<古妖覚醒>人はあなたを待っている
●蹶起
そこは古い洞窟の前だった。
闇に染まる穴に向かって伸びるケーブルの端はスイッチとなって、眼鏡をかけた長身の男の手に握られている。
「諸君、頃合いだ。奈良では妖が跋扈し、そして我らが目標とする街は人と覚者に溝が出来た。全てが終わる前に始めてしまおうではないか」
男――荒関・務は目の前に並ぶ『良き隣人』と名乗る憤怒者達へと語り始める。
「まずはこの奥に封印されている牛鬼の力を解き放つ。こいつは人里を求めて街へ行くだろう。我々が溝を刻んだあの街へ、そして次は――京都だ。その意味が分かるな?」
荒関がスイッチを弄びながら楽しそうに笑う。
「まあ、その前にFiVEが来るだろうし。もし彼らが倒れたら我々が牛鬼を打ち倒し、彼らに対する人々の希望とやらを打ち砕くけどな」
肩をすくめる男に憤怒者たちが笑う。
「では具体的な作戦を伝える。A小隊は先行して街に潜入、人々に武器を渡し暴徒を作り出せ!
B小隊はカグツチを装備して非戦闘員覚者及びAAAとの戦闘だ」
命令を受けた憤怒者が敬礼ののち、その場を離れる。
「そして残りは……覚者と牛鬼の戦闘終了後に生き残った方に攻撃を仕掛ける。カグツチと古妖地雷、それと薬を忘れるな」
残った憤怒者の手にあるのは銃の他にゲージに捕らわれたすねこすりと電極によって繋がれた指向性の地雷。
「さて、最後の古妖の封印を解こうか」
スイッチを持つ手に力が入ると洞窟の奥から爆発音が響く、そして……腹の底から人を恐れさせる咆哮が響いた。
●タチムカウ
遠くより咆哮が聞こえる。
それは人々を畏怖させ、そして惑わす。
咆哮の主は体長は10メートルを超え、高さは3メートルに届くであろう。蜘蛛の身体と牛の頭を持つ『それ』は古妖。名は牛鬼と言った。
残忍なる古妖が目指すのは街の光、そしてそこには餌となる人間がいるのだ。
突然の古妖の来襲。
Aマニュアルにより、人々の避難が進められ、AAAや覚者有志が戦いに備える――はずであった。
「みんなはあの動画を知っているか? 古妖と呼ばれる危険な妖に対する警告を! それを覚者は無視したことを!」
濃緑色の軍服を着た男が人々に語る。
「その結果がこれだ、この間も覚者は工場を襲撃したという、もう全ての原因は覚者にある、そうだろう?」
どよめく人々、『良き隣人』の構成員である男は言葉を続ける。
「第一に覚者が現れた時、妖も現れた。つまりは彼らは表裏一帯の存在。彼等には任せておけない、みんな! 武器を持って戦おう!」
男が銃を掲げ、傍にいた仲間がトラックに積み込んだ銃器を見せる。熱気に押された聴衆がそこへ近づいたとき。
「放水!」」
拡声器越しに聞こえる号令とともに男に高水圧の水が浴びせられる。
「あーあー、聴衆の諸君。今は避難の時間だ。武器を持つ暇があったら、すぐに避難しなさい」
機動隊の放水車の間から拡声器片手に私服警官が歩みだす。
「貴様! 邪魔をするのか!」
「するよ、一般市民に武器を持たせて、明日血に染まった手で家族を抱かせるわけにも、家族を失わせるわけにもいかないからな。あとお前ら銃刀法違反」
直後、機動隊員が扇動していた男達に躍りかかり、制圧する。
「さて市民のみんな。でかいのがもうすぐ来る、俺達の言う事を聞いて避難してくれ。安心しろ助けは来る」
「……本当に来るのか?」
市民の一人が不安気に声を上げる。刑事は満面の笑みを浮かべ答える。
「ああ、とびっきりの奴らがな」
軍靴の音が響く、黒い戦闘服の男達が銃を持って追い詰めるのは翼人の少女と寅の耳を持った青年。
「俺達が……何をしたというんだ?」
「覚者だ、それで十分だろ?」
戦闘服の男が答え突撃銃を構える。
青年は少女を庇う様に背中を向け、死を覚悟する。
銃声が鳴った。
「全く以て不十分だ、そうだろ?」
自分の身に何も起こらず、軽口が聞こえるのに気付いた獣憑の青年が振り向くと、戦闘服の男が腕を抑えて蹲っている。
「AAAだ、降伏しろ『良き隣人』」
声の方向に居るのは散弾銃を構えたAAAの男達。
「ちぃっ! 反撃だ!」
「届かねえよ」
蹲っていた男が声を上げ、仲間に攻撃を促す。だがAAAの隊員まで銃弾は届かず、逆に彼等の持っていた散弾銃から発射されるゴム弾が次々と憤怒者を鎮圧していく。
「通常兵器!?」
「覚者対策で神具を持ち出したのが仇になったな」
再度、銃声が鳴り戦闘服の男が倒れたのを確認するとAAAの隊員が覚者を保護に動く。
「ありがとうございます」
「人間もやるもんだろ? じゃあすぐに避難してくれ。こっちはまだ用事が残ってるんでね」
AAAの隊長は笑みを浮かべながら答えた。
「隊長も無茶言うなあ。LAV一台でデカいの倒せっていうんですよ」
軽装甲アヤカシ鎮圧者の銃座から乗り出した男が悪態をつく。古妖は目前まで迫っていた。
「まあ、そうはいっても今対応できるのは俺達だけですから副長」
「とはいっても携行火器だけで――」
突如LAVが止まり、その場から反転する。
「どうした?」
「NBC検知器がひっかりました、多分毒です」
部下の言葉に副長が渋面を作る。
「ガスマスク用意、ダメ元でやってみましょう」
「――いや、その必要はない」
声はすぐ近くから聞こえた、そこに居たのはレザージャケットの翼人。
「奴は私が止めよう」
「一般市民はパーティー券が必要なんですが」
「元破綻者で覚者ならいいだろう? ちなみに名前は『ガーディアン』という」
「……一人で」
車上の男は右手にガスマスクを持ちながら問いかける車内でも同じように隊員がガスマスクをかぶっていた。
「彼らが来るまでは持たせるさ」
「彼等……か、了解。では援護しましょう」
得心したように副長はガスマスクを被り、一人の覚者と一台の車は牛鬼へと進んでいった
街は大変なことになっています。
人々は戦っています。
あなたはどうしますか?
そこは古い洞窟の前だった。
闇に染まる穴に向かって伸びるケーブルの端はスイッチとなって、眼鏡をかけた長身の男の手に握られている。
「諸君、頃合いだ。奈良では妖が跋扈し、そして我らが目標とする街は人と覚者に溝が出来た。全てが終わる前に始めてしまおうではないか」
男――荒関・務は目の前に並ぶ『良き隣人』と名乗る憤怒者達へと語り始める。
「まずはこの奥に封印されている牛鬼の力を解き放つ。こいつは人里を求めて街へ行くだろう。我々が溝を刻んだあの街へ、そして次は――京都だ。その意味が分かるな?」
荒関がスイッチを弄びながら楽しそうに笑う。
「まあ、その前にFiVEが来るだろうし。もし彼らが倒れたら我々が牛鬼を打ち倒し、彼らに対する人々の希望とやらを打ち砕くけどな」
肩をすくめる男に憤怒者たちが笑う。
「では具体的な作戦を伝える。A小隊は先行して街に潜入、人々に武器を渡し暴徒を作り出せ!
