<怪談>人形が あそぼあそぼと笑ってる
<怪談>人形が あそぼあそぼと笑ってる


●人の形どるモノ
 淡島神社。
 婦人治療や安産、子授け、裁縫の上昇など女性に関するありとあらゆることを司る淡島神を奉じる神社で、全国に千を超える神社があるという。中でもその総本山ともいえる和歌山の淡島神社は、和歌山県でもかなりの歴史をもつと言われている。
 淡島信仰総本山ゆえに婦人病祈願の御利益があるが、何よりこの神社が有名なのは境内に収められている多数の人形だ。人形供養のために集められたその数は万を超える。雛人形などの和風の物だけではなく、フランス人形のような洋風まであるという。人の形をした物が立ち並ぶさまは、そうと分かっていてもどこか底冷えするものがある。
 奉納される人形にはいろいろな経緯がある。長年大事にしていた人形を手放す理由は様々だ。子供が成長して不要になったというモノもあれば、死別したと言ったものまである。長年愛された思いが人形に宿っているのだ。
 そしてその中には『いわくつき』ともいえる者もある。呪いの人形。祟りを起こす人形。人に不幸を与える人形。人の形をしているがゆえに人間はそこに『人』を感じ取り、それ故に恐怖して手放してしまう。そういった人形も神社にはあった。
 様々な愛と呪い。渦巻く感情。しかしそれだけでは何も起きなかっただろう。
「みんなとあそびたいなー」
 一体の人形が起き上がり、言葉を発する。その言葉に応じるように、他の人形も動き出す。
 人形神(ひんながみ)。
 千の人形をお湯で茹で、一つだけ浮かび上がってきた人形が成ると言われる古妖。どんな願い事でも叶えることが出来るのだが、人形神に願いをかなえてもらった者は死ぬときに想像を絶する苦しみを受けて息絶え、地獄に落ちるという。
「あそぼ」
 難病の子供がすがる思いで作った呪いの人形。病魔を癒し、友達と遊びたいというささやかな願いがどうなったかはわからない。だが人形を手放している以上、今生きていないのは確実だ。
「あそぼあそぼあそぼ」
 だが人形神はその願いを忠実にかなえようとする。『動けない子達に力を与え』『みんなと遊ぼう』とする。
「あそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼあそぼ!」
 愛憎渦巻く人形達の想い。それが古妖の力により動き始める。

「――これは」
 淡島神社から距離にして十数キロ。友ヶ島と呼ばれる島を守る『島守』と呼ばれる巨大な鹿。
 島守は強力な力を感じ取り、すぐさま動き始めた。

●緊急指令!
「突然だが、手の空いている覚者は和歌山県に向かってくれ! 人形がヤバイ!」
 久方 相馬(nCL2000004)がFiVEに所属している覚者全員にSNSを通して連絡をかける。
「和歌山県にある淡島神社で古妖の人形が暴れている。そこにある人形に命を宿らせて人を襲わせようとしているんだ。古妖当人は『遊んでいる』つもりだろうが……」
 命を与えられた人形の力はさほど強くはない。だが、その数が圧倒的だ。抱き着かれるだけで押しつぶされてしまう。
「友ヶ島の島守っていう古妖が危機を察して人形達を外に出さないように結界を張っているが、それも長くはもたないだろう。
 人形神を押さえることが出来れば解決するが、相応に強い呪いを持った人形だ。面倒な相手なんで注意してくれ!」
 相馬から送られてくるデータ。覚者達はそれを見て呻きをあげる。曲り無しにも『神』の名のつく存在だ。一筋縄ではいきそうにない。
 青天の霹靂ともいえる事件。覚者達は急ぎ和歌山に向かう。


■シナリオ詳細
種別:決戦
難易度:決戦
担当ST:どくどく
■成功条件
1.【林】の人形を一定数倒す
2.【境内】の人形の群れに一定数以上のダメージを与える
3.【祠】の人形神を倒す
 どくどくです。
 コミカルに見えて大事件なのですよ。

●説明っ!
 和歌山県にある淡島神社。そこにある人形が人形神を中心に意志を持ったが如く暴れ出しました。
 友ヶ島の島守と呼ばれる古妖が中にいた人達を逃がし、人形を外に出さないようにしていますがそれも長くはもちません。人形達が放たれれば、人形の『遊び』によって町に大きな被害が出るのは必至です。
 中心となっているのは人形神と呼ばれる憑き物です。『神』と名がつくだけあって、相応の呪いを周囲にはなっています。また、人形達も持ち主から捨てられた恨みを持っています。何よりもその数が脅威でしょう。
 戦場は三カ所に分かれます。参加する場所をプレイングの冒頭、もしくはEXプレイングに書いてください。書かれていない場合は、STがランダムに決定します。

【林】
 神社の林です。木々が視界を遮り、それに紛れて人形達が不意打ちを仕掛けてくるでしょう。不意打ちは相応の技能とプレイングで回避することが出来ます。
 潜んでいるのは五十センチほどの人形達です。その数は不明。

 攻撃方法
針 物近単 手にした針で突き刺してきます。
呪 特遠単 捨てられた呪いをぶつけてきます。

【境内】
 神社の境内です。多くの人形が群れを成して襲い掛かってきます。便宜上、『人形の群れ』という一個体です。
 列・貫攻撃はダメージが二倍に。全体攻撃はダメージが三倍になります。

 攻撃方法
遊ぼう遊ぼう 物近列  人形達が圧し掛かってきます。【二連】
抱いて抱いて 物近貫3 人形達が一斉に突撃してきます。(100%、50%、25%)
あなただあれ 特遠全  人形達に見つめられます。【ダメージ0】【Mアタック50】
怨み恨み憾み 特遠列  人形達の怨嗟が精神を締め付けます。【呪い】【反動1】

【祠】
 神社内にある祠。人形神が陣取っています。
 大きさ50センチの少女型人形ですが、それに取り憑いている力は強く注意が必要です。
 作られた時に叶えた願いは『病気を治してほしい』『みんなとあそびたい』です。その願いを今もなお、叶え続けようとしています。
 頼めば願いをかなえてくれますが、『願い叶える』系の物語にある『歪んだ形で叶える』タイプですのでおすすめはしません。大金を求めれば大事な人が死んで生命保険が入る類です。
【林】で人形をどれだけ倒したか。【境内】で人形の群れにどれだけダメージを与えたか。それにより人形神の力が弱まっていきます。

 攻撃方法
痛み止め 物近列 痛い部分を(物理的に)取り除いて痛みを消そうとします。【三連】
昼寝しよ 特遠全 みんなと一緒に寝て休みます。。【ダメージ0】【睡眠】
薬飲む? 特遠単 強力な薬を飲ませます。過ぎた薬は猛毒です。【猛毒】【流血】【麻痺】
鬼ごっこ 物近単 鬼ごっこの様にタッチしてきます。タッチされると鬼になります。【憤怒】【錯乱】
呪・不死  P  『病気を治してほしい』『みんなとあそびたい』の願いを受け、かなり元気です。10ターンの間【物攻無】【特攻無】。【林】【境内】で人形に与えたダメージにより、持続ターンが減少していきます。

●NPC
・島守
 大きさ三メートルの巨大な鹿の古妖です。友ヶ島の守り神的な存在です。
 淡島神社に縁故があり、人形神と人形達を外に出さないように結界を張っています。この結界により、戦闘不能など戦えなくなった者達は自動的に安全な場所に輸送されます。結界を張るのに手いっぱいの為、戦闘には参加できません。

●場所用法
 和歌山県淡島神社。時刻は夕暮れ。明かりはまだ戦闘に支障ありません。
 神社の人達は島守の結界により安全圏に脱出しています。

 皆様のプレイングをお待ちしています。
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
50LP
参加人数
53/∞
公開日
2017年08月28日

