞳の中はきらきらと輝いている。
「水の中、本当に息ができるんですね、不思議……! 月明かりが水で揺らめいて、何だかおとぎの国に来たみたいです。人魚姫になった気分ですね、ふふ」
「人魚姫、か。ふふ、お前は泡になって消えたりしないだろうな?」
意地悪な言葉に澄香はぷうと頬を膨らました。
「なに、大丈夫だって分かっているさ。人魚姫は喋れなかったから結局誤解に終わって消えたんだしな。それに、あんな澄香を苦しめる王子様がいたら俺が代わりに短剣で刺してやるから安心しろ」
二人で歩幅を合わせて進んでいく。
思い立ってステップを踏んでみれば、地上の重力に従ってしまう身体とはまたちがう浮遊感が心地よい。
楽しんでいる澄香を見ると、心が洗われるようだ。覚者になって、こんなに感謝したことは無いと稜は思う。一緒に、同じく歩んでいけるのだから。
ふと、澄香は彼の腕に捕まった。目覚めたばかりの魚たちを追ってまだ遠くまで続く海の世界を堪能するのだ。
守衛野 鈴鳴(CL2000222)は戦線恐々。海の中でぎゅうと目を瞑りながら、ぎゅうと三島 椿(CL2000061)の腕をつかんでいた。
三峯・由愛(CL2000629)は二人より少し前に出て歩いていく。
「海の中を歩けるだなんて素敵です。水神様に感謝しなきゃですねっ。あ、大丈夫ですよ眼を開けても」
「で、でもっ」
鈴鳴は恐る恐る瞳をあけていく。まず最初に見えたのは、空から差す月明りが水面に揺れていたことだ。鈴鳴の瞳のなかにも、月明りが浮かび負けないほどにキラキラと輝いている。
「わ、わあぁ……本当です、海の中を歩いてます!」
「そうね、不思議な感覚だわ」
椿も、泳ぐのは苦手であるからこそ。完全な水中にはいくから不安を抱えていたが、地上とは変わらない環境と、地上とは違う風景に目を奪われている。
先を行く由愛はくるりと二人の方向を見た。
「新しい水着を用意しておいて正解でした。ふふっ、おふたりの水着も可愛らしくて素敵ですよ」
照れ隠しに由愛は、自分の髪の毛を指先で弄びながら。ほんのり桃色になった鈴鳴と椿の頬。
淡く光る鈴鳴は、まるで道を指し示す灯台のようで。風景を壊さぬ程度に、淡く彩られた世界はまさに幻想という言葉がお似合いである。
鱗の輝く魚たちが群れとなって泳いでいく。邪魔しないように道を譲る三人。
椿と由愛は、魚たちをみて可愛いわねと笑いあった。けれど、ちょっと大きな魚が二人の間を通って行ったときは一松の不安を抱えたものだ。それでまた笑いあったけれど。
鈴鳴からみて、二人は憧れの存在だ。スタイルもそうだが、所作や仕草、すべてを見本にしたい存在。そんな二人とこんなに身近に触れ合えることは幸せなことなのだろう。
つい、鈴鳴は二人をじいっとみてしまった。
「こうして、おふたりとのんびりお散歩しながらお月見ができて嬉しいですっ」
由愛は率直か思いを隠さなかった。その気持ちは二人も同じことであろう。由愛は再び歩み、二人と手を繋ぎながら奥へと進んでいく。
海に溶けた水神はきっとこの海と一体化しているのだろう。
「今日は不思議な体験ができて、とても楽しかったわ。どうもありがとうございました」
つぶやいた椿の言葉は同じく水に溶け、古き神へと伝わったに違いない。
そして、この平和な時間が続くようにと由愛は心中祈ったのである。
「へぇ、凄いね……本当に海の中で息も出来て、動くのに支障もない」
酒々井・千歳(CL2000407)は古妖の力に感心しつつ、隣を歩む水瀬 冬佳(CL2000762)は「はい」と小さく頷いた。
「これは……水の神の加護とでも呼ぶべきものですね。本物の……」
水の神。古の龍神か。この場所には、今でも妖怪や神の類が住んでいるのだろう。それにはなんとなく、うれしい気持ちがこみ上げていた冬佳。
冷たく静寂の保たれた水中であるが、千歳の手から伝わる熱が心地よい。今が真夏であると、忘れてしまうほどに。
見上げれば、時折、水面が揺れて空の星々が流れ落ちてくるように見える。スポットライトのように照らす月は、優しく二人を見守っていることだろう。
「海の中から見上げると本当に違った景色に見えるね……本当に綺麗だ」
「ええ……綺麗。水の中、深くからだとこう見えるなんて」
透き通る世界に、いつもは下に見える魚たちも上を泳いでいく。魅入る世界は、まるで魔法そのものである。
「あぁ、でも。冬佳さんも綺麗だよ、この景色に負けず劣らずね」
「いきなりですね。でも……そう、ですか?」
不意打ちに、冬佳は恥ずかしそうに身をねじった。もちろん、新しい水着も似合っていると千歳は付け加え。
「少しキザだったかな、本音なんだけどね」
「……ふふ、ありがとう」
繋がった二人の手は更に強く握られた。誰も見えない二人だけの世界に、しばし現実を忘れて漂うのである。
華神 悠乃(CL2000231)は天明 両慈(CL2000603)と隣に並んでいた。ぎこちない距離感、つかず離れずの距離は、初々しさと恥ずかしさの象徴であろうか。
「実は今年、水着をふたつ用意してましてー」
最初に話を切り出したのは悠乃のほうだ。
「ほう、二つ目の水着か。悠乃の水着姿は純粋に興味があるな」
ひとつは競泳用のスイムスーツ。これは悠乃らしくスポーツ用のもの。
もうひとつは――、
「サイズが、その。かわいいのはどうしても小さくて……」
官能的にもパーカーのジッパーを少しずつ開けていくのに、両慈は一度生唾を飲んだ。
しかし、ジッパーは悠乃の谷間を艶やかに見せたところで止まってしまった。
「ほ、ほかのひとに見えないとこでなら、脱がしていただいても、ぃ ぃ いい、です、よ?」
「俺が脱がすのか……?」
照れすぎて両慈の顔を見れなくなった彼女の視線は、あちらこちらを見ているが彼しか見えていないのだろう。
