悪魔の国
大統領が代わったところで、アメリカにとっての日本という国の重要性が変わる事はない。
日本人は、地球上で最も話のわかる民族だ。最もアメリカの役に立ってくれる。
中露に対する楯としては若干、頼りなくはあるが、そのくらいがちょうど良いのかも知れない。あまり強くなられても困るのだ。
日本という国に、余計な力を持たせてはならない。
トゥルーサーなどという力は、潰しておかなければならないのだ。
無論そのために米軍を送り込む事は、出来れば良いが出来ないので、日本国内にあるものを利用するしかない。
アウトレイジ、と呼ばれる者たちがいる。様々な理由でトゥルーサーを敵視する集団。そこそこの勢力を持ってはいるらしい。
彼らの中に、米軍の力を借りてでもトゥルーサーを殲滅すべしという過激な一派がいて、我々に接触を求めてきた。
求めに応じ、私はこれを日本へ運び込んだ。もちろん兵器としてではなく、工業機器の部品としてだ。
かつてのリトルボーイやファットマンと同じく、これを日本国内で試用しておく必要がある。うまくゆけば量産体制に入り、中東の戦線に投入する事も、日本へ大量に運び込んでトゥルーサー殲滅作戦を決行する事も出来るようになる。
いくつもの部品として運び込まれたこれを、東京都内にあるアウトレイジの隠れ家で組み立て、起動させた瞬間。
これは、命を持った。
比喩表現ではない。私を内部に搭乗させたまま、これは突然、生き物と化したのだ。独立し、自我を持ち、私の操縦を一切受け付けなくなった。
悪魔のような何かが宿った、としか思えなかった。人ではなく機械が、悪魔憑きを起こしたのだ。
「何だ……何なのだ……」
自分の乗った機械が、アウトレイジの人々を皆殺しにして市街地へと暴れ出し、道行く人々を殺戮する。
その様を、操縦席から為す術なく見つめながら、私は悲鳴を上げていた。
単なる機械を、悪魔に変えてしまう。
この日本という国では、何か得体の知れぬ力が働いているとしか思えなかった。
「何なのだ一体この国はぁああああああッッ!」
久方真由美(nCL2000003)が告げた。
「東京都内で通行人が大勢、妖に殺されます。
この妖は物質系のランク2で、元々は何と米軍の新兵器でした。いわゆるパワードスーツで、着るような感じに乗り込むタイプですね。
実は憤怒者の中の特に過激な人たちが、覚者の皆さんに対抗するため米軍に協力を要請してしまったのです。米軍は米軍で、新しい兵器の実験をしたくてしょうがない人たちがいますから……というわけで、その新兵器が密かに日本へ運び込まれたところで妖に変わってしまったと、そのような次第です。
場所は申し上げた通り東京都内、憤怒者のその過激な人たちが隠れ家にしている廃工場です。今から出発すれば、ちょうど新兵器が組み立てられて動き出した瞬間に妖となった、そのタイミングで現場に突入する事が出来るでしょう。憤怒者の方々が、その妖に襲われているところかと思われます。
まあ、あの人たちには良い薬……こほん。とにかく現場にいる憤怒者は、貴方たちに助けてもらう立場ですが当然、感謝も協力もしてくれません。助けてあげるかどうかは皆さん次第。
妖はとにかく貴方たちも憤怒者も皆殺しにした後、市街地へ出て一般の方々を襲いますから、これを止めるのが最優先事項であるのは言うまでもありませんね。
ちなみに妖の内部には、新兵器担当の米軍技術者が1人、閉じ込められています。可能でしたら助けてあげて下さい。上手くすれば、アメリカさんに貸しを作る事が出来るかも知れません。
それでは御武運を。久方真由美でした」
日本人は、地球上で最も話のわかる民族だ。最もアメリカの役に立ってくれる。
中露に対する楯としては若干、頼りなくはあるが、そのくらいがちょうど良いのかも知れない。あまり強くなられても困るのだ。
日本という国に、余計な力を持たせてはならない。
トゥルーサーなどという力は、潰しておかなければならないのだ。
無論そのために米軍を送り込む事は、出来れば良いが出来ないので、日本国内にあるものを利用するしかない。
アウトレイジ、と呼ばれる者たちがいる。様々な理由でトゥルーサーを敵視する集団。そこそこの勢力を持ってはいるらしい。
彼らの中に、米軍の力を借りてでもトゥルーサーを殲滅すべしという過激な一派がいて、我々に接触を求めてきた。
求めに応じ、私はこれを日本へ運び込んだ。もちろん兵器としてではなく、工業機器の部品としてだ。
かつてのリトルボーイやファットマンと同じく、これを日本国内で試用しておく必要がある。うまくゆけば量産体制に入り、中東の戦線に投入する事も、日本へ大量に運び込んでトゥルーサー殲滅作戦を決行する事も出来るようになる。
いくつもの部品として運び込まれたこれを、東京都内にあるアウトレイジの隠れ家で組み立て、起動させた瞬間。
これは、命を持った。
比喩表現ではない。私を内部に搭乗させたまま、これは突然、生き物と化したのだ。独立し、自我を持ち、私の操縦を一切受け付けなくなった。
悪魔のような何かが宿った、としか思えなかった。人ではなく機械が、悪魔憑きを起こしたのだ。
「何だ……何なのだ……」
自分の乗った機械が、アウトレイジの人々を皆殺しにして市街地へと暴れ出し、道行く人々を殺戮する。
その様を、操縦席から為す術なく見つめながら、私は悲鳴を上げていた。
