<双天>双天の兄弟
<双天>双天の兄弟



 我等が主君は、武術を極め君臨す。
 主君の槌は、ひとつ振らば、地を割り山を鳴らし海を裂く。
 ふたつ振らば、天を震わし恐怖を与えん。
 みっつ振らば、破滅を導き蹂躙す。
 しかし、我等双天を倒せぬものに、主君の槌を受けること能わず。

 鋼をも切り裂く屈強な片刃。
 蠅さえ射止める精密な片刃。

 二つで一つの、双天。

 ――七星剣には、『御子神』と呼ばれる『双子の家具』が存在している。
 主君は一人であるが、命令が無いときは雇われで仕事を請け負う。
 赤子の面倒見から敵の討伐、本の読み聞かせから一般人虐殺、果てはUFOの捕獲(出来るとは言ってない)まで、金額に応じて請け負うのだとか――


「交通事故みたいなもんだぜ」

 久方 相馬(nCL2000004)は独り言のように呟いた。


「兄者」
「なんだい、兄弟」
「FiVEの臭いがします」
 金髪の兄・御子神庚は、褐色肌の弟・御子神辛の額に手をあて熱を測った。
「……なんだ、早速遊びたいのかい?」
「はい、強くなれるように精進したいのです。FiVEは良き敵にして見本ですから――」

 一方。
 FiVEは一人の男を追いかけていた。
 覚者であり、その力で水着を盗んだり風呂を覗いたりしている帽子を深くかぶった男を。

 戻って御子神兄弟。
 帽子を深くかぶった男が、辛の肩にぶつかってから滑り込むように転んだ。
「邪魔なんだよ!!」
 怒鳴った男は立ち上がろうとした刹那、首筋に冷たい刃物が押し当てられた。普通の鋏とは別の、もっと巨大な鋏の片割れた刃物が。
 男は寒気を感じ、ゆっくりと振り向いた。
 金髪の、庚が。にこぉ……と不気味にも笑っていたのだ。
「弟に、ぶつかっておいて……」
「兄者。俺は平気です」
「その挙句、こんな可愛い弟に、邪魔と吼えるとは、……」
「兄者。俺は大丈夫です」
「万死に、値しちゃうわけだ。許さない、許されないよ……許しは無いよ」
「兄者。俺はなんともありません」
 しかし帽子の男は、庚を見て眼を輝かせた。
「美人さん……!!」
「は?」
「え?」
 帽子の男は庚の細長い指を持つ手を包み込むように掴んだ。
「俺、こんな美人に痛めつけられるならいいっすよ……!!」
「気持ち悪い。ていうか僕、男なんだけどな」
「性別なんて些細。ささ、一思いに」
 帽子の男は上半身を脱ぎ始めた。
「なんなら下も脱ぎますよ!!」
「わあ、やばい人種だ。ねえ、兄弟……兄弟?」
「……」
 辛は覚醒し、刃を振り上げる。

 真夏の天空に叫び声が響いた。


 FiVEは叫び声が聞こえた場所へと急行した。
 そこでは七星剣の『双天』と呼ばれた『御子神兄弟』が、主に、弟の辛が巨大な鋏の片割れを振り上げ帽子の男をタコ殴りにしていた。
「見られちゃった? これは犯行現場を見られたら消すに乗っ取るかい?」
「兄者、FiVEです」
「嘘だよ、冗談だ、何を根拠に」
「臭いです」
「兄弟……」
「嘘かどうかは試してみれば分かりましょう」
「そうだね、そうしよう。丁度、遊びたかったしね」
「そこの、止まれ。FiVE組織とお見受けする。相違無いか?
 我が名は、御子神・辛(みこがみ・かのと)。
 七星剣に仕える双天の刃が、一刃」
「同じく、御子神・庚」
「我々の宣戦布告、受けて頂く」

 ――というところで帽子の男は庚に後ろから抱き着き、庚は「ひい!?」と声をあげた。

「カノエ=サン!! どうかああ! 一思いにぃぃ! ソイヤッソイヤッ!!」
「怖い!! 理解できないものが怖い!! どこ触ってるの!?」

 ぶちぃ!

