<古妖覚醒>なくした母に引金を
●作られた情報
それはある動画サイトへの投稿からはじまった。
「我々は様々な調査の結果、古妖と呼ばれている封印された危険なアヤカシの情報を手に入れました」
映し出される映像には顔を隠した女がカメラに向かって淡々と状況を説明していた。
「この情報を我々『良き隣人の会』はしかるべきところに通報し対処を仰ぎました。しかし彼らは取り合わず、我々を病人扱いしたのです。
よって我々は封印された古妖の情報をここに公開します」
画像が変わり、各地に複数の印が書き込まれた日本地図が映し出される。
「この情報を信じるか否かは皆さんにお任せします、ですがアヤカシの跋扈するこの日本が危険であることは事実です。皆さん、賢明な選択をお願いします」
その後、この動画は不適切なものとして削除された。しかし、何人のものが見たのかは誰も分からない……。
●罠
とある田舎の旧道地帯。すでに新しい道は整備され、忘れ去られた場所。その道の途中にある地蔵尊の奥にその石碑はあった。
「で、時間はどれくらいだ?」
AAAと書き込まれた戦闘服の男は傍にいた部下に確認する。
「予定ではあと2分で封印が解除というか爆破されますね」
「良き隣人とやらもやってくれる。古妖の情報をばらまいた上に爆弾仕掛けるとはな。おかげでこっちは説得という名の後始末だ。タバコ要るか?」
「あ、頂きます。仕方がありませんよ。実働で動けるのは配属がまだ決まってなかったうちの隊くらいですからね。でも携行型対アヤカシ兵器(LAW)を全員に装備とかやりすぎじゃないですかね?」
差し出された煙草を咥え、上官と自分の物に火をつけると副官は疑問を口にした。
「上手く説得できるとは限らないし。それなら出来る限りの装備を引っ張ってくるしかないさ、ご同業のように覚者に任せられれば一番なんだが」
答える上官の表情は苦い。
「さて、そろそろ避難して……お話し合いと行きますか」
「ですね」
地面に捨てた煙草を踏み消すと男達は部下が設営した塹壕へと飛び込んだ。
やや経って……何者かが設置した爆弾が石碑を壊す。轟音と塵芥が舞い上がった後、そこに立つのは赤子を抱えた女。何が起こったか分からずに表情に戸惑いがある。
AAAの隊長は塹壕から這い上がると拡声器のスイッチを入れて古妖に呼びかけた。
「えーと、聞こえます? こちらAAAの者ですがそちらとお話――」
話は銃声によって遮られた。赤子の額に穴が開き、力なく首を垂れるその様を見て女の表情は怒りと憎しみに歪んでいく。
「隊長!?」
拡声器を投げ捨て、塹壕へと逃げ込んだ男に部下が呼びかける。
「してやられた……何が良き隣人だ、最初っからこうするつもりだったんだ」
「どういうことです?」
部下の問いに事前に用意していたLAWのチューブを引き出しながら答える。
「あの古妖は人との子供を生んだ為に追われた、哀れな女だったんだ。誰かが不憫に思って封印したんだろうが……今ので俺達は敵と思われてるだろうな。副長、二名連れて狙撃場所の特定と排除を、残りの六名は俺に続け!」
自分の背後を移動する三人を守るため隊長は塹壕から身を乗り出し武器を構える。
「俺だって妻子は居るんだ。なんだって子供失った母親を撃たなきゃならんのだ……」
何かを呪うような言葉と共に男は発射ボタンを押した。
●母を殺すために鬼になる
「ここにいる皆さんは動画の事はご存知ですね?」
久方 真由美(nCL2000003)は深刻な表情で覚者達を見回した。
「その動画の情報ですが、今回の夢見で真実を帯びました。同時に対処にあたっていたAAAの隊員が死傷する可能性も視えました」
真由美は地図と文献から撮影したと思われる写真を用意した。
「場所はもう使われていない旧道の一区域、ここまでの移動に関してはこちらで手配できます。次にAAA隊員ですが封印された場所から30メートルの距離に塹壕と土嚢で防御陣を設置、最悪の事態に備えていたようです。各自使い捨てのロケットランチャーとライフル、機関銃で武装しています。以前ファイヴと共闘したことのある部隊なのでこちらが戦えば支援もしてくれます」
次に真由美が示したのは文献の写し。
「古妖についてですが、昔、人と交わって子供を作った為に里を追われ、そして人にも拒まれて行くあてが無かったところを封印されていた母子でした。本来でしたら人を殺めることは無かったのですが、拒まれそして子供を殺されたことによって、全てを憎む存在となっています……説得は不可能と判断されましたので排除をお願いします」
真由美は顔を伏せて、言葉を続ける。
「今の言葉でご理解いただけたと思いますがタイミングは子供が殺された直後です。皆さん……今回は心を鬼にして、古妖を倒してください」
夢見の言葉には理不尽に対する何かがこもっていた。
それはある動画サイトへの投稿からはじまった。
「我々は様々な調査の結果、古妖と呼ばれている封印された危険なアヤカシの情報を手に入れました」
映し出される映像には顔を隠した女がカメラに向かって淡々と状況を説明していた。
「この情報を我々『良き隣人の会』はしかるべきところに通報し対処を仰ぎました。しかし彼らは取り合わず、我々を病人扱いしたのです。
よって我々は封印された古妖の情報をここに公開します」
画像が変わり、各地に複数の印が書き込まれた日本地図が映し出される。
「この情報を信じるか否かは皆さんにお任せします、ですがアヤカシの跋扈するこの日本が危険であることは事実です。皆さん、賢明な選択をお願いします」
その後、この動画は不適切なものとして削除された。しかし、何人のものが見たのかは誰も分からない……。
●罠
とある田舎の旧道地帯。すでに新しい道は整備され、忘れ去られた場所。その道の途中にある地蔵尊の奥にその石碑はあった。
「で、時間はどれくらいだ?」