単なる機械を、悪魔に変えてしまう。
この日本という国では、何か得体の知れぬ力が働いているとしか思えなかった。
「何なのだ一体この国はぁああああああッッ!」
久方真由美(nCL2000003)が告げた。
「東京都内で通行人が大勢、妖に殺されます。
この妖は物質系のランク2で、元々は何と米軍の新兵器でした。いわゆるパワードスーツで、着るような感じに乗り込むタイプですね。
実は憤怒者の中の特に過激な人たちが、覚者の皆さんに対抗するため米軍に協力を要請してしまったのです。米軍は米軍で、新しい兵器の実験をしたくてしょうがない人たちがいますから……というわけで、その新兵器が密かに日本へ運び込まれたところで妖に変わってしまったと、そのような次第です。
場所は申し上げた通り東京都内、憤怒者のその過激な人たちが隠れ家にしている廃工場です。今から出発すれば、ちょうど新兵器が組み立てられて動き出した瞬間に妖となった、そのタイミングで現場に突入する事が出来るでしょう。憤怒者の方々が、その妖に襲われているところかと思われます。
まあ、あの人たちには良い薬……こほん。とにかく現場にいる憤怒者は、貴方たちに助けてもらう立場ですが当然、感謝も協力もしてくれません。助けてあげるかどうかは皆さん次第。
妖はとにかく貴方たちも憤怒者も皆殺しにした後、市街地へ出て一般の方々を襲いますから、これを止めるのが最優先事項であるのは言うまでもありませんね。
ちなみに妖の内部には、新兵器担当の米軍技術者が1人、閉じ込められています。可能でしたら助けてあげて下さい。上手くすれば、アメリカさんに貸しを作る事が出来るかも知れません。
それでは御武運を。久方真由美でした」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖の撃破
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
今回の敵は、米軍のパワードスーツが物質系妖となったもので、ランクは2。
身長4メートルほどの人型で、右手は大型チェーンソー(近・単)。左手は巨大なスタンガンで、これを地面に叩きつけて広範囲に及ぶコレダー(遠・全)を放ってきます。日本国内に運び込まれたものですから、銃火器類は装備しておりません。
現場は郊外の廃工場。憤怒者7名が妖に襲われて右往左往しています。
戦闘になった場合、妖は覚者も憤怒者も差別なく攻撃を加えてきます。覚者以外に「的」が7つ存在する事になりますので、有利とは言えるかも知れません。
ちなみに憤怒者7名は全員素人ですので攻撃には参加出来ません。妖の攻撃を受ければ、回避も防御も出来ず即死します。
彼らを「味方ガード」する事は可能ですが、その瞬間、背後から鉄パイプ等で殴りつけてくる者がいないとも限りません。
妖の内部に閉じ込められた米軍技術者を救出できるかどうかは、とどめの一撃の余剰ダメージ次第となります。
それでは、よろしくお願い申し上げます。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年02月08日
2017年02月08日
■メイン参加者 6人■

●
同行者5名を見渡しながら『ブラッドオレンジ』渡慶次駆(CL2000350)は笑った。
「見事に男ばっかじゃねえか。いや、むさ苦しくて実に結構。一番むさ苦しいのは俺だって?」
「むさ苦しがってる場合じゃないと思うなあ」
呑気な声を発しながら『sylvatica』御影きせき(CL2001110)が、廃工場内の有様に目を向ける。
大勢の人間が、損壊した屍となって散らばり、ぶちまけられていた。
某国で、軍事政権による虐殺の現場に居合わせた事がある。あの光景にそっくりだ、と駆は思った。
「まさか日本で……こんなもの見せられる羽目になるたぁな」
「僕らが、もうちょっと早ければねえ。何人かは助けられたかもね、残念」
きせきの口調は、やはり呑気なものである。ゲームで、何かミスをしてしまった。そんな感じだ。
ゲームのようなもの、とどこかで割り切らなければ、やってゆけない。この少年は、その境地に達してしまっているのかも知れない。
「……見て、まだ何人か生きてる」
両の瞳を桃色に輝かせ、黄金色の髪を闘気に揺らめかせながら、『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が言う。
ぶちまけられた屍に紛れるようにして、確かに生存者が7名、うずくまったり尻餅をついたりしている。
このままでは、彼らも殺される。
チェーンソーを咆哮させる、異形の殺戮者によって。
「おおっ、あれがアメリカのパワードスーツ。すげーカッケぇ」
呑気な事を言っている少年が、もう1人いた。『不屈のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)。
「憤怒者の連中もだけど、アメリカ人もなあ……何で、こんな事にこんなスゲー技術使うかなあ。勿体ねえ」
「アメリカ人だからよ」
そんな事を言いながら緒形逝(2000156)が、フルフェイスヘルメットの中から、今回の相手を観察している。
身長は4メートル程度、であろうか。装甲の箱が、機械の四肢を生やしている。
右手は大型のチェーンソー。左手はバチッ! と放電光を煌めかせる、巨大なスタンガンだ。
