沍返る追憶
●
誰でも等しく持っているもの。
過去。
君にも過去はあるだろう。
あの時、君は何をしていた。その追憶の日々をここに。
誰でも等しく持っているもの。
過去。
君にも過去はあるだろう。
あの時、君は何をしていた。その追憶の日々をここに。

■シナリオ詳細
■成功条件
1.イベシナを楽しむ
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
つまり、過去を描写するイベントシナリオなんだ
シナリオ名が二月っぽいけれど、二月でなくても問題ありません
●状況
これはキミの、過去の話である
●やれること
過去を描写します
どれくらい過去かは、お任せします
いっそ日本超えてもいいと思います、海外にいたキャラさんもいるだろうしね
あまり広げず、内容は絞った方が濃くなります
EXプレイングにて、どれくらい前の過去か、何歳ごろか、状況とか
書いてくれると、工藤が助かります
よろしくです
●イベントシナリオのルール
・参加料金は50LPです。
・予約期間はありません。参加ボタンを押した時点で参加が確定します。
・獲得リソースは通常依頼難易度普通の33%です。
・特定の誰かと行動をしたい場合は『御崎 衣緒(nCL2000001)』といった風にIDと名前を全て表記するようにして下さい。又、グループでの参加の場合、参加者全員が【グループ名】というタグをプレイングに記載する事で個別のフルネームをIDつきで書く必要がなくなります。
・NPCの場合も同様となりますがIDとフルネームは必要なく、名前のみでOKです。
・イベントシナリオでは参加キャラクター全員の描写が行なわれない可能性があります。
・内容を絞ったほうが良い描写が行われる可能性が高くなります。
ご縁がございましたら、宜しくお願いします
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
金:0枚 銀:0枚 銅:1枚
相談日数
7日
7日
参加費
50LP
50LP
参加人数
33/∞
33/∞
公開日
2017年03月05日
2017年03月05日
■メイン参加者 33人■

●
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は日本在住の祖母宅にて、家族に囲まれ誕生日を祝っていた。
真っ赤な蝋燭を乗せたケーキ。暗い部屋でこだまするバースディソング。思えば皆、幸せそうに笑ってラーラを囲んでいた。
ふー、と。
蝋燭の灯を吹き消したラーラ。一瞬、暗転した世界で思い出したのは、まるであれは呪いのような言の葉であったのかもしれない。
『エピファニアに生まれた女の子はベファーナの生まれ変わり』
古い古い言い伝えのひとつ。
その時、ラーラの中では発現という大きな変化が起こっていたのだが、その場の誰もが気づかなかったのだろう。パーティは時間と共に進んでいく。
部屋の明かりがつけば、祖母とラーラ以外はブロンドの髪を靡かせていた。黒色の髪の祖母とラーラは手を取り、幸せを分かち合う。
エピファニアという生まれのもと、髪の色と眼の色が本来燈すべき色を映していないのはラーラとしてコンプレックスではあったが。
祖母はきっと、黒色のほうが素敵よ、なんて言ってくれたのだろうか。
逃げ出しそうになっていた魔術の勉強から、再び決心をした特別な日であった。
●
賀茂 たまき(CL2000994)は、家のお仕事の手伝いで神社にいたことがある。
まだ小さなたまきが陰陽師装束のまま見上げると、桜が満開に咲き誇りながら、その間から太陽の光が漏れて透けて、地面に桜のシルエットを映していた。
まるで世界が輝いて見えるような場所で、ふと、俯いたり、慌てながら周囲を見回したり、かなり挙動不審な少年を見かけた。
ふと、その少年と眼があってびく、と身体を揺らしたたまき。
しかし放っておくことはできなくて、つい声をかけてしまった。あとあと思えば、よく声をかける勇気があったものだと、たまきは思った。
何を話したのか覚えてはいないけれど、時間と共にその男の子の顔が明るくなって、ほっとしたのは覚えている。
彼は今頃どうしているだろうか――別れ際にお守りを、とあげた桜貝の片方は、今でも持っているのだろうか。
工藤 奏空(CL2000955は珍しく家族とお花見に来たのだが、ちょっとトイレと走ってから蝶がふわりと飛んでいて思わず追いかけた先。
ここはどこだ。
と奏空は空を見上げて口をあんぐり開けていた。
よくよく見てみれば大きな神社であった。それと、境内には大きな桜の木があって、そこには浮世離れした綺麗な衣装を来た少女が立っていた。
まるで絵本に出てくるお姫様のような子であった。しかし目が合ったのは一瞬で、恥ずかしさに俯いていたら、足音が近寄ってきた。
話しかけてきた少女に、胸が高鳴る。
何を話したのか覚えてはいないけれど、時間と共に心が安心していったのは、今でも覚えている。
彼女は今頃どうしているだろうか――親が迎えに来てもう行かなくちゃと、別れ際に貰った桜色の貝殻に乗せた『また会おうね!』の約束。
もし再び君に会えたなら、沢山、話をしたいことがある。
もしかしたら、もう、それは叶っているのかもしれないけれど――。
●
私はとある白い殺風景な部屋にいた。
生活感なんてあったものでは無い。起き上がれば、ベッドが軋む音だけが現実であることを証明する手掛かり。
傍ではいつ己を食い殺すか様子を見ていたのかもしれぬ妖刀が直立し、微動せず。その奥に、質素な机と椅子があるだけ。
これでも私は研究所の職員である。
とは言え扱いは遠い。部屋から出るときは刀を抱き込んだ形で両手を拘束。自由など鼻で笑えてしまいそうではある。
刀は刀が思う所有者が持っていれば、大人しくイイコだ。之を持ってして発現してから、ずっとこの生活の繰り返しにも、些か飽きたというか、一寸狂わず同じことするのも退屈というか。
だから、ひとつ。
元軍人の力にものを言わせ、外に散歩へ行く程度は、容易い。
とは言え、散歩に出るだけでオイタをした事を聞いた友人は、半ば旧知の信頼が灯る呆れ顔を見せながら、新しい場所を用意してくれた。
もうひとつ、言われたことは、緒形 逝(CL2000156)として生きること。
妖刀遣い、又は悩める幽霊として。
●
――パシィ!!