両慈も手に汗を握りながら、そんなに恥ずかしがられると自分まで恥ずかしくなり。ジッパーを降ろすだけという作業に、なんとなく高難易度を感じていた。
結果的には、両慈の骨ばった頼もしい手は彼女の肌を露出させるのだが。
彼は暫く彼女を見つめて、そして、目線をそらした。顔を真っ赤にしながら。
見られるだけでこんな気持ちになるものか。
両慈は半ば暴走しかけている思考を理性というもので抑えながら、彼女の顎を優しく持ち上げてから唇を重ねて愛を確かめた――。
向日葵 御菓子(CL2000429)は水神様に感謝をしつつ、つま先からゆっくりと水の中へと身をつけていく。
菊坂 結鹿(CL2000432)はその後ろをついていきながら、大人のほうの枢の手を引っ張っていた。
普段は見られない世界であったからか、御菓子はいつもよりもはしゃぎ気味で、見た目相応のようあテンションを保っている。
「三人で水着で夜の海底にいるってことも、生身で海の魚と触れ合ってることも、ほんとワクワクが止まらないね♪」
「こんなに、明るかったんですね!」
「魚たちも、キレイですね」
海面から降り注ぐ薄絹のような光のカーテン。その蒼く澄んだ光は、本当に優しくて、涼やか。
現実から遠く離れた三人は、顔を見合わせて笑った。
「これから、どんだけわたしの音楽に今日の体験が活かされてきちゃうんだろう? もぅ、この風景を知ったら、今までのわたしじゃいられないよね」
この期に及んでまた腕をあげるのか。というつっこみはおいておき、彼女が培うインスピレーションのひとつになったことは御菓子にとっても予想外の大収穫である。
「もしかしたら普段は当たり前のことで見落している素敵なことが、もっともっといっぱいあるのかもしれませんね」
結鹿も、同じ景色を見上げながら感じた事を率直に言葉にした。まだ、世界には知らないことはたくさんあるのだろう。その一つに触れただけでも、結鹿という少女はひとつ成長したようにも見える。
ふと、御菓子は、枢と手を繋ぐ結鹿に「妹みたいね」と悪戯的に笑った。すると結鹿はやり返しといわんばかりに、
「お姉ちゃんは末妹だよ」
と切れ味の高い反撃ひとつ。
「やるな♪ 結鹿ちゃん。あとね、今までそれほど思わなかったけど、大人っぽくなれる枢ちゃん、ちょっとずるいわ……うらやましい」
「ふふ、現の利点ですね」
三人の時間はもっともっと続いていく。
「燐ちゃん、海中散歩行ってみない?」
「海岸で遊ぶのかと思ってましたが、海中ですか」
蘇我島 恭司(CL2001015)は水中でも問題ないカメラを持参しつつ、柳 燐花(CL2000695)はこくんと頭を上下に揺らした。
なるほど、海水浴かと思えば海中浴。それは初めてであると燐花は心中に思いつつも、海の中へと入っていく。けれど。
「呼吸できて目を開けて歩けるとはいえ、泳げないと若干不安が……」
燐花は、腰までつかったところでオロオロし始めていた。迷惑はかけるわけにはいかない、しかし恐怖というものはどうしようもない。
「ほら、燐ちゃん。一緒に行こう?」
そんな彼女に、恭司は寄り添い、手を差し伸べた。
少し、時間はかかった。
不安げな手は恭司の手前で何度も揺れたけれど。
「お言葉に、甘えて」
触れた、彼女の手は少々震えていた。戦場では見せない顔が、今、ここにあった。
片手がふさがるというのは、撮影がしにくくなることと同意であったが、イヤな気分では無い。それこそ、彼女の恐怖が少しでも和らいだのであれば、本望だろう。
「僕が良いよと言うまで、目を瞑ってて……そうそう、そのままそのまま」
彼女を不安にさせないように。一緒にいることを示すように、恭司は何度も彼女に言葉をかけていく。
「ほら、燐ちゃん目を開けて……どう? 凄いよね!」
少しずつ開いていく視界。見えたのは、一言では言い表せないものを含んだ光であった。
言葉を忘れて、時間は流れていく。写真におさめるよりも、大事な光景と共に。貴方の隣という、最高の居場所とともに。
天堂・フィオナ(CL2001421)は言う。
「術が切れたら本当に成す術ないぞ!?」
八重霞 頼蔵(CL2000693)は、
「本当にな」
と同意しつつも、少し慌て気味のフィオナを見て苦笑していた。
フィオナは彼と出会ってもう三か月という時間が経過していた。思えば早いものだ。
最初の一言が通報で何があったかは知らないが、しかし良い人であり、時には意地悪な飴と鞭がフィオナを刺激していたことには違い無いだろう。
同じく頼蔵も三か月の月日が経っていたことに『もう』其れ位かと、時の早さを実感している。
「天堂君は知りたいのだろう? ……君の記憶、君が何であるのかを。ならば進み給え。君が正しい依頼人である限り、私は助力を惜しまないよ」
いきなりの言葉に、心臓でも掴まれたようだ。フィオナは頼蔵の手前に廻り、正面向かい。
「頼蔵は色々出来るけど、人の心まで読めるのか?」
と言えば、さあどうだろうなとかわされてしまう。
それはそれとして、空から降ってくる光が透き通る水面を通り、輝きを与えていくれている。それはフィオナの青色の髪を更に彩り、煌いていた。
それを美しいと言わずして、何と言えばいいのだろうか。
「こういう場所でそんな風に褒められると、何だかくすぐったい感じがするな!?」
照れながら、フィオナは指で自分の髪を梳いた。そんな彼女の表情は、初めて魅せる色に染まっていたのを頼蔵は覗き込むように記憶に留めていく。
面白い、もっとよく見たいと。
このときが楽しくて、フィオナは記憶を思い出した後のことが気がかりである。思い出さなくても、いいのでは無いかと思いながらも。
「……あっ、勿論止まったりしないぞ! 助けて貰ってる訳だし!」