B小隊はカグツチを装備して非戦闘員覚者及びAAAとの戦闘だ」
命令を受けた憤怒者が敬礼ののち、その場を離れる。
「そして残りは……覚者と牛鬼の戦闘終了後に生き残った方に攻撃を仕掛ける。カグツチと古妖地雷、それと薬を忘れるな」
残った憤怒者の手にあるのは銃の他にゲージに捕らわれたすねこすりと電極によって繋がれた指向性の地雷。
「さて、最後の古妖の封印を解こうか」
スイッチを持つ手に力が入ると洞窟の奥から爆発音が響く、そして……腹の底から人を恐れさせる咆哮が響いた。
●タチムカウ
遠くより咆哮が聞こえる。
それは人々を畏怖させ、そして惑わす。
咆哮の主は体長は10メートルを超え、高さは3メートルに届くであろう。蜘蛛の身体と牛の頭を持つ『それ』は古妖。名は牛鬼と言った。
残忍なる古妖が目指すのは街の光、そしてそこには餌となる人間がいるのだ。
突然の古妖の来襲。
Aマニュアルにより、人々の避難が進められ、AAAや覚者有志が戦いに備える――はずであった。
「みんなはあの動画を知っているか? 古妖と呼ばれる危険な妖に対する警告を! それを覚者は無視したことを!」
濃緑色の軍服を着た男が人々に語る。
「その結果がこれだ、この間も覚者は工場を襲撃したという、もう全ての原因は覚者にある、そうだろう?」
どよめく人々、『良き隣人』の構成員である男は言葉を続ける。
「第一に覚者が現れた時、妖も現れた。つまりは彼らは表裏一帯の存在。彼等には任せておけない、みんな! 武器を持って戦おう!」
男が銃を掲げ、傍にいた仲間がトラックに積み込んだ銃器を見せる。熱気に押された聴衆がそこへ近づいたとき。
「放水!」」
拡声器越しに聞こえる号令とともに男に高水圧の水が浴びせられる。
「あーあー、聴衆の諸君。今は避難の時間だ。武器を持つ暇があったら、すぐに避難しなさい」
機動隊の放水車の間から拡声器片手に私服警官が歩みだす。
「貴様! 邪魔をするのか!」
「するよ、一般市民に武器を持たせて、明日血に染まった手で家族を抱かせるわけにも、家族を失わせるわけにもいかないからな。あとお前ら銃刀法違反」
直後、機動隊員が扇動していた男達に躍りかかり、制圧する。
「さて市民のみんな。でかいのがもうすぐ来る、俺達の言う事を聞いて避難してくれ。安心しろ助けは来る」
「……本当に来るのか?」
市民の一人が不安気に声を上げる。刑事は満面の笑みを浮かべ答える。
「ああ、とびっきりの奴らがな」
軍靴の音が響く、黒い戦闘服の男達が銃を持って追い詰めるのは翼人の少女と寅の耳を持った青年。
「俺達が……何をしたというんだ?」
「覚者だ、それで十分だろ?」
戦闘服の男が答え突撃銃を構える。
青年は少女を庇う様に背中を向け、死を覚悟する。
銃声が鳴った。
「全く以て不十分だ、そうだろ?」
自分の身に何も起こらず、軽口が聞こえるのに気付いた獣憑の青年が振り向くと、戦闘服の男が腕を抑えて蹲っている。
「AAAだ、降伏しろ『良き隣人』」
声の方向に居るのは散弾銃を構えたAAAの男達。
「ちぃっ! 反撃だ!」
「届かねえよ」
蹲っていた男が声を上げ、仲間に攻撃を促す。だがAAAの隊員まで銃弾は届かず、逆に彼等の持っていた散弾銃から発射されるゴム弾が次々と憤怒者を鎮圧していく。
「通常兵器!?」
「覚者対策で神具を持ち出したのが仇になったな」
再度、銃声が鳴り戦闘服の男が倒れたのを確認するとAAAの隊員が覚者を保護に動く。
「ありがとうございます」
「人間もやるもんだろ? じゃあすぐに避難してくれ。こっちはまだ用事が残ってるんでね」
AAAの隊長は笑みを浮かべながら答えた。
「隊長も無茶言うなあ。LAV一台でデカいの倒せっていうんですよ」
軽装甲アヤカシ鎮圧者の銃座から乗り出した男が悪態をつく。古妖は目前まで迫っていた。
「まあ、そうはいっても今対応できるのは俺達だけですから副長」
「とはいっても携行火器だけで――」
突如LAVが止まり、その場から反転する。
「どうした?」
「NBC検知器がひっかりました、多分毒です」
部下の言葉に副長が渋面を作る。
「ガスマスク用意、ダメ元でやってみましょう」
「――いや、その必要はない」
声はすぐ近くから聞こえた、そこに居たのはレザージャケットの翼人。
「奴は私が止めよう」
「一般市民はパーティー券が必要なんですが」
「元破綻者で覚者ならいいだろう? ちなみに名前は『ガーディアン』という」
「……一人で」
車上の男は右手にガスマスクを持ちながら問いかける車内でも同じように隊員がガスマスクをかぶっていた。
「彼らが来るまでは持たせるさ」
「彼等……か、了解。では援護しましょう」
得心したように副長はガスマスクを被り、一人の覚者と一台の車は牛鬼へと進んでいった
街は大変なことになっています。
人々は戦っています。
あなたはどうしますか?

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖『牛鬼』の退治
2.『良き隣人』代表、荒関・務の撃退
3.人々は君を待っている、どうする?
2.『良き隣人』代表、荒関・務の撃退
3.人々は君を待っている、どうする?
(以下、すごく多いです)
どうも塩見です。
初シナリオから登場していた憤怒者組織『良き隣人』の大掛かりな作戦です。
負けたら街一個が壊滅するだけです。
ちなみに
警察官は
『《紅蓮ノ五麟》ごめんで済むなら警察はいらない』/quest.php?qid=484&msu=1
『<五麟復興>振り上げた拳の下しどころ』/quest.php?qid=517&msu=1
AAA戦闘班は
『凍てつく大地、燃える魂』/quest.php?qid=388&msu=1
『<古妖覚醒>なくした母に引金を』/quest.php?qid=503&msu=1
元破綻者『ガーディアン』は
『守護者の居る街』/quest.php?qid=434&msu=1
にて登場いたしました。
彼らが他の部隊を食い止めている間に牛鬼と戦うのが今回の任務となります。
(ガーディアンとLAVはPC到着時点で再戦闘不能及び破壊されてます、当てにはできません)
◆魂の使用に関しては正反対の行動で使用された場合レベルの高い方の効果が発動します。使用する場合は事前に表明をすることをお勧めします。
◆今回の舞台
『試された街』と同じ街です。
過日起こった非覚者による覚者暴行事件や飲料品工場を襲った隔者事件(ということになっています)により、覚者と非覚者の間には溝が深まっています。
牛鬼とは街の中で
『良き隣人』とは近くにある制圧されたビル
にて戦闘を行います。
◆今回の敵
●牛鬼
体高3メートル、体長10メートル
蜘蛛の身体に牛の頭を持った残忍で獰猛な古妖です。
人を喰らうために街を襲います。
・爪:物近短【出血】
・振り払い:物近列
・猛毒の息:特遠全体【毒】
●荒関・務
『良き隣人』の代表にしてFiVEを打ち倒すことに情熱を持つテロリスト、つまり憤怒者ではありません。
元傭兵で戦闘技術やテロリズムに精通しており、行動や思想面からFiVE及びAAAから危険視されています。
・アブトマットカグツチ単射:物遠単
・アブトマットカグツチ連射:物遠列
・マチェット(サーベル相当):物近単
・飛燕:体術
・地烈:体術
・体力強化・壱
・体力強化・弐
・速度強化・弐
・特殊覚醒剤:補助【速度、回避、気力向上、18ターン、ターン終了後BS虚弱】
●『良き隣人』戦闘員
憤怒者組織『良き隣人』の戦闘員です。
覚者の争いや事故で家族を失った人間を中心となり構成されています。荒関により戦闘訓練を受け覚者の周辺の一般人への危害や覚者が対応することを見越しての街へのテロ活動等を行う「弱者を狙い覚者と戦わない組織」です。
基本的に五名一班で構成され戦闘員Aが四名、Bが一名となって50名がビル内、10名が荒関の護衛についています。
戦闘員A
・アブトマットカグツチ単射:物遠単
・アブトマットカグツチ連射:物遠列
・斬・一の構え:体術
・体力強化・壱
・速度強化・壱
・特殊覚醒剤:補助【速度、回避、気力向上、18ターン、ターン終了後BS虚弱】
戦闘員B
・プリミョートカグツチ機関銃:物遠列【負荷】
・体力強化・壱
・速度強化・壱
・特殊覚醒剤:補助【速度、回避、気力向上、18ターン、ターン終了後BS虚弱】
トラップ(ビル内に設置)
・古妖地雷:術遠全体
ゲージに入れたすねこすりと指向性地雷を電極とケーブルで繋ぎ霊力のこもった爆発を起こします。
指向性地雷なのですねこすりには被害が及びませんがショックは大きいと思います。
・ピアノ線
ただのピアノ線ですが、覚者が全速力で走った場合は武器に変わります。
以上、舞台は整えました。
幕を引くか、続編を作るかは貴方次第です。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
150LP[+予約50LP]
150LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年07月14日
2016年07月14日
■メイン参加者 10人■

●待ち人来る
化の物が通り過ぎた後に残るのは廃墟、逃げ遅れたものはその息に毒され死に至り、骸は胎の中に。
立ち向かいし鋼鉄の車は長大なる前足で吹き飛ばされ、横転してその動きを止めている。
かつて破綻し、そして立ち直った男は槍のように鋭い爪に腹を貫かれ、大地へと捨てられた。
「生きてます?」
「大丈夫です、副長」
LAVだったものを陰に男達が無事と装備を確認する。