「……ま、作業用機械さね」
逝が、評価を下した。
「兵器と言うには、ちと古いわよ。いや新しいは新しいんだがアレと比べちまうとねえ」
駆は、訊いてみた。
「アレ、とは?」
「少し前にねえ、似たような代物を見たわけよ。アレをAK-47とするなら、こっちのは……ま、火縄銃ってとこさね」
そこへ、奏空が言葉をかける。
「火縄銃でも人は殺せるよ、おっちゃん」
「ごもっとも……じゃ、これ以上の人死にが出る前に片付けるかね」
「そうだ。こいつら全員、何とか助けるぞっ!」
翔が気合を燃やす。
そこへ、葦原赤貴(CL2001019)が冷水を浴びせた。
「助ける、だと……要救助者など、どこにいる」
鋭く冷たい目が、米軍の新兵器を睨む。その周囲に広がる屍の群れと、7名の生存者を睨む。
「ゴミが大量に転がっているようだが、あれの事か?」
「お前、そういう言い方ないだろ!」
翔が怒る。赤貴の口調は、変わらない。
「オレは、ゴミを拾いに来たわけじゃあない」
「ゴミじゃなくて生存者だ!」
翔が、赤貴の鋭い三白眼を正面から見据える。
「……助けられる命は、助ける。そいつらがオレたちを憎んでても関係ない! 助けるぞ、いいな?」
「好きにしろ。オマエらの邪魔はしない……だから、オレの邪魔をするな」
「何が邪魔だ!」
「ほらほら、やめなよ2人とも」
12歳の少年2名の間に、きせきが割って入る。
緑色の瞳は赤く輝き、茶色がかった髪が青く変色してゆく。
「さ、ゲームスタートだよ。セーブもコンティニューも出来ないから、チームワーク良く確実にね」
「チームワークとは、全員が目的のために適正な貢献と協調に努める事。綺麗事に迎合する事とは違う」
黒い三白眼を、きせきと同じく赤色に輝かせながら、赤貴は小型肉食獣の如く駆け出した。
「……そんなものに、オレを巻き込むな」
「あっ、おい待て1人で勝手に!」
追おうとする翔の肩に、逝が軽く手を置いた。
「打ち合わせ通り行こうや。おっさんが前衛、あんた方は憤怒者の連中を」
「……わかってるよ、助けるさっ」
翔の小さな身体が、青年の長身に変わった。
米軍の新兵器が、こちらに向かってズシリと踏み出して来る。
物質系の妖となったパワードスーツ。その内部には、米軍の技術者が閉じ込められたままであるらしい。
両腕を航空機の翼に変化させながら、逝が言った。
「残念なお知らせ……おっさんね、アメ公って連中あんまり好きじゃないわけよ。だから手加減出来るかどうか」
「アメリカ人は、どこの国でも嫌われてんなあ」
苦笑しつつ駆は印を結び、真言を口にした。
「ナウマクサンマンダ・バサラダン・カン! ……っと」
駆の覚醒が、完了した。
「あ、すごい。覚醒って言うよりダイエット……」
きせきが感心している。
「翔くんと同じで、願望入ってる?」
「まあな。はっはっは」
「ほっとけ!」
駆は笑い、翔は文句を言う。
ともあれ、戦いは始まった。
●
(阿呆どものせいで余所から付け込まれ、こんなものまで持ち込まれる……)
憤怒者が米国から取り寄せてしまった怪物を見据えたまま、赤貴は駆けた。一気に間合いを詰めながら、呟く。
「そんな情勢、とっとと壊して再構築すべきだと言うのに……」
チェーンソーが轟音を発し、襲いかかって来る。
踏み込みつつ、赤貴はかわした。機械の斬撃が、猛然と頭上を通過する。
その風を感じながら赤貴は、妖となったパワードスーツの右脚部に飛びついた。全身で敵の右脚を抱え込むようにしながら、思いきり身を捻る。
「まあいい……第四機関とやらの機械と、どちらが頑丈か試してやる」
妖が地響きを立てて倒れ、すぐに起き上がってきた。チェーンソーを猛回転させながら、その巨体はしかし傾いている。右膝部分からバチッ、と火花が散る。
空気投げが効いた。関節部分に、かなりの負荷が生じたはずだ。動きは鈍化し、攻撃にも狂いが生ずるようになる。
「命知らずに突っ込むもんだ。武装勢力の少年兵みてえに」
体格の引き締まった若い男が、そんな事を言いながら長柄の大刀を振るう。斬・二の構え。
その一撃が、四肢のある棺桶のような敵の身体に叩き込まれる。血飛沫のように、火花が迸る。
「お前さん、あいつらにそっくりだよ。余計なお世話だろうが、心配になっちまうな」
「あんたは誰だ……ああ、渡慶次さんか。気遣いは感謝するが心配は無用だ」
現の因子の持ち主は、覚醒すると本当に別人になってしまう。
別人となった駆の全身に、岩の甲冑が貼り付いている。蔵王・戒を施し済みなのだ。
「ほい、おっさんの番よ!」
逝が、直刀・悪食を妖に叩きつける。斬撃とも呼べぬ、ひどいフォームである。この男、本当に刃物の扱いがなっていない。
それでも辛うじて命中し、『妖刀ノ楔』の呪いが妖の機体内に流し込まれる。手足の生えた棺桶、とでも言うべき巨体が硬直した。
そこへ烈空波を撃ち込みながら、赤貴は言った。
「おっさん、あんた……素手の方がずっと強いんだから、そんな得物は手放したらどうだ」
「悪食ちゃんの方がねえ、おっさんを放してくれないのよ。いやもう、モテちゃってモテちゃって。刀にね」
などと言いながらも逝は、フルフェイスヘルメットの下から、敵の様子を冷静に観察している。
「で、どうかね御影ちゃん。この歩く棺桶の中身……まだ生きとるかしらね?」
「大丈夫。今の一連の攻撃、あと3回は耐えてくれるよ。さすが米軍の新兵器、頑丈だね」