「と。折角の休日だ。仕事や、それに近しい話ばかりなのもな」
鈴駆・ありす(CL2001269)は乗り気ではないけど、気晴らしに付き合ってあげるという約束を果たすために、黒崎 ヤマト(CL2001083)の背を追っていた。
ヤマトは、一緒に見たい景色があるからと来ているのだが。それはまだ、彼女に伝えないままでいた。
二人は手を繋ぎ、繋ごうといったのもヤマトのほうからだ。せめて、この冷たく静寂な世界でひとつの温もりを頼りにできるように。
不思議な水中の感覚に、ありすは少しだけ心を許しつつ。ヤマトの手を一層強く握った。
見るものすべてが、ありすにとって新しい世界で。言葉を忘れて、二人は歩んでいく。
ふと、ヤマトは地面を蹴って。流れのままに、体を預けてみる。羽で飛ぶのとは、また違った感覚で。泳いでいるというよりは漂っているが正解か。
星がキレイなのだと、ヤマトと同じくありすも同じ態勢へと移っていく。彼が言う通り、幻想的な。万華鏡のような世界に眼を奪われた。
「この前、ありすに話を聞いてもらって、オレのワガママの演奏に付き合ってもらって、ありがとう。おかげでもう大丈夫」
「ん」
「少しでもお返しできたらなって、喜んでくれてたら嬉しい」
「お返しなんていうけど、アタシはただ音楽聴いただけよ。そりゃ、少しは心配はしたけど……」
「……オレな。ありすが弱ってたら支えたい。困ったら頼ってほしいし、力になりたい」
「アタシは、別に弱っても困ってもいないし。大体、アタシがアンタのわがままで振り回されてる位がちょうど良いのよ。正直、嫌いじゃないから」
だから次は、ヤマトはありすのワガママを聞く番なのかもしれない。もっと一緒にいたい、もっと遊びたいという言葉とともに。
「……手、離さないでよ。離したら許さないから」
「手は、離さないから」
「わーい! おっちゃんとエータちゃんと海だー!」
やっと宿題を殺した工藤・奏空(CL2000955)は、浜辺を駆けていく。
「よっしゃー、海行くぞー!! 遊び倒すぞ!」
その後ろを、まるで兄弟のように駆けていくのは、十河 瑛太(CL2000437)だ。
更に更に、その後ろを歩いて来るのは緒形 逝(CL2000156)。今日の保護者ポジである。
瑛太と逝と言えば、昨年は彼女に泳ぎを教えていたときだ。その教えが実ったか、今日の瑛太は水を恐れないという形で進化している。
「海好きねえ、エータは病院住まいだから仕方無いとしても……2人共、あんまり離れるんじゃないわよ!」
瑛太は逝へ向かって、舌を出しながら目じりを指で引っ張ったのち、奏空の腕に絡みつくように抱いて。
「何だよ! 足つらねーし、ンな遠くに行かねえよ。工藤もいるだろ! 平気だって!!」
「エータちゃんは泳げる? 浮輪とか大丈夫?」
「お前もか工藤!!」
奏空の自覚の無い子ども扱いに、瑛太は少し唇を尖らせたものの、もういい! と奏空を海のなかへと引きずり込んでいく。
「欲しいもの買ってあげないぞぅ?」
と意地悪く逝は言ってみるのだが、どうせ買ってしまうんだけどねえと心中で自分に自分を苦笑いである。なお、欲しいもの買ってあげないという言葉に反応したのは瑛太もそうだが、奏空も心のなかで「ええ!?」と思っていたとか。
暫く、きゃあきゃあと遊んでから。
「スイカ割り!」
奏空は頭くらいに大きな西瓜を、地面に置いた。
「鉄板だろ!!」
瑛太は笑いながら棒をどこからか回収してきていた。
最初は奏空がやってみるのだが、あっちだこっちだと瑛太の指示は的確でも、中々調整は難しいもの。
「わっはー、なかなか難しいねえ~」
なんて照れながらも、外れて西瓜の隣にくぼみができた砂をつついた。ハズレである。
刹那、覚醒を果たした逝の腕。
奏空と瑛太は、覚醒のときに僅かに発生した暴風に髪の毛が流されている。その際、サッと逝は目隠しをした。
「……エータ! 悪食を預かってておくれ。攻撃に必要なのは正確性と充分な威力だ」
「はぁ?!預かるのは良いけどちょっと待ておっさん、何で知ってるんだよ!」
なお、悪食は奏空を食べたそうにしていた。その時、逝の指が二本揃えられて眉間の辺りに触れる。言葉は無く、しかし驚異の集中を見せつつ、何かを気取ったとき。逝の身体、いや、その腕が一閃、空中を割いていく。刹那、爆発したように赤色の中身を飛び出させ、最早何であったかもわからないほどに砕けた西瓜。
「ななな……何が起こったの? もうーおっちゃん、粉々すぎて食べる部分ないじゃんかーっ」
「つうか、おっさんが全力でやったらダメだろそれええええ!!!」
「ははは」
鐡之蔵 禊(CL2000029)は水着に、拳を突き上げながら、焼き上げてくるような太陽を見上げた。
これぞ、夏であるか。肌を撫でていく風も、どこか海へ誘っているように暖かい。
御影・きせき(CL2001110)は自分より大きいイルカを持ちながら、禊の後ろを追いかける。
さらにその二人を、保護者のような目線で見つめているのは麻弓 紡(CL2000623)であった。
きせきは禊を追い越し、海へと入る。イルカに跨ると、最初は何度もバランスを崩していたが、慣れればしっかり乗れて波を感じることができる。
そこへ禊は悪戯的な笑みを浮かべると、水鉄砲で彼の頬を濡らしていく。同じく紡も、
「やっほ、御影ちゃん」
と。警戒心を削いでから隠していた水鉄砲で同じくきせきを狙っていく。突然の冷たさに、きせきは高い声で驚きつつも、
「僕からもおかえしだよー!!」
イルカに乗っては不利である。降りた彼は、そのまま両腕を最大限に奮って海水を掛け合うのである。
紡も同じく悪戯染みた笑みを浮かべながら、きせきを狙うことに躍起になっている禊を狙う。放射された水が弧を描きつつ、禊の胸元へと着弾。冷たい!! と声をあげた彼女に、してやったりとウィンクをひとつ落とす紡。