■メイン参加者 53人■

『花守人』
三島 柾(CL2001148)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『五行の橋渡し』
四条・理央(CL2000070)
『想い重ねて』
蘇我島 恭司(CL2001015)
『想い重ねて』
蘇我島 燐花(CL2000695)
『使命を持った少年』
御白 小唄(CL2001173)
『赤き炎のラガッツァ』
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)
『ストレートダッシュ』
斎 義弘(CL2001487)
『淡雪の歌姫』
鈴駆・ありす(CL2001269)
『大魔道士(自称)』
天羽・テュール(CL2001432)
『見守り続ける者』
魂行 輪廻(CL2000534)
『『恋路の守護者』』
リーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)
『雷麒麟』
天明 両慈(CL2000603)
『清純派の可能性を秘めしもの』
神々楽 黄泉(CL2001332)
『涼風豊四季』
鈴白 秋人(CL2000565)
『復讐兎は夢を見る』
花村・鈴蘭(CL2001625)
『獅子心王女<ライオンハート>』
獅子神・伊織(CL2001603)
『ボーパルホワイトバニー』
飛騨・直斗(CL2001570)
『悪食娘「グラトニー」』
獅子神・玲(CL2001261)
『愛求独眼鬼/パンツハンター』
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)
『恋結びの少女』
白詰・小百合(CL2001552)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『歪を見る眼』
葦原 赤貴(CL2001019)
『献身なる盾』
岩倉・盾護(CL2000549)
『偽弱者(はすらー)』
橡・槐(CL2000732)

●林――壱
 逢魔が時の林は薄暗く、視界も少しずつ狭まっていく。
 木々が視界を遮り、差し込む光も減ればそれだけで視力による情報は減るだろう。そんな中、隠れている小さな人形を相手どるのなら相応の技術と策が必要になる。
(人形神、ねえ)
 結唯(CL2000305) は『双舞刀・絶影』を握りしめ、林の中で動く人形の動きを捕らえていた。第六感に頼り、迫る人形の動きに合わせて体を動かす。飛びかかってくる瞬間を見計らって抜刀し、人形を切り伏せる。人形はそのまま地に落ち、動かなくなる。
(不意を打つつもりだろうが、所詮は単体――何?)
 土の術式で身を固め、散発的に迫る人形達に攻撃を仕掛けてくる。人形達の動きを捕らえる感覚が――複数の気配を察知する。
(ち。人形が単体のみで攻撃を仕掛けてくると思っていたのが誤りか)
 結唯は心の中で舌打ちし、認識の甘さを呪った。複数人に襲われた時の対処法は現因子の術しかない。不意打ちこそ免れたが、対処に遅れ思わぬ足止めを喰らってしまう。
「むむ。神祝の光では光源としては心許無いですね」
 神具の『神祝の光』が生む光を光源代わりに使おうと憂(CL2001569) は思っていたが、光源に使うには些か光が淡かった。元より大きな期待はしていなかったのでショックは少ないが、他の光源を持ってきていない為、視界の確保は充分とは言えなかった。
(注意するのは木の上、木の陰、背後……皆さんとあまり距離を離さないように……)
 拙い光源で周囲を見回す憂。不意打ちを受ける事前提で神具を握りしめる。後の先ともいえるカウンター。それも相手の居場所が特定できての話だ。実質上は攻撃を受けることで相手の位置を特定し、その後で攻撃しているに過ぎない。それでも――
(パニックを起こさず……怖いけど、取り乱さないように……!)
 恐慌に陥らないように、自らを律しながら戦う憂。人形と自分自身。二つの敵に対応しながら、痛みをこらえて神具を振るう。
「……しかし……人形……ですか……」
 初めての大規模戦闘に緊張しながら小百合(CL2001552)は林の中を進む。守護使役のロビンに周囲を偵察させ、小百合自身も神秘の力で視力を増幅させて周囲を警戒していた。手にした神具を軽く握りしめ、ゆっくりと林の中を進む。
(人形……もし、私の人形を見つけたら……)
 覚者であるという理由で生まれてすぐ世間から隔離された小百合は、他人と接触する機会が少なかった。その分人形遊びをする機会が多く、人形に対する思いは深い。いつの間にかなくなってしまった人形。それにもし出会えたら……。
 そんな小百合の視界に移る市松人形。着物も、髪型も、思い出の中にある『百合ちゃん』と一致する。偶然かもしれない。勘違いかもしれない。脳裏に浮かぶ人形とあそんだ思い出。それを振り払うように、小百合は引き金を引いた。乾いた音と共に動かなくなる人形。
「ごめんなさい……寂しかったんだね…・…私は百合ちゃんの事……本当に大好きだったよ……」
 もはや動かない人形を抱きしめて、小百合は悲しみを吐露した。
「はわわわわ」
 林の中で音もなく近づいてくる人形達。見え隠れする人形の姿に七雅(CL2001141)は恐怖を隠せないでいた。人の形をした者が無表情でこちらを見つめ、気配無く針を突き刺してくるのだ。
 人なら声をあげるなりの気配がある。だが人形にはそれすらない。なまじ人の形をしている分、恐怖も増していた。
「動くのも怖いけど、お人形さんがいーっぱい並んでるとすっごくこわいの!」
 境内エリアに並ぶ人形の群れを思い出し、七雅の恐怖はさらに増す。恐怖を振り払うように水の源素を展開し、仲間を癒していく。七雅に出来るのは癒すこと。みんなの思いたが詰まった人形を元に戻すために、勇気を振り絞り立ち上がる。
 だが――
「リアル怪談体験は早くおわってほしいのぉぉ」
 怖いものは怖い。こればっかりはどうしようもなかった。夢に出ないといいのに。それだけを思いながら、必死に戦い続ける。
「こんなことになってしまったのは、人形としても不本意なんだろうな」
 盾とメイスを構えて義弘(CL2001487)は呟く。愛された人形もいる。捨てられた人形もいる。死別した人形もいる。しっかりお別れを告げられた人形もいる。人形ごとに物語があり、ここに供養されているのだ。それがこんなことになるなんて。
「俺達が、また眠らせてやる。いい夢見させてやるよ」
 炎の源素を振りまき、群がる人形を一気に焼き払う義弘。闇を見通し、鋭い観察眼で人形が隠れていると思われる場所を見出す。隠れている場所に先手を打つように攻撃を仕掛け、一気に殲滅していく。
「おおっと。その方向から来ることは読めてたぜ」
 複数の人形から攻撃を受ける事を予測していた義弘。襲ってくる人形の攻撃を盾で受け止め、メイスで打ち払う。一手一手を確実に。派手さこそないが堅実な歩みで、少しずつ人形達を駆逐していく。
「皆、どれだけの人形がいるか分からない。気を付けて戦うんだ」
 FiVEの仲間に注意を促しながら、義弘は炎を放つ。確実に人形を倒しながら、周囲を気遣う。口調こそ荒々しいが行動に面倒見の良さが現れていた。