 という音が、辛からしたような気がする。仏頂面から殺意の波動を垂れ流しているのは嘘では無さそうだ。
 FiVEの覚者たちは思った、えらいこっちゃ、と。


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:難
担当ST:工藤狂斎
■成功条件
1.帽子の男を捕らえる
2.御子神兄弟を退かせる
3.なし
 大事なのはノリと勢い

●状況
・いつもの双子が仕掛けてきた
 しかし本来の依頼は、帽子の男を捕らえること
 またタイミング悪すぎる、えらいこっちゃ

●七星剣

・御子神辛(みこがみ・かのと)
 御子神兄弟、弟

 因子は顔の頬に痕があるため、彩
 術式は不明
 常に不機嫌極まりない表情をしており、巨大な鋏の片割れを所持し、それを振るいます
 FiVEを七星剣の敵として見ておりつつ、尊敬している

・御子神庚(みこがみ・かのえ)
 御子神兄弟、兄
 因子は顔の頬に紋があるため、彩
 術式は不明
 常に笑っておりながら、考えていることは黒い
 他人の顔と名前を憶えられない。常に初めまして、何度逢っても初めまして

 巨大な鋏の片割れを所持し、それを振るいます

●帽子の男
 覚者にして悪いことに力を使っている為、捕縛を依頼された
 美人なら性別問わずソイヤソイヤ、PCに矛先が向くことはある
 地味に強い、火行×翼人、術札を持っております

●場所
 裏通り、人気無し、真昼間

 ご縁がありましたら、よろしくお願いします
状態
完了
報酬モルコイン
金:1枚 銀:0枚 銅:0枚
(0モルげっと♪)
相談日数
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/7
公開日
2016年08月13日

■メイン参加者 7人■

『突撃巫女』
神室・祇澄(CL2000017)
『白焔凶刃』
諏訪 刀嗣(CL2000002)
『夢想に至る剣』
華神 刹那(CL2001250)
『月下の黒』
黒桐 夕樹(CL2000163)
『突撃爆走ガール』
葛城 舞子(CL2001275)


 これはファイヴと双天、そして帽子の男が対峙してから十秒後の話である。
「そちらは確かに『双天』の御子神兄弟」
「へえ、僕等を知っているのかい? ええい、邪魔だなあ!!」
 御子神庚は帽子の男を吹き飛ばしてから一度、口廻りを舐めた。
 『水天』水瀬 冬佳(CL2000762)は冷気帯びた刀を帯刀し、
「宣戦布告、受けても構いません―――」
 獲物を捕らえるが如く冷涼な雰囲気を纏わせる。
 一方、我慢の限界を迎え、先に動き出したのは辛だ。一目散に走り出し狙いは男だ。
「話が、できる状況では、無い、みたいです」
 『突撃巫女』神室・祇澄(CL2000017)は、残念だ……いつもこんなロクでも無い会い方をする――と溜息混じりに思う。
「兄はアレだもんねぇ」
 『天使の卵』栗落花 渚(CL2001360)は口元に手を置き、くすくすと肩を揺らして巨大注射器を出現させる。
 その頃、帽子の男は瞳を輝かせていた。
「今日は眼福日和ィィイ」
 三度の飯より人体が好き。そういう男だ。
 男の足元から炎が噴き出し、身に纏う。が、その時、辛の攻撃は男を穿った。
「あぁ……」
 『月下の黒』黒桐 夕樹(CL2000163)は思わず頭を抑えた。あれは、やり過ぎる。絶対に殺す勢いで来ている。多少帽子の男の体力を削る程度ならいいのだが、見極めが甘ければものの見事に命は飛ぶだろう。その一線を越えてはならないと思えるのは、覚者と隔者の差であろう。
 話は戻り、庚と冬佳。
「が、丁度良かった。その男に用があるので先に仕事を終わらせたいのですけれど」
「それは、命令かな?」
「命令?」
「僕等、命令しか聞かないからね」
 まるで相容れず、まるで宣戦布告。
 ――二秒後。
 庚と冬佳は瞬きの合間にぶつかり合い、弾かれあっていた。
「弟さんはともかく。貴方は私たちの命令をきく魂でしょうか?」
「聞くよ? そうだねえ、百兆円用意したらなーんでも」
 庚はにこ、と笑った。
 どうやらこの男、帽子の男よりも宣誓したようにファイヴしか眼中に無いらしい。
「でも」
 『猪突猛進』葛城 舞子(CL2001275)は戦場となった場所でニヤけていた。ニヤけていて、それに気づき両頬を抑えた。
「何が、面白いの?」
「庚さんでも、動揺することがあるんだなぁ~って思っただけっす!」
「ふふ、感情の無い兵器では無いからね」
「でも、あんな変態でも死んじゃうと困るッス! こっちも仕事なんスよ!」
「いけないね、お仕事とか言われたら」
 ゾクゾク、庚の頬が紅潮しながら嗤う。
「いじめたくなっちゃうなぁ。ただのワンマンゲームじゃ、つまらないじゃないか」