「狙いは外さない主義なのだよ、ごめんね?」
「このぉっ」
禊もそれには応戦した。きせきはイルカの尻尾の部分を持ちながら鈍器のように手馴れて振り回してくる。しかし遠距離である禊と紡はいくらか有利だ。
されど、イルカで水面を切ったその水しぶきで紡も禊も髪がしっとりと濡れていくまで海水に塗れていくのであった。
せっかくなら、みんなで遊んだほうが楽しいだろうからね。と。禊は心の中で、今の状況を心から楽しんでいる。
それはきっと、きせきも、紡も同じことを思っていたに違いは無いであろう。
暫くして、体力がからからに削れるまで戦争をしていた三人は海から上がる。
「イチゴ! 練乳付で!」
「僕はメロン味がいいなあ」
「同じくイチゴ練乳がいいかな」
三人は顔を見合わせて、ふふりと笑い。氷と書かれた看板へ一直線に駆け込んだ。
●
まるでそれは絵本の中の世界のような。
黒桐 夕樹(CL2000163)は深い深い海の底から、上を見上げていた。
不思議と、普通ならば真っ暗闇であるはずの底も、星と、神様の力によってか。程よく明るく、程よく暗い世界い、神秘の光景が広がっている。
『見上げる水面』には月がゆらゆらと光と形を落とし、昼間の明るい騒がしさの声もとんと消えている。
波に身を任し、夕樹の体を主語するように色とりどりの魚たちが来訪者を歓迎していた。
写真という物では無く、心に刻む一つの光景。
時を忘れるほどに、ゆっくり、ゆったりと流れていく。
「紅湖、お前も遊んでおいで」
出現した守護使役を解放し、されど使役は夕樹が見える範囲から離れようとはせず。
再び見上げた月を見ながら、そして瞳を閉じた。
野武 七雅(CL2001141)はふと、隣の枢へ言葉を発した。
「宿題の後は、リフレッシュタイムなの! ……!?」
「はい!」
居たのは、大人の方の枢であったことに、暫く七雅は驚きを隠せずも現実を受け止めていく。
二人は夜の海の中へと駆けていく。歩けること、息ができること、信頼していけばほら、気が付けば海の中で空を見上げていた。
まるで姉妹のような二人は、同じ景色を見ながら歩き出す。繋いだ手と手を、離さないように。
「あ、あっちの岩の影お魚さんいっぱいなの」
「本当ですね。行ってみましょうか?」
「夜だからちょっと眠たそうなの? ここはきっとお魚さんのホテルに違いないの」
「ふふ、そうかもしれませんね。ここはお魚さんの領域ですから」
緩んだ砂の上をステップを踏み、七雅は遠くの影に瞳を七色にも光らせた。それは普段目にすることが無いような魚であり――
「あっちにすっごいおっきなお魚さんがいるの! 近づいても嚙まれたりしないかなぁ」
「一応、警戒はしておきましょう。七雅様が怪我をする姿は見たくありませんから」
観察という言葉のほうがお似合いか。暫く二人は魚たちに見とれ、時間を忘れていた。
明石 ミュエル(CL2000172)は岩場に座りつつ、独り、月を眺めていた。
ラメのように煌く金髪も、どことなく影を差し。まるで人魚のように凛として君臨しつつも、見えぬ濃い影が彼女の瞳の奥で揺らいでいた。
水面に灯る月が、止まる事無くゆらゆらと揺れる。それはまるでミュエルの心の中を映しているようか。
不思議極まりない景色に心を奪われ、いや、奪って欲しいと願っていたことだろう。
幻想的なままに染まってしまいたいと。
だって、現実は。
――思い出すのは、『あのひと』の声と温もりだ。冷たい水の中だが、けれど、確かに思い出せるものはある。
けれど、もういない。隣には、誰も。
願わくば、同じ月を眺めていて欲しいとも願う。離れていても、あの月だけは変わらない同じ景色であるが故に。
五麟の襲撃前に、街を出ていてくれて良かったと思えるようになったのは心が落ち着いた証拠なのだろうか。
「泣いてなんかない、もん」
塩気のある悲しみが、瞳から大粒になり零れたとしても。
『此処』なら誰にも気づかれず。
明日は、笑顔に花を咲かせて空を見上げよう。
最初は恐れていたものも、一度触れてしまえば、なんだと思えるものか。
神室・祇澄(CL2000017)は目を瞑ったまま海の中まで入り、そしてやがて全身浸かった状態で薄っすらと瞳を開けていく。
陸上と同じように息ができ、しかし飲み込む空気のようなものは冷たく鼻を通っていく。水中呼吸はこんなものになるのだろうか。
ふと漏れたキレイという言葉に、全ての意味が込められていただろう。多少の暗さも、暗視さえあれば気にならず。
「水神様……わだつみとは、また別なのでしょうか」
基調は蒼、しかし七色に光る鱗を持った龍が水中を静かに揺らしながら飛んでいく。
ふふ、この世界には、私達には及びも付かないような古妖が一杯いるのでしょうね。どうか、古妖が皆、水神様のような優しい方でありますようにと、願わずにはいられません。
祈り手を作る巫女の姿は正に神秘を体現したようなものか。
明るい方へと歩みつつ、そして沖に行き過ぎても龍が道案内をし、祇澄はそのやさしさに心底願いと祈りを託すのであった。
上月・里桜(CL2001274)の、水面と同じ色のパレオがゆったりと揺れる。
「朧もおいで。一緒に魔法をかけてもらいましょう」
里桜を主人とする守護使役は、水中だが必死に彼女を追いかけてきていた。
一人と一匹の散歩は静寂のなかで始まる。鱗の輝く魚たちに挨拶しつつ、寝ている彼らの傍は慎重に歩んでいく。
暫く進んだところで、丁度いい休憩場となりそうな岩を見つけた。珊瑚や、少量の魚たちがその場を守っているような岩場だ。ここは彼等の住処であるのか、荒らす訳ではない事を断りつつもそちらへと向かう。
降るような星と月の光を。手のひらで受けたら、掬えるかしら?