●境内――壱
「あはははははははは」
「うふふふふふふふふ」
「おほほほほほほほほ」
 様々な人形の笑い声が重なり合う。感情なく楽し『そう』に笑う声は空虚さを感じさせる。妖でもない。古妖でもない。人形神が叶えた願いの結果。それは人間とは相いれない人の形の戯れ。
 それを止めるのがFiVEの使命。
「任務了解」
 仁(CL2000426) は短く復唱し、戦場に躍り出る。銃を手にして人形の群れに向かって歩を進めた。炎の源素に身を包んで身体能力を底上げし、神具の銃で一気に薙ぎ払う。今の自分が持ちうる最大火力を叩き込んでいた。
 AAA実働部隊にいた頃を思い出し、表情が緩む。派閥争いにより味方同士が充分に信用できなかった時と違い、FiVEは背中を預けるに値する者達ばかりだ。何の憂いもなく、全力で攻めることが出来る。
「自分は人形の群を可能な限り撃破する。他の者は今のうちに展開し、作戦実行に移ってくれ」
 初撃の優位は確保した。あとはこの勢いのままに攻めるだけだ。やりすぎの心配はない。何せ人形の数は圧倒的なのだから。
「この人形たちは……。きっと元の持ち主へのいろいろな思いがあふれすぎてしまったのですね……」
 境内に溢れ出る人形の群れ。それを見ながら太郎丸(CL2000131)は悲しげな表情を浮かべた。それが人形神が増幅させた結果なのか。はたまたもともと人形の内に潜んでいたものなのか。それはもはや誰にもわからないだろう。人形達本人さえも。
 気を引き締めて太郎丸は戦いに挑む。後衛に回り、水の源素を活性化させる。砂に水が染み入るように、仲間の傷口に癒しの術式を染み入らせる。痛みを押さえて熱を冷やし、覚者達の傷を癒していく。
「回復はボクがやります。皆さんは一気に人形たちをせめてください!」
「ええ、十分にせめさせてもらうわ」
 サディスティックな笑みを浮かべてエルフィリア(CL2000613)は鞭を構える。相手が苦痛を浮かべるような生物だったらよかったのだが、それでも攻撃の度に人形が弱っていくのを見て悦に浸る。
「願いの叶え方が歪んだ人形さんだ事。そんな迷惑な神様に振り回される側に同情するわ」
 鞭に木の源素で作った毒をしみこませ、相手を弱らせる。時折鋭い一撃を放ち、人形を痛々しい姿に変えていく。攻撃に一定の効果があることを確認し、エルフィリアの鞭はさらに加速していく。
「さぁ、一緒に楽しみましょ」
 笑うように人形に語りかけるエルフィリア。心の底から彼女は一緒に楽しむつもりで、鞭を振るっていた。痛みから伝わるコミュニケーション。相手のことを思いやり、最善の事を行う。彼女なりの愛がそこにあった。
「供養してもしきれない様々な思い……人形神がそういうものを呼び起こしてしまったんでしょうか……」
 まるで感情を持っているかのように群れを成して暴れる人形達。それを思いながらテュール(CL2001432)は口を開く。普段は自分のことを大魔導士と言ってはばからないテュールだが、この光景を前にしては悲しみを押さえきれないようだ。
「あなたたちの思いを受けとめきれないのは心苦しいですが――」
 天の源素を展開し、テュールはスタッフを振るう。霧は人形達の視界を奪い、稲妻がその足を止める。そして降り注ぐ星の滴が数多の人形を穿っていく。悲鳴なく倒れていく人形達。様々な思いがテュールの胸に飛来するが、止まっている余裕はない。
「――このままにしておくわけにはいきません!」
 声を出し、体に活を入れる。落ち込んでいる余裕はない。倒せどもすぐに人形の群れは新たな人形達がやってきて増え続ける。この想いを行動に移すのは全てが終わってからだ。それまでは心を鬼にして戦おう。
「合わせますから遠慮せずに好きに動いてくださいね?」
「よろしゅう。今日は、守られるだけやのうて、少し成長したとこ、見てもらわんと」
 背中合わせになって互いの死角をカバーしあう八重(CL2000122) と那由多(CL2001442)。互いの顔は見えないが、その声と背中越しに感じる感覚でどのような状況かは想像できる。そして相手を守るために、自分が何をしなければならないかも。
『清風明月』を下段に構え、防御の体制をとる八重。後の先。相手の動きに合わせて神具を振るい、攻撃してきた相手に痛打を与える構え。その構えのまま木の源素を展開し、迫る人形を薙いでいく。
 那由多は書物を開き、水の源素を紐解いていく。自らに水の力を与えて治癒力を高めた後に、荒波を人形にぶつけていく。人形をスキャンしながら状況を察知し、一番効果的と思った相手に攻撃を仕掛けていく。
 互いの死角をカバーしながら、時には位置を変えて攻撃を仕掛けていく。刃と水。目まぐるしく変わっていく二人の輪舞曲。
「小さい頃お人形さん遊びは好きで、よおお世話になったけど」
 そんな最中、物憂げに那由多が口を開く。
「今回は遊んであげれやんの、ごめんやで堪忍してね?」
「そうですね。今は遊んであげることはできません」
 那由多の声に含まれた悲しみの色を感じ取り、八重は静かに口を開く。
「ですがこれが終わればあそぶことはできるでしょう。満足いくまでお付き合いしますよ」
 背中越しに聞こえる友人の声。その声に心温まる那由多。
「ふふ、那由多さんは強くなって。もう守られちゃいそうです」
「うちなんかまだまだやよ。これからも守ってな?」
「ええ。宜しくお願いしますね」
 微笑みあいながら戦う八重と那由多。背中越しだが、互いの表情が容易に想像できた。

●祠――壱
「あそぼ」
 人形神は楽しそうに遊びに誘う。童女のように無垢な声で。
 事実人形神に悪意はない。或いは人形神には悪意しかない。少なくとも、人間側から見ればその心は悪性が高い。願いをかなえる為なら、何をしても構わないという残忍さ。遊んだ結果何が起きるかなど気にしない無邪気さ。
「あそぼあそぼあそぼ」
 止めるにはもはや滅ぼすしかない。それが人形神と呼ばれる存在だ。
「盾護、皆、守る」
 盾護(CL2000549) は金属製の重い盾を手に人形神の前に立っていた。守護使役の『りゅうご』で灯をともし、戦場を明るく照らす。
「人形神、しばらく傷を負わせれない。防御、任せる」
 攻撃を捨て、防御に徹するスタンスをとる盾護。その献身性と防御力の高さはこういった『攻めることが難解な』状況において大きく生きてくる。人形神の攻撃をしっかり受け止め、衝撃を流すように大きく息を吐いた。
「人形、勝手に動く、ホラー。鎮圧、必須」
 盾護の防御力をもってすれば耐えれる状況。だからこそ、目の前の状況を客観視する余裕が生まれる。動き回る人形はそれだけでホラーだ。この人形達が街を闊歩するというだけで、パニックは広がるだろう。それは防がなければならない。
「天が知る地が知る人知れずっ。人形遊びのお時間ですねっ」
 ポーズを決めて浅葱(CL2000915)が人形神の前に躍り出る。わざと目を引くように行動し、相手の攻撃を引き付けるように走り回る。周囲の木々や岩などを利用してアクロバティックに動きながら、人形を挑発するように口を開く。
「ふっ、軽い対価には軽い価値しか見いだせないのが人の常。だから価値に見合った対価だと歪む形なのでしょうねっ」
「ふふふ。価値なんて人によって変わるわ。『元気に走りたい』という事は貴方にとっては普通でも、それが出来ない人には千金に値するのよ。
 さあ、追いかけっこしましょう」
 微笑む人形神。そのまま浅葱を追うように動き回る。気を引けたことは確かに成功だが、その分浅葱は人形神に狙われて深手を負ってしまう。
「あいたぁ……。でもこれで止められるのなら、安いものです」
「いきなりな大規模決戦だね」
 唐突に沸き上がった人形の大群。予兆もなにもなく起きた事件に理央(CL2000070)はため息をついた。まだFiVEに余裕のある状況だったからよかったものの、これが七星剣やイレブンとの抗争中だったら目も当てられない。
「まぁ、相手はこっちの都合なんて知った事じゃないんだろうけど」
「そうね。そもそも貴方達だあれ? 遊んでくれるのは嬉しいけど」
 首をかしげて問いかける人形神。人形神からすれば『よくわからないけどやってきた人間』でしかない。恨みも憎しみもないが、遊んでくれるのなら万々歳だ。そこには邪気はない。しかし遊びで多大な被害を生み出す以上、人間からすれば悪性でしかない。
「そうだね。遊んであげるよ。だから大人しくなるんだ」
 理央は後ろに下がり、仲間の援護に回る。術式を展開して仲間を癒し、人形の『遊び』で受けた傷を癒していく。
「あれー、ときちかパイセン。夏は暑いから、お家から出ないご予定ではー?」
「任務とあれば話は別ですよ。もとよりそのための防衛装置として俺はあります」
 ジャック(CL2001403)は戦場に現れた千陽(CL2000014)に向けて、意地悪く問いかける。対して千陽は平然とした顔で言葉を返した。千陽からすれば私情と仕事は分けて当然であり、ジャックもそうと分かっていて敢えてからかったのだ。
「しかしまあ……人形神か。勝手に作っておいて壊すのは、癪だから生かす」
「任務はあれの打破なのですが」
 心情的に古妖の味方であるジャックは言って背筋を正し、人形神に向き直る。それに注意を促しながら、護衛の為に千陽は歩を進めた。やろうとしていることはなんとなくわかる。
「なあ人形神。お前の作り手はお前にもう呪い殺されているかもしれんね。
 なら、そろそろ最初の願いを解放してやってくれ」
 説得。ジャックは暴力で壊すのではなく、言葉で矛を収めようとしていた。
「ふふ、洋子ちゃんは生きてるよ。わたしといっしょに」
「一緒に……?」
「洋子ちゃんは血液の病気だったんだ。だから悪い血を全部抜いちゃったの。そしたら苦しそうだったので、魂を私と融合させたの」
「『病気を治してほしい』……それがあなたの願いの適え方ですか!」
 激昂する千陽。血を抜かれ、魂を奪われ、人形神と同化する。それは悪魔に魂を奪われたのと同じ意味だ。
「だから私が活きている限り、洋子ちゃんも生きている」
「その子はそんな思いで願いを告げたんじゃない。
 健康になってともだちと遊びたい。それは誰だって享受できる普通のことだ。それを切なる願いにせざるを得ないというのはなんともいたたましい話だ。それをあなたは」
 血液の病気――おそらく白血病か――で満足に遊べない子。それがすがる思いで人形神を作り、願いを託したのだ。闘病の苦しさと、孤独という悲しさ。そこから逃れるための拠り所だったのかもしれない。本当に人形神ができるなんて思っていなかったのかもしれない。
 それがこのような形で叶うなど。
「――切裂。自分は人形神を倒します。任務ですから」
「そうだな。コイツを生かしたらもっと多くの命が食われる。人間を護らない神はいちゃいけない」
「あそんでくれるの? じゃあ楽しみましょう!」
 笑う人形神。嗤う人形神。無邪気にして悪性。願いをかなえる人形の憑き物。
 その願いは強く、覚者の刃はまだそれを貫くには至らない。
 ――今は。

