≪悪意の拡散≫2人の思想
≪悪意の拡散≫2人の思想


●届かぬ声
 ――ノイズが、聞こえた。
 ――いつか起こるであろう、しかし誰も手の出しようがない、何らかの未来。そこで、私は私ではなかった。誰かの目を介して何かが見えた。


 僕は、隊長や冥宗寺、シスターがカクシャ達と戦おうと知ったことじゃない。彼等が戦いたいのは、人には獣性があるからだと思うよ。

 ――獣性か。

 でも僕はそれを否定しない。そうでなきゃ狩りで食事を得ることも、自衛もできない。繁栄も無理だったからね。

 ――そうだね。

 でもね、カクシャは違うんだ。彼等は僕達より頑強だし、武器も沢山持っている。武器を持つとヒトは途端に攻撃性が増す。それはよく知られていること。それが僕にとってここにいる理由。

 ――理由……。

 正義の名を振りかざし、横暴な行為に走るカクシャもいる。本人に悪意なんてない、考えもせず愚行を犯す奴だっている。今までいじめられてたやつが、力を得た途端強気になって殺人に走るかもしれない。力を得たことを嬉しくなって、悪事に走るカクシャだっている。

 ――覚者はそんな人ばかりじゃない。

 分かっているさ。人を傷付けないようにと生きるカクシャもいることぐらい。だけど、普通の人がそんなカクシャ傷付けたらいい気はしないよね? カクシャが報復に出るかもしれない。

 ――君は、一体……。

 人同士受け入れられるなんて甘いことは言わないよ。人の数だけ意見があるのは当然だし、だから当たり前のように対立する。分かり合えないことだって沢山ある。
 それが個なんだ。
 だから、カクシャはカクシャ、人は人。そうするしかない。

 ――その人物の手には何か紙の束が見えた。英文で書かれたそれは、間違いない。論文だ。その人物の目を通して見た論文の内容に……私は血の気が引いた。

 ――そこまで分かっていて、何故君はその論文を……?

 僕は、理想郷を作りたいんだ。

 ――理想、郷……?

 やらなければ……。

 ――君は、気付いているんじゃ……。

 僕は、僕はもう……。

 ――声が届かないことを知っていながら、私は叫ぼうとした。
 ――しかし、声は発せなかった。
 ――その瞬間、またノイズが聞こえて無数の人が見えたからだ。場面が変わったのだ。
 ――多くの人が、一様に何かを叫んでいた。

 ――覚者の発する電磁波は害悪。
 ――覚者は一般人をガンにする。

 ――私が最も恐れていた一つの事柄が、現実として今、起ころうとしていた。

●怒りの理由
「デマが原因で覚者と非覚者の間で武力衝突が起きます。それを止めて下さい」
 『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)は資料を手に持ち、きっぱりと言い放った。
「最近酷い論文が出回っていてね……。それが発端だ」
 論文の内容はかいつまんで言うとこう。
 1985年から日本国では癌患者が増えている。これは国が出している統計で間違いない事実だが、この癌の原因はズバリ覚者の発する電磁波である。現にこの電磁波が原因でこの国では電波障害が起こった。
 この論文、査読はまだだが、論文を相当書き慣れた人物が書いたものだとは分かる。学者でも信じてしまう程に相当洗練されているのだ。これは普通の人が読んだら不安に思うのも当然だ。と。
 正美の言葉にどよめきが起こった。彼等は自分達が覚醒時電磁波を出していることを知っているからだ。
 ――しかし。