AAAと書き込まれた戦闘服の男は傍にいた部下に確認する。
「予定ではあと2分で封印が解除というか爆破されますね」
「良き隣人とやらもやってくれる。古妖の情報をばらまいた上に爆弾仕掛けるとはな。おかげでこっちは説得という名の後始末だ。タバコ要るか?」
「あ、頂きます。仕方がありませんよ。実働で動けるのは配属がまだ決まってなかったうちの隊くらいですからね。でも携行型対アヤカシ兵器(LAW)を全員に装備とかやりすぎじゃないですかね?」
差し出された煙草を咥え、上官と自分の物に火をつけると副官は疑問を口にした。
「上手く説得できるとは限らないし。それなら出来る限りの装備を引っ張ってくるしかないさ、ご同業のように覚者に任せられれば一番なんだが」
答える上官の表情は苦い。
「さて、そろそろ避難して……お話し合いと行きますか」
「ですね」
地面に捨てた煙草を踏み消すと男達は部下が設営した塹壕へと飛び込んだ。
やや経って……何者かが設置した爆弾が石碑を壊す。轟音と塵芥が舞い上がった後、そこに立つのは赤子を抱えた女。何が起こったか分からずに表情に戸惑いがある。
AAAの隊長は塹壕から這い上がると拡声器のスイッチを入れて古妖に呼びかけた。
「えーと、聞こえます? こちらAAAの者ですがそちらとお話――」
話は銃声によって遮られた。赤子の額に穴が開き、力なく首を垂れるその様を見て女の表情は怒りと憎しみに歪んでいく。
「隊長!?」
拡声器を投げ捨て、塹壕へと逃げ込んだ男に部下が呼びかける。
「してやられた……何が良き隣人だ、最初っからこうするつもりだったんだ」
「どういうことです?」
部下の問いに事前に用意していたLAWのチューブを引き出しながら答える。
「あの古妖は人との子供を生んだ為に追われた、哀れな女だったんだ。誰かが不憫に思って封印したんだろうが……今ので俺達は敵と思われてるだろうな。副長、二名連れて狙撃場所の特定と排除を、残りの六名は俺に続け!」
自分の背後を移動する三人を守るため隊長は塹壕から身を乗り出し武器を構える。
「俺だって妻子は居るんだ。なんだって子供失った母親を撃たなきゃならんのだ……」
何かを呪うような言葉と共に男は発射ボタンを押した。
●母を殺すために鬼になる
「ここにいる皆さんは動画の事はご存知ですね?」
久方 真由美(nCL2000003)は深刻な表情で覚者達を見回した。
「その動画の情報ですが、今回の夢見で真実を帯びました。同時に対処にあたっていたAAAの隊員が死傷する可能性も視えました」
真由美は地図と文献から撮影したと思われる写真を用意した。
「場所はもう使われていない旧道の一区域、ここまでの移動に関してはこちらで手配できます。次にAAA隊員ですが封印された場所から30メートルの距離に塹壕と土嚢で防御陣を設置、最悪の事態に備えていたようです。各自使い捨てのロケットランチャーとライフル、機関銃で武装しています。以前ファイヴと共闘したことのある部隊なのでこちらが戦えば支援もしてくれます」
次に真由美が示したのは文献の写し。
「古妖についてですが、昔、人と交わって子供を作った為に里を追われ、そして人にも拒まれて行くあてが無かったところを封印されていた母子でした。本来でしたら人を殺めることは無かったのですが、拒まれそして子供を殺されたことによって、全てを憎む存在となっています……説得は不可能と判断されましたので排除をお願いします」
真由美は顔を伏せて、言葉を続ける。
「今の言葉でご理解いただけたと思いますがタイミングは子供が殺された直後です。皆さん……今回は心を鬼にして、古妖を倒してください」
夢見の言葉には理不尽に対する何かがこもっていた。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.古妖『母』の退治
2.AAA隊員の生存
3.なし
2.AAA隊員の生存
3.なし
どうも塩見です。
古妖覚醒、今回は心を鬼にして動いてください。
詳細は以下の通りです。
●場所
新しく作られたことで廃道となった道路。道路脇に地蔵尊と封印がありました。
道路を挟んで30メートル先にはAAAが塹壕と土嚢で防御陣を設置、最悪の事態に備えてました。
●タイミング
オープニングの通りです、間に合いません。
●AAA戦闘部隊
小樽から北海道を転戦し、本州で再編成を受けたところで今回の事件にあたりました。
戦闘経験は豊富な上、FiVEには友好的な為、戦闘の支援など積極的に動いてくれますが、若者に引き金を引かせることはあまり望んではいません。
以下の装備と特殊行動が可能です。
隊員数10名
・使い捨て携行型対アヤカシ兵器(LAW):バズーカ相当(全員所持)
・ライフル隊員8名:ライフル相当
・機関銃特技隊員1名:機関銃装備
・擲弾射出隊員1名:グレネード装備
※グレネード隊員は一発だけネット弾(ダメージ無し:BS鈍化)を持っています
・ステルスエントリー:3ターン消費することで敵に気づかれない場所に移動して集中砲火を行うことができます。覚者が戦闘を行うことで成功率が上がります。
※なお、ダメージを受けると攻撃回数が段階的に減少します。
●母
里を追われ、愛する人に拒まれ、眠りにつく選択をしたのに人の手によって子供を殺された哀れな母親です。元はどんな古妖なのか知る由もありません。
・恨みの爪:格闘【出血】
・怨嗟の声:遠列【不安】
・わたしたちがなにをした:全体【ダメージ無し】【呪い】
・こもりうた:子守歌です
●赤子
死にました
●狙撃者
既に逃走しています。
AAAにそれを知らせるだけでも対狙撃に張り付いている隊員が動くので作戦の自由度が上ると思います。
それでは皆さん、よろしくお願いします。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