「じゃあ、私が彼を助けに行きますから援護を」
「了解」
即座に応答する部下。
「では私が走って三秒後に射撃開始、そのまま近づいて来たらそのまま戦線離脱で」
ヨルナキから凍れる大地そして本州へと転戦していったAAAの男達が動きだした。
「立てますか?」
「なんとか……な」
滑り込むように翼人の傍へと駆け寄った男は覚者が立ち上がるのに手を貸し、走り出す。
彼らが走っている間、牛鬼を引き寄せるのは部下である男達。残忍にして強大な故、封印された古妖にとってはその攻撃は豆鉄砲に過ぎないが煩わしいことこの上ない。邪魔する餌を吹き飛ばそうと前足を動かしたとき、視界に入ったのは羽の生えた男と餌の仲間。自分の歩みを邪魔してきたこいつらを一網打尽にしようと息を吸った時。一陣の風が吹いた。
清爽たる風、それ喚び起こす少年は俯き、唇をかみしめる。
「何で……何でだよ……! 何でこんな酷い事が出来るんだよ……! 同じ人間だろ!」
面を上げるのは『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)。
「くそっ……ここで、絶対終わらせなきゃ!」
言葉にこもるのは決意。その風に乗って二人の女が舞う、一人は鬼桜の銘を持つ大太刀の女、もう一人は二面性を持つ一対のカトラスを持った包帯の女。
「そっちへ速く!」
逃げ遅れたと思わしき人々にワーズワースを乗せた言葉で避難を指示した『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が牛鬼に肉迫すると大太刀を振るう。燕が低く飛ぶように。そしてもう一人、深緋・幽霊男(CL2001229)がカトラスを突き立てれば、刹那に鳴る銃声。熱の残る薬莢を地面に転がしながら距離を取る。
「それじゃあ一つ。最後の『仕事』だ」
その言葉の意味は何処にあるのか、真意は本人のみが知る。
「ガーディアン、よく来て、下さいました。ここまで、ありがとう、ございます」
覚えのある声に翼人の男が振り向くとそこに立つのは『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)
「君か……私は何も役に立っていないよ」
自嘲気味に答える元破綻者。しかし彼女にはかつて破綻した者が人を助けるために動いたという事だけで充分であった。
「後は、私達に、お任せ下さい」
手首の刺青が光り、顕現された精霊の力が大地に作用し鎧を作る。
「この凶行は、必ず止めます!」
牛鬼を倒すために次々と集まる覚者達が力を発現させていく。
「封印された古妖、まだいた、の、ね」
桂木・日那乃(CL2000941)が冷たい視線を古妖に送る。牛鬼が顔を向けるが臆することなく、
「被害が出るなら消す。……隣人は、妖じゃないから消さない、けど」
古妖に死を告げる。
「時間になりましたね」
革靴のソールがアスファルトを踏み鳴らし、二重廻しを羽織った男が眼鏡を外す。
「では、彼らの最終講義を始めましょう」
『教授』新田・成(CL2000538)が仕込み杖を構えた。
離れた場所、被害を免れたビルの屋上で男は双眼鏡ごしに笑みを浮かべた。
「待ち人が来たぞ、お前達」
そして戦いの幕が開けた。
●古妖、牛鬼
「二手には分かれなかったようですね」
傍にいた副官格の男が荒関に問う。上の構想を確認し、具現化するために質問をするのは自分の職務と分かっていての発言だ。
「残念なことにな」
無論、憤怒者を率いる男もそれを理解し、言葉を返す。
「二手に分かれてくれれば、各個撃破で楽が出来た。その為に色々と手を回し、何があるかを警戒させるように仕向けてきたんだが……そこまでは甘くはなかったか」
荒関の言葉を聞き、副官格の男はその場から離れる。戦闘がある。そう判断した故に。
「代表殿の顔が見えてきてようやく楽しめるようになってきたかと思えば。配下の思想が偏っておると、やはり面倒なのであろうか」
赤茶の髪が色素が抜ける様に銀へと変わり、金色の双眸が古妖を見つめながら華神 刹那(CL2001250)は大気中の水分を凝縮させ指で弾く。飛礫となった水滴は既に宿された英霊の力によって加速され牛鬼の巨大な身体を貫く。
「おい牛鬼!」
貫く弾丸の主に爪を向けようとした古妖は自らを呼ぶ声に気づく。『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)であった。
「かしこみかしこみ申す、頼む!!鎮まってくれ!! 人間を喰らったところで、アンタの血が更に穢れるだけじゃねえか!!」
人と古妖が分かり合えると信じた故の説得。だが、それは人と覚者を信じないものが呼び起こした獣に等しい古妖には届かない。それが無理だとわかっていてもなおの事、ジャックは声を絞った。
牛鬼がその前足を振り上げる。瞬間、その顔面にプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)の狙いすました一撃が叩き込まれ、衝撃の余波が古妖の背後の土砂を跳ね上げる。同時に『鬼灯の鎌鼬』椿屋 ツバメ(CL2001351)の放つ破眼の光がその巨体を呪わんと貫いていく。
「……わかった、なら俺は選ぶよ。より死が少ない道を」
意を決したジャックの右目が開く。『糞みたいな世界』自らの錫杖に名付けた世界と同じこの世界を生きるため、歩くため。刹那、その第三の眼が光った。二人目の破眼の呪い。それが動きを戒める前に小唄が二人の女と共に連撃を叩き込む、斬撃打撃銃撃、合わせて六連発、堪らず古妖が後退する、そこへ追い打つように術符を握りこみ硬化した腕で祇澄が殴りつけ、成の衝撃破が牛鬼後方のビルごと古妖へと打撃を与えていく。
「……よくないぞよ」
「どうしたの?」
幽霊男の呟きに気づいた小唄が問いかける。その間にも巨大なる古妖は体勢を立て直し覚者に迫る。
「物理に強いとは思ったけど、それ以上に『スタミナ』がある。時間がかかるぜ、これ」
エネミースキャンで見抜いた結果を包帯の女が伝える。それが終わったころ大地を削るように振るわれた前足が前に出ていた者達をなぎ倒した。
すぐに日那乃が飛び、霧を起こし傷を癒していく、が……
「ダメージ、結構大きい、よ」
連戦を想定して気力を節約したいところだが、味方の負傷度合いがそれを難しいと伝える。
隣人相手の戦いまでに持つのだろうか?
黒翼の少女の脳裏に不安がよぎった。
●膠着
猛毒の息が古妖から吐き出される、周囲に居る者の生命と力が奪われ。五行や因子の威力を削る。日那乃が大気中の浄化物質を集め自然治癒を促すと、その恩恵を得られる間に複数の飛燕が牛鬼へと猛威を振るい、ツバメの大鎌が疾風の如き一撃を叩き込む。
ジャックが再度、破眼の呪いで縛ろうとすればプリンスは大槌で貫くような一撃を振るい祇澄の拳が古妖を撃つ。成が杖に手をかけると仕込みの刃が閃き、衝撃波が巨体を浮かす。
けれど……
「なかなか倒れないねえ、ねえもうお休みしない?」
プリンスがいつもの口調で敵に話しかける、けれどその息はいつもより荒く、疲れが見える。
「まだまだやる気はあるみたいだぜ」
包帯姿の女がカトラスに弾丸を装填し、足元の空薬莢を蹴り飛ばしながら呟く。
「だったら……」
獣と化した拳を握りしめ、小唄が口を開く。
「倒れるまでやればいいんだ!」
「そうです、敵は無傷という訳ではありません。堅実な手が一番の近道というのもありますよ」
毒の息で腐食して袖が落ちたインパネスを羽織った成が言葉をつなげる。
だが、それを裏切るように牛鬼は前足を上げると、比較的体力に劣るツバメへと鋭い爪を突き刺した。
「ガッ……」
声は口から出る赤い物で塞がれた。古妖は前足をそのまま持ち上げると近くの建物へと黒髪の黄泉を放り捨てた。その破壊力は小さいとはいえ建物を崩すには十分な力。覚者であり、命を削る覚悟があったツバメでなければ冥府を見ていたであろう。瓦礫を大鎌で跳ねのけ立ち上がる。命を削ったことで傷は塞がっているが体力は失われ吐く息に熱が伴う。その熱い息を吐き、ツバメが走る。
(敵の言葉を借りるのは癪だが)
跳ね上げるように白狼という名を持つ鎌で切り裂き。
(この状況を『面白いもの』と捉えよう)
口元に笑みを湛えると裂帛の勢いで振り下ろす。
すぐに祇澄がカバーに入り、日那乃とそしてジャックも回復を行う。癒しと潤し、二つの雫が火照りを覚まし、痛みを消す。
大鎌の連撃が作ったチャンスに覚者はふたたび飛び掛かる。
貫殺の一撃をプリンスが見舞えば、右から狐憑の少年が振り上げるようなロシアンフックからストレート、その反対側では大太刀を持った女が軽々と斬撃を繰り出し、逃げ道を塞ぐ。低く潜り込むように幽霊男が走り、その身を滑らせれば両手のジキルハイドを天頂に掲げ牛鬼の腹を裂き、幾重にも火薬を鳴らす。
風を切る音が鳴り、直後に走る衝撃波。水礫とB.O.T.が偶然にも重なり波動を帯びた水の弾丸は蜘蛛の姿をした巨体を貫き、内部へとその威力を浸透させる。
牛鬼が声を上げる、それは唸り声でも毒の息吹でもなく、苦痛への怨嗟の声であった。
●古妖墜ちる
「とりあえず、覚者、非覚者含めて非戦闘員は此処から排除もしくは避難が完了した。でもいいのかい? あの命令書類偽造だろ?」
機動隊の隊長と思しき男が煙草をくわえると目の前の私服の刑事にも一本渡す。
「Aマニュアルの存在があるのと、アレが居る以上消防は出せねえ。かといってAAAも人手不足、自衛隊なぞ出た日には災害出動で済むレベルじゃない。暴徒鎮圧と称して市民保護に乗り出すのが一番被害が小さい方法だったのさ。あとは……」
