【五行巡りて】サイレンスナイト
●純然たる狂気
茅葺屋根の家が並ぶそこは、まるで時代劇の世界のように見えた。
それは現実であり、近代傭兵姿の男が可愛らしい民族衣装に身を包んだ少女らしき姿を抱えてくると、隊長格のゴールドピンクの髪をした女が問いかける。
「お前がワリウネクル メノコか?」
「だったら何?」
薄っすらと呆れたような笑みを浮かべて女は近づくと、端麗な顔立ちに遠慮なく鉄拳を見舞い、地面へ叩きつけるように転がした。
取り押さえられた村人たちの声がざわつき、一斉に女へ向けて言葉を吐き捨てる。
「ウェンシャモめっ! レタルに何をするんだ!」
「呪われよ! ウェンシャモ!」
女は抗議に目もくれず、レタルと呼ばれた子を見下ろす。
「私が質問したんだ、お前がワリウネクル メノコか?」
切れた唇から血を滴らせながら、レタルは体を起こすと眉間にシワを寄せて睨みつける。
「そうだよっ、それでボクになんの用っ」
言葉を確かめれば女は眉一つ動かすことなく拳銃を引き抜き、レタルへと銃口を向けた。
「殺しに来た、ただそれだけだ」
その一言に村人達の声が再び沸き立つように騒ぎ、守人の戦士達はどうしたんだと口々にしていく。
「こいつらのことか?」
パサッと写真の束を地面に落とすと、目にしたレタルの顔がみるみる青ざめる。
血みどろの戦士達は頭を撃ちぬかれた者もいれば、胸に巨大な鉄柱が突き刺さった者、丸焦げに頭がない者もいた。
人の所業とは思えない惨殺写真に体が震え、顔を上げるレタルの瞳を憎しみの雫で満たし、女を睨みつける。
「呪われろウェンペ、ボクを殺してもカムイは必ずお前を――」
言葉を遮るように響き渡る銃声は、最初に硝煙の焦げ付くような匂いを広がらせる。
その後に広がるのは、噎せ返る程の鉄臭い匂い。
レタルの真っ白な衣装は鮮血に染まり、細い右足は膝が抉られ、ぼとりと足だったモノが地面に落ちる。
「カムイが……何だって? 嗚呼、神という意味だったか」
激痛に声の出ないレタルの前にしゃがみ込み、レタルの眉間へと押し付けると、熱の残った鉄が僅かに白い肌を焼いた。
「神云々は私が言う言葉だ。神に祈れ、変異体」
再びの銃声は愛らしい顔を見るも無残な肉片へと変えていき、力尽きた体が後ろへとドシャリと倒れる。
広がる赤色が、飛び散った薄茶色の髪を赤黒く染めていった。
「……これで忌々しい変異体共が、更に変異することはなくなる」
●夜闇に舞う
「さぁ……戦況予報するよ」
『Murky Prophet』西園寺・護(nCL2000129)が一同が集まったのを確かめると、ブリーフィング開始の挨拶を呟いた。
そして何が起きるか、護は自身がみた夢を彼らへと語っても、その顔は淡い微笑みを浮かべたままであり、酷い話だねと眉をひそめながら話を締めくくる。
「ワリウネクル メノコ、メナシグル、ウェンシャモ。この言葉はアイヌ語だよ」
メナシグルは東のアイヌ、ウェンシャモは悪い和人。
残ったもう一つのアイヌ語、それが問題なのか、護はぴっと人差し指を立てる。
「ワリウネクル メノコ、これはワリウネクルが人間を生み出した神の名前。メノコは女の子、多分巫女さんみたいなものじゃないかなと思うよ。文献には戦士の力を巡らせる事ができるってあるんだけど、これは夢見とは違うものかもしれないね」
あくまで予想だけどね と前提を添えてると、部屋の明かりを落とし、壁をスクリーンにスライドを投射していく。
映しだされたのは、山中らしきところに赤い丸印をつけられた地図だ。
「メナシグル、東のアイヌって意味はおそらく東のアイヌ族の里を意味するのかな。問題なのは伝承にあった入り方」
続いて映しだされたのは、特徴的な装飾を施された短刀である。
「これはエムシって呼ばれる儀式刀。アイヌ語に書かれた伝承を訳すと、これがないと自分達は彼らの里に入れないみたい」
里には純血のアイヌのみが住まい、入ることができる結界が張られているが、外の世界に憧れたアイヌ達が和人と交わる事で血の純度は失われる。
だが里に帰りたがるアイヌの人々の為に、結界に通り穴を作る儀式刀を拵えた。
それがエムシ、覚者が唯一ここへ入り込むことが出来る手段である。
「嫌な事に彼らでも使えちゃう。だから、絶対こちらが先に手に入れないといけない」
今度は博物館のような大きな建物の写真へと映像が切り替わる。
「入るために使えるエムシはここにしかない。説得する暇があれば良かったけど、残念ながらすぐに発っても到着する頃に彼らが奪いに入ってる。彼らの手に渡る前に確保して、ダミーと入れ替えておいて欲しい」
事が済むまではこっそり拝借することにするようだ。
暗闇の駆け引きを制するのは、覚者か、憤怒者か。
茅葺屋根の家が並ぶそこは、まるで時代劇の世界のように見えた。
それは現実であり、近代傭兵姿の男が可愛らしい民族衣装に身を包んだ少女らしき姿を抱えてくると、隊長格のゴールドピンクの髪をした女が問いかける。
「お前がワリウネクル メノコか?」
「だったら何?」
薄っすらと呆れたような笑みを浮かべて女は近づくと、端麗な顔立ちに遠慮なく鉄拳を見舞い、地面へ叩きつけるように転がした。
取り押さえられた村人たちの声がざわつき、一斉に女へ向けて言葉を吐き捨てる。
「ウェンシャモめっ! レタルに何をするんだ!」
「呪われよ! ウェンシャモ!」
女は抗議に目もくれず、レタルと呼ばれた子を見下ろす。
「私が質問したんだ、お前がワリウネクル メノコか?」
切れた唇から血を滴らせながら、レタルは体を起こすと眉間にシワを寄せて睨みつける。
「そうだよっ、それでボクになんの用っ」
言葉を確かめれば女は眉一つ動かすことなく拳銃を引き抜き、レタルへと銃口を向けた。
「殺しに来た、ただそれだけだ」
その一言に村人達の声が再び沸き立つように騒ぎ、守人の戦士達はどうしたんだと口々にしていく。
「こいつらのことか?」
パサッと写真の束を地面に落とすと、目にしたレタルの顔がみるみる青ざめる。
血みどろの戦士達は頭を撃ちぬかれた者もいれば、胸に巨大な鉄柱が突き刺さった者、丸焦げに頭がない者もいた。
人の所業とは思えない惨殺写真に体が震え、顔を上げるレタルの瞳を憎しみの雫で満たし、女を睨みつける。
「呪われろウェンペ、ボクを殺してもカムイは必ずお前を――」