と響いた音と共に、風祭・誘輔(CL2001092)の頬が赤く腫れあがっていく。
キ、と手をあげた親を睨んだのは一瞬。次の瞬間、誘輔は走り出し、そして家から遠く遠く……無我夢中で距離を作っていた。
くそ、くそ、と心の中で垂れながら、日々あぁして飲んで暴力を振るわれるのは茶飯事の出来事。
今日も親の虫の居所が悪かったのか、朝から何も食べさせてもらえず、腹をすかし過ぎて走るのを止めた。
蹲った少年の瞳は淀み、この先の未来に希望を言わせてすれ違う小学生たちとは段違いであった。まるで、あのきらきらした場所から隔絶されているよう。
空高く上がっていた太陽は沈み、夜、公園のブランコを一人で漕いでいたとき。風に煽られてページが捲れていく雑誌を拾い、埃を落としてから開く。
がつんと打たれた気分である。親の叩きとは違う気分、もっと別のものが背中を叩いたのだ。
まるで世界の全てをそこに集約したような。
戦場でも最貧国でも心霊スポットでも現地の人間と交わって体当たりの取材をこなす男の活躍に、子供心に夢中になっていた。
それが彼の原点。
あの男は覚者であった。
「覚者も普通の人間も好奇心に貴賤はない」
そんな言葉が、今の誘輔を支えているのであった。
●
――電話が鳴る。
何故だか、直感でそれが良くない知らせを運んできたように思えていた三島 柾(CL2001148)は、ごくりと唾を飲み込み、出る。
それからは、何を考えていたか必死過ぎて何も覚えていない目まぐるしい日々が続いた――。
ぽつん、と空間に置かれた人形のように一点を見つめて動かない柾。
彼の耳には、家族との思い出というBGMが流れていた。家の中にいれば、いやでも思い出が巡ってくる。このリビングで、このテレビの前で、このテーブルを囲って。
テーブルの上には、逆さまになって主亡き両親の茶碗が鎮座していた。少し隣で、父親のマグカップがぽつんと置かれている。
生活感があるのに、静かであった。
外出して、家に電話すれば両親が電話に出るのでは無いかと思えるくらいに。実感が、抜け落ちている。
柾の瞳から、一粒の涙が零れた。そして、次第に涙はぽつぽつと雨のようにテーブルを染めていく。
ちいさな三島 椿(CL2000061)が、それを影から見ていた。
おにいちゃんが、ないてる。おとうさんと、おかあさんが、こうつうじこでいなくなった。もうどこにも、いない――。
わあ! と泣き出した椿に驚き、柾は途端に現実へと引き戻された。どうして幸せがずっと続くと思えていたのだろう、そんなことよりも今は。
柾の名前を呼びながら駆けよってきては、震えた手が「泣かないで」と伸びてきて触れる。その手の暖かさは「今」でも忘れるものか。
妹を抱きしめ、彼女が泣き止むまでずっとずぅっと背中を撫で続けた。
「つばきがいるよ」
繰り返しそう兄に伝える妹は、どれほど強き存在か兄は思い知らされた。
俺が妹を守らないと。
繰り返し願うそれ。
それは、妹に届いていた事であろう。
椿は高校生になった。
ずっと守り育ててくれた兄。余暇の時間さえ割き、育ててくれたたった一人の家族。
そんな兄を今度は私が支えたい。
そして兄に守られた分、私もまた誰かを守れるようになりたい――。
●
昔話をしよう。これは悲劇的な男の話だ。
ごく普通に育ち、家庭を持った研究職の人間がいた。
そんな彼は、覚者に否定的であり、覚者とは自分の世界を壊すものでしかなく、反覚者運動の一部となっていた。
自然とスポンサーが付き、反覚者用の研究者となった彼――で、あったが、悲劇はここにも等しく存在する。
ある日、彼の一人娘が覚者に襲われて死亡したという連絡が入った。
男は嘆き悲しんだ。来る日も来る日も呪った。そして、その憤怒は肯定されていく。
ただひとつ、男は真実を知らなかった。
娘は生きていたのだ。
同時期に、ひとつの失敗作が破棄された。それは覚者にしか扱えないもの。
それが何を意味するのかは、これまでの結果の延長線上。
氷門・有為(CL2000042)は思う。
本当に、よくある話です。
何を願い、何を守ろうとしたのか。
私の願いは、今も変わらずに。
●
天堂・フィオナ(CL2001421)は稀によくみる夢がある。
街並みは到底日本とは違い、大分現代よりも前の話。
遠い異国で、城や、まるでそれこそ映画の中に存在していたものの世界である。
しかし荒れていた。
戦闘か。
武器を持った人々による殺し合いの衝突。
しかしフィオナが見ている光景側は明らかに不利であった。もう幾人もの友人は土煙のなか果てて消え、向こうにいる主君を守らねばと若人は命を散らしていく。
フィオナもそうだ。
――守らなければ!
しかしそのとき、背中側から剣が突き刺さり腹を貫通した。
味方に紛れ込んでいた裏切りのユダが、今ここでその行動を開始したのである。
あまりの突然の出来事に、予想なんて皆無。また、その事実を受け止めるだけで精一杯だ。
掠れる視線の先、愛すべき主君も無残に塵のように消えていく。
……守るべき人を、守れなかった
その夕焼けが目に張り付く。遠い日の、可能性の話。
●
椎名・昴(CL2001549)が思い返すのは、彼の母親が亡くなってしまった時のこと。
父親は実家とは仲が悪く、それの仲を保つのはいつも母親の役目であったそうだ。
小さい頃の記憶では、祖父母とは仲が良く、昴自身もとてもよくしてくれた記憶が昨日のことのように思い出せる。
だからこそ、母親の死はそれほど重要な分岐点であったのだ。
家から遠く離れ、父親と。
「これからは裏の仕事だけじゃなくて表の仕事もしていくぞ」
そんないきなり言われても、と昴の頭の中は混乱していたが、それが現実だと思い知らされたような気もした。
父親も、母が死んで一番悲しいのは彼であったかもしれないのに、昴には笑顔で、そして頑張って育ててくれたことはとても感謝している。
兄貴たちもきっと同じことを思っているに違いない、言葉として聞いたことはないけれど。
家族って、そういうものだって思うから。
●
東西冷戦の最終章。その一幕。
当時新田成は醸造技術を学ぶ為に、渡欧したばかりの一留学生であった。
とはいえそれは仮の姿。いや、彼にとってはどちらも真の姿ではあろうが。
本当は、政府から密に派遣された工作員という裏の顔も忍ばせている。数多の戦場を裏から周り、多国の間で身分を偽り隠して出張を繰り返したのち、とある小国の王家の一人を切り殺した。
居合わせた幼少の王子は唯一の目撃者で、彼は勇敢にも、
「いい王子になると民に約した。余を殺すなら十年まて」
と言う。そこに王の器を見出した成は刃を仕舞った。
ここはグレイブルと言う地。後に彼が王となる国だ。
余は本当にニンジャにあったことがある。
それはプリンス・オブ・グレイブルが言う。それは彼が招かれた先で、夜中、トイレに目が覚めた幼少の頃の話だ。
物音はなかった、しかし暗闇に一閃の光が放たれたと同時にそちらをみやる。すれば、大アンクルが線対称に裂け、その裂けた間から人影が揺れた。絶対ニンジャだ、キリジュツ使ったんだ。
鋭く光る獅子のような瞳がプリンスを見ていた。直感で分かる、次は自分が切られる番だ。身体中の水分や排泄物的なものを全て吐き出しながら、そういえばかのニンジャの本場ジパングとやらではドゲザという最大級のフォームがあるとかないとか。
「アッヒャァァァン!!余、余もっといい王子になるって誓ったのでー!あと10年程待って貰えません!?」
すると影は抜き身の刃を仕舞い、では十年待とうと残して消えた。
どうやら昨日パン屋の大将に悪戯の折檻くらったときの言い訳が今日通じたらしい。暫く使おう。そう決心したのちの王であった。
●
しぃんと、静かな女の子であったゆかり・シャイニング(CL2001288)。虫も、殺せ無さそうな。
しかし猿顔のおじちゃんという人に出会ってから、彼女は多少なりとも変わっていく。
いつも一定の時間に同じところをぷらぷらしている不思議な人であった。何をしているのか、全く見当もつかないくらいに。
ゆかりの両親は、あの人に近づくなと口酸っぱくいっていたが、ゆかりが受ける印象は、そんな忌避されるような人には見えなかったのだ。
もっちがう、こう、面白そうな人。
そんな彼が見せるパントマイムは、コミカルで楽しくて、つい笑顔が溢れるようなもの。そう、彼は最高のエンターテイナー。
ゆかりが笑えば、おっちゃんも喜んでいた。
どうしてか、心が満たされていく気分である。それが、今のゆかりを作った日なのであった。
そんなおっちゃんが実は大猿の古妖って知ったのは、中学生で発現した日のことでした。びっくり!