エネミースキャンを担当しながら、きせきが言った。
「だから僕も……思いきり、行かせてもらう」
言葉と共に、妖刀『不知火』が一閃。歩く棺桶の表面に、傷が生じた。が、それだけだ。返礼のチェーンソーが、きせきを襲う。
「っと……やっぱり機械相手に、火傷や麻痺は効かないか」
狙いの狂った一撃を涼やかにかわしながら、きせきが不知火を構え直す。
中のアメリカ人が火傷で死んでくれれば面倒がない、と赤貴は思わなくもなかった。
後ろの方から、大声が聞こえる。
「アンタたち死にたくねーだろ!? 妖はオレらが何とかするから、早いとこ逃げろ!」
翔の声だった。奏空と2人がかりで、生存者7名を半ば無理やり、妖から遠ざけようとしている。
そんな暇があったら攻撃に参加しろ、とも赤貴は思わなくなかった。
「……一々、苛つかせてくれる」
「まあそう言うな。俺たちの仕事ってのは、飽くまで人命救助なんだよ」
斬・二の構えで妖を叩きのめしながら、駆が言う。
「憤怒者の連中ってのは、その名の通り怒るだけだ。俺たちをどうにか出来るわけじゃねえ……俺たちの方が、ずっと力を持った化け物なんだからな」
化け物。赤貴も、そう呼ばれてきた。まあ、それは良い。
「だから俺たちの方が、おっかなびっくり人間社会に入れてもらうしかない。その為には人様に御奉仕するしかないのよ……俺たちには、力があるんだからな」
化け物を育てている者。赤貴の両親はそう罵られ、石を投げつけられてきた。
(あの連中に……奉仕だと……)
怒りは、憎悪は、目を曇らせる。適正な協調と連携を乱すものであると、赤貴は頭では理解していた。
●
練覇法を使うと攻撃力が向上する。単純に、腕力も強くなる。
その腕力で、奏空は憤怒者たちを数人まとめて引きずった。
「は、放せ化け物……お前らなんかに、助けられたく」
「いいから! はじっこ行ってて!」
翔と2人がかりで、生存者7名をとにかく妖から遠ざける。
1人が、鉄パイプを振り上げる。そちらへ翔が、眼光と言葉を向ける。
「今そんな事するのと、自分の命! どっちが大事だよ!?」
鉄パイプを振り上げた男が、硬直した。翔はさらに叫ぶ。
「今は逃げて、またの機会狙った方がいいだろが! 安全な所で化け物同士の戦い、高みの見物してればいいだろ違うか!」
ワーズ・ワースが効いている。憤怒者7名は俯き、大人しくなった。
寂夜の舞で、奏空はその全員を眠らせた。逃げてくれない以上、眠らせるしかない。
倒れ、動かなくなった7人を、翔が見回し確認した。
「あんまり言う事聞いてくれねーようなら雷獣か何かで脅そうかと思ったけど、そんな事やらずに済んだな」
「力の脅しは……憤怒者って人たちには、逆効果だと思うんだ」
奏空は思う。この7名の中には、大切な誰かを覚者もしくは隔者に殺された人もいるだろう。
本当の敵が何であるのかも、わからなくなる。憎しみとは、そういうものだ。
自分とて、例えば姉を誰かに殺されたりしたら。
「……ま、そんな事より俺は中衛に入る。翔、この人たちの見張り頼めるかな」
「任しとけ。目ぇ覚ます奴がいたとしても、手出しはさせねー」
その時、きせきの叫び声が響き渡った。
「全体攻撃! 来るよ、気をつけて!」
妖が、巨大なスタンガンである左手を、廃工場の床に叩き付ける。
電光が迸り、無数の発光する蛇のように床を駆けた。
赤貴が跳躍し、それをかわす。
逝と駆は、かわさずに足元からの電撃をまともに受けた。
きせきも、それに奏空もだ。
電光が、足元から体内へと激しく流れ込んで来る。
覚者ではない普通の人間であれば、感電死だけでは済まない、内臓まで灼かれて破裂するであろう電撃。奏空は、歯をくいしばるしかなかった。きせきも逝も駆も同様であろう。
「馬鹿な……オマエたちは何をしている!」
着地しながら、赤貴が叫ぶ。
「オレでさえ回避出来たものを、1人もかわせないわけはないだろう!」
「言った……ろ……俺たちの仕事は、人命救助だってな……」
バチバチと電光にまとわりつかれ、灼かれながら、駆が苦しそうに笑う。逝もだ。
「同志奏空と、同志翔が……憤怒者の連中を、ずいぶん遠くまで引きずってってくれたみたい……だけどねえ、この電撃の範囲外まで行けたかどうか……ちょいと確信が持てなかったんよ……だから念のため、さね」
「念のため……電撃を身体で止めた、とでも……?」
赤貴が、絶句しながら呻いている。その三白眼が、翔を睨む。電撃の蛇に絡みつかれ、締め上げられ、灼かれている、翔の姿を。
「馬鹿なのか……オマエたちは……!」
「ふっはははは、今頃気付いたか!」
電撃に耐えながら翔が、特撮ヒーローのようにポーズを決める。
光る蛇の群れ、のようだった電光の嵐が、覚者5名の身体に全て吸収される形で消えてゆく。眠り続ける生存者7人は無事だ。
「どんな人でも……軽々しく、死んじゃ駄目だし……殺してもダメなんだよ、葦原さん……」
感電し、震える喉の奥から、奏空は無理やりに声を絞り出した。
葦原赤貴。
世の中の在り様自体に憎悪と嘲笑を叩き付けるかのような、この少年の事が、奏空は最初から気になっていた。
「……助けよう。エゴなの、わかってるさ……だけど憤怒者の人たちだって、いつかわかってくれる……」
「何がわかるものか、このゴミどもに!」
「君にとって、今はゴミでも……」
感電の震えを帯びた声で、きせきが言う。