言葉を遮るように響き渡る銃声は、最初に硝煙の焦げ付くような匂いを広がらせる。
その後に広がるのは、噎せ返る程の鉄臭い匂い。
レタルの真っ白な衣装は鮮血に染まり、細い右足は膝が抉られ、ぼとりと足だったモノが地面に落ちる。
「カムイが……何だって? 嗚呼、神という意味だったか」
激痛に声の出ないレタルの前にしゃがみ込み、レタルの眉間へと押し付けると、熱の残った鉄が僅かに白い肌を焼いた。
「神云々は私が言う言葉だ。神に祈れ、変異体」
再びの銃声は愛らしい顔を見るも無残な肉片へと変えていき、力尽きた体が後ろへとドシャリと倒れる。
広がる赤色が、飛び散った薄茶色の髪を赤黒く染めていった。
「……これで忌々しい変異体共が、更に変異することはなくなる」
●夜闇に舞う
「さぁ……戦況予報するよ」
『Murky Prophet』西園寺・護(nCL2000129)が一同が集まったのを確かめると、ブリーフィング開始の挨拶を呟いた。
そして何が起きるか、護は自身がみた夢を彼らへと語っても、その顔は淡い微笑みを浮かべたままであり、酷い話だねと眉をひそめながら話を締めくくる。
「ワリウネクル メノコ、メナシグル、ウェンシャモ。この言葉はアイヌ語だよ」
メナシグルは東のアイヌ、ウェンシャモは悪い和人。
残ったもう一つのアイヌ語、それが問題なのか、護はぴっと人差し指を立てる。
「ワリウネクル メノコ、これはワリウネクルが人間を生み出した神の名前。メノコは女の子、多分巫女さんみたいなものじゃないかなと思うよ。文献には戦士の力を巡らせる事ができるってあるんだけど、これは夢見とは違うものかもしれないね」
あくまで予想だけどね と前提を添えてると、部屋の明かりを落とし、壁をスクリーンにスライドを投射していく。
映しだされたのは、山中らしきところに赤い丸印をつけられた地図だ。
「メナシグル、東のアイヌって意味はおそらく東のアイヌ族の里を意味するのかな。問題なのは伝承にあった入り方」
続いて映しだされたのは、特徴的な装飾を施された短刀である。
「これはエムシって呼ばれる儀式刀。アイヌ語に書かれた伝承を訳すと、これがないと自分達は彼らの里に入れないみたい」
里には純血のアイヌのみが住まい、入ることができる結界が張られているが、外の世界に憧れたアイヌ達が和人と交わる事で血の純度は失われる。
だが里に帰りたがるアイヌの人々の為に、結界に通り穴を作る儀式刀を拵えた。
それがエムシ、覚者が唯一ここへ入り込むことが出来る手段である。
「嫌な事に彼らでも使えちゃう。だから、絶対こちらが先に手に入れないといけない」
今度は博物館のような大きな建物の写真へと映像が切り替わる。
「入るために使えるエムシはここにしかない。説得する暇があれば良かったけど、残念ながらすぐに発っても到着する頃に彼らが奪いに入ってる。彼らの手に渡る前に確保して、ダミーと入れ替えておいて欲しい」
事が済むまではこっそり拝借することにするようだ。
暗闇の駆け引きを制するのは、覚者か、憤怒者か。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.儀式刀エムシを確保し、模造品と入れ替える。
2.エムシを持って博物館から離脱。
3.なし
2.エムシを持って博物館から離脱。
3.なし
初めましての方はお初にお目にかかります、再びの方はご愛好いただきありがとうございます。
常陸 岐路です。
今回は戦闘よりも、どれだけ静かに相手より有利に立ち回れるかが重要になります。
【戦場情報】
[概要:アイヌ文化博物館]
アイヌ族の文化を後世に残すために作られた博物館です。
色んな展示物があり、日中に訪れたなら楽しいひと時を過ごせそうです。
[ルートマップ]
進行するルートが3つあるので、お好きなルートから進んでください。
・駐車場ルート
駐車場=接続通路=ロビー=下り階段とシャッターの掛かった廊下=中央展示場
・貯水池ルート
貯水池=水に満たされた上水道=配水室=上り階段とシャッターの掛かった廊下=中央展示場
・搬入口ルート
搬入口=生活展示エリア=分岐=中央展示場
分岐=管理室
[各ルートの場所について]
・駐車場
博物館に隣接された立体駐車場、無断駐車防止程度の施錠しかされていない。
・接続通路
立体駐車場の最上階と博物館の間を繋ぐガラス張りの廊下、外からも内部がよく見え、近くに同じぐらいの高さの丘に森が広がっている。
・ロビー
施錠されたドアを抜けた先にあるロビー、開けた場所であり、ベンチがいくつか並んでいる。また、警備員が一人巡回している。
・下り階段とシャッターの掛かった廊下
中央展示場へと下る階段、踊り場と中央展示場の間はE2と書かれた分厚いシャッターで閉ざされている。
・貯水池
博物館から500mほど離れたところにある貯水池、遠目に見るとプールのように見える。ここから水中に潜ることで上水道に入る。
・水に満たされた上水道
貯水池から各施設へ水を送る上水道。所々に息継ぎが出来そうな空間はある。幸いにも直進するだけでいいので迷うことはない。
・配水室
上水道と繋がる貯水タンクがある配水用の機器が収められた部屋、タンクから出る時は上部ハッチを開く必要がある。ここも一人警備員が巡回している。
・上り階段とシャッターの掛かった廊下
中央展示場へと上がる階段、踊り場と中央展示場の間はE6と書かれた分厚いシャッターで閉ざされている。
・搬入口
博物館裏側にある展示物や消耗品などを運びこむ搬入口、トラックや人の出入りも多い。そこを奥へ進むと建物に入れる。
・生活展示エリア
搬入口から入って直ぐの場所。実寸より小さくしたアイヌ族の村を再現した展示エリア。警備員が三人程巡回している。
・分岐
上記展示エリアから繋がる廊下、T字路に分かれている。片方は中央展示場、片方は管理室へ別れる。
・管理室
監視カメラの映像を閲覧できる場所、監視カメラの映像はニセの映像が流れるように細工済み。警備員が二人常駐しており、シャッターの開閉が行える。
・中央展示場
メインとなる大きな展示エリア。そこの中央付近にある儀式についてを展示したコーナーに、エムシ が強化ガラスのケースに収められて展示されている。
周辺はパーテーションや展示物が多く、身を潜めやすい。
【敵情報】
・憤怒者×?