煙草を咥えお互いに火を着けると刑事は話を続ける。
「半径50メートルぐらいの規模で戦闘する覚者やAAAで済ますことが出来る」
「そうすれば街の被害も少なく済むってわけか。で、大丈夫かな?」
機動隊の男が巨大な古妖の影を見上げる。
「やってもらわないと困る」
「そうですね、それと申し訳ありませんがお手伝いお願いできますか?」
横合いから挟まれた言葉に振り向く二人。視線の先に居るのはAAAの隊員。
「AAA戦闘班副長の……まあ名前は置いときましょう。上司より放水車での支援をしてほしいとの事です」
「神具を持った憤怒者相手に?」
渋面を見せる機動隊員、AAAの男は表情を変えずに言葉を続ける。
「放水車は50メートルは飛ばせるだろう? という言葉を言付かっています。それとこれはFiVEからの要請ですが……」
彼の言葉に男達は笑い、そして動きだした。
戦線は徐々に覚者へと傾いていった。
日那乃に加えてジャックも回復に従事することにより、高い気力を要する術を使わずとも傷を治すことが出来、また負傷が深い場合は分担して回復を行うことで戦線の維持が可能となった。
また、カバーを行う零や祇澄によって回復を担う二人や前衛が戦線を維持できたのも大きい。
対して、自らの傷を癒せない古妖は自然と体力を疲弊させ、徐々に負傷して行く一方であった。
けれど、その攻撃力はまだ衰えることはない。
牛鬼がその前足を全てを薙ぎ倒すかのように振り回す。祇澄が飛び出しカバーに入るがそれを致命傷となり、頭から大地に落ち、二度三度弾ねる。白い手が伸び大地をつかむと青い目の巫女は片膝を立てて、命を削って立ち上がる。
「大丈夫です……」
心配をかけまいと気丈に振る舞い、立ち上がる祇澄。直ぐに翼人の少女と黄泉の少年から回復が飛ぶと彼女は護符を握りしめ、再度古妖を殴りつける。
その一撃が牛鬼を傾け、巨体を支えていた足が力を失うのを覚者達は見逃さなかった。負傷が残る前衛のフォローも兼ねて飛び込んだ幽霊男がカトラスを振るい、古妖の足を飛ばす。
バランスを崩した古妖へツバメが破眼の光を放ち呪いを以って動きを戒めれば、跳び上がった狐憑の少年と付喪の男が拳と大槌をその背中に叩き込む。大地に沈みかかるのを残った足で踏ん張る牛鬼、その足を刹那の水礫が吹き飛ばし、更に成の抜剣からの衝撃破が巨体の古妖を浮かせ、腹を上に見せる形で轟音とともに大地へと叩きつける。
「ねえ……」
その牛鬼の上に零が乗り、問いかける。
「生きたい? 死にたい?」
だが、古妖の答えは人への殺意のみ、その口から毒の息が吐き出されようとしたとき。大太刀鬼桜は牛の頭を刎ねた。
どこからか歓声が聞こえる気がする。けれど覚者の意識はすでに古妖には向いていない。
全ての根源である『良き隣人』、彼らがまだ残っているのだ。
AAAが彼等の為に車を持ってきたのは丁度その時であった。
●掟破り
「で、こちらの方角でよろしくて?」
「うん、そのまま真っ直ぐ!」
AAAの隊員が運転する車の中で小唄が身体を乗り出すようにして答える。
「ビルの中に隣人、いる。できたら、あとのフォローとかよろしく」
「そうしたいのは山々ですが、こちらも人手不足でして、対応が済み次第応援を送りますので」
日那乃の言葉に申し訳なさそうに詫びる隊員。その間に覚者達は回復を済ませ、失った気力を増幅させた精神力を填気しあい、不足を補う。とはいっても完全に回復出来たのは負傷ぐらいで、失った命数は取り戻せず、気力も完全回復には至らない。そのような疲弊した状態で覚者達は憤怒者60名と戦わなければならなかった。
「さ、着きました。後はよろしくお願いします」
念を置き、目標のビルから距離を置いて車は停車する。覚者達は礼を述べ、そして憤怒者達が潜むビルへと向かっていく。祇澄が守護使役の力で足音を消し、自らの姿を周囲と同化させ、幽霊男は最後尾で鼻を利かす。
階数は15階のオフィスビル。その入り口に差し掛かった時、ツバメとジャックは同族の気配を察知し、警告のサインを出す。零も罠の気配を感じ、ビル内を注視する。
「見えない」
零が一言呟いた。
「暗いから余も良くは分からないけど、銃を持って構えてる隣人マンがいるね。あと後ろ取られない様に何か設置してる」
代わりにプリンスが透視で中の状況を確認すると、日那乃も感情探査で人数を割り出す。
「五人、居るけど。どうする? 裏口行く?」
「いやここは――」
「突っ込もう!」
老紳士が仕込みを抜くと、小唄と刹那が走る。抜刀の衝撃波がガラスを破壊し、進行防止用のピアノ線を切り、憤怒者達へと衝撃波を与える。
「邪魔を、するなぁっ!」
直後飛び掛かった狐憑の少年と銀髪の女が跳ね上げるような拳を振るい、素早い連撃を以って切って捨てる。
そして少年は見た、彼等の一人が持っていたスイッチの先にあるものを。
「――っ!?」
それは待ち伏せなどに使われる指向性の対人地雷、リモコン等で起動し一定の方向へ散弾と言うには大きい鋼球を巻きちらす足の着いた箱型の対人殺傷兵器。
違うのは信管につながるケーブルとは別に配線が伸びており、それがゲージに入れられたすねこすりに埋め込まれた電極へと差し込まれていること。
「これは……霊力とかそういう類をベアリング弾に付与させる仕掛けでしょうか?」
成がケーブルを触れながらエレクトロテクニカで物体の正体を探ろうとする。だが原理を解明するには専門的な分野が多く、機能は停止できても、すねこすりの解放をするのが難しいと判断する。
「しー! 動かないといて。あとで助ける、今は何もせんと、俺達を信じて大人しくしててくれ」
自分達に気づいて鳴き声を上げようとする小さな古妖に向かってジャックが静かにするように口元に指をあてた。
意図が伝わったのか、すねこすりはその場に蹲り、眠りだす。それを確認した成は警備員室へと入り込み、ビル内の機器を操作する。
「電話から電源とか切れれば楽なんですがね」
呟くように火災報知器を起動させ、ビルの電源をシャットアウトする。けたたましいサイレンの音が鳴り、防火扉が動く音、スプリンクラーから水が流れる音が響く。
「日那乃君。荒関君はどのあたりに居ますか?」
「多分、屋上。そこだけ人が多い、よ」
少女の答えに老紳士が頷き、皆が屋上へと動こうとしたとき。
「貴公達、待とうよ」
プリンスの声がした。振り向いた覚者達は彼の姿を見て、その場に固まる。
「恐らく相手が欲しいのは、FiVEが間に合わなかった実績だ。真正面から、ちまちまやっていたら間に合わないよでも……」
付喪の王子の身が光に包まれている。それは命ではなく根源たる何かを消費しようとする現れ。
「間に合わせればよやっと一泡吹いてもらえるってことじゃん?」
その言葉の意味を祇澄が理解した。
「ヒノマル陸軍の時の再現……!?」
「そーゆーこと。複数で百人なら、余一人で十人の民を移動させられるはず」
魂を燃やしたインフレブリンガーが振り下ろされる。
直後、ビルから光の柱が立ち、空に移るのはプリンスの爽やかな笑顔。
そして光が消えた時、十人の覚者は屋上へと立っていた。
「掟破りも良い所だな」
そう言って『良き隣人』を率いていた髪に白いものが目立つ眼鏡をかけた長身の男は笑った、空に響き渡るように。
●良き隣人
荒関が笑っている間に部下が動き通信機を使い、階下で待ち受けるはずだった憤怒者達を呼び寄せる。その頃には男の笑いは終わり、覚者へと向き直った。
「失礼、あまりに予想外な事だったのでね……笑うしかなかったよ」
謝罪と共にアンプルの蓋を指ではじき、中のものを飲み干す。
「やぁ、この間の支払い納得いかないんでノシつけに来たよ!」
挨拶とともにプリンスの大槌が通信機を破壊する。
「宛ら魔王城のボスだが其方の居心地はどうだ?」
「特等席で見学させてもらったよ、悪くない」
破眼の光を避けながら、男は笑い銃を構える。
「貴方の望みは単なる破壊でなくて? 貴方、ほんとくだらない人間よね? 破壊によるネガティブな思念の辛さを知っていて、なお作り出そうとするのは楽しい?」
「ああ、楽しいね。そして残念だがお嬢さん、私の世界に人の品性を比べるという概念は無いんだ」
銃弾が零の動きを制する。その脇をすりぬけるように刹那が走ると荒関が一人距離を詰める。目の前に迫るマチェット。だが衝撃波が二人を分かち、そして影が舞う。
「外法と暴力を以て我々を倒す、貴方はそう言った。手段が目的を凌駕する――そういう人種はやはりロマンチストだと私は考えるのですよ、荒関君」
仕込みを振り上げる成、それを刃で受け止める荒関。細身の刃と薄い刀身がぶつかり、そして離れる。
「故に。私の全霊でお相手しましょう」
「老人、貴方はどうなのだ? FiVEの枠で収まるのか?」
頬を風が打つ、清爽たる風はやがて荒れ狂う烈風と変わり、覚者へ力を与える。
「小唄君だったな……君は何か言う事はあるかい?」
もはや言葉など要らないことを少年は理解していた、故に短く強く告げる。
「ここで終わらせるよ、荒関さん!」
「君達が相手で良かったよ、だから倒し甲斐がある」
かくしてロマンチストが率いる憤怒者とFiVEの最後の戦いが始まった。
「お前等がやること全て破壊する」
ジャックが吠える。
「まずはすねこすりたちを解放しろ」
「他に代替品が無いんだ、断る」
「俺にはあんたらの苦しみや妬みや恨みはわからない、だがわかるのは――アンタらが悲しみを生む人間であることだけだ」
「ならば最初の言葉通り全てを破壊することだ、力を惜しむなら」
一人突出していた荒関が横に飛ぶ。居並ぶのは銃火器を持った憤怒者達。
「こうなる」