6日
6日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2016年04月02日
2016年04月02日
■メイン参加者 8人■

●分かり合える人
半狂乱になった女の声が聞こえる。土嚢と塹壕で間に合わせに作った壁の後ろ、恨みと悲しみの叫びを耳にした男達は唇を噛み、地面に拳を打ち付ける。
「総員、安全装置解除」
「了解」
一人の男が命令し、他の6名が従う。彼らにとって助けられなかったことはよくあることだった。今回もそうだった。
「全員の解除確認」
「では3秒後に一斉射撃、終わらせる……どっちかがな」
「そうとは限りませんよ」
AAAの隊長の言葉を『教授』新田・成(CL2000538)が訂正した。
「F.i.V.E.の新田です。ご苦労様です隊長さん。さて、連携のご相談があるのですが」
「心得た、じゃあ行こう!」
「意見具申! 話聞けよおっさん!」
人の話を聞かない上司へ部下が形式に則るような形で突っ込んだ。
「意見具申承った、冗談だ」
どうやらそれが彼らの気風であった。改めてAAAの隊長は成に向き直ると。
「F.i.V.E.には以前借りがある乗ろう。で俺達はどう動けばいい?」
「まずは狙撃対応の3名を呼び戻してください」
「もう狙撃手は逃げて追いつかないわ。状況的に分隊するよりは集中攻撃に参加してもらえるかしら?」
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)も分かれて狙撃手への対応を行っていた副隊長と二人の隊員に提案していた。
「狙撃者の影とかはないよ! 大丈夫」
塹壕の向こうで古妖に対峙していた御白 小唄(CL2001173)が戦傷で痛む身体を動かし超直観で安全を確認する。
本当なら見つけ次第、狙撃者を追いかけたかったが相手は遠くからの狙撃、それを見渡せる目があればと内心悔やみ、湧き上がる何かをこらえようとするが
「またあいつらか……!」
怒りを抑えきることは出来ず、口から洩れた。だが今は目の前のことに集中しなければならない。
「やるしか、ないのか……!」
少年が歯がゆい思いをする間に次々と覚者は母親に立ちふさがり、壁となる。
「作戦は了解した、その方向で行こう」
成の提案に対しAAAの隊長は二つ返事で了解し、部下にも確認する。彼らも頷き、既に動く準備に入っていた。
「いつも思うが、こういう事のために俺達が居るべきなのに君達に頼らないといけない。それが情けなくてな」
彼が塹壕越しに見るのは自分より若い少年少女達の背中。
「あんま子供だからって舐めないでよね」
言いかける数多を成がそっと手を出して制する。
「彼らに戦いを任せる心苦しさは理解します。私もこの歳ですからね。けれど、彼らの心は、立派な一人の戦士です」
「…………」
「若者の成長を見守るのもまた、我々大人の役目ですよ」
「そうだな、すまなかった」
隊長は老人と少女に頭を下げる。
「ではともに参ろうかFiVE……戦友殿」
二人の覚者と十人の非覚者は別々の方向へと歩いて行った。
●分かり合えなくなったヒト
彼女は泣いた、叫んだ。抱えた子供を起こすため、泣き声でもいいから応えて。でも起きなかった。
ふと自分の前に立つ彼らが目についた。手が武器になった人、里で聞いた狐の同族、人が言う『ばてれんな』格好の者達。こいつらだ、こいつらに違いない。こいつらがぼうやを殺したのだ。
母の眼は自然と覚者に向き、その爪は獣のように鋭利に伸びる。
「お前らか? お前らだな?」
憎しみが美しい顔を般若に変えた、目には白がなくなり赤が走る。全てを失った女は奪い取るために一歩、二歩と覚者に迫る。
「そうさね、けど謝らんよ」
緒形 逝(CL2000156)がフルフェイスヘルメット越しに言い放つ。両手足は機械化し蔵王・戒が鋼に岩を纏わせて更なる硬さ生む。そして目立つのは右腕の直刀・悪食。刀身は禍々しく光り何かを求めるようであった。
傍らに立つ椿屋 ツバメ(CL2001351)も因子の証たる第三の眼を開眼し、醒の炎が心を燃やす。
幼い頃 古妖と遊んでいたツバメにとっては心苦しい想い、だがこの任務に入った時には覚悟は決めていた。
「大丈夫だ……。安らかに逝け……」
側面を回り込むように成が走り込みツバメへ蒼鋼壁をその後ろを灼熱化で身体能力を向上させた数多とその身を若く引き締まった体躯に覚醒させ蔵王を纏った『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)が走りこみ母の後背を取り、挟撃の態勢を整える。
小唄も演舞・清爽にて全員の力を上げ、戦う決意を固めた。
戦場を霧が舞う。
「私は『夜叉』の前鬼、『鬼子母神』後鬼の娘、瀬織津鈴鹿」
『愛求める独眼鬼』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)が纏霧と共に名乗りを上げる。
「父様と母様の名に懸けて……貴方の荒御霊を鎮めるの」
本当は避けたかった、相手も被害者だから。だが相手に対する憐憫を今は心を鬼にして鈴鹿は立ち向かう、父と母との約束にかけて――。
漆黒の翼が羽ばたき、桂木・日那乃(CL2000941)が小さな身体を舞わせる。送受心・改が覚者と今動いているAAAの精神にリンクして、ネットワークを作り上げる。それが完成したのを確信すると少女を面を上げ。
「被害者が出るなら消す」
その呟きが戦いの合図となった。
●恨めしい人
「オマエカァアァァァァァ!!」
真っ先に狙われたのは逝であった。自ら名乗ったことが正常な判断力を失った母にとって攻撃対象として認識されたのだった。
勿論、彼自身それを見込んでの行動。