「助けられなかったら……後で絶対、後悔するよ……」
「するか!」
「後悔する。君は、絶対」
苦しそうに、きせきは断言した。
「みんな、誰かの家族なんだよ。僕たちにとっては嫌な人たちかも知れない、だけど『誰か』にとっては大切な、掛け替えのない存在なんだ」
「家族……」
「ねえ赤貴くん……助けられなかった記憶ってね、積み重なっていくんだよ。心の中の重しになって絶対、消えてくれないんだ……何年経っても、あるいは何年も後に、ずっと苦しみ続ける事になる。こんなのゲームでしかないって思い込まなきゃ、やってられないくらいに……ね……」
「…………!」
何か叫ぼうとする赤貴に、妖のチェーンソーが襲いかかる。
それを、赤貴は烈空波で迎え撃った。気弾の直撃が、機械の巨体をよろめかせる。
その間、奏空は感電する両手を無理やりに動かして印を結び、真言を叫んだ。
「オン……コロコロ、センダリ……マトウギ・ソワカ!」
妙法睡蓮水紋。
逝が、駆が、きせきと翔が、感電の痺れから解放され、反撃に出る。
逝の地烈、駆の斬・二の構え。翔のB.O.T。各人の容赦ない一撃が、妖に叩き込まれる。
「みんな気をつけて! 中の人がそろそろ危ない、手加減モードに入らないと」
そんな事を言いながら、きせきが見事、菱襲を直撃させる。妖の全身各所で、小規模な爆発が起こる。
逝が、目の高さで片手を庇にした。
「おお、中の人が危ない」
「こ、ここからだよ! ここから手加減!」
「了解。じゃ、刃物でちまちま突っつくとしようか」
駆が、小刻みにクリカを遣いながら言う。
「こんなゲーム、あったよな? みんなで刃物で突っついて、中の人を」
「……助けるんだか吹っ飛ばすんだかわからない、アレか」
赤貴が、疲れ果てたような声を発した。
「なあ、おっさん。あれって、髭親父をトばした奴が……勝ち、なんだっけな。負けだったかな」
「基本的には勝ち。ただねえ、あれも大貧民なんかと同じでローカルルールが色々あるのよ」
悪食を構えながら、逝は笑ったようだ。
「おっさんとしてはねえ……世界警察気取りのアメちゃんを一番びびらせた人の勝ち、ってなふうにしたいさね」
●
赤貴の勝ちだった。
「子供のお情けにすがって……無様に生き延びた、気持ちはどうだ」
三白眼の少年に胸ぐらを掴まれ、そんな言葉をかけられ、米軍技術者が怯えている。
残骸と化したパワードスーツから、引きずり出されたところである。
「悔しいか? なら死ぬか?」
「やめとけって。こういう奴を殺していいかどうかの判断は、俺たちはしちゃいけねえんだ」
駆が言う。
「上に任せよう。下手すると日本政府の連中が絡むかも知れねえが」
「中ちゃんの出番さね。念のため、連絡しとこうか」
「待って、おっちゃん。その前に話、聞いておこう」
言いつつ奏空が近付いて行く。米軍技術者が、悲鳴を漏らす。
「よ、寄るな……悪魔め……」
「ああ落ち着いて、えーと、あ、あいきゃんすぴーく、いんぐりっしゅ」
「奏空くんが落ち着いて。相手の人、日本語しゃべってるから」
きせきが口を出した。
「かなりインテリの人だね。じゃ遠慮なく日本語で会話してもらうけど……覚者の事も妖の事も、よくわからずに日本へ来たんだよね?」
「……お前たち日本人に、力を持たせるわけにはいかんのだ……」
怯えながらも、技術者は言った。
「我が国は、最強でなければならんのだ……最強ではないアメリカになど一体何の価値がある!」
「……だから嫌われるんだよ、あんた方は」
駆が、溜め息をついた。
翔が、無遠慮に話しかける。
「なあ。アメリカの人が一体、何考えて憤怒者に協力なんか」
「協力じゃない、利用しただけさね」
逝が言った。
「何でもかんでも利用して、世界じゅうに憎しみを振りまくやり方……いい加減、改める時が来てるんじゃないのかね? アメリカさん」
「憎しみ、か……」
死屍累々、生存者はたったの7名という憤怒者の有り様を、駆は見渡した。
「マユミちゃん、言ってたよな。憤怒者にはいい薬、だとか……こんなのを『いい薬』なんて言っちまえる。それが覚者って人種の、一般的な認識なのか?」
「憤怒者って連中も結構、色々やってくれてるからねえ」
逝が、ちらりと赤貴の方を見る。
「……堪忍袋の緒が切れかかってる奴も、そりゃあいるだろうさ」
同行者5名を見渡しながら『ブラッドオレンジ』渡慶次駆(CL2000350)は笑った。
「見事に男ばっかじゃねえか。いや、むさ苦しくて実に結構。一番むさ苦しいのは俺だって?」
「むさ苦しがってる場合じゃないと思うなあ」
呑気な声を発しながら『sylvatica』御影きせき(CL2001110)が、廃工場内の有様に目を向ける。
大勢の人間が、損壊した屍となって散らばり、ぶちまけられていた。
某国で、軍事政権による虐殺の現場に居合わせた事がある。あの光景にそっくりだ、と駆は思った。
「まさか日本で……こんなもの見せられる羽目になるたぁな」
「僕らが、もうちょっと早ければねえ。何人かは助けられたかもね、残念」
きせきの口調は、やはり呑気なものである。ゲームで、何かミスをしてしまった。そんな感じだ。
ゲームのようなもの、とどこかで割り切らなければ、やってゆけない。この少年は、その境地に達してしまっているのかも知れない。
「……見て、まだ何人か生きてる」