小銃、機関銃入り乱れた弾丸の嵐が前中後衛、くまなく降り注ぐ。特に前衛を中心に叩き込まれた機関銃弾は覚者の内腑に響き渡り、体術の発動を妨げる。
舌打ちと共にジャックが作り出すのは誰かを護るための炎。それが憤怒に満ちた男達を呑み込む。燃え盛る炎、だが男達の数名は銃を持って炎の中を歩く。しかし彼等も幽霊男が放った銃弾に動きを止め、零の大太刀と刹那の作りし、氷の槍が止めを刺す。
けれど階下から来た男達がアンプルの中のものを飲み干し戦場へと参加していく。
傷ついた覚者達を翼人の少女は潤しの雨を以って癒していき、青い目の巫女が紫鋼の盾を成へとかけていく。
「ほら、また出口の方見てる。そういうのは先見てるって言わないよ」
通信機を破壊したプリンスが軽口と共に大槌を振るう。けれど通用口を見た男は笑いながら避け、顔を近づける。
「計算しているんだよ、私一人だけで倒す気はないからね。それより……」
左手のマチェットで老紳士の仕込みを打ち払ってB.O.T.をいなした男は言葉を続ける。
「君は軽薄な人間を装おうとして、結局はその通りになっていないかい?」
直後マチェットを握る手がプリンスの顎を打ち、続く斬撃が胸を切り裂く。続いて突撃銃の銃床で成の顎をかち上げると距離を取り、前衛の足元へ銃撃、跳ね上がるような連撃へと変わった銃弾が覚者達を捉えていく。
「地烈!?」
「銃を使って体術を使えば自然とそうなるものだCQB? そんなものは入り口にしか過ぎない」
驚く零に超然と答える長身の男。
「行きつくものは最終的には同じ、荒関君はそう言いたいのですね。カレンの時のように」
「やはり居たか。貴様も」
男の言葉に成は答えず、ただ隙を狙う。荒関もそれに応じ、走る。
「楽しいか代表殿? そうでもない拙は、『仕方なく』周りを斬るぞ」
背後で声がして、刹那の放つ氷の槍がまた一人憤怒者を倒す。
「まるで悪役みたいだなお嬢さん、けど倒しきれるかな? ほら、また増えた」
彼の言う通り、新たな援軍が空のアンプルを床に捨て、側背を取ろうと駆けだす。
させじと小唄が跳ね上げるように殴りかかり、包帯の女が射撃を続け、ツバメが大鎌を振るう。ジャックの炎がまた憤怒者を呑み込むと炎の向こうで倒れる人影が見える。けれどそれを突っ切って動くものが一名。抱え込むのは古妖地雷。それに気づいた零が走る。
小さな動物の鳴き声が聞こえた直後、爆発音とともに無数の鋼球がはじけ飛ぶ。大太刀を持った女はそれを一身に受けると、命を削り倒れまいとする。すぐに日那乃が回復を行い零の戦線復帰を促せば、次になだれ込むのは憤怒者の銃火器のマーチ。
訓練された兵士が薬によって強化を得れば体力は劣れど覚者並みの動きに追いつく。それに加えて人数。戦場での一番の武器である数の暴力がカグツチと呼ばれる武器によって倍加される。くまなく注ぐ弾丸の雨が覚者の体力を奪いにかかった、けれど、それは祇澄の挺身によって防がれた――彼女が倒れることと引き換えに。
●緋は深く
荒関は自分の価値を理解していた、故に自分を囮にする事を選択した。そうすることで部下の戦闘力を十分に引き出し、攻撃に集中させる作戦を選んだ。
厄介な体術はカグツチが封じ込め、それ以外の攻撃は数で圧殺する。戦意に関しては――憤怒者であれば問題なかった。これまで出来る限り直接戦闘を避けた分、憤怒と言う強い感情は簡単に消えることは無く、与えた薬が怒りを加速させる。
それが『良き隣人』と名乗る憤怒者、荒関が覚者と戦うにあたって作り上げた戦闘集団であった。
無論、このような作戦を取れば憤怒者達も無傷では済まない。どんなに強化しても所詮はただの人、一撃でも入れば即座に崩れ落ちる。現に周辺には倒れ伏した憤怒者であふれかえっていた。それでまだ数は覚者を上回り……そして望んだ時が来た。
これまで召炎波を放ち、側背への展開を防ぎ続けていたジャックの気力が切れたのだ。次々と周辺を囲む憤怒者、数は三十もくだらない。
「さて、長々と付き合ってくれてありがとう」
荒関の謝辞と共に古妖地雷が炸裂した。零が再びそれを庇いそして床に横たわる。
「これでおわりだFiVE」
さらに二度三度と同じ爆発が起き、覚者を呑み込む。その衝撃は爆弾のエネルギー源として使われた古妖にも及び、何匹かはゲージの中で動かなくなる。煙が晴れ、憤怒者達が見たのは地に伏せた覚者達。
「……全員、銃を構えろ」
けれど、荒関は警戒を怠らない。まだ命を削っていない覚者が居ることを確信していたからだ。
錫杖にしがみついて立ち上がる偽名の男、亀裂だらけの機械椀に大槌を持たせて楽をする他国の王子。折れた翼でなお飛ぼうとする翼人の少女、インパネスを吹き飛ばされ、ボロボロの三つ揃いを纏った老紳士、そして流れる血を獣の腕でぬぐい声にならない咆哮とともに立ち上がった狐憑。
誰もが戦いを止める意志を持たなかった。それを確信していたからそこ、荒関は最後の仕上げに取り掛かるためにマチェットを高く掲げた。
「所詮この身は人外蠱毒。人の世はとかく住みにくい。ならば征こう。ならば逝こう。人でなしの世は人の世より住やすかろう」
女の声が聞こえた、包帯はすでに無くなり、傷のある顔が見える。
深緋・幽霊男とはどんな人物だったか? 様々な評価はあれど彼女は『人』を探していた『敵』を探していた。
そんな女がこれまで戦い、そして選んだことが『これ』だった。
「失望されることは。死ぬよりつらい。違うかね?」
訪ねながらカトラスを首に当てる。
「だから『こう』する」
スッと音もなく刃が引かれ、緋が雨のように舞った。
「解りやすいだろ?命を賭けて街を護る覚者って『美談』は」
「ずるいな、君は」
荒関の顔に浮かぶのは不満と羨望が混ざった複雑なもの。それを見て幽霊男は笑い。
「『そういう事』が必要なんだ。切欠って奴は。それじゃ一つ。後はよろしくのヒーロー」
そう言い残し、魂の雨の中にその骸を沈めて行った。
●隣人の終焉
緋色の雨が止んだ。しかし緋色だったものは何処にも見えずあるのは骸が一つのみ、そして立ち上がる零と祇澄そしてツバメ。
三人を含め、誰一人傷もなく、踏みしめる足に力がこもる。その姿に恐れをなしたのか憤怒者達の銃口が下がっていく。
「――撃て」
けれど荒関は怯むことは無かった。自らが作った状況を命を引き換えに覆されても、なお己を保っていた。『FiVEを倒す事』へ執念を抱く憤怒の皮を被ったイレギュラーにとってこの状況は負けではないのだ、目の前で死なれることに比べれば……。
マチェットが振り下ろされ銃弾の雨が降る、けれどそれは全て仕込み杖の一振りで吹き飛ばされる。
「君は私によく似ている」
新田・成が刃を杖に納める
「ただ剣を抜く場所を求め冷戦下の欧州等に踏み込んだ、あの頃の…今でも心の奥底に眠る私に」
「自覚してなお、自らを『枠』にはめ続けるのか!? 『極東のバッカス』」
吠える荒関、かつての修羅は腰をかがめ、親指で杖を押し白銀の刃が見える柄を握る
「故に私は君を理解し、故に相容れないのですよ」
抜剣!
直後放たれるはB.O.T。けれどそれは気力でなく自らの魂を冥府の釜へくべることで生まれし波動。
「私は『良き隣人』を殺す」
死に近づくことを引き換えに放たれた衝撃波は立っている者、倒れている者問わず憤怒者を吹き飛ばし、空へと押しやる。
残ったのは荒関ただ一人、その背後の大地では鈍い音が次々と響き渡る。
「今この時に一生懸命できないから、貴公は3000円コースなんだよ」
プリンスのインフレブリンガーが男の腹に通貨を発行する。武器を落とし身体を曲げる荒関の目の前に小唄が飛びこんだ。
「これで!」
肝臓へ撃ち込むフックから跳び上がると拳を握りしめる。
「終わりだああああっ!」
渾身のストレートが荒関の顔面を捉え、大地に叩きつけるように拳を振り抜いた。
肩で息をする少年。その下には男が一人。頭からコンクリートの床にたたきつけられた荒関は自分の上に乗る少年に告げる。
「……殺せ」
「いやだ!」
少年が拒絶する。
「僕は……敵であっても、誰かが死ぬところは見たくないんだ!」
「甘いな。だが、それは尊むべきものかもしれないな……そうだろう?」
「ええ、だからこそ私は君が築いた全てを壊し」
同意の声を上げた男が荒関の胸に刃を突き刺す。
「――荒関務を完殺する」
「ありがとう」
荒関が感謝の言葉を述べると白刃が抜かれ鮮血が飛び、少年の顔を赤に染める。
「どうして! なんで殺すんだよ!」
返り血にまみれた顔で成に問いかける小唄、その口調は弾劾に等しいもの。
「年寄りは……いたわるものだぞ……少年?」
窘める声は大地から聞こえた。
「私を殺さないと……隣人は復活する。自殺も……だめだ、殉教者になる……だからこそ……戦闘中に殺されなけ……ればならないのだ」
死に瀕した男の手が何かを求めるように伸びる。耳に当ったのか小唄がくすぐったそうにする。それがおかしいのか荒関の顔に笑みが浮かぶ。
「小唄君……覚えて置け、いつか君も引鉄を引く覚悟……を持たないと行けないことがあることを……それが嫌なら今を貫く力と魂を……」
伸びた腕がコンクリートに落ち言葉が止まる。
「――――ッ!」
声にならない何かが空に響き渡った。
つまらなそうにそれを見つめるプリンス、不思議そうに眺める日那乃、零は不満げな表情を浮かべ、ツバメは立ち尽くす。ジャックが少年の肩に手を置き、刹那が小唄を立たせようとする。祇澄が息絶えた幽霊男の眼を閉じ、成はハンカチを出すと自らが殺めた男の顔にそれを落とした。
――2016年某月、憤怒者組織『良き隣人』壊滅。
化の物が通り過ぎた後に残るのは廃墟、逃げ遅れたものはその息に毒され死に至り、骸は胎の中に。
立ち向かいし鋼鉄の車は長大なる前足で吹き飛ばされ、横転してその動きを止めている。