「兄弟。殺さないと駄目だよ、きっちりね」
「言われるまでも無く。兄者にはこれ以上、触れさせるわけにはいきません」
 鋏を構えた辛の頭に、空き缶がぶつかった。
 缶を蹴ったのは『白焔凶刃』諏訪 刀嗣(CL2000002)だ。
「さっきから聞いてりゃ、ぐちぐちとお涙頂戴兄弟劇場なら家でやれ――まあいい」
 火の粉をあげながら地面を蹴り、空中で何かを掴み、振り落とされる腕と共に少しずつ出現していく刃。
「くそみてぇな追いかけっこが、鬼ごっこになったぜ!! オラァ!!」
 虎徹の刃が剣先まで赤く光輝き、帽子の男を深く切りつけた。飛ばす血飛沫に交じり、男の笑いが不気味にも木霊し耳に残るのだ。気づけば、火くらいに熱く、共に激痛が脳裏に危険信号を出していた。見れば腹部は男の手刀が貫通している。
 華神 刹那(CL2001250)は男の後ろへ廻り込んだ。
「また随分と、風情のない……」
 獣のようであった。理性なんて無い男。
 頬から一筋の汗を流しつつ、人差し指の先に水を溜めて横へ切る。線となった水飛沫が徐々に形を変え、刹那と名のある得物へと変化。
 柄を持ち、ステップを踏み、そして、いざ。
「斬っても、いいのだろう?」
 毛先まで銀の糸へ変わった髪を靡かせながら、振り落とし、しかし、切れ抜けられぬ。
 何故だ。
 刹那は疑問に思う。己が速度について来られた男を忌々し気にも思えたが、心中奥底では敬意さえ微塵だし不本意ながら芽生えた。
 刃は止められていた。
 炎の噴きだす男の両手が刃を挟み込んでいたのだ。
 中衛の渚はここぞとばかりに瞳を輝かせた。
「変態を治す薬は無いけど、馬鹿に効く薬ならあるかもしれない」
 巨大注射器の針部を柄として持ち、刹那との対峙で動けなくなっている男へ頂上から振り落とすのは鈍器。強化硝子並みに硬いそれは、重さという追加効果を孕んでいる。常人なら西瓜割のように、ぶつかれば爆ぜるものを渚は躊躇いなく落とした。
 男の足元が膝あたりまでコンクリートへ埋まったところで、緩んだ白刃取りを抜けて、刹那の刃は男の胸を切り開いた。
「ォォオバァァブレイクゥゥ!」
 男は盛る炎と共に冬佳へと近づいた。ゾクっと背中に悪寒を感じた冬佳と庚は共に顔を見合わせてから、一緒に逃げ始める。
「ファイヴなら、どうにかしてよお」
「そうしたいのですが……」
 冬佳は止まり、刀を帯刀。迫りくる弾丸、いや砲弾のような男と交差しすり抜ければ男は肩から血を流した。だがしかし勢いは止まらぬ男は庚を追う。冬佳は心の中で、南無、と思った。
「ファイヴ、その男は。この御子神辛が引き受けます」
 間から挟み込まれて伸ばされた辛の片鋏を、冬佳は後ろ手で弾いて妨害した。冬佳の落ち着いた色の瞳は辛の身体をぴくりと止めさせ、無言で殺さないでと物語っている。
 渚はバク中で飛び上がり中衛の位置に戻ってから、注射器を辛へ向ける。
「私達、お仕事でこの人のこと捕まえなきゃいけなくって、まずはそっちに集中したいの。手合わせなら後でちゃんとするから、まずはこの人一緒にやっつけない?」
「それは……」