 どん! と。大きな音。

 不機嫌な顔で正美は思いっきり机を叩いてぼそりと。
「……言った筈だよね? デマだ、と」
 普段の温和な彼からは想像がつかないぐらいに、彼は怒っていた。どよめきが一瞬にして消え、周囲が鎮まった。
 彼は傍らにあったペットボトルの水を一気に飲み干してから口を開いた。
「第一に電波障害の原因は雷獣。覚者じゃない。第二に電波障害が発生したのは1990年以降のこと。癌の原因が電磁波ならそれよりずっと前から電波障害は起こっているべき。第三に癌の原因は長寿化によるもの。これは科学的にも証明されてて、諸外国の統計からも言えること。第四に仮に覚者が電磁波を発生しているからと言ってそれが癌の原因になるかと言えば統計的に否定可能。何故なら似た周波数の電磁波ならとっくに私達は雷獣が原因のそれを大量に長時間浴びている。それで問題は起きていないから。以上」
 あまりのマシンガントークに置いてけぼりになる覚者達。その事実に彼もようやく気付いたようで、ハッとしてから溜息一つ。
「……ごめん。私は科学者だからね。こういうのが一番許せないんだ。科学は差別を解消するものであって、科学の名を騙ったもので差別するなんて言語道断だ」
 この論文を書いた輩がどんな崇高な思想を持とうとも、それは許されざる行為だ。
「この論文騒動はしばらくすればある程度収束する。デマは所詮デマだ。覚者に好意的な学者達もいるしね。だから……君達は今、この武力衝突を止めることだけに集中してくれればいい。
 皆、どうか無事で。幸運を祈ります」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:品部 啓
■成功条件
1.憤怒者の撃破
2.覚者を何らかの形で止める(武力・説得問わず)
3.なし
【注意】このシナリオは『≪悪意の拡散≫3つの概念』と重複して参加することはできません。
重複して参加した場合は全ての依頼の参加権利を剥奪し、LP返却は行われないのでご了承ください。


そうすけSTとのゆるーい連動シナリオ。言い出しっぺは品部です。
電磁波と聞いてやらない筈がなかった。そしてあの夢見が怒らない筈がなかった。

相も変わらず憤怒者戦。そしてこれまた面倒なネタ。
尚このシナリオは同時公開の『≪悪意の拡散≫3つの概念』と同一時間軸のシナリオです。連動してます。特に有利不利は関係ありませんが。
なので場合によってはこっちのエネミーの姿が向こうのシナリオにちらっと出てきたりする可能性があります。(あくまでシナリオの判定には関わらない程度で顔出す程度、ですが)
シリーズシナリオではないのでPLさんが『二つの予知』の内容を全く知らずとも全然問題はありません。
『黒幕は一緒でイレブン幹部なんだな』『覚者にだけ効く毒があるんだな』ぐらいの知識で不都合は一切ないです。

§状況
昼間2時頃。天気は曇り。雨が降りそうな感じですが降っても小雨でしょう。
『3つの概念』側の公園から200m程離れた大きな広場。
最初は電磁波被害者の会がデモとかシュプレヒコールやってますが、覚者3人がやってきて大喧嘩になる前後で突入開始です。
広場のどこから侵入しても可。憤怒者挟み撃ちでも、憤怒者の前衛側から迎撃しても全く構いません。

§電磁波被害者の会
名前からしてうっさんくさい組織。
論文のデマにつられて扇動された人々。
まあ色々考えてない。ハッキリ言って感心しない。
憤怒者とはまた違いますが30人ぐらいいて、この広場でデモ(というより『覚者出ていけ』『害悪の根源』とか言い出しているからむしろヘイトスピーチの領域)を行っていました。
今回だけではなく過去数回にわたって週2回ぐらいの頻度でやっていたわけで、まあ覚者の方々はいい顔しませんな。
覚者側も見るに見かね耐えに耐えかねて、用心棒の覚者雇ったつもりが隔者だったというオチ。その上その雇った隔者を『隊長』が殺していたという何ともな話(『≪悪意の拡散≫3つの概念』)
武力衝突が起これば一目散に逃げだすので戦闘で護衛する、結界を使うなどの配慮は特に要らないと思います。

§憤怒者データ
電磁波被害者の会が隔者に襲われると聞いて事前に護衛としてやって来た人物。
案の定覚者側が実力行使に出たので武力衝突が起きて……という話。
結界無効。

憤怒者A×6
近接に特化した憤怒者。
特殊なプロテクターを装備しているので耐久力、特に物理攻撃に対して強い。
スキル
特殊警棒:物近単・単体に対して物理ダメージ
毒の爪:物近単・単体に対して物理ダメージ。毒を付与する。
ショットガン:物近列・列に対して物理ダメージ。物理防御力を下げる。
盾:パッシブ。一定確率でダメージを軽減する。