かつて破綻し、そして立ち直った男は槍のように鋭い爪に腹を貫かれ、大地へと捨てられた。
「生きてます?」
「大丈夫です、副長」
LAVだったものを陰に男達が無事と装備を確認する。
「じゃあ、私が彼を助けに行きますから援護を」
「了解」
即座に応答する部下。
「では私が走って三秒後に射撃開始、そのまま近づいて来たらそのまま戦線離脱で」
ヨルナキから凍れる大地そして本州へと転戦していったAAAの男達が動きだした。
「立てますか?」
「なんとか……な」
滑り込むように翼人の傍へと駆け寄った男は覚者が立ち上がるのに手を貸し、走り出す。
彼らが走っている間、牛鬼を引き寄せるのは部下である男達。残忍にして強大な故、封印された古妖にとってはその攻撃は豆鉄砲に過ぎないが煩わしいことこの上ない。邪魔する餌を吹き飛ばそうと前足を動かしたとき、視界に入ったのは羽の生えた男と餌の仲間。自分の歩みを邪魔してきたこいつらを一網打尽にしようと息を吸った時。一陣の風が吹いた。
清爽たる風、それ喚び起こす少年は俯き、唇をかみしめる。
「何で……何でだよ……! 何でこんな酷い事が出来るんだよ……! 同じ人間だろ!」
面を上げるのは『使命を持った少年』御白 小唄(CL2001173)。
「くそっ……ここで、絶対終わらせなきゃ!」
言葉にこもるのは決意。その風に乗って二人の女が舞う、一人は鬼桜の銘を持つ大太刀の女、もう一人は二面性を持つ一対のカトラスを持った包帯の女。
「そっちへ速く!」
逃げ遅れたと思わしき人々にワーズワースを乗せた言葉で避難を指示した『裏切者』鳴神 零(CL2000669)が牛鬼に肉迫すると大太刀を振るう。燕が低く飛ぶように。そしてもう一人、深緋・幽霊男(CL2001229)がカトラスを突き立てれば、刹那に鳴る銃声。熱の残る薬莢を地面に転がしながら距離を取る。
「それじゃあ一つ。最後の『仕事』だ」
その言葉の意味は何処にあるのか、真意は本人のみが知る。
「ガーディアン、よく来て、下さいました。ここまで、ありがとう、ございます」
覚えのある声に翼人の男が振り向くとそこに立つのは『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)
「君か……私は何も役に立っていないよ」
自嘲気味に答える元破綻者。しかし彼女にはかつて破綻した者が人を助けるために動いたという事だけで充分であった。
「後は、私達に、お任せ下さい」
手首の刺青が光り、顕現された精霊の力が大地に作用し鎧を作る。
「この凶行は、必ず止めます!」
牛鬼を倒すために次々と集まる覚者達が力を発現させていく。
「封印された古妖、まだいた、の、ね」
桂木・日那乃(CL2000941)が冷たい視線を古妖に送る。牛鬼が顔を向けるが臆することなく、
「被害が出るなら消す。……隣人は、妖じゃないから消さない、けど」
古妖に死を告げる。
「時間になりましたね」
革靴のソールがアスファルトを踏み鳴らし、二重廻しを羽織った男が眼鏡を外す。
「では、彼らの最終講義を始めましょう」
『教授』新田・成(CL2000538)が仕込み杖を構えた。
離れた場所、被害を免れたビルの屋上で男は双眼鏡ごしに笑みを浮かべた。
「待ち人が来たぞ、お前達」
そして戦いの幕が開けた。
●古妖、牛鬼
「二手には分かれなかったようですね」
傍にいた副官格の男が荒関に問う。上の構想を確認し、具現化するために質問をするのは自分の職務と分かっていての発言だ。
「残念なことにな」
無論、憤怒者を率いる男もそれを理解し、言葉を返す。
「二手に分かれてくれれば、各個撃破で楽が出来た。その為に色々と手を回し、何があるかを警戒させるように仕向けてきたんだが……そこまでは甘くはなかったか」
荒関の言葉を聞き、副官格の男はその場から離れる。戦闘がある。そう判断した故に。
「代表殿の顔が見えてきてようやく楽しめるようになってきたかと思えば。配下の思想が偏っておると、やはり面倒なのであろうか」
赤茶の髪が色素が抜ける様に銀へと変わり、金色の双眸が古妖を見つめながら華神 刹那(CL2001250)は大気中の水分を凝縮させ指で弾く。飛礫となった水滴は既に宿された英霊の力によって加速され牛鬼の巨大な身体を貫く。
「おい牛鬼!」
貫く弾丸の主に爪を向けようとした古妖は自らを呼ぶ声に気づく。『黒い太陽』切裂 ジャック(CL2001403)であった。
「かしこみかしこみ申す、頼む!!鎮まってくれ!! 人間を喰らったところで、アンタの血が更に穢れるだけじゃねえか!!」
人と古妖が分かり合えると信じた故の説得。だが、それは人と覚者を信じないものが呼び起こした獣に等しい古妖には届かない。それが無理だとわかっていてもなおの事、ジャックは声を絞った。
牛鬼がその前足を振り上げる。瞬間、その顔面にプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)の狙いすました一撃が叩き込まれ、衝撃の余波が古妖の背後の土砂を跳ね上げる。同時に『鬼灯の鎌鼬』椿屋 ツバメ(CL2001351)の放つ破眼の光がその巨体を呪わんと貫いていく。
「……わかった、なら俺は選ぶよ。より死が少ない道を」
意を決したジャックの右目が開く。『糞みたいな世界』自らの錫杖に名付けた世界と同じこの世界を生きるため、歩くため。刹那、その第三の眼が光った。二人目の破眼の呪い。それが動きを戒める前に小唄が二人の女と共に連撃を叩き込む、斬撃打撃銃撃、合わせて六連発、堪らず古妖が後退する、そこへ追い打つように術符を握りこみ硬化した腕で祇澄が殴りつけ、成の衝撃破が牛鬼後方のビルごと古妖へと打撃を与えていく。
「……よくないぞよ」
「どうしたの?」
幽霊男の呟きに気づいた小唄が問いかける。その間にも巨大なる古妖は体勢を立て直し覚者に迫る。
「物理に強いとは思ったけど、それ以上に『スタミナ』がある。時間がかかるぜ、これ」
エネミースキャンで見抜いた結果を包帯の女が伝える。それが終わったころ大地を削るように振るわれた前足が前に出ていた者達をなぎ倒した。
すぐに日那乃が飛び、霧を起こし傷を癒していく、が……
「ダメージ、結構大きい、よ」
連戦を想定して気力を節約したいところだが、味方の負傷度合いがそれを難しいと伝える。
隣人相手の戦いまでに持つのだろうか?
黒翼の少女の脳裏に不安がよぎった。
●膠着
猛毒の息が古妖から吐き出される、周囲に居る者の生命と力が奪われ。五行や因子の威力を削る。日那乃が大気中の浄化物質を集め自然治癒を促すと、その恩恵を得られる間に複数の飛燕が牛鬼へと猛威を振るい、ツバメの大鎌が疾風の如き一撃を叩き込む。
ジャックが再度、破眼の呪いで縛ろうとすればプリンスは大槌で貫くような一撃を振るい祇澄の拳が古妖を撃つ。成が杖に手をかけると仕込みの刃が閃き、衝撃波が巨体を浮かす。
けれど……
「なかなか倒れないねえ、ねえもうお休みしない?」
プリンスがいつもの口調で敵に話しかける、けれどその息はいつもより荒く、疲れが見える。
「まだまだやる気はあるみたいだぜ」
包帯姿の女がカトラスに弾丸を装填し、足元の空薬莢を蹴り飛ばしながら呟く。
「だったら……」
獣と化した拳を握りしめ、小唄が口を開く。
「倒れるまでやればいいんだ!」
「そうです、敵は無傷という訳ではありません。堅実な手が一番の近道というのもありますよ」
毒の息で腐食して袖が落ちたインパネスを羽織った成が言葉をつなげる。
だが、それを裏切るように牛鬼は前足を上げると、比較的体力に劣るツバメへと鋭い爪を突き刺した。
「ガッ……」
声は口から出る赤い物で塞がれた。古妖は前足をそのまま持ち上げると近くの建物へと黒髪の黄泉を放り捨てた。その破壊力は小さいとはいえ建物を崩すには十分な力。覚者であり、命を削る覚悟があったツバメでなければ冥府を見ていたであろう。瓦礫を大鎌で跳ねのけ立ち上がる。命を削ったことで傷は塞がっているが体力は失われ吐く息に熱が伴う。その熱い息を吐き、ツバメが走る。
(敵の言葉を借りるのは癪だが)
跳ね上げるように白狼という名を持つ鎌で切り裂き。
(この状況を『面白いもの』と捉えよう)
口元に笑みを湛えると裂帛の勢いで振り下ろす。
すぐに祇澄がカバーに入り、日那乃とそしてジャックも回復を行う。癒しと潤し、二つの雫が火照りを覚まし、痛みを消す。
大鎌の連撃が作ったチャンスに覚者はふたたび飛び掛かる。
貫殺の一撃をプリンスが見舞えば、右から狐憑の少年が振り上げるようなロシアンフックからストレート、その反対側では大太刀を持った女が軽々と斬撃を繰り出し、逃げ道を塞ぐ。低く潜り込むように幽霊男が走り、その身を滑らせれば両手のジキルハイドを天頂に掲げ牛鬼の腹を裂き、幾重にも火薬を鳴らす。
風を切る音が鳴り、直後に走る衝撃波。水礫とB.O.T.が偶然にも重なり波動を帯びた水の弾丸は蜘蛛の姿をした巨体を貫き、内部へとその威力を浸透させる。
牛鬼が声を上げる、それは唸り声でも毒の息吹でもなく、苦痛への怨嗟の声であった。
●古妖墜ちる
「とりあえず、覚者、非覚者含めて非戦闘員は此処から排除もしくは避難が完了した。でもいいのかい? あの命令書類偽造だろ?」
機動隊の隊長と思しき男が煙草をくわえると目の前の私服の刑事にも一本渡す。
「Aマニュアルの存在があるのと、アレが居る以上消防は出せねえ。かといってAAAも人手不足、自衛隊なぞ出た日には災害出動で済むレベルじゃない。暴徒鎮圧と称して市民保護に乗り出すのが一番被害が小さい方法だったのさ。あとは……」