「好きなだけ怨むといい、叫ぶといい、幾らでも付き合うさね、それくらいしか思い付かんが……どうぞ、有りっ丈を吐き出していっておくれ」
その声に抑揚はなかったが何かを思うものがあった。だがそれも彼女には伝わらない。
爪が蔵王・戒の岩を砕き鋼に傷をつけ、彼の足を大地から離す。体勢を整え着地するフルフェイスの男、受けきれなかった衝撃が足元を削る。
だがそれで引き下がるわけには行かなかった。自身がそう決めたのだから。汚れ役であろうと決めたのだから。
「行くぞ、悪食。母も子も纏めて喰い潰せ、何方にとってもこれ以上、辛くなる前にな」
妖刀が地を這い跳ね上がり、母もそして骸も傷つける。耳だったものが落ちた。
(赤ん坊の頭に狙撃? その腕と武器をどこから手に入れた? あいつら、訓練された犯罪組織だ)
「酷い国になったもんだぜ……」
世界を見てきた駆にとっては今の日本は口に出すくらいのものなのだろう、だからこそ彼は母に向かって掌に込めた爆裂する一撃を巨大な鉈を介して突きこむ。救い難きを無理やり救う、それが不動明王の役目と信じるから……。
間髪入れずに数多が走る。
(そりゃそうよね。家族を奪われることの辛さは知ってる、理不尽だしどうしていいのかわかんない)
それを利用して悪用するのがいる。緋鞘から抜かれる愛対生理論。
「世界はほんと、クソッタレだわ」
悪態と共に振るわれる頑健な日本刀による連撃は力任せの挙動に似合わず飛ぶ燕のよう。母は子を庇う様に肩を出して刃を受け止め、少女は反撃に備えてすぐに下がり、日那乃へ視線を送る。翼人の少女は頷き、彼女の立つべき場所が合っていることを保証した。
数多に向かって振り向く母に対しツバメは額の眼から破眼の光を撃ち呪う。その脇を小唄が駆け抜けて飛ぶ。
八尺による傷が痛み、繋がっていた細胞がプチプチと切れる音がした、けど構わない、今の少年には被害が広がるのを防ぐ為に鋭刃脚を打ち込む事しかできないから。思いを乗せた飛び蹴りが母を捉える、着地した小唄が元の位置へと下がるのをすかさず成がB.O.T.を撃ち込むことでフォロー。
半包囲状態での攻撃に古妖は周囲を見回す。誰を狙うべきなのか、今の狐か、呪った女か、ばてれんの老人か……いや、やはりあの面妖な兜の男だ。聞こえるではないか? こいつが全ての元凶だと。
母が走る、狂を発した相を以って。日那乃によって回復されたばかりの逝の傷口に改めて爪が食い込み引き裂く、皮膚が割け肉が割け鋼が切れる。赤いものがこぼれ、目の前が暗くなっていった。
全てのものを受け止めようと選んだ行動、送受信・改も活かしての誘導。逝の行動は効果的であった、だが効果的でありすぎた。全ての怨念をその爪に込めた一撃は逝の行いで威力を増し、気力で立つのも厳しい一撃となった。
「……誰がこの子をころしたのか」
倒れた男を爪に引っ掛けたまま引きずり母が問う。
「おっさんだよ」
爪の先から声がした、反射的に腕を払うと命を削った逝が転がりながらも立ち上がる。怨嗟を引き受ける者として殺す者として一歩も引く訳にはいかない。故に立つ。
それは他の覚者も同様だった。
鈴鹿が癒しの霧で逝の傷を癒す、霧の冷たさが傷口の火照りを奪い取り痛みを減らす。小唄が再び走る、勢いをつけた飛び膝が顎に入り母を仰け反らせる。ツバメは足元を鎌で刈り、そのまま跳ね上げるように斬りつける。
「その子供ごと斬ってあげるわ!」
数多がわざと挑発し抱えた腕を狙えば、そこから流れるように上段に移り、刀を振り下ろす。母が後ろに下がり額が切れる、一筋の赤が憎しみに染まった顔をさらに染めた。
日那乃が潤しの滴で逝の傷を癒せば、駆が走り、成が構える。斬・一の構えから刺突を母がかわしたところを抜刀の衝撃波が襲う。貫く衝撃が母の後ろまで走る。
「憎い……にくい……ニクイ!」
周囲を血走った眼で睨み、母が呟く。
「お前達が! 人が! 憎い!」
怨嗟が力となり、声が武器となりツバメと逝を狙う。心が乱れ、脳が揺れる。血管が切れ、穴という穴から出血が止まらない。
「回復急いで! もう一回来る!」
小唄の超直観が先手を取られたことを警告する。成が走る。鈴鹿が霧を呼ぶが傷をふさぐには足りない。
「――憎いっ!!」
再度降り注ぐ怨嗟の声。
「子を失う親の悲しみは、万国のみならず人と妖にとっても共通の、耐え難きものです」
纏った蔵王を砕かれた成が杖を頼りに血だまりの中を立ち上がる。
「ですが!」
隣では悪食を盾にした逝が、命を削ったツバメが痛む身体を心で動かし、大地を踏みしめる。
「此処で終わらせなければ、今度は他の誰かが子を失い、親を失い、悲しみの連鎖を広げます!」
その口調は強く重い。
「ああ、そうだな。戦友殿よ」
どこからか声がした。
「来る」
日那乃が告げ、四方八方から炎が飛んだ。
●戦う人、うたうひと
彼らはただの人間だった。しかし各地で転戦し様々なものを見てきた彼らは戦士であった。小樽で、冬の大地で、妖相手に戦った彼らの名前はAAA。
覚者の協力があれば、ただの人も人ならざる者に迫ることが出来る。30秒の間に彼らは物音を立てずに古妖に射線が集中する位置に移動し、本来なら妖を倒すための武器を古妖に向けて放った。
タイミングをずらして撃ち込まれるLAWの弾丸。過剰ともいえる化学エネルギーの弾丸をもってしても古妖の身体に傷をつけるのがやっと、だがそれが十回重なれば必然と負傷は積み重なる。更に爆発の炎が本能的に母が子を庇う姿勢へと持っていった。
爆煙が晴れ、雨が降る。潤しの雨が皆の回復を促し、雨を呼んだ少女の黒髪を濡らす。
「お母さん、こどものところ、行きたい?」
呟く日那乃の眼に映るのは爆炎の中、子を庇った母親。そして――
「みんなは狙撃犯を! 僕たちは、その間にこの人を……止める」
