オカルト栄枯盛衰
オカルト栄枯盛衰


 長らく下火であったオカルトブームが、燃え上がりつつある。
 それは、やはり覚者たちの存在が広く認知されつつある事と、無関係ではないだろう。
 超能力のようなものが、どうやら本当にある。妖怪の類も、実在するらしい。
 そういったものに対する人々の注目度は一気に高まり、こういう番組も作られるようになる。
「『怪奇物件でGO!』のお時間がやってまいりました! 物件レポーターの大島瑠璃子でぇす。いぇいっ、るりりんだよー」
 いささか頭の軽そうな若い女性タレントが、テレビカメラの前でマイクを片手に愛想を振りまいている。
 傍に立っているのは、気難しそうな理系の中年男性だ。オカルト否定派の大学教授として最近、注目されている人物である。
「というわけで月岡教授。本日の物件はこちら、鬼のミイラなんですけども!」
「ふん。まあ、よく出来てはいますね」
 大分県某所の寺院。本堂の奥、仏像と一緒に飾られ祀られているものを見やりながら、月岡教授が嘲笑う。
「今までね、この番組で見せられてきたものの中では格段の出来栄えですよ。ええ」
 仏像の傍で巨体を折り曲げ、座した姿勢で台座に固定されているもの。立ち上がれば3メートルに達するであろう巨大な人型生物の乾燥死体……に見える。
 鬼のミイラと呼ばれ、全国のオカルトマニアに騒がれている逸品だ。
「ツチノコ、幽霊、宇宙人、河童に天狗に超能力……この番組ではこれまで様々な物件の実在可能性を検証してきたわけですけども。今回の鬼のミイラ、いかがですか月岡教授」
「まず、ですね。陸上で二足歩行をする生き物が、こんなに大きくなるはずがない」
 月岡教授が、容赦のない事を言い始める。
「様々な動物の死骸を繋げて組み立てたもの、である事はるりりん、君のようなおバカでもわかりますね」
「ひっどーい、あたしバカじゃないもん。ちゃんと高校卒業したもん。単位ギリギリだったけど」
「高卒の君が、まるで小学生のように、鬼のミイラなど信じているのですか」
「やだなぁ教授先生。鬼のミイラなんて今時、小学生だって信じませんよぉ」
 大島瑠璃子が、けらけらと明るく笑う。
「あっでもね、この鬼のミイラさんにお祈りしたら病気や怪我が治ったとか、そういうお話が多いみたいですよ。この辺り」
「こんな作り物を拝む暇があるなら、病院へ行くべきです」
「やっぱり偽物なんですかねぇ……でもでも、かなり頑張ってリアルに作ってありますよぉ。ほら顔なんか鬼気迫るほどブサイクで。どうせ偽物作るんならイケメンにしてあげればいいのに」
「俺は本物だ」
「だいたい鬼というものはですね、昔の日本にいた山岳民族や外国人を見間違えた結果なんです。人をさらったりするあたり、山賊なんかとも混合している可能性はありますね」
「山賊ではない。俺は鬼だ」
「はぁ、やっぱり悪い事するのは鬼じゃなくて人間なんですねぇ……ところで月岡教授。さっきから何か変な声、聞こえません? ちくわ大明神的な」
「いけませんね。こんな偽物のミイラなんか怖がるから幻聴を」
「俺は本物だあああああああああッッ!」
 鬼のミイラが立ち上がり、咆哮しながら、月岡教授とるりりんを2人一緒くたに叩き潰した。そしてカメラマン他、番組スタッフに猛然と襲いかかる。
「人間ども、50年ほど前までは有難がって俺を拝んでいたくせに近年! やたらと何でもかんでも偽物と決めつけるようになりおって! 俺の屍を、こうして飾って晒しものにする、のはまぁ構わんが偽物扱いは許さぬ! 断じて許さん! 俺が真の鬼である事を思い知らせてくれようぞ!」