●
田場 義高(CL2001151)が今の妻と出会ったのは、花屋であった。
十代にしては、屈強で強面。今の彼と同じと言っていいほど、変わらない見た目としていた彼。それは相応に苦労も多かったことだろう。
妻――センカと呼ばれた女性は、店長が連れてきた人であった。
スウェーデンから来日した直後で生活に困っていた所を、スカウトされたとかなんとか。
義高とは違い、小柄で華奢にもかかわらず、ちょこまかと動き回る働き者で、明るく愛らしく芯が強い頑張り屋のセンカ。
新人で、日も間もないはずなのに、店の歯車の一部となるのは早かった。
いつも熱心でひたむきな姿は義高いの視線を奪っていく。
いつしか、視線は彼女を追いかけていた。いつも心は、彼女に惹かれていた。
あの人はいろんな意味で俺の人生を変えてくれるんだよな
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菊坂 結鹿(CL2000432)は小さいころから、姉にべったりであった。いつ、どこにいくにしても一緒。
好きな人に喜んでもらいたいという気持ちはいつもあった。
家は洋菓子店であるからこそ、うってつけのものがある。姉が不在のときもお店で過ごしていた結鹿は、お手伝いをしながら一生懸命何ができるか考えていたのだ。
それはお菓子である。
そこには「喜んでもらえる何か」と「お菓子を幸せそうな表情で食べるお姉ちゃん」が繋がってて、結鹿は一層お料理にのめり込んでいく。
その時作った初めての料理は、パンケーキとストロベリージャムであった。
姉に差し出し、食べてくれるまではどきどきであったが、一口食べてから姉は美味しいよと笑って頭を撫でてくれていた。
それは結鹿を作る、原点となったことであろう。
●
妹に初めてあったのは、向日葵 御菓子(CL2000429)が13歳、妹は3歳のときである。
妹の両親は世界中を飛びまわり、基本的には一つの場所にとどまらない人たちであった。
妹と呼べる繋がりは、それぞれの母親が姉妹であるという点だ。
その時御菓子は、知人に誘われて外国へ演奏にいっていて、偶然であったが帰国する日に妹のご両親が不慮にも亡くなったという知らせが届いたのだ。
急いで帰り、玄関を開けば妹は玄関前で自分の帰りを待っていた。
頬を真っ赤にし、よたよた近寄ってきては、両手を握りしめて、その姿が儚くそして、愛おしかった。
彼女を大事にして、それでいて護らねばと。
決心した瞬間である。
●
御影・きせき(CL2001110)は両親と一緒に車でお出かけをしていた。
行先は遊園地。乗り物が載っているパンフレットをみて愉快ではらはらしながら、途中のサービスエリアでクレープを食べたりして。
普通の休日の、幸せな一幕であった。
しかし幸せはときに、一瞬で崩れていくことがある。
突然、車の前に大きな生物が出てきて、それが妖であることはすぐに気づいた。
車を咄嗟に出て、逃げろ!! と父親の声が響いた。慌ててきせきは逃げていく。無意識に身についた韋駄天が、彼の命を救うきっかけのひとつ。
しかし、両親は、逃げきれなかった。助けてくれたAAAの一員が、苦しそうな顔でそう言っていたのだ。
それから暫く病院のなかでの生活が待っていた。五麟に来る、少し前の話。
●
蘇我島 恭司(CL2001015)が発現する前、大物政治家の賄賂受け渡し情報を入手した彼は、数日掛かりで張り込みをし、見事決定的瞬間を撮影出来た!
ここまでは良かったのだが、
「覚者が護衛って洒落になって無いよね!?」
概ね予測はしていたが、だからこそ対策は打っていた。見つからない場所を探り当て、そこからシャッターを切るのだ。
片方は耳、片方は目で気づいた覚者たち。その瞬間咄嗟の判断で逃走を試みた。
「僕も発現したら、もっと楽にお仕事出来ないかな?」
慌てて逃げながらも、通りの店のショーウインドウにちらと見えた追手。いよいよやばくなってきた。
手持ちの武装では役に立たず。
これはもう終わったと確信した瞬間、目の前に滑り込む車が一台。
「あぁ……助かった……いやいや、今回は本当ダメかと思ったよ」
あの覚者たちも、車の速度には勝てまい。しかし恭司は何度か後ろを見て追手がないか確認していた。
持つべきものは、信頼できる親友だねぇ……。
●
柳燐花には大事な写真がある。
机の中にそっと隠された、大事な大事な写真が。
祖父を亡くしてから五麟へと流れるようにきた燐花は、田舎から出てきたこともあってから、あまり馴染めずにいた。特に田舎とはちがう、人の多さが彼女を消極的にさせていたのだ。
寮さえ彼女は怖気づいていた。だがこのままでは、どうしようもない。
人に慣れなくてはある意味脅迫じみた様な気持ちが心を埋め、気づいたら七夕の催しに足を運んでいた。その時に、ばしゃりと撮られたのが今の写真である。
その人は安らげる住所をくれ、人との接し方を教えてくれ、少しずつ人間となっていく燐花を見守ってくれている。
思い返せば、この写真から柳燐花は始まったといえよう。
彼女が、彼女として在るその第一歩を踏み出すことができた、最高の思い出。
●
風織紡の笑顔には隠れた過去がある。
いつもひとり、であった。特にそれは紡にとって嫌なことではなかったし、むしろ他人といることが苦手であった分、それでもいいと思っていた。
特に同級生と一緒にいるのは耐えられい。同じ空間の空気さえ吸っているのも嫌であった。援交とか、金遣い荒いとか、やってそうとか、へらへらしてるとか、気持ち悪いとか、何考えているのかわからないとか。有る事無い事の噂が耳につく。
でも、けろっと笑って紡は全ての言葉を受け流していく。だって、弟の歩人がいるのだから。大切な、家族が。
心が泣いているなんて、そんなわけない。
言い聞かせる様に何度も繰り返したその言葉。姉の責務として、弟を守らねばならないのだから。
どんな手を使ってでも弟を食べさせて楽させる。そんな一種の愛の形に紡は呪いの様に雁字搦めになっている。けれどそれは強い意思の表れ。
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華神刹那の祖父は不動産が成功し、財を成した人物である。
元手としたものが先祖代々の土地だった為か、祖父は現役を退くとき、資材のほぼ全てを親族に生前贈与した。ただし、条件付きの。
親族たちが希望するものに出費するという贈与だ。例えば武芸、例えば夢を追う為。それの支えとなる為、祖父はそう考えていたのやもしれない。そして、刹那はこう言う。
「これをくれ。あと路銀を少々」
それは長年そこに静かに鎮座していた一振りの刀。それをもって、刹那は欧州へと旅立っていく。
「ということがあってのー。結構な値打ちのものらしいのであるが、手放す気は無いのでこうした」
手入れ中、分解されていた刀に施された銘は、元々のそれを削り落とされ、刹那、と新しく刻み込まれていたのであった。
同じく、華神悠乃もそれぞれの贈与に恩恵を受けたひとりである。
刹那同じく、彼女も独特な希望を持っていた。
「いろいろなことの練習ができる場所が欲しい」
中々に漠然としていたが、祖父はそれでも頭を縦に振り、出来たのがジムである。
「ただ、ひとりでもくもくやっても楽しさが薄いじゃ無い?」
悠乃はそう言いながら、友人や知人を時には誘ってみたり、部活の合宿に活用していた。その度に増資や改築は進む。まるで生きている建物のように。
「で、気がついたら結構な大規模スポーツクラブになってましたとさ」
というのが、今の悠乃が管理しているスポーツクラブなのである。
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葦原赤貴は、じぃ……と画面を見つめていた。かわるがわる、画面は移ろい、彼がみているのは年相応なアニメやドラマや映画などでは無く、平穏無垢な日常の一幕で家族が笑いあっていたり、はたまた、身体の一部が変異している覚者が集団暴行によって人の形を失っていく場面を見せられたり、そんな、平穏無垢も正気の沙汰のものも、全て人間の行いであると赤貴の父は言っていた。