『良き隣人』の理不尽を見てきた狐の少年。駆けだした彼が飛び上がり母の延髄を切るように蹴る。衝撃が体に伝わり足取りがおぼつかなくなる古妖。
入れ替わるように数多と駆が走り、背中に爆裂掌を撃ち体勢を崩せばAAAから遠ざけるための圧撃がその身体を吹き飛ばし、母子が宙に浮く。
タイミングを逃さずツバメが大鎌を振るいそれを囮としてテレキネシスによる見えない手で赤子を奪い取ろうと試みる。だが母は子を抱え、そして彼女を睨む。
「そんなにわたしたちを離したいのか?」
劣化したアスファルトへ降り立ち、充血した瞳がツバメをにらむ。
「急げ! GoGoGoGo!」
その間にもAAAの隊員の声が響く。塹壕や藪の中を走り、姿を見せずに移動することで、攻撃の目標になることを避け、覚者の負担を減らすことも忘れない。
「わたしがわたしたちが何をしたというのだ?」
傷つく身体を一歩、また一歩と足を進めツバメに詰め寄る母。その腕に悪食の瘴気が弾となり撃ち込まれる。
「おいで」
逝はただ一言だけ告げ、武器を構え、成も仕込み杖の鯉口を切る。
……その姿が憎らしかった、周囲を囲む人間も隠れて何かをしたやつらも、みんなみんな憎かった。だから――
「わたしたちが――お前達に――何を――したっ!!」
言葉が呪いとなった。
「あ……ぐっ」
小唄が膝をつき、逝の右腕が力を失い垂れ下がる。直ぐに日那乃が演舞・舞衣を行い、呪いからの回復を促す。
「緒形君は今は下がって。皆さん相手は我々以上に傷ついています、畳み込みましょう」
エネミースキャンで母の状況を把握した成が呪いに耐え、戦いの流れを引き寄せるべく皆を鼓舞し、自らもB.O.T.を撃ち放つ。続いて数多が袈裟切りから横へ薙ぐように刀を振り回す。
母は我が子を庇う様に蹲り刃を一身に受ける。鈴鹿が破眼の光で再度の呪いを刻み込めば、駆は自らの炎を灼熱の域へと燃え上がらせて次の一撃にかける。体力の回復を受けたツバメの地烈がそこへ追い打ちをかけていく。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
母が叫ぶ、もはや声にならない、数々の攻撃が降り注ぎ、子を狙われ奪われようとする。憎い、すべてが憎い。
その爪が呪いの戒めを受けた逝へ振り下ろされた。
「そうさね、思いっきり……」
全てを言い終わる前に崩れ落ちる付喪のフルフェイス。削る命は最早なかったが、彼が一身に攻撃を受けたことで覚者は攻撃への時間を得た。
祓刀・大蓮小蓮を抜いた鈴鹿が走る。
「汝、悲しき存在よ。我が双刀の力を持って祓い清めん……さすれば、穏やかに黄泉の旅路へ行かん事を」
飛燕が母を切り捨てる。
日那乃が舞う、隣にいる少年に深想水を注ぎ込み、戒めから解き放つ。呪いを振り払った小唄は力強く大地を蹴り跳躍、鋭刃の飛び後ろ回し蹴りが母のこめかみに入り、その身をぐらつかせる。数多とツバメが前後から迫り、白狼と愛対生理論の二つの刃が放つ四連の斬撃が古妖の身を赤く染める。そして駆の渾身の斬・一の構えからのアチャラナータによる横薙ぎの一撃が母の胴へと振り抜かれた。
威力を受けきれずに倒れる古妖。上半身を起こした彼女は赤子を抱きかかえると何かをつぶやき始めた。
「注意して、何か来るかも」
小唄が警告する。
「大丈夫です、子守歌ですから」
成が仕込みを鞘にしまい、母へと近づいていく。古妖は赤子に視線を向け歌い続ける。
『かわいいぼうや』
「どうしたの?」
成が次の句を歌い母は顔を上げる。ラーニングにより歌を覚えた老紳士は頷いて歌をつづけた。
「おなかがすいたの?」
憎しみの消えた穏やかな表情で母も歌う。
『さみしいの?』
それは祖父が娘に、母が子に語り継ぐような姿だった。
「本当に……子守歌だったんだ」
小唄がその様子を見て、呟いた。覚者と古妖の子守歌はまだ続く。
『坊やの子守はどうしたの?』
「ぼうやの子守はここにいる」
『母もそばについている』
「だから坊や」
「「お眠りなさい」」
最後の歌が重なった。成は背広の内ポケットから出した眼鏡をかけると、灰のように崩れ風にさらわれて消えゆく母子へ背中を向けた。
●立ち向かう人
「ここの封印が壊されるってどうして分かった、の? 動画から、調べた?」
戻ってきたAAAの隊長に日那乃が問いかける。彼女らの後ろでは隊員たちが撤収作業に入っている。
狙撃者を追跡に回ったAAAは射撃位置を特定は出来たが遠すぎたため追撃を断念し、戻ってきたのだった。隊長は煙草を吸おうと箱を出したが目の前の少女の姿を見て、ポケットにしまい込む。
「動画の件はAAAの方でも調べてはいたんだ、文献とかで裏付けとってな、何件かはガセだったけどな」
言って、隊長は日本地図を開いている数多を手招きした。ペンを取り出すと近寄った彼女の地図に複数×印を付けていく。
「次にあるとしたらこれくらいかな? 勿論偽物もあるし、知らせていない古妖も可能性がある」
残された印は6つ。
「良き隣人が封印壊すのはこれで三度目。たぶん次もある。夢見さんの夢だと、封印壊されるのには間に合わない、から……何か、わかったら教えてほしい」
「ああ、任せろ」
隊長は少女の願いを快諾、言葉を続けた。
「AAAはその為にある」
「荼毘に付してやりたかったなあ」
跡形もなく消えてしまった古妖に駆が呟いた。本当の思惑は新たに妖が生まれる可能性は消したいというところだったが……。
「うん、そうだね」
小唄が同意したので黙っておくことにした。
「『良き隣人』……今回の任務で関わった事で、どんな集団なのか良く判った。私は、どうしても許せない」
ツバメの言葉に怒りがこもる。
「うん」
小唄が同意する。
「必ず追い詰めて、叩き潰す!」
「うん」
ツバメの決意をポケットに手を入れながら聞いていた少年はそう答えると背中を向けて歩き始めた。
(良き隣人……お前たちは、僕が必ず見つけ出す。そして、止める!)