 久方相馬(nCL2000004)が、まずは雑談から入った。
「『怪奇物件でGO!』見てる? 俺るりりんのファンだから見てるけど、あの月岡教授ってのはひどいなー。こないだ覚者の特集やった時もさ、因子とか術式とか全部トリック扱いプラズマ扱いしやがって。あれじゃいつか覚者に命狙われちまうぞー……とか思ってたら本当に殺されちまったよ。るりりんと一緒に。いや、そういう夢を見たって話なんだけど。
 収録中、さんざん偽物扱いされた鬼のミイラが怒って動き出して番組スタッフに襲いかかるんだ。
 そう、その鬼のミイラは本物さ。本物の、古妖の屍なんだ。
 こいつの大暴れから、るりりん達を守って欲しい。スタッフの人たちも、それにまあ月岡教授もな。
 相手は古妖だから、破綻者とか妖なんかよりは話が通じると思うけど……何しろ激おこ状態の鬼だからな。戦って倒して大人しくさせる必要はあると思う。ミイラって言っても、怨念の力で生身と同じくらい頑丈になってるから、遠慮なくぶっ倒しながら説得してくれ。
 で、だな。その、出来たら、でいいんだけど……るりりんのサイン、もらって来てくれると嬉しい」


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:小湊拓也
■成功条件
1.古妖の撃破
2.大島瑠璃子、月岡教授、番組スタッフ全員の生存
3.なし
 お世話になっております。ST小湊拓也です。

 今回の敵は古妖『鬼のミイラ』。強さの程度としては、妖のランク2に相当します。攻撃手段は怪力による白兵戦(物近単)のみですが、破壊力は馬鹿になりませんので御注意を。
 場所は大分県某所の寺院。身長3メートルの鬼が自由に動けるほど広い本堂内で、まずは大島瑠璃子と月岡教授それに番組スタッフ5名が逃げ惑っているところへ鬼が襲いかかっている、そこから状況開始となります。
 鬼を説得して蛮行をやめさせるのが目的ですが、相馬君の言う通り言葉で止まってくれる状態ではないので、結局は戦闘をしていただく事になるでしょう。特に手加減は必要なく、思いきり戦って打ち倒して体力を0にすれば大人しくなってくれます。

 それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(1モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
公開日
2017年03月24日

■メイン参加者 6人■

『献身なる盾』
岩倉・盾護(CL2000549)
『影を断つ刃』
御影・きせき(CL2001110)
『探偵見習い』
賀茂・奏空(CL2000955)
『愛求独眼鬼/パンツハンター』
瀬織津・鈴鹿(CL2001285)
『夢想に至る剣』
華神 刹那(CL2001250)