そして問われる。
「お前はどっちで過ごして生きたいか?」
普通、ごくごく平凡な倫理観を持っているとすれば、迷いなく平穏を選んだであろう。
従ってこれは、その為にどうするかを赤貴に伝えるための手段なのであった。
ある意味狂気的にも思える場面だが、親には深い愛があった。語りかけてくる両親の目をじぃと見始める赤貴だが、その両親の目には悲しみを越えようとする決心に満ちている。
それを人は愛と呼ぶのか。
騙されたいため、負けないため、立ち向かわなければ行けない先へ、飲み込まれてしまわぬように教育は続いていくのである。
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明石ミュエルには人並みに悩みがあった。
それは地毛が金髪だったり、身長だったりと、何かと悪目立ちしやすいということ。
その金色は染めていると疑われたことは山ほどあるし、入学当時は校則に準じていたスカートも身長が伸びると短くなってしまった。
そんなこんなで、指導の先生の前では俯いて歩くことが多くなり、いつもあの瞳に睨まれるのを怖がっていた時が長かった。
だからこそか、着る服も次第にどんどん地味になり、なるべく目立たないように生きていくことを無意識に行なっていたかもしれない。
それが終わりを迎えるのは、ファイヴ組織にスカウトされたときだ。五麟にいくと決めて、地元の学校で過ごす最後の日。貯めておいたお小遣いを握りしめて、ピアス穴をあけた。これは最初で最後の校則違反。どうしてか、悪い気はしなかった。
むしろ、このしがらみから解放された気持ちでいっぱいであった。そう、諦めて逃げて帰らないように。覚悟のピアス穴は今でもこの両耳に痕を残している。
●
元々は、孤児である。谷崎結唯の瞳は淀んでいた、光を通さなかった。まるでこの世が終わっているような。そんな普通のきらきらした子供の目をしない結唯は、奇異な存在である。
それから孤児院はある時間をきっかけに発現した彼女を放り出してしまう。そこからひとり、そんな目をしている子でも、子は子であるから故に、一人で生きていけるはずはない。
そして運良くか、悪くか、極道に一人拾われた。
色々な武器を教えられ、操る術を教え込まれながら生きていく。格闘術や、毒や薬物の扱いさえも教えられ、一人の人間としたらかなりアウトローな世界に浸っていたに違いない。
これは殺す為に教える。そう、何も言われたことか。
世の中に興味がなく、問題を起こしすぎていた結唯。よくもまあ、今まで生き抜いてきたものだ。
谷崎組か。そこの組長を中心にこの世界で、日本で生き抜くための術を叩き込まれたというわけだ。
そこはある意味故郷に似たようなもので。たまには帰ってやるかと一人口に出す。
●
餓鬼の頃だ。
諏訪刀嗣が六歳のとき、両親の不慮の事故の報せが舞い込んできた。
その直後家にわらわらと親戚が寄って集るように来たのだ。子供だからと何もわからない刀嗣とその妹から、財産等全て奪おうという浅ましい魂胆は、刀嗣の瞳には透けて見えていた。
母親の部屋を無粋に荒らして回る親戚に、刀嗣の妹はやめてと叫びながら止めに入ったとき、大人の拳が少女の頬を殴った。
その瞬間、頭の中で何かが切れた刀嗣は、万年筆を握りしめ、妹を殴った男の右目へそれを突き刺す。発狂したように叫ぶ男、寄って集って刀嗣は親戚一同の殴打の嵐を食らった。
が、その日から親戚はこの家に手を出すことは無くなった。
その時に刀嗣は理解した。
誰も助けてはくれない。守ってなんかくれない。
だからこそ強くならねばいけない。そうならなくてはまた、奪われてしまう。世界一強くなって、たった一人の家族を守る為、日夜の奔走が始まるが、それはもう遠い記憶の中で忘れてしまったきっかけの話。
●
犠牲を払えば倒せないことはない妖と交戦し、倒したものの赤坂仁は病院のベッドの上で目が覚めた。それまで意識はなく、体もボロボロで重体であった。
上司とともに聞いた医師の話によれば、復帰はもう叶わないだろうという一つの結果が提示されただけ。医師が話を終え、上司と二人だけになったあと、上司は一枚の紙を仁へと渡した。それは、退職届。
一瞬仁は何かを言いかけて、しかし飲み込んだ。やっと動く右腕を震わせながら退職届へサインする。それが終われば、上司はいそいそと懐に大事そうにそれを仕舞い、足早に病室をあとにしていく。
ぽつんと残された仁は暫く天井を見上げて、どうしようもない気持ちで虚を見ていた。
それから発現し、復帰不能な傷が癒えるまで、静かすぎる日々は続く。
●
「小僧!!」
と呼ばれて切裂 ジャック(CL2001403)は無我夢中で走り出した。裸足で走り、繁みに入り込み追ってくる「ばっちゃ」に向かって、喉を唸らせ逆毛たつ猫のようになっていた。
ばっちゃの髪飾りを盗ったのだから、咎められて当然だが、とことん悪戯を尽くすために髪飾りを隠しに逃げたところで、洞窟の中を覗き込む。
これを隠して欲しいと言えば、洞窟の奥から闇が這い出し、無数で沢山の色の瞳が有象無象とし、その瞳たちは一斉にジャックを見た。
が、ジャックは何も怖いとも思わず。友達に笑いかけるようにしている。
有象無象は言った。しめ縄を、解けば、友達になると。
「ええよ!」
にこ、と笑ったジャックは嬉々として縄を切る。それが何かの封印とは知らず。
その日の夜、ジャックの廻りは慌ただしかった。何かの討伐か、それにばっちゃが物凄く怒っている。
いつもご飯を配膳してきた天狗の姿が見えない。どこにいったんだろうか。無邪気に笑う子供は罪の存在を知らない。
●
飛鷹直斗は誕生日。姉と琵琶湖へバーベキューしようと出かけた日のことである。
本当は、楽しい旅行になるはずであった。
ごお、と炎上する車の側で、両親が動かない状態で倒れている。そして姉の泣き叫ぶ声が響いている。竜の尾の男が全ての元凶だ。
疑問しかない。どうして、何か悪いかしたの、神様、どうして、神様なんて、神様なんか、殺してやる。幼い直斗のキャパでは、抱え切れないほどの苦しい情報で頭が埋まっていたそんな時でも、姉を助けなければと言う心が叫ぶ。
震える足で、姉を助けようとしたが、腹を串刺され、いたいいたいいたいいたいいたいいたい!と頭かの中がそれで埋め尽くされていく。姉の泣き声は聞こえる。絶望的な状況。
薄れゆく意識の中で、声が聞こえた。悪魔の声であった。
「へぇ、この土壇場で覚醒するのか。面白い!弟子にして持ち帰ろう」
●
葛野泰葉がまだ感情のままに表情を変えていた頃。
とは言え、母親以外にあまりいい感情を持ったことはなかった。今まで、一度も。
猫の因子を持つものとして、周囲はそれを許してくれなかった。隔離しろ、殺してしまえ、そう母親を責める声が耳に残る。血を分けた父親さえ、殺してしまえと言っていた。
だからいつも泰葉は母親の背に隠れていた。いつもいつでも母親のそばを離れず、母親の顔だけを見て育っていた。それはもう、無意識にも依存の範囲であっただろう。
それから憤怒者に襲撃された日、泰葉を抱きしめ、崖から身を投げた母親の表情を忘れない。
愛憎渦巻いていても、母親は泰葉を安心させようと笑顔でいてくれた。最後まで母親であったのだ。そして、母親を壊してしまった。その恐怖が、泰葉が感じた最後の感情であった。
そして少女は感情を失くす。何も感じない人形のような泰葉へ。
●
獅子神玲が幼少のとき、思い出すのは空腹の感情だ。
玲は不幸にも両親から徹底的に無視をされていた、それは発現が全ての元凶である。
それもそうか、時を操る力は玲を一瞬にして成長させた。それは両親から見れば異端であったに違いない。もしかしたら、他の家族はそんなことないのかも知れないが。
何より憤怒者の家系というのが、一番の不幸を呼ぶきっかけであったなかもしれぬ。
仲が良かった友人も処分という名目を食らったと聞いている。
発現してから地獄の日々である。ご飯をください、水をください、愛をください。
満たされぬ、満たされぬ日常の繰り返し。気がついたら玲は……両親を……?