●林――弐
「人形神。……わざわざ富山で取り憑いた人形をここまで供養させに来たの?」
 ありす(CL2001269)は人形神の伝承を思い出しながら戦っていた。人形神は富山県に伝わる伝承だ。人形神を祀る家には富が舞い込み、急にお金持ちになった家は人形神を祀っているのだと称される。そんな民間伝承が、何故ここに?
 考えても仕方ない。今ある現実が事実だ。ありすは首を振って思考を戦闘に戻した。林の中に隠れている人形達。古妖の居場所を把握する感覚でなんとなくの位置を察し、手のひらに炎を携える。見えてはいないが、近づいてくるのはわかる。
(この子たちは人形神に操られているだけの罪もない人形たちのはず。それをこうして手に掛けないといけないのはすごく心苦しいけど)
 心に痛みを覚えながら、ありすは炎を放つ。赤い炎が闇を照らし、迫る人形を焼き払っていく。
「人に危害を加える前にここでアタシ達が供養してあげるわ。
 だからどうか、人間を恨まないで。アナタ達と遊んだ楽しい記憶は本物なのだから!」
「流石に視界が悪いわね」
 大和(CL2000477)は木々と夕暮れの視界の悪さに苦戦しながら、人形たちと戦っていた。淡島神社のことは聞いたことがある。沢山奉納された人形達。それが一斉に牙をむいたのだから、確かに恐ろしい。
「なるほど……これだけの人形が一度に迫ってくると迫力があるわね」
 木々の狭間や闇の中から現れる人形。気が付けば人形が手にする針が大和を傷つけている。傷の痛みによろけながら、静かに大和は呟く。天の術式で広範囲に攻撃を仕掛けながら、なんとか人形達を退けていく
「元の持ち主も手放す際に奉納しているということは無下にはしていないという事よ」
 木に寄りかかりながら、人形たちに語るように大和は口を開く。
「人形はずっと持ち主のそばにいたかったのかもしれない。けれども人間は大人になるわ。
 自立するためにも子供の頃のおもちゃから離れていくものなのよ」
 果たして大和の声は、人形に届いただろうか。
「最近はニンジャなどの隠密者相手が増えていますので、稽古に丁度よいですね」
 日本刀を手にシャーロット(CL2001590)は頷く。夢見から状況は聞いているが、ジャーロットはそれをポジティブに受け止め、訓練のためと思い戦うことにした。肩の力も程よく抜け、戦いに集中できる精神状態を生み出したと言えよう。
 木を背にして耳に意識を集中する。耳に聞こえる林の中の雑音。遠くで戦う仲間の声。術式が展開される音。悲鳴。怒声。そして――
(捕えました。茂みの後ろに移動し、左右に逃げればそこを突かれる形ですね。悪くない動きです。ですが)
 音が近づいてくる。小さな何かが土を蹴り、木の幹を蹴る。その勢いを殺すことなく鉢を構え、シャーロットののど元に向かって跳躍し――切断される。
「小型であることは、急所を的確に狙う稽古になる。幾らでも来なさい。スケープドール」
 刀を握りしめ、シャーロットは静かに吼える。声こそ静かなれど、そこに含まれる戦意は獅子の如き高潔で荒々しいものだった。
「そういえば、お人形さん遊びってしたことないですね。お爺様は、女の子らしい遊びは嫌う方でしたし」
「そういえば、燐ちゃんのお爺さんってそう言う人だったね」
 戦いの最中呟いた燐花(CL2000695)の言葉に恭司(CL2001015)は『お爺さん』を思い出しながら答えた。人形で遊ぶことは情緒を育む意味でいい事なのだ。祖父曰く『飾り気や女性らしさは一切不要』とのことだ。
(女の子にとって、大事な遊びだとは思うんだけどねぇ……)
 心の中で溜息をつく恭司。燐花はどこか中性的で、日常的な部分に希薄さを感じる。そういった遊びを行わなかった結果なのかもしれないと思うと、少し物悲しくはあった。とはいえ『そうならなかった』のが燐花なのだから、そこを否定するつもりはない。
「肝試し、ってこんな感じなのでしょうか……」
「あぁ。言われてみれば、確かに肝試しみたいだねぇ。突然飛び出して驚かせてくるところとか、ね」
 林の中、二人で警戒しながら進む。林と夕暮れの闇が人形の姿を隠す。不意に現れて切り裂いていく人形達は、確かにホラーだ。もっとも肝試しにしては、肉体的な損傷が多すぎるのだが。
「っと、燐ちゃん気を付けて。この辺りは結構居るみたいだよ」
「出てくるものが分かっていれば、さほど怖くはありませんね」
 恭司が聴覚と第六感を駆使して人形の潜む場所を察知する。燐花はその言葉を信じて神具を抜き、恭司の前に立った。燐花は人形を視認できていないが、恭司がいるというのなら信じる。それだけの信頼はあった。
「人形が出てきたら右の木を盾にします。複数を一気に相手しないように」
「了解。援護は任せてもらうよ」
 短い会話の後に、燐花と恭司は人形との交戦を開始する。燐花が斬りかかり、恭司が稲妻を放つ。申し合わせたかのように、二人は人形を打ち倒していく。
「小さい身体を上手く使った複数体の待ち伏せデスカ。しかもこちらは急いで倒したいカラ、慎重に探してる場合ではナイ。敵ながら理に適った良い作戦デース!」
 リーネ(CL2000862)は神秘の力で夕闇を見通しながら、人形達の策に称賛を送る。事実厄介な作戦で、小柄な人形ならではの作戦と言えよう。しかしリーネにはそれを打ち破る秘策があった。
「突入して殲滅という流れに慣れ・特化していると、今回のようなゲリラ戦を仕掛ける相手には手間取るな」
 ため息とともに肩をすくめる赤貴(CL2001019)。FiVEの任務は基本的に夢見により情報の優位性が取れている状態での作戦だ。覚者がやることは戦術レベルでどうするかを決め、最大戦力を効率よく運用することになる。情報が不十分なゲリラ戦との相性は悪い。
「ナラバ! こちらの作戦はその作戦をさらに利用した素晴らしい作戦!
 その名も……フォーメーション・メイン盾!」
 両手に巨大な盾を構え、土の源素で防御力を固めるリーネ。防御力を固めたリーネがわざと罠や不意打ちを受け止め、そこを赤貴が迎撃する。罠や不意打ち時自体が防御力で解決できると踏んでの作戦だ。
(人形が落とし穴やスネアトラップのような、こちらの動きを封じる罠は仕掛けてこないことを想定しての作戦だ。人形達はオレたちと『遊びたい』わけだから、活きがいい方が遊べるだろうしな)
 元気に手をあげるリーネの後ろで赤貴は言葉なく思考に走る。罠そのものが行動封鎖などの作戦実行に致命的なものだった場合、この作戦は即座に破棄していた。だがその可能性は低いと判断し作戦実行に踏み入った。
「キタデース!」
「まかせろ」
 リーネの言葉に弾かれるように赤貴は神具を振るう。距離がある時は術式を放ち、近寄られれば刃を振るう。リーネの防御力も堅牢で、人形の針を受け止めて、赤貴が攻撃しやすい位置に流していく。
 盾と矛。相反する二つの覚者が息を合わせて、人形達を迎撃していた。