注ぎ込む光に手を伸ばし、掴むように拳を握る。素敵な記憶をありがとう――水神様へとお礼の言の葉を捧げて。
「うわぁーー、綺麗!」
赤鈴 いばら(CL2000793)は天から降り注ぐ光をその身に受けながら、溢れ出たような感動の言葉を放つ。
地上から眺めるのとはまた違った景色に、自然を笑みが零れながら、龍の尾が絶え間なく水中を揺らしていた。
それを後方から見つめているのは一色・満月(CL2000044)である。彼女と同じものが見えている景色の美しさを見上げつつも、満月の瞳は常にいばらを気遣っていた。
ふと、
「……あいてっ」
「大丈夫か? 一応、足場がゆるいでな」
夢中になって上を見上げていたからか、下に疎かになった足が岩場を蹴るようにぶつかりよろめいたいばら。それを満月は支えつつ、それからは二人の手は繋がり歩んでいく。
彼女の体温が伝わり、満月はなんとも言えぬ照れてしまう気持ちの正体に気づかぬも、心地が悪いわけではなく。
満月の葛藤を知らぬいばらは、頭にハテナを浮かべつつ彼の顔を覗き込んでいた。
彼の手のなかには炎があった。周囲を照らし、しかしそれは魚たちが怖がるように避けていく。
いばらは彼の炎を小さくするように助言をしつつ、再び寄ってきた魚たちへ「ごめんね」と遠慮気味の笑顔をこぼした。そりゃ、知らない人が来たらびっくりするよね、と。
魚を気遣うのは満月も同じだ。すまなかったと頭を下げる彼の行動に、ふふ、と笑ういばら。
満月は彼女が楽しそうであるが故に、同じ笑みを浮かべて。
星のように光り輝く水面を見上げた。
「すげえな、いつもは見下ろしているけど見上げるのも悪くない」
「でもあれね、水の中で呼吸できるのって変な感じ」
先へ先へと進んでいく切裂 ジャック(CL2001403)を追いかける形で酒々井 数多(CL2000149)は歩いていく。
七色の鱗が輝く魚たちへ、お邪魔しますと首を垂れるジャックのその背後で。数多はエラ呼吸にされたのか、魚臭いからとジャックを退けていたが。ジャックは笑いながら「ちゃうやろ」と。
ふと、暗い表情を浮かべたジャック。思い出すのは、少し前の出来事である。
「な、なあ、数多。この前は、子供を助けててかっこよかったぜ! けど俺は殺しそうになっちまった、やっぱり俺ら化け物なんかな」
「殺しそうになっただけで、別に殺してないし殺す気もなかったし。夢見は死なないって言ったじゃない。だったら最大効率を出しただけでしょ?」
数多はそう言ってから、
「人っていうか、覚者がバケモノになっちゃう時なんて心も闇に落ちた時じゃない?」
と付け足し。貴方は闇に落ちてしまったの? と、影るジャックの顔を覗き込んだが、月明り差す彼の表情はまだ闇に落ちてしまったとは言い難い。
だから、大丈夫だと。海の上に輝く星を指差し。
「あの星みて綺麗って思えるんでしょ? だったらまだ全然普通だわ」
「……数多は。あれが綺麗じゃないなら、一体何に見えてん?」
「私もちゃんとまだ普通に綺麗にみえるわよ」
「そっか、まだ、か……なら迷ったときは! 俺が数多を導く星になるっぜ!」
言ってやった!と胸を張るジャックに、数多は頬を赤らめながら彼から視線を外さないまま、顔だけそっぽを向いた。
「ねえ、言ってて恥ずかしくない? それ……」
「よ、よせ」
指摘されて初めて、恥ずかしさがこみ上げてくる。
「それはそれとして、なんでバニーやねんあんときからァ!!」
「どうみても水着です。本当にありがとうございました」
なかなか海の中を歩む機会とは、そんなにないものであろう。
鈴白 秋人(CL2000565)は永倉 祝(CL2000103)を連れて歩き、やっぱり魚は殆ど寝ているみたいだと零した。
祝はゆらゆら揺れる水面に水中に身を任せながら、その寝ている魚たちを起こさないように気を付けつつも、夜闇に灯る月も明るさを美しいと評した。
そんな彼女の姿がとても幻想的で、けれど、呼吸をすることさえ忘れてしまうくらいに神秘的な彼女の姿に、儚さの不安と美しさの希望両方がぐるぐると秋人の心を埋めていた。
だから、そっと抱きしめた。彼女を壊さないように、やさしく。どんな反応をされるのか、これもまた希望と不安を廻しながら。
祝の頬は少しずつ紅潮していた。こういうの、慣れていないからと。しかしそれが嫌な訳では無い。心地よく、ずっとこうしていたい気分さえあるほどだ。
きっとそう思えるようになったのは、秋人のおかげで。暫く二人だけの空間は続いていく。
お魚さんになった気分で。もしかしたら彼女は人魚姫?