少年は破綻し堕ち、両親を喰らう。一生分、これまでぶんの愛を貪り食う様に。肉を喰らえど、気持ちは晴れぬ。埋め合わせにはまだまだまだまだまだまだ足りない。
●
瀬織津鈴鹿は、鈴鹿山の奥深く。そこで家族と住んでいた。
両親は古妖であり、仲良く三人で住んでいた。
ある日、鬼の父は言う。それは、鈴鹿と両親は実の親子ではない告白であった。
山に捨てられていた子供、それが鈴鹿である。それを知って、鈴鹿はあまりの衝撃に家を飛び出してしまった。
いく場所は一つ。いつもほとりで遊んでいる池だ。そこでさめざめ泣いていたのは、今の鈴鹿でもよくよく覚えている。
どうして自分は鬼ではないのか。そうよく疑問に思っていたが、全てのピースは繋がってしまった。二人の本当の子供であらば、どれほど良かったことか。
しかし二人は一生懸命になって鈴鹿の後ろを追ってきた。恥ずかしい様な嬉しい様な、温かい気持ちで埋め尽くされていく。血の繋がりなど些細なこと。あの時言われた言葉は忘れない、本当の親子になれたあの言葉を。
「例え、血が繋がらず種が違っていても…鈴鹿は私達の自慢の娘だ」
ラーラ・ビスコッティ(CL2001080)は日本在住の祖母宅にて、家族に囲まれ誕生日を祝っていた。
真っ赤な蝋燭を乗せたケーキ。暗い部屋でこだまするバースディソング。思えば皆、幸せそうに笑ってラーラを囲んでいた。
ふー、と。
蝋燭の灯を吹き消したラーラ。一瞬、暗転した世界で思い出したのは、まるであれは呪いのような言の葉であったのかもしれない。
『エピファニアに生まれた女の子はベファーナの生まれ変わり』
古い古い言い伝えのひとつ。
その時、ラーラの中では発現という大きな変化が起こっていたのだが、その場の誰もが気づかなかったのだろう。パーティは時間と共に進んでいく。
部屋の明かりがつけば、祖母とラーラ以外はブロンドの髪を靡かせていた。黒色の髪の祖母とラーラは手を取り、幸せを分かち合う。
エピファニアという生まれのもと、髪の色と眼の色が本来燈すべき色を映していないのはラーラとしてコンプレックスではあったが。
祖母はきっと、黒色のほうが素敵よ、なんて言ってくれたのだろうか。
逃げ出しそうになっていた魔術の勉強から、再び決心をした特別な日であった。
●
賀茂 たまき(CL2000994)は、家のお仕事の手伝いで神社にいたことがある。
まだ小さなたまきが陰陽師装束のまま見上げると、桜が満開に咲き誇りながら、その間から太陽の光が漏れて透けて、地面に桜のシルエットを映していた。
まるで世界が輝いて見えるような場所で、ふと、俯いたり、慌てながら周囲を見回したり、かなり挙動不審な少年を見かけた。
ふと、その少年と眼があってびく、と身体を揺らしたたまき。
しかし放っておくことはできなくて、つい声をかけてしまった。あとあと思えば、よく声をかける勇気があったものだと、たまきは思った。
何を話したのか覚えてはいないけれど、時間と共にその男の子の顔が明るくなって、ほっとしたのは覚えている。
彼は今頃どうしているだろうか――別れ際にお守りを、とあげた桜貝の片方は、今でも持っているのだろうか。
工藤 奏空(CL2000955は珍しく家族とお花見に来たのだが、ちょっとトイレと走ってから蝶がふわりと飛んでいて思わず追いかけた先。
ここはどこだ。
と奏空は空を見上げて口をあんぐり開けていた。
よくよく見てみれば大きな神社であった。それと、境内には大きな桜の木があって、そこには浮世離れした綺麗な衣装を来た少女が立っていた。
まるで絵本に出てくるお姫様のような子であった。しかし目が合ったのは一瞬で、恥ずかしさに俯いていたら、足音が近寄ってきた。
話しかけてきた少女に、胸が高鳴る。
何を話したのか覚えてはいないけれど、時間と共に心が安心していったのは、今でも覚えている。
彼女は今頃どうしているだろうか――親が迎えに来てもう行かなくちゃと、別れ際に貰った桜色の貝殻に乗せた『また会おうね!』の約束。
もし再び君に会えたなら、沢山、話をしたいことがある。
もしかしたら、もう、それは叶っているのかもしれないけれど――。
●
私はとある白い殺風景な部屋にいた。
生活感なんてあったものでは無い。起き上がれば、ベッドが軋む音だけが現実であることを証明する手掛かり。
傍ではいつ己を食い殺すか様子を見ていたのかもしれぬ妖刀が直立し、微動せず。その奥に、質素な机と椅子があるだけ。
これでも私は研究所の職員である。
とは言え扱いは遠い。部屋から出るときは刀を抱き込んだ形で両手を拘束。自由など鼻で笑えてしまいそうではある。
刀は刀が思う所有者が持っていれば、大人しくイイコだ。之を持ってして発現してから、ずっとこの生活の繰り返しにも、些か飽きたというか、一寸狂わず同じことするのも退屈というか。
だから、ひとつ。
元軍人の力にものを言わせ、外に散歩へ行く程度は、容易い。
とは言え、散歩に出るだけでオイタをした事を聞いた友人は、半ば旧知の信頼が灯る呆れ顔を見せながら、新しい場所を用意してくれた。
もうひとつ、言われたことは、緒形 逝(CL2000156)として生きること。
妖刀遣い、又は悩める幽霊として。
●
――パシィ!!
と響いた音と共に、風祭・誘輔(CL2001092)の頬が赤く腫れあがっていく。
キ、と手をあげた親を睨んだのは一瞬。次の瞬間、誘輔は走り出し、そして家から遠く遠く……無我夢中で距離を作っていた。
くそ、くそ、と心の中で垂れながら、日々あぁして飲んで暴力を振るわれるのは茶飯事の出来事。
今日も親の虫の居所が悪かったのか、朝から何も食べさせてもらえず、腹をすかし過ぎて走るのを止めた。
蹲った少年の瞳は淀み、この先の未来に希望を言わせてすれ違う小学生たちとは段違いであった。まるで、あのきらきらした場所から隔絶されているよう。
空高く上がっていた太陽は沈み、夜、公園のブランコを一人で漕いでいたとき。風に煽られてページが捲れていく雑誌を拾い、埃を落としてから開く。
がつんと打たれた気分である。親の叩きとは違う気分、もっと別のものが背中を叩いたのだ。
まるで世界の全てをそこに集約したような。
戦場でも最貧国でも心霊スポットでも現地の人間と交わって体当たりの取材をこなす男の活躍に、子供心に夢中になっていた。
それが彼の原点。
あの男は覚者であった。
「覚者も普通の人間も好奇心に貴賤はない」
そんな言葉が、今の誘輔を支えているのであった。
●
――電話が鳴る。
何故だか、直感でそれが良くない知らせを運んできたように思えていた三島 柾(CL2001148)は、ごくりと唾を飲み込み、出る。
それからは、何を考えていたか必死過ぎて何も覚えていない目まぐるしい日々が続いた――。
ぽつん、と空間に置かれた人形のように一点を見つめて動かない柾。
彼の耳には、家族との思い出というBGMが流れていた。家の中にいれば、いやでも思い出が巡ってくる。このリビングで、このテレビの前で、このテーブルを囲って。
テーブルの上には、逆さまになって主亡き両親の茶碗が鎮座していた。少し隣で、父親のマグカップがぽつんと置かれている。
生活感があるのに、静かであった。
外出して、家に電話すれば両親が電話に出るのでは無いかと思えるくらいに。実感が、抜け落ちている。
柾の瞳から、一粒の涙が零れた。そして、次第に涙はぽつぽつと雨のようにテーブルを染めていく。
ちいさな三島 椿(CL2000061)が、それを影から見ていた。
おにいちゃんが、ないてる。おとうさんと、おかあさんが、こうつうじこでいなくなった。もうどこにも、いない――。
わあ! と泣き出した椿に驚き、柾は途端に現実へと引き戻された。どうして幸せがずっと続くと思えていたのだろう、そんなことよりも今は。
柾の名前を呼びながら駆けよってきては、震えた手が「泣かないで」と伸びてきて触れる。その手の暖かさは「今」でも忘れるものか。
妹を抱きしめ、彼女が泣き止むまでずっとずぅっと背中を撫で続けた。
「つばきがいるよ」
繰り返しそう兄に伝える妹は、どれほど強き存在か兄は思い知らされた。
俺が妹を守らないと。
繰り返し願うそれ。
それは、妹に届いていた事であろう。
椿は高校生になった。
ずっと守り育ててくれた兄。余暇の時間さえ割き、育ててくれたたった一人の家族。
そんな兄を今度は私が支えたい。
そして兄に守られた分、私もまた誰かを守れるようになりたい――。
●
昔話をしよう。これは悲劇的な男の話だ。
ごく普通に育ち、家庭を持った研究職の人間がいた。
そんな彼は、覚者に否定的であり、覚者とは自分の世界を壊すものでしかなく、反覚者運動の一部となっていた。
自然とスポンサーが付き、反覚者用の研究者となった彼――で、あったが、悲劇はここにも等しく存在する。
ある日、彼の一人娘が覚者に襲われて死亡したという連絡が入った。
男は嘆き悲しんだ。来る日も来る日も呪った。そして、その憤怒は肯定されていく。
ただひとつ、男は真実を知らなかった。
娘は生きていたのだ。
同時期に、ひとつの失敗作が破棄された。それは覚者にしか扱えないもの。
それが何を意味するのかは、これまでの結果の延長線上。
氷門・有為(CL2000042)は思う。
本当に、よくある話です。
何を願い、何を守ろうとしたのか。
私の願いは、今も変わらずに。
●
天堂・フィオナ(CL2001421)は稀によくみる夢がある。
街並みは到底日本とは違い、大分現代よりも前の話。
遠い異国で、城や、まるでそれこそ映画の中に存在していたものの世界である。
しかし荒れていた。
戦闘か。
武器を持った人々による殺し合いの衝突。
しかしフィオナが見ている光景側は明らかに不利であった。もう幾人もの友人は土煙のなか果てて消え、向こうにいる主君を守らねばと若人は命を散らしていく。
フィオナもそうだ。
――守らなければ!