「ご趣味はなんですかぁ!!」
 血のついた片手がねっとりと刀嗣の頬へ張り付き、男の顔がぐいっと近づいてきたところで、刀嗣の中の何かが限界になり反射神経と本能が発動し後退。
 危なかったあと一歩遅ければ唇がこんにちはしていたか、夕樹がぎりぎりのところで棘を男へ突き刺し動きを止めていた。
「触手プレイがお好きな方ですかぁ!」
「違わい!」
 夕樹は珍しく身の内の感情を表情と声に表して声を大にした。ただ、すぐに表情は元に戻りながらそっぽを向いた。
「ていうか、ソイヤって何……や、別に知りたくないな」
「こっちきておじさんの乳首プッシュしてみると分かるよ」
「やっぱり、いい」
 夕樹の中で、やっぱり殺した方がいいかもしれないと思った。
「ソイヤ!!」
 男の掛け声と共に、男の上半身の服が破れて肌が露出した。アカン。そう思った刹那は中衛位置へ後退。
「ンーーンーーンッンッ」
 噴きだした炎で即座に止血を行った男。まだ、そう、まだまだ。
「ブヒィ!!」
 この男、暴れるようだ。
 刀嗣は頬についた血を指で触れた。気持ち悪い、触れられた、気持ち悪い、この液体はあいつの、気持ち悪い。
「俺様にィィイイ!! 触ってんじゃねぇぞ糞野郎ォォォ!!!」
 男の顔面を掴んで地面に叩き伏せた後、マウントポジションから何度もナイフを刺す昼ドラのヒス女のような形で刀嗣は贋作虎徹を振り下ろし続けた。
「これが……櫻火新陰流の極意」
 辛はそんな彼を尊敬した。
 舞子は止めに入るか止めに入らないかの瀬戸際を行ったり来たりしている両腕をあちらこちらに振りつつツッコミ役に徹した。
「アーッ、諏訪さん、アーッ!! 諏訪さんが修羅になってるッス!! アーッ、赤い水溜りができてきてるッス!!」
「いいんじゃないかなそのまま死ねば」
「アーッ! 夕樹くんまで漆黒の瞳に闇を飼っているッス!!」
 暴れ狂った刀嗣を冬佳が後ろから抱え込んで男から引き剝がして落ち着かせたとか。

「御子神辛、この男を、捕らえます。協力して、下さい」
 祇澄の刀が庚に弾かれつつも、彼女は辛の方へ問いかけていた。兄よりは弟、そちらの方が圧倒的に話が分かるモノである。
 一瞬、辛が祇澄を視界に入れ、不機嫌そうな表情をチラつかせると。
「命令ですか?」
 そう、一言。
 一瞬、おろおろした辛ではあったが、庚が祇澄の腹部に刃を突き立てた。
「いけないね、僕の可愛い弟を誑かしたら」
「そう、では無く、……」
「悪い子にはお仕置きしないとね」
 祇澄の傷口から流れ出る赤い液体が庚の手を染め、よく動く舌が舐めとった。
「ですが、その、協力ができない、の、なら――」
 祇澄は庚の鋏に刺さったまま、彼の手を掴み固定。余った腕を振るい、硬質化したその腕で顔面を殴った。
「交渉決裂の、場合、戦うまで、です。以前の――私と、思わないで、下さい」
「嘘だ、初対面だ。覚えられないのさ、弱い人間なんて」
 帽子の男は空中へ跳躍し、くるくる回りながら四つん這いで着地した。そのまま獣のように四つ足で駆けてきては庚を抱き込む。
「ひい!?」
「ンーソイソイッ!!」
 腰を動かす男の動きに色々な限界を迎えた辛が地面を蹴って叩き割ってから刃を振るう。だがしかし、刀嗣は辛の前進を許さない。
「ていうか、本当にどこ触ってるんスか!? うらやま……げふんげふん、失礼ッスよ!! 万死に値するッス!」
 舞子は一瞬迷った。
 ここで破眼光を打てば、庚が脱出できるだろう。だがしかし、この光景もう少しだけ見ていても楽しいかもしれない。
「でもやっぱり駄目ッス!!」
 路地に響いた舞子の声と同時に、放出された光は吸い込まれるように男の局部に衝撃を与え、ゾンビのようにふらふらと立ち上がった男は渚と目が合った。
「可愛―――」
「渚選手、大きく振りかぶって……打ちましたっ!」
 カッキーン。
 隣ビルにぶつかり壁を陥没させてからゴミのように落ちた。庚は一人笑っていたが、その他は全員唖然としていた。