「カメラ! テレビカメラ来ちゃってるよ、きせき! ほら!」
 毎週この番組を見ている『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が、完全に舞い上がっている。
「るりりん! 本物のるりりんだー!」
「落ち着いて奏空くん。テレビカメラが来てたってね、君の活躍がお茶の間に流れるわけじゃないんだから」
 本堂内の有様を見渡しながら『新緑の剣士』御影きせき(CL2001110)は言った。
「……もう、番組じゃなくなってるから」
 ADやカメラマンといった番組スタッフ5名が、恐慌に陥り、逃げ惑っている。
 大島瑠璃子と月岡教授は、抱き合って悲鳴を上げていた。
 その2人の前に『守人刀』獅子王飛馬(CL2001466)が立ち、無銘の大小を抜き構えているところだ。
 番組進行役の両名を背後に庇い、対峙している。剛腕で2人を叩き潰そうとしていた、巨大な鬼のミイラと。
「微妙に自業自得って気もするが……ま、今回は俺らが守ってやるよ」
「何だ小童、二刀など抜きおって」
 鬼が、ミイラとは思えぬほど鋭い牙を剥く。
「鬼退治の真似事はやめておけ。貴様ごとき小童が鬼に勝つなど、絵巻物や草子の中だけの話よ」
「一寸法師とか桃太郎か……ふん。ここには犬も猿も雉もいねえが、頼りになる連中はいるんだぜ」
 蔵王・戒で土行の力をまといながら、飛馬は言い放った。
「来いよ……巌心流正統・獅子王飛馬! 鬼の馬鹿力だろうが何だろうが受けきってやるぜ!」
「ふむ。これを生放送してはどうか? 数字が取れるかどうかはともかく話題にはなると思うが」
 逃げ惑うADを1人、掴んで引き寄せながら、華神刹那(CL2001250)は言った。
「如何に?」
「ひいっ、はっ放せ、助けてくれええ!」
「刹那さん、やめてあげて」
 奏空が言った。
「まずは、この人たちを避難させなきゃ」
「テレビ芸人風情がミンチになろうと、知った事ではないのであるが……」
 震え上がる月岡教授と大島瑠璃子をちらりと見やりながら刹那は、
「まあ、仕事とあれば……な」
 掴んだADの身体を、本堂の出入口へと向かって放り投げた。
「刹那さん、人を投げたら駄目だよ! あと芸人じゃないから、アイドルだから!」
 奏空が、桃色の瞳をキラキラと輝かせる。
「るりりんだよ! 本物の!」
「ふーん」
 刹那は、興味なさげな声を発している。
 大島瑠璃子は、青ざめている。ミイラとは思えぬほど滑らかに動く鬼を、呆然と見つめながら。
「何……何なのよぉ、これって……し、CG? 特殊効果の人たち、来てるの?」
「CG、違う」
 ぼそっと呟きながら『献身なる盾』岩倉盾護(CL2000549)が、前に出て飛馬と並んだ。
「鬼さん、本物……古妖、昔から居る、人間の隣人」
「そう! 本物なのーっ!」
 声を張り上げたのは『愛求独眼鬼/パンツハンター』瀬織津鈴鹿(CL2001285)である。
「本物の鬼さんをバカにした人たち! 本当は、夢見のお兄さんが見た夢通りに潰れちゃえばいいの! だけど……お父さんお母さんが、困ってる人は助けなさいって言ってたの。だから助けてあげるの。とにかく、安全な場所まで誘導するから従って」