しかしそのとき、背中側から剣が突き刺さり腹を貫通した。
味方に紛れ込んでいた裏切りのユダが、今ここでその行動を開始したのである。
あまりの突然の出来事に、予想なんて皆無。また、その事実を受け止めるだけで精一杯だ。
掠れる視線の先、愛すべき主君も無残に塵のように消えていく。
……守るべき人を、守れなかった
その夕焼けが目に張り付く。遠い日の、可能性の話。
●
椎名・昴(CL2001549)が思い返すのは、彼の母親が亡くなってしまった時のこと。
父親は実家とは仲が悪く、それの仲を保つのはいつも母親の役目であったそうだ。
小さい頃の記憶では、祖父母とは仲が良く、昴自身もとてもよくしてくれた記憶が昨日のことのように思い出せる。
だからこそ、母親の死はそれほど重要な分岐点であったのだ。
家から遠く離れ、父親と。
「これからは裏の仕事だけじゃなくて表の仕事もしていくぞ」
そんないきなり言われても、と昴の頭の中は混乱していたが、それが現実だと思い知らされたような気もした。
父親も、母が死んで一番悲しいのは彼であったかもしれないのに、昴には笑顔で、そして頑張って育ててくれたことはとても感謝している。
兄貴たちもきっと同じことを思っているに違いない、言葉として聞いたことはないけれど。
家族って、そういうものだって思うから。
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東西冷戦の最終章。その一幕。
当時新田成は醸造技術を学ぶ為に、渡欧したばかりの一留学生であった。
とはいえそれは仮の姿。いや、彼にとってはどちらも真の姿ではあろうが。
本当は、政府から密に派遣された工作員という裏の顔も忍ばせている。数多の戦場を裏から周り、多国の間で身分を偽り隠して出張を繰り返したのち、とある小国の王家の一人を切り殺した。
居合わせた幼少の王子は唯一の目撃者で、彼は勇敢にも、
「いい王子になると民に約した。余を殺すなら十年まて」
と言う。そこに王の器を見出した成は刃を仕舞った。
ここはグレイブルと言う地。後に彼が王となる国だ。
余は本当にニンジャにあったことがある。
それはプリンス・オブ・グレイブルが言う。それは彼が招かれた先で、夜中、トイレに目が覚めた幼少の頃の話だ。
物音はなかった、しかし暗闇に一閃の光が放たれたと同時にそちらをみやる。すれば、大アンクルが線対称に裂け、その裂けた間から人影が揺れた。絶対ニンジャだ、キリジュツ使ったんだ。
鋭く光る獅子のような瞳がプリンスを見ていた。直感で分かる、次は自分が切られる番だ。身体中の水分や排泄物的なものを全て吐き出しながら、そういえばかのニンジャの本場ジパングとやらではドゲザという最大級のフォームがあるとかないとか。
「アッヒャァァァン!!余、余もっといい王子になるって誓ったのでー!あと10年程待って貰えません!?」
すると影は抜き身の刃を仕舞い、では十年待とうと残して消えた。
どうやら昨日パン屋の大将に悪戯の折檻くらったときの言い訳が今日通じたらしい。暫く使おう。そう決心したのちの王であった。
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しぃんと、静かな女の子であったゆかり・シャイニング(CL2001288)。虫も、殺せ無さそうな。
しかし猿顔のおじちゃんという人に出会ってから、彼女は多少なりとも変わっていく。
いつも一定の時間に同じところをぷらぷらしている不思議な人であった。何をしているのか、全く見当もつかないくらいに。
ゆかりの両親は、あの人に近づくなと口酸っぱくいっていたが、ゆかりが受ける印象は、そんな忌避されるような人には見えなかったのだ。
もっちがう、こう、面白そうな人。
そんな彼が見せるパントマイムは、コミカルで楽しくて、つい笑顔が溢れるようなもの。そう、彼は最高のエンターテイナー。
ゆかりが笑えば、おっちゃんも喜んでいた。
どうしてか、心が満たされていく気分である。それが、今のゆかりを作った日なのであった。
そんなおっちゃんが実は大猿の古妖って知ったのは、中学生で発現した日のことでした。びっくり!
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田場 義高(CL2001151)が今の妻と出会ったのは、花屋であった。
十代にしては、屈強で強面。今の彼と同じと言っていいほど、変わらない見た目としていた彼。それは相応に苦労も多かったことだろう。
妻――センカと呼ばれた女性は、店長が連れてきた人であった。
スウェーデンから来日した直後で生活に困っていた所を、スカウトされたとかなんとか。
義高とは違い、小柄で華奢にもかかわらず、ちょこまかと動き回る働き者で、明るく愛らしく芯が強い頑張り屋のセンカ。
新人で、日も間もないはずなのに、店の歯車の一部となるのは早かった。
いつも熱心でひたむきな姿は義高いの視線を奪っていく。
いつしか、視線は彼女を追いかけていた。いつも心は、彼女に惹かれていた。
あの人はいろんな意味で俺の人生を変えてくれるんだよな
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菊坂 結鹿(CL2000432)は小さいころから、姉にべったりであった。いつ、どこにいくにしても一緒。
好きな人に喜んでもらいたいという気持ちはいつもあった。
家は洋菓子店であるからこそ、うってつけのものがある。姉が不在のときもお店で過ごしていた結鹿は、お手伝いをしながら一生懸命何ができるか考えていたのだ。
それはお菓子である。
そこには「喜んでもらえる何か」と「お菓子を幸せそうな表情で食べるお姉ちゃん」が繋がってて、結鹿は一層お料理にのめり込んでいく。
その時作った初めての料理は、パンケーキとストロベリージャムであった。
姉に差し出し、食べてくれるまではどきどきであったが、一口食べてから姉は美味しいよと笑って頭を撫でてくれていた。
それは結鹿を作る、原点となったことであろう。
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妹に初めてあったのは、向日葵 御菓子(CL2000429)が13歳、妹は3歳のときである。
妹の両親は世界中を飛びまわり、基本的には一つの場所にとどまらない人たちであった。
妹と呼べる繋がりは、それぞれの母親が姉妹であるという点だ。
その時御菓子は、知人に誘われて外国へ演奏にいっていて、偶然であったが帰国する日に妹のご両親が不慮にも亡くなったという知らせが届いたのだ。
急いで帰り、玄関を開けば妹は玄関前で自分の帰りを待っていた。
頬を真っ赤にし、よたよた近寄ってきては、両手を握りしめて、その姿が儚くそして、愛おしかった。
彼女を大事にして、それでいて護らねばと。
決心した瞬間である。
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御影・きせき(CL2001110)は両親と一緒に車でお出かけをしていた。
行先は遊園地。乗り物が載っているパンフレットをみて愉快ではらはらしながら、途中のサービスエリアでクレープを食べたりして。
普通の休日の、幸せな一幕であった。
しかし幸せはときに、一瞬で崩れていくことがある。
突然、車の前に大きな生物が出てきて、それが妖であることはすぐに気づいた。
車を咄嗟に出て、逃げろ!! と父親の声が響いた。慌ててきせきは逃げていく。無意識に身についた韋駄天が、彼の命を救うきっかけのひとつ。
しかし、両親は、逃げきれなかった。助けてくれたAAAの一員が、苦しそうな顔でそう言っていたのだ。
それから暫く病院のなかでの生活が待っていた。五麟に来る、少し前の話。
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蘇我島 恭司(CL2001015)が発現する前、大物政治家の賄賂受け渡し情報を入手した彼は、数日掛かりで張り込みをし、見事決定的瞬間を撮影出来た!