●境内――弐
「…………どうしてこうなった」
 絶望的な表情で直斗(CL2001570)は天を仰いだ。
 突然の大規模戦闘。相手は人形神が率いる人形の群れ。容赦なく首を狩れると意気揚々と戦場に飛び込んでみれば――
「アハハハ! 嗚呼、愉快だわ! これだけ大量に復讐相手が居るのですもの! より取り見取りすぎて、私逝っちゃいそう!」
 バニーガールに白衣というニッチな姿の鈴蘭(CL2001625)が高笑いし、妖艶な笑みを浮かべていた。目の前に広がる人形の群れ。それを見て愉悦に唇を歪ませていた。
「捨てられた人形ですか……。人形達の気持ちも理解出来ますけど、それでも無辜の民を傷つけるというのでしたら私達は戦いますわ!」
 エレキギター型の神具を手に伊織(CL2001603)は戦いの決意を固める。その姿はアイドルだが、その意気ごみはロックであった。
「僕も親友の人形を大事にしてるけど……彼女も僕に恨みを抱いてたりするんだろうか……?」
 直斗が作ってくれた人形を手に玲(CL2001261)は物憂げに悩む。淡島神社に奉納された人形には、玲の持つ人形のような経緯を持つ人形もいる。もしかしたら――その想いは捨てきれない。
 まあそれはそれとして。
「あら、直斗君。何かしらその微妙な表情は? 折角久し振りに共闘ですもの、楽しみましょう」
「おい、抱き着くんじゃねェ! 鈴蘭!?」
「何をイチャついてるのかしら、直斗君! ……全く……このような決戦の場で何をしているのかしら?」
「仲良さ気だね……彼女?」
「ご、誤解だよ! 玲さん!?」
【チーム大罪】は男一女三のパーティにおける人間関係の問題が発生していた。豊満な肉体で直人を誘惑する鈴蘭。直人のだらしなさを問い詰める伊織。不機嫌な声で関係を問い詰める玲。そして直人は再度口にするのであった。
「どうしてこうなった」
 過去は変わらない。未来は解らない。ならば今できることは今可能な事を一生懸命に行う事だけだ。そう、輝かしい未来のために出来ること。それは――
「青春コントやってる場合じゃねェ! さあ、首狩りの時間だぜ!」
「逃げたわね」
「逃げましたわね」
「逃げた……ね」
 日本刀を手に人形の群れに向かう直斗。その背中に投げかけられるのは、三者三様の女子の台詞だった。まあFiVEの覚者的にそれが正解なのですが。
「……ま、いいわ。私の大事な仲間を傷つける愚か者には復讐しなければいけないわね」
「ええ。例えこの身が朽ちようとも……未来のファンを守るのもアイドルとしての務めですもの!」
「今は決戦に集中しよう。行くよ、直君、アキ姉ェ、鈴蘭さん」
 そして【チーム大罪】は戦場に躍り出る。直斗が先陣に躍り出て刀を振るい、伊織と玲が中衛でサポート。後衛で鈴蘭が傷を癒し、閃光弾を放って仲間をサポートする。息の合ったコンビネーションで人形の群れにダメージを積み重ねていく。
「すごい人形の群れ……。気合を入れていかなきゃね」
 境内一面を埋め尽くす人形の群れ。それを前に椿(CL2000061) は息をのむ。淡島信仰の総本山である淡島神社。椿もその歴史は知っていた。そこで人形神と奉納されている人形が暴れているとなれば、近くに住む人たちの不安をあおりかねない。早急に解決しなくては。
「人形には悪いけど、この状況で攻撃の手を休めるわけにはいかないわ」
 水の源素を大量に集め、龍の姿を形どらせる。龍は空中で咆哮をあげるように口を開き、うねりながら人形の群れに突っ込んでいく。圧倒的な質量と速度。濁流の如く人形に襲い掛かった水竜が、人形達の勢いを削ぐ。
「群れはまだ途切れそうにないわね……。それでも!」
 敵をスキャンし、椿は暗澹とした気分になる。淡島神社に奉納された人形ん数は多い。人形の群れの継戦能力は、その人形が尽きるまでだ。体力だけなら相応の強さを持つ妖と同等のようだ。だが、手を休めるわけにはいかない。
「回復が欲しい人がいたら言ってね。すぐに癒すから」
「保健委員もいるから、遠慮しちゃダメだよ!」
 保健委員腕章をはためかせ、渚(CL2001360) が大声をあげて皆に活を入れる。みな戦闘のプロだから油断はしないだろうが、それでもこういった『声をあげる』ことは緊張を自足させる効果がある。渚はそれを理解していた。
(お化けとかそういうの、そこまで苦手な方じゃないんだけど……これはさすがに気味悪いって思っちゃうかな)
 人形の群れ。無機質な顔。無機質な表情。それがまるで人間のように動き、群れを成しているのだ。人間だからこそ自分達に似たものに特定の思い入れがあり、そこに気味の悪さを感じてしまう。渚も神秘事件などである程度なれてはいるが、これは怖いと思ってしまう。
「ま、誰が相手でも私がやることは変わらないよ」
 例え戦う場所がどこであれ、渚のやることは変わらない。苦しんでいる人を助け、傷を癒すのだ。それは渚の覚者としての在り方。自分自身がそうされたように、傷つき苦しむ人に手を差し伸べる。
 人形の群れの数は、覚者達の働きにより少しずつ削られていた。