煙草を咥えお互いに火を着けると刑事は話を続ける。
「半径50メートルぐらいの規模で戦闘する覚者やAAAで済ますことが出来る」
「そうすれば街の被害も少なく済むってわけか。で、大丈夫かな?」
機動隊の男が巨大な古妖の影を見上げる。
「やってもらわないと困る」
「そうですね、それと申し訳ありませんがお手伝いお願いできますか?」
横合いから挟まれた言葉に振り向く二人。視線の先に居るのはAAAの隊員。
「AAA戦闘班副長の……まあ名前は置いときましょう。上司より放水車での支援をしてほしいとの事です」
「神具を持った憤怒者相手に?」
渋面を見せる機動隊員、AAAの男は表情を変えずに言葉を続ける。
「放水車は50メートルは飛ばせるだろう? という言葉を言付かっています。それとこれはFiVEからの要請ですが……」
彼の言葉に男達は笑い、そして動きだした。
戦線は徐々に覚者へと傾いていった。
日那乃に加えてジャックも回復に従事することにより、高い気力を要する術を使わずとも傷を治すことが出来、また負傷が深い場合は分担して回復を行うことで戦線の維持が可能となった。
また、カバーを行う零や祇澄によって回復を担う二人や前衛が戦線を維持できたのも大きい。
対して、自らの傷を癒せない古妖は自然と体力を疲弊させ、徐々に負傷して行く一方であった。
けれど、その攻撃力はまだ衰えることはない。
牛鬼がその前足を全てを薙ぎ倒すかのように振り回す。祇澄が飛び出しカバーに入るがそれを致命傷となり、頭から大地に落ち、二度三度弾ねる。白い手が伸び大地をつかむと青い目の巫女は片膝を立てて、命を削って立ち上がる。
「大丈夫です……」
心配をかけまいと気丈に振る舞い、立ち上がる祇澄。直ぐに翼人の少女と黄泉の少年から回復が飛ぶと彼女は護符を握りしめ、再度古妖を殴りつける。
その一撃が牛鬼を傾け、巨体を支えていた足が力を失うのを覚者達は見逃さなかった。負傷が残る前衛のフォローも兼ねて飛び込んだ幽霊男がカトラスを振るい、古妖の足を飛ばす。
バランスを崩した古妖へツバメが破眼の光を放ち呪いを以って動きを戒めれば、跳び上がった狐憑の少年と付喪の男が拳と大槌をその背中に叩き込む。大地に沈みかかるのを残った足で踏ん張る牛鬼、その足を刹那の水礫が吹き飛ばし、更に成の抜剣からの衝撃破が巨体の古妖を浮かせ、腹を上に見せる形で轟音とともに大地へと叩きつける。
「ねえ……」
その牛鬼の上に零が乗り、問いかける。
「生きたい? 死にたい?」
だが、古妖の答えは人への殺意のみ、その口から毒の息が吐き出されようとしたとき。大太刀鬼桜は牛の頭を刎ねた。
どこからか歓声が聞こえる気がする。けれど覚者の意識はすでに古妖には向いていない。
全ての根源である『良き隣人』、彼らがまだ残っているのだ。
AAAが彼等の為に車を持ってきたのは丁度その時であった。
●掟破り
「で、こちらの方角でよろしくて?」
「うん、そのまま真っ直ぐ!」
AAAの隊員が運転する車の中で小唄が身体を乗り出すようにして答える。
「ビルの中に隣人、いる。できたら、あとのフォローとかよろしく」
「そうしたいのは山々ですが、こちらも人手不足でして、対応が済み次第応援を送りますので」
日那乃の言葉に申し訳なさそうに詫びる隊員。その間に覚者達は回復を済ませ、失った気力を増幅させた精神力を填気しあい、不足を補う。とはいっても完全に回復出来たのは負傷ぐらいで、失った命数は取り戻せず、気力も完全回復には至らない。そのような疲弊した状態で覚者達は憤怒者60名と戦わなければならなかった。
「さ、着きました。後はよろしくお願いします」
念を置き、目標のビルから距離を置いて車は停車する。覚者達は礼を述べ、そして憤怒者達が潜むビルへと向かっていく。祇澄が守護使役の力で足音を消し、自らの姿を周囲と同化させ、幽霊男は最後尾で鼻を利かす。
階数は15階のオフィスビル。その入り口に差し掛かった時、ツバメとジャックは同族の気配を察知し、警告のサインを出す。零も罠の気配を感じ、ビル内を注視する。
「見えない」
零が一言呟いた。
「暗いから余も良くは分からないけど、銃を持って構えてる隣人マンがいるね。あと後ろ取られない様に何か設置してる」
代わりにプリンスが透視で中の状況を確認すると、日那乃も感情探査で人数を割り出す。
「五人、居るけど。どうする? 裏口行く?」
「いやここは――」
「突っ込もう!」
老紳士が仕込みを抜くと、小唄と刹那が走る。抜刀の衝撃波がガラスを破壊し、進行防止用のピアノ線を切り、憤怒者達へと衝撃波を与える。
「邪魔を、するなぁっ!」
直後飛び掛かった狐憑の少年と銀髪の女が跳ね上げるような拳を振るい、素早い連撃を以って切って捨てる。
そして少年は見た、彼等の一人が持っていたスイッチの先にあるものを。
「――っ!?」
それは待ち伏せなどに使われる指向性の対人地雷、リモコン等で起動し一定の方向へ散弾と言うには大きい鋼球を巻きちらす足の着いた箱型の対人殺傷兵器。
違うのは信管につながるケーブルとは別に配線が伸びており、それがゲージに入れられたすねこすりに埋め込まれた電極へと差し込まれていること。
「これは……霊力とかそういう類をベアリング弾に付与させる仕掛けでしょうか?」
成がケーブルを触れながらエレクトロテクニカで物体の正体を探ろうとする。だが原理を解明するには専門的な分野が多く、機能は停止できても、すねこすりの解放をするのが難しいと判断する。
「しー! 動かないといて。あとで助ける、今は何もせんと、俺達を信じて大人しくしててくれ」
自分達に気づいて鳴き声を上げようとする小さな古妖に向かってジャックが静かにするように口元に指をあてた。
意図が伝わったのか、すねこすりはその場に蹲り、眠りだす。それを確認した成は警備員室へと入り込み、ビル内の機器を操作する。
「電話から電源とか切れれば楽なんですがね」
呟くように火災報知器を起動させ、ビルの電源をシャットアウトする。けたたましいサイレンの音が鳴り、防火扉が動く音、スプリンクラーから水が流れる音が響く。
「日那乃君。荒関君はどのあたりに居ますか?」
「多分、屋上。そこだけ人が多い、よ」
少女の答えに老紳士が頷き、皆が屋上へと動こうとしたとき。
「貴公達、待とうよ」
プリンスの声がした。振り向いた覚者達は彼の姿を見て、その場に固まる。
「恐らく相手が欲しいのは、FiVEが間に合わなかった実績だ。真正面から、ちまちまやっていたら間に合わないよでも……」
付喪の王子の身が光に包まれている。それは命ではなく根源たる何かを消費しようとする現れ。
「間に合わせればよやっと一泡吹いてもらえるってことじゃん?」
その言葉の意味を祇澄が理解した。
「ヒノマル陸軍の時の再現……!?」
「そーゆーこと。複数で百人なら、余一人で十人の民を移動させられるはず」
魂を燃やしたインフレブリンガーが振り下ろされる。
直後、ビルから光の柱が立ち、空に移るのはプリンスの爽やかな笑顔。
そして光が消えた時、十人の覚者は屋上へと立っていた。
「掟破りも良い所だな」
そう言って『良き隣人』を率いていた髪に白いものが目立つ眼鏡をかけた長身の男は笑った、空に響き渡るように。
●良き隣人
荒関が笑っている間に部下が動き通信機を使い、階下で待ち受けるはずだった憤怒者達を呼び寄せる。その頃には男の笑いは終わり、覚者へと向き直った。
「失礼、あまりに予想外な事だったのでね……笑うしかなかったよ」
謝罪と共にアンプルの蓋を指ではじき、中のものを飲み干す。
「やぁ、この間の支払い納得いかないんでノシつけに来たよ!」
挨拶とともにプリンスの大槌が通信機を破壊する。
「宛ら魔王城のボスだが其方の居心地はどうだ?」
「特等席で見学させてもらったよ、悪くない」
破眼の光を避けながら、男は笑い銃を構える。
「貴方の望みは単なる破壊でなくて? 貴方、ほんとくだらない人間よね? 破壊によるネガティブな思念の辛さを知っていて、なお作り出そうとするのは楽しい?」
「ああ、楽しいね。そして残念だがお嬢さん、私の世界に人の品性を比べるという概念は無いんだ」
銃弾が零の動きを制する。その脇をすりぬけるように刹那が走ると荒関が一人距離を詰める。目の前に迫るマチェット。だが衝撃波が二人を分かち、そして影が舞う。
「外法と暴力を以て我々を倒す、貴方はそう言った。手段が目的を凌駕する――そういう人種はやはりロマンチストだと私は考えるのですよ、荒関君」
仕込みを振り上げる成、それを刃で受け止める荒関。細身の刃と薄い刀身がぶつかり、そして離れる。
「故に。私の全霊でお相手しましょう」
「老人、貴方はどうなのだ? FiVEの枠で収まるのか?」
頬を風が打つ、清爽たる風はやがて荒れ狂う烈風と変わり、覚者へ力を与える。
「小唄君だったな……君は何か言う事はあるかい?」
もはや言葉など要らないことを少年は理解していた、故に短く強く告げる。
「ここで終わらせるよ、荒関さん!」
「君達が相手で良かったよ、だから倒し甲斐がある」
かくしてロマンチストが率いる憤怒者とFiVEの最後の戦いが始まった。
「お前等がやること全て破壊する」
ジャックが吠える。
「まずはすねこすりたちを解放しろ」
「他に代替品が無いんだ、断る」
「俺にはあんたらの苦しみや妬みや恨みはわからない、だがわかるのは――アンタらが悲しみを生む人間であることだけだ」
「ならば最初の言葉通り全てを破壊することだ、力を惜しむなら」
一人突出していた荒関が横に飛ぶ。居並ぶのは銃火器を持った憤怒者達。
「こうなる」