憤怒者B×2
中・遠距離攻撃に特化した憤怒者。
憤怒者Aに比べ重装備ではないが、火力は高い。
スキル
ショットガン:物遠列・列に対して物理ダメージ。物理防御力を下げる。
スラッグ弾:物遠単・遠距離単体に物理ダメージ。憤怒者Bが持つ攻撃手段の中で最も火力が高い。
閃光弾:物遠全・ダメージ0・命中時対象の命中率を下げる。

憤怒者C×1
指揮官的立場の憤怒者。
スキル
号令:憤怒者の攻撃力を上げる。
応急手当:憤怒者単体の体力を僅かに回復させる。
毒炸裂弾:ダメージ0・物遠全。虚弱・鈍化付与。

§覚者データ
西野:男性。火行械
岩切:女性。木行翼
土田:男性。水行怪
この広場の近くに住む覚者達。怒る気持ちは分からなくはない。全員相当弱いです。一発スキル打てば黙る。間違いなく黙る。
というより説得するにしてもしなくっても一発殴ってやった方がいいかもしれません。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(4モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
7/7
公開日
2017年04月08日

■メイン参加者 7人■

『居待ち月』
天野 澄香(CL2000194)
『天を舞う雷電の鳳』
麻弓 紡(CL2000623)
『Mr.ライトニング』
水部 稜(CL2001272)
『エリニュスの翼』
如月・彩吹(CL2001525)
『ホワイトガーベラ』
明石 ミュエル(CL2000172)
『冷徹の論理』
緒形 逝(CL2000156)

●伝播
「酷いデマですね……。あの勢いにはちょっとビックリしましたけれど、先生がお怒りになるのも判ります」
 『運命の切り札』天野 澄香(CL2000194)は事件の詳細を聞いてやや驚きつつ言った。
 『戸惑いの檻』明石 ミュエル(CL2000172)も彼の怒りには驚いていたが、それ以上に。
「覚者になる前にも、近所の人で『親が外国人だから云々……』とか、言ってくる人…いたから……そういう、根拠のない差別……ほんと嫌い……」
 と自らの経験を踏まえてポツリ。珍しく嫌悪を現した形だ。それに『エリニュスの翼』如月・彩吹(CL2001525)も頷いた。
「私もヘイトスピーチとか悪口は大嫌いだ。デマで踊らされてるなら尚更だね」
「扇動する側も、された側も……ばっかじゃない?」
 『導きの鳥』麻弓 紡(CL2000623)もいつにも増して毒舌が冴えている。その一方で。
「風評に踊らされる方が悪い、と切り捨てるのは簡単ですが」
 と前置きをしてから『教授』新田・成(CL2000538)が一言。
「科学的・論理的に正しい結論を、彼らにも分かるように届ける役目もまた科学には必要なのです」
 そんな中。沈黙を貫いていた緒形 逝(CL2000156)が首を傾げ、フルフェイスのまま、「おっさん頭良くないから細かい事は知らんが」
 と言ってから更にポツリ。
「例えばの話、覚者の電磁波よりも電子レンジの電磁波の方が身近にあるもんじゃないかね?」
 その言葉に『Mr.ライトニング』水部 稜(CL2001272)もああと言ってから頷いた。
「科学的な権威を悪用された訳だから准教授の科学者としての怒りももっともだが。光もX線も赤外線もマイクロ波も無線やラジオ電波も電磁波ですからね」
「メーカーに聞くなり電磁波カットするグッズ付けたりすれば済む問題じゃないかとおっさんは思うのよ?」
 逝は本気でそう思っていた。風評云々以前に、そういう不安を遮断して安心させられれば、この状況を回避できるのだ。それでいいのでは、と。
「違うかね?」
 逝の言葉に一部の覚者は頷きを返した。
「デモって言うと嫌な思い出あるし。どーでもいい事いっぱいだけど」
 紡はやる気なさげだが、しかし最後に夢見のあの様子を見て一言。
「ボクはマサミちゃんのやりたいことを気兼ねなくやる為に頑張るよ」
 そんな彼女の言葉を最後に、彼等は現場へと向かうことにした。