●祠――弐
「私達は人形神本体。後輩君達が林と境内で頑張ってくれてるのを無駄にしない為にも気合入れて行くわよー。オー!」
「「オー」」」
 輪廻(CL2000534)が腕をあげて声をあげる。それに合わせるように黄泉(CL2001332)と鈴鹿(CL2001285)も手を挙げた。
「鈴鹿ちゃんに黄泉ちゃん、とにかく最初は相手の力が失われるまで辛いだろうけどじっと守って耐えるのよん」
 輪廻は鈴鹿と黄泉に優しく語り掛ける。人形神にかけられた願い。それにより今は打撃や神秘の力は通じない。林や祠で戦っている人達が人形を打破し、その力を削いでくれるまで耐えるしかないのだ。
「私……古妖さんとは仲良くしたいと思ってるの……何より相手は神……相応の態度を心掛けるべきだけど……これはもうダメなの……」
 古妖に育てられた鈴鹿は青ざめた顔で人形神を見る。病魔を癒す願いをかけられた人形神は、その者の魂を抜き取り同化することで願いをかなえている。説得などできるはずがない。あれは人間の常識に外にいる存在。人と交われば厄を生む者。
「ん、今は守る。防御って、得意じゃない、けど、頑張ってみる。強くなる為には、守りも、大事?」
 自分の身長ほどの巨大な斧を構え、黄泉は頷いた。見敵必殺。敵は圧壊すべしというのが黄泉の戦法だ。故に防御という概念は苦手である。だがそういう戦いもあるのだとこの戦いで知った。彼女がこの戦いを経てどうなるのか。それは別の物語。
「ま、私は得意じゃないけど強くなりたいならしっかり覚えてなさい……ね?
「わ。頭撫で……えへへー」
「解った。強くなれる、なら、覚えて、おく。……だから、撫でないで」
 輪廻に頭を撫でられて顔を赤くして喜ぶ鈴鹿。手を払って拒否する黄泉。
「あはは。仲睦まじいのね。私も一緒にあそんでいい?」
「あらん。それは駄目よん。だってあなたと遊ぶとこの子達、すぐばてちゃうもん。ペースを考えない自分勝手な遊びはお互いの為にもならないわん」
 笑って話しかける人形神。輪廻は二人の前に立つように位置取り、いつもと変わらぬ口調で言葉を返す。
「あら? なら貴方は付き合ってくれるの?」
「ええ、いいわよん。――さあ、二人とも。しっかり見ておきなさい」
 輪廻は人形神に向かい、神具を向ける。防戦ではあるが、その動きは戦いの基礎を押さえた物だった。
(……? なんだろう。輪廻がどこか遠くに行っちゃうような……)
 黄泉はその背中を見て、そんな錯覚を覚える。だけどどこか享楽的な輪廻の性格を思い出し、その錯覚を打ち払った。
「荒御霊……これも神の一面なのね……」
 仲間を回復しながら鈴鹿は人形神の事を思う。神道において神は二つの側面を持つ。それが和御霊と荒御霊だ。前者は神の温和な霊力を指し、後者は勇猛な霊力を指す。荒御霊が強まれば祟りを及ぼす存在となるのだ。もはや人と相容れない悪神。
「うふふ。楽しいわ楽しいわ。もっとあそびましょう!」
「そうだな。遊んでもらおうか」
 言って拳を握り構えを取る柾(CL2001148)。別の場所で頑張っている妹のことを思いながら、人形神に向けて戦意を向ける。今攻撃を仕掛けても傷一つ与えられないのだが、だからと言って放置していい存在ではない。ここで足止めをしなくては。
 両手に装着したショットガントレットを交互に人形神に叩きつける柾。フットワークを生かして左右から角度を変えて拳を叩き込む、拳の先から伝わる確かな感覚。硬い装甲を付けているのではない。何かに阻まれている様子もない。だが――
「――やはり通じないか。殴った先から回復しているとかそういう呪いか」
「そうだよ。どんな病気になってもどんな痛みが襲ってきても、すぐに元気になるんだ」
 柾の推測に、あっさり答える人形神。出鱈目な回復能力。どんな傷でも瞬時に『元気』になるのだろう。やはり呪いを解かない限りは傷一つ与えることはできないようだ。
「それでも、燃やすことはできるはずです!」
 言ってラーラ(CL2001080)は炎の弾丸を飛ばす。前世の魔女と繋がってその知恵と力の一部を体内に降ろし、ラーラ自身が鍛え上げた源素の力を指先に集わせる。産まれた弾丸は赤き光を放ちながら飛び、人形神を炎に包む。
「あつーい。もう、何するのよ」
「効いた……。やはり病魔や痛み以外の事にはその呪いは通じないみたいですね」
 人形神が叶えた願いは『病気を治してほしい』『元気にあそびたい』だ。燃え盛る炎は病気ではない。人形神の不死も万能ではないのだ。だが――
「もう、びっくりしたじゃないの。今度はこっちの番だよ!」
 その火傷は人形神からすれば大したダメージにはなってないようだ。すぐに炎を払い、『遊び』を再開する。
「うう……日頃からこういうのは苦手だと言ってるのに……」
 ホラーめいた人形神の笑い。それに涙しながらラーラは相手をスキャンする。ものすごく怖いし嫌だけど、やらないというわけにはいかなかった。人形神の呪いが後どれだけ続くか。それを調べ、仲間に伝えなくては。
「後数十秒で呪いが解除されます。林や境内での皆さんの活躍が効いているようです!」
 ラーラのスキャン結果に覚者達は戦意を盛り返す。もう少し耐えれば光明が見える。
「あはははは。もっと遊ぼ。もっともっと遊ぼ」
 その事を知ってか知らずか、人形神は楽しそうに笑うのであった。

●林――参
「まったく、自分達同士で遊んでいればいいのに」
 槐(CL2000732)は林の中で不満そうに口を開く。わざわざ人間とあそばなくとも、人形同士で遊んでいれば万々歳。人形は満足し、自分も涼しい部屋の中でだらだら過ごせる。双方よしの状態だというのに。
(……ああ、こいつらは他の人形たちを『所詮人形だから、人の代りににはならない』と思っているということですか)
 人形達の願いは『人とあそびたい』だ。愛されたにせよ捨てられたにせよ、人間であることに執着する。他の人形は仲間意識こそあるだろうが、人の代わりにはなりえない。恨み節とはそんなものか、と槐は肩をすくめた。
「ま、私は戦わないのでみんな頑張るですよ」
 土の源素を纏って前に進み、人形の位置を補足する槐。槐は仲間を支援するために動いていた。天の術式で人形達を混乱させて同士討ちさせたり、体力や気力切れの覚者を癒したり。自ら攻撃することはないが、サポートすることで戦況を有利にコントロールしていた。
「ありがとうございます。それでは――」
 里桜(CL2001274)は槐に一礼し、人形達を攻撃していく。守護使役に高い所から視界を確保させ、里桜自身も視力を強化させて林の中を見る。不自然な枝のゆがみや地面の足跡からなんとなく人形の居場所を察していた。
(神社の人形たちは誰かの想いがあったから、ここに納められたはずです)
 隠れている人形達に土の槍で攻めながら、里桜は静かに思う。愛された人形がいた。愛した人形がいた。友達と呼ばれた人形がいた。姉と、妹と、母と呼ばれた人形がいた。人形一つ一つに物語がある。その想いと共に、人形達はここに収められたのだ。
「病気の子の想いも……それが災いとなるのは、止めたいですね……」
 人形神が叶えた願いは病魔克服と友人祈願。健常なら普通に持ちえるだろうことを願いにしなければならないほど、その子は寂しかったのだ。その願いは禍の種にしてはいけない。ここで押し留め、浄化するのだ。
「そうだね。その為にもとにかく人形の数を減らさないと」
 里桜の言葉に頷く秋人(CL2000565)。人形神の力を削ぐには、人形神のもとで動く人形を多く倒す必要がある。ここで人形を打ち倒し、可能な限り早く人形神を打ち滅ぼす。そうすることで悲しい人形劇を終わらせることが出来るのだ。
「人形達の目的は、必要無くなった悲しみもあると思うけど、また遊びたいという気持ちも強いと思うから」
『豊四季式敷式弓』の弦に指をかける。魔を払う強い意志がエネルギー体となって放たれるこの破魔弓は、矢を必要としない。人形を思う心が神具に集い、一本の矢となって現れる。足を開き、呼吸を整えた。
「だから、人形達も楽しんで戦える様に俺は動くね」
 背筋を伸ばし、重心を落としてお腹に力を入れる。親指で弦を引きながら、弦と弓の間に顔を持っていく。その構えのまま、両方の手を同じ高さにもっていく。腰を土台とし、弦を胸部につけて弦を引いていく。
 射法八節。弓術の基礎。戦場においてもその型を崩さず、秋人は魔を祓う矢を解き放った。
「今回みてーな時は、俺も打って出た方が良さそうだな」
 二本の太刀を手に飛馬(CL2001466)が林を進む。飛馬が会得している巖心流は防御の剣術。後の先を基礎とするいわば『相手に攻撃させて、反撃する』タイプの剣術だ。だが防御に徹すれば状況は悪化する。相手に有利な位置を取られるまえに攻める。これが暗殺者相手の戦い方だ。
「龍丸、頼んだぜ」
 守護使役の『龍丸』に頼み、炎を作ってもらう。赤々と燃える炎は夕闇を照らし、視界の悪さをカバーしてくれる。第六感で人形の不意打ちを察知し、それに合わせるように太刀を振るう飛馬。迫る人形を次々と打ち払っていく。
「人間に恨みを持ってるっつーことは可哀想なやつらなんだろうけど、今回の事件を止めるにはこれしか方法なさそうだし 」
 人形に込められた思いはプラスだけではない。中には八つ当たりされたり、厄を押し付けられたりといった『人の身代わり』を受けた人形もいる。確かに同情すべきことかもしれないが、剣を止めるつもりはない。不幸な思いは、ここで止めるのだ。
「うわ! 人形いっぱいきもっ! 遥君、どっちがいっぱい倒せるか勝負よ!」
 数多(CL2000149)は無表情な人形に驚きつつも、ポジティブな精神で近くにいる遥(CL2000227)に勝負を持ちかけた。勝負好きな遥は挑まれて喜ぶように笑みを浮かべる。
「おっ、センパイったらオレに勝負を挑もうってか! いいぜ、受けて立つ! 負けたらラーメン全部乗せだろうがジャンボパフェだろうがおごってやるさ!」
「言ったわね! じゃあ勝負よ! お人形さん、遊んであげるわ。先に音をあげないでね!」
 言って互いに背中合わせになり、死角をカバーしながら人形に挑む。数多は日本刀。遥は鍛えられた拳。リーチの差は数多に軍配が上がるが、速度と小回りでは遥が優勢だ。
「オレが勝ったら……そうだな、カップル用クリームソーダを一緒に飲んでもらおうか! ひとつの容器に二本のストロー!」
「かっぷる用ですって!? なにをいうかこのおとこは!」
「怖気づいたかセンパイ! この勝負貰った!」
「ふん! 負けなきゃいいのよ!」
 等と会話をかわしながら戦いを続ける二人。人形に不意打ちを受けたり囲まれたりすることを前提で、まだ踏み込んでいない場所に移動する。群がる人形達を迎撃し、一気に戦端を開いていく。
「遥君、チェンジ!」
 数多のその一言で背中合わせの数多と遥は互いの位置を入れ替える。百八十度回転し、互いの相手を後退した。数多の刀が集まった人形達を裂き、遥の拳が高速で迫る人形を穿つ。互いにとって相性のいい相手を判断し、短い言葉で位置を通じ合わせる。
「いまの一回貸しねっ!」
「何言ってるんだよセンパイ。こっちも倒したんだから貸し借りなしだぜ!
 まあセンパイの背中を預かる以上、絶対その背中に傷は付けさせねえけどな!」
「……なにをいうか、このおとこは……」
 遥の言葉に若干口ごもり答える数多。背中越しに感じる互いの存在。背後からくる相手は任せていいという安心感がそこにあった。
「どうしたセンパイ? 調子悪いのか?」
「今こっち見んな! とにかく倒した人形の数は私の方が勝ってるんだから。このまま逃げ切ってやるわ!」
「なんの! 勝負は最後まで分からないぜ!」
 争っているのか仲がいいのか。二人の戦士は戦い終わるまで互いを守り続けていた。