両の瞳を桃色に輝かせ、黄金色の髪を闘気に揺らめかせながら、『探偵見習い』工藤奏空(CL2000955)が言う。
ぶちまけられた屍に紛れるようにして、確かに生存者が7名、うずくまったり尻餅をついたりしている。
このままでは、彼らも殺される。
チェーンソーを咆哮させる、異形の殺戮者によって。
「おおっ、あれがアメリカのパワードスーツ。すげーカッケぇ」
呑気な事を言っている少年が、もう1人いた。『不屈のヒーロー』成瀬翔(CL2000063)。
「憤怒者の連中もだけど、アメリカ人もなあ……何で、こんな事にこんなスゲー技術使うかなあ。勿体ねえ」
「アメリカ人だからよ」
そんな事を言いながら緒形逝(2000156)が、フルフェイスヘルメットの中から、今回の相手を観察している。
身長は4メートル程度、であろうか。装甲の箱が、機械の四肢を生やしている。
右手は大型のチェーンソー。左手はバチッ! と放電光を煌めかせる、巨大なスタンガンだ。
「……ま、作業用機械さね」
逝が、評価を下した。
「兵器と言うには、ちと古いわよ。いや新しいは新しいんだがアレと比べちまうとねえ」
駆は、訊いてみた。
「アレ、とは?」
「少し前にねえ、似たような代物を見たわけよ。アレをAK-47とするなら、こっちのは……ま、火縄銃ってとこさね」
そこへ、奏空が言葉をかける。
「火縄銃でも人は殺せるよ、おっちゃん」
「ごもっとも……じゃ、これ以上の人死にが出る前に片付けるかね」
「そうだ。こいつら全員、何とか助けるぞっ!」
翔が気合を燃やす。
そこへ、葦原赤貴(CL2001019)が冷水を浴びせた。
「助ける、だと……要救助者など、どこにいる」
鋭く冷たい目が、米軍の新兵器を睨む。その周囲に広がる屍の群れと、7名の生存者を睨む。
「ゴミが大量に転がっているようだが、あれの事か?」
「お前、そういう言い方ないだろ!」
翔が怒る。赤貴の口調は、変わらない。
「オレは、ゴミを拾いに来たわけじゃあない」
「ゴミじゃなくて生存者だ!」
翔が、赤貴の鋭い三白眼を正面から見据える。
「……助けられる命は、助ける。そいつらがオレたちを憎んでても関係ない! 助けるぞ、いいな?」
「好きにしろ。オマエらの邪魔はしない……だから、オレの邪魔をするな」
「何が邪魔だ!」
「ほらほら、やめなよ2人とも」
12歳の少年2名の間に、きせきが割って入る。
緑色の瞳は赤く輝き、茶色がかった髪が青く変色してゆく。
「さ、ゲームスタートだよ。セーブもコンティニューも出来ないから、チームワーク良く確実にね」
「チームワークとは、全員が目的のために適正な貢献と協調に努める事。綺麗事に迎合する事とは違う」
黒い三白眼を、きせきと同じく赤色に輝かせながら、赤貴は小型肉食獣の如く駆け出した。
「……そんなものに、オレを巻き込むな」
「あっ、おい待て1人で勝手に!」
追おうとする翔の肩に、逝が軽く手を置いた。
「打ち合わせ通り行こうや。おっさんが前衛、あんた方は憤怒者の連中を」
「……わかってるよ、助けるさっ」
翔の小さな身体が、青年の長身に変わった。
米軍の新兵器が、こちらに向かってズシリと踏み出して来る。
物質系の妖となったパワードスーツ。その内部には、米軍の技術者が閉じ込められたままであるらしい。
両腕を航空機の翼に変化させながら、逝が言った。
「残念なお知らせ……おっさんね、アメ公って連中あんまり好きじゃないわけよ。だから手加減出来るかどうか」
「アメリカ人は、どこの国でも嫌われてんなあ」
苦笑しつつ駆は印を結び、真言を口にした。
「ナウマクサンマンダ・バサラダン・カン! ……っと」
駆の覚醒が、完了した。
「あ、すごい。覚醒って言うよりダイエット……」
きせきが感心している。
「翔くんと同じで、願望入ってる?」
「まあな。はっはっは」
「ほっとけ!」
駆は笑い、翔は文句を言う。
ともあれ、戦いは始まった。
●
(阿呆どものせいで余所から付け込まれ、こんなものまで持ち込まれる……)
憤怒者が米国から取り寄せてしまった怪物を見据えたまま、赤貴は駆けた。一気に間合いを詰めながら、呟く。
「そんな情勢、とっとと壊して再構築すべきだと言うのに……」
チェーンソーが轟音を発し、襲いかかって来る。
踏み込みつつ、赤貴はかわした。機械の斬撃が、猛然と頭上を通過する。
その風を感じながら赤貴は、妖となったパワードスーツの右脚部に飛びついた。全身で敵の右脚を抱え込むようにしながら、思いきり身を捻る。
「まあいい……第四機関とやらの機械と、どちらが頑丈か試してやる」
妖が地響きを立てて倒れ、すぐに起き上がってきた。チェーンソーを猛回転させながら、その巨体はしかし傾いている。右膝部分からバチッ、と火花が散る。
空気投げが効いた。関節部分に、かなりの負荷が生じたはずだ。動きは鈍化し、攻撃にも狂いが生ずるようになる。
「命知らずに突っ込むもんだ。武装勢力の少年兵みてえに」
体格の引き締まった若い男が、そんな事を言いながら長柄の大刀を振るう。斬・二の構え。
その一撃が、四肢のある棺桶のような敵の身体に叩き込まれる。血飛沫のように、火花が迸る。
「お前さん、あいつらにそっくりだよ。余計なお世話だろうが、心配になっちまうな」
「あんたは誰だ……ああ、渡慶次さんか。気遣いは感謝するが心配は無用だ」
現の因子の持ち主は、覚醒すると本当に別人になってしまう。