――決意を胸に秘めて。
半狂乱になった女の声が聞こえる。土嚢と塹壕で間に合わせに作った壁の後ろ、恨みと悲しみの叫びを耳にした男達は唇を噛み、地面に拳を打ち付ける。
「総員、安全装置解除」
「了解」
一人の男が命令し、他の6名が従う。彼らにとって助けられなかったことはよくあることだった。今回もそうだった。
「全員の解除確認」
「では3秒後に一斉射撃、終わらせる……どっちかがな」
「そうとは限りませんよ」
AAAの隊長の言葉を『教授』新田・成(CL2000538)が訂正した。
「F.i.V.E.の新田です。ご苦労様です隊長さん。さて、連携のご相談があるのですが」
「心得た、じゃあ行こう!」
「意見具申! 話聞けよおっさん!」
人の話を聞かない上司へ部下が形式に則るような形で突っ込んだ。
「意見具申承った、冗談だ」
どうやらそれが彼らの気風であった。改めてAAAの隊長は成に向き直ると。
「F.i.V.E.には以前借りがある乗ろう。で俺達はどう動けばいい?」
「まずは狙撃対応の3名を呼び戻してください」
「もう狙撃手は逃げて追いつかないわ。状況的に分隊するよりは集中攻撃に参加してもらえるかしら?」
『紅戀』酒々井 数多(CL2000149)も分かれて狙撃手への対応を行っていた副隊長と二人の隊員に提案していた。
「狙撃者の影とかはないよ! 大丈夫」
塹壕の向こうで古妖に対峙していた御白 小唄(CL2001173)が戦傷で痛む身体を動かし超直観で安全を確認する。
本当なら見つけ次第、狙撃者を追いかけたかったが相手は遠くからの狙撃、それを見渡せる目があればと内心悔やみ、湧き上がる何かをこらえようとするが
「またあいつらか……!」
怒りを抑えきることは出来ず、口から洩れた。だが今は目の前のことに集中しなければならない。
「やるしか、ないのか……!」
少年が歯がゆい思いをする間に次々と覚者は母親に立ちふさがり、壁となる。
「作戦は了解した、その方向で行こう」
成の提案に対しAAAの隊長は二つ返事で了解し、部下にも確認する。彼らも頷き、既に動く準備に入っていた。
「いつも思うが、こういう事のために俺達が居るべきなのに君達に頼らないといけない。それが情けなくてな」
彼が塹壕越しに見るのは自分より若い少年少女達の背中。
「あんま子供だからって舐めないでよね」
言いかける数多を成がそっと手を出して制する。
「彼らに戦いを任せる心苦しさは理解します。私もこの歳ですからね。けれど、彼らの心は、立派な一人の戦士です」
「…………」
「若者の成長を見守るのもまた、我々大人の役目ですよ」
「そうだな、すまなかった」
隊長は老人と少女に頭を下げる。
「ではともに参ろうかFiVE……戦友殿」
二人の覚者と十人の非覚者は別々の方向へと歩いて行った。
●分かり合えなくなったヒト
彼女は泣いた、叫んだ。抱えた子供を起こすため、泣き声でもいいから応えて。でも起きなかった。
ふと自分の前に立つ彼らが目についた。手が武器になった人、里で聞いた狐の同族、人が言う『ばてれんな』格好の者達。こいつらだ、こいつらに違いない。こいつらがぼうやを殺したのだ。
母の眼は自然と覚者に向き、その爪は獣のように鋭利に伸びる。
「お前らか? お前らだな?」
憎しみが美しい顔を般若に変えた、目には白がなくなり赤が走る。全てを失った女は奪い取るために一歩、二歩と覚者に迫る。
「そうさね、けど謝らんよ」
緒形 逝(CL2000156)がフルフェイスヘルメット越しに言い放つ。両手足は機械化し蔵王・戒が鋼に岩を纏わせて更なる硬さ生む。そして目立つのは右腕の直刀・悪食。刀身は禍々しく光り何かを求めるようであった。
傍らに立つ椿屋 ツバメ(CL2001351)も因子の証たる第三の眼を開眼し、醒の炎が心を燃やす。
幼い頃 古妖と遊んでいたツバメにとっては心苦しい想い、だがこの任務に入った時には覚悟は決めていた。
「大丈夫だ……。安らかに逝け……」
側面を回り込むように成が走り込みツバメへ蒼鋼壁をその後ろを灼熱化で身体能力を向上させた数多とその身を若く引き締まった体躯に覚醒させ蔵王を纏った『オレンジ大斬り』渡慶次・駆(CL2000350)が走りこみ母の後背を取り、挟撃の態勢を整える。
小唄も演舞・清爽にて全員の力を上げ、戦う決意を固めた。
戦場を霧が舞う。
「私は『夜叉』の前鬼、『鬼子母神』後鬼の娘、瀬織津鈴鹿」
『愛求める独眼鬼』瀬織津・鈴鹿(CL2001285)が纏霧と共に名乗りを上げる。
「父様と母様の名に懸けて……貴方の荒御霊を鎮めるの」
本当は避けたかった、相手も被害者だから。だが相手に対する憐憫を今は心を鬼にして鈴鹿は立ち向かう、父と母との約束にかけて――。
漆黒の翼が羽ばたき、桂木・日那乃(CL2000941)が小さな身体を舞わせる。送受心・改が覚者と今動いているAAAの精神にリンクして、ネットワークを作り上げる。それが完成したのを確信すると少女を面を上げ。
「被害者が出るなら消す」
その呟きが戦いの合図となった。
●恨めしい人
「オマエカァアァァァァァ!!」
真っ先に狙われたのは逝であった。自ら名乗ったことが正常な判断力を失った母にとって攻撃対象として認識されたのだった。
勿論、彼自身それを見込んでの行動。
「好きなだけ怨むといい、叫ぶといい、幾らでも付き合うさね、それくらいしか思い付かんが……どうぞ、有りっ丈を吐き出していっておくれ」
その声に抑揚はなかったが何かを思うものがあった。だがそれも彼女には伝わらない。
爪が蔵王・戒の岩を砕き鋼に傷をつけ、彼の足を大地から離す。体勢を整え着地するフルフェイスの男、受けきれなかった衝撃が足元を削る。
だがそれで引き下がるわけには行かなかった。自身がそう決めたのだから。汚れ役であろうと決めたのだから。