●境内――参
「慣れているとは言え大量の人形は気味が悪いね……」
 奏空(CL2000955)は大量の人形を前に身震いする。人形は人の代わりに厄を流したりして、身代わりにさせていた存在。それが集まればいつかこうなるのは明白だったのかもしれない。きっかけこそ人形神だが、その内にはかなりの想いが詰まっていたのだろう。
「俺で良ければ遊び相手になってあげる。そして背負ったその想いを浄化させてあげる」
 二本の忍者刀を手にして奏空が身を引き締める。人形がこのまま街に出て被害を及ばないようにするには、ここで止めるしかない。源素を活性化させながら、人形達の想いをあるべき場所に返すためにと歩を進めた。
 八葉蓮華の盾を展開し、奏空は疾駆する。泥の中、仏が座する蓮の華。迷いという泥の中でも花を咲かせる一輪。その逸話の如く、奏空の動きに迷いはない。護るべきものを護るために、無駄のない動きで刃を振るう。
 右と思えば左。かと思えばさらに左。止まることのない奏空の動き。縦横無尽に走り回り、人形の群れを翻弄しながら攻撃を仕掛けていく。二対の刃を時に同時に、時に交互に振るう。刃の軌跡を認識した時には、すでに相手は斬られていた。
「私も負けてられません!」
 奏空の動きを見て、たまき(CL2000994)は拳を握る。人形神にかけられた願いは『病気を治したい』『皆とあそびたい』という無邪気な事だ。それが歪んでしまいこうなってしまったが、その願いを受けて暴れる人形も、遊んでほしいという気持ちがあったのだろう。
(遊んでほしいという気持ちは解ります。でも、それで人に被害が加わるのであれば……)
 決意と共に符をばらまくたまき。花吹雪のように宙を舞った符はたまきの術式に従い、空中で花びらのように展開し、覚者達の盾となる。一定の間隔で並ぶ花の盾は美しくもあり、規則的に展開するがゆえに防御力も高い。何も知らずに攻撃をした人形達は攻めあぐねていた。
「『桜華鏡符』――皆を傷つけさせません。私の全力をもって、仲間を護ります!」
 多数の人形を前に、たまきは引くころなく真っ直ぐに宣言する。怖れがないわけではない。だがそれ以上に誰かを守りたいという気持ちが強かった。
「祠で頑張るみんなのためにも! ここは全力で行きますよ!」
 小唄(CL2001173)が神具を構えて気合を入れる。境内を埋め尽くすほどの人形の群れは確かに脅威だが、それで拳が止まるほどでもない。気合と共に地を蹴って、一気に敵陣に向かい駆けていく。
「とにかく一発でも多く当てていかなきゃね!」
 ショットガントレットを両腕にはめて、人形の群れの中で拳を振るう小唄。見回す限り敵だらけ。ならば逆に避けられる心配はない。常に両足を動かし立ち位置を変えながら、休みなく拳を振るう。時に祓い、時に突き、時に速度を重視し、時に威力を重視し。
「遊びの相手じゃないけど、全力で相手させてもらうね!」
 遊びで襲い掛かってくる人形達。それに対して全力で応える小唄。人形達がどのような思いで『遊ぼうと』しているかは小唄には分からない。だけど寂しかったのだろうと拳をかわして察していた。倒される人形は恨み言を吐かない。本当に遊んだ後のように、笑いながら物言わぬ人形に戻っていくのだ。
(……まさか、ね)
 その推測が正しいかはわからない。だけど今は一体でも多く人形を倒し、祠に居る人形神の力を削がなくては。
「そういえば、雛人形とかここ数年出してないかも。祖父母のところで管理されてるのですけど……」
「出してない雛人形か…それは危険だな。今回の事もある。この事件が片付いたら、時期は過ぎているがたまには飾ってみてはどうだ?」
 人形の群れを前に悠乃(CL2000231)が思い出すように告げる。それを聞いていた両慈(CL2000603)はため息を吐くように肩をすくめた。飾られなかった雛人形が妖化したという話もある。
「お人形遊びって友達付き合いくらいでしか経験なくて。一人で人形と向き合うというのは木人相手の打撃練習ぐらいで」
「相変わらずのバトルマニアの様だな、悠乃」
 言いながら両慈は戦場を見回す。広い境内に群がる人形達。あまりの数に恐れるのが普通だが、両慈はひるむことなく唇を笑みの形に変える。
「大軍相手でこの地形、俺に向いている戦場だ。長引けば長引く程祠のメンバーの負担が大きくなる。速攻で行くぞ。
 まずは俺が薙ぎ払う。仕留め損なったのは任せたぞ、悠乃!」
「はい。楽しませてもらいますよ」
 両慈の言葉に頷く悠乃。銀の髪をなびかせ、稲妻を手のひらに集わせる両慈。『双牙スコヴヌング』を腕にはめ、戦場に躍り出る悠乃。先行する悠乃に人形達が襲い掛かるが、それよりも早く両慈の稲妻が龍の顎と化す。
「瑞獣、咆哮せよ。刹那の瞬きにて平穏を与え給え……。『一式・迅』!」
 稲妻により形どられた神獣の口が大きく開き、雷の如き咆哮が戦場にとどろく。音と当時に降り注ぐ光の帯。それが人形達に降り注ぎ、天災の如くその身体を穿っていく。
「ではいきますよ」
 笑みを浮かべながら悠乃が光降り注ぐ戦場を走る。龍の炎を体内に燃やしながら、腕を横なぎに払う。龍の爪を追うように炎が迸り、人形達を焼き払っていく。
「全力出し過ぎて途中で倒れないでくださいね。気力が尽きそうになる前に行ってくださいよ」
「仔細ない。伊達に雷麒麟と言う大層な名で呼ばれていないのでな」
 両慈は全力で稲妻を放ち、人形の群れを攻撃していく。そうすることで人形の群れに打撃を加え、祠に居る人形神の力を削ぐためだ。その為なら多少無理をしてでも広範囲に攻撃を行い、その数を減らすのが最善の策。
 未だ境内を埋め尽くす人形の群れ。しかしその数は覚者達の攻撃により大きく献じていた。
 そしてそれは人形神の力の減少に直結する――