[概要:憤慨者]
対覚者、隔者、破綻者の為に集まった精鋭達です。
技術はとても高いですが、発現した者に比べ、体力はとても低いです。
アサルトライフル持ちと、対物ライフル持ちがいます。
また、彼らは日中に事前準備を仕込み、覚者より先に博物館に侵入した状態で、エムシの確保に向かっています。
[攻撃方法:憤慨者・消音器付アサルトライフル装備]
・バースト射撃:正確な狙いで強烈な弾丸を放ちます。攻撃力は高く、有効射程が長いです。
・近距離格闘術:拳銃を組み合わせた格闘術です。格闘術で作った隙を狙って拳銃によるダメージを狙ってきます。攻撃力と命中力は並程度です。
・ガストラップ:特殊なガスが発生するワイヤー地雷です。トラップにかかるとそのターンの行動が失敗しやすくなります。
・ボムトラップ:ワイヤー爆弾、何処かに一つだけ設置済み。追加されませんが配置し直す可能性があります。破壊力はかなり高いです。
[その他技能]
・ルートメーカー:ライフルグレネード状の道具、壁に撃ちこむことで強力な爆発と共に壁を壊すことが出来る。
[攻撃方法:憤慨者・対物ライフル装備]
・遠距離狙撃:有効射程の長い狙撃を行います。攻撃力と命中力がとても高く、ノックバックが発生します。但し、対象に10m範囲に入られると使用できなくなります。
・近距離格闘術:上記同様
【一般人について】
憤怒者にも覚者にも最初は気づいていませんが、気づくと掴まえようとしたり、通報しようとしたりと行動します。
また、覚者の攻撃の音に反応することがあり、技の効力が強いことや戦闘の状態などで気づき、寄ってくることがあります。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
10/10
10/10
公開日
2016年06月25日
2016年06月25日
■メイン参加者 10人■

●
深夜の駐車場、それは薄暗い空間がぽっかりと広がり、名とは異なって空気だけが駐留していた。
そんな中、6つの姿が影から影へと溶けこむように移動していく。
ふと、その一つが足を止めると、止まっていた大型のワゴン車へと近づいていった。
「何かあったの?」
『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)がその影へと振り返れば、そちらへと近づいていく。
離れていった一人、葉柳・白露(CL2001329)は白無垢を抜くと、その切っ先をゆっくりとタイヤへと突き刺していった。
「夜になっても、こんなのがここに止まっているのは怪しいから一応ね?」
この博物館の周辺に夜中でも稼働している施設はない。
つまり、車の主はおそらく近くにいるのだろう。
一般人のだったら申し訳ないところだが、敵のなら潰しておいたほうがいい。
念の為の細工を終えると、二人は素早く仲間の元へと戻り、階段を上がっていった。
階段を上がっていくと、接続通路手前の踊り場が一行の視野に映り込む。
慎重にと静かに階段を登って行くと、渚が待ってととても小さな声で呟く。
ぴたりと止まった彼女等の間を抜けて先頭へと立つと、階段の終わり、滑り止めのゴムが嵌められた金属のラインに溶けこむようにワイヤーが張られているのを見つける。
ワイヤーの上を跨いで行けなくもないが、絶妙に爪先が引っかかりやすそうなところに張られているのもあり、安全に行くならば解除したほうが良いだろう……しかし。
「罠があるよ、でも……本体に手が届かないよ」
見たところ、ワイヤーが切断されるか、引っ張られてピンが抜けると作動する仕掛けになっていた。
しかし、ガスを吹き出す本体は角の少し奥側、手の届かない部分にある。
「ここは、御羽にお任せなのです!」
小声ながら自信満々に前に出たのは、『赤ずきん』坂上・御羽(CL2001318)だ。
ピンが保持している起爆用のスイッチ、これが引っ込むとガスが噴出してしまう。
美羽はそのスイッチを念動力でピタリと抑えこむ事で、起爆を封じ込めていく。
通って大丈夫と手を振って前進を促すと、渚が踊り場へと進み、罠へと接近する。
スイッチの周りを幾つか弄れば、スイッチはその役目を失った。
「罠の解除完了したよ」
これで起爆することはなくなり、ワイヤーを切断すると一行が踊り場へと辿り着く。
まだ道は半ば、眼前には薄っすらと青白い月光の掛かるガラス張りの連絡通路が広がっていた。
「さて、引き続き忍んで行きたいところだが」
白露が意味深な言葉と共にちらりと、壁に隠れた丘の方へと視線を向けた。
その言葉に『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)も小さく頷く。
「これだけ手が込んでいると、この通路もすんなりとは通れそうにないですね」
わざわざこんな面倒な鍵を探し、周到な準備を行いながら絶妙に罠を仕掛けて足止めも狙う。
こちらが追い掛けてくると想定する様な相手が、何もしないはずはないと先程の罠で確信を得た。
「暗視が出来る方々は丘を注視してもらえるかな? あそこが怪しい」
通路を綺麗に見渡せる絶好のロケーションだ、敵が使わないはずはないだろう。
御羽と冬佳が頷くと、壁際の窓から僅かに顔を覗かせて森を確かめる。
しかし、いくら暗視が出来るとはいえ、森の中の茂みやらに人が隠れてしまえば、この距離で視認するのは余程目が良いか、双眼鏡でもなければ難しい。
せめて動体だけでもあるかとジッと目を凝らすものの、それらしいものが見つからない。
「敵さん見えないのです……」
「こちらも見えないですね……」
二人の答えは敵はないということだが、疑惑は消えない。
とはいえ、ここで足踏みしている場合ではない。
通路の向こうに見渡せるガラスのドア、その更に向こう側には幸いにも警備員の姿が見えない。