「行くぞ、悪食。母も子も纏めて喰い潰せ、何方にとってもこれ以上、辛くなる前にな」
妖刀が地を這い跳ね上がり、母もそして骸も傷つける。耳だったものが落ちた。
(赤ん坊の頭に狙撃? その腕と武器をどこから手に入れた? あいつら、訓練された犯罪組織だ)
「酷い国になったもんだぜ……」
世界を見てきた駆にとっては今の日本は口に出すくらいのものなのだろう、だからこそ彼は母に向かって掌に込めた爆裂する一撃を巨大な鉈を介して突きこむ。救い難きを無理やり救う、それが不動明王の役目と信じるから……。
間髪入れずに数多が走る。
(そりゃそうよね。家族を奪われることの辛さは知ってる、理不尽だしどうしていいのかわかんない)
それを利用して悪用するのがいる。緋鞘から抜かれる愛対生理論。
「世界はほんと、クソッタレだわ」
悪態と共に振るわれる頑健な日本刀による連撃は力任せの挙動に似合わず飛ぶ燕のよう。母は子を庇う様に肩を出して刃を受け止め、少女は反撃に備えてすぐに下がり、日那乃へ視線を送る。翼人の少女は頷き、彼女の立つべき場所が合っていることを保証した。
数多に向かって振り向く母に対しツバメは額の眼から破眼の光を撃ち呪う。その脇を小唄が駆け抜けて飛ぶ。
八尺による傷が痛み、繋がっていた細胞がプチプチと切れる音がした、けど構わない、今の少年には被害が広がるのを防ぐ為に鋭刃脚を打ち込む事しかできないから。思いを乗せた飛び蹴りが母を捉える、着地した小唄が元の位置へと下がるのをすかさず成がB.O.T.を撃ち込むことでフォロー。
半包囲状態での攻撃に古妖は周囲を見回す。誰を狙うべきなのか、今の狐か、呪った女か、ばてれんの老人か……いや、やはりあの面妖な兜の男だ。聞こえるではないか? こいつが全ての元凶だと。
母が走る、狂を発した相を以って。日那乃によって回復されたばかりの逝の傷口に改めて爪が食い込み引き裂く、皮膚が割け肉が割け鋼が切れる。赤いものがこぼれ、目の前が暗くなっていった。
全てのものを受け止めようと選んだ行動、送受信・改も活かしての誘導。逝の行動は効果的であった、だが効果的でありすぎた。全ての怨念をその爪に込めた一撃は逝の行いで威力を増し、気力で立つのも厳しい一撃となった。
「……誰がこの子をころしたのか」
倒れた男を爪に引っ掛けたまま引きずり母が問う。
「おっさんだよ」
爪の先から声がした、反射的に腕を払うと命を削った逝が転がりながらも立ち上がる。怨嗟を引き受ける者として殺す者として一歩も引く訳にはいかない。故に立つ。
それは他の覚者も同様だった。
鈴鹿が癒しの霧で逝の傷を癒す、霧の冷たさが傷口の火照りを奪い取り痛みを減らす。小唄が再び走る、勢いをつけた飛び膝が顎に入り母を仰け反らせる。ツバメは足元を鎌で刈り、そのまま跳ね上げるように斬りつける。
「その子供ごと斬ってあげるわ!」
数多がわざと挑発し抱えた腕を狙えば、そこから流れるように上段に移り、刀を振り下ろす。母が後ろに下がり額が切れる、一筋の赤が憎しみに染まった顔をさらに染めた。
日那乃が潤しの滴で逝の傷を癒せば、駆が走り、成が構える。斬・一の構えから刺突を母がかわしたところを抜刀の衝撃波が襲う。貫く衝撃が母の後ろまで走る。
「憎い……にくい……ニクイ!」
周囲を血走った眼で睨み、母が呟く。
「お前達が! 人が! 憎い!」
怨嗟が力となり、声が武器となりツバメと逝を狙う。心が乱れ、脳が揺れる。血管が切れ、穴という穴から出血が止まらない。
「回復急いで! もう一回来る!」
小唄の超直観が先手を取られたことを警告する。成が走る。鈴鹿が霧を呼ぶが傷をふさぐには足りない。
「――憎いっ!!」
再度降り注ぐ怨嗟の声。
「子を失う親の悲しみは、万国のみならず人と妖にとっても共通の、耐え難きものです」
纏った蔵王を砕かれた成が杖を頼りに血だまりの中を立ち上がる。
「ですが!」
隣では悪食を盾にした逝が、命を削ったツバメが痛む身体を心で動かし、大地を踏みしめる。
「此処で終わらせなければ、今度は他の誰かが子を失い、親を失い、悲しみの連鎖を広げます!」
その口調は強く重い。
「ああ、そうだな。戦友殿よ」
どこからか声がした。
「来る」
日那乃が告げ、四方八方から炎が飛んだ。
●戦う人、うたうひと
彼らはただの人間だった。しかし各地で転戦し様々なものを見てきた彼らは戦士であった。小樽で、冬の大地で、妖相手に戦った彼らの名前はAAA。
覚者の協力があれば、ただの人も人ならざる者に迫ることが出来る。30秒の間に彼らは物音を立てずに古妖に射線が集中する位置に移動し、本来なら妖を倒すための武器を古妖に向けて放った。
タイミングをずらして撃ち込まれるLAWの弾丸。過剰ともいえる化学エネルギーの弾丸をもってしても古妖の身体に傷をつけるのがやっと、だがそれが十回重なれば必然と負傷は積み重なる。更に爆発の炎が本能的に母が子を庇う姿勢へと持っていった。
爆煙が晴れ、雨が降る。潤しの雨が皆の回復を促し、雨を呼んだ少女の黒髪を濡らす。
「お母さん、こどものところ、行きたい?」
呟く日那乃の眼に映るのは爆炎の中、子を庇った母親。そして――
「みんなは狙撃犯を! 僕たちは、その間にこの人を……止める」
『良き隣人』の理不尽を見てきた狐の少年。駆けだした彼が飛び上がり母の延髄を切るように蹴る。衝撃が体に伝わり足取りがおぼつかなくなる古妖。
入れ替わるように数多と駆が走り、背中に爆裂掌を撃ち体勢を崩せばAAAから遠ざけるための圧撃がその身体を吹き飛ばし、母子が宙に浮く。
タイミングを逃さずツバメが大鎌を振るいそれを囮としてテレキネシスによる見えない手で赤子を奪い取ろうと試みる。だが母は子を抱え、そして彼女を睨む。