「双天、御子神辛、参る」
「あは、力押しだ兄弟」
 躊躇いも無く戦闘は継続した。
 庚は空中に線を引く、瞬時、後衛を飲み込む雷撃の槍。
「……ッ、こんなもの」
 大したダメージでは無い、夕樹はまだ倒れぬことを確信してから、だが辛が刃を振り切っていた。その時には、夕樹も舞子も気づく。
 指、一本さえ動かせなかったのだ。
 雷獣の麻痺が直撃し身体が動かぬ、更に襲ってきたのは辛の列を轢く斬撃。
 冬佳と刀嗣は横並びになり駆けつつ。
「後衛から狙うつもりですか……」
「チッ、順当にいけば葛城を落とした後に栗落花を壊しに来るだろうな」
 駆ける途中で別れ、冬佳は祇澄と合流した。
「貴方の相手は私達が務めさせていただきます。――水瀬冬佳、参ります」
「神室神道流、神室祇澄。一手、お相手仕ります!」
「ふふ、おいで」
 冬佳と祇澄の、息が合いつつも乱れ打ちとなる太刀の乱舞。庚は後退をしつつ受け流していく。されど動きを見切った冬佳と祇澄は阿吽の呼吸で、逃げられぬ隙を探すのだ。
 それが、渚である。
「注入だよー」
 巨大注射器に入っているなんとも言えぬ色の液体。中衛位置より注射器の先端を地面へぶっ刺しつつ、渚はぴょーんと跳ねてから注射器の挿入部位を着地と同時に足で押した。
 ――かと思えば辛と庚の足元が爆ぜる。
 突然の衝撃と土煙に丸く目を見開いた庚が、宙へ浮く。そこだ、冬佳は頭を、祇澄は足を。水平に刃を滑らせ、しかし――空ぶったか?
 庚が空中で鋏を地面に突き刺し、そこを軸として腕の力だけで更に上空へと飛び後方へと着地した。
「あ……――ぶないねえ」
 冬佳と祇澄が着地地点へと駆ける。だが庚も数秒で打開策を講じ始めたとき、庚がバランスを崩して地面へと倒れた。片足が切れ、出血し。右目が横に切れていたのだ。
 祇澄は刃を振り下ろし、庚はそれを身を翻して避けた。
「まだこれでも、弱いと言いますか?」
「返答に困る問いかけだねえ」
「庚、舐めてかかったら痛い目にあいますよ」
「君たち相手に手加減など失礼だったね」

 雷撃から地烈へと変わった庚の攻撃と、辛の攻撃に吹き飛ばされ、地面へ転げた夕樹と舞子。即座に渚は回復の詠唱を行う。
「看護師に仕事が無いほうが、世界は平和だと思うんだよね」
「ふふ、仕事を増やしてごめんね? でも、すぐにお仕事休ませてあげるから待っていて」
 渚は周囲の水気に祈りを託して、後衛を護るのだ。
 傷を埋め、癒しを施し。だがしつこく辛は後衛を狙っていた。遠距離攻撃、列に物を言わせて振り切った斬撃から衝撃が生まれていく。
 一層ぼろぼろになった夕樹に舞子、だが舞子は拳を握りしめて立ち上がった。
「舐めるな、ッスよおおお!!」
 舞子の拳が地面を叩きつけたとき、舞子の周囲には純白の氷柱が彼女と夕樹を守護するように生えた。
 癒せ、癒すのだ。
 自分なんてどうなったって構いやしない、こんな御子神ごときに負けていることではこの先何があってもくじけてしまうだろう。
 夏の気温を消し去る冷気が竜巻のように帯びてから、仲間へ優しい再生の息吹を広げていく。大役を遂げた舞子が庚を一直線に見つつ、力強い瞳が一瞬にして柔らかく笑った。
「回復役がどこまで持ち堪えられるかが勝機のカギって学んだッス!」
 純真無垢な言葉に。庚は。
「……ふ、ふふ、ふふふふ」
 腹を抱えて笑った。