「ちょっと……ちょっとちょっと!」
 瑠璃子が突然、鈴鹿の小さな身体を抱き締めた。
「あんたたち何、こんな小さな、しかも怪我してる女の子を働かせて!」
「けっ怪我じゃないの、傷跡は残っちゃったけど怪我はもう治ってるのーっ!」
「あ、いやその、俺たちファイヴで」
 憧れのアイドルに怒鳴りつけられ、空奏があたふたとしている。
「その子、ちっちゃく見えるけど頼れる仲間なんです。それはまあ厳密には、労働何とか法や児童何たら法に引っかかるかも知れないけど」
「いいから放すの、おばさん! あと鬼さんをナチュラルにディスるのやめるの、おばさん! あの鬼さん普通にイケメンなの!」
 鈴鹿が暴言を吐いた。瑠璃子が、硬直した。
「おばさん……」
「な、何て事言うんだ鈴鹿さん!」
 奏空が、悲鳴に近い声を上げる。
「るりりんはまだ23歳だよ! それは確かに、アイドルとしては微妙なお年頃かも知れないけど」
 そんな事を言う奏空の胸ぐらを、瑠璃子が掴んで揺さぶる。
「あんた何、あたしの年齢でっかい声で!」
「うわわわ、るりりん様ー!」
 悲鳴を上げる奏空の近くに、飛馬が吹っ飛んで来た。鬼の一撃で、吹っ飛ばされて来た。
「おおい、そろそろ戦え!」
 小さな身体が、叫びと共に柱に激突し、ずり落ちる。
 きせきは駆け寄り、助け起こした。
「飛馬くん!」
「だ……大丈夫。いいから早く戦え」
 身を起こしながら、飛馬が呻く。
「くそっ、とんでもねえパワーだ……鬼ってだけの事はあるな」
 そのパワーを、今は盾護が1人で受け止めていた。
 両腕に左右1枚ずつ盾を装着し、その上から鬼の拳を叩き付けられ、よろめいている。
「攻撃、強力……望む所」
 機化硬で強度を増した身体を、その場で懸命に踏みとどまらせながら、盾護は歯を食いしばっていた。
「鬼さん、お相手……盾護たち、する」
「おっと、盾護さんだけじゃないよ」
 きせきは右手で不知火を構えながら、左手でパチッ! と指を鳴らした。
 本堂の床から捕縛蔓が生じ、鬼の巨体に足元から絡み付いてゆく。
「さあゲームスタート……本物の鬼さんなら、僕たちと戦って本物の強さを見せてよね。勝負!」
「小童ども……!」
 鬼の注意を、こちらに向けさせる事には成功した。
 その間、番組スタッフを無事に避難させるのが、鈴鹿や奏空の役目である。
「さあ早く逃げるの。今は質問も困惑も受け付けないから……ほら、早くなの!」
 鈴鹿はマイナスイオンを、そして奏空はワーズワースを、発動させているようではあった。
「るりりんも月岡先生も、早く逃げて! 他のスタッフさんたちも、ああ駄目だよカメラマンさん、根性出して撮影しようとしないで避難避難! マジで危ないんだから、命大事……えっ何、俺たちを撮影したいの? 駄目駄目! 気持ちはわかるけど。ちなみに俺を芸能界にスカウトしても駄目だからね、いや本当にダメなんだってば! まいっちゃうなあ、もう」
「調子に乗りまくっておる……地に足が付いておらぬ」
 腰を抜かした月岡教授を掴んで放り投げながら、刹那が呆れる。
 カメラ目線を決める奏空の頭の上で、ライライさんも何やらポーズを決めていた。