おそらく、ロビーから通路の死角になる場所を回っているのだろう。
意を決して覚者達は踏み出す、夜闇の合間を抜ける天橋へ。
ステルスのスキルを起動させた冬佳が景色に溶け込みながら、ガラスのドアを手前へと引いて開いていく。
丘からここを見ているとすれば、押し開くよりはこの方が目立たないからだ。
忍び足で一歩ずつ踏み出し、爪先から踵へと重心を移動させての歩行を繰り返す。
(「……何とも、命がけの『だるまさんがころんだ』の様相であるな」)
華神 刹那(CL2001250)は心の中で小さく呟きながら、先行する冬佳の後に続いた。
彼女と同じステルスを発動させてはいるが、万能の技術ではない。
動けば溶け込んだ姿が僅かに崩れて視認しやすくなっていく。
少しずつ、少しずつ動き続けることで崩れるのを防ぎながら月明かりの通路を進む。
姿を消す技能を持たない仲間達も、床から20センチほどが磨りガラスになった狭いブラインドに伏せ、地面を這って進んでいく。
ドアまでたどり着けば、桂木・日那乃(CL2000941)が扉に触れるだけでロックは解除される。
そして6人でロビーへと抜ける算段である。
だが、夜の一幕は開けたばかりなのを知る由はないだろう。
●
同時刻、搬入口。
完璧な変装で正体を隠した『正位置の愚者』トール・T・シュミット(CL2000025)と、賀茂 たまき(CL2000994)は警備員姿で堂々と侵入していた。
「よぉ、ご苦労さん」
すれ違う作業員にニカッと明るい笑顔でご挨拶をしても、誰も怪しむことはなく、寧ろ自然と溶け込んでいた。
そしてその後に続く作業服姿の『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)も、この現場の一人としか見られていなかった。
警備員という治安を守る存在がその姿を許しているのだから、作業服姿もあって誰も気に留めない。
あっさりと難関となるだろう ひと気の多い場所を抜けていく三人を、影から追従するように春野 桜(CL2000257)も進んでいく。
(「思っていた通り、ここには罠がないわ」)
敵は罠を仕掛けてくるだろうと護が想定し、情報を伝えていたものの、ひと気の多い場所には罠がないと踏んでいた。
覚者を想定しての罠なら、警備員が通る様な場所に仕掛けるのは、敵襲を伝える自滅に等しい。
とは言え、影に隠れる道筋は警戒すべきだろうと思っていたが……それも杞憂である。
先行する変装三人組が生活展示エリアへと抜けていくのを見送り、彼女は慎重に移動を続けていく。
アイヌ族の村を再現したような生活感溢れる展示エリアにも、3人の警備員が巡回している。
入って直ぐ、薄暗い室内を懐中電灯を片手に動き回る姿が簡単に分かるほどだ。
(「よし、これで術の狙いは確保できたぜ」)
眠りに沈める術を持つトールとしては、ここの警備員の全員を早く確かめたかったのもあり、直ぐに確認ができたのは幸いだった。
表情には出さぬようにしつつ、3人は動いていく。
トールは警備員全員を射程に収められるポイントへと向かいつつ、警備の振りを。
懐良は一番端にいる警備員へと接近しようと、身を低くしながら展示物に隠れ、こそこそと前進していく。
たまきは懐良の援護に回るように辺りを見渡すと、彼の進路へ入りそうな警備員の方へと近づいていった。
「ん? お嬢ちゃん、新入りさんかい?」
「はい、今日から初勤務なんです。色々と教えて下さいね?」
愛嬌のある明るい笑顔に、警備員の中年男性も嬉しそうに笑顔を見せる。
彼女の存在で進路の視野をしっかりと遮れば、そこをするりと懐良が抜けていく。
指差し、以上がないのを確認する警備員の若い男の方を軽く小突き、こちらへと振り向かせた。
「……!?」
懐良の瞳から発せられる異様な力、それは警備員の男には一種の光のように見えたことだろう。
意識を強引に摘み取るような力がふっと意識を失わせると、崩れる体を音を立てぬように受け止めて物陰へと沈める。
同時にトールは力を放ち、周囲に異様に静まり返った空間を作り出していく。
明かりの落ちた寝室のような、薄暗い感覚と無音に近い世界。
その雰囲気に飲み込まれるように、残った警備員達がカクリと沈んでいく。
たまきとトールが眠り落ちる警備員を受け止めていけば、目立たぬところに転がしていった。
「どうでしたか?」
歩み寄ったたまきが、懐良へと問いかける。
振り返る彼は直ぐ傍にいあったインターフォンの受話器を指差す。
「連絡はあれで取り合ってるみてぇだ、あれで一声掛けて行けば怪しまれねぇだろ。それに丁度そろそろ交代の時間らしいぜ」
なるほどと確かめると、眠らせた警備員に再度変装しなおしたトールが受話器を取る。
「そろそろ交代の時間だろ? 今から行く」
分かったと何一つ疑うことのない返事が返ったのも、彼が声色を変化させていたからだ。
その合間に懐良は警備員の服を意識を失った男から失敬すると、それに素早く着替えていく。
そして、日那乃の構築した思念通信を通して、三人は桜の位置を確かめる。
そろそろここへと差し掛かるようだが、既にクリア済みなのを伝え、廊下から分岐点を抜けて管理室へと3人は向かうと後は簡単だった。
さも当たり前のようにトールと懐良が室内に入れば、一人ずつ魔眼の餌食に掛ける。
後はシャッターの操作をすればいい、そう考えた瞬間だった。
4人の脳内に御羽の押し潰れた声が響いたのは。
●
「は……っ!!?」
その鈍い銃声は弾丸の到達から僅かに遅れて響いた。
磨りガラスを綺麗な穴を開けてぶち抜いた50口径弾が、御羽の脇腹へとめり込む。
瞬間、弾頭の進行方向目掛けた指向性の高い小さな爆発と共にタングステンの弾頭が強引に小さな体を向かいのガラスへと勢い良く吹き飛ばしたのだ。
ガシャァンッ!!