「そんなにわたしたちを離したいのか?」
劣化したアスファルトへ降り立ち、充血した瞳がツバメをにらむ。
「急げ! GoGoGoGo!」
その間にもAAAの隊員の声が響く。塹壕や藪の中を走り、姿を見せずに移動することで、攻撃の目標になることを避け、覚者の負担を減らすことも忘れない。
「わたしがわたしたちが何をしたというのだ?」
傷つく身体を一歩、また一歩と足を進めツバメに詰め寄る母。その腕に悪食の瘴気が弾となり撃ち込まれる。
「おいで」
逝はただ一言だけ告げ、武器を構え、成も仕込み杖の鯉口を切る。
……その姿が憎らしかった、周囲を囲む人間も隠れて何かをしたやつらも、みんなみんな憎かった。だから――
「わたしたちが――お前達に――何を――したっ!!」
言葉が呪いとなった。
「あ……ぐっ」
小唄が膝をつき、逝の右腕が力を失い垂れ下がる。直ぐに日那乃が演舞・舞衣を行い、呪いからの回復を促す。
「緒形君は今は下がって。皆さん相手は我々以上に傷ついています、畳み込みましょう」
エネミースキャンで母の状況を把握した成が呪いに耐え、戦いの流れを引き寄せるべく皆を鼓舞し、自らもB.O.T.を撃ち放つ。続いて数多が袈裟切りから横へ薙ぐように刀を振り回す。
母は我が子を庇う様に蹲り刃を一身に受ける。鈴鹿が破眼の光で再度の呪いを刻み込めば、駆は自らの炎を灼熱の域へと燃え上がらせて次の一撃にかける。体力の回復を受けたツバメの地烈がそこへ追い打ちをかけていく。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
母が叫ぶ、もはや声にならない、数々の攻撃が降り注ぎ、子を狙われ奪われようとする。憎い、すべてが憎い。
その爪が呪いの戒めを受けた逝へ振り下ろされた。
「そうさね、思いっきり……」
全てを言い終わる前に崩れ落ちる付喪のフルフェイス。削る命は最早なかったが、彼が一身に攻撃を受けたことで覚者は攻撃への時間を得た。
祓刀・大蓮小蓮を抜いた鈴鹿が走る。
「汝、悲しき存在よ。我が双刀の力を持って祓い清めん……さすれば、穏やかに黄泉の旅路へ行かん事を」
飛燕が母を切り捨てる。
日那乃が舞う、隣にいる少年に深想水を注ぎ込み、戒めから解き放つ。呪いを振り払った小唄は力強く大地を蹴り跳躍、鋭刃の飛び後ろ回し蹴りが母のこめかみに入り、その身をぐらつかせる。数多とツバメが前後から迫り、白狼と愛対生理論の二つの刃が放つ四連の斬撃が古妖の身を赤く染める。そして駆の渾身の斬・一の構えからのアチャラナータによる横薙ぎの一撃が母の胴へと振り抜かれた。
威力を受けきれずに倒れる古妖。上半身を起こした彼女は赤子を抱きかかえると何かをつぶやき始めた。
「注意して、何か来るかも」
小唄が警告する。
「大丈夫です、子守歌ですから」
成が仕込みを鞘にしまい、母へと近づいていく。古妖は赤子に視線を向け歌い続ける。
『かわいいぼうや』
「どうしたの?」
成が次の句を歌い母は顔を上げる。ラーニングにより歌を覚えた老紳士は頷いて歌をつづけた。
「おなかがすいたの?」
憎しみの消えた穏やかな表情で母も歌う。
『さみしいの?』
それは祖父が娘に、母が子に語り継ぐような姿だった。
「本当に……子守歌だったんだ」
小唄がその様子を見て、呟いた。覚者と古妖の子守歌はまだ続く。
『坊やの子守はどうしたの?』
「ぼうやの子守はここにいる」
『母もそばについている』
「だから坊や」
「「お眠りなさい」」
最後の歌が重なった。成は背広の内ポケットから出した眼鏡をかけると、灰のように崩れ風にさらわれて消えゆく母子へ背中を向けた。
●立ち向かう人
「ここの封印が壊されるってどうして分かった、の? 動画から、調べた?」
戻ってきたAAAの隊長に日那乃が問いかける。彼女らの後ろでは隊員たちが撤収作業に入っている。
狙撃者を追跡に回ったAAAは射撃位置を特定は出来たが遠すぎたため追撃を断念し、戻ってきたのだった。隊長は煙草を吸おうと箱を出したが目の前の少女の姿を見て、ポケットにしまい込む。
「動画の件はAAAの方でも調べてはいたんだ、文献とかで裏付けとってな、何件かはガセだったけどな」
言って、隊長は日本地図を開いている数多を手招きした。ペンを取り出すと近寄った彼女の地図に複数×印を付けていく。
「次にあるとしたらこれくらいかな? 勿論偽物もあるし、知らせていない古妖も可能性がある」
残された印は6つ。
「良き隣人が封印壊すのはこれで三度目。たぶん次もある。夢見さんの夢だと、封印壊されるのには間に合わない、から……何か、わかったら教えてほしい」
「ああ、任せろ」
隊長は少女の願いを快諾、言葉を続けた。
「AAAはその為にある」
「荼毘に付してやりたかったなあ」
跡形もなく消えてしまった古妖に駆が呟いた。本当の思惑は新たに妖が生まれる可能性は消したいというところだったが……。
「うん、そうだね」
小唄が同意したので黙っておくことにした。
「『良き隣人』……今回の任務で関わった事で、どんな集団なのか良く判った。私は、どうしても許せない」
ツバメの言葉に怒りがこもる。
「うん」
小唄が同意する。
「必ず追い詰めて、叩き潰す!」
「うん」
ツバメの決意をポケットに手を入れながら聞いていた少年はそう答えると背中を向けて歩き始めた。
(良き隣人……お前たちは、僕が必ず見つけ出す。そして、止める!)
――決意を胸に秘めて。

■あとがき■
母親より
「ありがとう、おやすみなさい」
ラーニング成功!!
取得キャラクター:新田・成(CL2000538)
取得スキル:こもりうた
「ありがとう、おやすみなさい」
ラーニング成功!!
取得キャラクター:新田・成(CL2000538)
取得スキル:こもりうた