●現状
 現場は、予想以上に酷かった。いや、想像通りの物なのかもしれないが。
 30人も人が広場にいる。それだけで結構な光景だ。
「学校のクラスってあれぐらいだもんね」
 最大限気配を消しつつ7人で茂みの中から見ていた時に、彩吹がそうポツリ。
 いつものフルフェイスを外した逝がポケットに入れた写真用紙にこの状況を念写しながら彼女の言葉に頷く。
 感じる感情は怒り、正義感、恐怖、不穏。そんな感じだ。

 その上プラカードに書かれた言葉は『覚者は出ていけ』とか『癌の元凶』とか『害悪の根源・覚者』とか。叫ぶ言葉もその程度だが……覚者からしてみれば迷惑でしかない。
 澄香は両手を胸の上に置き、ぎゅっと握りしめた。
「こんな……デマで……」
「気持ち、悪い……ぐらい……」
 ミュエルも心底そう思うばかり。
「……何考えてるんだか分かんない」
 渡された資料の通り彼等は何も考えていないのだろう。しかし分かりたくもない、と言った様子で紡がそう言った所で、覚者3人が現場にやって来た。
「いい加減にしろ!」
「こっちがどれだけ迷惑だと思っているんだ!」
 そんな怒号が聞こえた所で、彼等は茂みから飛び出て彼等の間に割って入る。それとほぼ同時に、憤怒者がその場にやって来た。
 どん、と空気を揺らす銃声。周囲に悲鳴が響き、デモ団体は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
 だが、覚者達はそんなの知ったことではない。我慢に我慢を重ねた結果の怒りだ。覚醒状態に入った所で、7人のFiVEの覚者がその場に突っ込んだ。
「待ってください」
 澄香が翼を広げ、彼等の心を和らげる雰囲気を出して彼等の前に立ちはだかった。
「何だお前等!」
 覚者であることは分かっているようだが、突如割って入られてすぐ納得できる状況ではなかった。
「アタシたちは……FiVE……だよ……」
 ミュエルも球体関節の脚を見せて説得に加わる。澄香同様雰囲気を和らげようと努力はしていたが、まあ止まらない。
「4だか5だか6だか7だか知らないがこっちは見世物じゃないんだ!」
 覚者の一人がそう声を荒らげた瞬間、憤怒者の銃が火を噴いた。

 ……しかし。
「『一目散』に逃げた方が賢明だと思うんだがね?」
 それは平然と逝によって食い止められた。ゆらりと身体は揺れたが、まだ平気そうだ。当然、念写という目的も忘れていない。
 当然のように、覚者3人組の顔が驚愕に染まった。
 『あれを、平然と?』と言わんばかりに。
「『ニ、三』申し上げたいことはあるのですが」
 成は覚者達の肩を叩いて、ちらりと他の仲間を見た。
「このまま武力衝突を許せば電磁波どころの有害性ではないと一般人に思われます。それはあなた方の本意ではないでしょう?」
「う、そ、それは……」
「教授の言う通りだ。分かったら『四の五の』言わずにとっととどっかへ行け」
 稜も身を挺して覚者と憤怒者の前に立ち塞がる。耐久がどうなどと言ってられない。別の目的があるからだ。
「やめろー! 無抵抗の覚者に暴力を振るうのかー!!」
 稜が叫ぶ。それと共に、彩吹も声を上げた。
「やめてください。私達が人に害を与えるなんて嘘です……!」
 ふるふると首を振ってそう訴える様は……何というか。如月彩吹ご本人だろうかと疑問に……いや。これ以上のコメントは差し控える。
「アタシたちなにもしてないのに!!」
 普段声を荒らげないミュエルも、大きな声を上げて扇動する。

 その様子を陰から見ていた一般人たちの目には……彼等はどう映ったことか。
 そんな様子を見ていた紡がポツリ。
「いい大人のダジャレはともかくとしてさ、このままここにいても『ロク』なことにならないとボクは思うよ?」
「弾丸も、毒も苦しいですしね。当たっても『七転八倒』するだけです」
 紡と澄香の言葉に、ミュエルはきょろきょろと二人を見てから困惑して一言。
「え、えっと……『九』? く、苦しむ、だけ、だよ……?」
「もう座布団『十』枚ってことでいいんじゃないかな?
 ……私ももう我慢の限界だから、何か『景品』が欲しいんだよね」