叩きつけられた小さな体躯がガラスを砕き、赤ずきんの少女が派手に廊下からはじき出されてしまう。
(「狙いはこれでしたか……!」)
狙撃には絶好のポジションであり、攻撃を仕掛けるならばここしかない。
しかし腑に落ちなかったのは、狙撃をする理由である。
覚者を一撃で屠る武器を彼らが持っているとは、到底思えなかったのだ。
しかし、これで全てが繋がり、理解する。
狙撃は手傷を追わせるものではなく、この通路から弾き落とすためのものだ。
そしてけたたましい音に警備員は気付くだろう。
「っ……!」
不意に日那乃が立ち上がると、全力疾走でドアへと向かう。
忍ぶ技術はないが、彼女には鍵を開ける技術があった。
次弾発射までに急いでドアに辿り着くと、鍵へと触れる。
カチャリと鍵が落ちる音と共に、その鍵が既に誰かに一度解錠されたのを感じ取り――。
ォンッ!
再び銃声が突き抜け、けたたましいガラスの破砕音を立てて日那乃の体を廊下の外へ追い出す。
(「ぐっ……鍵、開けましたから……抜けれる、人は、早く」)
日那乃をスコープが追いかけた隙を突いて、刹那と冬佳は見つからないギリギリの速度で移動し、今はドアまで2mと言ったところだ。
静止していれば中央に捉えられても気づかれないとはいえ、これでは動けない。
白露と渚は退路として一番近い駐車場側へ戻る様に飛び出し、放たれた銃弾が柱の表面を派手に砕いた。
(「二人は先に向かってくれ、警備員達が雪崩れ込んできたら、私達では見つかってしまう」)
この通路を渡るだけなら急いで駆け抜ければ出来なくはないだろう、問題は下から上がってくる警備員達だ。
姿を見られた上で足止めされれば、面倒が二重となる。
幸い白露には壁をすり抜ける力もあり、警備員達を一度何処かに引き寄せてから抜けることは出来る予測が立っていた。
(「わかった、恩に着る」)
その隙に再び進んだ二人はどうにかロビーに辿り着くと、警備員がインターフォンで連絡をとっているのを尻目に静かに進み続ける。
「侵入者が来た! 何だか派手なことをやっててやばいんだ、早くこっちに人をよこしてくれ! あと警察に連絡を頼む!」
「分かった、任せてくれ」
警備室に飛び込んだ救援を求める連絡に、トールがそれらしく答えるものの、更に連絡が飛び込む。
「さっきの音、何かあったんだろ!? シャッターを開けてくれ、そっちに向かう!」
中央展示場に駐留する警備員から、シャッターの解除を求められる。
そうでなくとも警備員から連絡と、搬入口方向から走ってくる足音も聞こえた。
ここは博物館の警備の司令塔、抑えたはいいがそれらしく振る舞えばこちらが不利になり、逆らえば今度はこちらが向かうどころではなくなる。
「開けようぜ、こうなりゃさっさと向かったほうがいい」
懐良が解錠を提案する、最早忍んでいられる状態ではない。
仮に開けなかったとしても、彼らは強引にドアをぶち破って抜けるだろう。
だが、シャッターを開ければこちらのも僅かだがメリットはある。
それは、出遅れたことが功を奏したメンバーが一人いたことだ。
思念の通話を通じて、桜は分岐路を中央展示場方面へと進路を変えるのだった。
●
開いていくシャッターの向こうは、彼女にとっては薄暗い戦場が広がっていくかのように見える。
全力疾走で突っ切ると、先ほどのシャッター開放で駐車場側へと人が集中しているのか、警備員の姿はない。
エムシの展示エリアへがあと少しと迫ったところで、同時に8つの人影が影の中から近づいてきた。
まるで蛇の皮を模した様な暗い迷彩は、動いていなければ簡単には姿を見つけられないだろう。
「クズは死ね、殺す殺すわ殺しましょう、私達の為に死ね……あははははははっ」
包丁の切っ先を彼らへと差し向けると同時に、硬い床から一気に這い上がる蔦が憤怒者達へと絡みついていく。
6人の動きを弱らせたものの、手数ではまだ不利なのは変わりない。
「ユニット2! ターゲットを確保して逃げろ! 変異体はこちらで足止めする!」
敵4人は蔦で絡みつかれた状態のまま、彼女の侵攻を阻むべく強引に前進する。
更にライフルから拳銃へと持ち替えて、敢えて懐に踏み込んでいった。
一人が掴まえようと拳を繰り出し、それを半身になって避ける桜を二人目が銃口を鼻の下にある急所めがけて突き出す。
桜は手の甲で打ち払いダメージを軽減しつつ、反撃に備えて半歩後退していく。
そこを狙って三人目と四人目がが発砲、着弾と同時に激しい衝撃が桜の胸元を突き抜ける。
「止めましょう、殺して殺して、悲劇が起こる前に殺しましょう?」
血を滲ませてもまるで動じず、綿貫に猛毒を刃のように宿していくと、そのまま一閃して憤怒者達を切り裂いていく。
傷よりもその毒の破壊力が本質であり、圧縮された猛毒が瞬く間に彼らの体力をえぐりとっていった。
同時にガラスの砕ける音が響くと、残りの四人がエムシを確保して今にも立ち去ろうとしている。
そこへ、ステルスで警備員達をやり過ごした刹那と冬佳が到着。
憤怒者達は一目散に配水室へと向かっていき、二人はその後を追う。
躊躇いなくライフルグレネードを封鎖されたシャッターへと撃ち込み、強引に道を切り開けば廊下をひたすらに駆ける、
エムシを持った一人はそのまま配水室へと向かうが、残りの三人は反転すると、その場で銃口を彼女達へと向け、一斉掃射を放つ。
身を低くして弾丸の嵐をかいくぐる二人は、それぞれに反撃に移る。
「処理させていただきます!」
冬佳は大気の水分を一気に圧縮すると、荒波の様な強烈な水流を彼らへと叩きつけた。
圧壊させられそうな破壊力に憤怒者達の体がぐらついたところで、視認しづらい姿のまま接近した刹那が、愛刀を綺麗に振り下ろして憤怒者を切り捨てて絶命させていく。