 自分には何もない、と盾護は常々思う。
 両親が資産家で、五麟学園に多額の寄付をしていた。
 ある日突然、因子が発現した盾護は、そのような縁故でファイヴに所属する事となった。
 流されただけだ、と盾護は思っている。きせきや鈴鹿のように、劇的な事情があるわけでもない。
 そんなもの無い方がいいよ、ときせきは言う。確かにその通りであろう。
 ただ、鈴鹿やきせきに比べて自分には何かが足りないのではないか、と感じる時はある。
 何かが足りない、何も無い。それならそれで出来る事をするしかない。
 自分の得意分野で、力を尽くす。すなわち防御。
 盾護は、左右の盾を掲げた。
 盾もろとも押し潰されてしまいそうな衝撃が、隕石の如く降って来る。鬼の、拳だった。
「よく耐えるものよな小童。潰れて飛び散るまで、守り続けるつもりか」
 干からびた巨体が、まとわりつく捕縛蔓を引きちぎりながら盾護に迫る。ちぎれた蔓は即座に再生し、鬼に絡まってゆく。
 それを蹴り払うようにして、鬼の巨大な足が踏み込んで来て盾護を直撃した。交通事故にも等しい足蹴であった。
「あのような者どもを、守り続けるのか」
「守る……盾護、それだけ」
 呻きながら、盾護は吐血の飛沫を吐いた。盾では殺しきれない衝撃が、体内の何ヶ所かを破裂させる。
「鬼さん、ご立腹……とりあえず盾護殴る、ストレス発散……」
「それは無茶だよ、盾護さん!」
 きせきが跳躍し、盾護を飛び越え、不知火を一閃させた。
 一閃で、斬撃の弧が2つ生じ、鬼の巨体に叩き込まれる。飛燕だった。
 よろめいた鬼が、着地したきせきに向かって剛腕を振るう。
 そこへ盾護は踏み込み、きせきを背後に庇いながら、鬼の一撃を盾で受けた。
 肋骨が折れるのを感じながら、盾護は踏みとどまった。
 鬼はよろりと後退し、本堂を揺るがすような尻餅をついている。
「うぬっ、貴様……」
「……紫鋼塞。鬼さんの馬鹿力、そのまま跳ね返る」
 言いつつ、盾護は片膝をついた。
 その傍らを、刹那が走り抜けて行く。疾駆、踏み込み、そして抜刀。
 一閃が、鬼を2回、直撃する。こちらも飛燕であった。
「っと……まあ、何という固さであるか」
 刹那が、いくらか刃こぼれを気にしたようだ。
「頑丈なミイラよ。乾いて固くなっておるのか? まるで鰹節よな」
「ほざけ!」
 鬼が、立ち上がると同時に張り手を唸らせ、刹那を叩き潰さんとする。見た目に反し、動きは鈍重ではない。
 刹那の眼前に、飛馬が着地した。盾となる形でだ。
 小さな全身から、気合が迸っている。
 飛馬はそのまま二刀を交差させ、鬼の張り手を受けた。
 防御の形に交わった刀身は無傷だが、飛馬は血を吐いていた。吐血しながらも、踏みとどまっている。
「巌心流……万夫不当……」
 血まみれの口元を、飛馬はニヤリと歪めた。
 小学生とは思えない、凄絶な笑みである。
「こっちもな、伊達に桃太郎の真似事やってるわけじゃねえ……簡単に、俺を抜けると思うなよ」
「小童が……!」
「偽もん扱いされてブチ切れてんだろ? 全部ぶつけてきやがれ! 受け止めてやるからよ」
「飛馬……」
「ああ、みんなを守るぜ盾護さん!」
 前衛・盾役の少年2人が、防御の構えのまま祝詞を念じた。
 戦巫女の聖なる力が、飛馬と盾護に漲ってゆく。
 盾としての頑強さを増した両名の背後で、刹那が攻撃の構えを取った。眼前で立てた刃に、軽く左手を添える。
「鰹節……氷温熟成」
 声に合わせて氷柱が生じ、投槍の如く飛んだ。氷巌華。
 それが鬼を直撃し、砕け散った。まさに鰹節の如く強固な巨体のあちこちに、細かな氷の破片が突き刺さっている。
 怯んだ鬼に、無数の蛇のように蔓が絡み付く。きせきの、ではなく鈴鹿の捕縛蔓だった。
「鬼さん……いい加減、暴走するのはやめるの」
 避難誘導を終えた鈴鹿と奏空が、本堂内に戻って来たところである。
「あの人たちには、ちゃんと謝らせるの。だから」
「たわけ! 命乞い同然の謝罪など聞く耳持たぬわ!」
 覚者2人分の捕縛蔓を、ブチブチと引きちぎりにかかる鬼。その巨体が、霧に包まれた。
 奏空の、迷霧だった。
「とんでもない馬鹿力だね……弱体化は、させてさせ過ぎって事なさそうだ」
「奏空くん、番組の人たちは?」
 きせきが問いかける。
「……逃げちゃった?」
「いや、本堂の外で待っててもらってる。鈴鹿さんがね」
「後で鬼さんに、謝ってもらわなきゃなの」
「……良かった。僕もね、あの人たちには言いたい事あるから」
 きせきが、珍しく憤慨しているようである。
 突然、盾護は激痛を感じた。
 体内で、折れた肋骨がゴリゴリと繋がってゆく。破裂した臓物が、無理矢理に修繕されてゆく。
「うっぐ……いっ、痛ぇええ……ま、麻酔なしの手術みてえだ……」
 飛馬も、同じ痛みを感じているようだ。
「盾護さん……前も言ったと思うけど、自分には何もないなんて考えたら駄目だよ」
 盾役の2名を『大樹の息吹』で包みながら、きせきが言う。
「確かに僕には盾護さんにはない過去があって、それも僕の拠り所の1つにはなってるけど、そんなの言ってみれば自己満足みたいなものだから。でも、だからこそ、あの人たちの言動を僕は許せない。神秘を、古妖を、覚者を、妖を、デタラメ扱いするなんて……僕の、過去を……あの事故を、デタラメ扱いするなんて」