当の人魚姫、椿 那由多(CL2001442)は十夜 八重(CL2000122)と手を繋いで海の中、苦しそうに鼻を抑えていた。
しかし息はもう止めていられない。いっそ海水を飲み込む勢いで、ぷは、と口を開けた那由多であったが、確かに息ができる不思議さに浸っていた。
くすくす笑う八重は、そんな那由多の行動が愛らしく見えたのだろう。
再び手を差し出してきた八重と手と那由多の手は重なる。
「そや……うち、お魚さんにご飯持ってきたんです」
「そうでしたか……では」
周囲にふわふわと漂う、那由多が用意した餌。それにつられて、眠っていた魚たちも一斉に彼女たち周囲を巡るように集まってきた。
「ふふ。お魚さんに慕われてるみたいで、人魚姫ってお似合いですよ?」
「人魚姫? 泡になってこのまま消えるのも、ええかもしれやん……なんて」
人魚姫の終わりはいつだって悲しいもの。しかしそんなことにはさせまいと、握られていた手を引かれて水中でダンスを踊る。
最初は那由多も戸惑っていたが、月明りというスポットライトに照らされ、魚という珍客たちに見守られながら奉納するかのような舞の流れに身を任すのだ。
「こういうんもええですね 幻想的で現実離れしてて」
そのとき。
バランスを崩して、八重の上へ乗っかるかたちで那由多が重なった。しかしここは水中だ、倒れるというよりは流れに揺蕩うことになるのだが。
八重は言う。
「月が、綺麗ですよ」
見上げた空は、月明りに揺れていた。
同じ景色に見入られながら、暫くふわりゆらりと水中で流れのままに現実を忘れた。
天野 澄香(CL2000194)は、見知った影を見つけた。水部 稜(CL2001272)である。
偶然にも逢った二人。
幻想的な風景が見られると、海のなかに入ろうとしていた澄香である。稜はそんな彼女と共に、流れではあるが海の中の散歩に付き合うことにした。
子供ではないから、一人でも大丈夫だけれど。見知った人物が隣にいてくれるだけでも自然と澄香の心の中では嬉しさが芽生えている。
「ありがとうございます」
彼女の率直な言葉に稜は、深く頷いた。
水の中を奥へ、奥へと進んでいく二人。
途中までは言葉の要らない時間が流れていたが、見上げた澄香の瞳の中はきらきらと輝いている。
「水の中、本当に息ができるんですね、不思議……! 月明かりが水で揺らめいて、何だかおとぎの国に来たみたいです。人魚姫になった気分ですね、ふふ」
「人魚姫、か。ふふ、お前は泡になって消えたりしないだろうな?」
意地悪な言葉に澄香はぷうと頬を膨らました。
「なに、大丈夫だって分かっているさ。人魚姫は喋れなかったから結局誤解に終わって消えたんだしな。それに、あんな澄香を苦しめる王子様がいたら俺が代わりに短剣で刺してやるから安心しろ」
二人で歩幅を合わせて進んでいく。
思い立ってステップを踏んでみれば、地上の重力に従ってしまう身体とはまたちがう浮遊感が心地よい。
楽しんでいる澄香を見ると、心が洗われるようだ。覚者になって、こんなに感謝したことは無いと稜は思う。一緒に、同じく歩んでいけるのだから。
ふと、澄香は彼の腕に捕まった。目覚めたばかりの魚たちを追ってまだ遠くまで続く海の世界を堪能するのだ。
守衛野 鈴鳴(CL2000222)は戦線恐々。海の中でぎゅうと目を瞑りながら、ぎゅうと三島 椿(CL2000061)の腕をつかんでいた。
三峯・由愛(CL2000629)は二人より少し前に出て歩いていく。
「海の中を歩けるだなんて素敵です。水神様に感謝しなきゃですねっ。あ、大丈夫ですよ眼を開けても」
「で、でもっ」
鈴鳴は恐る恐る瞳をあけていく。まず最初に見えたのは、空から差す月明りが水面に揺れていたことだ。鈴鳴の瞳のなかにも、月明りが浮かび負けないほどにキラキラと輝いている。
「わ、わあぁ……本当です、海の中を歩いてます!」
「そうね、不思議な感覚だわ」
椿も、泳ぐのは苦手であるからこそ。完全な水中にはいくから不安を抱えていたが、地上とは変わらない環境と、地上とは違う風景に目を奪われている。
先を行く由愛はくるりと二人の方向を見た。
「新しい水着を用意しておいて正解でした。ふふっ、おふたりの水着も可愛らしくて素敵ですよ」
照れ隠しに由愛は、自分の髪の毛を指先で弄びながら。ほんのり桃色になった鈴鳴と椿の頬。
淡く光る鈴鳴は、まるで道を指し示す灯台のようで。風景を壊さぬ程度に、淡く彩られた世界はまさに幻想という言葉がお似合いである。
鱗の輝く魚たちが群れとなって泳いでいく。邪魔しないように道を譲る三人。
椿と由愛は、魚たちをみて可愛いわねと笑いあった。けれど、ちょっと大きな魚が二人の間を通って行ったときは一松の不安を抱えたものだ。それでまた笑いあったけれど。
鈴鳴からみて、二人は憧れの存在だ。スタイルもそうだが、所作や仕草、すべてを見本にしたい存在。そんな二人とこんなに身近に触れ合えることは幸せなことなのだろう。
つい、鈴鳴は二人をじいっとみてしまった。
「こうして、おふたりとのんびりお散歩しながらお月見ができて嬉しいですっ」
由愛は率直か思いを隠さなかった。その気持ちは二人も同じことであろう。由愛は再び歩み、二人と手を繋ぎながら奥へと進んでいく。