別人となった駆の全身に、岩の甲冑が貼り付いている。蔵王・戒を施し済みなのだ。
「ほい、おっさんの番よ!」
逝が、直刀・悪食を妖に叩きつける。斬撃とも呼べぬ、ひどいフォームである。この男、本当に刃物の扱いがなっていない。
それでも辛うじて命中し、『妖刀ノ楔』の呪いが妖の機体内に流し込まれる。手足の生えた棺桶、とでも言うべき巨体が硬直した。
そこへ烈空波を撃ち込みながら、赤貴は言った。
「おっさん、あんた……素手の方がずっと強いんだから、そんな得物は手放したらどうだ」
「悪食ちゃんの方がねえ、おっさんを放してくれないのよ。いやもう、モテちゃってモテちゃって。刀にね」
などと言いながらも逝は、フルフェイスヘルメットの下から、敵の様子を冷静に観察している。
「で、どうかね御影ちゃん。この歩く棺桶の中身……まだ生きとるかしらね?」
「大丈夫。今の一連の攻撃、あと3回は耐えてくれるよ。さすが米軍の新兵器、頑丈だね」
エネミースキャンを担当しながら、きせきが言った。
「だから僕も……思いきり、行かせてもらう」
言葉と共に、妖刀『不知火』が一閃。歩く棺桶の表面に、傷が生じた。が、それだけだ。返礼のチェーンソーが、きせきを襲う。
「っと……やっぱり機械相手に、火傷や麻痺は効かないか」
狙いの狂った一撃を涼やかにかわしながら、きせきが不知火を構え直す。
中のアメリカ人が火傷で死んでくれれば面倒がない、と赤貴は思わなくもなかった。
後ろの方から、大声が聞こえる。
「アンタたち死にたくねーだろ!? 妖はオレらが何とかするから、早いとこ逃げろ!」
翔の声だった。奏空と2人がかりで、生存者7名を半ば無理やり、妖から遠ざけようとしている。
そんな暇があったら攻撃に参加しろ、とも赤貴は思わなくなかった。
「……一々、苛つかせてくれる」
「まあそう言うな。俺たちの仕事ってのは、飽くまで人命救助なんだよ」
斬・二の構えで妖を叩きのめしながら、駆が言う。
「憤怒者の連中ってのは、その名の通り怒るだけだ。俺たちをどうにか出来るわけじゃねえ……俺たちの方が、ずっと力を持った化け物なんだからな」
化け物。赤貴も、そう呼ばれてきた。まあ、それは良い。
「だから俺たちの方が、おっかなびっくり人間社会に入れてもらうしかない。その為には人様に御奉仕するしかないのよ……俺たちには、力があるんだからな」
化け物を育てている者。赤貴の両親はそう罵られ、石を投げつけられてきた。
(あの連中に……奉仕だと……)
怒りは、憎悪は、目を曇らせる。適正な協調と連携を乱すものであると、赤貴は頭では理解していた。
●
練覇法を使うと攻撃力が向上する。単純に、腕力も強くなる。
その腕力で、奏空は憤怒者たちを数人まとめて引きずった。
「は、放せ化け物……お前らなんかに、助けられたく」
「いいから! はじっこ行ってて!」
翔と2人がかりで、生存者7名をとにかく妖から遠ざける。
1人が、鉄パイプを振り上げる。そちらへ翔が、眼光と言葉を向ける。
「今そんな事するのと、自分の命! どっちが大事だよ!?」
鉄パイプを振り上げた男が、硬直した。翔はさらに叫ぶ。
「今は逃げて、またの機会狙った方がいいだろが! 安全な所で化け物同士の戦い、高みの見物してればいいだろ違うか!」
ワーズ・ワースが効いている。憤怒者7名は俯き、大人しくなった。
寂夜の舞で、奏空はその全員を眠らせた。逃げてくれない以上、眠らせるしかない。
倒れ、動かなくなった7人を、翔が見回し確認した。
「あんまり言う事聞いてくれねーようなら雷獣か何かで脅そうかと思ったけど、そんな事やらずに済んだな」
「力の脅しは……憤怒者って人たちには、逆効果だと思うんだ」
奏空は思う。この7名の中には、大切な誰かを覚者もしくは隔者に殺された人もいるだろう。
本当の敵が何であるのかも、わからなくなる。憎しみとは、そういうものだ。
自分とて、例えば姉を誰かに殺されたりしたら。
「……ま、そんな事より俺は中衛に入る。翔、この人たちの見張り頼めるかな」
「任しとけ。目ぇ覚ます奴がいたとしても、手出しはさせねー」
その時、きせきの叫び声が響き渡った。
「全体攻撃! 来るよ、気をつけて!」
妖が、巨大なスタンガンである左手を、廃工場の床に叩き付ける。
電光が迸り、無数の発光する蛇のように床を駆けた。
赤貴が跳躍し、それをかわす。
逝と駆は、かわさずに足元からの電撃をまともに受けた。
きせきも、それに奏空もだ。
電光が、足元から体内へと激しく流れ込んで来る。
覚者ではない普通の人間であれば、感電死だけでは済まない、内臓まで灼かれて破裂するであろう電撃。奏空は、歯をくいしばるしかなかった。きせきも逝も駆も同様であろう。
「馬鹿な……オマエたちは何をしている!」
着地しながら、赤貴が叫ぶ。
「オレでさえ回避出来たものを、1人もかわせないわけはないだろう!」
「言った……ろ……俺たちの仕事は、人命救助だってな……」
バチバチと電光にまとわりつかれ、灼かれながら、駆が苦しそうに笑う。逝もだ。
「同志奏空と、同志翔が……憤怒者の連中を、ずいぶん遠くまで引きずってってくれたみたい……だけどねえ、この電撃の範囲外まで行けたかどうか……ちょいと確信が持てなかったんよ……だから念のため、さね」
「念のため……電撃を身体で止めた、とでも……?」