ここまでは良かったのだが、
「覚者が護衛って洒落になって無いよね!?」
概ね予測はしていたが、だからこそ対策は打っていた。見つからない場所を探り当て、そこからシャッターを切るのだ。
片方は耳、片方は目で気づいた覚者たち。その瞬間咄嗟の判断で逃走を試みた。
「僕も発現したら、もっと楽にお仕事出来ないかな?」
慌てて逃げながらも、通りの店のショーウインドウにちらと見えた追手。いよいよやばくなってきた。
手持ちの武装では役に立たず。
これはもう終わったと確信した瞬間、目の前に滑り込む車が一台。
「あぁ……助かった……いやいや、今回は本当ダメかと思ったよ」
あの覚者たちも、車の速度には勝てまい。しかし恭司は何度か後ろを見て追手がないか確認していた。
持つべきものは、信頼できる親友だねぇ……。
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柳燐花には大事な写真がある。
机の中にそっと隠された、大事な大事な写真が。
祖父を亡くしてから五麟へと流れるようにきた燐花は、田舎から出てきたこともあってから、あまり馴染めずにいた。特に田舎とはちがう、人の多さが彼女を消極的にさせていたのだ。
寮さえ彼女は怖気づいていた。だがこのままでは、どうしようもない。
人に慣れなくてはある意味脅迫じみた様な気持ちが心を埋め、気づいたら七夕の催しに足を運んでいた。その時に、ばしゃりと撮られたのが今の写真である。
その人は安らげる住所をくれ、人との接し方を教えてくれ、少しずつ人間となっていく燐花を見守ってくれている。
思い返せば、この写真から柳燐花は始まったといえよう。
彼女が、彼女として在るその第一歩を踏み出すことができた、最高の思い出。
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風織紡の笑顔には隠れた過去がある。
いつもひとり、であった。特にそれは紡にとって嫌なことではなかったし、むしろ他人といることが苦手であった分、それでもいいと思っていた。
特に同級生と一緒にいるのは耐えられい。同じ空間の空気さえ吸っているのも嫌であった。援交とか、金遣い荒いとか、やってそうとか、へらへらしてるとか、気持ち悪いとか、何考えているのかわからないとか。有る事無い事の噂が耳につく。
でも、けろっと笑って紡は全ての言葉を受け流していく。だって、弟の歩人がいるのだから。大切な、家族が。
心が泣いているなんて、そんなわけない。
言い聞かせる様に何度も繰り返したその言葉。姉の責務として、弟を守らねばならないのだから。
どんな手を使ってでも弟を食べさせて楽させる。そんな一種の愛の形に紡は呪いの様に雁字搦めになっている。けれどそれは強い意思の表れ。
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華神刹那の祖父は不動産が成功し、財を成した人物である。
元手としたものが先祖代々の土地だった為か、祖父は現役を退くとき、資材のほぼ全てを親族に生前贈与した。ただし、条件付きの。
親族たちが希望するものに出費するという贈与だ。例えば武芸、例えば夢を追う為。それの支えとなる為、祖父はそう考えていたのやもしれない。そして、刹那はこう言う。
「これをくれ。あと路銀を少々」
それは長年そこに静かに鎮座していた一振りの刀。それをもって、刹那は欧州へと旅立っていく。
「ということがあってのー。結構な値打ちのものらしいのであるが、手放す気は無いのでこうした」
手入れ中、分解されていた刀に施された銘は、元々のそれを削り落とされ、刹那、と新しく刻み込まれていたのであった。
同じく、華神悠乃もそれぞれの贈与に恩恵を受けたひとりである。
刹那同じく、彼女も独特な希望を持っていた。
「いろいろなことの練習ができる場所が欲しい」
中々に漠然としていたが、祖父はそれでも頭を縦に振り、出来たのがジムである。
「ただ、ひとりでもくもくやっても楽しさが薄いじゃ無い?」
悠乃はそう言いながら、友人や知人を時には誘ってみたり、部活の合宿に活用していた。その度に増資や改築は進む。まるで生きている建物のように。
「で、気がついたら結構な大規模スポーツクラブになってましたとさ」
というのが、今の悠乃が管理しているスポーツクラブなのである。
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葦原赤貴は、じぃ……と画面を見つめていた。かわるがわる、画面は移ろい、彼がみているのは年相応なアニメやドラマや映画などでは無く、平穏無垢な日常の一幕で家族が笑いあっていたり、はたまた、身体の一部が変異している覚者が集団暴行によって人の形を失っていく場面を見せられたり、そんな、平穏無垢も正気の沙汰のものも、全て人間の行いであると赤貴の父は言っていた。
そして問われる。
「お前はどっちで過ごして生きたいか?」
普通、ごくごく平凡な倫理観を持っているとすれば、迷いなく平穏を選んだであろう。
従ってこれは、その為にどうするかを赤貴に伝えるための手段なのであった。
ある意味狂気的にも思える場面だが、親には深い愛があった。語りかけてくる両親の目をじぃと見始める赤貴だが、その両親の目には悲しみを越えようとする決心に満ちている。
それを人は愛と呼ぶのか。
騙されたいため、負けないため、立ち向かわなければ行けない先へ、飲み込まれてしまわぬように教育は続いていくのである。
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明石ミュエルには人並みに悩みがあった。
それは地毛が金髪だったり、身長だったりと、何かと悪目立ちしやすいということ。
その金色は染めていると疑われたことは山ほどあるし、入学当時は校則に準じていたスカートも身長が伸びると短くなってしまった。
そんなこんなで、指導の先生の前では俯いて歩くことが多くなり、いつもあの瞳に睨まれるのを怖がっていた時が長かった。
だからこそか、着る服も次第にどんどん地味になり、なるべく目立たないように生きていくことを無意識に行なっていたかもしれない。
それが終わりを迎えるのは、ファイヴ組織にスカウトされたときだ。五麟にいくと決めて、地元の学校で過ごす最後の日。貯めておいたお小遣いを握りしめて、ピアス穴をあけた。これは最初で最後の校則違反。どうしてか、悪い気はしなかった。
むしろ、このしがらみから解放された気持ちでいっぱいであった。そう、諦めて逃げて帰らないように。覚悟のピアス穴は今でもこの両耳に痕を残している。
●
元々は、孤児である。谷崎結唯の瞳は淀んでいた、光を通さなかった。まるでこの世が終わっているような。そんな普通のきらきらした子供の目をしない結唯は、奇異な存在である。
それから孤児院はある時間をきっかけに発現した彼女を放り出してしまう。そこからひとり、そんな目をしている子でも、子は子であるから故に、一人で生きていけるはずはない。
そして運良くか、悪くか、極道に一人拾われた。
色々な武器を教えられ、操る術を教え込まれながら生きていく。格闘術や、毒や薬物の扱いさえも教えられ、一人の人間としたらかなりアウトローな世界に浸っていたに違いない。