「言うの遅くなったがよぉ、弟神。久しぶりだな」
「はい。そちらもお元気そうで何よりです」
 刀嗣は正々堂々と構えた。
「櫻火真陰流、諏訪刀嗣。いざ尋常に」
「勝負――」
 一歩、辛の方が早く動けていた。上から下へ、重力を乗せた一撃で一気に彼を引き裂かんとする刃――しかし、刀嗣は刃を正面から受けた。
 衝撃、この期に及んで辛は力を上げていた。動けぬ辛へ、麻痺を抜けた夕樹が弾丸を放ち、それは直前で辛は刀嗣を弾いて弾丸を真っ二つに切り裂いていく。
「何度も、同じ手を食いますか」
「甘いね」
 夕樹は全身に力を込めた。例え二つに分かたれた種だとしても、その程度で夕樹を養分とする種が死ぬものか。
 拳を手前に出した夕樹。爪が食い込む程拳を掴み、
「いけえええええ!!」
「―――なっ」
 種が劇的に成長をとげ、棘が辛の身体を貫き絡んでゆく。
「いつもこれにやられますね、俺。精進が足りません」
 辛は戦闘中ではあるものの、申し訳なさそうに夕樹を見た。
 そして駆けた刀嗣。
「俺の剣が軽いとか抜かしてたな! これならどうだ!!」
 そこまで言うのならば。
「お見せ頂こう。上から目線ではありませんが、貴方の成長にはいつも期待しております」
 刀嗣の刃は鋏とぶつかり連撃の舞を弾き返していく。しかし三撃目ぶつかったとき、片鋏は刃毀れを起こしたことに辛は「え」と声を零し、肩を大きく引き裂かれていく。
 嫌がるように後退した辛を刀嗣は追わん――としたとき、氷よりも冷たい冷気が彼を襲った。
「よくも兄弟を」
 誰かを確認する間も無く刀嗣は、今まさに放ったものと同じ技で地へと伏し、帽子の男から喰らった分が響き、起き上がることはできない。

 刃毀れした刃を気にして顔色が良くない辛だが、攻撃の手は緩まなかった。むしろフリーになった彼は先ほどよりも大きく動くことはできる。
「また、皆さまはお強くなられた。まるで世界から、早く強くなるようにと言われているようで――」
 辛はそう説いてから、再び線を引く。夕樹と舞子が限界を迎えて地面へ転げていく中、刹那は歯奥を噛んだ。刹那は辛の前へと出る。
「受けてみよ!!」
 右足を前に、固定し。納刀。更に、左手で帯刀、右手で柄を掴む。その時から刹那は一切の言葉を忘れ、表情を作る手間さえ忘れた。
 一心の集中。
 彼女を中心に円を書くようにして、冷涼の気が風となり舞い上がる。瞬時、刹那の手がブレたかと思えば、その時には辛の胸元に穴が開き吐血していた。
 一瞬の隙を、見逃さぬ。冬佳はそのときだけ庚の傍から辛へ攻撃していたのを止め、辛の側面へと迫った。
「破邪斬妖の剣術を人へ向けるのは、少々、あれですが」
「いえ、全力を出して頂けて光栄です」
 下から上へ切り裂く冬佳の攻撃に辛は防御の姿勢を取った。片鋏を横に、受け流すはずであった――一層巨大な金切音のような高い音が響いた瞬間、辛の刃毀れが一層増してヒビが入る。辛は「く」と苦虫を噛んだ顔をしてから、胸から顔まで到達する冬佳の刃を真っ向から受け――辛は膝をつき、
「お見事、です」
 そのまま座り込んだ。
 庚は絶えず笑っていたが、やり返しのように渚へ放つ念の放出が彼女の注射器を割りながら腹部へと貫通。
 これで七人中三人は倒れてしまったことになるが、庚は未だ余力を見せていた。刹那は思う、渚が倒れたら退くべきか。
 『あの庚』なら弟を倒した腹いせに手が滑ったと言いながら、帽子の男に念弾を放つ可能性は大いにある。渚も何度も帽子の男の方へ駆け出す準備をしていた。
 押し切れるか――と思われたとき。
「うん。確かに、君たちはファイヴなんだね」
 にこ、と笑ったそれには一切の悪意は感じられない。
 結果敵には、庚は辛を失い、ファイヴは半数近くが戦闘不能に。玉砕覚悟も構わないが、庚はもう満足したとかで。冬佳は刀を納刀し、同じく刹那と祇澄も渚も得物を引いた。
「……災難でしたね、御子神・庚」
「ふふ、そう言ってくれるの嬉しいなあ。僕も初めて見る人種だったよ」
「本日は、これで、退く、と」
「主殿に呼ばれているのさ。いけないね、遅刻したら折檻だ。それに兄弟の鋏も、壊れかけた」
「その主とやらは――」
 刹那の質問に、庚は再び笑っただけであった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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