海に溶けた水神はきっとこの海と一体化しているのだろう。
「今日は不思議な体験ができて、とても楽しかったわ。どうもありがとうございました」
つぶやいた椿の言葉は同じく水に溶け、古き神へと伝わったに違いない。
そして、この平和な時間が続くようにと由愛は心中祈ったのである。
「へぇ、凄いね……本当に海の中で息も出来て、動くのに支障もない」
酒々井・千歳(CL2000407)は古妖の力に感心しつつ、隣を歩む水瀬 冬佳(CL2000762)は「はい」と小さく頷いた。
「これは……水の神の加護とでも呼ぶべきものですね。本物の……」
水の神。古の龍神か。この場所には、今でも妖怪や神の類が住んでいるのだろう。それにはなんとなく、うれしい気持ちがこみ上げていた冬佳。
冷たく静寂の保たれた水中であるが、千歳の手から伝わる熱が心地よい。今が真夏であると、忘れてしまうほどに。
見上げれば、時折、水面が揺れて空の星々が流れ落ちてくるように見える。スポットライトのように照らす月は、優しく二人を見守っていることだろう。
「海の中から見上げると本当に違った景色に見えるね……本当に綺麗だ」
「ええ……綺麗。水の中、深くからだとこう見えるなんて」
透き通る世界に、いつもは下に見える魚たちも上を泳いでいく。魅入る世界は、まるで魔法そのものである。
「あぁ、でも。冬佳さんも綺麗だよ、この景色に負けず劣らずね」
「いきなりですね。でも……そう、ですか?」
不意打ちに、冬佳は恥ずかしそうに身をねじった。もちろん、新しい水着も似合っていると千歳は付け加え。
「少しキザだったかな、本音なんだけどね」
「……ふふ、ありがとう」
繋がった二人の手は更に強く握られた。誰も見えない二人だけの世界に、しばし現実を忘れて漂うのである。
華神 悠乃(CL2000231)は天明 両慈(CL2000603)と隣に並んでいた。ぎこちない距離感、つかず離れずの距離は、初々しさと恥ずかしさの象徴であろうか。
「実は今年、水着をふたつ用意してましてー」
最初に話を切り出したのは悠乃のほうだ。
「ほう、二つ目の水着か。悠乃の水着姿は純粋に興味があるな」
ひとつは競泳用のスイムスーツ。これは悠乃らしくスポーツ用のもの。
もうひとつは――、
「サイズが、その。かわいいのはどうしても小さくて……」
官能的にもパーカーのジッパーを少しずつ開けていくのに、両慈は一度生唾を飲んだ。
しかし、ジッパーは悠乃の谷間を艶やかに見せたところで止まってしまった。
「ほ、ほかのひとに見えないとこでなら、脱がしていただいても、ぃ ぃ いい、です、よ?」
「俺が脱がすのか……?」
照れすぎて両慈の顔を見れなくなった彼女の視線は、あちらこちらを見ているが彼しか見えていないのだろう。
両慈も手に汗を握りながら、そんなに恥ずかしがられると自分まで恥ずかしくなり。ジッパーを降ろすだけという作業に、なんとなく高難易度を感じていた。
結果的には、両慈の骨ばった頼もしい手は彼女の肌を露出させるのだが。
彼は暫く彼女を見つめて、そして、目線をそらした。顔を真っ赤にしながら。
見られるだけでこんな気持ちになるものか。
両慈は半ば暴走しかけている思考を理性というもので抑えながら、彼女の顎を優しく持ち上げてから唇を重ねて愛を確かめた――。
向日葵 御菓子(CL2000429)は水神様に感謝をしつつ、つま先からゆっくりと水の中へと身をつけていく。
菊坂 結鹿(CL2000432)はその後ろをついていきながら、大人のほうの枢の手を引っ張っていた。
普段は見られない世界であったからか、御菓子はいつもよりもはしゃぎ気味で、見た目相応のようあテンションを保っている。
「三人で水着で夜の海底にいるってことも、生身で海の魚と触れ合ってることも、ほんとワクワクが止まらないね♪」
「こんなに、明るかったんですね!」
「魚たちも、キレイですね」
海面から降り注ぐ薄絹のような光のカーテン。その蒼く澄んだ光は、本当に優しくて、涼やか。
現実から遠く離れた三人は、顔を見合わせて笑った。
「これから、どんだけわたしの音楽に今日の体験が活かされてきちゃうんだろう? もぅ、この風景を知ったら、今までのわたしじゃいられないよね」
この期に及んでまた腕をあげるのか。というつっこみはおいておき、彼女が培うインスピレーションのひとつになったことは御菓子にとっても予想外の大収穫である。
「もしかしたら普段は当たり前のことで見落している素敵なことが、もっともっといっぱいあるのかもしれませんね」
結鹿も、同じ景色を見上げながら感じた事を率直に言葉にした。まだ、世界には知らないことはたくさんあるのだろう。その一つに触れただけでも、結鹿という少女はひとつ成長したようにも見える。
ふと、御菓子は、枢と手を繋ぐ結鹿に「妹みたいね」と悪戯的に笑った。すると結鹿はやり返しといわんばかりに、
「お姉ちゃんは末妹だよ」
と切れ味の高い反撃ひとつ。
「やるな♪ 結鹿ちゃん。あとね、今までそれほど思わなかったけど、大人っぽくなれる枢ちゃん、ちょっとずるいわ……うらやましい」
「ふふ、現の利点ですね」