これは殺す為に教える。そう、何も言われたことか。
世の中に興味がなく、問題を起こしすぎていた結唯。よくもまあ、今まで生き抜いてきたものだ。
谷崎組か。そこの組長を中心にこの世界で、日本で生き抜くための術を叩き込まれたというわけだ。
そこはある意味故郷に似たようなもので。たまには帰ってやるかと一人口に出す。
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餓鬼の頃だ。
諏訪刀嗣が六歳のとき、両親の不慮の事故の報せが舞い込んできた。
その直後家にわらわらと親戚が寄って集るように来たのだ。子供だからと何もわからない刀嗣とその妹から、財産等全て奪おうという浅ましい魂胆は、刀嗣の瞳には透けて見えていた。
母親の部屋を無粋に荒らして回る親戚に、刀嗣の妹はやめてと叫びながら止めに入ったとき、大人の拳が少女の頬を殴った。
その瞬間、頭の中で何かが切れた刀嗣は、万年筆を握りしめ、妹を殴った男の右目へそれを突き刺す。発狂したように叫ぶ男、寄って集って刀嗣は親戚一同の殴打の嵐を食らった。
が、その日から親戚はこの家に手を出すことは無くなった。
その時に刀嗣は理解した。
誰も助けてはくれない。守ってなんかくれない。
だからこそ強くならねばいけない。そうならなくてはまた、奪われてしまう。世界一強くなって、たった一人の家族を守る為、日夜の奔走が始まるが、それはもう遠い記憶の中で忘れてしまったきっかけの話。
●
犠牲を払えば倒せないことはない妖と交戦し、倒したものの赤坂仁は病院のベッドの上で目が覚めた。それまで意識はなく、体もボロボロで重体であった。
上司とともに聞いた医師の話によれば、復帰はもう叶わないだろうという一つの結果が提示されただけ。医師が話を終え、上司と二人だけになったあと、上司は一枚の紙を仁へと渡した。それは、退職届。
一瞬仁は何かを言いかけて、しかし飲み込んだ。やっと動く右腕を震わせながら退職届へサインする。それが終われば、上司はいそいそと懐に大事そうにそれを仕舞い、足早に病室をあとにしていく。
ぽつんと残された仁は暫く天井を見上げて、どうしようもない気持ちで虚を見ていた。
それから発現し、復帰不能な傷が癒えるまで、静かすぎる日々は続く。
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「小僧!!」
と呼ばれて切裂 ジャック(CL2001403)は無我夢中で走り出した。裸足で走り、繁みに入り込み追ってくる「ばっちゃ」に向かって、喉を唸らせ逆毛たつ猫のようになっていた。
ばっちゃの髪飾りを盗ったのだから、咎められて当然だが、とことん悪戯を尽くすために髪飾りを隠しに逃げたところで、洞窟の中を覗き込む。
これを隠して欲しいと言えば、洞窟の奥から闇が這い出し、無数で沢山の色の瞳が有象無象とし、その瞳たちは一斉にジャックを見た。
が、ジャックは何も怖いとも思わず。友達に笑いかけるようにしている。
有象無象は言った。しめ縄を、解けば、友達になると。
「ええよ!」
にこ、と笑ったジャックは嬉々として縄を切る。それが何かの封印とは知らず。
その日の夜、ジャックの廻りは慌ただしかった。何かの討伐か、それにばっちゃが物凄く怒っている。
いつもご飯を配膳してきた天狗の姿が見えない。どこにいったんだろうか。無邪気に笑う子供は罪の存在を知らない。
●
飛鷹直斗は誕生日。姉と琵琶湖へバーベキューしようと出かけた日のことである。
本当は、楽しい旅行になるはずであった。
ごお、と炎上する車の側で、両親が動かない状態で倒れている。そして姉の泣き叫ぶ声が響いている。竜の尾の男が全ての元凶だ。
疑問しかない。どうして、何か悪いかしたの、神様、どうして、神様なんて、神様なんか、殺してやる。幼い直斗のキャパでは、抱え切れないほどの苦しい情報で頭が埋まっていたそんな時でも、姉を助けなければと言う心が叫ぶ。
震える足で、姉を助けようとしたが、腹を串刺され、いたいいたいいたいいたいいたいいたい!と頭かの中がそれで埋め尽くされていく。姉の泣き声は聞こえる。絶望的な状況。
薄れゆく意識の中で、声が聞こえた。悪魔の声であった。
「へぇ、この土壇場で覚醒するのか。面白い!弟子にして持ち帰ろう」
●
葛野泰葉がまだ感情のままに表情を変えていた頃。
とは言え、母親以外にあまりいい感情を持ったことはなかった。今まで、一度も。
猫の因子を持つものとして、周囲はそれを許してくれなかった。隔離しろ、殺してしまえ、そう母親を責める声が耳に残る。血を分けた父親さえ、殺してしまえと言っていた。
だからいつも泰葉は母親の背に隠れていた。いつもいつでも母親のそばを離れず、母親の顔だけを見て育っていた。それはもう、無意識にも依存の範囲であっただろう。
それから憤怒者に襲撃された日、泰葉を抱きしめ、崖から身を投げた母親の表情を忘れない。
愛憎渦巻いていても、母親は泰葉を安心させようと笑顔でいてくれた。最後まで母親であったのだ。そして、母親を壊してしまった。その恐怖が、泰葉が感じた最後の感情であった。
そして少女は感情を失くす。何も感じない人形のような泰葉へ。
●
獅子神玲が幼少のとき、思い出すのは空腹の感情だ。
玲は不幸にも両親から徹底的に無視をされていた、それは発現が全ての元凶である。
それもそうか、時を操る力は玲を一瞬にして成長させた。それは両親から見れば異端であったに違いない。もしかしたら、他の家族はそんなことないのかも知れないが。
何より憤怒者の家系というのが、一番の不幸を呼ぶきっかけであったなかもしれぬ。
仲が良かった友人も処分という名目を食らったと聞いている。
発現してから地獄の日々である。ご飯をください、水をください、愛をください。
満たされぬ、満たされぬ日常の繰り返し。気がついたら玲は……両親を……?
少年は破綻し堕ち、両親を喰らう。一生分、これまでぶんの愛を貪り食う様に。肉を喰らえど、気持ちは晴れぬ。埋め合わせにはまだまだまだまだまだまだ足りない。
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瀬織津鈴鹿は、鈴鹿山の奥深く。そこで家族と住んでいた。
両親は古妖であり、仲良く三人で住んでいた。
ある日、鬼の父は言う。それは、鈴鹿と両親は実の親子ではない告白であった。
山に捨てられていた子供、それが鈴鹿である。それを知って、鈴鹿はあまりの衝撃に家を飛び出してしまった。
いく場所は一つ。いつもほとりで遊んでいる池だ。そこでさめざめ泣いていたのは、今の鈴鹿でもよくよく覚えている。
どうして自分は鬼ではないのか。そうよく疑問に思っていたが、全てのピースは繋がってしまった。二人の本当の子供であらば、どれほど良かったことか。
しかし二人は一生懸命になって鈴鹿の後ろを追ってきた。恥ずかしい様な嬉しい様な、温かい気持ちで埋め尽くされていく。血の繋がりなど些細なこと。あの時言われた言葉は忘れない、本当の親子になれたあの言葉を。
「例え、血が繋がらず種が違っていても…鈴鹿は私達の自慢の娘だ」
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