小銃、機関銃入り乱れた弾丸の嵐が前中後衛、くまなく降り注ぐ。特に前衛を中心に叩き込まれた機関銃弾は覚者の内腑に響き渡り、体術の発動を妨げる。
舌打ちと共にジャックが作り出すのは誰かを護るための炎。それが憤怒に満ちた男達を呑み込む。燃え盛る炎、だが男達の数名は銃を持って炎の中を歩く。しかし彼等も幽霊男が放った銃弾に動きを止め、零の大太刀と刹那の作りし、氷の槍が止めを刺す。
けれど階下から来た男達がアンプルの中のものを飲み干し戦場へと参加していく。
傷ついた覚者達を翼人の少女は潤しの雨を以って癒していき、青い目の巫女が紫鋼の盾を成へとかけていく。
「ほら、また出口の方見てる。そういうのは先見てるって言わないよ」
通信機を破壊したプリンスが軽口と共に大槌を振るう。けれど通用口を見た男は笑いながら避け、顔を近づける。
「計算しているんだよ、私一人だけで倒す気はないからね。それより……」
左手のマチェットで老紳士の仕込みを打ち払ってB.O.T.をいなした男は言葉を続ける。
「君は軽薄な人間を装おうとして、結局はその通りになっていないかい?」
直後マチェットを握る手がプリンスの顎を打ち、続く斬撃が胸を切り裂く。続いて突撃銃の銃床で成の顎をかち上げると距離を取り、前衛の足元へ銃撃、跳ね上がるような連撃へと変わった銃弾が覚者達を捉えていく。
「地烈!?」
「銃を使って体術を使えば自然とそうなるものだCQB? そんなものは入り口にしか過ぎない」
驚く零に超然と答える長身の男。
「行きつくものは最終的には同じ、荒関君はそう言いたいのですね。カレンの時のように」
「やはり居たか。貴様も」
男の言葉に成は答えず、ただ隙を狙う。荒関もそれに応じ、走る。
「楽しいか代表殿? そうでもない拙は、『仕方なく』周りを斬るぞ」
背後で声がして、刹那の放つ氷の槍がまた一人憤怒者を倒す。
「まるで悪役みたいだなお嬢さん、けど倒しきれるかな? ほら、また増えた」
彼の言う通り、新たな援軍が空のアンプルを床に捨て、側背を取ろうと駆けだす。
させじと小唄が跳ね上げるように殴りかかり、包帯の女が射撃を続け、ツバメが大鎌を振るう。ジャックの炎がまた憤怒者を呑み込むと炎の向こうで倒れる人影が見える。けれどそれを突っ切って動くものが一名。抱え込むのは古妖地雷。それに気づいた零が走る。
小さな動物の鳴き声が聞こえた直後、爆発音とともに無数の鋼球がはじけ飛ぶ。大太刀を持った女はそれを一身に受けると、命を削り倒れまいとする。すぐに日那乃が回復を行い零の戦線復帰を促せば、次になだれ込むのは憤怒者の銃火器のマーチ。
訓練された兵士が薬によって強化を得れば体力は劣れど覚者並みの動きに追いつく。それに加えて人数。戦場での一番の武器である数の暴力がカグツチと呼ばれる武器によって倍加される。くまなく注ぐ弾丸の雨が覚者の体力を奪いにかかった、けれど、それは祇澄の挺身によって防がれた――彼女が倒れることと引き換えに。
●緋は深く
荒関は自分の価値を理解していた、故に自分を囮にする事を選択した。そうすることで部下の戦闘力を十分に引き出し、攻撃に集中させる作戦を選んだ。
厄介な体術はカグツチが封じ込め、それ以外の攻撃は数で圧殺する。戦意に関しては――憤怒者であれば問題なかった。これまで出来る限り直接戦闘を避けた分、憤怒と言う強い感情は簡単に消えることは無く、与えた薬が怒りを加速させる。
それが『良き隣人』と名乗る憤怒者、荒関が覚者と戦うにあたって作り上げた戦闘集団であった。
無論、このような作戦を取れば憤怒者達も無傷では済まない。どんなに強化しても所詮はただの人、一撃でも入れば即座に崩れ落ちる。現に周辺には倒れ伏した憤怒者であふれかえっていた。それでまだ数は覚者を上回り……そして望んだ時が来た。
これまで召炎波を放ち、側背への展開を防ぎ続けていたジャックの気力が切れたのだ。次々と周辺を囲む憤怒者、数は三十もくだらない。
「さて、長々と付き合ってくれてありがとう」
荒関の謝辞と共に古妖地雷が炸裂した。零が再びそれを庇いそして床に横たわる。
「これでおわりだFiVE」
さらに二度三度と同じ爆発が起き、覚者を呑み込む。その衝撃は爆弾のエネルギー源として使われた古妖にも及び、何匹かはゲージの中で動かなくなる。煙が晴れ、憤怒者達が見たのは地に伏せた覚者達。
「……全員、銃を構えろ」
けれど、荒関は警戒を怠らない。まだ命を削っていない覚者が居ることを確信していたからだ。
錫杖にしがみついて立ち上がる偽名の男、亀裂だらけの機械椀に大槌を持たせて楽をする他国の王子。折れた翼でなお飛ぼうとする翼人の少女、インパネスを吹き飛ばされ、ボロボロの三つ揃いを纏った老紳士、そして流れる血を獣の腕でぬぐい声にならない咆哮とともに立ち上がった狐憑。
誰もが戦いを止める意志を持たなかった。それを確信していたからそこ、荒関は最後の仕上げに取り掛かるためにマチェットを高く掲げた。
「所詮この身は人外蠱毒。人の世はとかく住みにくい。ならば征こう。ならば逝こう。人でなしの世は人の世より住やすかろう」
女の声が聞こえた、包帯はすでに無くなり、傷のある顔が見える。
深緋・幽霊男とはどんな人物だったか? 様々な評価はあれど彼女は『人』を探していた『敵』を探していた。
そんな女がこれまで戦い、そして選んだことが『これ』だった。
「失望されることは。死ぬよりつらい。違うかね?」
訪ねながらカトラスを首に当てる。
「だから『こう』する」
スッと音もなく刃が引かれ、緋が雨のように舞った。
「解りやすいだろ?命を賭けて街を護る覚者って『美談』は」
「ずるいな、君は」
荒関の顔に浮かぶのは不満と羨望が混ざった複雑なもの。それを見て幽霊男は笑い。
「『そういう事』が必要なんだ。切欠って奴は。それじゃ一つ。後はよろしくのヒーロー」
そう言い残し、魂の雨の中にその骸を沈めて行った。
●隣人の終焉
緋色の雨が止んだ。しかし緋色だったものは何処にも見えずあるのは骸が一つのみ、そして立ち上がる零と祇澄そしてツバメ。
三人を含め、誰一人傷もなく、踏みしめる足に力がこもる。その姿に恐れをなしたのか憤怒者達の銃口が下がっていく。
「――撃て」
けれど荒関は怯むことは無かった。自らが作った状況を命を引き換えに覆されても、なお己を保っていた。『FiVEを倒す事』へ執念を抱く憤怒の皮を被ったイレギュラーにとってこの状況は負けではないのだ、目の前で死なれることに比べれば……。
マチェットが振り下ろされ銃弾の雨が降る、けれどそれは全て仕込み杖の一振りで吹き飛ばされる。
「君は私によく似ている」
新田・成が刃を杖に納める
「ただ剣を抜く場所を求め冷戦下の欧州等に踏み込んだ、あの頃の…今でも心の奥底に眠る私に」
「自覚してなお、自らを『枠』にはめ続けるのか!? 『極東のバッカス』」
吠える荒関、かつての修羅は腰をかがめ、親指で杖を押し白銀の刃が見える柄を握る
「故に私は君を理解し、故に相容れないのですよ」
抜剣!
直後放たれるはB.O.T。けれどそれは気力でなく自らの魂を冥府の釜へくべることで生まれし波動。
「私は『良き隣人』を殺す」
死に近づくことを引き換えに放たれた衝撃波は立っている者、倒れている者問わず憤怒者を吹き飛ばし、空へと押しやる。
残ったのは荒関ただ一人、その背後の大地では鈍い音が次々と響き渡る。
「今この時に一生懸命できないから、貴公は3000円コースなんだよ」
プリンスのインフレブリンガーが男の腹に通貨を発行する。武器を落とし身体を曲げる荒関の目の前に小唄が飛びこんだ。
「これで!」
肝臓へ撃ち込むフックから跳び上がると拳を握りしめる。
「終わりだああああっ!」
渾身のストレートが荒関の顔面を捉え、大地に叩きつけるように拳を振り抜いた。
肩で息をする少年。その下には男が一人。頭からコンクリートの床にたたきつけられた荒関は自分の上に乗る少年に告げる。
「……殺せ」
「いやだ!」
少年が拒絶する。
「僕は……敵であっても、誰かが死ぬところは見たくないんだ!」
「甘いな。だが、それは尊むべきものかもしれないな……そうだろう?」
「ええ、だからこそ私は君が築いた全てを壊し」
同意の声を上げた男が荒関の胸に刃を突き刺す。
「――荒関務を完殺する」
「ありがとう」
荒関が感謝の言葉を述べると白刃が抜かれ鮮血が飛び、少年の顔を赤に染める。
「どうして! なんで殺すんだよ!」
返り血にまみれた顔で成に問いかける小唄、その口調は弾劾に等しいもの。
「年寄りは……いたわるものだぞ……少年?」
窘める声は大地から聞こえた。
「私を殺さないと……隣人は復活する。自殺も……だめだ、殉教者になる……だからこそ……戦闘中に殺されなけ……ればならないのだ」
死に瀕した男の手が何かを求めるように伸びる。耳に当ったのか小唄がくすぐったそうにする。それがおかしいのか荒関の顔に笑みが浮かぶ。
「小唄君……覚えて置け、いつか君も引鉄を引く覚悟……を持たないと行けないことがあることを……それが嫌なら今を貫く力と魂を……」
伸びた腕がコンクリートに落ち言葉が止まる。
「――――ッ!」
声にならない何かが空に響き渡った。
つまらなそうにそれを見つめるプリンス、不思議そうに眺める日那乃、零は不満げな表情を浮かべ、ツバメは立ち尽くす。ジャックが少年の肩に手を置き、刹那が小唄を立たせようとする。祇澄が息絶えた幽霊男の眼を閉じ、成はハンカチを出すと自らが殺めた男の顔にそれを落とした。
――2016年某月、憤怒者組織『良き隣人』壊滅。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
称号付与
特殊成果
なし