「鬼さんお願い、大人しくなって欲しいのーッ!」
 鈴鹿の『第三の目』から破眼光が迸り、鬼を直撃する。
 ミイラ化した巨体がよろめき、どうにか倒れず踏みとどまっている間。
 きせきが右から、鬼に向かって踏み込んでいた。不知火を一閃させながら。
「刹那さん!」
「承知……締める」
 刹那が、左から踏み込む。そして抜刀。充分に気を宿した刃が、一閃する。
 双方向からの飛燕が、鬼を挟撃していた。
 干からびた剛腕が、左右共に断ち切られて床に落ち、重い音を発する。
 ミイラならば後で修繕するしかないだろう、などと思っている奏空に向かって、鬼が突っ込んで来る。両腕のない巨体で、轢き殺さんとしている。
「させねえ!」
 飛馬が、鬼の足元に転がり込んだ。そして足蹴を喰らい、血を吐いた。
 鬼の突進速度が、しかし一瞬だけ鈍った。
 その一瞬の間に奏空は、二刀の剣舞を繰り出していた。
 十六夜だった。
「これが、現代の鬼退治だよッ!」
 鬼の強固な頸部が、切断される。
 ミイラ化した生首が、高々と宙を舞いながらも牙を剥き、飛翔し、奏空を襲う。
「ちょっ……嘘でしょ……」
 立ちすくむ奏空を、盾護が突き飛ばした。
 鬼の生首の巨大な口が、盾護の左肩に食らいつく。左肩のみならず左腕、いや左半身そのものをバキバキと咀嚼しにかかっている。
「うっ……ぐ……」
 盾護が呻き、そして鈴鹿が跳躍した。
「鬼さん駄目なのーッッ!」
 激鱗。
 疾風の速度で閃いた祓刀が、鬼の眉間を貫通していた。
 ついに力尽きた生首が、重々しく床に転がり、呻きを漏らす。
「ぐぅっ……こ、殺せ……」
「……殺せったって、あんた死んでるんだろう最初っから」
 口元の血を拭いながら、飛馬が言う。
「死んでるくせに、これだけ暴れたんだ。もういいだろ? 手打ちにしちゃくれねえか」
「鬼さん……ごめんなさいなの……」
 鈴鹿が涙ぐみながら『潤しの雨』を降らせる。
 飛馬と盾護が、麻酔なしの手術の痛みに悶絶している。
 鬼の両腕と生首が、胴体に繋がった。
「あ、治った」
 きせきが呆れている。
「古妖って、ミイラになっても死なないんだね」
「……死なずともな、貴様らとの戦いで力を使い果たした。しばらく眠らねば回復せん」
 少なくとも百年二百年の眠りになるのだろう、と奏空は思った。
「あ、あのう……」
 本堂の入り口から、月岡教授と大島瑠璃子が覗き込んでいる。
 きせきが、つかつかと歩み寄って行った。
「覗いて見てた? ならトリックなんかじゃあり得ない戦いだったってわかるでしょ。奏空くんも盾護くんも、刹那さんも鈴鹿ちゃん、飛馬くんも、あなた方を守るために本気で戦ったんだよ? まだ偽物扱いするの? 言っておくけどね、妖も、その被害者も、それを助けようとする覚者も、ちゃんと実在するんだよ!?」
「……知っている」
 うなだれた月岡教授の口から、信じ難い言葉が流れ出す。
「私はね、妖に殺されかけた事があるんだよ」
「何だって……」
「助けてくれたのは、AAAの覚者……その人にも、もちろん君たちにも、感謝はしている」
 言いつつ教授が、それに瑠璃子も、懐から何かを取り出した。
 1枚の、タロットカードである。表は『力』、裏は『正義』。
 奏空も、きせきも他の者たちも、一様に息を飲んだ。
「あたしたち、こんなもの持ってなきゃいけないの。芸能界の上の方にも……あの人たち、いるから」
「学界にも、な」
 瑠璃子と教授が、暗い笑みを浮かべる。
「テレビ局も、覚者やそれに類する神秘を一切全て、否定するような番組しか作れないんだ」
「あの人たちに逆らったら、あたし干されちゃう……だけじゃ済まない。事務所、潰されちゃうから」
 言いつつ瑠璃子が、鬼の方を向く。
「……ごめんなさい」
「本当に、申し訳ない……」
 月岡教授が、土下座をしている。
 盾護と飛馬に支えられ、億劫そうに上体を起こしながら、鬼は言った。
「……こやつらを存分に叩きのめした。貴様らを潰し殺す気も失せたわ」
「まったくな、叩き潰されるとこだったぜ」
 飛馬が言う。
「戦う前に聞きそびれた。鬼さん、名前は?」
「そう、お名前! 教えて欲しいの」
 鈴鹿が、鬼の眼前に出た。
「わたしは瀬織津鈴鹿。父は夜叉の前鬼、母は鬼子母神の後鬼……2人の娘として、鬼さんの偉業を称え遺すの。だから、お名前を」
「俺は、名前など許される身分ではない」
 鬼が、じっと鈴鹿を見据える。
「あの御両所も、丸くなられたものよ。このような人間の小娘、拾って喰らいもせずに育てるとは……息災であられるのか?」
「……わからないの。わたし、お父さんとお母さんを捜してるの」
「そうか……」
 傷跡だらけの少女の姿を見て、鬼は何かを察したのかも知れなかった。
 そんな空気を読まずに、刹那が言う。
「名前、名前……ふむ。鰹節のカッちゃんで良かろ?」
「ダメなの! そんなの!」
「好きに呼べ。俺は眠る」
「あ、待ってカッちゃん様」
 奏空は声をかけた。
「あの、良かったら……うちの寺に来ません? テレビの取材とかもう入れさせないし、あと綺麗なお姉ちゃんもいるよー」
「……ここに俺を拝みに来る者どもが……いないわけでは、ないのでな……」
 鬼が、眠りについた。
「寝た、か。では拙もこれにて」
 刹那が、物質透過で本堂の壁を抜け、姿を消す。
「鬼と語らうならともかく、テレビ芸人なぞに用はない故な……」
「私はあるの。おばさん、じゃなくてお姉さん」
 俯いた瑠璃子の顔を、鈴鹿が下から覗き込む。
「サイン下さいなの。夢見のお兄さんが、欲しがってるの」
「あ、俺にも下さい。るりりんのサイン」
 奏空は、微笑みかけた。
「どんな事情があっても、俺……あなたのファンですから」

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし




 
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