赤貴が、絶句しながら呻いている。その三白眼が、翔を睨む。電撃の蛇に絡みつかれ、締め上げられ、灼かれている、翔の姿を。
「馬鹿なのか……オマエたちは……!」
「ふっはははは、今頃気付いたか!」
電撃に耐えながら翔が、特撮ヒーローのようにポーズを決める。
光る蛇の群れ、のようだった電光の嵐が、覚者5名の身体に全て吸収される形で消えてゆく。眠り続ける生存者7人は無事だ。
「どんな人でも……軽々しく、死んじゃ駄目だし……殺してもダメなんだよ、葦原さん……」
感電し、震える喉の奥から、奏空は無理やりに声を絞り出した。
葦原赤貴。
世の中の在り様自体に憎悪と嘲笑を叩き付けるかのような、この少年の事が、奏空は最初から気になっていた。
「……助けよう。エゴなの、わかってるさ……だけど憤怒者の人たちだって、いつかわかってくれる……」
「何がわかるものか、このゴミどもに!」
「君にとって、今はゴミでも……」
感電の震えを帯びた声で、きせきが言う。
「助けられなかったら……後で絶対、後悔するよ……」
「するか!」
「後悔する。君は、絶対」
苦しそうに、きせきは断言した。
「みんな、誰かの家族なんだよ。僕たちにとっては嫌な人たちかも知れない、だけど『誰か』にとっては大切な、掛け替えのない存在なんだ」
「家族……」
「ねえ赤貴くん……助けられなかった記憶ってね、積み重なっていくんだよ。心の中の重しになって絶対、消えてくれないんだ……何年経っても、あるいは何年も後に、ずっと苦しみ続ける事になる。こんなのゲームでしかないって思い込まなきゃ、やってられないくらいに……ね……」
「…………!」
何か叫ぼうとする赤貴に、妖のチェーンソーが襲いかかる。
それを、赤貴は烈空波で迎え撃った。気弾の直撃が、機械の巨体をよろめかせる。
その間、奏空は感電する両手を無理やりに動かして印を結び、真言を叫んだ。
「オン……コロコロ、センダリ……マトウギ・ソワカ!」
妙法睡蓮水紋。
逝が、駆が、きせきと翔が、感電の痺れから解放され、反撃に出る。
逝の地烈、駆の斬・二の構え。翔のB.O.T。各人の容赦ない一撃が、妖に叩き込まれる。
「みんな気をつけて! 中の人がそろそろ危ない、手加減モードに入らないと」
そんな事を言いながら、きせきが見事、菱襲を直撃させる。妖の全身各所で、小規模な爆発が起こる。
逝が、目の高さで片手を庇にした。
「おお、中の人が危ない」
「こ、ここからだよ! ここから手加減!」
「了解。じゃ、刃物でちまちま突っつくとしようか」
駆が、小刻みにクリカを遣いながら言う。
「こんなゲーム、あったよな? みんなで刃物で突っついて、中の人を」
「……助けるんだか吹っ飛ばすんだかわからない、アレか」
赤貴が、疲れ果てたような声を発した。
「なあ、おっさん。あれって、髭親父をトばした奴が……勝ち、なんだっけな。負けだったかな」
「基本的には勝ち。ただねえ、あれも大貧民なんかと同じでローカルルールが色々あるのよ」
悪食を構えながら、逝は笑ったようだ。
「おっさんとしてはねえ……世界警察気取りのアメちゃんを一番びびらせた人の勝ち、ってなふうにしたいさね」
●
赤貴の勝ちだった。
「子供のお情けにすがって……無様に生き延びた、気持ちはどうだ」
三白眼の少年に胸ぐらを掴まれ、そんな言葉をかけられ、米軍技術者が怯えている。
残骸と化したパワードスーツから、引きずり出されたところである。
「悔しいか? なら死ぬか?」
「やめとけって。こういう奴を殺していいかどうかの判断は、俺たちはしちゃいけねえんだ」
駆が言う。
「上に任せよう。下手すると日本政府の連中が絡むかも知れねえが」
「中ちゃんの出番さね。念のため、連絡しとこうか」
「待って、おっちゃん。その前に話、聞いておこう」
言いつつ奏空が近付いて行く。米軍技術者が、悲鳴を漏らす。
「よ、寄るな……悪魔め……」
「ああ落ち着いて、えーと、あ、あいきゃんすぴーく、いんぐりっしゅ」
「奏空くんが落ち着いて。相手の人、日本語しゃべってるから」
きせきが口を出した。
「かなりインテリの人だね。じゃ遠慮なく日本語で会話してもらうけど……覚者の事も妖の事も、よくわからずに日本へ来たんだよね?」
「……お前たち日本人に、力を持たせるわけにはいかんのだ……」
怯えながらも、技術者は言った。
「我が国は、最強でなければならんのだ……最強ではないアメリカになど一体何の価値がある!」
「……だから嫌われるんだよ、あんた方は」
駆が、溜め息をついた。
翔が、無遠慮に話しかける。
「なあ。アメリカの人が一体、何考えて憤怒者に協力なんか」
「協力じゃない、利用しただけさね」
逝が言った。
「何でもかんでも利用して、世界じゅうに憎しみを振りまくやり方……いい加減、改める時が来てるんじゃないのかね? アメリカさん」
「憎しみ、か……」
死屍累々、生存者はたったの7名という憤怒者の有り様を、駆は見渡した。
「マユミちゃん、言ってたよな。憤怒者にはいい薬、だとか……こんなのを『いい薬』なんて言っちまえる。それが覚者って人種の、一般的な認識なのか?」
「憤怒者って連中も結構、色々やってくれてるからねえ」
逝が、ちらりと赤貴の方を見る。
「……堪忍袋の緒が切れかかってる奴も、そりゃあいるだろうさ」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