二対二、とはいえこの戦いの答えは目に見えていた。
それでも敵が恐れず彼女達に近接戦を挑んだのは、一秒でも多く仲間が逃げる時間を稼ぐためだろう。
どうにか敵を叩き伏せて突破するものの、給水タンクのハッチに重ねるように爆弾の罠が置かれていた。
「っ!? ……解除されてますね」
一瞬驚いたものの、冬佳はワイヤーが外され、起爆が出来ないのを確かめる。
ここで仕掛け直す予定だったのだろうが、辛うじて稼いだ時間を活かすために、敢えて仕掛け直さずに逃げたようだ。
「追うぞ、まだ間に合うかも知れん」
タンクへと飛び込み、二人は水路を泳いで進む。
貯水池へ抜けた彼女達を出迎えたのは、静寂と相も変わらぬ青白い月光だけであり、憤怒車の姿はない。
水路を抜けていったエムシの所在は、今は分からない。
覚者達は悔しさを抱えたまま博物から撤退するのであった。
深夜の駐車場、それは薄暗い空間がぽっかりと広がり、名とは異なって空気だけが駐留していた。
そんな中、6つの姿が影から影へと溶けこむように移動していく。
ふと、その一つが足を止めると、止まっていた大型のワゴン車へと近づいていった。
「何かあったの?」
『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)がその影へと振り返れば、そちらへと近づいていく。
離れていった一人、葉柳・白露(CL2001329)は白無垢を抜くと、その切っ先をゆっくりとタイヤへと突き刺していった。
「夜になっても、こんなのがここに止まっているのは怪しいから一応ね?」
この博物館の周辺に夜中でも稼働している施設はない。
つまり、車の主はおそらく近くにいるのだろう。
一般人のだったら申し訳ないところだが、敵のなら潰しておいたほうがいい。
念の為の細工を終えると、二人は素早く仲間の元へと戻り、階段を上がっていった。
階段を上がっていくと、接続通路手前の踊り場が一行の視野に映り込む。
慎重にと静かに階段を登って行くと、渚が待ってととても小さな声で呟く。
ぴたりと止まった彼女等の間を抜けて先頭へと立つと、階段の終わり、滑り止めのゴムが嵌められた金属のラインに溶けこむようにワイヤーが張られているのを見つける。
ワイヤーの上を跨いで行けなくもないが、絶妙に爪先が引っかかりやすそうなところに張られているのもあり、安全に行くならば解除したほうが良いだろう……しかし。
「罠があるよ、でも……本体に手が届かないよ」
見たところ、ワイヤーが切断されるか、引っ張られてピンが抜けると作動する仕掛けになっていた。
しかし、ガスを吹き出す本体は角の少し奥側、手の届かない部分にある。
「ここは、御羽にお任せなのです!」
小声ながら自信満々に前に出たのは、『赤ずきん』坂上・御羽(CL2001318)だ。
ピンが保持している起爆用のスイッチ、これが引っ込むとガスが噴出してしまう。
美羽はそのスイッチを念動力でピタリと抑えこむ事で、起爆を封じ込めていく。
通って大丈夫と手を振って前進を促すと、渚が踊り場へと進み、罠へと接近する。
スイッチの周りを幾つか弄れば、スイッチはその役目を失った。
「罠の解除完了したよ」
これで起爆することはなくなり、ワイヤーを切断すると一行が踊り場へと辿り着く。
まだ道は半ば、眼前には薄っすらと青白い月光の掛かるガラス張りの連絡通路が広がっていた。
「さて、引き続き忍んで行きたいところだが」
白露が意味深な言葉と共にちらりと、壁に隠れた丘の方へと視線を向けた。
その言葉に『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)も小さく頷く。
「これだけ手が込んでいると、この通路もすんなりとは通れそうにないですね」
わざわざこんな面倒な鍵を探し、周到な準備を行いながら絶妙に罠を仕掛けて足止めも狙う。
こちらが追い掛けてくると想定する様な相手が、何もしないはずはないと先程の罠で確信を得た。
「暗視が出来る方々は丘を注視してもらえるかな? あそこが怪しい」
通路を綺麗に見渡せる絶好のロケーションだ、敵が使わないはずはないだろう。
御羽と冬佳が頷くと、壁際の窓から僅かに顔を覗かせて森を確かめる。
しかし、いくら暗視が出来るとはいえ、森の中の茂みやらに人が隠れてしまえば、この距離で視認するのは余程目が良いか、双眼鏡でもなければ難しい。
せめて動体だけでもあるかとジッと目を凝らすものの、それらしいものが見つからない。
「敵さん見えないのです……」
「こちらも見えないですね……」
二人の答えは敵はないということだが、疑惑は消えない。
とはいえ、ここで足踏みしている場合ではない。
通路の向こうに見渡せるガラスのドア、その更に向こう側には幸いにも警備員の姿が見えない。
おそらく、ロビーから通路の死角になる場所を回っているのだろう。
意を決して覚者達は踏み出す、夜闇の合間を抜ける天橋へ。
ステルスのスキルを起動させた冬佳が景色に溶け込みながら、ガラスのドアを手前へと引いて開いていく。
丘からここを見ているとすれば、押し開くよりはこの方が目立たないからだ。
忍び足で一歩ずつ踏み出し、爪先から踵へと重心を移動させての歩行を繰り返す。
(「……何とも、命がけの『だるまさんがころんだ』の様相であるな」)
華神 刹那(CL2001250)は心の中で小さく呟きながら、先行する冬佳の後に続いた。
彼女と同じステルスを発動させてはいるが、万能の技術ではない。
動けば溶け込んだ姿が僅かに崩れて視認しやすくなっていく。
少しずつ、少しずつ動き続けることで崩れるのを防ぎながら月明かりの通路を進む。