 そう言いつつも彩吹は普通に笑顔を浮かべたつもりだったのだが……何故か彼女がそう言った直後、3人の覚者はその場から去った。
 何が起きたのかは分からないことにしておこう。そっちの方が幸せだ。

「行け! 彩吹! お前の大好きな正当防衛のお時間だ!」
 稜が怒号を飛ばす。
 それと同時に、彼等は一斉に覚醒した。
「お墨付き、待ってたよ」
 彼の言葉に彩吹は笑みを浮かべて両の翼を広げ、黒い羽を散らして飛び上がる。
 次の瞬間、地面に向けてどーんと。黒い隕石が着弾した。憤怒者の身体を吹き飛ぶ。それはもう気持ちがいいぐらいに。

「生憎な、私はそんなに我慢強い人間じゃあないんだ……!」
 そしてその隕石の保護者(?)も憤怒者向けて銃口を向ける。次の瞬間、『平和の光』が打ち放たれた。一度行動不能に陥ろうが知ったことではない。覚者を、電磁波を悪く言われ、そして抵抗しようにも抵抗できない状況は、彼を怒らせるには十分だったようだ。

 成も抜刀と共に衝撃波を打ち放つ。
「投降するなら今の内ですが……」
 一人、傷を負おうとも彼等は戦意を失う様子はなさそうだ。眼鏡をはずして、ぼそりと呟く。
「仕方がありません。少々、痛い目に遭って頂きましょうか」
 仕込み杖を翻したその瞬間、剣が鈍い光を帯びた。

 逝は仲間を庇いつつ、前衛に立つ。己の気と瘴気を練り上げて体力を回復しつつ、盾となった。
 憤怒者の振るう毒の爪は少々痛い。あれが恐らく『覚者にのみ効く毒』なのだろうが、それでも自己治癒能力が上がっているだけに治癒は早い。
「逝ちゃん後で大きな飴ちゃんあげるからね!」
 紡がエールを送りつつ、そんな彼等の物理防御を上げ、回復に回る。
「麻弓ちゃんありがとね。おっさん頑張るわ」
 フルフェイスの無い表情は一切動かないが、声だけでも感謝を示して。紡も口に微笑みを浮かべた。

「傷付けるのは本意ではありませんが……!」
 澄香がタロットカードを翳した瞬間、周囲に漂ったのは甘ったるい花の香り。憤怒者達の身体がぐらりと崩れる。
 指揮官の男がさく裂させた毒が、覚者達の能力を奪うが、それを澄香は知っていた。
 新緑の香りが周囲を包み、仲間の悪い状態を一気に治癒させる。
「どうか……皆さんと共に……!」
 そんな澄香の言葉の後に憤怒者達に降り注いだのは、無数のパンジーの花びら。幻想的なミュエルの攻撃だ。そして花の香りと共に、憤怒者達の身体は力無く地面に崩れ落ちた。
「デマも、いわれのない差別も……許せない、から……!」
 どれだけ他人の視線が、悪意が、人を傷付け、人生を左右させるかは彼女もよく知っている。
 ――今度は、彼女自身が戦う番だ。
 彼女はまだ立っている憤怒者達を紫色の瞳でキッと見据えた。
「ボクもさ、仲間を傷付ける連中は許せないんだよね」
 青い羽根を広げ、幸福の鳥は空を飛んだ。
「特に、こういうデマで怒ってる人がいるの、見てるから。よく知ってるから」
 そのターコイズブルーの瞳には、青い炎が見えた――。