●祠――参
「呪いが解除されたようだな」
 ゲイル(CL2000415)は人形が傷つくようになったのを確認する。今まで守勢に回っていた覚者達が一斉に攻勢に動き始めた。呪いが発動していた時は回復に専念していたゲイルも、余裕が生まれれば水の弾丸を放つことを考えていた。
「あ、解けちゃった。あははは、みんなすごーい! ねえねえ、もっと遊ぼうよ!」
 予想よりも早く呪いが解けて不死性が失われた人形神だが、それを気にした様子はない。それよりも人間とあそぶことを優先していた。
「……どんなに歪んだ形であっても、人形神はただ願いを叶えようとしているのか。
 少々やりきれないところだな」
 笑う人形神を見て、ゲイルはそんなことを口にする。人形神は人間を下僕にしたいのではない。人間を殺したいのではない。ただ、人間とあそびたいだけなのだ。元の願いに従って、その能力の限り。
「だが、だからと言って願いを叶えさせるわけにはいかんし怨み恨みを抱き続けたままというのはな。せめてここで成仏させてやるとしよう」
「うふふ。逃げずに遊んでくれるのね。楽しいな、楽しいな」
「ううう……分かってはいたけど怖いなぁ……」
 笑う人形を見ながら羽琉(CL2001381)は足を震わせた。闇夜から襲ってくる人形やたくさんの人形の群れよりも、一体だけなら怖くはない。そう思って祠に来たのだが……。狂ったように――ように、は不要か――『遊ぶ』人形は、身の毛を震わせる。
「動くお人形さん……怪談話なら、定番……だよね……。怖いけど……お姉さんなんだから、しっかりしなきゃ……!」
 人形神の攻撃を防ぎながら、ミュエル(CL2000172)は神具を構える。震える羽琉を鼓舞しながら人形神の方に目を向けた。まだ弱いころは心霊系の妖に怯えていたミュエルだが、人形神を前に堂々としていた。
「強くても一体だけなら……そう思った時期が、僕にもありました」
「だ、大丈夫だから……。ほら、皆を癒して回ろう……!」
 羽琉とミュエルも仲間を護るように動いていた。人形神から受けた傷を回復し、与えてくる変調を癒す。人形の『遊び』はダメージが重いわけではないが、とにかくこちらの動きを乱し、調子を奪っていく。
「あはははは。鬼ごっこしよう! 貴方が鬼ね!」
「大丈夫? 薬飲む? お医者さんごっこ?」
 無邪気に騒ぐ人形神。その度に羽琉は術式を飛ばし、ミュエルは自然治癒力の高さを生かして盾になっていた。
(うう、精神的にキツい……。でも……)
 心が折れそうになる羽琉。だが自分の隣で奮闘するミュエルを見て、喝を入れた。
『大丈夫、一緒なら怖くないからね』
 その視線を受けて微笑むミュエル。言葉なく羽琉を励ましていた。
(そうだ。一緒に戦うって。並んで立てるようになるって、自分で、決めたんだから……!)
 羽琉は人形神を見る。怖くはあったが、目を逸らさないようにと自らを律した。
「ええ。ここで終わらせます」
 凛とした声を響かせて、冬佳(CL2000762)は抜刀する。刃の鋭さに負けぬほどの鋭い瞳を人形神に向け、戦いに集中していく。如何なる思いが在れど、人形神は邪法により生み出された存在。それを許すわけにはいかない。
「一二三四五六七八九十(ひと、ふた、み、よ、いつ、む、なな、や、ここの、たり)」
 唱えられる鎮魂の祝詞。『ひふみ祓詞』『ひふみ神言』とも言われる言霊。それは十種神宝と共に振るうことで死者蘇生すらかなう呪力が得られるという。略式とはいえ、そこには確かに力が宿っていた。
「――布留部、由良由良止、布留部(ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ)」
 神刀を扱うように、冬佳は自らの刀を振り上げる。祈るように静謐に。願うように真摯に。振り下ろされる刀の軌跡は三。そして静かに納刀する。刹那の沈黙ののちに、人形神の腕が千切れ飛んだ。
「私共の役目は、ただ鎮め祓う事のみ。願わくば、安らかな眠りあれ」
 人形神との共存はありえない。ならばせめて、眠るような終わりを。
「怖いのは苦手だなあ……わっ、人形ちゃんと目が合っちゃった!」
「あぁ、そういや怪奇現象とか苦手なんだったか?」
 おどおどする零(CL2000669)は刀嗣(CL2000002)の後ろに隠れながら戦っていた。お化けが怖いと震える零を見ながら、面倒そうにため息を吐く刀嗣。自分達自身も化物みたいなモンなのになぁ、と口には出さずに頭を掻いた。
「いいから離れろ。っていうか行くぞ」
「やだー。人形の顔見るの怖いー!」
 呪いが解除されて刃が通じるようになった人形神。今まで耐え忍んできたこともあり、刀嗣は血気に攻めはじめる。零も怖がりながら人形を攻め始めた。
「顔見るのが怖いなら、お目目とっちゃおうか?」
「だめだめっ。痛いのとかは人間は好きじゃないから。
 そこらへん許容してくれるともっとたくさん遊んでもらえると思うというかっ」
 人形神の言葉に零は視線を合わさずに答える。そのまま刀嗣にすがるように言葉を振る。
「ね?! 諏訪くん! 諏訪くん幼女の扱い得意だよね!」
「あぁ!? ガキは苦手だし、そもそもコイツァ人形でガキじゃねえだろ!」
「そうよ失礼ね。レディに向かって幼女はないわ。そんなこと言うお口は縫い止めしないと」
「うわああああん。色々御免なさい!」
 縫い針と糸を手にして言う人形神に、泣きながら謝る零。冗談抜きで口を縫い止めされかねない。
「ったく、人形遊びに付き合ってられねぇぜ」
 刀嗣は刀を振るいながら、不満げに告げる。人形神自体の身体能力は低く、呪いによる不死性が失われれば相手取るのは容易い。強者を求める刀嗣にしてみれば不満しかない相手だった。
「あははは! あそぼあそぼあそぼ!」
 そして切り刻まれるたびに喜ぶ人形神。足が千切れ、胴が両断される。それでもなお、笑い声は止まらなかった。人形神からすれば『遊んでもらって』いるのだ。自身の状態などどうでもいい。
 ――たとえそれが、自らの滅びに向かっているのだとしても。
「これが『強くなりたい』的な願いだったら何か変わったのかもしれねぇが……な!」
 一閃。
 それが人形神の首を飛ばす。刀嗣は地面に転がった人形に近づき、見下ろしながら口を開く。
「そういや手前、願い事を叶えられるんだったな?」
「うん。お願い、する?」
「ああ、『成仏しろよ』」
「分かった、成仏するね。遊んでくれてありがとう。あははははははは――」
 願いを告げると同時に人形が炎に包まれる。夕闇を照らす炎は、人形神を完全に灰にするまで燃え盛っていた。
 人形神の楽しそうな笑い声は、炎が消えるまで淡島神社に響いていた。

●終幕
 突如発生した淡島神社の闘いは、実に一時間弱という短時間で決着がついた。
 人形神を倒した後、他の人形達も糸が切れたように動かなくなる。それを回収して元の場所に安置するのは骨だが、もはや危険性はない。神社の人も戻ってきて手伝ってくれるそうだ。
 一部の覚者は人形達の鎮魂の為に行動し、一部の覚者は傷ついた体を休めるべく治療を受ける。短時間の大規模作戦とはいえ、さよ(CL2000870)や時宗(CL2000084)のように大怪我を負った者も少なくない。
「世話になったな。機会があれば島に訪れて遊んでくれ」
 結界を張り続けてくれた島守は労いの言葉を告げて去っていく。

 夏の終わりに発生した人形神の惨事。
 しかしそれは淡島神社内で収まり、大きな事件になることはなかった。
 今日も変わらない一日。人間と人形の平和な関係。
 それこそが、FiVEが得た最大の報酬だった――

●蛇足
 さて、蛇足だ。あるいは戯言と言ってもいい。
『成仏』という言葉は単に死ぬことを指すこともあるが、本来は仏教用語で『仏に成る』ことである。そしてその状態を仏陀――または『覚者』と呼ぶ。
 あの歪んだ人形神が『成仏』してどうなったか。それを知る術はない。この世の未練を失い消え去ったか。はたまた『覚者』となったか。
 もしかしたら、無邪気に笑うあの覚者は――


■シナリオ結果■

成功

■詳細■

死亡
なし
称号付与
『魔を斬る刃』
取得者:諏訪 刀嗣(CL2000002)
特殊成果
なし



■あとがき■

 どくどくです。
 突然の決戦をお届けしました。

 淡島神社は実在する神社で、人形も沢山奉納されています。
 大量の人形が並ぶさまに肝を冷やしたのを覚えています。ありゃ怖いわ。
 その恐怖を少しでもお伝えできれば……まあ、覚者なので殴って倒せますがね。

 さてそろそろ夏も終わりです。
 島守にも語らせましたが、今年ももうすぐあれがやってきます。
 ゆっくりと体を休めてください。

 それではまた、五麟市で。




 
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