姿を消す技能を持たない仲間達も、床から20センチほどが磨りガラスになった狭いブラインドに伏せ、地面を這って進んでいく。
ドアまでたどり着けば、桂木・日那乃(CL2000941)が扉に触れるだけでロックは解除される。
そして6人でロビーへと抜ける算段である。
だが、夜の一幕は開けたばかりなのを知る由はないだろう。
●
同時刻、搬入口。
完璧な変装で正体を隠した『正位置の愚者』トール・T・シュミット(CL2000025)と、賀茂 たまき(CL2000994)は警備員姿で堂々と侵入していた。
「よぉ、ご苦労さん」
すれ違う作業員にニカッと明るい笑顔でご挨拶をしても、誰も怪しむことはなく、寧ろ自然と溶け込んでいた。
そしてその後に続く作業服姿の『侵掠如火』坂上 懐良(CL2000523)も、この現場の一人としか見られていなかった。
警備員という治安を守る存在がその姿を許しているのだから、作業服姿もあって誰も気に留めない。
あっさりと難関となるだろう ひと気の多い場所を抜けていく三人を、影から追従するように春野 桜(CL2000257)も進んでいく。
(「思っていた通り、ここには罠がないわ」)
敵は罠を仕掛けてくるだろうと護が想定し、情報を伝えていたものの、ひと気の多い場所には罠がないと踏んでいた。
覚者を想定しての罠なら、警備員が通る様な場所に仕掛けるのは、敵襲を伝える自滅に等しい。
とは言え、影に隠れる道筋は警戒すべきだろうと思っていたが……それも杞憂である。
先行する変装三人組が生活展示エリアへと抜けていくのを見送り、彼女は慎重に移動を続けていく。
アイヌ族の村を再現したような生活感溢れる展示エリアにも、3人の警備員が巡回している。
入って直ぐ、薄暗い室内を懐中電灯を片手に動き回る姿が簡単に分かるほどだ。
(「よし、これで術の狙いは確保できたぜ」)
眠りに沈める術を持つトールとしては、ここの警備員の全員を早く確かめたかったのもあり、直ぐに確認ができたのは幸いだった。
表情には出さぬようにしつつ、3人は動いていく。
トールは警備員全員を射程に収められるポイントへと向かいつつ、警備の振りを。
懐良は一番端にいる警備員へと接近しようと、身を低くしながら展示物に隠れ、こそこそと前進していく。
たまきは懐良の援護に回るように辺りを見渡すと、彼の進路へ入りそうな警備員の方へと近づいていった。
「ん? お嬢ちゃん、新入りさんかい?」
「はい、今日から初勤務なんです。色々と教えて下さいね?」
愛嬌のある明るい笑顔に、警備員の中年男性も嬉しそうに笑顔を見せる。
彼女の存在で進路の視野をしっかりと遮れば、そこをするりと懐良が抜けていく。
指差し、以上がないのを確認する警備員の若い男の方を軽く小突き、こちらへと振り向かせた。
「……!?」
懐良の瞳から発せられる異様な力、それは警備員の男には一種の光のように見えたことだろう。
意識を強引に摘み取るような力がふっと意識を失わせると、崩れる体を音を立てぬように受け止めて物陰へと沈める。
同時にトールは力を放ち、周囲に異様に静まり返った空間を作り出していく。
明かりの落ちた寝室のような、薄暗い感覚と無音に近い世界。
その雰囲気に飲み込まれるように、残った警備員達がカクリと沈んでいく。
たまきとトールが眠り落ちる警備員を受け止めていけば、目立たぬところに転がしていった。
「どうでしたか?」
歩み寄ったたまきが、懐良へと問いかける。
振り返る彼は直ぐ傍にいあったインターフォンの受話器を指差す。
「連絡はあれで取り合ってるみてぇだ、あれで一声掛けて行けば怪しまれねぇだろ。それに丁度そろそろ交代の時間らしいぜ」
なるほどと確かめると、眠らせた警備員に再度変装しなおしたトールが受話器を取る。
「そろそろ交代の時間だろ? 今から行く」
分かったと何一つ疑うことのない返事が返ったのも、彼が声色を変化させていたからだ。
その合間に懐良は警備員の服を意識を失った男から失敬すると、それに素早く着替えていく。
そして、日那乃の構築した思念通信を通して、三人は桜の位置を確かめる。
そろそろここへと差し掛かるようだが、既にクリア済みなのを伝え、廊下から分岐点を抜けて管理室へと3人は向かうと後は簡単だった。
さも当たり前のようにトールと懐良が室内に入れば、一人ずつ魔眼の餌食に掛ける。
後はシャッターの操作をすればいい、そう考えた瞬間だった。
4人の脳内に御羽の押し潰れた声が響いたのは。
●
「は……っ!!?」
その鈍い銃声は弾丸の到達から僅かに遅れて響いた。
磨りガラスを綺麗な穴を開けてぶち抜いた50口径弾が、御羽の脇腹へとめり込む。
瞬間、弾頭の進行方向目掛けた指向性の高い小さな爆発と共にタングステンの弾頭が強引に小さな体を向かいのガラスへと勢い良く吹き飛ばしたのだ。
ガシャァンッ!!
叩きつけられた小さな体躯がガラスを砕き、赤ずきんの少女が派手に廊下からはじき出されてしまう。
(「狙いはこれでしたか……!」)
狙撃には絶好のポジションであり、攻撃を仕掛けるならばここしかない。
しかし腑に落ちなかったのは、狙撃をする理由である。
覚者を一撃で屠る武器を彼らが持っているとは、到底思えなかったのだ。
しかし、これで全てが繋がり、理解する。
狙撃は手傷を追わせるものではなく、この通路から弾き落とすためのものだ。
そしてけたたましい音に警備員は気付くだろう。
「っ……!」
不意に日那乃が立ち上がると、全力疾走でドアへと向かう。
忍ぶ技術はないが、彼女には鍵を開ける技術があった。
次弾発射までに急いでドアに辿り着くと、鍵へと触れる。
カチャリと鍵が落ちる音と共に、その鍵が既に誰かに一度解錠されたのを感じ取り――。
ォンッ!