●拡散
 こぬか雨が、降っていた。
「全く。どいつもこいつも」
 稜が溜息一つ。彼の視線の先には一応は投降した憤怒者の集団が。
 指揮官の男を先に集中攻撃したこともあって、覚者達は戦闘不能に陥ることも無く、憤怒者を撃退することに成功した。
 憤怒者達は、これ以上の抵抗は無理だから一応は大人しくしている、と言った感じだ。彼等は明らかにこちらに対して敵意を向けていた。
「酷い殺意さね」
 紡から貰った大きな棒付き飴を口に入れつつ、感情探知で感情を拾った逝がポツリ。
「ただ覚者ってだけで憎んでるの……?」
「何故、こんな事を……」
 ミュエルと澄香も口々に言う。
「でも捕まえればこっちのもの。警察に突き出せば平和だ」
 彩吹が薄く笑って言った直後。憤怒者の一人の笑い声が聞こえた。
「……何でしょうか。突然」
 成がぽつりと。
「我々にはラプラスの魔がついている」
「……何ソレ」
 紡が眉根を寄せて言うと、指揮官格の男はニヤリと笑った。
「……お前達さえ超える化け物だ。お前等もいつかきっと滅び――」
 男がそこまで言った時のこと。彼等の足元に何か、丸いものが。
 突如彼等の目を覆ったのは白い閃光。
「何をぼやぼやしている! 退け!!」
 何も分からぬ中聞こえたのは男の鋭い声。それと共に足音が遠のき……

 そして、彼等の前から憤怒者達は消えた。

「逃がした……!」
 彩吹がつぶやく一方で、逝は暗い瞳で周囲を見回したまま。
「大丈夫よ如月ちゃん。あの襲撃者は撮れなかったが、少なくともあの指揮官格の男やデモ連中の顔は割れてる」
 ひらひらと振られたその手には、念写で撮られたくだんの男の顔の絵があった。
「さっきの声……ひょっとして『隊長』でしょうか?」
 澄香が首を傾げる。確か別動隊が彼等と接触予定であった筈だ。……交戦しているかどうかは彼女は現段階ではよく知らないが。
 澄香の言葉に、稜は溜息一つ。
「……そりゃ十分あり得る話だな」
 隔者をサシで殺害する程の手練れだ。7人もいる覚者を出し抜くぐらいは出来てもおかしくはない。

「でも……どうして、アタシ達のこと、攻撃しなかったんだろうね? 憤怒者なのに……」
 ミュエルが首を傾げて言う。別動隊の件は彼等の耳にも入っている。男は覚者にだけ効く毒を持っていた。彼等を傷付けることぐらい可能だった筈だ。
 覚者を、傷付けない憤怒者? ……まさか。

「甘く見られている……という訳でもないでしょう」
 成がそうぽつり。恐らく深追いするぐらいなら仲間を確実に撤退させることを選んだのだろう。
 これであの男がこの件に関わっていることは示された。
 だが分からないことはまだ多い。恐らく一般人を死傷させる狙いかと思っていたが……しかし撤退を許してしまった以上、彼の真意は分からないまま。
「しかし……ラプラスの、魔ですか」
 気になる言葉ではある。憤怒者曰く化け物の名前らしいが――。
「古典物理学上の『空想の怪物』の名前では?」
 成と同じく博覧強記を活性化させている稜がそう返した。

 「ラプラスの魔」とは18世紀の数学・天文学者のラプラスが提唱した存在だ。
 物凄く簡単かつ雑に、誤解を恐れず言えば『古典物理学の下、過去と今のありとあらゆる状況が分かる知性を持つ存在がいれば、かの者は未来のことさえも予測できるだろう』という仮想的存在だ。それだけ古典力学の威力が凄かったとも言える仮想的存在だが、それはあくまで昔の話。
 20世紀に入ってその仮想の魔物は存在しえないと証明された。原子レベルのミクロの世界では、その古典物理学が通用しない現象が観測されたからだ。
 ……まさか、そんな魔物がいる? その上、あの憤怒者に協力している?

 いや、そんな魔物どころではない。
 正体不明の男がこの事件に確実に暗躍している。……『隊長』と呼ばれる謎の男が。
 あの男は、夢見の予知では隔者一人を相手にして傷一つ負わずに『始末』したのだ。それだけで十分な脅威だ。

 紡は鈍色の空を見上げた。あれが『隊長』の仕業ならば、彼等に接触を試みた筈の仲間は、友達は、相棒は、一体……。
「みんな……!」

 紡は、彼等の無事をただひたすら祈った。

 どうか無事で、どうか怪我も無く、どうか、どうか……!!