三人の時間はもっともっと続いていく。
「燐ちゃん、海中散歩行ってみない?」
「海岸で遊ぶのかと思ってましたが、海中ですか」
蘇我島 恭司(CL2001015)は水中でも問題ないカメラを持参しつつ、柳 燐花(CL2000695)はこくんと頭を上下に揺らした。
なるほど、海水浴かと思えば海中浴。それは初めてであると燐花は心中に思いつつも、海の中へと入っていく。けれど。
「呼吸できて目を開けて歩けるとはいえ、泳げないと若干不安が……」
燐花は、腰までつかったところでオロオロし始めていた。迷惑はかけるわけにはいかない、しかし恐怖というものはどうしようもない。
「ほら、燐ちゃん。一緒に行こう?」
そんな彼女に、恭司は寄り添い、手を差し伸べた。
少し、時間はかかった。
不安げな手は恭司の手前で何度も揺れたけれど。
「お言葉に、甘えて」
触れた、彼女の手は少々震えていた。戦場では見せない顔が、今、ここにあった。
片手がふさがるというのは、撮影がしにくくなることと同意であったが、イヤな気分では無い。それこそ、彼女の恐怖が少しでも和らいだのであれば、本望だろう。
「僕が良いよと言うまで、目を瞑ってて……そうそう、そのままそのまま」
彼女を不安にさせないように。一緒にいることを示すように、恭司は何度も彼女に言葉をかけていく。
「ほら、燐ちゃん目を開けて……どう? 凄いよね!」
少しずつ開いていく視界。見えたのは、一言では言い表せないものを含んだ光であった。
言葉を忘れて、時間は流れていく。写真におさめるよりも、大事な光景と共に。貴方の隣という、最高の居場所とともに。
天堂・フィオナ(CL2001421)は言う。
「術が切れたら本当に成す術ないぞ!?」
八重霞 頼蔵(CL2000693)は、
「本当にな」
と同意しつつも、少し慌て気味のフィオナを見て苦笑していた。
フィオナは彼と出会ってもう三か月という時間が経過していた。思えば早いものだ。
最初の一言が通報で何があったかは知らないが、しかし良い人であり、時には意地悪な飴と鞭がフィオナを刺激していたことには違い無いだろう。
同じく頼蔵も三か月の月日が経っていたことに『もう』其れ位かと、時の早さを実感している。
「天堂君は知りたいのだろう? ……君の記憶、君が何であるのかを。ならば進み給え。君が正しい依頼人である限り、私は助力を惜しまないよ」
いきなりの言葉に、心臓でも掴まれたようだ。フィオナは頼蔵の手前に廻り、正面向かい。
「頼蔵は色々出来るけど、人の心まで読めるのか?」
と言えば、さあどうだろうなとかわされてしまう。
それはそれとして、空から降ってくる光が透き通る水面を通り、輝きを与えていくれている。それはフィオナの青色の髪を更に彩り、煌いていた。
それを美しいと言わずして、何と言えばいいのだろうか。
「こういう場所でそんな風に褒められると、何だかくすぐったい感じがするな!?」
照れながら、フィオナは指で自分の髪を梳いた。そんな彼女の表情は、初めて魅せる色に染まっていたのを頼蔵は覗き込むように記憶に留めていく。
面白い、もっとよく見たいと。
このときが楽しくて、フィオナは記憶を思い出した後のことが気がかりである。思い出さなくても、いいのでは無いかと思いながらも。
「……あっ、勿論止まったりしないぞ! 助けて貰ってる訳だし!」
「と。折角の休日だ。仕事や、それに近しい話ばかりなのもな」
鈴駆・ありす(CL2001269)は乗り気ではないけど、気晴らしに付き合ってあげるという約束を果たすために、黒崎 ヤマト(CL2001083)の背を追っていた。
ヤマトは、一緒に見たい景色があるからと来ているのだが。それはまだ、彼女に伝えないままでいた。
二人は手を繋ぎ、繋ごうといったのもヤマトのほうからだ。せめて、この冷たく静寂な世界でひとつの温もりを頼りにできるように。
不思議な水中の感覚に、ありすは少しだけ心を許しつつ。ヤマトの手を一層強く握った。
見るものすべてが、ありすにとって新しい世界で。言葉を忘れて、二人は歩んでいく。
ふと、ヤマトは地面を蹴って。流れのままに、体を預けてみる。羽で飛ぶのとは、また違った感覚で。泳いでいるというよりは漂っているが正解か。
星がキレイなのだと、ヤマトと同じくありすも同じ態勢へと移っていく。彼が言う通り、幻想的な。万華鏡のような世界に眼を奪われた。
「この前、ありすに話を聞いてもらって、オレのワガママの演奏に付き合ってもらって、ありがとう。おかげでもう大丈夫」
「ん」
「少しでもお返しできたらなって、喜んでくれてたら嬉しい」
「お返しなんていうけど、アタシはただ音楽聴いただけよ。そりゃ、少しは心配はしたけど……」
「……オレな。ありすが弱ってたら支えたい。困ったら頼ってほしいし、力になりたい」
「アタシは、別に弱っても困ってもいないし。大体、アタシがアンタのわがままで振り回されてる位がちょうど良いのよ。正直、嫌いじゃないから」
だから次は、ヤマトはありすのワガママを聞く番なのかもしれない。もっと一緒にいたい、もっと遊びたいという言葉とともに。
「……手、離さないでよ。離したら許さないから」
「手は、離さないから」