再び銃声が突き抜け、けたたましいガラスの破砕音を立てて日那乃の体を廊下の外へ追い出す。
(「ぐっ……鍵、開けましたから……抜けれる、人は、早く」)
日那乃をスコープが追いかけた隙を突いて、刹那と冬佳は見つからないギリギリの速度で移動し、今はドアまで2mと言ったところだ。
静止していれば中央に捉えられても気づかれないとはいえ、これでは動けない。
白露と渚は退路として一番近い駐車場側へ戻る様に飛び出し、放たれた銃弾が柱の表面を派手に砕いた。
(「二人は先に向かってくれ、警備員達が雪崩れ込んできたら、私達では見つかってしまう」)
この通路を渡るだけなら急いで駆け抜ければ出来なくはないだろう、問題は下から上がってくる警備員達だ。
姿を見られた上で足止めされれば、面倒が二重となる。
幸い白露には壁をすり抜ける力もあり、警備員達を一度何処かに引き寄せてから抜けることは出来る予測が立っていた。
(「わかった、恩に着る」)
その隙に再び進んだ二人はどうにかロビーに辿り着くと、警備員がインターフォンで連絡をとっているのを尻目に静かに進み続ける。
「侵入者が来た! 何だか派手なことをやっててやばいんだ、早くこっちに人をよこしてくれ! あと警察に連絡を頼む!」
「分かった、任せてくれ」
警備室に飛び込んだ救援を求める連絡に、トールがそれらしく答えるものの、更に連絡が飛び込む。
「さっきの音、何かあったんだろ!? シャッターを開けてくれ、そっちに向かう!」
中央展示場に駐留する警備員から、シャッターの解除を求められる。
そうでなくとも警備員から連絡と、搬入口方向から走ってくる足音も聞こえた。
ここは博物館の警備の司令塔、抑えたはいいがそれらしく振る舞えばこちらが不利になり、逆らえば今度はこちらが向かうどころではなくなる。
「開けようぜ、こうなりゃさっさと向かったほうがいい」
懐良が解錠を提案する、最早忍んでいられる状態ではない。
仮に開けなかったとしても、彼らは強引にドアをぶち破って抜けるだろう。
だが、シャッターを開ければこちらのも僅かだがメリットはある。
それは、出遅れたことが功を奏したメンバーが一人いたことだ。
思念の通話を通じて、桜は分岐路を中央展示場方面へと進路を変えるのだった。
●
開いていくシャッターの向こうは、彼女にとっては薄暗い戦場が広がっていくかのように見える。
全力疾走で突っ切ると、先ほどのシャッター開放で駐車場側へと人が集中しているのか、警備員の姿はない。
エムシの展示エリアへがあと少しと迫ったところで、同時に8つの人影が影の中から近づいてきた。
まるで蛇の皮を模した様な暗い迷彩は、動いていなければ簡単には姿を見つけられないだろう。
「クズは死ね、殺す殺すわ殺しましょう、私達の為に死ね……あははははははっ」
包丁の切っ先を彼らへと差し向けると同時に、硬い床から一気に這い上がる蔦が憤怒者達へと絡みついていく。
6人の動きを弱らせたものの、手数ではまだ不利なのは変わりない。
「ユニット2! ターゲットを確保して逃げろ! 変異体はこちらで足止めする!」
敵4人は蔦で絡みつかれた状態のまま、彼女の侵攻を阻むべく強引に前進する。
更にライフルから拳銃へと持ち替えて、敢えて懐に踏み込んでいった。
一人が掴まえようと拳を繰り出し、それを半身になって避ける桜を二人目が銃口を鼻の下にある急所めがけて突き出す。
桜は手の甲で打ち払いダメージを軽減しつつ、反撃に備えて半歩後退していく。
そこを狙って三人目と四人目がが発砲、着弾と同時に激しい衝撃が桜の胸元を突き抜ける。
「止めましょう、殺して殺して、悲劇が起こる前に殺しましょう?」
血を滲ませてもまるで動じず、綿貫に猛毒を刃のように宿していくと、そのまま一閃して憤怒者達を切り裂いていく。
傷よりもその毒の破壊力が本質であり、圧縮された猛毒が瞬く間に彼らの体力をえぐりとっていった。
同時にガラスの砕ける音が響くと、残りの四人がエムシを確保して今にも立ち去ろうとしている。
そこへ、ステルスで警備員達をやり過ごした刹那と冬佳が到着。
憤怒者達は一目散に配水室へと向かっていき、二人はその後を追う。
躊躇いなくライフルグレネードを封鎖されたシャッターへと撃ち込み、強引に道を切り開けば廊下をひたすらに駆ける、
エムシを持った一人はそのまま配水室へと向かうが、残りの三人は反転すると、その場で銃口を彼女達へと向け、一斉掃射を放つ。
身を低くして弾丸の嵐をかいくぐる二人は、それぞれに反撃に移る。
「処理させていただきます!」
冬佳は大気の水分を一気に圧縮すると、荒波の様な強烈な水流を彼らへと叩きつけた。
圧壊させられそうな破壊力に憤怒者達の体がぐらついたところで、視認しづらい姿のまま接近した刹那が、愛刀を綺麗に振り下ろして憤怒者を切り捨てて絶命させていく。
二対二、とはいえこの戦いの答えは目に見えていた。
それでも敵が恐れず彼女達に近接戦を挑んだのは、一秒でも多く仲間が逃げる時間を稼ぐためだろう。
どうにか敵を叩き伏せて突破するものの、給水タンクのハッチに重ねるように爆弾の罠が置かれていた。
「っ!? ……解除されてますね」
一瞬驚いたものの、冬佳はワイヤーが外され、起爆が出来ないのを確かめる。
ここで仕掛け直す予定だったのだろうが、辛うじて稼いだ時間を活かすために、敢えて仕掛け直さずに逃げたようだ。
「追うぞ、まだ間に合うかも知れん」
タンクへと飛び込み、二人は水路を泳いで進む。
貯水池へ抜けた彼女達を出迎えたのは、静寂と相も変わらぬ青白い月光だけであり、憤怒車の姿はない。
水路を抜けていったエムシの所在は、今は分からない。
覚者達は悔しさを抱えたまま博物から撤退するのであった。
■シナリオ結果■
失敗
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