 ――指揮官格の男は後日、警察の前に『放置』されていたらしい。その身柄を保護されて事情聴取を受けたものの、うわごとのように『我々は知らない』とだけしか述べなかったそうだ。
 ……本当に、何も知らない様子で。
 恐らく指揮官格の男が口を滑らせたことが幹部にばれ、スケープゴートにされたのだろう。撤退から、警察に保護されるその間までに何があったかは……想像するべきではないだろう。

 そして、電磁波論文騒動も正美の言う通り、収束に向かおうとしていた。
 権威ある筈の――まあ、査読もされていないものに権威はないのだが――論文が大きく否定されたことで、『覚者の発する電磁波が無害だ』と権威づけられることになったのだ。
 偽の偽は真。一部の人間は電磁波の害、覚者の害を騒ぎ続けるだろうが、間違いなく狂人扱いされることになる。
 ……『一般的には正しい』とされ、そう言われる科学の旗印の下に。

 そしてまた一つ、偏見に満ちた覚者への差別が無くなる。

 ……更に。

 成の行動と、逝の念写もあって電磁波被害者の会の連中の顔が割れ、この話題は然るべきメディアに拡散されることとなった。稜も覚者達の被害状況を受けて法的な措置の手続きを手伝うらしい。

 電磁波被害者の会とやらもこれで完全にとどめを刺された。立件が上手く行けば刑事訴訟にもなるだろう。この怪しい団体も終わるだろうが……しかし。それが憤怒者に直接打撃を与えるかどうかは分からない。

 そして、今度はその『差別をした人間』が、差別されることになるだろう。無数の人間の、無思慮の悪意に晒されて。
 お前達は、間違っている。愚かで短慮で、そして『最低の人間だ』と『最低の人間達』に責められて。
 皮肉だ、自業自得だと言えばそこまでの話だ。
 だが電磁波で騒いでいた人間も、また人だ。そこには人格がある。本当に『正当』な理由があったかもしれない。

 覚者達の行いは正しい。そして、言われの無い偏見の下差別をした人間は相応に裁かれるべきである。
 しかし……果たして無辜の民が集まって無数の市民となった時、『我々』は『考える』だろうか。
 差別をした人間を、悪の権化と断言し断罪しないだろうか。

 白き魔物は黒い愛犬を従え、現状を嗤っていた。そして現状を嘆いていた。
 ――所詮、この程度なんだねと。


 悪意は、『正義』の名の下に拡散する。材料を変え、言葉を変え、しかし本質は共にしながら決して止まることはない。
 悪意は、回折しながらも、干渉を受けながらも、延々と広がって、伝わっていく――。

 ……まるで、空間そのものを伝わって進んでいく『電磁波』のように。


 ……全ては『我々』の信じる『正義』の為。
 そしてそれさえも白き魔物の掌の上。
 密閉容器の中の気体分子の如く自由乱雑に飛び回っていながらも……しかしその中を出て動くことはできない。


 誰も彼も、『我々』は未だその魔物の観測下にいる。
 魔物の見る未来は――いつぞやの空の如く、暗い鈍色に染まったままだ。



■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『世界樹の癒し』
取得者:天野 澄香(CL2000194)
『怒りの代行者』
取得者:麻弓 紡(CL2000623)
『電磁の支配者』
取得者:水部 稜(CL2001272)
『ブラックメテオ』
取得者:如月・彩吹(CL2001525)
『思慮深き三色菫』
取得者:明石 ミュエル(CL2000172)
『見据える者』
取得者:緒形 逝(CL2000156)
『毒を以て毒を攻める』
取得者:新田・成(CL2000538)
特殊成果
なし



■あとがき■

憤怒者戦お疲れ様でした。
念写での証拠集め、覚者への説得、デマを逆手に取る方法など、アイデアに溢れたプレイングでした。
味方の視点でノリノリで書くことが多い私ですが、今回ばかりは敵よろしく追い詰められた気分になりつつ書かせて頂きました。
楽しんで頂ければ幸いです。




 
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